バアルの寺院がニューヨークのタイムズ・スクエアとロンドンに建設される予定とニューヨーク・タイムズが報じた。
http://www.nytimes.com/2016/03/20/opinion/sunday/life-among-the-ruins.html?_r=0
ISISが昨年破壊したシリアのパルミラの寺院入口にあった50フィートのアーチが再建される。
紀元2~3世紀に隆盛を極めた町パルミラの破壊は、世界を激怒させ、学者や遺跡保存者たちを行動に駆り立てた。
機械論的に言えば、このような偶像の神殿の建設は、単なるモノであるが、聖書的に言えば、霊的な変化を象徴する。
すなわち、偶像の神殿そのものに意味はないが、それを信仰的に大切だと思う偶像礼拝者にとって意味があり、悪霊の働きを活発化させる。
そういうわけで、偶像にささげた肉を食べることについてですが、私たちは、世の偶像の神は実際にはないものであること、また、唯一の神以外には神は存在しないことを知っています。
なるほど、多くの神や、多くの主があるので、神々と呼ばれるものならば、天にも地にもありますが、
私たちには、父なる唯一の神がおられるだけで、すべてのものはこの神から出ており、私たちもこの神のために存在しているのです。…しかし、すべての人にこの知識があるのではありません。ある人たちは、今まで偶像になじんで来たため偶像にささげた肉として食べ、それで彼らのそのように弱い良心が汚れるのです。
しかし、私たちを神に近づけるのは食物ではありません。食べなくても損にはならないし、食べても益にはなりません。
ただ、あなたがたのこの権利が、弱い人たちのつまずきとならないように、気をつけなさい。…
(1コリント8・4-13)
「偶像にささげた肉として食べ、それで彼らのそのように弱い良心が汚れる」
単なる物質として認識する人にとって偶像の祭壇に備えられた肉にはまったく意味がないが、「偶像にささげた肉」と認識する人が食べるならば、それによって偶像礼拝をすることになり、「良心が汚れる」。
黙示録においてイエスが「サタンの王座」と名指しされたペルガモの祭壇が発掘され、ベルリンに移送された。
ドイツの考古学者カール・ヒューマンによって1878年9月9日に発掘が開始されたこの祭壇は、ドイツに持ち帰られ、そこで再建された。ウィルヘルム2世がこの再建を記念して1902年にベルリンで祝典を開いた。
1899年から1917年にかけて、ドイツの考古学者たちは古代バビロンの遺跡も発掘し、イシュタルの門をベルリンに持ち帰った。
http://www.millnm.net/cgi-bin/page.cgi?url=../qanda3/40PngSfnSr6VU41028.htm
はたして、ドイツ人はこの祭壇を単なる歴史的な遺物として持ち帰ったのだろうか。
それとも、何か宗教的な意図があったのであろうか。
少なくともヒトラーとソ連はそうではなかった。
ヒトラーはこの祭壇に模してニュルンベルクスタジアムを建設し、ソ連はそれを対独戦の戦利品としてレニングラードに持ち帰り、それに基づいてレーニン廟を作った。
ヒトラーとスターリンという歴史上もっとも人を殺した人々が、「サタンの王座」を宗教的意図をもって利用したのは明らかである。
ニューヨークにバアルの神殿が建てられる―本当に考古学的遺物としてだけであろうか。