東方不死死 第66章 「東部戦線異常あり」
因幡てゐを発端となって起こった吸血鬼と宇宙人との対立が、戦争に発展する可能性を『花果子念報』という新聞報道によって煽られた幻想郷の住人は、兵の需要を見越して各地で傭兵団を形成して事の成り行きを見守っていた。
そんな最中、巨大な鉄の塊、後の新聞報道で『宇宙人の棺桶』と判明した物体が幻想郷上空に突如出現し、その混乱に乗じて東部の凶暴な人喰い妖怪やそれらを傘下におく闇の勢力が幻想郷中央部へと侵攻を始めたことで、各地に分散する傭兵団は自衛の戦いを強要される事になった。
東の人喰い妖怪との最初の衝突は最も東に陣取った人間の里傭兵団であったが、時間の経過と共に戦線は東部から南回りで西へと拡大していき、正午を過ぎた頃からマヨヒガ上空が大激戦区となっていた。
人間の里で募集された傭兵軍団は高度に統率された文字通りの軍隊で、人間達を博麗神社に安全に向かわせる為の囮という明確な目的を持って動いていており、これは里の守護者上白沢慧音の歴史喰いの力と連動しての作戦だったが、他の地域に展開する傭兵集団は当然そのことは知らない。
人間を求めて中央に移動した人食い妖怪達は、記憶から里の人間の存在が突然消えてしまった事で、それ以外の地域に住む人間を探し求めて広範囲に移動を始めてしまい、戦線は無秩序に拡大していった。
正々堂々正面から戦う気など更々ない人喰い妖怪や闇の勢力は、組織的に動く手強い傭兵団を避け、自分達が楽に暴れられる有利な戦線と人間を求めて東から大挙して西に移動を始めた。これによって人間の里傭兵軍団の第一目標である『里の人間を博麗神社に届ける』という目的が達成出来る公算が高まった。
余裕が出来た傭兵団は他所への援軍を検討したが、この段階ではまだ人間達が博麗神社に到達した報告はなくそれまでは現状維持となっていた。
「つまんないの。」
人間の里傭兵団に参加していた地底封印妖怪ぬえは自分達を避ける様に西に移動する人喰い妖怪の群れを尻目に、持ち場の空域に留まり西方の戦いを他人事のように観戦するだけだった。大切な者が危機に陥っている事も知らずに・・・。
マヨヒガ周辺の激戦空域に一隻の船が飛行していた。
「くそ!きりがない!」
セーラー服を身に纏ったこの船の船員と思しき女性が不利な状況を誰に向かってと言うわけでもなく激しくなじる。
「村紗船長!本艦だけではここはもう支えきれません!一旦引きましょう!」
白い立派な帝国海軍の軍服を身に纏った初老の幽霊が、先程現状をなじった女性を船長と呼んで撤退を進言する。どうやらこの進言した一見すると船長にしか見えない幽霊が副官で、下っ端の水夫の様な格好の女性が船長の様である。
「ダメだ!ここで引いたらマヨヒガ宙域が一気に敵に侵食される!」
そこへ、船員とは明らかに装束が違う尼僧が大きな雲の妖怪と共に船に近づいてきて状況を報告する。
「船長!皆地上に後退したわ!このままじゃ孤立するし、私たちも退きましょう。」
「何言ってるんだ2人とも!周りに味方がいないならむしろ好都合だろ!」
「無茶よ!」
「右舷弾幕薄いぞ!何やってるの!」
船は戦闘速度で不規則に旋回しながら光弾をばらまき接近する敵やその攻撃を巧みに交わしていく。船の操舵は船長自ら行い、巨大な船がまるで小型戦闘機の様に縦横に空を駆け巡る。
「周りに味方がいたから手加減してたんだ。今なら船の装備と雲山の力で十分やれるさ。副長、外に出てる戦闘艇を収容させろ!」
これからが本番と強気の船長は、出撃させている艦載艇の回収を命令する。
「右舷ハッチ開け!戦闘艇回収!損害は?」
「半数がやられました!」
「乗員は?」
「全員・・・成仏しました。」
「・・・そうか。」
先程後退を進言した副船長の幽霊が報告聞き落胆する。
空を飛んでいる船は『聖輦船(せいれんせん)』というお寺を改造して作られた船で外見はよく目にするお目出度い宝船である。お宝が積まれていないので宝船とは言えないが、大きな帆柱と帆があり外洋の荒波でも航行出来る排水量があり、船内は広く十分な居住スペースが確保されており長期無停泊航行が可能である。
軍艦として作られたわけではないが同等の装備と装甲で補強されており、空を飛べない幽霊パイロットが乗る現代の水上バイクの様な戦闘艇が14機格納出来る。先程の報告で半数の7機が撃墜されてしまったらしいが、それだけ厳しい戦いという事だろう。
『聖輦船』船長は村紗水蜜。元船乗りの人間で水難事故で水死し、長い間死体が上がらず浮かばれないまま幽霊となり、やがて近くを通り過ぎる船を沈める悪霊へと変化した経歴を持つ。
悪霊討伐の依頼を受けてやってきた尼僧聖白蓮の法力によって死体と船を引き揚げてもらい、改心して善良な亡霊妖怪に生まれ変わり、以後崇拝する聖白蓮の守護者となった。
「一輪!雲山を船の後方へ。船の火力は前面に集めろ!」
船長から一輪と呼ばれている尼僧は雲居一輪で、雲山とは彼女に使役される入道である。
彼らは人間と妖怪が共に暮らす楽園事業を打ち立てた聖白蓮の信奉者の中でも中心的に活動している者達で、白蓮が法界から追放され魔界に封印された後も大恩を忘れず、地底で聖派という派閥を形成し恩人の復活を待ち望んでいた。
聖白蓮封印以前の平安中期の妖者の社会は、人間と隣り合わせで任侠道を隠れ蓑に生きる都市妖怪派と、妖怪中心の世界を形成し人と極力関わらないよう暮らす地方氏族派、人間と妖怪の融和を掲げる聖白蓮の楽園派と3つに大別されていた。
都市妖怪派は、都市毎に強い力を持つ頭を中心とした組合を形成して独自の社会文化を作っていた。
地方氏族派は大小無数の派閥に分かれており、基本的に人の手の及ばない隔絶された世界で一族郎党と共に暮らす保守的な存在で、その地方氏族派の一つに八雲紫の幻想郷派が存在し、別世界を創ってそこに移住するという斬新な思想を掲げ、来る者拒まず人間とも融和するという点で、後の白蓮の楽園思想に似ていたが、その斬新さ故に発足当初は極小派閥に過ぎなかった。
幻想郷派の発足は西暦600年より前で、人間と妖者との住み分けが問題になる鎌倉時代よりも遙か以前からこの思想を掲げ博麗神社が中心となって賛同者を募っている状態だった。八雲紫が西行寺有子の死後、2回目の覚醒をし構想が現実へと変わり具体的な隔離作業に入ると派閥は大きくなりはじめ、当時力が倍増して増長の極みにいた八雲紫は、一から創るよりも月を侵略してしまった方が早いと大胆な構想を打ち出し、西暦998年に膨れあがった派閥の武闘派を引き連れ月面戦争を起こした。
結果は敗北。味方に大きな犠牲を出した八雲紫は失脚し、その後妹の八雲藍に派閥の実権が移ったが、新頭領は強権は振るわず周辺氏族と共和体制をとる方向に派閥の方針を変え、幻想郷派は住む土地を結界で覆うだけで隔離・移住計画は先送りになってしまう。
そして、月面戦争敗戦によって失脚した八雲紫の幻想郷事業に代わり、聖白蓮の楽園事業が妖怪の世界で注目され始めたわけである。
聖白蓮は、高名な弟の影響で仏門に入って尼寺で修業をしたが当時は特に目立った才もなく凡庸であった。しかし、弟が病にかかり先が長くないと知ってからひたすら御仏にすがり、厳しい修業に励んで才能を開花させたのである。
弟は祈りの甲斐なく逝去してしまったが、修業で強い力を身につけた白蓮は弟には及ばないもののそれなりに有名になり、依頼を受けて悪事を働く悪霊や妖を改心させることに人生を捧げていた。
入道に育てられた少女との運命的な出会いを経て、敵として見ていた妖者に慈悲の心を向けるようになると、次第に彼らに傾注し始め人間と妖怪が共に暮らせるユートピア(楽園)思想に目覚めるようになり、弟の残した禁忌の力を使い人を超えた存在、魔法使いに生まれ変わり、思想だけで実現には程遠かった楽園事業を実行に移したのである。
月面戦争当時は末法に入り法の力が弱まるとされ妖者の絶頂の時代だったが、天皇や貴族達は仏法が廃れないよう地方の豪族に官位を売ってその代償に寺院を建立させた。更に、行き詰まっていた法界は起死回生を狙い大陸から新しい仏教を持ち帰り、現世利益、個人的な事の成就を目指す小乗仏教から、浄土思想、大衆救済を旨とした大乗仏教へと変化し、仏法は大衆に受け入れられ、宗派を増やし急速に拡大していったのである。
鎌倉時代に入ると仏法が法秩序の土台となり妖を悪と位置付け積極的に排除する動きが高まり、妖怪は衰退の一途を辿ったが、本来馴れ合わない妖怪同士の横の繋がりが強まる時期でもあった。
しかし、この横の繋がりがある事件をキッカケとして妖怪同士の不和を生む事になった。
妖怪の衰退とは裏腹に、この時期台頭する武士から軍神として絶大な支持を受けた毘沙門天が大きな力を得る様になっていた。しかし、本来富の神様であるはずの毘沙門天が軍事に祭り上げられてしまうと富の神様として成り立たなくなり、存在そのものが変質するか失われてしまう危険性があった。
この危険性を憂慮した、毘沙門天を信仰し親交もあったこの時既に魔法使いとなっていた聖白蓮は、富を集める能力を持つ妖怪の友人、寅丸星を毘沙門天の富の神様としての業務代行に推薦し、これを実現させてしまったのである。
当時寅丸星はその能力から特に都市妖怪から絶大な支持を受け慕われる人気者だったが、妖怪に仇なす人間の神様になった事で彼女は裏切り者となり人気は急落。彼女を推挙した聖白蓮も同様に裏切り者として恨まれるようになり、都市妖怪派と楽園派は険悪な状況になってしまったのである。
積極的に人間と妖怪の間を取り持って来た聖白蓮だが、善意でやった寅丸星の毘沙門天推挙が裏目に出て、都市妖怪から敵視され、更に、妖に味方し勢力を大きくしている事を快く思っていなかった法界からも敵視され始めたのである。
都市妖怪や地方妖怪と盃を交わせない半端妖怪や人間と妖怪の混血で双方から忌み嫌われる者等は、法界の圧力から逃れる為に聖白蓮を頼り集り、戦力はともかくこの当時数的には無視出来ない一大勢力となっていた。
聖白蓮は毘沙門天を信仰し、魔法使いとなってからは直接親交を持ち、その流れで寅丸星の推薦となったわけだが、この一件以降、都市妖怪と継続的な抗争状態になり、更に人間の圧力から逃れてくる妖怪達を引き受けて派閥を拡大させたことから法界からも敵視され始める。
この危機を脱却する為、毘沙門天を頼る白蓮だったが、この時既に法界は毘沙門天に白蓮討伐を働きかけており、他者に殺害される前に自分が捉えて生きたまま封印するという手段で白蓮を救う手段を思いつき、毘沙門天は寅丸星の宝塔をその封印を解く鍵として、身を寄せて来た白蓮を聖派諸共捕らえて地獄へ落としてしまう。
「聖の為に命蓮寺を船に改造してここまで来たんだ。こんなところで死んでたまるか!」
村紗水蜜は元は人間の亡霊妖怪で、白玉楼の主西行寺幽々子と同じタイプ。幽霊として成仏せずに亡霊として新たな命を得た者に死後は存在しない。
「私だって姐さん会うまでは絶対死ねない!」
入道の雲山を使役する尼僧の姿をした雲居一輪は、紅魔館の門番と同じ所謂前人妖怪で、赤ん坊の頃に山に捨てられたところを偶然入道である雲山に発見され、空腹で泣き叫ぶ赤子の一輪に右往左往し、何とか空腹を満たしてあげようとして乳の代わりに入道である自分の体つまり妖の雲を与えてしまう。それを口にした一輪は、その時点で人として死んでしまったが、入道の妖力を取り込んで妖怪として生まれ変わったのである。
ある時、不思議な雲を纏った少女が、人間や妖怪にも馴染めず追われている事を聞きつけ保護しに向かった、当時仏門に入ったばかりの能力的にまだ未熟だが年齢的には熟年の白蓮と出会う。
これが白蓮が後に人外に転生し妖怪と人間の共存共栄の楽園事業を目指すキッカケとなった出会いで、当時妖は敵と教えられていた白蓮は、この一輪との出会いで妖怪に対する見方や考え方が変わり、虐げられる彼らの救済者としての将来を立志したのである。
一輪は白蓮と共に尼寺で修業して僧侶として成長し、白蓮が弟の病を期に覚醒してからもずっと彼女に従って妖退治に従事し、村紗の改心にも立ち会っており、魔法使いに転身し正式に楽園事業に乗り出すと、当然の様にそれに参加して常に彼女の傍らで補佐し続けてきた。雲山や村紗など個性的な者が多い派閥の幹部連中の中ではかなり影が薄いが実は最古参なのである。
村紗と一輪は白蓮に大恩ある身で、魔界に封印された恩人救出の為に地霊殿で起こった異変の後、地底から抜け出して幻想郷の片隅で静かに息を潜め情報収集を行っていた。
普段は目立たない様に山の麓で静かに暮らしていたが、いつもさりげなく視界にいるぬえが最近姿を見せないので心配になり、彼女を捜してマヨヒガ周辺にいたところに今回の異変である。新聞報道で幻想郷の存亡の危機と知った村紗らは逃げ隠れしているわけにもいかず、自衛の為に集まった妖怪達と同様に、聖派の仲間と村紗組を作り虎の子の聖輦船を出して独自に戦闘に参加したというわけである。
「喰らえ!沈没アンカー!」
村紗はハンマーの様な巨大な碇を武器代わりに使っており、その攻撃方法は振り回して叩きつけたり、投げつけたりという、かなり大雑把な戦い方をする。その為、あまりにも狭い場所や、周囲に味方がいるような状況では、本来の性能は発揮しずらい。
雲居一輪の使役する雲山は、体の大きさを自在に変化させ大きさに比例して技の威力が増すが、村紗同様周囲の状況に左右されやすく、味方もいる集団戦では本来の力は発揮出来ない。
巨大な入道である雲山は温厚無口な性格で自衛以外の攻撃はほとんどしないが、曲がった事や嘘が大嫌いでそれらを見るや聞くやすると雷親父の様に激しく怒り出す。
雲山の体の一部を食べて妖怪化した一輪は、妖怪として生きるための妖力が雲山から供給されており、雲山が長時間離れていると衰弱してしまう。常に後ろに付き従うように居る雲山は、一見すると一輪が使役する僕に見えるが、実際は一輪を妖怪として維持させるために親心で側について見守っているという状況で、魂魄妖夢の魂魄よろしく自動的にくっついて離れないというわけではない。
聖白蓮を信奉する者は彼女達以外にも存在するが、何れも戦いを生業とする者ではなく戦闘に於いては足手まといになるので、船内で村紗の直属の部下の船乗り幽霊達と共に操船の手伝いをしたり、船の防壁や光弾のエネルギーを供給する任務についていた。
「くそ!全然数が減らねー!」
「おかしいわ、倒してもほとんど手応えがない・・・。」
妖気の防壁を張った船の突進と砲撃、村紗のアンカー攻撃、雲山の巨大な拳。味方が周囲にいなくなったことで100%の力を発揮出来るようになった『聖輦船』だが、倒しても倒して一向に数が減らない敵に疑問を持ち始める。
「恐らく幻術か、或いはデコイだな・・・。」
「少なくとも幻術ではないわ。ちゃんと抵抗があるもの。」
「なるほど、これはある意味弾幕か・・・このままだとじり貧になるな・・・。」
人喰い妖怪の中に彼らを操り統率するリーダー的な存在がおり、敵の姿をした弾幕攻撃をしているのだろう。
マヨヒガ周辺の傭兵は、人間の里の傭兵軍団の様に誰か有能な指揮官によって全体が統率されているわけでもなく、少数が群れて大群を形成しているだけで何らかの意図を持って組織的に動いているわけではない。
自分達が有利に戦える地表を選んで聖輦船を簡単に見限った連中は既に地上戦を展開している。援軍は望めないし、頼んでも来ないだろう。村紗としては、妖怪といえどこの状況なら一致団結して組織的な戦いをするのかと思っていたが完全に当てが外れてしまった。
「こんな事になるのなら、虎の子の『聖輦船』なんか出してこなけりゃよかった・・・。」
その身一つで傭兵に参加すれば良かったと後悔する村紗船長。しかし、もしこのまま幻想郷が滅亡する事態になれば船を温存しても意味がない。出し惜しみして後悔するよりはいいだろうと自分に言い聞かせる。
「船長、ここは一旦妖怪の山の方まで下がり、山を背にして戦うのはどう?」
敵の動きが明らかに妖怪の山を避ける様に南回りに西に移動している。一輪がそれを見て後退を進言するが、村紗は何か考え事をしている様ですぐには応えない。
「・・・策敵班!敵の状況はいい、味方は今どうなってる?」
「何をする気?」
しばらく何かを考えていた村紗が敵の状況ではなく味方の状況を聞くので不思議に思う一輪。
「はるか東の地表に一軍が見えます!その地点から東、南東の方角に光跡が見えます!」
「あれは里の軍か?連中はまた別の敵と戦ってるのか・・・西は?」
「西は空中に光跡多数見えます。敵味方共に空中戦が中心のようです。」
東側の状況を報告した策敵班の幽霊とは別の幽霊が西側の状況を報告する。西側は足の速い空を飛べる妖怪が中心で、戦闘も主に空中で行われているようである。そして、山の方角には敵影はなく、竹林のある南側全域は敵だらけであるとの報告も受ける。
「どうやら東と西の味方が優勢で、ここが一番弱い穴とみて敵がどんどん集まってるのか・・・。」
「しかも、空に浮いているのはもう私達だけ・・・。」
「そりゃー確かにこういう事になるよな・・・。」
双眼鏡で東西の別軍を確認する船長。自分が敵の立場なら間違いなくここを攻めるだろうし、そこで一番目立つこの船を落とそうと真っ先に考えるだろう。
「船長、どちらかと合流しては?」
副長の白い軍服姿の幽霊が進言し、村紗はそれに大きく頷いて受け入れた。
「よし、東に進路を取るぞ!里の軍団と合流する。」
「西の方が近いけど?」
西の戦場は東の戦場よりも近く、さらには空中戦が主体である。一輪はそっちに向かえば状況が楽になると考えるが、村紗の考えは違っていた。
「西は空中戦が主だ。それだとまた味方を気にして戦う事になる。東は地上に陣地を張っているようだし、そっちの方が空域を自由に使えそうだ。」
「なるほど。」
村紗の説明に納得する一輪。
「ですが、東と合流するには敵陣を突破しなければ・・・。」
副長が言う様に人喰い妖怪の群れは一箇所に集まって陣地の様な空域を形成している。いくつか見える敵陣の中でも特に大きな敵陣が人間の里の傭兵団と聖輦船との間に立ちはだかっているのだ。
「わかってる。進路を北寄りにとって迂回する。それでいいか?」
「了解です!」
無茶な操船をする船長なので中央突破でもするのではないかと心配する副長は、村紗の言葉を聞いて安堵する。
「よし北東に進路を取るぞ!」
「面舵いっぱーい!」
方針を決めるまで回避行動を取って西を向いていた舳先を右に回し北東に進路をとる聖輦船。
マヨヒガと関所跡の中間に位置していた船は豊穣の森上空を通過し、そのまま人間の里と魔法の森をかすめて円を描くように東の傭兵軍陣地と合流する進路を取る予定を組む。
無数とも見える敵の軍勢は所々でまとまって黒い雲の塊の様な陣地を作っているが、西の強妖怪、中央の自分達、東の里の傭兵を分断するように敵の陣地が割り込んで展開している。基本的に味方の傭兵がいない場所は敵で埋められており、中央の村紗らは北側以外全て敵に囲まれている状況である。
北寄りに迂回するコースをとった聖輦船だが、この動きを妖怪の山方面への撤退と見たのか、敵は追撃準備に入り拠点から複数の敵の群れがこちらに移動し始めてきた。
「右舷に巨大な物体が接近中!その数2!」
先程から執拗に船を攻撃している東の敵の塊から巨大な蛭のような妖獣2匹が現れてこちらに真っ直ぐ向かっている状況が策敵班から報告される。
その後方にも同じ様な大きな蛭型の妖怪が2匹おり、その平べったい背中に沢山の妖怪が乗り込んでいるのが確認報告される。村紗はすぐに敵の意図を読み、手前の蛭は足止め用の囮で後方の敵は聖輦船を乗っ取る強襲船だと判断した。
「この船を乗っ取る気か?対空砲を右舷の攻撃に集中しろ!手前の2匹を撃ち落とせ!」
村紗の号令と共にこちらに接近する巨大な妖怪に光弾が撃ち込まれる。しかし、命中はしているが効いている様子が無い。
「チッ!艦砲じゃ無理か・・・引き付けて撃沈アンカーをぶち込んでやるか!」
村紗はそう言うと副長に操舵を任せ、巨大な碇を召喚すると軽々と担いで右舷に立って敵の接近を待つ。
「一撃で仕留めてやる!」
絶対に当てられると確信出来る距離まで引き付けた村紗は、一番近い巨大な蛭に撃沈アンカーをぶち込む。アンカーは蛭の大きな口に直撃し動きが止まる。
「よし!」
村紗が一匹仕留め次の目標に狙いを定めた時だった。致命傷となる撃沈アンカーを喰らった蛭はビクビクと痙攣した後、断末魔の悲鳴を上げながら最期の力を振り絞る様に船に突進しようとして、直後そこで大爆発を起こす。
船体を大きく揺らす凄まじい爆発。もしこれが直撃していたなら船は間違いなく大破撃沈していただろう。
「しまった!」
村紗はこの蛭がこちらにひっついて動きを止める為のものだろうと予測していたが、そうではなく蛭自体が巨大な魚雷だった事に気付く。
「バキッ!」
爆発後すぐに船に何かが衝突する音がして船体が大きく揺れる。村紗は放った巨大な碇を戻すのを忘れており、残った碇は爆発で跳ばされて船に戻って右舷に激突してしまったのだ。
「右舷ハッチ脱落!戦闘艇4機大破!操縦士他乗員6名成仏!」
船内の乗員から状況報告がなされ甲板にいた村紗らは思わず絶句した。
「船長!二匹目来ます!せ、船長!?まずい!乗員右舷から離れろ!」
自身の失態で船に大きな損害を与えてしまった村紗は一瞬頭が真っ白になり放心していた。それを見た副長が船長の代わりに乗員を右舷から退避させる。
「雲山!」
一輪が咄嗟に叫ぶが、それより先に雲山は大きな蛭を船にぶつかる寸前で捕まえていた。甲板にいた一輪と副長はほっと胸をなでおろしたが、ここで正気に戻った村紗が絶叫した。
「雲山!そいつを早く投げ捨てろ!」
雲山の馬鹿力で掴まれた蛭は爆弾等でいうところの信管が作動した状態になり、先程と同じようにビクビクという爆発の前兆痙攣を始める。光弾は効かないが強い衝撃を与えると爆発する仕組みなのだろう。
「雲山!捨てて!」
巨大化している雲山は力と反比例して俊敏さがなくなる。命令通り投げ捨てようとしたが間に合わず雲山が抱えたまま蛭は大爆発し、爆風でその巨体が大きく傾いて聖輦船の右舷にぶつかって再び船体を大きく揺らす。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああぁ!!!!」
雲山の苦しみ悶える雷のような呻き声と共に、爆音をかき消すかのような一輪の大きな悲鳴が木霊する。
「大丈夫か!一輪!」
雷に打たれたかのように悲鳴を上げた後その場に倒れぴくりとも動かない一輪に駆け寄る村紗。
「雲山のダメージが一輪に逆流したんだ。」
雲山を食べて入道を体に取り込んで妖怪化した一輪は、肉体が雲山と緩く繋がっている。多少の事なら痛みが一輪に逆流することはなかったが、この大爆発は流石に雲山一人では支えきれず、溢れた痛みが一輪に流れ込んでしまったのだ。
「すまん、雲山!一輪!」
村紗は一瞬気持ちが飛んで直ぐに判断を下せなかった自分自身の不覚を呪い、激昂して一瞬邪悪な悪霊の顔になったがすぐに気持ちを切り変える。そして次の瞬間多くの乗組員の命を預かる毅然とした船長の顔になっていた。
「副長!被害の報告を!」
「は、はい!今の衝撃で右舷は中破、機関部損傷で出力低下及び航行不能。今は浮上させるだけで精一杯です!」
「そうか・・・機関部員は修理を急げ!それ以外は白兵戦の用意!敵はすぐに乗り込んで来るぞ!はやくしろ!」
妖怪を沢山乗せた強襲用の蛭が2匹、聖輦船を挟むように接近している。もはや逃げる事は不可能でここは腹をくくるしかない。
「副長、一輪を医務室に。雲山!一輪は気絶しているだけで命に別状はない!雲山も痛いだろうがここは我慢して右舷に張り付いて船体を守ってくれ!」
大きく頷く雲山は、ハッチが脱落して空いた右舷の穴に半分体を入れて塞ぐ。
「船長は?」
「私か?船が動かない以上舵を握っていても仕方がない。こっちから乗り込んで仕留めてやる。船は副長に任せる!」
村紗は敬礼で命令を受ける副船長を背に、左舷に周り込んで遠回りしている強襲蛭と乗り込む時間を合わせる為に停止している右舷の20人程の妖怪を乗せた強襲蛭に向かって跳躍し、大胆にも単身乗り込み2・3人蹴り落とす。
まさか向こうから乗り込んで来るなどと思ってもみなかった人喰い妖怪達は、不意を付かれ間髪入れない村紗の碇のフルスイングをまともに喰らって、半数以上が叩き落とされそのまま地上に落ちていく。
「こいつら雑魚だ。」
妖怪は全てが空を飛べるわけではなく、ここにいる連中は乗用に調教された下等妖獣で輸送されているに過ぎない弱い妖怪達だと判断する村紗。
船に乗り付けようとする行動から艦上戦闘に慣れた海賊妖怪の仕業ではないかと強く警戒した村紗だが、素人の生兵法だと知って一安心する。これなら聖輦船側に行ったもう一匹の蛭と妖怪達も大丈夫だろう。敵は強襲戦の経験ゼロであり、選りすぐりの船乗りの霊を集めた聖輦船が負けるはずがない。村紗はまだいけると確信した。
「どうやらあいつがリーダーらしいな。」
「奴を先に仕留めよう。そしてあの船は我々が頂く。」
「あの船なら山の向こうに逃げられるかもしれんからな。」
遠くから聖輦船の戦闘を眺める複数の影がいた。彼らは吸血鬼戦争で吸血鬼側に協力した闇の勢力ナイトストーカーの暗殺部隊の生き残りで、戦後逃走して地下に潜伏し多額の賞金を首に掛けられながら東の無法地帯で逃亡生活をしている者達である。
魅魔の平和政策になる以前は、白昼堂々と里付近にやってきて人間をさらった事もあるが、最近は風見幽香の配下にある吸血鬼や死神に阻まれ身動きが出来ず、下等な人喰い妖怪を配下に従えて東側で機会を窺っていたのだ。
幻想郷の終焉を感じ取った彼らは、隠れるのを止めて暴力と非道の限りを尽くして終わるか、混乱に乗じてどこか別の場所に隠れようと決起して、複数存在する対立派閥が一致団結して幻想郷中央部に侵攻したというわけである。
監視されている言に気づいていない村紗は、乗り込んで乗員を全てを蹴散らすと手綱を持つ操獣係のケツを蹴り飛ばして強襲蛭を乗っ取り、見よう見まねで蛭を操作し蛭の頭を聖輦船側に向ける。
「む!?」
船の援軍に向かおうとした村紗は、東側の敵の拠点から大群が聖輦船の方に移動しているのを視認し、蛭の頭をそちら向ける。強襲作戦が失敗した事を受けての増援だろう。
「させるか!」
村紗は手綱を打って蛭を船と敵の間に向かわせる。
「パイルアンカー!」
村紗の武器である碇は自在に出したり消したり出来、更に碇の用途にあわせて形状も変化させる事も出来る。パイルアンカーは重量で船体固定する『おもり』としての碇ではなく、岩などに杭の様に突き刺して固定する碇だ。
先端が尖ったパイルアンカーは、聖輦船に向かう強襲蛭の一体の胴体に突き刺さると、体内で先端が四方に分かれて杭が抜けなくなる。柄と杭が霊力で作り出された頑丈で軽いロープで繋がっており、伸ばしたロープを元に戻す事で、自分の体を刺さった杭へ素早く移動させる。
村紗は杭に戻される力を利用し、次の蛭へ乗り移る直前にアンカーを消し、そのまま足を揃えて蛭の胴体に体重を乗せた蹴りをお見舞いする。村紗のスピードの乗った蹴りを喰らった蛭はそれが致命傷となって死爆の前兆痙攣を起こす。村紗は間髪入れずに付近の蛭にパイルを撃ち込み移動する。背に乗っている妖怪もろとも爆発する蛭を背にして次の蛭に直接飛び乗った村紗は乗員を蹴落とし、ハンマー状に戻した碇でフルスイングし雑魚妖怪を全て薙ぎ払う。
敵の群れのど真ん中に移動した村紗は、フルスイングからそのまま回転を止めず、碇の先端部を切り離しロープで繋いだまま少しずつ遠心力を利用して回転半径を拡大させていく。そして、高速回転する超重量の碇の先端部は蛭の群れを薙ぎ払って村紗を中心に誘爆の連鎖が広がった。
聖輦船の左舷に乗り付けてくる揚陸蛭と小競り合いをしていた武装した船員の幽霊達は、村紗の無双の活躍に歓声を上げ、乗り込んできた人喰い妖怪達の士気をくじく事に成功した。
「どうだ!」
20体以上の蛭とその20倍いた乗員をたった一人で仕留めた村紗は乗っ取った蛭の上で仁王立ちして自身の戦果を誇示した。しかし、この時相手が雑魚ばかりと決めつけ油断した村紗は忍び寄る真の強敵の存在に気づいていなかった。
村紗は突然背中に何かが突き刺さる鋭い痛みを感じると同時に、尖った金属の破片が胸から飛び出しているのをまるるで他人事の様に見る。
「な?!」
油断して背後を取られたと思った村紗は直ぐに振り向いて、背後にいると思われる敵に裏拳を喰らわせようとする。しかし、拳は虚しく空を切り、また背中に激痛が走る。今度は腹から金属片が飛び出していた。
普通の人妖であれば重要な臓器を破壊され致命傷となるはずだが、西行寺幽々子同様、物理攻撃がほとんど効果がない亡霊である村紗にとっては、体を動かすのに邪魔な物が体から飛び出しているという程度の認識でしかない。痛みでのたうち回るような柔な村紗ではなく、痛みは逆に闘争心を駆り立てる。
背中を貫通して腹から飛び出した金属片を左手で無造作に掴むと、その手が傷つくのも構わず強引に引き抜く。そして同様に胸の金属片も抜き捨てる。出血がほとんどないのは血液はあるが血流がない為で、これは亡霊特有の体質である。
「誰だ!こんな卑怯な攻撃する雑魚は!」
村紗はこんな攻撃では自分は倒せないと闇討ちした見えない敵を煽る。すると、足下の自分の影から鼻から上だけのまっ黒な人の頭と思しき物がぬうっと現れる。影の中に潜んでの不意打ちと理解した村紗は、影を自在に移動できる類の妖だとすぐに判断し身構えた。
真っ黒な顔の二つの目が開くと真っ白な白目が現れ、そこに浮かぶ深紅の瞳がこちらを睨む。
「闇の者か!」
水面から鼻から上だけ出して周囲の様子を伺う河童の様にこちらを見ていた黒い顔は、やがてゆっくりと影から這いだして全身をさらす。少し前屈みの肢体は人間のそれと全く同じに見えるが、毛髪はなく白目と瞳以外の体表面は異様な光沢を放ち、しっとりとした漆器の艶と見間違う。無駄な肉一つない完璧な肉体は、それを誇示するが如く一糸纏わない全裸で、男性を思わせる逞しい体躯をしているが、そのシンボル的な器官が見えず恐らく性別がないのだろう。
一目で人外と分かるが具体的に何という種族なのかは全くわからない村紗。一つ言えるのは醸し出す雰囲気から、他の獣化した人喰い妖怪とは別次元の生き物だと言う事だけである。
「刃が効かぬ妖怪か?いや、亡霊だな?ならば、我々とは仲間の様なものだな。」
漆黒の人型が話しかけてくる。白い歯が見えるので口を開いていてしゃべっている事が見て判断出来る。
「お前等と一緒にするな!」
「我々ナイトストーカーは元は亡者。強い負のエネルギーを受けて妖怪へと変化した存在だ。亡者とは強い未練と欲望を残して死してなお死を選べずにいる存在だ。お前は強い未練と欲望を元に自身に使命を与えてその無敵に近い体を手に入れたに過ぎぬ。お前と我々の違いは陰と陽の違いでしかない。そして、陰陽とは一枚の硬貨の裏表、つまり、どちらを向いていても一文銭、陽の光を浴びたとて小判にはならぬということだ。」
「黙れ!私は法の元に法の守護者を守る使命を帯びて亡霊となったんだ!お前達とは違う!」
「ふふ、法も律も関係ない。お前の様に極端な者程、堕とすのも容易い。」
「やれるものならやってみろ!」
闇の勢力に殉ずるナイトストーカーの迷い惑わす台詞に耳を貸さない村紗。しかし、こうした問答の間にも闇の手は着実に迫っており、村紗が啖呵を切った瞬間にその魔の手が一斉に襲いかかる。
「!」
自分の真下にある影から金属を叩いて破断させただけの断面の荒い十数本の槍が突き上がり、村紗の下半身は無惨にも固定された状態になってしまう。
「ぐっ!し、しまった!」
綺麗に研がれた刃なら抜くのも容易だが、刃がギザギザで一度勢いを付けて刺さると後は押すも引くもできなくなってしまう。
空に飛び上がって強引に抜こうと力を込めた瞬間、両手両足と首に鉄のワイヤーが無秩序に絡み付き強い力で引っ張られる。それぞれのワイヤーの先には目の前のナイトストーカーと自称する者と同じ姿をした、それぞれ専用の蛭に乗るった5人を確認出来、それぞれ村紗の肢体に絡み付いたワイヤーを一本釣りの様に引っ張り上げている。蛭に乗っている事からこの連中は影を自在に動けるが単独飛行は出来ないようだ。
力では負けない村紗は渾身の力を込めて引っ張るワイヤーを逆に引き返そうとするが、その時、正面にいる黒い影が何かの道具を自分に差し出してきた。
「あがががっがあっああああががが!!!」
突然バチバチという音を発する小さな道具に触れた村紗は、身体が激しく痺れて力が出なくなる。この道具はスタンガンと呼ばれる暴漢を無力化させる護身用の向こうの世界の道具である。外から迷い込む人間と一緒に幻想郷に流れてきたものだろう。
「我々と違い、半端に肉体など持っているから電気がよく通るのだ。」
人間を無力化させるだけなら一瞬だが、ナイトストーカーはスイッチを押したまま村紗を感電させ続け、電池が切れるまでかなりの時間そのまま電気を流し続ける。やがて動かなくなったスタンガンを後ろにポイと投げ捨てると、全身から煙を上げる村紗の下がった頭を強引に持ち上げる。
「物理攻撃は効かないようだが、これは良く効くようだな。」
「これしきで・・・やられる・・・私・・・じゃないぞ!」
大きく呼吸しながら強がって見せる村紗。言葉とは裏腹に肉体がかなり疲弊しているのがわかる。
「なぁに、お楽しみはこれからだ。」
肢体を拘束しているワイヤーを引っ張り返せなくなった村紗の身体的損耗を確認したナイトストーカーは、拠点方向に手で何かを合図をする。
「!」
肉体的なダメージで疲労はしているが、精神的には何も問題はなく今は耐える時で反撃のチャンスは必ず来ると我慢していた村紗だったが、その光景を見て愕然とした。
先程聖輦船に深刻なダメージを与えた魚雷蛭の大群が、ナイトストーカーの合図と共に拠点からこちらに移動してくるのだ。
「う、うそ・・・だろ?」
村紗の驚愕した顔を見ればこちらの意図は言わずとも伝わっていると確認したナイトストーカーは、ククっと笑って指でGOサインを送る。
「さて、何匹まで耐えられるかな?」
1匹の魚雷蛭が、村紗に向かって突進を始める。それを受けて村紗をワイヤーで縛っている他のナイトストーカーは、固定されている村紗の身体を強引に刃から引き抜いて、その勢いのまま向かってくる魚雷蛭に体当たりさせる。
凄まじい爆発が起こり、村紗の身体は炎煙の中に消える。
「ほほう、このくらいでは全然こたえないか。」
中空で手足をワイヤーで固定され、首を強制的に吊り上げられた状態の村紗は、顔を上げたまま苦しそうな表情で怒気を露わにして、心の中に生じた弱気を必死に隠す。
「(やばい・・・。)」
あと数回は持ちこたえられる。しかし、それ以上は無理だ。
「南無三・・・。」
敬愛する人の口癖が思わず自分の口から漏れたが、そこで何かを思いだしたかのように口元を緩める村紗。
「(弱気になるな村紗!私の肉体は決して壊れない!壊れるとすればそれは精神的なものだ。聖に対する強い思いが未練となって亡者として生にしがみつく私の死とは、その思い、心が折れる事で、そしてあいつはそれを狙っている。心さえ折れなければ私は負けないんだ!)」
村紗の中に絶対に負けないとする闘争心が沸き起こる。しかし、これは闇の者の狙い通りでもあった。
「(バカめ!闘争心は闇への近道。勝利への欲望がお前の善性の根拠をひっくり返すのだ。)」
30匹以上の魚雷蛭の爆発に耐えた村紗は、その表情が明らかに変質している事に自分自身が気づいていなかった。
禍々しい黒い息が口から漏れだし、白目は真っ赤に燃えさかっている。その姿を一輪が見れば、悪霊時代の彼女の姿がそこにあることを知るだろう。
肉体的な苦痛は生命の危機を敏感に察知し生存本能を駆り立て無意識に潜在的な力が出てくるが、村紗の力の本質は闇であり、ナイトストーカーは村紗の肉体を痛めつける事で潜在的な闇の力を引きずり出そうとしているのだ。
「(聖・・・助けてくれた恩を・・・私は返したい。そして封印を解いてもう一度貴女に会いたい。だから、それまでは絶対に死ねない・・・目的を達成する為ならどんなことでもする!)」
霞む視界の向こうに敬愛して止まない聖白蓮の姿が走馬灯の様に出ては消えていく。
本来成仏してもおかしくはなかった村紗を亡霊として生かしているのは、聖白蓮に対する感謝と恩返しの強い気持ちである。しかし、その強い気持ちが目的の為に手段を選ばないという精神状態を作り出してしまい、村紗は今、闇の者達の思惑通り奈落へと堕ちかけていた。
「どんな事をしても聖を助ける!」
「我々の元にくれば、その聖というものを助ける事はたやすい。」
「・・・本当に・・・助けられるのか?」
「無論だ。」
「うぅ・・・聖・・・ひじり・・・。」
村紗の善性は今正にひっくり返ろうとしていた。
「さぁ、こちらへ来るのだ。闇の力は無限だ!」
村紗が闇へ堕ちようとしているその時だった。
「村紗あああああああああああああああぁぁぁぁぁ!」
どこからともなく何者かの声と共に光を放つ球体が村紗とナイトストーカーの間に割って入り、凄まじい閃光が走る。周囲が光で真っ白になると影が消え、活動範囲を失った闇の者達はその場から姿を消す。
謎の閃光はぬえだった。
「村紗!村紗!しっかりして村紗!」
ぬえは村紗の両肩を掴んで揺さぶり目を覚ますように促すが、既にその表情は悪霊のそれになっていた。
「ひ・・・じ・・・り・・・。」
自分を呼ぶ声に反応した村紗はぬえの腕を掴んで白蓮の名を口にする。村紗の目にはぬえは映っておらず、聖白蓮の幻を見ているのだ。
「村紗・・・。」
人間の里傭兵団が展開する地域から西で起こっている激しい空中戦の中に、見覚えのある船と気配を感じたぬえは、援軍を頼む為にキスメを本陣に送り、自身は単身で激戦区に乗り込んできていた。
「ひ・じ・り・・・。」
何度も愛する者の名を呼ぶ村紗。ぬえは土砂降りの雨に打たれる心境だった。
分かっていた。自分が村紗の一番になれないことは。だから聖復活などしなければいいと思った。いっその事復活したらその聖白蓮とやらを殺してしまえば、自分が彼女に代わって一番になれるのではないかとも思った。
しかし、村紗にとって一番の白蓮がこの世から消えた時、村紗もまたその存在理由を失い消えてしまうのだ。
そして、それがようやく自分の中で実感として形づくと、自分自身を一番に見て貰えない村紗の存在意義が自分の中から消えて急に冷めている事にも気付く。
いっその事このまま村紗の息の根を止める事が双方にとって幸せなのではないだろうか?
聖聖と口を開けば白蓮の事しか言わない村紗。彼女の事を語る村紗の嬉しそうな顔は、見ている方が恥ずかしくなるほどだった。真っ直ぐで正直で、自分にはない、そして自分が欲しかったものが全て彼女にあった。だからぬえは村紗に惹かれたのだ。
自分を理解して貰えるそんな友や仲間が欲しかった。それをぬえは自分とは正反対にいた村紗に求めていた。
ぬえの目から自然と涙が溢れていた。村紗はもう過去の存在になった。
その思いはぬえの心を悲しくさせると同時に軽くもした。重かった村紗の存在が消えると、一人の友人、知人、仲間として自分はどうすべきかという問題だけしか残らなかった。
「仲間は助けないと・・・。」
他の地底の仲間同様、村紗が彼らと同等になった事で、ごく当たり前の選択肢が自然に出てくる。一時の思いに駆られて村紗を殺めようとした自分をぬえは恥じた。
「村紗を助けるには・・・そう、私が一番嫌いな女、そして村紗が一番好きな人になればいい・・・。」
正体不明の存在。時には見たいと思うものを見せ、時には見たくないものを見せる事が出来るぬえ。その力でこの戦いを優位に進めてきたのだ。その力を使えば自分を見失い闇に堕ちようとしている村紗を現実に引き戻す事が出来るかもしれない。
「哀れな幽霊よ。何故このような事を続けるのです?」
「憎い!憎い!自分の肉体を持ち、自分の船を持つ人間が憎い!私は全部失ったのに、何故あいつらは!憎い!憎い!みんな沈め!失え!」
「なるほど・・・貴方は自分自身と自分の大切な宝物を同時に失ってしまったのですね。」
「憎い!憎い!生きるもの、形あるもの全てが憎い!」
「哀れな幽霊よ・・・失われた貴方の身体と船を返しましょう。」
「こ、これは・・・私の身体・・・船・・・どうして?」
「不幸な事故でした。でも、もう貴方は苦しむ必要はありません。貴方が犯してしまった罪は私が永遠に背負って慰め祈り続けます。」
「ああ、私はなんという愚かな事をしてしまったんだ・・・。」
「さぁ、安心して逝きなさい。」
「待ってくれ!私は自分の罪を償いたい!貴方が私の罪を背負ってくれるというのなら、私は永遠に貴女にお仕えして貴女を助けたい!少しでもお役に立ちたい!」
「心優しき者よ・・・分かりました、では共に生きましょう。」
「ああ、ありがとう・・・仏様。どうか是非貴女様を名前で呼ばせてください。」
「私の名は・・・。」
「聖・・・白蓮様・・・。」
「良かった・・・。」
涙を流しながら最愛の人の名を呼びぬえに身体を預ける村紗。その表情から闇の影は消え安らかな笑みを揺蕩えていた。
「ぬえっちぃぃー!」
そこへ髪の毛の色と服装が違う化け傘の小傘が近づいてくる。その後ろには地底組の面々、更にその後ろに里の傭兵達もいる。
「あれ?船長どうかしたの?」
「ん?ちょっと悪い夢をみてたみたい。」
「夢?」
「ええ、あ、でも小傘はここにきていいの?」
説明するのが面倒なぬえは、小傘が本陣で『魔除け』をしていたことを思い出し話しをかえる。
「どうやら当初の目的を達成出来たらしくて、手の空いた傭兵団が全軍こっちに向かってる。」
ぬえの質問に答えたのはヤマメだった。見ると人喰い妖怪が集まって黒い塊となっていた大きな拠点が傭兵団の組織的な攻撃で切り崩されているのが見える。
「油断しないで、あんなのは雑魚の塊よ。この辺に村紗を痛めつけた妖怪のボス達が隠れているわ。」
「この辺?どこだ?確かに妙な気配がするけど・・・。」
キョロキョロする地底組。
「連中は今、眩しい閃光の幻を見て隠れてるの。」
「ということは、光に弱い連中ってこと?」
「違う、影がないと動けない連中よ。ここに一人、あの5匹の蛭にそれぞれ5人。」
「なるほど、ヤマメの網で一網打尽にしましょう。」
パルスィの提案に頷くヤマメ。
「こっちは私達に任せてぬえは村紗を連れて船へ行ってやれ!」
敵の居場所が判明しているなら罠で待ち伏せするだけの簡単な作業である。ヤマメはこれは自分の得意とするところと余裕をかましてぬえに調子のいいことを言う。
「うん、わかった!」
そのヤマメの指示に素直に従って村紗を抱きかかえたまま飛び去るぬえの背中を見て、皆意外そうな顔をする。
「どうしたんだ?ぬえのやつ・・・やけに素直だな。」
「何か何時もと違うねー・・・。」
「小傘みたいに、一皮むけたんじゃない?」
「小傘は一皮どころか5枚くらいむけたんじゃないのか?」
「いやーそうかなー!あはははー」
てへへ笑いする小傘だが、本来風見幽香に向かうはずの大量の畏れを独占した事で、短時間で急激に力を付けてしまったのだ。元が弱過ぎるのでこれで普通の妖怪になった程度だが、短時間でここまでランクアップするのは稀である。
「・・・それにしても・・・。」
パルスィは、小さな笑いが起こる場からふと空を見上げ、その光景を見て気持ちが後ろ向きになる。
空が鉄の蓋で塞がれ昼間なのに薄暗く見える幻想郷。あちこちで光跡が飛び交い閃光が走るこの状況に世界の終焉を想像してしまう。
ここでの小さな勝利に何の意味があるのだろうか?
因幡てゐを発端となって起こった吸血鬼と宇宙人との対立が、戦争に発展する可能性を『花果子念報』という新聞報道によって煽られた幻想郷の住人は、兵の需要を見越して各地で傭兵団を形成して事の成り行きを見守っていた。
そんな最中、巨大な鉄の塊、後の新聞報道で『宇宙人の棺桶』と判明した物体が幻想郷上空に突如出現し、その混乱に乗じて東部の凶暴な人喰い妖怪やそれらを傘下におく闇の勢力が幻想郷中央部へと侵攻を始めたことで、各地に分散する傭兵団は自衛の戦いを強要される事になった。
東の人喰い妖怪との最初の衝突は最も東に陣取った人間の里傭兵団であったが、時間の経過と共に戦線は東部から南回りで西へと拡大していき、正午を過ぎた頃からマヨヒガ上空が大激戦区となっていた。
人間の里で募集された傭兵軍団は高度に統率された文字通りの軍隊で、人間達を博麗神社に安全に向かわせる為の囮という明確な目的を持って動いていており、これは里の守護者上白沢慧音の歴史喰いの力と連動しての作戦だったが、他の地域に展開する傭兵集団は当然そのことは知らない。
人間を求めて中央に移動した人食い妖怪達は、記憶から里の人間の存在が突然消えてしまった事で、それ以外の地域に住む人間を探し求めて広範囲に移動を始めてしまい、戦線は無秩序に拡大していった。
正々堂々正面から戦う気など更々ない人喰い妖怪や闇の勢力は、組織的に動く手強い傭兵団を避け、自分達が楽に暴れられる有利な戦線と人間を求めて東から大挙して西に移動を始めた。これによって人間の里傭兵軍団の第一目標である『里の人間を博麗神社に届ける』という目的が達成出来る公算が高まった。
余裕が出来た傭兵団は他所への援軍を検討したが、この段階ではまだ人間達が博麗神社に到達した報告はなくそれまでは現状維持となっていた。
「つまんないの。」
人間の里傭兵団に参加していた地底封印妖怪ぬえは自分達を避ける様に西に移動する人喰い妖怪の群れを尻目に、持ち場の空域に留まり西方の戦いを他人事のように観戦するだけだった。大切な者が危機に陥っている事も知らずに・・・。
マヨヒガ周辺の激戦空域に一隻の船が飛行していた。
「くそ!きりがない!」
セーラー服を身に纏ったこの船の船員と思しき女性が不利な状況を誰に向かってと言うわけでもなく激しくなじる。
「村紗船長!本艦だけではここはもう支えきれません!一旦引きましょう!」
白い立派な帝国海軍の軍服を身に纏った初老の幽霊が、先程現状をなじった女性を船長と呼んで撤退を進言する。どうやらこの進言した一見すると船長にしか見えない幽霊が副官で、下っ端の水夫の様な格好の女性が船長の様である。
「ダメだ!ここで引いたらマヨヒガ宙域が一気に敵に侵食される!」
そこへ、船員とは明らかに装束が違う尼僧が大きな雲の妖怪と共に船に近づいてきて状況を報告する。
「船長!皆地上に後退したわ!このままじゃ孤立するし、私たちも退きましょう。」
「何言ってるんだ2人とも!周りに味方がいないならむしろ好都合だろ!」
「無茶よ!」
「右舷弾幕薄いぞ!何やってるの!」
船は戦闘速度で不規則に旋回しながら光弾をばらまき接近する敵やその攻撃を巧みに交わしていく。船の操舵は船長自ら行い、巨大な船がまるで小型戦闘機の様に縦横に空を駆け巡る。
「周りに味方がいたから手加減してたんだ。今なら船の装備と雲山の力で十分やれるさ。副長、外に出てる戦闘艇を収容させろ!」
これからが本番と強気の船長は、出撃させている艦載艇の回収を命令する。
「右舷ハッチ開け!戦闘艇回収!損害は?」
「半数がやられました!」
「乗員は?」
「全員・・・成仏しました。」
「・・・そうか。」
先程後退を進言した副船長の幽霊が報告聞き落胆する。
空を飛んでいる船は『聖輦船(せいれんせん)』というお寺を改造して作られた船で外見はよく目にするお目出度い宝船である。お宝が積まれていないので宝船とは言えないが、大きな帆柱と帆があり外洋の荒波でも航行出来る排水量があり、船内は広く十分な居住スペースが確保されており長期無停泊航行が可能である。
軍艦として作られたわけではないが同等の装備と装甲で補強されており、空を飛べない幽霊パイロットが乗る現代の水上バイクの様な戦闘艇が14機格納出来る。先程の報告で半数の7機が撃墜されてしまったらしいが、それだけ厳しい戦いという事だろう。
『聖輦船』船長は村紗水蜜。元船乗りの人間で水難事故で水死し、長い間死体が上がらず浮かばれないまま幽霊となり、やがて近くを通り過ぎる船を沈める悪霊へと変化した経歴を持つ。
悪霊討伐の依頼を受けてやってきた尼僧聖白蓮の法力によって死体と船を引き揚げてもらい、改心して善良な亡霊妖怪に生まれ変わり、以後崇拝する聖白蓮の守護者となった。
「一輪!雲山を船の後方へ。船の火力は前面に集めろ!」
船長から一輪と呼ばれている尼僧は雲居一輪で、雲山とは彼女に使役される入道である。
彼らは人間と妖怪が共に暮らす楽園事業を打ち立てた聖白蓮の信奉者の中でも中心的に活動している者達で、白蓮が法界から追放され魔界に封印された後も大恩を忘れず、地底で聖派という派閥を形成し恩人の復活を待ち望んでいた。
聖白蓮封印以前の平安中期の妖者の社会は、人間と隣り合わせで任侠道を隠れ蓑に生きる都市妖怪派と、妖怪中心の世界を形成し人と極力関わらないよう暮らす地方氏族派、人間と妖怪の融和を掲げる聖白蓮の楽園派と3つに大別されていた。
都市妖怪派は、都市毎に強い力を持つ頭を中心とした組合を形成して独自の社会文化を作っていた。
地方氏族派は大小無数の派閥に分かれており、基本的に人の手の及ばない隔絶された世界で一族郎党と共に暮らす保守的な存在で、その地方氏族派の一つに八雲紫の幻想郷派が存在し、別世界を創ってそこに移住するという斬新な思想を掲げ、来る者拒まず人間とも融和するという点で、後の白蓮の楽園思想に似ていたが、その斬新さ故に発足当初は極小派閥に過ぎなかった。
幻想郷派の発足は西暦600年より前で、人間と妖者との住み分けが問題になる鎌倉時代よりも遙か以前からこの思想を掲げ博麗神社が中心となって賛同者を募っている状態だった。八雲紫が西行寺有子の死後、2回目の覚醒をし構想が現実へと変わり具体的な隔離作業に入ると派閥は大きくなりはじめ、当時力が倍増して増長の極みにいた八雲紫は、一から創るよりも月を侵略してしまった方が早いと大胆な構想を打ち出し、西暦998年に膨れあがった派閥の武闘派を引き連れ月面戦争を起こした。
結果は敗北。味方に大きな犠牲を出した八雲紫は失脚し、その後妹の八雲藍に派閥の実権が移ったが、新頭領は強権は振るわず周辺氏族と共和体制をとる方向に派閥の方針を変え、幻想郷派は住む土地を結界で覆うだけで隔離・移住計画は先送りになってしまう。
そして、月面戦争敗戦によって失脚した八雲紫の幻想郷事業に代わり、聖白蓮の楽園事業が妖怪の世界で注目され始めたわけである。
聖白蓮は、高名な弟の影響で仏門に入って尼寺で修業をしたが当時は特に目立った才もなく凡庸であった。しかし、弟が病にかかり先が長くないと知ってからひたすら御仏にすがり、厳しい修業に励んで才能を開花させたのである。
弟は祈りの甲斐なく逝去してしまったが、修業で強い力を身につけた白蓮は弟には及ばないもののそれなりに有名になり、依頼を受けて悪事を働く悪霊や妖を改心させることに人生を捧げていた。
入道に育てられた少女との運命的な出会いを経て、敵として見ていた妖者に慈悲の心を向けるようになると、次第に彼らに傾注し始め人間と妖怪が共に暮らせるユートピア(楽園)思想に目覚めるようになり、弟の残した禁忌の力を使い人を超えた存在、魔法使いに生まれ変わり、思想だけで実現には程遠かった楽園事業を実行に移したのである。
月面戦争当時は末法に入り法の力が弱まるとされ妖者の絶頂の時代だったが、天皇や貴族達は仏法が廃れないよう地方の豪族に官位を売ってその代償に寺院を建立させた。更に、行き詰まっていた法界は起死回生を狙い大陸から新しい仏教を持ち帰り、現世利益、個人的な事の成就を目指す小乗仏教から、浄土思想、大衆救済を旨とした大乗仏教へと変化し、仏法は大衆に受け入れられ、宗派を増やし急速に拡大していったのである。
鎌倉時代に入ると仏法が法秩序の土台となり妖を悪と位置付け積極的に排除する動きが高まり、妖怪は衰退の一途を辿ったが、本来馴れ合わない妖怪同士の横の繋がりが強まる時期でもあった。
しかし、この横の繋がりがある事件をキッカケとして妖怪同士の不和を生む事になった。
妖怪の衰退とは裏腹に、この時期台頭する武士から軍神として絶大な支持を受けた毘沙門天が大きな力を得る様になっていた。しかし、本来富の神様であるはずの毘沙門天が軍事に祭り上げられてしまうと富の神様として成り立たなくなり、存在そのものが変質するか失われてしまう危険性があった。
この危険性を憂慮した、毘沙門天を信仰し親交もあったこの時既に魔法使いとなっていた聖白蓮は、富を集める能力を持つ妖怪の友人、寅丸星を毘沙門天の富の神様としての業務代行に推薦し、これを実現させてしまったのである。
当時寅丸星はその能力から特に都市妖怪から絶大な支持を受け慕われる人気者だったが、妖怪に仇なす人間の神様になった事で彼女は裏切り者となり人気は急落。彼女を推挙した聖白蓮も同様に裏切り者として恨まれるようになり、都市妖怪派と楽園派は険悪な状況になってしまったのである。
積極的に人間と妖怪の間を取り持って来た聖白蓮だが、善意でやった寅丸星の毘沙門天推挙が裏目に出て、都市妖怪から敵視され、更に、妖に味方し勢力を大きくしている事を快く思っていなかった法界からも敵視され始めたのである。
都市妖怪や地方妖怪と盃を交わせない半端妖怪や人間と妖怪の混血で双方から忌み嫌われる者等は、法界の圧力から逃れる為に聖白蓮を頼り集り、戦力はともかくこの当時数的には無視出来ない一大勢力となっていた。
聖白蓮は毘沙門天を信仰し、魔法使いとなってからは直接親交を持ち、その流れで寅丸星の推薦となったわけだが、この一件以降、都市妖怪と継続的な抗争状態になり、更に人間の圧力から逃れてくる妖怪達を引き受けて派閥を拡大させたことから法界からも敵視され始める。
この危機を脱却する為、毘沙門天を頼る白蓮だったが、この時既に法界は毘沙門天に白蓮討伐を働きかけており、他者に殺害される前に自分が捉えて生きたまま封印するという手段で白蓮を救う手段を思いつき、毘沙門天は寅丸星の宝塔をその封印を解く鍵として、身を寄せて来た白蓮を聖派諸共捕らえて地獄へ落としてしまう。
「聖の為に命蓮寺を船に改造してここまで来たんだ。こんなところで死んでたまるか!」
村紗水蜜は元は人間の亡霊妖怪で、白玉楼の主西行寺幽々子と同じタイプ。幽霊として成仏せずに亡霊として新たな命を得た者に死後は存在しない。
「私だって姐さん会うまでは絶対死ねない!」
入道の雲山を使役する尼僧の姿をした雲居一輪は、紅魔館の門番と同じ所謂前人妖怪で、赤ん坊の頃に山に捨てられたところを偶然入道である雲山に発見され、空腹で泣き叫ぶ赤子の一輪に右往左往し、何とか空腹を満たしてあげようとして乳の代わりに入道である自分の体つまり妖の雲を与えてしまう。それを口にした一輪は、その時点で人として死んでしまったが、入道の妖力を取り込んで妖怪として生まれ変わったのである。
ある時、不思議な雲を纏った少女が、人間や妖怪にも馴染めず追われている事を聞きつけ保護しに向かった、当時仏門に入ったばかりの能力的にまだ未熟だが年齢的には熟年の白蓮と出会う。
これが白蓮が後に人外に転生し妖怪と人間の共存共栄の楽園事業を目指すキッカケとなった出会いで、当時妖は敵と教えられていた白蓮は、この一輪との出会いで妖怪に対する見方や考え方が変わり、虐げられる彼らの救済者としての将来を立志したのである。
一輪は白蓮と共に尼寺で修業して僧侶として成長し、白蓮が弟の病を期に覚醒してからもずっと彼女に従って妖退治に従事し、村紗の改心にも立ち会っており、魔法使いに転身し正式に楽園事業に乗り出すと、当然の様にそれに参加して常に彼女の傍らで補佐し続けてきた。雲山や村紗など個性的な者が多い派閥の幹部連中の中ではかなり影が薄いが実は最古参なのである。
村紗と一輪は白蓮に大恩ある身で、魔界に封印された恩人救出の為に地霊殿で起こった異変の後、地底から抜け出して幻想郷の片隅で静かに息を潜め情報収集を行っていた。
普段は目立たない様に山の麓で静かに暮らしていたが、いつもさりげなく視界にいるぬえが最近姿を見せないので心配になり、彼女を捜してマヨヒガ周辺にいたところに今回の異変である。新聞報道で幻想郷の存亡の危機と知った村紗らは逃げ隠れしているわけにもいかず、自衛の為に集まった妖怪達と同様に、聖派の仲間と村紗組を作り虎の子の聖輦船を出して独自に戦闘に参加したというわけである。
「喰らえ!沈没アンカー!」
村紗はハンマーの様な巨大な碇を武器代わりに使っており、その攻撃方法は振り回して叩きつけたり、投げつけたりという、かなり大雑把な戦い方をする。その為、あまりにも狭い場所や、周囲に味方がいるような状況では、本来の性能は発揮しずらい。
雲居一輪の使役する雲山は、体の大きさを自在に変化させ大きさに比例して技の威力が増すが、村紗同様周囲の状況に左右されやすく、味方もいる集団戦では本来の力は発揮出来ない。
巨大な入道である雲山は温厚無口な性格で自衛以外の攻撃はほとんどしないが、曲がった事や嘘が大嫌いでそれらを見るや聞くやすると雷親父の様に激しく怒り出す。
雲山の体の一部を食べて妖怪化した一輪は、妖怪として生きるための妖力が雲山から供給されており、雲山が長時間離れていると衰弱してしまう。常に後ろに付き従うように居る雲山は、一見すると一輪が使役する僕に見えるが、実際は一輪を妖怪として維持させるために親心で側について見守っているという状況で、魂魄妖夢の魂魄よろしく自動的にくっついて離れないというわけではない。
聖白蓮を信奉する者は彼女達以外にも存在するが、何れも戦いを生業とする者ではなく戦闘に於いては足手まといになるので、船内で村紗の直属の部下の船乗り幽霊達と共に操船の手伝いをしたり、船の防壁や光弾のエネルギーを供給する任務についていた。
「くそ!全然数が減らねー!」
「おかしいわ、倒してもほとんど手応えがない・・・。」
妖気の防壁を張った船の突進と砲撃、村紗のアンカー攻撃、雲山の巨大な拳。味方が周囲にいなくなったことで100%の力を発揮出来るようになった『聖輦船』だが、倒しても倒して一向に数が減らない敵に疑問を持ち始める。
「恐らく幻術か、或いはデコイだな・・・。」
「少なくとも幻術ではないわ。ちゃんと抵抗があるもの。」
「なるほど、これはある意味弾幕か・・・このままだとじり貧になるな・・・。」
人喰い妖怪の中に彼らを操り統率するリーダー的な存在がおり、敵の姿をした弾幕攻撃をしているのだろう。
マヨヒガ周辺の傭兵は、人間の里の傭兵軍団の様に誰か有能な指揮官によって全体が統率されているわけでもなく、少数が群れて大群を形成しているだけで何らかの意図を持って組織的に動いているわけではない。
自分達が有利に戦える地表を選んで聖輦船を簡単に見限った連中は既に地上戦を展開している。援軍は望めないし、頼んでも来ないだろう。村紗としては、妖怪といえどこの状況なら一致団結して組織的な戦いをするのかと思っていたが完全に当てが外れてしまった。
「こんな事になるのなら、虎の子の『聖輦船』なんか出してこなけりゃよかった・・・。」
その身一つで傭兵に参加すれば良かったと後悔する村紗船長。しかし、もしこのまま幻想郷が滅亡する事態になれば船を温存しても意味がない。出し惜しみして後悔するよりはいいだろうと自分に言い聞かせる。
「船長、ここは一旦妖怪の山の方まで下がり、山を背にして戦うのはどう?」
敵の動きが明らかに妖怪の山を避ける様に南回りに西に移動している。一輪がそれを見て後退を進言するが、村紗は何か考え事をしている様ですぐには応えない。
「・・・策敵班!敵の状況はいい、味方は今どうなってる?」
「何をする気?」
しばらく何かを考えていた村紗が敵の状況ではなく味方の状況を聞くので不思議に思う一輪。
「はるか東の地表に一軍が見えます!その地点から東、南東の方角に光跡が見えます!」
「あれは里の軍か?連中はまた別の敵と戦ってるのか・・・西は?」
「西は空中に光跡多数見えます。敵味方共に空中戦が中心のようです。」
東側の状況を報告した策敵班の幽霊とは別の幽霊が西側の状況を報告する。西側は足の速い空を飛べる妖怪が中心で、戦闘も主に空中で行われているようである。そして、山の方角には敵影はなく、竹林のある南側全域は敵だらけであるとの報告も受ける。
「どうやら東と西の味方が優勢で、ここが一番弱い穴とみて敵がどんどん集まってるのか・・・。」
「しかも、空に浮いているのはもう私達だけ・・・。」
「そりゃー確かにこういう事になるよな・・・。」
双眼鏡で東西の別軍を確認する船長。自分が敵の立場なら間違いなくここを攻めるだろうし、そこで一番目立つこの船を落とそうと真っ先に考えるだろう。
「船長、どちらかと合流しては?」
副長の白い軍服姿の幽霊が進言し、村紗はそれに大きく頷いて受け入れた。
「よし、東に進路を取るぞ!里の軍団と合流する。」
「西の方が近いけど?」
西の戦場は東の戦場よりも近く、さらには空中戦が主体である。一輪はそっちに向かえば状況が楽になると考えるが、村紗の考えは違っていた。
「西は空中戦が主だ。それだとまた味方を気にして戦う事になる。東は地上に陣地を張っているようだし、そっちの方が空域を自由に使えそうだ。」
「なるほど。」
村紗の説明に納得する一輪。
「ですが、東と合流するには敵陣を突破しなければ・・・。」
副長が言う様に人喰い妖怪の群れは一箇所に集まって陣地の様な空域を形成している。いくつか見える敵陣の中でも特に大きな敵陣が人間の里の傭兵団と聖輦船との間に立ちはだかっているのだ。
「わかってる。進路を北寄りにとって迂回する。それでいいか?」
「了解です!」
無茶な操船をする船長なので中央突破でもするのではないかと心配する副長は、村紗の言葉を聞いて安堵する。
「よし北東に進路を取るぞ!」
「面舵いっぱーい!」
方針を決めるまで回避行動を取って西を向いていた舳先を右に回し北東に進路をとる聖輦船。
マヨヒガと関所跡の中間に位置していた船は豊穣の森上空を通過し、そのまま人間の里と魔法の森をかすめて円を描くように東の傭兵軍陣地と合流する進路を取る予定を組む。
無数とも見える敵の軍勢は所々でまとまって黒い雲の塊の様な陣地を作っているが、西の強妖怪、中央の自分達、東の里の傭兵を分断するように敵の陣地が割り込んで展開している。基本的に味方の傭兵がいない場所は敵で埋められており、中央の村紗らは北側以外全て敵に囲まれている状況である。
北寄りに迂回するコースをとった聖輦船だが、この動きを妖怪の山方面への撤退と見たのか、敵は追撃準備に入り拠点から複数の敵の群れがこちらに移動し始めてきた。
「右舷に巨大な物体が接近中!その数2!」
先程から執拗に船を攻撃している東の敵の塊から巨大な蛭のような妖獣2匹が現れてこちらに真っ直ぐ向かっている状況が策敵班から報告される。
その後方にも同じ様な大きな蛭型の妖怪が2匹おり、その平べったい背中に沢山の妖怪が乗り込んでいるのが確認報告される。村紗はすぐに敵の意図を読み、手前の蛭は足止め用の囮で後方の敵は聖輦船を乗っ取る強襲船だと判断した。
「この船を乗っ取る気か?対空砲を右舷の攻撃に集中しろ!手前の2匹を撃ち落とせ!」
村紗の号令と共にこちらに接近する巨大な妖怪に光弾が撃ち込まれる。しかし、命中はしているが効いている様子が無い。
「チッ!艦砲じゃ無理か・・・引き付けて撃沈アンカーをぶち込んでやるか!」
村紗はそう言うと副長に操舵を任せ、巨大な碇を召喚すると軽々と担いで右舷に立って敵の接近を待つ。
「一撃で仕留めてやる!」
絶対に当てられると確信出来る距離まで引き付けた村紗は、一番近い巨大な蛭に撃沈アンカーをぶち込む。アンカーは蛭の大きな口に直撃し動きが止まる。
「よし!」
村紗が一匹仕留め次の目標に狙いを定めた時だった。致命傷となる撃沈アンカーを喰らった蛭はビクビクと痙攣した後、断末魔の悲鳴を上げながら最期の力を振り絞る様に船に突進しようとして、直後そこで大爆発を起こす。
船体を大きく揺らす凄まじい爆発。もしこれが直撃していたなら船は間違いなく大破撃沈していただろう。
「しまった!」
村紗はこの蛭がこちらにひっついて動きを止める為のものだろうと予測していたが、そうではなく蛭自体が巨大な魚雷だった事に気付く。
「バキッ!」
爆発後すぐに船に何かが衝突する音がして船体が大きく揺れる。村紗は放った巨大な碇を戻すのを忘れており、残った碇は爆発で跳ばされて船に戻って右舷に激突してしまったのだ。
「右舷ハッチ脱落!戦闘艇4機大破!操縦士他乗員6名成仏!」
船内の乗員から状況報告がなされ甲板にいた村紗らは思わず絶句した。
「船長!二匹目来ます!せ、船長!?まずい!乗員右舷から離れろ!」
自身の失態で船に大きな損害を与えてしまった村紗は一瞬頭が真っ白になり放心していた。それを見た副長が船長の代わりに乗員を右舷から退避させる。
「雲山!」
一輪が咄嗟に叫ぶが、それより先に雲山は大きな蛭を船にぶつかる寸前で捕まえていた。甲板にいた一輪と副長はほっと胸をなでおろしたが、ここで正気に戻った村紗が絶叫した。
「雲山!そいつを早く投げ捨てろ!」
雲山の馬鹿力で掴まれた蛭は爆弾等でいうところの信管が作動した状態になり、先程と同じようにビクビクという爆発の前兆痙攣を始める。光弾は効かないが強い衝撃を与えると爆発する仕組みなのだろう。
「雲山!捨てて!」
巨大化している雲山は力と反比例して俊敏さがなくなる。命令通り投げ捨てようとしたが間に合わず雲山が抱えたまま蛭は大爆発し、爆風でその巨体が大きく傾いて聖輦船の右舷にぶつかって再び船体を大きく揺らす。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああぁ!!!!」
雲山の苦しみ悶える雷のような呻き声と共に、爆音をかき消すかのような一輪の大きな悲鳴が木霊する。
「大丈夫か!一輪!」
雷に打たれたかのように悲鳴を上げた後その場に倒れぴくりとも動かない一輪に駆け寄る村紗。
「雲山のダメージが一輪に逆流したんだ。」
雲山を食べて入道を体に取り込んで妖怪化した一輪は、肉体が雲山と緩く繋がっている。多少の事なら痛みが一輪に逆流することはなかったが、この大爆発は流石に雲山一人では支えきれず、溢れた痛みが一輪に流れ込んでしまったのだ。
「すまん、雲山!一輪!」
村紗は一瞬気持ちが飛んで直ぐに判断を下せなかった自分自身の不覚を呪い、激昂して一瞬邪悪な悪霊の顔になったがすぐに気持ちを切り変える。そして次の瞬間多くの乗組員の命を預かる毅然とした船長の顔になっていた。
「副長!被害の報告を!」
「は、はい!今の衝撃で右舷は中破、機関部損傷で出力低下及び航行不能。今は浮上させるだけで精一杯です!」
「そうか・・・機関部員は修理を急げ!それ以外は白兵戦の用意!敵はすぐに乗り込んで来るぞ!はやくしろ!」
妖怪を沢山乗せた強襲用の蛭が2匹、聖輦船を挟むように接近している。もはや逃げる事は不可能でここは腹をくくるしかない。
「副長、一輪を医務室に。雲山!一輪は気絶しているだけで命に別状はない!雲山も痛いだろうがここは我慢して右舷に張り付いて船体を守ってくれ!」
大きく頷く雲山は、ハッチが脱落して空いた右舷の穴に半分体を入れて塞ぐ。
「船長は?」
「私か?船が動かない以上舵を握っていても仕方がない。こっちから乗り込んで仕留めてやる。船は副長に任せる!」
村紗は敬礼で命令を受ける副船長を背に、左舷に周り込んで遠回りしている強襲蛭と乗り込む時間を合わせる為に停止している右舷の20人程の妖怪を乗せた強襲蛭に向かって跳躍し、大胆にも単身乗り込み2・3人蹴り落とす。
まさか向こうから乗り込んで来るなどと思ってもみなかった人喰い妖怪達は、不意を付かれ間髪入れない村紗の碇のフルスイングをまともに喰らって、半数以上が叩き落とされそのまま地上に落ちていく。
「こいつら雑魚だ。」
妖怪は全てが空を飛べるわけではなく、ここにいる連中は乗用に調教された下等妖獣で輸送されているに過ぎない弱い妖怪達だと判断する村紗。
船に乗り付けようとする行動から艦上戦闘に慣れた海賊妖怪の仕業ではないかと強く警戒した村紗だが、素人の生兵法だと知って一安心する。これなら聖輦船側に行ったもう一匹の蛭と妖怪達も大丈夫だろう。敵は強襲戦の経験ゼロであり、選りすぐりの船乗りの霊を集めた聖輦船が負けるはずがない。村紗はまだいけると確信した。
「どうやらあいつがリーダーらしいな。」
「奴を先に仕留めよう。そしてあの船は我々が頂く。」
「あの船なら山の向こうに逃げられるかもしれんからな。」
遠くから聖輦船の戦闘を眺める複数の影がいた。彼らは吸血鬼戦争で吸血鬼側に協力した闇の勢力ナイトストーカーの暗殺部隊の生き残りで、戦後逃走して地下に潜伏し多額の賞金を首に掛けられながら東の無法地帯で逃亡生活をしている者達である。
魅魔の平和政策になる以前は、白昼堂々と里付近にやってきて人間をさらった事もあるが、最近は風見幽香の配下にある吸血鬼や死神に阻まれ身動きが出来ず、下等な人喰い妖怪を配下に従えて東側で機会を窺っていたのだ。
幻想郷の終焉を感じ取った彼らは、隠れるのを止めて暴力と非道の限りを尽くして終わるか、混乱に乗じてどこか別の場所に隠れようと決起して、複数存在する対立派閥が一致団結して幻想郷中央部に侵攻したというわけである。
監視されている言に気づいていない村紗は、乗り込んで乗員を全てを蹴散らすと手綱を持つ操獣係のケツを蹴り飛ばして強襲蛭を乗っ取り、見よう見まねで蛭を操作し蛭の頭を聖輦船側に向ける。
「む!?」
船の援軍に向かおうとした村紗は、東側の敵の拠点から大群が聖輦船の方に移動しているのを視認し、蛭の頭をそちら向ける。強襲作戦が失敗した事を受けての増援だろう。
「させるか!」
村紗は手綱を打って蛭を船と敵の間に向かわせる。
「パイルアンカー!」
村紗の武器である碇は自在に出したり消したり出来、更に碇の用途にあわせて形状も変化させる事も出来る。パイルアンカーは重量で船体固定する『おもり』としての碇ではなく、岩などに杭の様に突き刺して固定する碇だ。
先端が尖ったパイルアンカーは、聖輦船に向かう強襲蛭の一体の胴体に突き刺さると、体内で先端が四方に分かれて杭が抜けなくなる。柄と杭が霊力で作り出された頑丈で軽いロープで繋がっており、伸ばしたロープを元に戻す事で、自分の体を刺さった杭へ素早く移動させる。
村紗は杭に戻される力を利用し、次の蛭へ乗り移る直前にアンカーを消し、そのまま足を揃えて蛭の胴体に体重を乗せた蹴りをお見舞いする。村紗のスピードの乗った蹴りを喰らった蛭はそれが致命傷となって死爆の前兆痙攣を起こす。村紗は間髪入れずに付近の蛭にパイルを撃ち込み移動する。背に乗っている妖怪もろとも爆発する蛭を背にして次の蛭に直接飛び乗った村紗は乗員を蹴落とし、ハンマー状に戻した碇でフルスイングし雑魚妖怪を全て薙ぎ払う。
敵の群れのど真ん中に移動した村紗は、フルスイングからそのまま回転を止めず、碇の先端部を切り離しロープで繋いだまま少しずつ遠心力を利用して回転半径を拡大させていく。そして、高速回転する超重量の碇の先端部は蛭の群れを薙ぎ払って村紗を中心に誘爆の連鎖が広がった。
聖輦船の左舷に乗り付けてくる揚陸蛭と小競り合いをしていた武装した船員の幽霊達は、村紗の無双の活躍に歓声を上げ、乗り込んできた人喰い妖怪達の士気をくじく事に成功した。
「どうだ!」
20体以上の蛭とその20倍いた乗員をたった一人で仕留めた村紗は乗っ取った蛭の上で仁王立ちして自身の戦果を誇示した。しかし、この時相手が雑魚ばかりと決めつけ油断した村紗は忍び寄る真の強敵の存在に気づいていなかった。
村紗は突然背中に何かが突き刺さる鋭い痛みを感じると同時に、尖った金属の破片が胸から飛び出しているのをまるるで他人事の様に見る。
「な?!」
油断して背後を取られたと思った村紗は直ぐに振り向いて、背後にいると思われる敵に裏拳を喰らわせようとする。しかし、拳は虚しく空を切り、また背中に激痛が走る。今度は腹から金属片が飛び出していた。
普通の人妖であれば重要な臓器を破壊され致命傷となるはずだが、西行寺幽々子同様、物理攻撃がほとんど効果がない亡霊である村紗にとっては、体を動かすのに邪魔な物が体から飛び出しているという程度の認識でしかない。痛みでのたうち回るような柔な村紗ではなく、痛みは逆に闘争心を駆り立てる。
背中を貫通して腹から飛び出した金属片を左手で無造作に掴むと、その手が傷つくのも構わず強引に引き抜く。そして同様に胸の金属片も抜き捨てる。出血がほとんどないのは血液はあるが血流がない為で、これは亡霊特有の体質である。
「誰だ!こんな卑怯な攻撃する雑魚は!」
村紗はこんな攻撃では自分は倒せないと闇討ちした見えない敵を煽る。すると、足下の自分の影から鼻から上だけのまっ黒な人の頭と思しき物がぬうっと現れる。影の中に潜んでの不意打ちと理解した村紗は、影を自在に移動できる類の妖だとすぐに判断し身構えた。
真っ黒な顔の二つの目が開くと真っ白な白目が現れ、そこに浮かぶ深紅の瞳がこちらを睨む。
「闇の者か!」
水面から鼻から上だけ出して周囲の様子を伺う河童の様にこちらを見ていた黒い顔は、やがてゆっくりと影から這いだして全身をさらす。少し前屈みの肢体は人間のそれと全く同じに見えるが、毛髪はなく白目と瞳以外の体表面は異様な光沢を放ち、しっとりとした漆器の艶と見間違う。無駄な肉一つない完璧な肉体は、それを誇示するが如く一糸纏わない全裸で、男性を思わせる逞しい体躯をしているが、そのシンボル的な器官が見えず恐らく性別がないのだろう。
一目で人外と分かるが具体的に何という種族なのかは全くわからない村紗。一つ言えるのは醸し出す雰囲気から、他の獣化した人喰い妖怪とは別次元の生き物だと言う事だけである。
「刃が効かぬ妖怪か?いや、亡霊だな?ならば、我々とは仲間の様なものだな。」
漆黒の人型が話しかけてくる。白い歯が見えるので口を開いていてしゃべっている事が見て判断出来る。
「お前等と一緒にするな!」
「我々ナイトストーカーは元は亡者。強い負のエネルギーを受けて妖怪へと変化した存在だ。亡者とは強い未練と欲望を残して死してなお死を選べずにいる存在だ。お前は強い未練と欲望を元に自身に使命を与えてその無敵に近い体を手に入れたに過ぎぬ。お前と我々の違いは陰と陽の違いでしかない。そして、陰陽とは一枚の硬貨の裏表、つまり、どちらを向いていても一文銭、陽の光を浴びたとて小判にはならぬということだ。」
「黙れ!私は法の元に法の守護者を守る使命を帯びて亡霊となったんだ!お前達とは違う!」
「ふふ、法も律も関係ない。お前の様に極端な者程、堕とすのも容易い。」
「やれるものならやってみろ!」
闇の勢力に殉ずるナイトストーカーの迷い惑わす台詞に耳を貸さない村紗。しかし、こうした問答の間にも闇の手は着実に迫っており、村紗が啖呵を切った瞬間にその魔の手が一斉に襲いかかる。
「!」
自分の真下にある影から金属を叩いて破断させただけの断面の荒い十数本の槍が突き上がり、村紗の下半身は無惨にも固定された状態になってしまう。
「ぐっ!し、しまった!」
綺麗に研がれた刃なら抜くのも容易だが、刃がギザギザで一度勢いを付けて刺さると後は押すも引くもできなくなってしまう。
空に飛び上がって強引に抜こうと力を込めた瞬間、両手両足と首に鉄のワイヤーが無秩序に絡み付き強い力で引っ張られる。それぞれのワイヤーの先には目の前のナイトストーカーと自称する者と同じ姿をした、それぞれ専用の蛭に乗るった5人を確認出来、それぞれ村紗の肢体に絡み付いたワイヤーを一本釣りの様に引っ張り上げている。蛭に乗っている事からこの連中は影を自在に動けるが単独飛行は出来ないようだ。
力では負けない村紗は渾身の力を込めて引っ張るワイヤーを逆に引き返そうとするが、その時、正面にいる黒い影が何かの道具を自分に差し出してきた。
「あがががっがあっああああががが!!!」
突然バチバチという音を発する小さな道具に触れた村紗は、身体が激しく痺れて力が出なくなる。この道具はスタンガンと呼ばれる暴漢を無力化させる護身用の向こうの世界の道具である。外から迷い込む人間と一緒に幻想郷に流れてきたものだろう。
「我々と違い、半端に肉体など持っているから電気がよく通るのだ。」
人間を無力化させるだけなら一瞬だが、ナイトストーカーはスイッチを押したまま村紗を感電させ続け、電池が切れるまでかなりの時間そのまま電気を流し続ける。やがて動かなくなったスタンガンを後ろにポイと投げ捨てると、全身から煙を上げる村紗の下がった頭を強引に持ち上げる。
「物理攻撃は効かないようだが、これは良く効くようだな。」
「これしきで・・・やられる・・・私・・・じゃないぞ!」
大きく呼吸しながら強がって見せる村紗。言葉とは裏腹に肉体がかなり疲弊しているのがわかる。
「なぁに、お楽しみはこれからだ。」
肢体を拘束しているワイヤーを引っ張り返せなくなった村紗の身体的損耗を確認したナイトストーカーは、拠点方向に手で何かを合図をする。
「!」
肉体的なダメージで疲労はしているが、精神的には何も問題はなく今は耐える時で反撃のチャンスは必ず来ると我慢していた村紗だったが、その光景を見て愕然とした。
先程聖輦船に深刻なダメージを与えた魚雷蛭の大群が、ナイトストーカーの合図と共に拠点からこちらに移動してくるのだ。
「う、うそ・・・だろ?」
村紗の驚愕した顔を見ればこちらの意図は言わずとも伝わっていると確認したナイトストーカーは、ククっと笑って指でGOサインを送る。
「さて、何匹まで耐えられるかな?」
1匹の魚雷蛭が、村紗に向かって突進を始める。それを受けて村紗をワイヤーで縛っている他のナイトストーカーは、固定されている村紗の身体を強引に刃から引き抜いて、その勢いのまま向かってくる魚雷蛭に体当たりさせる。
凄まじい爆発が起こり、村紗の身体は炎煙の中に消える。
「ほほう、このくらいでは全然こたえないか。」
中空で手足をワイヤーで固定され、首を強制的に吊り上げられた状態の村紗は、顔を上げたまま苦しそうな表情で怒気を露わにして、心の中に生じた弱気を必死に隠す。
「(やばい・・・。)」
あと数回は持ちこたえられる。しかし、それ以上は無理だ。
「南無三・・・。」
敬愛する人の口癖が思わず自分の口から漏れたが、そこで何かを思いだしたかのように口元を緩める村紗。
「(弱気になるな村紗!私の肉体は決して壊れない!壊れるとすればそれは精神的なものだ。聖に対する強い思いが未練となって亡者として生にしがみつく私の死とは、その思い、心が折れる事で、そしてあいつはそれを狙っている。心さえ折れなければ私は負けないんだ!)」
村紗の中に絶対に負けないとする闘争心が沸き起こる。しかし、これは闇の者の狙い通りでもあった。
「(バカめ!闘争心は闇への近道。勝利への欲望がお前の善性の根拠をひっくり返すのだ。)」
30匹以上の魚雷蛭の爆発に耐えた村紗は、その表情が明らかに変質している事に自分自身が気づいていなかった。
禍々しい黒い息が口から漏れだし、白目は真っ赤に燃えさかっている。その姿を一輪が見れば、悪霊時代の彼女の姿がそこにあることを知るだろう。
肉体的な苦痛は生命の危機を敏感に察知し生存本能を駆り立て無意識に潜在的な力が出てくるが、村紗の力の本質は闇であり、ナイトストーカーは村紗の肉体を痛めつける事で潜在的な闇の力を引きずり出そうとしているのだ。
「(聖・・・助けてくれた恩を・・・私は返したい。そして封印を解いてもう一度貴女に会いたい。だから、それまでは絶対に死ねない・・・目的を達成する為ならどんなことでもする!)」
霞む視界の向こうに敬愛して止まない聖白蓮の姿が走馬灯の様に出ては消えていく。
本来成仏してもおかしくはなかった村紗を亡霊として生かしているのは、聖白蓮に対する感謝と恩返しの強い気持ちである。しかし、その強い気持ちが目的の為に手段を選ばないという精神状態を作り出してしまい、村紗は今、闇の者達の思惑通り奈落へと堕ちかけていた。
「どんな事をしても聖を助ける!」
「我々の元にくれば、その聖というものを助ける事はたやすい。」
「・・・本当に・・・助けられるのか?」
「無論だ。」
「うぅ・・・聖・・・ひじり・・・。」
村紗の善性は今正にひっくり返ろうとしていた。
「さぁ、こちらへ来るのだ。闇の力は無限だ!」
村紗が闇へ堕ちようとしているその時だった。
「村紗あああああああああああああああぁぁぁぁぁ!」
どこからともなく何者かの声と共に光を放つ球体が村紗とナイトストーカーの間に割って入り、凄まじい閃光が走る。周囲が光で真っ白になると影が消え、活動範囲を失った闇の者達はその場から姿を消す。
謎の閃光はぬえだった。
「村紗!村紗!しっかりして村紗!」
ぬえは村紗の両肩を掴んで揺さぶり目を覚ますように促すが、既にその表情は悪霊のそれになっていた。
「ひ・・・じ・・・り・・・。」
自分を呼ぶ声に反応した村紗はぬえの腕を掴んで白蓮の名を口にする。村紗の目にはぬえは映っておらず、聖白蓮の幻を見ているのだ。
「村紗・・・。」
人間の里傭兵団が展開する地域から西で起こっている激しい空中戦の中に、見覚えのある船と気配を感じたぬえは、援軍を頼む為にキスメを本陣に送り、自身は単身で激戦区に乗り込んできていた。
「ひ・じ・り・・・。」
何度も愛する者の名を呼ぶ村紗。ぬえは土砂降りの雨に打たれる心境だった。
分かっていた。自分が村紗の一番になれないことは。だから聖復活などしなければいいと思った。いっその事復活したらその聖白蓮とやらを殺してしまえば、自分が彼女に代わって一番になれるのではないかとも思った。
しかし、村紗にとって一番の白蓮がこの世から消えた時、村紗もまたその存在理由を失い消えてしまうのだ。
そして、それがようやく自分の中で実感として形づくと、自分自身を一番に見て貰えない村紗の存在意義が自分の中から消えて急に冷めている事にも気付く。
いっその事このまま村紗の息の根を止める事が双方にとって幸せなのではないだろうか?
聖聖と口を開けば白蓮の事しか言わない村紗。彼女の事を語る村紗の嬉しそうな顔は、見ている方が恥ずかしくなるほどだった。真っ直ぐで正直で、自分にはない、そして自分が欲しかったものが全て彼女にあった。だからぬえは村紗に惹かれたのだ。
自分を理解して貰えるそんな友や仲間が欲しかった。それをぬえは自分とは正反対にいた村紗に求めていた。
ぬえの目から自然と涙が溢れていた。村紗はもう過去の存在になった。
その思いはぬえの心を悲しくさせると同時に軽くもした。重かった村紗の存在が消えると、一人の友人、知人、仲間として自分はどうすべきかという問題だけしか残らなかった。
「仲間は助けないと・・・。」
他の地底の仲間同様、村紗が彼らと同等になった事で、ごく当たり前の選択肢が自然に出てくる。一時の思いに駆られて村紗を殺めようとした自分をぬえは恥じた。
「村紗を助けるには・・・そう、私が一番嫌いな女、そして村紗が一番好きな人になればいい・・・。」
正体不明の存在。時には見たいと思うものを見せ、時には見たくないものを見せる事が出来るぬえ。その力でこの戦いを優位に進めてきたのだ。その力を使えば自分を見失い闇に堕ちようとしている村紗を現実に引き戻す事が出来るかもしれない。
「哀れな幽霊よ。何故このような事を続けるのです?」
「憎い!憎い!自分の肉体を持ち、自分の船を持つ人間が憎い!私は全部失ったのに、何故あいつらは!憎い!憎い!みんな沈め!失え!」
「なるほど・・・貴方は自分自身と自分の大切な宝物を同時に失ってしまったのですね。」
「憎い!憎い!生きるもの、形あるもの全てが憎い!」
「哀れな幽霊よ・・・失われた貴方の身体と船を返しましょう。」
「こ、これは・・・私の身体・・・船・・・どうして?」
「不幸な事故でした。でも、もう貴方は苦しむ必要はありません。貴方が犯してしまった罪は私が永遠に背負って慰め祈り続けます。」
「ああ、私はなんという愚かな事をしてしまったんだ・・・。」
「さぁ、安心して逝きなさい。」
「待ってくれ!私は自分の罪を償いたい!貴方が私の罪を背負ってくれるというのなら、私は永遠に貴女にお仕えして貴女を助けたい!少しでもお役に立ちたい!」
「心優しき者よ・・・分かりました、では共に生きましょう。」
「ああ、ありがとう・・・仏様。どうか是非貴女様を名前で呼ばせてください。」
「私の名は・・・。」
「聖・・・白蓮様・・・。」
「良かった・・・。」
涙を流しながら最愛の人の名を呼びぬえに身体を預ける村紗。その表情から闇の影は消え安らかな笑みを揺蕩えていた。
「ぬえっちぃぃー!」
そこへ髪の毛の色と服装が違う化け傘の小傘が近づいてくる。その後ろには地底組の面々、更にその後ろに里の傭兵達もいる。
「あれ?船長どうかしたの?」
「ん?ちょっと悪い夢をみてたみたい。」
「夢?」
「ええ、あ、でも小傘はここにきていいの?」
説明するのが面倒なぬえは、小傘が本陣で『魔除け』をしていたことを思い出し話しをかえる。
「どうやら当初の目的を達成出来たらしくて、手の空いた傭兵団が全軍こっちに向かってる。」
ぬえの質問に答えたのはヤマメだった。見ると人喰い妖怪が集まって黒い塊となっていた大きな拠点が傭兵団の組織的な攻撃で切り崩されているのが見える。
「油断しないで、あんなのは雑魚の塊よ。この辺に村紗を痛めつけた妖怪のボス達が隠れているわ。」
「この辺?どこだ?確かに妙な気配がするけど・・・。」
キョロキョロする地底組。
「連中は今、眩しい閃光の幻を見て隠れてるの。」
「ということは、光に弱い連中ってこと?」
「違う、影がないと動けない連中よ。ここに一人、あの5匹の蛭にそれぞれ5人。」
「なるほど、ヤマメの網で一網打尽にしましょう。」
パルスィの提案に頷くヤマメ。
「こっちは私達に任せてぬえは村紗を連れて船へ行ってやれ!」
敵の居場所が判明しているなら罠で待ち伏せするだけの簡単な作業である。ヤマメはこれは自分の得意とするところと余裕をかましてぬえに調子のいいことを言う。
「うん、わかった!」
そのヤマメの指示に素直に従って村紗を抱きかかえたまま飛び去るぬえの背中を見て、皆意外そうな顔をする。
「どうしたんだ?ぬえのやつ・・・やけに素直だな。」
「何か何時もと違うねー・・・。」
「小傘みたいに、一皮むけたんじゃない?」
「小傘は一皮どころか5枚くらいむけたんじゃないのか?」
「いやーそうかなー!あはははー」
てへへ笑いする小傘だが、本来風見幽香に向かうはずの大量の畏れを独占した事で、短時間で急激に力を付けてしまったのだ。元が弱過ぎるのでこれで普通の妖怪になった程度だが、短時間でここまでランクアップするのは稀である。
「・・・それにしても・・・。」
パルスィは、小さな笑いが起こる場からふと空を見上げ、その光景を見て気持ちが後ろ向きになる。
空が鉄の蓋で塞がれ昼間なのに薄暗く見える幻想郷。あちこちで光跡が飛び交い閃光が走るこの状況に世界の終焉を想像してしまう。
ここでの小さな勝利に何の意味があるのだろうか?