『死』
何を以て死と定義するかは、地域性や民族性、時代毎に移り変わる文明の死生観によって様々であるが、心肺機能が停止し肉体が蘇生不可能に陥った状況が、最も単純かつ大多数に支持される共通の死の定義と言えるだろう。
しかし、それはあくまで一般的な人間の社会文化に当てはまるもので、妖が支配するここ幻想郷においては、肉体的な死が必ずしも個体の『死』に直結しないのである。
大陸から切り離された大小の島々の集合体でありながら、いや、だからこそ独自の文化圏を確立した日本という国の古い伝統を基礎として、今現在もそれを継承している幻想郷では、独自に改良された仏法による独自の死生観が存在していた。
人間は、肉体、精神、魂の三位一体で構成されており、死ぬと精神と魂だけの存在である霊体、一般的に言うところの幽霊となって肉体から分離され、この時点では、まだ一人の人間としての個は存在していることになる。
個を維持している幽霊の多くは、生涯で初めて経験する肉体の死に直面して戸惑う事になるが、そんな霊達が、不浄霊となって彷徨い歩かない様に一定の期間その行動を制限する場所があり、これを『選択の間』と言う。
死者の霊は、これから始まる死出の旅路に備え、長年連れ添った肉体と此岸への執着を断つ為に、ここ『選択の間』で3~7日間、自身の亡骸が弔われて埋葬される様子を上から眺めて過ごす事になる。
肉体が生命活動を維持できなくなる状態は、老いて自然に停止する老衰死以外に、不慮の事故や病気など本人の意思に反して突然訪れる事が少なからずある。
その中には奇跡的に生命活動が再開される者もいるが、そんな幸運の持ち主であっても、実は独力で黄泉返ったわけではなく、必ず他の誰かに生き返るよう後押しをされているのである。
生かす後押しする者とは、先に逝ってしまった肉親や親類、友人。そして生前大事にしていたペットや大切に扱い付喪神となった道具に宿った霊など様々である。生きながらえて欲しいと願うそれら縁のあるもの達が『選択の間』、或いは『三途の川』に現れて現世へと押し戻すのである。
幸運に恵まれなかった普通の幽霊達は、あの世への待合室ともいえる『選択の間』で、向こうの世界を覗き見ながら、肉体や現世の執着を捨て黄泉路へと向かう心を決める。そして、その最初の関門が三途の川である。
昔は死神が死者を冥界、つまり浄土へ送るか地獄に落とすかを決めていたが、今は閻魔が仏法の倫理を基に生前の行いを裁いて幽霊の進退を決めている。
地獄に落とされた極悪な霊も刑期を終えれば冥界へと向かい、善良な者も悪辣な者も最終的には同じ冥界の住人となり、ここで第二の人生を送ることになる。
苦しみのない極楽浄土の生活に飽きた冥界の住人達はやがて来世へと旅立つが、この時が人間の完全な死といえるだろう。しかし、生前の経験は魂に移封蓄積され、個は消滅するも魂は一回り成長して次に生まれる命に宿るのである。
生まれてすぐ補食され死に絶える虫けらからやり直し、何百、何千という生死を繰り返しながら、食物連鎖の階段を昇り、やがて人間の魂へと還る。これが『輪廻転生』で、一巡二巡と輪廻を繰り返すことで魂は益々成長していくのである。そうして沢山の経験を積んだ魂は御霊(みたま)と呼ばれる高位の魂となる。そうした御霊を宿した個人は偉業を為し偉人と呼ばれるようになる。そしてさらに御霊が成長すれば、神や天神、妖怪など人智の及ばない存在へと昇華していき自在を得てそこで魂の成長は終着するのである。
これが輪廻転生の仕組みで、霊獣『火の鳥』は、優れた魂を管理保管し、『不死鳥』によって人類が滅ぼされる危機的な時代に、御霊を宿した英傑を転生させて人類を間接的に救済・発展させ、人間社会が誤った方向に発展しそうになれば、奸雄を召喚して社会を後退させ自浄を促したりもする。
『不死鳥』と『火の鳥』は外見は似ているようで、実は水と油の様に交じることのない、交じってはいけない存在なのである。
平安後期以降生まれた死後の世界、極楽浄土が存在するという死生観とその思想は、辛い世相を苦しみもがいて生きてきた多くの民に支持され、武士以外にも民間信仰として仏法が日本に広く、そして急速に浸透した。
浮き世から隔離されていた幻想郷にもその思想が輸入され、完全な隔離結界に移設された1400年代頃になると、宗教というより一般教養として仏法の死生観は定着する。
敢えて仏法を宗教として広めなかったのは、幻想郷が神社主導の神道世界として構築された為で、博麗以外の信仰は御法度とされていたからである。それ故、里に住む人間達は、死後極楽浄土に行けると、神社からそれを教えられ、子や孫に語り継いできたのである。
「・・・。」
何時の時点からここに立っていたのかはっきりと覚えていない。ふと気が付いたらここにいて目の前の異形の存在と対峙していた。
藤原妹紅は、不死鳥の自爆の爆心にいて、浄化の炎の中でリザレクションの機会すら与えられず、不死身でありながら仮初めの死を得ていた。これで冥界の住人の一歩手前の存在になっているはずである。そして、段取り通り進んでいれば今現在死亡していると思われる霧雨魔理沙の縁者として『選択の間』に訪れ、そこで魔理沙に正しい死と正しい黄泉還りをさせる予定である。
しかし、その前に一つやらなければならない事があった。今目の前にいる異形の存在との因縁を断ち切る大仕事である。
異形の存在とは、転生して自分の中から消えた不死鳥の残滓の事である。
上白沢慧音曰く、不死鳥は世界各地の鳥をモチーフにした神霊と合祀され、合成獣(キメラ)と化しているそうで、その中に慧音と同じ種族である霊獣『火の鳥』もキメラの一部、或いはキメラの根源的存在となっているらしいのだ。
不死鳥が妹紅から解き放たれた今、中心的存在を失い取り残された残骸であるキメラから、火の鳥を開放するチャンスで、この機会を逃してはならないのだ。尾びれがついて思いがけず幻想郷の行く末に大きく関与してしまったが、何も知らなかった当初に異変に与すると決心した大きな理由がこの火の鳥救出だったのである。
その慧音の予想通り、妹紅の目の前には複数の鳥の頭や羽根、足を持った肉の塊、合成獣キメラが生皮剥がれたように血まみれの肉塊姿で地べたにだらしなく鎮座していた。
鳥の姿をした神霊は、何れも美しい姿をしているはずであるが、これは見るも無惨でまるでこれから食肉に加工でもされるかの様であり、祟りにならないのが不思議なくらいである。
この場所は、霧雨魔理沙の選択の間ではなく、不死鳥の浄化の炎の中で仮初の死を得た藤原妹紅の自身の選択の間である。
漆黒の闇の中で自分自身が朧気な青白い光を帯びている。発光と呼ぶには余りに弱く、水鏡に映るホタルの光にすら及ばないほど弱々しい。周囲を明るく照らす程の光量はないが、漆黒の闇故に、その淡い光でも明るく感じ、差詰め洞窟に自生する光苔のようである。
対して目の前のキメラは、黒く濁った血み泥にまみれ黒光りしている状態で、元は偉大な神霊だったという面影すらもない。かつては名のなる神霊だと思うと哀れでならない。
藤原妹紅はポケットに手を入れたまま、少し背を丸めた臨戦状態で一度目を瞑りそして開いた。
「・・・それにしても。」
このような汚物が永きに亘って自分の中に存在していた事を知って憂鬱な気分になると同時に、これこそが背負っている業の巨大さなのだと自嘲する。
しかし、感傷に浸っている暇はない。今やるべき大事がある。妹紅は本命の『火の鳥』を救出すべく、先ずはこのキメラに自我が存在するか確かめる為に、最も簡単で確信的な質問を投げかけた。
「お前は誰だ?」
その質問に反応するかのように、巨大な肉の塊が一瞬痙攣する。そしてそれぞれ別の方向を向いてバラバラに思考していたような複数の首が一斉に妹紅を向き、期待していなかった予想通りの答えを返す。
「・・・私は・・・不死鳥・・・。」
不気味な声が頭の中で木霊する。
今ここにいるキメラは火の鳥が中核となっているはずだが、火の鳥は不死鳥に取り込まれ混同されていた時間が長かった為か、完全に自分自身を神獣不死鳥と思い込んでいるようだ。
神獣不死鳥は、人間や妖怪、神様の都合に関係なく、定期的に世界を壊しては再生するという行動を繰り返す。そこに住む生き物にとっては甚だ迷惑な存在だが、環境に変化をもたらし進化を促進させる重要な役割を持っていた。このサイクルによって長期に亘る単一の生物や文化が繁栄することを防ぎ、結果として環境破壊を抑制し世界を保全してきたのだ。
万物の仕組みに関わる自然現象を象徴化した存在なので、人間と対話することも、ましてや説得など到底出来ないはずなのに、ここでは一応の対話が成立している。この矛盾に当の火の鳥自身が気付いていないということは、相当な重傷といえる。
不死鳥は妹紅の体を乗っ取る以前から、無数の神霊とのキメラ化が進んでいたのだろう。神霊同士の合祀であれば、より強大な神霊へと昇華変化するだけだが、相容れない火の鳥を取り込んだ事によって不死鳥には本来必要のない輪廻という概念が刷り込まれ、本来の目的を失し神獣としての役割を喪失してしまったのである。
不死鳥は火の鳥の人間擁護の性質を継承したことで、無差別に被害を及ぼす転生を止めてしまい、代わりに増加する人間を適宜に間引きするという消極的な方法をとる矮小な存在へと堕ちてしまったのである。
不死身の妹紅の体は人間を局所的に且つ効率的に減らすという目的の為に都合良く利用され、戦国時代、織田信長の一向宗討伐、比叡山焼き討ちなど、数十万人規模の虐殺に何度も荷担し、一個人では到底背負いきれない巨大な業を背負って羅刹化してしまったのである。
殺せば殺す程に強まる業の力はやがて不死鳥を基としたキメラをも凌駕してしまい、主導権がキメラから鬼妹紅に移行する。ここに不死鳥の力を宿した不死人、悪鬼羅刹を内に秘めた藤原妹紅が誕生したというわけである。
八雲紫の妹、藍から譲り受けた万物の姿を一定に保つリボンの形をしたお守りのお陰で人間の姿を維持できた妹紅は、世界のあらゆる歪み、不条理をその身に隠し持ちながら幻想郷入りし、宿敵である永遠亭との闘争を繰り返しながら300年程幻想郷の一角で隠れ生きていた。
先日、異変の前哨において、新たな力を手に入れた妹紅は、妹紅個人の力が不死鳥を制した羅刹を制するまで強くなり、立場が逆転した今はその羅刹すら自在に操る事が出来るまでに極まっていた。
今の妹紅なら力でキメラをねじ伏せられるが、これでは火の鳥復活にはならないだろう。説き伏せるにしても自身を不死鳥と思い込んでいるのでは話にならない。
「(さて、どうしたものか・・・。)」
会話はそこそこ成立しそうだが、しかし、だからと言って簡単に説得出来そうにはない。妹紅はしばし思案し、一先ず、どこまで話が出来るか対話を試みる。
「久し振りだな、不死鳥。しかし、その無様な姿はなんだ?」
妹紅は火の鳥としてではなく相手を不死鳥として話しかけた。
「・・・全てはお前の心の形、無様に見えるのは、お前自身の行いの所為・・・。」
「人を殺めれば業が深まり度を越せば異形と化すのは道理。それをさせたのはお前ではないのか?そして、この姿となった。お前の言い分は、正に責任転嫁というやつだ。」
「不死の体など、この世にあってはならぬ。それ故、この私がお前を律したのだ。」
「陰陽師でもあるまいし、不死鳥ならこの身を浄化するべきだろう?」
「お前如きの為に世界を道連れにすることなど、笑止千万。」
「それでミイラ取りがミイラになったのか?笑えない笑い話だな。」
そう言って、妹紅は見下すように嘲笑う。そうした妹紅の無礼な態度に対して外見的には無反応だが、その後に訪れた沈黙が内心穏やかではないというキメラの心情を妹紅に教えていた。
妹紅はこの短い対話の中で、一つ重要な事が分かった。先ず、このキメラには心や感情が存在している。これはこのキメラの基礎が慧音と同じ霊獣であることの証明となっている。本来、万物を司る元素の象徴である不死鳥は、人や神と通じる心や感情は存在しないのだ。
そして、不死鳥の持つ本能の様な転生とそれに伴う破壊のサイクルを、人間の味方である火の鳥の独自解釈によってねじ曲げてしまい、破壊衝動と保護本能という矛盾が一つの個の中で鬩ぎ合っているのだ。
世界を悪い方向に導いている人間を妹紅を利用して間引きする。このやり方を火の鳥は自己正当化している。
大量虐殺という悪行もこれによって多くの人間が助かる善行だという理屈だが、こんな屁理屈は善悪の基準が存在しない不死鳥には全く通じない話である。これは、人間らしい感情など端から持っていない不死鳥の中に、人間を守りたいという火の鳥の感情が発生したことによって、肉体だけではなく精神までキメラ化している状態なのだ。
「(状況は分かった。ではどうすればいい?)」
厄介なのは、善悪の論拠が論理的ではなく、自分は正義、相手が悪という前提が全てにおいて優先順位が上という点である。これでは何を論じても馬の耳に念仏で、説得は不可能に近い。
これは、自縛霊や悪霊、怨霊と思考が似ていると思った妹紅は、それ用のマニュアルに乗っ取り、話の方向性を変える。
「今、お前は何がしたい?あるいは何か不満があるか?」
この質問でキメラの様子が一変した。沈黙状態は先程と同じだが、明らかに答えに窮している様子である。
ああ言えばこう言う。相手の言葉を全て否定する。これが得意なタイプは、持論を評価されるのを嫌うため自分の言葉は使わず絶対に己を主張することはない。
今ここにいる火の鳥のキメラは、己の存在に固執し、存在し続ける為の存在意義を無理矢理造り出している状況といえた。自身の存在意義を疑う思考など最初から存在していない。何故こうなったかを問われ、それに答えようとすれば、自身の存在の根拠が揺らぐため、絶対にそこには触れさせないのだ。
不死鳥無き今、既に目的は無く、本来の姿も忘れてしまった今では、ただ保身に力を注ぐしか存在の意義が見い出せない。現状維持が目的なので過去を悔い改める事も、未来の展望も何もない。だから妹紅の質問に即答が出来ない。
話は単純明快だ。『こうなりたい』『助けて欲しい』『力を借りたい』と望めば妹紅はその通りに動き、実際にそうすることが出来る。しかし、その簡単な事が出来ない。口論に持ち込めれば解決の糸口は見い出せるが、変わりたくないので口論は絶対避けたい。
妹紅は迷った。邪悪か善良な存在なら、それを逆手に取って逆転させることは出来るが、霊獣は善でも悪でもない。中庸であれば、その時々の気分や損得勘定で動く可能性はあるが・・・。
「(・・・今のキメラにとっての損得は何であろうか?)」
妹紅はキメラが今何を欲しているのか尋ねた。
「現状に不満はないのか?」
目の前のキメラは火の鳥単体ではない。多数の神霊の集合体である以上、複数の意志が存在しているはずだ。どれか一つでも具体的な欲求があれば、それを聞き入れ成就させることでキメラを少しずつ分断して解体できるかもしれない。
「・・・。」
しばしの沈黙が続く。
妹紅は一つ大きく息を吐いて、目の前のキメラから視線を外すし思案を巡らす。
火の鳥は慧音と同じ霊獣であり人間にとって絶対的な協力者であり、人間の為に存在していると言っても過言ではない。失えば人間にとって莫大な損失となる。不死鳥復活で世界は再び活性化するが、人類はその余波に巻き込まれ死滅してしまうかもしれない。
「(何としても救わねば・・・。)」
人間と神との絆が薄れた結果が都合の良い便利な新しい神様の発生を促し、それによって多くの神霊が不要となって姿を消した。この状況は人間が生み出した人災のようなものでもある。ならば人間としてその尻ぬぐいをしなければならない。
では、その人間とはいったい何だ?人として今しなければならない事は何だろうか?化け物となったこの身にとって自身が人間と胸を張って主張出来る根拠は何だろうか?
この世界で唯一歴史という概念を持つ人間の強みは、語り継ぎ、記憶を次世代にリレー出来る事である。
今自分がしなければならいのは、間違いを正し、誤って進む幻想郷の歴史の流れを正道に戻す事である。その鍵になっているのが魔理沙であり、彼女を救う為にその身を焼いてここまで来たのだ。
「(・・・そうか。)」
火の鳥と不死鳥のことばかりを考えていた妹紅は、ここでふと魔理沙のことを思い出す。不死鳥と魔理沙の件は今まで別個のものと考えていたが、ここでこの二つの事案を同時に処理する案が浮かぶ。
今の火の鳥を内包したキメラは、輪廻という概念を取り込んで変態し、不死鳥の真似事をして、自分なりの価値基準で魂の重さを量り選別している。だから、宗教に頼って自分で考える事を止めて無条件に御仏に魂を捧げた一向宗を真っ先に殲滅したのである。
このキメラは、本体の不死鳥に離脱され、更に妹紅に支配されて身動きが取れない状態ではあるものの、自由が叶えば本能に突き動かされる様に人間の魂の選別をするために動きだすのは必然である。
キメラが自らに課している使命を魔理沙を使ってやらせればいいのだ。魔理沙の魂は救う価値があるか?と問うのだ。
判断能力が欠如しているキメラは、生前盗みなど悪行を繰り返してきた魔理沙の魂は救うに値しないと判断するだろう。しかし、救う救わないの是非はこの際問題ではない。
輪廻を操作出来る火の鳥の本能を刺激し、自ら動こうとしないキメラに自分の意志で動くきっかけを作る事がここでは重要なことなのである。
その決断を自らした時、火の鳥はキメラから分離する。
問題はどうやってその判断をさせるかである。
それは魔理沙の魂を天秤にかけて、その救済の是非を問う賭をするしかないだろう。
火の鳥が本来の能力を持ったままの存在であるなら、魔理沙は優れた才能と能力を持った両親を親に持つサラブレッドだと理解出来るし、周囲の者に大きな影響を与える優れた魂であることと、そして無限の伸びシロを持っている事を見抜けるはずだろう。
魂の大きさを生前の行いから推し量る事は無意味であるにもかかわらず、現世の行いだけで生かす殺すかを判断する今のキメラの救済基準では、生前多くの悪事を働いた魔理沙は当然黒で、妹紅がそれに非を唱えても聞く耳はないだろう。ではどうやってこちらの言い分を聞いて貰うか?
「(ならば、賭けをするしかないだろうよ。)」
火の鳥は黒、妹紅は白という対立構造が存在している以上、白黒付ける勝負をするしかないではないか。妹紅はそう結論をだした。
賭の勝敗自体には意味はない。意味があるのは賭の席に着かせる事である。賭の席に着くという判断を火の鳥自らが決める事でキメラ化させている呪縛が崩壊するのだ。
問題は、こちらの主張に聞く耳がないキメラをどうやって賭の席につかせるかである。
妹紅は、この様な無茶な賭を挑み、自らの目標を達成させた前例をそう遠くない過去に体験していた。その時も魔理沙をダシに賭をしたのだ。今思えばあの出会いにもしっかりとした意味があったのである。
不死鳥が転生した事で妹紅の中の荒々しい炎は消えてしまったが、新たに賭博師の炎が沸々と湧き上がっていた。
妹紅は目を瞑ると瞼の裏に霧雨魔理沙を映し、彼女の事を一心に思った。
やがて、自分とキメラ以外しか存在しなかった空間にもう一つの気配が現れた。妹紅はそれを受けて目を開き振り向く。
「魔理沙・・・。」
選択の間に来れるのはその人物と何らかの強い繋がりが必要で、例えば魔理沙の母サーヤなら母と娘という血縁でその資格を得ている事になるが、他者となると婚姻や恩義による繋がり、或いは義兄弟などの単なる友人よりも上位の絆が必要となる。
妹紅と魔理沙には当然血の繋がりもなく、親戚同士に繋がりがある遠縁というわけでもない完全な他人である。この2人の間に必要な絆としては友人以上のかなり親密なものが必要である。
妹紅と魔理沙の絆は不死人狩りの弾幕勝負から始まり、力と美を兼ね備えた理想とする弾幕を体現した妹紅に魔理沙は一方的な憧れという名の好意を抱き、異変開始に際し魔理沙の隠された秘密を知った妹紅は、魔理沙に対し特別な感情を抱いて何かと目をかけて接し、門外不出の万物の属性を見抜く秘具を魔理沙に託していた。
既に友人以上の親密な関係は築けていたので、妹紅が魔理沙の選択の間に来れる事は何ら不思議な事ではなかったのである。
今、妹紅の居る間と魔理沙の居る間には2人を隔てる壁はなく、遠くを見通せない広い闇の空間を共有している状態だった。
魔理沙の居る場所には、床面に人がギリギリ通れるほどの穴がぽっかりと開いており、そこから光が漏れて魔理沙と周辺を青白く照らしている。その魔理沙は座り込んで目の前の穴を身動ぎもせず覗き見ている。
「自分が於かれている状況は理解しているみたいだな・・・。」
今まで対峙していたキメラに背を向け、こちらに全く気付く様子のない魔理沙を遠目に見る。
穴から見えるものは紅魔館前の湖畔に横たわる自分を複数の見知った顔が懸命に蘇生作業をしている様子である。この状況を見せられては否応なしに自分が死にかけているという状況が理解出来るだろう。
一般的に、死んだ人間は選択の間にいる間、この様に動かなくなった自分の体を俯瞰から客観視し、埋葬されるまでの一連の儀式を目の当たりして死を受け入れてあの世に向かう心を決めるのである。今は死亡してからまだ1時間と経っていない状況で、魔理沙本人は困惑して何らかの決断が出来る状況ではないだろう。
妹紅はキメラに背を向けたまま魔理沙のいる方向に真っ直ぐ歩き出したが、すぐに見えない壁に阻まれた。
「先にこっちをなんとかしなければならないか・・・。」
取り敢えず今は自分からもキメラからも魔理沙の姿が見えている事が重要だったので、見えない壁を2、3回不満そうに小突いて元来た道を辿ってキメラと正対する妹紅。
先程までキメラに対し敵対気味に応じていた妹紅は、提案口調に変えて対話を再開させる。
「なぁ、ちょっとした賭をしないか?」
「・・・賭け?」
「どっちが正しいか、賭けをするのさ。」
「賭などする必要もない。どちらが正しいかなど分かり切っている事だ。」
予想通りの答えに内心満足しながら、表情はそのまま下手(したて)な態度を維持する妹紅。
「お前にとってはそうかもしれないが、私としては納得できない。」
「お前が納得する必要などない。水が下に向かって流れるのと同じように、それは当然の事なのだ。」
まだどんな賭けかも具体的に口にしてはいなかったが、周囲の様子を見て魔理沙についての事だろうとキメラは目聡く判断していたようだ。
「結果はお前の言うとおりだとしても、私はそれが事実かをこの目で確かめたい。どんな結果になろうとも、受け入れる。そして、私はこの世から去る。」
妹紅の最後の言葉にキメラは反応した。
「今、私の身体はお前の浄化の炎によって永久に焼かれている。」
妹紅はキメラを不死鳥と同一の存在として対等を維持しつつも尊大な態度を改め敬意を込めて発言する。
「・・・。」
それを受けて話を聞く気になったキメラを見て満足しつつ表情はそのままに話を続ける妹紅。
たくさんの神霊がキメラを構築している以上、霊獣火の鳥ではなく神様の性質も同時に引きずっていると判断した妹紅の態度の変化は功を奏したようである。
「私は不死身の身体を焼かれながら、仮初めの死を体験し、ここにいるというわけだ。」
「・・・。」
「しかし、炎が止めば体は復活し私もその体に戻ることになる。これは私の意志とは無関係で、水の流れと同じ、必然だ。」
先の発言を引用してキメラの自尊心を刺激する妹紅。
「・・・。」
キメラは終始無言だったが、時間が経てば妹紅が元に戻ると聞いて、複雑な感情が沸き起こり不満が滲み出る。
今は不死身の肉体が焼かれ形をなしておらず、その器に何も入っていない空の状態だということが、妹紅の話から確認出来た。今なら交渉次第でその体の所有権を得る事が出来るかもしれないと、これまで全否定してきた妹紅の言葉に関心を示す。
場が重々しい空気になる。妹紅は警戒を煽らない様に友好的な態度で話を続ける。
「もし、私の賭けに応じるというのなら、その礼にこの体の所有権をお前に譲ろう。」
妹紅は賭の勝敗にかかわらず賭の席に着くだけで不死身の身体を譲るという宣言をした。これでキメラは失うものが何一つない得るだけの絶対的有利な賭けに挑める挑戦権を得た事になる。
一見すると無謀な賭だが、これはキメラから火の鳥を剥がす策であり、剥がしてしまえば賭け自体が無意味になるのだ。当事者以外誰でもわかるトリックだが、自分が不死鳥だと誤認している当事者キメラには、このからくりは見抜けるはずはなかった。
「!」
妹紅は表情を変えないまま心の中でほくそ笑む。体を得ると言うことは自由を得る事であり、キメラはこれを一番に望んでいるのだ。心というものが存在するなら揺れない理由はない。
「馬鹿な・・・体を失えば死ぬということ、死んだら賭けなど無意味ではないか!」
「他人の命の心配などしてもらう必要もないし、そんな義理もお前と私の間にはないはずだが?お前は私の賭けに乗るか反るかだけを選べばいい。選択の猶予は・・・そう、この浄化の炎が消えるまで。」
「むぅ・・・で、その賭けとはいったい何だ?」
妹紅は『食い付いた!』と一連の交渉で初めてキメラが能動的に動いた事実に勝利を確信した。賭などあくまで火の鳥をキメラから分離させる方便。キメラが自ら決心すればその時点で全てが転換する。
「簡単だ。あそこに白黒の娘がいるだろう?あれは私が特別に目を掛けた将来大物になると予想している娘だ。だが、ここにいるということは、つまりそういうことだ。あの娘をお前の力、輪廻転生で復活させてほしい。」
輪廻転生は死者を生き返らせる技の名前ではないが、その意味すら忘れているキメラは出来ると信じて疑っていないだろう。妹紅は敢えて自尊心をくすぐる言い方をしてキメラの心の動きに一定のベクトルを与えた。
「何を血迷った事を!あの娘は窃盗、傷害など、様々な悪事を働いてきた。生かす価値などまるでないクズだ。賭けの行方など知れているだろう。」
流石は輪廻を操作する霊獣火の鳥といったところだろう。何の説明もしていないのに、魔理沙の罪状を理解している。しかし、その更に深層にある魂の質を見抜く力は完全に失っているようだ。
「あの娘がここにいる理由は、そうした悪事とは関係はない別件で、大義の為に犠牲になってここにいる。情状酌量の余地は十分あるだろう?」
妹紅は思惑が計画通りに進む状況に満足しつつ、必死に魔理沙を弁護する態度で勝利を確信した心の内を擬態する。
「悪事を犯してそれを反省していない心根に代わりはない。不浄な魂が宿っている小娘が、ここで命を救ったとして全うに死ねることなど万に一つもない。」
「その娘を助けようと懸命になっている者が大勢いるのが見えないのか?まぁいい。さっきも言ったが、私はあの娘の行く末を見たいだけだ。」
「死ねば行く末も見えぬであろう?」
賭のテーブルに着けば全てを得られるキメラは、未だにそれが信じられず、妹紅の行動に合点がいかないと否定し続ける。それに対し妹紅はさも当然と言う顔で涼しく返答する。
「霊となって見守る事くらいは出来る。」
「・・・わからぬ。あの様な愚か者の為に・・・まるで死を望んでいるかのようだ・・・。」
妹紅はそのキメラのセリフに心の中で同意した。そう、妹紅は死を望んでいる。そして、このような茶番で簡単に死ねるなら苦労はしないと無知なキメラに心の中で吐き捨てる。殺せるものなら殺してみろ・・・と。
「どうする?あの娘の顛末がどうであれ、お前には関係ないだろう?断って自由を得るチャンスを失うか、勝利という結果の分かっている賭に応じ、尚かつ自由も得るか・・・。」
後者を選ばない理由がないが、この期に及んでも自分で何も決められないキメラに妹紅は助け船を出す。
「この賭けに応じないなら、否と言え。応じるなら沈黙しろ。私が目を瞑ったら選択開始だ。」
身動ぎもせず強張ったキメラを睨み付けた妹紅は、事実上一つしか存在しない選択を迫った。
「・・・では選べ。」
妹紅は目を瞑った。
「・・・。」
暫しの沈黙。
それは、妹紅の賭けに応じるキメラの答えか、或いはただ何も選べない優柔不断の生んだ産物か。どちらにせよ、この選択肢の与え方はこちらの思惑通りにしかならないはずだった。
妹紅はゆっくりと目を開いた。
先程と同じ闇の中にかわりはなかったが、青白く光る自分に照らされる周囲の様子が明らかに変わっていた。
目の前に光源があり、鳥の形をした朱色の輪郭が妹紅の正面に存在していた。
先程まで晩秋を思わせるような冷たかった皮膚の感覚が、まるで焚き火にあたっているかのように熱い。
「(これが火の鳥か・・・。)」
慧音は半人半獣で普段は人の形をしているが、火の鳥は正に鳥そのものの形をしているようである。人に変身出来るなら、どんな姿になるのだろうか?さぞ美しかろうと妹紅は想像を巡らせた。
こちらに関心の示す強い視線を感じる。その視線に既視感がった。暖かく、優しく、そして力強いあの視線・・・。
「(慧音に似ている・・・。)」
何故かずいぶんと久し振りに感じる霊獣であり親友の顔が脳裏に浮かぶ。
キメラ化した火の鳥は、妹紅の不死身の肉体を得る事を選択した。いや、選択させられた。これによって火の鳥はキメラから分離された。
賭の通りに話が進むなら妹紅の不死身の肉体の所有権は火の鳥に移るところであるが、予想通りそうはならなかった。
神霊の集合体を異形のキメラにしていたのは、神霊とは相反する存在霊獣火の鳥が混入してしまった為で、この誤りが正された事によってキメラを構成する存在は元の神霊に戻りそれぞれあるべき処に還っていった。
妹紅と賭をしたキメラはこの時点でこの世のどこにも存在せず、よって賭は相手が消滅した為無効となった。正に計画通りである。
一つしかない命、一度きりの人生に於いて、自らの命を担保にする賭は、利口な者がする策ではない。これは、自分の命をこの世で最も軽く、安っぽいと認識している妹紅だからこそ出来る賭であった。
妹紅は一つ大きな仕事をやり終えた気分になり、気が抜けそうになったが、すぐに魔理沙の事を思い出し気を引き締め、同時に火の鳥への関心はそこで切れた。自身真っ当な人間でないと自覚している妹紅だけに、慧音と同じく火の鳥から百や千の苦言を言われそうで、その場から早く退散したかった。
火の鳥に背を向け、背後にいた魔理沙の方へ歩み出す妹紅。しかし、数歩進むとまた見えない壁に阻まれる。
「くそ!どういうことだ?」
その時、背後に大きな光源が生まれ影が朱色の光によって浸食されていく。妹紅は驚いて振り向き、そこに存在するものを見て思わず息を止めた。
「こ、これが、火の鳥か・・・。」
先程と同じセリフを心の中ではなく、声として口にする妹紅。
そこに居たのは、先程の闇の中に浮かぶ鳥のシルエットではなく、自らが鮮やかな輝きを放つ、極彩色の鳳凰だった。文献や絵の中だけに存在する空想上の生き物が現実に現れたかの様である。
火の鳥とは言っても不死鳥の様に炎を纏っているわけではなく、炎を思わせる虹色の輝きを自らが放っているのだ。
「美しい・・・。」
妹紅はそう口にして、それ以外に適当な言葉が見つからずそのまま絶句する。
不死鳥に比喩され、そのもにも例えられる自分の苛烈な弾幕とは、似ても似付かない美しい姿は例え弾幕であっても簡単に真似できるものではない。
鶴の様に長く美しい首とずんぐりした胴体は、名陶の創り出す鶴首の花器を思わせる。体の表面を覆うのは軟らかい羽毛ではなく、虹色に輝く三角の小さな羽根が、伝説の竜の体を多う鱗の様に首から胴体まで全体を隙間なく覆っている。
角の様な飾り羽根の鶏冠と猛禽の様な鋭い嘴だけを見ると鳥というより麒麟そのもだった。
尾長鶏の様に長い孔雀羽と、時折、両翼を広げて大鷲の様に羽ばたく仕草は、惑う事なき鳥の形で、そのシルエットは燃えさかる炎の様でもある。
何故、炎を纏っていないのに火の鳥と呼ばれるのか不思議だったが、この姿を見れば誰でも納得出来るだろう。
神秘的な姿に似合わない優しい円らな瞳は、人間と同じ様に瞼が上にあり睫もある。完全な鳥の顔をしているのだが、普通の鳥と違って豊かな表情があり、人間的な感情が備わっていると確信出来き、それによって強い親近感を覚える。
妹紅は、魔理沙のところに進めないのは、不死鳥との因縁がまだ完全に終わっていない為だと悟り、先程までキメラ化した不死鳥だった火の鳥の出方を窺う。
「(藤原妹紅・・・。)」
不意に名前を呼ばれた妹紅。声は音としてではなく、直接脳内に語りかけてくる。女性の声で、脳内で反響するように複数の声が重なって聞こえる感じがする。慧音の様に上から下に向かって話す口調ではなく、八雲紫の様に腹に一物置いている様な策士特有の表向き友好を装った含み口調でもない。
呼んだ名前の後の微妙な間から、こちらの反応を窺っている様子が見て取れ、自分の言いたい事をズケズケと言う慧音や他の妖怪のタイプとは違う、実に人間らしい態度である。
妹紅は一瞬戸惑った。こちらに語りかけてくる火の鳥に対しどんな態度を取ればいいのだろうか?先程のキメラは最初は尊大に敵対心むき出しで、後半は尊大なままだが提案を持ちかける側として友好的に対話に臨んだ。
今目の前にいるのは先程のキメラではなく霊獣火の鳥だ。火の鳥は神霊ではないので媚び諂う必要は特にない。語りかけてきた態度から察するに、傲慢とは真逆の性格だろう。
神様相手に頭を下げて敬語を使うのは常識だが、霊獣相手なら特に問題ないだろうと、初対面の人妖に応じる姿勢で火の鳥の呼びかけに応える事にした。
「・・・私に何か用か?」
妹紅は道端で呼び止められた時の様に答えた。
「私は霊獣火の鳥。永きに亘り不死鳥と同一視され混合してしまい、今の今まで正気を失っていました。」
「無事戻れて良かったな。」
他人事の様に返す妹紅。
「本当にありがとうございました。」
火の鳥は足を折り畳んで座っている状態だが、それでも鶏冠まで妹紅の背丈の3倍ほどある。その火の鳥の頭が、妹紅に対し、人が人にするように深々と頭を下げる。
妹紅は思わず恐縮した腰の低い態度になりかけたが、思い留まって平静を装う。大恩を受けて礼を言う側に恐縮すると、その恐縮の態度にも礼が来てしまうので、何時まで経ってもこのやりとりが終わらなくなることを、経験上知っている妹紅は素っ気なく応じた。これで相手に何度も頭を下げさせる必要が無くなり、一番心の籠もっている最初の一礼だけで済む。
「これからどうする?」
妹紅は知人と話す様に、火の鳥の今後の身の振り方を尋ねてみる。不死鳥は因縁深い相手で言いたい事は山ほどあったが、火の鳥に関しては全くの初対面で、話そうにも何をどう話せばいいのか全く思いつかないので、適当な事を言ってお茶を濁す作戦をとる。
「少しお時間をいただけませんか?」
妹紅には用事はなかったが、火の鳥には妹紅に用事があるようである。
「私は魔理沙のところに行きたいんだが・・・。」
遠回しに時間が惜しい事を火の鳥に伝える。
「残念ながら彼女の選択の間に行く資格は貴女にはありません。」
「そ、それは本当か?」
火の鳥が嘘をつくわけがないと分かっていたが、衝撃的な告白に妹紅は驚いて声を上げた。魔理沙の選択の間に行けなければ生き返す事が出来なくなってしまうではないか!
「藤原妹紅と霧雨魔理沙を結びつけている一つの大きな要因が、不死鳥をモチーフにした技の数々です。」
「なるほど、そういうことか・・・。確かに不死鳥の力を失った今の私じゃ・・・。そうだ!あんたには出来ないのか?私を向こうに連れていけないか?」
「私が直接そちらに行って彼女の前に姿を見せる事は出来ますが・・・。」
妹紅は対話しながら、火の鳥の話方が、決戦後変質した永遠亭の八意永琳に似ていると思い始めていた。
「・・・この際しかたがないか・・・。」
自分が魔理沙の背中を押すより、火の鳥が行って魔理沙を諭す方が良いだろうと、前向きに考える妹紅。
「そういえば、さっき時間をくれと行ってたな、そっちを先に済ませよう。」
妹紅が頼む側になってしまったので、まず火の鳥の要求を呑むのが筋と話を聞く態度になる。
「それには及びません。既に私の願いは聞き入れてもらっています。」
「そうか、時間って、魔理沙の件で話がしたかったのか・・・余計な手間とらせてすまない。」
火の鳥は、最初から妹紅の目的達成の助力になろうとしていたのだ。
「私が向こうに行ってもかまいませんが、それより、ひとつ提案があります。」
「提案?よし呑もう。」
妹紅は提案内容を聞かず、提案を受け入れた。火の鳥には問題を解決するベストな方策があるのだろう。人間の絶対の味方である霊獣に全てを任せるのが一番なのだ。
火の鳥は妹紅の提案受領の意志を受けると、静かに目を閉じ何かを思案するような表情をとる。そして、すぐに目を開いて妹紅に視線を向ける。
それ以外に何かをした様子はなかったが、明らかに何かをしたようで、その変化はある人物の到来という形ですぐにあらわれた。
「呼ばれて、飛び出て、ジャジャジャジャーン!ハーイ!妹紅!お久し振り!あ、久し振りってほどでもないかしらね?」
黒を基調とした衣装に美しい金髪のコントラストがどこから沸いたのか目の前の空間から突然現れる。見覚えのある姿だが、その場違いな程に明るく敬白なしゃべり方には全く記憶にない。
妹紅は半分引きつった表情のまま尋ねた。
「あ・・・あの・・・どちら様でしたっけ?」
どんなに記憶を辿っても姿と声に一致する人物が見当たらない。外見的には魔理沙が一番近いのだが、当の魔理沙は小さく向こうに見えるし、年齢が明らかに違う。悪い言い方をすればおばさんだ。愛想良く振る舞う謎の人物の態度から、明らかにこちらを知っているようで、しかも、かなり親密というか、ただの知人という間柄ではない感じだ。
「あら、やだ。忘れたの?わたしよ、サーヤよ、サーヤ!」
「はぁ?さ、サーヤって、あのサリマンのことか?えぇ?マジで?」
名前を聞いて誰か直ぐに分かったが、姿はともかく西洋墓地で会った時とあまりにも口調が違うので、完全に頭から抜け落ちていた。
「魔理沙の実の母親であるサリマン・クロイツは、藤原妹紅に大恩ある身。魔理沙と藤原妹紅を結ぶ接点になります。彼女を経由すれば魔理沙の選択の間に行けるでしょう。」
間の抜けた会話を遮る様に火の鳥が冷静に魔理沙の母親をここに呼んだ理由を教える。
「西洋墓地で捕らわれていた時は魂が萎縮して、か弱い少女の様だったけれど、これが本来の私の姿。」
はしゃいでいた態度を少し改め、真面目な表情で説明するサーヤ。最初からそうしていれば、直ぐにわかったのにと心中で苦情を表す妹紅。
「と、言っても幻想郷で霧雨の家に嫁いだ時は借りてきた猫の様に大人しくしていたけどね。」
幻想郷入りしたサーヤは風見幽香との戦闘に敗れ、その後マルキに身を寄せ、当時若旦那だった魔理沙の父と結婚する。幻想郷に恭順の意志を示したサーヤは、自由奔放な生来の気質を抑えて、店の評判を落とさない様、努めて良き妻を演じた。
その当時人間の里に蔓延していた強い陽気に当てられ身体が丈夫になる里の住人とは裏腹に、陰の力を持つ魔法使いは身体が弱くなってしまい、魔法使いは廃業しており、魔理沙はそんな折りに生まれたわけである。
サーヤはあらゆる障害から開放され、霊体になりながらも生き生きとしていた。初対面の時は魂を他者に握られており、弱々しく本当にこれが魔理沙の母親なのかと思ったものだが、今のサーヤを見ると、なるほどこの親にしてこの子ありと思える。
「しかし、吸血鬼の心証得たり、火の鳥を掌中に収めるとは流石よね・・・。」
「火の鳥とは初対面よ。別に私とは関係ないわ。」
キメラとの交渉から続いていた戦闘モードの吊り上がった眉が下がり、口調が柔らかくなる妹紅。
「そのことですが、藤原妹紅・・・。」
2人の会話に火の鳥が控えめに割り込んだ。
「ん?」
「どうか私を支配していただけないでしょうか?」
不意に驚く要請をされる妹紅。ホウキこそ持っていなかったが、黒いローブと黒いとんがり帽子の魔法使いがはやし立てるような口笛を鳴らす。
「支配?」
「二度と不死鳥とのキメラにならないように、永遠の命を持つ貴女の中に私を隔離してほしいのです。」
「そういうことか・・・。でも、相手を力でねじ伏せて言う事を聞かす事は可能かもしれないけど、それだと貴女は自立できないわ。都合良く独立した個を一つの体に閉じこめる事なんて私には出来ない。」
「支配した後、乗っ取った力を利用して妹紅が火の鳥の替わりに輪廻を司る仕事をすればいいのでは?」
「はぁ?そんなこと出来るわけないでしょう?」
サーヤは妹紅自身が火の鳥になってしまえと挑発するが、妹紅は断固否定する。
「人間の心を持ち、永く生きて世界の理を知る者なら、何をすべきかは自ずと分かります。私でなくとも、輪廻を操作し必要な時に必要な魂を現世に召喚することは可能です。」
「出来たとしても私はそんなことやるつもりはない。」
「何で?輪廻を操れれば、実質人間界を支配したも同然でしょう?面白そうじゃない?」
真理や力の探究心に底がない魔法使いらしい意見だと妹紅は思うが、如何せん自分は魔法使いではない。力を持つ側の重責や苦労を知る妹紅としては、火の鳥の申し出はありがた迷惑の何者でもなかった。
「仮にその能力や資格があったとしても、私には甲斐性がない。そんなにやりたいなら替わりにやったらいい。」
「生憎、こちらは当の昔に肉体とやらを無くしたものでね。」
サーヤは肩をすくめて、妹紅の甲斐性の無さに降参の意を示して嗾けるのを止める。
「そっちが勝手に私の中に入る事はできないの?私の中には色々居るけど普段自覚症状はないし、ついでに貴女も間借りすればいい。」
「簡単に言うけど、それって支配するより難しいんじゃないの?」
「私は魔理沙を助けた後、このまま此処(『選択の間』)で暫く休眠するわ。先に中身のない空っぽの肉体だけが復活すると思うから、そこに入ればいいのよ。不死鳥もそうやって空っぽだった私の身体に入ったんだから。」
「なるほどねー。」
「分かりました。そうさせて頂きます。」
妹紅とサーヤのやりとりを黙って聞いていた火の鳥は、少し残念そうに妹紅の申し出を了承した。
不死鳥と火の鳥とのキメラを解体した妹紅の功績は表立つ事はないが、世界規模の広い観点で見れば大変大きな功績といえる。その功績と自身を救い出してくれた恩に報いたいと思う火の鳥であった。
「さて、下で苦労してる連中を早く楽にしてやらないと・・・。」
妹紅はそう言って火の鳥との会話を打ち切り魔理沙の方へ歩み出す。未だレイセン達は魔理沙蘇生を諦めていなかったが、それもあと数分の事だろう。
火の鳥は何か言いたげであったが、何も言えず残念そうな表情をする。鳥の顔なのに、その表情は人間のソレと同じである。サーヤはそんな火の鳥を見て、少し考え事をする表情を作り数秒思案に耽る。そして、何かを思いつくと少し進んだ妹紅を呼び止める。
不満そうな顔で戻って来る妹紅に、サーヤは別れの挨拶を忘れていた事を告げる。
「もう、逝くのか?最後に魔理沙に会わなくていいのか?」
「ここで会っちゃうと、未練が残るでしょう?あの娘も私も・・・。」
「そうか・・・亡霊として第二の人生を歩むという選択肢もあるけど・・・。」
「大魔導師魅魔の様な生き方は私には到底出来ないわ。それに、彼女の様に死んでも死にきれないような、そんな未練は私にはないもの。とても素晴らしい人生だったと思っているわ。」
サーヤはそう言って妹紅に抱擁した。背の低い妹紅は少し体を反らして抱擁を返す。
「サーヤとはもっと色々話したかったな。」
「大丈夫、貴女が生きていれば、何度だって会えるわ。」
2人はしばらくそうした後、ゆっくりと離れた。そして妹紅は後ろ髪引かれる思いで魔理沙の元へと歩き出した。
「さて・・・と。」
「もう・・・逝きますか?」
火の鳥が問う。
「ふふ・・・。」
「?」
しかし、そんな不死鳥を前にいたずらっぽく笑みを浮かべるサーヤ。
「火の鳥さん、ちょっとお話しがあるの。妹紅に少しでも恩を返したいのなら、聞いて置いて損はないわよ?」
「・・・分かりました。聞きましょう。」
「ふふふ、妹紅、私がそう簡単に逝くと思ったら大間違いよ。」
魔理沙の母親は、やはり魔理沙の母親だった。