仮にトランプが大統領になって、再建主義の影響を受けたティーパーティが政権にからむことになれば、一つ心配なことがある。
それは、自由放任主義。
再建主義は、リバタリアンではない。
再建主義は、聖書が教える福祉政策を取る。
聖書では、契約的社会は「組織体」である。
組織体とは、互いに有機的に関連している統一体である。
ですから、ちょうど、からだが一つでも、それに多くの部分があり、からだの部分はたとい多くあっても、その全部が一つのからだであるように、キリストもそれと同様です。
なぜなら、私たちはみな、ユダヤ人もギリシヤ人も、奴隷も自由人も、一つのからだとなるように、一つの御霊によってバプテスマを受け、そしてすべての者が一つの御霊を飲む者とされたからです。
確かに、からだはただ一つの器官ではなく、多くの器官から成っています。
たとい、足が、「私は手ではないから、からだに属さない」と言ったところで、そんなことでからだに属さなくなるわけではありません。
たとい、耳が、「私は目ではないから、からだに属さない」と言ったところで、そんなことでからだに属さなくなるわけではありません。
もし、からだ全体が目であったら、どこで聞くのでしょう。もし、からだ全体が聞くところであったら、どこでかぐのでしょう。
しかしこのとおり、神はみこころに従って、からだの中にそれぞれの器官を備えてくださったのです。
もし、全部がただ一つの器官であったら、からだはいったいどこにあるのでしょう。
しかしこういうわけで、器官は多くありますが、からだは一つなのです。
そこで、目が手に向かって、「私はあなたを必要としない」と言うことはできないし、頭が足に向かって、「私はあなたを必要としない」と言うこともできません。
それどころか、からだの中で比較的に弱いと見られる器官が、かえってなくてはならないものなのです。
また、私たちは、からだの中で比較的に尊くないとみなす器官を、ことさらに尊びます。こうして、私たちの見ばえのしない器官は、ことさらに良いかっこうになりますが、
かっこうの良い器官にはその必要がありません。しかし神は、劣ったところをことさらに尊んで、からだをこのように調和させてくださったのです。
それは、からだの中に分裂がなく、各部分が互いにいたわり合うためです。
もし一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、もし一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶのです。
あなたがたはキリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです。(1コリント12・12-27)
神の国は契約的社会であり、契約的社会とは、一つの体である。
「一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、もし一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶ」
だから、飢えて死にそうな人を放置するような社会ではない。
全体が調和をもって成長するような社会である。
そういう意味において、「弱肉強食」的社会ではない。
かといって社会主義でもない。
ソ連のような社会主義国では、企業が少数に制限され、競争が排除される。
車を作る会社は1社に限られる。
競争がないため、粗悪品が市場にあふれる。
仕事をいいかげんにしても、市場によって裁かれることがないので、努力が足りない企業でも生き残る。
契約的社会とは、「信賞必罰の社会」である。
契約の5条件の第4条件は「賞罰」である。
神は契約者の行動に応じて裁きを下される。
だから、神の国において市場競争は必要である。
企業は自らが送り出す商品の価値に応じて裁かれなければならない。
消費者は同業社の製品の中から優秀で安価なものを選ぶ権利を与えられるべきである。
「消費者によく奉仕する者が生き残る」という原理が徹底されなければならない。
市場競争と共存共栄。
この2つを同時に満たすのが神の国である。
市場競争に敗れた者は、再度チャレンジする機会を与えられるべきである。
各自が自分にふさわしい場を満たし、自分に与えられた人々に奉仕することによって、きめの細かいニーズに応じることができる。
新自由主義者は、ユダヤ金融資本の都合に合わせて国のシステムを作り替えている。
国が国民のために存在するのではなく、多国籍企業のために存在するようなシステムは、神の国の在り方ではない。
タルムードユダヤ人は、世界をONEにしようとしている。
ユダヤ系企業が世界を統一的に支配するようなシステムを構築しようとしている。
このような国と国民を犠牲にするような体制に対する抵抗としてトランプが登場したはずだ。
アメリカは、どうか国際主義者・ユニテリアン・世界政府主義者・世界統一宗教主義者に騙されず、国益を重視しながら、国際協調するような政策を取ってほしい。
また、安倍晋三首相は、国際主義やユニテリアンの理想をあきらめて、ONENESSを志向するのをやめてほしい。
世界は、三位一体論者を求めている。
ユニテリアンは、国境を撤廃し、単一の政府による世界支配を求めるが、トリニテリアン(三位一体論者)は、国境を重視し、多数の政府が協力しあって、一つの平和的世界を求める。