人に救ってもらおうとする態度は、諸悪の根源である。
神を忘れ、人に期待し、人の中で受け入れられることを第一に求めるきっかけとなるのが雑婚である。
誰と結婚するかはきわめて重要である。
結婚は、三位一体の神の間の契約を象徴している。
神は人を似姿として造り、男と女に創造された、とある。
つまり、男女関係は神の似姿である。男と女はそれぞれが一個の人間であるが、契約を結んで夫婦となると「一体化」し、法的に一人として行動する。
不倫が重大な罪であるのは、神の契約を象徴するはずの結婚契約に対する違反だからである。
人間は、神の三位が互いに対して契約的に忠実であるように、配偶者に対して忠実でなければならない。
ノンクリスチャンと結婚すると、ノンクリスチャンと一体化するので、ノンクリスチャンの価値観に強く影響される。
ともに共通の目標を神の国建設に置けないような夫婦関係を結ぶことによって、クリスチャンは大きく退歩する。
ノアの大洪水は、セツの系列の人々(つまりクリスチャン)がカインの系列の人々(つまりノンクリスチャン)と「容姿が美しいという理由だけで」結婚した結果として起きた。
神の子らは、人の娘たちが、いかにも美しいのを見て、その中から好きな者を選んで、自分たちの妻とした。(創世記6・2)
本来は、セツの系列がカインの系列よりも繁栄し、圧倒的な力を獲得し、地上を支配しなければならなかった。
しかし、雑婚による妥協により、次第に信仰が弱くなり、カインの系列の人々が勝利するようになった。
カイン系の人々は世界の政治・経済・文化を支配し、セツ系の人々は彼らに合わせた。
全体が堕落し、ついに神の裁きを招いた。
問題の根源は、セツ系の人々が、神の国を築くことより、自分の快楽を重視したことにあった。
「神の国なんてどうでもいい。この美しいノンクリスチャンと結婚したい」と。
こういう選択をした人は、次に
「神の国なんてどうでもいい。この名誉ある地位につきたい」
「神の国なんてどうでもいい。この商談を成功させたい」
「神の国なんてどうでもいい。この学位を取りたい」
・・・
という選択もするだろう。
結局、人生が終了する段階になってその人にはいかなる報いも残っていない。
神の国の拡大のために与えられた人生を自分の欲望の成就のために浪費してしまった。
本当ならばその人によって拡大されていたはずの神的領域は、サタンの領域になっている。
自分の子供たちは、世俗的な価値観を持っており、神の国について無関心で、その拡大のためにまったく活動していない。
社会全体は、自分が若かった頃よりも悪魔的な雰囲気に支配されている。
このままだと世界的な大破局以外の運命は人類に残されていないように思える。
現代版大洪水を回避するには、クリスチャンは、人に救ってもらおうとしないことである。
真剣に神に求めるならば、必ず道は開けると信じる以外にはない。
目に見えない力に頼れるかどうか、これが鍵である。