東方不死死 第51章 「暴露」


 包みの中に入っていたのは、一枚の大きな少し厚めの紙を限界まで小さく折り曲げたものだった。
 パチュリーは中身を確認しつつそれに興味があるものの、もっと重要な案件を先に済ませる必要があると判断し、妹紅に向き直って真顔で正対する。
「どうして貴女がスキマを開けるの?」
 その質問はもっと早くにすべきところだったが、パチュリーがそれを問いに図書館に戻って妹紅の名を叫ぼうとした時、妹紅と咲夜が向き合って神妙な空気を醸し出していたので、引き下がったところに唐突にこの小包を渡された為、それに気が向いて重要な事を聞きそびれていた。
「その巻物は八雲紫が九尾の藍の行動範囲を広げる為に作った一方通行で一回ぽっきりのスキマを発生させる巻物を私がコピーしたものよ。」
「スキマをラーニングしたというの?」
「ラーニング?」
 聞き慣れない単語が出たので聞き返す妹紅。
「相手の技を盗んで自分の物にしてしまうことよ。」
「なるほど、盗むと言うならそうかもしれないけど、これはあくまで紫の作った巻物をコピーしたものでスキマ能力を盗んで自分の物にしたわけじゃないわ。あれはそもそも盗めるような類の力ではないし。」
「でも、限りなくそれに近いものよね。」
「幽明結界に行く為の巻物だから現状ではそこにしか行けないし、巻物を発動させる燃料の触媒も無限じゃない。」
「触媒?触媒というのはあの金糸のことね?あ、そうか、あれは八雲紫の髪の毛・・・。」
「何が一番大変かって、それを手に入れるところかしらね。どうやって盗ったかは教えないけど。」
 教えても別に構わなかったが、その経緯も説明するとなると物凄く面倒な作業になるので、機密事項として教えない事にした妹紅。ちなみにこの髪の毛は、博麗神社で紫と会見した後に起こった岩老刀の事件の際、霊夢に呼ばれて紫の救出作業をした時にくすねたものである。この時紫は昏睡状態だったので盗むのは容易だった。

 髪の毛は当人の生体情報が詰まった重要な触媒で、呪いなどにも使え本人の身代わりとして機能する優れた触媒の一つである。
「・・・。」
 パチュリーは妹紅の話を聞きながら力の差を見せつけられ押し黙る。
 見た物を正確にコピーする事は自分でも出来る作業かも知れない。しかし触媒が手に入らない以上、術を完全にコピーするのは不可能である。
 八雲紫の頭髪かもしくは同等の別の生体組織を手に入れなければならないが、盗人ならともかくただの魔法使いであるパチュリーには絶対に不可能な作業だろう。自然に存在するもので代用できる触媒を探して採取する以外今出来る事はないが、どんなに頑張っても八雲紫の力の代替品などこの世に存在はしないだろう。
 体術にしろ魔術にしろ、特化した得意分野では妹紅には負けないと自負する者は大勢いるだろう。実際に体術なら紅美鈴の方が上だし、魔法に関しては当然自分の方が優れているとパチュリーは自負している。まぁ、魔法に関しては妹紅には魔力はないので当然であるが。
 しかし、問題となるのは特化した分野におけるそれ同士の優劣ではなく、どんな状況においても対処できる総合力である。妹紅に魔力がなくても妖力等で充分補えるし、それ以外に体術、盗みの技術、巻物を作る技術、術を盗む技術などありとあらゆるあらゆる技能を有しており、まだ見せていない未知の技能もまだまだ沢山持っているのだろう。
 自分には魔法以外に他者に何か自慢できるものがあるだろうか?いくらでも本を読み続ける役に立たない技能とも呼べないものしか持っていないパチュリー。
 単身で生き抜き最後に勝利する技術に関して、藤原妹紅に遠く及ばないと痛感するパチュリーである。

 藤原妹紅がスキマを自在に使えるわけではない事が分かり何故か安堵するパチュリー。これだけ強いのにスキマまで使われたのではもはや手がつけられない。藍という守護を持ち咲夜の力すら無効化してしまうのだ。こんな万能生物がいては堪らない。
 パチュリーは妹紅と敵対する気は全く無く、万が一の事を考えて予防策を講じて失敗した咲夜と同じ愚を犯すような事もしない。しかし、敵対する気がないからといってそれで相手の強さに納得出来るかといえばそうではない。やはりこの反則的な力に釈然としないものを感じるのだ。
 取り敢えずスキマの力は限定的なもので、その恩恵にあやかれる立場にいる事で良しとして自分を納得させるパチュリー。そうでもしないと落ち着かず、もやもやした陰鬱な思考が止まらない。
「(あーもう!止め止め!)」
 気を取り直して頭を切り換え、贈り物に集中する作業に戻る。
「何かしらこれ・・・。」
 厳重な包装から中身を取り出し手に取ったパチュリーは、それが一枚の紙という事は理解出来たが中身が何かは折り畳まれているので分からない。
 気の利くルビーが丸テーブルの上のティーセットを片付けるのを見て、そこに広げてみようと歩み寄る。
 その紙は広げれば小さなテーブルよりもはるかに大きく、当然収まりきれない部分は天板の外にはみ出してしまう。テーブルクロスの様に端が折れ曲がって下に垂れ下がる為、全容がいまいち見えてこないがテーブルの天板の上の水平面は何が描かれているか確認は出来た。
「幻想郷の地図ですね。それもかなり精密な・・・。」
 それを見た咲夜がぽつりと呟く様に言い、チラっと妹紅の横顔を見る。妹紅の表情は渋く、指を顎に宛って何かを考えているようである。期待していたものとは明らかに違うといった表情である。
 咲夜は妹紅が想像しているものとは違う物が贈られたのではないか、つまり何かを間違えてしまったのではないかと自問し、先程、藍からこれを直接手渡された時の事を思い出す。一応言われた通りに手紙を渡しただけで、中身は確認していないので結局妹紅が何を要求したのか分からないが、藍はそれを理解したのか直ぐに包みを渡してきたので、少なくとも咲夜の行動に問題はないはずである。考えられるのが妹紅の書いた手紙が意味不明で藍が別の案件と勘違いしたという可能性はなきにしもあらずである。
「妹紅はこれが目当てだったの?」
 パチュリーとしても、壁に貼って飾るような大きなこの幻想郷地図にインテリアとしての価値があるとは思うものの、魔法使いとしてはさほど興味がある品物というわけではなく、少し落胆気味に妹紅に尋ねる。
「うーん、予想していたのとは少し違うな・・・座標情報が欲しかったんだけど・・・。」
 妹紅の言葉から座標情報というキーワードが出た。話の前後から推察すると、妹紅は座標情報を書き替えて幽明結界とは別の場所にスキマを開けないか知りたいのではないだろうか?
 パチュリーはそれを尋ねようとしたが、妹紅が真剣な顔で地図を動かして地図上の紅魔館の位置をテーブルの中央に移動させる様子を見て声を掛けるのを躊躇う。
 最初妹紅は紅魔館に用事があるように見えたが、そうではなく手前にある霧の湖に着目しているようである。地図を真上から見てみたり、斜めなど角度を変えて様々な方向から湖周辺を調べている。湖にスキマを開きたいのだろうか?
「何も描かれてないな・・・。」
 霧の湖を凝視していた妹紅だが、一旦諦めてテーブルから少し引いて溜め息をつく。
 パチュリーはその様子を見ながら考える。妹紅が藍に対して特定座標の情報を求め、その藍はこの地図を渡してその返答としている。しかし、この地図に妹紅が求めるものはなかった。いや、あるにはあるが見つけられないだけか・・・。
「(どこかに何かヒントがあるはずだわ・・・藍が間違えるはずないし・・・。)」
 藍と会った事もないパチュリーだが、思念体であり人口知能である藍は、感情がある生物よりも信用出来る存在だと思っている。
 何か細工があるのかと妹紅と入れ違いになるように地図に近付いて凝視し始めたパチュリーは、位置を少しづつずらしながら色々な場所を探る。そして地図の端の余白部分に到達した時、そこで何かを発見した。
「これは・・・魔法言語だわ・・・ねぇ、妹紅?」
「ん?」
「藍という人は魔法にも精通しているの?」
「いや、そこまでは分からない。でも藍と魅魔は仲間だったし、魔法について無知という事はないと思う。」
「そう・・・。」
「それがどうしたの?」
「ここに、パスワードを入力するスペースがあるの。それを説明している文字が日本語とか妖怪が使う類のものじゃなく私達が使う魔法言語なのよ。」
 妹紅はそれを聞いて、パチュリーの指し示す部分に顔を寄せる。
「どうやって入力するの?」
「ここの四角い部分に単語5文字指でなぞれって。」
「5文字?」
 見ると五つの正方形のスペースが余白に沿って並んでいる。
「この地図が妹紅さん宛てのものなら、妹紅さんが知っているキーワードではないでしょうか?」
 咲夜が後ろから声をかける。彼女の言は最もであるが妹紅は敢えて無視する。
 咲夜にヒントを与えられた妹紅は、試しに自分の名前ではないかとすぐに思い至り少し考えてみるが、『もこう』も『妹紅』も『ふじわら』も『藤原』も『藤原妹紅』も5文字には当てはまらない。
 他に父親の名前とか永遠亭の面々などではないかと頭を捻って考える。永遠亭の面々と考えたのは藍と話題を共通出来る数少ない知人になるからだ。
「わかったわ!」
 そこでパチュリーが一つ思いついて早速入力をする。
「やった!」
 パチュリーの入力した文字が認証され、入力部分の上に半透明に光るパネルが宙に現れる。妹紅はそれを見て永遠亭の月の技術に近いとふと思ったが、それはすぐに忘れ、パスワードを解いたパチュリーを素直に賞賛した。
 魔法言語で説明されているなら、魔法言語に当てはめればよい。妹紅の名前は魔法言語では5文字になり、魔法言語が使えるパチュリーにとっては簡単な謎解きだった。
「何々・・・え?エラーメッセージ?ここは適切な場所ではないって・・・適切な場所って一体どこよ?」
 パスワードを解いて興奮気味のパチュリーだが、エラーメッセージを見て落胆と同時に苛立ちを表にだして語気が荒くなる。妹紅には魔法言語は分からずそのパネルの文字は読めないが、咲夜はパチュリーから魔法を少し学んでいるので判読まで時間がかかるが何とか読めた。その咲夜はナイフの召喚をパチュリーから学び、飛行術を紅美鈴から学んでいる。
 パチュリーの言葉からするとこの地図は何処か決まった場所に置かないと機能しない仕組みのようである。
 3人はしばし思い思いの体勢で何処が適切な場所なのか考える。その様子をルビーが面白そうに見ながらパチュリーの背中を指でつついて、気付いて振り向いた主に魔法陣を指さす。
「なるほど!あそこに置けば!咲夜!端っこを持って!みんな手伝って!」
 魔法言語で説明されているということは、仕掛けがあるとしたらそれも魔力を動力源にしているはずである。簡単な答えだが、簡単過ぎて灯台もと暗しになっていた。
 これは自分の領分だと認識した途端、活きが良くなった紫色の魔法使いは周囲を仕切って大きな地図の四つ端をそれぞれに持たせて魔法陣まで移動させる。鼻息を荒くしたパチュリーは床の魔法陣に置かれた地図を得意げに見て、気の利くルビーから受け取った自分の杖で床をトントンと2回叩く。
 それがトリガーとなって魔法陣が起動し光を帯びると魔力が充填されていく。それに反応して折り目が強く残った紙の地図が一瞬で一枚の金属板の様に折り目無く完全な平面状になると、今度は床面から80センチほど上昇して宙に浮かぶ。
 地図の端の余白部分にあるパスワード入力部に出ていた半透明のパネルのエラーコードは消え、本来の機能として使える状態で完全に起動した。
「よし!」
 平面に描かれた地図は起動後、地中にある旧地獄も含めて半透明の立体映像が浮かび上がり、まるで幻想郷をそのまま小さくした模型の様なものに替わる。更に、立体地図の上下左右天地方向に等間隔で白い光の線が走り、幻想郷を細かいブロックに切り分けている。 
 パチュリーはエラーコードが出ていた先程のパネルに注目し、それがこの地図を動かすコンソールパネルだと気付き、仕組みを探りながら操作し始める。
「凄いわ・・・幻想郷の完全なミニチュアだわ・・・。」
 咲夜と妹紅は呆気にとられてその光景を見ている一方で、パチュリーは興奮気味に薄笑みを浮かべて、コンソールを両手の指で器用に叩きながら嬉しそうにそれを眺める。まるで世界を征服した支配者の様に・・・。

「なるほど・・・やっぱり空間密度にバラツキがあるのね・・・。」
 一人だけ理解を示してコンソールを叩き続けるパチュリー。声を掛けようとしたが聞く耳がなさそうだったので、妹紅はしばらく好きにさせる事にした。
 立体地図の空間を区切るように存在するブロックは、全てのエリアで共通の大きさではなく、あるエリアでは小さなブロックが密集しており、その事が非常に重要な意味を持っている事が理解できた。
「魔法の森はやっぱり複雑な空間になっているわね。」
 場所によって異なるブロックの大きさだが、そのブロックは一つ一つは全て密度が同じ事を意味しており、ブロックが大きい程低密度空間で、逆に小さなブロックほど高密度である事を示していると思われる。
 魔法の森は小さなブロックが集中して複雑に形成されているという事が地図を見れば一目瞭然で、それだけ狭い範囲に空間が凝縮されているという事を示している。
 物理世界では基本的に空間密度はほぼ同じといってよいが、幻想郷ではそれに大きなばらつきがあり、同じ10メートルの距離でも、紅魔館周辺エリアの10メートルと魔法の森の10メートルではその意味が違ってくる。
 単純に物理空間を歩くだけならどこも変わらないが、例えば魔法による相対跳躍は、始点と終点の距離を測量し空間をねじ曲げて始点と終点の距離を省いて跳ぶ仕組みだが、空間密度が安定していないと物理的な距離と空間内を移動する魔法的な距離との間に誤差が生じてしまい、目的の場所に跳べない事になる。
 実際問題として体力の無いパチュリーは魔法跳躍で移動する事を目的に、周辺地域を測量し物体を跳ばして魔法距離を測ったが事があるが、測量して割り出した距離と実験で飛ばした物体の出現位置に大きな誤差が生じてしまい、魔法で自由に幻想郷を移動する事を断念していたのだ。
 そうした魔法移動には様々な問題がある。テレポートアウトした場所が何かの物体の中であれば肉体と物体が分子結合して物質を形成する仕組みから逸脱しその時点で存在が完全に消失してしまうのである。つまり空間密度が不安定な幻想郷では魔法的な移動は非常に危険なのだ。ちなみにこれを利用して比重が近い物質同士を結合して高密度の金属を作る事が出来る。
 パチュリーは現時点では紅魔館周辺しか安全を確認しておらず、従ってその周辺でしかテレポートは出来ない。もっと離れた周辺空域を自在にテレポートしたいがそれが出来ないでいた。

 この地図のブロックの単位を仮に1とした場合、人間の郷から博麗神社、太陽の畑辺りの幻想郷南東部の平野はブロックが碁盤の目の様に綺麗に並び、空間密度は非常に安定している事が分かる。このエリア内なら自在に魔法跳躍も可能だろう。
 しかし、魔法の森は小さなブロックの集合体で複雑に構成されており、沢山の要素をこの森に圧縮して詰め込んだ形跡が見られ、ここを通過する相対魔法跳躍は非常に危険である。
 同様に妖怪の山なども複雑で、複数の土地が山中央に向かって圧縮されている様子がブロックの分布でその複雑さが見てとれた。パチュリーがここで気付いたのは北と西にある妖怪の山、南の魔法の森と紅魔館が空間密度の不安定地帯に取り囲まれているということだった。意図的にそうしたのかは不明だが、魔法使いの立場としては魔法による干渉が受けづらい場所である反面、こちらから対外的な魔法干渉が非常にしずらい場所だということが理解出来た。
 そしてさらに大きな発見があった。これまでは地理的な発見だったが、これは地図の機能的なもので、この地図の存在意味を示すものである。その発見とは、このブロックの一つ一つに認識番号の様な記号が全てにふられているという事である。
 この記号が具体的にどう読むのかわからないが、規則性があり数字やアルファベットに代用して数える事が出来、パチュリーが調べたところでは27種類の記号が確認出来、それを組み合わせて何通りもの記号配列を作っている事も判明したのだ。
 その記号をコンソールから打ち込むと指定ブロックがピックアップされ、それを更に拡大縮小が出来る。これで小さなブロックも大きく見る事が出来、これを作った藍は明らかに誰かに使われる事を念頭にして作成したと思われる。その誰かとはもちろん魔法言語が理解出来る魔法使いだ。
「(すごい!凄すぎるわ!幻想郷を完全に丸裸にしたわ!)」
 丸裸にしたのは藍であるが、魔法使いとして知りたい座標情報が全て手に入った事はパチュリーとしては大きな衝撃であると共に、これなら怖いものなしとする一種の無敵感が沸き起こる。

 有に1時間は過ぎただろうか?少し下がって雰囲気の変わったパチュリーの様子を黙って見ている妹紅の大きなあくびを見てルビーがそろそろ潮時とパチュリーの袖を引いて知らせる。
「あ、いけない!」
 完全に2人の事を忘れて研究に没頭していたようで、慌てて周囲を見渡し後方にいる妹紅を見つけて駆け寄り、すまなそうな表情で必死に謝り出す。
「いいわ、それより何か分かった?」
「ええ、これはただの立体地図ではなく、絶対地図よ。」
「絶対地図?何それ?」
 自分や自分の決めた基準点を中心に既存の地形を測量した地図を相対地図といい、それに対して自分で土地ごと創る際に図面として利用した地図を絶対地図という。土地を新たに創るなど普通の者には出来ない事なので一般的に使われない言葉だが、強大な魔法使いは世界を征服するとか、地下迷宮を作って自分の王国を築くといった創造作業をする者がいるので、魔法使いの業界ではそうした言葉が流通しているのである。
「この白いフレームで区分けされた一つのブロックは、それ一つ一つに座標情報が記されていてそのエリアに移動する際にその情報を使って跳べるようになっているのよ。つまり、これは幻想郷の創設者八雲紫の幻想郷設計地図であり、彼女のスキマ移動で使う座標情報よ。この見慣れない座標記号はきっと彼女専用の言語か、藍が分かるように組み替えた言語なのでしょう。」
「なるほど・・・紫の頭の中にある幻想郷が形になっているのか!」
 藍は紫の脳内の地図を他者が見て理解できる形にして提供してくれたが、恐らく紫本人はこれらを意識せず無意識に呼吸するのと同じように自在に座標情報を利用しているのだろう。
「でも、どうして藍が紫の情報を知っているのかしら?」
「藍は魂を紫に譲渡する際に、一瞬だけ紫を乗っ取り自分の物としているんだ。」
「へー・・・。」
 パチュリーはそうなる経緯にも興味があり詳しい事をもっと知りたいと思ったが、突っ込んだ話は今は後回しにして何の目的で乗っ取ったのかだけを質問した。
「藍の目的は私と長時間話をするためで、その時間が無為に経過しないために紫の能力を使って時間軸の異なる簡易的な幻想郷を創ったんだ。」
「なるほど・・・。」
 時間軸の異なる世界、それはつまり思念界と同じ理屈なのだろう。
「藍は既に亡くなり今は思念体としてしか存在しないけど、その時はまだ魂が残っていた。紫と融合したまさにその時、咲夜の様に世界を切り換え、私と2人きりになれた。この時間、私と会話をしている裏で様々な情報や品物を密かに準備して用意してくれていたんだ。何時か私が幻想郷の秘密を知ろうとする時の事を想定して・・・。」
 この話を聞くと双子の妹である藍は必ずしも紫の味方というわけではなく、完全に妹紅優先の生き方をしているようだと理解出来るパチュリー。それにしてもそこに至る経緯などのバックグランドはとてつもなく膨大なものだろうと興味が出てくる。しかし今はそれを問う状況ではない。この続きは次の機会にしようと思うパチュリー。
「妹紅は藍からこの幻想郷の秘密を聞くために今日ここに来たと?」
「うーん、それがちょっと違うのよね。私はある一つの情報だけを知りたかったんだけど・・・まさか全部よこすとは思わなかった。」
「ある一つの情報って・・・もしかして霧の湖の座標?」
「え?何でわかるの?」
 何も教えていない妹紅だが、先程特に霧の湖を重点的に調べていたのをパチュリーは見逃さなかった。
「さっき、湖を見ていたから・・・。」
「そうか、その通り。私は霧の湖の上空の座標を知りたかったの。幻想郷を掌握しているはずの藍なら、聞けばそこだけすぐに教えてくれると思ったのよ・・・。」
 パチュリーはそれを聞いて霧の湖の周辺に目をやりそのブロックに記される小さな記号を記憶する。
「妹紅、さっきの幽明結界の巻物の予備とかはある?」
「ないけど、その原版に使ってる『写し』はあるわ。」
 妹紅は九尾の藍から奪った視界映像を空の白呪符に焼き写していた物をパチュリーに手渡す。
「この巻物を事前に調べて何か分かった事はある?」
 写しを受け取ったパチュリーは他に知っている事など情報の提供を求める。
「キツネが使った巻物と同じ大きさにしないと呪文は発動しなかったわね。」
 妹紅は大きさに意味を持たせている理由が分からなかったが、とにかく元と同じにしなければならないことは何度か試して確認している。
「ふむふむ・・・。」
 パチュリーは受け取った簡易スキマの巻物の写しを見ながら、霧の湖からはるか南の幽明結界をピックアップし、そのブロックの座標情報を探る。
「なるほど。妹紅、この部分を見てみて。」
 パチュリーは写しの中にある文字列を指さし、そこに記されている記号と同じものが有名結界付近のブロックに浮かんでいる記号と一致していることを教える。
「なるほど、この地図と巻物の記号は連動しているのね。ということは・・・。」
「そう、巻物の判読できない紫の文字でも、座標情報が記されている部分は理解できるわ。あとは、その幽明結界の座標を霧の湖の座標記号に書き替えればそこに跳べるはず。理論的には・・・ね。」
 妹紅の一番知りたかった情報が出た。
「方角や天地の向きはどうなるのでしょう?」
 その時、2人の会話を後ろで聞いていた咲夜が盛り上がっている場に水を差すように冷ややかな口調で割り込む。
「それに、このブロックは大きすぎませんか?地図では小さくても実際の長さに換算するとブロックの一辺は有に100メールを越えそうですが・・・。」
「ふむ・・・確かに咲夜の言う通りね。」
 パチュリーは咲夜に振り返って面白くなさそうに一瞥を入れた後、向き直って小首を傾げて考え込む。
 その時ルビーが地図の角、地図上の方角的に北東に立って、そこにある一点をとんとんと指で叩いて何かを示す。パチュリーはすぐそこをピックアップし方角記号を発見した。そして、もう一度『写し』を見て、方角を示すであろう文字列を発見する。
「方角は分かったわ。写しにも同じ記号がある。確かさっき入ったスキマから出た時東を向いていたかしら?」
 パチュリーは『写し』の記号に地図の方角記号と同じ記号があることを確かめ、巻物の方角を記す場所を特定した。これでスキマを開く向きの問題は解決した。
「次は距離ね・・・。」
「同じ様な記号だけど、文字の大きさが違う。これに何か意味はある?」
 妹紅は巻物の大きさが一致していないと発動しなかった事を踏まえ、もしかしたら巻物自体のサイズではなく文字の大きさに秘密があると踏んでそれをパチュリーに提示した。
「!!」
 妹紅の言葉を聞いてパチュリーが何かを閃く。さっそく検証するためにコンソールをいじりはじめ、問題となる幽明結界ブロックを最大まで拡大する。そしてパンと両手を叩く。
「大きさよ!元と同じサイズでしか呪文が発動しないのは、記号文字の大きさに重要な意味があるからよ!」
 パチュリーはそう言ってメモ用紙になるようなものをルビーに持ってこさせ、それを地図の上に置いて計算しながら自分の理論を説明しはじめる。
 パチュリーの主張はこうだ。全体図として見える区画ブロックは大まかな位置を示すもので、これは巻物の中では大文字として記入する。そしてそのブロックは更に細かく区切られ、そのブロック内の座標を記号の形は同じでそれを小さく表記することで単位の切替をしているというわけである。
 例えば、基準点から東に5、北に9、天に3の位置にあるブロックを『050903』と大文字で記載し、その後ろにブロック内の詳細座標、東に18、北に27、天に6の位置を示す『182706』と大文字の半分の大きさで記載すればよい。更に細かく座標を指定するなら『182706』の後ろにこれと半分の大きさの文字で座標をしるせばいいのだ。
 パチュリーは最大倍率でブロックを拡大した時、そのブロック内に更に小さなブロックがある事に気付き、この理論を構築したのである。
 記号を羅列して大きさを記号の量で表すのではなく、単位の上げ下げを単純に文字の大きさで表現しており、数学的な観点ではなくある意味幼稚は発想による表現の仕方だ。だが、なるほどこれは意外に合理的な発想である。
「この地図に使われている記号の規則性だと、記号は27種類あるわね。そしてブロックを拡大すると小さな27のブロックが埋まっている事も分かった。つまりこの地図は恐らくは全て27の記号の組み合わせで座標を表現出来、単位の違いは文字の大きさで表しているのよ。そして・・・幽明結界のある小さな山、私達はこのあたりに出たわけだから・・・標高から考えても・・・そうね、この位置ね・・・。」
 パチュリーはこのわずかな時間で完全に記号配列とその法則性を理解し更に暗記までしており、メモに幽明結界の門前、実際にスキマが開いた辺りの詳細座標を拡大した立体地図だけを見て、写しを見ずに自力で書き記す。そしてそれを答え合わせをするように写しと見比べる。
「完全に一致したわ!」
「す、すごいな、おい!」
 妹紅はパチュリーがしていることを理解できなかったが、その結果を見て何をし、何を見つけたのかを理解し自分の欲しい情報を得られる手だてが出来たと喜んだ。
「その方程式を使えば霧の湖の特定の座標も導きだせますね?」
 咲夜も全て理解しパチュリーを賞賛し、妹紅の破顔した様子を自分の事の様に喜んだ。咲夜にしても今ここでパチュリーが解き明かしている幻想郷の座標が凄いものだということは充分理解出来た。
「妹紅、どの辺にどの方向にスキマを開きたい?」
「えーと、この辺でいいかな。向きは下に。」
 地図上霧の湖、紅魔館のすぐ前を指さして、一つ注文を付け加える。
「下?」
 意外な方向を示されて少し驚くパチュリーだったが、敢えてその意味を聞かずメモに必要な情報を書き記す。
「ねぇ妹紅、これで1枚巻物を作れないかしら?」
「実験してみるの?いいわ。」
 妹紅は先ずキツネの使った巻物の『写し』のコピー『写しの写し』を1枚作り、座標、方角等を表記する部分を消して、後から書き足せる基本台紙を作成する。そして、これを使って座標情報がない1枚の巻物を作成した。
 次に座標を表す27の記号パターンを正確に巻物に写し込めるように、立体地図のブロックをパチュリーに拡大してもらい表示されている記号を転写眼で網膜に焼き付けてから空呪符に1記号づつ記録し、方角を示す記号も同様に記録し、座標の27記号と四方と天地を合わせた方角6記号の計33個を33枚呪符としてデータベース化する。
 下準備が終わった妹紅はパチュリーが先程示した霧の湖の座標情報が書かれたメモを頼りに、テンプレートとなる巻物の空欄部分にメモと同じ記号をデータベースから探して一つづつ正確に写し込んで行く。
 その作業は約30分程かかり、この緻密で精確な作業を興味深く見ていたパチュリーらは妹紅の術師としての技能の高さを思い知らされ、これが本来の藤原妹紅で、戦士である以前に技術者であることを理解し認識を改める。
「出来たわ。」
 丸テーブルで作業をしていた妹紅は完成した巻物をテーブルに置いて一息つこうとしたが、パチュリーはそれを奪い取り、顔が巻物に触れる程近づけて凝視する。
「完璧だわ!さっそく実験してみましょう!」
 巻物の完璧な仕上がり具合に興奮したパチュリーは、巻物が完璧に発動し無事指定位置にスキマが開く事を確信する。
「わかったから、落ち着いて・・・。」
 妹紅は苦笑しながら巻物を発動させた。
 この時妹紅は油断していた。実験と言うので開いたスキマに何か放り込んで湖に着水させ、それを別所から観測るものとばかり思っていた。しかし!
「な!」
 スキマは妹紅の注文通り下向きに床の上に開く。そこまでは良かった。しかし、何を思ったかパチュリーは自らそのスキマに飛び込んでしまう。
「ぱ、パチュリー様!」
 咲夜もその予想外の行動に思わず悲鳴の様な叫び声を上げ、流石のルビーも驚いて一度躊躇ってから後を追った。
「あの、馬鹿!」
 妹紅はいくらなんでも軽率だろうと、スキマに消えた魔法使いを罵って後を追い咲夜もすぐに続いた。

 スキマは湖面から約7メートル上空、注文通りの位置に現れ、実験は一先ず成功した事は理解出来た。出口は下に向いて開いているので、入るままだと当然に重力の影響で落下する。妹紅はすぐに飛行モードになって自由落下状態から浮上するが、間髪入れずスキマに入った咲夜の不可抗力の蹴りを背中に食らう。しかし、咲夜の謝罪を無視してパチュリーの姿を探し目前に霧に浮かぶ紅魔館と魔法使いの姿を発見した。
「やった!成功だわ!完璧な成功よ!」
 スキマが現れた位置から少し離れた霧の湖上空で一人興奮するパチュリーを発見し後を追った3人は、安堵と共に脱力して溜め息をつく。
「パチュリー様、いくらなんでも突然過ぎるでしょう?」
「全く・・・最初は物で試すべきよ・・・。」
 飛び込む前に一応向こう側の景色を確認して後を追った妹紅だが、パチュリーは全く確認する様子もなく足からぴょんと飛び込んでいた。
「皆まで来る必要ないのに・・・。」
 そんな3人の心配を余所にキョトンとするパチュリー。妹紅は戒めの為にも少しお灸を据える必要有りと、拳を握って紫色の帽子にたたき込む。
「いくら何でも軽率だ。確信があっても自重しろ!」
「痛~、叩く事ないでしょう?」
 思い切り頭を叩かれたパチュリーは憤って妹紅を睨む。
「私の理論は完璧よ。しくじるはずはないわ。」
「私はお前の理論の事を言っているんじゃない。もし、飛び込んだ先に誰かがいたら?紫や藍が偶然いたらどうするつもりだ?」
「そ、それは・・・。」
 パチュリーは自分の理論の立証を優先しその先に誰がいるかなどを全く考慮しておらず、それを指摘されれば反論のしようがなかった。実際目の前に紫がいたらどんな顔をすればいいのだろうか?
「単に座標情報さえ貰えればそれで良かったんだが、こんな凄い物を手にするとは思ってもみなかった。これは、幻想郷の構造の秘密に迫る超機密事項だろう。こんなものが外にもれてスキマが利用されたなどと八雲紫が知ったらどうなる?」
「それは・・・間違いなく・・・。」
「間違いなく殺されるだろう。」
 強気だったパチュリーはそれを理解して急に怖じ気づく。
「スキマは使えないまでも、これまで自由に魔法移動できなかったわけだから、これを利用してある日突然お前が自在に幻想郷を跳び回ったら絶対怪しまれるだろ?これを取り扱うには細心の注意が必要だ。わかるな?」
「ええ・・・確かに軽率だった。ご免なさい。」
「取り敢えず戻ろう。この辺は妖精が多いし、魔理沙や人形使いの行動範囲の中だろうし、誰かに見られるかもしれない。」
 幸い霧が立ちこめて視界は狭く、誰かに目撃された形跡はない。
 妹紅の言葉を受けて落ち込む主の替わりにルビーが皆を集めて図書館に転送した。

「しかし、とんでもないものを手に入れてしまったな・・・。」
 図書館に戻った4人は未だ起動中の地図を取り囲む。
「これは・・・、これはきっと魅魔をあてにして作ったものなのでしょうね。」
 冷静になった少し落ち込み気味のパチュリーがぽつりと呟いた。
「そういえば咲夜は前に藍と交信した時、魅魔の件は伝えていたわよね?」
「はい。私が彼女に信任される際に、妹紅さんや魅魔など藍さんとの関係するキーワードは入力しています。」
「それで、藍はこの地図を与えたんだ。魅魔のキーワードがなければこれは渡さなかったと思う。私は魔法言語はわからないし、当然藍はパチュリーを知らないし・・・。」
 妹紅は落ち込むパチュリーに寄って肩にポンと手をおく。
「でも、これはもう、貴女のものよ。」
「でも・・・私には荷が重すぎるわ。」
 幻想郷の超機密事項と知り急に怖じ気づくパチュリーである。紅魔館の住人のプライベートを覗き見る程度は何とも思わないが、八雲紫のプライベートマップを密かに手に入れた重圧はパチュリーを苦しませた。
「魔法使いにとって、この座標情報は有益なものだろう?」
「それを使えば危険だと言ったのは貴女でしょう?」
「軽率な事をするなと言ったが、使うなとは言ってない。いいか?とっておきというのは極端な話し、人生で一回だけ、ここぞと言う時に使うものだ。この地図はそういう使い方をすべきだろう。この地図の存在はここにいる4人だけの秘密だ。レミリアにも魅魔にも内緒だ。」
「それに八雲紫と何らかの交渉をしなければならない時の駆け引きのカードにもなるかもしれません。」
 妹紅の後に咲夜が付け加え、それに一瞥入れただけの妹紅はパチュリーに向き直って咲夜に同意するように頷いて見せる。
「そうね・・・大事な地図だから・・・あの魔法使いに盗られないようにしなければね・・・。」
 パチュリーは冗談っぽく苦笑するが、妹紅が味方にいる事が心強く、その瞳に再び魔法使いとしての力が戻る。
 妹紅はそれを見て安心し話を変える。妹紅が知りたい情報は紫の異変に関する事で、この異変は現状では紅魔館には関係ない事だった。つまり、この案件は妹紅と紅魔館との同盟とは関係ないプライベートな案件だった。そして、これから話す言は同盟者としてこれから起こる異変について紅魔館へのアドバイスである。

 妹紅がパチュリーから離れ3人に向き直ると、その表情の変化に気付いて一堂背筋を伸ばす。
「私は吸血鬼と同盟を結んでいる。そして吸血鬼の案件は異変の後、魅魔が復帰した後の事で、お前達は直接今回の紫の異変に関わる必要はない。だが・・・。」
 妹紅はここで一旦言葉を切って3人を順に見る。
「だが、この異変後、魅魔が復帰するまでに吸血鬼が生き残っている保障は全くない。」
「!」
「ちょっと待ってください。それはどういうことですか?」
 妹紅に問い質したのは十六夜咲夜だった。
「今から説明する。これから起こる異変と吸血鬼がおかれている問題も含めて・・・。」
 妹紅は先日、風見幽香から吸血鬼の件は深入りするなと助言され、一歩引いた位置で傍観者を決め込もうとした。しかし、慧音や人間の里の問題、強いては博麗神社の問題も含めてこれまで見えてこなかったものが見え始め、命懸けの慧音を救うために自身が矢面に立たなければならない事を自覚し、全てを引き受ける決心がついた。
 今現在分かっている事は、妹紅の中に不死鳥が内包されており、その転生の力で幻想郷を焼き払おうとする事である。当然それを防がなければならないので霊夢らが結界を作って妹紅を隔離する段取りである。
 そして巨大な焼却炉となった幻想郷の空を、異変に荷担する側が利用し、紫は月面戦争敗戦時の報復に利用しようとしたスキマ爆弾の処分をし、この異変の騒ぎ自体を妖怪の山の天狗達に見せて変化を促す起爆剤とした。更に言えば、この異変で妹紅の功績を讃えて不死人狩りの不名誉を返上させようとしている。そして恐らくはこの異変を吸血鬼排斥に利用すると思われる。
 永遠亭側、八意永琳は本人にとっては失敗作である防御要塞の処分に不死鳥の火を使おうとして、紫はその要塞を異変に利用しようとしている。
 不死鳥の自爆を防ぐ霊夢の結界は守矢神社の神様達に補助をさせ、ついでに八坂神奈子という謎の神様の真贋の見極めに利用する。
 そして人間の里は、慧音の計略で博麗神社に人を集めて天変地異の如き異変を目の当たりにさせ『苦しい時の神頼み』をする事になっている。これには守矢神社が裏で繋がっており、洩矢諏訪子の伝を利用して諏訪の神様を幻想郷に呼び込む計画をしている。里周辺にいる落ちぶれた神様ではなく、本物の神様を人間達に見せる事で、信仰心を呼び戻そうとしているのだ。
 その守矢神社は八雲紫と人間の里と双方と同時に内通して上手く立ち回り自分達の発言権を高めようと画策している。
 複数の勢力が入り乱れてそれぞれの思惑が水面下で折り重なっている一方で、今現在紅魔館に何も役所がないというのが現状である。
 その紅魔館に関しては、紫が吸血鬼排斥に動き出す気配があり、何も対策を講じないまま放置すると魅魔が復帰する前に紅魔館が潰されてしまう可能性がある。
 妹紅は、自分を穢れの極みに堕とし羅刹に変えた張本人である不死鳥との決別を目論見、魔理沙や魅魔の復活、慧音の保護の為に必要な紫への対策も同時に画策している。その紫に関しては、紫が排斥を狙う紅魔館に肩入れしてそれを阻止し、逆撃でもって紫に痛恨のダメージを与える算段である。紅魔館に対する援助は魅魔との盟約の件だけではなく今は紫に対抗する妹紅の大きな武器になる可能性があるのだ。
 紫への攻撃で最も効果的な方法は、戦いなどの直接的なやりかたではなく、彼女の知略から生まれた様々な作戦を全て裏目にして失敗に追い込み、紫の思惑にある戦果以上の成果を上げて見せる事である。
 恐らく紫は慧音の計略に気付いていない。慧音の作戦は伏兵として有効で、成功すれば慧音の命と引換になるが会心の一撃になる。
 妹紅はこれを紫に対するトドメとして考え、その一方で罪を負う慧音の保身の為にあらゆる策を考えている。問題は自爆後消失した肉体がどのタイミングで復帰できるか分からない事で、それまでの時間紫には再起不能になってもらう必要があった。
 妹紅は決して紫を憎んでいるわけではない。この事が全て終わった曉には紫に自身の全てを与えてもいいと思っている。幻想郷には紫が絶対に必要な存在だし、そして慧音の様な人間の守護者も必要なのである。博麗神社の信仰は人間によるものでなければならない以上、幻想郷の維持には人間が必要で、妖怪と神社が馴れ合っては信仰の妨げにしかならないのだ。
 どっちも失ってはいけない。妹紅は例え自分が滅んでもこの2人は絶対生かさなければならないと心に決めた。その為なら何でも利用する。同盟者である魅魔も紅魔館も、それを切らなければ2人が助からないとするなら躊躇わず同盟者を切り捨てる覚悟が今は出来ている。

 妹紅はそれぞれの思惑の全てを知っているわけではなかった。それぞれの陣営も知っている事と知らない事があり、それぞれがそれぞれの思惑の成功を確信して前に突き進んでいる。
 話を聞く紅魔館の面々には吸血鬼戦争時からある吸血鬼の立場を知らせ、八雲紫が吸血鬼排斥の急先鋒である事を教えて注意を促した。その後、それを踏まえて異変に対する紅魔館の立ち回りを助言する。
「八雲紫は何らかの形で紅魔館に接触してくるはずだ。」
 実際問題として八雲紫は昨晩の永琳を交えた博麗神社での会議でレミリアについて議論し、紅魔館を罠に貶める策を講じていた。これについては妹紅の感知出来る範囲の外だったが、吸血鬼戦争にまつわる紫の立場や、魅魔との確執、この異変を廃棄処分祭りにしようとしている事なども踏まえると、この機に吸血鬼の問題を片付けようとするはずである。反吸血鬼派にしてみれば絶好の機会だ。
 この時点で妹紅は紫の思惑を看破しており異変に対するイニシアチブを取ったといえる。
「八雲紫の事だから自らが出向いて直接何かをする事はないと思うけど・・・。」
 スキマ妖怪の狡賢な性格からして、自分が関わったという痕跡は残さないだろうと予測するパチュリー。一見紫とは何の関係もない者を派遣すると予測出来るので、妹紅はそこでひとつの可能性を示す。
「うん、一応教えておくけど、八雲紫と永遠亭は同盟を結んでいる。その関係でもしかしたら永遠亭の関係者が接触してくるかもしれない。」
「永遠亭?意外ですね・・・にわかに信じられませんが・・・。」
「安心しろ同盟を結ばせたのは私だ。」
「一見すると接点がないから、ばれないと向こうは思っているかもしれないわね・・・。」
「なるほど・・・。」
 咲夜とパチュリーは同時に顔を見合わせる。
「つまり私達がすべきことはその策に嵌らないようにすればいいわけね?」
「いや、むしろその策にまんまと引っかかれ!」
「え?」
 妹紅の意外な言葉に2人は驚きの声を上げる。
「連中に全て自分達の思い通りに事が進んでいると思わせるんだ。安心しろ、始末は私がつける。」
 先程門番と戦っていた時の様に恐ろしい顔になる妹紅。しかし荒れ狂う炎に見えた先程の妹紅と違い、今は背筋が凍りそうな冷酷さを感じた。自分をボロボロに打ちのめした先程の妹紅よりも数倍恐ろしいと感じた咲夜は同時にそれを頼もしいとも思い、八雲紫に痛い目を見せられる貴重な体験が出来る期待感が膨らむ。
「この異変を進めているのは、レミリアの漠然とした変化・成長願望だ。ある意味でレミリアが異変を起こす張本人で、紫等がそれを利用しているという状態だろう。だから必ずこの異変でレミリアは祭り上げられる。そして、この異変を経験することでレミリアの心も成長出来る。子供の身体に押し込められている心はその呪いから逃れたいと願うはずだ。その時こそ予言の最終段階だ。」
 妹紅から予言の成就の時が近い事を告げられ、咲夜とパチュリーは突然の事で最初惚けていたが次第に色めき出す。
「ありがとう、藤原妹紅・・・どんなに感謝してもしきれないわ・・・。」
 妹紅の元に歩み寄ってパチュリーは手を差し出す。
「まだ、何も始まっていない。それに、私はボランティアでお前達に協力している訳じゃない。同盟者として出来る事はやる替わりに、同盟者として望む事はちゃんと提示した。行って来いのチャラだ。」
「いいえ、そんな事はないわ。最初のとっかかりが無ければ何も始まらなかった。貴女が来てくれたおかげて前に進めたのよ。」
 手を指しだしままのパチュリーにしばらく躊躇った後、表情を少しくずして握手に応じる妹紅。その結んだ右手同士に左手を重ねて両手で妹紅の手を包むパチュリー。
 パチュリー・ノーレッジと十六夜咲夜はこの数時間の間に劇的な変化を遂げた。2人は妹紅のお陰と感謝している。しかし、妹紅にしてみれば、これでようやく使える手駒になったというだけに過ぎない。せいぜい期待させて貰うというのが妹紅の正直な感想である。
 紫を再起不能にまで追いつめるにはまだ足りないが、風見幽香が正式に人間の里についたのはプラス要素になるだろう。慧音の計画する強行軍が早期に発覚すれば阻止される可能性が高い。傭兵団を統率するあの妖酔は、紫との対決を望んでいる節もある。戦を望んでいる可能性もあり無血で事が済むとも思えない。人間だけでも無傷で済めばいいが、そんな美味い話はないだろう。何かいい手だてはないだろうか。
 スキマの巻物を発動させる為の触媒、八雲紫の金色の頭髪は実験でだいぶ消費してしまったので残り3本。霧の湖上空に開くスキマは魔理沙用。残り一つは自分用に竹林周辺に出れるようにするとして最期の一本はどうするか?予備として残して置いた方がいいだろうか。
「(ふふ、身に覚えのないスキマが目の前で開いた時、どんな顔をするのか見物ね・・・。魔理沙、悪いけど貴女の命少し利用させてもらうわね。でも、そのかわり絶対助けてあげる。私に関わった全ての命、心、魂を救済してみせる!)」
 全部引き受けると誓った妹紅はパチュリーの魔力で起動する詳細な幻想郷の絶対魔法地図を眺めながら、他に自分が出来る事が無いか、何かを見落としていないかを確認する詰めの作業に入っていた。