東方不死死 第59章 「折り重なる思惑」


 『紅魔館、永遠亭に宣戦布告か!?』という見出しで幻想郷を騒がせている『花果子念報 第5号』を藤原邸の縁側で小一時間眺めていた藤原妹紅は、何かを思い出したかのようにおろしていた腰を上げると持っていた新聞を座敷の方へ放り投げ、庭に降りて低い垣根をひょいと飛び越えて西の方角へ道無き道を歩き出す。

 里の西側は妖怪の山から続く豊穣の森と呼ばれる豊かな森林地帯が広がり人々に山野の恵をもたらしている。妖怪の山の大天狗の一人愛宕山太郎坊の領地と接している為治安が良く、人間が安全に入りこめる数少ない土地といえる。

 人間の里の南に位置する藤原邸から西は、その豊穣の森の南側、樹木が途切れて草原になるあたりで、夏を前に下草の勢いが小さな妹紅の胸の高さまで迫っていた。
「数日前はこんなになってなかったのに・・・。」
 一歩間違えば幻想郷が滅ぶかもしれない今回の異変。世界の終焉を敏感に感じ取った幻想郷の大地が、蓄えている力を滅びる前に植物達へ最期の晩餐のつもりで分け与えでもしているのだろうか?
 数日前、八雲紫と最初の接触の後この辺りに放り出された時はまだ下草の丈は膝下程度だったはずである。
「確か、この辺か・・・。」
 そろそろ異変が始まる気配を感じ取った妹紅は、最終的な打ち合わせが必要だろうと動いてはみたものの八雲紫と待ち合わせの場所と日時を決めていたわけではないので、ここに来ても会えるかどうかはわからない。そもそも大詰めをすること自体も決めていなかった気がする。
 ここに来れば会えるという確信は全くなかったが、足が勝手にこの場所を目指していた。
 豊穣の森一帯は妖怪の山の麓にあり、なだらかな斜面が南にある竹林まで続いている。里から関所跡を繋ぐ東西に伸びる道が自分と竹林の間に見える。普段人通りのない道だが最近のきな臭い情勢で普段より里と関所を行き来する人妖が増えて物々しい状況になっていた。これを商売の好機とみて行商に励んでいる者もいることだろう。
 妹紅は体をくるりと一回転させ、生い茂る下草を遠心力を使って鋭利に硬化させた髪の毛で刈り払い、そこに出来たぽっかりと空いた草原の丸い空間に寝転がって上空を見る。見上げた空にも明らかに東側では見かけない妖怪が目に入った。
「・・・。」
 妹紅は空を見上げながら、永琳の防御要塞とやらが実際にどんな風に見えるかを想像してみる。空に浮かぶ丸い大きな物体といえば月を真っ先に思い浮かべるが、現物の大きさはそれには遙かに及ばないものの、間近にあればかなり大きく見えることだろう。
 右手を伸ばし何もない空を指さし円を描く。
「こんなもんかな・・・。」
 大きさの見当がまったくつかず、適当に一人納得した妹紅は腕を下ろし、たまたま置いた手の位置にあった先程刈り払った草の葉っぱをつまみ口にくわえ、そのまま目を閉じる。
 やるべきことは全てやった。後は事が始まるのを待つのみで今は何も考えず、心と頭をからっぽにした。
 それから数分もしないうちに風が止みくわえた下草の揺れる感触が唇から消える。
「!」
 パッと目を開け上半身を上げるとそこは見覚えのある暗い紫色の空間だった。妹紅は心の中で『来た!』と叫んだ。
「ご機嫌いかがかしら?」
「たった今悪くなった。」
「あら、それは残念ね。」
 言葉とは裏腹に特に機嫌が悪そうには見えない妹紅をからかうようにクスクスと笑みを湛えるスキマ妖怪。
「以前、ここで私が言った事、覚えてる?」
「ああ。」
 普段は女言葉の妹紅。警戒心が強いと男勝りな口調になり、こうした特徴は親密さの度合いを測る目安にもなる。
「改めてその答えを聞こうかしら?」
 運命の歯車がまだ回っていない頃、八雲紫はここに妹紅を捕らえて「死んで欲しい」と謎のメッセージを伝えていた。
「・・・私は死ぬつもりはないわ。でも、私の中にいる存在は一度死ぬべきでしょう。」
 自分ではなく中にいる不死鳥が転生の為に死んで欲しいという八雲紫の真意を見抜き、その提案に同意した事を正式に伝える妹紅。
「それはつまり、先日交わした約束もまだ有効と捉えてよいのかしら?」
 約束というのは博麗神社で取り交わした、今回の異変について八雲紫の命に全面的に従うとした妹紅の下僕宣言の事である。
「ああ。」
 妹紅の返答に安堵感と満足感が入り混じった表情で一度頷く紫。その態度を見て妹紅は腰を上げて直立し紫と正対して顔を見る。
「あと2、3日で始まるわ。ここから先はもう予定は変わらないと思うし、異変中に会う時はお互い他人同士。同志として妹紅とこうして話せるのはこれが最後だから今のうちにこれを渡しておきましょう。」
 そう言うと、藍とお揃いのデザインで色違いのいわゆる彼女らの正装である特徴的な服の広い袖の中から何かを取り出す紫。握り拳が開くと、独特の艶を持つ美しい紫色の小さな巾着袋が白い紐に吊された状態で妹紅の前に差し出される。
「これは?」
「スキマ爆弾よ。」
「スキマ爆弾?」
「正確には境界破壊爆弾かしら?月面戦争の報復に使おうとして作った、月とこちらの世界の繋がりを断つ爆弾よ。」
「これを不死鳥の転生のついでに浄却する・・・?」
「物理的に破壊することが出来ない危険な爆弾・・・処分出来ずに困っていたのよ。」
「これが処分したくてわざわざ今回の異変を?」
「これが理由の一つになっていることは確かね。でも不死鳥の転生が先ず第一。」
 妹紅は掌に置かれた紫色の巾着袋をマジマジと見つめる。
「この中に入っているのか?」
「物としてこれという形はないわ。見えない爆弾の存在を見えるようにするための袋だから。」
「なるほど・・・落としたらドカン?」
「その袋の中にあるうちはどんなことをしても平気よ。」
「ふーん。」
 妹紅は中身よりもこの巾着袋の上品な姿が気に入り紐を摘んで顔の前に袋を吊して物欲しそうに見つめる。
「これ、もしここで開けたらどうなる?」
「どうなるのかしらね・・・元々これは月からこちら側に来れないように向こう側で使おうと思ったものだから、それをここで使えば幻想郷から向こう側にスキマが開かなくなるかもしれないわね。」
 妹紅は、スキマが開かなくなるという台詞を重要なキーワードとして記憶にとどめた。
「よくわからないのか・・・。」
「これを作った時は敗北のショックで普通じゃなかったから・・・正常ではない感情に支配されて後先考えず作った物よ。こんなものは無かった事にしたいわけよ。」
 妹紅は気持ちはわからなくもないと、クスリとしながら紐を首に下げ、巾着をシャツの中にしまう。
「これと一緒に自爆すればいいわけね?」
 妹紅の口調は次第に柔らかくなる。
「ええ。よろしくお願いね。」
「他に消したい汚点は?」
 妹紅は少しニヤけながら問う。消したい汚点が何個もあるような程度の低い相手ではないことを承知の上で。
「ないわ。」
 バカにされた感じで少しむっとした顔で応える紫。そしてそれが合図であるかのように、妹紅は強い閃光をまともに受けその光の強さに耐えきれず思わず目をつむった。
「っ!」
 一瞬の強い光に目をやられ視力を一時的に失った妹紅は、未だ白いの闇の世界にいたものの、匂いや肌の感覚から身体は幻想郷に戻ったと認識する。
 しばらくして視力が回復すると先程と同じ場所にいる事がわかり、ひとまず安堵する妹紅は、今見たのは夢ではないことを確かめるために胸の中にしまったスキマ爆弾の入った巾着袋の存在を服の上から確認する。
「三日後か・・・。」
 妹紅は何事もなかったかのようにポケットに手を突っ込み、空を見上げる。
「(悪いが、あんたの思い通りにはいかない。この爆弾を私に渡した事はあんたにとって痛恨の一撃になるだろう。)」
 紅魔館と因幡てゐに既に手を回している妹紅の思惑通りに事が進んでいれば、もう異変は始まっているはずである。恐らく目のいい者はその出現を既に目撃しているかもしれない。
 妹紅は思わず邪悪な笑みを浮かべそうになり、どこで誰に見られているとも分からないのでどす黒い感情を呑み込んで、務めて平静を装い何事も無かったかのように帰路についた。


 妹紅の予想通り、因幡てゐと紅魔館が接触した直後、幻想郷はるか上空に出現した謎の物体は視力の良い妖怪等に既に目視されていた。
 当初は『見慣れない星が現れた』程度で紅魔館と永遠亭の重大案件にかき消されていたが、次第に大きくなる星は時間と共に目撃者を爆発的に増加させ、『花果子念報 第5号』が出回ったその夜になると、宵の明星よりも明るい輝きを放ちはじめ、誰が見てもその異常性を認識するまでなっていた。


「超巨大質量を持つ天体クラスの物体が接近中です!これってもしかして・・・。」
「・・・おかしいわ・・・早すぎる。」
 巨大な質量を持つ物体の接近を感知した対物センサーが永遠亭内に緊急事態を報せ、地下に存在する管制制御室、彼らの言葉でいうところのメインブリッジでそれを確認している八意永琳と、ここに連れてこられるのが初めてだが、それらの計器類を完璧に操作している月の兎で元エリート軍人の妖怪兎レイセンがいた。
 ここは約1300年前、永琳と輝夜を乗せて月から地上に降りた宇宙船の中で、船全体を各種地形に偽装することが出来、幻想郷入りした時はこの地にあった大きな湖に着水し、竹林に偽装してそれを埋め立てて今に至っている。
 迷いの竹林全てが偽装された宇宙船であり、その地下には永琳らの宇宙船の本体中枢部が今も当時の機能を有したまま存在し普段は利用せず、機能を待機モードにして受動センサーが危険を感知した時のみ緊急起動するようになっていた。そしてその機能が想定より3日以上早く発動し永琳らを困惑させていたのである。
「ちょっと、これどういうこと?」
 蓬莱山輝夜も警告を聞き、引き籠もっていた部屋から出て様子を見に来る。
「予定ですと先ずこちらから宣戦布告して紅魔館と一戦し、圧倒的な力の差を見せつけレミリア・スカーレットに、てゐが仕込んだ対蓬莱人用の破壊方法を使わざるを得ない状況に追い込み、運命を発動させる・・・でしたが・・・。」
 レイセンが事情を何も知らなそうな輝夜に今後の予定を掻い摘んで説明する。
「そんなこと言われなくても見てるんだから分かってるわよ。私が言いたいのは、ここでフェイズを一個飛ばしたら私が活躍する場面がないじゃないってことよ。」
 紅魔館との一戦については輝夜が主体で行う事になっており、ストレス発散に丁度よいと輝夜は珍しくやる気を出していたところだったのである。

 八雲紫や八意永琳らの目論見としては、いくら蓬莱人殺害方法を吹き込んでもすぐに乗ってこず最初は様子見をするであろうレミリア・スカーレットに対し、交渉の余地を与えずこちらから宣戦布告して問答無用に反逆者のてゐと結託した紅魔館を攻撃し、ここで大きな被害を与える事によって運命発動を促すという予定だった。
 てゐの言葉を通りまんまと召喚させた防御要塞に幻想郷が大混乱に陥り紅魔館と永遠亭は休戦、その後共に対応にあたり、八雲紫があくまで当事者ではなく第三者の協力者として異変対応に参加するという流れである。
 そうした予定がてゐに蓬莱人殺害方法を吹き込まれた途端に運命を発動させてしまったのだ。
 紅魔館とてゐの接触を第一フェイズ、第二フェイズは紅魔館への攻撃による運命発動の誘導、第三フェイズが休戦と共闘であるが、この為第二フェイズの必要性が無くなってしまい、輝夜としては完全に肩透かしとなった。
「うどんげ、あなたはこれをどう思う?」
 永琳は自分なりに考えた末答えを出していたが、最近何かと頼るところが多い弟子のレイセンにも訪ねてみる。
「・・・えーと、結果だけ見た判断ですけど・・・紅魔館が元々師匠達を嫌ってた・・・だから、てゐの話しに飛びついた・・・と。」
「低脳が考えそうな単純な答えねー。」
 自分の出番が無くなってイライラしている輝夜。いつも以上にレイセンに対する口が悪い。
「そうね。普通に考えればそうなるわよね・・・でも。」
 永琳も同じ事を考えたが、しかしそれでは合点がいかないところもあり、それについては輝夜が永琳に変わって口にした。
「私達、連中に恨まれる様な事したっけ?」
「彼らの言う『永夜異変』に関しては和解は成立してますし、その後の事は妹紅と彼らの事で私達には関係ないでしょう。あったとしても、そうしたいざこざは幻想郷では日常茶飯事ですし・・・。」
「紅魔館との間にすぐに抗争に発展するような材料はなかったと、私も思います。」
 何故か自分が怒られているような感覚になり、申し訳なさそうに答えるレイセン。
「こちらに否がないとするなら、てゐの交渉が上手くいきすぎたのかしら?」
「違うわ永琳。吸血鬼の小娘が想像以上にバカだったってことよ。」
「!・・・なるほど、姫様の言にも一理ありそうですね。」
 偉そうにしているがレミリア・スカーレットは10歳くらいの少女の姿であるあることを思い出し、てゐの口車に簡単に乗せられたのだと輝夜の意見に同意する普段からてゐの口車に簡単に乗せられるレイセン。
「恐らくその2つが重なったということでしょう。」
 永琳は一先ずまとめてみるが、何か釈然としない物を感じる。紫らと打ち合わせをしていた時は作戦に絶大の自信を持ち、絶対に上手く事が運ぶと確信していた。しかし、のっけから既に予定が狂っているのだ。
 以前の永琳であれば、この状況を深刻な事態と受けとめ事態をこちらの思惑通りに進める為に何らかの措置を講じる作業をするだろうが、今はこの状況に対し一歩引いて傍観者の立ち位置にいた。元々八雲紫との結託は妹紅の依頼でもあり、紫が最終的に判断した結果に責任を持つ必要はないのだ。
「師匠、これからどうしましょう?」
「もう第3フェイスに入るから、何れ紅魔館に召集されるでしょうけど・・・姫様はどうなさいます?」
「私はパス。」
「それじゃーうどんげは私と来て。」
「は、はい!」
 自分も留守番かと思ったレイセンだったが、永琳のお供を命じられ嬉しくて声が弾む。
「何よ、私の面倒みるのがそんなに嫌なの?」
「いえ、そういうわけじゃないですよー。その替わり別の世界で別の私を扱き使っていいですから。」
 思わぬレイセンの切り返しに面喰らう輝夜。
「ふん!分かったような口きくんじゃないわよ。あんたのうな重の鰻は無しでいいわね。」
「あ、姫様、半分は私に。」
 永琳が真顔で本気とも嘘ともとれる発言をすると、場が一気に和む。
「んじゃーがんばってねー。」
 輝夜は話が終わるとブリッジを出るついでに、まったく心のこもってない声援を2人送り立ち去ろうとするが、それを永琳が呼び止める。いつもと違う雰囲気に思わず立ち止まる輝夜。
「姫様、もしかしたらこの異変、失敗に終わるかもしれません。」
「わ、分かってるわよ、そんなこと。」
「ここにいる私にとってはこれで最期になるかもしれません。」
 そこで永琳は一礼し、ひとまずの別れを告げる。
「・・・大丈夫よ、私にとっては永琳は一人じゃないから・・・!。」
 突然の別れの挨拶に戸惑う輝夜は、代わりになる八意永琳はいくらでも存在するとおどけて見せるが、顔を上げた永琳の涙を見て思わず声が詰まる。
「ちょ、ちょっと何やってるのよ!」
 上げた永琳の目から大量の涙が溢れ頬を伝って流れ落ちていた。
「わかりません、何故目から液体が出てくるのか・・・。」
 戸惑いの表情で自分の頬を伝う温かい液体を拭い、濡れた指先をマジマジと見つめる永琳。
 決して感情が無かったわけではなく、生まれたばかりの頃は人並みに泣き笑い怒りもしていただろう。しかし、感情が不要な月の中枢世界の中で途方もない時間を過ごしてきたせいで喜怒哀楽を失い、仮に怒る時はあったとしても、それは必要だからやることであり、感情がそうさせているわけではなかったのである。レイセンに対する時も主に必要だから罰を与えたり、義務としてそう取り扱っていただけだった。
 妹紅との一戦後、心の奥底に眠っていた本能が再起動し感情を取り戻した永琳。最近は周囲から情緒不安定に見える程、感情を表に出し、そんな自分自身に戸惑っている感があった。常に傍らにいるレイセンはそれを間近で見て最初は薄気味悪く思っていたが、最近は言葉を発するにも相手の心を考える様子が見てとれ、そんな師匠の変化が嬉しく、また可愛らしく見えるようになり、一緒にいる事が楽しくなっていたのだ。
「・・・。」
 ハンカチを差し出されそれで顔を拭く永琳の背中を優しくさするレイセンをブリッジの出口の前で体半分外に出して振り返るようにその様子を見る輝夜。
「(・・・この永琳は他の永琳とは明らかに違う系統に分岐したレアケースだわ・・・失うのは確かに勿体ないわね・・・。)」
 八意永琳と蓬莱山輝夜は、月の民という点で同族であるが人種が全く違う。他の月の民は元々地上にいる人間で、永琳は神様の系列で別種だが感情が不要な世界で感情を失い、他の月の民と同化した者達だ。輝夜の種族は月で新たに誕生した新人類であり輝夜が一族の始祖である。
 何れも月のいる者達は種族にかかわらず完全な存在である故、他者に依存する必要性が無くなり、自分以外に関心が失われるとともに感情も退化してしまっているのだ。
 輝夜はその中では特異な存在で、その能力によって無限の時間を体験する事が出来、あらゆる刺激を受けて感情が退化せずにいたのである。無数に枝分かれする未来への分岐と集束を繰り返し、その度に体験情報が統合され常に好きな自分を切り替えられる存在なのだ。
 輝夜は既に幾つかの結末をその目で見ている。幻想郷が完全に滅び永琳も永遠の生死の狭間に追いやられるケース。多大な損害を出してなんとか異変を収めるケース。妹紅の思惑が完全に想定通りにいくケースとそうでないケースなど様々であるが、これほどまでに未来の分岐パターンが多い状況は生まれて初めてで困惑する。これは恐らく影響力の強い強大な存在がそれぞれの思惑で動いているせいだろう。誰の思惑が成就するかで未来がかわるというわけであり、これは群雄割拠の戦国時代などと似た状況と言える。
 輝夜は姿勢はそのままに顔だけ天井を向き、ここにはいないこの世で最も憎らしい顔を思い浮かべる。
「(藤原妹紅・・・上手くやりなさいよ!)」
 悔しいが、この異変は妹紅の勝ちで終わるのが幻想郷や世界の未来において最も理想的な形なのである。


 予定より早すぎる異変の到来に困惑した永遠亭だったが、首謀者の八雲紫は手間が一つはぶけただけと、この事実を重大な問題とは敢えて受け止めていなかった。そもそも重要な問題として受け止めたとしても、もはや軌道修正が出来る状況ではなく、心の内は複雑だろうが直ちに問題となる状況ではないと虚勢をはるしかないのだ。

 ここでその当事者以外で重大な物理的問題に直面したのが、紫によって計画された情報操作の最前線にいた姫海棠はたてと記事の内容が予め決められていた彼女の新聞花果子念報だった。
「文、どうしよう?予定より3日早いわ。永遠亭と紅魔館で戦闘になる予定が・・・。」
 『第二次吸血鬼戦争勃発』という見出しの花果子念報第6号の原稿は既に上がっており、記事を活字班に回すところまで準備が進んだ段階で異変の前倒しであり、代替えの原稿やずれた予定の組み直しの指示もクライアントからはまだ来ていない。
 これまで予定通り完璧に推移していた状況が一変し、自分一人では判断する事が出来ず狼狽えるはたては、文に泣きついた。
「狼狽えないで。あんたは何なの?」
「何って・・・。」
「文屋でしょ?今起こってる事を記事にすればいいのよ。」
「でも、そんな予定は・・・。」
 その言葉を聞いた文は握り拳をはたての顔面に埋め込んだ。
 鼻が折れる鈍い音と、何かがぶつかる衝撃音と振動、そして物が散乱し硬いものが破損した音が、鞍馬山領印刷団地の敷地内にある編集者棟に木霊する。
「はたて・・・あんたクロワンになるんでしょ?だったら腹くくりなさい。」
 壁に吹き飛ばされ鼻の曲がったはたては、流石に頭に血が昇り反攻しようとするものの、足が言う事を聞かず上半身を上げただけで何も出来ず文を睨む。
 はたてを殴って壁際に追いやった文は、歩み寄って手を差し出す。
「紅魔館と永遠亭の間に戦争は起きない。戦争を煽るの第6号はボツよ。接近する謎の物体を報せるはずだった第8号を6号に差し替えるわよ。原稿は既にあるわ。無いのは写真だけ。何してるのさっさと撮ってきなさい。」
 身じろぎもせずに何かを考えていたはたては、黙って文の差し出した手を取り立ち上がらせてもらうと、そのままむっとした顔で文の横を素通りして編集室を出る。
「いい絵期待してるわよ。」
 文はそのはたての態度を見て満足した。ようやく文屋らしい顔になったと・・・。
 この様子を固唾を飲んで見守っていた犬走椛は、何かを訴えるような目で主人を見つめ、忠実な僕が何を考えているのかすぐに理解した文は何も言わず頷き、したいようにさせた。
 急いではたての後を追う椛を尻目に腕を組んで闇夜の窓の外を見る。
「これまで完璧に運んでいた予定が狂った・・・これは恐らく今後も予定通りにはいかないわね・・・。」
 この異変で自分を自由に動けないようにする為、不当に謹慎処分にしたはたてのクライアントの『若いご婦人』の顔を思い浮かべ、心の中で罵声を浴びせると同時にざまぁみろとあざ笑う文だった。
「・・・兎に角。」
 謹慎の身、今は異変について何も出来ない。その代わり全身全霊を持ってはたてをサポートする。文はそう決意した。 


 花果子念報 第6号が人間の里に配られた時、ほとんどの住人がその記事を飾る謎の球体の事を既に知っていた。
 彼らは空にはっきり見える昼間の月の様な大きな丸い物体が何なのか、そしてこれが因幡てゐから始まった紅魔館と永遠亭に関する一連の事件との関連があるのかなど情報に飢えており喜々として新聞に群がった。
 
『蓬莱人を滅ぼすために吸血鬼が星の運命を変える!』
『幻想郷を道連れか?』『許されざる蛮行!!』

 新聞のこの見出しによって幻想郷の住人は空に浮かぶ謎の球体、星の運命を操作した吸血鬼の仕業という情報を得た。
 これに関しては西の妖怪は運命操作など眉唾と疑ったが、レミリア・スカーレットは以前、隕石を幻想郷に落として破壊して見せた実績があり、当時それを眉唾と思っていた東側の住人も今回で2度目ということでこの情報を信じてしまい、それを西の妖怪にまことしやかに教えたのである。
 隕石の空中爆発事件そのものはかなり大規模だった為、幻想郷の住人はほぼ全員それを目撃している。新聞記事の中にも当時それを報じた『文々。新聞』の記事を一部引用して記載しており、西側の妖怪はこれが吸血鬼の仕業だったことをこの時初めて知り、運命操作の存在を受け入れざるを得なかったのである。

 この新聞報道を信じたほとんどの幻想郷の住人の中で、唯一この情報を否定した人物がいた。レミリア・スカーレット当人である。
「こ、こんなこと有り得ないわ!」
 手にする新聞を握る握り拳がブルブルと震え、記事の内容に怒りを露わにする紅魔館の主レミリア・スカーレット。
「当たらずも遠からずというところではない?」
 今回の件でレミリアを嗾けた張本人の魔法使いがまるで他人事の様に嘯く。
「あれは、お嬢様が呼び寄せたものなのですか?」
 忠実な僕も主の為した事だと伺いを立てる。
「あんなもの呼んだ覚えはないわよ!」
「でも、因幡てゐの言っていたものと特徴は同じでしょ?」
 パチュリーと咲夜は、異変が起こる事は知っていたので内心余裕であるが、何も知らないレミリアにとっては正に青天の霹靂で、自分一人慌ててそれを前にして余裕を見せる2人の態度が気に入らなかった。
「何、余裕ぶってるのよ!」
「落ち着きなさいレミィ。」
「これで落ち着けるわけないでしょ!」
 新聞を絨毯に叩きつけ更に足で踏んで捻り回す。
 彼女をここまで怒らせている要因はいくつかあるだろうが、最も大きな要因は因幡てゐに騙されたというこの一点に尽きるだろう。
 あの謎の物体を召喚したという実感はレミリアにはなかったが、パチュリーの言う通りアレはてゐが言った特徴のそれに当てはまり、その口車に完璧に乗せられまんまと召喚されられてしまったのだ。
 最初に変化を望むという事を親友の魔法使いに吹き込まれていなければ、こんな運命発動などすぐにはしなかったが、こうなっては何を言っても後の祭りだった。
 このことはレミリアのプライドを酷く傷つけた。しかも、こちらの言い分も聞かずあのような新聞記事の書き方をするのも気に入らず、レミリアの怒りを助長させた。
 怒りが収まらないレミリアはヒステリックに親友や僕に当たり散らす。しかし、それも既に想定済みだった2人はあくまで冷静だった。
「レミィ、前も言ったと思うけど、これは誰かが始めた異変の一環よ。」
「恐らくこの新聞も異変の首謀者と繋がって指示通りにやっているのでしょう。」
「始めから向こうの思惑に便乗して、先手を打つつもりだったんだから、そんなに怒る必要はないわ。」
 それを聞いてレミリアは一旦動きが止まり、踏みつけている新聞を見下ろす。しかし、しばらくするとまた怒りが沸々と湧き上がり、今度は両足でジャンプしながら踏みつけ始める。パチュリーの言っている事は分かるが、傷ついたプライドは絆創膏を貼った程度では元に戻らない。
 怒ったお嬢様も可愛らしいと思いつつ顔がニヤけないように平静に努める咲夜は話を続ける。
「今にして思えば、このタイミングに合わせるかのように新聞の新刊が出回るのも明らかに不自然です。」
「でも、みんなそうは思ってなさそうね。今は新聞が出るのを待ち遠しく思うようになっている。」
 この新聞が配られた時、ほとんどの者は胡散臭く感じていた事だろう。しかし、興味を引く話題が立て続けに送り出された事で、それを受け取る側はいつの間にか新聞を読む習慣を短時間に身につけてしまっていた。
「で、その異変の首謀者ってのは誰なのよ?」
 辛うじて破れてはいなかったが、ほとんど読めなくなった新聞に興味をなくしたレミリアは、ようやく落ち着きを取り戻し話を聞く態度になる。
「普通に考えれば因幡てゐと関係の深い永遠亭しかないでしょう?」
 レミリアとはテンションが180度違うパチュリーが静かに答える。
「情報を操作していることも考慮にいれると単独ではなく複数人、組織による犯行でしょうね。」
 裏の事情をだいたい知らされているので犯人がだれかなど既に分かっているのだが、何もしらないレミリアに合わせる為に臭い演技をし、それに全く気が付かないレミリアを見て役者になれそうなどと心の中で呟くパチュリーと咲夜。
 その時、突然強い魔力の集束がパチュリーの横にいるレミリアの足下に起こり、魔法の召喚陣が出現し中から深紅の瞳と髪を持つ悪魔が現れる。
 出て来た場所が悪くレミリアに頭を踏まれたルビーだったが、顔色ひとつ変えずバランスを崩した主の友人を優しく抱きかかえ、そっと前に下ろし、非礼を詫びるように恭しく一礼する。 
「ルビー、首尾はどう?」
 名を呼ばれ主に向き直ったルビーは一枚の淡くエメラルドグリーンに発光する半透明の魔法のカードをパチュリーに差し出す。手からカードが離れると受け取ったパチュリーの背後の自分の定位置にレミリアの前を通らない様に後ろを弧を描いてまるでダンスのステップを踏むように音もなく移動する。
 パチュリーは受け取ったカードを顔の前に置くと目を瞑り意識を集中して魔力をカードに集束される。パチュリーの周囲に一瞬上昇気流の様な魔法の力が発生し、手を離し中に浮くカードの解除の呪文を呟く。それを受けてルビーのカードはすぐに光の粒子となって中空に分解飛散し、一瞬の間を置いて逆再生のように元の位置に集結する。集結した光の粒子は元のカードではなく別の形に再構築され、例の謎の球体と思しき姿に替わっていた。
「これはあの物体ですか?」
「ええ、ルビーに観測させていたの。」
「どう見ても自然の物ではなく人造物ですね。」
「高度な技術で作られた天体クラスの建造物ね。月の技術かしら。となるとやっぱり永遠亭の仕業で間違いないわね。」
「大きさは?」
「直径約40km強というところかしら。」
「よ、よんじゅう?」
 この要塞の仕様を森近霖之助から聞いた風見幽香と同じリアクションをする距離の単位の意味を知る咲夜とレミリア。
「ここから神社まで10kmないわよね?」
 単に神社といえば博麗神社を指しレミリアが距離を測る基準としてそこを使った。そこから想像するだけでも40kmというのは幻想郷的に途方もない距離に思える。
「博麗神社から・・・そうね・・・守矢神社くらいの距離になるかしら?」
 守矢神社ということは、つまり妖怪の山の頂上までという意味である。パチュリーは妹紅から八雲紫の妹、藍の幻想郷の正確な立体地図を譲り受けているので、ほぼ正確な距離を測る事が出来、相対的な位置関係も瞬時に示す事ができるようになっていた。
「ルビーの計算によると、このままのスピードで落下すれば、あと50時間後に幻想郷に衝突するわね。」
「どの辺りに落ちそうです?」
「落下地点は紅魔館と人間の里の間くらいかしらね。まぁ、どこに落ちても結果は変わらないと思うけど。」
「50時間・・・約2日ですね・・・。」
 咲夜が溜め息をつくようにそうもらす。この時3人は後5日くらいならないかと訴えるような目を同時にルビー向けるが、当人は小首を傾げて自分の所為ではないと知らん顔をした。
「まぁ、何にしてもこの異変の首謀者がそろそろ動き出す頃ね。」
 暗躍する首謀者の接近を予言したパチュリーがそう呟いた時、レミリアの部屋の外に何者かの気配が突然発生し緊張が走る。
「ジャスパーです。」
 ジャスパーはメイド長十六夜咲夜直属で、パチュリーがルビーを元に作った七曜魔の一人で、その中では最も気性が大人しく咲夜に忠実で外見がルビーに近い。そのジャスパーが瞬間移動で部屋の扉の前に現れた事を、上司の咲夜が直ぐに気づいた。
 咲夜は用件を聞きに一旦外に出て、間もなく戻る。
「館内に客人が来ているとのことです。」
「館内?誰?」
 一瞬間をおいてから静かに口を開く咲夜。
「・・・八雲紫です。」


 紅魔館は湖に面した正門から見る姿は大きなただの洋館に見えるが、側面と後ろ側は窓が少なく、まるで小さな城塞のように見える。これはこの館が幻想郷入りした当時、巨大な城塞都市の中にあり、その城塞は主に西側の妖怪の山の天狗の勢力に対して防備を固めていた為、建物のほとんどがその方向に窓を少なくしていた名残である。
 当時、幻想郷連合軍は防御の弱い城塞の東側から攻める為に、現在博麗神社が建っている東端の山に本陣を築いて天狗達と挟撃作戦を展開させていた。
 現在の紅魔館の位置は戦争当時と変わらないが、この周辺を広く取り囲んでいた城塞は跡形もなく解体され、資材は全て天狗側の戦利品として持ち去られ、彼らの居住地の建築資材として再利用された。
 その紅魔館には新聞報道を受けて、大勢の妖怪と野次馬の妖精が集まり、門番の紅美鈴に謎の物体の事を問い質し、口論の末、喧嘩が始まりちょっとした騒ぎになっていた。
 徒党を組んで新聞の内容を問いただしに来るような雑魚妖怪達では、門番の紅美鈴に敵う訳もなく、数秒で騒ぎは収まり門前の群衆は這々の体で逃散し、レミリアらが八雲紫の来訪を報される頃には何事もなかったかのように周辺は静まりかえっていた。

 八雲紫は正門からではなく玄関ホールに直接現れ、たまたま居合わせたジャスパーが応対して咲夜に知らせ、指示通り客間に案内する。そして間もなくメイド長の十六夜咲夜が客間に現れここに来た理由を問う。
「ご用件は何でしょうか?」
「今回の騒動の事で・・・。」
 身体のラインがよく見える紫色の洋服に身を包んだ八雲紫は、ソファーに浅く座り背筋を伸ばしどことなく楽しげに咲夜に応える。
「我が主の責を問いに来たと言うわけでしょうか?」
「いいえ、貴女の主を利用した件を詫びにきたのよ。」
「!」
 八雲紫の来訪を予め予想していた咲夜はその言葉に驚きは無かったが、敢えて驚いた表情を浮かべる。
「・・・お待ち下さい。今主をお呼び致します。」
「ありがとう。」
 部屋を出た咲夜は直ぐにそれをレミリア・スカーレットに知らせ、自身はお茶の準備をする。
 レミリアが客間に入るタイミングに合わせて咲夜は別のドアから入室し、向かい合ってソファーに腰かけた主と客である八雲紫に紅茶を淹れる。
 少し遅れてパチュリー・ノーレッジが入室し、同席の許可を客に求めそれを了承され、咲夜は彼女の分のお茶も直ぐに入れた。そして、ジャスパーを呼んで部屋の隅にティートレイを移動させ彼女を給仕係りとしてその脇に立たせ、自身は主の横に寄り添う様に立つ。
 紅魔館流の客を迎える形が出来ると、レミリアは詫びに来たというその真意を尋ねた。
「あなた方もご存知の様にこの一連の騒ぎは全て私とその企みに組みする者が仕掛けたもの。」
「それは永遠亭の事ね?」
 レミリアではなく紫から見て向かって右に座るパチュリーが尋ねる。
「ええ。」
「で、こちらを騙して、それをわざわざ詫びにくるなんて、よく意味が分からないけど、どういう事なのかしら?」
 レミリアはティーカップに口をつけ、余裕のある涼しげな表情をして紫を無視しており、話はそのままパチュリーが続ける。そんなレミリアに一瞥入れ、魔法使いに顔を向けて冷ややかな表情で答える紫。
「私達にはある企みがあって、それはあなた方紅魔館には直接関係ない事だったの。」
「既に関係してしまっているし、それもかなり迷惑な方向に。」
 苦情を言うパチュリーだが紫はそれを一先ず無視して話をすすめる。
「あの丸い物体を幻想郷に呼び出す上で、方法が2つあった・・・。」
「・・・なぜ、別の方法を使わずにこの方法をとったの?」
 紫の言う2つのうち一つがレミリアの運命操作による召喚であることは間違いなく、もう一つの方法をとらなかった理由を問う。
「もうひとつの方法だと、別の人に迷惑がかかるからよ。」
「私達なら迷惑がかかっても良いということ?」
「ハッキリ言ってしまうと、そういうことね。」
「・・・随分と身勝手な話ね。お陰でこっちは幻想郷を敵に回すハメになったわ。」
「敵に回して何か不都合な事がおありなのかしら?天下の吸血鬼様がぁ?」
 紫はそう言って扇子で口元を隠しクスクスと笑う。
 パチュリーは思わず口をつぐんだ。自分の言葉はあくまで個人的なものでこれは主の台詞ではなく、あくまで一般的な見解だった。パチュリーが主に代わって紫と話し始めた理由は、こうした言葉のやりとりの中でレミリアが返答に窮するような状況に追い込まれ恥を掻くのを防ぐ為で、会話の駆け引きにおいて相手のカードを沢山切らせてレミリアに少しでも多くのカードを温存させるためのものだった。
 紫の挑発的な言葉も、側近のパチュリーではなく主と直接話をさせろという意思表示でもあり、レミリアもここでパチュリーを制して選手交代をする。
「私が幻想郷の敵になるは別に構わないけど、自分の意志ではなく誰かにそうさせられる事が気に入らないだけよ。」
「だから、こうしてお詫びに来たのよ。もちろん言葉だけではなくそれ相応のものを持ってね。」
「それ相応のもの?」
「今起こっている事は紅魔館によるものという認識で広まっているわ。これを誰か別の者がおさめるにしても犯人は紅魔館という事実はかわらないわ。でも、事件を起こした当事者がきっちりと解決すれば・・・。」
「少なくともプラスマイナスゼロ・・・いえ、これだけのことをしてみせたパフォーマンスはプラスとして残るかも・・・。」
 パチュリーが独り言の様に呟く。
「今回の異変で既に私達の計画に賛同している者は、永遠亭、博麗神社、守矢神社、妖怪の山の大天狗、地霊殿、四季映姫、西行寺幽々子・・・。」
「そ、それって、幻想郷の主だった面々全部じゃない!」
 レミリアが思わず声を上げた。
「面白くないわね。幻想郷を巻き込んだ茶番をやるならやるで、何故こちらに話がこないの?しかもこのようなだまし討ち・・・。」
 妹紅に事情は聞かされているとはいえこれにはパチュリーも流石に不快感を隠せず眉を吊り上げた。
「紅魔館を除け者にして進める計画なら今私はここにはいないわ。実を言うと運命操作にあたってほとんどがそれを眉唾と思っているのよ。」
「つまり、要人をこの計画に参加させるにあたって運命操作が本当に行えるかどうかを証明しなければならなかった・・・。」
「あら、賢いメイドさんね。その通りよ。もう一人には迷惑をかけたくなかったし、でもだからといって運命操作が使えるからと異変のメンバーの一人に貴女を推しても誰も賛同しないどころか、皆手を引いてしまうわ。一応これでも私だけが運命操作ができるって信じて皆を説得したのよ。」
 自分は他とは違い紅魔館寄りに立っているとアピールする紫だが、実際にそれで皆を説得した事実などない。交渉上の口からでまかせで、咲夜とパチュリーも了解していることだった。それだけに紫の演じる茶番ば滑稽に見えると同時に、交渉とはこうするものなのかと参考になる。
「そのもう一人とは?」
「藤原妹紅よ。」
「藤原妹紅?あの不死身の人間?」
 咲夜らは既に知っていたが、レミリアにとっては予想すらしなかった意外な人物の名だった。
「彼女がどうして?」
「藤原妹紅・・・不死身という点が目立ってしまうけど、彼女にはある秘密があるの。」
「秘密?」
「彼女の炎の力、それは不死鳥の力。藤原妹紅の中には本物の不死鳥がいたのよ。」
「その不死鳥がどうかしたの?」
 不死鳥について詳しくないレミリアは事の重大さを理解できない。
「神獣は世界を支えてる存在だけど、その神獣の中で不死鳥だけが唯一寿命を持ち、死ぬと転生するの。その死は世界に大きな災いをもたらしその破壊によって自然から思想まで様々なものが転換していくのよ。」
「時代が変わる・・・ってことかしら?」
 これは妹紅との協力関係とは別に初めて聞く事で、パチュリーは強い関心を示した。元素を操る魔法使いとしては炎の頂点というべきフェニックスに無関心であるはずがない。
「その通りよ。そして妹紅の中にいる不死鳥は転生できず、時代は中々変化できずにいるのよ。」
「変化しないと何か不都合があるの?」
 最近変化という言葉に敏感になっているレミリアが問う。それを受けて八雲紫はどこからともなく、携帯電話を取り出しテーブルに置いた。
「あなた方も知っていると思うけど、これはケータイという向こうの世界では当たり前に皆が持っている道具よ。神通力のない人間でも遠く離れた人と同じ時間の中で会話する事が出来る便利な道具。」
「これがどうしたの?」
「これを利用する為には大きなエネルギーが必要なの。そうね例えば、貴女の魔力の数億倍のエネルギーを常時供給出来るような・・・。」
「それはちょっと大袈裟では?」
 名指しされたパチュリーが思わず反論する。例えの値が大きい程元となる自身の魔力が小さい事を暗に示している様で気に入らない。
「向こうの世界には60億の人間が住んでいるのよ?そういえばメイドさん、あなたは比較的最近幻想郷入りしたのよね?だったら私の言っている事が嘘ではない事はわかるでしょ?」
「確かにそちらの言うとおりです。誇張でもなんでもありません。」
 ね?と言った表情でパチュリーに微笑む紫。パチュリーも数年前まで向こうの世界にいた咲夜自身が言う言葉には流石に反論出来ずむっとする。それにしても60億人とは凄まじい数で、容易に想像出来ない。
「莫大なエネルギーを浪費し、そのエネルギーを供給するために沢山の資源が使われる。有限の資源はいずれ枯渇してしまう。そうなればそうなったで原始的な生活にもどればいいのだけれど・・・。」
 そこまで言いかけて紫は咲夜を見て話の続きを促す。
「莫大なエネルギーは同時に有毒な廃棄物を大量に吐き出します。資源が枯渇する前にそのゴミを処理できず自然が破壊され人が住めない世界になるかもしれません・・・。」
 咲夜の言葉に紫は満足げに頷く。
「向こうの世界の事だからこちらは関係ないと思うかも知れないけど、このケータイの様に迷い込んでしまう。向こうのそうしたゴミを大量に吐き出す技術もいずれ古くなってこちらに流れてくる可能性もあるわ。そうなれば閉ざされた幻想郷はあっと言う間に汚染されてしまう。」
「つまり貴女は世直しをしようというの?」
 パチュリーの問いに答えず話を続ける紫。
「不死鳥転生は大きな破壊を幻想郷にもたらすわ。そんなことをいきなりやれば藤原妹紅が悪者になってしまうでしょ?私は以前、宇宙人の口車に乗せられて彼女を悪人にしてしまった事があるの。」
「この件で藤原妹紅には話がついてるの?」
「もちろんよ。」
 レミリアの質問に紫が短く返答した後、しばしの静寂が客間を支配する。そしてその静寂を撃ち破る様に八雲紫がテーブルに書類を置く。
「これは?」
「今回の異変を解決するにあたってのスケジュールと各自の役割を記した計画書よ。貴女達が私達の計画に参加の是非に関わらず異変は進行していくし、参加しない場合のシナリオもちゃんと用意してあるわ。」
 怪しい笑みを口元に浮かべる紫。
「今から1時間後、こちらで用意した文屋が紅魔館に取材に来る手筈になってるわ。そこで記者に向かって意思表示をしてちょうだい。そこから全てがスタートするわ。」
 八雲紫は敢えて具体的な動きの指示をせず、計画書(レシピ)だけを与え味付けは紅魔館に全て丸投げをした。
「楽しめる異変になるといいわね。」
 八雲紫はそれだけをいうとあっと言う間にスキマに消える。 

 八雲紫が去った客間に半ば呆然とするレミリアを尻目に、最期は終始紫に無視され続けたパチュリー・ノーレッジがテーブルに置かれた計画書を手に取り読み始める。
「空全体を巫女が結界で封鎖し、その向こうで藤原妹紅が不死鳥を転生させる・・・。」
「あの巫女の力でそんな事が出来るのでしょうか?」
「巫女の足りない力を補う為に守矢神社の神様が力を貸すみたい。」
「なるほど・・・。」
 パチュリーが計画書を読みながら掻い摘んで説明していると、遠くから誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。
「・・・さーん!咲夜さーん!」
「中国ね。」
 門番の紅美鈴をパチュリーは何故か中国と呼ぶ。これは、預言書に記されていた『紅美鈴』という漢字表記を『くれないみすず』と日本語読みして本人に注意されたのだが、この時やたら発音に五月蠅く注意をうけたので『もう中国でいいわ』と匙を投げられ、以後パチュリーは彼女を中国と呼ぶようになったのである。
 紅美鈴は、レミリア達が何処にいるか知らず館内を走り回りながら叫んでいるようで、ご指名を受けている咲夜が廊下に出て呼び止める。
「あ、咲夜さん!外にお客さんが来てますよ!この前の文屋です。」
「分かったわ。ここにお通しして。」
「いいんですか?」
「ええ。それから、使用人を出来るだけ沢山動ける状態にしておいて。」
「分かりました!」
 走り去る美鈴の背中を見送った咲夜は、客間に戻って先程の八雲紫が派遣したと思われる文屋の来訪を告げる。
「お嬢様、どうなさいますか?」
 八雲紫の計画についてそれに賛同し参加するかの意思表示をまだしていないレミリアに最終確認をとる咲夜。
「・・・愚問ね。せっかくのパーティーの招待状。断る理由はないわ。」
「わかりました。ではそのように準備を進めます。」
 咲夜は恭しく一礼すると、その場から一瞬で消える。
「ようやくやる気になったわね、レミィ。」
「パチェ、私はやるわ。不死鳥の転生は時代の変化の象徴、私の成人を祝う宴の花火にしてやるわ!」
 異変の収集と成人の問題は別で、成人になるための障害は大きい。だが、なにより重要なのがレミリアの気持ちである。現状に満足するようでは彼女に成人の道はない。そこに導く十六夜咲夜には寿命があるからだ。
 ここで変化を恐れない前に進む気力が生じたことは大きな収穫といえる。
「・・・。」
 因幡てゐに騙されプライドを酷く傷つけられた反動からか異変に向けて気力がみなぎり生き生きとしだす親友を尻目にパチュリーの中にもある目的が生まれる。それは仄暗い闇の炎となって静かに確実に燃え広がっていた。
「(このお礼は必ずさせてもらうわ。)」
 先程、自分を無視しコケにしたスキマ妖怪に対する明確な敵対心が現れていた。そしてこの事は藤原妹紅の思い通りの展開に繋がる事になった。