聖書的キリスト教以外、社会と個人を調和させることはできない
1.
学問は国益のためにやっているのではありません。共同研究者を国籍で区別して仲間に入れたり排除したりする学問分野はありません。もし国益を損なうということがあるとすれば、あなたのような狭い了見で学問を政治によって翻弄させることだと思います。
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「学問は国益のためにやっているのではありません」
たしかに学問の自由は大切だが、しかし、それとて「社会」があってはじめて成立するものである以上、国益を考慮しない学問は存在意義がない。
もし国益無視するなら、個人の金を使って独立してやればいい。
2.
人間は、社会に寄りかかってしか生きていけない以上、その社会を支えるか改革するかを行わないならば、自分で独立してやるしかありません。
企業活動が社会の土台の上に成立している以上、自国を害するような商行為は禁止されるべきであるのと同じように、学問も自国を害するようなものならば不要。
それゆえマルクス主義の学問は不要。
3.
「満蒙が日本の生命線」と喧伝され、その「生命線」つまり「国益」を守るために無謀な戦争に突入していった歴史を忘れてはいけない。多数の主張する「国益」を批判、否定する「自由」は必要だし、その「自由」を保証するシステムも必要。「個人の金」でその自由は保障できない。
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侵略戦争は、国益に適わない。
本当の国益とは、共存共栄であって、他国民に害を与えて達成されるものではない。
真理の追究は、社会と切り離して行われるべきものではない。だからといって、社会に支配されるべきものでもない。
学問の自立を強調するあまり、国家の枠組みなどどうでもいいというグローバリストに貢献するようならば、自分の生存の土台を破壊することになります。
今の学者たちの「学問の自由」は、左翼に利用され、世界政府樹立に貢献するように仕向けられている。
4.
全体と個の調和は、キリスト教神学の基礎である。
三位一体の神において、個は全体に奉仕し、全体は個に奉仕される。
似姿としての人間も同じ。
個人としての人間は、社会全体のために奉仕し、社会全体は個人を守る。
学問も、社会全体のために奉仕し、社会全体も学問を守る。
学問だけではなく、個別の領域はすべて社会全体に奉仕すべきであり、その奉仕の精神を失った領域は、しまいに暴走する。
がん細胞のようなものである。
がん細胞は、人体の利益を無視して増殖し、それを破壊する。
左翼の学問も組織も運動も、全体を破壊する方向に向かい、しまいに暴走する。
サタンが背後にいるからである。
5.
三位一体を基盤としない思想は、個と全体の調和ができない。
一位一神教は、全体主義になり、個人を無視する。
多神教は、個人主義になり、全体を無視する。
三位一体を信じるキリスト教以外、社会と個人が調和した世界を作ることはできない。