タバコには、中枢神経を興奮させ心拍数の増加や呼吸を促進させるニコチンが入っている。 

だから、休憩時間に人々はタバコを吸うのである。 

通常の生活では味わえない「変化」が体験できるからである。 

マンネリズムの緩和という人間の奥深い欲求を神はご存じである。 

だから、タバコの葉を創造され、それを嗜好するようにとわれわれに提供しておられるのである。 

なぜコーヒーにカフェインが入っているのか。 

これも同じ理由である。 

ご飯や野菜、味噌汁、おかずのような、われわれの活動に必要なエネルギーを提供するものの後に、コーヒーを飲むと快適なのは、「変化」とマンネリズムの緩和がもたらされるからである。 

なぜ神は酒を創造されたのか。 

アルコールは、ストレスを緩和させると同時に、日常の生産活動では味わえない変化を与えるからである。 

酒を味わうような人は、アル中にならないという。 

アル中が求めるのは味ではなく「酩酊」だけである。 

これは、神が酒をお与えになった限度を超えて「酒に溺れた」結果である。 

神は、生産活動に変化を与えるために「適度な幻想の世界」を見ることを人間に許し給う。 

鎮痛剤は、一時的な痛みの緩和のためであって、常時痛みのない状態を作り出すためではない。 

そんなことをしたら、危険を察知する能力が退化してしまう。 

われわれに、タバコや酒、コーヒーなどの嗜好品が与えられているのは、あくまでも生産活動により「神の国を建設する」ためである。 

製造業などの実業だけではなく、芸能界や興業などの虚業があるのは、人々の生活に変化を与え、翌日の生産活動を効果的にするためである。だから、本質的に、それらは虚業などではない。 

工場で働いている人々が休日や仕事帰りに映画やコンサートに行くのは、通常の生産活動に変化を加えて生活のマンネリ化を防ぐためである。 

嗜好品や虚業は、神の国建設にとって必要である。 

酒、タバコ、コーヒー、映画や音楽を拒否する人は、神に対して「神の国にはこれらは無駄なものです」と言っているようなものである。 

全知の神が創造したものについて文句を言うポリコレは、サタンの活動である。