東方不死死 第39章 「三賢者会議」
白玉楼の山門の中央で仁王立ちしている魂魄妖夢。
剣は既に収めているが、拳を固く握ったまま全身からまだ怒りが抜けておらず、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
小野塚小町はそんな妖夢の後ろ姿をしばらく眺めた後、慰めようとは思うものの、かける言葉が苦言しか見つからず溜め息をついて長椅子に腰を下ろし、次に寝ころんで昼寝の続きを始める。普段なら2秒で寝つけれるところだが、妖夢の事が気になってなかなか寝る事が出来ない。
普段より空が眩しく感じられたので余計寝られず、体を起こして腰掛け直しもう一度溜め息をついた。
「(やっぱ誰かに師事して学ばないと駄目だよな・・・。)」
このまま一人で修業ごっこをしていても強くならない。
半人半霊といっても中身は明らかに人間であり、特に精神構造は妖怪、幽霊や亡霊とも全く違う。
「(しっかし、あいつ・・・なんだってあんな業を背負ってるんだ・・・。)」
死神には生死にかかわらず人の罪の大きさを知る事が出来る固有の種族能力がある。
人間は他の命を奪い食さなければ生きていけず、人間は生まれながらにして原罪ともいえる業を背負う。そうした業は必要な業であり、死神の目からは微々たるものにしかみえない。しかし、人を殺したり社会秩序を大きく乱すような罪を負った者の業は大きく禍々しく見える。
どんな凶悪な人間でも背負える業には限界があり、それ以上の業を背負えば人間ではない存在になってしまう。藤原妹紅は人間の限界をはるかに越えており、とっくに異形化していなければならない業の量である。
小町はこんな大量の業を見たのは初めてのことだし、それでいて異形化していない人間を見るのも初めてである。実際には既に羅刹化している妹紅だが、それを押し止める力を身につけていることを小町は知らない。
小町がめずらしく思考に没頭していると、ふと妖夢の様子がおかしい事に気付いてそちらに意識が向かう。
先程は剣を抜いて見えを切って妹紅を追い払った妖夢が、何かの接近に反応してジリジリと身構えながら後ずさりをしているのだ。
「ん?どうした妖夢?」
小町は立ち上がり鎌を取って小走りに向かう。
上からは見えないが階段の下に誰かがいる。そして妖夢はそれに怯えている。藤原妹紅が仕返しに来たのだろうか。
階段をゆっくりと登ってくる人影が見えた時、小町は思わず立ち止まって息を飲んだ。直接面識はないがすぐに分かった。藤原妹紅同様、寿命が見えない人物。そんな人物は幻想郷に3人しかいないはず。一人は藤原妹紅、そして、2人目と3人目は永遠亭の宇宙人。その内蓬莱山輝夜は少女の姿をしているらしい。と言うことはあれは・・・。
「(八意永琳!)」
先程八雲紫が口にした名前だ。藤原妹紅と同じ対応をしたら妖夢は殺されてしまうかもしれない。
「待て、妖夢!」
剣に手を掛け抜こうとする妖夢を大声で制止する小町だが、妖夢の動きは止まらない。
「妖夢!抜くな!抜くなあああああ!」
しかし小町の必死の制止の声は妖夢の耳に入らず、恐怖の余り身の危険を感じて防衛本能で剣を半分抜いてしまう。
剣に手をかける妖夢の存在を無視するかのように、ゆっくりと最上段まで上がり山門をくぐろうとしていた永琳は、自分に対して剣が抜かれる事を確認すると防衛行動をとらざるを得なくなり、警告として恐ろしい殺気を込めて妖夢を睨み下ろす。
その気迫と殺気で恐れをなした妖夢は、攻撃ではなく身を守るために剣を抜く。それは剣士としては余りにも稚拙な行動だった。
「(こ、殺される!)」
自らの未熟さで死を呼び込んだ妖夢は、迫り来る死を何とか討ち払おうと剣を構える。
いきなり剣を抜かれた永琳としては、これを敵対行動以外に考える事は出来ず、当然防衛の為に相手を無力化する必要があると判断する。
「やめろ!妖夢!剣を置いて謝れ!あんたも少し待ってくれ!」
今ならまだ間に合うと思った小町の制止の声が全く聞こえていない妖夢。永琳は妹紅と約束したことを忘れておらず、少し脅かして気絶でもさせようかと目の前の躾の悪い子犬を値踏みする。しかし、この時永琳も小町も考えていなかった事が起こった。
「化け物め!死ねええええええええええ!」
恐怖で半狂乱となった妖夢はそう叫んで踏み込み、上段から剣を振り下ろして永琳の左肩口から腕を切り落とし、返す剣で腰のくびれて一番細い箇所を横に薙ぎ払う。
小町は妖夢の肩に手を置こうとした瞬間、妖夢は動いてしまった。もう少し速ければ・・・。
どんなにバカでもまさか斬りつけることはないだろうと思っていた永琳。その可能性を考慮できなかったのは、妹紅との話の中で妖夢の能力をある程度自己評価をして取るにならないと決めつけていたからである。しかし、その永琳の下げた評価の更に数倍下等な行動をしてしまう妖夢。流石の永琳も予想外だったのだ。
永琳の左腕が石畳の上にぼとりと落ちると同時に鮮血が吹き出し、次に永琳の上半身は後ろに反って真っ二つに切り離され、そのまま頭から石畳に落ちた。頭が石の上に落ちる鈍い音と同時に下半身の断面から血が噴水の様に噴き出し妖夢と小町を紅く染める。
「な、何てことを・・・。」
小町が目の前の惨劇をどう始末すればいいか考える間もなく、永琳がリザレクションして完全に元の姿に戻り、石畳を汚した血溜まりも蒸発するように消える。
「まさか、斬られるとは・・・ね。」
何事も無かったかのように立っている永琳は、妖夢を残忍な表情で見下ろす。その瞬間永琳の気が爆発して放心状態の妖夢の精神を握り潰す。一瞬で心を持って逝かれた妖夢はその場で失禁してしまう。
「(やばい妖夢が殺される!)」
完全にキレた永琳は妹紅との約束を忘れ、恐怖で身動きできない妖夢の首を手刀で薙ぎ払おうと構える。
その時、違和感を感じた永琳の視界が横にスライドした。
「え?」
手が動かない。いや動かせるが目標の位置が変わって手を咄嗟にとめた。
「(首を切られた?誰が?何時の間に?)」
キレて我を失った永琳だったが、自分の首が切られて横にずれていることに気付いて一瞬で我に返る。
鋭利に切断された首が重力に逆らえず地面に落ちる瞬間左手で落ちないように支えて首を元の位置に直す。正しい位置に戻されたおかげで負傷は自動修復されてリザレクションを免れる。
目の前の抜け殻の様な妖夢に興味をなくした永琳は、自分の首を気付かれずに斬った何者かを捜す。
妖夢は永琳の放つ気で無理矢理立たされていたのか、永琳の興味が他に移ると糸が切れた操り人形の様にその場に崩れ落ちる。完全に腰が抜けているため下半身ごとすとんと真下に落ち、膝を崩した正座に一瞬だけなる。しかしバランスを崩した上半身はそのまま前に倒れ、腕は力なく落ち受け身をとる事をしない。完全に意識を失っているようだ。前に倒れた上半身は自分の太股がクッションになって頭を強く石畳にぶつけずにすんだ。
酷い匂いが周囲にたちこめているが、これは妖夢が失禁して無意識に排泄までしてしまったためである。
半人半霊のシンボルともいえる大きな魂魄はゴボウの様にしぼみ、石畳の上で陸に打ち上げられた魚の如く苦しそうにもがいている。このまま何もしなければいずれ妖夢の呼吸は止まるだろう。
永琳は繋がったばかりの首を巡らすと、すぐに大鎌を構えた死神を捉える。
「あなたがやったのね?」
生唾を飲む小町。無意識に体が動いてしまったが、攻撃した以上報復は免れない。まともに戦って勝てる相手ではないのは分かっている。首を落としたはずなのに死なないし、死んでもすぐに生き返るのだ。
「(くそ!こんなことになるなら、もっとさぼっておけばよかった・・・。)」
諦めた小町は鎌を足元に放り投げると、その場に座り込んであぐらをかき、腕を組んで好きにしろと言わんばかりに何故か威勢良く威張り出す。
「畜生め!煮るなり焼くなり好きにしろってんだ!バーロー!」
居直るというのはこうやるのだと、まるでお手本を見せるかのように、完璧に居直って見せる小町。しかし、そんあ小町の予想とは違った態度をとる永琳。
「助かったわ。ありがとう。」
「え?」
攻撃性が消えた永琳は、腹をくくった小町に何故かお礼を言う。小町には当然その意味が分からない。
生体反応が極端に弱くなった妖夢の様子を伺う永琳。危険がないと見て小町は立ち上がって永琳の後ろに立つ。
「あたなが首を斬ってくれたおかげで、頭が冷えたわ。」
「いや、どういたしまして・・・。」
屈んで妖夢の様子を診ながら背中で話しかける永淋に釈然としない様子で答える小町。
「でも、困ったわね。このまま放っておくと死んでしまうわ。」
「殺すつもりじゃなかったのか?」
「ここに来る途中、妹紅と約束したの。門番を殺さないと。」
「藤原妹紅が?」
「人間ってほんと不思議ね。家族でも友人でもない者ために必死になって命乞いするなんて・・・。」
「・・・。」
小野塚小町は藤原妹紅という人間がどんな人物かを理解できた気がした。
「(あいつの背負っている業はそういう業なのか・・・。)」
永琳は立ち上がって小町に体を向ける。
「どうやって私の首をはねたの?」
「どうやってて・・・そりゃー鎌でスパっと・・・。」
そんな事は聞かなくとも分かっている永琳。昔ならバカにされたと思って腹が立つところだったが、何故かそのとぼけ方が妹紅と重なって笑いたい気分になる。
「・・・ほんと、ここは不思議ね。今の今まであなたのことなど、全く気にも留めていなかったのに・・・まるで妹紅みたい。」
「・・・そりゃどうも。」
誉められてるのだろうか?表情を変えず謙遜する小町。
「ところで、このままだとこの子死んでしまいそう。あなた助けられる?」
「精神的にやられて、気が萎んでる・・・気をいれてやれば息を吹き返すと思うけど・・・。」
「気を入れる?」
小町から目を離し倒れている妖夢に一瞥を入れる永琳。
「それ、お願いできるかしら?」
「ああ、ちょっと上半身上げてもらえる?」
「ええ。」
小町の求めに応じて、永琳はまるで物でも掴むかのように妖夢の髪の毛を無造作に掴んでそのままぐいと上半身を無理矢理引き起こす。その動作には人間らしい温かみや優しさは微塵も無かった。小町はそれを見て一瞬文句を言おうとしたが止める。妖夢のしたことは殺されてもおかしくない行為であり、それを永琳は自分の意志か、妹紅の義理かは分からないが、助けようとしているのだ。
小町は言いたい事をぐっと抑えて妖夢の背中側に回り、両手を胸の前で合わせて気を込めてその手に集中させる。強い力が一点に集まっている様子は永琳にもわかった。
しばらく気を練り上げると、気合いの声と共に気に満ちた手を妖夢の背中に叩き込む。
バシっという大きな音とともに、妖夢の背中が反り、目を一瞬開けるがすぐに閉じてまた力なく永琳の腕に支えられる。
妖夢の外見に変化はないが、ゴボウのように縮まって活きが悪くなっていた魂魄が膨らみはじめ、宙に漂い始める。そして先程まで死体のようだった妖夢は、元々顔色が良いわけではないがほんのり紅みがさし普通に眠っているように静かに呼吸し始める。
「なるほど、そうやるのね。」
永琳は研修を受ける生徒のように小町に感心の視線を向ける。
「なぁ、あんた・・・もし、藤原妹紅に何か言われてなかったら・・・。」
「ん?そうね、何のためらいもなく殺していたでしょうね。」
「・・・申し訳ない・・・。」
小さく頭を下げる小町。
「何故、あなたが謝る必要があるの?」
「いや、あんたの首斬っちゃったし・・・それに、妖夢の事は前から気に掛けていたから、助けてやりたかったし・・・。」
首を斬られた事を思い出す永琳。気に留めていなかったせいで油断もあっただろうが、全くその動作を感知出来なかった。相当な実力を持っていると思われる。
「名前を教えてもらえないかしら?」
「あたい?あたいは小町、小野塚小町。」
外見は全く似ても似付かないが内に凄まじい力を秘めているところとは何となく藤原妹紅と被る。
その時、自分に向けられていた小町の視線が変わったのを見て振り向く永琳。
「(あれは・・・八雲藍。)」
白玉楼の建物は高床になっており、石畳の通路からは小さな階段を上がる事になる。その階段の横に履き物を並べる為の簀子縁がある。
外に大きな気の変化を感じて様子を見に来たと思われる八雲藍は、その階段を降りた簀子縁に立ってこちらを伺っていた。何かあれば飛んで来るつもりだったのだろう。
白玉楼の山門前で妖夢が完全に永琳に呑まれてしまっていた頃。
「え?ちょ、ちょと、何よ急に・・・。」
殺気に満ちた表情でジリジリとにじり寄る藤原妹紅を前に後ずさりするレイセン。
上で起こった気の爆発と妹紅との行動が連動していることは理解出来るが、それ以外の事は何も分からない。
「(なめやがって・・・ぶっ殺してやる!)」
あれほど妖夢を殺さないように頼み、更にレイセンも人質に取ったにもかかわらず、あっさりと妖夢を殺す永琳に心底腹がたった妹紅。
「(人に会いに来て人を殺したら、何にもならないだろうが!)」
恐らく永琳と紫の会見は失敗するだろう。もうじき大きな争いが起こり白玉楼は血に染まる。そして、そうなれば幻想郷は終わりである。
レイセンは、妹紅の態度が本気なのか演技なのかいまいち把握できず、引きつった笑顔をみせたまま敵意がないことを示すため手の平を見せ小さく何度も振る。仮に妹紅が本気だとしても勝てる相手ではないので既にレイセンには戦うという選択肢はない。
「う、うそよね?」
妹紅が拳をぎゅっと握りしめ、正に攻撃しようとしたその時、山頂の妖夢の気配が復活する。
「・・・。」
腕を止めた妹紅は、気を研ぎ澄ませて山頂にいる複数の気を正確に感じとる。そこに僅かながら妖夢の気が存在していることを確認する。
妹紅はレイセンに正対したままくるりと反転し背中を向ける。隙だらけだが攻撃する気はないレイセン。妖夢の様に自分と相手の強さを客観的に判断出来ないわけではない。
「(かなり小さくなったが、死んではいないな・・・。)」
妹紅は安堵してレイセンに向けた殺気を消す。
「い・・・今の何なの?」
妹紅から殺気が無くなって一安心したレイセンは、上で起こった巨大な殺気を顔色を伺いながら恐る恐る妹紅に尋ねてみる。
「お前の師匠だろ?」
妹紅の返答の仕方からいつもの妹紅に見えるが、口調からまだ警戒心が解かれていない事がわかる。
「ええ、そうだけど、何やったんだろう?ここまで来て問題起こさなければいいけど・・・。」
まるで保護者のような台詞を言うレイセン。永琳が何の為に来ているのかはしっかり把握しているようである。
妹紅は永琳の巨大な気と妖夢の小さく萎んだ気を感じるが、もう一つ大きな気が存在する事に気付く。
「(誰だ・・・紫や藍、幽々子・・・じゃないな・・・閻魔?いや、妖夢の後ろにいたあの大女か・・・。)」
大柄で大鎌を担いだ赤い癖毛の女が居たのを思い出す。その時は特に気にもしなかったが、何とかは爪を隠すというタイプなのだろうか。しかし、余計な事をして永琳に殺されても知らないぞ、と面識の無いその女性を心配する妹紅。永琳に殺すなと注文を付けたのは妖夢だけで、あの大女の事は何の条件も出していないのだ。
大女の気が小さくなると妖夢の気も回復した。あの女が何をしたのか理解する妹紅。
「あ、あの・・・妹紅?」
かしこまって何かモジモジしているレイセンから声を掛けられる。
「ん?」
「そ、その、ありがとね。」
「何が?」
急なレイセンのお礼に気が抜ける妹紅。それにしても礼を言われる事をした覚えがない。
「師匠を変えてくれて・・・。」
相変わらず変な服だなと思いながらレイセンをつま先から頭のてっぺんまで品定めするように見る。
永琳が変わってだいぶ困っているような事をてゐから聞いたが、まーあれは嬉しい悲鳴みたいなもので、内心は嬉しくてしようがないのだろう。
「お前も何か変わったんじゃないか?」
永琳の事は無視してレイセンの変化を指摘してみる。
「そうかもね・・・でもそれも妹紅のおかげかもしれない。」
「?」
先日、凄まじい妖気を放出したまま永遠亭にやってきた妹紅。そこから何かが急に動き出した。輝夜が強制跳躍したり、その後、輝夜や永遠亭の秘密を知ったり、死にそうになったり、うな丼を食べ損なったりしたお陰でようやく永遠亭の一員になることが出来たのである。
廃人に近かったレイセンが回復したのはてゐによるところが大きいが、幻想郷に落ちて彷徨っていたレイセンを一番先に発見したのが妹紅である。その妹紅がレイセンをてゐに引き渡して現在に至るわけである。
妹紅と敵対する立場ではあるが、戦いの中で憎いと思った事は一度もない。そもそも誰かを憎むという感情すらなかったかもしれないが・・・。
妹紅は上の様子が気になるのでしばらくここに留まる事にし、ただ立っているのも退屈なのでレイセンと世間話をする。
「レイセンは医者とか薬屋になるの?」
口調が丸くなる妹紅。妹紅は普段女口調だが、戦闘の時などは男口調になる。口調が女に戻ったという事は戦闘体勢を解除した事だと察知してレイセンはほっとする。
「そのつもりだけど・・・。」
「ふーん・・・。」
妹紅は少し考える。永琳をここに呼んだのは異変を正しく進める為に紫と共同作業をさせ為であるが、もう一つ、魔理沙の肉体に魂が戻れるように保護してもらいたいという目論見もある。
具体的にどんな状況になるか今の段階では予測出来ないが、そんな状況が訪れた時、この目の前にいる頼りないレイセンもせいぜい役に立ってもらおうと考える。
「レイセン。礼を言うだけなら誰にでも出来るわよね?」
少し意地悪くレイセンを睨む妹紅。
「え?それは・・・。」
今のレイセンにとってお礼の言葉以外に物として贈れる形あるものは何一つ持っていない。レイセンはその事に気付いて少しショックを受ける。長距離から狙撃して人を殺す術しか他人に自慢できる技能は持っていない。人に喜ばれる何かを作れる技術もない。師匠の手伝いやお使いすらまだ満足に出来ないのだ。
「・・・。」
シュンとするレイセン。
「もし、あなたが私に恩を返したいと少しでも思うなら、私と約束して。」
「え・・・な、何を約束すればいいの?」
「目の前の命を諦めない・・・と。」
勿論、魔理沙を助けて欲しいというメッセージである。
「・・・ど、どういうこと?」
しかし、当然ながらレイセンには妹紅の言っている意味が分からなかった。
「分からないなら、分かるまで修業をすることね。それでも分からないなら・・・今の言葉は忘れて。」
白玉楼の方では妖夢の気がだいぶ安定した。大女も特に何もされていないようだし、永琳も相変わらずだ。もう大丈夫だろう。
妹紅は、その言葉の意味を理解していない戸惑った様子のレイセンに何も言わず幽明結界の門を押す。
「あ、妹紅!待って・・・。」
レイセンも子供ではない。いちいちあーしろこーしろと指図してその通り行動させるのではなく、自分で考えて結論を出すようにしなければならない。
社会性のない単独妖怪は、何百年生きていても中身は子供と変わらない。それは妖怪としての本質と本能のまま動いているからで、内面の成長は常に社会という共同体の中で発生するストレスから生まれるのだ。ストレスを避けて自分の都合の良い選択ばかりする妖怪は一向に変化しないのである。
例えば、自分の都合だけで行動する闇を操る妖怪ルーミアは、妖精などと精神年齢は同じくらいで、よく妖精と一緒にいる事がある。その一方でミスティア・ローレライは、屋台を切り盛りし社会性を身に付け急激に精神を成長させ、付き合う妖怪の質が次第に上昇している。
レイセンは本質で言えば月のウサギであり軍人奴隷でもある。主人に対して従順で逆らわず、決して自分で判断せず命令に絶対服従するように造られている。レイセンはそんな月のウサギとしては壊れた不良品であるが、それは幻想郷の基準で言えば正常でもあるといえるのだ。
妹紅が言った意味不明の言葉は彼女にとって不快な精神的ストレスとなるだろう。だからこそいいのだ。ストレスを乗り越えた先に成長がある。
妹紅はレイセンにあえてストレスを与えるため、何も言わずその場を去ったのである。
八意永琳は、本来の目的を果たすために八雲藍の立つ白玉楼入り口に歩き始める。
気を失っているままの妖夢を守るようにそばに付き添う小町は、母屋の方からこちらの様子を窺う使用人の数名の幽霊を手招きして妖夢を母屋へ運ぶよう指示する。
白玉楼前に出る永琳に、八雲藍が用件を問う。先程の出来事などまるで無かったかのような対応である。
「本来これは魂魄妖夢の役目でしたが、私が代わりにお伺い致します。白玉楼へは庭園の見学でしょうか?建物の見学でしょうか?」
「そのどちらでもありません。私は八雲紫に会いに来ました。」
「どの様なご用件で?」
「今回の異変に件について是非聞いて欲しい事がありましたので。」
「はて、異変とは?」
一応とぼけてみる藍。
「とぼけなくても結構です。未来に起こる事は全て承知しておりますから。」
「ほう・・・それは蓬莱山輝夜の能力・・・という事ですかな?」
「その通りです。」
双方表情を全く変えずに必要な用件だけを述べ合う。端から見ると、まるで大根役者2人の棒読みの芝居を見ているようで退屈である。
「今、八雲紫は会議に出席しております。終わるまでお待ち戴けますでしょうか?」
「急ぎの用なので出来れば今すぐ取り次いで戴けませんでしょうか?」
「・・・分かりました。主催の西行寺幽々子様に伺って参りますので、少しの間ここでお待ち下さい。」
「よろしくお願いします。」
藍が礼をして建物内に向かうとその背中に永琳は礼を返す。
「会議に参加しにきたのか・・・。」
三賢者会議は、幻想郷の事を知ろうと四季映姫がたびたび有力者との会合の席を設け、その後の博麗神社の衰退と共に制度化して行き、紫が復帰した数年前から正式に『三賢者会議』と命名した。
それ以前から、三賢者会議の前身となる有力者の会合は何度も行われてきたが、今回の様な呼ばれていない者が突然来訪するという事態は初めての事である。四季映姫が参加しなかった会合もあるので、もしかしたら初めてではないかもしれないが、少なくとも小町の記憶にはない。
しばらくして戻ってきた藍に案内されて建物に入っていく永琳を母屋側の通路で見送る小町。
「一体何が起こるんだ・・・。」
今の段階では何も分からない小町は、幻想郷で起こる事に干渉できる立場ではないので深入りは出来ない。会議の方に後ろ髪を引かれるが、今は妖夢の事が心配である。数名に幽霊に担がれて母屋に入る妖夢の後に続く小町である。
八雲藍の背中、というよりほぼ全面尻尾だけの後姿を見ながら白玉楼の廊下を歩く八意永琳。
白玉楼の建物は離れ以外の主となる部分はほぼ正方形で、庭のある西側に面した廊下が開け放たれて、外から入る入り口にもなっている。
建物の西側南北に伸びる廊下は突き当たりで東西に伸びる廊下となるが、更に突き当たりで南北の廊下と交わり、四角形の一本の廊下になっている。
その廊下の中央に面した側には正方形の小さな部屋が襖で仕切られて碁盤の目の様に並んでいる。
正方形の主となる建物の南西は母屋があり、渡り廊下でつながっている。南東は小さな庭になっており、ここは白玉楼の住人の庭で、外から来る人が無許可で立ち入れる場所ではないので、この庭の存在を知らない者も多い。
東側には離れがあり、この建物は収蔵品の倉庫となっている。
北側にある離れが三賢者会議などで使う談話室になっており、ここは座敷ではなく板張りの部屋になっており、テーブルを囲んで椅子に腰掛ける形式になる。
数人だけの会議には不必要なほど広い部屋のため、部屋の中央に仕切りを立てて最低限のスペースだけにしている。
建物に案内された永琳は、靴を脱いでそのまま小さな階段を上がって西の廊下を北進し突き当たりの角で東に向かう。進行方から見て右側に常に襖が見え、北の廊下に出ると外側の壁は目の高さより少し上に採光用の横に長い天窓が一定の間隔に並んでいるだけである。北側の廊下に面した襖は水墨画で、西の庭に面した色とりどりの襖とは違った趣がある。
北側の廊下を東に向かうと中ほどで北に曲がる三叉路になり、そこを北に曲がって少し歩くと木製の両扉に突き当り、これまでの純和風の面持ちから少し変化する。
「八意永琳様をお連れしました。」
「入っていただいて。」
藍の言葉に反応して部屋の中から女性の声がする。聞き覚えのある声で八雲紫ではない声、この会議の主催西行寺幽々子の声と思われる。
扉を開けた藍の前を通って部屋に入ると、中央に仕切りで囲われた一画を見る永琳。
背後で扉を閉めた藍がその場で様子を伺っている永琳の横を進み、仕切りの一枚に手を触れると、その仕切りがドアのように開く。
「どうぞ。」
四方を完全に取り囲んでいるのだろうと理解した永琳は再び藍の前を通り囲いの中に入る。
囲いの中の中央には丸いテーブルがあり、四方に椅子が置かれ、向かって正面の北側の椅子に主催の西行寺幽々子、東に四季映姫、西に八雲紫が座っている。南の椅子が空いているがこれは八雲藍のものだろうか?しかし、囲いの外をぐるっと回って別の入り口から中に入った藍はそのまま紫の背後に立つ。
「先程は大変失礼しました・・・。」
恐らく妖夢の件だろう。幽々子は開口一番まずは謝罪をする。
「気になさらないでください。」
永琳は、幽々子の謝罪が長引きそうだと感じ、口上の途中で言葉を挟んで制する。それは無礼といっていい態度だが永琳は気にしない。言葉遊びをしにここに来たのではないのだ。
本来ならここで面倒なやりとりをして、正式に八意永琳を客として席に付いてもらうという流れになるのだが、永琳にとってはそのようなルールなど知らないし関係がないのだ。
「今日、ここに来た理由は、これを見て欲しかったからです。」
永琳は初対面の四季映姫に一瞥もくれず、幽々子にも関心を示さず、ただ紫にだけ意識を向けている。
椅子には座らず、立ったままいつの間にか手にしていた物をテーブルに置く。
それは、高台を取った杯をひっくり返した様な丸みを帯びた形をしており、裏側がテーブルにぴったりと隙間なく接しており、上面は綺麗な球面をしている。幾何学的な模様がついており、硬い金属の様な光沢を持っている。
永琳はその直径5センチほどの丸い物体を2回人差し指の爪でノックし、その後すぐに指ではじいて丸いテーブルの中心部に移動させる。
会議の参加者がその様子を固唾を呑んで見守る中、丸い物体はテーブルの中央に滑るように移動し止まると、天井方向に光を発し、その光の中に丸い物体を浮かび上がらせる。
「立体映像・・・とかいうやつね?」
紫がそれを見て永琳に尋ねる。
「ええ。今回、貴女達が引き起こす異変の中に私の作ったこの球体が割り込むイレギュラーが発生する可能性があります。」
異変の事についてはもはやとぼけてもしようがないと紫は腹をくくり、それを前提として話を進める事にした。
「その事は先に妹紅に知らせるべきではない?」
妹紅と永遠亭の接触を知らない紫は、まずは異変のもう一人の主役妹紅に話をつけるべきではないかと問う。
「知らせようとしましたが、その手段が悪かったのか相手にされず、この件は貴女に聞けと言われてここに来た次第です。」
「なるほど。」
事情を理解する紫。
自分以外の存在を完全に無視して話す八意永琳。紫は周囲の様子をチラっと観察する。
最初にあった時から普通ではないと感じていたが、単に強い弱いだけのことではなく、完全に異世界から来た存在という印象を受ける。これは紫らが得意な心理戦が通じない事を意味する。
永琳は幻想郷にそれなりに長く住んでいるので幻想郷の住人の考え方や価値観を知っており、心理戦を仕掛けて様々な情報を引き出す事が出来るが、紫は月の事をほとんど知らないのだ。何に価値を持ち、好き嫌いの基準は何かなど情報が少なすぎて、心理戦を仕掛けるカードがほとんどない。
「で、その丸い物体が異変にどのような影響を与えるのですか?」
紫の思考時間を作るために藍が口を開いて時間を稼ぐ。永琳は藍の目を見る。藍は交渉の対象と認めているようだ。
永琳は藍の言葉に反応して自身の前にコンソールを出す。コンソールは物質的なものではなく、半透明の四角形の空中に浮かぶ半透明のパネルである。魔法使いがよくこんな手品を見せるが永琳の出したコンソールも会議の参会者には同じようなものに見えた。
コンソールを操作する永琳の様子を見ながら、テーブルの上にある装置から発する光の中に浮かび上がっている映像の変化を訝しげにみる4人。
装置の上部に狭く絞られていた光は扇を開くように広がっていき、テーブルの板面と平行になるまでその光は広がっていく。それと同時に球体の映像も拡大されていき、それは天井の方向へと移動し、球体の三分の一が天井にめりこんでしまう。もちろん、それは物体ではなく幻影なので建物を破壊することはない。
会議の参加者はその球体を凝視して上の方を向いていたが、別の何かに気付いてテーブルの上に注意を促す藍。
「紫様・・・あ、あれを。」
球体が上に行くにしたがって下のテーブル面から何かが別の物体が出てくる。それが何かは最初誰も分からなかったが、次第に現れるそれが何かを理解したとき全員が驚いて言葉を失った。
「これは、幻想郷?」
「はい、幻想郷の東側を縮小させた立体映像と、この球体の大きさの比較です。」
人間の里を中心に魔法の森、太陽の畑、博麗神社、迷いの竹林などが正確に映し出されている。空を飛べる幻想郷の住人ならこれはすぐに何か理解出来る。
「これは・・・。」
「この防御要塞は、元々月の軍勢が地上に向かうのを防ぐ目的で造ったものです。」
防御要塞というキーワードが出る。名前からして物騒なものだというのは分かる。
「防御要塞?地上を守るために?なぜ?どういうこと?」
月の民が月を守るならわかるが、月の民が地上を守る意味が理解出来ない紫。
「月は穢れ無き世界ですが、それは地上が穢れている事で成り立っている世界でもあるのです。月がなくなっても地上に影響はあまりありませんが、地上がなくなると月に穢れが来るので月の民はみな死んでしまいます。私が月にいた当時、地上から月への侵攻は考えられず、月の脅威となりうる存在は月の民自身だったのです。」
「なるほど、私はそんなことも知らずに、月に侵攻してしまったのね。」
月面戦争の事を紫は言ったが、永琳がこの要塞を作ったのはそれよりはるか昔の事である。そして、永琳らは月面戦争当時には既に地上にいた。
「防御システムが動作する条件は、地上に対してという事です。貴女は支えきれなくなった妹紅の力を地上に逃がすつもり・・・ではないですか?」
「ええ、その通りよ。」
紫は素直に答える。
地上に対する脅威は月を限定していたわけではない。地上に対するあらゆる攻撃と脅威がその対象なのだ。地上にいる不死鳥が地上で転生するなら何の問題もない。しかし妹紅の自爆のエネルギーを地上に逃がす事は、幻想郷からの地上に対する破壊行為と同じである。それが永琳の防御システムを起動させてしまうという結果を生み出したのだ。
八雲紫はもはや駆け引きなどくだらない考えはやめた。そんなものが通じる相手ではない。
防御要塞の直径は約40km。これは里と神社までの距離の4倍以上だ。
幻想郷の外縁は流動的ではっきりとした境界がないので正確な距離は八雲藍も把握しきれない。幻想郷の土地の7割弱が妖怪の山の領域で占められているが、その防御要塞との比率からおおよその距離を計算すると幻想郷の東西は約70~80km程だろう。つまり、この防御要塞は距離で言えば幻想郷の約半分、面積でいうと約四分の一を占める事になり、こんなものが幻想郷に落ちたらとんでもない事になる。
四季映姫がそれを聞いた時、離席を宣言して許可を取る前に背後の仕切りドアから外に出る。
これは永琳が挨拶なしに紫と話を始めた事と同様、無礼な行為ではあるのだが、もはやこの席にそのようなルールは不要だろう。この会議は既に三賢者会議ではなく、八意永琳と八雲紫の2者面談のようなものになってしまったのだ。
「途方もない話で、私の手には負えませんね・・・。手に負える範囲で出来ることをしましょう。」
談話室から出た四季映姫。口を挟めそうにない話になったのでこの機を利用して妖夢の様子を見に行くことにしたのである。
「この異変は止められないのでしょうか?あなたが手を引けばすべて丸く収まると思いますが。」
永琳はまず、防御要塞の脅威を見せ、その上で異変そのものを見直す意思があるか、紫の心境変化がないか探りを入れる。
「無理ね。この異変は妹紅の異変よ。妹紅があなたをここに寄こしたということは、止める気は更々無いということではなくて?」
妹紅が永琳を打ち破った動機が、異変の中断の意思がない事を示すものだとするなら、もはや永琳も異変を行う事を前提として話を進めなければならないだろう。
「・・・。」
完全に紫と永琳の場となった三賢者会議で蚊帳の外になってしまった西行寺幽々子は、妖夢の事が心配でしかたがない。
先程の妖夢と永琳とのやりとりは紫がスキマでその様子を見ており、その後妖夢は無事であることは知らされている。しかし、それでも安心はできなかった。
それを察して四季映姫が様子を見に席を外してくれたのは有難い事である。
「では、この要塞を破壊するしかありませんね。」
「・・・あなたが作ったものでしょ?壊すのは簡単ではなくて?」
何か自爆装置のようなものがないか尋ねる紫。
「この要塞について先に言っておかなければならないことがあります。」
「何?」
「この要塞は、設計はして製造するプラントやリソースは確保しておりますが、まだ製造はしておりません。少なくとも私はその完成を見ていないのです。」
「!・・・それはどういうこと?」
「姫の見たビジョンは間違いはないでしょう。そこに作った覚えが無い要塞が存在する。それの意味するところは、誰かが勝手に作ったか、それとも・・・。」
「それとも?」
「非科学的な事を言いたくはありませんが、何か別の力が掛かっている・・・とか?」
永琳は理解不能な摩訶不思議な力など信じてはいない。しかし、幻想郷は謎が多い。八雲紫が何か隠しているかもしれないため、永琳はカマをかけてみる。
「それは運命・・・かもしれないわね。」
「運命?」
意外な言葉が間髪いれず出てくるが、運命などという存在を信じろというのだろうか?永琳にとって運命など眉唾もいいところで、露骨に眉をしかめて見せる。
「運命が存在し、それを操れる存在がいる・・・なんて聞いて貴女は信じる?」
「俄かに信じられませんが・・・それが幻想郷にはあると?」
「レミリア・スカーレットは知ってるでしょ?」
「ええ、でももし、運命が自在に操れるというのが本当なら世界はもっとマシになっているのでは?」
その言葉を聞いて八雲紫は声を出して笑う。それはレミリア・スカーレットという存在に対する侮辱である。
「ふふ、もし、その力があなたにあれば世界はもっとマシになっているかもしれないわね。でもあの子は永遠の子供のまま。自分の力の使い方を知らないだけもしれないわ。」
「子供のまま不確かな力を適当に使いはじめたらそれこそ危険では?」
「そうね。」
「・・・。」
つかみ所のない紫の態度に永琳も困惑する。しかし、同時に興味も湧く。今までなら不快になるところであるが、永琳は一先ず現実を受け入れてそれを後から分析するというやりかたを覚えた。
輝夜の力は未来を直接見て、滅びの原因となる人物、事件を未然に処理し、それによって未来を変える事が出来る。これも運命を変える力といえばそうなのかもしれない。
永琳は不快な言葉『運命』について結論を保留する。ここで全否定するための理論を展開しても意味がない。
先程言った様に防御要塞については段取りはしたが、製造は途中で止めている。しかし、急な予定変更だったので記憶がいまいち定かではない。永琳が出奔後に部下の誰かが引き継いだ可能性など、要因はいくらでも思いつくし、確率論から断定してしまうことも出来る。
「運命については私も良く分からないの。でも言葉や理屈では説明出来ない事が現実に起こっている。止めたくても異変が止められないのよ・・・。」
「・・・。」
時代の流れには時にそのような止められない潮流が生まれるのは知っている。大衆心理が事態を後戻りさせることを拒み、時代を押し流すのだ。それを後付として運命だったと言う事は出来る。
事が済んでから歴史家の視点で要因を後付け出来るが、現在進行形で事を体験している当事者は常に五里霧中である。自分は今その潮流に呑まれ溺れそうになっているのだろうか?これまで歴史を作る側だった自分が、歴史の流れの只中に居るとするなら、これは貴重な体験かもしれない。しっかり記録しておきたいと思う永淋である。
「レミリア・スカーレットの能力が本物かどうかも興味がありますね。」
「それもあるし、危険な存在なら異変のどさくさで処分することも出来るわ。」
微動だにせず話を聞いていた幽々子が一瞬目を開けてまた閉じる。
「要らない者を棄てる廃棄処分・・・それなら私もこの異変を利用したいですね。」
「何を処分したいの?」
「この防御要塞です。これは思いつきで作った感が強く、つまりは失敗作です。出来ればこんなものは処分したい。」
天才故に半端な作品は残したくないのだ。
「あら、奇遇ね。私もスキマ爆弾を処分したかったのよ。」
「スキマ爆弾?なるほど、その爆弾を使って妹紅の力を外に逃がす作戦だったと?」
「察しがいいわね。」
「それならこの異変は共犯という関係になれますね。」
ニヤリとする永琳。
「それにはまずその要塞の仕様を教えてもらわないとね。妹紅の火力でも完全に破壊できない代物でしょ?ソレ。」
「もちろんです。そのために来たのですから・・・。」
永琳はそう言ってポケットから小さな薄いカードのようなものを取り出してテーブルに置く。そして、そのカードを先程の様に指で2度ノックする。すると、折りたたんだ紙が元通りに展開するようにパタパタを開いて永琳の手前の方向に風呂敷大に広がると今度は逆再生するように折りたたまれていき、小さな箱型に変化する。
その箱の蓋を開けた永琳は、その中から分厚い書類を取り出しそれを手渡す動作をする。
すぐに紫の後ろに居た藍が歩み寄ってそれを両手で受け取り紫に手渡す。
「これは?」
「いわゆる設計図です。こちらの言葉に翻訳してありますので読めば分かると思います。」
その後永琳は大雑把に説明する。要塞の中核部分を非常に強力な再生機能のある装甲で厚く覆われており、妹紅の力ではそこまでしか破壊できない事が、輝夜の強制跳躍で判明している。コアを破壊するにはトドメの一撃を与えなければならないのだ。
「なるほど・・・うん・・・そうね。なんとかなりそうね。」
説明を受け設計図をざっと読む紫は、溢れる様にアイデアが浮かんでくる。吸血鬼の問題も含めて異変のシナリオが頭の中で構築されていく。
紫は様々な状況を考えて複数のシナリオを既に用意していた。それを新しい情報と照らし合わせて再考して組み直していく。それと同時に必要な人材、その人材をどのような手段で仲間に引き入れるかなど、綿密な計画スケジュールも同時に詰めていく。それは文字通り天才のなせる技といえる。
紫は立っている永琳を近くに呼んで席に着かせ、今組み上げたシナリオを藍と共に聞かせ、意見を聞きながら細かい部分を修正する作業に入る。
今回の異変、まだ名前は決まっていないが、そのシナリオはほぼこの時作成された。
永琳は、八雲紫や藍を少し見くびっていたようだ。炎熱地獄の中にある要塞コアにトドメを刺す『スキマ砲』のアイデアは素晴らしい。
「問題は弾丸ですが・・・。」
スキマ砲の主役となる藍がポツリと呟く。
「破壊力のある強力なレーザーを発射できる人材といえば・・・風見幽香、八坂神奈子あたりですか?」
幻想郷の人材に詳しくない永琳が様子を伺うように答える。
「八坂神奈子ら守矢神社には別の役目を考えているわ。それに・・・いえ、それと風見幽香は今療養中で無理ね。」
守矢神社について紫が何か言葉を濁らせたが、その事だけを記憶に留めこの場は聞き流す永琳。
「療養中・・・私が何とかしましょうか?」
医者である永琳が治療を申し出るが、紫と藍は顔を見合わせ肩をすくめる。
「幽香は恐らく貴女の世話にはならないでしょう。」
医者とか神主など、職者が大嫌いな幽香である。
「・・・では、どうします?」
「妹紅の、恐らくなるであろう炎熱地獄を貫通できる無属性の攻撃を撃てる存在は、幻想郷では3人だけ。一人は今は亡き魅魔。一人は療養中の風見幽香。そしてもう一人は・・・。」
「もう一人は・・・あ、あの娘ですか?」
3人は互いに顔を見合わせる。不安・期待を含んだ複雑な表情で・・・。
八意永琳を見送った八雲紫と藍は山門の前で彼女の姿が見えなくなるまでそのまま並んで立ったまま会話を続けていた。
異変の段取りが一段落すると話題は妖夢に移る。
「妖夢は大丈夫かしらね?」
「まさかこんな事になるとは・・・。」
紫の心配そうな言葉に首を振って永琳の来訪を振り返る藍。
結果として永遠亭との事実上の同盟関係という最良を得たが、その代償として妖夢が犠牲になったようなものである。
「策を弄した側としては、なんとも後味が悪いですね。」
妖夢にお灸をすえるつもりだった藍だが、危うく殺してしまうところだった。手を下したのは永琳だとしても妹紅を帰らせた事が結果として妖夢の行動に一定のベクトルを与えて選択肢を狭めてしまったのだ。妹紅を追い払った以上、同じ不死人である永琳も追い払わなければならないと考えるのは当然だろう。
「あなたのせいではないわ。むしろあの策のお陰で妖夢は助かったと見るべきよ。」
「・・・ありがとうございます。」
フォローする紫に礼を言う藍。実際問題として藍の策は幽々子を騙すものであったが、結果として妖夢を救う結果となった。妹紅と永琳との間で取り交わされた一種の取引が妖夢を救ったとも言える。あのまま妹紅を通した後に永琳が来た場合、この時の妖夢の命を守る義理は永琳にはない。
「幽々子も大変ね・・・。」
「幽々子は第三者の立場で物事を客観的に見れる時はすさまじい洞察力と行動力を発揮しますが、事身内に関しては甘いですからね。」
本人が居ないので幽々子と呼び捨てする藍。
「幽々子は生前の記憶はないし、当然人の親にもなったこともない。なった事があっても忘れているでしょう。その幽々子が誰かの人生に責任が持てるわけがないわ。」
「妖怪ならひとり立ちしてなんぼですが、妖夢は半霊といっても中身は人間ですからね。」
「半霊の意味を知っている幽々子は敢えてそれを教えていない。妖忌の轍を踏ませないようにね・・・。」
「妖忌の件は仕方ないでしょう。」
「妖忌に引導を渡した私としてはなんとも・・・。」
「幽々子は再び紫様という親友と巡り逢えた。そうさせる為に道を譲ったのは他でもない妖忌ですよ。」
「ふふ、でも、そう簡単に割り切れるものではないわ。」
しばしの沈黙。
「今の妖夢に必要なのは、友人よりも親なのかもしれませんね。」
「幽々子では役不足・・・ということね・・・。」
普段飄々としている幽々子は、妖夢を振り回している様で、妖夢という花の周囲を舞う蝶のような存在ともいえる。或いは妖夢という蝶が幽々子という花から離れないように糸で結びつけていると言った方が適当だろうか。
「いっそのこと、幽明結界を閉じてしまったほうがいいのかしらね。」
「この件で幽々子が何もしなければそうしたほうがよろしいかと。」
「・・・分かったわ。ここは藍の言葉に従いましょう。」
話の終わった2人は、自分達の名前を呼んで近付いてくる小町に振り返り建物の方に歩き出した。
三賢者会議は終わった。しかし、白玉楼の、妖夢の一日はまだ終わっていない。
白玉楼の山門の中央で仁王立ちしている魂魄妖夢。
剣は既に収めているが、拳を固く握ったまま全身からまだ怒りが抜けておらず、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
小野塚小町はそんな妖夢の後ろ姿をしばらく眺めた後、慰めようとは思うものの、かける言葉が苦言しか見つからず溜め息をついて長椅子に腰を下ろし、次に寝ころんで昼寝の続きを始める。普段なら2秒で寝つけれるところだが、妖夢の事が気になってなかなか寝る事が出来ない。
普段より空が眩しく感じられたので余計寝られず、体を起こして腰掛け直しもう一度溜め息をついた。
「(やっぱ誰かに師事して学ばないと駄目だよな・・・。)」
このまま一人で修業ごっこをしていても強くならない。
半人半霊といっても中身は明らかに人間であり、特に精神構造は妖怪、幽霊や亡霊とも全く違う。
「(しっかし、あいつ・・・なんだってあんな業を背負ってるんだ・・・。)」
死神には生死にかかわらず人の罪の大きさを知る事が出来る固有の種族能力がある。
人間は他の命を奪い食さなければ生きていけず、人間は生まれながらにして原罪ともいえる業を背負う。そうした業は必要な業であり、死神の目からは微々たるものにしかみえない。しかし、人を殺したり社会秩序を大きく乱すような罪を負った者の業は大きく禍々しく見える。
どんな凶悪な人間でも背負える業には限界があり、それ以上の業を背負えば人間ではない存在になってしまう。藤原妹紅は人間の限界をはるかに越えており、とっくに異形化していなければならない業の量である。
小町はこんな大量の業を見たのは初めてのことだし、それでいて異形化していない人間を見るのも初めてである。実際には既に羅刹化している妹紅だが、それを押し止める力を身につけていることを小町は知らない。
小町がめずらしく思考に没頭していると、ふと妖夢の様子がおかしい事に気付いてそちらに意識が向かう。
先程は剣を抜いて見えを切って妹紅を追い払った妖夢が、何かの接近に反応してジリジリと身構えながら後ずさりをしているのだ。
「ん?どうした妖夢?」
小町は立ち上がり鎌を取って小走りに向かう。
上からは見えないが階段の下に誰かがいる。そして妖夢はそれに怯えている。藤原妹紅が仕返しに来たのだろうか。
階段をゆっくりと登ってくる人影が見えた時、小町は思わず立ち止まって息を飲んだ。直接面識はないがすぐに分かった。藤原妹紅同様、寿命が見えない人物。そんな人物は幻想郷に3人しかいないはず。一人は藤原妹紅、そして、2人目と3人目は永遠亭の宇宙人。その内蓬莱山輝夜は少女の姿をしているらしい。と言うことはあれは・・・。
「(八意永琳!)」
先程八雲紫が口にした名前だ。藤原妹紅と同じ対応をしたら妖夢は殺されてしまうかもしれない。
「待て、妖夢!」
剣に手を掛け抜こうとする妖夢を大声で制止する小町だが、妖夢の動きは止まらない。
「妖夢!抜くな!抜くなあああああ!」
しかし小町の必死の制止の声は妖夢の耳に入らず、恐怖の余り身の危険を感じて防衛本能で剣を半分抜いてしまう。
剣に手をかける妖夢の存在を無視するかのように、ゆっくりと最上段まで上がり山門をくぐろうとしていた永琳は、自分に対して剣が抜かれる事を確認すると防衛行動をとらざるを得なくなり、警告として恐ろしい殺気を込めて妖夢を睨み下ろす。
その気迫と殺気で恐れをなした妖夢は、攻撃ではなく身を守るために剣を抜く。それは剣士としては余りにも稚拙な行動だった。
「(こ、殺される!)」
自らの未熟さで死を呼び込んだ妖夢は、迫り来る死を何とか討ち払おうと剣を構える。
いきなり剣を抜かれた永琳としては、これを敵対行動以外に考える事は出来ず、当然防衛の為に相手を無力化する必要があると判断する。
「やめろ!妖夢!剣を置いて謝れ!あんたも少し待ってくれ!」
今ならまだ間に合うと思った小町の制止の声が全く聞こえていない妖夢。永琳は妹紅と約束したことを忘れておらず、少し脅かして気絶でもさせようかと目の前の躾の悪い子犬を値踏みする。しかし、この時永琳も小町も考えていなかった事が起こった。
「化け物め!死ねええええええええええ!」
恐怖で半狂乱となった妖夢はそう叫んで踏み込み、上段から剣を振り下ろして永琳の左肩口から腕を切り落とし、返す剣で腰のくびれて一番細い箇所を横に薙ぎ払う。
小町は妖夢の肩に手を置こうとした瞬間、妖夢は動いてしまった。もう少し速ければ・・・。
どんなにバカでもまさか斬りつけることはないだろうと思っていた永琳。その可能性を考慮できなかったのは、妹紅との話の中で妖夢の能力をある程度自己評価をして取るにならないと決めつけていたからである。しかし、その永琳の下げた評価の更に数倍下等な行動をしてしまう妖夢。流石の永琳も予想外だったのだ。
永琳の左腕が石畳の上にぼとりと落ちると同時に鮮血が吹き出し、次に永琳の上半身は後ろに反って真っ二つに切り離され、そのまま頭から石畳に落ちた。頭が石の上に落ちる鈍い音と同時に下半身の断面から血が噴水の様に噴き出し妖夢と小町を紅く染める。
「な、何てことを・・・。」
小町が目の前の惨劇をどう始末すればいいか考える間もなく、永琳がリザレクションして完全に元の姿に戻り、石畳を汚した血溜まりも蒸発するように消える。
「まさか、斬られるとは・・・ね。」
何事も無かったかのように立っている永琳は、妖夢を残忍な表情で見下ろす。その瞬間永琳の気が爆発して放心状態の妖夢の精神を握り潰す。一瞬で心を持って逝かれた妖夢はその場で失禁してしまう。
「(やばい妖夢が殺される!)」
完全にキレた永琳は妹紅との約束を忘れ、恐怖で身動きできない妖夢の首を手刀で薙ぎ払おうと構える。
その時、違和感を感じた永琳の視界が横にスライドした。
「え?」
手が動かない。いや動かせるが目標の位置が変わって手を咄嗟にとめた。
「(首を切られた?誰が?何時の間に?)」
キレて我を失った永琳だったが、自分の首が切られて横にずれていることに気付いて一瞬で我に返る。
鋭利に切断された首が重力に逆らえず地面に落ちる瞬間左手で落ちないように支えて首を元の位置に直す。正しい位置に戻されたおかげで負傷は自動修復されてリザレクションを免れる。
目の前の抜け殻の様な妖夢に興味をなくした永琳は、自分の首を気付かれずに斬った何者かを捜す。
妖夢は永琳の放つ気で無理矢理立たされていたのか、永琳の興味が他に移ると糸が切れた操り人形の様にその場に崩れ落ちる。完全に腰が抜けているため下半身ごとすとんと真下に落ち、膝を崩した正座に一瞬だけなる。しかしバランスを崩した上半身はそのまま前に倒れ、腕は力なく落ち受け身をとる事をしない。完全に意識を失っているようだ。前に倒れた上半身は自分の太股がクッションになって頭を強く石畳にぶつけずにすんだ。
酷い匂いが周囲にたちこめているが、これは妖夢が失禁して無意識に排泄までしてしまったためである。
半人半霊のシンボルともいえる大きな魂魄はゴボウの様にしぼみ、石畳の上で陸に打ち上げられた魚の如く苦しそうにもがいている。このまま何もしなければいずれ妖夢の呼吸は止まるだろう。
永琳は繋がったばかりの首を巡らすと、すぐに大鎌を構えた死神を捉える。
「あなたがやったのね?」
生唾を飲む小町。無意識に体が動いてしまったが、攻撃した以上報復は免れない。まともに戦って勝てる相手ではないのは分かっている。首を落としたはずなのに死なないし、死んでもすぐに生き返るのだ。
「(くそ!こんなことになるなら、もっとさぼっておけばよかった・・・。)」
諦めた小町は鎌を足元に放り投げると、その場に座り込んであぐらをかき、腕を組んで好きにしろと言わんばかりに何故か威勢良く威張り出す。
「畜生め!煮るなり焼くなり好きにしろってんだ!バーロー!」
居直るというのはこうやるのだと、まるでお手本を見せるかのように、完璧に居直って見せる小町。しかし、そんあ小町の予想とは違った態度をとる永琳。
「助かったわ。ありがとう。」
「え?」
攻撃性が消えた永琳は、腹をくくった小町に何故かお礼を言う。小町には当然その意味が分からない。
生体反応が極端に弱くなった妖夢の様子を伺う永琳。危険がないと見て小町は立ち上がって永琳の後ろに立つ。
「あたなが首を斬ってくれたおかげで、頭が冷えたわ。」
「いや、どういたしまして・・・。」
屈んで妖夢の様子を診ながら背中で話しかける永淋に釈然としない様子で答える小町。
「でも、困ったわね。このまま放っておくと死んでしまうわ。」
「殺すつもりじゃなかったのか?」
「ここに来る途中、妹紅と約束したの。門番を殺さないと。」
「藤原妹紅が?」
「人間ってほんと不思議ね。家族でも友人でもない者ために必死になって命乞いするなんて・・・。」
「・・・。」
小野塚小町は藤原妹紅という人間がどんな人物かを理解できた気がした。
「(あいつの背負っている業はそういう業なのか・・・。)」
永琳は立ち上がって小町に体を向ける。
「どうやって私の首をはねたの?」
「どうやってて・・・そりゃー鎌でスパっと・・・。」
そんな事は聞かなくとも分かっている永琳。昔ならバカにされたと思って腹が立つところだったが、何故かそのとぼけ方が妹紅と重なって笑いたい気分になる。
「・・・ほんと、ここは不思議ね。今の今まであなたのことなど、全く気にも留めていなかったのに・・・まるで妹紅みたい。」
「・・・そりゃどうも。」
誉められてるのだろうか?表情を変えず謙遜する小町。
「ところで、このままだとこの子死んでしまいそう。あなた助けられる?」
「精神的にやられて、気が萎んでる・・・気をいれてやれば息を吹き返すと思うけど・・・。」
「気を入れる?」
小町から目を離し倒れている妖夢に一瞥を入れる永琳。
「それ、お願いできるかしら?」
「ああ、ちょっと上半身上げてもらえる?」
「ええ。」
小町の求めに応じて、永琳はまるで物でも掴むかのように妖夢の髪の毛を無造作に掴んでそのままぐいと上半身を無理矢理引き起こす。その動作には人間らしい温かみや優しさは微塵も無かった。小町はそれを見て一瞬文句を言おうとしたが止める。妖夢のしたことは殺されてもおかしくない行為であり、それを永琳は自分の意志か、妹紅の義理かは分からないが、助けようとしているのだ。
小町は言いたい事をぐっと抑えて妖夢の背中側に回り、両手を胸の前で合わせて気を込めてその手に集中させる。強い力が一点に集まっている様子は永琳にもわかった。
しばらく気を練り上げると、気合いの声と共に気に満ちた手を妖夢の背中に叩き込む。
バシっという大きな音とともに、妖夢の背中が反り、目を一瞬開けるがすぐに閉じてまた力なく永琳の腕に支えられる。
妖夢の外見に変化はないが、ゴボウのように縮まって活きが悪くなっていた魂魄が膨らみはじめ、宙に漂い始める。そして先程まで死体のようだった妖夢は、元々顔色が良いわけではないがほんのり紅みがさし普通に眠っているように静かに呼吸し始める。
「なるほど、そうやるのね。」
永琳は研修を受ける生徒のように小町に感心の視線を向ける。
「なぁ、あんた・・・もし、藤原妹紅に何か言われてなかったら・・・。」
「ん?そうね、何のためらいもなく殺していたでしょうね。」
「・・・申し訳ない・・・。」
小さく頭を下げる小町。
「何故、あなたが謝る必要があるの?」
「いや、あんたの首斬っちゃったし・・・それに、妖夢の事は前から気に掛けていたから、助けてやりたかったし・・・。」
首を斬られた事を思い出す永琳。気に留めていなかったせいで油断もあっただろうが、全くその動作を感知出来なかった。相当な実力を持っていると思われる。
「名前を教えてもらえないかしら?」
「あたい?あたいは小町、小野塚小町。」
外見は全く似ても似付かないが内に凄まじい力を秘めているところとは何となく藤原妹紅と被る。
その時、自分に向けられていた小町の視線が変わったのを見て振り向く永琳。
「(あれは・・・八雲藍。)」
白玉楼の建物は高床になっており、石畳の通路からは小さな階段を上がる事になる。その階段の横に履き物を並べる為の簀子縁がある。
外に大きな気の変化を感じて様子を見に来たと思われる八雲藍は、その階段を降りた簀子縁に立ってこちらを伺っていた。何かあれば飛んで来るつもりだったのだろう。
白玉楼の山門前で妖夢が完全に永琳に呑まれてしまっていた頃。
「え?ちょ、ちょと、何よ急に・・・。」
殺気に満ちた表情でジリジリとにじり寄る藤原妹紅を前に後ずさりするレイセン。
上で起こった気の爆発と妹紅との行動が連動していることは理解出来るが、それ以外の事は何も分からない。
「(なめやがって・・・ぶっ殺してやる!)」
あれほど妖夢を殺さないように頼み、更にレイセンも人質に取ったにもかかわらず、あっさりと妖夢を殺す永琳に心底腹がたった妹紅。
「(人に会いに来て人を殺したら、何にもならないだろうが!)」
恐らく永琳と紫の会見は失敗するだろう。もうじき大きな争いが起こり白玉楼は血に染まる。そして、そうなれば幻想郷は終わりである。
レイセンは、妹紅の態度が本気なのか演技なのかいまいち把握できず、引きつった笑顔をみせたまま敵意がないことを示すため手の平を見せ小さく何度も振る。仮に妹紅が本気だとしても勝てる相手ではないので既にレイセンには戦うという選択肢はない。
「う、うそよね?」
妹紅が拳をぎゅっと握りしめ、正に攻撃しようとしたその時、山頂の妖夢の気配が復活する。
「・・・。」
腕を止めた妹紅は、気を研ぎ澄ませて山頂にいる複数の気を正確に感じとる。そこに僅かながら妖夢の気が存在していることを確認する。
妹紅はレイセンに正対したままくるりと反転し背中を向ける。隙だらけだが攻撃する気はないレイセン。妖夢の様に自分と相手の強さを客観的に判断出来ないわけではない。
「(かなり小さくなったが、死んではいないな・・・。)」
妹紅は安堵してレイセンに向けた殺気を消す。
「い・・・今の何なの?」
妹紅から殺気が無くなって一安心したレイセンは、上で起こった巨大な殺気を顔色を伺いながら恐る恐る妹紅に尋ねてみる。
「お前の師匠だろ?」
妹紅の返答の仕方からいつもの妹紅に見えるが、口調からまだ警戒心が解かれていない事がわかる。
「ええ、そうだけど、何やったんだろう?ここまで来て問題起こさなければいいけど・・・。」
まるで保護者のような台詞を言うレイセン。永琳が何の為に来ているのかはしっかり把握しているようである。
妹紅は永琳の巨大な気と妖夢の小さく萎んだ気を感じるが、もう一つ大きな気が存在する事に気付く。
「(誰だ・・・紫や藍、幽々子・・・じゃないな・・・閻魔?いや、妖夢の後ろにいたあの大女か・・・。)」
大柄で大鎌を担いだ赤い癖毛の女が居たのを思い出す。その時は特に気にもしなかったが、何とかは爪を隠すというタイプなのだろうか。しかし、余計な事をして永琳に殺されても知らないぞ、と面識の無いその女性を心配する妹紅。永琳に殺すなと注文を付けたのは妖夢だけで、あの大女の事は何の条件も出していないのだ。
大女の気が小さくなると妖夢の気も回復した。あの女が何をしたのか理解する妹紅。
「あ、あの・・・妹紅?」
かしこまって何かモジモジしているレイセンから声を掛けられる。
「ん?」
「そ、その、ありがとね。」
「何が?」
急なレイセンのお礼に気が抜ける妹紅。それにしても礼を言われる事をした覚えがない。
「師匠を変えてくれて・・・。」
相変わらず変な服だなと思いながらレイセンをつま先から頭のてっぺんまで品定めするように見る。
永琳が変わってだいぶ困っているような事をてゐから聞いたが、まーあれは嬉しい悲鳴みたいなもので、内心は嬉しくてしようがないのだろう。
「お前も何か変わったんじゃないか?」
永琳の事は無視してレイセンの変化を指摘してみる。
「そうかもね・・・でもそれも妹紅のおかげかもしれない。」
「?」
先日、凄まじい妖気を放出したまま永遠亭にやってきた妹紅。そこから何かが急に動き出した。輝夜が強制跳躍したり、その後、輝夜や永遠亭の秘密を知ったり、死にそうになったり、うな丼を食べ損なったりしたお陰でようやく永遠亭の一員になることが出来たのである。
廃人に近かったレイセンが回復したのはてゐによるところが大きいが、幻想郷に落ちて彷徨っていたレイセンを一番先に発見したのが妹紅である。その妹紅がレイセンをてゐに引き渡して現在に至るわけである。
妹紅と敵対する立場ではあるが、戦いの中で憎いと思った事は一度もない。そもそも誰かを憎むという感情すらなかったかもしれないが・・・。
妹紅は上の様子が気になるのでしばらくここに留まる事にし、ただ立っているのも退屈なのでレイセンと世間話をする。
「レイセンは医者とか薬屋になるの?」
口調が丸くなる妹紅。妹紅は普段女口調だが、戦闘の時などは男口調になる。口調が女に戻ったという事は戦闘体勢を解除した事だと察知してレイセンはほっとする。
「そのつもりだけど・・・。」
「ふーん・・・。」
妹紅は少し考える。永琳をここに呼んだのは異変を正しく進める為に紫と共同作業をさせ為であるが、もう一つ、魔理沙の肉体に魂が戻れるように保護してもらいたいという目論見もある。
具体的にどんな状況になるか今の段階では予測出来ないが、そんな状況が訪れた時、この目の前にいる頼りないレイセンもせいぜい役に立ってもらおうと考える。
「レイセン。礼を言うだけなら誰にでも出来るわよね?」
少し意地悪くレイセンを睨む妹紅。
「え?それは・・・。」
今のレイセンにとってお礼の言葉以外に物として贈れる形あるものは何一つ持っていない。レイセンはその事に気付いて少しショックを受ける。長距離から狙撃して人を殺す術しか他人に自慢できる技能は持っていない。人に喜ばれる何かを作れる技術もない。師匠の手伝いやお使いすらまだ満足に出来ないのだ。
「・・・。」
シュンとするレイセン。
「もし、あなたが私に恩を返したいと少しでも思うなら、私と約束して。」
「え・・・な、何を約束すればいいの?」
「目の前の命を諦めない・・・と。」
勿論、魔理沙を助けて欲しいというメッセージである。
「・・・ど、どういうこと?」
しかし、当然ながらレイセンには妹紅の言っている意味が分からなかった。
「分からないなら、分かるまで修業をすることね。それでも分からないなら・・・今の言葉は忘れて。」
白玉楼の方では妖夢の気がだいぶ安定した。大女も特に何もされていないようだし、永琳も相変わらずだ。もう大丈夫だろう。
妹紅は、その言葉の意味を理解していない戸惑った様子のレイセンに何も言わず幽明結界の門を押す。
「あ、妹紅!待って・・・。」
レイセンも子供ではない。いちいちあーしろこーしろと指図してその通り行動させるのではなく、自分で考えて結論を出すようにしなければならない。
社会性のない単独妖怪は、何百年生きていても中身は子供と変わらない。それは妖怪としての本質と本能のまま動いているからで、内面の成長は常に社会という共同体の中で発生するストレスから生まれるのだ。ストレスを避けて自分の都合の良い選択ばかりする妖怪は一向に変化しないのである。
例えば、自分の都合だけで行動する闇を操る妖怪ルーミアは、妖精などと精神年齢は同じくらいで、よく妖精と一緒にいる事がある。その一方でミスティア・ローレライは、屋台を切り盛りし社会性を身に付け急激に精神を成長させ、付き合う妖怪の質が次第に上昇している。
レイセンは本質で言えば月のウサギであり軍人奴隷でもある。主人に対して従順で逆らわず、決して自分で判断せず命令に絶対服従するように造られている。レイセンはそんな月のウサギとしては壊れた不良品であるが、それは幻想郷の基準で言えば正常でもあるといえるのだ。
妹紅が言った意味不明の言葉は彼女にとって不快な精神的ストレスとなるだろう。だからこそいいのだ。ストレスを乗り越えた先に成長がある。
妹紅はレイセンにあえてストレスを与えるため、何も言わずその場を去ったのである。
八意永琳は、本来の目的を果たすために八雲藍の立つ白玉楼入り口に歩き始める。
気を失っているままの妖夢を守るようにそばに付き添う小町は、母屋の方からこちらの様子を窺う使用人の数名の幽霊を手招きして妖夢を母屋へ運ぶよう指示する。
白玉楼前に出る永琳に、八雲藍が用件を問う。先程の出来事などまるで無かったかのような対応である。
「本来これは魂魄妖夢の役目でしたが、私が代わりにお伺い致します。白玉楼へは庭園の見学でしょうか?建物の見学でしょうか?」
「そのどちらでもありません。私は八雲紫に会いに来ました。」
「どの様なご用件で?」
「今回の異変に件について是非聞いて欲しい事がありましたので。」
「はて、異変とは?」
一応とぼけてみる藍。
「とぼけなくても結構です。未来に起こる事は全て承知しておりますから。」
「ほう・・・それは蓬莱山輝夜の能力・・・という事ですかな?」
「その通りです。」
双方表情を全く変えずに必要な用件だけを述べ合う。端から見ると、まるで大根役者2人の棒読みの芝居を見ているようで退屈である。
「今、八雲紫は会議に出席しております。終わるまでお待ち戴けますでしょうか?」
「急ぎの用なので出来れば今すぐ取り次いで戴けませんでしょうか?」
「・・・分かりました。主催の西行寺幽々子様に伺って参りますので、少しの間ここでお待ち下さい。」
「よろしくお願いします。」
藍が礼をして建物内に向かうとその背中に永琳は礼を返す。
「会議に参加しにきたのか・・・。」
三賢者会議は、幻想郷の事を知ろうと四季映姫がたびたび有力者との会合の席を設け、その後の博麗神社の衰退と共に制度化して行き、紫が復帰した数年前から正式に『三賢者会議』と命名した。
それ以前から、三賢者会議の前身となる有力者の会合は何度も行われてきたが、今回の様な呼ばれていない者が突然来訪するという事態は初めての事である。四季映姫が参加しなかった会合もあるので、もしかしたら初めてではないかもしれないが、少なくとも小町の記憶にはない。
しばらくして戻ってきた藍に案内されて建物に入っていく永琳を母屋側の通路で見送る小町。
「一体何が起こるんだ・・・。」
今の段階では何も分からない小町は、幻想郷で起こる事に干渉できる立場ではないので深入りは出来ない。会議の方に後ろ髪を引かれるが、今は妖夢の事が心配である。数名に幽霊に担がれて母屋に入る妖夢の後に続く小町である。
八雲藍の背中、というよりほぼ全面尻尾だけの後姿を見ながら白玉楼の廊下を歩く八意永琳。
白玉楼の建物は離れ以外の主となる部分はほぼ正方形で、庭のある西側に面した廊下が開け放たれて、外から入る入り口にもなっている。
建物の西側南北に伸びる廊下は突き当たりで東西に伸びる廊下となるが、更に突き当たりで南北の廊下と交わり、四角形の一本の廊下になっている。
その廊下の中央に面した側には正方形の小さな部屋が襖で仕切られて碁盤の目の様に並んでいる。
正方形の主となる建物の南西は母屋があり、渡り廊下でつながっている。南東は小さな庭になっており、ここは白玉楼の住人の庭で、外から来る人が無許可で立ち入れる場所ではないので、この庭の存在を知らない者も多い。
東側には離れがあり、この建物は収蔵品の倉庫となっている。
北側にある離れが三賢者会議などで使う談話室になっており、ここは座敷ではなく板張りの部屋になっており、テーブルを囲んで椅子に腰掛ける形式になる。
数人だけの会議には不必要なほど広い部屋のため、部屋の中央に仕切りを立てて最低限のスペースだけにしている。
建物に案内された永琳は、靴を脱いでそのまま小さな階段を上がって西の廊下を北進し突き当たりの角で東に向かう。進行方から見て右側に常に襖が見え、北の廊下に出ると外側の壁は目の高さより少し上に採光用の横に長い天窓が一定の間隔に並んでいるだけである。北側の廊下に面した襖は水墨画で、西の庭に面した色とりどりの襖とは違った趣がある。
北側の廊下を東に向かうと中ほどで北に曲がる三叉路になり、そこを北に曲がって少し歩くと木製の両扉に突き当り、これまでの純和風の面持ちから少し変化する。
「八意永琳様をお連れしました。」
「入っていただいて。」
藍の言葉に反応して部屋の中から女性の声がする。聞き覚えのある声で八雲紫ではない声、この会議の主催西行寺幽々子の声と思われる。
扉を開けた藍の前を通って部屋に入ると、中央に仕切りで囲われた一画を見る永琳。
背後で扉を閉めた藍がその場で様子を伺っている永琳の横を進み、仕切りの一枚に手を触れると、その仕切りがドアのように開く。
「どうぞ。」
四方を完全に取り囲んでいるのだろうと理解した永琳は再び藍の前を通り囲いの中に入る。
囲いの中の中央には丸いテーブルがあり、四方に椅子が置かれ、向かって正面の北側の椅子に主催の西行寺幽々子、東に四季映姫、西に八雲紫が座っている。南の椅子が空いているがこれは八雲藍のものだろうか?しかし、囲いの外をぐるっと回って別の入り口から中に入った藍はそのまま紫の背後に立つ。
「先程は大変失礼しました・・・。」
恐らく妖夢の件だろう。幽々子は開口一番まずは謝罪をする。
「気になさらないでください。」
永琳は、幽々子の謝罪が長引きそうだと感じ、口上の途中で言葉を挟んで制する。それは無礼といっていい態度だが永琳は気にしない。言葉遊びをしにここに来たのではないのだ。
本来ならここで面倒なやりとりをして、正式に八意永琳を客として席に付いてもらうという流れになるのだが、永琳にとってはそのようなルールなど知らないし関係がないのだ。
「今日、ここに来た理由は、これを見て欲しかったからです。」
永琳は初対面の四季映姫に一瞥もくれず、幽々子にも関心を示さず、ただ紫にだけ意識を向けている。
椅子には座らず、立ったままいつの間にか手にしていた物をテーブルに置く。
それは、高台を取った杯をひっくり返した様な丸みを帯びた形をしており、裏側がテーブルにぴったりと隙間なく接しており、上面は綺麗な球面をしている。幾何学的な模様がついており、硬い金属の様な光沢を持っている。
永琳はその直径5センチほどの丸い物体を2回人差し指の爪でノックし、その後すぐに指ではじいて丸いテーブルの中心部に移動させる。
会議の参加者がその様子を固唾を呑んで見守る中、丸い物体はテーブルの中央に滑るように移動し止まると、天井方向に光を発し、その光の中に丸い物体を浮かび上がらせる。
「立体映像・・・とかいうやつね?」
紫がそれを見て永琳に尋ねる。
「ええ。今回、貴女達が引き起こす異変の中に私の作ったこの球体が割り込むイレギュラーが発生する可能性があります。」
異変の事についてはもはやとぼけてもしようがないと紫は腹をくくり、それを前提として話を進める事にした。
「その事は先に妹紅に知らせるべきではない?」
妹紅と永遠亭の接触を知らない紫は、まずは異変のもう一人の主役妹紅に話をつけるべきではないかと問う。
「知らせようとしましたが、その手段が悪かったのか相手にされず、この件は貴女に聞けと言われてここに来た次第です。」
「なるほど。」
事情を理解する紫。
自分以外の存在を完全に無視して話す八意永琳。紫は周囲の様子をチラっと観察する。
最初にあった時から普通ではないと感じていたが、単に強い弱いだけのことではなく、完全に異世界から来た存在という印象を受ける。これは紫らが得意な心理戦が通じない事を意味する。
永琳は幻想郷にそれなりに長く住んでいるので幻想郷の住人の考え方や価値観を知っており、心理戦を仕掛けて様々な情報を引き出す事が出来るが、紫は月の事をほとんど知らないのだ。何に価値を持ち、好き嫌いの基準は何かなど情報が少なすぎて、心理戦を仕掛けるカードがほとんどない。
「で、その丸い物体が異変にどのような影響を与えるのですか?」
紫の思考時間を作るために藍が口を開いて時間を稼ぐ。永琳は藍の目を見る。藍は交渉の対象と認めているようだ。
永琳は藍の言葉に反応して自身の前にコンソールを出す。コンソールは物質的なものではなく、半透明の四角形の空中に浮かぶ半透明のパネルである。魔法使いがよくこんな手品を見せるが永琳の出したコンソールも会議の参会者には同じようなものに見えた。
コンソールを操作する永琳の様子を見ながら、テーブルの上にある装置から発する光の中に浮かび上がっている映像の変化を訝しげにみる4人。
装置の上部に狭く絞られていた光は扇を開くように広がっていき、テーブルの板面と平行になるまでその光は広がっていく。それと同時に球体の映像も拡大されていき、それは天井の方向へと移動し、球体の三分の一が天井にめりこんでしまう。もちろん、それは物体ではなく幻影なので建物を破壊することはない。
会議の参加者はその球体を凝視して上の方を向いていたが、別の何かに気付いてテーブルの上に注意を促す藍。
「紫様・・・あ、あれを。」
球体が上に行くにしたがって下のテーブル面から何かが別の物体が出てくる。それが何かは最初誰も分からなかったが、次第に現れるそれが何かを理解したとき全員が驚いて言葉を失った。
「これは、幻想郷?」
「はい、幻想郷の東側を縮小させた立体映像と、この球体の大きさの比較です。」
人間の里を中心に魔法の森、太陽の畑、博麗神社、迷いの竹林などが正確に映し出されている。空を飛べる幻想郷の住人ならこれはすぐに何か理解出来る。
「これは・・・。」
「この防御要塞は、元々月の軍勢が地上に向かうのを防ぐ目的で造ったものです。」
防御要塞というキーワードが出る。名前からして物騒なものだというのは分かる。
「防御要塞?地上を守るために?なぜ?どういうこと?」
月の民が月を守るならわかるが、月の民が地上を守る意味が理解出来ない紫。
「月は穢れ無き世界ですが、それは地上が穢れている事で成り立っている世界でもあるのです。月がなくなっても地上に影響はあまりありませんが、地上がなくなると月に穢れが来るので月の民はみな死んでしまいます。私が月にいた当時、地上から月への侵攻は考えられず、月の脅威となりうる存在は月の民自身だったのです。」
「なるほど、私はそんなことも知らずに、月に侵攻してしまったのね。」
月面戦争の事を紫は言ったが、永琳がこの要塞を作ったのはそれよりはるか昔の事である。そして、永琳らは月面戦争当時には既に地上にいた。
「防御システムが動作する条件は、地上に対してという事です。貴女は支えきれなくなった妹紅の力を地上に逃がすつもり・・・ではないですか?」
「ええ、その通りよ。」
紫は素直に答える。
地上に対する脅威は月を限定していたわけではない。地上に対するあらゆる攻撃と脅威がその対象なのだ。地上にいる不死鳥が地上で転生するなら何の問題もない。しかし妹紅の自爆のエネルギーを地上に逃がす事は、幻想郷からの地上に対する破壊行為と同じである。それが永琳の防御システムを起動させてしまうという結果を生み出したのだ。
八雲紫はもはや駆け引きなどくだらない考えはやめた。そんなものが通じる相手ではない。
防御要塞の直径は約40km。これは里と神社までの距離の4倍以上だ。
幻想郷の外縁は流動的ではっきりとした境界がないので正確な距離は八雲藍も把握しきれない。幻想郷の土地の7割弱が妖怪の山の領域で占められているが、その防御要塞との比率からおおよその距離を計算すると幻想郷の東西は約70~80km程だろう。つまり、この防御要塞は距離で言えば幻想郷の約半分、面積でいうと約四分の一を占める事になり、こんなものが幻想郷に落ちたらとんでもない事になる。
四季映姫がそれを聞いた時、離席を宣言して許可を取る前に背後の仕切りドアから外に出る。
これは永琳が挨拶なしに紫と話を始めた事と同様、無礼な行為ではあるのだが、もはやこの席にそのようなルールは不要だろう。この会議は既に三賢者会議ではなく、八意永琳と八雲紫の2者面談のようなものになってしまったのだ。
「途方もない話で、私の手には負えませんね・・・。手に負える範囲で出来ることをしましょう。」
談話室から出た四季映姫。口を挟めそうにない話になったのでこの機を利用して妖夢の様子を見に行くことにしたのである。
「この異変は止められないのでしょうか?あなたが手を引けばすべて丸く収まると思いますが。」
永琳はまず、防御要塞の脅威を見せ、その上で異変そのものを見直す意思があるか、紫の心境変化がないか探りを入れる。
「無理ね。この異変は妹紅の異変よ。妹紅があなたをここに寄こしたということは、止める気は更々無いということではなくて?」
妹紅が永琳を打ち破った動機が、異変の中断の意思がない事を示すものだとするなら、もはや永琳も異変を行う事を前提として話を進めなければならないだろう。
「・・・。」
完全に紫と永琳の場となった三賢者会議で蚊帳の外になってしまった西行寺幽々子は、妖夢の事が心配でしかたがない。
先程の妖夢と永琳とのやりとりは紫がスキマでその様子を見ており、その後妖夢は無事であることは知らされている。しかし、それでも安心はできなかった。
それを察して四季映姫が様子を見に席を外してくれたのは有難い事である。
「では、この要塞を破壊するしかありませんね。」
「・・・あなたが作ったものでしょ?壊すのは簡単ではなくて?」
何か自爆装置のようなものがないか尋ねる紫。
「この要塞について先に言っておかなければならないことがあります。」
「何?」
「この要塞は、設計はして製造するプラントやリソースは確保しておりますが、まだ製造はしておりません。少なくとも私はその完成を見ていないのです。」
「!・・・それはどういうこと?」
「姫の見たビジョンは間違いはないでしょう。そこに作った覚えが無い要塞が存在する。それの意味するところは、誰かが勝手に作ったか、それとも・・・。」
「それとも?」
「非科学的な事を言いたくはありませんが、何か別の力が掛かっている・・・とか?」
永琳は理解不能な摩訶不思議な力など信じてはいない。しかし、幻想郷は謎が多い。八雲紫が何か隠しているかもしれないため、永琳はカマをかけてみる。
「それは運命・・・かもしれないわね。」
「運命?」
意外な言葉が間髪いれず出てくるが、運命などという存在を信じろというのだろうか?永琳にとって運命など眉唾もいいところで、露骨に眉をしかめて見せる。
「運命が存在し、それを操れる存在がいる・・・なんて聞いて貴女は信じる?」
「俄かに信じられませんが・・・それが幻想郷にはあると?」
「レミリア・スカーレットは知ってるでしょ?」
「ええ、でももし、運命が自在に操れるというのが本当なら世界はもっとマシになっているのでは?」
その言葉を聞いて八雲紫は声を出して笑う。それはレミリア・スカーレットという存在に対する侮辱である。
「ふふ、もし、その力があなたにあれば世界はもっとマシになっているかもしれないわね。でもあの子は永遠の子供のまま。自分の力の使い方を知らないだけもしれないわ。」
「子供のまま不確かな力を適当に使いはじめたらそれこそ危険では?」
「そうね。」
「・・・。」
つかみ所のない紫の態度に永琳も困惑する。しかし、同時に興味も湧く。今までなら不快になるところであるが、永琳は一先ず現実を受け入れてそれを後から分析するというやりかたを覚えた。
輝夜の力は未来を直接見て、滅びの原因となる人物、事件を未然に処理し、それによって未来を変える事が出来る。これも運命を変える力といえばそうなのかもしれない。
永琳は不快な言葉『運命』について結論を保留する。ここで全否定するための理論を展開しても意味がない。
先程言った様に防御要塞については段取りはしたが、製造は途中で止めている。しかし、急な予定変更だったので記憶がいまいち定かではない。永琳が出奔後に部下の誰かが引き継いだ可能性など、要因はいくらでも思いつくし、確率論から断定してしまうことも出来る。
「運命については私も良く分からないの。でも言葉や理屈では説明出来ない事が現実に起こっている。止めたくても異変が止められないのよ・・・。」
「・・・。」
時代の流れには時にそのような止められない潮流が生まれるのは知っている。大衆心理が事態を後戻りさせることを拒み、時代を押し流すのだ。それを後付として運命だったと言う事は出来る。
事が済んでから歴史家の視点で要因を後付け出来るが、現在進行形で事を体験している当事者は常に五里霧中である。自分は今その潮流に呑まれ溺れそうになっているのだろうか?これまで歴史を作る側だった自分が、歴史の流れの只中に居るとするなら、これは貴重な体験かもしれない。しっかり記録しておきたいと思う永淋である。
「レミリア・スカーレットの能力が本物かどうかも興味がありますね。」
「それもあるし、危険な存在なら異変のどさくさで処分することも出来るわ。」
微動だにせず話を聞いていた幽々子が一瞬目を開けてまた閉じる。
「要らない者を棄てる廃棄処分・・・それなら私もこの異変を利用したいですね。」
「何を処分したいの?」
「この防御要塞です。これは思いつきで作った感が強く、つまりは失敗作です。出来ればこんなものは処分したい。」
天才故に半端な作品は残したくないのだ。
「あら、奇遇ね。私もスキマ爆弾を処分したかったのよ。」
「スキマ爆弾?なるほど、その爆弾を使って妹紅の力を外に逃がす作戦だったと?」
「察しがいいわね。」
「それならこの異変は共犯という関係になれますね。」
ニヤリとする永琳。
「それにはまずその要塞の仕様を教えてもらわないとね。妹紅の火力でも完全に破壊できない代物でしょ?ソレ。」
「もちろんです。そのために来たのですから・・・。」
永琳はそう言ってポケットから小さな薄いカードのようなものを取り出してテーブルに置く。そして、そのカードを先程の様に指で2度ノックする。すると、折りたたんだ紙が元通りに展開するようにパタパタを開いて永琳の手前の方向に風呂敷大に広がると今度は逆再生するように折りたたまれていき、小さな箱型に変化する。
その箱の蓋を開けた永琳は、その中から分厚い書類を取り出しそれを手渡す動作をする。
すぐに紫の後ろに居た藍が歩み寄ってそれを両手で受け取り紫に手渡す。
「これは?」
「いわゆる設計図です。こちらの言葉に翻訳してありますので読めば分かると思います。」
その後永琳は大雑把に説明する。要塞の中核部分を非常に強力な再生機能のある装甲で厚く覆われており、妹紅の力ではそこまでしか破壊できない事が、輝夜の強制跳躍で判明している。コアを破壊するにはトドメの一撃を与えなければならないのだ。
「なるほど・・・うん・・・そうね。なんとかなりそうね。」
説明を受け設計図をざっと読む紫は、溢れる様にアイデアが浮かんでくる。吸血鬼の問題も含めて異変のシナリオが頭の中で構築されていく。
紫は様々な状況を考えて複数のシナリオを既に用意していた。それを新しい情報と照らし合わせて再考して組み直していく。それと同時に必要な人材、その人材をどのような手段で仲間に引き入れるかなど、綿密な計画スケジュールも同時に詰めていく。それは文字通り天才のなせる技といえる。
紫は立っている永琳を近くに呼んで席に着かせ、今組み上げたシナリオを藍と共に聞かせ、意見を聞きながら細かい部分を修正する作業に入る。
今回の異変、まだ名前は決まっていないが、そのシナリオはほぼこの時作成された。
永琳は、八雲紫や藍を少し見くびっていたようだ。炎熱地獄の中にある要塞コアにトドメを刺す『スキマ砲』のアイデアは素晴らしい。
「問題は弾丸ですが・・・。」
スキマ砲の主役となる藍がポツリと呟く。
「破壊力のある強力なレーザーを発射できる人材といえば・・・風見幽香、八坂神奈子あたりですか?」
幻想郷の人材に詳しくない永琳が様子を伺うように答える。
「八坂神奈子ら守矢神社には別の役目を考えているわ。それに・・・いえ、それと風見幽香は今療養中で無理ね。」
守矢神社について紫が何か言葉を濁らせたが、その事だけを記憶に留めこの場は聞き流す永琳。
「療養中・・・私が何とかしましょうか?」
医者である永琳が治療を申し出るが、紫と藍は顔を見合わせ肩をすくめる。
「幽香は恐らく貴女の世話にはならないでしょう。」
医者とか神主など、職者が大嫌いな幽香である。
「・・・では、どうします?」
「妹紅の、恐らくなるであろう炎熱地獄を貫通できる無属性の攻撃を撃てる存在は、幻想郷では3人だけ。一人は今は亡き魅魔。一人は療養中の風見幽香。そしてもう一人は・・・。」
「もう一人は・・・あ、あの娘ですか?」
3人は互いに顔を見合わせる。不安・期待を含んだ複雑な表情で・・・。
八意永琳を見送った八雲紫と藍は山門の前で彼女の姿が見えなくなるまでそのまま並んで立ったまま会話を続けていた。
異変の段取りが一段落すると話題は妖夢に移る。
「妖夢は大丈夫かしらね?」
「まさかこんな事になるとは・・・。」
紫の心配そうな言葉に首を振って永琳の来訪を振り返る藍。
結果として永遠亭との事実上の同盟関係という最良を得たが、その代償として妖夢が犠牲になったようなものである。
「策を弄した側としては、なんとも後味が悪いですね。」
妖夢にお灸をすえるつもりだった藍だが、危うく殺してしまうところだった。手を下したのは永琳だとしても妹紅を帰らせた事が結果として妖夢の行動に一定のベクトルを与えて選択肢を狭めてしまったのだ。妹紅を追い払った以上、同じ不死人である永琳も追い払わなければならないと考えるのは当然だろう。
「あなたのせいではないわ。むしろあの策のお陰で妖夢は助かったと見るべきよ。」
「・・・ありがとうございます。」
フォローする紫に礼を言う藍。実際問題として藍の策は幽々子を騙すものであったが、結果として妖夢を救う結果となった。妹紅と永琳との間で取り交わされた一種の取引が妖夢を救ったとも言える。あのまま妹紅を通した後に永琳が来た場合、この時の妖夢の命を守る義理は永琳にはない。
「幽々子も大変ね・・・。」
「幽々子は第三者の立場で物事を客観的に見れる時はすさまじい洞察力と行動力を発揮しますが、事身内に関しては甘いですからね。」
本人が居ないので幽々子と呼び捨てする藍。
「幽々子は生前の記憶はないし、当然人の親にもなったこともない。なった事があっても忘れているでしょう。その幽々子が誰かの人生に責任が持てるわけがないわ。」
「妖怪ならひとり立ちしてなんぼですが、妖夢は半霊といっても中身は人間ですからね。」
「半霊の意味を知っている幽々子は敢えてそれを教えていない。妖忌の轍を踏ませないようにね・・・。」
「妖忌の件は仕方ないでしょう。」
「妖忌に引導を渡した私としてはなんとも・・・。」
「幽々子は再び紫様という親友と巡り逢えた。そうさせる為に道を譲ったのは他でもない妖忌ですよ。」
「ふふ、でも、そう簡単に割り切れるものではないわ。」
しばしの沈黙。
「今の妖夢に必要なのは、友人よりも親なのかもしれませんね。」
「幽々子では役不足・・・ということね・・・。」
普段飄々としている幽々子は、妖夢を振り回している様で、妖夢という花の周囲を舞う蝶のような存在ともいえる。或いは妖夢という蝶が幽々子という花から離れないように糸で結びつけていると言った方が適当だろうか。
「いっそのこと、幽明結界を閉じてしまったほうがいいのかしらね。」
「この件で幽々子が何もしなければそうしたほうがよろしいかと。」
「・・・分かったわ。ここは藍の言葉に従いましょう。」
話の終わった2人は、自分達の名前を呼んで近付いてくる小町に振り返り建物の方に歩き出した。
三賢者会議は終わった。しかし、白玉楼の、妖夢の一日はまだ終わっていない。