高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。(ローマ8・39)
1.
被造物を恐れてはならない。
つらい体験によってトラウマができると、それに関係する被造物をいつまでも恐れるようになる。
とくに人の評価は恐怖になりやすい。
いじめを経験した人は、人の目を気にするかもしれない。
人を恐れるとわなにかかる。しかし主に信頼する者は守られる。(箴言29・25)
人を恐れると、かえって「わなにかかる」のである。
「人に救ってもらおう」とすると逆にいじめられるのである。
人に頼ると、必ず裏切られる。
主にだけ信頼すべきである。
「主に信頼する者は守られる」。
この訓練を積むために、私は恐れの対象になりそうな人々を見るときに「彼らは私の最終運命を決定できない」と考えるようにした。
神に信頼すれば、不思議と人からの対応もよくなる。
主は、人の行ないを喜ぶとき、その人の敵をも、その人と和らがせる。(箴言16・7)
要するに、人間関係を支配しておられるのは、神なのである。
だから、われわれが恐れるべきは、神だけである。
2.
われわれの前に、天使が突然現れて「お前は、呪われている。」と叫んだとしても、われわれは「うるさい。消えろ!」と言えばいい。
どんな被造物も、神の愛から、私たちを引き離すことはでき
ないのである。
「高さも、深さも」
つまり、どんなに高い塀も、どんなに深い淵も、われわれに対する神の愛を妨害するものはない。
「主キリスト・イエスにある神の愛」
神がわれわれを愛されるのは主キリスト・イエスによって「子としての身分を与えられたから」である。
あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父」と呼びます。(ローマ8・15)
われわれは、三位一体の家族の一員として招かれ、そして、一員となった。
父子聖霊から成る永遠の家族である三位一体の愛の関係の中に入った。
被造物が造られる前に、神だけがおられた。
三位の神は、互いに永遠の家族である。家族の構成員は互いに愛しあっていた。
父よ。お願いします。あなたがわたしに下さったものをわたしのいる所にわたしといっしょにおらせてください。あなたがわたしを世の始まる前から愛しておられたためにわたしに下さったわたしの栄光を、彼らが見るようになるためです。(ヨハネ17・24)
「あなたがわたしを世の始まる前から愛しておられた」
御父は御子を世界の創造前から愛しておられた。
われわれが子となったということは、この父子愛の中にわれわれも入ったということを意味する。
御父にとって、われわれは「子」であり、それゆえ他人ではない。
「世界の創造前からあった愛」の中にわれわれは入れられた。
イエスはこのために十字架につかれた。
あなたがわたしに下さったものをわたしのいる所にわたしといっしょにおらせてください。
「御父が御子に与えられた人々」つまりクリスチャンは、御子のいる所に御子といっしょにいるようになる。
つまり、われわれは「御子と同じ愛を受ける」ということである。
これは、被造物レベルの話ではなく、創造前の神のレベルの話である。
われわれは「被造物がまだ存在しない神しかおられなかった時代の神の愛の中に入れられた」ということである。
だから、「高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはでき」ないのである。
3.
われわれは、神の目から見て、被造物を超越した価値を持つ。
それゆえ、われわれは被造物を超越した生き方をすべきである。
被造物を恐れ、それに影響を受け、小突きまわされ、右往左往するような生き方ではなく、神の三位一体の間に存在した永遠の愛の中にいる者として堂々と生きるべきである。