東方不死死 第46章 「陰謀」
とっぷりと陽も暮れ人間から妖怪の時間へと移り替わる幻想郷。
幻想郷の未来を占う上で重要な一日が過ぎようとしており、その運命の一端を握る重要人物らが博麗神社に参集していた。
博麗神社の母屋から数名の女性の談笑の音が聞こえてくる。
重要な会合の場として設けた席だが、酒が入ってのことなのか緊張感があまり見られない雰囲気である。
冬にはコタツとして利用するあまり大きくはない正方形のテーブルを八雲紫、八雲藍、八意永琳そしてこの家の主である博麗霊夢が包囲し、目前の山盛りの料理と酒を攻略していた。
天才と名高く、医師であり科学者でもある八意永琳を味方に付けた八雲紫はこれ以上はないという協力者を得たと、気が大きくなっていつもより饒舌になっているようだ。紫の忠実な僕九尾の八雲藍は、そんな主が口を滑らせて余計な事を言わないか内心ハラハラしながら事の成り行きを見守る。
八意永琳はこの異変に関しては力強い協力者であっても、心置けない危険な存在であることに変わりはない。何を考えているのか九尾の藍であっても心の内を見透かせない永琳。永夜異変の時から何度か会ってはいるもののその存在の異質さは生理的な嫌悪感すら覚えた。
しかし、今目の前にいる永琳は以前とはどことなく、いやかなり違っている様に見える。霊夢の作った料理について興味を示し、材料や作り方など質問しメモもとっている。それ以外でも幻想郷について興味深く質問しているのだ。
以前は素っ気なく無表情だった永琳だが、一体どうしてしまったのだろうか?この永琳の変化は、より一層の警戒心を煽る要因として藍の気苦労を増大させていた。
変わったと言えば主人である八雲紫も同様で、妹の魂と合ししてから力が単純に2倍に膨れあがり、強くなった分小さな事に気を留めなくなり、大らかになったのは良いものの若干慎重さが欠けているように見える。
力が2倍というとそれほどでもないように思うが、1の2倍で2になるという小さな掛け算ではなく、この場合1京が2京になるような桁違いの掛け算なのである。その力の大きさの変化量は計り知れないものがあり、これは幻想郷の広さを単純に4倍に出来る力を得ていることになるのだ。
巨大な存在は得てして足元に蠢く小さな存在を無視しがちだ。藍は、自分の役目は大きな視野を持つ紫の死角をカバーすることだと思い、通常よりも慎重に行動する事を心掛けるつもりでいた。だが、藍は気付いていない。自分自身もまた足元が見えない程の巨大な存在だと言うことを。
そして、小さき者達が既に足元で動き始めている事に気が付いていなかったのである。
「運命について霊夢はどう思う?」
その問いかけに箸が止まることなくまるで聞き飽きたという素振りを見せる霊夢。それは突然振られた質問ではなく、先程から八雲紫と八意永琳との間でずっと続いている話題だからだ。
霊夢は興味が無かったので黙々と食べることに集中していた。話を振られてもすぐに返す為の言葉を予め用意していなかった。無視するのもどうかと思い質問に対しては漠然と思っている事を率直に口にする。
「運命は確かに存在すると思うけど、だからといってそれを具体的にこうだと説明するとなると困るわねー。」
幻想郷の住人は、運命の存在を漠然と信じている。誰かと誰かの出合いは偶然ではなく運命だと無意識に考える者もいる。例えば紫と幽々子、霊夢と魔理沙、霊夢が巫女として生まれた事も含めて、それは全て運命ということである。
それに対して永琳は、それらはあくまで結果論で、過去の積み重ねによる必然で、無数に起こっている必然の中で特に印象に残る事を特別に意識することで起こる一種の感傷に過ぎないと、頭の固い学者らしい返答をする。
個人を基準に置くか、世界を基準に置くかで見方も変わってくるが、先程からその堂々巡りで話が進まず、最初は藍に、そしてついに話が霊夢に及んだというわけである。
藍は紫ほどロマンチストではないので、ただの確率の問題だと思う一方、上位妖怪である自分が当時格下だった八雲紫の式神になった劇的な経緯を考えると、単なる確率論で済ませるのは釈然としないというか勿体ないという思いもある。運命のいたずらなどと言われるが、何者かにそう仕向けられたように錯覚する事は過去に何度か経験している藍。
「霊夢はどちらかというと紫様に近いか・・・。」
「何て言うかさ、もうすでにあるものとして生活しているっていうか・・・。」
たらふく食った今日のこの日も劇的な運命のいたずらと思う霊夢。つまり霊夢にとっては全ての事象が運命なのだ。運命とは特別な事ではなく当たり前に存在しているというのが霊夢の持論である。
八意永琳は、例えば幻想郷という存在は運命によって八雲紫に作られたのではなく、紫がいなくてもいずれ誰かが作るもので、たまたまそれが紫だったという発想の仕方をする。霊夢もたまたま巫女になっただけで、別の巫女、例えば博麗霊子が生まれても紫と会って今のこの席について話しあっていると考えるのだ。それは確かに一理あるように思える。
世界が生まれるとする。誕生と成長、そして終焉はどんな世界であっても等しく与えられるものである。必然すら超越した運命論を信じると、行き着く先は星の寿命ですら運命ならどうとでもなるようなそんな究極的な話しになってしまうが、実際問題としては、この幻想郷とて世界を構築する基礎が無くなれば消滅するのだ。誰と誰が会って何とかというすごいものを発明して素晴らしい業績を残したとして、そんなものは世界という枠組みで捉えれば大した意味にならないのだ。何故なら科学で証明出来る事は既に自然の摂理として存在し機能している常識で、人間はその現象に勝手に名前を与えているだけだからだ。
永琳も運命を信じないわけではない。例えば創主の存在はこの世界の唯一の運命によるものだろう。逆に言えばそれ以外のものを運命とは呼びたくないのだ。
八雲紫が創主の別の姿である事を知らない永琳。それを知れば運命を感じずにはいられないだろうが、彼女がそれを知るのはもっと後のことである。
運命に話が及ぶ事になったきっかけは、もちろん吸血鬼レミリア・スカーレットをこの異変でどう料理するかという話しなったからで、彼女の運命を操る力が無意識に異変に影響を与えているという紫の持論に対して、永琳が意を唱えた事に起因する。
そんな議論をしているうちに、もしレミリアがその能力を使いこなせているなら、世界はどうにでもなってしまう。無から突然有が発生するなどという、物理の法則を完全に無視した事が出来てしまうではないかという永琳の反論が話を膨らませてしまったのだ。
ここに藤原妹紅がいたなら、それは運命を紐解く力とセットの力で単品ではあまり役に立たない能力だと知らされて、数時間に及んだこの議論を一瞬で終わらせていたことだろう。
この話を永琳が知っていれば、中途半端にレミリアの力が現状を動かしているという説に歩み寄る努力が出来たかもしれない。
この宴会兼重要会議の会場は、霊夢にとって正に戦場だった。それも一兵残さず平らげる大殲滅戦だ。
油揚げを使った藍好みの料理を数品必ずつけることを条件に大量の食材をもらった霊夢は、惜しげもなく今夜の晩餐に戦力の7割以上を注ぎ込んだ。
皿が足りなくなるので、銘々皿ではなく大皿に豪快にどんと料理を並べ各自取り皿に必要な分だけ取るという方式をとった。この方式にすれば遊兵を極力抑えられ、正面突破が非常に有効で、突撃戦法が得意な霊夢と非常に相性が良い。
霊夢が作ったテーブルの上の料理の半分は主に作った霊夢一人で攻略し、他の3人で残り半数を攻略した。ほぼ戦場を制圧した霊夢らは後は勝利の祝杯を上げるだけだが、祝杯は既に開戦前から既にあげられてた。
ようするに最初からクライマックスだったというわけである。
そんな霊夢を尻目に進めていた運命論もここまでくると具体的に目に見える形で再現できないと互いに納得できないという結論に至る。当たり前と言えば当たり前の成り行きだが、というより最初からそこに行くべきだった。
「絶対起こらない事をレミリアにやらせてみるってのはどう?」
霊夢が半分酔っぱらいながら得意げに人指し指を立てて提案する。
「例えば?」
「そうね・・・例えば、そう!不死身の蓬莱人が死ぬ。なんてのはどう?」
蓬莱人の目の前でとんでもない事を言う霊夢のえげつなさは相変わらずだが、確かにこれ以上の検証方法は思いつかない。
そんなことを言われて不快になるのではと一瞬心配した紫らだが、永琳は何故かその霊夢の提案に耳を傾け何かを考え始める。どうやら自らの命も省みず霊夢の案を基に何か策を考えているようだ。
「一つ名案があります。この異変にも合わせて・・・。」
その言葉に一同興味を示し、それぞれテーブルに肘をついて乗り出して、酔って熱くなった息づかいを互いにが感じ取れるくらいに前屈みで聞く態勢に入る。
「蓬莱人である我々も、世界を構築する基礎を失えば死にます。厳密にいえば命が失われるのではなく、存在が消滅するといえばよいでしょうか?幻想郷風にいえば歴史から消える・・・ということになりますか。幻想郷という隔離された世界が何らかの理由で崩壊し消滅すれば我々も当然消失すると思います。」
断言出来ないのは、試した事がないからである。
「ふむ・・・蓬莱人を殺すには幻想郷を消すしかない・・・ということか。」
藍が顎に手を当てて考え込む。まぁ、当たり前と言えば当たり前だが、これでは運命の検証にならない。
「レミリアに幻想郷を消せと頼めばいいの?でもそれじゃ私達も死んじゃうでしょ?」
霊夢も藍と同じように検証にならないし、しては駄目だという認識を持つ。
「なるほどあなたの言いたい事が分かったわ。」
そんな2人を尻目に言葉通りの意味ではない事を直ぐに理解した紫が得心して理解を示す。
「蓬莱人を殺すには、幻想郷を滅ぼせばいい。そしてレミリアが蓬莱人に死の運命を与えれば、レミリアの意図には関係なく幻想郷が道連れになって滅んでしまう。」
「はい。彼女がもし私達を殺そうとすれば、幻想郷に多大な悪影響を及ぼす『何か』が生じるはずです。」
表情を変えず御猪口の酒をくいっと喉に流し込む永琳。
「そうか・・・その『何か』はもうすでにありますね。」
藍もニヤリとして頷く。
幻想郷を滅ぼすであろう永琳の要塞は、滅亡因子として既に存在している。
この要塞は地上の危機を察知して、危険因子が最悪の事態になる前に予防行動をとると考えられており、その予防行動が幻想郷に出現する事である。
出現した要塞は危険の発生源である幻想郷上空で、危険因子の妹紅や紫を監視して、危険と判断した時幻想郷に対する破壊活動が始まると予測される。
永琳はレミリアの運命を操る力の検証も兼ね、蓬莱人の死という世界崩壊と同義状況を先に作り出し、逆算するように滅亡因子である防御要塞を引きずり込もうと企むのである。
幻想郷を滅亡させる因子は他にもあるだろう。例えば、守矢神社で画策している核融合などの地上の技術の持ち込みによる環境汚染。月の軍勢が攻めてくるというのもありない話ではない。
守矢神社については、これまで何度か試みられているが全て失敗に終わっており、現在お空と呼ばれるさとりのペットが要注意人物として八雲藍はマークしているが、彼女を倒す事は容易で正直なところ幻想郷の脅威とは程遠い。
月の軍勢が攻めてくるという事については、永琳の防御要塞がその侵攻をくい止める役割りをしているわけで順番としては、今回の異変の後の話しといえる。
「そう都合良く永琳の要塞が落ちてくるものなの?」
霊夢は永琳らが当たり前の様に言うその巨大な物体の存在がどうしても眉唾にしか聞こえない。
「その点は大丈夫です。姫が実際に幻想郷が滅んだところを見てきましたから。」
あっさりととんでもない事を言う永琳。実際に見たのだからこれ以上の証拠はない。
「だから、それが信じられないっての!」
もっともである。
予測が正しければレミリアが蓬莱人に死の運命を与えた瞬間、防御要塞が幻想郷に引き込まれてくるはずだ。そうなればレミリアの運命を操る力は確かに存在するという裏付けになり、仮にそうならないなら、レミリアの力は眉唾と結論付け、当初のやり方で異変を進めればいいだけである。
「まず、紅魔館と永遠亭の間に確執を生じさせ深刻な事態を作る。その抗争の過程でレミリアがキレるなりして、永琳か月のお姫様を滅ぼす運命を与える。それは即ち幻想郷の滅びのフラグ。ふふ、なかなか楽しみな状況ね。」
紫が順を追って説明し、その事態を想像して楽しそうにほくそ笑む。それを見て霊夢は眉を八の字にしてもどかしげな表情を浮かべる。
「ええ、こうすれば我々が黒幕とばれず、レミリア・スカーレットが起こした異変として処理できます。」
「ちょっと待って!それだとレミリアが悪者じゃん?」
永琳が言った後、それを聞いた霊夢が抗議する。霊夢としてはレミリアが悪者になろうと関係ないと思う一方で、この事態を引き起こした事になればその罪は当然責められてしまうかもしれず、吸血鬼といえども子どものレミリアには少し酷だと擁護する霊夢。
「レミリアが例え悪者になるとしてもだ。その前にあれを何とかする方が先だろう?」
あれとは防御要塞のこと。レミリアの問題はどっちにしろ後にあると藍が問題の優先順位を霊夢に諭す。実際問題として幻想郷の上空に巨大な物体が現れれば紅魔館と永遠亭の確執などどうでもよくなるだろう。むしろ災い転じて呉越同舟もありえる。
「・・・。」
紫が扇子を顎に宛て何やら考え始める。雰囲気が変わり長考の気配を感じた3人はしばし沈黙する。
10分以上そうしていただろうか?目を開いた紫の様子に先程までの緩さはなかった。
「決まったわ。この異変の全てが。」
異変をどう納めるかは粗方段取りはついていたが、いつどのタイミングでどのように始まるかはまだ複数の案があり決まらなかった紫。そして今その異変の全容がついに決まる。
「永琳。先程言った紅魔館と永遠亭の確執の件、それ本当にやってもらえないかしら?」
冗談ぽく話していた永遠亭と紅魔館の確執を紫は本当にやれないかと提案する。
「ふふ、我々には情報操作に長けた優秀なエージェントがいますから・・・お引き受けします。」
クスクス笑いながら永琳が紫の提案を了承する。そして、そのエージェントと聞いてその場にいる全員がピンとくる。あの性悪兎だ。奴の巧みな話術と交渉術に掛かれば子供のレミリア・スカーレットに対抗できる術はないだろう。永遠亭はともかく紅魔館側は壮絶にぶち切れるのは必至だと、ここにいる全員が容易に想像できた。
「それなら、事の経過を幻想郷の住人が把握出来た方がいいですね。」
紅魔館と永遠亭との確執は、人知れず水面下で進行してある日突然要塞が現れるという周囲から脈絡が見えない状況よりも、永遠亭と紅魔館の争いが発生し、エスカレートする状況を幻想郷の住人が具に見聞きした上で、幻想郷終焉のシナリオをレミリア自らスタートさせるという状況を演出した方が劇的であるし、何よりこちらが黒幕である事がばれずに済む。もし、突然要塞が降って湧く状況に接した時、幻想郷の住人が真っ先に疑うのが八雲紫であり、これでは最初から茶番とバレてしまう可能性が高い。
「明日、比良山様の所に行く時、ついでに情報操作に使える文屋を貸して貰う事にするわ。」
異変については比良山次郎坊も一枚噛んでおり、幻想郷の東側で起こる大規模な異変に対して、天狗側が独自に治安維持行動を行わない様に予め根回ししておく必要があり、具体的な日取りが組めそうなので、一報を入れるつもりでいたのだ。
しかし、文屋と聞いて霊夢が誰かを思い出す。
「文じゃだめなの?あ、そういえば最近文見かけないわね・・・。」
幻想郷に紅魔館と永遠亭の確執を広く報じる為に新聞報道が欠かせない。ここで霊夢らの言う幻想郷とは妖怪の山より東の地区の平野部を指し、ここには鴉天狗の射命丸文が頻繁に現れて、あることなすこと報じて回る。大天狗の比良山次郎坊から新たに文屋の調達しなくても良いのではないかと思う霊夢。それと同時に、文の名前が出た時、彼女が最近姿を見せていない事に気付いた。
「文は、捏造は得意だけど、誰かの為にねつ造記事を書くようなタイプではないわ。そもそも本人は自分の記事を捏造とは思っていないし、捏造は悪だとすら思っているでしょうから。」
文について考察しながら捏造をしている事に無自覚で真面目に不正を働く様に思わず吹き出す紫は、すぐに真顔に戻って、でもと付け加える。
「文の記事自体に見るべきところはなくても、彼女の行動力と確信に迫る勘の良さ、事件の匂いを探り当てる嗅覚は大したものよ。」
「だったら、なおさら文でいいじゃん?」
友達でも何でもないと普段思っている人間や妖怪達も、いざとなると庇ってしまう霊夢。
「この場合文の探る能力が高過ぎて、裏で異変の糸を引いている者の正体を見抜いてしまうかもしれない。これが一番の問題というわけだ。紫様はそれを案じている。文の鼻が我々を嗅ぎ付けでもしたらどうなる?異変は頓挫してしまうかもしれない。」
「スクープとして幻想郷中に異変の存在が知れ渡る可能性がありますね。」
永琳がふむとうつむいて考え込む仕草をする。
「治安維持活動が発動されるとこっちは身動きできんしな。それに、こっちよりも妹紅を嗅ぎ当てでもしたら文が無事でいられるかどうか、そっちの方が心配でもあるな。」
秘密保持の為に妹紅なら文を始末してしまうかもしれない。妹紅の実力を知らない時なら文が遅れを取るとは思わなかったが、今となってはここにいる化け物連中でも命の保証がないほど妹紅が強い事を知っている霊夢。
「文が姿を見せないのは、紫がそうさせているの?」
紫らの話から文が姿を見せない理由がある程度は見えてきた霊夢。
「ええ、射命丸家は鞍馬山の一門。鞍馬と親交のある比良山様を通じて文の越境を抑えてもらっているの。」
文は新聞の内容に関して度々注意や譴責処分を受けており、今回は比良山次郎坊を通じて妖怪の山新聞報道倫理委員会の査問会を特別召集してもらい、しばらくの間身動きがとれない状況を作ってもらっている。
「なるほど・・。」
人間を端っから下に見る文と妖怪の狩人である妹紅は相性が最悪だと思われる。ぶつかったら必ず闘争に発展するだろう。どうやらそうならないようで少し安心する霊夢。
「後の問題は・・・。」
「吸血鬼の小娘をどう料理するか?どうやって責任を負い被せて罪人に仕立てるか?」
藍がわざと意地悪く言って霊夢を煽る。むっとした霊夢をなだめる様に紫は藍を制した。いかにも何か策があるという表情をしている。
「この異変を仕切る者が必要になるわ。」
「妹紅を利用して要塞を破壊するという案を、レミリアから出させ、彼女に指揮を執らせるのですね?」
永琳はすぐに紫の考えを理解する。
「ええ。この異変はレミリアが引き起こした異変であり、レミリアがその責任を取って収める彼女の異変にするのよ。」
「なるほど!」
藍がひゅーと口笛を鳴らし感嘆の意を示す。
レミリアが起こした異変をレミリア自身が治めようとした場合、解決屋である巫女の霊夢を頼り、更にこの危機的状況を何とかしようと立ち上がってある程度の人材が紅魔館に集結し、異変を終わらせようとする組織的な動きが必ず起きるはずである。
霊夢がレミリアに味方をするなら、協力者は霊夢の交友関係にも波及し八雲紫にも協力の打診が行える。レミリアの陣営に紫をつけることも出来、誰に疑われる事無く異変の真の首謀者が傀儡として操る偽物の首謀者に参謀として付くことも可能であう。
「完璧ですね。」
永琳もこの作戦に好印象である。
「(レミリアが異変を起こし、それを治めて英雄になれば、自然とその事は妖怪の山に伝わるでしょう。私が手を下さなくても天狗に目を付けられた吸血鬼は無事では済まないでしょうね。ふふふ、霊夢には悪いけど吸血鬼はいずれ退場してもらう事になるのよ。)」
一瞬紫の表情が変わり、人目をはばからず邪悪な笑み浮かべた。藍はそれを見てギョッとし、咄嗟にこの表情を霊夢に見せまいと声を上げる。
「それから!」
藍は少し語気を強めて注意を引くように発言をする。霊夢の意識がそちらに向く。
紫が吸血鬼に対して強い敵意を持っている事は承知している。自分も同じである。一方霊夢はレミリアに対して少なからず好意的に思っている節があり、霊夢を挟んだ妖怪と吸血鬼との三角関係が見て取れた。
勘の良い霊夢があの邪悪な紫の表情に接した時、霊夢が紫の本性を知って幻滅、最悪の場合敵対する可能性が頭を過ぎったので、そうならないように咄嗟に動いたのだ。普段ならやらない軽率な行動を最近するようになった主から目が離せない藍だった。
「少し気になったのですが、妹紅の自爆、霊夢に止められるのですか?」
藍の発言は紫から霊夢の気をそらすためだけのものではなく、とても重要な課題だった。
「ギク!」
霊夢がギクリとした事で、上手く話が逸れたと安心する藍。永琳はその様子を黙って観察する。なかなか面白い見せ物が見られたと内心ニヤリとする。
「私の事も問題だけどさ、それよりもあの要塞はちゃんと壊せるものなの?」
霊夢は藍に言われかなり焦ったが、自分の事よりも根本的な問題が残っている事に苦情を言う。
正直なところあんな大きなものを封じる結界など絶対無理だと思う霊夢。そしてあの防御に特化した要塞は、妹紅に壊す事が出来るのかも疑問である。
異変が始まるまでの段取りは完璧に出来たが、その後、特に最後どう締めるかはまだ分からない霊夢。
自分が結界で封じるというのは結構前から決まっていたので一応その準備をしていた霊夢だが、この永琳の超巨大な防御要塞は正に寝耳に水である。いくらなんでもアレを封じる結界は自力では不可能だ。
「恐らくあの要塞は妹紅の自爆にも耐える事が出来ます。」
永琳が澄ました顔で無常な事を言う。
「駄目じゃん!」
「一応壊す段取りがついているわ。」
テーブルを叩いて抗議する霊夢をなだめる紫。
妹紅の自爆で恐らく外壁装甲と内部流体層は消滅する。しかし中枢部の核は恐らく残る可能性があり、これが残ったままだと装甲を再生してまた新しい要塞を形成してしまう。
妹紅の自爆のエネルギーはスキマを使って向こうの世界に送るので長時間結界を維持する必要はない。しかし、要塞の核を残してそれをスキマに送ってしまうと向こうの世界で防御要塞が復活しとんでもない事態になる可能性がある。
「それじゃ、その中心核はどう処分するの?」
「スキマ砲を使う。」
「すきまほう?」
藍の口から聞き慣れない単語が出る。スキマ砲とは何か?名称の第一印象から隙間だからけの穴ぼこ大砲をイメージする霊夢はとても弱そうに感じて複雑な表情をする。
妹紅が自爆した結界の中は灼熱地獄になるのは間違いなく、要塞の中枢部を破壊するためにはその灼熱地獄に侵入して直接核を叩くしかない。しかしそんな事が出来る者はいないし、いたとしても犠牲を伴う危険な賭けになるだろう。
そこで考えたのが、スキマを使って結界の中と外を繋ぎ、外から撃った大砲を中の核に当てて破壊しようという作戦である。これは一見すると仕組みが単純で簡単そうだが実際はそんな簡単な作業ではない。
結界の中と外をスキマという一本のパイプで繋ぐというイメージを想像すればいい。灼熱の結界の中と外を繋ぐわけなので当然中の熱が外に逃げる。普通に繋いだだけでは、幻想郷に炎が吹き出して焼け野原にするだけである。
スキマ砲は、結界の中の熱を別の空間に逃がす冷却用のスキマと、外から大砲を中に撃ち込む砲身の役目を果たす、それぞれ別々のスキマを繋いで攻撃する方法である。
イメージとしては2本の道の両端を繋げた一本の道だが、冷却用のスキマは、実に数千キロメートルに及ぶ長大な空間で、スキマでループさせる事で物理的な距離を短くし、砲身側のスキマも長大な距離を可能な限り高速で飛行し、運動エネルギーを加えて前方に放出する。当然この砲身部もスキマでループさせる。
弾丸として想定していたのは風見幽香の高出力レーザーだったが、彼女が怪我の治療で戦線をリタイアしているため、急遽同等の高出力エネルギー砲、マスタースパークを撃てる霧雨魔理沙に変更した。
マスタースパークという名称で広く知られる様になったこの技は、魅魔、幽香、魔理沙の3名、一人が他界しているので現2名が使用出来る。
この技は魔界の門を開いてそこからエネルギーを放出させる技なので、術者の魔力に依存せず、無尽蔵に取り出すことが出来る究極の無属性攻撃である。
通常の高出力エネルギー砲は主に火が主属性であるため、妹紅の圧倒的な炎の中では威力は一気に減衰して攻撃力を失う事が予想される。療養中の風見幽香に変わって霧雨魔理沙が選ばれたのは、妹紅の炎に影響されない幽香と同じ無属性の高エネルギーレーザーを撃てるからである。
「2本の道を繋げるというより、攻撃する時に2本の道を交差させるといった方がいいかしらね。」
「なるほどねー。しかし、よくこんなこと考えるわよねー。」
「スキマでコンパクトに収めているとはいえ、長大な砲身を操作して命中させるのは至難の技ですね。」
永琳が測量を担当する藍を一別して、一応の尊敬の念を向ける。
常識に囚われない自在な発想力と、常識にからはみ出ない整然とした思考を同時に兼ね備えなければ、例えスキマの能力を先天的に身に着けていても、幻想郷という世界を構築することは出来ない。
幻想郷計画は紫の独自の計画ではなく元々は博麗神社の発想であるが、実務的な作業は八雲紫と藍にしかできず、特に藍の精密な高速演算能力によって基準のない概念世界にゼロという概念を与えているのだ。
藍が紫の式になり、この2人の間に完全な能力共有がなされたことで、紫の自由な創造力と藍の精密な理論が完全に融合し、幻の中に幻想郷という世界を構築出来たわけである。
「でもさー向こうにも都合があるわけでしょ?都合良くこっちの思惑通りに行くのかしら?」
霊夢はあくまで冷静だった。
防御要塞が幻想郷を滅ぼす為に現れる存在であるなら、迎撃の機会を与えないのではないかと思う霊夢。
他の3人がそれを聞いて思わず顔を見合わせる。持って生まれた天分なのか、勝ち負けの重要な部分を適格についてくるのは流石というべきか。この霊夢の疑問にはこの要塞の制作者の永琳が答える。
「反撃の機会を与えず自由落下か若しくは加速して落ちる場合、質量の関係で幻想郷の大地に大穴を開けて食い込む可能性があります。これだけでも夥しい被害が発生しますが幻想郷の全てが消失するまでにはいかないでしょう。」
「じゃーどするの?」
「作った私が言うのもなんですが、もっとも確実に幻想郷を滅ぼす手段は、低速で落ちて一度幻想郷の地面にバウンドさせて、要塞の外壁と内部構造の形状維持が保てない状態に潰して破壊し、むき出しになったコアが地表から数キロメートル上空で爆発するのが最も大きな被害が出せるものと思います。」
この要塞は内部の大半が液状化してそれそのものが緩衝剤としての役割を果たしている。コアを自爆させるにしてもその硬い外壁構造によって爆発が著しく弱められてしまうので、一度外壁をパージさせなければならない。その最も効果的なパージ方法は、地面に緩く激突して潰れて流体層を破裂させることである。
拡散した外壁のパーツと内部の流体層が周辺に飛散し、その後露出したコアが爆発すれば完全に幻想郷を消す事が出来るというわけである。
「つまり、幻想郷を滅ぼすために呼び出された永琳の要塞は、ゆっくり時間をかけて落ちてくるってことで間違いないのね?」
「運命召喚式なら、間違いなく。」
「そうでなければ?」
「妹紅を危険因子として要塞は幻想郷の上空に現れて暫く妹紅の監視に入ると思います。こちらのほうが、安全と言えば安全ですけど・・・。」
「後者だと明らかにこちらの茶番がばれますね。」
永琳の後に藍が続ける。
「出来れば運命召喚式がいいわね。」
「ふーむ。やっぱ問題は私か・・・。」
自分以外に関しては完璧に準備が調っている事を知る霊夢は流石に落胆する。作戦の中で自分がリスクになっていることは、やはり面白くない。やるからにはちゃんとやりたい、不真面目なようで律儀な霊夢である。
「霊夢、困った時は誰にお願いする?」
「そりゃー困った時の神頼み・・・神様かな?」
「ふふ、なら神様にお願いしてみましょうか?」
「・・・それってまさか。」
幻想郷に神様は沢山いることはいるが、基本的にここにいる神様は向こうで忘れ去られた落ちぶれた柱達が主で、霊夢に力を与えられる強い信仰に下支えされた強神はほとんどいない。
「幻想郷が滅ぶとなれば、山の神様達も協力してくれるでしょう。神様だって背に腹は替えられないわ。」
「守矢神社・・・ね?」
守矢神社と聞いて霊夢の表情が曇る。
「気に入らない?」
「私さー・・・早苗と神奈子ってなんか胡散臭くて嫌なのよね。諏訪子はそうでもないんだけど。」
テーブルに肩肘をついて不良が悪態を付くような態度で吐き捨てる様に守矢神社の2人を悪く言う霊夢。
「!」
霊夢の反応に紫は驚いた。紫は約1500年前から博麗神社で様々な事を学んでいるので神社に関しては霊夢よりも沢山の知識がある。東風谷早苗は神事に携わる上での資質や緊張感はないし、八坂神奈子に相当する万能な神様を紫は知らない。もしそんな力を持った神様が居るとするなら建御名方神になると思われるが、諏訪大社は複数の神様が糾合されて一つにまとめられた信仰の元締めのような存在である。様々な力を司っているが、それらは各々の神様を纏めているためで、建御名方神個人の能力ではない。
諏訪地方の土着神である洩矢諏訪子のミシャクジ信仰や、侵略戦争の果てに土着神を従え信仰を融合させた建御名方神の国津神信仰。そしてそれを現在の天皇の祖先である天津神の一人建御雷神が建御名方神を追って降伏させ諏訪の地に封じ込めたのである。
新旧様々な神様がこの地で融合し独自の信仰体系を生んだ事で、主神である建御名方神は恐るべき力を持つ神へと成長し、それを監視するために建御雷神は鹿島神社に入って目を光らせている状態である。
八坂神奈子は建御名方神の分身、或いは本人の変装のようなものかとも思われたが、彼の神は現在も諏訪の地に健在で神奈子は別神であることは確かである。
では彼女は一体誰か?建御名方神の妻、八坂刀売神か?いや、彼の神も諏訪に居る。
洩矢諏訪子に関しては諏訪には不在であることが確認され、これは幻想郷に来ている事を証明するものである。
「胡散臭いという根拠は?」
藍が霊夢に聞く。
「威厳はあっても神威がない。」
「神威?」
「妖怪でも神様でも強い奴は他を圧倒する威圧感があるでしょ?それを威厳とすると、神威ってのは強くなくても持っている、何て言うかな・・・あんまし好きな言葉じゃないんだけど、家系の持っている威勢というのかな・・・。」
「なるほど・・・。」
「藍や紫には威厳はあっても、当然神威はない。たまにみる豊穣の神様の下っ端とかは、威厳はまるでないけど神威は多少はあるの。でも・・・。」
「でも?」
「永琳ってさ・・・神様の血筋なの?貴女にも神威があるけど・・・。」
「私は思兼神の天下りなので当然です。」
「へー・・・。」
皆、驚くというよりなるほどという雰囲気で感心の意を示す。
「今の日本の神様の一族は月の世界に移住し、月の民とはあまり交わらずに独自文化体系で子孫を増やしていきました。月では穢れ事が禁止されているので繁殖は地上で行います。日本という島国は神様の繁殖地なのです。私はそこで生まれた一人で、思考だけで肉体が衰えた思兼神がたまたまこの体を選んで天下りしたのです。」
「面白いお話ね。」
「神様というとこちらの世界では何か仰々しく思われますが、神は信仰がなければ人妖とかわりません。既に信仰がある神様と、その子弟には明確な境界線がありますが、私のように天下りされれば他とは明らかに違う存在になれます。私は、思兼神の知識欲を受け継ぎ、神様達と離れて月の民と融和しそこで学び、知識の探究に努めたのです。」
永琳は自分の出生を明かす。神様の子孫で、彼女本人が信仰される存在ではないが、思兼神が天下った事で他の神様の凡庸な子孫達とは違う人生を歩んだことを知る。
「どんな弱い存在でも、神様の体系に組みするものに備わる神威。逆に魔に組みすればそれに相応しい威勢が備わると言う事か・・・。」
藍はそう呟きながら、霊夢が自分達とは違う感性が備わっている事を知る。八雲紫は八坂神奈子を警戒していた。それは、恐るべき存在に対する脅威としてではなく、未知の存在に対する不気味さに対してである。そして紫にとっては未知であっても、霊夢にははっきりとそれが見えていたのだ。
八坂神奈子の一件から永琳の意外な昔話に発展し話の流れが脱線する。一時、互いの酒器に心の栄養を注ぎ回しながら話の流れを戻すための誰かの一言を待つ。
「今回の件、守矢神社の神様達にお願いするのは、単に困った時の神頼みというわけだけじゃないの。」
霊夢の横やりで話が変わったわけだが、紫は何故守矢神社に助けを求めるか、その理由を話しだす。
「というと?」
「あなたが守矢神社に良い印象がないのと同じように、私も彼らを全く信用していない。」
「じゃー何で彼らを頼るの?」
「化けの皮をはがすためよ。」
「!」
ニヤリとして霊夢に妖しい視線を向ける紫の言葉に反応して考え込む霊夢。
守矢神社では信仰を獲得しようと盛んに動いている事は知っている。そうした神様達にとって頼られるということは願ってもないことであり、普通なら引き受けるだろう。
風を吹かせるとか雨を降らせるとかなら簡単な作業で、強い妖怪が神と偽って人間をたぶらかせるなど珍しい事ではない。しかし、巫女に力を卸すというのは能力とは関係なく本物の神様でなければ無理な事である。
彼女が本物の神様なら紫の思惑通り、霊夢に力を貸して結界を大きく広くすることが出来るはず。出来ないなら断るかもしれない。諏訪子が本物である以上、諏訪子一人だけが協力してくれるかもしれない。しかし、そうなると八坂神奈子は偽物と公言しているようなものである。
危機的状況を利用して守矢神社に選択肢を多く与えず、その中から守矢神社の真の状況を見出そうという魂胆だろうと紫の腹の内を理解する霊夢。
「諏訪子だけでなんとかなったら?」
「何とかさせなければいいでしょ?」
ニヤリとしてお気に入りのぐい飲みを小気味よく傾ける。
「なるほど、諏訪子に力を使い切らせるのですね。」
永琳は紫の真意を理解するが、彼女にとっての問題は失敗作の始末だけなので守矢神社に関する駆け引きは正直関係はない。しかし、関心がないわけではない。彼らが何を考え、何に価値を見出しているのか。何を基準に行動し、何によって心を悩ませるのか。興味は尽きない。
「要塞にトドメを刺した後も異変をギリギリまで継続させるの。そういれば、神奈子の真偽が確かめられるわ。」
この時の紫達は、人間の里の画策を知らない。この宴会が行われている正にその時、人間の里と守矢神社が手を結んでいた事を全く知らないのである。
八雲紫が今までどおりの力しか持っていなければ、いつものようにコソコソと周辺を嗅ぎ回って他者の陰謀をいち早く把握していたことだろうが、彼女は今能力が爆発的に上昇してしまったせいで、気が大きくなり小さな事を無視してしまっていたのだ。
博麗神社の母屋の南向きの縁側に立った博麗霊夢は、右手の木々の間から遠くに見える里の明かりに目をやりながら、夜風に吹かれて酔って火照った体を冷ますしながらぼんやりと何かを考えていた。
「どうしたの?」
少し大人びた雰囲気を醸し出していた霊夢の後ろ姿が気になり、八雲紫は寄りそうように隣に立った。
八雲藍は八意永琳を見送りに出ていないため、今は霊夢と紫の二人きりである。
「別に、守矢神社が目障りだからってわけじゃないのよ。」
先程、東風谷早苗と八坂神奈子を胡散臭いと言った事を少し気にしているようである。
霊夢は他人にはあまり関心が無く、それは良い面も悪い面も、好きも嫌いも等しく平等で、特定の誰かを褒める事もしなければ、逆にけなすこともない。そんな霊夢はその当人が居ないところで陰口のように胡散臭いとつい口にしてしまった事に困惑しているようである。
皮肉程度のものなら日常茶飯事だが、先程の霊夢の発言は本心からくる明確な陰口であり、それは紫にとっても霊夢の意外な一面を見て驚いたところでもある。しかし、それは歴とした根拠があり、洩矢諏訪子に関しては特に問題にしておらず、東風谷早苗と八坂神奈子2人に限定されたものだった。
「私は向こうの世界も少し知っているのだけれど、洩矢諏訪子、つまりミシャクジ様は幻想郷に移住し向こうでは不在が確認されている。東風谷早苗と言う人物は失踪届け、つまり行方不明者として扱われているの。」
「神奈子は?」
「彼女に相当する人間も神様も確認されていないわ。」
「やっぱり偽物なのかしら?」
「偽物にしてはとても強く、威厳もあり存在感は計り知れないわね。」
「でも、あいつ神様には見えない・・・。」
「私もそのへんが気になるところで、今回の異変で探りをいれてみようと思ったわけよ。」
「色んな事に利用しているのね。今回の異変は・・・。」
「不死鳥の転生を間近で見るなんて滅多な事ではないわ。破壊し、再生する力。利用する手はないでしょ?」
「楽しそうでいいわねー。」
「ふふ、霊夢、貴女は博麗の巫女なんだからこっち側に来る権利があるのよ?」
2人は正面を向いたまま会話を続けていたが、ここで霊夢が始めて紫を向く。
「こっち側?」
「幻想郷を管理運営する側って事。」
「何だかめんどくさそうで勘弁願いたいわね。」
「そう言うと思ったわ。でも、博麗神社は代々幻想郷を管理する側の一翼を担っていた。」
「今は違うの?」
「今もそうだけど、今は事情が少し違うから・・・。」
「事情?」
「良い機会だから少し詳しく話しておきましょうか。」
「・・・。」
「大丈夫よ、貴女がこっち側に来る来ないの話ではないから。」
八雲紫はそう言って母屋の縁側から幻想郷を見ながら話し始めた。
幻想郷という世界は八雲紫と八雲藍の2人によって形成維持されているといって間違いない。しかし、実はこの2人だけの力では、幻想郷の土地を形成し安定した状態に留める事しかできない。これは季節のない永遠に同じ状態が保たれるという意味である。
幻想郷という隔離世界の構想そのものは博麗神社によるもので、八雲紫が神社に同調し、時代の流れがそれを後押しするように幻想郷事業が現実のものとなっていくが、彼らがこの事業に持ち込んだのが『制約の法則』である。これは魅魔の呪いの魔法を応用したもので、強い力に制限を与える事で生じる強い反発する力のはけ口を意図的に作る事で、必要な分だけの力を突出させるというものである。
八雲紫は幻想郷に対してそれを自在に操れる創造主としての大きな権限がある。そこに強い制限、幻想郷の構造に自由に触れる事が出来ない制約をかけたのである。
幻想郷を創ったにもかかわらず、それに一切触れられない紫だが、幻想郷の運営を司る博麗神社の許可があった時のみ、その命令に従う事が出来るという、ある種の呪いのような力が課せられる事になったのである。
これによって紫は創造主としての実質的な権限は無くなったが、神社と紫が険悪な状態ならともかく一蓮托生であるため、紫に課せられた制限は十分な話し合いが行われる親密な状態なら必ずしも制約にはならない。
呪いとは本来敵対する関係の中で行われるが、これを親密な関係の者同士で行い、本来は制約となるはずの仕組みを逆手にとって八雲紫の力を引き出す仕組みに利用したというわけである。この制約によって八雲紫は博麗神社の依頼に対して通常の力よりも数倍の力を発揮出来、100年を目処に造り替える予定だった幻想郷を恒久的に運営維持が出来る様になったのである。
博麗神社が健在だった西暦1885年博麗大結界施行前、幻想郷に平和は無く当時の社会情勢の進歩によって古い物が次々に不要になって幻想郷になだれ込む事態が発生する。
八雲紫は博麗神社の依頼もあって大結界の施行を決意し、自分の肉体と引き替えに強力な結界を施したのである。
西暦2000年に封魔事件が発生して魅魔が隠れているが、その翌年2001年に八雲紫が幻想郷に復帰する。魅魔の吸血鬼との和睦政策の為に争いのない平和的状況が推奨され、すっかり変わり果ててしまった幻想郷に紫は愕然とした。
博麗神社には、現代入りした神主と本陣山に移設した神社に巫女が一人だけ。紫が最後に見た当時博麗の里にあった博麗神社の人員は下働きも含めれば100名を越えており、神主や巫女など所謂幻想郷の管理者側の者も30名以上いたはずである。
神社を失った里は結界が弱まって妖気が強く入り込み、人体に良い影響を与え人間の体質を強く変えた。これによって個人レベルでは健康で長生きする様になったものの出生率が大幅に下がり、博麗の血を強く引いた者が生まれにくくなり、現在の巫女博麗霊夢が誕生する数年前から一人も子供が産まれなくなってしまっていたのである。
本陣山には分社を置くべきだったと後悔するが、神社が移設されたことであの山は静かになったが当時の本陣山は人食い妖怪の巣窟でとてもそこに建物を建てられる状態ではなかった。他に手は無かったのだ。
妖怪は基本的に歳を取らず殺されなければ生き飽きるまで生きる事が出来る。しかし、平和になった幻想郷で錆び付いた妖怪達の心は肉体を蝕んで弱体化させ老衰してしまう妖怪も出ており、急遽紫は魅魔の平和政策を改めてる政策転換をする。
数の減った妖怪を互いに競わせて死滅させる事は出来ないので、魅魔が吸血鬼戦争後に導入を提案していたスペルカードルールによる疑似戦闘システムを導入し闘争を推奨した。
西暦2002年の夏に起こった紅魔異変を機にスペルカードは幻想郷東部に爆発的に広がり、翌2003年の春の春雪異変、同年秋の永夜異変が発生し、そこでの抗争もスペルカードで決着が決められた。
昨年2004年春の60年に一度の幽霊大発生、同年夏に守矢神社が幻想郷入りし、同年晩秋に旧地獄異変が発生したが、ここでもスペルカードが使われた。
スペルカードルールは順調に広まって定着し、闘争も常態化して少しずつ幻想郷に活気が生まれつつあった。しかし、抜本的な問題である博麗神社の復興は全く目処が立っていない。
そこに来て藤原妹紅の台頭。不死鳥が幻想郷にいるわけだがこれを利用する手はない。
幻想郷は何も神社や里がある東側の平野部だけではない。西に妖怪の山がり、この山は麓まで入れれば幻想郷の7割近い面積を占める。そしてそこを支配する天狗もまた長い平和で行き詰まったきらいがあり大天狗の一人比良山次郎坊から異変の注文があったばかりである。
幻想郷という世界が間違いなく新しい時代を望んでいるのだ。
八雲紫の話を聞き終えた霊夢は、幻想郷の仕組みと八雲紫と博麗神社の深い関係を知る。彼女が自分に何かとちょっかいだしてくるのは、スキマ妖怪の単なる気まぐれではない事は理解出来た。
今回の異変は当初妹紅と自分とで少し派手に演出する程度だと思っていた。ここに来て八意永琳が現れ、それを紫はとても喜んでいる。何故この危険極まりない状況を喜んでいるのか少し不思議だった霊夢だが、ある程度納得が出来た。
この異変には自分が知る以上に大勢の人妖の思いが重なっており、より多くの目に留まる状況になればなるほどに、博麗神社、強いては自分の力が大きく世間にアピール出来るということである。小さな異変をチマチマこなして、嘘八百新聞(文々。新聞の俗称)で活躍が全て眉唾に扱われるより遙かに事態は好転するだろう。
「上手くいくといいわね。」
「是非成功させましょうね、霊夢。」
幻想郷の夜は深ける。
とっぷりと陽も暮れ人間から妖怪の時間へと移り替わる幻想郷。
幻想郷の未来を占う上で重要な一日が過ぎようとしており、その運命の一端を握る重要人物らが博麗神社に参集していた。
博麗神社の母屋から数名の女性の談笑の音が聞こえてくる。
重要な会合の場として設けた席だが、酒が入ってのことなのか緊張感があまり見られない雰囲気である。
冬にはコタツとして利用するあまり大きくはない正方形のテーブルを八雲紫、八雲藍、八意永琳そしてこの家の主である博麗霊夢が包囲し、目前の山盛りの料理と酒を攻略していた。
天才と名高く、医師であり科学者でもある八意永琳を味方に付けた八雲紫はこれ以上はないという協力者を得たと、気が大きくなっていつもより饒舌になっているようだ。紫の忠実な僕九尾の八雲藍は、そんな主が口を滑らせて余計な事を言わないか内心ハラハラしながら事の成り行きを見守る。
八意永琳はこの異変に関しては力強い協力者であっても、心置けない危険な存在であることに変わりはない。何を考えているのか九尾の藍であっても心の内を見透かせない永琳。永夜異変の時から何度か会ってはいるもののその存在の異質さは生理的な嫌悪感すら覚えた。
しかし、今目の前にいる永琳は以前とはどことなく、いやかなり違っている様に見える。霊夢の作った料理について興味を示し、材料や作り方など質問しメモもとっている。それ以外でも幻想郷について興味深く質問しているのだ。
以前は素っ気なく無表情だった永琳だが、一体どうしてしまったのだろうか?この永琳の変化は、より一層の警戒心を煽る要因として藍の気苦労を増大させていた。
変わったと言えば主人である八雲紫も同様で、妹の魂と合ししてから力が単純に2倍に膨れあがり、強くなった分小さな事に気を留めなくなり、大らかになったのは良いものの若干慎重さが欠けているように見える。
力が2倍というとそれほどでもないように思うが、1の2倍で2になるという小さな掛け算ではなく、この場合1京が2京になるような桁違いの掛け算なのである。その力の大きさの変化量は計り知れないものがあり、これは幻想郷の広さを単純に4倍に出来る力を得ていることになるのだ。
巨大な存在は得てして足元に蠢く小さな存在を無視しがちだ。藍は、自分の役目は大きな視野を持つ紫の死角をカバーすることだと思い、通常よりも慎重に行動する事を心掛けるつもりでいた。だが、藍は気付いていない。自分自身もまた足元が見えない程の巨大な存在だと言うことを。
そして、小さき者達が既に足元で動き始めている事に気が付いていなかったのである。
「運命について霊夢はどう思う?」
その問いかけに箸が止まることなくまるで聞き飽きたという素振りを見せる霊夢。それは突然振られた質問ではなく、先程から八雲紫と八意永琳との間でずっと続いている話題だからだ。
霊夢は興味が無かったので黙々と食べることに集中していた。話を振られてもすぐに返す為の言葉を予め用意していなかった。無視するのもどうかと思い質問に対しては漠然と思っている事を率直に口にする。
「運命は確かに存在すると思うけど、だからといってそれを具体的にこうだと説明するとなると困るわねー。」
幻想郷の住人は、運命の存在を漠然と信じている。誰かと誰かの出合いは偶然ではなく運命だと無意識に考える者もいる。例えば紫と幽々子、霊夢と魔理沙、霊夢が巫女として生まれた事も含めて、それは全て運命ということである。
それに対して永琳は、それらはあくまで結果論で、過去の積み重ねによる必然で、無数に起こっている必然の中で特に印象に残る事を特別に意識することで起こる一種の感傷に過ぎないと、頭の固い学者らしい返答をする。
個人を基準に置くか、世界を基準に置くかで見方も変わってくるが、先程からその堂々巡りで話が進まず、最初は藍に、そしてついに話が霊夢に及んだというわけである。
藍は紫ほどロマンチストではないので、ただの確率の問題だと思う一方、上位妖怪である自分が当時格下だった八雲紫の式神になった劇的な経緯を考えると、単なる確率論で済ませるのは釈然としないというか勿体ないという思いもある。運命のいたずらなどと言われるが、何者かにそう仕向けられたように錯覚する事は過去に何度か経験している藍。
「霊夢はどちらかというと紫様に近いか・・・。」
「何て言うかさ、もうすでにあるものとして生活しているっていうか・・・。」
たらふく食った今日のこの日も劇的な運命のいたずらと思う霊夢。つまり霊夢にとっては全ての事象が運命なのだ。運命とは特別な事ではなく当たり前に存在しているというのが霊夢の持論である。
八意永琳は、例えば幻想郷という存在は運命によって八雲紫に作られたのではなく、紫がいなくてもいずれ誰かが作るもので、たまたまそれが紫だったという発想の仕方をする。霊夢もたまたま巫女になっただけで、別の巫女、例えば博麗霊子が生まれても紫と会って今のこの席について話しあっていると考えるのだ。それは確かに一理あるように思える。
世界が生まれるとする。誕生と成長、そして終焉はどんな世界であっても等しく与えられるものである。必然すら超越した運命論を信じると、行き着く先は星の寿命ですら運命ならどうとでもなるようなそんな究極的な話しになってしまうが、実際問題としては、この幻想郷とて世界を構築する基礎が無くなれば消滅するのだ。誰と誰が会って何とかというすごいものを発明して素晴らしい業績を残したとして、そんなものは世界という枠組みで捉えれば大した意味にならないのだ。何故なら科学で証明出来る事は既に自然の摂理として存在し機能している常識で、人間はその現象に勝手に名前を与えているだけだからだ。
永琳も運命を信じないわけではない。例えば創主の存在はこの世界の唯一の運命によるものだろう。逆に言えばそれ以外のものを運命とは呼びたくないのだ。
八雲紫が創主の別の姿である事を知らない永琳。それを知れば運命を感じずにはいられないだろうが、彼女がそれを知るのはもっと後のことである。
運命に話が及ぶ事になったきっかけは、もちろん吸血鬼レミリア・スカーレットをこの異変でどう料理するかという話しなったからで、彼女の運命を操る力が無意識に異変に影響を与えているという紫の持論に対して、永琳が意を唱えた事に起因する。
そんな議論をしているうちに、もしレミリアがその能力を使いこなせているなら、世界はどうにでもなってしまう。無から突然有が発生するなどという、物理の法則を完全に無視した事が出来てしまうではないかという永琳の反論が話を膨らませてしまったのだ。
ここに藤原妹紅がいたなら、それは運命を紐解く力とセットの力で単品ではあまり役に立たない能力だと知らされて、数時間に及んだこの議論を一瞬で終わらせていたことだろう。
この話を永琳が知っていれば、中途半端にレミリアの力が現状を動かしているという説に歩み寄る努力が出来たかもしれない。
この宴会兼重要会議の会場は、霊夢にとって正に戦場だった。それも一兵残さず平らげる大殲滅戦だ。
油揚げを使った藍好みの料理を数品必ずつけることを条件に大量の食材をもらった霊夢は、惜しげもなく今夜の晩餐に戦力の7割以上を注ぎ込んだ。
皿が足りなくなるので、銘々皿ではなく大皿に豪快にどんと料理を並べ各自取り皿に必要な分だけ取るという方式をとった。この方式にすれば遊兵を極力抑えられ、正面突破が非常に有効で、突撃戦法が得意な霊夢と非常に相性が良い。
霊夢が作ったテーブルの上の料理の半分は主に作った霊夢一人で攻略し、他の3人で残り半数を攻略した。ほぼ戦場を制圧した霊夢らは後は勝利の祝杯を上げるだけだが、祝杯は既に開戦前から既にあげられてた。
ようするに最初からクライマックスだったというわけである。
そんな霊夢を尻目に進めていた運命論もここまでくると具体的に目に見える形で再現できないと互いに納得できないという結論に至る。当たり前と言えば当たり前の成り行きだが、というより最初からそこに行くべきだった。
「絶対起こらない事をレミリアにやらせてみるってのはどう?」
霊夢が半分酔っぱらいながら得意げに人指し指を立てて提案する。
「例えば?」
「そうね・・・例えば、そう!不死身の蓬莱人が死ぬ。なんてのはどう?」
蓬莱人の目の前でとんでもない事を言う霊夢のえげつなさは相変わらずだが、確かにこれ以上の検証方法は思いつかない。
そんなことを言われて不快になるのではと一瞬心配した紫らだが、永琳は何故かその霊夢の提案に耳を傾け何かを考え始める。どうやら自らの命も省みず霊夢の案を基に何か策を考えているようだ。
「一つ名案があります。この異変にも合わせて・・・。」
その言葉に一同興味を示し、それぞれテーブルに肘をついて乗り出して、酔って熱くなった息づかいを互いにが感じ取れるくらいに前屈みで聞く態勢に入る。
「蓬莱人である我々も、世界を構築する基礎を失えば死にます。厳密にいえば命が失われるのではなく、存在が消滅するといえばよいでしょうか?幻想郷風にいえば歴史から消える・・・ということになりますか。幻想郷という隔離された世界が何らかの理由で崩壊し消滅すれば我々も当然消失すると思います。」
断言出来ないのは、試した事がないからである。
「ふむ・・・蓬莱人を殺すには幻想郷を消すしかない・・・ということか。」
藍が顎に手を当てて考え込む。まぁ、当たり前と言えば当たり前だが、これでは運命の検証にならない。
「レミリアに幻想郷を消せと頼めばいいの?でもそれじゃ私達も死んじゃうでしょ?」
霊夢も藍と同じように検証にならないし、しては駄目だという認識を持つ。
「なるほどあなたの言いたい事が分かったわ。」
そんな2人を尻目に言葉通りの意味ではない事を直ぐに理解した紫が得心して理解を示す。
「蓬莱人を殺すには、幻想郷を滅ぼせばいい。そしてレミリアが蓬莱人に死の運命を与えれば、レミリアの意図には関係なく幻想郷が道連れになって滅んでしまう。」
「はい。彼女がもし私達を殺そうとすれば、幻想郷に多大な悪影響を及ぼす『何か』が生じるはずです。」
表情を変えず御猪口の酒をくいっと喉に流し込む永琳。
「そうか・・・その『何か』はもうすでにありますね。」
藍もニヤリとして頷く。
幻想郷を滅ぼすであろう永琳の要塞は、滅亡因子として既に存在している。
この要塞は地上の危機を察知して、危険因子が最悪の事態になる前に予防行動をとると考えられており、その予防行動が幻想郷に出現する事である。
出現した要塞は危険の発生源である幻想郷上空で、危険因子の妹紅や紫を監視して、危険と判断した時幻想郷に対する破壊活動が始まると予測される。
永琳はレミリアの運命を操る力の検証も兼ね、蓬莱人の死という世界崩壊と同義状況を先に作り出し、逆算するように滅亡因子である防御要塞を引きずり込もうと企むのである。
幻想郷を滅亡させる因子は他にもあるだろう。例えば、守矢神社で画策している核融合などの地上の技術の持ち込みによる環境汚染。月の軍勢が攻めてくるというのもありない話ではない。
守矢神社については、これまで何度か試みられているが全て失敗に終わっており、現在お空と呼ばれるさとりのペットが要注意人物として八雲藍はマークしているが、彼女を倒す事は容易で正直なところ幻想郷の脅威とは程遠い。
月の軍勢が攻めてくるという事については、永琳の防御要塞がその侵攻をくい止める役割りをしているわけで順番としては、今回の異変の後の話しといえる。
「そう都合良く永琳の要塞が落ちてくるものなの?」
霊夢は永琳らが当たり前の様に言うその巨大な物体の存在がどうしても眉唾にしか聞こえない。
「その点は大丈夫です。姫が実際に幻想郷が滅んだところを見てきましたから。」
あっさりととんでもない事を言う永琳。実際に見たのだからこれ以上の証拠はない。
「だから、それが信じられないっての!」
もっともである。
予測が正しければレミリアが蓬莱人に死の運命を与えた瞬間、防御要塞が幻想郷に引き込まれてくるはずだ。そうなればレミリアの運命を操る力は確かに存在するという裏付けになり、仮にそうならないなら、レミリアの力は眉唾と結論付け、当初のやり方で異変を進めればいいだけである。
「まず、紅魔館と永遠亭の間に確執を生じさせ深刻な事態を作る。その抗争の過程でレミリアがキレるなりして、永琳か月のお姫様を滅ぼす運命を与える。それは即ち幻想郷の滅びのフラグ。ふふ、なかなか楽しみな状況ね。」
紫が順を追って説明し、その事態を想像して楽しそうにほくそ笑む。それを見て霊夢は眉を八の字にしてもどかしげな表情を浮かべる。
「ええ、こうすれば我々が黒幕とばれず、レミリア・スカーレットが起こした異変として処理できます。」
「ちょっと待って!それだとレミリアが悪者じゃん?」
永琳が言った後、それを聞いた霊夢が抗議する。霊夢としてはレミリアが悪者になろうと関係ないと思う一方で、この事態を引き起こした事になればその罪は当然責められてしまうかもしれず、吸血鬼といえども子どものレミリアには少し酷だと擁護する霊夢。
「レミリアが例え悪者になるとしてもだ。その前にあれを何とかする方が先だろう?」
あれとは防御要塞のこと。レミリアの問題はどっちにしろ後にあると藍が問題の優先順位を霊夢に諭す。実際問題として幻想郷の上空に巨大な物体が現れれば紅魔館と永遠亭の確執などどうでもよくなるだろう。むしろ災い転じて呉越同舟もありえる。
「・・・。」
紫が扇子を顎に宛て何やら考え始める。雰囲気が変わり長考の気配を感じた3人はしばし沈黙する。
10分以上そうしていただろうか?目を開いた紫の様子に先程までの緩さはなかった。
「決まったわ。この異変の全てが。」
異変をどう納めるかは粗方段取りはついていたが、いつどのタイミングでどのように始まるかはまだ複数の案があり決まらなかった紫。そして今その異変の全容がついに決まる。
「永琳。先程言った紅魔館と永遠亭の確執の件、それ本当にやってもらえないかしら?」
冗談ぽく話していた永遠亭と紅魔館の確執を紫は本当にやれないかと提案する。
「ふふ、我々には情報操作に長けた優秀なエージェントがいますから・・・お引き受けします。」
クスクス笑いながら永琳が紫の提案を了承する。そして、そのエージェントと聞いてその場にいる全員がピンとくる。あの性悪兎だ。奴の巧みな話術と交渉術に掛かれば子供のレミリア・スカーレットに対抗できる術はないだろう。永遠亭はともかく紅魔館側は壮絶にぶち切れるのは必至だと、ここにいる全員が容易に想像できた。
「それなら、事の経過を幻想郷の住人が把握出来た方がいいですね。」
紅魔館と永遠亭との確執は、人知れず水面下で進行してある日突然要塞が現れるという周囲から脈絡が見えない状況よりも、永遠亭と紅魔館の争いが発生し、エスカレートする状況を幻想郷の住人が具に見聞きした上で、幻想郷終焉のシナリオをレミリア自らスタートさせるという状況を演出した方が劇的であるし、何よりこちらが黒幕である事がばれずに済む。もし、突然要塞が降って湧く状況に接した時、幻想郷の住人が真っ先に疑うのが八雲紫であり、これでは最初から茶番とバレてしまう可能性が高い。
「明日、比良山様の所に行く時、ついでに情報操作に使える文屋を貸して貰う事にするわ。」
異変については比良山次郎坊も一枚噛んでおり、幻想郷の東側で起こる大規模な異変に対して、天狗側が独自に治安維持行動を行わない様に予め根回ししておく必要があり、具体的な日取りが組めそうなので、一報を入れるつもりでいたのだ。
しかし、文屋と聞いて霊夢が誰かを思い出す。
「文じゃだめなの?あ、そういえば最近文見かけないわね・・・。」
幻想郷に紅魔館と永遠亭の確執を広く報じる為に新聞報道が欠かせない。ここで霊夢らの言う幻想郷とは妖怪の山より東の地区の平野部を指し、ここには鴉天狗の射命丸文が頻繁に現れて、あることなすこと報じて回る。大天狗の比良山次郎坊から新たに文屋の調達しなくても良いのではないかと思う霊夢。それと同時に、文の名前が出た時、彼女が最近姿を見せていない事に気付いた。
「文は、捏造は得意だけど、誰かの為にねつ造記事を書くようなタイプではないわ。そもそも本人は自分の記事を捏造とは思っていないし、捏造は悪だとすら思っているでしょうから。」
文について考察しながら捏造をしている事に無自覚で真面目に不正を働く様に思わず吹き出す紫は、すぐに真顔に戻って、でもと付け加える。
「文の記事自体に見るべきところはなくても、彼女の行動力と確信に迫る勘の良さ、事件の匂いを探り当てる嗅覚は大したものよ。」
「だったら、なおさら文でいいじゃん?」
友達でも何でもないと普段思っている人間や妖怪達も、いざとなると庇ってしまう霊夢。
「この場合文の探る能力が高過ぎて、裏で異変の糸を引いている者の正体を見抜いてしまうかもしれない。これが一番の問題というわけだ。紫様はそれを案じている。文の鼻が我々を嗅ぎ付けでもしたらどうなる?異変は頓挫してしまうかもしれない。」
「スクープとして幻想郷中に異変の存在が知れ渡る可能性がありますね。」
永琳がふむとうつむいて考え込む仕草をする。
「治安維持活動が発動されるとこっちは身動きできんしな。それに、こっちよりも妹紅を嗅ぎ当てでもしたら文が無事でいられるかどうか、そっちの方が心配でもあるな。」
秘密保持の為に妹紅なら文を始末してしまうかもしれない。妹紅の実力を知らない時なら文が遅れを取るとは思わなかったが、今となってはここにいる化け物連中でも命の保証がないほど妹紅が強い事を知っている霊夢。
「文が姿を見せないのは、紫がそうさせているの?」
紫らの話から文が姿を見せない理由がある程度は見えてきた霊夢。
「ええ、射命丸家は鞍馬山の一門。鞍馬と親交のある比良山様を通じて文の越境を抑えてもらっているの。」
文は新聞の内容に関して度々注意や譴責処分を受けており、今回は比良山次郎坊を通じて妖怪の山新聞報道倫理委員会の査問会を特別召集してもらい、しばらくの間身動きがとれない状況を作ってもらっている。
「なるほど・・。」
人間を端っから下に見る文と妖怪の狩人である妹紅は相性が最悪だと思われる。ぶつかったら必ず闘争に発展するだろう。どうやらそうならないようで少し安心する霊夢。
「後の問題は・・・。」
「吸血鬼の小娘をどう料理するか?どうやって責任を負い被せて罪人に仕立てるか?」
藍がわざと意地悪く言って霊夢を煽る。むっとした霊夢をなだめる様に紫は藍を制した。いかにも何か策があるという表情をしている。
「この異変を仕切る者が必要になるわ。」
「妹紅を利用して要塞を破壊するという案を、レミリアから出させ、彼女に指揮を執らせるのですね?」
永琳はすぐに紫の考えを理解する。
「ええ。この異変はレミリアが引き起こした異変であり、レミリアがその責任を取って収める彼女の異変にするのよ。」
「なるほど!」
藍がひゅーと口笛を鳴らし感嘆の意を示す。
レミリアが起こした異変をレミリア自身が治めようとした場合、解決屋である巫女の霊夢を頼り、更にこの危機的状況を何とかしようと立ち上がってある程度の人材が紅魔館に集結し、異変を終わらせようとする組織的な動きが必ず起きるはずである。
霊夢がレミリアに味方をするなら、協力者は霊夢の交友関係にも波及し八雲紫にも協力の打診が行える。レミリアの陣営に紫をつけることも出来、誰に疑われる事無く異変の真の首謀者が傀儡として操る偽物の首謀者に参謀として付くことも可能であう。
「完璧ですね。」
永琳もこの作戦に好印象である。
「(レミリアが異変を起こし、それを治めて英雄になれば、自然とその事は妖怪の山に伝わるでしょう。私が手を下さなくても天狗に目を付けられた吸血鬼は無事では済まないでしょうね。ふふふ、霊夢には悪いけど吸血鬼はいずれ退場してもらう事になるのよ。)」
一瞬紫の表情が変わり、人目をはばからず邪悪な笑み浮かべた。藍はそれを見てギョッとし、咄嗟にこの表情を霊夢に見せまいと声を上げる。
「それから!」
藍は少し語気を強めて注意を引くように発言をする。霊夢の意識がそちらに向く。
紫が吸血鬼に対して強い敵意を持っている事は承知している。自分も同じである。一方霊夢はレミリアに対して少なからず好意的に思っている節があり、霊夢を挟んだ妖怪と吸血鬼との三角関係が見て取れた。
勘の良い霊夢があの邪悪な紫の表情に接した時、霊夢が紫の本性を知って幻滅、最悪の場合敵対する可能性が頭を過ぎったので、そうならないように咄嗟に動いたのだ。普段ならやらない軽率な行動を最近するようになった主から目が離せない藍だった。
「少し気になったのですが、妹紅の自爆、霊夢に止められるのですか?」
藍の発言は紫から霊夢の気をそらすためだけのものではなく、とても重要な課題だった。
「ギク!」
霊夢がギクリとした事で、上手く話が逸れたと安心する藍。永琳はその様子を黙って観察する。なかなか面白い見せ物が見られたと内心ニヤリとする。
「私の事も問題だけどさ、それよりもあの要塞はちゃんと壊せるものなの?」
霊夢は藍に言われかなり焦ったが、自分の事よりも根本的な問題が残っている事に苦情を言う。
正直なところあんな大きなものを封じる結界など絶対無理だと思う霊夢。そしてあの防御に特化した要塞は、妹紅に壊す事が出来るのかも疑問である。
異変が始まるまでの段取りは完璧に出来たが、その後、特に最後どう締めるかはまだ分からない霊夢。
自分が結界で封じるというのは結構前から決まっていたので一応その準備をしていた霊夢だが、この永琳の超巨大な防御要塞は正に寝耳に水である。いくらなんでもアレを封じる結界は自力では不可能だ。
「恐らくあの要塞は妹紅の自爆にも耐える事が出来ます。」
永琳が澄ました顔で無常な事を言う。
「駄目じゃん!」
「一応壊す段取りがついているわ。」
テーブルを叩いて抗議する霊夢をなだめる紫。
妹紅の自爆で恐らく外壁装甲と内部流体層は消滅する。しかし中枢部の核は恐らく残る可能性があり、これが残ったままだと装甲を再生してまた新しい要塞を形成してしまう。
妹紅の自爆のエネルギーはスキマを使って向こうの世界に送るので長時間結界を維持する必要はない。しかし、要塞の核を残してそれをスキマに送ってしまうと向こうの世界で防御要塞が復活しとんでもない事態になる可能性がある。
「それじゃ、その中心核はどう処分するの?」
「スキマ砲を使う。」
「すきまほう?」
藍の口から聞き慣れない単語が出る。スキマ砲とは何か?名称の第一印象から隙間だからけの穴ぼこ大砲をイメージする霊夢はとても弱そうに感じて複雑な表情をする。
妹紅が自爆した結界の中は灼熱地獄になるのは間違いなく、要塞の中枢部を破壊するためにはその灼熱地獄に侵入して直接核を叩くしかない。しかしそんな事が出来る者はいないし、いたとしても犠牲を伴う危険な賭けになるだろう。
そこで考えたのが、スキマを使って結界の中と外を繋ぎ、外から撃った大砲を中の核に当てて破壊しようという作戦である。これは一見すると仕組みが単純で簡単そうだが実際はそんな簡単な作業ではない。
結界の中と外をスキマという一本のパイプで繋ぐというイメージを想像すればいい。灼熱の結界の中と外を繋ぐわけなので当然中の熱が外に逃げる。普通に繋いだだけでは、幻想郷に炎が吹き出して焼け野原にするだけである。
スキマ砲は、結界の中の熱を別の空間に逃がす冷却用のスキマと、外から大砲を中に撃ち込む砲身の役目を果たす、それぞれ別々のスキマを繋いで攻撃する方法である。
イメージとしては2本の道の両端を繋げた一本の道だが、冷却用のスキマは、実に数千キロメートルに及ぶ長大な空間で、スキマでループさせる事で物理的な距離を短くし、砲身側のスキマも長大な距離を可能な限り高速で飛行し、運動エネルギーを加えて前方に放出する。当然この砲身部もスキマでループさせる。
弾丸として想定していたのは風見幽香の高出力レーザーだったが、彼女が怪我の治療で戦線をリタイアしているため、急遽同等の高出力エネルギー砲、マスタースパークを撃てる霧雨魔理沙に変更した。
マスタースパークという名称で広く知られる様になったこの技は、魅魔、幽香、魔理沙の3名、一人が他界しているので現2名が使用出来る。
この技は魔界の門を開いてそこからエネルギーを放出させる技なので、術者の魔力に依存せず、無尽蔵に取り出すことが出来る究極の無属性攻撃である。
通常の高出力エネルギー砲は主に火が主属性であるため、妹紅の圧倒的な炎の中では威力は一気に減衰して攻撃力を失う事が予想される。療養中の風見幽香に変わって霧雨魔理沙が選ばれたのは、妹紅の炎に影響されない幽香と同じ無属性の高エネルギーレーザーを撃てるからである。
「2本の道を繋げるというより、攻撃する時に2本の道を交差させるといった方がいいかしらね。」
「なるほどねー。しかし、よくこんなこと考えるわよねー。」
「スキマでコンパクトに収めているとはいえ、長大な砲身を操作して命中させるのは至難の技ですね。」
永琳が測量を担当する藍を一別して、一応の尊敬の念を向ける。
常識に囚われない自在な発想力と、常識にからはみ出ない整然とした思考を同時に兼ね備えなければ、例えスキマの能力を先天的に身に着けていても、幻想郷という世界を構築することは出来ない。
幻想郷計画は紫の独自の計画ではなく元々は博麗神社の発想であるが、実務的な作業は八雲紫と藍にしかできず、特に藍の精密な高速演算能力によって基準のない概念世界にゼロという概念を与えているのだ。
藍が紫の式になり、この2人の間に完全な能力共有がなされたことで、紫の自由な創造力と藍の精密な理論が完全に融合し、幻の中に幻想郷という世界を構築出来たわけである。
「でもさー向こうにも都合があるわけでしょ?都合良くこっちの思惑通りに行くのかしら?」
霊夢はあくまで冷静だった。
防御要塞が幻想郷を滅ぼす為に現れる存在であるなら、迎撃の機会を与えないのではないかと思う霊夢。
他の3人がそれを聞いて思わず顔を見合わせる。持って生まれた天分なのか、勝ち負けの重要な部分を適格についてくるのは流石というべきか。この霊夢の疑問にはこの要塞の制作者の永琳が答える。
「反撃の機会を与えず自由落下か若しくは加速して落ちる場合、質量の関係で幻想郷の大地に大穴を開けて食い込む可能性があります。これだけでも夥しい被害が発生しますが幻想郷の全てが消失するまでにはいかないでしょう。」
「じゃーどするの?」
「作った私が言うのもなんですが、もっとも確実に幻想郷を滅ぼす手段は、低速で落ちて一度幻想郷の地面にバウンドさせて、要塞の外壁と内部構造の形状維持が保てない状態に潰して破壊し、むき出しになったコアが地表から数キロメートル上空で爆発するのが最も大きな被害が出せるものと思います。」
この要塞は内部の大半が液状化してそれそのものが緩衝剤としての役割を果たしている。コアを自爆させるにしてもその硬い外壁構造によって爆発が著しく弱められてしまうので、一度外壁をパージさせなければならない。その最も効果的なパージ方法は、地面に緩く激突して潰れて流体層を破裂させることである。
拡散した外壁のパーツと内部の流体層が周辺に飛散し、その後露出したコアが爆発すれば完全に幻想郷を消す事が出来るというわけである。
「つまり、幻想郷を滅ぼすために呼び出された永琳の要塞は、ゆっくり時間をかけて落ちてくるってことで間違いないのね?」
「運命召喚式なら、間違いなく。」
「そうでなければ?」
「妹紅を危険因子として要塞は幻想郷の上空に現れて暫く妹紅の監視に入ると思います。こちらのほうが、安全と言えば安全ですけど・・・。」
「後者だと明らかにこちらの茶番がばれますね。」
永琳の後に藍が続ける。
「出来れば運命召喚式がいいわね。」
「ふーむ。やっぱ問題は私か・・・。」
自分以外に関しては完璧に準備が調っている事を知る霊夢は流石に落胆する。作戦の中で自分がリスクになっていることは、やはり面白くない。やるからにはちゃんとやりたい、不真面目なようで律儀な霊夢である。
「霊夢、困った時は誰にお願いする?」
「そりゃー困った時の神頼み・・・神様かな?」
「ふふ、なら神様にお願いしてみましょうか?」
「・・・それってまさか。」
幻想郷に神様は沢山いることはいるが、基本的にここにいる神様は向こうで忘れ去られた落ちぶれた柱達が主で、霊夢に力を与えられる強い信仰に下支えされた強神はほとんどいない。
「幻想郷が滅ぶとなれば、山の神様達も協力してくれるでしょう。神様だって背に腹は替えられないわ。」
「守矢神社・・・ね?」
守矢神社と聞いて霊夢の表情が曇る。
「気に入らない?」
「私さー・・・早苗と神奈子ってなんか胡散臭くて嫌なのよね。諏訪子はそうでもないんだけど。」
テーブルに肩肘をついて不良が悪態を付くような態度で吐き捨てる様に守矢神社の2人を悪く言う霊夢。
「!」
霊夢の反応に紫は驚いた。紫は約1500年前から博麗神社で様々な事を学んでいるので神社に関しては霊夢よりも沢山の知識がある。東風谷早苗は神事に携わる上での資質や緊張感はないし、八坂神奈子に相当する万能な神様を紫は知らない。もしそんな力を持った神様が居るとするなら建御名方神になると思われるが、諏訪大社は複数の神様が糾合されて一つにまとめられた信仰の元締めのような存在である。様々な力を司っているが、それらは各々の神様を纏めているためで、建御名方神個人の能力ではない。
諏訪地方の土着神である洩矢諏訪子のミシャクジ信仰や、侵略戦争の果てに土着神を従え信仰を融合させた建御名方神の国津神信仰。そしてそれを現在の天皇の祖先である天津神の一人建御雷神が建御名方神を追って降伏させ諏訪の地に封じ込めたのである。
新旧様々な神様がこの地で融合し独自の信仰体系を生んだ事で、主神である建御名方神は恐るべき力を持つ神へと成長し、それを監視するために建御雷神は鹿島神社に入って目を光らせている状態である。
八坂神奈子は建御名方神の分身、或いは本人の変装のようなものかとも思われたが、彼の神は現在も諏訪の地に健在で神奈子は別神であることは確かである。
では彼女は一体誰か?建御名方神の妻、八坂刀売神か?いや、彼の神も諏訪に居る。
洩矢諏訪子に関しては諏訪には不在であることが確認され、これは幻想郷に来ている事を証明するものである。
「胡散臭いという根拠は?」
藍が霊夢に聞く。
「威厳はあっても神威がない。」
「神威?」
「妖怪でも神様でも強い奴は他を圧倒する威圧感があるでしょ?それを威厳とすると、神威ってのは強くなくても持っている、何て言うかな・・・あんまし好きな言葉じゃないんだけど、家系の持っている威勢というのかな・・・。」
「なるほど・・・。」
「藍や紫には威厳はあっても、当然神威はない。たまにみる豊穣の神様の下っ端とかは、威厳はまるでないけど神威は多少はあるの。でも・・・。」
「でも?」
「永琳ってさ・・・神様の血筋なの?貴女にも神威があるけど・・・。」
「私は思兼神の天下りなので当然です。」
「へー・・・。」
皆、驚くというよりなるほどという雰囲気で感心の意を示す。
「今の日本の神様の一族は月の世界に移住し、月の民とはあまり交わらずに独自文化体系で子孫を増やしていきました。月では穢れ事が禁止されているので繁殖は地上で行います。日本という島国は神様の繁殖地なのです。私はそこで生まれた一人で、思考だけで肉体が衰えた思兼神がたまたまこの体を選んで天下りしたのです。」
「面白いお話ね。」
「神様というとこちらの世界では何か仰々しく思われますが、神は信仰がなければ人妖とかわりません。既に信仰がある神様と、その子弟には明確な境界線がありますが、私のように天下りされれば他とは明らかに違う存在になれます。私は、思兼神の知識欲を受け継ぎ、神様達と離れて月の民と融和しそこで学び、知識の探究に努めたのです。」
永琳は自分の出生を明かす。神様の子孫で、彼女本人が信仰される存在ではないが、思兼神が天下った事で他の神様の凡庸な子孫達とは違う人生を歩んだことを知る。
「どんな弱い存在でも、神様の体系に組みするものに備わる神威。逆に魔に組みすればそれに相応しい威勢が備わると言う事か・・・。」
藍はそう呟きながら、霊夢が自分達とは違う感性が備わっている事を知る。八雲紫は八坂神奈子を警戒していた。それは、恐るべき存在に対する脅威としてではなく、未知の存在に対する不気味さに対してである。そして紫にとっては未知であっても、霊夢にははっきりとそれが見えていたのだ。
八坂神奈子の一件から永琳の意外な昔話に発展し話の流れが脱線する。一時、互いの酒器に心の栄養を注ぎ回しながら話の流れを戻すための誰かの一言を待つ。
「今回の件、守矢神社の神様達にお願いするのは、単に困った時の神頼みというわけだけじゃないの。」
霊夢の横やりで話が変わったわけだが、紫は何故守矢神社に助けを求めるか、その理由を話しだす。
「というと?」
「あなたが守矢神社に良い印象がないのと同じように、私も彼らを全く信用していない。」
「じゃー何で彼らを頼るの?」
「化けの皮をはがすためよ。」
「!」
ニヤリとして霊夢に妖しい視線を向ける紫の言葉に反応して考え込む霊夢。
守矢神社では信仰を獲得しようと盛んに動いている事は知っている。そうした神様達にとって頼られるということは願ってもないことであり、普通なら引き受けるだろう。
風を吹かせるとか雨を降らせるとかなら簡単な作業で、強い妖怪が神と偽って人間をたぶらかせるなど珍しい事ではない。しかし、巫女に力を卸すというのは能力とは関係なく本物の神様でなければ無理な事である。
彼女が本物の神様なら紫の思惑通り、霊夢に力を貸して結界を大きく広くすることが出来るはず。出来ないなら断るかもしれない。諏訪子が本物である以上、諏訪子一人だけが協力してくれるかもしれない。しかし、そうなると八坂神奈子は偽物と公言しているようなものである。
危機的状況を利用して守矢神社に選択肢を多く与えず、その中から守矢神社の真の状況を見出そうという魂胆だろうと紫の腹の内を理解する霊夢。
「諏訪子だけでなんとかなったら?」
「何とかさせなければいいでしょ?」
ニヤリとしてお気に入りのぐい飲みを小気味よく傾ける。
「なるほど、諏訪子に力を使い切らせるのですね。」
永琳は紫の真意を理解するが、彼女にとっての問題は失敗作の始末だけなので守矢神社に関する駆け引きは正直関係はない。しかし、関心がないわけではない。彼らが何を考え、何に価値を見出しているのか。何を基準に行動し、何によって心を悩ませるのか。興味は尽きない。
「要塞にトドメを刺した後も異変をギリギリまで継続させるの。そういれば、神奈子の真偽が確かめられるわ。」
この時の紫達は、人間の里の画策を知らない。この宴会が行われている正にその時、人間の里と守矢神社が手を結んでいた事を全く知らないのである。
八雲紫が今までどおりの力しか持っていなければ、いつものようにコソコソと周辺を嗅ぎ回って他者の陰謀をいち早く把握していたことだろうが、彼女は今能力が爆発的に上昇してしまったせいで、気が大きくなり小さな事を無視してしまっていたのだ。
博麗神社の母屋の南向きの縁側に立った博麗霊夢は、右手の木々の間から遠くに見える里の明かりに目をやりながら、夜風に吹かれて酔って火照った体を冷ますしながらぼんやりと何かを考えていた。
「どうしたの?」
少し大人びた雰囲気を醸し出していた霊夢の後ろ姿が気になり、八雲紫は寄りそうように隣に立った。
八雲藍は八意永琳を見送りに出ていないため、今は霊夢と紫の二人きりである。
「別に、守矢神社が目障りだからってわけじゃないのよ。」
先程、東風谷早苗と八坂神奈子を胡散臭いと言った事を少し気にしているようである。
霊夢は他人にはあまり関心が無く、それは良い面も悪い面も、好きも嫌いも等しく平等で、特定の誰かを褒める事もしなければ、逆にけなすこともない。そんな霊夢はその当人が居ないところで陰口のように胡散臭いとつい口にしてしまった事に困惑しているようである。
皮肉程度のものなら日常茶飯事だが、先程の霊夢の発言は本心からくる明確な陰口であり、それは紫にとっても霊夢の意外な一面を見て驚いたところでもある。しかし、それは歴とした根拠があり、洩矢諏訪子に関しては特に問題にしておらず、東風谷早苗と八坂神奈子2人に限定されたものだった。
「私は向こうの世界も少し知っているのだけれど、洩矢諏訪子、つまりミシャクジ様は幻想郷に移住し向こうでは不在が確認されている。東風谷早苗と言う人物は失踪届け、つまり行方不明者として扱われているの。」
「神奈子は?」
「彼女に相当する人間も神様も確認されていないわ。」
「やっぱり偽物なのかしら?」
「偽物にしてはとても強く、威厳もあり存在感は計り知れないわね。」
「でも、あいつ神様には見えない・・・。」
「私もそのへんが気になるところで、今回の異変で探りをいれてみようと思ったわけよ。」
「色んな事に利用しているのね。今回の異変は・・・。」
「不死鳥の転生を間近で見るなんて滅多な事ではないわ。破壊し、再生する力。利用する手はないでしょ?」
「楽しそうでいいわねー。」
「ふふ、霊夢、貴女は博麗の巫女なんだからこっち側に来る権利があるのよ?」
2人は正面を向いたまま会話を続けていたが、ここで霊夢が始めて紫を向く。
「こっち側?」
「幻想郷を管理運営する側って事。」
「何だかめんどくさそうで勘弁願いたいわね。」
「そう言うと思ったわ。でも、博麗神社は代々幻想郷を管理する側の一翼を担っていた。」
「今は違うの?」
「今もそうだけど、今は事情が少し違うから・・・。」
「事情?」
「良い機会だから少し詳しく話しておきましょうか。」
「・・・。」
「大丈夫よ、貴女がこっち側に来る来ないの話ではないから。」
八雲紫はそう言って母屋の縁側から幻想郷を見ながら話し始めた。
幻想郷という世界は八雲紫と八雲藍の2人によって形成維持されているといって間違いない。しかし、実はこの2人だけの力では、幻想郷の土地を形成し安定した状態に留める事しかできない。これは季節のない永遠に同じ状態が保たれるという意味である。
幻想郷という隔離世界の構想そのものは博麗神社によるもので、八雲紫が神社に同調し、時代の流れがそれを後押しするように幻想郷事業が現実のものとなっていくが、彼らがこの事業に持ち込んだのが『制約の法則』である。これは魅魔の呪いの魔法を応用したもので、強い力に制限を与える事で生じる強い反発する力のはけ口を意図的に作る事で、必要な分だけの力を突出させるというものである。
八雲紫は幻想郷に対してそれを自在に操れる創造主としての大きな権限がある。そこに強い制限、幻想郷の構造に自由に触れる事が出来ない制約をかけたのである。
幻想郷を創ったにもかかわらず、それに一切触れられない紫だが、幻想郷の運営を司る博麗神社の許可があった時のみ、その命令に従う事が出来るという、ある種の呪いのような力が課せられる事になったのである。
これによって紫は創造主としての実質的な権限は無くなったが、神社と紫が険悪な状態ならともかく一蓮托生であるため、紫に課せられた制限は十分な話し合いが行われる親密な状態なら必ずしも制約にはならない。
呪いとは本来敵対する関係の中で行われるが、これを親密な関係の者同士で行い、本来は制約となるはずの仕組みを逆手にとって八雲紫の力を引き出す仕組みに利用したというわけである。この制約によって八雲紫は博麗神社の依頼に対して通常の力よりも数倍の力を発揮出来、100年を目処に造り替える予定だった幻想郷を恒久的に運営維持が出来る様になったのである。
博麗神社が健在だった西暦1885年博麗大結界施行前、幻想郷に平和は無く当時の社会情勢の進歩によって古い物が次々に不要になって幻想郷になだれ込む事態が発生する。
八雲紫は博麗神社の依頼もあって大結界の施行を決意し、自分の肉体と引き替えに強力な結界を施したのである。
西暦2000年に封魔事件が発生して魅魔が隠れているが、その翌年2001年に八雲紫が幻想郷に復帰する。魅魔の吸血鬼との和睦政策の為に争いのない平和的状況が推奨され、すっかり変わり果ててしまった幻想郷に紫は愕然とした。
博麗神社には、現代入りした神主と本陣山に移設した神社に巫女が一人だけ。紫が最後に見た当時博麗の里にあった博麗神社の人員は下働きも含めれば100名を越えており、神主や巫女など所謂幻想郷の管理者側の者も30名以上いたはずである。
神社を失った里は結界が弱まって妖気が強く入り込み、人体に良い影響を与え人間の体質を強く変えた。これによって個人レベルでは健康で長生きする様になったものの出生率が大幅に下がり、博麗の血を強く引いた者が生まれにくくなり、現在の巫女博麗霊夢が誕生する数年前から一人も子供が産まれなくなってしまっていたのである。
本陣山には分社を置くべきだったと後悔するが、神社が移設されたことであの山は静かになったが当時の本陣山は人食い妖怪の巣窟でとてもそこに建物を建てられる状態ではなかった。他に手は無かったのだ。
妖怪は基本的に歳を取らず殺されなければ生き飽きるまで生きる事が出来る。しかし、平和になった幻想郷で錆び付いた妖怪達の心は肉体を蝕んで弱体化させ老衰してしまう妖怪も出ており、急遽紫は魅魔の平和政策を改めてる政策転換をする。
数の減った妖怪を互いに競わせて死滅させる事は出来ないので、魅魔が吸血鬼戦争後に導入を提案していたスペルカードルールによる疑似戦闘システムを導入し闘争を推奨した。
西暦2002年の夏に起こった紅魔異変を機にスペルカードは幻想郷東部に爆発的に広がり、翌2003年の春の春雪異変、同年秋の永夜異変が発生し、そこでの抗争もスペルカードで決着が決められた。
昨年2004年春の60年に一度の幽霊大発生、同年夏に守矢神社が幻想郷入りし、同年晩秋に旧地獄異変が発生したが、ここでもスペルカードが使われた。
スペルカードルールは順調に広まって定着し、闘争も常態化して少しずつ幻想郷に活気が生まれつつあった。しかし、抜本的な問題である博麗神社の復興は全く目処が立っていない。
そこに来て藤原妹紅の台頭。不死鳥が幻想郷にいるわけだがこれを利用する手はない。
幻想郷は何も神社や里がある東側の平野部だけではない。西に妖怪の山がり、この山は麓まで入れれば幻想郷の7割近い面積を占める。そしてそこを支配する天狗もまた長い平和で行き詰まったきらいがあり大天狗の一人比良山次郎坊から異変の注文があったばかりである。
幻想郷という世界が間違いなく新しい時代を望んでいるのだ。
八雲紫の話を聞き終えた霊夢は、幻想郷の仕組みと八雲紫と博麗神社の深い関係を知る。彼女が自分に何かとちょっかいだしてくるのは、スキマ妖怪の単なる気まぐれではない事は理解出来た。
今回の異変は当初妹紅と自分とで少し派手に演出する程度だと思っていた。ここに来て八意永琳が現れ、それを紫はとても喜んでいる。何故この危険極まりない状況を喜んでいるのか少し不思議だった霊夢だが、ある程度納得が出来た。
この異変には自分が知る以上に大勢の人妖の思いが重なっており、より多くの目に留まる状況になればなるほどに、博麗神社、強いては自分の力が大きく世間にアピール出来るということである。小さな異変をチマチマこなして、嘘八百新聞(文々。新聞の俗称)で活躍が全て眉唾に扱われるより遙かに事態は好転するだろう。
「上手くいくといいわね。」
「是非成功させましょうね、霊夢。」
幻想郷の夜は深ける。