「御名があがめられますように」
「御国が来ますように」
「御心が天で行われるように地上でも行われますように」
イエスは、弟子たちに「このように祈れ」と主の祈りを教えられた。
それは、この3つの祈りから始まる。
祈りでもっとも重要な要素は、「名」「国」「心」である。
1.「名」
「御名があがめられますように」
祈りとはわれわれの願望であるので、まずわれわれが普段に抱く願望は、「名」、つまり「名誉」でなければならない。
それは、自分の名誉ではなく、神の名誉である。
万物の創造の目的は、神の名誉を高めることにある。
アダムが堕落してから、アダムの子孫は生まれながらに「自分の名誉」に固執する。
「神の名誉」などどうでもいい。
自分が人々からあがめられ、称賛を受け、キャーキャー言われることをひたすらに求める。
不思議だと思うのは、動物を侮辱しても、怒らない。
「カエルの面に小便」という言葉があるとおり。
しかし、人間に同じことをしたら誰でも怒る。
なぜか。
人間は、神の似姿として高貴に創造されたから。
侮辱されて怒るのは、神に似せて創造されたからである。
それゆえ、自尊心は神の似姿としての人間の栄光の性質である。
人間は、自尊心を持つがゆえに神を象徴し、それゆえ神の栄光を現わす。
しかし、行き過ぎると問題である。
自分が神の栄光を現わすために創造されたことを忘れて、自分だけが称賛と栄光を受けようとするならば、神のライバルになる。
ビートルズ旋風が巻き起こった頃、人々は、ステージ上の彼らを見て、黄色い歓声を浴びせ、失神し、涙を流した。
これは、彼らが疑似神になったことを示す。
ジョン・レノンが「われわれはイエス・キリストよりも有名だ」と言った。
人間の間であがめられるものは、神の前で憎まれ、きらわれます。(ルカ16・15)
神のライバルになる人は誰でも神に憎まれ、嫌われる。
「自分は神になろうとしていないか?」
神に憎まれ、嫌われたくなければ、常に、このように自分に問いかけなければならない。
そして常に、称賛を受けたときは「神の恵みにより」と言って、栄光を神に帰すべきである。
神の名誉を求めることは、この世界の秩序の認識である。
この世界が神を中心としてできていることを認めることである。
それゆえ、進化論を信じることは、神の名誉を貶めることにほかならない。
万物は神の創造であり、もっぱら神の栄光のために存在するということを認めない科学の学説は、冒涜であり、それゆえ、唾棄すべきである。
2.「国」
「御国が来ますように」
われわれの第2の願いは、「神の国の到来」でなければならない。
つまり、この世界から悪魔が駆逐され、神の御支配が実現することを求めるべきである。
日本において、外国の利益のために働く邪悪な政治家や、労働者を搾取するブラック企業、悪魔的な音楽、芸術、神を神としない教育・・・、こういったものが一掃され、排除されることを求めるべきである。
神の国とは、「自由と愛と秩序」が調和した領域である。
ロック音楽には、秘密結社OTOの悪魔崇拝者アリスター・クロウリーの思想が浸透している。
クロウリーの思想は、
・汝がしようとすることをなせ。これが法のすべてだ。
・愛は法である。
・すべての男女はスターである。
http://www.popsubculture.com/pop/bio_project/aleister_crowley.html
これは、聖書の神を人間に置き換えた思想である。
つまり、エデンの園においてサタンがエバを誘惑したとおりである。
サタンはエバに「あなたは賢くなれるのです!」と言った。
神抜きでの「自由と愛と秩序」こそがこの誘惑の本質である。
ロックの歌詞には、このようにサタンの誘惑の言葉が満ちている。
アメリカのギタリスト、ヌーノ・ベッテンコートは、「この方向にだけ進め」と記した階段の図を掲示している。
https://www.facebook.com/nunorocks/photos/a.453187797984.239625.49357872984/10154464059702985/?type=3&theater
下の段から順に:
人種差別反対
性差別反対
反同性愛反対
反暴力
愛
平和
「同性愛」を肯定したうえでの、「愛と平和」。
これこそが、「神抜きの秩序」建設、つまり、バベルの塔である。
この方法で得られた「愛と平和」は、逆の結果を生む。
つまり、「暴力と差別と戦争」である。
フリーメイソンの象徴である「自由の女神」を掲げるアメリカが、暴力と差別と戦争にまみれているのがよい証拠である。
神を主として崇拝しない限り、どんな理想も、悪夢に代わる。
本当に「愛と平和」がほしいなら、神と神の法を求め、人間の法を否定すべきである。
神が支配される領域を拡大する以外に、真の解決はない。
3.「心」
「御心が天で行われるように地上でも行われますように」
神の「心」が行われないから、この世界は悲惨に満ちている。
天においては、罪が存在しないので、神の御心は完全に行われている。
天体の世界は天の象徴である。
天体は、法則にしたがって厳密に動いている。
イレギュラーがない世界なので、日食の時間を正確に予測できる。
しかし、地上は、人間の邪悪な心によって、イレギュラーに満ちている。
神の法に従えばすんなり行くところを、余計な野心が邪魔してうまく行かない。
貴闘力は無類のギャンブル好きで、付け人時代に力士に頼まれて買った馬券が40万円に化けたのをきっかけにどっぷりとギャンブルにはまった。
巡業のオーストラリアでカジノに行って、数千万の負債を背負った。それでもやめられない。現地でさらに友人に借りてさらにプレーを継続。さらに負け、わずか数万円しか手元に残っていない。しかし、それを賭けたところ、8千万のプラスになり、借金をその場で返したという。
事業をはじめ、焼肉屋を開いたが、毎日入る収益をそっくりギャンブルにつぎ込んで、従業員に支払うことができなくなった。
違法ギャンブルにまで手を出して、相撲協会追放、師匠の大鵬親方にも迷惑をかけ、理事長の席につけなくした。
ギャンブルがなければ、横綱にもなれた器が最終的に5億の負債を背負うことになる。(*)
サタンに自分の欲望を利用されると、本来すんなり行く道も行かなくなる。
これが、「御心が行われない地上」である。
罪と悲惨と汚れに満ちた地上。
天が御心どおりに動くように、地上でも御心が行われ、素晴らしい世界になるように。
(*)
TVで体験談が紹介されていた。URLが無効になったので詳細に誤りがあるかもしれない。
「御国が来ますように」
「御心が天で行われるように地上でも行われますように」
イエスは、弟子たちに「このように祈れ」と主の祈りを教えられた。
それは、この3つの祈りから始まる。
祈りでもっとも重要な要素は、「名」「国」「心」である。
1.「名」
「御名があがめられますように」
祈りとはわれわれの願望であるので、まずわれわれが普段に抱く願望は、「名」、つまり「名誉」でなければならない。
それは、自分の名誉ではなく、神の名誉である。
万物の創造の目的は、神の名誉を高めることにある。
アダムが堕落してから、アダムの子孫は生まれながらに「自分の名誉」に固執する。
「神の名誉」などどうでもいい。
自分が人々からあがめられ、称賛を受け、キャーキャー言われることをひたすらに求める。
不思議だと思うのは、動物を侮辱しても、怒らない。
「カエルの面に小便」という言葉があるとおり。
しかし、人間に同じことをしたら誰でも怒る。
なぜか。
人間は、神の似姿として高貴に創造されたから。
侮辱されて怒るのは、神に似せて創造されたからである。
それゆえ、自尊心は神の似姿としての人間の栄光の性質である。
人間は、自尊心を持つがゆえに神を象徴し、それゆえ神の栄光を現わす。
しかし、行き過ぎると問題である。
自分が神の栄光を現わすために創造されたことを忘れて、自分だけが称賛と栄光を受けようとするならば、神のライバルになる。
ビートルズ旋風が巻き起こった頃、人々は、ステージ上の彼らを見て、黄色い歓声を浴びせ、失神し、涙を流した。
これは、彼らが疑似神になったことを示す。
ジョン・レノンが「われわれはイエス・キリストよりも有名だ」と言った。
人間の間であがめられるものは、神の前で憎まれ、きらわれます。(ルカ16・15)
神のライバルになる人は誰でも神に憎まれ、嫌われる。
「自分は神になろうとしていないか?」
神に憎まれ、嫌われたくなければ、常に、このように自分に問いかけなければならない。
そして常に、称賛を受けたときは「神の恵みにより」と言って、栄光を神に帰すべきである。
神の名誉を求めることは、この世界の秩序の認識である。
この世界が神を中心としてできていることを認めることである。
それゆえ、進化論を信じることは、神の名誉を貶めることにほかならない。
万物は神の創造であり、もっぱら神の栄光のために存在するということを認めない科学の学説は、冒涜であり、それゆえ、唾棄すべきである。
2.「国」
「御国が来ますように」
われわれの第2の願いは、「神の国の到来」でなければならない。
つまり、この世界から悪魔が駆逐され、神の御支配が実現することを求めるべきである。
日本において、外国の利益のために働く邪悪な政治家や、労働者を搾取するブラック企業、悪魔的な音楽、芸術、神を神としない教育・・・、こういったものが一掃され、排除されることを求めるべきである。
神の国とは、「自由と愛と秩序」が調和した領域である。
ロック音楽には、秘密結社OTOの悪魔崇拝者アリスター・クロウリーの思想が浸透している。
クロウリーの思想は、
・汝がしようとすることをなせ。これが法のすべてだ。
・愛は法である。
・すべての男女はスターである。
http://www.popsubculture.com/pop/bio_project/aleister_crowley.html
これは、聖書の神を人間に置き換えた思想である。
つまり、エデンの園においてサタンがエバを誘惑したとおりである。
サタンはエバに「あなたは賢くなれるのです!」と言った。
神抜きでの「自由と愛と秩序」こそがこの誘惑の本質である。
ロックの歌詞には、このようにサタンの誘惑の言葉が満ちている。
アメリカのギタリスト、ヌーノ・ベッテンコートは、「この方向にだけ進め」と記した階段の図を掲示している。
https://www.facebook.com/nunorocks/photos/a.453187797984.239625.49357872984/10154464059702985/?type=3&theater
下の段から順に:
人種差別反対
性差別反対
反同性愛反対
反暴力
愛
平和
「同性愛」を肯定したうえでの、「愛と平和」。
これこそが、「神抜きの秩序」建設、つまり、バベルの塔である。
この方法で得られた「愛と平和」は、逆の結果を生む。
つまり、「暴力と差別と戦争」である。
フリーメイソンの象徴である「自由の女神」を掲げるアメリカが、暴力と差別と戦争にまみれているのがよい証拠である。
神を主として崇拝しない限り、どんな理想も、悪夢に代わる。
本当に「愛と平和」がほしいなら、神と神の法を求め、人間の法を否定すべきである。
神が支配される領域を拡大する以外に、真の解決はない。
3.「心」
「御心が天で行われるように地上でも行われますように」
神の「心」が行われないから、この世界は悲惨に満ちている。
天においては、罪が存在しないので、神の御心は完全に行われている。
天体の世界は天の象徴である。
天体は、法則にしたがって厳密に動いている。
イレギュラーがない世界なので、日食の時間を正確に予測できる。
しかし、地上は、人間の邪悪な心によって、イレギュラーに満ちている。
神の法に従えばすんなり行くところを、余計な野心が邪魔してうまく行かない。
貴闘力は無類のギャンブル好きで、付け人時代に力士に頼まれて買った馬券が40万円に化けたのをきっかけにどっぷりとギャンブルにはまった。
巡業のオーストラリアでカジノに行って、数千万の負債を背負った。それでもやめられない。現地でさらに友人に借りてさらにプレーを継続。さらに負け、わずか数万円しか手元に残っていない。しかし、それを賭けたところ、8千万のプラスになり、借金をその場で返したという。
事業をはじめ、焼肉屋を開いたが、毎日入る収益をそっくりギャンブルにつぎ込んで、従業員に支払うことができなくなった。
違法ギャンブルにまで手を出して、相撲協会追放、師匠の大鵬親方にも迷惑をかけ、理事長の席につけなくした。
ギャンブルがなければ、横綱にもなれた器が最終的に5億の負債を背負うことになる。(*)
サタンに自分の欲望を利用されると、本来すんなり行く道も行かなくなる。
これが、「御心が行われない地上」である。
罪と悲惨と汚れに満ちた地上。
天が御心どおりに動くように、地上でも御心が行われ、素晴らしい世界になるように。
(*)
TVで体験談が紹介されていた。URLが無効になったので詳細に誤りがあるかもしれない。