高ぶる目とおごる心――悪者のともしびは罪である。(箴言21・4)


ここで「ともしび」と訳されているヘブル語「ニール」は、耕作地という意味である。

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したがって、ここは


高ぶる目とおごる心、悪者の耕作地は、罪である。


と訳すべきである。

キング・ジェームズ訳は「耕起」と訳している。


An high look, and a proud heart, and the plowing of the wicked, is sin.(KJV)

高ぶる目とおごる心、そして悪者の耕起は、罪である。


ASVやEnglish Standard Versionなど新しい翻訳は「ともしび」と訳している。


A high look, and a proud heart, Even the lamp of the wicked, is sin.(ASV)

Haughty eyes and a proud heart,the lampa of the wicked, are sin.(ESV)

Lofty eyes, and a proud heart, the lamp of the wicked, is sin.(Darby)

高ぶる目とおごる心、悪者のともしびも、罪である。


この言葉は、他の箇所では、ほとんど「耕作地」と訳されている。

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「ニール」には「ともしび」という意味はない。

どうして新しい翻訳がそのように訳したのか不明である。

それゆえ、ここでは「耕作地」という意味で解釈する。

高ぶる目とおごる心が罪であることは理解できる。

しかし、悪者の耕作地がなぜ罪なのか。

文脈を見ると、その直前ではこのように書かれている。


人は自分の道はみな正しいと思う。しかし主は人の心の値うちをはかられる。

正義と公義を行なうことは、いけにえにまさって主に喜ばれる。(箴言21・2-3)


耕作地は、富を生み出す場所である。

労働とそれによって得られる富は、人間にとって当然のことであり、罪ではない。

それゆえ、人は、自らの労働と富を「正しいと思」うが、しかし、「主は人の心の値うちをはかられる」。

悪者は、自分の労働と富、そして神への「いけにえ」を捧げることで、自己満足に陥り、高ぶり、おごる。

しかし、彼は「正義と公義」をないがしろにしている。

それゆえその「耕作地」は罪になる。

いかに労働にいそしみ、富を蓄えても、正義と公義を無視し、誇り高ぶるならば、その、本来であれば正当なものである「耕作地」すらも罪になる。


きよい人々には、すべてのものがきよいのです。しかし、汚れた、不信仰な人々には、何一つきよいものはありません。それどころか、その知性と良心までも汚れています。(テトス1・15)


人間に与えられている高度な能力である「知性と良心」すらも、不信仰によって汚れる。

いかにすぐれた知性を持っていても、神を忘れ、誇り高ぶるならば、意味がない。

神は、われわれの労働や富やいけにえ、知性を見るのではなく、心の値うちをはかられる。

朝日新聞社の前で、ある団体が慰安婦の虚偽報道を糾弾するデモをやっていたときに、社屋の窓からニヤニヤ笑いながらデモ隊を見る人々がビデオに収められていた。

これを見て、何年か前に行われたウォール街デモの際に、シャンパングラスを片手にデモ隊を嘲笑する大企業の社員たちを思い出した。

https://www.youtube.com/...

今、朝日はどうなっているか。風前の灯火である。

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今、ウォール街はどうなっているか。トランプによるウォール街潰しにより、経営が悪化し、ビットコインで儲けて、トンズラを図っているという。

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高ぶりは破滅に先立ち、心の高慢は倒れに先立つ。(箴言16・18)