1.
北朝鮮について祈っていなかったが、最近祈りだしたら、これ。
金正男の暗殺。
これも一種の「気違い沙汰」である。
北朝鮮の恐ろしさをいちいち我々が説明しなくても、この事件を見るだけで、わかってしまう。
常々、中国、韓国については「気違い沙汰をやりますように」と祈っている。
世界中に特ア3国の異常さが伝わらない限り、日本の受難は続く。
2.
彼らは、嘘つきなのである。しかも、人を貶めるための嘘をつく。
「中傷は最悪の罪であり、そんなことをしたら呪われる」とわかっていない。
ガキっぽい。
大人ならば、経験からわかるはず。
クリスチャンは、破壊工作が有効なのは一時的と知っている。
なぜならば、この世界がイエス・キリストの御国であると知っているから。
イエス・キリストがトップにおられるので、最終的に罪は裁かれる。
悪事を行っても、最終的にその努力が水泡に帰すると知っているのでやらない。
神を恐れない無神論者や偶像礼拝者は、こういう知識がなく、近視眼である。
だから、神の国のための活動を妨害する。
3.
SNSでキリスト教に関して悪口雑言を言う人物を何人か知っている。
何度か忠告したがやめない。
何かの悪霊でも憑いているのだろう。
いずれいろんなことが起きてくる。
周りでどんどん人やらペットやらが死んでいく。
わたしを見失う者は自分自身をそこない、わたしを憎む者はみな、死を愛する。」(箴言8・36)
神を憎むと、死がさっと近づいてくる。
神への批判をやっている人の横では、死神(という名の悪霊)が命を奪おうと待ち構えている。
人の悪口を言うだけでも、相当な不幸を背負い込むのに、天地万物を創造された方の悪口を言ったらどうなるのか。
ひとたまりもない。
4.
「わたしを見失う者は自分自身をそこな」う。
キリスト教信仰に入っても、それから離れ、世俗的な生活をし、しまいには、占いや偶像礼拝に手を出すとか、霊的世界の恐ろしさを知らなすぎる。
神から離れると、必ずダメージを受ける。
変な事故に巻き込まれたり、ちょっと考えられないような人と出会ってえらい目にあったり。
私の家族は、私が小学6年生のときに教会から離れた。そして、大学に入ってようやく教会に戻った。
その間、悪霊の仕業としか思えないことがいろいろと起きた。
クリスチャンは、祈りの中においてはじめて守られる。
群れからはぐれて、祈りの外に置かれたら、敵からの攻撃にさらされまくる。
私は神から離れること、逆らうことがどのようなことになるか体験で知っているので、今、耳にする信じられないような教職者や信徒の悪行に驚いてしまう。
「よく、怖くないなあ」と。
そして「こんなことしてたら、絶対裁かれるから」と思う。
神の恐ろしさを知らない人が多い。