1. 

この世では、過剰な善人はサタンの餌食である。 

良心的になろうとする人、人に対してやさしい人、反省心の強い人、全員、サタンにつけ狙われる。 

良心的になることも、人に対してやさしいことも、反省心が強いことも、それ自体では間違いではない。 

しかし、度が過ぎると、それは、心の隙になる。 

サタンは、その良心ややさしさや、反省心を利用する。 

「その程度の反省でいいと思っているのか」と責め立てる。 

際限のない反省という罠に落とそうとしている。 

反省ばかりさせることによって、神の国建設のために働けないようにしたいのである。 

精神病院は、心のやさしい人であふれている。 

限度を知らない善意や反省は、実は敵に対する心の隙なのである。 

2. 

クリスチャンは王である。 

クリスチャンは、王であり続けるために、神は安息日の制度を設定された。 

借金があっても7年たてばご破算になる。 

7年たっても返すことができない借金は、王としての地位からの脱落であり、ノンクリスチャン化を意味する。 

クリスチャンは、8年目にもとに復帰しなければならない。 

誰にも借金のない状態に復帰しなければならない。 

そのため、クリスチャンは、借金をする場合に、クリスチャンに対してすべきであり、貸主のクリスチャンは、借主のクリスチャンに対して、7年目に徳政令を発する用意がなければならない。 

なぜならば、そのクリスチャンは王であるから。 

クリスチャンは、互いに王として相手を認識しなければならない。 

互いに、相手が王としての地位に復帰するように手助けしなければならない。 

そうしないと、神の国は容易にノンクリスチャンの手に落ち、ノンクリスチャンが世界をコントロールするようになる。 

再び悪魔の支配がはじまる。 

3. 

神の国は、資産と権力を有するクリスチャンの存在があってはじめて成立する。 

クリスチャンが資産家となり、あらゆる領域を支配下に置くことを目指さなければ、いつまでたってもノンクリスチャンの論理が通用する世界が続く。 

放送局の株式がノンクリスチャンによって保有されることによって、放送を通じてノンクリスチャンの価値観が拡散され、ハリウッドがノンクリスチャンによって支配されることによって、反キリストの映画や芸術が広まり、教育機関をノンクリスチャンによって占領されれば、反キリストの教えが大学や学校を通じて垂れ流される。 

外国人が今日、放送施設を占領しているため、反日報道が連日流されている。 

彼らは互いに助け合い、仕事を融通しあって、自分たちだけでお金が回る世界を作り上げている。 

どんなに日本の景気が悪くなっても、パチンコマネーが放送局に流れ、パチンコのCMがあふれている。

どんなに反日の番組が作られて、日本人に不利な情報が流れて、人気を失っても、パチンコマネーによって支えられている放送局はつぶれない。 

クリスチャンは、互いに助け合い、クリスチャンが世界をコントロールできるように配慮し合うべきである。 

仕事を管理する立場にあるならば、できるだけクリスチャンに仕事を発注すべきである。 


わたしの弟子だというので、この小さい者たちのひとりに、水一杯でも飲ませるなら、まことに、あなたがたに告げます。その人は決して報いに漏れることはありません。」(マタイ10・42) 


同胞のクリスチャンを助けるならば、天に宝を積むことができる。 

クリスチャンの勢力を強化することこそ、安息日や安息年の制度の目的である。 

ユダヤ人が世界を支配しているのは、このようにして安息日や安息年の制度を通じて、同族同士で互いに助け合ってきたからである。 

4. 

過剰な反省や善意は、過剰な負債である。 

われわれは、自分の心に対してリミッターを設定しなければならない。 

それ以上反省すると、心が停止するように、限度を設けるべきである。 

「これ以上反省したり、後悔すると逆にやられてしまうな」と考えて、意思によって反省をやめることである。 

自分に安息を課して、徳政令を発するべきである。 

良心の呵責に苦しんでいるならば、それを忘れて、ゼロベースに戻るために、自分に安息日を与えるべきである。 

イエス・キリストは、われわれの過剰な良心を抑制するための救済である。 


すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。(マタイ11・28) 


サタンに隙を与えないためには、イエス・キリストにすべての重荷をゆだねる必要がある。