聖書にははっきりと「救われる人は永遠の昔に予定されている」と書いてあります。 

「この方にあって私たちは御国を受け継ぐ者ともなりました。みこころによりご計画のままをみな行なう方の目的に従って、私たちはあらかじめこのように定められていたのです。」(エペ1・11) 

これが宗教改革者たちの主張でしたが、後にアルミニウスという神学者が現れ、「救いは半分、人間側の働きによる」と唱えました。 

人間も努力しなければ、救われない、と。救いが実現するのは「神と人間の共同作業だ」と。 

これは人間の側に栄光を残す野心の現れです。 

聖書では、「人間はアダムにおいて罪を犯し、死人となり、救いに関しては徹底的に無力になった」と教えており、人間の側に栄光は一切ありません。 

予定論の否定は「神に敵対する人間王国の野望」が背景にあり、聖書を信じるクリスチャンにとって、受け入れられるものではありません。