東方不死死 第45章 「伏兵」
死神小野塚小町の家で一夜を明かした魂魄妖夢は、朝が苦手で朝寝坊が得意な家主を親切心で叩き起こして、一宿一飯の恩を仇で返す。
「お早うございます小町さん。」
「ふわぁああああぁぁぁーーー・・・何だよまだ朝じゃないないか・・・。」
「まだ朝って、もう朝ですよ!早く起きましょうよ。」
小町は失敗した。妖夢が主人より早く起き、主人よりも遅く寝る筋金入りの従者である事をすっかり忘れていた。
三賢者会議は普通休日前にやるので、今日は非番になるはず。惰眠を貪り夕方まで寝て、夜また寝るのが休日の楽しい過ごし方なのに・・・。
「やれやれ・・・。」
不機嫌そうな顔で完璧に身支度が調った爽やかな笑顔の妖夢を恨めしそうに見る小町。
妖夢は朝は苦も無く起きる事が出来、普段から早起きをして早朝訓練をしていた。実は今朝も既にその日課を済ませた後で、家主の小町にそれなりに気を遣ってこれでも遅めに起こしたつもりなのである。
「台所使ってもいいですか?」
朝ご飯の支度をしようと既に小町の割烹着を身につけている妖夢。
「いいよー・・・ふぁあああああああぁぁ・・・おやすみー。」
「ご飯出来たら起こしますねー。」
もう何百年も家事をしているせいか、逆にそうしていないと気が落ち着かないのだろう。テキパキと朝食の準備を始める妖夢。
「よろしくー・・・。」
小町はそんなやりとりをしながら、朝早く起こされるのはご免だが、起きると朝食が準備されている生活は何とも甘味なものだと思ってしまう。一家に一人妖夢生活。この上ない幸福と言えよう。
しかし、そんな小町のささやかな至福の時は、ぼろい家の戸をどんどんと叩く音で無常にも破壊される。
「あ、お客さん・・・。」
咄嗟に出ようとして思いとどまり、自分が出て良いものだろうかと家主の小町にお伺いを立てるように振り向く妖夢。
「ったく!誰だよこんな朝早くに家に来る馬鹿は・・・。」
悪態を付く小町だが、外から聞こえてくる聞き覚えのある毅然とした少女の声に驚いて慌てて口をつぐむ。
「お早うございます。朝早くからすみません。」
「げげ!四季様!」
上司の四季映姫の声に反応して布団から飛び起きた小町は両手両足を大きく広げ、どんな状況にも対処出来るようにやや中腰で身構え、足を小刻みに動かして上下左右に何故か小さくステップを始める。妖夢は何か意味があってそうやっているのか不思議そうな顔で小町を見るが、小町自身何故こんな行動をしているのか自分でも分からない。
端から見るととてもおかしな動きで、妖夢は客を笑わせるためのパフォーマンスかと思ってしまうが、小町その顔は真剣そのもの。借金取りの取立てや立ち退きを迫られて右往左往しているとも取れる。どちらかというと切羽詰ったその様子からパフォーマンス云々ではなく後者ではないかと思う。
恐らく上司に説教されると思っているに違いないが、わざわざ休日の早朝に来てまで叱りには来ないだろうと思う妖夢。よっぽどの悪さでもしない限り休日に説教しにくることはないが、小町の狼狽え方からするとそれを自覚しているようにも見え、本当に何かとんでもないことしてしまったのではないかと心配になってくる。
妖夢は気づかなかった、と言うより覚えていなかったが、小町は八意永琳の首を切り落とした事を問題にしていた。実際には永琳の首は落ちてはいないし死んでもいないのだが、現在の死神は殺傷力のある武器の携帯を許されていないので、その斬った事以前に所持している段階で違反行為をしている事になる。
小町のやった事は妖夢の命を守ろうとした行為で賞賛に値するものである。しかし、律は律。閻魔の部下である死神であればなおさら律を重んじ守らなければならない立場にあるのだ。
「妖夢、頼む!私はいないって言って!」
布団を被って部屋の隅で震える小町。しかし、そうこうしているうちに四季映姫が家の戸を開けようとし始める。妖夢は小町と映姫が向こうにいるであろう戸を交互に見ながらどう誤魔化すか考えると同時に閻魔に嘘をついていいのか迷う。
「小町いるのでしょう?入りますよ?」
戸に手を掛けた様子を感じとって、わーと大声を出して慌てて戸を開けさせまいと駆け寄る小町。しかし小町よりも先に戸を開く四季映姫。
戸口でばったりと鉢合わせ状態になって動きを止め青ざめた表情の小町は、すぐにその場で土下座をして、さぼりが見つかった後の様にひたすら平謝りに謝りだす。
「ご、ごめんなさい!もうしません!」
怒るつもりで来たわけではない四季映姫は、そんな小町を尻目に妖夢と目が合い一度苦笑する。映姫としては妖夢と話がしたかったのと、小町に関してはむしろ褒めようと思って足を運んで来たのである。しかし、土下座して入り口を塞ぐ小町をどうにしかしないと先に話が進まない。
「小町、しばらく外に立っていなさい。」
小町に聞く耳がなさそうなので申し訳ないと思いつつも、いつもの口調で命令し一旦家から追い出す。
「はい!」
ネチネチグチグチと説教をされるよりも立たされる方がマシと、キビキビと威勢良く外に出て、ごゆっくりと言って戸を閉める家主の小町。
そんな家主の小町を追い出してしまった映姫は、土間に下りている妖夢のところに歩み寄って、座敷の一団高いところ腰を下ろし、戸惑う妖夢に隣に座るように促した。
割烹着と三角巾を取って大人しく映姫の隣に腰を下ろす妖夢は、小町は何も悪い事をしていない、むしろ励まされて助かったと恩人を弁護する。
「貴女とお話ししたかったのと、小町を褒めようと思って来ただけなのですが・・・。小町は怒られると思って狼狽えていますし、面倒だったので外に追い出してしまいました。この事は後で謝ります。」
「良かった・・・。」
事情が理解できた妖夢は安心にして顔がほころぶが、四季映姫の表情は冴えず溜め息をもらす。
「妖夢・・・私はそんなに怖いでしょうか?」
恐らく小町の態度を見ての事だろう。ため息をついて少し落ち込んだような素振りを見せる映姫。背格好はほとんど妖夢と同じくらい。帽子をとった若い閻魔は普通の女の子に見える。
「そ、それは・・・やっぱりいつも怒られるから・・・条件反射で・・・。」
「幻想郷の皆もきっと私が小町を虐めているように見えるのでしょうね・・・。」
「私は実際に見たことはないのですが・・・。」
「さぼるにしてももっと見えないところで隠れてさぼるのなら見逃しても良いと思うのですが、勤務時間に道端で、しかも私がよく通る道を選んでいるかのように堂々とさぼられていたら上司としては叱らないわけにはいかないでしょう?」
四季映姫は何も間違っていないのに何故か妖夢に言い訳するように悩みを聞いてもらう。
「そ、そうですね。あはは・・・。」
駄目だこりゃと苦笑するサボる時は隠れてやる妖夢。そして、その妖夢の苦笑いを見て目尻が下がる四季映姫。
「・・・どうやら大丈夫なようですね。昨日の様子から少し心配していました。」
幽々子に叱られ、その後小町から妹紅の事を聞かされた後の妖夢は、立ち直るのが不可能なほど打ちのめされたように見えた。しかし今は、さほど落ち込んだ様子がないと見て安心する映姫。これも小町のお陰なのだろう。
「すみません。みっともないところをお見せしてしまって・・・。」
妹紅を追い払い、その後幽々子に叩かれるまで、すべてが恥ずかしい行為だったと後悔し反省する妖夢。
「幽々子の行動には私も驚きましたよ。ところで、家を出たのは幽々子に許可を得ての事ですか?」
「・・・いえ。幽々子様の事ですから外に出た事は分かっていると思いますが、許可は得ていません。黙って白玉楼を出てきました。」
うつむく妖夢。いつも携帯している2本の剣も見当たらない。本当に家出してきたようだと映姫は確信する。
「妖夢、貴女は今何をやりたいですか?」
「決して今の仕事に不満があるわけではありません。でも・・・白玉楼を出て、見識を深めたいです。」
妖夢はきっぱりと四季映姫の目を見て言う。四季映姫もその妖夢の決意の目を見て昨日の妖夢ではない事を悟る。
「そこまで心が決まっているのなら幽々子に黙って出る必要はないでしょう。その決意を語って、正式にお暇をもらったらどうです?」
「そ、それは・・・。」
映姫の言は正に正論であるが、妖夢としては幽々子に会わせる顔がないと思っている。
「幽々子は許してくれないと思いますか?」
「・・・たぶん、許してくれるとは思います。」
頼めば許してくれる。何故かそう確信出来る。ただ、それは成り行き上しょうがないという事であり、真にそれが必要だからという理由で許可されるのはないと思うのだ。
「会うのが怖いですか?」
「・・・はい。正直会うのが怖いです。」
「これもまた修行の内と・・・そうは思いませんか?」
「あ・・・。」
見識を深めたいと今決意を表明した。しかし、その一方で嫌な事、困難な事を避けようとしているいつも通りの卑小な自分がそこにいる事に気付く。こんな事ではいつまでたっても成長できないのではないか?
妖夢はすっと立ち上がって四季映姫の前に立つとそのまま深々とお辞儀をする。
「ありがとうございました。決心が付きました。」
答えはもっと遠くにあるもののように想えた。しかし、答えはすぐ目の前にあった。ただ、自分の不徳が生み出した心の霧の白い闇が、手の届く距離にある答えを覆い隠していただけだったのだ。
妖夢はもう一度四季映姫にお辞儀をした。
「礼にはおよびません。さて、それではそろそろ帰らなければ・・・家主が可哀相ですからね。」
腰を上げた映姫は見送ろうとする妖夢を制する。小町と外で2人だけで話をするつもりなのだろう。
妖夢は邪魔にならないよう家の中で待つ事にした。
10分程経って家の主が戻ってくる。
「ど、どうしたんですか?」
妖夢は戻ってきた小町の様子が気になったので質問する。嬉しいという感情を必死に押し殺そうとして見事に失敗して、幸福感がほんわかしたオーラとなって小町の身体からにじみ出ている。天国から地獄ではなく、地獄から一気に昇天したような感じなのだ。
「いやー四季様にすっげー褒められちゃってさー。『貴女の今回の活躍は非の打ち所がない』だってさぁ~。」
映姫の言った台詞部分を口調を真似て語って聞かせる完全に浮かれてニヘラーっとした顔の小町。
呆気にとられる妖夢を尻目に、座敷に上がってあぐらをかきニコニコしながら映姫に言われたその言葉を何度も何度も反芻し、嬉しくて自然と身体が揺れている。
考えてみれば自分の失態をフォローした功績が認められたわけで、自分がもっとしっかりしていれば、小町に助けられる必要もなく、そうなれば小町は褒められる事もなかったわけである。
「(くやしい・・・。)」
昨日の自分、昨日までの自分を無しにしてしまいたい。
今の妖夢はもう無知でいる事に我慢が出来なかった。
人間の里の北西の区画に繁華街と呼ばれる人間や妖怪が自由に出入りできる様々なお店が建ち並ぶ一画がある。
里の中心ともいえる大通りがほとんど人間相手の商店なのに対し、繁華街は主に妖怪相手の店が多く軒を並べている。その為当然の様に妖怪が多く訪れ、夜になると酒を目当てにした大勢の妖怪が繁華街の酒場に溢れかえるのだ。
里の北西部は大戦の名残で柵を張り巡らせた砦状になっており、北に抜ける門を兼ねた3階建ての『妖酔乃瀧』と呼ばれる複数の施設を内包した大きな建物がある。
妖酔乃瀧は妖怪専門の店で従業員から全て妖怪で、人間臭くないため人間と距離を置きたい妖怪に絶大な人気を誇る。北門そのものが店舗になっているので、里に入る事無く外から酒場に入れるのも良いところと言えよう。
酒場以外にも力仕事や用心棒、特定の物品の入手といった妖怪向けの仕事の斡旋、賞金首と賞金稼ぎの管理、食材と銭を交換する両替も行っており、妖怪相手の総合商社となっている。
里に住む妖怪『里妖』に対して普段は里の外にいて里の経済圏に依存する妖怪を『外妖』と区別するが、そうした外妖はほとんどの場合妖酔乃瀧、つまり北口から里に入る。その為、門の前はちょっとした広道になっており周辺によく妖怪がたむろしたり露店が出ていたり、夜には遊女が客引きをしたり里側とは違った景色が見える。
「あれ?キスメと小傘は?」
「さぁ?また人間でも脅かしに行ったんじゃない?」
人間の里の北西にある妖酔乃瀧を目指して歩く2人の女型妖怪がいる。酒場が目的であろうその妖怪達は、さっさと店に入ろうとするものの、先程まで一緒にいた連れが2人、姿が見えなくなって店の前で立ち往生している。
女性2人が酒場の前で立ち止まって周囲を見渡すなど、遊女が客を探しているようにも見えるので、女っ気が欲しい者達に何度も声を掛けられてしまう。そのつど追っ払いながら連れが来るのを待っていると、上から突然釣瓶が落ちて来て2人は驚き、腰から下が大きく膨らみ膝のところで小さく萎んだ変わった衣装を着ている方が尻餅を付いてしまう。
「おわ!びびらせんな、このキスメ!」
急に落ちてきて驚かせた桶の中に入っている小さな少女は、2人が探しているうちの一人のようである。
「ヤマメ、ダッサー。尻が重過ぎるんじゃないの?」
尻餅を突いた方に尖った耳の女がその無様な姿を見てあざ笑う。
「うるせーぞパル!」
落ちてきた桶に入っている小さな妖怪は釣瓶落としのキスメ。驚いてみっともなく尻餅をついたのが土蜘蛛の黒谷ヤマメで、ヤマメをダサイとあざ笑ったのが橋姫の水橋パルスィである。
「ああ!キスメっちずるーい!2人で同時に行くって言ったのに!」
その後にバサバサと羽音の様な音を立てて、傘を持った少女が一人下りてくる。どうやら2人同時に降りて驚かせようとしたのが釣瓶落としのスピードに追いつけなかったらしい。
「ったく、お前ら妖怪脅かしてどうするんだよ!それも身内だぞ?」
「だってさぁー人間驚かないし、脅かすと退治されるしぃ~。」
からかさお化けの妖怪、多々良小傘は人間を驚かせる事に使命感を持つものの、人間はなかなか思い通りに驚いてくれない。
「小傘も大変よねー。」
小傘に同情するパルスィである。
からかさお化けの多々良小傘は少し特殊な妖怪である。
『化け道具』は100年以上大事に使われ付喪神になった道具が、後にそまつに扱われて妖怪に変化したものを言うが、多々良小傘は、聖白蓮の法界追放、つまり魔界封印の際に寺から唯一携帯を許された『傘一本(からかさいっぽん)』の為に形式的に用意された傘で、厳密に言うと付喪神になっていない化け道具なのである。
村紗の船の中で放置されていたその傘は、一度も道具として扱われる事なく白蓮の遺品の一つとして村紗水蜜が大切に保管していたが、ある日突然化け傘となってしまったのである。
傘の役目を一度もしない小傘は、付喪神にもなっていない為に妖力の低い妖怪として生まれてしまったのである。
聖白蓮を慕って参集したところを白蓮もろとも地底に封印された聖一派の妖怪達の一部には、傘一本(からかさいっぽん)は破戒僧の烙印であり、その傘の存在は不名誉で縁起が悪いと謗られて、脅かすしか能がない役立たずの小傘は聖一派の中に居場所がなくなる。
地底に封印されてからは聖一派も一枚岩ではなく、白蓮に直接助けられた大恩ある者とそうでない者との間に意識の隔たりが生じ、やがて聖一派は自然分解していく。
聖白蓮に関係して地底に封印された者は、白蓮に騙されたと憤る大規模な反白蓮派と原理的な白蓮信奉者と最初はこの2つの勢力にわかれていた。
やがて熱狂的な白蓮信奉者についていけなくなった親白蓮派は彼らから距離を置いて中立勢力となり最終的に白蓮関係の派閥は3つとなったのである。
白蓮の楽園事業に参加して一網打尽にされた妖怪のほとんどは当然の如く白蓮を嫌っているが、黒谷ヤマメらは白蓮封印よりもだいぶ前に封印されている妖怪なので、白蓮に関係する派閥争いとは無縁だった。
小傘の居場所が無くなり彼女を心配した村紗は、地底では古参のヤマメらに小傘を預けたわけだが、地底の妖怪らしからぬ底抜けに明るく不思議な魅力がある村紗の性格にヤマメと同じく封印されていた『ぬえ』が興味を示して付き合い始め、小傘を中心に3人のおかしな関係が以後続く事になる。
1年程前、地底で起こった旧地獄異変で、村紗ら僅かに残った白蓮信奉者は白蓮復活計画を進めるため地底から脱出し、その後を追ってぬえ、さらにそのぬえを追って小傘も外に出たと言うわけである。
一方ヤマメらは闇に包まれた地底世界を気に入っていたし、何より姿格好が女子供に変えられ恥ずかしくて外を歩けなかったのでそのまま地底に引き篭る選択をしたのである。この当時ヤマメらと同じ境遇の妖怪は幻想郷にも数多くいたのだが、それを知らないヤマメは強面で知られた土蜘蛛時代のギャップから頑なに外に出るのを拒んでいた。
その後、地霊殿を巻き込んだ地底の異変も治まり、正式に旧地獄と幻想郷の交流が始まり、外の情報が入ってからはヤマメらも気兼ねなく旧友を尋ねて外に出るようになり、今日の集まりもそんな交流の一端だったのである。
「なんか様子が変ね。」
異変に気付いたのは橋姫の水橋パルスィである。
「んー?そうかい?てかぬえはまだこないのか?」
警戒心が強く、常に慎重なパルスィは、外から感じる店の雰囲気がいつもと違う事に気付いたが、直情的て喧嘩っ早い粗暴な黒谷ヤマメは特に何も感じていない。それよりもぬえが来ないのが気がかりである。
「ヤマメっち、この前病気撒いて出入り禁止になってなかった?」
「いつの話だよ!そんなのもう時効よ、時効!てか、その名前に、ちって付けるのやめろ。」
「えー!何で?可愛いじゃん!ねーキスメっち。」
話をふられたキスメも同意して桶の中から小傘に笑顔を向けぴょんぴょんと桶を踊らす。キスメはこの呼ばれ方を気に入っているようだ。
そんな様子を見てパルスィから不機嫌オーラが沸き立つ。
「ほら、パルにも呼んでやらねーから、機嫌悪くなっただろ?」
「パルっちも呼んであげるよ。」
「・・・ぱ、パルっち?ふ、ふん、気に入らないわ!」
そう言ってそっぽを向くパルスィ。
「お?偉く気に入ったなようだな。」
「誰が!」
ヤマメに見抜かれて照れ隠しで怒って必至に否定するパルスィ。気持ちがオーラとなってはっきり現れるパルスィは嘘がすぐばれる。
性格がまるっきり違うパルスィとヤマメ。昔はとても仲が悪く喧嘩ばかりしていたのだが、いつの間にか一緒に行動する様になっていた。
ヤマメらはいつも地下にいるため幻想郷の事は良く知らない。小傘はヤマメらよりも前に幻想郷に出て、常に誰かを驚かせようとして里周辺にいるおかげで様々な情報が手に入り、ヤマメらとたまに会うと覚えた事を披露して見せるのである。名前のうしろに『ち』を付けるのも誰かがやってるのを見て真似ているのである。
店の前でそんなとりとめもない会話をしていると、別の妖怪の集団が後ろから現れて、通りの横に押し退けられる地底組の4人。
「何だありゃ?戦でもおっ始めるつもりか?」
背格好がバラバラの5人組の完全武装した集団が門に入るのを見て、ヤマメが思わず驚きの声を上げる。
「だから言ったじゃない。変だって。」
その集団を目で追いつつ、彼らが中に入るの様子を窺うパルスィとヤマメ。その後ろで化け傘にキスメを乗せてコロコロ回して遊んでいる小傘。
店の者が二階から降りてきてその5人組を迎えて上階を指差して案内するのが見えた。砦門である建物の構造上1階はほぼ通路で2階に店舗があるため、妖酔乃瀧を尋ねる者は上に進む事になる。
その時、5人組に応対した店員がこちらに気づいてヤマメらと目が合い、客の応対を終えるとこちらに歩いて来る。この店員はヤマメらと面識があるようだ。
「ヤマメ、お前どの面下げてここに来れるんだ?」
「何だよ、ナジ。あれはもう謝っただろ?いつまで根に持ってんだよ。」
その店の者をナジと呼ぶヤマメ。過去にヤマメは店で何か悪さをしたようで、どうも目を付けられているらしい。
ナジは人型妖怪で、幻想郷が存在する以前からいる古妖をルーツに持つ、幻想郷では一般的にみるタイプの妖怪である。腕っ節が強い妖怪ではないが、金勘定の才覚がある所謂商妖で妖酔乃瀧のボスも同族であり、彼らのように頭脳派妖怪が多く住むのが人間の里の特徴である。
「ふん、今、別件の仕事で酒場は営業してないんだ。飲みに来たのなら今日は他あたってくれ。」
そう言ってナジが店の方に歩き出す。里には他の飲み屋もたくさんあるが、北門から来る妖怪の目当ては妖酔乃瀧である。他に行けと言われても困るところだ。
「どうする?他は個室ないけど?」
他の酒場は大人数用の座敷はあるが、少人数用の個室の座敷がないので躊躇するヤマメ。
ヤマメら地下に封印されてしまった妖怪は、姿格好から恐怖心を他者に与えない女子どもの外見にされてしまっている。そんな可愛らしい姿になった妖怪は、他の客と相席になると酒の肴代わりにからかわれてしまう。不快になることこの上なく、ヤマメが以前に起こした問題もそれに起因するものだった。
個室がとれないとなると、せっかくの酒の席も台無しである。日を改めるか、周囲の冷やかしを我慢するかしかない。
「ちょっとナジ!」
パルスィが珍しく大きな声を上げて店に引き返そうとするナジを呼び止める。そして戻ってきたナジに問う。
「何が始まってるの?」
「・・・。」
目聡いパルスィに睨まれ誤魔化せないと悟って、4人を順に見ながら指をチョイチョイと曲げて顔を貸せという合図を送るナジ。何となくヤバイ雰囲気を感じた4人はそれぞれの顔を見渡した後計った様に同時にナジに顔を寄せる。
「お前ら、5人揃わないか?揃ったら個室貸してやるから。飲み放題付き、しかもロハで。」
「はぁ?なんだそりゃ?ふざけてるのか?」
只酒飲める上に個室まで提供するなど真っ当な商売人のやる事ではない。絶対裏があるとヤマメは警戒する。
「何で5人?」
パルスィが5人でなければならない理由を聞く。
「いいから、揃うか揃わないか言え。」
「見ての通り4人よ。」
「パル、分身しろ。」
「それじゃー駄目だ。」
「5人いるよ?」
きょとんとした表情で5人いると告げる小傘。
「どこに?そのなすびは人数に数えないぞ?」
「ちょっとなすび言わないでよ!もう!ちょっと待ってて、連れてくるから。」
自慢の傘をなすび呼ばわりされて怒って頬っぺたをぷくっと膨らせつつ小傘はなすびの様な傘を開いてそのまま闇夜の空に飛んでいってしまった。
「適当なヤツ捕まえてくる気かしら?」
「小傘に捕まるのは妖怪じゃなくて妖精だろ?」
「まーこの際、妖精でもかまわんぜ。」
冗談っぽくやりとりするパルスィとヤマメに真顔で答えるナジ。
「それなら別に4人でもいいじゃない?」
「そういう決まりなんだ。」
「何をさせる気なの?」
「それは、5人揃ってからだ。」
「・・・。」
残された3人は交互に顔を見て、小傘が消えた夜空に目を向けるナジの条件を不思議そうにそれぞれ考える。
そこへ1分もしないうちに小傘が誰かを捕まえて戻ってきた。
「ぬえっちゲット!」
小傘が連れて来たのはぬえだった。
「ちょっと小傘、わ、私は今忙しいのよ!」
人前に連れてこられ恥ずかしそうに皆に背を向けて立つぬえ。皆古い友人なので恥ずかしがる事は無いのだが、ぬえはいつもこうである。
「ずっと上から見てたじゃん?」
ぬえの気配を良く知っている小傘は先程からずっと小傘らのそばにいたことを知っていた。
「な!み、見てなんかいないわよ!」
天の邪鬼な性格のぬえは、正直な気持ちを表現するのが苦手で、仲間内に対しても素直になることが出来ない。素直な言葉は、それは自分で言うのも他人に言われるのも苦手なので、ならば孤独がいいのかというとそうではなく、癖寂しがり屋で常に誰かのそばに居ようとするのである。非常にめんどくさい性格の持ち主である。
背丈は人間で言えば12、3歳くらいの少女の姿である。黒く短い髪の毛と同じく黒いワンピーススカート。同じく黒い膝上まで長いニーソックスという黒ずくめの格好である。赤と青のかぎ爪型の6枚の羽を纏い、単純な戦闘力はここにいる4人の妖怪よりも高い。
正体不明の代名詞とも言えるぬえ。その天の邪鬼な性格からよく誤解され人間から忌み嫌われる存在になってしまったため討伐されて地獄堕ちした。
「居たならすぐ姿みせろっての!ったく、村紗に構ってもらえなくていじけてるのか?」
一言多い上に毒が入るヤマメの言動。そして図星を当てられカチンときたぬえ。帰ると言い出して必死に止めようと喰らい付く小傘をふりほどこうとするぬえ。しかし、足は前に進まない。
「ヤマメ!」
ぬえの性格を知っているパルスィはヤマメのその言葉は一番まずいところに刺さったと注意しようとして、同時にげんこつを握ってヤマメの顔面に入れようとする。
しかし、パルスィの拳より早くキスメの必殺ノーモーション釣瓶落としがヤマメの脳天に炸裂し、スコーンという会心音と共に一撃で口の悪い相方をノックアウトする。
パルスィはヤマメのたんこぶの上で得意げにしているキスメに親指を立てて良い仕事をしたと褒め、キスメも小さな手で親指を立てて渋い笑顔でそれに応える。
キスメが入った桶がヤマメの脳天に炸裂した光景を間近に見た小傘とぬえとナジは少し顔が引きつった様子で動きを止める。特にナジは容赦ないキスメの行動と笑顔にちょっとした恐怖を覚える。
「ぬえ、こいつの言うこと一々間に受けないで。私達を助けるつもりでさ、ちょっと一緒に来てくれない?」
人助けと言えばぬえの面目も保てるだろう。下手に出てぬえのご機嫌を取るこのメンツの中では一番年長者のパルスィ。元々人間から変質した妖怪なので純粋な妖怪より話が出来る相手と言える。ちなみにパルスィは白蓮より年上である。
ぬえも別に本気で帰るつもりではなく、引き留めて欲しくてそう言ったわけで、キスメにノックアウトされたヤマメに少し同情し、大人しくパルスィに従った。
このメンツの中で口が早いのはヤマメだが手が早いのはキスメかもしれない。実際釣瓶落としはかなり凶暴で危険な妖怪である。
ヤマメを引きずりながら残る4人を店内に案内したナジは、地底封印組の5人を商工会館から先程戻ってきたばかりの妖酔乃瀧の主人、妖酔に面通しさせる。
「ヤマメ。ここでまた病気撒いたらどうなるか分かっているな?」
階段を登るときに後頭部を何度も打ち付けて目を覚まし、不機嫌そうに立っているヤマメに念押しする妖酔。妹紅などと会話していた時の知的で品のある喋りとは打って変わって、荒くれ者を黙らせる凄味を効かせた親分的な口調である。ヤマメのやった事件で妖酔乃瀧は3日間の営業停止になっているのだ。きつくあたられてもそれには文句は言えないヤマメである。
「個室さえもらえりゃー何もしないよ。だいたい、何で私だけが悪者になるのさ。」
「お前をコケにした連中にもそれなりの代償は払って貰った。その上で今度またやったら次は終わりだ。いいな?」
「わ、わかったよ。」
流石のヤマメも凄む妖酔の前ではしおらしい。
「ナジ、おめーが相手しろ。」
「ええー!何で俺が?」
「そいつらー他の奴じゃ手に負えん。」
妖酔とナジの会話の意味が見えて来ない5人組だが、分かるのはこのナジという妖怪が酒場の大将からそれなりに信頼されているという事だった。
「へいへい。」
そう言われては断れないナジ。不満そうに返事をするが内心鼻が高い。
妖酔乃瀧の1階部分は里の外と中を結ぶ通り道になっているため、1階に主要な施設はなく通路沿いに立ち食い形式の屋台が並んでいるだけである。
北の門から入るとすぐ横に上に昇る階段があり、2階より上が妖酔乃瀧の店舗になっている。
上から1階の通りが見える吹き抜けの横に仕事の斡旋や登録等を行うカウンターがあり、ヤマメ達は今そこで妖酔と話をしていた。他にも順番を待っていたり、様子を見ている者が数名カウンター周辺にいる。パルスィは注意深く周囲を伺いながらヤマメと妖酔のやり取りに耳を傾ける。
妖酔と話をしているのはヤマメとパルスィの2人で、キスメ、小傘、ぬえの3人は吹き抜けの手摺り越しに下を見ながら雑談をする。
「ぬえっち、ここ来るの初めて?」
「え?あ、うん、初めて。」
キスメが吹き抜けに落ちて、通りすがりを脅かして遊んでいる。驚いて尻餅をついた妖怪に蹴飛ばされるも全く意に返した様子はない。
「私もこっち側初めてなんだー。」
こっち側というのは仕事の斡旋や両替などをする場所の事で、飲み屋は吹抜を挟んだ反対側にある。飲み屋に来たのは初めてではないが、仕事の斡旋をする場所は初めてで景色が違って見える。
「ここで妖怪達は仕事を探すの?」
ぬえは不思議そうに周囲の妖怪を見ながら小傘に質問する。
「そうみたいねー。」
「この上は?」
建物は3階建てで吹抜が上にも続いている。ぬえの質問に反応してキスメが上に昇っていき、3階に消えるとすぐに悲鳴が聞こえて、罵声と共にキスメが吹き抜けに飛ばされて落ちてくる。ぬえがそれをキャッチして手摺に置いて、その手摺に背を持たれて仰け反り吹き抜けの上を見る。
「3階には行った事ないけど、寝泊まり出来るところみたい。」
「ふーん。」
小傘の説明に気の無い返事をし、ここに村紗がいればもっと楽しいのにと思うぬえ。そこへ話が終わったヤマメ達が来る。
「『ぬ』の間だってさー。ぬえにぴったりだな。」
個室の名前を言って移動を促すヤマメ。『ぬ』なら、ぬらりひょんだってそうだろうと心の中だけで反論するぬえ。ちなみにぬらりひょんは地上でしぶとく人間にまぎれて生き伸びているという噂だ。
「ほんとに只なの?」
「ああ、一斗樽までは只だ。それ以上飲むなら有料。」
ナジは平然と言ってのける。実はおかわりも只で有料というのは嘘である。5人で一斗なら一人二升の計算である。妖怪なら決して多い量ではなく、このくらいは普通に飲んでしまう。ただ、個室と酒が只というのはどうも裏があるようにしか見えない。ここまで気前がいいと逆にこっちが怖気づいてしまいそうだ。
「ほんとかよ・・・っち!」
嘘みたいな本当の話で、素直に喜んでいいものか戸惑うヤマメ。パルスィも何かあると思いつつも妖酔乃瀧は信用出来き、騙すにしても卑怯とは違う別のやりかたをするだろうと何も言わずナジに従う。
「先に行ってな。酒持ってくるから。」
ナジに言われ飲み屋の入り口をくぐる。会計の前に物々しい警備がおり、中から声は聞こえるが酒場の喧騒はない。明らかに通常営業ではないことがわかる。
先頭を歩くヤマメが少し不安げに一度振り向いて全員の顔を見てから中に進んだ。何も無い時は威勢がいいわりに、少しのことで怖気づくヤマメである。
「お待たせ。」
一様にキツネにつままれたような顔で居心地悪そうに座敷に座って、入ってきたナジを睨む5人。
「何だ?しけた面して。只なんだからもっと喜べよ。」
只だから喜べない5人。
ナジは一斗樽を個室の入り口横の専用の台に起き、空の一升びんを五本とガラスのコップを六個持ってくる。
樽は下に蛇口がついていて、そこに一升瓶を宛って小分けする。五人分用意してそれを各自に手際よく渡し、一つ多く持ってきた自分の分のコップには樽から直に取る。
「で、これから何が始まるの?」
取りあえず乾杯した後に、パルスィがナジに問う。どう考えてもこれはおかしい。
一人コップ酒を全部飲み干したナジをジトっと見つめるコップに口をつけない五人。ここでこれを飲むと悪魔の契約になりそうだと皆警戒している。
やれやれといった様子でナジが真顔になって説明をし始める。
「・・・実はな、今傭兵を集めてるんだ。」
「傭兵?うちらに戦でもさせようってのかい?」
「人間達が大勢博麗神社に行くって計画があってな。それで・・・。」
「分かった!皆まで言うな!」
ナジが説明しかけて、先を読んだヤマメが一人納得してナジを制して替わりに続ける。
「あれだろ?その人間達を襲撃するんだろ?そして、皆ゴロにして里を奪う!」
ヤマメが立ち上がってビシっとナジを指差す。
丁度5秒後に全員ため息を同時に漏らす。
「お前は、どうしてそうなるんだよ!なぁ、パルぅーお前なんでこんなバカと一緒につるんでるんだ?」
ナジが涙を袖で拭う様な仕草をしながらパルスィに苦情を言う。
「そりゃー、ヤマメに嫉妬する要素がないから。」
「・・・なるほど、そういうことか。」
パルスィの答えに納得するナジ。
「んじゃ、何だってんだよ!」
ナジは激しい脱力感を覚えながら主にヤマメに対して事情を説明した。
上白沢慧音の神社奪還作戦で、大勢の人間を神社に移動させるという計画が水面下で進んでおり、ナジはその意味や理由など詳しい事までは知らされていないまでも、どの程度の戦力を集めるか指示を受け粛々とその計画を進めているという状況だった。
人間が大人数で里の東の見通しの良い街道を真っ直ぐ神社に進めば、当然東側にいて人間を待ち伏せしている人食い妖怪が襲ってくる。
傭兵はそれら人食い妖怪から人間を守る護衛である。相手は雑魚でも数は多いので、それに対応できる人員を確保しようとしているのだ。
そして風見幽香の協力を仰ごうとしているが、彼女の所在が不明で、空っぽの里を守る戦力も確保しようと、今懸命に人を集めているという状況である。
「何で人間なんて守るのさ。」
「別にお前らがそこまで考える必要はないさ。」
「人間を守るってことは倒すのは妖怪だろ?」
「妖怪だ?オレも妖怪だが、お前らに同族意識なんてこれっぽちもないぜ?お前らが人食いに走るなら、ただの間引き対象として狩るだけだ。」
「何だと?」
ナジの言い方にカチンとくるヤマメ。
「地底には地底のルールがあるだろう。オレはそれに何の意見も文句もない。だが、ここは幻想郷だ。幻想郷には幻想郷のルールってもんがある。」
「傭兵の敵と想定している妖怪ってその間引き対象の屑妖怪ってこと?」
パルスィの冷静な質問に頷くナジ。
「別に人間の味方をして仲間になれとはいってない。傭兵というビジネスと割り切ってオレらに協力するかしないかってだけだ。」
ナジの巧みな話術に反論が出来ずイライラするヤマメ。
「で、私達が傭兵に参加しなかったら?」
ヤマメに代わってパルスィが鋭い視線でナジを見つめる。
「そんときは悪いが、ここにしばらくいてもらう。」
「おいおい、監禁か?穏やかじゃないな。」
「傭兵を集めている事は秘密にしておきたい。」
「何故?」
「神社に奇襲をかけたいからだ。」
「奇襲?」
「一体何を考えてるの?」
「さあね。オレはただ粛々と準備を進めるだけさ。速ければ明日、遅くても1週間以内に事は始まるだろう。傭兵に応じても応じなくても事が終わるまではここにいてもらう。監禁なんてしないさ。毎日たらふく飲ませてもてなしてやるよ。」
「にしても・・・働きもしないでただ酒はなぁ・・・。」
「秘密にするということに意味がある。お前らにただ酒飲ませてもそれに価値があるからやる。それだけだ。」
パルスィとヤマメはまだコップに口をつけていないが、ナジは既に5杯目を飲み終えたところである。
「何で5人なの?」
パルスィは少し話題を逸らして考える時間を確保しようとする。
「お前らここに登録してないだろ?そういう素性の知れない奴を一人一人審査してたら仕事になんねーから、徒党が組めるやつらを選別するためにそうしてるのさ。5人くらい集められねーようなのははっきり言って弾避けになんねーしな。」
仕事を斡旋したり、両替をしてもらうにしても、先に組合に登録する必要がある。既に登録して素性が分かっている連中は、個人でも傭兵として応募出来る。
「なるほど・・・本気で軍隊作るつもりなのね。」
「ああ、これはマジ。本気と書いてマジ。」
「・・・っち!飲むか!」
ヤマメは何を納得したのか分からないが飲まずにいた酒をこの時初めて喉に流し込む。
「人間は気に入らないけど・・・その人食い妖怪ってのはもっと気に入らないわね。」
パルスィもヤマメに呼応して酒をあおる。
「だよなー!まったくたらふく人が食えるなんて羨ましい限りだ。チクショー!」
パルスィとナジがまたため息をつく。
ヤマメとパルスィが真面目な話をしている一方で、小傘とキスメそしてぬえは既に出来上がっていた。
「ちくしょー、村紗めー!放っておいて!って言ったら本当に放っておきやがったー!」
「分かる!ぬえっちの気持ち!船長は分かってない!妖怪の気持ちが!」
「所詮は元人間なんだよ!来るな!ってのは来て!ってことなのに、何でわからないかなー!」
「いやー分かる!分かるわー。」
顔を真っ赤にして酔っ払った小傘が、げふーっと熱い息を吐く同じく酔っ払ったぬえの肩を叩いて励ます。
キスメもしみじみと頷きながら、自分の入っている桶に酒をドボドボと入れ始め、なみなみに浸かるまで酒を桶に満たすと、さあ飲めとばかりにぬえに迫る。
「きたー!キスメ酒!これはもういくしかない!ぬえっち!」
「ぬー!」
桶に注がれた酒の中から顔を出すキスメとじっと見詰め合うぬえ。
「よし!」
気合の声と共にキスメを持ち上げて桶の中の酒を飲みだすぬえ。
「キ・ス・メ!キ・ス・メ!」
手拍子をとりながら何故かぬえではなくキスメコールをする小傘。
少し時間はかかったものの、キスメの出汁が利いたキスメ酒を見事全て飲み干すぬえは小傘とキスメの拍手喝采を浴び、どうだといわんばかりの顔でわははと笑いだす。酔っぱらったぬえは先程のめんどくさい性格は完全に消え失せていた。
「よし!ここは小傘が一肌脱ぐか!」
「いよ!小傘!」
「今日は特別私が村紗役をやったげる!ぬえっち遠慮なく甘えろ!ほれ甘えろ!」
一肌脱ぐかと聞いた時は本当に服を脱ぎだすかと思ったパルスィだが、違ったようで安心する。
「むらさー!」
小傘がそう言った途端ぬえが小傘に抱きついて泣き出す。
「ぬえー!」
二人は抱き合ってオイオイと泣き出す。
その様子を見て出遅れたとヤマメも一升瓶をラッパ飲みして、イイ出来栄えになってからキスメ酒を注文する。
流石にパルスィはこの連中の中に混ざれないと一歩引いて端っこで手酌酒に逃げるが、すぐにキスメに見つかってキスメ酒の洗礼を受ける。
ナジはその様子に苦笑しながら、一斗樽を追加した。
2時間が過ぎた頃、一人を残して酔いが覚めた者達で傭兵に参加するかどうか話し合いになっていた。
酔いつぶれているのは小傘で、普通の妖怪ならあっと言う間にアルコールを分解してしまうところを小傘は人間並みの回復力しかない。妖怪としても非力な彼女は例え傭兵に参加するにしても前線には出せないだろう。それは皆承知していた。
「私、帰りたいんだけど・・・。」
酔いが程よく冷めていつもの様子に戻ったぬえがコップ酒をチビチビやりながら、盛り上がった場に水を差す。
「村紗が心配するからか?」
ヤマメがやれやれと肩をすくめる。
「ぬえ、そうやっていつも村紗の周りにいるから、村紗は振り向いてくれないのよ?」
「そんなことないもん。」
「おいおい、色恋沙汰はパルの十八番だぞ?村紗は元人間、パルも元人間。正義はパルにある。」
珍しくヤマメがいい事を言う。ぬえも元人間という共通点がパルスィにあることに気付き話を聞く体勢になる。
「いい?ぬえの方からいつも近付いてくるって村紗はそう思い込んでるの。だからここは、少しの間つらいけど村紗の前に現れないようにするの。」
「・・・でも。」
ぬえとしては村紗と会えないのはつらい。
「我慢するのよ。3日過ぎると、あれ?ぬえが最近来ないなーって意識し始めて、5日目には村紗はぬえの身にに何かあったんじゃないかと心配して探し始めるのよ。」
押して駄目なら引いてみな作戦である。
「流石パル!経験者は語る!」
「うるさい!ヤマメ!」
「ホント?」
桶を持ちながらほっぺたをつねりあってギャーギャー騒いでいるヤマメとパルスィを尻目に目の前のキスメに問いかけるぬえ。うんうんと真顔で頷くキスメ。
「分かった・・・やってみる。」
このぬえの決断は、全員が傭兵としてこの作戦に参加するという意思表示でもあった。
「しかし、酔いつぶれる妖怪ってのも珍しいな。」
ナジは酔いつぶれて寝ている小傘をマジマジと見下ろす。
「手ー出すなよナジ!」
「化け道具に手出すほど落ちぶれちゃいないよ。」
「って言う割にはさっきから小傘ばっか見てるだろ?」
「ああ、なんつーか、似てるんだよなーあの人と・・・。」
「男が女を口説く、陳腐な手よね、それ。」
パルスィが軽蔑するような目でナジを見る。
「ナジサイテー・・・。」
コップに口をつけながらぬえもパルスィと同じ目つきでナジを見る。
「ま、待てよおい!」
「んじゃ何でそんな熱い視線で小傘を見てるんだよ?」
ヤマメが執拗に追求し、パルスィが嫉妬のオーラを出し、キスメがナジの頭の上でスタンバイし、ぬえがゲップをする。
「いやね、この子・・・小傘つったっけ?幽香さんに似てるような気がするんだよ。」
「誰だよそれ。」
「あ、お前ら知らないんだっけ?幻想郷の住人なら知らない者はいない超有名人だよ。」
自慢気に言うナジは、壁にもたれているぬえの後ろの壁に掛かっている小さな絵をひっくり返す様に言い、手を伸ばすも立たないとその絵に手が届かないぬえは、めんどくさいのでキスメを頭にのせて代わりにひっくりかえしてもらう。
絵が返るとそこには緑色の髪の女性の胸から上の肖像画が出てきた。
「この女が風見幽香?」
「ああ。」
「というか、何でそいつの絵がここにあるの?」
もっともな質問である。ナジはさも当たり前の様に言うのだが、地底組にしてみればコレに何の意味があるのかさっぱりわからない。
「何でってそりゃー魔除けに決まってるだろ?神社のお札なんかよりよっぽど効くぜ。」
「何で女の絵が魔除けになるのよ?」
風見幽香を知らない地底組には何でこれが魔除けになるのかさっぱりわからない。
「例えば盗人が入るだろ?で、絵の裏とかにへそくりがないが調べる。そこにこの絵が出たらどうなる?」
「どうなるの?」
「相手は死ぬ。」
「ええ!」
一同声を上げる。
「ってのは冗談だとしても、驚いて逃げ出すよ。間違いない。」
「そいつ、そんなに強いの?」
顔を見ただけで逃げ出すなど鬼くらいなものだろう。鬼並に強いというなら納得も出来るが。
「うちの大将は戦争中、千人隊長してたんだが、風見幽香ってのは千人隊長を千人アゴで使う化け物なのさ。」
うちの大将というのは妖酔乃瀧の主人、妖酔の事である。
「はー・・・。」
凄すぎてもう何が凄いのか分からなくなるヤマメ。戦争というのは吸血鬼戦争の事を言っているのだがそれも地底組にはさっぱりわからない。ただ、凄いという事に関してはナジの真顔で理解できた。
「んー確かに髪の色は違うけど、髪型とか顔の形はそっくりね。」
パルスィも寝ている小傘を上から覗き込んで、絵と交互に見比べて評価する。
「うーむ。」
アゴに手をあててしばし考え込むナジ。
「これは、使える!」
小傘を何に使うのか見当も付かず顔を見合わせる地底組。
全員に注目されていることも知らず、気持ち良さそうに寝ている何かに使われそうな小傘だった。
それから数時間後、藤原妹紅と別れた風見幽香本人が妖酔乃瀧を訪れ妖酔と面会し、人間の里に協力する事を宣言した。
この夜は八雲紫と八意永琳そして博麗の巫女が神社で会談し、重要な話し合いが執り行われている。
そして同夜、守矢神社に送った人間の里の計画に対してそれを正式に了承する密書が慧音の元に届いていた。
その翌日、八雲藍が守矢神社に八雲紫の親書を届け異変の協力を打診するが、この守矢神社への協力の打診。紫本人が赴いていればあるいは別の結果になっていたかもしれない。その八雲紫は同刻大天狗比良山次郎坊と面会する。
八雲紫は大局を見据え完璧な異変を演出する算段を整えつつあったが、そこに思いもよらぬ伏兵が潜んでいる事に気付かなかった。
八雲紫にとって人生最悪の異変が始まろうとしていた。
死神小野塚小町の家で一夜を明かした魂魄妖夢は、朝が苦手で朝寝坊が得意な家主を親切心で叩き起こして、一宿一飯の恩を仇で返す。
「お早うございます小町さん。」
「ふわぁああああぁぁぁーーー・・・何だよまだ朝じゃないないか・・・。」
「まだ朝って、もう朝ですよ!早く起きましょうよ。」
小町は失敗した。妖夢が主人より早く起き、主人よりも遅く寝る筋金入りの従者である事をすっかり忘れていた。
三賢者会議は普通休日前にやるので、今日は非番になるはず。惰眠を貪り夕方まで寝て、夜また寝るのが休日の楽しい過ごし方なのに・・・。
「やれやれ・・・。」
不機嫌そうな顔で完璧に身支度が調った爽やかな笑顔の妖夢を恨めしそうに見る小町。
妖夢は朝は苦も無く起きる事が出来、普段から早起きをして早朝訓練をしていた。実は今朝も既にその日課を済ませた後で、家主の小町にそれなりに気を遣ってこれでも遅めに起こしたつもりなのである。
「台所使ってもいいですか?」
朝ご飯の支度をしようと既に小町の割烹着を身につけている妖夢。
「いいよー・・・ふぁあああああああぁぁ・・・おやすみー。」
「ご飯出来たら起こしますねー。」
もう何百年も家事をしているせいか、逆にそうしていないと気が落ち着かないのだろう。テキパキと朝食の準備を始める妖夢。
「よろしくー・・・。」
小町はそんなやりとりをしながら、朝早く起こされるのはご免だが、起きると朝食が準備されている生活は何とも甘味なものだと思ってしまう。一家に一人妖夢生活。この上ない幸福と言えよう。
しかし、そんな小町のささやかな至福の時は、ぼろい家の戸をどんどんと叩く音で無常にも破壊される。
「あ、お客さん・・・。」
咄嗟に出ようとして思いとどまり、自分が出て良いものだろうかと家主の小町にお伺いを立てるように振り向く妖夢。
「ったく!誰だよこんな朝早くに家に来る馬鹿は・・・。」
悪態を付く小町だが、外から聞こえてくる聞き覚えのある毅然とした少女の声に驚いて慌てて口をつぐむ。
「お早うございます。朝早くからすみません。」
「げげ!四季様!」
上司の四季映姫の声に反応して布団から飛び起きた小町は両手両足を大きく広げ、どんな状況にも対処出来るようにやや中腰で身構え、足を小刻みに動かして上下左右に何故か小さくステップを始める。妖夢は何か意味があってそうやっているのか不思議そうな顔で小町を見るが、小町自身何故こんな行動をしているのか自分でも分からない。
端から見るととてもおかしな動きで、妖夢は客を笑わせるためのパフォーマンスかと思ってしまうが、小町その顔は真剣そのもの。借金取りの取立てや立ち退きを迫られて右往左往しているとも取れる。どちらかというと切羽詰ったその様子からパフォーマンス云々ではなく後者ではないかと思う。
恐らく上司に説教されると思っているに違いないが、わざわざ休日の早朝に来てまで叱りには来ないだろうと思う妖夢。よっぽどの悪さでもしない限り休日に説教しにくることはないが、小町の狼狽え方からするとそれを自覚しているようにも見え、本当に何かとんでもないことしてしまったのではないかと心配になってくる。
妖夢は気づかなかった、と言うより覚えていなかったが、小町は八意永琳の首を切り落とした事を問題にしていた。実際には永琳の首は落ちてはいないし死んでもいないのだが、現在の死神は殺傷力のある武器の携帯を許されていないので、その斬った事以前に所持している段階で違反行為をしている事になる。
小町のやった事は妖夢の命を守ろうとした行為で賞賛に値するものである。しかし、律は律。閻魔の部下である死神であればなおさら律を重んじ守らなければならない立場にあるのだ。
「妖夢、頼む!私はいないって言って!」
布団を被って部屋の隅で震える小町。しかし、そうこうしているうちに四季映姫が家の戸を開けようとし始める。妖夢は小町と映姫が向こうにいるであろう戸を交互に見ながらどう誤魔化すか考えると同時に閻魔に嘘をついていいのか迷う。
「小町いるのでしょう?入りますよ?」
戸に手を掛けた様子を感じとって、わーと大声を出して慌てて戸を開けさせまいと駆け寄る小町。しかし小町よりも先に戸を開く四季映姫。
戸口でばったりと鉢合わせ状態になって動きを止め青ざめた表情の小町は、すぐにその場で土下座をして、さぼりが見つかった後の様にひたすら平謝りに謝りだす。
「ご、ごめんなさい!もうしません!」
怒るつもりで来たわけではない四季映姫は、そんな小町を尻目に妖夢と目が合い一度苦笑する。映姫としては妖夢と話がしたかったのと、小町に関してはむしろ褒めようと思って足を運んで来たのである。しかし、土下座して入り口を塞ぐ小町をどうにしかしないと先に話が進まない。
「小町、しばらく外に立っていなさい。」
小町に聞く耳がなさそうなので申し訳ないと思いつつも、いつもの口調で命令し一旦家から追い出す。
「はい!」
ネチネチグチグチと説教をされるよりも立たされる方がマシと、キビキビと威勢良く外に出て、ごゆっくりと言って戸を閉める家主の小町。
そんな家主の小町を追い出してしまった映姫は、土間に下りている妖夢のところに歩み寄って、座敷の一団高いところ腰を下ろし、戸惑う妖夢に隣に座るように促した。
割烹着と三角巾を取って大人しく映姫の隣に腰を下ろす妖夢は、小町は何も悪い事をしていない、むしろ励まされて助かったと恩人を弁護する。
「貴女とお話ししたかったのと、小町を褒めようと思って来ただけなのですが・・・。小町は怒られると思って狼狽えていますし、面倒だったので外に追い出してしまいました。この事は後で謝ります。」
「良かった・・・。」
事情が理解できた妖夢は安心にして顔がほころぶが、四季映姫の表情は冴えず溜め息をもらす。
「妖夢・・・私はそんなに怖いでしょうか?」
恐らく小町の態度を見ての事だろう。ため息をついて少し落ち込んだような素振りを見せる映姫。背格好はほとんど妖夢と同じくらい。帽子をとった若い閻魔は普通の女の子に見える。
「そ、それは・・・やっぱりいつも怒られるから・・・条件反射で・・・。」
「幻想郷の皆もきっと私が小町を虐めているように見えるのでしょうね・・・。」
「私は実際に見たことはないのですが・・・。」
「さぼるにしてももっと見えないところで隠れてさぼるのなら見逃しても良いと思うのですが、勤務時間に道端で、しかも私がよく通る道を選んでいるかのように堂々とさぼられていたら上司としては叱らないわけにはいかないでしょう?」
四季映姫は何も間違っていないのに何故か妖夢に言い訳するように悩みを聞いてもらう。
「そ、そうですね。あはは・・・。」
駄目だこりゃと苦笑するサボる時は隠れてやる妖夢。そして、その妖夢の苦笑いを見て目尻が下がる四季映姫。
「・・・どうやら大丈夫なようですね。昨日の様子から少し心配していました。」
幽々子に叱られ、その後小町から妹紅の事を聞かされた後の妖夢は、立ち直るのが不可能なほど打ちのめされたように見えた。しかし今は、さほど落ち込んだ様子がないと見て安心する映姫。これも小町のお陰なのだろう。
「すみません。みっともないところをお見せしてしまって・・・。」
妹紅を追い払い、その後幽々子に叩かれるまで、すべてが恥ずかしい行為だったと後悔し反省する妖夢。
「幽々子の行動には私も驚きましたよ。ところで、家を出たのは幽々子に許可を得ての事ですか?」
「・・・いえ。幽々子様の事ですから外に出た事は分かっていると思いますが、許可は得ていません。黙って白玉楼を出てきました。」
うつむく妖夢。いつも携帯している2本の剣も見当たらない。本当に家出してきたようだと映姫は確信する。
「妖夢、貴女は今何をやりたいですか?」
「決して今の仕事に不満があるわけではありません。でも・・・白玉楼を出て、見識を深めたいです。」
妖夢はきっぱりと四季映姫の目を見て言う。四季映姫もその妖夢の決意の目を見て昨日の妖夢ではない事を悟る。
「そこまで心が決まっているのなら幽々子に黙って出る必要はないでしょう。その決意を語って、正式にお暇をもらったらどうです?」
「そ、それは・・・。」
映姫の言は正に正論であるが、妖夢としては幽々子に会わせる顔がないと思っている。
「幽々子は許してくれないと思いますか?」
「・・・たぶん、許してくれるとは思います。」
頼めば許してくれる。何故かそう確信出来る。ただ、それは成り行き上しょうがないという事であり、真にそれが必要だからという理由で許可されるのはないと思うのだ。
「会うのが怖いですか?」
「・・・はい。正直会うのが怖いです。」
「これもまた修行の内と・・・そうは思いませんか?」
「あ・・・。」
見識を深めたいと今決意を表明した。しかし、その一方で嫌な事、困難な事を避けようとしているいつも通りの卑小な自分がそこにいる事に気付く。こんな事ではいつまでたっても成長できないのではないか?
妖夢はすっと立ち上がって四季映姫の前に立つとそのまま深々とお辞儀をする。
「ありがとうございました。決心が付きました。」
答えはもっと遠くにあるもののように想えた。しかし、答えはすぐ目の前にあった。ただ、自分の不徳が生み出した心の霧の白い闇が、手の届く距離にある答えを覆い隠していただけだったのだ。
妖夢はもう一度四季映姫にお辞儀をした。
「礼にはおよびません。さて、それではそろそろ帰らなければ・・・家主が可哀相ですからね。」
腰を上げた映姫は見送ろうとする妖夢を制する。小町と外で2人だけで話をするつもりなのだろう。
妖夢は邪魔にならないよう家の中で待つ事にした。
10分程経って家の主が戻ってくる。
「ど、どうしたんですか?」
妖夢は戻ってきた小町の様子が気になったので質問する。嬉しいという感情を必死に押し殺そうとして見事に失敗して、幸福感がほんわかしたオーラとなって小町の身体からにじみ出ている。天国から地獄ではなく、地獄から一気に昇天したような感じなのだ。
「いやー四季様にすっげー褒められちゃってさー。『貴女の今回の活躍は非の打ち所がない』だってさぁ~。」
映姫の言った台詞部分を口調を真似て語って聞かせる完全に浮かれてニヘラーっとした顔の小町。
呆気にとられる妖夢を尻目に、座敷に上がってあぐらをかきニコニコしながら映姫に言われたその言葉を何度も何度も反芻し、嬉しくて自然と身体が揺れている。
考えてみれば自分の失態をフォローした功績が認められたわけで、自分がもっとしっかりしていれば、小町に助けられる必要もなく、そうなれば小町は褒められる事もなかったわけである。
「(くやしい・・・。)」
昨日の自分、昨日までの自分を無しにしてしまいたい。
今の妖夢はもう無知でいる事に我慢が出来なかった。
人間の里の北西の区画に繁華街と呼ばれる人間や妖怪が自由に出入りできる様々なお店が建ち並ぶ一画がある。
里の中心ともいえる大通りがほとんど人間相手の商店なのに対し、繁華街は主に妖怪相手の店が多く軒を並べている。その為当然の様に妖怪が多く訪れ、夜になると酒を目当てにした大勢の妖怪が繁華街の酒場に溢れかえるのだ。
里の北西部は大戦の名残で柵を張り巡らせた砦状になっており、北に抜ける門を兼ねた3階建ての『妖酔乃瀧』と呼ばれる複数の施設を内包した大きな建物がある。
妖酔乃瀧は妖怪専門の店で従業員から全て妖怪で、人間臭くないため人間と距離を置きたい妖怪に絶大な人気を誇る。北門そのものが店舗になっているので、里に入る事無く外から酒場に入れるのも良いところと言えよう。
酒場以外にも力仕事や用心棒、特定の物品の入手といった妖怪向けの仕事の斡旋、賞金首と賞金稼ぎの管理、食材と銭を交換する両替も行っており、妖怪相手の総合商社となっている。
里に住む妖怪『里妖』に対して普段は里の外にいて里の経済圏に依存する妖怪を『外妖』と区別するが、そうした外妖はほとんどの場合妖酔乃瀧、つまり北口から里に入る。その為、門の前はちょっとした広道になっており周辺によく妖怪がたむろしたり露店が出ていたり、夜には遊女が客引きをしたり里側とは違った景色が見える。
「あれ?キスメと小傘は?」
「さぁ?また人間でも脅かしに行ったんじゃない?」
人間の里の北西にある妖酔乃瀧を目指して歩く2人の女型妖怪がいる。酒場が目的であろうその妖怪達は、さっさと店に入ろうとするものの、先程まで一緒にいた連れが2人、姿が見えなくなって店の前で立ち往生している。
女性2人が酒場の前で立ち止まって周囲を見渡すなど、遊女が客を探しているようにも見えるので、女っ気が欲しい者達に何度も声を掛けられてしまう。そのつど追っ払いながら連れが来るのを待っていると、上から突然釣瓶が落ちて来て2人は驚き、腰から下が大きく膨らみ膝のところで小さく萎んだ変わった衣装を着ている方が尻餅を付いてしまう。
「おわ!びびらせんな、このキスメ!」
急に落ちてきて驚かせた桶の中に入っている小さな少女は、2人が探しているうちの一人のようである。
「ヤマメ、ダッサー。尻が重過ぎるんじゃないの?」
尻餅を突いた方に尖った耳の女がその無様な姿を見てあざ笑う。
「うるせーぞパル!」
落ちてきた桶に入っている小さな妖怪は釣瓶落としのキスメ。驚いてみっともなく尻餅をついたのが土蜘蛛の黒谷ヤマメで、ヤマメをダサイとあざ笑ったのが橋姫の水橋パルスィである。
「ああ!キスメっちずるーい!2人で同時に行くって言ったのに!」
その後にバサバサと羽音の様な音を立てて、傘を持った少女が一人下りてくる。どうやら2人同時に降りて驚かせようとしたのが釣瓶落としのスピードに追いつけなかったらしい。
「ったく、お前ら妖怪脅かしてどうするんだよ!それも身内だぞ?」
「だってさぁー人間驚かないし、脅かすと退治されるしぃ~。」
からかさお化けの妖怪、多々良小傘は人間を驚かせる事に使命感を持つものの、人間はなかなか思い通りに驚いてくれない。
「小傘も大変よねー。」
小傘に同情するパルスィである。
からかさお化けの多々良小傘は少し特殊な妖怪である。
『化け道具』は100年以上大事に使われ付喪神になった道具が、後にそまつに扱われて妖怪に変化したものを言うが、多々良小傘は、聖白蓮の法界追放、つまり魔界封印の際に寺から唯一携帯を許された『傘一本(からかさいっぽん)』の為に形式的に用意された傘で、厳密に言うと付喪神になっていない化け道具なのである。
村紗の船の中で放置されていたその傘は、一度も道具として扱われる事なく白蓮の遺品の一つとして村紗水蜜が大切に保管していたが、ある日突然化け傘となってしまったのである。
傘の役目を一度もしない小傘は、付喪神にもなっていない為に妖力の低い妖怪として生まれてしまったのである。
聖白蓮を慕って参集したところを白蓮もろとも地底に封印された聖一派の妖怪達の一部には、傘一本(からかさいっぽん)は破戒僧の烙印であり、その傘の存在は不名誉で縁起が悪いと謗られて、脅かすしか能がない役立たずの小傘は聖一派の中に居場所がなくなる。
地底に封印されてからは聖一派も一枚岩ではなく、白蓮に直接助けられた大恩ある者とそうでない者との間に意識の隔たりが生じ、やがて聖一派は自然分解していく。
聖白蓮に関係して地底に封印された者は、白蓮に騙されたと憤る大規模な反白蓮派と原理的な白蓮信奉者と最初はこの2つの勢力にわかれていた。
やがて熱狂的な白蓮信奉者についていけなくなった親白蓮派は彼らから距離を置いて中立勢力となり最終的に白蓮関係の派閥は3つとなったのである。
白蓮の楽園事業に参加して一網打尽にされた妖怪のほとんどは当然の如く白蓮を嫌っているが、黒谷ヤマメらは白蓮封印よりもだいぶ前に封印されている妖怪なので、白蓮に関係する派閥争いとは無縁だった。
小傘の居場所が無くなり彼女を心配した村紗は、地底では古参のヤマメらに小傘を預けたわけだが、地底の妖怪らしからぬ底抜けに明るく不思議な魅力がある村紗の性格にヤマメと同じく封印されていた『ぬえ』が興味を示して付き合い始め、小傘を中心に3人のおかしな関係が以後続く事になる。
1年程前、地底で起こった旧地獄異変で、村紗ら僅かに残った白蓮信奉者は白蓮復活計画を進めるため地底から脱出し、その後を追ってぬえ、さらにそのぬえを追って小傘も外に出たと言うわけである。
一方ヤマメらは闇に包まれた地底世界を気に入っていたし、何より姿格好が女子供に変えられ恥ずかしくて外を歩けなかったのでそのまま地底に引き篭る選択をしたのである。この当時ヤマメらと同じ境遇の妖怪は幻想郷にも数多くいたのだが、それを知らないヤマメは強面で知られた土蜘蛛時代のギャップから頑なに外に出るのを拒んでいた。
その後、地霊殿を巻き込んだ地底の異変も治まり、正式に旧地獄と幻想郷の交流が始まり、外の情報が入ってからはヤマメらも気兼ねなく旧友を尋ねて外に出るようになり、今日の集まりもそんな交流の一端だったのである。
「なんか様子が変ね。」
異変に気付いたのは橋姫の水橋パルスィである。
「んー?そうかい?てかぬえはまだこないのか?」
警戒心が強く、常に慎重なパルスィは、外から感じる店の雰囲気がいつもと違う事に気付いたが、直情的て喧嘩っ早い粗暴な黒谷ヤマメは特に何も感じていない。それよりもぬえが来ないのが気がかりである。
「ヤマメっち、この前病気撒いて出入り禁止になってなかった?」
「いつの話だよ!そんなのもう時効よ、時効!てか、その名前に、ちって付けるのやめろ。」
「えー!何で?可愛いじゃん!ねーキスメっち。」
話をふられたキスメも同意して桶の中から小傘に笑顔を向けぴょんぴょんと桶を踊らす。キスメはこの呼ばれ方を気に入っているようだ。
そんな様子を見てパルスィから不機嫌オーラが沸き立つ。
「ほら、パルにも呼んでやらねーから、機嫌悪くなっただろ?」
「パルっちも呼んであげるよ。」
「・・・ぱ、パルっち?ふ、ふん、気に入らないわ!」
そう言ってそっぽを向くパルスィ。
「お?偉く気に入ったなようだな。」
「誰が!」
ヤマメに見抜かれて照れ隠しで怒って必至に否定するパルスィ。気持ちがオーラとなってはっきり現れるパルスィは嘘がすぐばれる。
性格がまるっきり違うパルスィとヤマメ。昔はとても仲が悪く喧嘩ばかりしていたのだが、いつの間にか一緒に行動する様になっていた。
ヤマメらはいつも地下にいるため幻想郷の事は良く知らない。小傘はヤマメらよりも前に幻想郷に出て、常に誰かを驚かせようとして里周辺にいるおかげで様々な情報が手に入り、ヤマメらとたまに会うと覚えた事を披露して見せるのである。名前のうしろに『ち』を付けるのも誰かがやってるのを見て真似ているのである。
店の前でそんなとりとめもない会話をしていると、別の妖怪の集団が後ろから現れて、通りの横に押し退けられる地底組の4人。
「何だありゃ?戦でもおっ始めるつもりか?」
背格好がバラバラの5人組の完全武装した集団が門に入るのを見て、ヤマメが思わず驚きの声を上げる。
「だから言ったじゃない。変だって。」
その集団を目で追いつつ、彼らが中に入るの様子を窺うパルスィとヤマメ。その後ろで化け傘にキスメを乗せてコロコロ回して遊んでいる小傘。
店の者が二階から降りてきてその5人組を迎えて上階を指差して案内するのが見えた。砦門である建物の構造上1階はほぼ通路で2階に店舗があるため、妖酔乃瀧を尋ねる者は上に進む事になる。
その時、5人組に応対した店員がこちらに気づいてヤマメらと目が合い、客の応対を終えるとこちらに歩いて来る。この店員はヤマメらと面識があるようだ。
「ヤマメ、お前どの面下げてここに来れるんだ?」
「何だよ、ナジ。あれはもう謝っただろ?いつまで根に持ってんだよ。」
その店の者をナジと呼ぶヤマメ。過去にヤマメは店で何か悪さをしたようで、どうも目を付けられているらしい。
ナジは人型妖怪で、幻想郷が存在する以前からいる古妖をルーツに持つ、幻想郷では一般的にみるタイプの妖怪である。腕っ節が強い妖怪ではないが、金勘定の才覚がある所謂商妖で妖酔乃瀧のボスも同族であり、彼らのように頭脳派妖怪が多く住むのが人間の里の特徴である。
「ふん、今、別件の仕事で酒場は営業してないんだ。飲みに来たのなら今日は他あたってくれ。」
そう言ってナジが店の方に歩き出す。里には他の飲み屋もたくさんあるが、北門から来る妖怪の目当ては妖酔乃瀧である。他に行けと言われても困るところだ。
「どうする?他は個室ないけど?」
他の酒場は大人数用の座敷はあるが、少人数用の個室の座敷がないので躊躇するヤマメ。
ヤマメら地下に封印されてしまった妖怪は、姿格好から恐怖心を他者に与えない女子どもの外見にされてしまっている。そんな可愛らしい姿になった妖怪は、他の客と相席になると酒の肴代わりにからかわれてしまう。不快になることこの上なく、ヤマメが以前に起こした問題もそれに起因するものだった。
個室がとれないとなると、せっかくの酒の席も台無しである。日を改めるか、周囲の冷やかしを我慢するかしかない。
「ちょっとナジ!」
パルスィが珍しく大きな声を上げて店に引き返そうとするナジを呼び止める。そして戻ってきたナジに問う。
「何が始まってるの?」
「・・・。」
目聡いパルスィに睨まれ誤魔化せないと悟って、4人を順に見ながら指をチョイチョイと曲げて顔を貸せという合図を送るナジ。何となくヤバイ雰囲気を感じた4人はそれぞれの顔を見渡した後計った様に同時にナジに顔を寄せる。
「お前ら、5人揃わないか?揃ったら個室貸してやるから。飲み放題付き、しかもロハで。」
「はぁ?なんだそりゃ?ふざけてるのか?」
只酒飲める上に個室まで提供するなど真っ当な商売人のやる事ではない。絶対裏があるとヤマメは警戒する。
「何で5人?」
パルスィが5人でなければならない理由を聞く。
「いいから、揃うか揃わないか言え。」
「見ての通り4人よ。」
「パル、分身しろ。」
「それじゃー駄目だ。」
「5人いるよ?」
きょとんとした表情で5人いると告げる小傘。
「どこに?そのなすびは人数に数えないぞ?」
「ちょっとなすび言わないでよ!もう!ちょっと待ってて、連れてくるから。」
自慢の傘をなすび呼ばわりされて怒って頬っぺたをぷくっと膨らせつつ小傘はなすびの様な傘を開いてそのまま闇夜の空に飛んでいってしまった。
「適当なヤツ捕まえてくる気かしら?」
「小傘に捕まるのは妖怪じゃなくて妖精だろ?」
「まーこの際、妖精でもかまわんぜ。」
冗談っぽくやりとりするパルスィとヤマメに真顔で答えるナジ。
「それなら別に4人でもいいじゃない?」
「そういう決まりなんだ。」
「何をさせる気なの?」
「それは、5人揃ってからだ。」
「・・・。」
残された3人は交互に顔を見て、小傘が消えた夜空に目を向けるナジの条件を不思議そうにそれぞれ考える。
そこへ1分もしないうちに小傘が誰かを捕まえて戻ってきた。
「ぬえっちゲット!」
小傘が連れて来たのはぬえだった。
「ちょっと小傘、わ、私は今忙しいのよ!」
人前に連れてこられ恥ずかしそうに皆に背を向けて立つぬえ。皆古い友人なので恥ずかしがる事は無いのだが、ぬえはいつもこうである。
「ずっと上から見てたじゃん?」
ぬえの気配を良く知っている小傘は先程からずっと小傘らのそばにいたことを知っていた。
「な!み、見てなんかいないわよ!」
天の邪鬼な性格のぬえは、正直な気持ちを表現するのが苦手で、仲間内に対しても素直になることが出来ない。素直な言葉は、それは自分で言うのも他人に言われるのも苦手なので、ならば孤独がいいのかというとそうではなく、癖寂しがり屋で常に誰かのそばに居ようとするのである。非常にめんどくさい性格の持ち主である。
背丈は人間で言えば12、3歳くらいの少女の姿である。黒く短い髪の毛と同じく黒いワンピーススカート。同じく黒い膝上まで長いニーソックスという黒ずくめの格好である。赤と青のかぎ爪型の6枚の羽を纏い、単純な戦闘力はここにいる4人の妖怪よりも高い。
正体不明の代名詞とも言えるぬえ。その天の邪鬼な性格からよく誤解され人間から忌み嫌われる存在になってしまったため討伐されて地獄堕ちした。
「居たならすぐ姿みせろっての!ったく、村紗に構ってもらえなくていじけてるのか?」
一言多い上に毒が入るヤマメの言動。そして図星を当てられカチンときたぬえ。帰ると言い出して必死に止めようと喰らい付く小傘をふりほどこうとするぬえ。しかし、足は前に進まない。
「ヤマメ!」
ぬえの性格を知っているパルスィはヤマメのその言葉は一番まずいところに刺さったと注意しようとして、同時にげんこつを握ってヤマメの顔面に入れようとする。
しかし、パルスィの拳より早くキスメの必殺ノーモーション釣瓶落としがヤマメの脳天に炸裂し、スコーンという会心音と共に一撃で口の悪い相方をノックアウトする。
パルスィはヤマメのたんこぶの上で得意げにしているキスメに親指を立てて良い仕事をしたと褒め、キスメも小さな手で親指を立てて渋い笑顔でそれに応える。
キスメが入った桶がヤマメの脳天に炸裂した光景を間近に見た小傘とぬえとナジは少し顔が引きつった様子で動きを止める。特にナジは容赦ないキスメの行動と笑顔にちょっとした恐怖を覚える。
「ぬえ、こいつの言うこと一々間に受けないで。私達を助けるつもりでさ、ちょっと一緒に来てくれない?」
人助けと言えばぬえの面目も保てるだろう。下手に出てぬえのご機嫌を取るこのメンツの中では一番年長者のパルスィ。元々人間から変質した妖怪なので純粋な妖怪より話が出来る相手と言える。ちなみにパルスィは白蓮より年上である。
ぬえも別に本気で帰るつもりではなく、引き留めて欲しくてそう言ったわけで、キスメにノックアウトされたヤマメに少し同情し、大人しくパルスィに従った。
このメンツの中で口が早いのはヤマメだが手が早いのはキスメかもしれない。実際釣瓶落としはかなり凶暴で危険な妖怪である。
ヤマメを引きずりながら残る4人を店内に案内したナジは、地底封印組の5人を商工会館から先程戻ってきたばかりの妖酔乃瀧の主人、妖酔に面通しさせる。
「ヤマメ。ここでまた病気撒いたらどうなるか分かっているな?」
階段を登るときに後頭部を何度も打ち付けて目を覚まし、不機嫌そうに立っているヤマメに念押しする妖酔。妹紅などと会話していた時の知的で品のある喋りとは打って変わって、荒くれ者を黙らせる凄味を効かせた親分的な口調である。ヤマメのやった事件で妖酔乃瀧は3日間の営業停止になっているのだ。きつくあたられてもそれには文句は言えないヤマメである。
「個室さえもらえりゃー何もしないよ。だいたい、何で私だけが悪者になるのさ。」
「お前をコケにした連中にもそれなりの代償は払って貰った。その上で今度またやったら次は終わりだ。いいな?」
「わ、わかったよ。」
流石のヤマメも凄む妖酔の前ではしおらしい。
「ナジ、おめーが相手しろ。」
「ええー!何で俺が?」
「そいつらー他の奴じゃ手に負えん。」
妖酔とナジの会話の意味が見えて来ない5人組だが、分かるのはこのナジという妖怪が酒場の大将からそれなりに信頼されているという事だった。
「へいへい。」
そう言われては断れないナジ。不満そうに返事をするが内心鼻が高い。
妖酔乃瀧の1階部分は里の外と中を結ぶ通り道になっているため、1階に主要な施設はなく通路沿いに立ち食い形式の屋台が並んでいるだけである。
北の門から入るとすぐ横に上に昇る階段があり、2階より上が妖酔乃瀧の店舗になっている。
上から1階の通りが見える吹き抜けの横に仕事の斡旋や登録等を行うカウンターがあり、ヤマメ達は今そこで妖酔と話をしていた。他にも順番を待っていたり、様子を見ている者が数名カウンター周辺にいる。パルスィは注意深く周囲を伺いながらヤマメと妖酔のやり取りに耳を傾ける。
妖酔と話をしているのはヤマメとパルスィの2人で、キスメ、小傘、ぬえの3人は吹き抜けの手摺り越しに下を見ながら雑談をする。
「ぬえっち、ここ来るの初めて?」
「え?あ、うん、初めて。」
キスメが吹き抜けに落ちて、通りすがりを脅かして遊んでいる。驚いて尻餅をついた妖怪に蹴飛ばされるも全く意に返した様子はない。
「私もこっち側初めてなんだー。」
こっち側というのは仕事の斡旋や両替などをする場所の事で、飲み屋は吹抜を挟んだ反対側にある。飲み屋に来たのは初めてではないが、仕事の斡旋をする場所は初めてで景色が違って見える。
「ここで妖怪達は仕事を探すの?」
ぬえは不思議そうに周囲の妖怪を見ながら小傘に質問する。
「そうみたいねー。」
「この上は?」
建物は3階建てで吹抜が上にも続いている。ぬえの質問に反応してキスメが上に昇っていき、3階に消えるとすぐに悲鳴が聞こえて、罵声と共にキスメが吹き抜けに飛ばされて落ちてくる。ぬえがそれをキャッチして手摺に置いて、その手摺に背を持たれて仰け反り吹き抜けの上を見る。
「3階には行った事ないけど、寝泊まり出来るところみたい。」
「ふーん。」
小傘の説明に気の無い返事をし、ここに村紗がいればもっと楽しいのにと思うぬえ。そこへ話が終わったヤマメ達が来る。
「『ぬ』の間だってさー。ぬえにぴったりだな。」
個室の名前を言って移動を促すヤマメ。『ぬ』なら、ぬらりひょんだってそうだろうと心の中だけで反論するぬえ。ちなみにぬらりひょんは地上でしぶとく人間にまぎれて生き伸びているという噂だ。
「ほんとに只なの?」
「ああ、一斗樽までは只だ。それ以上飲むなら有料。」
ナジは平然と言ってのける。実はおかわりも只で有料というのは嘘である。5人で一斗なら一人二升の計算である。妖怪なら決して多い量ではなく、このくらいは普通に飲んでしまう。ただ、個室と酒が只というのはどうも裏があるようにしか見えない。ここまで気前がいいと逆にこっちが怖気づいてしまいそうだ。
「ほんとかよ・・・っち!」
嘘みたいな本当の話で、素直に喜んでいいものか戸惑うヤマメ。パルスィも何かあると思いつつも妖酔乃瀧は信用出来き、騙すにしても卑怯とは違う別のやりかたをするだろうと何も言わずナジに従う。
「先に行ってな。酒持ってくるから。」
ナジに言われ飲み屋の入り口をくぐる。会計の前に物々しい警備がおり、中から声は聞こえるが酒場の喧騒はない。明らかに通常営業ではないことがわかる。
先頭を歩くヤマメが少し不安げに一度振り向いて全員の顔を見てから中に進んだ。何も無い時は威勢がいいわりに、少しのことで怖気づくヤマメである。
「お待たせ。」
一様にキツネにつままれたような顔で居心地悪そうに座敷に座って、入ってきたナジを睨む5人。
「何だ?しけた面して。只なんだからもっと喜べよ。」
只だから喜べない5人。
ナジは一斗樽を個室の入り口横の専用の台に起き、空の一升びんを五本とガラスのコップを六個持ってくる。
樽は下に蛇口がついていて、そこに一升瓶を宛って小分けする。五人分用意してそれを各自に手際よく渡し、一つ多く持ってきた自分の分のコップには樽から直に取る。
「で、これから何が始まるの?」
取りあえず乾杯した後に、パルスィがナジに問う。どう考えてもこれはおかしい。
一人コップ酒を全部飲み干したナジをジトっと見つめるコップに口をつけない五人。ここでこれを飲むと悪魔の契約になりそうだと皆警戒している。
やれやれといった様子でナジが真顔になって説明をし始める。
「・・・実はな、今傭兵を集めてるんだ。」
「傭兵?うちらに戦でもさせようってのかい?」
「人間達が大勢博麗神社に行くって計画があってな。それで・・・。」
「分かった!皆まで言うな!」
ナジが説明しかけて、先を読んだヤマメが一人納得してナジを制して替わりに続ける。
「あれだろ?その人間達を襲撃するんだろ?そして、皆ゴロにして里を奪う!」
ヤマメが立ち上がってビシっとナジを指差す。
丁度5秒後に全員ため息を同時に漏らす。
「お前は、どうしてそうなるんだよ!なぁ、パルぅーお前なんでこんなバカと一緒につるんでるんだ?」
ナジが涙を袖で拭う様な仕草をしながらパルスィに苦情を言う。
「そりゃー、ヤマメに嫉妬する要素がないから。」
「・・・なるほど、そういうことか。」
パルスィの答えに納得するナジ。
「んじゃ、何だってんだよ!」
ナジは激しい脱力感を覚えながら主にヤマメに対して事情を説明した。
上白沢慧音の神社奪還作戦で、大勢の人間を神社に移動させるという計画が水面下で進んでおり、ナジはその意味や理由など詳しい事までは知らされていないまでも、どの程度の戦力を集めるか指示を受け粛々とその計画を進めているという状況だった。
人間が大人数で里の東の見通しの良い街道を真っ直ぐ神社に進めば、当然東側にいて人間を待ち伏せしている人食い妖怪が襲ってくる。
傭兵はそれら人食い妖怪から人間を守る護衛である。相手は雑魚でも数は多いので、それに対応できる人員を確保しようとしているのだ。
そして風見幽香の協力を仰ごうとしているが、彼女の所在が不明で、空っぽの里を守る戦力も確保しようと、今懸命に人を集めているという状況である。
「何で人間なんて守るのさ。」
「別にお前らがそこまで考える必要はないさ。」
「人間を守るってことは倒すのは妖怪だろ?」
「妖怪だ?オレも妖怪だが、お前らに同族意識なんてこれっぽちもないぜ?お前らが人食いに走るなら、ただの間引き対象として狩るだけだ。」
「何だと?」
ナジの言い方にカチンとくるヤマメ。
「地底には地底のルールがあるだろう。オレはそれに何の意見も文句もない。だが、ここは幻想郷だ。幻想郷には幻想郷のルールってもんがある。」
「傭兵の敵と想定している妖怪ってその間引き対象の屑妖怪ってこと?」
パルスィの冷静な質問に頷くナジ。
「別に人間の味方をして仲間になれとはいってない。傭兵というビジネスと割り切ってオレらに協力するかしないかってだけだ。」
ナジの巧みな話術に反論が出来ずイライラするヤマメ。
「で、私達が傭兵に参加しなかったら?」
ヤマメに代わってパルスィが鋭い視線でナジを見つめる。
「そんときは悪いが、ここにしばらくいてもらう。」
「おいおい、監禁か?穏やかじゃないな。」
「傭兵を集めている事は秘密にしておきたい。」
「何故?」
「神社に奇襲をかけたいからだ。」
「奇襲?」
「一体何を考えてるの?」
「さあね。オレはただ粛々と準備を進めるだけさ。速ければ明日、遅くても1週間以内に事は始まるだろう。傭兵に応じても応じなくても事が終わるまではここにいてもらう。監禁なんてしないさ。毎日たらふく飲ませてもてなしてやるよ。」
「にしても・・・働きもしないでただ酒はなぁ・・・。」
「秘密にするということに意味がある。お前らにただ酒飲ませてもそれに価値があるからやる。それだけだ。」
パルスィとヤマメはまだコップに口をつけていないが、ナジは既に5杯目を飲み終えたところである。
「何で5人なの?」
パルスィは少し話題を逸らして考える時間を確保しようとする。
「お前らここに登録してないだろ?そういう素性の知れない奴を一人一人審査してたら仕事になんねーから、徒党が組めるやつらを選別するためにそうしてるのさ。5人くらい集められねーようなのははっきり言って弾避けになんねーしな。」
仕事を斡旋したり、両替をしてもらうにしても、先に組合に登録する必要がある。既に登録して素性が分かっている連中は、個人でも傭兵として応募出来る。
「なるほど・・・本気で軍隊作るつもりなのね。」
「ああ、これはマジ。本気と書いてマジ。」
「・・・っち!飲むか!」
ヤマメは何を納得したのか分からないが飲まずにいた酒をこの時初めて喉に流し込む。
「人間は気に入らないけど・・・その人食い妖怪ってのはもっと気に入らないわね。」
パルスィもヤマメに呼応して酒をあおる。
「だよなー!まったくたらふく人が食えるなんて羨ましい限りだ。チクショー!」
パルスィとナジがまたため息をつく。
ヤマメとパルスィが真面目な話をしている一方で、小傘とキスメそしてぬえは既に出来上がっていた。
「ちくしょー、村紗めー!放っておいて!って言ったら本当に放っておきやがったー!」
「分かる!ぬえっちの気持ち!船長は分かってない!妖怪の気持ちが!」
「所詮は元人間なんだよ!来るな!ってのは来て!ってことなのに、何でわからないかなー!」
「いやー分かる!分かるわー。」
顔を真っ赤にして酔っ払った小傘が、げふーっと熱い息を吐く同じく酔っ払ったぬえの肩を叩いて励ます。
キスメもしみじみと頷きながら、自分の入っている桶に酒をドボドボと入れ始め、なみなみに浸かるまで酒を桶に満たすと、さあ飲めとばかりにぬえに迫る。
「きたー!キスメ酒!これはもういくしかない!ぬえっち!」
「ぬー!」
桶に注がれた酒の中から顔を出すキスメとじっと見詰め合うぬえ。
「よし!」
気合の声と共にキスメを持ち上げて桶の中の酒を飲みだすぬえ。
「キ・ス・メ!キ・ス・メ!」
手拍子をとりながら何故かぬえではなくキスメコールをする小傘。
少し時間はかかったものの、キスメの出汁が利いたキスメ酒を見事全て飲み干すぬえは小傘とキスメの拍手喝采を浴び、どうだといわんばかりの顔でわははと笑いだす。酔っぱらったぬえは先程のめんどくさい性格は完全に消え失せていた。
「よし!ここは小傘が一肌脱ぐか!」
「いよ!小傘!」
「今日は特別私が村紗役をやったげる!ぬえっち遠慮なく甘えろ!ほれ甘えろ!」
一肌脱ぐかと聞いた時は本当に服を脱ぎだすかと思ったパルスィだが、違ったようで安心する。
「むらさー!」
小傘がそう言った途端ぬえが小傘に抱きついて泣き出す。
「ぬえー!」
二人は抱き合ってオイオイと泣き出す。
その様子を見て出遅れたとヤマメも一升瓶をラッパ飲みして、イイ出来栄えになってからキスメ酒を注文する。
流石にパルスィはこの連中の中に混ざれないと一歩引いて端っこで手酌酒に逃げるが、すぐにキスメに見つかってキスメ酒の洗礼を受ける。
ナジはその様子に苦笑しながら、一斗樽を追加した。
2時間が過ぎた頃、一人を残して酔いが覚めた者達で傭兵に参加するかどうか話し合いになっていた。
酔いつぶれているのは小傘で、普通の妖怪ならあっと言う間にアルコールを分解してしまうところを小傘は人間並みの回復力しかない。妖怪としても非力な彼女は例え傭兵に参加するにしても前線には出せないだろう。それは皆承知していた。
「私、帰りたいんだけど・・・。」
酔いが程よく冷めていつもの様子に戻ったぬえがコップ酒をチビチビやりながら、盛り上がった場に水を差す。
「村紗が心配するからか?」
ヤマメがやれやれと肩をすくめる。
「ぬえ、そうやっていつも村紗の周りにいるから、村紗は振り向いてくれないのよ?」
「そんなことないもん。」
「おいおい、色恋沙汰はパルの十八番だぞ?村紗は元人間、パルも元人間。正義はパルにある。」
珍しくヤマメがいい事を言う。ぬえも元人間という共通点がパルスィにあることに気付き話を聞く体勢になる。
「いい?ぬえの方からいつも近付いてくるって村紗はそう思い込んでるの。だからここは、少しの間つらいけど村紗の前に現れないようにするの。」
「・・・でも。」
ぬえとしては村紗と会えないのはつらい。
「我慢するのよ。3日過ぎると、あれ?ぬえが最近来ないなーって意識し始めて、5日目には村紗はぬえの身にに何かあったんじゃないかと心配して探し始めるのよ。」
押して駄目なら引いてみな作戦である。
「流石パル!経験者は語る!」
「うるさい!ヤマメ!」
「ホント?」
桶を持ちながらほっぺたをつねりあってギャーギャー騒いでいるヤマメとパルスィを尻目に目の前のキスメに問いかけるぬえ。うんうんと真顔で頷くキスメ。
「分かった・・・やってみる。」
このぬえの決断は、全員が傭兵としてこの作戦に参加するという意思表示でもあった。
「しかし、酔いつぶれる妖怪ってのも珍しいな。」
ナジは酔いつぶれて寝ている小傘をマジマジと見下ろす。
「手ー出すなよナジ!」
「化け道具に手出すほど落ちぶれちゃいないよ。」
「って言う割にはさっきから小傘ばっか見てるだろ?」
「ああ、なんつーか、似てるんだよなーあの人と・・・。」
「男が女を口説く、陳腐な手よね、それ。」
パルスィが軽蔑するような目でナジを見る。
「ナジサイテー・・・。」
コップに口をつけながらぬえもパルスィと同じ目つきでナジを見る。
「ま、待てよおい!」
「んじゃ何でそんな熱い視線で小傘を見てるんだよ?」
ヤマメが執拗に追求し、パルスィが嫉妬のオーラを出し、キスメがナジの頭の上でスタンバイし、ぬえがゲップをする。
「いやね、この子・・・小傘つったっけ?幽香さんに似てるような気がするんだよ。」
「誰だよそれ。」
「あ、お前ら知らないんだっけ?幻想郷の住人なら知らない者はいない超有名人だよ。」
自慢気に言うナジは、壁にもたれているぬえの後ろの壁に掛かっている小さな絵をひっくり返す様に言い、手を伸ばすも立たないとその絵に手が届かないぬえは、めんどくさいのでキスメを頭にのせて代わりにひっくりかえしてもらう。
絵が返るとそこには緑色の髪の女性の胸から上の肖像画が出てきた。
「この女が風見幽香?」
「ああ。」
「というか、何でそいつの絵がここにあるの?」
もっともな質問である。ナジはさも当たり前の様に言うのだが、地底組にしてみればコレに何の意味があるのかさっぱりわからない。
「何でってそりゃー魔除けに決まってるだろ?神社のお札なんかよりよっぽど効くぜ。」
「何で女の絵が魔除けになるのよ?」
風見幽香を知らない地底組には何でこれが魔除けになるのかさっぱりわからない。
「例えば盗人が入るだろ?で、絵の裏とかにへそくりがないが調べる。そこにこの絵が出たらどうなる?」
「どうなるの?」
「相手は死ぬ。」
「ええ!」
一同声を上げる。
「ってのは冗談だとしても、驚いて逃げ出すよ。間違いない。」
「そいつ、そんなに強いの?」
顔を見ただけで逃げ出すなど鬼くらいなものだろう。鬼並に強いというなら納得も出来るが。
「うちの大将は戦争中、千人隊長してたんだが、風見幽香ってのは千人隊長を千人アゴで使う化け物なのさ。」
うちの大将というのは妖酔乃瀧の主人、妖酔の事である。
「はー・・・。」
凄すぎてもう何が凄いのか分からなくなるヤマメ。戦争というのは吸血鬼戦争の事を言っているのだがそれも地底組にはさっぱりわからない。ただ、凄いという事に関してはナジの真顔で理解できた。
「んー確かに髪の色は違うけど、髪型とか顔の形はそっくりね。」
パルスィも寝ている小傘を上から覗き込んで、絵と交互に見比べて評価する。
「うーむ。」
アゴに手をあててしばし考え込むナジ。
「これは、使える!」
小傘を何に使うのか見当も付かず顔を見合わせる地底組。
全員に注目されていることも知らず、気持ち良さそうに寝ている何かに使われそうな小傘だった。
それから数時間後、藤原妹紅と別れた風見幽香本人が妖酔乃瀧を訪れ妖酔と面会し、人間の里に協力する事を宣言した。
この夜は八雲紫と八意永琳そして博麗の巫女が神社で会談し、重要な話し合いが執り行われている。
そして同夜、守矢神社に送った人間の里の計画に対してそれを正式に了承する密書が慧音の元に届いていた。
その翌日、八雲藍が守矢神社に八雲紫の親書を届け異変の協力を打診するが、この守矢神社への協力の打診。紫本人が赴いていればあるいは別の結果になっていたかもしれない。その八雲紫は同刻大天狗比良山次郎坊と面会する。
八雲紫は大局を見据え完璧な異変を演出する算段を整えつつあったが、そこに思いもよらぬ伏兵が潜んでいる事に気付かなかった。
八雲紫にとって人生最悪の異変が始まろうとしていた。