東方不死死 第33章 「それぞれの想い」


 外界では大政奉還によって江戸から明治に移り時代は一気に加速する。
 近代文明の急速な発展によって様々な事象が過去の遺物となって忘れ去られ、それらがかつてない程大量に幻想郷に流れ込み始める。
 閉鎖された空間でなだらかな進歩を続けていた幻想郷に、急激な時代の加速が訪れようとしていた。
 これを憂慮した博麗神社と八雲紫ら妖怪の賢者達は、これまで緩く繋がっていた外界と幻想郷を強固な結界で隔絶し、外界の影響を極限まで押さえる大結界を施す事を決める。
 西暦1885年、明治18年。『博麗大結界』施行。
 八雲紫はこの博麗大結界の施行で力を使い果たしてしまい、崩壊した肉体を再生する100余年、外界の人間に転生し続ける事になり、その間紫の代理として幻想郷の管理者が魅魔に代わる。

 吸血鬼王家を継承するスカーレット姉妹が500年の眠りから覚める西暦1941年。その5年前の1936年あたりから吸血鬼王の帰還説が幻想郷中で噂されるようになり、それに呼応するように地下に潜んでいた闇の勢力の動きが活発になる。
 吸血鬼戦争時に参集に遅れ不参加だった氏族、戦後逃亡して指名手配を受けている戦犯等が、王女を擁立して再び歴史の表舞台に出ようと各地で主導権争いを始める。
 風見幽香とその配下にあった『ヴェントルー』の元アルカードの重臣達の一団がこの主導権争いに参加して他の勢力を圧倒し、翌年1937年には反幻想郷勢力の吸血鬼がほぼ一掃された。
 年が明けた1938年、八雲紫の代理で幻想郷代表の地位にいた魅魔と、風見幽香の配下の吸血鬼との間で『吸血鬼条約』が締結される。これは、吸血鬼側と幻想郷側の事実上の和睦で、幻想郷のルールに準ずる事を約束し、吸血鬼に対する理由のない迫害を行わないことを双方が宣言するもであった。この時吸血鬼側の代表として何れ復帰するであろうレミリア・スカーレットの名前で署名された。


 この一連の騒動はレミリア・スカーレットが幻想郷に復帰する上での障害を取り除く為の魅魔の深慮遠謀の一環であった。
 反幻想郷勢力を一網打尽にしたこの戦いにおいて、旧アルカード派の穏健派吸血鬼がこれを制し、吸血鬼条約を締結して幻想郷に歩み寄った。
 これによってレミリア・スカーレットの支持母体となる『ヴェントルー』を中心とした旧王家の評判は向上し、レミリアらの幻想郷復帰の下地が完成した。
 反吸血鬼派の八雲紫が不在の間に、スカーレット姉妹の再入郷の裏工作をした魅魔の職権乱用ともとれる行為も、反幻想郷派の闇の勢力をほぼ一層した功績は余りに大きく、八雲藍や大天狗らもこの行為を責める事が出来ず、これを承認するしかなかった。


 吸血鬼戦争後、強者という抑止力を大勢失っていた幻想郷東部では、各地で弱小同士の小競り合いが後を絶たず、更にその後も続々と幻想郷入りする新参に対し古参との間に起こる確執など、幻想郷は長い混乱期に入る。
 吸血鬼条約締結以降、闇の勢力が激減したことで今現在の和な幻想郷の姿になったが、それはつい70年程前の話である。
 西暦1941年にレミリア・スカーレットは目覚め1960年に幻想郷に戻る事になるが、この時期紅魔城は完全に解体されて久しく、城は天狗側の戦利品として妖怪の山に分解して持ち運ばれ建築資材として残らず再利用されてしまった為、ここに巨大な城塞都市があった面影はない。
 唯一当時の面影として残っている紅魔館は、吸血鬼の『トレアドール』の氏族に与えられた館で、主はレミリアの母、セレーネ・スカーレットであった。
 魅魔は、レミリアの生まれた家であり、アルカードとセレーネが最期を迎えたこの館を戦争の褒賞として接収し別荘として利用していた。

 戦中、特に失策も無く劣勢時には最前線で懸命に戦線を維持し、指揮官としても魔導師としても評判の良かった魅魔だが、戦後処理で敵である吸血鬼に温情を求めた事で評判を著しく下げ、裏切り者として扱われる事が多くなった。
 その一方で八雲紫は、徹底して吸血鬼排除を謳い魅魔と唾を掛け合うような激しい論争を繰り広げ、結果として重罰を科し多くの者の恨み辛みを汲み取った事で評判が上がる。早々に魅魔についた博麗神社の評判が相対的に落ちたのは言うまでも無く神社のある人間の里もその後苦難の道を歩む事になる。


 1960年、スカーレット姉妹とパチュリー・ノーレッジらが幻想郷入り。その時代から幻想郷に巫女が生まれなくなり、博麗神社の衰退が目に見えて分かるようになる。また、里の出生率が低下し、老人が長生きをしはじめるようになるのもこの時期で、これはレミリアらの入郷による妖の力の増加が無関係とはいえなくもない。
 1979年、博麗神社の神主が現状の打開の為、博麗神社の信仰を集める為外界に出奔し、1996年あたりから、信仰の回復の兆しが見え始める。
 1990年、博麗霊夢・霧雨魔理沙が同日誕生。
 1997年、後に十六夜咲夜という名前を与えられる9歳の少女が幻想郷入りする。この娘が十六夜昨夜と名乗るのはその2年後である。
 2000年、魅魔が博麗神社に対して謀反を起こす封魔事件が発生し、当時10歳の博麗神社の巫女、博麗霊夢がそれを退け魅魔は隠れる。
 その同年、魅魔と入れ違いになるような形で八雲紫が幻想郷に復帰し、衰退した博麗神社と平和になり過ぎ毒気の無くなった幻想郷に驚愕する事になる。
 この状況を打破するため、吸血鬼戦争後の幻想郷混乱期に魅魔が提唱したものの、裏切り者の戯れ言と周囲の反対で紫が却下していたスペル・カードによる疑似戦闘システムをここで導入する事を決める。
 1年をかけて幻想郷東部にスペル・カードルールが広まった2002年夏、紅魔館のレミリア・スカーレットによる紅霧異変が起きるが、これは導入後初めてスペル・カードルールが適用された異変となった。
 この異変は、弱り切った幻想郷の本能を呼び覚ます起爆剤となり、思うように衆知のすすまなかったスペル・カードによる弾幕戦闘が一気に広まるきっかけとなった。
 仇敵である吸血鬼に救われた形の八雲紫は魅魔の置き土産を苦々しく思うと同時に、これは魅魔の遺言と受け取り、レミリア・スカーレットの存在を承認することとしたわけである。


 魔法の森と呼ばれる異様な気を放つ深い森は、幻想郷で唯一妖怪の住まない場所である。
 東西に長いその森、博麗の里と博麗神社を直線で結ぶそのちょうど中間地点に一軒の家があった。霧雨魔理沙が経営している霧雨魔法店の自宅兼店舗である。
 その家に、悪霊の魔道士魅魔と最強の妖怪風見幽香、不死身の人間藤原妹紅がいた。
 家の中は魔法の光に満たされているものの、外から見る建物は真っ暗で光の欠片一つ漏れていない。魅魔の結界によって完全に外と中が隔離されているためだろう。
 魅魔は、十六夜咲夜について詳しく説明し終え、じっと話を聞いていた幽香と妹紅の反応待っているところである。

 妹紅は顔を上げて魅魔ではなく幽香を見た。
 十六夜咲夜の驚くべき真実を聞かされたにも関わらず、眉一つ動かさなかった事が気になったからである。
「幽香は知っていたの?咲夜の事・・・。」
「ん?」
 自分に話しかけられると思わなかった幽香が魅魔側に重心を置いていた身体を妹紅側に向けて組んでいた腕を広げて身振りを交えて説明する。
「具体的にはわからなかったけど、前に萃香が咲夜の能力を時間を止める能力ではなく、空間を入れ替える力だと言っていたのよ。」
「・・・そうか。」
「密度を自在に操る萃香なら簡単に見破るだろうな。」
 時間を止めても空間を共有していれば、行動等による空間密度の変化は発生する。A地点からB地点に移動した際の空間移動の痕跡が見えないということは、一旦別世界に移動した事を示す証拠となる。
 幽香は事前にその情報を知っていたので、魅魔の話も特に驚かなかった。
「情報概念空間か・・・。」
「幻想郷的に言い直せば思念界ってところかしらね。」
「強い想いは目に見えない形となって残る。物理世界では目視出来ない情報が蓄積される空間というわけだ。」
「でも、それって思念を作った元の人の個別の空間ではないの?」
 妹紅の中に八雲藍の思念が存在している。しかし、それと自由に交信する事は出来ない。ただ藍の思念界が妹紅の中に存在しているだけである。
「そうだ。思念界というのは個人的な空想空間だ。しかし、感受性が強い者や訓練を受けた術師等はそれとアクセスする事は可能だ。」
「つまり咲夜はその思念に自由にアクセス出来るって事?」
「それは正解でもあり、不正解でもあるな・・・。」
「どういうこと?」
「思念というのは、情報を誰かに伝える為に残すものだ。」
「ええ、それはわかるわ。」
「つまり、例えば妹紅の中にいる藍の思念は妹紅の為かもしくは誰か特定の者の為に情報を保存提供する存在というわけだ。」
「ええ。」
 魅魔の説明に頷き続ける妹紅。
「思念とは命も魂も存在しない情報だけの一方通行の存在だ。しかも対象が限定されている。思念は無数に存在するが、対外的に情報を発信する思念は驚くほど少ない。」
「なるほど、こちらから自由にアクセスするというより、発信する情報を受信できるという感じね?」
「うむ、その受信している状態が、時間を止めていることと類似しているわけだ。」
 妹紅が藍の世界に取り込まれ、数千、数万年という時間を過ごしたが、戻ってきた時は移動した時と同じ場所と時間だった。十六夜昨夜はそれと似たような事を行っているということだろうか?だとするなら、咲夜は自分の持つ本来の能力を知らず、その副産物を自己の力と勘違いしている事になる。
「アルカードは重要な情報を発する思念体としてどこかに残っているわけね?」
 この件に関しては妹紅より幽香の方が理解が早い。
「そう、咲夜はそのアルカードの情報をレミリアに伝える伝達装置というわけだ。」
「だから、予言書は咲夜以降敢えて書く必要がなかったのか・・・。」
「書かない理由はレミリアの心を動かす為ともいえるが、その後の具体的な方法については咲夜を経由した父と娘の対話で成されるのだろうな・・・。」
 そう言いながら魅魔の表情が寂しそうな影を纏う。
「500年という時を設定したのは、この咲夜という個性が誕生する時代に合わせるためかしら?」
 幽香が独り言の様につぶやく。
「うむ、咲夜が400年後に生まれるとするなら、レミリアの刑期は400年となっていただろう。」
「今正に、色んな運命が交差する時なのね・・・。」
 八雲紫らの運命、妹紅らの運命、レミリア、アルカードらの運命、それら個別に進む運命のタイムラインがある一点で交差する『運命の交差点』が目に見える現実となって立塞がる。
「ねぇ、魅魔。」
「ん、何だ?」
 妹紅の表情が変わった事に気付いた魅魔は神妙な面持ちで返事をする。
 レミリアをアルカードに任された使命を帯びていながら、昨日魅魔は魔理沙と共に墓に行く覚悟だと言っていた。妹紅は魅魔の行動になんとなく矛盾を感じていたが、咲夜の話を聞いて納得した。
 咲夜がレミリアの僕となった時点で魅魔の役目は終わったのである。500年という時をレミリアに費やし大事な友人も僕も託し、可能な限り力を注いだ。しかし、咲夜が咲夜という名を与えられた時、全てこの咲夜に奪われたのである。
 妹紅はこの時の魅魔の喪失感を思わずにはいられなかった。
 この反動が博麗霊夢への愛情へ変換されれば良かったが、その前に魔理沙が現れてしまった。喪失感の反動は魔理沙への偏愛にかわり、取り返しの付かない結果となったのである。
「・・・適わぬな。」
 妹紅に図星を当てられ戸惑いと諦めの表情を見せる魅魔。そこへ幽香が優しく声を掛ける。
「知ってる?パチュリー・ノーレッジの呪いが解かれているのを。」
 レミリアと同じくらい気に掛けていたパチュリーの呪いが解かれている事をこの時初めて知る魅魔。
「それは本当か?一体誰が・・・。」
「パチュリーを外に連れ出したのは魔理沙よ。」
「!」
 人目もはばからず驚愕の表情を見せた魅魔は、すぐに後ろの魔理沙に振り向く。
 その後魅魔は、寝ている魔理沙の顔に頬を寄せそのまましばらく泣き暮れる。
「今にして思うと、全て無駄じゃなかった・・・というわけね。」


 泣き崩れる悪霊の後姿を見ながら妹紅と幽香は高さの違う肩を並べて語り合う。
「色々な因縁が絡み付いてわけがわからなくなってるわね。」
「・・・そうね。」
「これからどうするの?」
「どうするって?」
「魅魔の件、最後まで付き合うかってことよ。」
「・・・問題はそこね。私の役目が終わった後、それを元に吸血鬼も天狗も動くわけでしょ。」
「果たして紫の茶番でみんな動くかしらね・・・。」
「大規模な爆発になるとおもうけど・・・。」
「隕石が落ちて途中で爆発しても、満月が砕けても、へーってな感じの幻想郷で、どれだけのインパクトになるというの?」
「・・・うーん・・・それもそうだな・・・あ!そうだ。」
「ん?どうしたの?」
 妹紅はここである重要な事を思い出した。
「今回は大丈夫かも・・・。」
「へー・・・で、その自信の根拠は?」
 妹紅の自信あり気な横顔を見て、その理由に関心を示す幽香。
「永遠亭の連中がこの異変に正式に参加する。恐らく紫に協力すると思う。」
「・・・なるほど・・・確かに何か凄そうな事になりそうね。」
 そうなった経緯は敢えて聞かない幽香。しかし、ここで妹紅の表情が険しくなったことに気付く。
「どうしたの?」
「自爆した後、どうなるか正直わからないな。」
「どういうこと?まさかこのままおさらばとか言わないわよね?」
 身体を魅魔の方に向けて話していた2人だが、妹紅の突然の告白を聞いて身体ごと振り向く幽香。そして妹紅もそれにあわせて正対する。
「紫は恐らく自爆の力が収まるまで霊夢の結界に閉じ込めるか、スキマを使ってその力を外界に逃がすつもりだ。そうなると、私はしばらく復帰できないと思う。」
 死んでおさらばする気ではない事を知って安堵する幽香だが、この妹紅の話は恐らく事実であり、そうなるとこの異変の後のレミリアと天狗の件に関与出来ない恐れがある。
 妹紅は、後の事で魅魔らに協力出来ない可能性を示したのであるが、幽香としては、あまり吸血鬼の問題、強いては魅魔に偏り過ぎるのもどうかと思い、妹紅の戦線離脱はそれはそれで良いのではないかと思い始めていた。
「妹紅、復帰の時期が不透明なら、今のうちに咲夜に会っておくか?」
 しかし、その時、気を取り直した魅魔が2人の会話に参加する。
「レミリア個人は悶々としていて構わないけど、こういう流れになるって事は、連中に教えておいたほうがよいと思うわ。」
 妹紅は魅魔に同意する。
「後の事を心配するより紫の異変と魔理沙の件をどうすかを論じるべきじゃない?」
 幽香はあえて魅魔の意見を否定してみる。
「私は別にどっちでもいいけど、魅魔と咲夜を会わせるにしても私の術が必要になるでしょ?」
「・・・それもそうね。」
 妹紅の意見は最もで幽香も渋々了承する。
「予言書にわざわざ『時間を止める能力』と書いているから、本人もレミリアらもそう信じているだろうな・・・。」
「咲夜がそれに自力で気付くには、止めたと勘違いしている時間の中で、偶然思念体の情報を受信するしかないわよね。」
「そういうことになるな。レミリアはともかく、少なくとも咲夜とパチュリーには予言の成り行きについて我々がこう結論づけているという旨だけでも報せておかないと、いざという時何も出来なくなる。」
「それにしてもなんで嘘を書いたのかしら?」
 妹紅が首を傾げる。
「時間を止める力の事か?」
「それは多分、ドッペルゲンガーの介入を避けるためじゃない?」
 妹紅の疑問に答えを出したのは幽香だった。
「ドッペルゲンガー?」
 妹紅にとって初耳の言葉である。
 ドッペルゲンガーとは、自分ではない自分と同じ姿をした存在で、これとの遭遇は死を意味するといわれている。
 自己像幻視によって自己発生する妖で、特殊な体質や特異な思考も持つ、俗に言うところの変人がよくこれに遭遇して死ぬ事が多い。
 所謂思念体であるため、自己の理想像が実体化してしまう特徴がある。誇大拡張さらた自己投影によって生み出されたドッペルゲンガーが活動しはじめると、弱い現在の自己を排除して成り代わろうと頻繁にオリジナルに干渉してくることになる。
 ドッペルゲンガーを現世に呼び出す事が出来る者は余程の変わり者だけだが、十六夜咲夜の場合、思念界と自由に行き来できるため、そこでドッペルゲンガーと遭遇する確率が非常に高くなるのである。

 時間を止めるという概念は、周囲の時間は止まっていても自分の時間は動き続けるというもので、その為、寿命のある人間は止める時間が長ければ長いほど、相対的に老けるのが早くなるという事である。
 レミリアの漠然とした成長願望を発生させるために、今後のスケジュールを詳しく予言書に記述出来ないアルカードは、十六夜咲夜という稀な個性を情報伝達の手段に使おうとしたわけであるが、咲夜がここで自重しなければドッペルゲンガーに殺されてしまう可能性が高くなる。そこで、ほぼ同じ効果といっていい時間を止める能力と信じ込ませ能力の使用を自己規制する暗示をかけたのである。
 普通の人間の感覚であれば、時間が進み過ぎないように自重して極力止める時間を抑えるはずである。
「このことは事前にアルカードから聞いたが、時が来るまで黙っているようにと念を押された。」
「今がその時って事かしらね・・・でも、魔理沙と墓まで行ってたらどうするの?」
「あの時はもはや世界がどうなろうとどうでもよかったからな。」
 ニヤりとする魅魔。
「呆れた。」
 幽香が肩をすくめる。昨日の魅魔を見ていない幽香は、自暴自棄なその姿が想像出来ないが、妹紅はその落ち込んでいる魅魔をこの目で見ていた。
 その魅魔は、魔理沙を救う事とレミリアらを成長させ、さらに幻想郷の未来に責任を持つという複数の目標が備わり、その目は力に溢れており昨日とは別人のようだった。


「妹紅、これを。」
 魅魔はいつの間にか手にしていた卓上で使う小さな呼び鈴を妹紅に渡す。
 ベルを妹紅に渡した魅魔は、一枚のカードを何も無い空中から取り出す。
 久しぶりに見る魅魔の魔法を見る幽香は相変わらずどこから出したかわからない魅魔の手品のような手さばきに感心する。
 魅魔の額の前に複雑な紋様の魔法陣が現れ、カードがその中心に置かれ、呪文の様な紋様が高速でカードに流れ込む。
 真っ黒に見えたカードは見る見る半透明に変わり、見るからに魔法の力が掛かっていると思わせる姿になる。
「この呼び鈴を紅魔館近くで鳴らせば然るべき者がやってくるだろう。その者にこれを渡して戻って来てくれ。」
 そういって今魔法の力を施したカードを妹紅に渡す魅魔。
「わかったわ。ちょっと行ってくるわね。」
 妹紅はカードを受け取ってそのまま玄関に向かったが、そこで魅魔が妹紅の後姿に向かってパチンと指を鳴らす。その瞬間姿が消えた妹紅は外に立っていた。
 魅魔の存在を隠す強力な結界を家に施している為、今は自力で出入りすることは出来ない。
 外に飛ばされた妹紅は一瞬驚いてから家を一瞥すると肩をすくめて、入る時にどうすればいいかは考えず紅魔館に向かって飛び上がった。
 妹紅がいなくなった魔理沙の家で、魅魔と幽香は久々に2人きりで話す。主に妹紅中心の話だが、底の見えない能力の高さを賞賛する内容でばかりであった。


 約20分程経って戻った妹紅は、魅魔の魔法で外から家の中に強制的に引き込まれる。
「おかえりなさい。どうだった?」
 笑顔で出迎える幽香。魅魔と談笑していたその余韻の残る笑みである。
「ただいま、どうって、ただ紅い目の使い魔に渡してきただけよ。」
「ルビーは元気そうだったか?」
「警戒して怖い顔してたけど、別におかしな様子はなかったわよ。」
「そうか、それは何よりだ。」
 懐かしそうに微笑む魅魔。
「来るかしらね・・・。」
 独り言の様に呟いて若干白み始める窓の外を見る幽香。
 妹紅が戻ってから15分程過ぎた頃、外に何者かの気配を感じた幽香が窓に向けていた顔を向き直ってほっとしたように呟く。
「来たわ。」
 それを受けて魅魔が頷き、魔法を発動させる。
 外から見ると真っ暗で中が見えず、付いてきたルビーに真意を確かめようとした矢先の出来事だった。パチュリーは暗がりから一気に光の中に取り込まれ腕で顔を覆った姿で、妹紅らの目の前に現れる。
「久しぶりだなパッチィー。ルビーも。」
「ミーナ?いえ、今は魅魔というべきかしらね。で、これはどういうこと?あなたは死んだと聞いてたけど・・・。」
 パチュリーにとって魅魔は、幻想郷入りに力を尽くしてくれた恩人である。レミリアからみても偉大な存在で、彼女からの呼び出しとあれば応じないわけにもいかない。しかし、死んだという噂があり、信じてはいなかったが一応その事を問いただす。
「この通り、ピンピンしている。」
 幽霊が元気とかピンピンしているとか普通言わないと思いつつ警戒心を解かない紫色の普段着に身を包んでいるパチュリー。
「今日呼んだのは重要な話をするためだ。」
「・・・そのお話と、この人達は何か関係あるの?」
 魅魔の左右にまるで護衛の様に佇む風見幽香と藤原妹紅を見て、露骨に警戒心を見せるパチュリーである。
 風見幽香の名前を知らない者は幻想郷にはいないだろう。それだけ有名で名実共に最強の妖怪である。そして、藤原妹紅。不死人狩りでフランドール・スカーレットを連れ、戦わせた過去がある。緒戦で1度対戦した以外は戦闘はしていないが、その後フランドールの付き添いで何度も会っている。その不死人狩りのある時期からフランドールの様子が一変し破壊の衝動が収まっている。原因は藤原妹紅だと断定しているが、一体彼女は何をしたのか前から一度会って話をしたかった相手である。
 いずれにしてもここいる3人は幻想郷でも最強クラスの者達である。その迫力にパチュリーは気圧されそうだが、表情は常に平静を装っていた。
「そろそろ夜明けだ。あまり長く話せないが一つだけ。十六夜咲夜と話がしたい。その仲立ちをしてもらえないだろうか?この3人いずれも咲夜とは面識がなくてな・・・。」
「咲夜を?何故?」
 てっきりレミリアの名前が出ると思っていたパチュリーだが、予想していなかった名前が出て驚く。何故咲夜なのか?もしかしたら予言書に書かれていない空白を埋める事実を知っているのだろうか。
「本当はゆっくり話がしたいのだが、残念ながら今日は時間切れだ。先程ルビーに渡したメモリーカードを見てもらえばすべて分かると思うが・・・。」
 カードを大事そうに胸元に持って後ろに傅くルビーに一度振り向いて魅魔に直るパチュリーは、ここで初めて後ろのベッドで魔理沙が寝ている事に気づく。
「そのカードに必要な情報が全部入っていると思う。それを精査した上でそっちの判断で動いてくれて構わない。ただ、余り時間がない。明日の夜・・・いや、今日のかな?答えを教えてほしい。」
 魅魔の代わりに妹紅が続けた。
 その様子を黙って見ていた幽香だが、パチュリーの態度にある一つの特徴を発見する。藤原妹紅に対して敏感に反応しているのである。
 妹紅が一歩前に出て発言した時も等距離を保つ為に露骨に一歩下がっていた。
 これは妹紅自身も気付いた。そして、この態度に既視感があった。屋台の店主、ミスティア・ローレライが最初にとった態度に似ていると思ったのである。
 魅魔とパチュリーが話している時もこちらを何度もチラ見していた。
「(そういえば、こいつやあいつも不死人狩りに参加してたっけな・・・。)」
 妹紅の言うこいつとはパチュリーのことで、あいつとはフランドールの事である。
 全てを破壊する能力で、妹紅は何度も殺されている。余りにも沢山殺されたので、妹紅はフランドールに少し細工をしておとなしくさせていたのであるが、どうもその事を根に持っているようである。


 空が白み始め、もうすぐ夜明けが訪れる。
 別れを惜しみつつ魅魔が戻り、魔理沙の家を閉ざしていた封印が解かれる。魔理沙自身は胸の呪符を取らない限り目を覚まさない。
 パチュリー・ノーレッジは、ベッドの前で昏睡状態の魔理沙を見つめていた。
「・・・一体何をしたの?」
「さっき説明したでしょ?」
 魔理沙の秘密は魅魔が戻った後に手短に説明していた妹紅。
「そうじゃなくて・・・フランに一体何をしたの?」
 振り向いたパチュリーは妹紅を不満の目で睨む。
 自分は完全に眼中にないというパチュリーの雰囲気を感じて喧嘩に群がる野次馬的立場で傍観を決め込む幽香。


 西暦2003年秋、永夜異変の後に起こった『不死人狩り』で、藤原妹紅は幻想郷東部で極悪人というレッテルを貼られ指名手配される。
 数多くの妖怪に狙われた妹紅は、3ヶ月弱朝から晩まで心休まることなく戦闘を強いられていた。
 攻撃対象が極悪人でしかも不死身ということで、パチュリー・ノーレッジは、フランドール・スカーレットのストレスの解消に利用しようと画策する。
 そしてフランドールは、壊れてもすぐに直る面白いおもちゃを見つけ、以後毎晩の様に竹林にやってきては妹紅を破壊して遊んでいたのである。
 当初、パチュリーが付き添いで一緒に来ており、適当にやらせて引き時を選んで上手くこの化け物を制御していたが、ある時フランドールが一人でやってきて、まる1日妹紅は殺され続けるという状況に陥ったのである。
 止め時を決めていた保護者がいない自制心の無いフランドールは、全く壊れない妹紅を最初は面白がっていたが、反撃する事もなく一歩一歩近付いてくる妹紅に次第に恐怖を抱くようになる。

「な、何で壊れないんだ!いい加減壊れろよ!」
 防御不可能な絶対破壊攻撃の前に成すすべなく肉体が砕け散る妹紅。しかし、一瞬で再生して何事もなかったのようにフランドールの前に現れ、また一歩近付く。反撃するのがバカらしくなり所謂ゾンビアタックで相手の精神を責める戦法にでる妹紅だった。
 生き返った瞬間殺される、いわゆるリザハメ状態の妹紅は、歯止めの効かなくなったフランドールの攻撃をただひたすら浴び続ける。
 最初は遊んでいるだけの子供ような表情が、次第に残忍な笑みに変わり、やがて口が大きく裂けた真っ赤な瞳の化け物に変わる。いつもならそこで終了である。しかし、今日はいつも一緒にくる紫の魔法使いがいない。
 やばいと感じた時には身体は疲労の限界に達し、逃げようにも逃げられない状態になっていた。
 しかし、フランドールも疲れてきたらしく手数が減り始め、その代わり何故死なないのかと問うようになり、露骨に苛立ちを見せていた。
 赤い目の化け物から怯えた少女の表情になった時、妹紅はこのはた迷惑な吸血鬼の子供をおとなしくさせるチャンスと見て、話術に絡めて暗示をかけようと試みた。
「そんなに壊すのが面白いか?」
「黙れ!」
 よろよろと近づく妹紅をまた一撃で葬るフランドール。妹紅はリザレクションをするとまた話しかけながら近づく。
「来るな!死ね!死ね!死ね!」
 何度も殺され、その度に起き上がる妹紅は一歩ずつフランドールに近づいていた。
 追い払おうと必死に攻撃してきたフランドールは、いつの間にか大きな竹を背にしていたことに気付く。無意識に後ずさりしていたのである。
「な、何で死なないんだ!(こ、殺される!)」
 相手を倒そうとする闘争心よりも恐怖心に負けたフランドールは失禁し、そのまま泣き崩れる。
「何で死なないんだよ・・・助けてお姉さま・・・。」
「全てを破壊できると言っても、心は砕けないようね。」
 ポケットに手を突っ込んだいつもの妹紅は、迷子の子供のように泣きじゃくる完全に抵抗を止めたフランドールを見下ろす。
「心?」
 心という言葉に反応したフランドールを妹紅は見逃さなかった。
「お前は形がないと壊せないのか?」
 問いかけに顔を上げたタイミングを見て、しゃがんで視線を合わせる妹紅。突然の妹紅の接近にはっとなって隙を見せたフランにすかさず催眠妖術をかける妹紅。
 完全に心の隙を突かれたフランドールは簡単にその術にはまる。
「よく聞け、フランドール・スカーレット。」
 妹紅から目を離せなくなったフランドールは言われるがままに話を聞く体勢になった。
「お前は優しい娘だ。好き好んで破壊しているわけじゃないよな?」
「うん、私はただ、みんなと仲良く遊びたいの・・・それだけなのに・・・。」
「なのに?」
 妹紅はフランドールの心に巣くう病魔を探るため精神診断を始める。
「なのに、あいつがいつも邪魔するんだ!」
「あいつって誰?」
「分からない、でもあいつが囁くんだ!壊せ壊せって!」
「(なるほど、そいつを何とかすればいいんだな・・・。)」
 妹紅は妖術使いとして様々な問題を解決してきた。精神異常者は狐憑きなどといって、超常的な何かに操られていると思われていた。その為、精神病患者は妖事として扱う機会も多く、その治療のノウハウを妹紅は持っていたのである。
「その悪い奴はどんな色をしている?」
 手を顔の前でゆっくり左右に動かし催眠術を掛け続けながら優しく諭す様に問いかける妹紅。
「色・・・分からない、色なんてない!」
 首を振って否定するフランドール。
「いや、色はあるだろ?例えば・・・赤?いや黒か?」
 妹紅は空の白呪符を取って黒く染めてフランドールに見せる。催眠術に掛けられているフランドールは誘導尋問されるように黒だと思い込む。
「そうだ!黒だ!真っ黒な奴だ!」
「多分そいつには目があるだろ?」
 そういって妹紅は黒い呪符につりあがった二つの目を白抜きにする。
「そうだ!こいつだ!でも・・・あいつはもっと怖い顔をしている!」
 妹紅はフランドールの話に合わせ、目を紅く塗り、大きく裂けた口を白で抜き、牙なども入れてアレンジする。
「ひ、そ、そいつだ!助けてお姉さま!」
 それを見たフランドールは悲鳴を上げて姉の名を叫び、その場で頭を抱えてうずくまり振るえはじめる。
 フランドールの言う『あいつ』とは、破壊の衝動である。それは本来形のないものである。妹紅はその形の無いものに形を与え、それをフランドールにイメージとして刷り込ませる事に成功した。
「(よし。)」
 妹紅は膝を曲げてしゃがんでいたが、尻をついてあぐらをかき、視線を下げフランを見上げるような体勢になる。
「フランドール・・・いや、フラン。何を怖がっている?お前には何でも破壊する力があるじゃないか?」
 付き添いの紫の魔法使いが呼ぶ愛称を使い親しげに言葉をかける妹紅。頭を抱えていたフランドールが、はっとなって頭をあげる。
「さ、顔を上げて、この憎たらしいあいつを見てみろ。」
 言われるがままに、上体を上げ妹紅の呪符を見る。上がらない腰を必死に上げて逃げようとするフラン。
「さー目を瞑って・・・そう。見えなければ怖くない。そのまま、そのまま、ゆっくり頭の中にあいつを思い浮かべるんだ。」
 フランドールは言われた通り素直にそれを実行する。
「さーやってみろ。お前の力でそいつを壊せ!」
 妹紅は強く言い放った瞬間、持っていた呪符を爆破する。
「あ!」
 ボンという大きな音に驚いて目を開けたフランドールは、目の前で四散する「あいつ」を見る。
「やったあ!出来たじゃないか!すごいぞフラン!」
 妹紅は子供を騙し透かす様に大げさに喜んで見せる。つられてフランドールも笑顔になり、破壊の衝動を自ら破壊したと信じ込む。
 衝動を抑える術を知った、いや、そう信じ込まされたフランドールは飛び上がって周囲を走りまわっていた。そんなフランドールに妹紅は声をかける。
「フラン、これから「あいつ」が出てきたら今みたいにして倒すんだ。その力を悪を倒す正義の力にかえるんだ。そうすればいつまでもみんなと楽しく遊べる。」
「うん、分かった!あ、あれ?」
 声をかけらたてフランドールが妹紅に振り向いた時、そこには誰もいなかった。
 竹林の中に素早く身を隠した妹紅は、しばらく周囲をキョロキョロして妹紅を探すフランドールが諦めて帰るまでやりすごす。
「やれやれ・・・これで明日から死なずに済むな・・・。」
 フランドールが飛び去った空を見上げながら、頭を書いて安堵する妹紅だった。


「・・・そういう事だったの・・・。」
 当時の事情を妹紅から説明され、身体から力が抜けるパチュリー。
「あー、やっぱ、あれか・・・フランドールらしくなくなって気持ち悪いか?なんなら術解くけど?」
 しどろもどろで言い訳する妹紅は言い終えて、パチュリーの様子がおかしい事に気付いて動きを止める。下をむいたまま肩を小刻みに震わせ独り言のように何かをしゃべりはじめる。
「・・・フランが目覚めてからずっと、毎日、毎日、ファミリア達が破壊されてきたの・・・。落ちついてからも突然発作の様に凶暴になって・・・危ない時もあった。魔法で攻撃して気を失わせたり、マヒさせたり、眠らせたり・・・。」
 フランドールの部屋は破壊されたファミリアの血で染まり、パチュリーは部屋が汚れないようにファミリア達が死後すぐに気化する様に改良したりなど、常にフランドールに振りまわされる生活をしていたのである。
「あの日、私は喘息の発作が出て外に出られなかった・・・一人で行っては駄目と言っておいたのにフランは一人で行ってしまった。」
 あの時来なかったのは喘息の発作だったのかと当時を思い出す妹紅。
「帰ってきた時のフランの笑顔は忘れられなかった。最初は殺されて偽物で誤魔化そうとしていたと思って何度も調べたけど、フランそのものだった。」
 その日を境にフランドール・スカーレットはファミリアを殺す事は無くなり、それどころか常に笑顔を絶やさない紅魔館のアイドル的存在になっていたのである。
 不安定な心とその小さな身体にそぐわない大き過ぎる力。自分でもどうすることも出来ない破壊の衝動。しかし、フランドールは妹紅から一種の催眠術で自己暗示をかけられ、感情を擬人化して、ネガティブな感情を破壊して打ち消す方法を学び、その反動でポジティブな感情が前面に表れる様になったのである。
 紅魔館の雰囲気が一変したのもその時からで、恐ろしい悪魔が潜んでいるという噂も次第になくなって、来客が増えるようにもなった。
「藤原妹紅・・・どうして?どうしてあなたは、そんなことが出来るの?」
「え?あ、いや、精神的な病気とかそういうのは、一応治療法や対処法が確立されてて・・・。」
「違う!私が言っているのはそういうことじゃないの!」
 妹紅はパチュリーの質問に答えようとして、何故か否定され戸惑い幽香を見る。幽香もお手上げの表情でそっぽを向くが、妹紅のおどおどしている様子がおかしてくたまらない。
「私が言いたいのは、そういうことじゃなくて、何故、あれだけ殺されまくったフランを治療しようと思ったのかって事よ!」
 小さな身体から想像できない程大きな声で叫ぶパチュリー。
「そ、そりゃー、これ以上殺され続けるのはご免だし・・・。」
 どう考えても悪くないのにひたすら腰が低い妹紅。
「別の方法もあったでしょ?」
「別の方法?」
 少し錯乱気味のパチュリーの言葉に戸惑う妹紅。そこに幽香が助け船を出す。
「大人しくさせるなら、手足を切り落とすとか、いっそ殺しちゃうとか・・・って選択肢もあるんじゃない?」
 幽香らしい選択肢であると妹紅は不思議と納得する。そしてパチュリーは幽香の言葉に頷き、妹紅に迫って納得出来る答えを要求する。
 妹紅はあの不死人狩りにおける無抵抗に近い弾幕戦闘が多くの妖怪に様々な感情を呼び起こしてしまった事に改めて気付き、その影響が小さくない事も同時に知る。
 今まであたふたしていた姿勢を真っ直ぐにし、パチュリーと正面から向き合う妹紅。
「・・・フランドールを哀れんでやったわけじゃない。私はあの不死人狩りで他の誰も傷つけてはいない。フランも同じ・・・ただそれだけよ。」
「納得出来ないわ。あなたは何も感じない人なの?それとも神様にでもなったつもりなの?」
 痛み苦しみを一方的に負う事に対して、何も反撃しないということは、単なる不感症か寛容な心を持つ聖者かということだろう。いずれにしても普通ではないというのがパチュリーの主張である。
 このパチュリーの発言にカチンときたのは本人ではなく横で聞いていた風見幽香であった。
「この不死人狩りは、永遠亭の個人的な恨みを八雲紫が幻想郷のガス抜きに利用したものなのよ。悪党でもない人間を悪党に仕立てて、殺したいのを我慢していた妖怪達の前にぶら下げて与えたってわけよ。所謂冤罪ね。でも、そこで反撃して相手を殺したら正当防衛どころか過剰防衛扱いされて、本当の罪人になってしまうでしょ?」
「で、でも、だからって・・・。」
「あのまま反撃して、フランドールを傷つけたらあんたらは当然報復するでしょ?事が大きくなって吸血鬼がまた何かやらかしたってなったら、困るのはレミリアじゃないの?そうならないように気を配るのが、魔法使いの見識なんじゃないの?魔法だけぶっぱなせばいいってもんじゃないでしょうが魔法使いは!」
 凄みを効かせてパチュリーに迫る幽香。
「そ、そんなことはわかっているわよ!」
 負けじと言い返すパチュリー。パチュリーを良く知っている者は、風見幽香に真っ向から立ち向かう今の強気のパチュリーを見たら皆驚くことだろう。
「それとも何?藤原妹紅という名の山猿如きがそんな知略使うなんて信じられない、生意気だとでもいいたいわけ?」
 一人でしゃべって一人で興奮する幽香が、半分キレて怯えたパチュリーの胸ぐらにつかみかかろうとしたが、妹紅がそれを制す。
「そこまでにしておきなさい。まったく・・・。」
 妹紅の一声で動きを止め引き下がる幽香に、妹紅を過小評価していたパチュリーは驚く。この様子だと妹紅の方が上の様に見えるからだ。
「負の連鎖が起こる事を防ぐ目的は確かにあったけど、私としては別に一方的に我慢していたわけじゃないのよ。」
「どういうこと?」
「追ってくる妖怪を永遠亭に呼び込んで連中とニアミスさせて争わせていたのよ。この不死人狩りの元凶は蓬莱山輝夜よ。やつに一泡吹かせる為に、あなた達妖怪を利用させてもらっていたのよ。」
「そうだったの・・・。」
「永遠亭に頭下げさせたし、八雲紫も反省した。こっちとしては最高の気分よ。」
 落ち込むパチュリーを慰める妹紅。しかし、幽香はまだ収まらない。
「っていうか、あなた、四の五の言う前に先に言う事あるんじゃないの?」
「幽香!」
 険悪な雰囲気も収まろうとしているところに水をさす幽香を睨む妹紅。
「・・・私は・・・自分が許せなかった・・・。」
 幽香の言葉に反応するように、パチュリーは肩を大きく震わせ涙をこぼしはじめる。
「裏にある様々な理由を暴いて連中の駒にならないように、常に気を配っていなければいけない立場なのに・・・。私達はフランのことで疲れていた・・・利用されている事を知りながら、安易に楽な選択をしてしまった・・・。ごめんなさい、本当にごめんなさい。」
 パチュリー・ノーレッジは、妹紅に謝罪をしてその場に土下座するように泣き崩れる。泣きながら何度もごめんなさいと声を詰まらせながら謝る。
 それを見た妹紅はオロオロして幽香を見て助けを求めるが、その幽香は生意気な魔法使いを土下座させ満足そうにニッコリと微笑み、どこで見つけてくるのか可愛いひまわり柄のハンカチを妹紅に手渡す。
 意外と気の利く幽香に対し、気の利かない自分が情けないと思いつつ、八つ当たりに幽香を睨み付け乱暴にそのハンカチを奪い取った妹紅は床に伏せているパチュリーの肩を起こしてハンカチを渡す。ありがとうと言って受け取り涙を拭くパチュリー。ゆったりとした服装で気付かなかったが、想像以上に身体の線が細い事に気付く。喘息の持病があると知っていたが、身体はだいぶ弱そうで心配になる。
 落ちついたパチュリーは妹紅に支えられながら立ちあがり、幽香に明日返すとハンカチのお礼を言う。どうやら幽香のハンカチだということは気付いているようだ。
「風見幽香・・・。」
「ん?何?何か文句ある?」
「あなたは、不死人狩りには参加していないわよね?」
「当たり前でしょ。」
「・・・流石ね。」
 パチュリーは幽香を素直に賞賛したあと妹紅に向き直る。
「フランの件は本当にありがとう。」
「どういたしまして・・・って、あのままでいいってことね?」
「ええ、このお礼は何れさせてもらうわ。」
「お礼はいいわ。それより、今回の件を・・・。」
「レミィの件は私達全員の問題でもあるから、それはまた別よ。それに私も咲夜もあの予言書の最終ページを見ているわ。みんなそこを目指している。あなたたちもそこを目指しているのなら、むしろこちらから協力を頼みたいくらいだわ。」
 そう言ってパチュリーは右手を差し出し、それに応じた妹紅と握手をする。
「今度遊びにきて。フランが会いたがっているから。」
「え?あ、いや、また、そのうち・・・。」
 フランドールがすっかりトラウマになって微妙な顔をする妹紅を見て今日初めて笑顔を見せるパチュリーだった。


 しばらく無言で魔理沙を見つめていたパチュリー・ノーレッジも、日の出前に紅魔館へ戻っていった。
 風見幽香と藤原妹紅も魔理沙に貼った呪符を外してそのまま家を出る。
「少し歩きましょうか。」
「うん。」
 霧雨魔法店から里まで歩く場合、魔法の森を蛇行する獣道のような狭い道を通らなければならない。
「すっかり荒れちゃったわね・・・。」
 獣道のような細い道を進む幽香だが、彼女の力でそうなっているのだろう、下草や周囲の茂みが幽香を避けて綺麗な歩道に変わる。妹紅は幽香の後ろについてその綺麗になった道を楽に歩くことができた。
「もう参拝客なんていないんでしょうね。」
 参拝客は完全にゼロというわけではない。秋頃に冬を越すための薪を調達しに、魔法の森を越えてくる薪売り業者が本陣山に来る。そのついでに神社に参拝するのである。
「このまま、吸血鬼達の協力をするつもり?」
 前を歩く幽香が振り向かず妹紅に話しかける。
「・・・なんか不満そうね。」
 幽香の声のトーンから、微妙な雰囲気を感じとる妹紅。
「吸血鬼に協力するってことは、紫達や天狗とも敵対する事になるかもしれないのよ?」
「深入りは止めろってこと?」
「そうじゃないわ。それを分かってて魅魔に力を貸そうとしているかどうか聞いてるのよ。」
「・・・。」
 妹紅は即答を避けた。というより出来なかった。
 今回の異変は、紫に協力すると同時に自身の目的を達成させるための踏み台に利用しようと画策している。だが、別に紫と敵対する気は全くない。
「魅魔は強かだから、妹紅を取り込みたいのはわかるけど・・・余り深入りしないほうがいいわよ。」
「・・・何が言いたいの?」
「私はね、魅魔が大好きなの。そして、それと同じだけ紫も好きなのよ。」
 幽香は「あなたもよ」と心の中で付け足す。
「・・・魅魔にばかり肩入れしているようにみえるか・・・一応、永遠亭を紫につける為に努力してるつもりなんだけどね。」
 幽香はそれを聞いて立ち止まり身体を傾けて妹紅の顔を見る。妹紅はその目を見て一瞬背筋が凍る。今まで見せたこともない鋭い視線が妹紅の真意を見透かすように貫く。
「・・・。」
 すぐに前を向いて再び歩き出す幽香。少し間をおいて追いかける妹紅。
「紫はね、自分で自分を悪い方に追い込む癖があるの。皆で考えたことでも最期は全部自分で背負ってしまう。誰かがしっかり見ててやらないとだめなのよ。」
「その役目は幽香じゃだめなの?」
「私じゃ駄目ね。お互い昔から知りすぎてて。恥ずかしくてお互い本心を見せられないのよ。それに吸血鬼に関しては最初から私は魅魔についていたし。」
「・・・。」
「魅魔に肩入れするならそれはそれでいいけど、それなら、それと同じだけ紫にも気に掛けてほしいのよ。」
 正直で曲がった事が嫌いな幽香としては裏で魅魔に荷担し、紫にそれを黙っている事はとても心苦しい事だった。吸血鬼に関しては戦争時からの繋がりで魅魔との間に深い繋がりがあり、これを今更どうすることも出来ないのは分かっている。しかし、今回の異変に関しては必ずしも吸血鬼は関係無いことである。紫の異変に便乗して過去を蒸し返す様な事は魅魔はともかく幽香としてはあまり心地よいものではないのである。
 幽香は、自分が魅魔に肩入れし紫と敵対的な立場になる吸血鬼の問題に関して、妹紅までグルになって紫と敵対したのでは、紫が可哀想に思えるのである。
「・・・わかったわ。」
「ありがとう。妹紅。」
 妹紅は幽香のその思いを汲み取って吸血鬼に関しては中立的立場で関わることを心に決めた。