私は再建主義の次世代のために働いています。そして、その人々が私たちの築いた土台の上に新しいものを築かれることを期待しています。
これは「他の目的は一切ありません」。つまり「恩を売る」とか「先輩として優位に立つとか」はありません。
純粋に聖書的な理由から積極的に評価しています。
つまり、「神の国 は世代を経るごとに拡大しなければならない」という理由「だけ」が私のうちに存在します。
「次世代は苦労しないでいいだろう。われわれに感謝しろよ」というような意味はまったくありません。
なぜならば、われわれに与えられた苦労はわれわれに割り当てられた「務め」だからです。
これは、神の賜であり、私たちの功績ではありません。
私たちが苦労したのは、自慢するためでも、己を高めるためではありません。
もっぱら神の賜であり、恵みです。
ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。(1コリント15・10)
だから、次世代が高いところから出発するのは、私たちの願いであり、これまでのキリスト教のように、世代がたつごとに「無変化」もしくは「劣化する」ようなことはあってはならない。
そしてその次世代に「お前たちはいいよなぁ~。苦労知らずで」というような嫌みを言うつもりはまったくない。
なぜならば、次世代には次世代の課題があって、神が用意しておられるから。
19世紀から20世紀にかけて、教会は聖書信仰とポスト・ミレを捨てたために、劣化してきました。
神の国は世界中で著しく縮小した。19世紀末に、ほとんどの農夫が教会に通っていたロシアは、ロシア革命によって徹底的に破壊されました。
私は、次世代が今の世代の経験や仕事を学習・吸収・消化しないでその時代を築くことを恐れます。
なぜならば、われわれと同じ苦労を繰り返すことになるので。
ステップアップしてほしいと思っています。
そのためにこそ、著作を出したり、学校を作ったり、翻訳を進めたりしないといけない。
もしわれわれの世代が継承に失敗したら、契約的には、あまり意味のない活動をしたということになります。
だから経済的に力をつける必要があると考えています。