1. 

自衛隊はネガティブリストではなく、ポジティブリストで動く。 

ネガティブリストとは「○○をしてはならない。それ以外は自由」という規則。 

ポジティブリストとは「○○をしてもよい。それ以外は禁止」という規則。 

基本、軍隊はネガティブリストでなければ機能しない。 

なぜならば、戦場では無数の事例が発生するからである。 

いちいちポジティブリストを参照し「これはやっていいことのリストに入っているか」検討しながら戦争などできない。 

ネガティブリストは、禁止事項だけを決めて、あとは自由にする、「大人向けの規則」であり、ポジティブリストはその逆で「子供向けの規則」である。 

誰でも子供の頃は家の中で両親の支配下にいる。 

一つ一つの行動に許可とストップがかかる。 

ポジティブリストの世界である。 

しかし、大人になって独立すると、最低限してはならないこと以外のことは、自分の判断で自由に振る舞えるようになる。 

ネガティブリストの世界である。 

禁止命令は一見すると不自由で専制的な印象を受けるが、実際のところ、人に自由を与えるのである。 

聖書律法は、ネガティブリストの集合である。 

ポジティブな戒めは「心と思いと精神を尽くして神を愛し、隣人を自分のごとく愛しなさい」など少数である。 

ほとんどは「偽証してはならない。殺してはならない。姦淫してはならない。貪ってはならない。」などのネガティブな戒めである。 

だから、聖書律法は、神がわれわれを大人として扱っておられる証拠である。 

2. 

ネガティブリストは自由な社会を作り、ポジティブリストは不自由な社会を作る。 

コンビニの中で商品を持って歩き回っても窃盗罪にならない。それを会計を済まさないままに持ち出すと罪になる。 

「会計を済まさないままに持ち出す」「商品を店内で消費するまたは毀損する」以外のことは原則として自由である。 

たとえポケットや鞄の中に入れたとしても、会計時にそこから取り出せば、罪にならない。 

これと同じように、日本の体制はネガティブリストに基づいているので、禁止事項以外、原則何をやっても自由である。 

交通法規を守っていれば、夜中でも運転ができ、国内ならどこにでも車で行ける。 

北朝鮮やソ連のような共産主義国は、ポジティブリストの国である。 

国民は共産主義を信じ、そのために粉骨砕身し、その指導者を賛美し、服従しなければならない。 

このポジティブな命令があると、自由に行動できない。 

スターリンの演説への拍手を最初に止めると疑われるので、他の人がいつ拍手を止めるかビクビクしながら見守る。 

へたなところで写真を撮れば、逮捕されることもある。 

指導者や共産主義思想を非難すると、反革命の烙印を押されてKGBに逮捕され、収容所で強制労働させられる。 

常に密告を恐れながら生活せざるを得ない。 

3. 

クリスチャンは、イエスによって自由を与えられたのである。 

聖書の戒め以外は、基本、自由である。 

もちろん、国や地方自治体が定めた規則にも従うが、それらの規則以外、自由である。 

教会や他のクリスチャンは、自分が明確な罪を犯さない限り、自分を裁けない。 

裁判では、告訴する人は、はっきりとした証拠を提示できなければならない。 

もし印象とか評判だけで人を裁けるようになったら、ポジティブリストの世界になる。 

人の目を過剰に恐れながら生活することになる。 

クリスチャンになってからも「教会に黒以外の色の服を着ていくと不信仰に見られる」といった類いの人間の規則に縛られているならば、「何のために救われたの?」と聞きたくなる。 

クリスチャンはこういった慣習やら評判やら勝手に作った戒めによる人からの裁きを一切受ける必要はない。 

もちろん、地域性やら集団の特殊性を考慮して作られた規則には従うべきだ。 

しかし、聖書のどこにも禁止されていない食べ物を禁止するなどの、無意味な規則に縛られる必要はない。