東方不死死 第67章 「形勢逆転」


 大暴れをして会議の進行に深刻な遅延をもたらした藤原妹紅は、今は魔理沙の横、最初にフランドール・スカーレットが座っていた一番窓際の席に着いて大人しくしていた。
 藤原妹紅は異変の主要メンバーとして、八意永琳の付き人レイセンの隣に席が用意されていたが、姫海棠はたて、四季映姫とやりあった後、そのまま近くにいた魔理沙の隣の席に着いてしまっていた。
 先程までのレミリア・スカーレットであれば、用意した席に座らない事を責める狭量な態度をとっていただろうが、今は席順程度の些細な事を気にする様子も無く、会議の進行に問題が生じなければそれで良しとした。

 藤原妹紅によって乱された会議が再開された紅魔館の会議室にあてられた小さなバルコニーがある部屋。その正常に戻ったはずの会議の場で激しく心を乱す者が一人いた。この会議の影の支配者八雲紫である。
「(何故、あんなものが・・・。)」
 紫の心をかき乱している原因は、これまで全く存在感が無かった紅魔館の魔法使いパチュリー・ノーレッジが、会議再開後すぐにテーブルに広げて見せた一枚の大きな地図の所為である。


 会議室の床に魔法陣が発動している。そこから紡ぎ出される魔力に反応して強い折り目のついた厚紙の地図が金属的な光沢と魔法的な淡い光を放つ薄い平面の板に変わり、平面的な地図の絵が立体的な半透明の映像となって幻想郷の地形を浮かび上がらせている。
 それはまるで手品のようだが、魔力を源動力にして平面地図を立体的に見せている仕掛けなのだろうという事は各自理解出来た。

 この地図は色々な意味で衝撃的だった。
 先ず、幻想郷における魔法のイメージは、攻撃・力・破壊というかたちで定着しているので、魔法にこの様な芸当が出来る事を初めて知る者も多く、魔法と魔法使いに対するイメージが少し変わる事となった。
 普段口癖の様に『弾幕はパワーだゼ!』と嘯く魔理沙としては、魔法の用途としてこのような事が出来るということは知識として知っているが、魔理沙本人はこの様な使い方が未だ出来ないでいるので、パチュリーの見せたこの地図は素直に感動出来た。
 そしてもう一つの衝撃は、幻想郷の外縁部、特に西側の地形までその地図に克明に記されていたことである。
 この場に居合わせた八雲紫・藍両名以外に、幻想郷の深部まで知る者はなく、妖怪の山に住む守矢神社の二柱も天狗の領地を侵す事になるので、妖怪の山の全容はほとんど知らないといっていい。
 狭い幻想郷などと言われるが個々にとってはとても広く、活動範囲は各自だいたい決まっており、基本的に知っている場所よりも知らない場所の方が断然多いのだ。その知らない場所の様子が地図として記載されている事に大きな関心が集まり、この地図が提示された時は皆しばらくの間固唾を飲んで魅入っていたのだ。

 一通り見終わると、次にある疑問が当然の様に浮かんでくる。これは果たして真実かという最も基本的な疑問である。しかし、会議に参加した面々は、ある一人の表情を見てそれを本物と確信出来た。
 真贋定かではない地図が提示されたからといってそれを鵜呑みにする程、会議に参加したお歴々はお人好しではない。しかし、幻想郷の創設者である八雲紫がその地図を瞬き一つせず凝視している様子が、これが真の幻想郷の地図だということを示していると考えるのだ。
 皆、この地図を本物と受け止め、今ここでしか見れない真の幻想郷を目に焼き付けようとすると同時に、紅魔館の魔法使いが戦闘面はともかくとして、かなりの実力を持った魔導師であるという認識を共有した。


 その表情が真贋を見極める目安にされてしまった八雲紫は、当然他の者とは別の感想をこの地図に持っていた。
「(完璧過ぎる・・・。)」
 そう、全てを頭の中で把握している八雲紫にとって、この地図は第三者が制作したものとしては、余りにも完璧過ぎるのだ。それだけに、自分の頭の中を盗み見られたという恐怖心と羞恥心の入り混じった複雑な心境が芽生えてしまう。
「(ありえない・・・。)」
 単に地形だけをトレースして再現するだけなら魔法使いにも十分可能な芸当だろう。しかし、この地図は縦軸横軸天地軸を交差させ地図の空間までも細分化して表示しており、更に意図的に配置した空間密度のばらつきまで完璧に再現されているのだ。
「(こんな事が出来るのは・・・魅魔しかいない・・・。)」
 紫の背筋に冷たい者が走った。これまで生きていた中で自分に明確な死の恐怖を与えた最強の悪霊魔導師魅魔の恐怖が再び紫を襲う。
 この幻想郷の複雑な空間密度のばらつきは、ところどころ必要に迫られてそうしている部分も多いが、意図的に不規則に空間密度に変化を与えているのも事実で、これは魔法使い対魅魔戦に備えてのものだった。博麗神社繋がりで八雲一家の一員として友好的な関係にあった魅魔を八雲紫はずっと警戒していた故の産物なのである。


 八雲紫の前身は月の世界を創造した『創主』で、自らが創造した月の民の暴走で自分の力が悪用されないように自らの創造の力を月と地上と2つに分けて形を変えて保存する事を決断し、その地上側の依代が混沌と境界を分かつ力、陰を司る八雲紫なのである。
 月に残された秩序と融和結束など陽の力を司るは八雲藍で、この双子の姉妹は能力を2段階の覚醒で解放されるように仕掛けを施された特殊なクローン技術で生み出された存在だった。

 人間が文明を持つより遙か以前に地上に送られた八雲紫の前身となる未覚醒の原始的な妖怪は、スキマの能力で世界各地を彷徨いこの時代に風見幽香の前身となる草花を司る妖怪と知り合う。
 その後、人間の文明が発展する様子を見ながら本能の赴くままに後ろ向きな行動を繰り返し人々からも妖怪からも嫌われる存在として強かに生きてきた。
 今現在の八雲藍、当時の九尾御乱にちょっかいを出して逆に殺されそうになるが、この時彼女の出した無理難題をいとも簡単に解いて見せたスキマ妖怪はその頭脳を買われて九尾の子分となる。
 九尾の下に付いて一定の秩序の中で暮らす紫は、九尾の遊び相手だった博麗神社の当時の神主に見いだされる。
 博麗神社は神社と銘打っているが、それを隠れ蓑として大陸から様々な物を取り入れる急進的な集団で、人の妖のにこだわらず、いいものは何でも取り入れ様々な試みを行っていた。
 賢い九尾などとも懇意を結んでおり、当然その配下にあったスキマ妖怪の存在も知る事になり、その能力に無限の可能性を見出し、紫は九尾の許可を得て博麗神社で預かる事になった。
 八雲紫という名前は博麗神社に入った時に名付けられた名前で、精神修養を主とした修業をさせられているうちに、理性が本能を上回り一回目の覚醒をする。野生的な性格から一変し完全な上位妖怪として生まれ変わった八雲紫は、更なる修業を続けながら空想と実現の境目を行き来する能力を開拓し、世界を創り生み出すという発想を持つようになる。
 しかし、下位の存在から上位妖怪へと変貌を遂げ、九尾の御乱からも一目置かれ始めた紫は、自分自身の能力に見合う地位や待遇を求め始め、度々博麗神社と対立するようになり遂には抗争に発展した。
 度重なる衝突にびくともしない博麗神社に対し紫は直ぐに劣勢に立たされる。自分の全力を持ってしても博麗神社に勝てない八雲紫は、中立の立場をとった九尾からの支援が得られず、世界各地の妖の類を嗾けて神主を害さんとしたがそれでも歯が立たず、遂に禁じ手ともいえる怨霊を呼び出してしまう。
 この怨霊こそが悪霊魔導師魅魔で、呼び出した紫は逆にその怨霊に喰われそうになるが、ここで敵対した神主に救われる。
 博麗神社は対魅魔戦でこれまでにない大きな被害を出すものの、数年に及ぶ対話で神主は遂に魅魔の怨念を取り祓い改心させる事に成功し、以後、怨霊は善霊へと生まれ変わって博麗神社に忠誠を誓うようになった。 
 これを目の当たりにした八雲紫は遂に敗北を認め、以後神主に逆らわず九尾や新たに仲間となった魅魔や、時々会いに来る旧友の風見幽香、伊吹萃香らと共に『幻想郷』構築を目指すようになったのである。西暦600年以前の事である。

 力を得た紫は、力を得れば得る程に自分の中で物理的に何かが欠けているという喪失感を抱くようになり、世界中を巡ってその何かを探し求める。しかし何も得られず途方に暮れたとある満月の夜にふと、まだ探していない月の世界の存在に気付き、スキマの力で月へ旅立ち、そこで出口のない牢獄の中で生かされ続けるだけの自分と同じ顔をした存在を発見したのである。
 自分に足りない物とは肉体的な欠損ではなく血の繋がった家族であることを確認した紫は彼女を地上に連れ帰り、双子の姉妹として博麗の里で暮らすようになったのである。
 その後紫は西行寺の怪で鬼の力を持つ少女と運命的な出会いと別れを経験し、本質のない空想の無意味さを悟り、空想概念の現実化ではなく、現実の空想移設という発想の転換を行い、ここで2回目の覚醒する。
 2回目の覚醒後、スキマの能力とそれを自在に使う無限の想像力と頭脳を得た紫の資質と将来を見いだした九尾御乱は、博麗神社と共同で立ち上げた幻想郷派という派閥主の地位を彼女に譲り八雲紫は名実共に最強の妖怪の一人となった。
 スキマの力は無限の可能性を秘めている事が周囲に認知されはじめると紫の下に多くの古・強妖怪が集まるようになり、増長した紫は妹を幽閉していた月に対して、その理由を探り復讐をするという個人的な戦いの為に派閥員を巻き込み、新たな土地の確保という大義名分で誤魔化して月面戦争を始めてしまう。
 紫の友人として従軍した当時弱小妖怪の風見幽香の覚醒と活躍によって被害を最小限に食い止めた幻想郷軍だが、一敗地にまみれた八雲紫は派閥の長の地位を失落し猛省して当初の目的通り幻想郷構築に打ち込み、以後一回目の覚醒をして頭角を表し始めた妹の藍に派閥の長を譲った。

 善の悪霊魔導師魅魔は博麗に忠誠を尽くす立場で、彼女の視点で見れば八雲紫は自分を博麗との私闘に巻き込んだ悪者ということになるが、結果的に自分を博麗と繋ぎ合わせ救ってくれたので過去の事は全て水に流している。
 しかし、紫としては自分に初めて死の恐怖を与えた魅魔という存在がトラウマとなってその身に刻み込まれてしまい、魅魔に完全に心許がせず、万が一に備えて自分の作り出した幻想郷に対魔法使い用の様々な仕掛けを用意してしまう。その一つが空間密度のばらつきなのである。

 移動元の座標と移動先の座標の間に存在する空間を省略して一瞬で移動する魔法特有の移動方法は、空間の密度を変える事で物理的な実測距離との間に狂いを生じさせる事が出来、普通に生活する分には全く問題ないが、魔法使いの自在性に大きな障害を与える事が出来る。
 この事は公に出来ない最高機密の問題で、魅魔ならともかくこんなもやしのような愚鈍な魔法使いに出来る事ではないと紫は決めつけ憤る。しかし、この魔法使いでなければ一体誰が自分の頭を覗き盗み見る事が出来るのだろうか?誰も思いつかない。唯一出来るだろうと思われる魅魔は今はいないのだ。
 まさか藤原妹紅が妹の思念体と十六夜咲夜を経由して交信し、彼女が用意した幻想郷地図を思念界から持ち帰り、パチュリー・ノーレッジに譲り渡したなどとは、どんな空想妄想を働かせても導き出せるものではなかった。

「(こんな地図はすぐに消し去りたい・・・でも、今ここではできない・・・どうすれば・・・。)」
 この地図が、八雲紫の頭の中にある幻想郷の設計図を完璧に再現した物だというのは、紅魔館の魔法使いとその使い魔とメイド長、そしてこの地図を提供した藤原妹紅以外知らない。
 他の者にはよく出来た精巧な地図だが、八雲紫にとっては自分の頭の中を誰かに盗まれたものだという疑念さえ抱かせるほどの完璧な出来映えで、更にそれが公然と晒される事にとてつもない羞恥心と屈辱を感じていた。
 八雲藍など、幻想郷監理の実務を担う者にとっては、この地図があれば式神を使って計画的に監理出来るのではないかと思わせる程素晴らしい出来の地図という印象で、頭を直接開いて覗かれていると感じる紫とはまた少し感想が違う。
 藍は実際の自然環境を元に、その世界の下支えとなる微生物を含めた循環連鎖の仕組みを考慮して今現在の幻想郷の叩き台を詳細な地図として描いて紫に提示している。世界を寸分の狂いもなく再現出来る頭脳を持っている藍としては、測量技術さえあればパチュリーの提示した地図の存在は必ずしもあり得ないものではないという認識で、魅魔の能力を知って高く評価している藍としてみれば尚更魔法使いならやれて当然と思ってしまうのだ。
 紫としては、高名な魔法使い、例えば魅魔がこれを提示したというのであれば納得出来たかもしれない。しかし、愚鈍と評して先日の異変参加の打診をしに紅魔館に訪れた際、レミリアの代理人の様な態度を取るこの生意気な魔法使いを徹底的に無視して恥をかかせたという経緯があるので、尚更認めることが出来ないでいた。
 その見下した魔法使いに完璧な幻想郷立体図を再現されているのは二重の意味で屈辱である。盗んだ方が悪いとは流石に言えず、紫としては盗まれた自分が悪いというしか無く、盗んだとしてどうやって盗んだのかも知りたいところで、先程からジレンマのジレンマ、何に対してのジレンマかもわからないループ地獄に陥っていた。

「(考えたな・・・パチュリー。)」
 妹紅はあの地図は決して人に見せるなと忠告しておいたが、これは紫とパチュリーの2人だけの状況では間違いなく殺されるから見せるなという意味の警告だった。紫が一人この地図を見れば幻想郷の機密保持の為に地図を没収するか、地図とパチュリーを消してしまうのは間違いない。
 しかし、この様に幻想郷でも屈指のメンバーがいる前で見せれば、この地図がパチュリー・ノーレッジ作の貴重な財産として周知される事になり、紫の自分勝手な感情で簡単に処分出来るものではなくなる。隠れて密かに処分する方法もあるが、人にせよ物にせよ、そんな形で処分をすれば犯人は自ずと誰か分かるし、それをやった当人の評判は著しく低下し畏れを失う事になる。流石に紫もそれが分かっているだけに手も足も出せないだろう。

 八雲紫は恥ずかしさと悔しさが入り交じった感情を表面上押し殺して、無感動の表情で地図を眺めている。
 裏の事情を知っている妹紅と紅魔館の2人は、そんな紫の内面がよく見えてしまいその無感動な態度が、かえって『私は激しく動揺しています』と教えている様で可笑しくてしようがなかった。
 八意永琳は八雲紫の心拍数と顔の表面温度が急に高くなったのを察知して詳しく分析し、ちょっとしたパニック状態であることを科学的に見抜いていたが、何故そうなるのか理由は分からなかった。

「(紫様?)」
「(・・・え?何?)」
「(どうかされましたか?)」
「(別に何でもないわ。)」
「(そうですか・・・それにしてもこの地図はよく出来てますね。これがあれば幻想郷の監理が楽になりそうですが・・・。)」
「(・・・そうね。)」
「(・・・。)」
 脳を直接繋いで会話する藍と紫だが、紫が殊の外不機嫌な様子を感じ取った藍はそれ以上は何も言わなかった。この時藍は、この地図が紫の頭の中に存在する幻想郷設計図と全く同じであるとは知らなかったのだ。


「・・・あの、妹紅?」
 妹紅の隣に座る魔理沙が、何故か申し訳なさそうに話しかけてくる。
「ん?どうしたの?ああ、さっきの驚いた?」
 悪魔の様に恐ろしかった妹紅に少し驚いて気持ちが縮んでしまった魔理沙だが、応える妹紅の口調や表情が穏やかなのを見て、自分の知っている妹紅である事を確認して安心する。
「うん・・・でも、なんて言うかごめんな・・・。」
「何で魔理沙が謝るの?」
「レミリアが妹紅の悪口言ってるのを黙って見てたから・・・。」
「ふふ、仇はとってあげたわ。」
 レミリアをぼこぼこにした妹紅が魔理沙にニヤリとほくそ笑む。
「でも、あれはやり過ぎだって。」
 頭を下げたレミリアを踏みつけたあげく何度も蹴りまくった事を言う魔理沙。流石の魔理沙もあれには度肝を抜かれたらしい。
「魔理沙だって私の前で道理をはき違えればああなるのよ?」
 今度は意地悪く笑う妹紅。
「私は人間の味方、妖の敵。それ以上でもそれ以下でもないわ。」
 妹紅はそういって、魔理沙の正面に座ってこちらの会話を聞いていたアリスとニトリにチラリと視線を重ねる。ギクリとする2人の妖怪は落ち着き無く視線を泳がせる。


 時計の針は午後1時を回り当初予定していたスキマ砲発射予定時刻を過ぎていた。
 妹紅の起こした騒ぎで会議が長引いたわけだがそれに合わせて発射予定時刻も調整していた藍は、紫の指示通り限界時間の2時発射で射角で調整を行っていた。

「現在、棺桶の底の位置は地上約3500メートルよ。」
 3.5キロメートルということは、紅魔館から神社までの距離の約三分の一である。空を覆う鉄の塊が大きすぎてもっと高い位置にあると想像していた会議の参加者は立ちは、もう一刻の猶予もない状況であることを改めて知る。
 幻想郷立体地図を起動させたパチュリーが誰に指示されたわけでもなく会議を仕切り始めるが、それに文句を言う者は誰もおらず、参加者らは説明される状況をしっかりと耳にいれていた。
 パチュリーを愚鈍で能力の低い口だけの魔法使いと決めつけ馬鹿にした八雲紫としては、この状況を苦々しく思うものの、この地図の完璧さにぐうの音も出せず、とてつもない敗北感を味わいながら静かに進行する会議の様子を眺めるしか出来なかった。
 強者に負ける事には納得がいくが、弱者と見下した者に足下をすくわれるのは屈辱以外の何者でもない。妹紅との最初の接触でも見下した妹紅に斜め上の服従宣言をされてプライドを傷つけられ怒りをあらわにしたものだ。その時の経験が生きたのか今はそれなりに平静を装えたが、内心は腑が煮えくりかえっている。
「(どこで間違えたのかしら・・・。)」
 今日に至るまで完璧に事が進んでいた。なのに何故事が始まった途端予定が崩れていくのか。風見幽香の超絶パフォーマンスに始まり、妹紅がたった今起こした暴力事件、そして予想もしていなかったレミリアの突然の覚醒。ここまでは直接自分には関係ない事だったが、今度は魔法使いがしゃしゃり出て煩わしいノイズを直接ぶつけてくる・・・。

 スケジュールの進行に多少の遅れは出たが、全体的に見れば事は問題なく進行していると評価してもいいだろう。異変さえこちらの思惑通りに終われば何も文句はない。しかし、安眠を妨げる様に次から次へと障害が発生する。
 これは正に妹紅らの計画通りの事で、八雲紫が大きな敗北感を受けてしばらく立ち直れない状態に導く為の序章に過ぎない。八雲紫を悩ませるノイズはまだまだこれからである。

「守矢神社までの標高は約1000メートル。ここが妖怪の山、いえ幻想郷に於ける生命活動のピークね。とんがった2本の峰を含めれば約1500メートルだけど、山の形を残すのであれば、ギリギリの防衛ラインは上空2000メートルというところかしらね?」
 パチュリーが幻想郷の立体地図の上に『宇宙人の棺桶』と公称する防御要塞の同寸の立体映像を重ねて客観的な現況を見せながら今後のスケジュールの指針を決める為の重要な情報を参加者に提供する。
「山のてっぺんに棺桶が到達する時間は?」
 結界をどの辺に張るか決めなければならない霊夢としては、要塞の時間的位置情報は重要で、椅子から腰を上げてレイセンと四季映姫の間の空いている席のところに立って説明しているパチュリーに尋ねる。
「このまま落下速度が変わらなければ午後3時というところね。更にこのままの速度を維持するなら午後4時前には地表に衝突する計算になるわね。」
 一応コンマ何秒単位で教えられるが、霊夢や他の者はそこまで必要ないだろうとおおよその時間を教える。
「そこはあくまでギリギリだろう?例えば午後2時くらいにスキマ砲とやらを発射する早めの予定を組んだ方がいいんじゃないかい?」
 要塞に最も近い場所に守矢神社がある八坂神奈子が万が一を考え早めの対処を提案する。
「不死鳥転生で爆発が起これば結界を押し下げる可能性もあるからの。」
 洩矢諏訪子も八坂神奈子に賛同する。
「一応言っておくけど、不死鳥の転生で爆発は起こらないわ。でも・・・」
 守矢神社の二柱の心配を払拭する妹紅は何かを言いかけて横を向く。
「中心核にダメージを与えれば爆発する危険性があります・・・が、結界の中がどのようになっているのかわかりませんので何とも言えません。爆発せず、そのまま消失する事も十分ありえます。」
 八意永琳が妹紅の話を引き継いで状況は未知数だと知らせる。
「ここは最悪のケースを考慮して、爆発するという前提で考えましょう。」
 レミリアのカリスマたっぷりの提案に異論はなく一同一斉に頷く。会議の参加者の頭には、もう先程の愚かなレミリアの存在は消えてなくなっていた。
「守矢神社の提案通り発射時刻を午後2時とする方向で決めていいのでは?」
 ここでようやく気を持ち直した八雲紫が発言をする。これは妹紅がもめ事を起こしている間に藍に限界ラインで調整するように指示を出している時間と合致していたので都合が良かった。しかし、またしても新たなノイズが紫を悩ませた。
「2時では遅すぎるわ。こうしている間にも幻想郷中に戦渦が広がっているのよ。」
 発言したのは妹紅とのもめ事を収め人が変わったかの様に飛躍的にカリスマ性と発言力を高めたレミリア・スカーレットである。全てではないが、四季映姫やニトリなどがこの発言に賛同を示す態度を見せた。。
 このレミリアの発言は先程妹紅がこの異変の混乱で既に大勢の人妖に被害が出ている事を訴え四季映姫を黙らせた発言に追従するもので、紫からすれば如何にも優等生的な意見で鼻につくものだった。しかし、その意見を退けて自分の主張を押し通す明確な根拠が無かったので反論出来ない。
 2時という発射時間はあくまで最悪のケースを想定してのことなので時間を早める事に反論はないはずなのだが、これまで自分が頼られ仕切ってきた状況が完全にひっくり返ってしまい、思い通りにいかない紫のイライラは益々募るばかりである。
「1時30分というのはどう?」
「その時間までもう20分もないわ。これから霊夢達の移動時間と準備時間もあるし、いくら何でも速すぎるでしょう。」
 レミリアが時間を早める為の交渉術として意図的に現実的ではない時間を提示したが、紫はそれがレミリアの仕掛けた駆け引きと気付かず真顔で反論してしまう。
「では、1時30分までに各自準備を整えてその時間を作戦開始時間にしましょう。」
 紫の今の意見をくみ取るという形でその前の2時発射の提案をいとも簡単に封殺するレミリア。
「発射時間は正確に決めて貰った方がありがたいですね。」
 ここでレミリアの提案に八雲藍の物言いが付いた。いつもと様子が違う何やら分が悪い主人の代わりというわけでもないが、スキマ砲担当として明確な反論の根拠があったので発言する。
「どの程度誤差は修正出来るのものなの?」
「砲軸自体は固定して運用しますので、基本的に誤差はその場で修正できません。その代わり弾丸である魔理沙で微調整します。」
「私が?」
「砲軸は意外に広いので、砲身の中で角度を付けて発射すれば若干射角が稼げます。時間的に10分程の距離的誤差をカバー出来ると思われます。」
「一発では当たらないかもしれないけど、その10分間で何度もチャレンジできるということよ。」
 藍の後に紫が付け加えて魔理沙を安心させる。
「仮にそれで命中できなければ魔理沙には直接結界無いに入って貰うわ。」
「大丈夫なの?」
 霊夢が珍しく友人の心配をする。
「魔理沙の周囲を完全に別空間にするから大丈夫。もしそうなれば私が直々にナビゲートするから問題ないわ。」
「それなら初めからそれでいってもいいんじゃないの?」
「安全を優先させる。これが大前提よ。」
 何も知らない紫と霊夢の楽観的な会話を聞きながら妹紅は内心ほくそ笑む。
「(馬鹿め、後でほえ面かきやがれ。)」
 八雲紫にとってこれからが本当の地獄なのだ。

「じゃー時間は決めないの?」
 先程散々妹紅に虐められた霊夢も表面的には気を取り直しているようである。
「作戦開始時間を今から15分後の1時30分とし、その前にそれぞれの持ち場に着いておく。藤原妹紅が上空で待機し、その後霊夢が結界を張り・・・。」
「結界を張ったあと、すぐに自爆していいんだな?」
 レミリアの発言途中に妹紅が口を挟む。
「うーん。私としてはもう少し時間が欲しいかな・・・。」
 先程妹紅とやりあったことは一先ず置いておき、異変成功の為に妹紅に多少の時間を要求する霊夢。初めての事だから上手くいったかどうか確かめる時間が欲しいのだろう。場合によっては結界を貼り替える必要性が出てくるかもしれない。
「そうね・・・1時45分発射の射角でスキマ砲の射軸を固定し、前後5分間分の角度は魔理沙で調整しましょう。」
「霊夢の準備が整ったら、光か何かで神社から合図を送ろう。」
 諏訪子がそう申し出てると妹紅は素直にわかりましたと答える。妹紅は先程からこの諏訪子にだけは他と違う態度である。
「ということはつまり・・・私は40分までには大砲の中にはいってなけりゃならないってことだな?」
「そう言う事になるわね。頼むわよ魔理沙。」
「よし、わかった!任せとけ!」
 自分のスケジュールを確認に俄然やる気が出る魔理沙。
「霊夢の結界が張ったら準備しましょう。やり方はさっき藍が説明した通り。」
 平静を装う紫が魔理沙に声をかける。
「じゃー私達は先に移動しましょうか。」
 霊夢は席を立って紫と藍の背後を通り、守矢神社の二柱の所で止まり声をかける。
「そうだな。」
「では、行くかの!」
 腹に一物も二物もある二柱も、自らの目的を成就させる為に席を立ち何も知らない霊夢に続いた。

 霊夢が腰を上げると妹紅も腰を上げて隣の魔理沙の腕を取る。
「さて、魔理沙。」
「ん?」
「今の内に安全祈願でもしておくか。ちょっと立って。」
「お?おう!」
 席を立った魔理沙は何をされるのかわからず少し緊張しているが、これから彼女は死ななければならず、この魔法使いに地上で綺麗に死ねる様に仕掛けを施す重要な作業に入る妹紅。
 妹紅は炎や熱から身を守るおまじないと称して、魔理沙の衣服や帽子、ホウキ等にベタベタと必要な呪符を大量に貼り付け始める。
 体中に呪符を張り付けられた魔理沙は、まるで悪戯をして体中にお札を張られて霊夢からこらしめられる妖怪の様にも見えるので、テーブルを挟んで正面にいるアリスとニトリが控えめに笑う。そのアリスらの後ろにちょうど霊夢と神様が通りかかるが、彼らもそんな魔理沙を見て同じように笑う。
「・・・魔理沙。」
 笑い者にされているのに何故か満更でもなさそうな魔理沙の後ろから声がかかり、振り向くとそこにはパチュリー・ノーレッジがいた。
「どうしたパチュリー?」
「そんな得たいの知れない呪符ははがしてしまいなさい。それよりこっちのほうが炎には効果があるわ。」
 そう言って真っ赤な宝石がついた魔法のブローチを魔理沙の襟元に付ける。
「お?あ、ありがとう・・・。」
 図書館に勝手に入って普段迷惑を掛けているので完全に嫌われていると思っていたパチュリーからの思わぬプレゼントに魔理沙は思わず驚きそして照れる。
「礼にはおよばないわ。貴女が一番弱いのに危険な任務を遂行するわけだし、それに、紅魔館が主催する異変であれば何人も怪我人を出させるわけにはいかないわ。あ、勘違いしないでね。これは貸すだけよ。だから終わったら返して頂戴。」
 いつも通りの魔理沙に対する突っ慳貪な表情を崩さないパチュリー。自分に掛けられた呪いを解いてくれた、これから死ぬ恩人への複雑な思いを隠すには、何時もどおりに接するのが一番なのだ。

 魔理沙に対する安全を願う行動を起こす妹紅とパチュリー。双方とも個人的に魔理沙を心配しての行動だと客観的に見える。実はこれが裏で内通している者同士の行動だとは誰も思わないだろう。
 藤原妹紅に関しては永夜異変の後に起こった不死人狩りで対戦している者もおり、全くの初対面ではなく、パチュリー・ノーレッジと藤原妹紅も対戦経験があり全くの初対面ではないというのが世間的な認識である。その2人が仲良く息を合わせた行動を取れば当然怪しまれるし、逆に過剰に敵対心を露わにしていても不自然である。中立を装うにしても、先程親友のレミリアを足蹴にした相手なので完全な中立な態度も違うだろう。
 先程の妹紅の張った呪符よりも自分の魔道具の方が良いと2人の間に割り込んだのは絶妙なタイミングだったと妹紅は感心していた。
 それはレミリアの背後で見守る十六夜咲夜も感じていた。妹紅と関わり簡易スキマに入ってからのパチュリーは人が変わったように積極的に考え身体を動かすようになった。もちろん代わったのは彼女だけではない。自分自身もまた大きく変化したという自覚があった。

「そんなお守りは必要ないわ。」
 そこへ、炎熱を防ぐ守りなど無駄だとする冷たい声が水を差す。
「魔理沙を守る境界は、完全に空間を分けてしまうもの。外の熱が伝わる事などありえないわ。」
 突然、声を上げた紫の態度に一番驚いたのは隣に座る八雲藍だった。
 紫の式神である藍は、主の今の台詞は言わなくてもいい事だと思った。いつもの主なら当然言わなかった事だろう。しかし、最近の紫は強さが増した分、どこか油断があって普段しないことをしてしまう傾向にある事を思い出して内心慌てている。
 紫は、パチュリーの出した幻想郷地図の所為でかなり精神的にまいっており、勝手に傷ついた自身のプライドを立て直す為に脆弱な魔法使いに噛みついたわけである。
 この行動はパチュリーを敵と認める行為であり、実質紅魔館の勝利ともいえる出来事だった。

 そんな打ちのめされて必死に自分を保とうとする紫にパチュリーは臆する事無く反論した。
「熱が通らないなら逃げる事も出来ないでしょ?もし中で魔法を誤爆させたらそれで終わりじゃないの?」
「そこまで愚かではないでしょう?魔理沙は・・・。」
「さあどうでしょう?魔理沙はバカだから魔法を失敗して自分を燃やしてしまう事がよくあるの。ミスとは慢心と思い込みによって生みだされる必然よ。」
 本人の目の前でバカ呼ばわりされる魔理沙は、やはりパチュリーから相当嫌われているのだと改めて感じるが、最後の台詞は自分に向けての言葉だろうかと疑問に思う。
「あら、それは、私が慢心と思い込みに捕らわれていると言いたいの?」
 パチュリーの最後の言葉は、魔理沙にではなく自分自身への皮肉と受け取る紫。実際問題としてパチュリーは紫を煽ろうとしてやったことで、正に計算通りの展開だった。
「少なくとも、貴女よりも私の方が魔理沙をよく知っていると言う事よ。」
「御高承痛み入るわね。よく覚えておくわ。」
 紫は自ら身を引いてこのくだらないやりとりを終わらせるが、先程ぶち切れた霊夢との差がここにでる。しかし、自ら鉾を収めたが我慢した分大きなストレスをかかえることになる。
 このちょっとしたやりとりの隙を利用し、妹紅は魔理沙のホウキを手にとってある重要な細工を施していた。パチュリーが上手く紫の気を引いてくれたおかげで隙を探る必要もなく簡単な作業であった。
 それにしてもここまで具体的に打ち合わせてもいないのに、予想以上に紅魔館側の2人が上手く動いてくれている。妹紅としては嬉しい大誤算であった。

 魔理沙の周囲にはいつの間にかアリスとニトリ、そしてチルノとそのチルノと仲良しになってしまったフランドールが集まっていた。
 紫とパチュリーが口論している間に、河童のニトリは餞別代わりにと何故か持っていた大好物のキュウリを魔理沙のポケットに押し込む。
 ニトリと魔理沙は大の仲良しだが、アリスは仲良しどころか魔理沙とは所謂商売敵でハッキリ言えば犬猿の仲である。パチュリー・ノーレッジとは幻想郷では希少な西洋系の魔法使い同士として、交流を持っているが彼女もまた魔理沙には手を焼いているようで、魔理沙の悪気のない悪事は2人の共通の悩み事と同時に魔法以外で共有出来る唯一の存在でもあった。
 そのパチュリーが魔理沙の安全の為に贈り物をしたことがアリスに妙な対抗心を生じさせ、自分も何かしなければと思い至り、黒くて目立たない魔理沙の衣服の解れを探して直してやるのだった。

 自分の回りに誰も集まらない事を少しも残念と思わない霊夢は、魔理沙を中心とした輪を尻目に二柱を従えてバルコニーを出る。
「お、おい霊夢!」
 そんな孤独を漂わせた霊夢の背中に聞き慣れた声が呼び止める。
「何?魔理沙。」
 先程妹紅に見るも無惨に打ちのめされ、紫からも叱られた霊夢の落ち込んだ心に、魔理沙の呼び止める声は一条の光を差し照らした。無性に嬉しかったが声はいつも通り平静を装う。
「この異変が終わったらまたみんなで宴会しようぜ!」
「魔理沙・・・。」
「ん?何だ?」
「魔理沙、その台詞って・・・何て言ったっけ・・・。」
「死亡フラグね。」
 霊夢ではなくニトリの口にした疑問にパチュリーがポツリと呟く。
「何だよその死亡フラグって?」
「物語によくあるシチュエーションで、ある特定の台詞を口にする人は必ず死ぬのよ。例えばこの戦争が終わったら結婚するとか言うと・・・。」
「マジかよ!」
「大丈夫よ、バカは風邪引かないから。」
 アリスがクスリと笑う。例えとしておかしいが何故か皆納得する。
「それを言うならバカは死んでも治らないじゃない?」
 ニトリが訂正するが、妹紅はそれも違うと思いながら、魔理沙の死は既に確定されていることを思いお越し、既に仕込みを終えたホウキを持ち主に返す。死んでもバカは直らない、生きているうちに直すものだ。 
「じゃあね、魔理沙。」
「おう、またな霊夢!」
 同じ日に生まれ同じ乳を飲んで育った事など忘れている2人の少女達の2度目の別れが訪れようとしていた。

 妹紅は、霊夢と守矢二柱の飛び去った窓を一瞥した後、上空の防御要塞の方に目を向ける。要塞はほぼ真上にあるので館内から直接見れないが、先程風見幽香が見せたパフォーマンスの効果がそろそろ現れる頃と予測する。理想的なタイミングはスキマ砲発射直前である。発射は早ければ午後1時40分。この異変が自分の異変ならベストなタイミングでパージが始まるだろう。八雲紫や藍の慌てふためく顔が今から目に浮かぶ。


 今現在時計の針は1時15分を回ったところである。
 15分後の1時30分には空に結界が張られて天と地が完全に別れる事になる。
 そして妖夢ら人間の集団は、神社の階段前から神社本殿前への荷揚げ作業の真っ只中にいた。
 集団より一足遅れて合流した妖夢は、荷揚げ作業を手伝おうとしたところをマルキの主人に止められ、先ず里に合図を送るよう、太い竹筒で出来た使い捨ての携帯用打ち上げ花火を渡される。
 これは、消した里の住人の歴史を復帰させる為に慧音に送る合図の為の花火である。
 妖夢は言われた通り、それを受け取って境内に飛び一番高い場所、大鳥居の上に設置し同時に渡されたマッチで火を付け花火を打ち上げる。
「これでよし・・・と。」
 里を鼓舞し集団の代表に大抜擢されてしまった魂魄妖夢であったが、死神の襲来を退け、名実共にリーダーとして扱われ始めている。実質計画の式をとるマルキの主人に荷揚げの手伝い参加を許されず、ここに来るはずの霊夢に神様を招く宴会の許可を得る仕事を与えられる。
 その霊夢の姿は神社にも母屋にもなかった。
「誰もいないな・・・。」
 荷揚げの手伝いをする体格の良いスケさんの相方であるカクさんが妖夢の後ろについて護衛の任務を引き続き継続している。契約は到着までで、もう護衛の必要はなかったが自主的にそうしているようだ。恐らく、何もしてなければスケさんに荷揚げの手伝いをさせられるので、それを嫌って妖夢の護衛という仕事を無理矢理買ってでているのだろう。
「新聞の情報ですと、もうとっくに始まっている時間ですが・・・こっちも色々ありましたが、向こうも予定通りにいかなかったということでしょうね。」
 カクさんが妖夢の疑問に予想で答える。
「・・・。(こちらが遅れるのを察知して妹紅さんが遅らせたのかな・・・。)」
 妖夢はカクさんの答えに返さず、この状況に藤原妹紅の介入があると買いかぶった予測する。結果としては確かに妖夢の予想は正解だが、真実は要塞をパージさせるまでの時間稼ぎの為で、妹紅は妖夢等の進行の遅れは知らなかった。


 紅魔館から博麗神社に向かって飛ぶ霊夢は、この時初めて幻想郷中で起こる戦争状態を見る事になり、妹紅が言っていたこの異変のとばっちりが想像以上に大きかった事を思い知る。
「凄い事になってるの。」
 洩矢諏訪子が言葉とは裏腹に軽い口調で他人事の様に誰に言うわけでもなく独り言を言う。
「早く行きましょう。」
 流石にまずいと思った霊夢は、出せるスピードの限界まで加速する。紅魔館から博麗神社まで直線で約10km強ある。時速60kmで飛んでも10分かかる事になる。
 重力の干渉を遮断して飛ぶ霊夢や神様は、無重力状態で浮遊移動するので風の抵抗を受けず、単純に早く飛ぶ事に霊力を注げばかなりのスピードが出せる。
 他の事、例えば弾幕戦闘などと同時の作業となると、極端にスピードが落ちる霊夢だが、これは修業を怠っている所為である。
 因みに、重力に逆らって飛ぶ魔理沙は、魔法の力加減が下手で速く飛ぶ事は得意だが遅く飛ぶのが苦手である。

 霊夢の最高スピードに平然とついてくる神様らを尻目に、1分程飛んだところで神社から1発の花火が打ち上がるのが見えた。
「何あれ?」
「・・・さぁ?」
 あの花火の意味を知っているがとぼける神様。
 それからさらに5分程飛び、神社がだいぶ近くに見えるようになると、明らかにいつもと違う神社の様子に思わず霊夢は停止する。
「な、何よあれ!」
「何って・・・人間が集まってるだけだろ?」
 八坂神奈子がさも当然の様に言う。諏訪子も至極当たり前の表情をし、それを疑問に思う霊夢を変な目で見る。
「何で人間が集まってるのよ!」
「そりゃー困った時の神頼みに決まっておろう。」
 答える諏訪子。ここで霊夢は神奈子は比較的普通のしゃべり方とするが、諏訪子が見た目に反して古風なしゃべり方をする事に気付く。
「神頼み?今迄神様なんて信じてなかったくせに?」
 霊夢が神社に輿入れした時は既に、人間の里から博麗神社に対する信仰はほとんど無く、神社を訪れる人間は黒い魔法使いか薪業者くらいである。今更こんな大勢来られても神様だって迷惑だろうというのが霊夢の意見でる。
「神様はそんなケツの穴は小さくないぞ。頼られ、おだてられ、酒までおごらたら喜んで頼みを聞くさ。」
「ほれ行くぞ!」
 諏訪子が霊夢を促すが、何故か霊夢は尻込みをする。
 霊夢は0才から1才までは魔理沙と共に母親のサーヤの乳で育ち、その後町で老人が大量に死んで2才から5才まで不吉な巫女、悪巫女として町から遠ざけられ村で育てられており、そこから村でベビーラッシュが始まると、子宝巫女として村から強引に町に移され、それ以後10才の神社輿入れまで神様として崇められて育てられていた。
 神社に輿入れすると同時に、輿入れ直前に行方不明になっていた魔理沙と再会したが、変わり果てた別人の様な幼馴染みと戦うはめになり、更に親となるはずの魅魔と対決を強いられこれを殺害してしまったのである。
 後に封魔異変として記録に残る賢者の謎の凶行である。
 霊夢は幼い時は大人の都合で振り回され、10才になると独り立ちを強いられた挙げ句、信じていた者達に裏切られ、更に厳密には除霊だが、人殺しをしてしまうという波乱の人生を送っている。封魔異変後、独り神社に残された心に大きな傷を負った霊夢は、里から見捨てられたと思い込み、本人が気付かないまま心の奥底で無自覚に里に恨みを抱いているのだ。
 里と里の人間を無意識に嫌う霊夢は、神社に集まる人だかりにある種の恐怖感を抱いていた。それが霊夢の足を止めているのである。
「ほれ、時間がないぞ。」
 再度諏訪子に促され、ようやく飛び始める霊夢。しかし、先程と飛ぶスピードが違う。
 やがて、境内の降りた一人と二柱は宴会の準備をする人間をそれぞれ違った感想で眺める。そこへ大きな魂魄を纏った知った顔が走り寄ってくる。
「妖夢?」
「霊夢さん!こんにちわ。」
 妖夢は霊夢の登場を待ちわびた様に挨拶し、その左右にいた二柱にも恭しく一礼する。
「事後承諾の形になってしまいますが、どうか、ここで神様を迎える宴席を設ける事をお許し下さい。」
 既に宴の準備に取りかかっているので妖夢は、そう言って慧音から預かった書状を霊夢に差し出す。
 霊夢はどうすればいいのか分からず、諏訪子と神奈子を交互に見たが、神奈子がその書状を取って妖夢に良きに計らうように宴の許可を下す。
 霊夢はわけもわからず、どうすればいいかも咄嗟に判断出来ず周囲を伺う。忙しく動き回る人間達は、時々こちらを珍しそうに見る。目が合った者から時々会釈されるが、霊夢としてはその顔に全く見覚えがないので苦笑で答えて記憶を辿る。里には全く行かないわけではない。香霖堂にない物はどうしても里で調達しなければならず、生活用品や食料品店などには何度か顔を出した事があるので恐らくその関係者だろう。
 書状を諏訪子と一緒に真剣な表情で読む神奈子を尻目に、自分を見つけて嬉しそうに近づいてくる一人の男性の顔を見つける霊夢。
「霊夢ちゃん!いや、霊夢さんだね。いやー懐かしい・・・。」
「も、もしかして・・・魔理沙のお父さん?」
「おお!覚えていてくれたかい?何もしてやれなくて本当に済まなかった・・・。」
 霊夢の手をとって懐かしむ魔理沙の父親、霧雨道具店マルキの主人。霊夢は霧雨魔理沙と同じ日に生まれたが、霊夢の母は霊夢を産んで直ぐ亡くなってしまったので、産まれたばかりの赤ん坊の巫女候補をマルキで引き取り、魔理沙と一緒に育てられたのだ。一旦はマルキを出た霊夢だが、子宝巫女として再びマルキで預かり、10才までマルキで大切に育てられたのである。魔理沙の母親サーヤもすぐに亡くなり、二人の母親を亡くした霊夢だが、マルキの主人は健在で、唯一存在する親といえる。
 霊夢は捨てられたと思っていた泣いて再会を喜ぶ育ての親を見て、里や里の住人に対するわだかりが少し和らぐ。

「霊夢そろそろ時間だ。」
 感動の再会に水を差してしまうのは心苦しいが、先にやらなければならないことがある。
 霊夢はまた後でと魔理沙の父親と一旦離れ、神奈子らの前に戻る。
「すまんな。」
「いいのよ。こっちの方が大事だし。」
 緩んだ顔を必死に引き締める霊夢。
「どっちも大事さ。」
「いいから、はやくやりましょう。」
 ニヤニヤしている神様達も、直ぐに真顔に戻る。
「それにしても・・・なんか準備がいいわね。」
 凄まじいスピードで宴の準備が整っていく様子を見て、霊夢はこれが突発的に起こった異変に対する反射的行動とは到底思えなかった。
「里の守護神から神様を迎える宴会をさせて欲しいと我々に打診があったからそれに応じただけさ。」
「え?そんなの聞いてないわよ?」
「我々は異変に際し、霊夢に力を貸すよう協力を八雲紫から打診されただけじゃ。力の与え方まで細々と注文は受けていないから、それはこっちのやり方でさせて貰うだけじゃ。」
「じゃーこの宴会は紫には秘密で?」
「秘密も何も、やることなすこと全てお伺いたてんと何も出来ないのかえ?」
「べ、別にそんなこと言ってないわ。」
「霊夢は、八雲紫の子分なのか?それとも犬か?」
 諏訪子に聞かれた霊夢はここで言葉が詰まった。何故自分は今紫に秘密かどうかを気にしたのだろうか?紫とは共同作業をする同士であって主従関係にはないはずだ。それに、自分がやっている修業も一々彼女に報告する義務はない。勝手にやっているだけで、それは彼らと全く同じではないか。
 ただ、この神様達には前科がある。彼らの好きにさせて大丈夫だろうか?
「どうする?今から八雲紫に相談して正式な許可を貰うか?わしらはそれでもかまわんぞ?」
 許可を得ようとすれば絶対に認められないだろうが、時間的な余地はもうないので、敢えて都合が悪い事をこちらから申し出る。
「あんたら変な事企んでない?」
 霊夢は念のため彼らの企みを牽制する。
「我々が何かを企んでるとして、今からそれを知ってお前はどうするつもりじゃ?八雲紫の忠犬として動くか?」
「むっ。」
 ムッとする霊夢。
「我々とて腐っても神じゃ。人に仇なすような事は誓ってせんよ。」
「・・・。」
 自分は八雲紫の忠臣でもましてや忠犬でもない。では一体何者か・・・。
「(私は・・・巫女。)」
 忘れていた。自分は巫女なのだ。神様を信じずして何の巫女だろうか・・・。
「わかりました。」
 霊夢はこの時初めて神様に従った。