・千葉市は、LGBTの人たちへの差別をなくそうと、性別を決めつけるような言動を避けることなどを盛り込んだ、職員や教職員向けの対応指針を策定しました。 

・この対応指針は、新年度のスタートに合わせて千葉市が策定したものです。 

・この中では、性別などを決めつける言動を避けるため、「夫」や「妻」ではなく「配偶者」や「パートナー」、「お父さん」や「お母さん」ではなく「保護者の方」、「ご家族の方」という表現を使うよう求めています。 

・また公的な証明書類については、必要なものを除いて性別欄を廃止するとしているほか、市営住宅への入居など、親族であることを同居の条件としているものは、同性パートナーも同じ扱いにするよう検討を求めています。 

・そして教育現場では、児童や生徒からのLGBTに関する相談を本人の同意なくほかの教職員らと共有しないことや、男女でデザインが異なる制服や体育着などは、本人が希望するものを着られるよう配慮することなどが盛り込まれています。 
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「性別を決めつけるような言動を避ける」 

なんで性別を決めつけることが悪いのか。 

千葉市は「性差を解消するような動きではない」と言っているが、「夫」や「妻」ではなく「配偶者」や「パートナー」、「お父さん」や「お母さん」ではなく「保護者の方」、「ご家族の方」と呼び方を変えるのは、「性差の解消」である。 

「夫」や「妻」、「お父さん」や「お母さん」で何が悪いのか。 

英語では、人を代表する代名詞としてかつてheが使われていたが、今ではhe/sheが使われている。 

聖書ははっきりと男性を先に創造し、次に女性を後に創造した、と述べている。 


しかし、あなたがたに次のことを知っていただきたいのです。すべての男のかしらはキリストであり、女のかしらは男であり、キリストのかしらは神です。 
男はかぶり物を着けるべきではありません。男は神の似姿であり、神の栄光の現われだからです。女は男の栄光の現われです。 
なぜなら、男は女をもとにして造られたのではなくて、女が男をもとにして造られたのであり、 
また、男は女のために造られたのではなく、女が男のために造られたのだからです。(1コリント11・3, 7-9) 


「女のかしらは男であ」る。 

男性は女性をリードするものとして造られている。 

「男は女のために造られたのではなく、女が男のために造られた」。 

女性は男性の「地を従えよ」の使命を助ける「助け手」として創造された。 

「男は女をもとにして造られたのではなくて、女が男をもとにして造られた」 

女性は男性から派生して造られたとはっきりと書いてある。 

これが神の御心である。 

だからといって、女性が本質的に差別されているわけではない。 


とはいえ、主にあっては、女は男を離れてあるものではなく、男も女を離れてあるものではありません。 
女が男をもとにして造られたように、同様に、男も女によって生まれるのだからです。しかし、すべては神から発しています。 
(1コリント11・11-12) 


男も女も、神から発しており、それぞれが互いにとって「不可欠の存在」と言われている。 

「すべての男のかしらはキリストであり、女のかしらは男であり、キリストのかしらは神です。」 

本質において、父なる神と子なる神は、平等である。 

しかし、社会的機能として、父なる神は子なる神のリーダーである。 

同じように、男と女は本質において平等であり、機能において男は女のリーダーである。 

会社において、社長は社員よりも偉いが、命の値は平等である。 

千葉市の、「夫」や「妻」の言葉を「パートナー」に言い換える政策は、男性が社会機能的に女性を代表するものとして創造されたという聖書の教えに反する。 

社会機能的な差が悪いものであるならば、社長が社員のリーダーであるということも悪ということになるが、そんなことを言ったら、世の中は混乱する。 

軍隊には、上官と部下の間に厳しい上下関係がある。効率的に機能するためである。 

性差を悪と見るのは、組織を機能不全に陥らせる間違った態度である。