そうなると、テーマは天孫降臨神話ではない。天照大神を天照大神たらしめている「天岩戸(あまのいわと)開き神話」である。すなわち、大嘗祭で行われる儀式の根幹は、皇太子が天照大神となり、天岩戸開き神話を演じることにあるとはいえないだろうか。
といっても、洞窟を造って、そこに隠れるわけではない。重要なのは、天照大神=イエス・キリストの死と復活である。したがって、大嘗祭の根幹である天照大神の食事は、イエスが12使徒たちと開いた「最後の晩餐」。御食に臥すとは、遺体となって横たわること。大嘗祭に着る「麁服(あらたえ)」は真っ白な死に装束で、死んだイエスを包んだ聖骸布(せいがいふ)をそれぞれ意味するのである。こうして、イエス・キリストの死と復活を自らなぞることにより、人間としての皇太子は死に、天皇として復活する。これが最奥義である。(前掲書)
大嘗祭は、キリストの公生涯を記念し、天皇がキリストに倣う者であることを象徴する儀式なのかもしれない。
1.聖水沐浴―バプテスマ。
イエスの公生涯はバプテスマから始まった。
2.神人共食―聖餐式。
イエスは十字架の前夜、弟子たちと最後の晩餐を取られた。
3.御衾秘儀―死と復活。
イエスは十字架上で死に、三日目によみがえられた。
大嘗祭は、イエスの公生涯をなぞっているのである。
私は、これを見るときに、真名井神社から伊雑宮までのレイラインを想起する。
このライン上に次の諸神社が配置されており、イエスの生涯の過程を示している。
(1)真名井神社は天照大神の産盥があり、その生誕の地と言われる。
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(2)籠神社の参道は天橋立である。イスラエルの民が紅海を渡ったことを連想させる。
(3)外宮には、マナの壺とモーセの青銅の蛇があると言われている。旧約時代において約束されていたメシアを象徴。
(4)内宮には、十字架と契約の箱があると言われている。キリストの贖いの成就を象徴。
(5)天岩戸神社は、復活を象徴。
(6)伊雑宮の象徴は鶴である。昇天を象徴。
これらの神社及び皇室の行事を司っている秦・物部両氏のルーツはキリスト教である。
多神教やアニミズムは、日本の本質を隠すためのダミーである。
日本は、世界最古のキリスト教国であり、日本人は神の民なのである。