東方不死死 第42章 「蠢動」


 三賢者会議当日。
 そのようなものが冥界で行われている事など知らない香霖堂の店主森近霖之助は、早朝藤原妹紅の自宅を訪れた。
 藤原妹紅の突然の来店で霧雨魔理沙の母親、サーヤの件に関して風見幽香にも知らせていない秘密を暴かれたのだが昨日の事であるが、彼女が店を出る際に不要と置いていった何かの設計図らしきものを自らの能力で調べたところ驚くべき事実を知り、これを渡した妹紅本人に本当に不要な物なのか確認をとりたかったのである。
 しかし、藤原妹紅は不在で療養を兼ねて藤原邸で留守番をしている風見幽香から午後遅くなら戻るかもしれないと教えられ出直す事にしたのである。

「・・・さて、そろそろかな。」
 ほぼ、お得意様しか来ない香霖堂。今日もいつも通り来客は無く、日が西に傾きかけた頃に早めに閉店して再度藤原邸に向かう準備をする。
 妖怪と人間のハーフである霖之助は、妖怪の父譲りで恵まれた体躯を持っているが、空を飛んだり妖力を使って何か特別な事が出来るというわけではない。腕力は確かにあるだろうが、肉体労働は好まず頭を使う方が性に合っている。
 霖之助は温厚な人柄で里の人間と馴染み、マルキ出身で外来品の競売目録作りなどをやっている為、特に商人に対して顔が広い。
 店を出てしばらく歩き里に入るとすれ違う人から挨拶をされ、にこやかに挨拶を返す事を何度か繰り返す。
 早朝、藤原邸を訪れる際も同じルートを歩いた霖之助だが、その時はまだ朝早い為人通りがほとんど無かったが、今は何やら里が騒がしい事に気づいた。
 大通りに向かって左の南側の酒蔵の並びが騒がしいので、事情を聞こうと以前勤めていたマルキに入った。
 珍しく自分から訪ねてきた霖之助を歓迎したマルキの表番頭は茶を出して談笑しながら事情を説明する。
 どうやら酒造組合で監査が行われているらしい。

 酒造りが主要産業である博麗の里では酒蔵組合が備蓄や在庫を管理して各蔵が勝手に造酒しないように次年度の生産量を分担調整している。
 作り過ぎれば単価は安くなり卸値も小売値も下がるが、それ自体は実は大きな問題ではない。問題なのは酒代が安くなれば飲酒量も増えるというところである。
 酒量の増加と共に中毒者が増える。そうなれば里の人間、及び妖怪にも悪影響が出て、里全体の生産効率が悪くなり治安も乱れる。これを回避する為に里の酒量を一定に保っているわけである。
 蔵毎に生産量に余力を設けているので必ずどこかに空桶が出る。これを利用して密造酒、所謂闇酒を生産しないように厳しく監査をするわけであるが、多少なら大目にみるという慣例があり蔵毎に監査期間をずらして闇酒を隠していた。
 そうした事情が200年続き、今から15年程前の事。生まれなかった子どもが生まれ始め、それと同時に蔵持の長寿方が一度に大勢死ぬというちょっとした異変が起こり、どこの蔵でも同時に代替わりしたのである。生真面目な酒蔵の若旦那の一部が初めて裏帳簿の存在を知って、正義感をこじらせて一度監査し直しをすべきと組合に持ちかけたのである。
 これはもう十年以上前の事だが、この時上白沢慧音が調整役になって自主調整の時間を設けて何れ一斉監査をするという約束をしてその場を収めていた。
 元々酒の生産を里の主要産業として大規模な改革を行ったのが上白沢慧音で、実は監査逃れも慧音が暗に了承していたことで、これまでずっと上手く行っていた事なので監査やりなおしは慧音にとっても疑問だったのである。そこで慧音は各蔵が上手く酒量報告の帳尻が合う長い準備期間を設けて事を穏便にすませようとしていたわけである。
 その時何時行うかも決めていなかった一斉監査が昨日から始まったという事である。

 マルキの番台の座敷に腰だけ上げてお茶をご馳走になっていた霖之助は、番頭に事情を教えられて意外な顔をした。
「何でまた急に・・・。」
 この『酒騒動』が起こった当時マルキに勤めていた霖之助も、監査など口約束だけで結局やらないで終わるだろうと思っていた。
 若い盛は正義感が強くそうした不正を暴いて自分を高く見せたいものである。しかし、10年経って親の脛をかじっていた洟垂れ小僧から、一端の経営者になると、余分な酒も円滑な人間・社会関係を築く上で必要な潤滑油になる事を学び、いつしか監査については誰も言わなくなっていた。
「まー、一応やったって事にしておかないと、言い出した手前腰の落ちつかない連中がいるからだろう?」
「でも、一応って割には結構大掛かりじゃないですか?」
 形だけならもっと静かにやるのではと思う霖之助。
「余剰分が大量に見つかったみたいで供出させられてるみたいだな。」
「誰か処分でもされるんですか?」
「どうもその余剰分を里に還元する目的で酒祭でもしようかって話しになってる。誰もお咎め無しさ。」
「なるほど、だから監査というわりに妙な活気があったんですね。」
 この番頭は霖之助がマルキ時代からの同僚で、霖之助は長生きしているので彼が小さい頃から知っている。年は離れているが幼馴染みのようなものである。
「樽屋も儲かるしなー。」
「そうえば、槌の音も聞こえますね。」
 里に入った時から聞こえていた木を打つ音だが、どこかで家でも建てているのだろうと最初はそう思っていた。
 後で酒が飲めるとの事で、恐らく樽を加工する連中も気分はいいだろう。そう思うと遠くから聞こえるただ木を打つ音も耳に心地よく聞こえるから不思議である。
「何にしても活気が出ていいもんだ。」
 同意して、霧雨サーヤの肖像画と会い暇を乞う霖之助。

 大通りの北側の店蔵の並び沿いに東から西に歩きながら反対側の酒蔵の並びを遠巻きに見る霖之助。上白沢慧音が陣頭指揮を執っているのが見える。
 慧音は霖之助が幼少の時から、つまり約200年前から世話になっており、彼女はその時からまったく容姿が変わっていない。蔵の周囲で動いている人達も皆慧音の教え子達である。男達にとって嫁や母親よりも頭が上がらない人だろう。霖之助もそれに漏れず彼女の前では大きな体が小さく縮まってしまいそうで、特に用事が無ければ近付きたくない女性である。
 大きな身体を小さくすぼめながら、大通りを突き当たり南に曲がって藤原邸に向かおうとするところで慧音に見つかって大声で呼び止められた霖之助はバツ悪そうに頭を掻きながら彼女に近付く。酒蔵周辺は常に酒くさいが、今日は一段と匂う。酒は結構いけるほうな霖之助にとっては悪い気分ではない。
「珍しいな香霖堂が昼真っから通りをぶらぶらしているとは。」
 周囲からもいいご身分だと皮肉を言われる霖之助。たまに里に出ればいつも言われる事である。ちなみに店を持っている店主は本人の名前ではなく店名で呼ばれるが、これは店を持つ者としては箔が付いた事を意味する。しかし、店を出して間もない霖之助の場合は皮肉と捉えるところである。
「いえ、ちょっと藤原さんのところに届け物を。」
「妹紅に?」
 藤原という言葉に反応した慧音は一瞬表情と声が硬くなったが、すぐにいつもの表情に変わる。
 妹紅と香霖堂に面識があったことは慧音は、その意外な組み合わせと同時に、異変について何か協力関係にあるのだろうかと疑い、それが一瞬顔に出てしまった。
 霖之助は慧音と妹紅がとても仲が良い事は知っている。藤原妹紅の話になれば自分の事の様に嬉しそうに話す慧音の最初に見せた強張った表情が気になり脳裏に焼きついてしまう。
 具体的な事は分からないが異変が起こるということは知っている霖之助。魔理沙や魅魔、サーヤの件に関して慧音に知られたくないので、自身は異変と係わりがない事にしておきたい、つまり異変と直結している妹紅とは無関係で彼女はただの客という印象を付けておいたほうが良いと判断する。
「ちょっと注文の品を届けに行くところです。」
 霖之助は懐から紙の束をチラッと見せる。これは昨日藤原妹紅が来店し、サーヤの件に付いて取り調べを受けた後に置いていった設計図で、本当は呪符用の紙でもないし注文されてもいない。
 咄嗟の機転で設計図の紙束を呪符の材料として誤魔化す霖之助。
 妹紅が呪符を使う事を知っている慧音としては、霖之助の懐からチラッと見えた紙の束を見て店主の言葉を素直に信じる。妹紅はこれからの異変について何か準備を始めているのだろうと考え、香霖堂と妹紅の接触は異変に関する共犯性がないと確信する慧音。
 慧音と妹紅は現在離別中で、異変に対して互いに別の目的を持って行動している。今やっているこの監査がいずれ起こるであろう異変に対する慧音の策の一環であることは今誰にも知られたくない。慧音にしてみれば、ここで検査について根掘り葉掘り聞かれるのも困る。呼び止めた手前もあるが、ここはなるべく早く退散願いたい。
 実際問題として妹紅がこちらの動きに気付いて対応してきたらまずい。裏事に長けている妹紅は味方なら頼もしい限りだが敵に回すと恐ろしい存在になる。
「藤原さんも後で来るようにいいますか?」
「今こられても何もしてやれんしな・・・というか邪魔だ。」
 今丁度3時の休憩で、そこにタイミング良く霖之助が通りかかったので捕まってしまったが、そろそろ休憩も終り陽が落ちるまで今日の分の作業を終わらせなければならない。
「それよりも早く届けなくていいのか?」
「ああ、そうでした。では、また。」
「うむ、引き留めて悪かったな。」
「いえいえ。」
 お互いに腹に一物を抱えたまま、顔はにこやかに挨拶を交わし、すぐに背を向ける香霖堂の店主と寺子屋の教師。
 少しして振り向いた慧音は遠くに見える霖之助の後ろ姿に鋭い視線を投げかける。
「(妹紅も動き出している・・・そろそろなのか・・・少し準備を早めようか・・・。)」


 藤原妹紅は白玉楼での一件が終わった後、レイセンの元を離れて幽明結界の抜け幻想郷に戻った。
「妖夢・・・間違いない、あいつは・・・。」
 藤原妹紅は岩老系対妖事請負出身である。妹紅が岩老郷入りしたのが西暦914年、217歳の時である。
 西暦697年に生まれた妹紅の5年後702年に西行寺の怪が終息したが、この当時はまだ父、藤原不比等のそばにいた。
 1300年前当時の記憶は無いが岩老郷入後妖術使いとして立志を決めた西暦1162年、妹紅460歳以降、岩老郷の歴史なども学びその中で一族の先祖が天武天皇の皇統断絶に尽力した経緯や『西行寺の怪』を収めた事等を郷史として学んでいた。

 永夜異変後の不死人狩りで裏歴史上の超有名人である西行寺有子を見た時、密かに胸が躍ったものだ。当時は自分に斬りかかってきた小姓の存在は気に留めていなかったが、一族が惨殺した佐藤家に関係する人物ではないかと思い至った。
 当時の事件調書には佐藤家の屋敷内の死亡者は11人。うち3人が家の者で他は使用人等ある。ただ、当主の娘が妊娠中だったという当事者の手記が残っており、もしかしたらその水子があの魂魄妖夢ではないだろうか?
 当時の状況からしてあの事件に関わりのあった者達が無事で済む事は許されない。それは佐藤家が一番よくわかっていたらしく、佐藤家監視役が異変の終息を見計らって屋敷を襲った際、佐藤家の3人は有子の部屋で討たれるのを待っていたと記録にある。
 その時彼らは、天智の皇統に災いとならぬよう西行寺、佐藤両家諸共歴史から葬り去って欲しい事、そして天武の皇統に鉄槌を下し必ずやその血を途絶えさせるようにと遺言したという。
 それらの遺言は全て叶った事は今の歴史を見れば一目瞭然である。

 佐藤家に対して直接自分が手を下したわけはないが、実質里のトップになった妹紅としてはこの件に関して無関係、無関心ではいられない。どんな形にせよその血が残っているのは奇跡としか言いようがない。
 魂魄妖夢から見れば岩老郷は家族を殺した仇だ。その岩老郷出身でその全てを引き継いだ妹紅は、いわば岩老郷そのものといって良い。つまり、妹紅は妖夢の仇とも解釈できるはずだ。叶うならばこの命を捧げてもよいが如何せん死ねない。どうすればいいのだろうか?
 妹紅は一度幽明結界の門に振り向き一寸考える。この後の予定としては、留守中に訪れた香霖堂の店主森近霖之助と会う事である。
 しかし、戻って妖夢の様子を見るべきか・・・その身を二つに裂いて別々に行動したいが、残念ながらそれは不死身の身でも出来ない。もどかしい。
「・・・。」
 何かを決断した妹紅は、振り向いて里の方角ではなく竹林に向かって飛んだ。


 森近霖之助が再び藤原邸に訪れたのは午後の3時を過ぎた頃である。
「こんにちは、幽香さん・・・うーん、やっぱりまだ帰ってませんか?」
 庭に入って縁側に立った霖之助は、座敷で瞑想するかのように正座をしている幽香に声をかける。
「まだ帰ってないわね・・・ん?」
 片目だけ開けて返答する風見幽香だが、ここで何かに気付いた様に右手を伸ばして人指し指で霖之助を指す。
「ん?」
 気のない顔をしていた幽香が突然目をカッと見開いたかと思うと指した指先から閃光が走る。顔の右側を何かが物凄いスピードで通り過ぎたような衝撃波が霖之助を襲い、思わず仰け反って尻餅をついてしまう。
「ちょ、な、なななな、何するんですか、突然!」
 霖之助の顔をかすめて飛んだレーザー光線は当たっていれば間違いなく即死だろう。流石の霖之助も肝が冷える。幽香からこれまで受けた攻撃の数々の主なものは殴る蹴る絞めるの体術が中心で妖力や魔力を使った高出力エネルギー攻撃は受けたことがなかった。今回初めてその致死性の高い高出力レーザー光線を目の当たりにしたのである。
 恐怖のあまり汗や鼻水他変な汁が体中から溢れ出る霖之助は普段決して見せないオーバーなアクションで幽香に抗議する。
「・・・。」
 しかし、そんな霖之助を尻目に、「何で怒ってるの?」みたいな表情でキョトンとする幽香。
 かなり怒っている霖之助は幽香に直接抗議しようと縁側に寄って履き物を脱いで座敷に上がろうとするが、幽香の視線がこちらから少しずれて自分の後ろを見ている事に気付いて誰かが後ろいるのかとハッとなって振り返る。
「ドン!」
「うわ!」
 振り向こうとした瞬間誰かに突き飛ばされて地面に転げる霖之助。
「お前か幽香?今狙撃したの?」
 霖之助を突き飛ばしたのは怒りのオーラを纏った藤原妹紅だった。
 幽明結界から竹林を経由してそのまま香霖堂に向かおうとした妹紅は、里に向かって飛行し途中から里を迂回するコースを取ろうとした矢先、不意に長距離から狙撃を受け腹のど真ん中を撃ち貫かれたのである。
「そうよ。」
 他人の腹を撃ち貫いておきながら相変わらず他人事の様に涼しく言う幽香。
「てっめぇーどういうつもりだ?仕返しのつもりか?」
「何よ、人が親切でやったことにケチつけるの?」
「これのどこが親切だ?お前、また首折られたいのか?」
「は!折れるもんなら折ってみなさいよ?」
 縁側に上がり込んだ妹紅は幽香の前に立つ。その幽香も負けじと立ち上がって睨み返す。
 一触即発の事態に狼狽えた霖之助だが、藤原妹紅に会うためにわざわざ足を運んだ事を思い出して、意を決して座敷に上がって仲裁しようとする。
「表に出ろ!」
「上等!」
「ちょ、ちょっと待ってください!幽香さんも藤原さんも落ちついて!」
 間に入った何故か仲裁が得意なはずの霖之助だったが、双方から拳を同時に貰いその場に腰砕けに倒れる。この時妹紅は今倒れた大男がお目当ての霖之助であることに気付いて態度を変える。
「あ、霖之助さん・・・いつからここに?」
 鼻血を出してよろよろと上半身を上げる霖之助。
「さっきからずっといたじゃない。」
 霖之助の代わりに答えた幽香は、ひまわり柄の可愛いハンカチを取り出すと、妹紅一人を乱暴者扱いしてさも自分が心優しくか弱い女性であるかの様に振舞って霖之助の鼻血を拭いてやる。抗議の声を上げる妹紅を尻目に、同じくひまわり柄のミニポーチを出して中から柔らかいティッシュという紙を出し、捩って霖之助の鼻の穴に突っ込む。
 今誰かがここに訪れてこの状況を見たら、妹紅に殴られた霖之助を幽香が看護するという常識を捻じ曲げたような信じがたいトラウマになるシーンを見ていたことだろう。
 実際には霖之助のダメージのほとんどが向かって左にいた幽香のパンチで、顔の左側が大きく腫れてしまっている。霖之助としてはこの幽香の変わり身を突っ込んだら二次災害に遭うと判断し、言いたい事をぐっと堪えた。懸命な判断である。
「ゆ、幽香さん・・・妹紅さんに教えるなら教えるでもっとやりようがなかったんですか?」
 霖之助は幽香が妹紅を攻撃したのは香霖堂に向かおうとしてすれ違いになりかけた妹紅にそれを気付かせるためだとすぐに理解出来た。
 しかし、妹紅は不意に狙撃された事で一気に戦闘モードになってしまったため、優先順位が変わって狙撃手の無力化を最優先し霖之助の存在を後回しにしてしまったのだ。
「気付かせるのは簡単よ。派手な攻撃すればいいだけ。でもそれやったら誰かさんの頭がなくなっちゃうでしょ?」
「そ、それは・・・。」
 竹林のある南側を向いている藤原邸の縁側からは、妹紅がこちらに接近してくる様子を幽香は見る事が出来た。妹紅がそのままこちらに真っ直ぐ来ると思ったのだが、突然進路を東に変えたので、幽香は合図を送って知らせようと思い、咄嗟に妹紅の進路方向に気付く程度に派手な攻撃をしようとしたのだ。しかし、目の前には霖之助がおり、しかも妹紅は急いでいたのかスピードを出していたので、もたもたしていると射角を失ってしまう為、素早くそして霖之助が怪我をしない方法を瞬時に計算し、その手段として最も適当と思われる針の穴を通す極細レーザーで妹紅を撃ち貫いたというわけである。
「まったく・・・死んだらどうすんのよ!」
 不死身の妹紅が言っても説得力がない台詞と幽香は勝ち誇った顔。面白くない妹紅は、わざと幽香から離れた位置に霖之助を呼び、顔面を殴った事を詫びつつ早朝訪ねてきた理由を聞く。
 ようやく場が落ちついたと見て霖之助は真顔になる。しかし、左の鼻の穴に紙を丸めて突っ込み、左の頬が腫れあがっている霖之助の真顔は失礼だが可笑しい。まともに顔を見て会話できそうにないので、妹紅は一つ何かを思いつく。
 妹紅は空呪符を二枚取って、それを張り合わせ両手で挟む。ハッと気合を入れ手を放すとそれぞれの手に呪符がくっついて剥がれる。
 右手に持った側の呪符はボっと音を立てて燃え出し、妹紅の右手ごとしばらく燃える。そして左手に持った方の呪符を霖之助に差し出す。
 その呪符は白く霜が貼り見るからに冷たそうに見える。
「それ頬っぺたに貼って。腫れが引くし、冷たくて気持ちいいわよ。」
 言われた通り冷たい呪符を頬にはる。痛みがすっと取れるように冷たくて気持ちがいい。霖之助が感心した表情で妹紅と妹紅の燃える右手を見る。
「この燃えている方に熱を移動させたのよ。片方が発火するほど熱を持つなら、片方は冷たくなる。道理でしょ?」
「はー・・・熱量移動ですかー。」
 熱を発する力は、同時に熱を奪う力にも使えるのだ。

 冷えた呪符はシップ薬のように張り付かないので左手で押さえつつ、右手で懐から紙の束を取り出す霖之助。これは昨日妹紅が香霖堂に置いていった永琳の設計図である。
「藤原さん、この設計図についてどのへんまで把握しています?」
「ん?まーだいたいというか大雑把に・・・。」
「これが何かは分かりましたか?」
「恐らく兵器。それもかなり大きい。」
「なるほど・・・そこまで解っているなら問題なさそうですね・・・。」
 兵器という事とその大きさを把握していて、尚余裕の表情を浮かべている様子から、気を遣って知らせに来た事が取り越し苦労になったと少し残念に思う霖之助。そこに除け者にされた幽香が割り込んでくる。
「どのくらい大きいの?それ・・・。」
 わざわざ妹紅の背中に覆い被さって、頭越しに設計図を見る幽香。妹紅は物凄く嫌そうな顔をするが、以前の様に戦闘体勢にはならない。
「直径約42kmの球体。防御要塞ですよ。」
 さらっと仕様を言う霖之助だが、それを聞いて幽香は目玉が飛び出そうな勢いで驚きの声を上げた。
「よ、よんじゅうにきろおお?」
「ええ。」
「冗談でしょ?」
「実際現物を見ていないので何とも言えませんが、少なくとも設計仕様にはそう書かれています。わざわざ我々の解る文字で書き直されているところをみると、間違いないと思います。」
 唖然とする幽香は、下でキョトンとして見上げている妹紅を見て怒りが込み上げて、我慢できず首に腕を回して絞める仕草をする。
「あんた解ってるの?」
「何が?」
「大きさよ!」
「まーなんとなくは・・・。」
「なんとなくって、42kmよ?」
 妹紅の表情を見ていた霖之助は何か物凄く嫌な予感がしたので、念のために妹紅に聞いてみる。
「あ、あの・・・藤原さん?42kmって意味わかります?」
「さー・・・。」
 幻想郷に入ってくる物には大きく分けて2つある。向こうの世界で忘れ去られて幻になったもの。そして幻想郷に迷い込んだ人間と一緒に流入するものである。前者は『幻想郷入り』、後者は単に『流入』などと呼び分けている。
 キロメートルやキログラムという単位は『幻想郷入り』したのではなく、人間と一緒に『流入』したものにあたる。当然だが、キロメートルなどという単位は幻想郷には普及していない。
「呆れた!」
 妹紅の返答を聞いて幽香は呆れ首を絞める仕草から実際に行動に移す。
「42kmは、ここで言うところの約10里ですよ。」
 向こうの世界の距離の単位を知らない妹紅に、こちらの世界で一般的に普及している単位に変換して教える霖之助。
「は?じゅうり?そんなバカな・・・。」
 首を絞められつつ本気の絞めではなかったので意にも返さない妹紅だったが、10里という言葉を聞いて驚いたが余りにも信じがたい大きさなので、担がれていると思って信じない。
「・・・。」
 絞める力を緩めた幽香と辛うじて破壊を免れた眼鏡を掛けなおす霖之助は真顔で妹紅を見つめる。
「・・・本当なの?」
 頷く2人。
「や、やられた!畜生!おかしいと思ってたんだ!永琳がこんなものよこすなんて何か裏があると思ってたのに・・・クソ!クソ!」
 突然怒り出す妹紅は永琳が縮尺の目盛りをわざわざ書き直して『km』としていたのを『間』と勘違いしてだいぶ小さく見積もっていたのである。小さくといってもそれは今聞いた10里という距離に比べてであって、40間という大きさは、その時の感覚ではだいぶ大きいと思えたのだ。
「ここから神社まで直線で2里ってところかしら?」
「正確に計った事はありませんが、里の火の見櫓から神社の鳥居が米粒のように見えますからそのくらいですかね。8kmよりありますね。でも10km弱でしょう。」
 1里は約4kmで、人が普通にあるいて1時間かかる距離である。神社まで直線距離で歩いて2時間だが、里の東門から真っ直ぐ進む最短ルートは見通しが良くとても危険なのでこの道は計算にはいれない。里から神社までの実用ルートは魔法の森を蛇行して行くので、踏破距離と時間はほぼ倍になる。
 里を中心にすると、博麗神社、紅魔館、太陽の畑がちょうど同じくらいの距離になる。魔法の森の東西の距離は約15kmだ。
 幻想郷の土地の7割近くが妖怪の山で占められているといってよいが、東側から山の向こうは見ることは出来ず、東側の住人にとって妖怪の山の西側は未知の領域である。
 42kmという距離は守矢神社と博麗神社の地図上の直線距離とほぼ同じである。頂上付近の守矢神社から東端の博麗神社を40kmとするなら、山の裏側にもこの位裾野が広がっていてもおかしくないし、普通はそう考えるだろう。
 境界線がはっきりしていないので何ともいえないが、幻想郷の東西は最長で100kmはあるのではないだろうか。要塞の直径でいえば距離的に幻想郷の半分弱、水平投影面積にすれば四分の一程だが、これが東側に落ちれば博麗神社から守矢神社までは壊滅的被害を受けるだろう。
「こんなものが落ちてきたら・・・。」
 妹紅は生唾を飲んだ。
「天狗の方は大丈夫なんでしょうか?」
 霖之助が被害は妖怪の山まで及ぶと予想して心配する。実際、鞍馬山と愛宕山は妖怪の山の東側にあり、守矢神社を挟んで南北に領土を構えている。要塞が落ちれば守矢神社を含めて二つの大天狗領も巻き添えを喰らうのは必至である。
「この異変では既に大天狗の一人がグルよ。」
 この異変の発端は大天狗・比良山次郎坊からの要請が一つの重要な要因になっている。
「なるほど・・・そういうことか。」
 霖之助が何かに納得した様に頷く。
「どういうこと?」
 幽香の大天狗がグルという言葉に霖之助が納得の声を上げたが何を納得したのか分からない妹紅はそれを問う。
「最近、目に見えて異変の匂いがするでしょう?」
「ええ、そうね。」
 その匂いの元の半分くらいは自分かもしれないので複雑な気分の妹紅。
「にも関わらずネタに飢えているあの鴉天狗が全く顔を見せない。」
 霖之助の言葉に幽香も合点がいくという表情をする。
「これだけネタがありそうな今の状況で全く顔を見せないということは・・・。」
「既に天狗側で情報統制が入っているってことね。」
「全部かどうかはわからないけれど、恐らく東側に顔を出す落ちこぼれのウザ鴉あたりは外出禁止にでもなってそうね。」
「たしか・・・射命丸なんとか。」
 名前は咄嗟に思い出せなかったが、射命丸という名は裏の世界ではそれなりに有名な名前である。射命丸家は鞍馬山僧正坊の配下の鴉天狗で、離れた場所にいる大天狗同士の情報交換に活躍し、幻想郷に大天狗が7名入ったのも射命丸一族が情報伝達と交換に尽力した事が大きい。大天狗が設営する里は独立した存在で、他の里と積極的な交流はない。元々修業の為の共同体としての里なのでむしろ修業の邪魔になるので明確に境界線を作って自由な行き来を出来ないようにしているのだ。
 しかし、射命丸家は大天狗同士の情報ネットワークを請負い他の里に顔が効き、鴉天狗でありながらかなり位の高い家柄になっているのだ。
 射命丸家の一門である射命丸文は、幻想郷東側によく顔を見せる鴉天狗だが、これは西の妖怪の山の社会からはみ出していることを意味する。博麗の里周辺と東側界隈では天狗といえば文を指しそれなりに凄い存在のように扱われているが、天狗の社会体制を知っているものなら彼女が落ちこぼれだということはすぐにわかることだった。そもそも鴉天狗自体が厳しい修行から脱落した者の事を言うので、文は二重の意味で落ちこぼれなのである。
 幽香は文に対してかなりネガティブな印象を持っているらしい。実は妹紅もあの鴉女天狗は大嫌いで何度か殺そうとして思いとどまっている。
 そんな文ではあるが雑貨・小道具・消耗品等を香霖堂で仕入れる事が多く、霖之助にとっては数少ないお得意様の一人だったりもする。
「しかし、天狗まで巻き込んで凄まじい異変になりそうですね。」
 霖之助は半分驚き、もう半分は好奇心で言う。
「・・・最初はそうでもないと思ったんだけど・・・。」
「永遠亭が絡んで、とんでもない事になりそうね・・・。」
「この要塞について何か詳細はわかるの?」
 これを巻き込んで自爆する妹紅としては、出来るだけ詳細を知りたい。
「分かりました。この設計仕様書から分かった事はすべてお話します。」
「お願い。」

 直径約42kmの球体で、完全に防衛に特化された要塞である。
 中心部に核となる球体の中枢制御システムが存在し、それを中心に半径約20km外側に直径200m以上の六角形の炭素タングステンの超高密度鱗状外壁装甲で覆われ、更にそれらが20層に亘って重なり分厚い多重装甲層を形成している。
 中枢制御部と外壁装甲までの広大な空間には、衝撃吸収及び鱗状外壁装甲再生資源の貯蔵を兼ねた流体金属で埋まっており、重力・移動・ダメージ再生制御をする中枢制御部は、流体金属層の中に浮かんでいるイメージである。
 外壁装甲は鏡面処理された硬化メッキで覆われ、光線兵器に対して完璧な防御性能を誇り、質量兵器に対しての外壁装甲の損傷は、損耗した外壁装甲をパージして内部で新しい装甲を生成して外側に押し上げ常に装甲面を維持させる方式で対応する。
 流体層の中に分子変換されたリソースを大量に備蓄しているため、恐るべき再生力で常に外壁は最高の状態に維持される。その一方で、破壊されパージした装甲の残骸は要塞周囲を覆い、その廃棄物がデコイの役目を果たす。

 八意永琳がこの要塞を造ろうとしたきっかけは、自らが発明し納品した月の兎が兵器に転用され実際に戦争が始まってしまった事に起因する。
 蓬莱山輝夜の誕生で、月で生まれた新人類に傾倒する月の民は、同時に管理者の制御から脱却し始める。この時月の民の勢力バランスを元に戻す為に、数の少ない管理者勢力に彼らの支持母体となる別の民族を持たせる事を立案した永琳は、それに兎を利用するアイデアを出し、兎を人型に進化させる計画をはじめる。
 穢れ事に相当する動物の遺伝子操作の実験を行う抜け道として、ほ乳類である兎を鳥類に分類異動させる政治工作を行いこれを無事成功させる。
 その後輝夜の時間を操る能力を利用して進化実検を繰り返して兎の人型化に成功。従順な性格、様々なストレスに対する高耐性を実現させ月の人型兎が実用化される。
 この高性能人型兎は分類上鳥類のまま管理者に権利を移譲してしまったため、殺し、さらに食べても穢れ事、罪にならないという極めて異常な事態を招き、人類と同格の種族を創り出そうとした永琳の思惑とは裏腹に、政争に利用され軍隊として兎が増産される。
 合法的に殺しあいが出来ることで平和だった月の世界に穢れのない抗争が生まれ、これまで必要とされなかった兵器が開発されるようになり、月に戦争ブームが訪れる。
 八意永琳は兎の利用権の返還、もしくは兎のほ乳類復帰を求めたが容れられず、この暴力的な力が地上に及ばないよう、月と地上を結ぶ通路に防御要塞を構築する計画を立案実施する。
 兵器開発に関してほとんど関心がなくそれらの技術がほとんど開拓されていなかった月では、月の高い技術力がオーバーテクノロジーとなって実際に兵器を利用する兎の身体能力とのバランスが取れなかった。その為、兵器に関しては原始的な下位技術の流用でまかなっていたのである。
 永琳が真剣に兵器開発に打ち込めば恐ろしい兵器技術の数々が誕生しただろうが、永琳は月の創主の注文で特殊なクローン技術の研究開発に移行したので月の兵器技術は急激に発展することはなかった。

 月の技術を以ってすれば未知の素材を利用した装甲を作ることも可能だろう。しかし、矛盾という言葉がある通り、装甲と武器の技術的進歩は常にいたちごっこである。
 炭素タングステンという陳腐な素材が利用された理由は、月の技術が完全に兵器転用されていない時代であることと、製造コストの問題である。この要塞はコストが安く場合によっては量産も可能なのである。
 月の管理者の暴走に対するカウンターとして発動した防御要塞プロジェクトなので、急場凌ぎの感が強く、実際永琳はこれを失敗作と位置付け、無かったことにしたい汚点の一つとしている。
 当時の状況から地上の脅威は月しかない。しかし、その後に幻想郷という特異な脅威が生まれた事で、地上に対する脅威は一つだけではなくなった。その新たに発生した脅威である幻想郷から発生する大きなエネルギーが地上に及ぼす危険性が出た時、永琳の放棄していた防御要塞プロジェクトが再び発動するというわけであり、今正にそうなろうとしているのだ。

 霖之助の防御要塞に関する詳細をじっと聞いていた妹紅と幽香。
「・・・ふむ。この要塞には重大な弱点があるわね。」
 風見幽香が霖之助の説明から要塞の弱点を見つけた。
「防御しか出来ないから無視すればいいってこと。」
「それもあるけど、もっと性能的な問題。」
「ほほー、例えばどんな?」
 幽香の分析に興味をしめした霖之助。
「構造上ダメージは中心の核に集まりやすいわ。外側が硬すぎて内部に貫通したダメージが自らの固い装甲に跳ね返されて外に逃げられず内部にこもる。つまり断続的な攻撃を加えていけば中心の核が圧壊するわ。」
 妹紅は真面目な幽香の分析に意外そうな顔を向ける。
「なるほど、でも、この要塞にはそれを防止する機能がついているんです。」
「そういうのは先に言いなさいよ!」
 せっかく弱点を見つけた幽香だがすぐに霖之助に否定されてふてくされる。
「それってどんな機能?」
 幽香は霖之助の話についていけているようなのだが、妹紅としては話が難しすぎてさっぱりわからない。解るのはとてつもなく大きく硬く、そして回復力旺盛なバケモノという事だけである。
「簡単です。腹に溜まったガスが外に出るのと同じで、内部に蓄積した圧力は要塞自らが出すんです。」
「下品な例えね。」
「でも、適切な例えでしょう?」
「具体的にはどうなるの?」
「一部の装甲をパージして装甲に穴を開けて内部の圧力を外に逃がすんです。」
「パージ?」
「強制的に外すことよ。」
「なるほど・・・仮にその装甲が一時的になくなっても、どうせ後から生成して元通りに出来るってことか・・・でも、その時は攻撃のチャンスになるわね。」
「ええ、おっしゃるとおり、装甲を外して内部をさらすのはかなりのリスクになるでしょうね。でも、この要塞の用途といえばいいんでしょうか?攻撃を受ける方向が常に一方からという想定で作られているようなのです。」
「狭い通路とかか・・・。」
 狭いといっても直系42kmである。これは通路の大きさに合わせてそのサイズにしたということだろうか。背後に回れない場所ならその方向にガス抜きをすればいい。実際攻撃方向と逆方向にパージをするように出来ているらしい。
 妹紅は永琳が何故これを作ったのか考える。
 幽香は、たった今霖之助と会話していたにもかかわらず、思考に没頭して動かなくなった妹紅を見てお手上げの仕草で苦笑する。
「おや?」
 霖之助は不思議そうに妹紅と幽香を交互に見る。
「こうなったらテコでも動かないわ。」

 八雲紫の妹八雲藍の作った幻想郷の中の幻想郷。子供の落書きのような白と黒だけの世界。妹紅はそこで月の歴史の一端を知った。
 月の創主という存在は月の現状をこれ以上悪くしない為、秩序・規則・法則を作り出せる自分の力を封印しようとした。
 しかし、地上に神々の楽園が生まれたのを見て意外性という不確かな要素に興味を持ち、自らを封印するのではなく別の存在に変えて力を維持することを思いつき、月の世界を秩序と統制そして永遠に変わらない完璧な世界とし、地上を混沌と可能性に満ちた不完全と意外性の世界とする事に決めた。そして、月と地上に自らの能力を分けたそれぞれの世界を象徴する存在を与えた。それが後の混沌と変化、意外性の象徴八雲紫と秩序と維持、永遠の象徴八雲藍である。
 八意永琳は創主から一つの存在を2つにわけて能力をバラバラできる技術開発を発注し、当時独自に進めていた作業を中止した。それが月から地上への干渉を抑制する防御要塞建造である。
 これが行われのは、恐らく紀元前のはるか昔の事だろう。
 そして月面戦争から千年経った今、地上から独立した幻想郷は、地上に対する脅威の一つになった。ここで妹紅の自爆の力がスキマを通して地上に影響を与えるとするなら、それは地上に対する攻撃とみなされ永琳の防衛要塞を発動させる事になるだろう。
 事が起こってしまってから防衛活動をしても手遅れだ。その危機を何時何処でどのタイミングで計っているか確かな事は解らない。
 八雲紫はそれを運命によるもと言い、そのような非科学的なものは存在しないとする八意永琳は輝夜の見た未来を既成事実として解釈する。しかし、その永琳もいまいち持論を信じる事が出来ない。永琳はもう月の民ではなく、その防御要塞について今現在まったく把握できていないからである。

 兎に角このような巨大な物体が幻想郷に現れれば、否応なく住人は異変を共通の脅威として認識するだろう。少なくとも妖怪の山は変化を望んでいるようだ。そして、慧音も何かを企んでいる。紫は言うに及ばず異変の共犯となった永琳も何かを画策する可能性は高い。産業革命などと言い出す最近外から来た神様もこれを知れば新たなエネルギーを求めて何か企む恐れもある。
 企んでいる事については自分もそうなので他人の事をとやかく言う立場にはないが、特に親友である慧音の事が気になるところである。
 これまで魔理沙を中心に事を進め、その副産物のように吸血鬼の問題が浮上して慧音の事まで考える余裕がなかった。一段落ついた今ようやく親友の事に気を回せる余裕が出来た。
 しかし、そうは言っても魔理沙の事はあくまで下地を作っただけで、具体的な異変の段取りが見えた後、そこから魔理沙をどう組み込むかを考えなければならない。魔理沙が終わったから次は慧音という話ではない。慧音に関して首を突っ込むか無視するか、決めるなら今か?

 永遠亭はこちらの思惑通り動き、今は紫と接触しているはず。後で情報を聞き出すのは、紫よりも八意永琳の方がよいのだろうか?てゐが言うように彼女はあの敗戦で何か変わったようだ。
 この段階では紫と永琳は交渉中で、それが上手くいったかは分からない。ただ、白玉楼の門番を殺していなのなら大丈夫だろうとは思う。
「(妖夢・・・あいつ、ホントに大丈夫だろうか・・・。)」
 分け入っても分け入っても青い山。一つ山を越えればまた別の山がその前に立ちはだかる。妖夢の件も無視できない。個人としてだけではなく、一族としての責任を彼女に対して負わなければならない。
 どのタイミングで異変が始まるのか現時点では全く分からない。明日からは紫や永琳との接触を警戒せねばならないだろう。
「(今、あの二人が合っている状態なら、今は自由に動けるな・・・幽香が怪我人のフリをしていないのもそれを知って羽根を伸ばしているからか・・・。紫の監視下で私が慧音に関心を示している事を知られると紫の目が慧音に行って彼女の計画が阻止される可能性がある。慧音に関して動くなら今夜か・・・。)」
 妖夢のケアもそうだが、魔理沙の事や慧音の事、咲夜の件についてもやりたい事がまだまだたくさんある。時間が欲しい。

「ん?」
 その時誰かの笑い声を聞いたような気がしてハッとなって顔を上げる。
「やった!10分経った。私の勝ちね。」
「ははは・・・。」
「何が?」
「ん?何でもないわ。こっちのことよ、ふふ・・・。」
 妹紅は霖之助と幽香の会話の意味が咄嗟に理解出来なかった。そして2人はコソコソと話をしている。どうも酒をおごるとかおごらないの話をしているようだ。
 なるほど、考え込むと完全に思考に没頭する癖を利用してどのくらい動かないかの賭けをしていたのだ。自分をネタに賭けをされるのは腹が立つが、実際見ていて賭のネタに出来るほど変なのだろう。文句は言えない。
「は~。」
 妹紅は遊ばれた自分に幻滅してあぐらをかいた状態で溜め息をついてがっくりと肩を落とす。
「いやーそれにしてもすごい集中力ですねー。」
 妹紅のため息が自嘲気味に聞こえたので自分なりにフォローしてみるが、ギロリと睨まれ冷や汗をかく霖之助。妹紅としては恨めしく睨んだ訳ではなく落ち込んで表情が曇ったところに声を掛けられたので物凄く不機嫌そうに霖之助を見てしまったのである。妹紅は少し霖之助の顔を見て、慧音と霖之助は知り合いだった事を思い出す。
「・・・そういえば、霖之助さん。」
 妹紅は慧音に関して霖之助から情報を聞けるのではないかと思いつく。
「は、はい何でしょう?」
 妹紅の吊り上がった眉毛が下がったのでほっとする霖之助。
「ここに来る時は里を通って来たのよね?」
「ええ。」
「慧音を見かけた?」
 慧音の事を尋ねる妹紅を見て幽香は目を細める。妹紅と慧音は親友の間柄であることは幽香も知っているが、最近どうもこの2人はおかしいと感じている。尋ね方もどことなく余所余所しく、親友同士なら目と鼻の先の里に直接会いに行けばいいことである。
 幽香は慧音と妹紅が離別して、独自に行動している事は現時点では知らない。
「そういえば里の方で、酒蔵の監査をやってましたね。」
「監査?」
 幽香と妹紅が同時に尋ね返す。監査という言葉を知らないわけではない。この時期に何故そのような重要な調査をするのかという事である。
「それは慧音が?」
「ええ、里で何かある時は常に先生が指導してやってますし、今回もそうです・・・何か気になる事でも?」
 霖之助も今更の監査に疑問があるが、慧音が異変に関与している事は知らないので、慧音が監査に加わっている事に対しては当たり前という認識である。
「慧音もこの異変の事を知っているし、私とは別に独自の目的を持って行動しているわ。」
「ほほー。」
「やっぱりね。」
 霖之助に答えた言葉に幽香も納得の声を上げる。二人の間に溝の様なものを感じた理由は、異変に対してこの二人が別行動を取っているからだと幽香は納得する。
「という事は・・・。」
「この監査、偶然ってわけじゃないわね。」
 霖之助の言いかけた台詞の代わりに答える幽香。
「監査って具体的に何をするの?」
「ぶっちゃけると密造酒がないかを調べるんです。」
「密造酒?」
「生産する酒の量は組合で決めていて、どの酒蔵もだいたい生産量に余力を残しているんですよ。」
「なるほど、空いてる樽で密造酒を作ると・・・。」
「新しい銘柄の研究とかいってごまかせますし、監査などしても誰も幸せにはならないんですけどね。」
「昔そんなこと言ってた記憶はあるけど・・・何でいまさら・・・いや、今だから・・・か。」
 霊夢と魔理沙が生まれた当時は子供がまったく産まれなくなり老人がとても長生きしていた時期で、霊夢らの誕生以後は子供が産まれ出して老人がばたばたと死ぬようになった。この時長生きした老人の息子らもすでに高齢化しており、この時期二代まとめて死ぬ家もあって里の蔵持はだいぶ様変わりした。幽香はこの時期魔理沙や霊夢の面倒を見に頻繁に里に出入りしていたので、この時新しく蔵の主となった若い衆が自分達の時代だと情熱を燃やして父や祖父の代の不正を暴いて手柄にしようとやっきになる輩が少なくなかったのを覚えている。酒蔵の監査もその一環として騒がれ、当時は『酒騒動』などと呼ばれていた。
「余剰分は酒造組合ではなく商工会で管理して後で祭りでもして振る舞って済ませるような雰囲気でした。」
「酒をどこかに移すってこと?」
 事を穏便に済ませるつもりなら商工会が管理する必要はあるのだろうか?
「そうみたいです。桶屋やら大工やらが忙しく働いてましたよ。」
 それを聞いて同時に耳を澄ませる妹紅と幽香。確かに遠くから槌の音が聞こえてくる。藤原邸の縁側は南に向いているので北にある里から聞こえる音はあまりよく聞こえないのだ。
 いつの間にか三角になって顔を寄せ合って座る3人。
「妹紅、あなた慧音と喧嘩でもしてる?」
「・・・。」
 口では答えず目だけで応える妹紅。
「じゃー慧音が何を考えているかわからないってことね。」
「・・・私が調べてみましょうか?」
 霖之助が名乗りを上げる。平穏無事な日々も好きだが、こういう企みの中に身を置くのも悪くないと思う霖之助。
「霖之助さんは、ここに来る途中慧音と会って話した?」
「ええ、少し。」
「私の家に行くって言った?」
「あ、言いました。そうか、ここで私が動いたら色々と怪しまれますね・・・。」
「私が言っても駄目だろうし・・・。というか、こっちにも首を突っ込む気?」
 こっちという事に対するあっちは、魅魔の件、特に吸血鬼に対してである。魔理沙も吸血鬼も慧音にも首を突っ込んで身動きができなくなるぞと言う警告である。
「・・・突っ込むかどうか、調べてから考える。」
「大丈夫ですか?」
「まー妹紅なら潜入調査とかお手の物でしょう?」
 霖之助も幽香も慧音が何を考えているのか知りたい。
「酒を集めて、異変の後にみんなで慰労会とか・・・なーんて事はないですよね。あはは。」
 冷ややかな視線を浴びながらおどけて見せる霖之助だった。
 誰もが取るに足らない、眼中に無かった小さな勢力が水面下で蠢き始めている。