1.
先日、聖書的な教育を忠実に行っている学校の授業を参観させていただいた。
大変素晴らしい授業であった。旧約聖書から授業が行われていた。
子供たちに、きちんとヨシュアとカレブ率いるイスラエルによるカナン人の聖絶が教えられていた。
普通、ヒューマニズムに汚染された学校では、このような聖絶は「残酷」と教えられる。
「神が女性や子供まで殺すように命令されたとはひどい」と。
これは、この世界の主人公が誰であるか勘違いしているから起きる批判である。
この世界は「神が創造された世界」である。
だから、神の戒めを破り、子供を火の中に入れて焼き殺すような儀式を延々と何百年も行うような文化は絶滅されるべきである。
そして文化だけではなく、このような儀式を行う人々も神は絶滅を命令された。
神は「このような悪魔崇拝をするような人々は、この地上に生きる権利がない」と判断しておられることがこの事実からわかる。
人間はあくまでも被造物であり、この世界において神の許しがあってはじめて生存できる。
この厳粛な事実を聖書が啓示しているのであるから、われわれはそれを子供たちに教えなければならない。
それをヒューマニズムの学校では「人間が主人公である。人間を超える権威は存在しない」という前提で教育が行われるので、悪魔崇拝に走る人々が育っても当然と言える。
この聖書的な学校における授業で行われていたような教育が全世界に広がる必要がある。
私たちが授業の感想を語り合っていたときに、たまたま物部氏とその神社である籠神社に関する話題になった。
すると、不思議なことに、われわれの会話を何も聞いていないはずの隣の部屋で、児童が「カゴメ歌」を歌い始めた。
これは偶然とは思えない。
しかも、子供に、カゴメ歌が籠神社の歌である知識があるはずがない。
その学校でカゴメ歌を教えているわけでもない。
これは、明らかに神の御業である。
神が、日本人の覚醒を期待しておられる証拠であろう。
2.
聖絶の命令を一般化してはならない
この授業では、イスラエルが聖絶を行ったのは、イスラエルが善だったからか、と尋ね、明確に「ノー」と言われた。
そのとおりである。
イスラエルは神に命令されたのでそれを行っただけである。
「あなたが彼らの地を所有することのできるのは、あなたが正しいからではなく、またあなたの心がまっすぐだからでもない。それは、これらの国々が悪いために、あなたの神、主が、あなたの前から彼らを追い出そうとしておられるのだ。また、主があなたの先祖、アブラハム、イサク、ヤコブになさった誓いを果たすためである。」(申命記9・5).
それゆえ、クリスチャンは「悪魔崇拝をしているからという理由だけで、ある民族を絶滅する権利がある」ということにはならないと理解すべきである。
われわれは「キリスト教徒が政治を行うと、悪魔崇拝者を皆殺しにするのか」という疑問には、聖書的に言えば「ノー」と答える。
聖絶の命令を一般化してはならない。