東方不死死 第36章 「女の戦い」
三賢者会議を前日に控えた白玉楼。
「納得できません!」
「あなたが納得する必要はないわ。誰かに言われて無理やりというわけではなく、私が会いたいから呼ぶのよ?」
「ですが・・・危険です。相手は極悪人ですよ?」
「それは、紫のでっちあげと何度言えば・・・。」
「私は直接剣を交えたんです。私にはわかります!」
西行寺幽々子とその従者魂魄妖夢の口論の声が白玉楼の広い庭に木霊する。
白玉楼は生前、芸能文芸に秀でた者が死後逝く大陸の文化体系に属する古い冥界の一施設で、厳密に言うと日本とは関係のない場所であった。
大陸は異民族の侵略で国家が呑み込まれ、継続した文化体系が完全に断絶させられてしまうと、文化思想は古い文献として形だけが残り、人々の生活に根付いていた古き良き文化思想は孤立し幻想と化してしまった。
古くから大陸との交流があった東端に位置する島国は、それらの影響を受けつつも独自の成長を遂げ、やがて日本と名乗り大陸から精神的自立を果たす。
独立後も積極的に交流した彼らは、多くの文献を大量に日本に持ち帰り研究発展していく一方で、大陸では資料として残された過去の栄華と思想は、人々の生活と全く接点がなくなり幻想と化していく。
大陸の古い思想の中で生まれた施設である白玉楼もまた幻想と化し、その他の多くの忘れ去られた施設とともに大陸文化の正当継承地日本に移設され、芸能文芸の聖地として冥界の一画に管理保存されたのである。
西暦672年、壬申の乱で後の天武天皇である新羅人が勝利し日本に朝鮮人の新王朝が樹立される。
歴史の表向きは、天武天皇は天智天皇の弟として歴史資料を改ざんしたが、天武系の皇統が途絶えた後の取り扱われ方からもわかるように天武天皇の系譜は区別され、事実歴代天皇の菩提寺に祀られていないなど、皇統の黒歴史とえる時代。
そして、この政変は、幻想郷とは必ずしも無関係ではないのである。
当時天皇の役割と言えば、世界を無事平穏に治める事である。
科学的な根拠が立証されている現代では、事後処理の問題はともかく天災そのものを統治者の責任にはしない。しかし、この当時は、台風や地震、火山の噴火、日照や大雨、疫病などで治世が乱れるのは、天皇の不徳によって引き起こされると信じられており、それが原因で天皇が変わる事は珍しいことではなかったのである。
言霊という口に出した事が現実になるという今ではカルトじみた事も当時はそのまま信じられており、汚い言葉はもとより、呪いを掛けられる恐れがあると、本名を隠して口外しないのが当たり前で、本名を呼ぶことは恐れ多い事だったのである。因みにこの諱と字の風習は外界では明治維新頃つまり、博麗大結界の時代まで続いていた。
因みに幻想郷は天皇の治世を受けておらず、文化風習も独自のものだった。
そんな時代、官僚になる為に必要な教養は歌(短歌)を上手に詠めるというもので、当然それが出来る者が偉くなれるということであった。
天皇の系譜が天武系、つまり朝鮮系に移行すると教養レベルが落ち歌の質、つまり政治の質も落ち始める。
当時、歌聖と謳われた『西行寺人麻呂』はその情勢の中で教養がない朝鮮人から官僚試験に合格するための歌の代筆を多数依頼されるようになった。
当然の様に断る誠実な人麻呂とは別に、積極的に歌を提供する金の為に官位にこだわらない『柿本猿彦(ましらひこ)』という人物が台頭を始めた。歌を売って生計をたてた猿彦は自分の歌で偉くなった官僚に取り立てられる。
この不正を暴いた西行寺人麻呂によって柿本猿彦は失脚し島流しになるが、この事は歌の才能がない多くの朝鮮貴族官僚を怒らせる事になった。
当時天智系、つまり天皇の正統な皇統側に雇われていた岩老系対妖事請負(いわろうけいたいあやかしごとうけおい)と呼ばれる妖術使いの集団は、陰陽師や妖怪を雇い西行寺人麻呂の命を狙う朝鮮貴族官僚らの攻撃を防ぎ、その実力を発揮し裏社会で台頭を始める。
彼らは元々は実質朝鮮王朝である天武系の転覆を謀る為に天智天皇系に雇われた荒事集団であり、その後天武系の系譜を途絶えさせその息の根を止める事に成功し、皇統を本流に戻す壮大な事業に絶大な貢献をする。
古き良き日本の美しい伝統を重んじる西行寺家は天智系の皇統の者から手厚く保護され大きくなり、その家名は教養の無い元は新羅の進駐軍の名ばかり貴族の前に大きな壁として立塞がった。
しかし、その栄華は永く続かなかった。娘が誕生して以来、家の周囲で怪事件が頻発し西行寺人麻呂は志半ばにして鬼籍に入る事となる。
その後、あまりの惨状に歴史の闇に葬り去られ記録も残されなかった謎の大量死事件『西行寺の怪』が発生するが、この時期はまだ天武系の時代、天智系の不祥事とされる事を避ける為、岩老系対妖事請負を派遣し事を隠密裏に収めた。この時、西行寺家に組みする一族郎党全てを歴史上から抹殺したのである。
才能のない官僚の為に歌を提供しそれを西行寺に咎められ失脚し島流しになった柿本猿彦は、西行寺の不祥事を隠す為に、偉大な歌聖としての西行寺の功績を猿彦にすげ替え、後に『歌聖・柿本人麻呂』となる。
官位も低くしかも島流しになるという不名誉な記録が残されていながら、歌聖という過大な評価を得ている理由がここにあった。
当時、大陸の文化を積極的に取り入れて、神道・仏教・陰陽師と区別せず融合させた博麗系妖事請負集団は、人種という境界線を取り払い自由な発想で妖怪とも協調し天武系統治下の畿内で裏事・荒事を請け負って勢力を拡大していた。
自身優れた陰陽師でもある天武天皇は、特に博麗系陰陽師派を優遇し天智系の強大な対妖請負集団の抑え役として重用した。
天武天皇系の血筋が断絶すると再び天智天皇系が皇統に復帰、以後博麗は追われる身となる。
陸の孤島でもある穢多の村に島流しされた博麗は、陰陽師派を殆ど失い、更に当時旧仏教を信仰していた仏教派は、密教などの平安新仏教に押されて衰退する。神道派を中心に一部が生き残り、その系統を今も残している。
因みに現在の博麗神社の巫女が使う技の多くは陰陽師であり、ほとんど神道は使っていない。
博麗が入植したこの村はいつしか幻想郷と呼ばれるようになり、時代の隆盛の中で失落して歴史の表舞台から去る者を庇護して、時の政治中枢と隔絶した独自の世界観と思想を形勢していくことになる。
平安時代、皇統を苦しめる藤原氏の開祖藤原不比等は、元々は天智天皇から藤原の姓を賜った藤原鎌足の子で皇統が天武系に移行した時は下級役人に落ちぶれていた。
その後、文武天皇擁立に尽力して出世。大納言に昇進した当時、蓬莱山輝夜に求婚。これに失敗したした不比等は輝夜を文武天皇に紹介して出世に利用した。世渡り上手な不比等は皇統に侵食し藤原氏隆盛の基礎を作ったのである。
その一方で父が天智天皇の忠臣であった関係から、当時冷や飯を食わされていた天智系の者を密かに援助し、見返りとして皇女の一人を娶って両皇統にパイプを作ったのである。
このコネクションが後の藤原氏の隆盛の一助になったことは言うまでも無いが、当時は皇統に二股を掛けている事は秘密であったため、公にできない子供が何人かいたのである。
歴史に『もし』は禁物だが、皇統がこのまま天武系で進んでいれば、現在の幻想郷は無かったかもしれない。いや、天皇の後ろ盾を得た博麗の幻想郷こそが日本の本流になっていたのかもしれない。
歴史の中でそれぞれが独自に歩んだ道は、やがて一本に道に集まり共通の世界で折り重なっていく事になるが、この時代にそれを予見できた者は誰一人いなかった。
白玉楼という存在が幻想郷に知られるようになったのはつい最近の事である。
八雲紫が博麗大結界の施行後、幻想郷を一時離脱した約100年間、長く放置されたことで冥界との結界に綻びが生じてしまい、やがて隔絶していた互いの世界が干渉し始める。
以前から謎だった西行妖という妖怪桜に封印されているといわれる『あるモノ』の解明を目論んでいた西行寺幽々子は、その謎の解明には西行妖を満開にしなければならない事を突き止める。
幽々子は、次第に大きくなる結界の綻びを利用し、外から春を集め季節の無い白玉楼でも、外から春を呼び込めば桜は咲き満開にさせる事が出来るのではないかと思いつく。
当初この企みは春度が足りず成功はしなかったが、次第に大きくなる結界の綻びのお陰で、年を追う毎に春度が増えていった。
十分な春を集められそうになったある年の事、その少し前に幻想郷に復帰していた八雲紫はそんな旧友の幽々子の企みを阻止しようと密かに監視しており、これを止めるため良策を探していた。
結界を閉じれば済む問題だろうが、寸での所で企みを阻止される幽々子の気持ちを考えると心が痛む。では、自らが立ち向かって実力で止めるか?強者同士の対決はどちらかが死に至る重大な結末になるかもしれない。
紫はそこで一計を講じる。
導入したばかりのスペルカードルールを幽々子との再会祝いとして贈り、更に花見がてらお祝いしようと幻想郷の春を大量に持ち込んだのである。
これまで自然に冥界に流れて込んでいた春は、幻想郷の春の余り物の様なもので春という季節にほとんど影響が見られなかったが、ここに来て大きな影響が出始める。
幻想郷の春を大量に冥界とられてしまった事による春が訪れない春雪異変の発生である。
これによって幻想郷に桜の季節に大雪に見舞われ、それを調査しようする者達が現れるのだが、八雲紫はそうした者を白玉楼におびき寄せ幽々子の問題を解決させようと目論む。弾幕戦なら殺される事もないだろうし、弾幕の楽しさを覚えれば幽々子も今行っている企みに拘らなくなるだろう。
そんな中、博麗神社の巫女が真っ先に動いた。
お手並み拝見とそれを見ていた紫だが、異変は霊夢によって見事解決された。その後、八雲紫は初めて霊夢の前に現れその実力を試したのである。
以後、八雲紫は博麗霊夢を気に入り、頻繁に干渉するようになったのは言うまでもない。
八雲紫は幽々子を一人しておくと、また人知れずおかしな企みをするだろうと考え、幽々子に退屈を与えないようにするのが得策と思い、幻想郷と白玉楼を行き来できる状態にした。勿論、西行妖が満開にならない程度に。
そんな幻想郷と隣合わせになった白玉楼では季節が生じるようになり、主に桜の名所として有名となり春になると花見客で賑わうようになった。
庭園の管理者でもある庭師の魂魄妖夢の仕事は増え、更に幽々子がフラっと外に出る事も多くなり気苦労も増えた。
そこに来て不死人が幻想郷に現れ、生きとし生ける者全ての天敵として無敵の称号を得ていた幽々子の地位が揺らぎ始め、苦労性の妖夢の気苦労は頂点に達していたのである。
そしてあろうことか主の幽々子はその危険な不死人と会うと言い出し、更にこの白玉楼に招くと言うのである。
門番、庭師、その他諸々の白玉楼に関する肩書きを自称する幽々子の僕である妖夢としては、それだけは何としても阻止したい事であった。
「やはり危険です。どうか考え直してください。」
「でもね妖夢・・・。」
「幽々子様ぁ~・・・。」
最後には泣きが入る妖夢。
「・・・。」
今となっては藤原妹紅を悪人と言う者は幻想郷にはいないだろう。あの不死人狩りに参加した者の中には、その行為に罪悪感を持つものさえいたほどである。
妖夢もそれは気付いているはずである。では、何故妖夢がここまで不死人にこだわるのか?幽々子はそれも分かっていた。
妖夢はあの戦いで、初めてその剣で人を斬ったのである。悪人と聞かされ、しかも不死身という事だから躊躇わず出来た事であり、それが罪もない普通の人や妖怪なら出来ない事であるし、やってはいけない事である。
もし藤原妹紅が善人であるなら、妖夢は善人を斬った事になる。善人を斬るなど剣士として最低の行為、人としては犯罪である。
妖夢は未熟だった。その問題と正しく向き合う事が出来ず、謝罪という選択肢を選べる度量がなかった。出来る事は相手を悪者にし続け、自分の犯した行為を正当化する事だけである。
幽々子が妹紅を白玉楼に呼ぼうと思ったのは、自身も会いたいという想いがあったからでもあるが、何より妖夢に謝罪の機会を与えたかったからである。
自分で割った壷を野良猫の所為と頑なに言い張る年頃でもないと思うのだが、この調子ではまだまだ時間がかかりそうである。
そもそも、妖夢がこうなってしまったのも紫の言葉を真に受け、極悪人の不死人として妖夢に成敗させようとした自分の軽率さからである。妖夢一人を責めるわけにはいかなかった。
「・・・分かったわ。藤原妹紅を白玉楼に入れるかどうかはあなたの裁量に任せます。」
これ以上強く言う事が出来なかった幽々子は妖夢に妥協する。
「あ、ありがとうございます!幽々子様!」
ぱあっと明るい顔になり元気な声でお礼を言う妖夢。
「でも、妖夢、これだけは約束なさい。無下に追い払うような恥ずべき行為は絶対にしないこと。口上を聞き、藤原妹紅という人物をしっかり見極めてから対応しないさい。いいですね?」
「・・・わかりました。」
幽々子の注文に即答せず不満そうに了承する妖夢は、正座のまま頭を下げ面白くなさそうに半人半霊の最も顕著な外見的特徴である大きな魂魄を引き連れて幽々子の部屋を出た。
「まったく・・・向こうの世界でいえば既に1000年は生きているはずなのに・・・。」
退室した妖夢の残像でも見ているかのように、先程まで彼女が座っていた座布団の温もりに話しかける幽々子。
時間の概念がまるで違う冥界と顕界を同じ感覚で語るのは無意味だが、幻想郷と繋がり人々や季節の移ろいを観て、心の成長があっても良いと思う幽々子である。
生前の記憶を無くし来る者全てを死に追いやった冥界の狂い姫。魂魄妖気に守られ、八雲紫の来訪とともに彼は去った。妖夢はそれをその目で見てきたはず。
その後、八雲紫を通して届く手紙や食物といった季節の便りが幽々子の心を揺り動かし、止まった時の中で変化を促されてきた。100年程前、音信不通となってからは大きくなる結界の綻びから季節の変化を感じ、流れてくる僅かな季節の変化を愉しんできた。
「妖夢はこれまで何も感じず、ただ生きて来ただけなのね・・・。」
妖夢が何の為に生まれ、傍らにいるのか幽々子もその本当の意味を知らない。その意味を知らないのなら作ってあげたいと思う。
この後、妖夢の人生を大きく変える悲劇の到来を、流石の幽々子も予見することはできなかった。
香霖堂を出た藤原妹紅は、霧雨魔理沙の隠されていた秘密を完全に掌握し、予想が全て事実であった事が証明され、妖事請負としての矜持が満たされ満足した表情を浮かべていた。
「さて、これからどうするか・・・。」
先程転写眼で焼き移した魔法の森の地図を見つめながら、今後の行動をどうすべきか思案する。
八意永琳に八雲紫に関する情報を因幡てゐを経由して提供する段取りは整えた。魔理沙に関する疑問点も解決出来た。胃袋もすっかり落ち着いた。取りあえず今日予定したやるべき事は一応全て済ませた事になる。
「しかし・・・。」
魔理沙を救った霧雨サーヤが今どうなっているのか気になるところである。
妖術使いとして行動する藤原妹紅は、常に公的な立場にいる事を意識してそれを行動規則として自らを律している。力とは大義に制御されるべきであり、大義なき力の行使は遺恨を残すだけであると心得ている。
妹紅の所属していた岩老郷妖術使いの里は、武士の発生起源よりもだいぶ前から存在する朝廷の荒事を請け負う外部委託組織である。正式には岩老系対妖事請負と呼ばれており、岩老郷に属する者は公僕という扱いで、公務以外の対外的な私的死闘を固く禁じられ、朝廷の為にのみ任務に従事し、莫大な報酬を得ていた。
妹紅にとって戦いとは公的な仕事であり、朝廷との繋がりが途絶え独りとなった後も、基本的に妖怪退治という仕事を公務と位置付けて、それ以外で術師として技を使う事はなかった。
外界での術師としての最期の仕事が八雲藍討伐で、それ以後身体を不死鳥に乗っ取られ一向宗討伐という人間狩りをしてしまうが、これは術師としてではなくただの殺人鬼の仕業だった。
幻想郷入り後、永遠亭を仇として公的な任務と位置付けて復讐を果たそうとしたが、彼らがその崇高な信念をぶつけるに値しないゴミ屑以下だと知ってからは、術師として彼らと対する事はしなかった。
妹紅は風見幽香と出合った当初に幻想郷についてあらかたレクチャーを受けたが、幽香なども含めた八雲一家と博麗神社の関係、八雲紫の重要な役割を知り、そこで紫を幻想郷の事実上の主と認め、幻想郷に関する彼女の頼みを勅旨と受け止める事にした。今回の異変で無条件で紫の指示に従うとしたのも、この異変を公務と捉えていたからである。
紫が関係する荒事については公的任務と受け取り、術師としての妹紅本来の力を解禁しても良いと自分の中で決めた。先日の永遠亭との戦いは正にソレで、公僕として自己を捨てたのである。
不死人狩り当時は八雲紫という存在を認識しておらず、この戦いを私闘と位置付けて相手を痛めつけても良かったのだが、この時、妖怪達の思考に一定のベクトルがかかっているのを感じとり何者かの意志による組織的な行動と見て様子見を決め込み手をださず、永遠亭に対する復讐に利用した。結果としてそれは八雲紫の失態を防ぎ、その立場を救ったと先日、八雲藍から聞いた。
妹紅は異変に関するこれまでの全てにおいてその結果に満足している。
だが、魅魔の件はそれとは違う。魔理沙の事は任務のついでとしても、吸血鬼の件は完全に私闘となり、更に言えば八雲紫に対する背信行為となる可能性がある。
風見幽香にそれを教えられるまで気が付かなかった自分が情けないと思うと同時に、その事を教えてくれた彼女には感謝しなければならないだろう。
「・・・。」
妹紅は香霖堂の入口の前で、右手の森か左手の里かどっちに進むか迷う。
今晩、三回目の魅魔との会合は、吸血鬼と距離を置きたいとは思うものの、話の成り行きから断る事も出来ない。魅魔と紅魔館のみの交渉だけだとしても、魅魔を呼び出せるのは現状妹紅だけなので、必ず立ち会わなければならないのである。
魔理沙の母親の件については敢えて踏みこまなくてもいい領域でもあるし、それに関われば、吸血鬼の時のようにまたおかしな方向に行くかもしれない。ただ、この件に関しては妹紅の個人的な事なので、紫に対する裏切り行為にはならないだろう。
里の方を向き家に帰って夜まで休もうかと思うが、激しく後ろ髪を引かれる妹紅。
「やれやれ・・・。」
先程の森近霖之助の涙を思い出した妹紅は、頭を掻いて自分の気持ちに背くのを止めた。
東西に長い魔法の森の中央から西側の一体は南側に博麗の里、北側に霧の湖を挟んで紅魔城を配し、吸血鬼戦争当時は常に戦線が不安定な激戦区の一つだった。
見通しが悪いため両軍共奇襲をかけるうえで最適な魔法の森だったが、数的に不利でしかも包囲されている吸血鬼軍は開戦当初は守勢で、数的不利を挽回するために森に大量の罠を埋設させ南側からの侵入速度を鈍らせていた。大量に埋設された罠は、迂闊に侵入して被害に会う愚を避けかなりの数の罠がそのまま放置され、未だにその危険性が取り除かれていない。
戦後に罠の解除中に事故を起こし連鎖的に被害が広がり、これによって森の性質が大きく変わってしまい、500年経った今でも有毒な危険地帯を残す結果となった。
比較的最近幻想郷入りした妖怪の中にはそのことを知らず住処を探して森に入って被害に会う者がいる。
戦争後半の吸血鬼軍の攻勢の際には、この罠が邪魔をして最も楽に落とせるはずだった博麗の里への侵攻がままならず、里は被害を最小限に食い止め終戦まで持ちこたえることが出来た。
玄武沢と呼ばれる岩の多い一体は大戦時の影響で地形が変化したとも言われるが、風穴がいたるところに開いており、どこからくるのか常に中から空気が流れて出て周囲の毒気を飛ばしているので魔法の森の中ではそこは比較的安全な場所となっている。
秋から冬にかけては妖怪の山から吹き下ろす「山おろし」という季節風で森の危険地帯は東に移動し、春から夏にかけては南東の南風で危険地帯は西に移動する。
魔理沙の家はそれほど危険ではないが、西風が強い日は神社に避難している。
一度空に上がった妹紅は、霧の晴れた湖とその先の紅魔館を視界に入れる。霧が晴れるのはとても珍しいことなのだが、湖のことなど全く気に留めて生活していない妹紅としては、それがどれくらい珍しい事なのか分からず特に関心も感動もなかった。ただ、山と湖と館という構図の景色はとても美しいと感じた。
竹林上空から見た時より湖は当然近く見え、鏡のように景色を反射している。これはさざ波がほとんど立っていないほぼ無風状態を意味している。
妹紅は身体を横に向けて魔理沙の家の方を見る。
「やってるな・・・。」
無風なので森の一画から立ち上る一筋の煙が見える。よく見るとその向こうの左手にも煙が立っており、あれは魔理沙が言っていたアリスという森に住む人形使いの家のものだろうか。
妹紅は、魔法の森の地図を写した呪符と景色を見比べて、西洋墓地のあると思われる場所に目星をつける。
香霖堂からだと紅魔館まで真っ直ぐ繋いだその線上にそれはあると見た妹紅はひとまず紅魔館を正面にして飛ぶことにした。
西洋墓地は上空からその形を見ることは出来なかったが、明らかに周囲とは違う気を放っているので、直ぐに場所はわかった。
妹紅は直接墓地の真上から降りる事はせず、少し離れた場所に降りて徒歩で現場に向かう。
墓地というと、頻繁ではないにしろ人の往来があってしかるべきで、その痕跡はどこかにあるものである。しかし、少なくとも妹紅が降りた周辺には人の通った痕跡はなく、その状態は墓地に着くまで全く同じだった。
魔理沙の家や香霖堂付近の森は明らかに人の手が入った形跡があり隘路となっているが道はしっかり存在した。しかし、ここには全くそれらしいものがない。
鬱蒼と茂った森は光を遮り中は日没後の様に薄暗く、垂れ下がった木の枝や蔓で視界が悪い。木も地面も全体的に苔が生し、空気の流れがないせいか湿気でカビ臭く、周囲は悪い病原菌の吹きだまりのようで、つい手で口元を覆ってしまう。
薄もやの正体は霧ではなく菌類の胞子や微細な虫が漂っている為で、毒がなくても大量に吸えば普通の人間なら身体を壊す可能性がある。
小動物の姿は無く、じっとしていれば、至る所から蟲や粘菌が這い寄ってきて靴が汚れる。
美しい自然などと言うが、不衛生で汚いこの森もまた自然の一つの側面である。
不快感に耐えつつ、森を分け入るとやがて空が小さく見える場所に出る。
わずかな木漏れ日が薄もやがかった汚い森の景色にほんの少しだけ清潔感を与える。見たこともない植物が木漏れ日の下で小さな毒々しい赤い花を咲かせおり、その周囲に小さな羽虫が飛んでいるのが見える。生えている植物が周囲と若干違うが、陽光の差すその場所には小さな生態系があることが分かる。
少しの間その光景を眺めていたが、その周辺に疎らに石がある事に気付く。気付くのに時間が掛かったのはそれらに全て苔が生して地面の凹凸にしか見えなかったためで、それに気付くとこの周囲一帯がそうした石で一杯であることが改めて確認出来た。これは墓地が近い事を示している。
禍々しい気は、木漏れ日の広場の先だ。妹紅は意を決してそちらに足を踏み入れる。
全体が緑がかった薄暗い靄を抜けると、明らかに人工的に作られた石の板を見つける。墓標だろうか。
石の板を地面にそのまま置いたように見える。棺の蓋にもなっているのかもしれない。ちょうど人を寝かせたほどの大きさの長方形の石ばかりである。
石碑のように立てて置かれている石もあるが、苔がびっしり貼られて何が書いてあるのかわからない。そもそも石と決めつけているが、表面が見えないのでそれを石だと目で確認しているわけではない。
人の入った形跡を見つけてそこに近付いた妹紅は、恐らくこの辺に魔理沙が倒れて、魅魔らがここで何かをしたのだろうと、当時の様子を頭に想像してみる。
「サーヤはどこだろう・・・。」
妹紅がそう呟いた時である。キーンという耳鳴りで周囲の気圧の変化を察知し、探索行動をやめてポケットに手を入れる独特の戦闘体勢をとる。
「呼んでる・・・。」
妹紅は誰かに呼ばれている気がして周囲を見渡す。直ぐに片手で持てる程の小さな光る球体を発見する。
「人魂か・・・。」
近付く妹紅から逃れる様に奥に進むその光の球。妹紅は逃げる光を追わずその場で止まったが、同時に光の球も止まる。
「ついてこいって事か。」
妹紅は光の球の動きの意味をそう解釈して再び後を追い始める。
地面から生えるように飛び出した石の墓標と思われる物が乱立する場所に来る。その一つの上で止まった光の球はそこで消える。
妹紅はその光が消えた石の周囲を調べる。目星を付けた石に手を触れてみるが何の手応えもない。しかし石の後ろを覗き込むとそこに小さな壺を発見した。骨壺である。
「これがサーヤの遺骨か・・・。香霖堂の店主はここに置いたのかしら。」
妹紅がその骨壺に手を伸ばした時、突然後ろに人の気配を感じ振り向く。
「!」
振り向いた妹紅は、マルキで見た絵と同じ顔の女性をそこに見る。
「サリマン・・・クロォイツ・・・。」
霧雨サーヤではなく、本名を口にする妹紅。その姿は朧気で明らかに実体ではないと分かる。
「私の名前をご存知の様ですが、私はあなたを知りません・・・。どのような用件でそれを取ろうとしていたのでしょう?」
それとは骨壷の事である。
「・・・魔理沙、霧雨魔理沙の件で来た。」
妹紅が魔理沙の名前を出したその時である。妹紅を中心に半径2メートル程離れた空間全てが歪み始め、まるで背景と同化する擬態を解除した様に、フード付きのマントで顔から全身すべてを覆い隠した人のような無数の影が次から次に現れてあっと言う間に妹紅を取り囲む。
何者かが隠れている痕跡を全く感じなかった妹紅は流石にこれには驚き声も上げられず、骨壺を取ろうとして中腰のままサーヤに振り向いた体勢でその様子を見入るように固まってしまう。
その人影は背格好はばらばらだがマントの形状は同じで、それぞれ絵柄が異なった十種類程のデザインが確認できた。総勢30人以上というところである。
上半身だけ回して周囲を見渡し、完全に取り囲まれた事を理解する。もはや腹をくくるしかない。
しかし、どうも雰囲気がおかしい。こちらを害すような殺気は微塵も感じず、眼中にないのかむしろこの状況を楽しむ様に皆一様にフードの奥で笑みを浮かべている雰囲気である。
その内の一人がしゃべりはじめると、堰を切るように周囲がそこかしこで雑談するように騒ぎ始め、墓地全体がざわめき始める。
「どこの誰かは知らぬが、生憎この女の魂は我々が先に手を付けたのものだ。」
女性の声だった。
「しかし、本当に現れるとは思わなかったな。」
男性の声である。
「そうなると、賭はこの女の勝ちか?」
「いやいや、まだまだ勝負はこれからだ。」
何を言っているか意味が分からないが、どうやら何かの賭け事について盛り上がっているようである。
よく見ると霧雨サーヤ、サリマンは首に棘の輪を掛けられており、捕らわれの身という印象を受ける。
連中は一体何者なのだろうか?サーヤとは違い、上半身は実体に見えるが下半身が朧気で生者には見えない。この一人一人が余裕で風見幽香を超えるほどの力を持っていると感じる。これほどの力を持つ者がこれまで無名でいることが信じられない。それとも自分が知らないだけで、彼らは幻想郷では有名な集団なのだろうか?
妹紅は、輪の中心にいながら何故か話の蚊帳の外にいるようで居づらさを感じる。
誰かがそれに気付いたのか、話題を妹紅に振る。
「失礼した客人よ。我が名はカーミラ、トレメールの血盟主。一応ここのリーダーの様なものだ。」
それは、先程一番先に聞いた大人の女性の声だった。その逞しく凛々しい口調は風見幽香の様である。リーダーと宣言した時周囲から「ふん」という鼻を鳴らすような声がいくつか聞こえた。皆ほぼ同格という自負心からだろう。
「(トレメールってどこかで聞いたような・・・。)」
妹紅はどこかで聞いた事のある言葉だと、そう遠くない記憶を辿る。
直ぐに思い出した。吸血鬼の血盟の一つで、謀略に長けアルカードに背き続け、下った後は幻想郷軍を最も苦しめた吸血鬼軍の総司令官の所属する血盟が確か『トレメール』といった。
「(こいつら・・・吸血鬼の始祖の霊か!)」
全方位を霊に囲まれ蛇に睨まれた蛙のようにじっと動かない妹紅。動きたくても迂闊に動けない。
相手はこちらの言葉を待っているかのように、先程の喧騒とは打って変わって静寂が墓地を支配している。
「私は、サーヤに会いに来たの・・・。」
「会って話すだけならいくらでもしていくがいい。だが、こやつの魂は我々のものだ。取り返しに来たというなら応じられぬ。」
「・・・誰かが言ったけど・・・私が来るのを予想してた?」
本当に来るとは思わなかったという声の意味を妹紅は聞いた。
「我々は賭をしていたのだ。」
恐らく、妹紅が訪ねたセリフを言った者だろう。しかし、声が頭に直接飛び込んでくるせいか、誰がどこでしゃべっているのかわからない。ただ、サーヤの魂は自分らのものと宣言したトレメールのカーミラと名乗った者は、恐らくサーヤの首に巻かれている棘の戒めを持っており、その立ち位置から誰かを特定できる。
「賭?」
妹紅がその事を訪ねると、カーミラが戒めを少し引くようにして何かを合図する。サーヤ自身の口から話せという合図だろう。
「私の娘がここで無礼を働き為す術もなく殺されてしまいました。娘の魂は奪われこの方達のものになってしまったのです・・・。」
悲しい表情で妹紅をじっと見つめながら理由を話し出すサーヤ。妹紅は彼女の骨壺を取ろうとする体勢を改め、ゆっくりと立ちあがって姿勢を正す。
「当然の報いだ。」
誰かが言う。が、誰かはわからない。
「誰かが来たとして、我々はもはや争い事に興味などない。しかし、こやつの娘は躾がなっておらず、余りにも無礼な振る舞いをしたのでな・・・我々に非はあるまい?」
当時の事情を説明するカーミラ。最初は魔理沙など相手にしなかったようだが当時増長の極みにあった魔理沙は何か彼らの琴線に触れる事をしたか言ったかしたのだろう。
最後の言葉はサーヤに言った様で棘の戒めを少し絞る。顔を歪めたサーヤは「はい」と返事をして、カーミラ達に非がない事を認める。
言わされている様に見えるが、実際に魔理沙が無礼を働いた光景が容易に想像出来る妹紅としては、このやりとりに文句は言えなかった。
サーヤは恐らく捕らわれた魔理沙の魂の代わりに自分を差し出したのだろう。
フードの陰に隠れて表情は見えないが、全員こちらを注視しているのだろう。正対しているカーミラはかろうじて顎のラインがわかるだけである。
観察してみると、同じデザインのマントも中の者の背格好に合わせて様々なサイズがあり表情は隠せても体型は隠せない。カーミラは間違いなく女性だろう。背は高いものの体の線が他の者に比べ二周り程細い。そこから他の者も男性か女性かをシルエットでおおよそ判断できる。
柄が血盟を表しているのだろうか?カーミラと同じ絵柄のマントの者は背が高く痩せ型が多い。トレメールは魔法使いであり謀略を得意としている血盟で、恐らく腕力で他の血盟に劣り、それが体格に現れているのだろう。
こうして見ているだけでかなりの情報を得られる。
「・・・いい目をしてる・・・。」
カーミラが冷静に周囲を分析している妹紅を見ながらそう口にする。
「その目は、自分の命を差し出してでも、他人を生かそうとする人間の目だ。」
自己犠牲は人間しかやらないと妖怪は言う。吸血鬼にとってもそれは奇異で滑稽でそして真似出来ない事なのだろう。
「先に言っておくが、サリマンは渡さんぞ?賭けで私達が勝てば娘の魂も私達のものなのだからな。」
「その賭けはどういうものなの?」
駆け引きなしで率直に聞く妹紅。それに呼応して、カーミラはサーヤの背中をついと押す。代わりに説明しろという事だろう。
「・・・私は捕らわれた魔理沙の代わりに、自分を差し出しましたが、彼らはそれに応じませんでした・・・。」
「無礼を働き、罪を負うのは娘であって、お前ではないからな。」
カーミラとしては道理に沿った行動をしただけで、後から出てきたサーヤの頼みを聞く義理はない。
「そこで私はある提案をしました。」
「提案?」
「魔理沙が生きるか死ぬかの賭けという名のゲームを提案したのです。」
それは虫が良すぎると思った妹紅。
「勝負に勝てば娘の魂は戻り、負ければ娘は私のものということだ。」
カーミラが抑揚の無い棒読み口調で説明するが、その後すぐに別のだれかが口を開く。
「誰がそんな賭けにのるか?」
最もである。既に魔理沙の魂はカーミラ達のものなのだ。
「はい、もちろんこんな条件の賭けに彼らは応じません。そこで賭けの席に着くよう、無条件で彼らに貢物を差し出しました。」
「!・・・そうか、サーヤの魂を賭けに乗るよう先に売り渡したのか。」
「そう、こいつは自分の魂を先に私達に差し出したのだ。なんとも愚かな事だ。」
それに応じてあざけるような小さな笑いが周囲に起こる。
「賭けに勝てば魔理沙の魂は彼らのもの・・・私のものも含めれば2人分得られます。例え負けても1人分は既に手にいれていますから、勝敗に関わらず損はしません。」
「一切の損はせず、1を得るか、2を得るかだけの勝負、こちらとしては乗らない手はないだろう?」
「確かに・・・で、その賭けの内容は?」
だいたい分かるが一応聞く妹紅。
「死んだ魔理沙が完全に生き返るかどうか・・・ただそれだけです。」
「随分と分の悪い賭けに出たものね・・・勝機はあったの?」
「我々もそう思ったよ。楽勝だとな。だが、すぐに魅魔が現れ娘を生き返したのだ。」
カーミラではない男の声が悔しそうな口調でそう言う。妹紅は発言者の心の動きを感じとってどこの誰がしゃべっているのかだいたい把握できるようになり、そちらに視線を向ける。
魅魔というキーワードを出したが、当然敵の大将なのだから知っていてもおかしくない。
「だが、魅魔のやり方は反則だ。結果を先延ばしにしただけだ。」
妹紅は顔を傾けて後ろにいる発言者に視線を送る。無理やり魂を繋いだ魅魔のやり方は確かに反則といえる。
「我々は少しルールを変えた。このまま娘が寿命で死ねば我々の勝ちとな。」
魂を賭けに使うゲームなど道義上あまり好ましくないが、吸血鬼らの言っている事は全て道理をわきまえており否を挟める隙がない。何よりこの場合、道理を曲げているのはサーヤなのだ。
「・・・妥当ね。」
また視線を変える妹紅。彼の言う通り不当なルール変更ではないと思う。
「数年が過ぎた。そして、お前が来たのだ。」
発言者がカーミラに変わり正面に向き直る妹紅。
「・・・お前は一体何者だ?娘を生き返しに来ただけか?それとも・・・。」
それとも、何だろう?言いかけるカーミラの視線、いや全員の視線が先程と変わっている事に気づく。敵対とは明らかに違う、何か期待に満ちた視線だ。
いったいどんな答えを期待しているのだろうか?
彼らは間違いなく500年前の大戦における戦犯だ。話を聞いた限りではもっと邪悪な存在だと思っていたが、思った以上に大人しい。というより、魂だけの存在となった今、執着を捨てて本来の姿になっているだけかもしれない。
しかし、ここで下手なことを言って怒らせると彼らは怨霊になる可能性もある。
彼らは魔理沙らとは別に明らかになんらかの理由でここにいる。賭は単なる暇つぶしに過ぎないのだろう。
「(・・・彼らの伝説になる真の王の誕生と関係あるのだろうか・・・。)」
吸血鬼軍では各々が王にならんとして権力闘争をしていたはずだが、ここに居て彼らのやりとりをみる限りそうした政治闘争が行われている雰囲気はない。
肉体を失った後、彼らは本質的に何かが変わったに違いない。
レミリア・スカーレット、もしくはフランドール・スカーレットは、真の王の資格者であることに間違いないだろう。しかし、まだ真の王とは言えない。
魅魔は、レミリアを真の王にしようと目論んでいる。それもかなり強引に・・・。魅魔を動かしているのは単に個人的な感情だけではなく、ここにいる吸血鬼の魂達の期待を背負っているからだろうか。
その理由を知る為には、彼らがここで何をしているのかを知らなければならない。
「あなた方はここで何をしているの?迷い込んだ魂を釣り上げて遊んでいるだけではないでしょう?」
妹紅は質問に答えず、質問で返した。
「質問に答えて欲しければ先に名を名乗ってくれ。」
「失礼・・・私は藤原妹紅。」
「藤原妹紅よ。我々の姿を見てどう思う?」
「どうって・・・。」
肉体の無い霊的な存在という感じではない。サーヤの全体的に朧気な姿と比べると実体にかなり近い。しかも亡霊のような生前の肉体に執着を引きずっている感じでもない。元々そうだったように振る舞っている。
「他とは違う・・・としか分からない。」
「そう、我々、吸血鬼始祖は他の生き物と根本的に違う。」
「どう違うの?」
「我々には死の概念がないのだ。」
「死が・・・ない?」
吸血鬼の始祖は人間が文化を持つはるか以前から存在し、風見幽香と同じ古妖(こよう)の一種であるが、死なない、死ににくいということではなく死という概念すらないということである。肉体は滅んでも存在は永久に存在し続けるという事である。
「創造主とやらが、我々を創る時に死という概念を与えなかったのよ。」
カーミラではない少し甲高い女性の声。
「失敗作ともいえる我々を元に、人間や他の知的生命体が創られた・・・と言ったら藤原妹紅は信じるか?」
月の世界の創世を聞いた妹紅としては、その話の真偽はともかく受け入れる事は出来る。ただ、それを知っていながら、派閥闘争をしたり、幻想郷に来て戦争を起こす事もないだろうとは思う。色々と矛盾を感じる。
妹紅は発言者に振り向きつつ答えを保留した。駆け引きとしてではなく、単純に即答できなかっただけである。
「我々は忘れてしまっていたのだ。」
カーミラが言う。
「何を?」
「我々は死を探し求め流浪していたことを・・・だ。」
「死を探し求める?」
妹紅はこの時、死ねない自分と彼らを重ねた。
「世界に人間の造った文明など無かった時代、我々は世界に散って死という概念を探し求め彷徨っていた。」
「やがて人間が現れ、我々と接触し、様々な衝突が生まれた。」
「最初は、虫がまとわりつく程度のものだった。」
「それが次第に鬱陶しくなり、それらを排除したり手なずけたりする内に、我々は彼らの文化に取り込まれ、価値観を変えてしまったのだ。」
「なるほど・・・。」
無欲だった彼らに欲が生まれ執着心が芽生える。小さい事にこだわって生きる目的を見失ったのだ。しかし、戦争で敗れ肉体を完全に滅ぼされた彼らは、俗世との関わりが断たれた時、ようやく本来の目的を思い出したのだ。
「我々には古来より言い伝えられた言葉がある。流浪の民である我らが再び集結した時、死の運命(さだめ)を与える真の王が誕生するとな。」
それは運命を操る力・・・レミリア・スカーレットの持つ力のことか!
吸血鬼に関する話は魅魔から聞いていた。娘を立派に成長させたい親心のような感情がレミリアに対する特別な想いとなって魅魔を動かしていると妹紅は思っていた。しかし、どうもそればかりではないようだ。例えば、本当の目的が彼らの救済で、レミリアの能力を単に利用しているだけかもしれないのだ。
恐らく目的の順位に上下はないだろう。全てひっくるめて魅魔は吸血鬼を助けようとしているのだ。
しかしそうなると、仮にレミリアに対する想いではないとしたら、魅魔の吸血鬼救済の強いモチベーションはどこから来たのだろうか。
彼らの口から魅魔というキーワードは出た。それは敵として知っているからか、それとも何か彼らと深い関係があっての事か。
妹紅は記憶を辿った。
魔理沙に危険地帯としてこの西洋墓地を教えている。と言うことは、そこに何がいるかを魅魔は知っているという事だ。では、彼ら吸血鬼の魂はどうやってここに来たのか?戦争の後始末については魅魔がやっているはずだ。この場所を選定し、彼らを移動させたのは魅魔だろう。ならば、魅魔と彼らはある程度深い関係になっていてもおかしくはない。
「魅魔は・・・どうしてあなた達吸血鬼の肩を持つの?」
妹紅は話の前後に必要な説明を敢えて省略して単刀直入に聞く。
「・・・。」
押し黙るカーミラ。しかし別の声がその理由を教える。
「魅魔は女だ。」
「つまりそういうことだ。」
男性の声が短く続く。
「!・・・なるほど、そういう事なのね。」
盲点だった。吸血鬼に対する想いは、アルカード・ブルブラドという個人に向けられたものだったのだ。それは、単に男と女の関係だけではないだろう。人としてその存在を高く評価し、崇拝に近い感情があったのだ。つまり、魅魔はアルカードに惚れていたのだ。
「敵の男に惚れるとは、節操のない女だ。」
カーミラが言う。しかし、その言葉とは裏腹に軽蔑の感情は籠もっていない。
「お前も人の事言えんだろう。」
周囲からせせら笑う声が立つ。
「くっ・・・。」
なるほど、カーミラもアルカードに惚れていたのか・・・ヴェントルーに執拗に嫌がらせをしたのはそういう事だったのだ。女心とはそういうものだと女である自分を棚上げする妹紅。
「カーミラだけではないさ。奴は男のオレでさえ魅了する。」
本気とも冗談とも取れるいたって真面目な野太い声に、周囲に様々な感情を含んだ笑いが起こり、ため息のほとんどが女性のものである。カーミラ以外の女性も密かにアルカードに想いを寄せていた者は少なくないのだろう。
「今の私達には、惚れた腫れたの愛欲も何も無い・・・。」
「・・・ただ、あるのは思い出だけだ・・・。」
昔を懐かしむような声が続くと、潮が引くようにざわめきが収まっていく。
「・・・。」
妹紅が何かを言おうとしている事を察知して、周囲が聞く態度になる。
「・・・私は、サーヤの娘魔理沙に会い、そこで魅魔を見つけたの。魅魔は今でも吸血鬼救済の為に行動している。私も少しその手伝いをしているわ。」
周囲の空気が変わる。
「我々にはもはや死以外欲しいものはない。そなたにわかるまい・・・この気持ちを・・・。」
自分達の気持ちなど誰も分かるはずがないという口調で諦めるように言うカーミラ。
「わかるわ。」
その言葉に妹紅は強い口調で即答した。
「!!」
妹紅の言葉に最初は口先だけのものと怒りの反応を示したカーミラだが、その目を見て何かを悟り怒気を収める。
「・・・お前も死を探し求めているのか?」
「昔はね。」
「そうか・・・そなたの旅が無事終わる事を心から願おう。」
「ありがとう。」
「では、さらばだ。」
妹紅を取り囲む陰が一斉に頭を下げ、その姿勢のまま後ろに下がり、出てきた時と同じように背景に溶けていく。
最後にカーミラが掴んでいた棘の戒めを放り投げるようにして踵を返し景色に染み込む。
「ふー。」
何かをやり遂げたという達成感を覚えながら、一つため息をついた妹紅は、サーヤに歩み寄り首に巻かれている棘を取ろうとする。
「どうか、このままで。」
サーヤはその妹紅の行動を拒絶した。
「何故?カーミラはあなたを解放したのではないの?」
「私を縛る力が魔理沙を助ける力を呼んだのです。これは制約という名の呪い。私の苦しみはあの娘の救済の力になるのです。」
呪いの仕組みを魅魔から聞いていた妹紅は、サーヤのその言葉にはっとなって手を引っ込める。呪いが成就された時、彼女の魂は消滅する。
「いいの?」
「ええ・・・それより、娘の為に骨を折ってもらい本当にありがとうございます。そう願ってこんな賭けをしたものの、本当にそれが・・・。」
そこまで言って感極まって言葉を詰まらせるサーヤ。
「まだよ。まだ終わっていない。」
「ええ、わかっています。でも・・・。」
文字通り命を賭けた母の想い。彼女の魂の死を無駄にしないためにも、魔理沙救済は絶対に成功させなければならいと、改めて心に誓う妹紅。そして・・・。
「運命を紐解けば、私の完全な死を見つける事ができるかもしれない・・・。」
もちろん、今すぐでなくていい。最期が訪れない人生の虚しさは吸血鬼達に教えられた。それを熱望する思いも妹紅には理解出来た。
吸血鬼救済はもはや魅魔や紫の関係する他人事ではなく、自分自身の大きな問題に繋がる案件となった。
「誰の為でもない。自分自身の為に・・・。」
三賢者会議を前日に控えた白玉楼。
「納得できません!」
「あなたが納得する必要はないわ。誰かに言われて無理やりというわけではなく、私が会いたいから呼ぶのよ?」
「ですが・・・危険です。相手は極悪人ですよ?」
「それは、紫のでっちあげと何度言えば・・・。」
「私は直接剣を交えたんです。私にはわかります!」
西行寺幽々子とその従者魂魄妖夢の口論の声が白玉楼の広い庭に木霊する。
白玉楼は生前、芸能文芸に秀でた者が死後逝く大陸の文化体系に属する古い冥界の一施設で、厳密に言うと日本とは関係のない場所であった。
大陸は異民族の侵略で国家が呑み込まれ、継続した文化体系が完全に断絶させられてしまうと、文化思想は古い文献として形だけが残り、人々の生活に根付いていた古き良き文化思想は孤立し幻想と化してしまった。
古くから大陸との交流があった東端に位置する島国は、それらの影響を受けつつも独自の成長を遂げ、やがて日本と名乗り大陸から精神的自立を果たす。
独立後も積極的に交流した彼らは、多くの文献を大量に日本に持ち帰り研究発展していく一方で、大陸では資料として残された過去の栄華と思想は、人々の生活と全く接点がなくなり幻想と化していく。
大陸の古い思想の中で生まれた施設である白玉楼もまた幻想と化し、その他の多くの忘れ去られた施設とともに大陸文化の正当継承地日本に移設され、芸能文芸の聖地として冥界の一画に管理保存されたのである。
西暦672年、壬申の乱で後の天武天皇である新羅人が勝利し日本に朝鮮人の新王朝が樹立される。
歴史の表向きは、天武天皇は天智天皇の弟として歴史資料を改ざんしたが、天武系の皇統が途絶えた後の取り扱われ方からもわかるように天武天皇の系譜は区別され、事実歴代天皇の菩提寺に祀られていないなど、皇統の黒歴史とえる時代。
そして、この政変は、幻想郷とは必ずしも無関係ではないのである。
当時天皇の役割と言えば、世界を無事平穏に治める事である。
科学的な根拠が立証されている現代では、事後処理の問題はともかく天災そのものを統治者の責任にはしない。しかし、この当時は、台風や地震、火山の噴火、日照や大雨、疫病などで治世が乱れるのは、天皇の不徳によって引き起こされると信じられており、それが原因で天皇が変わる事は珍しいことではなかったのである。
言霊という口に出した事が現実になるという今ではカルトじみた事も当時はそのまま信じられており、汚い言葉はもとより、呪いを掛けられる恐れがあると、本名を隠して口外しないのが当たり前で、本名を呼ぶことは恐れ多い事だったのである。因みにこの諱と字の風習は外界では明治維新頃つまり、博麗大結界の時代まで続いていた。
因みに幻想郷は天皇の治世を受けておらず、文化風習も独自のものだった。
そんな時代、官僚になる為に必要な教養は歌(短歌)を上手に詠めるというもので、当然それが出来る者が偉くなれるということであった。
天皇の系譜が天武系、つまり朝鮮系に移行すると教養レベルが落ち歌の質、つまり政治の質も落ち始める。
当時、歌聖と謳われた『西行寺人麻呂』はその情勢の中で教養がない朝鮮人から官僚試験に合格するための歌の代筆を多数依頼されるようになった。
当然の様に断る誠実な人麻呂とは別に、積極的に歌を提供する金の為に官位にこだわらない『柿本猿彦(ましらひこ)』という人物が台頭を始めた。歌を売って生計をたてた猿彦は自分の歌で偉くなった官僚に取り立てられる。
この不正を暴いた西行寺人麻呂によって柿本猿彦は失脚し島流しになるが、この事は歌の才能がない多くの朝鮮貴族官僚を怒らせる事になった。
当時天智系、つまり天皇の正統な皇統側に雇われていた岩老系対妖事請負(いわろうけいたいあやかしごとうけおい)と呼ばれる妖術使いの集団は、陰陽師や妖怪を雇い西行寺人麻呂の命を狙う朝鮮貴族官僚らの攻撃を防ぎ、その実力を発揮し裏社会で台頭を始める。
彼らは元々は実質朝鮮王朝である天武系の転覆を謀る為に天智天皇系に雇われた荒事集団であり、その後天武系の系譜を途絶えさせその息の根を止める事に成功し、皇統を本流に戻す壮大な事業に絶大な貢献をする。
古き良き日本の美しい伝統を重んじる西行寺家は天智系の皇統の者から手厚く保護され大きくなり、その家名は教養の無い元は新羅の進駐軍の名ばかり貴族の前に大きな壁として立塞がった。
しかし、その栄華は永く続かなかった。娘が誕生して以来、家の周囲で怪事件が頻発し西行寺人麻呂は志半ばにして鬼籍に入る事となる。
その後、あまりの惨状に歴史の闇に葬り去られ記録も残されなかった謎の大量死事件『西行寺の怪』が発生するが、この時期はまだ天武系の時代、天智系の不祥事とされる事を避ける為、岩老系対妖事請負を派遣し事を隠密裏に収めた。この時、西行寺家に組みする一族郎党全てを歴史上から抹殺したのである。
才能のない官僚の為に歌を提供しそれを西行寺に咎められ失脚し島流しになった柿本猿彦は、西行寺の不祥事を隠す為に、偉大な歌聖としての西行寺の功績を猿彦にすげ替え、後に『歌聖・柿本人麻呂』となる。
官位も低くしかも島流しになるという不名誉な記録が残されていながら、歌聖という過大な評価を得ている理由がここにあった。
当時、大陸の文化を積極的に取り入れて、神道・仏教・陰陽師と区別せず融合させた博麗系妖事請負集団は、人種という境界線を取り払い自由な発想で妖怪とも協調し天武系統治下の畿内で裏事・荒事を請け負って勢力を拡大していた。
自身優れた陰陽師でもある天武天皇は、特に博麗系陰陽師派を優遇し天智系の強大な対妖請負集団の抑え役として重用した。
天武天皇系の血筋が断絶すると再び天智天皇系が皇統に復帰、以後博麗は追われる身となる。
陸の孤島でもある穢多の村に島流しされた博麗は、陰陽師派を殆ど失い、更に当時旧仏教を信仰していた仏教派は、密教などの平安新仏教に押されて衰退する。神道派を中心に一部が生き残り、その系統を今も残している。
因みに現在の博麗神社の巫女が使う技の多くは陰陽師であり、ほとんど神道は使っていない。
博麗が入植したこの村はいつしか幻想郷と呼ばれるようになり、時代の隆盛の中で失落して歴史の表舞台から去る者を庇護して、時の政治中枢と隔絶した独自の世界観と思想を形勢していくことになる。
平安時代、皇統を苦しめる藤原氏の開祖藤原不比等は、元々は天智天皇から藤原の姓を賜った藤原鎌足の子で皇統が天武系に移行した時は下級役人に落ちぶれていた。
その後、文武天皇擁立に尽力して出世。大納言に昇進した当時、蓬莱山輝夜に求婚。これに失敗したした不比等は輝夜を文武天皇に紹介して出世に利用した。世渡り上手な不比等は皇統に侵食し藤原氏隆盛の基礎を作ったのである。
その一方で父が天智天皇の忠臣であった関係から、当時冷や飯を食わされていた天智系の者を密かに援助し、見返りとして皇女の一人を娶って両皇統にパイプを作ったのである。
このコネクションが後の藤原氏の隆盛の一助になったことは言うまでも無いが、当時は皇統に二股を掛けている事は秘密であったため、公にできない子供が何人かいたのである。
歴史に『もし』は禁物だが、皇統がこのまま天武系で進んでいれば、現在の幻想郷は無かったかもしれない。いや、天皇の後ろ盾を得た博麗の幻想郷こそが日本の本流になっていたのかもしれない。
歴史の中でそれぞれが独自に歩んだ道は、やがて一本に道に集まり共通の世界で折り重なっていく事になるが、この時代にそれを予見できた者は誰一人いなかった。
白玉楼という存在が幻想郷に知られるようになったのはつい最近の事である。
八雲紫が博麗大結界の施行後、幻想郷を一時離脱した約100年間、長く放置されたことで冥界との結界に綻びが生じてしまい、やがて隔絶していた互いの世界が干渉し始める。
以前から謎だった西行妖という妖怪桜に封印されているといわれる『あるモノ』の解明を目論んでいた西行寺幽々子は、その謎の解明には西行妖を満開にしなければならない事を突き止める。
幽々子は、次第に大きくなる結界の綻びを利用し、外から春を集め季節の無い白玉楼でも、外から春を呼び込めば桜は咲き満開にさせる事が出来るのではないかと思いつく。
当初この企みは春度が足りず成功はしなかったが、次第に大きくなる結界の綻びのお陰で、年を追う毎に春度が増えていった。
十分な春を集められそうになったある年の事、その少し前に幻想郷に復帰していた八雲紫はそんな旧友の幽々子の企みを阻止しようと密かに監視しており、これを止めるため良策を探していた。
結界を閉じれば済む問題だろうが、寸での所で企みを阻止される幽々子の気持ちを考えると心が痛む。では、自らが立ち向かって実力で止めるか?強者同士の対決はどちらかが死に至る重大な結末になるかもしれない。
紫はそこで一計を講じる。
導入したばかりのスペルカードルールを幽々子との再会祝いとして贈り、更に花見がてらお祝いしようと幻想郷の春を大量に持ち込んだのである。
これまで自然に冥界に流れて込んでいた春は、幻想郷の春の余り物の様なもので春という季節にほとんど影響が見られなかったが、ここに来て大きな影響が出始める。
幻想郷の春を大量に冥界とられてしまった事による春が訪れない春雪異変の発生である。
これによって幻想郷に桜の季節に大雪に見舞われ、それを調査しようする者達が現れるのだが、八雲紫はそうした者を白玉楼におびき寄せ幽々子の問題を解決させようと目論む。弾幕戦なら殺される事もないだろうし、弾幕の楽しさを覚えれば幽々子も今行っている企みに拘らなくなるだろう。
そんな中、博麗神社の巫女が真っ先に動いた。
お手並み拝見とそれを見ていた紫だが、異変は霊夢によって見事解決された。その後、八雲紫は初めて霊夢の前に現れその実力を試したのである。
以後、八雲紫は博麗霊夢を気に入り、頻繁に干渉するようになったのは言うまでもない。
八雲紫は幽々子を一人しておくと、また人知れずおかしな企みをするだろうと考え、幽々子に退屈を与えないようにするのが得策と思い、幻想郷と白玉楼を行き来できる状態にした。勿論、西行妖が満開にならない程度に。
そんな幻想郷と隣合わせになった白玉楼では季節が生じるようになり、主に桜の名所として有名となり春になると花見客で賑わうようになった。
庭園の管理者でもある庭師の魂魄妖夢の仕事は増え、更に幽々子がフラっと外に出る事も多くなり気苦労も増えた。
そこに来て不死人が幻想郷に現れ、生きとし生ける者全ての天敵として無敵の称号を得ていた幽々子の地位が揺らぎ始め、苦労性の妖夢の気苦労は頂点に達していたのである。
そしてあろうことか主の幽々子はその危険な不死人と会うと言い出し、更にこの白玉楼に招くと言うのである。
門番、庭師、その他諸々の白玉楼に関する肩書きを自称する幽々子の僕である妖夢としては、それだけは何としても阻止したい事であった。
「やはり危険です。どうか考え直してください。」
「でもね妖夢・・・。」
「幽々子様ぁ~・・・。」
最後には泣きが入る妖夢。
「・・・。」
今となっては藤原妹紅を悪人と言う者は幻想郷にはいないだろう。あの不死人狩りに参加した者の中には、その行為に罪悪感を持つものさえいたほどである。
妖夢もそれは気付いているはずである。では、何故妖夢がここまで不死人にこだわるのか?幽々子はそれも分かっていた。
妖夢はあの戦いで、初めてその剣で人を斬ったのである。悪人と聞かされ、しかも不死身という事だから躊躇わず出来た事であり、それが罪もない普通の人や妖怪なら出来ない事であるし、やってはいけない事である。
もし藤原妹紅が善人であるなら、妖夢は善人を斬った事になる。善人を斬るなど剣士として最低の行為、人としては犯罪である。
妖夢は未熟だった。その問題と正しく向き合う事が出来ず、謝罪という選択肢を選べる度量がなかった。出来る事は相手を悪者にし続け、自分の犯した行為を正当化する事だけである。
幽々子が妹紅を白玉楼に呼ぼうと思ったのは、自身も会いたいという想いがあったからでもあるが、何より妖夢に謝罪の機会を与えたかったからである。
自分で割った壷を野良猫の所為と頑なに言い張る年頃でもないと思うのだが、この調子ではまだまだ時間がかかりそうである。
そもそも、妖夢がこうなってしまったのも紫の言葉を真に受け、極悪人の不死人として妖夢に成敗させようとした自分の軽率さからである。妖夢一人を責めるわけにはいかなかった。
「・・・分かったわ。藤原妹紅を白玉楼に入れるかどうかはあなたの裁量に任せます。」
これ以上強く言う事が出来なかった幽々子は妖夢に妥協する。
「あ、ありがとうございます!幽々子様!」
ぱあっと明るい顔になり元気な声でお礼を言う妖夢。
「でも、妖夢、これだけは約束なさい。無下に追い払うような恥ずべき行為は絶対にしないこと。口上を聞き、藤原妹紅という人物をしっかり見極めてから対応しないさい。いいですね?」
「・・・わかりました。」
幽々子の注文に即答せず不満そうに了承する妖夢は、正座のまま頭を下げ面白くなさそうに半人半霊の最も顕著な外見的特徴である大きな魂魄を引き連れて幽々子の部屋を出た。
「まったく・・・向こうの世界でいえば既に1000年は生きているはずなのに・・・。」
退室した妖夢の残像でも見ているかのように、先程まで彼女が座っていた座布団の温もりに話しかける幽々子。
時間の概念がまるで違う冥界と顕界を同じ感覚で語るのは無意味だが、幻想郷と繋がり人々や季節の移ろいを観て、心の成長があっても良いと思う幽々子である。
生前の記憶を無くし来る者全てを死に追いやった冥界の狂い姫。魂魄妖気に守られ、八雲紫の来訪とともに彼は去った。妖夢はそれをその目で見てきたはず。
その後、八雲紫を通して届く手紙や食物といった季節の便りが幽々子の心を揺り動かし、止まった時の中で変化を促されてきた。100年程前、音信不通となってからは大きくなる結界の綻びから季節の変化を感じ、流れてくる僅かな季節の変化を愉しんできた。
「妖夢はこれまで何も感じず、ただ生きて来ただけなのね・・・。」
妖夢が何の為に生まれ、傍らにいるのか幽々子もその本当の意味を知らない。その意味を知らないのなら作ってあげたいと思う。
この後、妖夢の人生を大きく変える悲劇の到来を、流石の幽々子も予見することはできなかった。
香霖堂を出た藤原妹紅は、霧雨魔理沙の隠されていた秘密を完全に掌握し、予想が全て事実であった事が証明され、妖事請負としての矜持が満たされ満足した表情を浮かべていた。
「さて、これからどうするか・・・。」
先程転写眼で焼き移した魔法の森の地図を見つめながら、今後の行動をどうすべきか思案する。
八意永琳に八雲紫に関する情報を因幡てゐを経由して提供する段取りは整えた。魔理沙に関する疑問点も解決出来た。胃袋もすっかり落ち着いた。取りあえず今日予定したやるべき事は一応全て済ませた事になる。
「しかし・・・。」
魔理沙を救った霧雨サーヤが今どうなっているのか気になるところである。
妖術使いとして行動する藤原妹紅は、常に公的な立場にいる事を意識してそれを行動規則として自らを律している。力とは大義に制御されるべきであり、大義なき力の行使は遺恨を残すだけであると心得ている。
妹紅の所属していた岩老郷妖術使いの里は、武士の発生起源よりもだいぶ前から存在する朝廷の荒事を請け負う外部委託組織である。正式には岩老系対妖事請負と呼ばれており、岩老郷に属する者は公僕という扱いで、公務以外の対外的な私的死闘を固く禁じられ、朝廷の為にのみ任務に従事し、莫大な報酬を得ていた。
妹紅にとって戦いとは公的な仕事であり、朝廷との繋がりが途絶え独りとなった後も、基本的に妖怪退治という仕事を公務と位置付けて、それ以外で術師として技を使う事はなかった。
外界での術師としての最期の仕事が八雲藍討伐で、それ以後身体を不死鳥に乗っ取られ一向宗討伐という人間狩りをしてしまうが、これは術師としてではなくただの殺人鬼の仕業だった。
幻想郷入り後、永遠亭を仇として公的な任務と位置付けて復讐を果たそうとしたが、彼らがその崇高な信念をぶつけるに値しないゴミ屑以下だと知ってからは、術師として彼らと対する事はしなかった。
妹紅は風見幽香と出合った当初に幻想郷についてあらかたレクチャーを受けたが、幽香なども含めた八雲一家と博麗神社の関係、八雲紫の重要な役割を知り、そこで紫を幻想郷の事実上の主と認め、幻想郷に関する彼女の頼みを勅旨と受け止める事にした。今回の異変で無条件で紫の指示に従うとしたのも、この異変を公務と捉えていたからである。
紫が関係する荒事については公的任務と受け取り、術師としての妹紅本来の力を解禁しても良いと自分の中で決めた。先日の永遠亭との戦いは正にソレで、公僕として自己を捨てたのである。
不死人狩り当時は八雲紫という存在を認識しておらず、この戦いを私闘と位置付けて相手を痛めつけても良かったのだが、この時、妖怪達の思考に一定のベクトルがかかっているのを感じとり何者かの意志による組織的な行動と見て様子見を決め込み手をださず、永遠亭に対する復讐に利用した。結果としてそれは八雲紫の失態を防ぎ、その立場を救ったと先日、八雲藍から聞いた。
妹紅は異変に関するこれまでの全てにおいてその結果に満足している。
だが、魅魔の件はそれとは違う。魔理沙の事は任務のついでとしても、吸血鬼の件は完全に私闘となり、更に言えば八雲紫に対する背信行為となる可能性がある。
風見幽香にそれを教えられるまで気が付かなかった自分が情けないと思うと同時に、その事を教えてくれた彼女には感謝しなければならないだろう。
「・・・。」
妹紅は香霖堂の入口の前で、右手の森か左手の里かどっちに進むか迷う。
今晩、三回目の魅魔との会合は、吸血鬼と距離を置きたいとは思うものの、話の成り行きから断る事も出来ない。魅魔と紅魔館のみの交渉だけだとしても、魅魔を呼び出せるのは現状妹紅だけなので、必ず立ち会わなければならないのである。
魔理沙の母親の件については敢えて踏みこまなくてもいい領域でもあるし、それに関われば、吸血鬼の時のようにまたおかしな方向に行くかもしれない。ただ、この件に関しては妹紅の個人的な事なので、紫に対する裏切り行為にはならないだろう。
里の方を向き家に帰って夜まで休もうかと思うが、激しく後ろ髪を引かれる妹紅。
「やれやれ・・・。」
先程の森近霖之助の涙を思い出した妹紅は、頭を掻いて自分の気持ちに背くのを止めた。
東西に長い魔法の森の中央から西側の一体は南側に博麗の里、北側に霧の湖を挟んで紅魔城を配し、吸血鬼戦争当時は常に戦線が不安定な激戦区の一つだった。
見通しが悪いため両軍共奇襲をかけるうえで最適な魔法の森だったが、数的に不利でしかも包囲されている吸血鬼軍は開戦当初は守勢で、数的不利を挽回するために森に大量の罠を埋設させ南側からの侵入速度を鈍らせていた。大量に埋設された罠は、迂闊に侵入して被害に会う愚を避けかなりの数の罠がそのまま放置され、未だにその危険性が取り除かれていない。
戦後に罠の解除中に事故を起こし連鎖的に被害が広がり、これによって森の性質が大きく変わってしまい、500年経った今でも有毒な危険地帯を残す結果となった。
比較的最近幻想郷入りした妖怪の中にはそのことを知らず住処を探して森に入って被害に会う者がいる。
戦争後半の吸血鬼軍の攻勢の際には、この罠が邪魔をして最も楽に落とせるはずだった博麗の里への侵攻がままならず、里は被害を最小限に食い止め終戦まで持ちこたえることが出来た。
玄武沢と呼ばれる岩の多い一体は大戦時の影響で地形が変化したとも言われるが、風穴がいたるところに開いており、どこからくるのか常に中から空気が流れて出て周囲の毒気を飛ばしているので魔法の森の中ではそこは比較的安全な場所となっている。
秋から冬にかけては妖怪の山から吹き下ろす「山おろし」という季節風で森の危険地帯は東に移動し、春から夏にかけては南東の南風で危険地帯は西に移動する。
魔理沙の家はそれほど危険ではないが、西風が強い日は神社に避難している。
一度空に上がった妹紅は、霧の晴れた湖とその先の紅魔館を視界に入れる。霧が晴れるのはとても珍しいことなのだが、湖のことなど全く気に留めて生活していない妹紅としては、それがどれくらい珍しい事なのか分からず特に関心も感動もなかった。ただ、山と湖と館という構図の景色はとても美しいと感じた。
竹林上空から見た時より湖は当然近く見え、鏡のように景色を反射している。これはさざ波がほとんど立っていないほぼ無風状態を意味している。
妹紅は身体を横に向けて魔理沙の家の方を見る。
「やってるな・・・。」
無風なので森の一画から立ち上る一筋の煙が見える。よく見るとその向こうの左手にも煙が立っており、あれは魔理沙が言っていたアリスという森に住む人形使いの家のものだろうか。
妹紅は、魔法の森の地図を写した呪符と景色を見比べて、西洋墓地のあると思われる場所に目星をつける。
香霖堂からだと紅魔館まで真っ直ぐ繋いだその線上にそれはあると見た妹紅はひとまず紅魔館を正面にして飛ぶことにした。
西洋墓地は上空からその形を見ることは出来なかったが、明らかに周囲とは違う気を放っているので、直ぐに場所はわかった。
妹紅は直接墓地の真上から降りる事はせず、少し離れた場所に降りて徒歩で現場に向かう。
墓地というと、頻繁ではないにしろ人の往来があってしかるべきで、その痕跡はどこかにあるものである。しかし、少なくとも妹紅が降りた周辺には人の通った痕跡はなく、その状態は墓地に着くまで全く同じだった。
魔理沙の家や香霖堂付近の森は明らかに人の手が入った形跡があり隘路となっているが道はしっかり存在した。しかし、ここには全くそれらしいものがない。
鬱蒼と茂った森は光を遮り中は日没後の様に薄暗く、垂れ下がった木の枝や蔓で視界が悪い。木も地面も全体的に苔が生し、空気の流れがないせいか湿気でカビ臭く、周囲は悪い病原菌の吹きだまりのようで、つい手で口元を覆ってしまう。
薄もやの正体は霧ではなく菌類の胞子や微細な虫が漂っている為で、毒がなくても大量に吸えば普通の人間なら身体を壊す可能性がある。
小動物の姿は無く、じっとしていれば、至る所から蟲や粘菌が這い寄ってきて靴が汚れる。
美しい自然などと言うが、不衛生で汚いこの森もまた自然の一つの側面である。
不快感に耐えつつ、森を分け入るとやがて空が小さく見える場所に出る。
わずかな木漏れ日が薄もやがかった汚い森の景色にほんの少しだけ清潔感を与える。見たこともない植物が木漏れ日の下で小さな毒々しい赤い花を咲かせおり、その周囲に小さな羽虫が飛んでいるのが見える。生えている植物が周囲と若干違うが、陽光の差すその場所には小さな生態系があることが分かる。
少しの間その光景を眺めていたが、その周辺に疎らに石がある事に気付く。気付くのに時間が掛かったのはそれらに全て苔が生して地面の凹凸にしか見えなかったためで、それに気付くとこの周囲一帯がそうした石で一杯であることが改めて確認出来た。これは墓地が近い事を示している。
禍々しい気は、木漏れ日の広場の先だ。妹紅は意を決してそちらに足を踏み入れる。
全体が緑がかった薄暗い靄を抜けると、明らかに人工的に作られた石の板を見つける。墓標だろうか。
石の板を地面にそのまま置いたように見える。棺の蓋にもなっているのかもしれない。ちょうど人を寝かせたほどの大きさの長方形の石ばかりである。
石碑のように立てて置かれている石もあるが、苔がびっしり貼られて何が書いてあるのかわからない。そもそも石と決めつけているが、表面が見えないのでそれを石だと目で確認しているわけではない。
人の入った形跡を見つけてそこに近付いた妹紅は、恐らくこの辺に魔理沙が倒れて、魅魔らがここで何かをしたのだろうと、当時の様子を頭に想像してみる。
「サーヤはどこだろう・・・。」
妹紅がそう呟いた時である。キーンという耳鳴りで周囲の気圧の変化を察知し、探索行動をやめてポケットに手を入れる独特の戦闘体勢をとる。
「呼んでる・・・。」
妹紅は誰かに呼ばれている気がして周囲を見渡す。直ぐに片手で持てる程の小さな光る球体を発見する。
「人魂か・・・。」
近付く妹紅から逃れる様に奥に進むその光の球。妹紅は逃げる光を追わずその場で止まったが、同時に光の球も止まる。
「ついてこいって事か。」
妹紅は光の球の動きの意味をそう解釈して再び後を追い始める。
地面から生えるように飛び出した石の墓標と思われる物が乱立する場所に来る。その一つの上で止まった光の球はそこで消える。
妹紅はその光が消えた石の周囲を調べる。目星を付けた石に手を触れてみるが何の手応えもない。しかし石の後ろを覗き込むとそこに小さな壺を発見した。骨壺である。
「これがサーヤの遺骨か・・・。香霖堂の店主はここに置いたのかしら。」
妹紅がその骨壺に手を伸ばした時、突然後ろに人の気配を感じ振り向く。
「!」
振り向いた妹紅は、マルキで見た絵と同じ顔の女性をそこに見る。
「サリマン・・・クロォイツ・・・。」
霧雨サーヤではなく、本名を口にする妹紅。その姿は朧気で明らかに実体ではないと分かる。
「私の名前をご存知の様ですが、私はあなたを知りません・・・。どのような用件でそれを取ろうとしていたのでしょう?」
それとは骨壷の事である。
「・・・魔理沙、霧雨魔理沙の件で来た。」
妹紅が魔理沙の名前を出したその時である。妹紅を中心に半径2メートル程離れた空間全てが歪み始め、まるで背景と同化する擬態を解除した様に、フード付きのマントで顔から全身すべてを覆い隠した人のような無数の影が次から次に現れてあっと言う間に妹紅を取り囲む。
何者かが隠れている痕跡を全く感じなかった妹紅は流石にこれには驚き声も上げられず、骨壺を取ろうとして中腰のままサーヤに振り向いた体勢でその様子を見入るように固まってしまう。
その人影は背格好はばらばらだがマントの形状は同じで、それぞれ絵柄が異なった十種類程のデザインが確認できた。総勢30人以上というところである。
上半身だけ回して周囲を見渡し、完全に取り囲まれた事を理解する。もはや腹をくくるしかない。
しかし、どうも雰囲気がおかしい。こちらを害すような殺気は微塵も感じず、眼中にないのかむしろこの状況を楽しむ様に皆一様にフードの奥で笑みを浮かべている雰囲気である。
その内の一人がしゃべりはじめると、堰を切るように周囲がそこかしこで雑談するように騒ぎ始め、墓地全体がざわめき始める。
「どこの誰かは知らぬが、生憎この女の魂は我々が先に手を付けたのものだ。」
女性の声だった。
「しかし、本当に現れるとは思わなかったな。」
男性の声である。
「そうなると、賭はこの女の勝ちか?」
「いやいや、まだまだ勝負はこれからだ。」
何を言っているか意味が分からないが、どうやら何かの賭け事について盛り上がっているようである。
よく見ると霧雨サーヤ、サリマンは首に棘の輪を掛けられており、捕らわれの身という印象を受ける。
連中は一体何者なのだろうか?サーヤとは違い、上半身は実体に見えるが下半身が朧気で生者には見えない。この一人一人が余裕で風見幽香を超えるほどの力を持っていると感じる。これほどの力を持つ者がこれまで無名でいることが信じられない。それとも自分が知らないだけで、彼らは幻想郷では有名な集団なのだろうか?
妹紅は、輪の中心にいながら何故か話の蚊帳の外にいるようで居づらさを感じる。
誰かがそれに気付いたのか、話題を妹紅に振る。
「失礼した客人よ。我が名はカーミラ、トレメールの血盟主。一応ここのリーダーの様なものだ。」
それは、先程一番先に聞いた大人の女性の声だった。その逞しく凛々しい口調は風見幽香の様である。リーダーと宣言した時周囲から「ふん」という鼻を鳴らすような声がいくつか聞こえた。皆ほぼ同格という自負心からだろう。
「(トレメールってどこかで聞いたような・・・。)」
妹紅はどこかで聞いた事のある言葉だと、そう遠くない記憶を辿る。
直ぐに思い出した。吸血鬼の血盟の一つで、謀略に長けアルカードに背き続け、下った後は幻想郷軍を最も苦しめた吸血鬼軍の総司令官の所属する血盟が確か『トレメール』といった。
「(こいつら・・・吸血鬼の始祖の霊か!)」
全方位を霊に囲まれ蛇に睨まれた蛙のようにじっと動かない妹紅。動きたくても迂闊に動けない。
相手はこちらの言葉を待っているかのように、先程の喧騒とは打って変わって静寂が墓地を支配している。
「私は、サーヤに会いに来たの・・・。」
「会って話すだけならいくらでもしていくがいい。だが、こやつの魂は我々のものだ。取り返しに来たというなら応じられぬ。」
「・・・誰かが言ったけど・・・私が来るのを予想してた?」
本当に来るとは思わなかったという声の意味を妹紅は聞いた。
「我々は賭をしていたのだ。」
恐らく、妹紅が訪ねたセリフを言った者だろう。しかし、声が頭に直接飛び込んでくるせいか、誰がどこでしゃべっているのかわからない。ただ、サーヤの魂は自分らのものと宣言したトレメールのカーミラと名乗った者は、恐らくサーヤの首に巻かれている棘の戒めを持っており、その立ち位置から誰かを特定できる。
「賭?」
妹紅がその事を訪ねると、カーミラが戒めを少し引くようにして何かを合図する。サーヤ自身の口から話せという合図だろう。
「私の娘がここで無礼を働き為す術もなく殺されてしまいました。娘の魂は奪われこの方達のものになってしまったのです・・・。」
悲しい表情で妹紅をじっと見つめながら理由を話し出すサーヤ。妹紅は彼女の骨壺を取ろうとする体勢を改め、ゆっくりと立ちあがって姿勢を正す。
「当然の報いだ。」
誰かが言う。が、誰かはわからない。
「誰かが来たとして、我々はもはや争い事に興味などない。しかし、こやつの娘は躾がなっておらず、余りにも無礼な振る舞いをしたのでな・・・我々に非はあるまい?」
当時の事情を説明するカーミラ。最初は魔理沙など相手にしなかったようだが当時増長の極みにあった魔理沙は何か彼らの琴線に触れる事をしたか言ったかしたのだろう。
最後の言葉はサーヤに言った様で棘の戒めを少し絞る。顔を歪めたサーヤは「はい」と返事をして、カーミラ達に非がない事を認める。
言わされている様に見えるが、実際に魔理沙が無礼を働いた光景が容易に想像出来る妹紅としては、このやりとりに文句は言えなかった。
サーヤは恐らく捕らわれた魔理沙の魂の代わりに自分を差し出したのだろう。
フードの陰に隠れて表情は見えないが、全員こちらを注視しているのだろう。正対しているカーミラはかろうじて顎のラインがわかるだけである。
観察してみると、同じデザインのマントも中の者の背格好に合わせて様々なサイズがあり表情は隠せても体型は隠せない。カーミラは間違いなく女性だろう。背は高いものの体の線が他の者に比べ二周り程細い。そこから他の者も男性か女性かをシルエットでおおよそ判断できる。
柄が血盟を表しているのだろうか?カーミラと同じ絵柄のマントの者は背が高く痩せ型が多い。トレメールは魔法使いであり謀略を得意としている血盟で、恐らく腕力で他の血盟に劣り、それが体格に現れているのだろう。
こうして見ているだけでかなりの情報を得られる。
「・・・いい目をしてる・・・。」
カーミラが冷静に周囲を分析している妹紅を見ながらそう口にする。
「その目は、自分の命を差し出してでも、他人を生かそうとする人間の目だ。」
自己犠牲は人間しかやらないと妖怪は言う。吸血鬼にとってもそれは奇異で滑稽でそして真似出来ない事なのだろう。
「先に言っておくが、サリマンは渡さんぞ?賭けで私達が勝てば娘の魂も私達のものなのだからな。」
「その賭けはどういうものなの?」
駆け引きなしで率直に聞く妹紅。それに呼応して、カーミラはサーヤの背中をついと押す。代わりに説明しろという事だろう。
「・・・私は捕らわれた魔理沙の代わりに、自分を差し出しましたが、彼らはそれに応じませんでした・・・。」
「無礼を働き、罪を負うのは娘であって、お前ではないからな。」
カーミラとしては道理に沿った行動をしただけで、後から出てきたサーヤの頼みを聞く義理はない。
「そこで私はある提案をしました。」
「提案?」
「魔理沙が生きるか死ぬかの賭けという名のゲームを提案したのです。」
それは虫が良すぎると思った妹紅。
「勝負に勝てば娘の魂は戻り、負ければ娘は私のものということだ。」
カーミラが抑揚の無い棒読み口調で説明するが、その後すぐに別のだれかが口を開く。
「誰がそんな賭けにのるか?」
最もである。既に魔理沙の魂はカーミラ達のものなのだ。
「はい、もちろんこんな条件の賭けに彼らは応じません。そこで賭けの席に着くよう、無条件で彼らに貢物を差し出しました。」
「!・・・そうか、サーヤの魂を賭けに乗るよう先に売り渡したのか。」
「そう、こいつは自分の魂を先に私達に差し出したのだ。なんとも愚かな事だ。」
それに応じてあざけるような小さな笑いが周囲に起こる。
「賭けに勝てば魔理沙の魂は彼らのもの・・・私のものも含めれば2人分得られます。例え負けても1人分は既に手にいれていますから、勝敗に関わらず損はしません。」
「一切の損はせず、1を得るか、2を得るかだけの勝負、こちらとしては乗らない手はないだろう?」
「確かに・・・で、その賭けの内容は?」
だいたい分かるが一応聞く妹紅。
「死んだ魔理沙が完全に生き返るかどうか・・・ただそれだけです。」
「随分と分の悪い賭けに出たものね・・・勝機はあったの?」
「我々もそう思ったよ。楽勝だとな。だが、すぐに魅魔が現れ娘を生き返したのだ。」
カーミラではない男の声が悔しそうな口調でそう言う。妹紅は発言者の心の動きを感じとってどこの誰がしゃべっているのかだいたい把握できるようになり、そちらに視線を向ける。
魅魔というキーワードを出したが、当然敵の大将なのだから知っていてもおかしくない。
「だが、魅魔のやり方は反則だ。結果を先延ばしにしただけだ。」
妹紅は顔を傾けて後ろにいる発言者に視線を送る。無理やり魂を繋いだ魅魔のやり方は確かに反則といえる。
「我々は少しルールを変えた。このまま娘が寿命で死ねば我々の勝ちとな。」
魂を賭けに使うゲームなど道義上あまり好ましくないが、吸血鬼らの言っている事は全て道理をわきまえており否を挟める隙がない。何よりこの場合、道理を曲げているのはサーヤなのだ。
「・・・妥当ね。」
また視線を変える妹紅。彼の言う通り不当なルール変更ではないと思う。
「数年が過ぎた。そして、お前が来たのだ。」
発言者がカーミラに変わり正面に向き直る妹紅。
「・・・お前は一体何者だ?娘を生き返しに来ただけか?それとも・・・。」
それとも、何だろう?言いかけるカーミラの視線、いや全員の視線が先程と変わっている事に気づく。敵対とは明らかに違う、何か期待に満ちた視線だ。
いったいどんな答えを期待しているのだろうか?
彼らは間違いなく500年前の大戦における戦犯だ。話を聞いた限りではもっと邪悪な存在だと思っていたが、思った以上に大人しい。というより、魂だけの存在となった今、執着を捨てて本来の姿になっているだけかもしれない。
しかし、ここで下手なことを言って怒らせると彼らは怨霊になる可能性もある。
彼らは魔理沙らとは別に明らかになんらかの理由でここにいる。賭は単なる暇つぶしに過ぎないのだろう。
「(・・・彼らの伝説になる真の王の誕生と関係あるのだろうか・・・。)」
吸血鬼軍では各々が王にならんとして権力闘争をしていたはずだが、ここに居て彼らのやりとりをみる限りそうした政治闘争が行われている雰囲気はない。
肉体を失った後、彼らは本質的に何かが変わったに違いない。
レミリア・スカーレット、もしくはフランドール・スカーレットは、真の王の資格者であることに間違いないだろう。しかし、まだ真の王とは言えない。
魅魔は、レミリアを真の王にしようと目論んでいる。それもかなり強引に・・・。魅魔を動かしているのは単に個人的な感情だけではなく、ここにいる吸血鬼の魂達の期待を背負っているからだろうか。
その理由を知る為には、彼らがここで何をしているのかを知らなければならない。
「あなた方はここで何をしているの?迷い込んだ魂を釣り上げて遊んでいるだけではないでしょう?」
妹紅は質問に答えず、質問で返した。
「質問に答えて欲しければ先に名を名乗ってくれ。」
「失礼・・・私は藤原妹紅。」
「藤原妹紅よ。我々の姿を見てどう思う?」
「どうって・・・。」
肉体の無い霊的な存在という感じではない。サーヤの全体的に朧気な姿と比べると実体にかなり近い。しかも亡霊のような生前の肉体に執着を引きずっている感じでもない。元々そうだったように振る舞っている。
「他とは違う・・・としか分からない。」
「そう、我々、吸血鬼始祖は他の生き物と根本的に違う。」
「どう違うの?」
「我々には死の概念がないのだ。」
「死が・・・ない?」
吸血鬼の始祖は人間が文化を持つはるか以前から存在し、風見幽香と同じ古妖(こよう)の一種であるが、死なない、死ににくいということではなく死という概念すらないということである。肉体は滅んでも存在は永久に存在し続けるという事である。
「創造主とやらが、我々を創る時に死という概念を与えなかったのよ。」
カーミラではない少し甲高い女性の声。
「失敗作ともいえる我々を元に、人間や他の知的生命体が創られた・・・と言ったら藤原妹紅は信じるか?」
月の世界の創世を聞いた妹紅としては、その話の真偽はともかく受け入れる事は出来る。ただ、それを知っていながら、派閥闘争をしたり、幻想郷に来て戦争を起こす事もないだろうとは思う。色々と矛盾を感じる。
妹紅は発言者に振り向きつつ答えを保留した。駆け引きとしてではなく、単純に即答できなかっただけである。
「我々は忘れてしまっていたのだ。」
カーミラが言う。
「何を?」
「我々は死を探し求め流浪していたことを・・・だ。」
「死を探し求める?」
妹紅はこの時、死ねない自分と彼らを重ねた。
「世界に人間の造った文明など無かった時代、我々は世界に散って死という概念を探し求め彷徨っていた。」
「やがて人間が現れ、我々と接触し、様々な衝突が生まれた。」
「最初は、虫がまとわりつく程度のものだった。」
「それが次第に鬱陶しくなり、それらを排除したり手なずけたりする内に、我々は彼らの文化に取り込まれ、価値観を変えてしまったのだ。」
「なるほど・・・。」
無欲だった彼らに欲が生まれ執着心が芽生える。小さい事にこだわって生きる目的を見失ったのだ。しかし、戦争で敗れ肉体を完全に滅ぼされた彼らは、俗世との関わりが断たれた時、ようやく本来の目的を思い出したのだ。
「我々には古来より言い伝えられた言葉がある。流浪の民である我らが再び集結した時、死の運命(さだめ)を与える真の王が誕生するとな。」
それは運命を操る力・・・レミリア・スカーレットの持つ力のことか!
吸血鬼に関する話は魅魔から聞いていた。娘を立派に成長させたい親心のような感情がレミリアに対する特別な想いとなって魅魔を動かしていると妹紅は思っていた。しかし、どうもそればかりではないようだ。例えば、本当の目的が彼らの救済で、レミリアの能力を単に利用しているだけかもしれないのだ。
恐らく目的の順位に上下はないだろう。全てひっくるめて魅魔は吸血鬼を助けようとしているのだ。
しかしそうなると、仮にレミリアに対する想いではないとしたら、魅魔の吸血鬼救済の強いモチベーションはどこから来たのだろうか。
彼らの口から魅魔というキーワードは出た。それは敵として知っているからか、それとも何か彼らと深い関係があっての事か。
妹紅は記憶を辿った。
魔理沙に危険地帯としてこの西洋墓地を教えている。と言うことは、そこに何がいるかを魅魔は知っているという事だ。では、彼ら吸血鬼の魂はどうやってここに来たのか?戦争の後始末については魅魔がやっているはずだ。この場所を選定し、彼らを移動させたのは魅魔だろう。ならば、魅魔と彼らはある程度深い関係になっていてもおかしくはない。
「魅魔は・・・どうしてあなた達吸血鬼の肩を持つの?」
妹紅は話の前後に必要な説明を敢えて省略して単刀直入に聞く。
「・・・。」
押し黙るカーミラ。しかし別の声がその理由を教える。
「魅魔は女だ。」
「つまりそういうことだ。」
男性の声が短く続く。
「!・・・なるほど、そういう事なのね。」
盲点だった。吸血鬼に対する想いは、アルカード・ブルブラドという個人に向けられたものだったのだ。それは、単に男と女の関係だけではないだろう。人としてその存在を高く評価し、崇拝に近い感情があったのだ。つまり、魅魔はアルカードに惚れていたのだ。
「敵の男に惚れるとは、節操のない女だ。」
カーミラが言う。しかし、その言葉とは裏腹に軽蔑の感情は籠もっていない。
「お前も人の事言えんだろう。」
周囲からせせら笑う声が立つ。
「くっ・・・。」
なるほど、カーミラもアルカードに惚れていたのか・・・ヴェントルーに執拗に嫌がらせをしたのはそういう事だったのだ。女心とはそういうものだと女である自分を棚上げする妹紅。
「カーミラだけではないさ。奴は男のオレでさえ魅了する。」
本気とも冗談とも取れるいたって真面目な野太い声に、周囲に様々な感情を含んだ笑いが起こり、ため息のほとんどが女性のものである。カーミラ以外の女性も密かにアルカードに想いを寄せていた者は少なくないのだろう。
「今の私達には、惚れた腫れたの愛欲も何も無い・・・。」
「・・・ただ、あるのは思い出だけだ・・・。」
昔を懐かしむような声が続くと、潮が引くようにざわめきが収まっていく。
「・・・。」
妹紅が何かを言おうとしている事を察知して、周囲が聞く態度になる。
「・・・私は、サーヤの娘魔理沙に会い、そこで魅魔を見つけたの。魅魔は今でも吸血鬼救済の為に行動している。私も少しその手伝いをしているわ。」
周囲の空気が変わる。
「我々にはもはや死以外欲しいものはない。そなたにわかるまい・・・この気持ちを・・・。」
自分達の気持ちなど誰も分かるはずがないという口調で諦めるように言うカーミラ。
「わかるわ。」
その言葉に妹紅は強い口調で即答した。
「!!」
妹紅の言葉に最初は口先だけのものと怒りの反応を示したカーミラだが、その目を見て何かを悟り怒気を収める。
「・・・お前も死を探し求めているのか?」
「昔はね。」
「そうか・・・そなたの旅が無事終わる事を心から願おう。」
「ありがとう。」
「では、さらばだ。」
妹紅を取り囲む陰が一斉に頭を下げ、その姿勢のまま後ろに下がり、出てきた時と同じように背景に溶けていく。
最後にカーミラが掴んでいた棘の戒めを放り投げるようにして踵を返し景色に染み込む。
「ふー。」
何かをやり遂げたという達成感を覚えながら、一つため息をついた妹紅は、サーヤに歩み寄り首に巻かれている棘を取ろうとする。
「どうか、このままで。」
サーヤはその妹紅の行動を拒絶した。
「何故?カーミラはあなたを解放したのではないの?」
「私を縛る力が魔理沙を助ける力を呼んだのです。これは制約という名の呪い。私の苦しみはあの娘の救済の力になるのです。」
呪いの仕組みを魅魔から聞いていた妹紅は、サーヤのその言葉にはっとなって手を引っ込める。呪いが成就された時、彼女の魂は消滅する。
「いいの?」
「ええ・・・それより、娘の為に骨を折ってもらい本当にありがとうございます。そう願ってこんな賭けをしたものの、本当にそれが・・・。」
そこまで言って感極まって言葉を詰まらせるサーヤ。
「まだよ。まだ終わっていない。」
「ええ、わかっています。でも・・・。」
文字通り命を賭けた母の想い。彼女の魂の死を無駄にしないためにも、魔理沙救済は絶対に成功させなければならいと、改めて心に誓う妹紅。そして・・・。
「運命を紐解けば、私の完全な死を見つける事ができるかもしれない・・・。」
もちろん、今すぐでなくていい。最期が訪れない人生の虚しさは吸血鬼達に教えられた。それを熱望する思いも妹紅には理解出来た。
吸血鬼救済はもはや魅魔や紫の関係する他人事ではなく、自分自身の大きな問題に繋がる案件となった。
「誰の為でもない。自分自身の為に・・・。」