紀元2世紀に「原始基督教が直接入って来た」という事実は、初代教会の人々が、日本を特別視していたことを示していると思われる。 

どのように特別視していたのだろうか。 

ユダヤ人の祖国であるイスラエルは、ローマによって滅ぼされた。 

しかし、イエスは旧約聖書を成就するために来られ、アモス9・11に示された預言はイエスによって成就したはずである。 

すなわちイエスは「ダビデの倒れている仮庵を起こし、・・・廃墟を復興し、昔の日のようにこれを建て直」されたはずである。 


その日、わたしはダビデの倒れている仮庵を起こし、その破れを繕い、その廃墟を復興し、昔の日のようにこれを建て直す。(アモス9・11) 


これは、どこかに復興したイスラエルがなければならないという意味である。 

弟子たちは、その再興された国を求めていた。 


彼らといっしょにいるとき、イエスは彼らにこう命じられた。「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。 
ヨハネは水でバプテスマを授けたが、もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです。」 
そこで、彼らは、いっしょに集まったとき、イエスにこう尋ねた。「主よ。今こそ、イスラエルのために国を再興してくださるのですか。」 
イエスは言われた。「いつとか、どんなときとかいうことは、あなたがたは知らなくてもよいのです。それは、父がご自分の権威をもってお定めになっています。(使徒の働き1・4-7) 


「イスラエルのために国を再興してくださる」のは、「父がご自分の権威をもってお定めになっています」。 

イエスは、イスラエルの再興を否定されなかった。 

もちろん、すでに述べたように、イスラエルは教会という形で再興されたのである。 


どうか、この基準に従って進む人々、すなわち神のイスラエルの上に、平安とあわれみがありますように。(ガラテヤ6・16) 


「この基準に従って進む人々」こそが「神のイスラエル」である。 

「この基準に従って進む人々」とは前節の「割礼を受けているか受けていないかは、大事なことではありません。大事なのは新しい創造です」から「新しい創造」によって生まれた人々、すなわち、「信仰によって再生された人々」が「神のイスラエル」であるとわかる。 


だから、わたしはあなたがたに言います。神の国はあなたがたから取り去られ、神の国の実を結ぶ国民に与えられます。(マタイ21・43) 


新しい時代において、神の国は「割礼を受けた人々」つまりユダヤ人に限らず、「神の国の実を結ぶ国民」に与えられる。 

ユダヤ人だけではなく、あらゆる国々の人々がイスラエルとなった。 

この意味において、新約時代において、イスラエルとは特定の民族の国を意味しない。 

しかし、「中国の古文書に日本が世界の中心であると記されている2」においてすでに述べたように「イスラエル人がアイデンティティを確保するために、南北朝統一イスラエルの建国を望んだ」ことは否定できない。 

なぜならば、イエスはディアスポラのユダヤ人を集めると語っておられるからである。 


わたしにはまた、この囲いに属さないほかの羊があります。わたしはそれをも導かなければなりません。彼らはわたしの声に聞き従い、一つの群れ、ひとりの牧者となるのです。(ヨハネ10・16) 


この話の時点で「羊」とはユダヤ人のことである。 

「囲いに属さないほかの羊」とは、ディアスポラのユダヤ人を意味する。 

ヤコブは「十二部族」を気にかけている。 


神と主イエス・キリストのしもべヤコブが、国外に散っている十二の部族へあいさつを送ります。(ヤコブ1・1) 


「国外に散っている十二の部族」とは、すなわち「イスラエル十二部族」を意味する。 

パウロは、ユダヤ人について心配している。 


もしできることなら、私の同胞、肉による同国人のために、この私がキリストから引き離されて、のろわれた者となることさえ願いたいのです。(ローマ9・3) 


ここで「私の同胞、肉による同国人」とはユダヤ人のことである。 

つまり、聖書では「諸民族からなる霊的イスラエル」だけではなく「ユダヤ人からなる肉的イスラエル」についても言及しているのである。 

そしてそのイスラエルはイエスにより「一つの群れ、ひとりの牧者となる」と預言されている。 

聖書において、ユダヤ人の民族的アイデンティティはけっして切り捨てられていない。 

ダビデやソロモンの時代のように「肉的イスラエル」は復活する。 

パレスチナのユダヤ人は、ディアスポラのユダヤ人と再び一つとなり、イスラエル王国は再興されねばならない。 

このような事実を知るときに、私は「初代教会の人々がなぜエルサレム陥落の後に、日本に直行したのか」の理由が、実は「イスラエルの民族的再興」の目的があったのではないだろうかと推測するのである。 

皇室の紋章である「十六花弁菊花紋」と「十二花弁菊花紋」は、イスラエルのそれでもある。 


「古代ヘブライでは十六弁の菊花紋は全世界向けの場合に用いられ、十二弁はイスラエル十二支族に限る場合のみ用いられた。」(飛鳥昭雄『ユダヤから来た日本の妖怪たち』、工学社) 


イスラエル南北王朝の象徴である「獅子と一角獣」が、皇室の紋章でもあることと合わせると、この推測の妥当性は増す。 

日本は、イエス・キリストを王とするイスラエル南北統一王朝なのではないだろうか。