東方不死死 第69章 「棄てられる者」
幻想郷史上かつて無い大きな異変に直面した東外縁部で肩身の狭い思いをしていた人喰い妖怪達は、この混乱に乗じて総決起し西側に大侵攻を開始した。
そして、それを阻止防衛せんとする各地の妖怪達も団結し、双方の間で大規模な戦闘へと発展し、吸血鬼戦争以来の大戦へと拡大していった。
「にょほほほ。こりゃー死体がたんまり手に入りそうで楽しみですのー。あ、そうだ戻るついでにみんなにお土産と・・・えーと、死体、死体と・・・。」
地霊殿の主、古明地さとりのペット火車の火焔猫燐、通称『お燐』は、戦場に散らばるまだ出来たてホヤホヤの死体を見て久しぶりの帰宅にもかかわらず、我慢出来ずに自慢の猫車を帰路から大きく向きをそらす。
幻想郷や冥界とも隔絶されていた旧灼熱地獄の元裁判所だった地霊殿は、先日、主のペットの暴走事件の後に解決に尽力した幻想郷側と交流が行われる様になった。交流といっても、地底から幻想郷に出る者は多かったが、好き好んでわざわざ地獄に行く者は少なく、ほとんど一方的な流出で、地底の奥にある地霊殿や旧都の存在は幻想郷側にはまだほとんど知られていない。
旧地獄に行くためのルートは複数有り、妖怪の山の麓に広がる無数にある風穴のいくつかが地底洞窟と繋がっており、長く続く横穴から縦穴に降りると、そこがかつて閻魔に従う屈強な鬼達の住居だった旧都に辿り着く。今は平安時代から鎌倉時代にかけて討伐、封印された妖怪が大量に住みついているが、その更に先の灼熱地獄跡に蓋をするように建っている巨大な建造物が地霊殿である。
地霊殿は巨体を持つ閻魔や巨大な鬼の番兵が活動していた為、それに見合う巨大な建造物となっており、建物は奈良の東大寺よりも数倍大きい。今現在は古明地さとりがその地霊殿の主の地位にいて灼熱地獄を冷温停止状態にしているが、それでも千度に近い余熱が残って自然発火し炎を吹き上げている。
巨大過ぎる建物は主の古明地さとりやそのペット達が住まうには広すぎるため、中庭に小さな西洋風の建物を建てて普段はそこで生活していた。
過去に封印された凶悪な妖怪達は主に旧都に住みつき、各派閥を形成して対立や互助の関係を長年続けて独自の文化を形成しており、地霊殿の古明地さとりが旧都を取り仕切る君主というわけではなく、地霊殿自体が古明地派という一派閥として扱われていた。
古明地さとり自身は、聖白蓮の封印の際に一緒に地獄堕ちしたが、裏で法界に協力した功労によってこの地霊殿という大きな建物と灼熱地獄跡を与えられているが、彼女よりも先に地獄に堕ちている者にしてみればただの新参者である。
しかし、さとりは相手の心を読み取る能力から、人間のみならず妖怪からも嫌われており、新参者が格別な地位を与えられて面白くない古参連中も、敢えて彼女と関わりを持つ事を避けて無視し、地霊殿は隔離された地獄の中でも更に遠く離れた絶海の孤島のような存在になっていたのである。
ペットの一人が先日暴走して幻想郷から調査討伐隊が派遣され、無事問題が解決した折り、知古の八雲紫と再会した古明地さとりは、幻想郷と地霊殿を繋げる案を提示される。これは表向き平和的な和解条約だか、紫がこちらを監視下に置くための事実上の占領地政策で、人質として最も信頼の置けるペットの一人が定期的に博麗神社への出向を義務付けられている不公平な条約だった。
さとりとしては、事この問題に関しては外部から援助してもらった事で旧地獄の秩序の崩壊を免れたわけで、八雲紫には感謝こそすれ恨みを抱く要素もなく、むしろこの無秩序な地底を監視してくれるのだから、有り難くて涙が出る程である。
先日、再び八雲紫が来訪し、幻想郷で起こる異変と、旧地獄から出奔した派閥について聞き取り調査をされたが、その異変によって幻想郷に危険が伴うことから派遣している『お燐』の特別帰宅の許可を認めてもらっている。お燐にはギリギリまで幻想郷に滞在して状況を見聞きして教える様に予め伝えており、恐らく今日にも彼女はその任務を終えて一時帰宅してくるはずである。
そんな地霊殿の中庭にある屋敷の外に人の気配がする。
「・・・帰ってきたわね。」
旧地獄には好んで地霊殿にやってくる者はいないので、恐らくお燐だろう。
「邪魔するよー。」
甲高くて早口ないつもの声とは違う、威勢の良い声と共に玄関のドアが開く。さとりの予想は外れた。数少ない来客候補の一人の存在を忘れていた。
「星熊勇儀!いつ戻ったの?」
さとりの屋敷に現れたのは幻想郷と繋がった際に物見遊山で旧都から出ていた四天王の一人、一本角の鬼、星熊勇儀である。
「何やら向こうが五月蠅くなってね。またしばらく厄介になるよ。」
「旧都に貴女がいてくれると何かとこちらも助かるけど・・・それで、何か用?」
「用事がなけりゃ来ちゃいけないのかい?」
「いえ、別にそういうわけじゃないけど・・・。」
自分を訪ねてくるなど最近では八雲紫くらいで、その前はおかしな人間達だけである。
星熊勇儀は旧都にいくつもある対立派閥の間に立って一線を越えない様に睨みを効かせて、旧地獄に一定の平和をもたらしていた存在である。旧都と地霊殿は基本的に何の関わりがないにしても、旧都が騒がしくなれば仲裁など何かと忙しくなるので、彼女がいるおかげでさとりは仕事が減ってとても楽だったのである。
幻想郷と繋がった事で、派閥間抗争に置ける原理的な白蓮信奉者勢力を始め、いくつかの過激な問題派閥が旧都を出たくれた為、その抑え役だった星熊勇儀もその役目を終えたと考えて外に出たわけである。
「はは、冗談だよ!用って程じゃないけど、お前さんとこのペットに少し用事があってね。まだ戻ってないようだけど、向こうはああだから大丈夫なのかい?ってことを言いに来ただけだよ。」
「ああ、それなら今日にも戻る予定だけど。でも、私のペットが外に居る事を何故貴女が知っているの?」
お燐が出向していることは地霊殿の中だけの話しで、秘密にしているわけではなかったが、敢えて公言する必要のない事で、当然勇儀も知らないはずである。
椅子に座って横を向いて対応していたさとりは、席を立ち勇儀のいる入り口の方へ歩み寄る。
旧都を出る前に着ていた窮屈そうな変な服とは違う和風の胴衣の様な出で立ちで、大きな胸を強調するように胸元が開いて少しだらしなく見える。胸が大きいと和服などはすぐに着崩れするので、最初からそうだったのではなく着て歩いているうちに自然にそうなってしまったのだろう。
額から突き出た朱い一本の真っ直ぐで綺麗な角が象徴的で、角と同じ色の大きな盃を普段から持ち歩いているかのように自然な形で小脇に挟んでいる。
さとりの心を読み取る能力は、知られたくない、隠そうとするものほど良く見えてしまうのだが、勇儀の様に考えている事と口にする言葉が同じ裏表がない者の場合、心を読む必要性がなく能力が何故か遮断されてしまう。これが鬼の力といえばそれまでだが、その為心が読めず普通の対話で情報のやりとりをするしかない。さとりにとって星熊勇儀は、言葉のキャッチボールが出来る数少ない存在である。
「は?ちょっと前に横穴ですれ違ったんだから知るも知らないもないだろう?」
「え?お燐は、しばらく前から幻想郷に行ってるはずよ。すれ違う事はないでしょう?」
「ああ?私が言ってるのはお燐じゃなくておくうの事さ。」
「おくう?おくうがどうかしたの?」
「いやだから、ここに来る途中ですれ違ったんだよ。あいつ挨拶もしないで無視しやがったから、戻ってきたらとっちめてやろうと思ったのに・・・。」
「いつ頃?」
「2、3日前かと思うけど・・・何だお前さんが使いに出したとかじゃないのか?」
「それはないわ。勝手に外に出ないようにきつく言ってあるし・・・。」
「すぐに忘れるんじゃないか?」
「言いつけはちゃんと守る子よ。」
「どうだか・・・ま、あいつは私より頑丈だから、死ぬこたーないと思うけどな。」
そこへタイミングが良かったのか悪かったのか、お燐が帰宅する。
「さとりさまあああああぁぁぁぁーー!」
最初は猫車を押していたお燐は、猫の姿になるとそのまま勇儀が開けっぱなしにしていた玄関をくぐり抜けて全速で走り込んで体当たりするようにさとりの胸に飛び込んで、抱える腕の中で丸くなり耳の後ろを全力で擦りつけてくる。
敬愛して止まない主との再会が余程嬉しかったのだろう。その気持ちが全身に表れている。
「おかえりなさい、お燐。お勤め御苦労様。」
腕の中でゴロゴロと喉を鳴らし応えるお燐。
「オッスお燐!」
勇儀は、自分を無視して主人に甘えるお燐の首根っこをつまみ上げて顔を寄せると半笑いして睨み付ける。鬼は格下の無礼な態度を嫌い、勇儀もその例にもれずお燐の態度にお灸を据えようとする。ここにわざわざ尋ねてきたのも、自分を無視したおくうを問い詰めるためである。度量が広いのか狭いのか分からないが、兎に角鬼は格下の無礼な態度を異様に嫌う。
「はわわ!勇儀姐さん、こ、こんにちわ。」
襟首を摘まれたまま猫の姿から人型になって涙目で挨拶をするお燐。まさか星熊勇儀がここに来ているなど想像もしていなかったので、いつも通りご主人様に突撃してしまったのである。
手を離され床に音もなく着地したお燐はそのまま身体を小さくして土下座する。
「ずいぶん嬉しそうだったが、そんなに久しぶりにご主人様に会ったのか?今迄どこで何をしてたんだ?」
その質問に素直に答えていいか迷った賢いお燐は、主の方を向き判断を委ねる。さとりは特に隠す理由も無かったので、地底異変後の顛末とお燐の役割を包み隠さず勇儀に教えてやる。
「なるほどね~。そういうことなら私も誉めてやるか。」
事情を知った勇儀は、一転してお燐を誉めて首がおかしくなるほどなで回す。嬉しいやら恐ろしいやらで泣き笑いをしているお燐を見てくすりと微笑むさとりだが、すぐにおくうの事を思い出して表情を曇らせる。
「ところで、あの死体の山は何だ?上じゃそんなにやばい事が起こってるのか?」
お燐が入り口のところで止めている死体を山積みした猫車を指さし、今幻想郷で起こっている現状について問う勇儀。
「おくう達にお土産と思って、死体をかっさらってきました。そういえばおくういませんね?」
見るからに弱そうな雑魚妖怪と思われる大量の死体の山を見るにつけ、聞かなくても幻想郷の現状はだいたい予想出来た。
「その様子だとお燐はおくうの事知らなそうね。」
「2、3日前にここを出てそれっきりさ。」
「ええ!そうなんですか?」
びっくりして2本の尻尾をピンと伸ばすお燐。
「こっちに戻ってくる途中ですれ違ったんだけど、あいつ声掛けたのに無視しやがったんだよ。」
だからと言って家にまで押し掛けてくるのはいかがなものかと声に出さずにジトッとした目だけで抗議するさとり。
「いくらおくうでも勇儀姐さんの顔は忘れないと思いますけど・・・それに、外に出るなと言われてるのちゃんと今迄ずっと守っていたはずですけど。」
お燐がお勤めに出る様になって最初は寂しくてお燐の後を追おうとしたおくうだが、何度も言い聞かせて外に出ない事を約束させている。そしてずっとそれを守ってきた。
「おくうは頑丈だからまず大丈夫だと思うけど・・・。」
「ああー他の人に迷惑かけてなければいいんですけどね・・・。」
主人とペットが同時に溜め息を着く。地霊殿の主が旧地獄を代表して異変の尻ぬぐいをしてくれた八雲紫に服従の姿勢を見せる為にお燐を博麗神社に派遣しているというのに、ここでまたおくうが問題を起こせばお燐の今迄の苦労は水の泡である。
「まーやばくなったら私に言いな。間に入ってやるから。」
姐御肌の勇儀は、八雲紫との関係が上手くいかなくなったら自分を頼るように持ちかける。
星熊勇儀は人間に討伐され封印された経緯を持ち、八雲紫に関しては名前だけ知っているくらいである。しかし、旧友であり悪友であり親友でもありそして自分にとって唯一の目上である伊吹萃香の親友だという事はだいぶ前から知っており、この前久しぶりに会った萃香に頼めば何とかしてくれるだろうという算段はつけられた。
「有り難う御座いますー!勇儀姐さぁーん!」
泣いて喜びながら勇儀に抱きつくお燐。孤立する地霊殿を何かと気に掛けてくれる星熊勇儀のお節介は、孤独を好むさとりにとってはありがた迷惑でしかなかったが、今はそのお節介がとても有り難いことだと心から感謝した。
「それにしても・・・。」
おくうの事が心配である。そして、おくうが何か大きな問題を起こさないかも気掛かりである。
異変が解決してもおくうの身体は改造されまま。本人は何も気にしていない様ではあるが、あれ以来おくうの心の中に読めない空白の場所があることがずっと気になっていたのだ。
「(あの神様達の影響はまだ続いている・・・何事もなければいいのだけれど・・・。)」
異変解決の為に参集された作戦会議兼本部である紅魔館は、同時に周辺妖怪の避難場所としての機能も果たし、異変における重要な拠点としてその存在感を増していた。
紅魔館に難民として滞在している者の多くは、作戦会議への参加やその会議を冷やかしに来た野次馬達がほとんどで、会議に参加している幻想郷でも屈指の顔触れにすごすごと退散して館内にたむろしていたところ、戦争へと拡大していく状況の中で進退を決められず難民となったわけである。
例外として人形使いの種族魔法使いアリス・マーガトロイドと河童の河城にとりが運悪く人間の魔法使い霧雨魔理沙に見つかって強引に会議に参加させらていた。
魔法の森を挟んで南側全域が激しい戦闘状態になっている。
この戦争そのものは紅魔館が主催する異変解決の作戦とは無関係のものだったが、予想を遙かに超える悲惨な状況を憂いた作戦総指揮官レミリア・スカーレットは、早期解決に向けて遅れていた作戦を直ちに実行に移し、作戦本部も館内から外のバルコニーへと移させていた。
霊夢や妹紅らが与えられた任務に赴いた事で人数の減った司令部に残る作戦主要メンバーの数に合わせて、大きめの丸いテーブルをひとつだけバルコニーに置き、その中心にパチュリーの立体地図を移して指揮卓として、各自好きな位置に着席する。
指揮所をバルコニーに移動したことで、空を覆う鋼鉄の要塞と南に広がる戦闘の様子を同時に視認出来る状態になり、場は正に前戦基地の様相となった。
昼間なのに薄暗い幻想郷。陽光を嫌う吸血鬼始祖もこの薄暗さなら日傘がなくともストレスは感じない。レミリアはメイド長が用意した大きな日傘を必要なしとして下げさせ、建物側を背にした位置に着席すると懐中時計を見ながら上空の棺桶と向かって左手の博麗神社を交互に見て作戦の進展状況を伺う。
そして1時30分を過ぎた時、神社方面に巨大な2つの力の発生をその場にいた全員が確認した。
「これは!」
全員が目を丸くして反射的に神社の方角を向いて緊張する。
この時八雲紫はスキマ砲をいつでも撃てる状態に維持させており、神社方面で何が起こっているのか確認する余裕が取れずにいた。天下のスキマ妖怪といえども巨大なプロジェクトを同時に複数進行させる事は難しく、やろうとおもえば神社にスキマを開いて様子を見る事が出来たが、巨大な力が2つということで極々自然にそれが守矢の二柱だと連想してしまい、確認する作業は敢えて行わなかった。仮に、もしここで確認作業を行っていたとすれば、外から来た主神クラスの二柱の幻想郷入りに紫は卒倒していたかもしれない。
守矢神社の企みも、ましてや人間達が神社に先回りしていることなど全く予想していない会議の面々は、今現在博麗神社には、巫女と神様しかいないという認識で固まっている。当然この2つの力を守矢神社の二柱、八坂神奈子と洩矢諏訪子の所謂本気モードと受け取って疑わなかった。
東風谷早苗の潜在意識が創り出した特殊な神である八坂神奈子は諏訪大社とは直接関係なく、洩矢諏訪子の孫が勝手に創り出した神である事から、その存在を知られると諏訪子に叛意ありとされる危険性があった。
諏訪の神々のいいとこ取りをした様な存在である神奈子の存在を諏訪から呼び寄せる神様には当然知られたくないので、彼女は途中で退去させており今博麗神社には洩矢諏訪子一柱しかいない。
外の世界から一柱ではなく二柱を呼んだのは、退散した神奈子の身代わりとして八雲紫の目を欺こうとした作戦ではなく、タケミナカタのお目付役として絶対に呼ぶ必要があった事である。
この偶然の産物は紅魔館にいる強者に予想外の反響を生む結果となった。
「まさかこれ程とは・・・。」
八雲藍が驚きを隠す素振りも見せず感嘆の声を上げる。
神族でありオモイカネの天下りである八意永琳は、誰とはわからないが守矢神社とは別の神様が現れた事を察知していたが敢えて口に出さずにいる。永琳はこの時、完全に傍観者に身を置いていた。
「(紫様、守矢神社の力侮れませんね。)」
「(ええ、ある程度は予想していたけど、これでは力を吸い取るまでだいぶ時間がかかりそうだわ。)」
「(どうします?)」
「(予定が狂った今となっては刻は金なりよ。守矢神社に対する作戦は中止しましょう。取り敢えずその実力が分かっただけで良しとしましょう。)」
「(賛成です。兎に角今は異変の解決に注力しましょう。)」
「(ええ、では、こちらもそろそろ始めましょうか。)」
「(はい。)」
八雲紫と藍の脳内通話が終わると、天頂方向に薄紅色の結界の膜が広がり始めている事に魔理沙が気付いて大きな声をあげてその事を周囲に知らせる。
丸テーブルの上に置かれたパチュリーの立体地図を使った幻想郷の精巧な縮小模型にもその結界の広がりが表示されている。そして、棺桶の現在地と地表までの距離、落下速度なども表示されリアルタイムでその数値が変化しているのが見て取れた。
完璧な測量演算処理をリアルタイムで映像として表示させている。八雲藍以外でこの様なリアルタイムの測量演算が出来る者など世界広しといえど片方の手の指で数えるくらいしかいないだろう。しかし、この貧弱な魔法使いがそれをやってみせている。それが未だに信じられない紫。
実際は、この演算自体はパチュリーではなく使い魔のルビーが行っているものだが、それをやらせているのは主のパチュリーである事にかわりはない。紫と藍が一心同体であり、演算処理能力において僕の藍が主より上であるのと同じように、僕のルビーの能力が主より圧倒的に高すぎるという点で紫等とは若干違うものの、一心同体で高度に連携して作業を行っている点は共通である。
使い魔ルビーの実力を知らず、その存在を完全に見逃していた八雲紫は、この地図とそれを利用した様々なギミックが、このひ弱なもやし女の単独能力で行われていると勘違いしている。現状で真実を知りうる判断材料がないからそれ以外考えられないという消極的な消去法から導き出された結果である。
パチュリー・ノーレッジが、天敵とも言える大魔導師魅魔の弟子である事も、その片腕的存在の古の悪魔を愛する弟子に譲渡している事も、そして、妖の狩人と心を通わせた実の妹によって奪われた幻想郷の秘密が妹紅を経由して紅魔館に受け渡されている事も何も知らない八雲紫だった。
全知に一番近いとされているスキマ妖怪八雲紫であっても実際には真実の半分も知らないわけであり、それ以下である全人妖の及ぶ知識などどれほどのものかは推して知るべしである。少なくとも現時点に置ける異変において全知に一番近いのは藤原妹紅であり、その後ろについてる魅魔なのである。
真実を知らず事実しか与えられない紫は、後手に廻されている苛立ちを抑えつつ自分達の役目を果たす為、上を見過ぎて首が疲れ大の字に寝ころんでいる黒い魔法使いの元に歩み寄る。
「魔理沙、そろそろ私達もいきましょうか?」
「お?おう!ようやく出番だな!」
飛び起きる魔理沙。
「ところで魔理沙・・・本当にそれ連れて行くの?」
浄化の炎に飛び込む事になった時の為に妹紅から冗談半分で提案された冷却装置、氷の妖精チルノを背中合わせに背負って腰のところを紐で縛り付けている魔理沙に少し呆れた顔で確認する紫。
「ああ、暴れない様に縛っておくから平気だよ。」
そういう問題ではないと突っ込みたいが、それも野暮というもので、むしろそれをしたら負けだと紫はそれ以上何も言わない。
紫としては結界の中に入る事態にはさせないように考えているし、しても冷却の必要はないと思っているので冷却装置は不要と考えている。しかし、先程空気の読めない発言をして自分自身に幻滅した反省を踏まえて、作戦に支障がなければ問題ないだろうと寛大な態度を取る。
「背中がやけにスースーするなー。」
「当たり前でしょ!氷を背負ってるみたいなものなんだし。」
無造作に縛る魔理沙のがさつさに呆れた几帳面なアリスは、腰だけ縛るのでは不安なので、呆れた顔をしつつも肩同士をタスキ掛けの要領で軽く縛ってやる。
「なぁ、チルノ?その冷気止められないのか?」
「ん?あたい何もしてないよ!」
氷の妖精の出す冷気は全自動であり、強く出す事は出来ても止める事は出来ない。或いは出来るのかもしれないが、わざわざ意識して止める理由が妖精側にはない。氷の妖精にとって冷気を止める事は、人間でいえば心臓を止めるのと同じで、意識して止めたり出したり出来る代物ではないのだ。
紫は衣服や帽子、ホウキなどにベタベタと張られた呪符まみれの魔理沙の前に、その呪符に隠された恐るべき効果の存在に全く気付く様子もなくスキマを開いて丸い大きな入り口を作ってみせる。
「中の風景は基本的に同じだからどこをどう飛んでいるのかわからないと思うけど、中はループしているから気にせず真っ直ぐ飛んでかまわないわ。」
「おう!んじゃみんなちょっくら幻想郷を救ってくるぜ!」
「魔理沙、あんましフラグたてないでよ!」
重要任務にあたって大口叩くヤツはすぐに死ぬと相場が決まっている事を色々な本を見て知っている河童のにとりが肩をすくめる。
「チルノがんばってね。」
フランドールが魔理沙の背中にくっついているチルノに手を振る。
「あたいがいれば、『いへん』なんてカチンコチンね!」
これから何をするのか恐らく何もわかっていないチルノが、自信たっぷりについさっき仲良くなったばかりのフランドールに元気に応える。
「誰か合図くれ!」
ホウキにまたがった魔理沙は、飛ばずにまだ床に足をつけたまま踏ん張る様に前屈みになる。
魔理沙はピーキーな魔力の使い方しか出来ず、弱く魔力を絞って長時間安定させるような使い方が出来ないので、その場でじっと動かずに浮くだけといった作業が苦手なのだ。
そのまま普通にスキマに入ればいいだけなのだが、これから重要な任務に赴く上で味気ないと感じたのだろう。劇的に出発したいという気持ちは分からなくもない紫はスキマの横に立って苦笑する。
「よーし、いくよ魔理沙!3・2・1・ゴー!」
その役目を快く引き受けたにとりが、魔理沙とスキマの間に立って、上げた腕を思いきり振り下ろす。
「っしゃー!」
景気の良い掛け声と共に、合図と同時に一瞬でスキマに消えていく魔理沙。
数秒遅れてスキマが閉じると、祭りの後の様な静寂が訪れる。この一連の流れがまるで白昼の夢だったかの様に覚めて急に現実に引き戻される感覚を覚える。
どことなく寂しげな雰囲気になり、そして次第に不安が募ってくる。魔理沙はこのままもう戻ってこないのではないか・・・。
アリス達は息を合わせたかのように皆同時に上を向き、例え冗談でも口に出せば現実になってしまうのではないかと思い、誰一人口を開かずに上空の鋼鉄の釜底を見上げるだけだった。
そんな魔理沙の取り巻きの様子を尻目に紫は席の方に戻って指揮官であるレミリア・スカーレットにスキマ砲の準備に専念すると告げて、瞑想するかのように静かに佇む藍の隣に座って同じように目を瞑る。
身体はここにあるが、意識は魔理沙やスキマ砲に向ける為、何か声を掛けられてもすぐに返事が出来ない事への非礼を先に詫びた紫に対してレミリアは承知して頷くと、席に着いている永遠亭の2人と裁判所の2人、そして西行寺幽々子の5人に目配せをして彼らにも同意をしてもらう。
パチュリーは魔理沙を見送った後自分の席に戻ったが、魔理沙に無理矢理連れてこられたアリスとにとりは、ここに連れてきた魔理沙が居なくなった事で急に心細くなり、居る理由もなくなったので退散したい気分に駆られる。同じように取り残された形になったフランドールが2人の間に佇んでいるが、凶暴の代名詞とも言えるこの吸血鬼の少女の存在も最近大人しくなった事情を知らないので、怖くて動くに動けず2人は特別仲が良いわけではないが寄り添ってバルコニーの角で小さく肩をすぼめていた。
『変化』に最初に気付いたのは五杯目の紅茶を啜ろうとした西行寺幽々子だった。
「あら?」
ティーカップの中でたゆたっている薄いオレンジ色の生温かい液体が僅かな波紋を作っているのに気付いたのだ。その数秒後になると他の者もはっきりと異変に気付き周囲を見渡し始める。
「何の音かしら?」
音として何かはっきりと聞こえるわけではなかったが、鼓膜に何かが細かく連続して干渉している感覚を覚える。
「地震?」
地鳴りの様な振動を感じた小野塚小町が四季映姫を見ながら尋ねるように言うが、閻魔にも確かな事が分からず何も答えられない。
「どこかで巨大な妖獣が暴れてるのかしら?」
西行寺幽々子が、ここから南で起こっている戦争の中で巨大な力が発生したと予測するが、バルコニーの端から別の声があがって一同はそちらを向く。
「あ、あれは!」
河童が空を指さしているの受けて皆そちらに向くと霊夢の張った濃い朱色の結界の向こうにかすかに閃光が走るのが見て取れた。
結界の向こうで妹紅が何かしているのだろうか?しかし、会議が始まる前に大きな爆音を上げて要塞に攻撃していた断続的な振動ではなく継続的な振動である。
大きな地震が来る前兆の様に感じた会議の参加者達は席から腰を上げて警戒する。聞かされている異変のシナリオにはこの様な振動の存在はなかったはずである。
代わる代わる黒幕である紫を目で追って事情の説明を求める会議の参加者達だが、彼女は瞑想したままである。
この中でスキマ砲の準備の為に沈黙を保ったままの八雲紫と藍以外に、腰を下ろしたまま静かに目を瞑っている者が存在がいる。八意永琳である。彼女はこの振動の意味を良く知っていた。
「(・・・パージするわね。)」
要塞内部に蓄積した圧力を外に逃がす為に装甲の一部をパージしてガス抜き用の穴をあける内圧自己調整システムが発動する事を予見する永琳。風見幽香の真下からの攻撃が主な要因である以上、その反対側の天頂方向の装甲がパージされるはずである。
「(だとするなら、落下速度に加速度が加わる!)」
永琳は目を開いた。紫らには要塞について必要最低限の事しか教えていない。これは機密の為にそうしたのではなく、当時の状況として要塞をパージさせる力が幻想郷にあると思わなかった為で、仕様の全てを教える必要性を感じていなかったからである。決して悪気があって教えなかったわけではない。
だからと言って、今からそれを教えても手遅れだし、何よりこのパージは偶然の産物だとは思えず、それをやろうとする側に何らかの意図があり、そしてその後の展開にも興味があった。だから永琳は傍観に徹したのである。
先程の派手な演出の様な攻撃は、要塞の仕様を知った上で藤原妹紅と風見幽香が連携して明らかにパージを狙ったもので、攻撃が途中で唐突に止まったのは風見幽香の力が尽きたのではなく、あのまま続けていれば破壊も可能な状態でありながら、パージさせる為に力を調整したものだと永琳は断定した。
この要塞の秘密を知っていなければ出来ない芸当で、どのようにしてそれを知ったのか興味がある。つい先日までの自分であれば、彼らにその能力なしとみて、このパージは偶然である事を立証する為に余計な頭脳を働かせて適当な理由を付けて納得して自分を高見において彼らを見下していただろうが、今の永琳は決して幻想郷の住人を侮ってはいなかった。そして、その秘密にたどり着いた理由とこれから何が起こるのか知りたいと考え、期待に胸を膨らませていたのである。
紫色の空間に恐らく天地左右がわかるように水平の白いストライプを付けてくれたと思われるスキマのトンネルを直進する黒い魔法使い霧雨魔理沙は、背中にくくりつけた氷の妖精チルノと共にこの初めて見る不思議な空間をぽかんと口を開けながら飛行していた。
しばらくそうしていると向かって斜め右に小さなスキマが開いて八雲紫が顔を出す。
自分と同じスピードの追い風と併走している様な感覚で、空気の抵抗を感じずもっとスピードが出せそうな気分になるが流石に意味がないので自重する。
横にいる紫は自分と併走して飛んでいるという雰囲気ではなく、まるで自分達は停止している状態で景色がものすごいスピードで前から後ろに流れている感じで、なんだか気持ちが悪くなってくる。
「どう?スキマ砲の砲身の中は?」
「目と頭がおかしくなりそうだゼ!何か目印はないのか?」
「今見えてくるわ・・・ほら、今通りすぎたあの標識見えた?」
「ああ、赤丸に白いバッテンだ。」
白いポールに赤地に白のマークが入った丸い標識が上から突きだしており、高速で飛んでいる魔理沙の横を物凄いスピードで通り過ぎる。
「次はあれ。」
「黄色の逆三角に黒いビックリマークだな。」
「貴女目がいいのね。」
「まあね。」
「次は・・・。」
「青い縦長の四角に上向きの白い矢印。」
「そう、この三つの標識は一定の間隔に配置されているわ。青の標識が射撃開始。赤が射撃停止。黄色が射撃準備。」
「なるほど、こりゃー分かりやすいな。流石紫だ。」
思いがけず誉められしまい苦笑する紫だが、妖精にも分かるように予め準備していた仕掛けなので当然といえば当然のことである。
「魔理沙は中心のレティクルめがけてマスタースパークを標識のサイン通りに撃つだけでいいわ。ズレはこちらで補正するから当たるまで同じ事を繰り返すの。発射指示をした後は止めと言うまでそのまま続けて頂戴。」
「簡単だな。了解したゼ!」
「ねぇねぇ魔理沙!私の出番は?」
「ん?チルノは最終兵器だから一番最後だゼ!」
「最強平気?だから後なの?」
「そう、最強は常に最後に美味しい思いをするのさ。」
聞き分けのない馬鹿な妖精を上手く扱う魔理沙の妖精操作術に感心を示す紫は、ここで藍の呼出を受けて一度会議に戻る。
「ん?」
意識を会議場に戻した紫は大気が微震している事に気付く。
「どうやら、あの要塞から発しているようです。」
紫より先に会議に戻った藍が事情を予め聞いてそれを主に知らせる。
「それと、要塞で巨大な爆発がたくさん起こっているわね。」
レミリアが付け加えるが、ここだけ聞くと振動は妹紅が原因に聞こえる。
「また妹紅が攻撃を始めたの?」
「いいえ、攻撃しているのはどうやら妹紅ではなく別の存在よ。」
パチュリーが立体地図に戦闘の痕跡をリアルタイムで映し出しており、紫以外は空で起こっている戦闘ではなくその映像を見ている。紫は自分だけ真上を見ていた事に気付いて内心みっともないと感じつつ、何事もなかったかのように皆にならう。
妹紅の位置は今現在ルビーの手足として支配下に置いている七曜魔のアレクとエメロード、トッパーの3人が地上から三角測量を行って追尾し、その正確な位置情報をルビーに送って紅い光点として映像の中に表示させている。謎の物体は想定外だったため観測員を準備しておらず、実際には目視も追跡もしていないため、その存在の有無すら不明なのだが、妹紅の飛行している位置を追いかける様に光跡が発生する事から妹紅が何者かに追われ攻撃されていると判断し、正体不明の存在が妹紅と戦闘していると断定したわけである。
「一体誰か?」
「もう時間がありませんし、このまま自爆してしまうのが得策です。」
紫の疑問に誰も答えられず、藍は時間がない事を理由にこの問題については棚上げする。藍の言う通りこの際、攻撃する相手を巻き添えにして自爆してもその相手の自業自得として捉える事が出来る。既にスキマ砲の最短発射時間である1時40分をまわっている為、例え何かしたい考えても時間的に無理なのだ。
妹紅が独自の判断で今すぐ自爆してしまえば後はこちらの予定通りに進むのだが、そこまで未だに辿り着けていない。恐らく妹紅もこの状況に困惑して判断を迷っているはずである。
会議の場に再び緊張が走る。残り10分の間に自爆しなければ魔理沙が直接乗り込む事になる。
「何故自爆しないのでしょう?」
幽々子がきょとんとした緊張感のない表情で誰に言うわけでもない質問をする。
「自爆するのに、例えば気を溜めるとか瞑想の様な予備動作や硬直時間が必要だとするなら妹紅が自爆出来ない理由になるわね。単純にこのイレギュラーに戸惑っているだけともとれるけど。」
レミリアが鋭く自爆しない理由に仮説を立てる。
「だとするとその攻撃している者を先に排除しなければなりませんね。」
四季映姫も相手を排除する事をやむを得ないと考える。
「どちらにしても時間がかかるわね・・・。それにこの微震も気になるわ。」
紫が時間内のスキマ砲発射が出来なくなる可能性を示唆する。
「自爆さえしてもらえれば後は何とかするのだが・・・。」
九尾の藍が苦虫を噛み潰した様に渋い顔をする。
「魔理沙を直接乗り込ませる方向で考えればある程度時間の延長は可能ではないの?」
スキマ砲にこだわらなければ時間にまだ余裕が持てるのではないかと、レミリアが予定変更を視野に入れて意見を聞くために問題提起をする。
「そんなに時間はとれないわ。要塞表面と結界までの距離は1km切ってるのよ。少なくとも2時くらい迄には自爆してもらわないと、要塞と結界がぶつかってしまうわ。」
要塞の位置観測を担当しているパチュリーがレミリアに意見する。
「あと20分・・・ここがデッドラインというわけね。」
「ただ、自爆さえした後なら時間的な余裕は生まれるわ。それに別の方法でコアを破壊する事も出来るかもしれないし。」
「どういう事、パチェ?」
「破壊すべきコアの位置は装甲表面から約20キロ上空にあるのよ?自爆して外側の装甲を剥がしてしまえば2、3キロラインで汲々としている現状が一気に20キロラインに引き上がるの。」
「なるほど、確かにそうね。」
「今コアの位置は成層圏にあるから今から乗り込んでも叩くのは魔理沙では無理ね。そこまで高くあがれないもの。スキマ砲の射軸からずれて魔理沙をつっこませる状況になったら、コアがもっと下に来るまで逆に待たなければならないわ。」
パチュリーの説明に聞き入る参加者面々。
「別な方法とは?」
先程口にしたパチュリーの別の手段に興味があった永琳が久しぶりに口を開く。
「妹紅の自爆の炎をスキマで外に逃がして、結界も解けば後は私達でも何とかなるでしょう?コアは直径数キロ。風見幽香の力を借りればなんてこはないでしょう。」
場の空気が変わる。そうなれば何も魔理沙を危険な目に遭わせなくとも簡単に要塞を破壊出来る。そしてそれと同時に何故最初からそうしなかったのか当然疑問出る。
「最初からそうすべきだったかしら?」
レミリアがいち早くそれに気付いて誰に言うわけでもなく疑問をぶつける。
紫としてはその事は言われる迄もなく承知していた。しかし、守矢神社を消耗させるという当初の予定があったので、コアが近くまで落ちてくる時間を使ってそれを行おうとしていたのである。
しかし、守矢神社の消耗作戦は先程中止を決定したので、長引かせる理由はもうなくなってしまい、パチュリーの提案通りで何も問題もなくなる。いや、これがベストである。
またしても見下した小娘に反撃され腹の中はマグマの様に煮えたぎる紫。周囲の視線から紫に対する猜疑心が伺える。しかし反論出来ない。いや、反論は出来るがこの状況では何を言っても言い訳にしか聞こえないだろう。
「(小娘・・・余計な事言わなければ死なずに済むものを・・・。)」
紫の中でパチュリーに対する明確な殺意が芽生える。しかし、その殺意を察知したかの様にパチュリーは、現状の作戦を肯定してみせ、紫のネガティブな感情を上手く受け流す。
「レミィ、それは違うわ。例えスキマの力で外に逃がす事が出来てもどの程度の時間でそれを完了出来るのか未知数だわ。外に逃がすのに1時間も2時間もかけたのでは、コアはとっくに結界を突き破ってしまうわ。私が言った別の作戦はあくまで可能性よ。」
八雲紫が言いたかった言い訳を代弁してやるパチュリー。ただ怒らせるよりも尻を拭ってやった方が精神的なダメージが大きいだろうと考えたからである。
「それは確かに・・・。」
レミリアが少し考え込んでから今と当初の状況の違いを考慮して頭を整理する。
「空一杯のエネルギーを短時間で外に逃がすのは確かに無理でしょうね。当初の予定ならなんとか間に合ったかもしれませんが・・・。」
永琳もフォローする。全員状況が以前と全く違ってしまっている事に気付き、万が一の為に方策を講じていた紫の先見性を見直す空気になる。
「ご免なさい、変な事を言って・・・。」
レミリアが素直に紫に謝罪するが、自分の中で生じたパチュリーへの殺意の落としどころがなくなり、余計に悶々とした気持ちになり、更に素直に謝罪するレミリアの度量の大きさを見せつけられ返ってプライドが傷つく紫。
会議が始まった当初、幼稚な態度を取って周囲を失望させたレミリア・スカーレット。そして、何のフォローもしない無能な参謀というレッテルを貼られたパチュリー・ノーレッジ。しかし、その時とは打って変わって評価が急上昇する2人。そして紫に見せた度量の大きさが紅魔館全体の印象をすこぶる良い方向に持っていく結果となり、その一方で八雲紫はその能力や強さを疑う者は誰もいなかったが、先程パチュリーに見せた狭量な態度が比較対象となって、その存在感に陰りが見え始めていた。
藤原妹紅は高度2500メートル上空から眼下に展開する霊夢の結界の広がりを見て、異変が次の段階に進んだ事を認識する。
自爆した後の自分は浄化の炎に包まれ、その中で生き返る暇もなく永遠に死に続ける事になるだろう。この状態が文字通り永遠に続けば自分の死も永遠となるのだろうが、それは望んでいた死とは若干違う。
死を望む妹紅だが、死とは望んでなるものではないと思い始めていた。道半ばで途絶える思いを後に残し引きずるのが死なのだ。そういうネガティブな思いが輪廻という概念を生み出し魂が循環して種が繁栄する。それが弱い人間がこの世を制した理由であり、破壊と穢れの象徴的な存在となった自分が望む唯一の命題が、この輪廻に組み込まれる事だった。
「さて・・・。」
妹紅はありきたりなこれまでとは違う特別な死に直面し、感傷的な気持ちになるがすぐに切り換える。
この時点でまだ外から神様は来ておらず、守矢神社の神様の力によって霊夢の力が増幅されている状況である。
紫等の思惑としては、守矢神社の秘密を暴く為に異変を少し長引かせるつもりでいた。死んだ魔理沙を黄泉返りさせる為に、あの世の手前『選択の間』に行かねばならず、そこで魔理沙と会って諭す時間が必要な為、妹紅としても早期解決は望んでいなかった。
強引に異変を長引かせる手段は既に魔理沙に仕込んでいるので、早期解決に計画をシフトした紫等の思惑とは別に異変は妹紅の望む時間で終わる事になるが、何れにしても具体的にどこまで引き伸ばすかは成り行きなので、保険として結界を長く維持させるのに必要な力の源となる神様を多数幻想郷に呼び込んでおかなければならないので、これらは守矢や人間達との策と一致する。今のところこちらの思惑通りである。
妹紅は守矢神社とは直接連携していないので、どのタイミングで神を呼ぶのか、どれくらい呼ぶのかはわからなかったが、慧音の計画を盗み見てその規模からある程度の展開は予測がついており、何も問題はないと確信していた。
人事は全てし尽くしたわけだが、刻一刻と迫る『その時』を前に流石の妹紅も武者震いをしてしまうが、それと同時に変化が起こる。
「来た!」
博麗神社にとてつもなく巨大な気が2つ現れる。そして、それが合図になったかのように要塞から低く唸るような音と共に微震が発生する。これはパージの前兆現象であると直ぐに理解出来た。
妹紅はこの素晴らしいタイミングで起こる二つの事象に思わず寒気がして身震いしたが、ここで予測にない事が起こった。
「メガフレアアアアアアアアアアあああああああああぁぁぁァァァァアアアアア!!!」
東に身体を向けていた妹紅は、背後から木霊の様に聞こえる声に気付いて慌てて振り向くと、巨大な火の玉がこちらに猛スピードで接近しているのを見た。
「やべぇ!(避けられない!)」
何者かの接近に気付かなかったのは神様の登場と重なったのが要因の一つであることに間違いはないが、感知できない長距離から高速で接近し、こちらをピンポイントで狙った攻撃がその最大の要因だろう。
あの攻撃の掛け声が無ければ防御する暇もなく一度完全に消滅していたかもしれない。その馬鹿な攻撃主を確認したい妹紅だが、巨大な火の玉を対角線にしてその向こうに居るようでこちらからその姿は確認出来ない。
無理矢理逃げて身体半分もっていかれたところに次弾を撃ち込まれるだけである。火の玉を発射した後互いの姿が見えないのでここは動かずに受けて逆襲した方がいいだろう。防御と反撃を同時に行う策を咄嗟に思いついた妹紅は、その場で手をかざして火の玉を受ける体勢を取る。
次の瞬間、両腕を差し出した妹紅は火の玉の直撃を受け一瞬で肘まで融解してしまう。しかし、すぐに溶けた腕を再生させると、その腕が元に戻る際に発生する巨大な再構築の力で運動エネルギーを相殺させ、火の玉の中にある再生し維持した腕を指向性のある爆発で跳ね返す。
「な!」
妹紅に攻撃した謎の飛翔体は、突然自分に戻ってくる自分の撃った火の玉に驚き、避ける間もなく直撃して爆発する。
「やべ!やっちまったか?」
妹紅は咄嗟の事で加減が出来ず、相手を殺してしまった事を一番に気にしてしまう。しかし、その心配も杞憂におわった。
「何てヤツだ!」
直撃後大爆発した火の玉の中から、撃った本人が何事もなかったかのように撃ち返した妹紅に驚きの声を掛ける。
「それはこっちの台詞だ!お前は一体誰だ!何しにここに来た!直ぐに下に降りろ今ならまだ間に合う!」
ここには本来誰もいてはならない場所である。霊夢の封印が全て完成してしまうともはや何人もここから出る事はできなくなる。
妹紅は見た事もない白と緑のコントラストが映える服装に長い黒髪の長身の女性の姿をした妖怪に警告するが、相手は全くこちらの話しを聞いておらず直ぐにまた筒状の腕をこちらに向けて攻撃を仕掛けてくる。
「メガフ・・・げふっぅ!」
自分の身長程ある筒状の右腕から先程と同じ火の玉を発射しようとする妖怪に急接近して腹に一撃入れて攻撃を止めようとする妹紅。先程聞こえた攻撃の技名と思しき台詞は最後まで言えずに止まったが、火の玉は暴発気味に発射され、真上のパージの前兆振動を起こしている要塞に撃ち込まれる。鏡面処理された炭素タングステンの多重装甲が一瞬で融解して大穴が空く。装甲は直ぐに元に戻るが、その恐るべき破壊力に妹紅は驚くと同時に、ある種の既視感を覚えた。
「これは・・・!」
この火の玉は妹紅が発する様な自然の炎の力ではなく、化学反応で生じる人工的な熱なのだ。そう!炎ではなく熱なのだ。
妹紅はその事からすぐに永遠亭を思い出すが、八意永琳の使うそうした科化学の力とも少し違う感じもして困惑する。永琳の使うそうした力は、見た目非常に小さく見えるが効果は絶大で、小さな力で大きな効果という効率を重視する傾向が強い。しかし、この火の玉は無駄が多く、大きい割りに破壊力は永琳の物に比べると微々たるもので、このような非効率な技は永琳は好まないはずだ。
妹紅は永遠亭とは長年敵対しており、相手の能力や思想、思考を研究した歴史は長く、そんな中で化学反応と呼ばれる自然界に存在しない力を利用している事を理解していた。
永遠亭のメンバーにこのような妖怪はいないはずだし、少なくとも300年間の抗争の歴史の中では一度も見た事がない。秘密兵器として温存していた割には少しお粗末過ぎるだろう。妹紅はすぐにこの謎の妖怪が永遠亭とは関係が無いと確信する。
「だが・・・。」
永遠亭とは関係ないと確信出来たものの、ではこの妖怪は一体何者なのだろうか?
幻想郷史上かつて無い大きな異変に直面した東外縁部で肩身の狭い思いをしていた人喰い妖怪達は、この混乱に乗じて総決起し西側に大侵攻を開始した。
そして、それを阻止防衛せんとする各地の妖怪達も団結し、双方の間で大規模な戦闘へと発展し、吸血鬼戦争以来の大戦へと拡大していった。
「にょほほほ。こりゃー死体がたんまり手に入りそうで楽しみですのー。あ、そうだ戻るついでにみんなにお土産と・・・えーと、死体、死体と・・・。」
地霊殿の主、古明地さとりのペット火車の火焔猫燐、通称『お燐』は、戦場に散らばるまだ出来たてホヤホヤの死体を見て久しぶりの帰宅にもかかわらず、我慢出来ずに自慢の猫車を帰路から大きく向きをそらす。
幻想郷や冥界とも隔絶されていた旧灼熱地獄の元裁判所だった地霊殿は、先日、主のペットの暴走事件の後に解決に尽力した幻想郷側と交流が行われる様になった。交流といっても、地底から幻想郷に出る者は多かったが、好き好んでわざわざ地獄に行く者は少なく、ほとんど一方的な流出で、地底の奥にある地霊殿や旧都の存在は幻想郷側にはまだほとんど知られていない。
旧地獄に行くためのルートは複数有り、妖怪の山の麓に広がる無数にある風穴のいくつかが地底洞窟と繋がっており、長く続く横穴から縦穴に降りると、そこがかつて閻魔に従う屈強な鬼達の住居だった旧都に辿り着く。今は平安時代から鎌倉時代にかけて討伐、封印された妖怪が大量に住みついているが、その更に先の灼熱地獄跡に蓋をするように建っている巨大な建造物が地霊殿である。
地霊殿は巨体を持つ閻魔や巨大な鬼の番兵が活動していた為、それに見合う巨大な建造物となっており、建物は奈良の東大寺よりも数倍大きい。今現在は古明地さとりがその地霊殿の主の地位にいて灼熱地獄を冷温停止状態にしているが、それでも千度に近い余熱が残って自然発火し炎を吹き上げている。
巨大過ぎる建物は主の古明地さとりやそのペット達が住まうには広すぎるため、中庭に小さな西洋風の建物を建てて普段はそこで生活していた。
過去に封印された凶悪な妖怪達は主に旧都に住みつき、各派閥を形成して対立や互助の関係を長年続けて独自の文化を形成しており、地霊殿の古明地さとりが旧都を取り仕切る君主というわけではなく、地霊殿自体が古明地派という一派閥として扱われていた。
古明地さとり自身は、聖白蓮の封印の際に一緒に地獄堕ちしたが、裏で法界に協力した功労によってこの地霊殿という大きな建物と灼熱地獄跡を与えられているが、彼女よりも先に地獄に堕ちている者にしてみればただの新参者である。
しかし、さとりは相手の心を読み取る能力から、人間のみならず妖怪からも嫌われており、新参者が格別な地位を与えられて面白くない古参連中も、敢えて彼女と関わりを持つ事を避けて無視し、地霊殿は隔離された地獄の中でも更に遠く離れた絶海の孤島のような存在になっていたのである。
ペットの一人が先日暴走して幻想郷から調査討伐隊が派遣され、無事問題が解決した折り、知古の八雲紫と再会した古明地さとりは、幻想郷と地霊殿を繋げる案を提示される。これは表向き平和的な和解条約だか、紫がこちらを監視下に置くための事実上の占領地政策で、人質として最も信頼の置けるペットの一人が定期的に博麗神社への出向を義務付けられている不公平な条約だった。
さとりとしては、事この問題に関しては外部から援助してもらった事で旧地獄の秩序の崩壊を免れたわけで、八雲紫には感謝こそすれ恨みを抱く要素もなく、むしろこの無秩序な地底を監視してくれるのだから、有り難くて涙が出る程である。
先日、再び八雲紫が来訪し、幻想郷で起こる異変と、旧地獄から出奔した派閥について聞き取り調査をされたが、その異変によって幻想郷に危険が伴うことから派遣している『お燐』の特別帰宅の許可を認めてもらっている。お燐にはギリギリまで幻想郷に滞在して状況を見聞きして教える様に予め伝えており、恐らく今日にも彼女はその任務を終えて一時帰宅してくるはずである。
そんな地霊殿の中庭にある屋敷の外に人の気配がする。
「・・・帰ってきたわね。」
旧地獄には好んで地霊殿にやってくる者はいないので、恐らくお燐だろう。
「邪魔するよー。」
甲高くて早口ないつもの声とは違う、威勢の良い声と共に玄関のドアが開く。さとりの予想は外れた。数少ない来客候補の一人の存在を忘れていた。
「星熊勇儀!いつ戻ったの?」
さとりの屋敷に現れたのは幻想郷と繋がった際に物見遊山で旧都から出ていた四天王の一人、一本角の鬼、星熊勇儀である。
「何やら向こうが五月蠅くなってね。またしばらく厄介になるよ。」
「旧都に貴女がいてくれると何かとこちらも助かるけど・・・それで、何か用?」
「用事がなけりゃ来ちゃいけないのかい?」
「いえ、別にそういうわけじゃないけど・・・。」
自分を訪ねてくるなど最近では八雲紫くらいで、その前はおかしな人間達だけである。
星熊勇儀は旧都にいくつもある対立派閥の間に立って一線を越えない様に睨みを効かせて、旧地獄に一定の平和をもたらしていた存在である。旧都と地霊殿は基本的に何の関わりがないにしても、旧都が騒がしくなれば仲裁など何かと忙しくなるので、彼女がいるおかげでさとりは仕事が減ってとても楽だったのである。
幻想郷と繋がった事で、派閥間抗争に置ける原理的な白蓮信奉者勢力を始め、いくつかの過激な問題派閥が旧都を出たくれた為、その抑え役だった星熊勇儀もその役目を終えたと考えて外に出たわけである。
「はは、冗談だよ!用って程じゃないけど、お前さんとこのペットに少し用事があってね。まだ戻ってないようだけど、向こうはああだから大丈夫なのかい?ってことを言いに来ただけだよ。」
「ああ、それなら今日にも戻る予定だけど。でも、私のペットが外に居る事を何故貴女が知っているの?」
お燐が出向していることは地霊殿の中だけの話しで、秘密にしているわけではなかったが、敢えて公言する必要のない事で、当然勇儀も知らないはずである。
椅子に座って横を向いて対応していたさとりは、席を立ち勇儀のいる入り口の方へ歩み寄る。
旧都を出る前に着ていた窮屈そうな変な服とは違う和風の胴衣の様な出で立ちで、大きな胸を強調するように胸元が開いて少しだらしなく見える。胸が大きいと和服などはすぐに着崩れするので、最初からそうだったのではなく着て歩いているうちに自然にそうなってしまったのだろう。
額から突き出た朱い一本の真っ直ぐで綺麗な角が象徴的で、角と同じ色の大きな盃を普段から持ち歩いているかのように自然な形で小脇に挟んでいる。
さとりの心を読み取る能力は、知られたくない、隠そうとするものほど良く見えてしまうのだが、勇儀の様に考えている事と口にする言葉が同じ裏表がない者の場合、心を読む必要性がなく能力が何故か遮断されてしまう。これが鬼の力といえばそれまでだが、その為心が読めず普通の対話で情報のやりとりをするしかない。さとりにとって星熊勇儀は、言葉のキャッチボールが出来る数少ない存在である。
「は?ちょっと前に横穴ですれ違ったんだから知るも知らないもないだろう?」
「え?お燐は、しばらく前から幻想郷に行ってるはずよ。すれ違う事はないでしょう?」
「ああ?私が言ってるのはお燐じゃなくておくうの事さ。」
「おくう?おくうがどうかしたの?」
「いやだから、ここに来る途中ですれ違ったんだよ。あいつ挨拶もしないで無視しやがったから、戻ってきたらとっちめてやろうと思ったのに・・・。」
「いつ頃?」
「2、3日前かと思うけど・・・何だお前さんが使いに出したとかじゃないのか?」
「それはないわ。勝手に外に出ないようにきつく言ってあるし・・・。」
「すぐに忘れるんじゃないか?」
「言いつけはちゃんと守る子よ。」
「どうだか・・・ま、あいつは私より頑丈だから、死ぬこたーないと思うけどな。」
そこへタイミングが良かったのか悪かったのか、お燐が帰宅する。
「さとりさまあああああぁぁぁぁーー!」
最初は猫車を押していたお燐は、猫の姿になるとそのまま勇儀が開けっぱなしにしていた玄関をくぐり抜けて全速で走り込んで体当たりするようにさとりの胸に飛び込んで、抱える腕の中で丸くなり耳の後ろを全力で擦りつけてくる。
敬愛して止まない主との再会が余程嬉しかったのだろう。その気持ちが全身に表れている。
「おかえりなさい、お燐。お勤め御苦労様。」
腕の中でゴロゴロと喉を鳴らし応えるお燐。
「オッスお燐!」
勇儀は、自分を無視して主人に甘えるお燐の首根っこをつまみ上げて顔を寄せると半笑いして睨み付ける。鬼は格下の無礼な態度を嫌い、勇儀もその例にもれずお燐の態度にお灸を据えようとする。ここにわざわざ尋ねてきたのも、自分を無視したおくうを問い詰めるためである。度量が広いのか狭いのか分からないが、兎に角鬼は格下の無礼な態度を異様に嫌う。
「はわわ!勇儀姐さん、こ、こんにちわ。」
襟首を摘まれたまま猫の姿から人型になって涙目で挨拶をするお燐。まさか星熊勇儀がここに来ているなど想像もしていなかったので、いつも通りご主人様に突撃してしまったのである。
手を離され床に音もなく着地したお燐はそのまま身体を小さくして土下座する。
「ずいぶん嬉しそうだったが、そんなに久しぶりにご主人様に会ったのか?今迄どこで何をしてたんだ?」
その質問に素直に答えていいか迷った賢いお燐は、主の方を向き判断を委ねる。さとりは特に隠す理由も無かったので、地底異変後の顛末とお燐の役割を包み隠さず勇儀に教えてやる。
「なるほどね~。そういうことなら私も誉めてやるか。」
事情を知った勇儀は、一転してお燐を誉めて首がおかしくなるほどなで回す。嬉しいやら恐ろしいやらで泣き笑いをしているお燐を見てくすりと微笑むさとりだが、すぐにおくうの事を思い出して表情を曇らせる。
「ところで、あの死体の山は何だ?上じゃそんなにやばい事が起こってるのか?」
お燐が入り口のところで止めている死体を山積みした猫車を指さし、今幻想郷で起こっている現状について問う勇儀。
「おくう達にお土産と思って、死体をかっさらってきました。そういえばおくういませんね?」
見るからに弱そうな雑魚妖怪と思われる大量の死体の山を見るにつけ、聞かなくても幻想郷の現状はだいたい予想出来た。
「その様子だとお燐はおくうの事知らなそうね。」
「2、3日前にここを出てそれっきりさ。」
「ええ!そうなんですか?」
びっくりして2本の尻尾をピンと伸ばすお燐。
「こっちに戻ってくる途中ですれ違ったんだけど、あいつ声掛けたのに無視しやがったんだよ。」
だからと言って家にまで押し掛けてくるのはいかがなものかと声に出さずにジトッとした目だけで抗議するさとり。
「いくらおくうでも勇儀姐さんの顔は忘れないと思いますけど・・・それに、外に出るなと言われてるのちゃんと今迄ずっと守っていたはずですけど。」
お燐がお勤めに出る様になって最初は寂しくてお燐の後を追おうとしたおくうだが、何度も言い聞かせて外に出ない事を約束させている。そしてずっとそれを守ってきた。
「おくうは頑丈だからまず大丈夫だと思うけど・・・。」
「ああー他の人に迷惑かけてなければいいんですけどね・・・。」
主人とペットが同時に溜め息を着く。地霊殿の主が旧地獄を代表して異変の尻ぬぐいをしてくれた八雲紫に服従の姿勢を見せる為にお燐を博麗神社に派遣しているというのに、ここでまたおくうが問題を起こせばお燐の今迄の苦労は水の泡である。
「まーやばくなったら私に言いな。間に入ってやるから。」
姐御肌の勇儀は、八雲紫との関係が上手くいかなくなったら自分を頼るように持ちかける。
星熊勇儀は人間に討伐され封印された経緯を持ち、八雲紫に関しては名前だけ知っているくらいである。しかし、旧友であり悪友であり親友でもありそして自分にとって唯一の目上である伊吹萃香の親友だという事はだいぶ前から知っており、この前久しぶりに会った萃香に頼めば何とかしてくれるだろうという算段はつけられた。
「有り難う御座いますー!勇儀姐さぁーん!」
泣いて喜びながら勇儀に抱きつくお燐。孤立する地霊殿を何かと気に掛けてくれる星熊勇儀のお節介は、孤独を好むさとりにとってはありがた迷惑でしかなかったが、今はそのお節介がとても有り難いことだと心から感謝した。
「それにしても・・・。」
おくうの事が心配である。そして、おくうが何か大きな問題を起こさないかも気掛かりである。
異変が解決してもおくうの身体は改造されまま。本人は何も気にしていない様ではあるが、あれ以来おくうの心の中に読めない空白の場所があることがずっと気になっていたのだ。
「(あの神様達の影響はまだ続いている・・・何事もなければいいのだけれど・・・。)」
異変解決の為に参集された作戦会議兼本部である紅魔館は、同時に周辺妖怪の避難場所としての機能も果たし、異変における重要な拠点としてその存在感を増していた。
紅魔館に難民として滞在している者の多くは、作戦会議への参加やその会議を冷やかしに来た野次馬達がほとんどで、会議に参加している幻想郷でも屈指の顔触れにすごすごと退散して館内にたむろしていたところ、戦争へと拡大していく状況の中で進退を決められず難民となったわけである。
例外として人形使いの種族魔法使いアリス・マーガトロイドと河童の河城にとりが運悪く人間の魔法使い霧雨魔理沙に見つかって強引に会議に参加させらていた。
魔法の森を挟んで南側全域が激しい戦闘状態になっている。
この戦争そのものは紅魔館が主催する異変解決の作戦とは無関係のものだったが、予想を遙かに超える悲惨な状況を憂いた作戦総指揮官レミリア・スカーレットは、早期解決に向けて遅れていた作戦を直ちに実行に移し、作戦本部も館内から外のバルコニーへと移させていた。
霊夢や妹紅らが与えられた任務に赴いた事で人数の減った司令部に残る作戦主要メンバーの数に合わせて、大きめの丸いテーブルをひとつだけバルコニーに置き、その中心にパチュリーの立体地図を移して指揮卓として、各自好きな位置に着席する。
指揮所をバルコニーに移動したことで、空を覆う鋼鉄の要塞と南に広がる戦闘の様子を同時に視認出来る状態になり、場は正に前戦基地の様相となった。
昼間なのに薄暗い幻想郷。陽光を嫌う吸血鬼始祖もこの薄暗さなら日傘がなくともストレスは感じない。レミリアはメイド長が用意した大きな日傘を必要なしとして下げさせ、建物側を背にした位置に着席すると懐中時計を見ながら上空の棺桶と向かって左手の博麗神社を交互に見て作戦の進展状況を伺う。
そして1時30分を過ぎた時、神社方面に巨大な2つの力の発生をその場にいた全員が確認した。
「これは!」
全員が目を丸くして反射的に神社の方角を向いて緊張する。
この時八雲紫はスキマ砲をいつでも撃てる状態に維持させており、神社方面で何が起こっているのか確認する余裕が取れずにいた。天下のスキマ妖怪といえども巨大なプロジェクトを同時に複数進行させる事は難しく、やろうとおもえば神社にスキマを開いて様子を見る事が出来たが、巨大な力が2つということで極々自然にそれが守矢の二柱だと連想してしまい、確認する作業は敢えて行わなかった。仮に、もしここで確認作業を行っていたとすれば、外から来た主神クラスの二柱の幻想郷入りに紫は卒倒していたかもしれない。
守矢神社の企みも、ましてや人間達が神社に先回りしていることなど全く予想していない会議の面々は、今現在博麗神社には、巫女と神様しかいないという認識で固まっている。当然この2つの力を守矢神社の二柱、八坂神奈子と洩矢諏訪子の所謂本気モードと受け取って疑わなかった。
東風谷早苗の潜在意識が創り出した特殊な神である八坂神奈子は諏訪大社とは直接関係なく、洩矢諏訪子の孫が勝手に創り出した神である事から、その存在を知られると諏訪子に叛意ありとされる危険性があった。
諏訪の神々のいいとこ取りをした様な存在である神奈子の存在を諏訪から呼び寄せる神様には当然知られたくないので、彼女は途中で退去させており今博麗神社には洩矢諏訪子一柱しかいない。
外の世界から一柱ではなく二柱を呼んだのは、退散した神奈子の身代わりとして八雲紫の目を欺こうとした作戦ではなく、タケミナカタのお目付役として絶対に呼ぶ必要があった事である。
この偶然の産物は紅魔館にいる強者に予想外の反響を生む結果となった。
「まさかこれ程とは・・・。」
八雲藍が驚きを隠す素振りも見せず感嘆の声を上げる。
神族でありオモイカネの天下りである八意永琳は、誰とはわからないが守矢神社とは別の神様が現れた事を察知していたが敢えて口に出さずにいる。永琳はこの時、完全に傍観者に身を置いていた。
「(紫様、守矢神社の力侮れませんね。)」
「(ええ、ある程度は予想していたけど、これでは力を吸い取るまでだいぶ時間がかかりそうだわ。)」
「(どうします?)」
「(予定が狂った今となっては刻は金なりよ。守矢神社に対する作戦は中止しましょう。取り敢えずその実力が分かっただけで良しとしましょう。)」
「(賛成です。兎に角今は異変の解決に注力しましょう。)」
「(ええ、では、こちらもそろそろ始めましょうか。)」
「(はい。)」
八雲紫と藍の脳内通話が終わると、天頂方向に薄紅色の結界の膜が広がり始めている事に魔理沙が気付いて大きな声をあげてその事を周囲に知らせる。
丸テーブルの上に置かれたパチュリーの立体地図を使った幻想郷の精巧な縮小模型にもその結界の広がりが表示されている。そして、棺桶の現在地と地表までの距離、落下速度なども表示されリアルタイムでその数値が変化しているのが見て取れた。
完璧な測量演算処理をリアルタイムで映像として表示させている。八雲藍以外でこの様なリアルタイムの測量演算が出来る者など世界広しといえど片方の手の指で数えるくらいしかいないだろう。しかし、この貧弱な魔法使いがそれをやってみせている。それが未だに信じられない紫。
実際は、この演算自体はパチュリーではなく使い魔のルビーが行っているものだが、それをやらせているのは主のパチュリーである事にかわりはない。紫と藍が一心同体であり、演算処理能力において僕の藍が主より上であるのと同じように、僕のルビーの能力が主より圧倒的に高すぎるという点で紫等とは若干違うものの、一心同体で高度に連携して作業を行っている点は共通である。
使い魔ルビーの実力を知らず、その存在を完全に見逃していた八雲紫は、この地図とそれを利用した様々なギミックが、このひ弱なもやし女の単独能力で行われていると勘違いしている。現状で真実を知りうる判断材料がないからそれ以外考えられないという消極的な消去法から導き出された結果である。
パチュリー・ノーレッジが、天敵とも言える大魔導師魅魔の弟子である事も、その片腕的存在の古の悪魔を愛する弟子に譲渡している事も、そして、妖の狩人と心を通わせた実の妹によって奪われた幻想郷の秘密が妹紅を経由して紅魔館に受け渡されている事も何も知らない八雲紫だった。
全知に一番近いとされているスキマ妖怪八雲紫であっても実際には真実の半分も知らないわけであり、それ以下である全人妖の及ぶ知識などどれほどのものかは推して知るべしである。少なくとも現時点に置ける異変において全知に一番近いのは藤原妹紅であり、その後ろについてる魅魔なのである。
真実を知らず事実しか与えられない紫は、後手に廻されている苛立ちを抑えつつ自分達の役目を果たす為、上を見過ぎて首が疲れ大の字に寝ころんでいる黒い魔法使いの元に歩み寄る。
「魔理沙、そろそろ私達もいきましょうか?」
「お?おう!ようやく出番だな!」
飛び起きる魔理沙。
「ところで魔理沙・・・本当にそれ連れて行くの?」
浄化の炎に飛び込む事になった時の為に妹紅から冗談半分で提案された冷却装置、氷の妖精チルノを背中合わせに背負って腰のところを紐で縛り付けている魔理沙に少し呆れた顔で確認する紫。
「ああ、暴れない様に縛っておくから平気だよ。」
そういう問題ではないと突っ込みたいが、それも野暮というもので、むしろそれをしたら負けだと紫はそれ以上何も言わない。
紫としては結界の中に入る事態にはさせないように考えているし、しても冷却の必要はないと思っているので冷却装置は不要と考えている。しかし、先程空気の読めない発言をして自分自身に幻滅した反省を踏まえて、作戦に支障がなければ問題ないだろうと寛大な態度を取る。
「背中がやけにスースーするなー。」
「当たり前でしょ!氷を背負ってるみたいなものなんだし。」
無造作に縛る魔理沙のがさつさに呆れた几帳面なアリスは、腰だけ縛るのでは不安なので、呆れた顔をしつつも肩同士をタスキ掛けの要領で軽く縛ってやる。
「なぁ、チルノ?その冷気止められないのか?」
「ん?あたい何もしてないよ!」
氷の妖精の出す冷気は全自動であり、強く出す事は出来ても止める事は出来ない。或いは出来るのかもしれないが、わざわざ意識して止める理由が妖精側にはない。氷の妖精にとって冷気を止める事は、人間でいえば心臓を止めるのと同じで、意識して止めたり出したり出来る代物ではないのだ。
紫は衣服や帽子、ホウキなどにベタベタと張られた呪符まみれの魔理沙の前に、その呪符に隠された恐るべき効果の存在に全く気付く様子もなくスキマを開いて丸い大きな入り口を作ってみせる。
「中の風景は基本的に同じだからどこをどう飛んでいるのかわからないと思うけど、中はループしているから気にせず真っ直ぐ飛んでかまわないわ。」
「おう!んじゃみんなちょっくら幻想郷を救ってくるぜ!」
「魔理沙、あんましフラグたてないでよ!」
重要任務にあたって大口叩くヤツはすぐに死ぬと相場が決まっている事を色々な本を見て知っている河童のにとりが肩をすくめる。
「チルノがんばってね。」
フランドールが魔理沙の背中にくっついているチルノに手を振る。
「あたいがいれば、『いへん』なんてカチンコチンね!」
これから何をするのか恐らく何もわかっていないチルノが、自信たっぷりについさっき仲良くなったばかりのフランドールに元気に応える。
「誰か合図くれ!」
ホウキにまたがった魔理沙は、飛ばずにまだ床に足をつけたまま踏ん張る様に前屈みになる。
魔理沙はピーキーな魔力の使い方しか出来ず、弱く魔力を絞って長時間安定させるような使い方が出来ないので、その場でじっと動かずに浮くだけといった作業が苦手なのだ。
そのまま普通にスキマに入ればいいだけなのだが、これから重要な任務に赴く上で味気ないと感じたのだろう。劇的に出発したいという気持ちは分からなくもない紫はスキマの横に立って苦笑する。
「よーし、いくよ魔理沙!3・2・1・ゴー!」
その役目を快く引き受けたにとりが、魔理沙とスキマの間に立って、上げた腕を思いきり振り下ろす。
「っしゃー!」
景気の良い掛け声と共に、合図と同時に一瞬でスキマに消えていく魔理沙。
数秒遅れてスキマが閉じると、祭りの後の様な静寂が訪れる。この一連の流れがまるで白昼の夢だったかの様に覚めて急に現実に引き戻される感覚を覚える。
どことなく寂しげな雰囲気になり、そして次第に不安が募ってくる。魔理沙はこのままもう戻ってこないのではないか・・・。
アリス達は息を合わせたかのように皆同時に上を向き、例え冗談でも口に出せば現実になってしまうのではないかと思い、誰一人口を開かずに上空の鋼鉄の釜底を見上げるだけだった。
そんな魔理沙の取り巻きの様子を尻目に紫は席の方に戻って指揮官であるレミリア・スカーレットにスキマ砲の準備に専念すると告げて、瞑想するかのように静かに佇む藍の隣に座って同じように目を瞑る。
身体はここにあるが、意識は魔理沙やスキマ砲に向ける為、何か声を掛けられてもすぐに返事が出来ない事への非礼を先に詫びた紫に対してレミリアは承知して頷くと、席に着いている永遠亭の2人と裁判所の2人、そして西行寺幽々子の5人に目配せをして彼らにも同意をしてもらう。
パチュリーは魔理沙を見送った後自分の席に戻ったが、魔理沙に無理矢理連れてこられたアリスとにとりは、ここに連れてきた魔理沙が居なくなった事で急に心細くなり、居る理由もなくなったので退散したい気分に駆られる。同じように取り残された形になったフランドールが2人の間に佇んでいるが、凶暴の代名詞とも言えるこの吸血鬼の少女の存在も最近大人しくなった事情を知らないので、怖くて動くに動けず2人は特別仲が良いわけではないが寄り添ってバルコニーの角で小さく肩をすぼめていた。
『変化』に最初に気付いたのは五杯目の紅茶を啜ろうとした西行寺幽々子だった。
「あら?」
ティーカップの中でたゆたっている薄いオレンジ色の生温かい液体が僅かな波紋を作っているのに気付いたのだ。その数秒後になると他の者もはっきりと異変に気付き周囲を見渡し始める。
「何の音かしら?」
音として何かはっきりと聞こえるわけではなかったが、鼓膜に何かが細かく連続して干渉している感覚を覚える。
「地震?」
地鳴りの様な振動を感じた小野塚小町が四季映姫を見ながら尋ねるように言うが、閻魔にも確かな事が分からず何も答えられない。
「どこかで巨大な妖獣が暴れてるのかしら?」
西行寺幽々子が、ここから南で起こっている戦争の中で巨大な力が発生したと予測するが、バルコニーの端から別の声があがって一同はそちらを向く。
「あ、あれは!」
河童が空を指さしているの受けて皆そちらに向くと霊夢の張った濃い朱色の結界の向こうにかすかに閃光が走るのが見て取れた。
結界の向こうで妹紅が何かしているのだろうか?しかし、会議が始まる前に大きな爆音を上げて要塞に攻撃していた断続的な振動ではなく継続的な振動である。
大きな地震が来る前兆の様に感じた会議の参加者達は席から腰を上げて警戒する。聞かされている異変のシナリオにはこの様な振動の存在はなかったはずである。
代わる代わる黒幕である紫を目で追って事情の説明を求める会議の参加者達だが、彼女は瞑想したままである。
この中でスキマ砲の準備の為に沈黙を保ったままの八雲紫と藍以外に、腰を下ろしたまま静かに目を瞑っている者が存在がいる。八意永琳である。彼女はこの振動の意味を良く知っていた。
「(・・・パージするわね。)」
要塞内部に蓄積した圧力を外に逃がす為に装甲の一部をパージしてガス抜き用の穴をあける内圧自己調整システムが発動する事を予見する永琳。風見幽香の真下からの攻撃が主な要因である以上、その反対側の天頂方向の装甲がパージされるはずである。
「(だとするなら、落下速度に加速度が加わる!)」
永琳は目を開いた。紫らには要塞について必要最低限の事しか教えていない。これは機密の為にそうしたのではなく、当時の状況として要塞をパージさせる力が幻想郷にあると思わなかった為で、仕様の全てを教える必要性を感じていなかったからである。決して悪気があって教えなかったわけではない。
だからと言って、今からそれを教えても手遅れだし、何よりこのパージは偶然の産物だとは思えず、それをやろうとする側に何らかの意図があり、そしてその後の展開にも興味があった。だから永琳は傍観に徹したのである。
先程の派手な演出の様な攻撃は、要塞の仕様を知った上で藤原妹紅と風見幽香が連携して明らかにパージを狙ったもので、攻撃が途中で唐突に止まったのは風見幽香の力が尽きたのではなく、あのまま続けていれば破壊も可能な状態でありながら、パージさせる為に力を調整したものだと永琳は断定した。
この要塞の秘密を知っていなければ出来ない芸当で、どのようにしてそれを知ったのか興味がある。つい先日までの自分であれば、彼らにその能力なしとみて、このパージは偶然である事を立証する為に余計な頭脳を働かせて適当な理由を付けて納得して自分を高見において彼らを見下していただろうが、今の永琳は決して幻想郷の住人を侮ってはいなかった。そして、その秘密にたどり着いた理由とこれから何が起こるのか知りたいと考え、期待に胸を膨らませていたのである。
紫色の空間に恐らく天地左右がわかるように水平の白いストライプを付けてくれたと思われるスキマのトンネルを直進する黒い魔法使い霧雨魔理沙は、背中にくくりつけた氷の妖精チルノと共にこの初めて見る不思議な空間をぽかんと口を開けながら飛行していた。
しばらくそうしていると向かって斜め右に小さなスキマが開いて八雲紫が顔を出す。
自分と同じスピードの追い風と併走している様な感覚で、空気の抵抗を感じずもっとスピードが出せそうな気分になるが流石に意味がないので自重する。
横にいる紫は自分と併走して飛んでいるという雰囲気ではなく、まるで自分達は停止している状態で景色がものすごいスピードで前から後ろに流れている感じで、なんだか気持ちが悪くなってくる。
「どう?スキマ砲の砲身の中は?」
「目と頭がおかしくなりそうだゼ!何か目印はないのか?」
「今見えてくるわ・・・ほら、今通りすぎたあの標識見えた?」
「ああ、赤丸に白いバッテンだ。」
白いポールに赤地に白のマークが入った丸い標識が上から突きだしており、高速で飛んでいる魔理沙の横を物凄いスピードで通り過ぎる。
「次はあれ。」
「黄色の逆三角に黒いビックリマークだな。」
「貴女目がいいのね。」
「まあね。」
「次は・・・。」
「青い縦長の四角に上向きの白い矢印。」
「そう、この三つの標識は一定の間隔に配置されているわ。青の標識が射撃開始。赤が射撃停止。黄色が射撃準備。」
「なるほど、こりゃー分かりやすいな。流石紫だ。」
思いがけず誉められしまい苦笑する紫だが、妖精にも分かるように予め準備していた仕掛けなので当然といえば当然のことである。
「魔理沙は中心のレティクルめがけてマスタースパークを標識のサイン通りに撃つだけでいいわ。ズレはこちらで補正するから当たるまで同じ事を繰り返すの。発射指示をした後は止めと言うまでそのまま続けて頂戴。」
「簡単だな。了解したゼ!」
「ねぇねぇ魔理沙!私の出番は?」
「ん?チルノは最終兵器だから一番最後だゼ!」
「最強平気?だから後なの?」
「そう、最強は常に最後に美味しい思いをするのさ。」
聞き分けのない馬鹿な妖精を上手く扱う魔理沙の妖精操作術に感心を示す紫は、ここで藍の呼出を受けて一度会議に戻る。
「ん?」
意識を会議場に戻した紫は大気が微震している事に気付く。
「どうやら、あの要塞から発しているようです。」
紫より先に会議に戻った藍が事情を予め聞いてそれを主に知らせる。
「それと、要塞で巨大な爆発がたくさん起こっているわね。」
レミリアが付け加えるが、ここだけ聞くと振動は妹紅が原因に聞こえる。
「また妹紅が攻撃を始めたの?」
「いいえ、攻撃しているのはどうやら妹紅ではなく別の存在よ。」
パチュリーが立体地図に戦闘の痕跡をリアルタイムで映し出しており、紫以外は空で起こっている戦闘ではなくその映像を見ている。紫は自分だけ真上を見ていた事に気付いて内心みっともないと感じつつ、何事もなかったかのように皆にならう。
妹紅の位置は今現在ルビーの手足として支配下に置いている七曜魔のアレクとエメロード、トッパーの3人が地上から三角測量を行って追尾し、その正確な位置情報をルビーに送って紅い光点として映像の中に表示させている。謎の物体は想定外だったため観測員を準備しておらず、実際には目視も追跡もしていないため、その存在の有無すら不明なのだが、妹紅の飛行している位置を追いかける様に光跡が発生する事から妹紅が何者かに追われ攻撃されていると判断し、正体不明の存在が妹紅と戦闘していると断定したわけである。
「一体誰か?」
「もう時間がありませんし、このまま自爆してしまうのが得策です。」
紫の疑問に誰も答えられず、藍は時間がない事を理由にこの問題については棚上げする。藍の言う通りこの際、攻撃する相手を巻き添えにして自爆してもその相手の自業自得として捉える事が出来る。既にスキマ砲の最短発射時間である1時40分をまわっている為、例え何かしたい考えても時間的に無理なのだ。
妹紅が独自の判断で今すぐ自爆してしまえば後はこちらの予定通りに進むのだが、そこまで未だに辿り着けていない。恐らく妹紅もこの状況に困惑して判断を迷っているはずである。
会議の場に再び緊張が走る。残り10分の間に自爆しなければ魔理沙が直接乗り込む事になる。
「何故自爆しないのでしょう?」
幽々子がきょとんとした緊張感のない表情で誰に言うわけでもない質問をする。
「自爆するのに、例えば気を溜めるとか瞑想の様な予備動作や硬直時間が必要だとするなら妹紅が自爆出来ない理由になるわね。単純にこのイレギュラーに戸惑っているだけともとれるけど。」
レミリアが鋭く自爆しない理由に仮説を立てる。
「だとするとその攻撃している者を先に排除しなければなりませんね。」
四季映姫も相手を排除する事をやむを得ないと考える。
「どちらにしても時間がかかるわね・・・。それにこの微震も気になるわ。」
紫が時間内のスキマ砲発射が出来なくなる可能性を示唆する。
「自爆さえしてもらえれば後は何とかするのだが・・・。」
九尾の藍が苦虫を噛み潰した様に渋い顔をする。
「魔理沙を直接乗り込ませる方向で考えればある程度時間の延長は可能ではないの?」
スキマ砲にこだわらなければ時間にまだ余裕が持てるのではないかと、レミリアが予定変更を視野に入れて意見を聞くために問題提起をする。
「そんなに時間はとれないわ。要塞表面と結界までの距離は1km切ってるのよ。少なくとも2時くらい迄には自爆してもらわないと、要塞と結界がぶつかってしまうわ。」
要塞の位置観測を担当しているパチュリーがレミリアに意見する。
「あと20分・・・ここがデッドラインというわけね。」
「ただ、自爆さえした後なら時間的な余裕は生まれるわ。それに別の方法でコアを破壊する事も出来るかもしれないし。」
「どういう事、パチェ?」
「破壊すべきコアの位置は装甲表面から約20キロ上空にあるのよ?自爆して外側の装甲を剥がしてしまえば2、3キロラインで汲々としている現状が一気に20キロラインに引き上がるの。」
「なるほど、確かにそうね。」
「今コアの位置は成層圏にあるから今から乗り込んでも叩くのは魔理沙では無理ね。そこまで高くあがれないもの。スキマ砲の射軸からずれて魔理沙をつっこませる状況になったら、コアがもっと下に来るまで逆に待たなければならないわ。」
パチュリーの説明に聞き入る参加者面々。
「別な方法とは?」
先程口にしたパチュリーの別の手段に興味があった永琳が久しぶりに口を開く。
「妹紅の自爆の炎をスキマで外に逃がして、結界も解けば後は私達でも何とかなるでしょう?コアは直径数キロ。風見幽香の力を借りればなんてこはないでしょう。」
場の空気が変わる。そうなれば何も魔理沙を危険な目に遭わせなくとも簡単に要塞を破壊出来る。そしてそれと同時に何故最初からそうしなかったのか当然疑問出る。
「最初からそうすべきだったかしら?」
レミリアがいち早くそれに気付いて誰に言うわけでもなく疑問をぶつける。
紫としてはその事は言われる迄もなく承知していた。しかし、守矢神社を消耗させるという当初の予定があったので、コアが近くまで落ちてくる時間を使ってそれを行おうとしていたのである。
しかし、守矢神社の消耗作戦は先程中止を決定したので、長引かせる理由はもうなくなってしまい、パチュリーの提案通りで何も問題もなくなる。いや、これがベストである。
またしても見下した小娘に反撃され腹の中はマグマの様に煮えたぎる紫。周囲の視線から紫に対する猜疑心が伺える。しかし反論出来ない。いや、反論は出来るがこの状況では何を言っても言い訳にしか聞こえないだろう。
「(小娘・・・余計な事言わなければ死なずに済むものを・・・。)」
紫の中でパチュリーに対する明確な殺意が芽生える。しかし、その殺意を察知したかの様にパチュリーは、現状の作戦を肯定してみせ、紫のネガティブな感情を上手く受け流す。
「レミィ、それは違うわ。例えスキマの力で外に逃がす事が出来てもどの程度の時間でそれを完了出来るのか未知数だわ。外に逃がすのに1時間も2時間もかけたのでは、コアはとっくに結界を突き破ってしまうわ。私が言った別の作戦はあくまで可能性よ。」
八雲紫が言いたかった言い訳を代弁してやるパチュリー。ただ怒らせるよりも尻を拭ってやった方が精神的なダメージが大きいだろうと考えたからである。
「それは確かに・・・。」
レミリアが少し考え込んでから今と当初の状況の違いを考慮して頭を整理する。
「空一杯のエネルギーを短時間で外に逃がすのは確かに無理でしょうね。当初の予定ならなんとか間に合ったかもしれませんが・・・。」
永琳もフォローする。全員状況が以前と全く違ってしまっている事に気付き、万が一の為に方策を講じていた紫の先見性を見直す空気になる。
「ご免なさい、変な事を言って・・・。」
レミリアが素直に紫に謝罪するが、自分の中で生じたパチュリーへの殺意の落としどころがなくなり、余計に悶々とした気持ちになり、更に素直に謝罪するレミリアの度量の大きさを見せつけられ返ってプライドが傷つく紫。
会議が始まった当初、幼稚な態度を取って周囲を失望させたレミリア・スカーレット。そして、何のフォローもしない無能な参謀というレッテルを貼られたパチュリー・ノーレッジ。しかし、その時とは打って変わって評価が急上昇する2人。そして紫に見せた度量の大きさが紅魔館全体の印象をすこぶる良い方向に持っていく結果となり、その一方で八雲紫はその能力や強さを疑う者は誰もいなかったが、先程パチュリーに見せた狭量な態度が比較対象となって、その存在感に陰りが見え始めていた。
藤原妹紅は高度2500メートル上空から眼下に展開する霊夢の結界の広がりを見て、異変が次の段階に進んだ事を認識する。
自爆した後の自分は浄化の炎に包まれ、その中で生き返る暇もなく永遠に死に続ける事になるだろう。この状態が文字通り永遠に続けば自分の死も永遠となるのだろうが、それは望んでいた死とは若干違う。
死を望む妹紅だが、死とは望んでなるものではないと思い始めていた。道半ばで途絶える思いを後に残し引きずるのが死なのだ。そういうネガティブな思いが輪廻という概念を生み出し魂が循環して種が繁栄する。それが弱い人間がこの世を制した理由であり、破壊と穢れの象徴的な存在となった自分が望む唯一の命題が、この輪廻に組み込まれる事だった。
「さて・・・。」
妹紅はありきたりなこれまでとは違う特別な死に直面し、感傷的な気持ちになるがすぐに切り換える。
この時点でまだ外から神様は来ておらず、守矢神社の神様の力によって霊夢の力が増幅されている状況である。
紫等の思惑としては、守矢神社の秘密を暴く為に異変を少し長引かせるつもりでいた。死んだ魔理沙を黄泉返りさせる為に、あの世の手前『選択の間』に行かねばならず、そこで魔理沙と会って諭す時間が必要な為、妹紅としても早期解決は望んでいなかった。
強引に異変を長引かせる手段は既に魔理沙に仕込んでいるので、早期解決に計画をシフトした紫等の思惑とは別に異変は妹紅の望む時間で終わる事になるが、何れにしても具体的にどこまで引き伸ばすかは成り行きなので、保険として結界を長く維持させるのに必要な力の源となる神様を多数幻想郷に呼び込んでおかなければならないので、これらは守矢や人間達との策と一致する。今のところこちらの思惑通りである。
妹紅は守矢神社とは直接連携していないので、どのタイミングで神を呼ぶのか、どれくらい呼ぶのかはわからなかったが、慧音の計画を盗み見てその規模からある程度の展開は予測がついており、何も問題はないと確信していた。
人事は全てし尽くしたわけだが、刻一刻と迫る『その時』を前に流石の妹紅も武者震いをしてしまうが、それと同時に変化が起こる。
「来た!」
博麗神社にとてつもなく巨大な気が2つ現れる。そして、それが合図になったかのように要塞から低く唸るような音と共に微震が発生する。これはパージの前兆現象であると直ぐに理解出来た。
妹紅はこの素晴らしいタイミングで起こる二つの事象に思わず寒気がして身震いしたが、ここで予測にない事が起こった。
「メガフレアアアアアアアアアアあああああああああぁぁぁァァァァアアアアア!!!」
東に身体を向けていた妹紅は、背後から木霊の様に聞こえる声に気付いて慌てて振り向くと、巨大な火の玉がこちらに猛スピードで接近しているのを見た。
「やべぇ!(避けられない!)」
何者かの接近に気付かなかったのは神様の登場と重なったのが要因の一つであることに間違いはないが、感知できない長距離から高速で接近し、こちらをピンポイントで狙った攻撃がその最大の要因だろう。
あの攻撃の掛け声が無ければ防御する暇もなく一度完全に消滅していたかもしれない。その馬鹿な攻撃主を確認したい妹紅だが、巨大な火の玉を対角線にしてその向こうに居るようでこちらからその姿は確認出来ない。
無理矢理逃げて身体半分もっていかれたところに次弾を撃ち込まれるだけである。火の玉を発射した後互いの姿が見えないのでここは動かずに受けて逆襲した方がいいだろう。防御と反撃を同時に行う策を咄嗟に思いついた妹紅は、その場で手をかざして火の玉を受ける体勢を取る。
次の瞬間、両腕を差し出した妹紅は火の玉の直撃を受け一瞬で肘まで融解してしまう。しかし、すぐに溶けた腕を再生させると、その腕が元に戻る際に発生する巨大な再構築の力で運動エネルギーを相殺させ、火の玉の中にある再生し維持した腕を指向性のある爆発で跳ね返す。
「な!」
妹紅に攻撃した謎の飛翔体は、突然自分に戻ってくる自分の撃った火の玉に驚き、避ける間もなく直撃して爆発する。
「やべ!やっちまったか?」
妹紅は咄嗟の事で加減が出来ず、相手を殺してしまった事を一番に気にしてしまう。しかし、その心配も杞憂におわった。
「何てヤツだ!」
直撃後大爆発した火の玉の中から、撃った本人が何事もなかったかのように撃ち返した妹紅に驚きの声を掛ける。
「それはこっちの台詞だ!お前は一体誰だ!何しにここに来た!直ぐに下に降りろ今ならまだ間に合う!」
ここには本来誰もいてはならない場所である。霊夢の封印が全て完成してしまうともはや何人もここから出る事はできなくなる。
妹紅は見た事もない白と緑のコントラストが映える服装に長い黒髪の長身の女性の姿をした妖怪に警告するが、相手は全くこちらの話しを聞いておらず直ぐにまた筒状の腕をこちらに向けて攻撃を仕掛けてくる。
「メガフ・・・げふっぅ!」
自分の身長程ある筒状の右腕から先程と同じ火の玉を発射しようとする妖怪に急接近して腹に一撃入れて攻撃を止めようとする妹紅。先程聞こえた攻撃の技名と思しき台詞は最後まで言えずに止まったが、火の玉は暴発気味に発射され、真上のパージの前兆振動を起こしている要塞に撃ち込まれる。鏡面処理された炭素タングステンの多重装甲が一瞬で融解して大穴が空く。装甲は直ぐに元に戻るが、その恐るべき破壊力に妹紅は驚くと同時に、ある種の既視感を覚えた。
「これは・・・!」
この火の玉は妹紅が発する様な自然の炎の力ではなく、化学反応で生じる人工的な熱なのだ。そう!炎ではなく熱なのだ。
妹紅はその事からすぐに永遠亭を思い出すが、八意永琳の使うそうした科化学の力とも少し違う感じもして困惑する。永琳の使うそうした力は、見た目非常に小さく見えるが効果は絶大で、小さな力で大きな効果という効率を重視する傾向が強い。しかし、この火の玉は無駄が多く、大きい割りに破壊力は永琳の物に比べると微々たるもので、このような非効率な技は永琳は好まないはずだ。
妹紅は永遠亭とは長年敵対しており、相手の能力や思想、思考を研究した歴史は長く、そんな中で化学反応と呼ばれる自然界に存在しない力を利用している事を理解していた。
永遠亭のメンバーにこのような妖怪はいないはずだし、少なくとも300年間の抗争の歴史の中では一度も見た事がない。秘密兵器として温存していた割には少しお粗末過ぎるだろう。妹紅はすぐにこの謎の妖怪が永遠亭とは関係が無いと確信する。
「だが・・・。」
永遠亭とは関係ないと確信出来たものの、ではこの妖怪は一体何者なのだろうか?