2度目の再臨や最後の審判はあるのでしょうか。 
黙示録5章9-10節や2章26-27節では、昇天したクリスチャンが永遠に地上の不信者を牧する、と言われており、この地上が永遠に存続する、と考えることはできないでしょうか。 


2度目の再臨については、旧約聖書における2度の聖めによって完全に罪から聖められるという律法がありますので、それが歴史に適用されると考えます。 

これは、パーシャルプレテリズムの考え方であり、2度目の再臨がないとするのは、フルプレテリズムです。 

最後の審判後の、新天新地(永遠の世界)において、不信者は火の池におり、(来たるべき)地上にはいません。 

血肉の体では永遠の世界を相続できないので、われわれには死後、永遠の体(御霊のからだ)が与えられます。 

われわれが血肉の体とは異なる永遠の体を与えられるように、新天新地は、永遠に存続する異なる天地であろうと考えられます。 

つまり、われわれの体が栄光化されるように、天地も栄光化されると考えます。 

したがって、この現在の天地の歴史は必ず終了し、2度目の再臨の際に、永遠の天地にチェンジするのでしょう。 

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しかし、神の御目には人類はクリスチャンにならない限り一体ですから、地上に永遠に不信者が存在することは、 
すなわち、堕落したアダムがその姿のまま、御前に永遠に存在することに等しく、ありえないと思います。 


そうです。不信者は、最後の審判の際に復活し、火の池に投げ込まれると書いてあります。 


不信者が永遠に存在するとなると、悪霊も永遠に裁かれぬまま存在してもおかしくないでしょう。そうすると、悪魔と悪霊に対する永遠の裁きを預言する多くの聖書箇所と矛盾します。 


そのとおりです。フルプレテリズムにはこの問題があります。 

現体制が永続するとなれば、サタンや悪霊も永遠に存在し、人々を惑わし続けることになってしまいます。 

しかし、サタンも悪霊も、火の池に投げ込まれてそこで日夜苦しみを受けるとはっきりと記されています。 


黙示録5章9-10節や2章26-27節は別に「永遠に」地上が存在することの根拠にはならないと思いますがどうでしょう。 


「彼らは、新しい歌を歌って言った。『あなたは、巻き物を受け取って、その封印を解くのにふさわしい方です。あなたは、ほふられて、その血により、あらゆる部族、国語、民族、国民の中から、神のために人々を贖い、 
私たちの神のために、この人々を王国とし、祭司とされました。彼らは地上を治めるのです。』」(黙示録5・9-10)

「勝利を得る者、また最後までわたしのわざを守る者には、諸国の民を支配する権威を与えよう。 
彼は、鉄の杖をもって土の器を打ち砕くようにして彼らを治める。わたし自身が父から支配の権威を受けているのと同じである。」(黙示録2・26-27) 

ここで述べられている「地上」は2つの意味があります。 

1.千年王国時代における地上 
2.新天新地における地上 

1は、われわれの血肉の体に対応した世界。つまり、今われわれが生きている世界です。この世界において、クリスチャンは諸国民の王であり祭司であり預言者です。イエスの、紀元70年の再臨以降、千年王国が続いています。 

しかし、 

2は、われわれが「御霊のからだ」を与えられ、世界もその体に見合った永続する「新天新地」における「地上」です。 

1の世界は、エントロピー増大の法則が働いているため、いずれは完全に無秩序化します。つまり、死滅する運命にあります。 

このような世界は永遠の御国ではありえません。 

神はある時点で、世界を栄光化され、エントロピー増大の法則が働かない永続する世界に変えられます。 

信者は、そこにおいても王であり祭司であり預言者です。不信者はそこにはいません。火の池にいます。 

不信者もそこにいるとなれば、「永遠の裁き」がないということになり、聖書の記述と矛盾します。 

「臣民がいない王などありえるのか」という疑問があるかもしれませんが、ありえます。 

なぜならば、アダムは被造物に対する王として創造されました。 

「神は仰せられた。『さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配するように。』」(創世記1・26) 

臣民がいなくても、「海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配する」と言われているのでやはり王です。 

新天新地において、クリスチャンは、新しい被造物を支配する王となるのです。不信者がそこに存在する必要はありません。 

フルプレテリズムの問題点は、血肉の体及びエントロピー増大の法則が働く朽ちるべき現世界と、御霊のからだ及びエントロピー増大の法則が働かない朽ちない世界の区別をしない点にあります。 

この区別をしないと、不信者やサタンや悪霊が、今と同じように、永遠に存在し、永遠に罪と誘惑が続くことになり、聖書の主張と異なります。 

聖書は、はっきりと、罪を悔い改めない不信者やサタン、悪霊は、永遠の裁きの中に閉じ込められると啓示しています。