1.
『シビル・ウォー』という映画を見たが、米国の近未来市民戦争の映画かと思ったら、何かシリーズもののSF映画であった。
しかし、最近の米国映画は、CGは凝っているが、ストーリー的にどうなのだろう、というものが多い。
スーパーヒーローがえんえんと戦うのだが、やられてはすぐに立ち上がりで、現実味がなく、まったくおもしろくない。
架空の世界よりも、現実の世界のほうが奇妙きてれつで、よほど面白い。
『ワンピース』も読んですぐにやめた。なぜあのような漫画が億単位で売れるのか。
理解不能。
2.
アルミニアン(就中聖霊派)のメッセンジャーが「神様はアダム/ノア/モーセ/ダビデ…ユダの失敗を予期していなかった」と説教するのを耳にしたことが何度かあります。
「それは『しょうがないな神学』ですね。『神様は全知全能』の否定ですよね。」と小生が言ったら逆上した牧師がいましたっけ。
「しょうがないな神学」:神様の御計画は毎回失敗したので、そのたびにそれを糊塗しているのが聖書のストーリーという神学(?)ないし聖書釈義
ディスペンセーショナリズムは(ディスペン信奉者は否定するが)必然的にその考え方になり、統一協会を批判できなくなる。
金魚すくいじゃあるまいし、「やったぁ、うまくすくえた・・・あ、今度はだめだった、うまくすくえなかった」って・・・アルミニアンって、思いっきり神様を冒涜しているのがわからないのかしら?
そのとおりですね。
冒涜です。
基本的に、神は絶対者であり、全能者なので、失敗とか、不測の事態というものは存在しません。
そのため、全能者であるという属性は、必然的に「万物はすべて計画によって起きる」との結論に導きます。
ディスペンセーショナリズムや統一協会の神学は、「失敗」や「不測の事態」を中心に構成されています。
「紀元70年の再臨ではだめだった!彼は旧約聖書を成就できなかった。神の国を作れなかった」と。
「だから、終末の再臨が必要だ」と。
「今の時代は、千年王国時代ではなく、それは、未来に来る。今は悪魔の世だ」と。
しかし、聖書では、「神は紀元70年、イエスにおいて旧約聖書を成就することに成功し、世界をイエスの千年王国とし、それ以降、終末の再臨に至るまでの間、イエスが王として世界を治め、神の国は世界中で徐々に発展する」と教えています。
だから、世界支配の実現という意味において、終末の再臨は不要。
紀元70年にイエスは再臨され、世界を法的に神の国と変えられた。
それゆえ、クリスチャンは、世界を支配することができ、悪魔の勢力を駆逐する。
この考え方は、すでに米国の福音派にかなり浸透しており、ティーパーティのテッド・クルーズ陣営がこの歴史観に従って大統領選挙を戦いました。(*)
再建主義のポスト・ミレを採用しているティーパーティは、トランプが大統領になった場合に、ロン・ポールを通じて大きな影響力を行使する可能性があります。
時代は、ディスペンセーショナリズムのプレ・ミレから、ポスト・ミレに移動しています。
(*)
テッド・クルーズ陣営がプレ・ミレだと以前まで思っていましたがどうやらそうではないらしい。
この『終末における富の移動』によってクリスチャンは、あらゆる財政的な苦痛から解放され、真のクリスチャンは、政治的及び経済的な権力の座に上り詰め、それを通じて彼らはキリスト教文明を建設するだろう。
このキリスト教国が打ち立てられるときに、イエス・キリストは再臨されるのだ。
http://religionnews.com/2016/02/04/ted-cruzs-campaign-fueled-dominionist-vision-america-commentary/
この「このキリスト教国が打ち立てられるときに、イエス・キリストは再臨されるのだ」を、
http://www.millnm.net/cgi-bin/page.cgi?url=../qanda4/78Z3A1tzyAFpU29121.htm
では、プレ・ミレと解釈しましたが、これは、キリスト教文明の世界支配とその完成を意味しているとすれば、ポスト・ミレです。
ポスト・ミレは、「クリスチャンの再建の活動が、世界中で実現し、世界中がイエス・キリストを王として統一されるときに、終末の再臨が起きる」と唱えます。