東方不死死 第63章 「死神の天敵」


 風見幽香の超弩級攻撃は幻想郷の空を覆い隠す鋼鉄の壁塊を撃ち崩せず惜しくも破れた形となった。しかし、宇宙人の計り知れない技術力を前にたった独りで立ち向かった最強妖怪のパフォーマンスに、幻想郷の住人達は触発され、生存本能を沸き立たせ士気が上がっていた。

 そして、攻撃の余韻に浸るような一時の静寂の後、幻想郷は再び戦渦が広がっていった。


「それにしても、不味い事になったな・・・。」
 風見幽香の一連の攻撃を受けて足を止めていた妖夢らは、その攻撃直後から明らかに戦況に変化が生じている事を肌で感じ、状況が安定するまで出発を見合わせていた。
「今ので東の雑魚が多数が巣山に戻り始めました・・・。」
 道中、何度か進路上に人喰い妖怪が現れたものの、先行するスケさんの名を貰った妖怪が素早く対処し、ほぼ予定通りの道程で進んでいた。そこにきて突然の風見幽香の攻撃。恐れたのは人間だけではなく、人喰い妖怪の中の臆病な雑魚の群れも同じで、彼らは恐れおののいて東に逃げ戻ってしまったのである。

 カクさんが口にした『巣山』というのは、本陣山の南の小高い山の事で人喰い妖怪の総本山でもある。博麗大結界施行後、幻想郷の管理を委嘱された魅魔の平和政策によって、危険な妖怪は東側に追いやられた。それらが集まって自然発生的に出来た場所がこの巣山で、そこには人喰い妖怪独自の社会文化が形成されていた。
 妖夢はつい最近幻想郷に来たばかりなので、このような情勢は護衛の妖怪から説明を受けるまで全く知らなかった。

 人間の里の傭兵団が囮として東に侵出し人喰い妖怪達をおびき寄せている間に、空になった巣山の麓を素通りして人間の里からは反対側になる東向きの階段から登って正面から神社に入るというのが、神社行きを企画した上白沢慧音の作戦である。
 ここで2つの誤算が発生した。
 一つ目は、傭兵団が独自に行った風見幽香の影武者作戦が効を奏し過ぎてたことである。これによって傭兵団は有利に戦闘を運べたが、弱い雑魚妖怪が若干巣山に戻ってしまうという副産物を生み出していた。しかし、これは妖夢の護衛についた2人の妖怪がいれば十分対処出来るもので、作戦全体に大きな変更は要らなかった。
 問題は2つ目の誤算、風見幽香の予定外の攻撃である。
 この攻撃で、攪乱戦が得意なヌエの作り出した広範囲の同士討ち状態が解けてしまい、我に返った雑魚妖怪が驚いて大量に東側に戻ってしまったのである。 
 単体では人間よりも弱い雑魚だが、それが大量に集まれば驚異となり、当初の作戦通りに本陣山と巣山の間を抜けるのは非常に危険な状況となってしまったのである。

 一行の現在地は、魔法の森の南側沿いの人間の里から東の本陣山までほぼ直線に伸びる街道を進み、魔法の森の一帯を抜けた本陣山の南斜面の裾辺りに到達していた。全行程の三分の二を過ぎたところで、これから巣山と本陣山の間の谷間に入ろうとするところだった。
 本陣山の標高は100メートルもない小さな山で、裾野全体まで神社の結界内にあって魔物は寄り付けず安全である。神社に辿り着くだけならそのまま斜面を登ってしまえばいいが、人の手がほとんど入っておらず道の無い自然のままの原生の山を登るのは想像以上に難しい作業である。しかも大量の酒樽やその他食物、宴会用の設備一式も運ばなければならないので、非力な人間だけで構成されているこの一行では至難の技といえた。
 今いる場所から博麗神社までの直線距離は恐らく2kmもない。神社の正面までの順路を辿って行く場合はこのまま巣山の北側をかすめて山の向う側、つまり幻想郷の東端付近まで出て本陣山の斜面を蛇行する坂道を登り、最後に神社の石段を登るという流れである。道のりとしては約4km弱である。人間と言っても現代人とは違い足腰は達者なのであと1時間もかからない距離といえる。
 この順路を進むのが一番良いのだが、問題なのが大量の人喰い妖怪が戻ってしまった巣山をかすめる点である。
 強い妖怪ほど山の頂上に集まり雑魚は麓に散っている。つまり、このまま進めば麓にたむろする雑魚の群とはち合わせになるのは必至である。数が少なかった風見幽香攻撃前の状況なら護衛の妖怪2人で十分だったが、先程の攻撃で大量に雑魚が逃げ戻っている。いくら猛者でもこの数の対処は難しい。安全に時間を掛ける戦い方をすればなんとかなるだろうが、あまり時間を掛け過ぎて安全になったのが異変が終わって後では意味がない。

 妖夢は慧音から預かってきた余り詳しく描かれていない古い地図を広げ別ルートを模索する。この地図では、魔法の森から神社に向かうルートが描かれており、魔法の森の東端から本陣山の西斜面を登るルートが記されていた。妖夢はその道に目を付けた。
「少し戻って、山を北西に迂回して、魔法の森から神社の裏手に出るルートはどうでしょう?」
 打ち合わせには妖夢と護衛の二人の妖怪他、マルキの主人や本陣山を活動の場として地理のある薪業者の親方など、里の有力者数名も参加している。そして、その妖夢の提案はすぐに薪業者の頭領に否定されてしまう。
「一応地図には道として描かれてるが、人一人通れる程度で、こんな荷物は運べんぞ?それに、この山は東側はなだらかな斜面だが西側は急なんだ。」
 妖夢は自分の意見を否定した薪業者の親方の言葉を人間を認識できない妖怪達にも伝える。
「そのルートなら確かに安全だろうが、時間は倍ではすまないだろうな。」
「人が登るだけなら最初からその作戦でいってますよ、きっと。この行程に於ける最大の問題点はこの莫大な荷物をどう神社に運ぶか・・・ですからね。」
 妖怪二人からも否定され落胆する妖夢。
 膨大な量の荷物を獣道を担いで登るのは時間をかければ不可能ではないにせよかなり困難な作業になるだろう。着いたのが夕方でしかも既に異変が終わった後では何の為に危険を冒すのか分からなくなる。
「・・・確かに・・・。」
 もう少し良く考えて発言をすべきだったと反省する妖夢。
「しかし、この道しかなければそうするしかないでしょう。このまま道のない斜面を登るのはもっと困難ですし、中央突破は更に困難・・・。酒はかなり大目に持ってきてますので、半分はここに置いていっても恐らく問題ありません・・・。」
「森を切り開きながら進むか?」
 大工の頭領が荷台の修理や宴の設営で必要な大工道具を持ち込んでおり、邪魔な木を選んで切り倒しながら進む事は不可能ではないと提案する。
 妖夢を弁護するわけではないが、霧雨魔理沙の父親であるマルキの主人や大工の頭領は妖夢の案以外選択肢がないと主張する。しかし、これに反論する者が現れる。
「先生がどんな犠牲も払っても前に進めと言っておった。ここは無理に押し通すしかなかろう?」
 里で鍛冶屋を営む腕っ節の強そうな親父が自慢の刀を抜いて中央突破を推す。妖夢は逐次それを妖怪達に知らせ通訳の役目を果たす。
「当初考えていた状況とはかなり違うからな・・・神社にたどり着けたのが半数以下になっても大丈夫か?」
「それは駄目でしょう・・・。」
 スケさんの鍛冶屋の親父に対する質問にマルキの主人が首を振る。妖怪から人間は見えないが、人間から妖怪の姿も言葉も受け取る事が出来るで、妖夢は人間の言葉だけ妖怪に通訳する。
「援軍を求めるのはどうでしょうか?」
 最初の発言後は通訳に徹していた妖夢がもう一案を出してみる。
「それは、おれも俺も考えないわけではなかったが、本陣は強い連中と対峙している。戦線がこちらに移動してきたら今より危険になるぞ?」
 雑魚妖怪はともかくそれなりに強い人喰い妖怪は傭兵団と依然交戦中で、南側で行われている戦闘の様子がここからでもよく見える。
 この状況では傭兵団からの援軍は難しく、仮に援軍が来たとして騒ぎが起これば当然敵もそこに集まってくるはずである。
「見えていないとは言っても、接触すればハクタクの術も流石に切れるでしょうしね。先に我々3人で掃除しようにも安全を確保出来る時間と迂回ルートを進んだ時間とでは、たいして変わらないかもしれません。」
 カクさんが双方の所用時間の見積を立てる。
「こうして留まっているだけでも時間の無駄だな・・・いずれにしても予定はずれる。これは確かだ。その上でどちらにするかは妖夢、お前が決めろ!」
「え?私がですが?」
「お前がこの集団の頭だ。お前が決めなくて誰が決める。」
 一団の先導役は妖夢で責任者はマルキの主人というのが当初の予定だったが、今朝の里を動かした妖夢の檄で、妖夢の株が急上昇して彼女がこの一団の責任者となっている。打ち合わせに参加した面々、特に責任者となる予定だったマルキの主人が妖夢を推して決定権を与える事を喜んで同意した。
 妖夢は覚悟を決めて、これまでの話し合いをまとめ、独り言のように呟く。
「無理に押し通して被害を出し過ぎれば辿り着いても宴の準備が出来ない・・・。裏道に時間を掛けるか正面の掃除で時間を掛けるか・・・どちらをとっても予定よりオーバーするのは確実・・・。」
「同じ時間なら安全を取るのが賢いな。」
 スケさんが安全策を推す。
「我々の頑張り次第では、時間短縮になる可能性もありますよ?」
 カクさんが敢えて危険を選ぶメリットを口にして決定権を持つ妖夢を惑わせる。
 最初に自分が出した案に未練があっての事ではなく、頼りになるスケさんの案に乗るという形で、一つの答えを出す妖夢。
「安全策で行きましょう!」
 散々惑わす発言をしたカクさんだが、妖夢が決断をすると一切否定せずに頷き受け入れる。カクさんは敢えて否定的な後ろ向きな意見を出し、スケさんの正論を補間させていたのではないかと妖夢は思い始める。妖夢は一瞬そのように仕向けられてこの決定をさせられたと思い少し嫌な気分になるが、スケさんの強く頷く表情を見て、彼らにやらされているのではなく、引き立てられていると認識を改める。そしてそれと同時に自分の未熟さをまたしても思い知った。

 周囲でその様子を見ていた人間達も死ぬリスクより重労働の方がマシだろうと妖夢の提案を歓迎した。戦う道を選べば時間短縮の可能性は十分ある。しかし、犠牲が出るという大きなリスクを背負う事になる。妖夢は神社にたどり着く事ではなく、辿り着いた後を考え、犠牲を出さない選択をしたと言えた。
 妖夢と護衛のスケさん、カクさん、そしてマルキの主人など数名以外知らないが、山の神様と内通しての企み事が神社行きの本当の理由なので余りに時間が経ちすぎれば、紅魔館側のスケジュール優先で進む異変に対してこちらの準備が追いつかない恐れがある。出来れば午後2時前には準備を整えたい。
 そして時間は正午になろうとしていた。


「連中の作戦は決まった?」
 そんな人間の大集団を上空から見つめる2つ影があった。
「エリー、連中どうやら裏から回るらしいよ?」
 背中に羽の生えた紅い瞳の少女が地上の会話を聞き取れるのか相方の女性に話の内容を教える。
「裏からじゃパーティの時間に遅れるわね・・・。」
「間に合う様にって幽香ちゃん言ってたんでしょ?」
「あんな攻撃しなければ遅れる事もなかったのに・・・まぁ、だからこそ私達がその尻ぬぐいをするわけだけどね・・・。」
 どうやらこの2人は風見幽香の関係者で、面倒臭そうに呟くエリーと呼ばれる女性はつい先程幽香に会って来たばかりである。
「ねね!言いつけ守らなかったらお仕置きかな?」
「なぁに?くるみはまたお仕置きされたいの?」
「されたい!されたーい!」
「ふふ、全くくるみったら・・・まぁ私もされたいけどね。」
 お仕置きされるのを喜ぶおかしな2人。
「でも、今回はしくじったら確実に殺される気がするよ・・・。」
 陽気に笑っていたくるみと呼ばれた少女が突然顔を曇らせ怯え始める。
「やっぱ、そうよね。しょうがないから真面目に行きますか。くるみは連中に作戦開始を知らせてきて頂戴。」
「ラジャー!がんばてね!エリー!」
 元気な返事をする紅い目の小さな少女は手を振ってどこかに跳び去って行く。
「さて・・・さっさとすませてしまいましょうか・・・。」
 エリーと呼ばれた女性は先程までの陽気な表情を引き締め怪しい雰囲気を纏わせながら、懐から小さなノートを取り出し、おもむろに何かを書き始める。
「こんぱくようむ・・・と。ふふ、死神の仕事は一回につき一個の魂が必要なの。悪く思わないでね。」
 死神エリーは静かに地上に降りていった。

 人間の一団のリーダー格数名が集まってこれからの方針を決めた直後、その様子を少し離れた場所で早めの昼食をとりながら見ていた人間の集団が、近づいてくる人影に気付いてざわめきが起こり始める。人間を認識出来ない護衛の2人以外の妖夢らがそれに気付いて彼らの視線の先に顔を向ける。そして、その妖夢の行動に気付いた護衛2人も不思議そうにそちらに向く。
「ご機嫌よう、皆さん。」
 その視線の先に居たのはこの場に相応しくない一人の美しい婦人だった。そして、その女性を見た瞬間妖怪達が突然殺気立ち声を上げ周囲を驚かせた。
「な!お前は!」
「し、死神エリー!」
 相手が誰かを知って臨戦態勢に入る妖怪2人。そして急な事で状況が掴めずキョトンとする妖夢。
「ちょっと!こちらが名乗る前から人の名前を先に呼ばないで頂戴!」
 妖怪の態度とは裏腹に緊張感のない声を発するその女性。自分から名乗る前に先に名前を呼ばれて憤慨し、その後気を取り直して恭しく大袈裟な一礼をして自己紹介をしてみせる。
「あら?でも私の事知っているなんて珍しいわね。生憎私は貴方達を知らないけど、知り合いだったかしら?」
 いつの間にか気付かれず背後に接近された事にスケさんとカクさんは武人としての面目を潰された形になり、しかも相手が死神ということで全力で応戦する構えで、彼女の質問に答える余裕は全くない。
 そんな2人を余所に何かを思い出そうとするかのように小首を傾げて考え込む仕草をする婦人は、全体的に芝居がかった大袈裟な動きで、こちらを馬鹿にしているようにも見える。
 妖夢は状況が掴めずどうしていいのか分からなかった。唯一分かるのは、護衛の2人の尋常ではない警戒体勢で、それは非常事態である事を報せているという事だった。
 しかし、妖夢には死神エリーと呼んで2人の護衛妖怪が恐れる女性に対して何故か全く恐怖感が無かった。

 エリーと呼ばれる死神の女性は、高い身長に似合う白のワンポイントが引き立つ深紅のロングドレスに身を包み、ドレスと同じ色のリボンを巻いた白い平べったい帽子が印象的である。美しい金色の髪と彫りの深い顔立ちから外来の者であることに間違いないだろう。
 自分の家の庭でも散歩しているかの様な警戒感のない優雅な物腰をしており、右手に持つ死神のトレードマークである大きな鎌がなければ、どこから見ても高貴な家柄のご婦人である。
 軽くウェーブがかかっている金髪は先端で大きく外側にカールしており、明らかに人の手を加えて綺麗に整えている事が伺える。幻想郷の人間の里には髪結いの職は無く、自分の髪にお金を掛けて何かをするという文化がない。女性の髪は筆や刷毛などの材料として使われる為、里では長く伸ばして纏めて売るのが一般的であり、髪の毛をいじって洒落込む事はほとんどない。
 幻想郷では髪型はあまり気にしない変わりに帽子などの被り物に気を使い、外の世界から入ってくる色とりどりの布生地を三角にして頭に被る女性が多い。

 落ち着き払う貴婦人を挟んで腰を低く構えて腰の刀に手を掛け臨戦態勢をとる妖怪2人。妖夢は何故この女性にここまで警戒心を露わにしているのか理解出来ず、今ここで自分が何を為すべきか迷う。
「クソ!何でお前がここに!人間の魂を漁りに来たか!」
 風見幽香などと同じ西洋の装いで丈の長いスカートが戦いを生業とする戦士から程遠く見える死神エリー。
 カクさんの口から死神という単語を聞いたが、これは聞き間違いではなく確かに死神と言った。
 死神と聞くと妖夢は、先日友人から恩人に格上げされた小野塚小町が頭に浮かんだ。しかし、エリーと呼ばれた女性は小町ら冥界の死神とは同じには見えない。もしかしたら種族としての死神ではなく、強さや性格を表した異名なのかもしれない。仮にそうだとしら相当な強さなのだろう。
 ただ、鎌を武器に持つというのが、冥界の死神小町と共通するところがあり、異名ではなく彼女は死神という種族なのだろうと漠然と思い込む妖夢。

 大きな鎌が死神である小町と死神と思われるエリーとの共通点だが、小町を含め冥界の死神は現在閻魔の部下として使役される存在で、かつての死神としての権限のほとんどが奪われ、殺傷力のある武器の携行が認められていない。今現在彼らが持っている大鎌は所謂模造品である。
 小野塚小町の大鎌は刃がうねうねと曲がった実用から程遠いものに見えるが、実は中央の規定に背いて殺傷力がある。これは閻魔の配下に成り下がっても死神としての生き方を変えたくないという小町の強い意志によるもので、鎌だけではなく営業方法まで昔の死神としてのスタイルを変えていない。こうした事が出来るのも中央の目が行き届かない幻想郷という田舎の利点を利用しての事である。
 そんな小町の大鎌と違い、エリーの鎌の刃は綺麗な先の鋭い三日月型で、扱い易い形にしたと思われる柄に独特の曲線がある。異様な光沢と仄暗い気を醸し出している刃は、明らかに武器として実用してきた痕跡が見て取れ、この使い込まれた大鎌はこれまで何人もの血を吸い取って来たのだろう。
 この鎌には通常の鎌とは違う、ある特徴があったが、この時点で妖夢はそれに気付いていない。

 妖夢はこの時、死神小野塚小町と出会った時の事を思い出していた。


 今現在三賢者としてその地位にある四季映姫と西行寺幽々子、そして八雲紫はそれぞれに辿った歴史があり、その中で一番歴史の浅い四季映姫の誕生以後に初めて3人の接点が生じている。
 妖夢の主である西行寺幽々子は、人間としての短い期間と、冥界の狂い姫と呼ばれ危険視された200年と、それ以後心を取り戻した1100年の歴史があり、いずれも八雲紫と強く関わり、その長期に亘る交友は未だ続いている。
 四季映姫は、人間としての西行寺幽々子の死以後、再編される冥界の情勢により多数の閻魔が必要となり、今から約500年前にお地蔵様から昇格した閻魔で、八雲紫や西行寺幽々子に比べるとだいぶ若い。
 西暦1430年に現実世界から概念の世界に移設された幻想郷は現世から隔離された。その隔離されたばかりの幻想郷において、吸血鬼戦争(1436~1440)と呼ばれる大戦が勃発した。
 大量の死者を出したこの大戦で行き場を無くした多数の魂が行き場をなくしてその処理が問題になり、輪廻転生の仕組みの早期導入が求められ現世と同様仏法界の仕組みが導入される。西暦1464年に正式に三途の川が幻想郷で利用可能になり、死と死後の世界が向こうの世界と共有する形で幻想郷にも確立される。同年、裁判所も建設され幻想郷支部の裁判所の初代裁判官に中央庁の十閻魔の一人が兼任で就任し、仏法界制度に当てはまらない外来人妖の魂を一度幻想郷の草花に転生させ、幻想郷土着の幽霊として戸籍を移し替える仕組みを提唱。その年を元年とし還暦年毎にそうした外来霊の飽和をリセットする制度を確立させた。60年毎に幻想郷に大量の花と幽霊が咲き乱れるあの現象の始まりである。
 四季映姫が幻想郷の裁判所の2代目裁判官として就任したのはその100年以上後で、八雲紫、西行寺幽々子、四季映姫の三賢者らの交友が始まったのは、今から約400年前になる。
 西行寺幽々子はこの時代、記憶は失われたままであったが生前の人の心を取り戻して久しく、冥界の狂い姫などという肩書きは既に忘れられ、幽霊を自在に操れる能力を買われて閻魔の手助けをして高い俸禄を預かる身となっていた。
 西行寺家の元庭師であった魂魄妖忌が、寂れた大陸様式の白玉楼を大規模改修する具体的な計画案を残してこの世を去っており、西行寺幽々子は築き上げた莫大な財を使って、その計画を引き継いで今の白玉楼の姿に改築したのである。
 幻想郷の裁判官として就任する際、就任祝いとして八雲紫が宴を催し、その会場にあてられたのが白玉楼で、この宴で四季映姫と西行寺幽々子は初めて面会している。四季映姫は白玉楼を一目で気に入り、要人の接待やお目出度い席が必要な時はここをよく利用するようになり、同時に西行寺家とも交流を深めた。

 妖夢と小町の出会いは、主同士の出会いと同じ時で、初対面の印象は最悪だった。
『お前、変わったやつだなー。』が小町の口にした最初の挨拶で、気位だけは立派なお子様妖夢はその理由も問わず、憤慨してずっと彼女を無視していたのである。
 しかしそれも時間の経過と共にわだかまりも解け、釈明と謝罪を受けた後は、その事は完全に水に流した。
 その小町の釈明とは、死神を前にして平気な顔をしているのが変だという意味とのことであった。最初は意味が分からなかった妖夢だが説明を受けて納得した。
 死神は死を司る存在で、幽霊でもない普通の生き物であれば見るだけで生気が失われ、弱い者は絶命してしまうそうで、その為死神に生者(せいじゃ)の友は居ないとされていた。
 半人半霊という種族は元々そういう種族がいるのではなく、死神と同じく死を司る西行寺幽々子という特殊な個性が持つ力を無効化させる為に生み出された種族と聞かされる。
 現在行方不明の自分と同じ半人半霊の祖父は、当時凶悪な亡霊で死神や冥界の人々を殺しまくった西行寺幽々子を抑える為に特別に復活した存在で、冥界の僻地にあった白玉楼に幽々子を閉じこめ、入り口に立って見張っていたという。その後、祖父は役目を終えて輪廻に旅立ったのではないかと小町は言っていたが、妖夢はそれを否定し、いつか戻ってくるものと信じていた。

 妖夢は昔を思い出しながら、小町が冗談半分で言った台詞を思い出す。
『妖夢、お前は死神の天敵だけど、私は生きているやつとこうして友達になれたんだから嬉しいよ。』
 そう言って笑い、妖夢の小さい肩に手を回してわははと笑う小町とその時の映像が脳裏に浮かび上がる。
 妖夢は、その当時の会話を思い出しはっとなって後ろを振り向く。
「あっ!」
 見るとマルキの主人やその他同行している人間の顔から生気が失われている事に気付く。小町が言う様に、死神は生者に対して常にネガティブな存在で、長時間同じ場所にいるのは危険なのだ。
「(やはりあの人は死神!そばにいるだけで危険なんだ!)」
 妖怪2人の過剰な警戒態勢は、単に強い相手に対して警戒しているのではなく、死という見えない攻撃に晒され続け必死に抵抗している現れなのだ。

「ねえ?この中に『こんぱくようむ』という人はいない?私はその人に用があるの。」
 この予想していなかった意外な名前に妖怪2人は目を合わせて、その真意を各自自問自答する。『こんぱくようむ』は、護衛対象である魂魄妖夢で間違いない。ここにいる人間達の代表でもあり、彼女が代表者に会いに来たと思えば不自然な話しではない。
 しかし、問題は会いに来る当人である。死神の用事など命を奪いに来る以外ないではないか!
 吸血鬼戦争の最後の決戦で援軍に来た風見幽香の先鋒として突撃部隊に参加していた死神エリー。スケさんとカクさんもこの作戦に従事していたので、エリーの実力は知っていた。先方はそのことをすっかり忘れているようだが、並み居る吸血鬼の囲みをたった一人で突破した実力は今でも鮮明に憶えている2人。ただ、協調性に欠けるエリーは味方まで巻き添えにしてしまい、戦後の論功行賞で風見幽香の功績と引き替えに罪を帳消しにされ、以後歴史の表舞台から消えたのだ。それが何故ここにいるのだろうか?

「そいつに何の用だ?」
 スケさんとカクさんは、後ろにいる妖夢に注意を向けてエリーに気付かせる愚は侵さず、意識を前だけに向け妖夢を無視する。魂魄妖夢に対して特に恩は無く助ける義理はないが、主から護衛を任された以上、彼女より後に死ぬ事は許されない。
「私の名前を知っている理由を教えない貴方達には関係ないわ。」
 カクさんはエリーがその理由を知りたがっている事に着目し妖夢から注意を逸らす目的で、その理由を教える。
「吸血鬼戦争・・・最後の決戦・・・と、言えば思い出すでしょう?」
「ああ、あの時の・・・。そいえばあの時強そうなのは味方も纏めて殺しちゃったわね。生き残りってことは隅っこにいた雑魚か・・・どうりで覚えていないはずだわ。」
 最後に高らかに笑って2人をコケにするエリー。スケさんとカクさんは、コケにされた事に憤りを感じてはいたが、今は死神の見えない死の誘いから自分を守る事で精一杯だった。
 スケさんはこの時、自分が精一杯なら人間達はもっとやばい事になっていると思い、横を向いて彼らを視界に入れる。そして何かに気付いて驚いてそれを表に出してしまう。
 他の人間が皆、膝をついて苦しそうに肩で息をついている中、魂魄妖夢だけが平然と腰の後ろに手を回し剣をいつでも抜ける体勢でいたのである。
「へぇーあの娘が『こんぱくようむ』ね・・・でも、まさか子供だとは思わなかったわ~。」
 この台詞から、人相や特徴などは全く知らされていないまま人捜しをさせられている印象である。
「くそ!俺としたことが・・・。」
 スケさんの注意が一人の少女に集中したのを受けてエリーは彼女が目的の人物だと確信する。スケさんは自分のミスを激しく呪ったが、この状況で平然と立っている妖夢の姿は先程からエリーは確認しており予め目星をつけていたので、スケさんの行動は予想を確信に変えただけのものだった。
 護衛対象の位置がばれたのを受けて、エリーを中心に対角線上に配置していた2人は、円を描くようにゆっくり妖夢の前に移動しようとする。腰に挿した刀の柄に手を添える様な構えで重心を低く保つ。
 この時2人の妖怪は人間達の作戦を察知した八雲紫らがそれを阻止するため死神エリーを派遣したと思い込んでいた。

 妖夢は不思議な感覚にとらわれていた。
 エリーに対して恐怖感はなく、護衛の2人の妖怪には勝てないけれど、この死神にだけは勝てるという根拠の無い確信だけが沸き起こる。
 これまでの数々の失敗で妖夢は慎重になっており、決して相手を過小評価しないよう心掛け、この戦いも慎重に成り行きを見守っていた。しかし、どうにももどかしくてしかたがない。自分の中にいる別の自分が、エリーという雑魚相手にこの護衛は何をしているのかと苛立つ。そしてそう思うと直ぐに別の自分が自重しろと気持ちを抑える。
 小町の昔の言葉が頭の中に木霊してどんどんそれが大きく反響する。

『私は、死神の天敵・・・』

 妖夢は腰の後ろに下げた2本の剣のうち物理殺傷力の高い長剣『楼観剣』ではなく、迷いを絶つだけの殺傷力のない短い『白楼剣』に手を掛け、おもむろに抜いて見せる。
「な!」
 妖夢を庇おうとしてにじり寄ってくる妖怪はそれを見て驚愕する。ことここに至るまで刀を抜かなかった2人を余所に、剣を抜いてしまう妖夢の軽率な態度に驚きとそして憤りを覚える。
「何をしている!」
「ふふふ、馬鹿な娘。死刑執行のサインを自らしてどうするのよ?」
 エリーはそう言うと、気が狂った様に笑い出す。死神の攻撃を察知した2人の妖怪はすぐさま刀を抜いて愚かな護衛対象を守るためエリーに先制しようとする。しかし、エリーから湧き上がるどす黒いオーラが妖怪にからみつき動きを完全に封じ込めた。
「に、逃げろ!」
 スケさんが苦しそうに必死に叫ぶ。しかし、妖夢は平然と剣を抜いたままエリーに近づいてくる。
「愚かな・・・本当に人間は愚か・・・こんな愚かな人間は生かしておく必要はないでしょ?ねぇ幽香ちゃん・・・。」
 下を向いて肩を怒らせているエリーは、独り言の様に呟きここにいない主に何かの許可を求める。
 次に顔を上げたエリーは、片方の眼だけがある白い仮面を被った死を司る正真正銘の死神となっていた。
「私がここに来たのは我が主、風見幽香の命に従い、あなた方人間に協力する事・・・。」
「な、何・・・だと?」
 スケさんが動けない身体のまま声を上げて驚く。無理もない死神が人間に協力するなど自然の摂理に逆らうようなものである。
「何で黙ってこいつらの命を差し出さなかったの?剣を抜いた以上代価は貴女の命で払ってもらう事になるのよ?」
「分かっています。」
「はぁ?」
「このまま私が何もしなければ、私を守ろうとスケさんとカクさんは貴女を攻撃します。そうなれば彼らは無事では済まないでしょう。だから私は剣を抜きました。」
「ふふふ、自己犠牲?美しいわ!でも、反吐がでるわね。そういう下らない矜持の為に大勢の命を危険にさらす。これは勇気でもましてや蛮勇でもない、匹夫の勇よ。」
「生憎、私は負ける戦はしない主義です。」
 妖夢は心静かなまま、誰かがどこかで言った聞いたような台詞を吐いてニヤリと笑って死神を挑発する。
「ここまで愚かだとはね・・・大人しく他の命を差し出せばデス・ノートに書いた貴女の名前は消してあげたのに・・・。」
 デス・ノートとは何なのか妖夢には分からなかったが、何れにしても妖夢には勝敗が既に見えていた。
「気を付けなさい!ヤツの鎌は刃が逆だ!」
 カクさんが渾身の力を込めて死神の武器の特徴を絶叫して報せる。
 その絶叫が合図になってエリーは妖夢に突進する。普通鎌は曲線の内側に刃があり、攻撃は巻き込むように行う。しかし、エリーの鎌は逆刃なので刃を前に押し出すか横にスライドさせるなど攻撃の仕方が普通の鎌とは変わってくる。知らずに対応すると気付く前に首が飛ぶ事になる。
 カクさんの絶叫を聞いた妖夢だったが、その助言を聞いて対処するどころか避けようともせずそこに立ったまま、顔の前にそっと白楼剣を差し出し、左手で持った剣を縦に構え、片刃の背に右手を添え、前方からの衝撃に備える構えをとる。
 鎌の逆刃を前に向けたまま猛烈なスピードで突進したエリーは、一瞬姿が消え次の瞬間妖夢の後ろに立っていた。後から衝撃波の用は突風が妖夢の横を通り過ぎる。
 あんな小さな剣であの攻撃は防げないと、2人の護衛妖怪は任務を果たせなかった事を悔やみ大きな笠の下で唇を噛み締め妖夢の死を悼む。
 しかし、その時自分達を縛る禍々しいオーラの戒めが解け、身体が自由になる。
 妖夢に振り向いたエリーは仮面の奥でニヤリと笑ったが、次の瞬間仮面が真っ二つに割れる。現れた美しい素顔が縦に裂けるように一筋の光の線が走り、そこから禍々しい呪詛の声と共に夥しい数の怨念の様な黒い影が抜け出し、天に昇っていく。
「こ、こんな馬鹿な・・・。」
 膝が落ちそのまま背中が反って裂け目が出来た顔が天を向き、次から次へとエリーの体内から黒い怨念が抜け出していく。
「だ、大丈夫か?」
 そんなエリーを尻目に妖怪達は妖夢に駆け寄る。
「ええ、何とか・・・。」 
 妖夢は駆け寄る妖怪に無事を知らせ、エリーに振り返る。エリーの鎌で切られた魂魄を隠すために来ていた大きめの外套が首の位置を境に二つに裂けて下の方が地面に落ちる。妖夢は用を為さなくなった頭部に残った外套の切れ端を取り、地面に落ちた方を拾って適当に合わせて折り畳み小脇に抱える。事が済んだら縫い合わせて返すつもりの律儀な妖夢だった。
「しかし、何故?」
 妖夢が死神エリーを倒した事が未だに信じられないスケさん。
「私、半人半霊は、死を司る攻撃の一切が効かないみたいで、死神の天敵みたいなんです・・・。」
 他人事の様な口調で頭を掻いてえへへと笑う妖夢に、2人の妖怪は肩をすくめる。
「まさかそれを分かってての人選か?」
「さぁ・・・どうなのでしょう?」
「そういえば、風見幽香の命で協力するといってましたね・・・。」
 カクさんが黒い怨念の渦が全てが抜け出て仰向けに倒れているエリーに歩み寄る。他の2人もそれにならって取り囲む様に上から見下ろす。
 白楼剣によって切り裂かれた・・・というより、剣に自ら突っ込んで出来た裂け目は既に無く、エリーは目を開いたまま放心している。
 しばらくそうしていると、エリーの瞳に光が蘇り見下ろす面々と視線が重なると、顔をくしゃくしゃにして突然泣き出す。
「うぇ~ん!何で、大人しくこっちの言う事聞いてくれないのよー!戦うのも怖いのも嫌いなのにぃー!」
 両目を手でこすりながら地面でジタバタと泣きじゃくるエリーに、先程までの怖さは感じない。抜け出た黒い物がエリーが与えている恐怖そのもので、今は憑き物が取れた様にただの人妖と変わらぬ感じである。
「戦う気がないなら何であんな態度に出たんだ・・・。」
 先程と全く違うエリーの雰囲気に戸惑いながら、その理由を聞くスケさん。
「だって、こっちから頭下げたら舐められるし、どうせさっきのままじゃ怖がって本当の事言っても信じてくれないじゃない!」
 3人は顔を見合わせてそれぞれのやり方でやれやれというジェスチャーをする。
「死神の天敵がいるなんて聞いてないし、幽香ちゃんも何も言ってなかったから簡単な仕事だと思ったのに・・・うぇ~ん!」
 妖夢はどうしたものかと2人を見るが、頼りになる護衛はそっぽを向いて急に役立たずになる。こうしている時間も惜しかった妖夢としては先程エリーが言った言葉の真偽を改めて尋ねる。
「あの・・・エリーさん?」
「何よ!」
 ふて腐れた様子で答えたエリーは、腰を上げ正座を崩した所謂『女の子座り』をしてどこからとりだしたのかコンパクトを開いて化粧を直し始める。妖夢は先程の死神エリーと今の泣き虫エリーのどちらが本当のエリーかと苦笑いしながら話しを続ける。
「先程、私達に協力するつもりだったって言ってましたけど・・・。」
「そうよ、幽香ちゃんの部下達がもうとっくに巣山周辺を綺麗に掃除したわよ。だから、さっさと行っちゃいなさいよ!」
 今度はプンプンと怒り出し身体ごと妖夢からそっぽを向くエリー。
「・・・あの・・・エリーさん、ごめんなさい・・・それから、ありがとうございました。」
 妖夢は苦笑いをしながら、エリーの背中に謝罪とお礼を言い踵を返す。
「あ、待って!」
 そんな妖夢を引き留めるエリー。
「おい、時間がないぞ!速くしろ!」
 スケさんが妖夢を急かす。妖夢は引き留めるエリーに後ろ髪引かれるが、自分の役割を考えるとここで油を売っているわけにはいかず、エリーに断りを入れて先に進もうとする。しかし、ここでエリーが立ち上がってスケさんに苦情を言い出す。
「少しくらいお話させてよ!」
 憑き物が取れて死神としての畏怖が完全に無くなってしまったただのご婦人に成り下がったエリーを煙たそうにするスケさんはダメだと一蹴する。
「もう!しょうがないわね!」
 エリーはそういうとスケさんと隣にいるカクさんを指差す様な仕草をして何か術の様なものをかける。
「おい!貴様何をした!」
 何かしらの術を掛けられた自覚症状があり慌てて問い詰めるスケさん。
「私の目を一時的に貸してあげるわ。これなら人間達が貴方達にも見えるはずよ?ちょっと余計なものまで見えるけど気にしないで。」
 そう言われて人間のいるあたりを振り向く2人の妖怪。
「ほ、本当だ!」
「で、この頭の上の数字はなんです?」
「死神の目で見えるものと言ったらだいたいわかるでしょ?いい、余計な事は言わないのよ?私はこの娘とお話があるから、貴方達が先導なさい。」
 どことなく漂っていた泣き虫少女臭が消えたエリーは、妖怪2人に毅然と命じる。
「・・・分かった。妖夢先に向かってるぞ。」
「あ、すみません!お願いします。」
 エリーは護衛の妖怪にペコペコしている妖夢を尻目に少し歩いて距離をとりそのまま背を向けて佇む。妖夢は振り向いた先にエリーがおらず離れた場所に移動していたので後を追いかける。
「さっきはありがとう。」
 エリーの口からお礼の言葉が出る。
「いえ、お礼を言われるのは・・・。」
 妖夢は何故お礼を言われるのか分からず答えに窮する。
「これで残高がゼロになったわ。」
「え?残高?」
「ええ、クレジットが綺麗になくなったのよ。」
 意味が分からない妖夢。
「私達死神は人を殺す事にクレジット、ここで言うところの銭がこの死神通帳に貯まるの。」
 そう言って片手に収まる小さな冊子を開いて妖夢に見せるエリー。
「ほら、こんなにあった数字がゼロになってるでしょ?さっきの私の自爆で、貯まったクレジットが綺麗さっぱり吹っ飛んだのよ。」
「え、でも、それって笑い事では・・・。」
「・・・貴女は戦いとか人殺しが好き?」
「え?」
 突然の質問にエリーの真意を図れず咄嗟に答えが出ない妖夢。
「私は戦いとか人殺しがほんとはすっごく嫌いなの・・・でも死神だから殺さなければならないの。」
「死神だから殺さなければならないのはおかしいですよ!」
 のんびりサボっている知り合いの顔を思い出してエリーの考えを否定する妖夢。
「でも、私の住んでいた世界は輪廻という魂の循環概念が無いから、新しく生まれる魂の為に掃除をしないとすぐに幽霊で溢れかえってしまうわ。」
「・・・そうなのですか。」
 同じ死神でも住む世界が変われば役割も違うのだ。
「私達は人を殺してクレジットを貯めると、どんどん強くなっていく。そしてそのクレジットは通貨の役目も果たし、溜めたお金で色々な物が買えるのよ。服とか家とかをね。」
 その時離れた場所にいる人間の一団から声がかかり振り向いた妖夢は手を振って彼らの出発を見送る。それが終わるとまたエリーに向き直る。
「私の家は死神世界の貴族、エリート中のエリート。ああ、でもエリーとエリートは似てるけど関係ないわよ?」
「はぁ。」
 冗談が通じないと相手だったと後悔したエリーは、一度咳払いをして話しを戻す。
「エリートである為、常に上位にいなければならない。私ものんびりさせてもらえず必要以上に働かされたわ。それがイヤで幻想郷という世界に逃げ込んだ私は、言ってみれば死神の落ちこぼれ・・・。」
 落ちこぼれと聞いて失礼だが小町の顔を思い出してしまう妖夢。
「戦いとか殺しがいやで逃げて来たのはいいけれど、その幻想郷が戦争中で、私はそれに巻き込まれ身を守る為に戦い、そして殺し続けた。でも、幻想郷には『殺さずのルール』というのがあって、殺しは御法度だったの。私はそれを破ったから、懲らしめられたというわけよ。」
「それが、風見幽香さん?」
「ええ。こてんぱんにやられた私は以後幽香ちゃんの忠実な僕として仕えるようになったの。」
 昔を思い出す様に少し視線を上げるエリーの口元に笑みが浮かぶ。
「元いた世界の仕組みから離れてしまった私はクレジットの使い道が無く、たくさんの命を奪って貯めたクレジットで自分でも持てあます程強くなってしまっていたの。そして幽香ちゃんの配下になった私は、別所でやっていた戦争の援軍にも駆り出されて・・・。」
「さっきカクさん達が話していたやつですね?」
「ええ、右も左も知らない顔ばかりの猛者の中に放り込まれ、戦闘力は高いのに戦士としての素質がゼロの私は、集団戦の中で混乱して味方もたくさん殺してしまったの。本当に悪い事をしたと思っているわ・・・。」
「エリーさんは優しいんですね。」
「そうなのよ!私は虫も殺せないか弱い女の子なのよ!」
 どこまでが嘘か分からない妖夢は、急にくねくねするエリーに得意の苦笑いで受け流す。
「そのクレジットというのが貯まって強く成りすぎると、さっきみたいに周囲に影響が出てしまうと?」
「ええ、流石に100億クレジット以上貯まると自分の許容範囲を超えてしまうわ。でも、貴女のおかげでほんと助かったわ。」
「それはどうも・・・あ、もしかして幽香さんは、エリーさんのクレジットをゼロにするために私と引き合わせたのでしょうか?」
「そう思う?」
「いえ、ただ何となく・・・。」
「これは、言うなれば運命というやつね。」
「運命?」
「私が・・・というより貴女の運命ね。」
「どういう意味ですか?」
「これを見て。」
 エリーはそう言って小さいが紅い布貼りの立派な装丁のノートを取り出し、あるページを開いてみせる。
 妖夢は自分の名前が書かれている事を確認しその意味を問う。
「これはデス・ノート。名前を書かれた人は死ぬのよ。」
「え?」
 驚く妖夢。
「これだけを見るなら私は貴女を本気で殺すつもりでいた・・・ということになるわね。」
「・・・言っている意味がよく解りません。」
 自分で書いておきながら不明確で他人事な物言いのエリーに少し憤る妖夢。
「死神は自分でやる仕事ならともかく、誰かに依頼された仕事に対しては必ず代償が必要なの。命の代償が・・・。よく言うでしょ?悪魔の契約とか魂を売るとか・・・それと同じ。」
「・・・。」
「私はこの仕事を幽香ちゃんから依頼され、その代償として与えられる命の名前をさっき教えられたのよ。」
「え?それはつまり・・・。」
「そう。幽香ちゃんが貴女の命を代金として支払ったのよ。」
「そ、そんな・・・。」
 絶句する妖夢。
「でも、幽香ちゃんはこうなる事が最初から分かってて、貴女の名前を言ったのだと思うわ。だって、ここに名前を書かれて貴女、生きてるんですもの。」
「!?」
 そう、名前を書かれれば死ぬというのに自分が今こうして生きている事に気付く妖夢。
「死神の世界では、名前を書かれても死なない人間をレアものとして扱っているの。」
「レアもの?」
「そう、希有な存在。デス・ノートで殺せない人間なんて本当はいちゃだめんだけど、時々そういう珍しい星の下に生まれた人間が出てくるのよ。そんな人間は将来何かを為す逸材の可能性が高い。あくまで可能性だけど。」
「逸材?」
「貴女は今は何も為し得てないけれど、将来必ず何かやらかす可能性がある器・・・というわけ。今やっている事も将来貴女が大物になる上での足掛かりかもしれないわ。」
「私が?」
「信じられないかもしれないけど、貴女はここに至るまで既に多くのターニングポイントをクリアしてきたはずよ。違う?」
「・・・。」
 ここ数日の出来事は妖夢のこれまでの人生において最も波乱に満ちている。それらがターニングポイントだと言うならそうなのかもしれない。
「ふふ、心当りがありそうね。まぁでも、良い星の下に生まれても全てが大成するわけではないわ。月並みな答えだけど、結局自分の運命は自分で切り開かくしかないの。」
 可愛らしくウインクして見せるエリー。
「あ、悪魔の囁き・・・ですか?」
 こんな仕草を八雲紫もやるなと思い出す妖夢。
「あら、良く解ってるじゃない。私としてはレアものを引いたわけだし、そして何より私を助けてくれた恩人でもあるわ。これから貴女には色々と便宜を図っていくつもりよ。まぁ死神が図れる便宜なんて一つしかないけどね。殺したい人がいるなら私に言いなさい。」
「い、いいですよ!」
「死とは必ずしもネガティブなものではなくてよ?助からない命を前に情けをかけることは悪い事だとは思わないわ。」
「そ、それは・・・確かに・・・。」
「深く考える必要はないわ。貴女は普通の人より選択肢が増えたと思えばいいだけよ。」
「はぁ・・・。」
 八百屋の主人に上手く言いくるめられて余計なものまで買わされたものを料理の途中で持てあまして後悔するような、騙されているようなそんな釈然としない気持ちになる妖夢は、エリーから視線を外して遠く南の方角に目を向ける。
 博麗神社へ向かう人間の一団は、既に谷間を抜けて本陣山の裏側に入ったようだ。引き続き南側では里の傭兵団と東の人喰い妖怪が戦闘を繰り広げており、佇む妖夢には全て別世界の出来事の様に見える。
 自分が特別な存在などと言われてもピンと来ない。ただ、特別な人達と多く関わった事は間違いない。
「(死神か・・・。)」
 恩人の小野塚小町も死神だが、彼女は生きている人間には干渉しない。死者を相手にするのが生業で、エリーとは異質な存在である。
 それにしても、自分は死神の天敵なはずなのに、何故か死神に好かれているような気がしてならない。
 自分の恐るべき力が通じない相手に対して恐怖感を持つと考えるのは、当たり前の事ではなく自分の様な小者の思考から生まれる事なのだろうか?2人の死神は天敵であるはずの自分に好意的に扱ってくれる。
「(幽々子様も・・・。)」
 この時初めて幽々子の気持ちが理解出来た気がした。
 主は、力が及ばない蓬莱人藤原妹紅に対して恐れていると妖夢は考えていた。少なくとも自分が同じ立場ならそう思うはずである。
 幽々子の力は自分には及ばない。だから自分は幽々子を恐ろしいとは感じない。しかし、他の者はそうではない。皆幽々子を恐れている。
 生きとし生けるものの天敵である幽々子は孤独であり、彼女の力が及ばない者だけが彼女の友と成り得た。そう、幽々子は妹紅と友となれる可能性を見いだしていたのだ。

「(それなのに私は・・・。)」
 
 孤独な主の気持ちも顧みず自分の都合だけでを押し通した。自分は何と軽率で狭量なんだろう・・・。

 自分の恐ろしい部分を恐ろしく感じない相手こそが本当に自分を理解出来る相手になりうる可能性がある。自分が主と同じ、誰かの天敵であることを自覚した妖夢は、ここにきてようやく主と共有できるものを見つけた気がした。
 妖夢は戦場の奇妙な出会いの果てに、遠くにいる大切な人を身近に感じ、この異変に参加出来た事、そこに導いてくれた存在に感謝するのであった。