まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向かって、『動いて、海に入れ』と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。(マルコ11・23) 

すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行ないなさい。(ピリピ2・14) 

ただし、少しも疑わずに、信じて願いなさい。疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、海の大波のようです。(ヤコブ1・6) 


疑うと全部ダメになる。 

「疑う人は、風に吹かれて揺れ動く、海の大波のよう」であり、外部要因(風)に影響され、揺れ動く。 

それゆえ聖書において、海は異邦人の象徴である。異邦人は、頼るべき神を持たないので、常に外界からの刺激に反応する。 

人の顔色が変わると「大変だ。どうしよう!怒らせてしまったかも!」と心配する。 

その逆に、相手が卑屈になると、横柄に振る舞うようになる。相手の足下を見る。弱点を見つけて利用しようとする。 

状況に応じて上下左右に常に動くのが、異邦人の特徴である。 

異邦人は「海=波=液体」なのである。目が常に泳いでいる。 

それに対して、陸は契約の民の象徴。 

契約の民は、神と契約を結んでいるので、常に神の守りがあると信じている。 

だから、環境に左右されない。人間の感情の変化に一喜一憂しない。 

「今は雨が土砂降りだが、太陽は常に空にある。耐え忍んでいれば、いずれ問題は解決する」と心が落ち着いている。 

契約の民は、「心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じる」。 

だから祈りが聞かれる。 

どんなに逆のことが起きても動じない。 

ただ、自分の言ったとおりになると信じ続ける。 

このような堅い信仰の人が10人いればどうだろう。 

世界は確実に変わる。 

クリスチャンとしての成長は「疑わない人になる」ということである。 

疑いの度合いが小さくなればなるほど、信仰が完全になればなるほど、祈りが聞かれ、神の巨大な力が働くようになる。 

だから、私は、祈りの勇者を増やしたい。 

あなたの信仰が完全になればなるほど、あなたの祈りは聞かれ、アメリカであれ中国であれ日本であれ、どんなに巨大な勢力であっても、あなたの祈りのとおりになるのである。 

クリスチャンには「世界を動かす権威」が与えられている。 

それを実際に行使するには、信仰が必要である。 

どうか、われわれ、聖書的クリスチャンに巨大なパワーが与えられるように祈っていただきたい。 

神に「世界を支配せよ」と命令されたのは、イルミナティではない。シオニストでもない。タルムードユダヤ人でもない。 

われわれ、契約の民(クリスチャン)である。 

われわれは、数が増えなければならない。 

われわれは、権力を獲得しなければならない。 

われわれは、世界の富を獲得しなければならない。 

世界を動かし、御心のとおりの秩序を地上に現出させるために、われわれには力が必要である。 

それを可能にするのは、「疑わない信仰」である。