東方不死死 第64章 「ならず者の品格」
幻想郷の空を覆い隠す巨大な鋼鉄の塊、八意永琳が設計した防御に特化した浮遊要塞に対して攻撃を行った風見幽香は、幻想郷全体に大きな衝撃を与え、裏で暗躍する各勢力の計画にズレを生じさせた事を自覚していた。
異変の裏で何かを目論む八雲紫や上白沢慧音などにとっては予定外、予想外のズレであったが、妹紅にとっては理想的な展開であり、これは藤原妹紅に完全に協力する立場を取った事を意味する。
風見幽香はこの異変の特殊性をいち早く見抜き、各方面への義理立て放棄し妹紅個人に協力した。
その特殊性とは、異変の起点になっている藤原妹紅に内包されている不死鳥が転生することによって起こる破壊の後に、再生という相反する力が生じる事である。
この異変は、妹紅が幻想郷の隠された秘密に触れた事で、そこに山積する様々な問題を正常に導こうという意志が働いて、当初予定されたものとは形を変えて進み始めている。その力に乗っかる事で、破壊と再生の力のおこぼれを貰う事が出来るというわけである。
理想的な形で異変を終息させるには、妹紅に勝たせる事が必要であり、幻想郷を正道に導く事こそが、敗北へ追いやる古い友人達への義理立てになると考えての幽香の選択であった。
風見幽香は一旦壊す事でその後再生されるという力をいち早く見抜き、その力を個人的な問題、配下の死神エリーの問題の解決に利用し見事結果を出す事に成功していた。
「エリーは上手くやっているかしら・・・。」
現時点で死神エリーがどうなっているか具体的な事は何も知らない幽香であったが、彼女の問題が解決することは確信していた。
風見幽香は久しぶりに全力を出した清々しい余韻に浸りつつ、異変はまだ始まったばかりで次の出番はまだ先と見て、一旦老人と子供以外全て出払った里に戻って休憩をとる事にした。
「ちょ、幽香さん!本当にいいんですか?」
「大丈夫よ!里は空っぽだし、お店もやってないんだから、ミスチー貴女が店員やってよ。」
里には周辺の人間と友好的な妖怪の一部が避難して集まっており、その中に屋台の出店を世話したミスティア・ローレライを見つけた風見幽香は、彼女の首根っこを掴んでそのまま一軒の飲み屋に連れ込んでしまう。
「これは、泥棒ですよ!」
「妖怪の癖に人間みたいなこと言わないの!」
「いや、妖怪だって泥棒はダメですって!それに、里とは仲良くしておかないと仕入れとかで・・・。」
屋台を営むミスティア・ローレライ愛称ミスチーは、屋台の看板商品である八つ目鰻の調達はともかく、調味料や料理用器材、炭などは里から調達しているので、里の業者とは仲良くしておきたいので問題は起こしたくないのだ。
それらの調達場所の候補としては関所跡やマヨヒガなどもあったが、とある事情でそれが出来ないでいた。
ミスティア・ローレライは幻想郷入り当時は凶暴な妖怪で、人喰いもする危険妖怪として名が通っていたが、博麗大結界以後の幻想郷平和政策に切り替わる際、生き方の選択を迫られた。ミスティア以外にも大勢いた凶悪妖怪達も生き方を変えなければ討伐される事になり、人喰いを止められない者は東側に移住し、幻想郷のルールに従う者は西に移り住んだ。ミスティアはこの当時既に風見幽香に破れて更生させられていたので、引き続き里周辺の彼女の目の届く場所におかれ現在に至っている。
生き方を変えた事で昔と大きく変わってしまったミスティアとしては、昔の強面っぷりを知る西側の者に人間の様に振る舞う今のこの姿を見られるのが何となく恥ずかしいという心情があり、あまり西側に顔を出したくはないのだ。
「あんた昔とずいぶん変わったわねー。」
ミスティアの昔の強面ぶりを知るものの、そんな彼女を力でねじ伏せ人喰いを止めさせた幽香は、昔を思い出ししみじみと語りつつ、ミスチーをカウンターの向こうに押し込み酒を出せと要求する。もはやこれまでと覚悟を決めたミスティアは、他人の店の棚から適当に一升瓶を出し栓を抜いてカウンターの席に座っている幽香に酒を注いだコップを差し出す。
「ミスチーも屋台じゃなく何れはこういう店持ちたいでしょ?今の内に色々勉強しておきなさい。」
「そりゃーお店は欲しいですけど・・・すぐには無理ですよ。」
「なら、今だけでも酒場の女将さん気分を楽しんだら?」
「お、女将さん?あはは、あー!だったら着替え来ればよかったかなー・・・あはは。」
女将さんなどと言われて満更でもなくその気になる屋台の主人。妖怪は単純で扱いやすいと、自分の単純さを棚に上げる幽香。
そんな人気の全くない里の更に人が居ない妖怪2人だけのしかも昼間の暖簾の出ていない酒処の戸を開く音がする。
「あ、いらっしゃい!」
条件反射で客に声を掛ける若女将は、入ってきた客の持ち物にぎょっとして声を失う。その大きな鎌を持った綺麗な衣装の女性は疲れたような顔のまま店内に入ってきて幽香の隣に座る。
「あら、エリー?どうやら上手くいったようね。」
「もう!幽香ちゃんったら、先に言ってくれればいいのに!プンプン」
「ごめん、ごめん!で、どうやってリセットしたの?教えなさいよ!」
「え?どうやってって・・・あれって幽香ちゃんが仕込んだんじゃないの?」
「私が知ってるのは、今のエリーになるだけで、その過程がどうなったかなんて知らないわ。」
「じゃーあの魂魄妖夢って娘が死神の天敵だって知ってて仕組んだんじゃなかったの?」
「死神の天敵?あーなるほど、だから西行寺幽々子の従者でいられるのか・・・。」
「ずるーい!幽香ちゃんだけ納得してー!私にも教えてよー!」
目の前で2人の女性が親しく話している。エリーと呼ばれる女性はミスティアも初めて見る顔で、こうも最強の妖怪と親しく話しているのを見るにつけ、大物だろうとは予測できるものの、話し方などに威厳が無さ過ぎてどう対応していいのかわからない。
「分かった、分かった。ミスチー、エリーにもお酒を。」
「あ、はい!すみません気付かなくて・・・。」
幽香の前ではいい子になるエリーだが、他所ではそうはいかない。しかし、エリーを強くしている要素が全てリセットされた事で、今のエリーは以前よりだいぶ弱くなっている。とは言っても今の状態でも、そこらの妖怪が敵う相手ではないが・・・。
風見幽香は藤原妹紅が起点となる運命連鎖の法則をエリーに教え、異変の結末を予想して見せる。
「なるほど~、そういう力が背景にあるのねー。私はてっきり妖夢ちゃんの力を知ってて幽香ちゃんに会わされたと思っていたわ。」
「私だってあの娘の具体的な性能は知らなかったわ。ただ、あの娘は既に妹紅に見いだされて勝ち組にいたし、彼女を経由して妹紅に繋がれば必ず貴女の問題も解決出来ると思ったのよ。」
「その藤原とかいうのと繋がった幽香ちゃんを経由じゃ解決できなかったの?」
「私とエリーは近すぎてダメよ。再生は可能でもその前に破壊が起こらないわ。最初にぶっ壊す!これがミソなのよ。」
「なるほどー破壊と再生はセットなのね。そういえば確かにあの時、私はあそこで一回死んだみたいなものだったわね。」
妖夢との決闘は完全にエリーが敗北していた。
「エリーに殺しをさせなければそれ以上に強くならずに済むのだけど、そうもいかないし・・・。」
殺せば殺すほど強くなるエリーは、幽香の当事者以外理解できない独り言を聞いて、おもむろに死神通帳を取り出し魂(クレジット)の残高を確かめる。先程妖夢に見せた時は残高がゼロだったが、今は少し増えていた。
「こんな時でも、幻想郷に人が流れてくるのね・・・。」
「このタイミングなら、奇跡的に人間の集団に助けてもらえるかもね。」
死神エリーには幻想郷にとって非常に大きな役割があった。それは、本来結界で容易に幻想郷に入れない人間をデスノートを使って送り込ませて妖怪の餌にするという役目である。
デスノートには、世界中に存在する各国の沢山の『人名』と、幻想郷東部から幻想郷入りして妖怪に喰われて死ぬという『死因』が書き込まれている。そして、幻想郷にあまり沢山入りこまないように幾つかの条件を付与して、年間150~250人程度に収める様に工夫しているのだ。
これによって幻想郷に年間数百人の人間が幻想郷に迷い込み、東側の人喰い妖怪の餌となっているのである。
「まぁ、何にしても、おめでとうエリー。」
「うふ、ありがとう幽香ちゃん!」
コップ鳴らし、改めて乾杯する2人の妖怪だった。
藤原妹紅は風見幽香の盛大な花火の一部始終を間近で目撃し、改めて風見幽香の凄さに感服した。
彼女と一対一で戦えば勝てる自信はあるが、山や海と喧嘩をして勝てるかと言えば妹紅にも他の者にも到底無理である。しかし、自然の力を操れる風見幽香だけは自然を制する事が出来、更には傷ついた大地さえ癒す力も持っているのだ。強さには次元があり幽香の強さは惑星規模のスケールで、他者の強さとは根本的に違うのである。
いつの間にか横にいたフランドール・スカーレットが、恐る恐る妹紅の袖に手を伸ばしてくる。先程は遠慮なく腰に抱きついていたが、今は明らかに遠慮している様子である。
「怖かったか?」
口では何も言わず首を大きく横に振って否定するが、虚勢を張っての事だとすぐにわかった妹紅。袖をつまむ手の微妙な仕草から先程とは違う感情が芽生えている事に気付く。妹紅はそれが恐怖ではなく畏怖だという事を見抜き、フランドールはこの一連の出来事の中でまた一つ成長した事を感じた。彼女は今後どんどん心が成長していくことだろう。
「いい?あの怖いおばさんには絶対に喧嘩売るんじゃないぞ?」
妹紅はそう言ってフランドールの頭に手を乗せ砕けた表情を見せる。その妹紅の笑顔を見て安心したのかガバッと抱きついて来るフランドール。何だかんだと言ってもまだ子供である。余程怖い思いをしたのだろう。
「フラン、力というのは使い方だ。あのおばさんは何時だって世界をぶっこわせる力を持っている。でも、そんな力を持っていても普段は使わない。こういう時だから特別に使ったんだ。お前の破壊する力だって同じ。使いどころさえ間違えなければ何も問題なんてないんだ。」
「私の力は使っていい力なの?」
あれ以来力を使っていないフランドール。力を封じた事で周囲の目から恐れが消え、たくさんの友達が出来た。だからフランドールは大切なものを失わない為に力を封印したのである。
「フランの力は目に見える形のあるモノを壊す力じゃない。フラン自身がやっているように、心の中の悪いものを壊すものなのさ。これは誰にも出来る事じゃない。フランにしか出来ない事だ。」
「私だけの力?」
「そう。心に巣くう悪者がいるヤツが他にもいるかもしれないだろ?それを壊す事が出来ればそれは誰かを助ける良い力ということだ。」
目に見えない精神的な疾患を偽物化して破壊出来る様になったフランは、住む世界が変われば万病を治す奇跡の少女となっていたかもしれない。
「私に出来るかな?」
「それはフラン次第さ。苦しみを取り除いて助けたいと思う優しい心があれば自然に出来るよ。」
「私、もう誰も壊したくない・・・でも、私と同じ人がいるならがんばって助けたい!」
「フランは優しい子だ。きっと出来るさ。」
嬉しそうにニッコリと微笑むフランドール。凶暴なフランドールの姿を知る妹紅にとって、ここにいるフランドールは全くの別人に見える。自分に関わった事で、この吸血鬼の少女にも何か異変の役割が与えられたかもしれないが、考えて見ると彼女は異変が起こる前に因縁が生じているので今回の異変との関係は未知数である。
「さて・・・。」
異変はまだ始まったばかり。妹紅は、次のターゲットを紅魔館に設定した。
その心の切替と同時にニコニコしていたフランドールの顔が何者かの接近を感じ真顔に戻り警戒する。それを見て妹紅もゆるんだ顔を引き締める。
「藤原妹紅!」
こちらに接近してきたのは八雲紫の式、九尾の八雲藍だった。
「やってくれたな藤原妹紅。おかげでこちらは大変だったんだぞ。」
フランドールに一瞥だけいれた藍は、妹紅と正対しほんの少し悔しさを含ませ冗談気味に話しかける。
「私じゃない。あれは幽香だ。」
「2人で示し合わせてやったのだろう?」
「私が攻撃しているのをあいつは利用したんだ。こっちもいい迷惑だ。あいつ絶対怪我治ってるだろう?」
妹紅は敢えて別行動だと主張し、藍はそう言う事にしておこうという顔をする。
「怪我が治っていれば、恐らく破壊出来ただろうな・・・で、幽香は?」
「さぁ?」
藍は妹紅と幽香の仲が良い事は知っており、あの攻撃に妹紅が関係しているのではないかと予想するが、何の目的であのようなパフォーマンスを見せたのかは流石に理解出来なかった。恐らく一人の妖怪、妖術使いとしての矜持を満たしたいという個人的な欲求が双方に働いて利害が一致したのだろうと思われる。
実際は、二人の計画的な犯行であり、要塞の内部圧力を外に逃がすためにパージを起こさせる事で、それを藍が察知する為には、情報が絶対的に少なかった。
この要塞を設計した八意永琳は、地上の民に要塞をパージさせるほどの力が無いと最初から決めつけていたというのもあるが、内部構造等は機密扱いで八雲紫や藍には構造上の弱点とも言える部分は教えていなかったのである。
異変前にだいたいの大きさを知らせる目的で、永琳はてゐ経由で妹紅に設計図を送っている。これは先日の決戦のささやかなお礼の意味合いが多く、当然ながら機密情報を報せる為にやった事ではない。端から理解出来ないという算段があっての情報提供だった。
永琳の誤算は、初めて見るものでもその使い方が分かる能力を持った存在が幻想郷にいる事を知らなかった事である。永琳はこれまで地球上に住む存在は全てゴミとしか見ておらず、当然、誰がどんな能力を持っているかなど知ろうともしなかったのである。
「そろそろ時間だ。会議に来てくれないか?」
「もしかして私待ちか?」
「そいうことだ。」
「すまん。直ぐに行く。」
妹紅の言葉を受けて、藍は頷いて先に動き先導役を務める。それはまるで要人を警護するかのようにである。
「・・・何かあったの?」
藍のずいぶんと控えめな『らしくない』態度が気になり、率直に質問するフランドールと手を繋いで飛んでいる妹紅。
「その娘の姉が予想以上にお子様でな・・・。」
「レミリア・スカーレットがか?お子様の躾はお前等の役目じゃないのか?」
「・・・躾か・・・お前は上手く手なずけたようだな。」
そう言ってフランドール見る藍。
「フランと私の事をお前等に言われる筋合いはないぞ?」
「何故?」
フランドールと妹紅が仲良くしている事に自分達が関わっている様な事を言う妹紅に言葉に関心を示した藍は背を向けて飛んでいる姿勢からくるりと回転して妹紅と正対して後ろに飛ぶ。
「お前等がやらかした不死人狩りで、フランと何度も戦うハメになったんだ。」
「そうだったのか。それはさぞ・・・。」
全てを破壊するフランドールとの戦闘は、単なる戦闘ではなく一方的に殺されるだけの虐殺ということは容易に想像出来き、流石に申し訳なくて言葉が詰まる。
「双方手詰まりとなれば和解しかないだろう?」
不毛な戦いを終わらせる為に和解するのは人の妖に関わらずよくある話しと、フランに更生を施した事は秘密にする妹紅。
「妹紅の粘り勝ちか・・・それは悪い事をしたな。」
「あんたが謝る事じゃないさ。」
「レミリア・スカーレットも誰かと本気で戦えばマシになるのかな・・・。」
飛行姿勢を戻した藍は誰に言うでもなくポツリと呟く。
「私が何とかしてやろうか?」
裏で吸血鬼側に荷担している妹紅としてはレミリアの孤立は、吸血鬼廃絶を企む紫に都合が良く、今後の事を考えても望ましくない。レミリアが今どんな状況かはわからないが、汚れ役なら自分が買うと藍に申し出てみる。
「いや、それには及ばない。時間もないしこれ以上面倒はご免だ。」
妹紅は拒否されるだろうと予測していたので藍の返答に特に落胆はなかったが、時間が無いという言葉が妹紅にある決断をさせた。
スキマ砲を失敗させるには射程外に要塞を移動させればいい。パージによる重力方向への加速でそれは十分だと思われるが、万全を期す為には出来るだけ調整出来る射角の限界ギリギリまで発射時間を遅らせた方がいいだろう。理想的なタイミングは、射程ギリギリで発射した直前にパージさせることである。風見幽香が言うようにこの異変が自分の思い通りに展開するものであれば必ずそのタイミングでパージが発生するはずである。
レミリアの教育がてら少し時間を稼いでやろうと、妹紅の頭の中にあるシナリオが思い浮かび、九尾の後ろ姿を見ながら露骨にニヤニヤと笑って後を追った。
会議は妹紅の登場で更に二転三転することになるが、これは行程が遅れた妖夢達への間接的な支援となった。妹紅にとって全て計算通りと思えるような展開になりつつあった。
正午が過ぎた紅魔館の会議室のバルコニーの扉が開き、九尾の藍が姿を見せる。
「藤原妹紅を連れて参りました。」
「御苦労様、席に戻っていいわよ。」
戻った藍の労ったのは主の八雲紫ではなく会議の主催レミリア・スカーレットだった。
一礼して藍が席に戻る後ろ姿を追いながらバルコニーから部屋に入る妹紅は、主催の声に幼さが残るものの堂々とした威厳のある姿を見て先程言った藍の言葉とは違う事に気付く。
「(ん?・・・まともじゃないか・・・。)」
しかし、窓から一歩会議室に足を踏み入れるとそこに存在するおかしな空気を直ぐに察知する。
正面にいるレミリアは両肘をテーブルについて両手の指を互い違いに組んでその合わせた拳越しに威厳たっぷりに妹紅を見ている。
その一方で、細長いテーブルにそれぞれ向き合って座っている幻想郷内外の錚々たるメンツが、中心のレミリアに対し無関心を装っているのだ。入る時に目が合った魔理沙もこちらを一瞥しただけで余所余所しく、直前にこの部屋で何かあったかのような印象である。
妹紅はこんな状況に既視感があった。自分の悪口で盛り上がっていた集団に知らずに近づいてしまい、気まずい空気が立ち込める、あの感覚である。
「(なるほど、ここに来る前に私の悪口を散々言ってたのか・・・それは気まずいだろう。)」
自分の悪口を散々聞かされた参加者面々に同情する妹紅は、その悪口に誰も反論せずただ黙って聞いていた事も容易に想像出来た。その事に腹を立てる事は無かったが、参加者の精神的な結束が皆無であることがその様子からよく分かり、それが無性に腹立たしかった。
幽香の攻撃が終息した後、藍が妹紅を呼びに行き、それ以外がバルコニーから会議室に戻り、今後の予定についてもう一度打ち合わせを行ったわけだが、場を必死に仕切ろうとするレミリアのリーダーとしての資質は既に地に堕ちており、誰も耳を傾けず皆八雲紫の言葉に耳を傾けていた。
露骨に無視され気分を害したレミリアが盛大にヘソを曲げて今度は会議の妨害にかかり、それを紫がなだめて副官の様な立場をとって、指揮官である彼女に一々決裁を求める気遣いを見せて、そこでようやく機嫌を戻す。その後、調子に乗ったレミリアは、風見幽香の力を素直に凄いと認めつつも結局攻撃は失敗した事を殊更強調して会議の重要性、強いては指揮官である自分自身の有能さをアピールする始末。挙げ句の果てに、何の役にもたっていないと決めつけた藤原妹紅を執拗にこき下ろし、これ以上ない罵詈雑言で責め続けたのである。
妹紅無しでは幽香の攻撃もないと見破った八意永琳以外は、幽香のインパクトが強過ぎて妹紅の存在感を薄く、株が急上昇した幽香の怪我の原因が妹紅というのもあってマイナス要因となり、レミリアの口撃に対して誰も妹紅を弁護出来なかったのである。
魔理沙が妹紅と目が合って微妙な顔をしたのも直前までその話題が上がっていたからで、敬愛する妹紅の弁護をすれば今度は自分が攻撃されると分かっていたので言われるがままになっていたのだ。そして、当人を前にしてその後ろめたさを感じて先程のような態度をとっていたというわけである。気持ちは痛い程分かる妹紅。
「ようこそ私が主催する異変の主役藤原妹紅。遅刻だけど風見幽香の祝砲に免じて許してあげるわ。」
明らかに相手を下に見た物言いをするレミリア・スカーレット。
レミリアに関して事前に予備知識が与えられていなければ妹紅は今の言葉でキレて血の雨が降ったかもしれないが、藍のおかげで妹紅は驚く程冷静でいられた。
妹紅は主に傅く十六夜咲夜に目を向けるが彼女は下を向いたまま微動だにしなかった。もう一人の紅魔館の要人、主の親友パチュリーは、会議再開時にレミリアの前から真ん中の西行寺幽々子の席の正面に座って分厚い本を開いたまま我関せずとばかり会議そのものを無視しているようだった。
藍が言うように予想以上にお子様だったレミリアに彼女らもどうする事も出来なかったということか。
妹紅はポケットに手を突っ込んでだらっとした姿勢でやる気の無い顔を会議の主催に向ける。
自分が今からやろうとする企みにこの状況は好都合で、せいぜい利用させてもらうつもりである。
「不死身しか能がない貴女にぴったりの役目を与えてあげたけど、気に入っていただけたかしら?」
「新聞の事?」
「ええ、そうよ。のろまで使えないお荷物の貴女が、唯一幻想郷に貢献できるのが自己犠牲。罪深い貴女の罪を濯げるチャンスよ。そのチャンスを与えてあげた私にせいぜい感謝しなさい。」
レミリアの尊大で無礼極まりない台詞を受けて周囲からかすかなざわめきが起こる。いくらなんでもこの台詞は同士に対する言葉ではない。レミリアの非礼もそうだが、妹紅がこの仕打ちに耐えられるか、そっちの方が心配になる。
最初から冷めた態度で望んでいたせいか、妹紅にはレミリアの態度が三文役者の下手な演技に見えてしまい、また、蔑まされる事にも慣れているせいもあり不思議と憤りを感じず、時間を稼ぎたい妹紅としてはこの状況はむしろ大歓迎だった。
このお子様レミリアの態度は許せないものがあり躾が必要である。しかし、妹紅にはもっと許せない事があった。それは、この会議に参加し異変の裏で繋がっておきながら、同士としての役割を放棄して傍観している彼らの態度である。
周囲の態度に腑が煮えくりかえる妹紅は、それを表に出さずふざけた顔でレミリアに応じ、時間稼ぎの計画を実行に移す。
「自爆の事だったら私はパスするわ。」
「・・・え?」
その妹紅のあっけらかんとした答えに会議の参加者全員が一瞬耳を疑い、場に不穏な空気が立ちこめる。妹紅なくして成り立たないこの計画で妹紅が抜けたらそこで終わりである。しかし、皆は、それは戯れ言だろうと重く受け止めていなかった。
「も、もう一度言うけど、貴女は不死鳥の力を使って幻想郷を救うのよ。」
藤原妹紅は異変に参加している同志である。断る事など出来ないはずである。しかし、少し言い過ぎたのが原因でヘソを曲げたのかと思ったレミリアは、同じ内容の言葉を先程よりだいぶ柔らかくして告げた。
「お断りするわ。」
レミリアの口調に合わせ挑発する妹紅。
「な、何故よ!」
レミリアだけでなく、会議の参加者に緊張が走った。
「何で私が自爆しなければならないの?」
妹紅頼みのこの異変においては彼女の了承を取り付けている事は大前提である。しかし、実際に妹紅と交渉したのは八雲紫で、他の賛同者と事前に顔合わせをして契約書にサインをしたわけではない。この妹紅の台詞だけだと、八雲紫との間で約束をとり付けていないのではないかという疑問が関係者の間に沸き起こる。
「だったら、何故ここに来たの?私の召集に応じたからここに来たのでしょう?つまりそれは私の提案に乗るということではなくて?」
「いや、私は迷子を届けにきただけだ。」
異変は他人事の様に後ろに隠れているフランドールを前に引っ張り出す妹紅。
「ふ、フラン!何で貴女がそこに・・・!?」
意外な組み合わせにレミリア以外からも驚きを示すどよめきが起こる。
「それじゃー皆さん、異変頑張ってね。」
妹紅はそう言って自分無しで成り立たない作戦と知りつつ、心にもない応援して踵を返す。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
妹紅はレミリアの制止を無視してそのまま窓際に移動する。
「ま、待って!」
予想外の妹紅の行動にレミリアは思わず腰を浮かせて左手をテーブルについて右手を差し出し、前屈みになって待つよう叫んだ。
彼女のこの言葉はこれまでの体裁を整えようとする綺麗事ではなく心からの叫び声だった。
妹紅はようやく心に響いたその言葉に歩みを強制に止められて振り向く。子供といっても流石は吸血鬼王の娘、本心から出る言霊の威力は凄まじい。
「幻想郷がどうなってもいいの?無くなってしまうのよ?」
「・・・それがどうしたの?」
キョトンとして答える妹紅。
「どうって、全て滅んでしまうのよ?」
「だから、それがどうしたっていうのよ?」
「な!」
ここでレミリアはようやく気付いた。殺しても死なない、死ねない存在にとって滅び、つまり『死』とは必ずしもネガティブではないのだ。生きている事そのものがネガティブと考えるなら、この異変は妹紅にとって願ってもない事ではないか?
「私は永久に死ねないのよ?でも、世界がなくなればもしかしたら死ねるかもしれないでしょ?こんな機会滅多にあることじゃないわ。」
妹紅はこちらを注視する参加者に邪悪な笑みを浮かべて見せる。その顔には『まんまと引っかかったな!馬鹿め!』と、はっきりと描いているかのようである。
会議の参加者は妹紅の言葉を聴いて『騙された?!』のではないかと愕然とした。
八雲紫は、この妹紅の態度は、無礼なレミリアに対する仕返しの様なもので、一連の異変不参加の意思表示は戯れ言と受け止めていた。しかし、『死』という選択肢は死ねない妹紅にとって魅力的と捉えるのも一理あり、何でも言う事を聞くという最初の申し出は、異変を失敗させるための嘘だったのではないかと疑い始めてしまう。妹紅の邪悪な笑みはそう思わせるに充分過ぎる説得力があった。
策士である紫は、相手の策に嵌らない様何重にも深く思慮を巡らす。その策士としての性が思考をより複雑にして疑心暗鬼の深みに嵌る。
この疑心暗鬼は何も紫に限った事ではなく参加者全員同じ思いで、何とも言い難い重苦しい空気が立ち込める。レミリアも適当な説得の言葉が見つからずに何も言えなくなっていた。紫でさえ疑心暗鬼になるのだから、呪われた10歳の未熟なレミリアに妹紅を説得できる言葉が見いだせないのは当然だった。
妹紅はいい感じになってきたと心のなかでほくそ笑みながら表情はうすら笑みを浮かべる。この表情が普通に笑っている様に見えたのか氷の妖精チルノが無警戒に近づいてくる。妹紅はそんなチルノの頭を面白そうにポンポンと撫でる。
誰も何も口に出来ず重苦しい空気が更に重くのしかかり時間はどんどんと過ぎて行く。充分に時間が稼げている事を確認し、引き続き時間稼ぎを続ける。
「・・・本当は協力する為にここに来た・・・。」
「え?」
急に態度を変え身の内を明かす妹紅に、レミリアはキツネにつままれた様な顔になった後、表情を少し明るくする。
「でも、気が変わった。」
それを聞いてまた青くなるレミリア。
「な、何故?何が原因なの?何か気に入らない事があるというのなら改善させるわ。」
妹紅の不満を解消すればこちらの提案に応じるという希望が見え、先程までの無礼な振る舞いを棚に上げて急に下手に出るレミリア。その浅ましい姿に皆失望する。どう考えても妹紅の参加意志を萎えさせたのは、レミリア自身の無礼な振る舞いではないか!
その皆の予測は見事に的中した。
「レミリア・スカーレット。お前のその態度が気にくわない。だから、自爆はしてあげない。」
妹紅は言い終えると邪悪な顔になって舌を出してレミリアを嘲笑う。
「な!気にくわないって・・・。」
レミリアは頭が真っ白になって思わずその姿勢のまま立ち尽くす。
周囲の目が一人の少女に集まり、その視線に気付いたレミリアは必死に自身の正当性を訴え自画自賛の美辞麗句を並べ立てる。立て板に水を流す様に虚栄心を吐き出し続け、やがてその全てが出尽くす。そして空っぽになった心に残ったのは猛烈な反省の念だった。
妹紅に対してだけではない。会議が始まってからここに至るまでの全てが反省材料だった。
ここまで何とか100点中90点で乗り切っていると謙虚に思い込んでいた。そうではない。最初から最後までずっと0点にも満たないマイナスだったのだ。
自分が気に入らないと言う簡単で純粋な理由の一言で、妄想から現実に叩き落とされたレミリアに、もはや異変を仕切る能力も資格もなくなっていた。
既にその資質も資格もないことを理解しつつレミリアの面倒をみていた八雲紫が、妹紅との関係が不透明なこの状況で、最初に交わした約束が今も有効であるかどうかという確認の意味を込めて、地に堕ちた指揮官に助け船を出す。
「レミリア・スカーレットはまだ10歳、自分が幻想郷の運命を握った事で少し調子に乗ってしまっただけ。ここは堪えてもらえないかしら?」
八雲紫の腹の中が透けて見えた妹紅は、次のターゲットをこの小賢しいスキマ妖怪に向ける。
「調子づかせたお前等もはっきり言って気にくわない。何が会議だ。皆自分の事しか考えず、好き勝手やりやがって。10歳の子供だ?人間の里じゃ10歳になったら大人だ。女はみんな嫁に行くんだぞ!年齢を言い訳にするならババアはとっとと隠居してろ!」
「も、妹紅・・・。」
鬼の形相で妹紅から睨み付けられた紫は思わず我が目を疑った。憎しみに満ちた表情は約束を取り交わした時の妹紅とはまるで別人だった。
「私にも大切な友達がいる。だから助けてやりたい気持ちもある。だが、それと同時に死にたいという気持ちも同じくらいある。このチャンスを逃したらもう死ねないかもしれないんだ。でも、それを曲げてここに来てやった。なのに・・・お前等見てたら急にやる気が失せた。救う価値もない。お前等は滅んで当然だ!」
妹紅は吐き捨てて唾を目の前のテーブルに吐き捨てる。会議の参加者全員が妹紅の憤怒に尻込みした。心のどこかでこれは演技だろうと思っている者も流石にこの妹紅を見て明確な危機感を持ち始めていた。
妹紅の右側で頭を撫でられているチルノが、左側でちょいと妹紅のワイシャツを摘んでいるフランドールと目が合う。場の空気を全く読めないチルノは、しばらくフランドールを見つめた後えへへと笑う。それを受けてフランドールもつられてこの馬鹿な妖精に思わず苦笑いして見せる。これがチルノとフランドールの出会いで、以後2人は紅魔館周辺でよく遊ぶようになるが、これはまた別の話である。
パチュリーはそんな微笑ましい光景を尻目に、怒り狂う妹紅を信じて疑ってはいなかった。
先日の紅魔館前の死闘で激昂して我を忘れた妹紅を間近で見ているパチュリーは、この目の前にいる妹紅が感情に流され暴走している状態ではない事がすぐに見て取れ、意図は不明だが演技であることは見抜けた。
十六夜咲夜も妹紅に対して既に心中する覚悟が出来ており、それはここに至っても全く揺らいでいなかった。
この妹紅のパフォーマンスで精神的に追いつめられた参加者達は、この後、妹紅を信頼し切った紅魔館側の反撃受ける事になる。
妹紅は両隣にいるフランドールとチルノの手を握らせると、静かになった会議室のテーブルにひょいと跳び乗る。
白く美しい艶のあるシルクのテーブルクロスに土足のまま乗った妹紅は、ズカズカと大股で歩いて各自の席の前の置かれたティーカップを大きく跳ね上げ、陶器独特の乾いた音を鳴らし、カップからこぼれた薄紅色の液体が白いテーブルクロスに足跡を残す。
それは明かなマナー違反で失礼極まりない糾弾されても文句も言えない行為であるが、誰一人口に出して抗議せず、ただその一挙手一投足を固唾を飲んで注目するだけである。皆この場を妹紅が支配している事を理解しているのだ。
無人の野を行くが如く、誰にも邪魔されずテーブルの端から端に渡り切った妹紅。
「お前、運命を操れるんだろ?だったら私がお前等に協力する様に運命を変えてみろ?そうすりゃー私の都合なんざ関係なく異変を進められる。そうだろう?」
レミリアは妹紅に待つように言った時に腰を跳ね上げたままの立った姿勢で、妹紅はその前にしゃがんでレミリアの視線の高さに合わせて覗き込む。妹紅の迫力に完全に呑まれてしまったレミリア。この状態ではまともに話しもできないだろう。崩れ去ったプライドを立て直し持ち直す為の時間が少し必要だと感じた妹紅は、時間稼ぎも含め次の段階に移る。
「(レミリア、そこでしばらく私のやることを見ていろ。お前は一人じゃない。)」
妹紅は心情とは裏腹に、悪者としての自分を強調させるために、レミリアの控えめで品のあるドレスに胸くそ悪そうに唾を吐きつけて汚す。それでも自分を責めない周囲に腹が立ち、来た道を同じように戻って窓際に近い魔理沙の前で止まる。
「よぉ魔理沙。お前はここで何をしてる?」
「な、何って、幻想郷を守りたいから・・・。」
先日会った時とは別人の様な柄の悪い妹紅にたじろぐ魔理沙。しかし、この妹紅には何故か既視感があり、思い返すと不死人狩りで指名手配された藤原妹紅との初対戦がこんな感じではなかっただろうか?何故かここにいる妹紅もとても妹紅らしく見えてしまう魔理沙。
「本当か?ただ、目立ちたいだけじゃないのか?」
あまり絡むと可哀相だと思った妹紅は、そう決めつけて魔理沙の反論は聞かずにレミリアのいる奥の方に一歩進む。そして魔理沙の隣の小町を通り過ぎて四季映姫の前で止まり見下ろし睨み付ける。
「よぉチビ!閻魔如きが何を偉そうにしている?ここはお前如きが来る場所じゃないぞ?」
閻魔をチビ呼ばわりする妹紅の言葉を聞いて周囲が腰を抜かす程驚くが、死に見放された妹紅にとって閻魔は全く縁のない存在であり、さらに妹紅は四季映姫よりもだいぶ年上なので、下手に出る必要も全くない。
お地蔵様だった時代を含めてもだいぶ年下の四季映姫は真っ直ぐ先輩の妹紅を見上げて答える。
「私にとって幻想郷こそが自分の存在に意味を与えてくれる唯一の場所です。その地が消えてしまうことは自分の存在が失われる事と同じ。救いたいと思ったからこそ自分に出来る事はなくとも馳せ参じました。誰にも文句を言われる筋合いはありません。」
無礼な妹紅に対しても毅然と答える閻魔。この礼儀正しい態度こそが無礼な妹紅に対する最大の反撃のつもりなのだろう。普段小うるさい閻魔もこういう時だけは頼もしく思えるから不思議である。
「なるほど、お前の存在に意味は無くとも、その言葉はもっともだな。」
妹紅は閻魔の存在を全否定したが、一個人としての四季映姫の言葉は受入れた。そして、今度は後ろを向いて小町らの向かいの席にいた西行寺幽々子を見る。
「幻想郷には美味しいものがたくさんあるわ。それを失う事はとても悲しい事よ。」
幽々子は妹紅に問われる前に何故自分がここにいるかをその理由を楽しそうに述べる。
妹紅は鼻で笑ってもっともだと幽々子に同意し、更に奥に進んでパチュリーを無視してその正面の山の神様を向く。
「ここはもうすぐ消えて無くなる。とっとと諏訪に戻るんだ。」
「向こうにはもう我々の居場所はないし、幻想郷にも骨を埋めるつもりで来た。お前にとやかく言われる筋合いはない。」
ミシャクジ様である洩矢諏訪子が幼そうな姿とは裏腹に威厳たっぷりに妹紅に答える。妹紅は他の者とは違い、諏訪子に対して明らかに口調を緩めていた。これは神様に対する敬意の表れだろう。しかし、それは洩矢諏訪子にだけで、八坂神奈子には一瞥もくれず完全に無視していた。
妹紅はそのまま後ろを向いて奥に進み八意永琳の前に出る。
「お前等もそろそろ生き飽きただろ?私と一緒に死ぬか?」
「いいえ、まだまだやりたい事はたくさんあるわ。」
「別にここでなければならない理由はないだろ?とっとと月に帰れ。」
「愚問だわ。穢れを持ち月に戻れない私達にとって幻想郷は第二の故郷よ。」
「最初から死が存在しないお前等には死にたいなんて発想そのものがなかったか・・・。」
妹紅はそう言って、同じ蓬莱人といえど人間と宇宙人は別の生き物と区別させる。そして、一瞬隣のレイセンと目が合うが、何も言わずそのまま後ろの八雲紫・藍を向くが、幻想郷の創設者に何でここにいるかなど愚問なのでそのまま横を向いて霊夢に同じ質問をする。
この妹紅の一連の行動は、それぞれに対してはただの無礼な振る舞いにしか見えないが、その無礼な姿こそがレミリア・スカーレットがこれまでしてきた姿と同じである。
ここにきて参加者達に妹紅の意図が透けて見え始めていた。藤原妹紅は一連の行動を見せる事によって、レミリアに反省を促し皆が同じ目的の為に集まった同志であることを認識させようとしているのだ。これは、レミリアだけではなく参加した自分達に対しても同じである。
「霊夢、人間に関わろうとしないお前が何でここにいる?無常を知るお前なら滅びもまた趣があっておかしかろう?」
「確かに私には関係ないわね。でも、ただ飯喰らってそのまま死ぬのはイヤなのよ。妹紅と違って来世がある私には今生に借りを残して順番を遅らせたくないだけ。」
言われっぱなしの妹紅に対して唯一皮肉を込めて言い返す霊夢。それは霊夢がまだまだ子供だと世間に教えているような者で、妹紅には全く通用せず逆に哀れみの目を向けられる。
「お前・・・本当に来世があると思ってるのか?人の道を踏み外したお前に・・・。」
「な!」
その妹紅の言葉に思わず席を立って怒りを露わにする霊夢。今現在、人間の世界で共有される死生観は仏法を基準にしている。人の道を踏み外し死生観を違えた者がこの輪廻の枠組みに入れるはずがないというのが妹紅の主張で、それは最も過ぎて霊夢には反論の言葉が見当たらなかった。
巫女としての務めを放棄し人の道を外している事に自覚がある霊夢は、妹紅に対する効果的な反論の言葉が見いだせず、怒りで肩を震わせたままその場で立ち尽くす。
妹紅はそんな霊夢を鼻で笑いつつ、ここで話しを終わらせると霊夢が恥を掻いたままになるので、先程無視した、霊夢の袖を引いて座らせようとする紫に目を向け皆と同じ質問をして話題をそらす。妹紅の注文通り皆の注意が霊夢から紫に移る。
「幻想郷を創った本人に聞くのもなんだが、同じ質問をしよう。お前等はここで何をしている?」
妹紅がレミリアの更生を目論んでいると認識した紫は、演技と思われる敵視の目を向ける妹紅に対して、自信に満ちた威厳のある声で自分に与えられた役割を演じて見せる。
「幻想郷は我が子同然、親が子の危機を救うのは当然のことよ。」
「子を産んだ事がないお前に親の気持ちが分かるのか?」
「腹を痛めるだけが産みの苦しみではないわ。事ここに至るまでの苦しみは計り知れないもの。無から有を生み出しそれに責任を持つ事500年。これが失われるというのなら私も運命を共にするわ。」
「そんなに大切なものなのに、このゴミ屑に運命を預けるのか?」
レミリアの方は向かず指だけさす妹紅。
「背に腹は替えられない。大切な子の為なら恥も外聞も捨てるのが親というものよ。」
紫はレミリアを諭そうとする妹紅の調子に合わせて少し臭い演技をしてみせたが、それはただの演技ではなく本心から言葉だった。
自分一人で何でも出来ると思っていたレミリアであったが、妹紅にその自信とプライドの何もかもが破壊されてしまい、残ったか弱い少女としての心に、後悔と反省が容赦なくなだれ込んでいた。
「(咲夜!私はどうすればいいの?教えて!)」
妹紅が離れてから各々と問答を繰り返す中、レミリアは落ち着き無く背後の十六夜咲夜を伺って助け船を求めていた。誰にも頼らなかった彼女がここに来てようやく誰かを頼ろうとする行動を見せていた。
しかし、忠実な僕は下を向いたまま身動ぎもせず黙りを決め込んでおり一切レミリアに取り合わなかった。
今レミリアがしなければならないのは反省と謝罪である。助けを求めるまでもない事で、咲夜は主の心境の変化を知りつつも心を鬼にして無視していた。
妹紅のやろうとしていることを理解した咲夜としては、自分一人の力で全力で乗り越えなければならない問題であるし、その先にこそ心の成長があるのだとレミリアを突き放す。
援軍を得られなかったレミリアは、孤独の中で妹紅との間で行われているそれぞれの問答を心静かに聞き、自分自身と一対一で向き合っていた。
幻想郷を大事に思う言葉を聞くに付け、自分の口にした言葉や取ってきた行動の全てが彼らの心に痛みを与えてきた事に気付き、申し訳ないという思いと同時に、そこに気が回らなかった自分自身が悲しく思えてくる。
自分達だけでは解決出来ない問題を、他人が請け負い更に自分がその組織のリーダーに祭り上げられるという罠にどうして気が付かなかったのか悔しくてならない。
あの時どうすれば良かったのか?何て事はない皆と同じ目線で同士として振る舞えば良かったのだ。何故それが出来なかったのか?リーダーという甘い誘惑に簡単に堕ちた自分が情けない。
レミリアの様子が先程と大きく変わっている事は既に周知の事実で、参加者はレミリアの更生の為に藤原妹紅が人肌脱いだのだとの確信を得ていた。一見して粗野に見えるこの不死身の人間の懐の深さを皆思い知らされ、参加者の印象が180度変わっていた。
「(ありがとう、妹紅。)」
八雲紫は会議が平穏に進行し異変も滞りなく終息すると確信し、そこに導いた妹紅に心から感謝する。そしてこの思いは会議に参加した者全てに共通していた。
しかし、妹紅はそこで終わらせるつもりはなかった。
このまま行けば、レミリアは大人に叱られて泣きべそかいて逃げた無様な敗者であり、自分が過大に評価され、この異変を導く英雄的な存在に祭り上げられてしまう。
妹紅はあくまでレミリア・スカーレットという吸血鬼の少女が高いカリスマ性とリーダーシップを発揮して異変に挑むという構図を捨てておらず、そして自分はならず者で終わる事が理想だと決めていた。
レミリア・スカーレットは、両手をテーブルについたまま、妹紅の質問に答えを出している参加者の声を聞いていた。
何故こうなってしまったのか?どこで間違えてしまったのか?今何をすべきか?これからどうすべきなのか?自問自答しながら、レミリアは妹紅の質問の答えを探していた。
500年前、魅魔の掛けた強力な成長を止める呪いは、肉体だけではなく精神面にまでその効果が及び、長い人生の中で何度となく遭遇する成長局面が来る度に、自尊心を増幅させ思考を常に幼稚にさせた。精神的ストレスを膨れあがった自尊心で覆い、忘れてしまう事で心は常に平坦だった。
長く生きる妖怪の中にも行動が幼稚な者も多いが、それらは大抵社会性の無い単独妖怪で、自分の嫌いなもの気持ちの悪いものから逃げようとする動きをする。それらは、死ぬまで変わらず幼稚なままで、レミリアはそうした単独妖怪と同じで、自己を正当化するその幼稚な思考が、己を省みて失敗から学び糧とする事を妨げているのである。
レミリアは、会議にあたって様々な状況で自己正当化し、問題点は全て他人の所為にしてきた。妹紅にプライドをズタズタにされた後も、自分は悪くない。悪いのは八雲紫だと、いつも通り自分に言い訳をしていた。しかし、妹紅から引き出された他者の切実な声を直に聞いた今、後悔と謝罪の念が心の中を支配していた。
「(謝らなければ・・・例え許されないとしても・・・。)」
しかし、それを言葉にしようとすると何故か口に出来ない。誰かに口を塞がれた様に、言いたい言葉が喉の奥で止められてしまう。今度はそのもどかしさがストレスになると、全てを自己正当化しようと幼稚な自分が奥底から湧き出してくる。
いつもそうだ。家族とも言える存在には素直に言えるのに、紅魔館の外の者に何かを伝えようとしても、常に相手より高い位置に身を置いて、言いたくもない傲慢な台詞を口にしてしまう。そして口にして後悔して、取り繕って又同じ過ちを繰り返す。
博麗神社の博麗霊夢と和解し彼女と親密になろうと思っても、素直になれず相手が気分を害するような台詞ばかりが勝手に出てくるのだ。先程の妹紅の時もそうだった。
「(どうすればいいの?)」
レミリアはもう一度振り返って咲夜を見るが、結果は同じだった。
落胆、そして、絶望が訪れる。ついに目の前に妹紅が仁王立ちした。
忠実な僕も、親愛なる友も誰も助けてくれない。当然だ。自分は助けるに値しない主であり友人だからだ。
「(・・・おねえちゃん。)」
その時、自分を呼ぶ声が聞こえた様な気がして、見下ろす妹紅から視線を外し、仁王立ちの開いた脚の間から最も身近な唯一の存在を見つけた。
「(フラン・・・?)」
目が合ったフランドールは、この世の者とは思えない美しい大人びた微笑みを姉に贈った。
「(おねえちゃん・・・今助けてあげるね・・・。)」
「え?」
打ちひしがれたレミリアの継ぎ接ぎだらけの心は、その瞬間粉々に砕け散る。
それは再生の為に必要な破壊だった。
幻想郷の空を覆い隠す巨大な鋼鉄の塊、八意永琳が設計した防御に特化した浮遊要塞に対して攻撃を行った風見幽香は、幻想郷全体に大きな衝撃を与え、裏で暗躍する各勢力の計画にズレを生じさせた事を自覚していた。
異変の裏で何かを目論む八雲紫や上白沢慧音などにとっては予定外、予想外のズレであったが、妹紅にとっては理想的な展開であり、これは藤原妹紅に完全に協力する立場を取った事を意味する。
風見幽香はこの異変の特殊性をいち早く見抜き、各方面への義理立て放棄し妹紅個人に協力した。
その特殊性とは、異変の起点になっている藤原妹紅に内包されている不死鳥が転生することによって起こる破壊の後に、再生という相反する力が生じる事である。
この異変は、妹紅が幻想郷の隠された秘密に触れた事で、そこに山積する様々な問題を正常に導こうという意志が働いて、当初予定されたものとは形を変えて進み始めている。その力に乗っかる事で、破壊と再生の力のおこぼれを貰う事が出来るというわけである。
理想的な形で異変を終息させるには、妹紅に勝たせる事が必要であり、幻想郷を正道に導く事こそが、敗北へ追いやる古い友人達への義理立てになると考えての幽香の選択であった。
風見幽香は一旦壊す事でその後再生されるという力をいち早く見抜き、その力を個人的な問題、配下の死神エリーの問題の解決に利用し見事結果を出す事に成功していた。
「エリーは上手くやっているかしら・・・。」
現時点で死神エリーがどうなっているか具体的な事は何も知らない幽香であったが、彼女の問題が解決することは確信していた。
風見幽香は久しぶりに全力を出した清々しい余韻に浸りつつ、異変はまだ始まったばかりで次の出番はまだ先と見て、一旦老人と子供以外全て出払った里に戻って休憩をとる事にした。
「ちょ、幽香さん!本当にいいんですか?」
「大丈夫よ!里は空っぽだし、お店もやってないんだから、ミスチー貴女が店員やってよ。」
里には周辺の人間と友好的な妖怪の一部が避難して集まっており、その中に屋台の出店を世話したミスティア・ローレライを見つけた風見幽香は、彼女の首根っこを掴んでそのまま一軒の飲み屋に連れ込んでしまう。
「これは、泥棒ですよ!」
「妖怪の癖に人間みたいなこと言わないの!」
「いや、妖怪だって泥棒はダメですって!それに、里とは仲良くしておかないと仕入れとかで・・・。」
屋台を営むミスティア・ローレライ愛称ミスチーは、屋台の看板商品である八つ目鰻の調達はともかく、調味料や料理用器材、炭などは里から調達しているので、里の業者とは仲良くしておきたいので問題は起こしたくないのだ。
それらの調達場所の候補としては関所跡やマヨヒガなどもあったが、とある事情でそれが出来ないでいた。
ミスティア・ローレライは幻想郷入り当時は凶暴な妖怪で、人喰いもする危険妖怪として名が通っていたが、博麗大結界以後の幻想郷平和政策に切り替わる際、生き方の選択を迫られた。ミスティア以外にも大勢いた凶悪妖怪達も生き方を変えなければ討伐される事になり、人喰いを止められない者は東側に移住し、幻想郷のルールに従う者は西に移り住んだ。ミスティアはこの当時既に風見幽香に破れて更生させられていたので、引き続き里周辺の彼女の目の届く場所におかれ現在に至っている。
生き方を変えた事で昔と大きく変わってしまったミスティアとしては、昔の強面っぷりを知る西側の者に人間の様に振る舞う今のこの姿を見られるのが何となく恥ずかしいという心情があり、あまり西側に顔を出したくはないのだ。
「あんた昔とずいぶん変わったわねー。」
ミスティアの昔の強面ぶりを知るものの、そんな彼女を力でねじ伏せ人喰いを止めさせた幽香は、昔を思い出ししみじみと語りつつ、ミスチーをカウンターの向こうに押し込み酒を出せと要求する。もはやこれまでと覚悟を決めたミスティアは、他人の店の棚から適当に一升瓶を出し栓を抜いてカウンターの席に座っている幽香に酒を注いだコップを差し出す。
「ミスチーも屋台じゃなく何れはこういう店持ちたいでしょ?今の内に色々勉強しておきなさい。」
「そりゃーお店は欲しいですけど・・・すぐには無理ですよ。」
「なら、今だけでも酒場の女将さん気分を楽しんだら?」
「お、女将さん?あはは、あー!だったら着替え来ればよかったかなー・・・あはは。」
女将さんなどと言われて満更でもなくその気になる屋台の主人。妖怪は単純で扱いやすいと、自分の単純さを棚に上げる幽香。
そんな人気の全くない里の更に人が居ない妖怪2人だけのしかも昼間の暖簾の出ていない酒処の戸を開く音がする。
「あ、いらっしゃい!」
条件反射で客に声を掛ける若女将は、入ってきた客の持ち物にぎょっとして声を失う。その大きな鎌を持った綺麗な衣装の女性は疲れたような顔のまま店内に入ってきて幽香の隣に座る。
「あら、エリー?どうやら上手くいったようね。」
「もう!幽香ちゃんったら、先に言ってくれればいいのに!プンプン」
「ごめん、ごめん!で、どうやってリセットしたの?教えなさいよ!」
「え?どうやってって・・・あれって幽香ちゃんが仕込んだんじゃないの?」
「私が知ってるのは、今のエリーになるだけで、その過程がどうなったかなんて知らないわ。」
「じゃーあの魂魄妖夢って娘が死神の天敵だって知ってて仕組んだんじゃなかったの?」
「死神の天敵?あーなるほど、だから西行寺幽々子の従者でいられるのか・・・。」
「ずるーい!幽香ちゃんだけ納得してー!私にも教えてよー!」
目の前で2人の女性が親しく話している。エリーと呼ばれる女性はミスティアも初めて見る顔で、こうも最強の妖怪と親しく話しているのを見るにつけ、大物だろうとは予測できるものの、話し方などに威厳が無さ過ぎてどう対応していいのかわからない。
「分かった、分かった。ミスチー、エリーにもお酒を。」
「あ、はい!すみません気付かなくて・・・。」
幽香の前ではいい子になるエリーだが、他所ではそうはいかない。しかし、エリーを強くしている要素が全てリセットされた事で、今のエリーは以前よりだいぶ弱くなっている。とは言っても今の状態でも、そこらの妖怪が敵う相手ではないが・・・。
風見幽香は藤原妹紅が起点となる運命連鎖の法則をエリーに教え、異変の結末を予想して見せる。
「なるほど~、そういう力が背景にあるのねー。私はてっきり妖夢ちゃんの力を知ってて幽香ちゃんに会わされたと思っていたわ。」
「私だってあの娘の具体的な性能は知らなかったわ。ただ、あの娘は既に妹紅に見いだされて勝ち組にいたし、彼女を経由して妹紅に繋がれば必ず貴女の問題も解決出来ると思ったのよ。」
「その藤原とかいうのと繋がった幽香ちゃんを経由じゃ解決できなかったの?」
「私とエリーは近すぎてダメよ。再生は可能でもその前に破壊が起こらないわ。最初にぶっ壊す!これがミソなのよ。」
「なるほどー破壊と再生はセットなのね。そういえば確かにあの時、私はあそこで一回死んだみたいなものだったわね。」
妖夢との決闘は完全にエリーが敗北していた。
「エリーに殺しをさせなければそれ以上に強くならずに済むのだけど、そうもいかないし・・・。」
殺せば殺すほど強くなるエリーは、幽香の当事者以外理解できない独り言を聞いて、おもむろに死神通帳を取り出し魂(クレジット)の残高を確かめる。先程妖夢に見せた時は残高がゼロだったが、今は少し増えていた。
「こんな時でも、幻想郷に人が流れてくるのね・・・。」
「このタイミングなら、奇跡的に人間の集団に助けてもらえるかもね。」
死神エリーには幻想郷にとって非常に大きな役割があった。それは、本来結界で容易に幻想郷に入れない人間をデスノートを使って送り込ませて妖怪の餌にするという役目である。
デスノートには、世界中に存在する各国の沢山の『人名』と、幻想郷東部から幻想郷入りして妖怪に喰われて死ぬという『死因』が書き込まれている。そして、幻想郷にあまり沢山入りこまないように幾つかの条件を付与して、年間150~250人程度に収める様に工夫しているのだ。
これによって幻想郷に年間数百人の人間が幻想郷に迷い込み、東側の人喰い妖怪の餌となっているのである。
「まぁ、何にしても、おめでとうエリー。」
「うふ、ありがとう幽香ちゃん!」
コップ鳴らし、改めて乾杯する2人の妖怪だった。
藤原妹紅は風見幽香の盛大な花火の一部始終を間近で目撃し、改めて風見幽香の凄さに感服した。
彼女と一対一で戦えば勝てる自信はあるが、山や海と喧嘩をして勝てるかと言えば妹紅にも他の者にも到底無理である。しかし、自然の力を操れる風見幽香だけは自然を制する事が出来、更には傷ついた大地さえ癒す力も持っているのだ。強さには次元があり幽香の強さは惑星規模のスケールで、他者の強さとは根本的に違うのである。
いつの間にか横にいたフランドール・スカーレットが、恐る恐る妹紅の袖に手を伸ばしてくる。先程は遠慮なく腰に抱きついていたが、今は明らかに遠慮している様子である。
「怖かったか?」
口では何も言わず首を大きく横に振って否定するが、虚勢を張っての事だとすぐにわかった妹紅。袖をつまむ手の微妙な仕草から先程とは違う感情が芽生えている事に気付く。妹紅はそれが恐怖ではなく畏怖だという事を見抜き、フランドールはこの一連の出来事の中でまた一つ成長した事を感じた。彼女は今後どんどん心が成長していくことだろう。
「いい?あの怖いおばさんには絶対に喧嘩売るんじゃないぞ?」
妹紅はそう言ってフランドールの頭に手を乗せ砕けた表情を見せる。その妹紅の笑顔を見て安心したのかガバッと抱きついて来るフランドール。何だかんだと言ってもまだ子供である。余程怖い思いをしたのだろう。
「フラン、力というのは使い方だ。あのおばさんは何時だって世界をぶっこわせる力を持っている。でも、そんな力を持っていても普段は使わない。こういう時だから特別に使ったんだ。お前の破壊する力だって同じ。使いどころさえ間違えなければ何も問題なんてないんだ。」
「私の力は使っていい力なの?」
あれ以来力を使っていないフランドール。力を封じた事で周囲の目から恐れが消え、たくさんの友達が出来た。だからフランドールは大切なものを失わない為に力を封印したのである。
「フランの力は目に見える形のあるモノを壊す力じゃない。フラン自身がやっているように、心の中の悪いものを壊すものなのさ。これは誰にも出来る事じゃない。フランにしか出来ない事だ。」
「私だけの力?」
「そう。心に巣くう悪者がいるヤツが他にもいるかもしれないだろ?それを壊す事が出来ればそれは誰かを助ける良い力ということだ。」
目に見えない精神的な疾患を偽物化して破壊出来る様になったフランは、住む世界が変われば万病を治す奇跡の少女となっていたかもしれない。
「私に出来るかな?」
「それはフラン次第さ。苦しみを取り除いて助けたいと思う優しい心があれば自然に出来るよ。」
「私、もう誰も壊したくない・・・でも、私と同じ人がいるならがんばって助けたい!」
「フランは優しい子だ。きっと出来るさ。」
嬉しそうにニッコリと微笑むフランドール。凶暴なフランドールの姿を知る妹紅にとって、ここにいるフランドールは全くの別人に見える。自分に関わった事で、この吸血鬼の少女にも何か異変の役割が与えられたかもしれないが、考えて見ると彼女は異変が起こる前に因縁が生じているので今回の異変との関係は未知数である。
「さて・・・。」
異変はまだ始まったばかり。妹紅は、次のターゲットを紅魔館に設定した。
その心の切替と同時にニコニコしていたフランドールの顔が何者かの接近を感じ真顔に戻り警戒する。それを見て妹紅もゆるんだ顔を引き締める。
「藤原妹紅!」
こちらに接近してきたのは八雲紫の式、九尾の八雲藍だった。
「やってくれたな藤原妹紅。おかげでこちらは大変だったんだぞ。」
フランドールに一瞥だけいれた藍は、妹紅と正対しほんの少し悔しさを含ませ冗談気味に話しかける。
「私じゃない。あれは幽香だ。」
「2人で示し合わせてやったのだろう?」
「私が攻撃しているのをあいつは利用したんだ。こっちもいい迷惑だ。あいつ絶対怪我治ってるだろう?」
妹紅は敢えて別行動だと主張し、藍はそう言う事にしておこうという顔をする。
「怪我が治っていれば、恐らく破壊出来ただろうな・・・で、幽香は?」
「さぁ?」
藍は妹紅と幽香の仲が良い事は知っており、あの攻撃に妹紅が関係しているのではないかと予想するが、何の目的であのようなパフォーマンスを見せたのかは流石に理解出来なかった。恐らく一人の妖怪、妖術使いとしての矜持を満たしたいという個人的な欲求が双方に働いて利害が一致したのだろうと思われる。
実際は、二人の計画的な犯行であり、要塞の内部圧力を外に逃がすためにパージを起こさせる事で、それを藍が察知する為には、情報が絶対的に少なかった。
この要塞を設計した八意永琳は、地上の民に要塞をパージさせるほどの力が無いと最初から決めつけていたというのもあるが、内部構造等は機密扱いで八雲紫や藍には構造上の弱点とも言える部分は教えていなかったのである。
異変前にだいたいの大きさを知らせる目的で、永琳はてゐ経由で妹紅に設計図を送っている。これは先日の決戦のささやかなお礼の意味合いが多く、当然ながら機密情報を報せる為にやった事ではない。端から理解出来ないという算段があっての情報提供だった。
永琳の誤算は、初めて見るものでもその使い方が分かる能力を持った存在が幻想郷にいる事を知らなかった事である。永琳はこれまで地球上に住む存在は全てゴミとしか見ておらず、当然、誰がどんな能力を持っているかなど知ろうともしなかったのである。
「そろそろ時間だ。会議に来てくれないか?」
「もしかして私待ちか?」
「そいうことだ。」
「すまん。直ぐに行く。」
妹紅の言葉を受けて、藍は頷いて先に動き先導役を務める。それはまるで要人を警護するかのようにである。
「・・・何かあったの?」
藍のずいぶんと控えめな『らしくない』態度が気になり、率直に質問するフランドールと手を繋いで飛んでいる妹紅。
「その娘の姉が予想以上にお子様でな・・・。」
「レミリア・スカーレットがか?お子様の躾はお前等の役目じゃないのか?」
「・・・躾か・・・お前は上手く手なずけたようだな。」
そう言ってフランドール見る藍。
「フランと私の事をお前等に言われる筋合いはないぞ?」
「何故?」
フランドールと妹紅が仲良くしている事に自分達が関わっている様な事を言う妹紅に言葉に関心を示した藍は背を向けて飛んでいる姿勢からくるりと回転して妹紅と正対して後ろに飛ぶ。
「お前等がやらかした不死人狩りで、フランと何度も戦うハメになったんだ。」
「そうだったのか。それはさぞ・・・。」
全てを破壊するフランドールとの戦闘は、単なる戦闘ではなく一方的に殺されるだけの虐殺ということは容易に想像出来き、流石に申し訳なくて言葉が詰まる。
「双方手詰まりとなれば和解しかないだろう?」
不毛な戦いを終わらせる為に和解するのは人の妖に関わらずよくある話しと、フランに更生を施した事は秘密にする妹紅。
「妹紅の粘り勝ちか・・・それは悪い事をしたな。」
「あんたが謝る事じゃないさ。」
「レミリア・スカーレットも誰かと本気で戦えばマシになるのかな・・・。」
飛行姿勢を戻した藍は誰に言うでもなくポツリと呟く。
「私が何とかしてやろうか?」
裏で吸血鬼側に荷担している妹紅としてはレミリアの孤立は、吸血鬼廃絶を企む紫に都合が良く、今後の事を考えても望ましくない。レミリアが今どんな状況かはわからないが、汚れ役なら自分が買うと藍に申し出てみる。
「いや、それには及ばない。時間もないしこれ以上面倒はご免だ。」
妹紅は拒否されるだろうと予測していたので藍の返答に特に落胆はなかったが、時間が無いという言葉が妹紅にある決断をさせた。
スキマ砲を失敗させるには射程外に要塞を移動させればいい。パージによる重力方向への加速でそれは十分だと思われるが、万全を期す為には出来るだけ調整出来る射角の限界ギリギリまで発射時間を遅らせた方がいいだろう。理想的なタイミングは、射程ギリギリで発射した直前にパージさせることである。風見幽香が言うようにこの異変が自分の思い通りに展開するものであれば必ずそのタイミングでパージが発生するはずである。
レミリアの教育がてら少し時間を稼いでやろうと、妹紅の頭の中にあるシナリオが思い浮かび、九尾の後ろ姿を見ながら露骨にニヤニヤと笑って後を追った。
会議は妹紅の登場で更に二転三転することになるが、これは行程が遅れた妖夢達への間接的な支援となった。妹紅にとって全て計算通りと思えるような展開になりつつあった。
正午が過ぎた紅魔館の会議室のバルコニーの扉が開き、九尾の藍が姿を見せる。
「藤原妹紅を連れて参りました。」
「御苦労様、席に戻っていいわよ。」
戻った藍の労ったのは主の八雲紫ではなく会議の主催レミリア・スカーレットだった。
一礼して藍が席に戻る後ろ姿を追いながらバルコニーから部屋に入る妹紅は、主催の声に幼さが残るものの堂々とした威厳のある姿を見て先程言った藍の言葉とは違う事に気付く。
「(ん?・・・まともじゃないか・・・。)」
しかし、窓から一歩会議室に足を踏み入れるとそこに存在するおかしな空気を直ぐに察知する。
正面にいるレミリアは両肘をテーブルについて両手の指を互い違いに組んでその合わせた拳越しに威厳たっぷりに妹紅を見ている。
その一方で、細長いテーブルにそれぞれ向き合って座っている幻想郷内外の錚々たるメンツが、中心のレミリアに対し無関心を装っているのだ。入る時に目が合った魔理沙もこちらを一瞥しただけで余所余所しく、直前にこの部屋で何かあったかのような印象である。
妹紅はこんな状況に既視感があった。自分の悪口で盛り上がっていた集団に知らずに近づいてしまい、気まずい空気が立ち込める、あの感覚である。
「(なるほど、ここに来る前に私の悪口を散々言ってたのか・・・それは気まずいだろう。)」
自分の悪口を散々聞かされた参加者面々に同情する妹紅は、その悪口に誰も反論せずただ黙って聞いていた事も容易に想像出来た。その事に腹を立てる事は無かったが、参加者の精神的な結束が皆無であることがその様子からよく分かり、それが無性に腹立たしかった。
幽香の攻撃が終息した後、藍が妹紅を呼びに行き、それ以外がバルコニーから会議室に戻り、今後の予定についてもう一度打ち合わせを行ったわけだが、場を必死に仕切ろうとするレミリアのリーダーとしての資質は既に地に堕ちており、誰も耳を傾けず皆八雲紫の言葉に耳を傾けていた。
露骨に無視され気分を害したレミリアが盛大にヘソを曲げて今度は会議の妨害にかかり、それを紫がなだめて副官の様な立場をとって、指揮官である彼女に一々決裁を求める気遣いを見せて、そこでようやく機嫌を戻す。その後、調子に乗ったレミリアは、風見幽香の力を素直に凄いと認めつつも結局攻撃は失敗した事を殊更強調して会議の重要性、強いては指揮官である自分自身の有能さをアピールする始末。挙げ句の果てに、何の役にもたっていないと決めつけた藤原妹紅を執拗にこき下ろし、これ以上ない罵詈雑言で責め続けたのである。
妹紅無しでは幽香の攻撃もないと見破った八意永琳以外は、幽香のインパクトが強過ぎて妹紅の存在感を薄く、株が急上昇した幽香の怪我の原因が妹紅というのもあってマイナス要因となり、レミリアの口撃に対して誰も妹紅を弁護出来なかったのである。
魔理沙が妹紅と目が合って微妙な顔をしたのも直前までその話題が上がっていたからで、敬愛する妹紅の弁護をすれば今度は自分が攻撃されると分かっていたので言われるがままになっていたのだ。そして、当人を前にしてその後ろめたさを感じて先程のような態度をとっていたというわけである。気持ちは痛い程分かる妹紅。
「ようこそ私が主催する異変の主役藤原妹紅。遅刻だけど風見幽香の祝砲に免じて許してあげるわ。」
明らかに相手を下に見た物言いをするレミリア・スカーレット。
レミリアに関して事前に予備知識が与えられていなければ妹紅は今の言葉でキレて血の雨が降ったかもしれないが、藍のおかげで妹紅は驚く程冷静でいられた。
妹紅は主に傅く十六夜咲夜に目を向けるが彼女は下を向いたまま微動だにしなかった。もう一人の紅魔館の要人、主の親友パチュリーは、会議再開時にレミリアの前から真ん中の西行寺幽々子の席の正面に座って分厚い本を開いたまま我関せずとばかり会議そのものを無視しているようだった。
藍が言うように予想以上にお子様だったレミリアに彼女らもどうする事も出来なかったということか。
妹紅はポケットに手を突っ込んでだらっとした姿勢でやる気の無い顔を会議の主催に向ける。
自分が今からやろうとする企みにこの状況は好都合で、せいぜい利用させてもらうつもりである。
「不死身しか能がない貴女にぴったりの役目を与えてあげたけど、気に入っていただけたかしら?」
「新聞の事?」
「ええ、そうよ。のろまで使えないお荷物の貴女が、唯一幻想郷に貢献できるのが自己犠牲。罪深い貴女の罪を濯げるチャンスよ。そのチャンスを与えてあげた私にせいぜい感謝しなさい。」
レミリアの尊大で無礼極まりない台詞を受けて周囲からかすかなざわめきが起こる。いくらなんでもこの台詞は同士に対する言葉ではない。レミリアの非礼もそうだが、妹紅がこの仕打ちに耐えられるか、そっちの方が心配になる。
最初から冷めた態度で望んでいたせいか、妹紅にはレミリアの態度が三文役者の下手な演技に見えてしまい、また、蔑まされる事にも慣れているせいもあり不思議と憤りを感じず、時間を稼ぎたい妹紅としてはこの状況はむしろ大歓迎だった。
このお子様レミリアの態度は許せないものがあり躾が必要である。しかし、妹紅にはもっと許せない事があった。それは、この会議に参加し異変の裏で繋がっておきながら、同士としての役割を放棄して傍観している彼らの態度である。
周囲の態度に腑が煮えくりかえる妹紅は、それを表に出さずふざけた顔でレミリアに応じ、時間稼ぎの計画を実行に移す。
「自爆の事だったら私はパスするわ。」
「・・・え?」
その妹紅のあっけらかんとした答えに会議の参加者全員が一瞬耳を疑い、場に不穏な空気が立ちこめる。妹紅なくして成り立たないこの計画で妹紅が抜けたらそこで終わりである。しかし、皆は、それは戯れ言だろうと重く受け止めていなかった。
「も、もう一度言うけど、貴女は不死鳥の力を使って幻想郷を救うのよ。」
藤原妹紅は異変に参加している同志である。断る事など出来ないはずである。しかし、少し言い過ぎたのが原因でヘソを曲げたのかと思ったレミリアは、同じ内容の言葉を先程よりだいぶ柔らかくして告げた。
「お断りするわ。」
レミリアの口調に合わせ挑発する妹紅。
「な、何故よ!」
レミリアだけでなく、会議の参加者に緊張が走った。
「何で私が自爆しなければならないの?」
妹紅頼みのこの異変においては彼女の了承を取り付けている事は大前提である。しかし、実際に妹紅と交渉したのは八雲紫で、他の賛同者と事前に顔合わせをして契約書にサインをしたわけではない。この妹紅の台詞だけだと、八雲紫との間で約束をとり付けていないのではないかという疑問が関係者の間に沸き起こる。
「だったら、何故ここに来たの?私の召集に応じたからここに来たのでしょう?つまりそれは私の提案に乗るということではなくて?」
「いや、私は迷子を届けにきただけだ。」
異変は他人事の様に後ろに隠れているフランドールを前に引っ張り出す妹紅。
「ふ、フラン!何で貴女がそこに・・・!?」
意外な組み合わせにレミリア以外からも驚きを示すどよめきが起こる。
「それじゃー皆さん、異変頑張ってね。」
妹紅はそう言って自分無しで成り立たない作戦と知りつつ、心にもない応援して踵を返す。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
妹紅はレミリアの制止を無視してそのまま窓際に移動する。
「ま、待って!」
予想外の妹紅の行動にレミリアは思わず腰を浮かせて左手をテーブルについて右手を差し出し、前屈みになって待つよう叫んだ。
彼女のこの言葉はこれまでの体裁を整えようとする綺麗事ではなく心からの叫び声だった。
妹紅はようやく心に響いたその言葉に歩みを強制に止められて振り向く。子供といっても流石は吸血鬼王の娘、本心から出る言霊の威力は凄まじい。
「幻想郷がどうなってもいいの?無くなってしまうのよ?」
「・・・それがどうしたの?」
キョトンとして答える妹紅。
「どうって、全て滅んでしまうのよ?」
「だから、それがどうしたっていうのよ?」
「な!」
ここでレミリアはようやく気付いた。殺しても死なない、死ねない存在にとって滅び、つまり『死』とは必ずしもネガティブではないのだ。生きている事そのものがネガティブと考えるなら、この異変は妹紅にとって願ってもない事ではないか?
「私は永久に死ねないのよ?でも、世界がなくなればもしかしたら死ねるかもしれないでしょ?こんな機会滅多にあることじゃないわ。」
妹紅はこちらを注視する参加者に邪悪な笑みを浮かべて見せる。その顔には『まんまと引っかかったな!馬鹿め!』と、はっきりと描いているかのようである。
会議の参加者は妹紅の言葉を聴いて『騙された?!』のではないかと愕然とした。
八雲紫は、この妹紅の態度は、無礼なレミリアに対する仕返しの様なもので、一連の異変不参加の意思表示は戯れ言と受け止めていた。しかし、『死』という選択肢は死ねない妹紅にとって魅力的と捉えるのも一理あり、何でも言う事を聞くという最初の申し出は、異変を失敗させるための嘘だったのではないかと疑い始めてしまう。妹紅の邪悪な笑みはそう思わせるに充分過ぎる説得力があった。
策士である紫は、相手の策に嵌らない様何重にも深く思慮を巡らす。その策士としての性が思考をより複雑にして疑心暗鬼の深みに嵌る。
この疑心暗鬼は何も紫に限った事ではなく参加者全員同じ思いで、何とも言い難い重苦しい空気が立ち込める。レミリアも適当な説得の言葉が見つからずに何も言えなくなっていた。紫でさえ疑心暗鬼になるのだから、呪われた10歳の未熟なレミリアに妹紅を説得できる言葉が見いだせないのは当然だった。
妹紅はいい感じになってきたと心のなかでほくそ笑みながら表情はうすら笑みを浮かべる。この表情が普通に笑っている様に見えたのか氷の妖精チルノが無警戒に近づいてくる。妹紅はそんなチルノの頭を面白そうにポンポンと撫でる。
誰も何も口に出来ず重苦しい空気が更に重くのしかかり時間はどんどんと過ぎて行く。充分に時間が稼げている事を確認し、引き続き時間稼ぎを続ける。
「・・・本当は協力する為にここに来た・・・。」
「え?」
急に態度を変え身の内を明かす妹紅に、レミリアはキツネにつままれた様な顔になった後、表情を少し明るくする。
「でも、気が変わった。」
それを聞いてまた青くなるレミリア。
「な、何故?何が原因なの?何か気に入らない事があるというのなら改善させるわ。」
妹紅の不満を解消すればこちらの提案に応じるという希望が見え、先程までの無礼な振る舞いを棚に上げて急に下手に出るレミリア。その浅ましい姿に皆失望する。どう考えても妹紅の参加意志を萎えさせたのは、レミリア自身の無礼な振る舞いではないか!
その皆の予測は見事に的中した。
「レミリア・スカーレット。お前のその態度が気にくわない。だから、自爆はしてあげない。」
妹紅は言い終えると邪悪な顔になって舌を出してレミリアを嘲笑う。
「な!気にくわないって・・・。」
レミリアは頭が真っ白になって思わずその姿勢のまま立ち尽くす。
周囲の目が一人の少女に集まり、その視線に気付いたレミリアは必死に自身の正当性を訴え自画自賛の美辞麗句を並べ立てる。立て板に水を流す様に虚栄心を吐き出し続け、やがてその全てが出尽くす。そして空っぽになった心に残ったのは猛烈な反省の念だった。
妹紅に対してだけではない。会議が始まってからここに至るまでの全てが反省材料だった。
ここまで何とか100点中90点で乗り切っていると謙虚に思い込んでいた。そうではない。最初から最後までずっと0点にも満たないマイナスだったのだ。
自分が気に入らないと言う簡単で純粋な理由の一言で、妄想から現実に叩き落とされたレミリアに、もはや異変を仕切る能力も資格もなくなっていた。
既にその資質も資格もないことを理解しつつレミリアの面倒をみていた八雲紫が、妹紅との関係が不透明なこの状況で、最初に交わした約束が今も有効であるかどうかという確認の意味を込めて、地に堕ちた指揮官に助け船を出す。
「レミリア・スカーレットはまだ10歳、自分が幻想郷の運命を握った事で少し調子に乗ってしまっただけ。ここは堪えてもらえないかしら?」
八雲紫の腹の中が透けて見えた妹紅は、次のターゲットをこの小賢しいスキマ妖怪に向ける。
「調子づかせたお前等もはっきり言って気にくわない。何が会議だ。皆自分の事しか考えず、好き勝手やりやがって。10歳の子供だ?人間の里じゃ10歳になったら大人だ。女はみんな嫁に行くんだぞ!年齢を言い訳にするならババアはとっとと隠居してろ!」
「も、妹紅・・・。」
鬼の形相で妹紅から睨み付けられた紫は思わず我が目を疑った。憎しみに満ちた表情は約束を取り交わした時の妹紅とはまるで別人だった。
「私にも大切な友達がいる。だから助けてやりたい気持ちもある。だが、それと同時に死にたいという気持ちも同じくらいある。このチャンスを逃したらもう死ねないかもしれないんだ。でも、それを曲げてここに来てやった。なのに・・・お前等見てたら急にやる気が失せた。救う価値もない。お前等は滅んで当然だ!」
妹紅は吐き捨てて唾を目の前のテーブルに吐き捨てる。会議の参加者全員が妹紅の憤怒に尻込みした。心のどこかでこれは演技だろうと思っている者も流石にこの妹紅を見て明確な危機感を持ち始めていた。
妹紅の右側で頭を撫でられているチルノが、左側でちょいと妹紅のワイシャツを摘んでいるフランドールと目が合う。場の空気を全く読めないチルノは、しばらくフランドールを見つめた後えへへと笑う。それを受けてフランドールもつられてこの馬鹿な妖精に思わず苦笑いして見せる。これがチルノとフランドールの出会いで、以後2人は紅魔館周辺でよく遊ぶようになるが、これはまた別の話である。
パチュリーはそんな微笑ましい光景を尻目に、怒り狂う妹紅を信じて疑ってはいなかった。
先日の紅魔館前の死闘で激昂して我を忘れた妹紅を間近で見ているパチュリーは、この目の前にいる妹紅が感情に流され暴走している状態ではない事がすぐに見て取れ、意図は不明だが演技であることは見抜けた。
十六夜咲夜も妹紅に対して既に心中する覚悟が出来ており、それはここに至っても全く揺らいでいなかった。
この妹紅のパフォーマンスで精神的に追いつめられた参加者達は、この後、妹紅を信頼し切った紅魔館側の反撃受ける事になる。
妹紅は両隣にいるフランドールとチルノの手を握らせると、静かになった会議室のテーブルにひょいと跳び乗る。
白く美しい艶のあるシルクのテーブルクロスに土足のまま乗った妹紅は、ズカズカと大股で歩いて各自の席の前の置かれたティーカップを大きく跳ね上げ、陶器独特の乾いた音を鳴らし、カップからこぼれた薄紅色の液体が白いテーブルクロスに足跡を残す。
それは明かなマナー違反で失礼極まりない糾弾されても文句も言えない行為であるが、誰一人口に出して抗議せず、ただその一挙手一投足を固唾を飲んで注目するだけである。皆この場を妹紅が支配している事を理解しているのだ。
無人の野を行くが如く、誰にも邪魔されずテーブルの端から端に渡り切った妹紅。
「お前、運命を操れるんだろ?だったら私がお前等に協力する様に運命を変えてみろ?そうすりゃー私の都合なんざ関係なく異変を進められる。そうだろう?」
レミリアは妹紅に待つように言った時に腰を跳ね上げたままの立った姿勢で、妹紅はその前にしゃがんでレミリアの視線の高さに合わせて覗き込む。妹紅の迫力に完全に呑まれてしまったレミリア。この状態ではまともに話しもできないだろう。崩れ去ったプライドを立て直し持ち直す為の時間が少し必要だと感じた妹紅は、時間稼ぎも含め次の段階に移る。
「(レミリア、そこでしばらく私のやることを見ていろ。お前は一人じゃない。)」
妹紅は心情とは裏腹に、悪者としての自分を強調させるために、レミリアの控えめで品のあるドレスに胸くそ悪そうに唾を吐きつけて汚す。それでも自分を責めない周囲に腹が立ち、来た道を同じように戻って窓際に近い魔理沙の前で止まる。
「よぉ魔理沙。お前はここで何をしてる?」
「な、何って、幻想郷を守りたいから・・・。」
先日会った時とは別人の様な柄の悪い妹紅にたじろぐ魔理沙。しかし、この妹紅には何故か既視感があり、思い返すと不死人狩りで指名手配された藤原妹紅との初対戦がこんな感じではなかっただろうか?何故かここにいる妹紅もとても妹紅らしく見えてしまう魔理沙。
「本当か?ただ、目立ちたいだけじゃないのか?」
あまり絡むと可哀相だと思った妹紅は、そう決めつけて魔理沙の反論は聞かずにレミリアのいる奥の方に一歩進む。そして魔理沙の隣の小町を通り過ぎて四季映姫の前で止まり見下ろし睨み付ける。
「よぉチビ!閻魔如きが何を偉そうにしている?ここはお前如きが来る場所じゃないぞ?」
閻魔をチビ呼ばわりする妹紅の言葉を聞いて周囲が腰を抜かす程驚くが、死に見放された妹紅にとって閻魔は全く縁のない存在であり、さらに妹紅は四季映姫よりもだいぶ年上なので、下手に出る必要も全くない。
お地蔵様だった時代を含めてもだいぶ年下の四季映姫は真っ直ぐ先輩の妹紅を見上げて答える。
「私にとって幻想郷こそが自分の存在に意味を与えてくれる唯一の場所です。その地が消えてしまうことは自分の存在が失われる事と同じ。救いたいと思ったからこそ自分に出来る事はなくとも馳せ参じました。誰にも文句を言われる筋合いはありません。」
無礼な妹紅に対しても毅然と答える閻魔。この礼儀正しい態度こそが無礼な妹紅に対する最大の反撃のつもりなのだろう。普段小うるさい閻魔もこういう時だけは頼もしく思えるから不思議である。
「なるほど、お前の存在に意味は無くとも、その言葉はもっともだな。」
妹紅は閻魔の存在を全否定したが、一個人としての四季映姫の言葉は受入れた。そして、今度は後ろを向いて小町らの向かいの席にいた西行寺幽々子を見る。
「幻想郷には美味しいものがたくさんあるわ。それを失う事はとても悲しい事よ。」
幽々子は妹紅に問われる前に何故自分がここにいるかをその理由を楽しそうに述べる。
妹紅は鼻で笑ってもっともだと幽々子に同意し、更に奥に進んでパチュリーを無視してその正面の山の神様を向く。
「ここはもうすぐ消えて無くなる。とっとと諏訪に戻るんだ。」
「向こうにはもう我々の居場所はないし、幻想郷にも骨を埋めるつもりで来た。お前にとやかく言われる筋合いはない。」
ミシャクジ様である洩矢諏訪子が幼そうな姿とは裏腹に威厳たっぷりに妹紅に答える。妹紅は他の者とは違い、諏訪子に対して明らかに口調を緩めていた。これは神様に対する敬意の表れだろう。しかし、それは洩矢諏訪子にだけで、八坂神奈子には一瞥もくれず完全に無視していた。
妹紅はそのまま後ろを向いて奥に進み八意永琳の前に出る。
「お前等もそろそろ生き飽きただろ?私と一緒に死ぬか?」
「いいえ、まだまだやりたい事はたくさんあるわ。」
「別にここでなければならない理由はないだろ?とっとと月に帰れ。」
「愚問だわ。穢れを持ち月に戻れない私達にとって幻想郷は第二の故郷よ。」
「最初から死が存在しないお前等には死にたいなんて発想そのものがなかったか・・・。」
妹紅はそう言って、同じ蓬莱人といえど人間と宇宙人は別の生き物と区別させる。そして、一瞬隣のレイセンと目が合うが、何も言わずそのまま後ろの八雲紫・藍を向くが、幻想郷の創設者に何でここにいるかなど愚問なのでそのまま横を向いて霊夢に同じ質問をする。
この妹紅の一連の行動は、それぞれに対してはただの無礼な振る舞いにしか見えないが、その無礼な姿こそがレミリア・スカーレットがこれまでしてきた姿と同じである。
ここにきて参加者達に妹紅の意図が透けて見え始めていた。藤原妹紅は一連の行動を見せる事によって、レミリアに反省を促し皆が同じ目的の為に集まった同志であることを認識させようとしているのだ。これは、レミリアだけではなく参加した自分達に対しても同じである。
「霊夢、人間に関わろうとしないお前が何でここにいる?無常を知るお前なら滅びもまた趣があっておかしかろう?」
「確かに私には関係ないわね。でも、ただ飯喰らってそのまま死ぬのはイヤなのよ。妹紅と違って来世がある私には今生に借りを残して順番を遅らせたくないだけ。」
言われっぱなしの妹紅に対して唯一皮肉を込めて言い返す霊夢。それは霊夢がまだまだ子供だと世間に教えているような者で、妹紅には全く通用せず逆に哀れみの目を向けられる。
「お前・・・本当に来世があると思ってるのか?人の道を踏み外したお前に・・・。」
「な!」
その妹紅の言葉に思わず席を立って怒りを露わにする霊夢。今現在、人間の世界で共有される死生観は仏法を基準にしている。人の道を踏み外し死生観を違えた者がこの輪廻の枠組みに入れるはずがないというのが妹紅の主張で、それは最も過ぎて霊夢には反論の言葉が見当たらなかった。
巫女としての務めを放棄し人の道を外している事に自覚がある霊夢は、妹紅に対する効果的な反論の言葉が見いだせず、怒りで肩を震わせたままその場で立ち尽くす。
妹紅はそんな霊夢を鼻で笑いつつ、ここで話しを終わらせると霊夢が恥を掻いたままになるので、先程無視した、霊夢の袖を引いて座らせようとする紫に目を向け皆と同じ質問をして話題をそらす。妹紅の注文通り皆の注意が霊夢から紫に移る。
「幻想郷を創った本人に聞くのもなんだが、同じ質問をしよう。お前等はここで何をしている?」
妹紅がレミリアの更生を目論んでいると認識した紫は、演技と思われる敵視の目を向ける妹紅に対して、自信に満ちた威厳のある声で自分に与えられた役割を演じて見せる。
「幻想郷は我が子同然、親が子の危機を救うのは当然のことよ。」
「子を産んだ事がないお前に親の気持ちが分かるのか?」
「腹を痛めるだけが産みの苦しみではないわ。事ここに至るまでの苦しみは計り知れないもの。無から有を生み出しそれに責任を持つ事500年。これが失われるというのなら私も運命を共にするわ。」
「そんなに大切なものなのに、このゴミ屑に運命を預けるのか?」
レミリアの方は向かず指だけさす妹紅。
「背に腹は替えられない。大切な子の為なら恥も外聞も捨てるのが親というものよ。」
紫はレミリアを諭そうとする妹紅の調子に合わせて少し臭い演技をしてみせたが、それはただの演技ではなく本心から言葉だった。
自分一人で何でも出来ると思っていたレミリアであったが、妹紅にその自信とプライドの何もかもが破壊されてしまい、残ったか弱い少女としての心に、後悔と反省が容赦なくなだれ込んでいた。
「(咲夜!私はどうすればいいの?教えて!)」
妹紅が離れてから各々と問答を繰り返す中、レミリアは落ち着き無く背後の十六夜咲夜を伺って助け船を求めていた。誰にも頼らなかった彼女がここに来てようやく誰かを頼ろうとする行動を見せていた。
しかし、忠実な僕は下を向いたまま身動ぎもせず黙りを決め込んでおり一切レミリアに取り合わなかった。
今レミリアがしなければならないのは反省と謝罪である。助けを求めるまでもない事で、咲夜は主の心境の変化を知りつつも心を鬼にして無視していた。
妹紅のやろうとしていることを理解した咲夜としては、自分一人の力で全力で乗り越えなければならない問題であるし、その先にこそ心の成長があるのだとレミリアを突き放す。
援軍を得られなかったレミリアは、孤独の中で妹紅との間で行われているそれぞれの問答を心静かに聞き、自分自身と一対一で向き合っていた。
幻想郷を大事に思う言葉を聞くに付け、自分の口にした言葉や取ってきた行動の全てが彼らの心に痛みを与えてきた事に気付き、申し訳ないという思いと同時に、そこに気が回らなかった自分自身が悲しく思えてくる。
自分達だけでは解決出来ない問題を、他人が請け負い更に自分がその組織のリーダーに祭り上げられるという罠にどうして気が付かなかったのか悔しくてならない。
あの時どうすれば良かったのか?何て事はない皆と同じ目線で同士として振る舞えば良かったのだ。何故それが出来なかったのか?リーダーという甘い誘惑に簡単に堕ちた自分が情けない。
レミリアの様子が先程と大きく変わっている事は既に周知の事実で、参加者はレミリアの更生の為に藤原妹紅が人肌脱いだのだとの確信を得ていた。一見して粗野に見えるこの不死身の人間の懐の深さを皆思い知らされ、参加者の印象が180度変わっていた。
「(ありがとう、妹紅。)」
八雲紫は会議が平穏に進行し異変も滞りなく終息すると確信し、そこに導いた妹紅に心から感謝する。そしてこの思いは会議に参加した者全てに共通していた。
しかし、妹紅はそこで終わらせるつもりはなかった。
このまま行けば、レミリアは大人に叱られて泣きべそかいて逃げた無様な敗者であり、自分が過大に評価され、この異変を導く英雄的な存在に祭り上げられてしまう。
妹紅はあくまでレミリア・スカーレットという吸血鬼の少女が高いカリスマ性とリーダーシップを発揮して異変に挑むという構図を捨てておらず、そして自分はならず者で終わる事が理想だと決めていた。
レミリア・スカーレットは、両手をテーブルについたまま、妹紅の質問に答えを出している参加者の声を聞いていた。
何故こうなってしまったのか?どこで間違えてしまったのか?今何をすべきか?これからどうすべきなのか?自問自答しながら、レミリアは妹紅の質問の答えを探していた。
500年前、魅魔の掛けた強力な成長を止める呪いは、肉体だけではなく精神面にまでその効果が及び、長い人生の中で何度となく遭遇する成長局面が来る度に、自尊心を増幅させ思考を常に幼稚にさせた。精神的ストレスを膨れあがった自尊心で覆い、忘れてしまう事で心は常に平坦だった。
長く生きる妖怪の中にも行動が幼稚な者も多いが、それらは大抵社会性の無い単独妖怪で、自分の嫌いなもの気持ちの悪いものから逃げようとする動きをする。それらは、死ぬまで変わらず幼稚なままで、レミリアはそうした単独妖怪と同じで、自己を正当化するその幼稚な思考が、己を省みて失敗から学び糧とする事を妨げているのである。
レミリアは、会議にあたって様々な状況で自己正当化し、問題点は全て他人の所為にしてきた。妹紅にプライドをズタズタにされた後も、自分は悪くない。悪いのは八雲紫だと、いつも通り自分に言い訳をしていた。しかし、妹紅から引き出された他者の切実な声を直に聞いた今、後悔と謝罪の念が心の中を支配していた。
「(謝らなければ・・・例え許されないとしても・・・。)」
しかし、それを言葉にしようとすると何故か口に出来ない。誰かに口を塞がれた様に、言いたい言葉が喉の奥で止められてしまう。今度はそのもどかしさがストレスになると、全てを自己正当化しようと幼稚な自分が奥底から湧き出してくる。
いつもそうだ。家族とも言える存在には素直に言えるのに、紅魔館の外の者に何かを伝えようとしても、常に相手より高い位置に身を置いて、言いたくもない傲慢な台詞を口にしてしまう。そして口にして後悔して、取り繕って又同じ過ちを繰り返す。
博麗神社の博麗霊夢と和解し彼女と親密になろうと思っても、素直になれず相手が気分を害するような台詞ばかりが勝手に出てくるのだ。先程の妹紅の時もそうだった。
「(どうすればいいの?)」
レミリアはもう一度振り返って咲夜を見るが、結果は同じだった。
落胆、そして、絶望が訪れる。ついに目の前に妹紅が仁王立ちした。
忠実な僕も、親愛なる友も誰も助けてくれない。当然だ。自分は助けるに値しない主であり友人だからだ。
「(・・・おねえちゃん。)」
その時、自分を呼ぶ声が聞こえた様な気がして、見下ろす妹紅から視線を外し、仁王立ちの開いた脚の間から最も身近な唯一の存在を見つけた。
「(フラン・・・?)」
目が合ったフランドールは、この世の者とは思えない美しい大人びた微笑みを姉に贈った。
「(おねえちゃん・・・今助けてあげるね・・・。)」
「え?」
打ちひしがれたレミリアの継ぎ接ぎだらけの心は、その瞬間粉々に砕け散る。
それは再生の為に必要な破壊だった。