東方不死死 第31章 「吸血鬼戦争」
西暦1430年、世界と地続きだった幻想郷が八雲紫と博麗神社の結界によって概念の世界に移設され、物理世界から隔離される。
その幻想郷隔離計画と同時に進められた幻想郷移住計画によって世界各地から様々な妖物(あやかしもの)が幻想郷に参集し、その混乱がまだ収まらない西暦1433年前後から吸血鬼の犯行と思われる様々な事件が頻発し、後に吸血鬼戦争と呼ばれる幻想郷史上、最大にして最悪の大戦へと発展することになる。
幻想郷では当初、吸血鬼というと紅魔城にいる『アルカード・ブルブラド』という高貴な吸血鬼の王とその一族を指していたが、吸血鬼には10以上の氏族が存在し、単一及び友好的な氏族が集まった血盟を形成し、それらがバラバラに幻想郷入りして血盟単位で行動していた。
吸血鬼は、発生起源から存在している始祖族と、それら始祖族との血の交換、つまり吸血によって吸血鬼化した純血種と、純血種の吸血によって吸血病に感染して疑似吸血鬼化した亜種族に大分される。
始祖族は基本的に吸血本能は無く、吸血自体がある種の儀式的行為に近い。個体が非常に強い一方で生殖力が低いため、種族繁栄の為に吸血を行い純血種を作る事によって一族を増やす。一般的な妖怪などと違い、一族など集団を重視する氏族が多く、群れる性質があるので周囲に大きな影響を及ぼすことが多い。
純血種は、一般的に知られる目撃例の多い所謂ヴァンパイアの事で、吸血し血の乾きを満たさなければ肉体を維持できない性質を持つ種族である。それ以外では、普通の人間や妖怪と同じように知能を持ち吸血鬼になる以前の性格や性質がそのまま吸血鬼後も反映される。
血の乾きに満たす以上に吸血行動を多用すると獣化し怪物になってしまう。多くの純血種は高潔で誇り高い種族であるため、獣化を恥とし節操のある行動を取る。
どの氏族を始祖に持つかで吸血鬼後の性質が決まるわけではなく、性質や性格が変わるのは氏族に感化された結果からである。
邪悪な氏族によって吸血鬼となった純血種は、その時点で邪悪になるのではなく、その命で動くことで次第に邪悪な存在に感化されるというわけであり、元の性格、性質に従って行動する者は、邪悪な氏族から抜け出る者もいる。例えば、教会に仕えるテンプルナイトが吸血鬼化しても、最後まで神に殉じて正義を貫こうとして吸血鬼と戦い、血の乾きを倒したヴァンパイアで満たし、人間に一切手を出さない者もいた。
基本的に氏族=血盟だが例外もある。貴族として名高い『ヴェントルー』族には、多くの氏族から離脱してきた高潔に生きるヴァンパイア達が集まる傾向にあり、複数の氏族で構成された寄り合い的血盟になっている。
純血種によって吸血鬼化した者は、所謂吸血病と呼ばれる病気に感染し、この亜種レッサーヴァンパイアは人間性が失われ野獣化して凶暴になる。氏族・血盟の上位存在に従う性質があるので制御は簡単だが、血の乾きに堪えられず吸血した純血種がそのまま亜種を放置した結果、その亜種が野生化して事件を起こす事がある。
純血種以上の吸血鬼は特定の手順をふまなければ殺すことは出来ないが、この亜種は普通の人間や妖怪の様に生命活動を停止させれば殺す事が可能である。
全血盟の王を自任し、人間とも共存してきた最も高貴な一族、アルカードを長とする『ヴェントルー』族は、最も知名度の高い血盟で、教会からも黙認され人間社会で一貴族として領土も持っていた。
時代の流れで人間との共存が不可能となってきた折りに、魅魔の取り計らいで幻想郷計画を知り入郷となったわけであるが、この一族は平和的で幻想郷入り後すぐに八雲紫や博麗神社と平和条約を締結し湖畔と紅魔城周辺の領有を認められていた。
その一方で『ヴェントルー』以外の吸血鬼の各血盟がそれぞれ独自に入郷し一部の血盟が人間や妖怪の狩りを始め、当時そうした複数の血盟が存在していることを知らない幻想郷の住人及び入郷者は、その吸血鬼の罪を紅魔城に問うしかなく、その状況を巧みに利用する卑劣な血盟が『ヴェントルー』を貶める為に暗躍を始める。
勝手に貴族を自称する『ヴェントルー』族と対立していた『トレメール』族が巧みに立ち回って、他の血盟の罪を『ヴェントルー』に擦り付けて対立を煽り、『ヴェントルー』に対する深刻な不審感を幻想郷側に持たせる事に成功する。
状況が劇的に動き始めたのは『トレメール』族にそそのかされた『ギャンレル』族が、天狗の領地に侵入してしまった時である。
強い団結と組織力で領地を守り、西の妖怪の山を領土として宛がわれ幻想郷の東側には関わらない事を取り決めていた天狗は、東西の境界線を厳重に警備していた。
原生の森で静かに暮らそうと考えていた平和的で自然に帰依する『ギャンレル』族の性質を『トレメール』が利用し、安全だと偽って『ギャンレル』を妖怪の山へ導き、それを侵入者と見なした天狗は迎撃を行い、この戦いで敗れた『ギャンレル』は友好的な『ヴェントルー』に保護を求め紅魔城に入る。
そしてこれを『トレメール』が利用する。『ギャンレル』の天狗領への侵攻は『ヴェントルー』の指示によるものと責任転嫁し、『ギャンレル』が『ヴェントルー』のいる紅魔城に入った事をその証拠とした。
そして、『ヴェントルー』に他意ありとして幻想郷との平和条約は無効と周辺に工作をはじめたのである。
『マルカヴァイン』『ツィミーシィ』『アサマイト』などの好戦的で邪悪な血盟が周辺で独自に行動し、悪事を働いている事も手伝い、当初良かった『ヴェントルー』の評判は『トレメール』によって著しく下げられる。
その後、吸血鬼のギャング集団と言われる『ブルハー』が人間の里に目を付け騒ぎ始めた事がきっかけで、天狗側は博麗神社の要請で遂に治安維持活動に乗り出し、東西の境界線を越えて吸血鬼狩りを始め、周辺に散らばる中立的な血盟を含めて大規模な吸血鬼狩りに発展した。
この混乱の首謀者とも言える『トレメール』もまた、天狗の力を過小評価し過ぎてその被害に会い、行き場を無くした敗残血盟を集めて紅魔城に入り、『ヴェントルー』に命乞いをし、全血盟の王と認め忠誠を誓う事を約束し保身の為に他の血盟諸共その軍門に下る。
自業自得な血盟に対して彼らを保護する義務は無く、友好血盟だけを保護しても不義にはならなかったのだが、その以前から保護していた『トレアドール』の姫を愛人に持ってしまった為に、保護を拒めばそれは女を貢がなかった所為であると曲解された挙げ句、話に尾びれがついてそれを『トレメール』や『ラベノス』に利用される危険性を見越し、本意では無かったが全血盟を統べる王を正式に名乗る事をアルカードは決める。
吸血鬼、特に『ヴェントルー』は非常に気高く誇り高い一族であるため、スキャンダルを嫌い恥とする傾向がったが、それ以外にも理由があった。
全血盟が結束した時、全世界を統べる全知全能の王が誕生するという予言が吸血鬼の世界では伝説として言い伝えられており、平和的・友好的な血盟にはアルカードにそれを望む声も当然あった。反平和主義の反アルカード派が力を失った今こそが平和な吸血鬼の未来を構築出来るチャンスと見たアルカードは、それに応じたわけである。
結果として罪人を保護したアルカードは幻想郷との間の平和外交のカードを手放し、吸血鬼の単一国家を形成すべく動きだす。それはすなわち幻想郷に対する宣戦布告でもあった。
西暦1436年、4年に及ぶ大規模な消耗戦、吸血鬼戦争の幕開けである。
吸血鬼戦争の始まりは、鞍馬山と『ギャンレル』との間で起こった遭遇戦からという説と、人間の里救援の為、天狗が治安維持活動に全軍を出撃させた掃討作戦からとする説、全血盟が紅魔城に終結してアルカードに忠誠を誓った時からとする説といくつか説が存在するが、吸血鬼側の集結に呼応して幻想郷側が討伐軍を組織し、現在の博麗神社の建つ東端の山で魅魔、博麗神社神主、鞍馬山僧正坊、比良山次郎坊の4人で吸血鬼打倒を誓い作戦会議を行った時が正確な開戦日時とするのが幻想郷の正史である。
当時の状況として、幻想郷の西側、妖怪の山と呼ばれる山岳・丘陵地帯は天狗の領域で、7名の大天狗が幻想郷入りしており、そのうち6名が里(領地)の設営を行っていた。
幻想郷入りした大天狗は、愛宕山太郎坊、鞍馬山僧正坊、比良山次郎坊、飯綱三郎、大山伯耆坊、彦山豊前坊、大峯前鬼坊の7名で、大峯前鬼坊だけが里の設営を行っていない。白峯相模坊は崇徳天皇の怨霊を鎮め、強いては日本国の守護の為に一人残った。彦山豊前坊は天津日子忍骨命の天下りで、大天狗の中では最も格が高い存在だが、幻想郷入りの根回しをした鞍馬山僧正坊を大天狗筆頭に推挙し、現在も鞍馬が大天狗筆頭である。
吸血鬼王アルカードが根城とする紅魔城は、湖の西岸一帯に広大な城壁を持つ巨大な城塞で、現在残っている紅魔館は、その広大な敷地内に建つ館の内の一つである。その紅魔城に隣接しているように西に鞍馬山と北に比良山の領地が存在し、開戦前から領地の境界線をめぐって小競り合いが続いていた。
幻想郷の殺さず戦うというルールに則り、幻想郷入りした各地の妖怪に身を持ってそれを教育する役目を請け負った魅魔と風見幽香は、それぞれ幻想郷の東部の北と南に領地を宛われていた。その北側エリアに紅魔城があったために必然的に魅魔が吸血鬼を担当する事になる。
猛威を奮う吸血鬼に対して東の西の出身に捕らわれない反吸血鬼連合が自然発生し、それを魅魔が統率する事になる。
魔法の森を隔てて南に博麗の里があり、『ブルハー』の襲撃を退けた博麗神社は、里に入っていた他の友好的な妖怪、幻想郷事業に早くから賛同していた妖怪らと共闘する形で魅魔の連合軍に加わる。
数人の大天狗と知古のあった魅魔は天狗側と共同戦線の提案を行い、これを了承した鞍馬山と比良山が正式に連合軍に参加。他の大天狗からも一部軍が派遣され鞍馬山と比良山を支援した。
魅魔率いる本体が現在の博麗神社の建つ東端の山に本陣を置き、南を博麗神社、西と北を鞍馬山、比良山という吸血鬼に対する大包囲網戦が展開されることになる。
後に本陣山と名付けられた現在博麗神社の建つ山で、魅魔、神主、鞍馬山、比良山の4者の作戦会議によって魅魔を総大将とした幻想郷連合軍の結成が正式に決まり、それと同時に『アルカード・ブルブラド』に対して宣戦布告を行う。
開戦当初、幻想郷連合軍の圧倒的な物量の前に吸血鬼及びそれに組みする闇の軍団は戦線を後退。死霊術に長ける『ジョヴァンニ』が敵味方の死体を有効的に活用して何とか戦線を維持するのが精一杯だった。
その後、大天狗として里を設営せず領地を持っていなかった事で自由に動けた大峯前鬼坊が弟子達を率いて魅魔の主力に参戦。これによって吸血鬼側の東部戦線が崩壊し湖まで後退する。
軍団としてまとまりに欠けていた吸血鬼軍は、開戦当初は血盟単位で動いていたが、それぞれ特徴があり能力が偏っている氏族中心の血盟は、軍団として運用しずらく東部戦線の崩壊を機にこれを反省し軍団の再編が行われる。
再編された軍勢の主力は、各血盟から選抜された純血種の部隊指揮官の下に亜種、獣人、死霊を置く構成で、魔術師であり策士でもある『トレメール』の始祖長が『ジョヴァンニ』の死霊使いを参謀に置き司令官として陣頭指揮を取ることになる。
これが功を奏して東部の戦線を湖より東に押し返す事に成功。
義勇軍の集まりでもある魅魔の幻想郷連合軍の主力は、士気は高いものの集団としての行動に不馴れで、吸血鬼軍の組織的な反撃に戦線を後退。こちらも部隊再編を行い、陣頭指揮を大峯前鬼坊の一番弟子『太白山白鳳』に当たらせた。軍事に非凡な才能がある白鳳は、天狗の仏法の力を前面に押し出し、闇の軍勢を蹴散らして戦況は幻想郷連合軍の優勢で進む。
こうした軍勢同士の戦いが終戦まで続けば、敵同士でも賞賛しあえ、現状の吸血鬼に対する強い不信感と嫌悪感は生まれなかったもしれない。
吸血鬼戦争が血みどろの消耗戦に突入するのは、開戦から1年が経った頃からである。
吸血鬼軍で最前線に立つのは主に好戦的で武力の高い血盟であったが、アルカードらの『ヴェントルー』を中心とした平和的な血盟が実権を握っているという、前戦の者からすれば面白くない状況が続いていた。
これに不満を持った血盟が、爵位などの地位を求めアルカードに対し談判を始め、状況が状況だけにアルカードはそれを了承し、各血盟の戦功氏族に高い地位と権限を与えた。
有能であるが戦いに不馴れな貴族らの地位が相対的に落ちた事で『ヴェントルー』の権力に陰りが見え始める。策士である『トレメール』がアルカードの側近を次々に失脚に追いやり、軍の首脳部が反貴族派で占められると、今まで禁止としていた卑劣な戦法が解禁されはじめる。
捕らえた捕虜を純血種に換え、血の乾きという拷問で寝返らせた元幻想郷軍の幹部を捕虜交換を利用して敵陣に侵入させ、幻想郷連合軍の中に様々な亀裂を生じさせる火種を植え込む事に成功する。
軍内に内通者がいることが発覚すると、疑心暗鬼に駆られた幻想郷軍は浮き足立ち、優位に進んだ戦況は膠着状態となる。この時期、あらゆる卑怯な手口が用いられ、多くの味方が強制的に敵の手に堕ちた。
純血種させらた者の中には幻想郷を裏切る事をよしとせず、血の乾きに処刑されるまで耐え続ける者も大勢おり、吸血鬼らはその凄まじい精神力を持つ妖怪達を畏れるようになり、それが一層酷い攻撃へと駆りたたせた。
かつての味方、親兄弟、親友が一夜にして敵となって襲いかかり、同士討ちのような状況がこれ以後終戦まで続くことになり、兵力的な消耗と会わせて精神的な消耗が幻想郷軍を弱体化させていく。
開戦から2年後、膠着状態から遂に劣勢になった幻想郷軍は各方面で戦線を後退させた。
この時期、ようやく八雲紫が幻想郷の安定化に目処が立って戦場に現れ、厳しい戦況に自ら戦線に立ち、スキマの能力で神出鬼没に立ち回って敵の幹部など重要人物をスキマ送りにして暗殺し、吸血鬼の快進撃を止める事に成功する。
吸血鬼側も八雲紫の能力を警戒して動く事が出来なくなり、紅魔城を中心に広範囲に紅い濃霧を発生させスキマを封じる事に成功したが、攻めに出られず戦況は再び膠着する。この時期戦線を押し返す気力を失った幻想郷軍は、主力の魅魔の軍勢が6割、博麗神社が5割、比良山が5割、そして最大の激戦区である鞍馬山が8割以上兵力を失い、主だった人材を多数失った事で数字以上に戦力は疲弊していた。
約1年近く膠着していた戦況に変化が生じる。
吸血鬼軍では、貴族穏健派から和睦の案が出され、それに猛反する武闘派との確執が深刻化。ここに来てアルカードが変心し武闘派を支持して穏健派の粛正を始める。
大規模な粛正によって『ヴェントルー』以下、穏健派の血盟がほぼ死に絶えたが、その一部が紅魔城の脱出に成功し風見幽香に保護を求めた。
この戦争時の風見幽香は、幻想郷の博麗の里を含めた南東部を担当し単独で行動していた。吸血鬼の様な大きな氏族を作らない小さな勢力に対して単身で挑んでそれを撃ち破り、幻想郷のルールを身を持って教え、それを繰り返し、一定の場所に留まらずに移動しながら戦闘を繰り返していたのである。
吸血鬼側で大規模な粛正が行われた開戦から3年経った時期は、南東部は粗方平らげ、幽香に服従した者達が集まり勝手に風見組を旗揚げしてちょっとした軍団規模の集団となり、南部に突如現れた謎の竹林の調査をする直前だった。
紅魔城から命からがら逃亡してきた吸血鬼の集団が幽香に保護を求めにやってきたわけだが、この時期、幻想郷連合軍から離脱してきた敗残妖怪達が多数風見組に鞍替えしていたため、彼らは吸血鬼を激しく拒んだが、連合軍に直接参加していない吸血鬼を知らない幽香達は、各地の様々な妖怪らを吸収し、死神すら配下に加えており、吸血鬼に対しても特に拒む理由もなく幽香はあっさり彼らを受け入れた。
開戦から3年半が過ぎた頃、幽香に下った吸血鬼らが風見幽香を新しい主と決め忠誠を誓い、その証として吸血鬼の完全な滅ぼし方を教える。
吸血鬼の始祖や純血種は、肉体が崩壊し灰になっても大地から生気を吸収し、蝙蝠や小動物に姿を変え、そのまま自身の寝床、主に棺桶に、戻って完全復活する事が出来る。
紫外線に弱く、局所的には撃退は十分可能で護身方法も時間と共に開発されてきたが、それでも完全に殺す事は出来ず、戦線は行き詰まっていた。
攻め込んで領地を回復しても誰かが捕まってしまえば敵の戦力を増やすだけで、またすぐに挽回される。
こんな状況下で吸血鬼の完全な滅ぼし方を知った幽香は、すぐさま北部の魅魔に合流した。
吸血鬼の滅ぼし方を得た幻想郷連合は、攻勢に出て捕らえた吸血鬼幹部を次々滅ぼして行き、博麗の歴代の巫女で最強と言われた博麗霊夢が天照大神を降ろして城を常時覆って擬似的な夜を作り出していた紅い濃霧を消し去り、籠城していた残存吸血鬼に対して幽香を先頭に疲弊していない風見組がを急襲し城内を制圧した。
たった数日で数年に及んだ消耗戦が終結したのである。
風見幽香が参戦して3日で城が落ち、当時この戦争に参加していた者はこぞって「神風が吹いた」とこの劇的な幽香の参戦と勝利に湧いた。風見幽香の妖怪最強説を確固たるものにしたエピソードである。
この時期、戦争に関する実権はアルカードには無かったが、戦争を引き起こした責任を取る立場にあり、その後半年に渡って戦後処理が行われる事になる。
この戦いで夥しい被害を出した鞍馬山と比良山、及び吸血鬼戦争の前哨戦ともなった治安維持活動を行った天狗勢は断固たる処置を求めたが、状況を意図的に悪化させた邪悪な吸血鬼の戦犯が一掃され、今後危険性が無いと判断した連合軍総大将の魅魔が温情を求め、その処分のあり方で幻想郷の各勢力が対立する。
天狗勢と言っても彼らの意見はこの戦争に参加した全ての者の総意と同義で、八雲紫と博麗神社、大峯前鬼坊も当初これを支持し魅魔は孤立する。
この戦争終結の立て役者ともなった風見幽香は、配下に吸血鬼がいることを理由に、吸血鬼の全てを死罪にしようとするそれらの意見に反対して魅魔側に付き交渉は難航。
戦争首謀者のアルカード・ブルブラドの死罪は確定し、幽香についた吸血鬼は無罪とし、それ以外の吸血鬼は死罪とする吸血鬼王家滅亡の決定に魅魔が猛反対。
自身が元悪霊であり、博麗神社の温情によって現在がある事を必死に訴え、このまま酷い仕打ちを架せば吸血鬼王は怨霊となって幻想郷に禍を起こすと、崇徳天皇に例えてその怨霊を静める為に未だに向こうの世界に留まる大天狗白峯相模坊の名を出して天狗の私怨を糾弾する大演説を行い世論の流れを変える魅魔。
その後、博麗神社が魅魔に賛同し、吸血鬼の被害が最も大きかった鞍馬も私怨を捨て苦渋の決断をして魅魔に賛同。しかし、その他多くの妖怪、人間らの私怨を汲み取る形で八雲紫が最後まで重罪を訴え魅魔と対立し交渉はさらに難航した。
アルカード・ブルブラドとは遠縁の戦時中に生まれた2人の子供を助命して王家は存続させる変わりに、生き残った一族は、王と共に全て死罪。
その助命した子らを成人させない為に特殊な呪いを掛けて永久に子どものままの姿にすること。そして500年間の封印。更に幻想郷追放と、それらを全て魅魔自身で行う事を条件に、王家とは関係なく戦争にも直接参加していない無害な氏族と幽香に下った吸血鬼集団の助命が正式に決まる。
重い罪を2人の乳児が負う事になったが、これ以上の減刑は望めず魅魔も了承し、戦後処理は一応の決着となった。
部屋の四隅に灯る魔法の光がまるで和蝋燭の様にゆらゆらとやわらかく明滅し、程良く散らかった魔理沙の部屋にたたずむ3人の影を伸ばしたり縮めたりさせていた。
魅魔は魔理沙のベッドに、妹紅は魔理沙の机の椅子、幽香は暖炉の前の椅子を移動させて三角に向かい合う。
幻想郷の最強クラスの3人がこの狭い部屋に集っているわけだが、こんな稀な光景を見ることができるのは特別な資格がある者だけだろう。
「これが表向きの吸血鬼戦争の事の顛末だ。」
八雲紫が引き起こそうとしている異変が、レミリア・スカーレットの漠然とした運命操作によって後戻り出来ない状況であると断定した魅魔は、レミリアとの関係を妹紅に問われ、その返答に吸血鬼戦争の故事が欠かせないものと判断し、今それを語って聴かせたわけである。
思わぬ再会で取り乱し、その後落ち着いた風見幽香らの南部の部隊から見た戦争の感想も交え、話し終えた魅魔は妹紅のリアクションを待つ。
「・・・表向き・・・ってことは、裏もあるわけね?」
「察しがいいな・・・裏事情は幽香も知っている所が多いが、これから話す事は幽香はおろか、私とアルカードしか知らない極秘の話になる。」
その言葉を聞いて幽香が閉じていた目を開いて魅魔を見る。先程大泣きしたせいで、白目が少し充血していた。
「・・・何となく隠している事があることは分かっていたけど・・・。」
「何故そう思う?」
「いくらなんでも、あの時の吸血鬼擁護はちょっと異常だったわ。」
「あの時は文字通り命懸けだった。」
「・・・魅魔を動かす重要な秘密があったってことね?」
ここで妹紅が話に参加する。
「うむ・・・。妹紅は何か気付いた事はあるか?」
「そうね・・・恐らく正史にあるレミリアの両親と、本当の両親は違う・・・とか?」
遠縁の赤子2人救う為に偉大な王アルカードが命を落とす理由が、この戦争を経験していない完全な第三者の妹紅には全く理解できない。それにアルカードには愛人がいた。その事がいつの間にか棚上げになっているのも不自然だ。
「ふふ、流石妹紅だ。その通り。あの姉妹の父親はアルカード本人だ。」
「な、なんですって?」
その衝撃の事実をあっさり認めた魅魔の言葉に対し、驚きのあまり裏返った声を上げたのは幽香だった。
「ちょっと、それって大スキャンダルじゃない?もし他人にしれたら・・・。」
「だから極秘だと言っただろ?」
開戦から2年が過ぎた頃、吸血鬼同盟軍の軍の実権は『トレメール』にあり、邪悪な戦術を駆使して遂には戦況を挽回し攻守が逆転した。
数が減り続ける幻想郷軍に反比例するように数を増やす吸血鬼軍は、本陣山に肉薄し分厚い包囲網が構築される。
八雲紫、藍の参戦で吸血鬼軍の指揮官が行方不明になり、包囲網として築かれた大規模な陣地は何とか切り崩して戦線を押し戻した幻想郷軍だったが、軍としての反撃能力が無く、そこから攻勢に出る事は出来なかった。
一騎当千の強者による少数精鋭でゲリラ戦を挑み、戦線を不安定な状態に留めておく事で組織的な反撃を受け流し何とか戦線を支えている状態だった。
「この時期、アルカードの身辺に異変が起こった。愛人の『トレアドール』の姫、セレーネ・スカーレットが懐妊したのだ。」
「・・・スカーレット・・・あの姉妹は母親の姓を名乗っているのね。」
吸血鬼の始祖族同士は子供を作る事が出来るが、強い個体同士の交配になるので、懐妊は稀で氏族の中で100年に一人生まれるか生まれないかの確率である。
吸血鬼の伝説にある、吸血鬼を統べる真の王の誕生を思わせるこの懐妊は、『トレアドール』族の機転で公表はされず、『トレアドール』族の王家の一つスカーレット家の下級貴族の娘と『ヴェントルー』族に派遣されいた『ラソンブラ』の低ランクキーパーとの間の不義による懐妊騒動として処理され、その子供は真の王の資格無しとして無視された。
この時期の懐妊は、伝説の具現としてひと騒動になってもおかしくないところであったが、吸血鬼の間では非常に地味で、野心のかけらもない『トレアドール』と『ラソンブラ』の間の子供では、それを担ぎ上げる側にとってもインパクトに欠けたのである。
これがそのままアルカードの実子と公表されれば、王位継承、傀儡の道具として子供が利用されたはずである。その危険性を見越して『トレアドール』は公表もせず、更にアルカードにもそのことをしらせなかったのである。
懐妊を報されず、絶世の美女最愛のセレーネ・スカーレットから愛人関係を一方的に解消されたアルカード・ブルブラドは、当時失意の中にあり、そこを『トレメール』につけ込まれて多くの側近が失脚することになり、『ヴェントルー』の勢力が大きく後退し『トレメール』に完全に実権が移った時期であった。
「真の王はこの戦争を勝利に導いた者こそ相応しい」
地味な種族の子供に王位を与えるなど許される事ではないと、当時の戦巧氏族達は自分達こそ王に相応しいと、このような言葉をしきりに触れ回り、城内に自分達に有利な世論を作り出していた。
八雲紫の参戦で戦況が膠着した時、城内ではそうした政治的な派閥抗争が活発化していた。
それから1年が過ぎた頃、セレーネ・スカーレットが2人の女児を携えてアルカードの前に現れ真実を告げる。
愛する者との再会と真の王の誕生を喜び、その子らの行く末が平穏である事を願いアルカードはある決断をする。
このまま吸血鬼が勝利すれば、紅魔城周辺の土地ごと、八雲紫によって葬りさられる可能性がある。そうなればこの子供達に未来はない。自分も含め邪悪な吸血鬼の勢力を消去し、幻想郷という新しい世界に共存を望む新しい吸血鬼の王国秩序を創ろうと考えたのである。
話し終えた魅魔は一瞬間をおいて表情を堅くする。
「しかし、問題があった。」
産まれたのは健康な女児だったが、産後間もなくセレーネのお腹がすぐに膨らみはじめ、胎内にもう一人いたことが判明したのである。
恐らく双子だったのだろうが、人間なら胎内で死産してしまうところを凄まじい生命力で生き延び、残された胎児は自力で成長すると母親の腹を破って出て来てしまう。
「フランドール・スカーレット・・・ね。」
語らずとも容易に想像出来る事であったが、妹紅はあえてそれを口にした。
吸血鬼である母親は腹を割かれた程度で死ぬ事はなく、その過酷な運命を背負った血まみれの化け物を姉のレミリアと共に愛し育てた。
不幸はそれだけではなかった。本来一つであるはずの運命を司る力が、姉のレミリアと妹のフランドールに別れてしまったのである。
「運命を司る力?操る力じゃなくて?」
幽香が尋ねる。世間にはレミリアの能力は「運命を操る力」と知らされている。
「レミリアの持つ運命を操る力とは、目に見えて分かるもの、予測出来る確かな事、知識として備わっている事実に対してのみ発動出来るもので、例えば見知らぬ遠い異国の人物や、数百年後の未来といったものには全く関与できないのだ。」
「当たり前といえば、当たり前だけど・・・。」
「と、言うか、そこまで影響を与える事が出来たらちょっとやばいんじゃないの?」
幽香と妹紅が魅魔の答えに交互に疑問を呈する。
「世界を統べる力だ、やばくて当たり前だ。」
「・・・姉の方はいまいち扱いづらいわよね・・・ということは妹の方に行った力の方が重要ってことね?」
「その通り。非常に強く危険な力『運命を紐解く力』がフランドール・スカーレットの側に備わってしまったのだ。」
「紐解く力?」
「運命について少し話そう。運命とはその人の人生、結末とそこに至る経緯の集積といえる。しかし、人それぞれとはいっても、実は多くの者が運命を共有しているのだ。」
意味がいまいちわからず顔を見合わせる幽香と妹紅。教え甲斐のある教え子に向けるような表情になる魅魔。
「例えば、幻想郷を管理する紫が、その任を放棄し無に帰すとしたら、我々はどうなる?」
「そりゃー・・・逃げるか運命を共にするか・・・あ!」
魅魔の問いに答えながら重要な単語を口にした事に幽香は気付く。
「運命を共にする・・・か。」
妹紅が反芻するように呟く。
「ある時点では、人々には様々な未来があっても、紫が決断した時点でほぼ全員の運命が決まる事になるわね。」
幽香が呻く様に眉間に皺を寄せる。
「そう。共同体の頂点にいる者次第でその共同体の運命は大きく左右される。そして、それら共同体は世界に無数に存在しており互いに干渉している。」
100を内包する共同体の頂点の1さえ牛耳ればその共同体を自在に操ることが出来るというわけであり、国、政治とは、正にそうやって少数が多数を制御しているのである。
妹紅と幽香が同じ様な仕草で考え込み始める。
「今回の異変は、紫と妹紅が関係するけど、それ以前に不死人狩りがあったり、さらにその前には妖の狩人とかいろんな経緯が折り重なって今になっているわよね?」
思い出すように話す幽香。
「うむ。一つの結果が生まれるには、いくつもの経緯が存在し、必ず出発点となる所謂運命の分かれ道が存在する。」
「解く力っていうのは、最初に結果を導き出して、その結果に至る経緯を逆算するように辿っていって、事の発端になる人物や事件を探りあてることね?」
右手の人差し指を立てて、頭の中で答えを整理しながら答える妹紅。
「流石に飲み込みがいいな。今回の異変の発端は紫と妹紅であり、解く力でこれをみれば、事の発端は約500年前の外の世界にある事がわかる。意図的に今回の異変を起こそうとした場合、少なくとも500年より昔に生きる者が運命を紐解いて、紫と妹紅との間に因縁を作るというプランを練り、操る者にそれを設計図のように分かる形で受け渡すという手間を取る事になる。」
「紐解く力と操る力が備わったら・・・世界そのものを好きにできちゃうわね?」
「これが吸血鬼の伝説にあった真の王の力・・・というわけね。」
「・・・余りにも強大な力は、得てして分けられて生み出される・・・。」
「自然の法則というやつかな・・・。」
押し黙る一堂。幽香としては、正にあの時、運命の境界線にいたことになる。
「で、その力がフランドールに行ったということだけど、なんか今と違わない?」
フランドールの能力は『全てを破壊する力』である。
「その秘密は今から話そう。」
奇形で生まれたフランドール・スカーレットは異形な羽という見た目以外にも脳に障害を持ち、大人になれない可能性が高かった。
素晴らしい能力を身につけていながらそれが生かせないどころか、それが返って子供のままのフランドールを苦しめる可能性が高く、親であるアルカードは吸血鬼の未来と可愛い娘の将来を思い悩む。
アルカードの出した答えは、「リセット・ザ・ワールド」つまり、世界を作り直す事だった。
真の王の資格を持つ姉妹の安寧の為には、現状の邪悪な吸血鬼支配を終わらさなければならなかった。しかし、今の惨状を見れば真の王が平和を望んでも、幻想郷の住人がそれを受け入れる事はまず不可能といえた。
単なる軍同士の戦争なら大きな遺恨にはならないが、戦争は中盤から裏切りと苦痛、憎悪だけの戦いになっていたのである。
現状政権のままでは、もはや幻想郷との和解は困難とみたアルカードは、ある決断をして魅魔と密会を求めた。
「この時のアルカードは、自分を含めて戦争に荷担した紅魔城の吸血鬼勢力を全て消去すると言ってきたのだ。」
「自分も?」
「アルカード本人は幻想郷に対して常に平和的に接したが、王として全吸血鬼に対して責任もあった。助命懇願すれば助かる道はあったかもしれないが、一族に引導を渡す役目を背負う者として自らの死は免れないと・・・。」
魅魔の声が重くなる。
アルカードは自分の持つ凄まじい能力で一族全てを消去出来る事は可能だったが、戦争の結末を幻想郷軍の勝利として演出する為に、吸血鬼の滅ぼし方を魅魔に教える。しかし、魅魔はその事実を知ってすぐさま実行すれば、それをどこで知ったかを味方に疑われ密会の存在、強いては幻想郷軍の勝利が単なる演出であるとバレてしまう事を怖れた。
そこで魅魔は一計を講じた。
魅魔の計略通り、アルカードは変心を装って自分の最も信頼する部下を粛正し、一部を放逐して風見幽香に下らせたのである。
「なるほど・・・連中が真っ先に私の所にきたのはそう言う裏があったからなのね。」
「半年ほど行動を共にしてから吸血鬼の滅ぼし方を報せるようにアドバイスしたのも私だ。幽香の事だから味方を売るような連中を信用しないとおもってな。」
「確かにね。あの時、仮に連中がすぐに吸血鬼の滅ぼし方を教えるとか言ってきたら、八つ裂きにしてやったわ。」
幽香の性格を知り尽くしていると感心する妹紅は、面白くなさそうにしている幽香を見てつい頬が緩む。
アルカードは娘達の行く末を案じ、特にフランドールの為に一計を講じた。
自身の持つ、全血盟達を黙らせる強力究極の力『全てを破壊する能力』とフランドールの持つ『運命を紐解く力』を血の交換によって入れ替えたのである。
血の交換は始祖族同士なら吸血された側も純血種にならずに、中身だけ入れ替える事が出来る。ちなみにアルカードは先代と血の交換をしてこの能力を受け継いでいた。
アルカード自身は一度も戦場に出ていないので、その実力は分からなかったが、フランドールと同じあの力を持って戦場に出ていれば、たった一人で全ての幻想郷連合軍を撃破できただろう。
「なるほど・・・フランドールのあの力はアルカードの力だったのね。」
「強者揃いの吸血鬼達が、大人しく従う理由が分かったわ・・・。」
フランドールの秘密を知った幽香と妹紅は思わず首を立てに振って納得する。
「運命を紐解く力を得たアルカードは、レミリアらの運命を紐解き、素晴らしい未来となる結果を探り当てて未来設計図を構築し、残される幼い娘にも分かる様にお伽話の本の形をした予言書を作り姉妹と共に私に託してきたのだ。」
「魅魔は、それを引き受けちゃったのね・・・。」
敵の、それも大将である魅魔に敢えて頼む。戦国時代を影で生き抜いた妹紅は、似たようなエピソードを幾つか知っているが、ライバルと認める相手だからこそ信用に足ると魅魔を見込んだのだろう。
その見込まれた魅魔は、幻想郷を敵に回してでも去りゆく王の想いを遂げられるように全力でこの姉妹の助命を図ったのである。
スカーレット姉妹は、永遠の子供という呪いを掛けられたが、これは、子供である間は叛意無しという証となり、500年の冬眠もフランドールの脳機能を正常に回復させる療養時間になる。幻想郷追放も姉妹を任せられる知人が幻想郷の外にいたので都合が良く、厳しすぎると思われた姉妹への処分は、実は魅魔の計画通りの内容だったのである。
王家復活のシナリオはアルカードにあり、魅魔はひとまずレミリア達を安全な場所に回避させる事に成功したのである。
この事実が表に知れ渡れば、吸血鬼姉妹と魅魔は幻想郷の裏切り者として糾弾される事だろう。
「昨日の魅魔とは別人みたいな気概ね。」
昨晩現れた魅魔は後悔の念に囚われ萎縮していた。そんな魅魔に妹紅は、「悪霊なら悪霊らしく振る舞え」と叱咤激励したのだが、500年前の魅魔は、幻想郷全てを敵に回す威勢があったのである。
魅魔は照れくさそうに苦笑しながら一冊の本を懐から取りだした。
「それは?」
「アルカードがレミリアに贈ったお伽話の本のコピーだ。」
「予言書のコピーね。」
「うむ。」
妹紅と幽香は同時に席を立って魅魔の座る魔理沙のベッドに集まり、先に手を出した幽香の手に予言書のコピーが渡る。
内容だけをコピーしたものではなく、表装までそうしたのだろう。やけに豪華なその本は、どっしりとした重量感がある。表紙と裏表紙、背表紙は上質な布で装丁され角を三角形の薄い金属で補強され、表題も金属プレートが打ち付けられ、それら金属部分は綺麗な飾り絵が彫られている。
特上製本されたその予言書の表題には『亡き王女のための七重奏』と書かれており、著者とは別の人物が表題を書いたらしく、表題プレートの下に小さく名前が刻まれていた。
幽香はその名前に見覚えがあったような気がしたが、咄嗟に思い出す事が出来ず面倒なので記憶を探る行為を思考から遠ざける。
本は分厚いが、ページに使われている紙も厚いので、見た目ほど総ページ数は多くない。
その本をパラパラとめくる幽香は、ページが途中から白紙になっていることに気付く。
手を出した妹紅に本を渡しながら、その白紙の意味を魅魔に尋ねる幽香。
「妹紅、ページが白になる手前のページに読める文字があるか?」
外国の言葉で書かれているその本を妹紅は読むことが出来なかったが、魅魔に言われた通り白紙になるページの前に目をやって、その中から読めそうな文字を探す。
「えーと・・・・・・・・・ん?」
一部人の名前と思われる漢字数文字を見つける妹紅。
「何?」
何かに気付いた妹紅に幽香が興味を示し、妹紅の小さな肩に腕を回し、馴れ馴れしくその肩に顎を乗せて本を後ろから覗き込む。
「えー何々・・・『かくして 王女は、最も忠実な最高の僕を得る。その僕の持つ刃は、呪われた茨の檻を断ち切り王女の未来を切り開く・・・。その僕の名は、十六夜咲夜。』・・・。どっかで聞いた名前ね。」
「幽香、それ読めるの?」
妹紅は十六夜咲夜という文字以外は読めなかった。
「当然よ。」
幽香は魅魔から西洋の暗黒魔法を学んでおり、当然西洋の文字、言語はほぼマスターしている。ちなみに風見幽香は、日本土着の妖怪ではない。世界中を渡り歩く渡り妖怪で八雲紫の妹藍に出会うまでは日本に定住はしていなかったので、世界中の言葉を話す事が出来る全世界の妖怪の中でも稀有な存在である。紫と初めて出会ったのは南米大陸である。
「お前達、十六夜咲夜を知らんのか?私が知っている限りでは当時、幻想郷に流れ着いたばかりで、まだ名前もないし、従者にもなっていなかったが・・・。」
当時というのは、魔理沙の事件より数年前の事である。
「ああ、思い出した。紅魔館のメイドね。」
「レミリア・スカーレットと一緒にいた銀髪の・・・。」
妹紅も幽香も弾幕での対戦で顔と名前は知っているものの、それ以外で面と向かって会話らしい会話をしたことがない。
魅魔としては、十六夜咲夜として名が知れているという情報だけで満足だった。
「十六夜咲夜として名を与えられているということは・・・つまり予言は成就されているわけだな。」
「500年前の予言よね、それ?」
「そうだ。この予言書には吸血鬼の歴史と、今回の吸血鬼戦争、アルカードとセレーネの恋沙汰、レミリアの誕生などが順に書かれ、レミリア自身がその本の主人公が自分である事に気付き、その後の目覚めから友人との出会い、幻想郷への復帰、咲夜との出会いが書かれているというわけだ。」
「今、幽香が言った内容だと、咲夜がレミリアの未来を切り開く切り札みたいな感じね。」
「その後何も書かれていないってことは、咲夜さえいればあとはOKってこと?」
500年の昔、フランドールと能力を入れ替えたアルカードは、運命を紐解く力によって、レミリアが将来呪いから解き放たれて成人し、亡き父の代わりに新たな吸血鬼の秩序と平和的な幻想郷との共存関係を構築出来る事を目指して、子供向けのお伽噺の形をした予言書を残した。
現在レミリア・スカーレットは幻想郷にあり、予言書通り十六夜咲夜を僕とした。ここまではアルカードのシナリオどおりだ。
しかし、その後レミリアが成人し、平和的な幻想郷との共存に繋がると思われる、十六夜咲夜以降の続きが書かれていない。
「予言書にしては中途半端じゃない?」
当然の疑問である。
「最後のページを見てくれ。」
そう言われて妹紅は何も書かれていない白紙のページをパラパラとめくって最後にたどり着き、未だに妹紅に絡み付いている幽香にそのページを見せる。
「何々・・・『かくして 美しく成長した王女は、悪しき憎しみの連鎖を断ち切り平和の女王となる・・・。』めでたし、めでたし。」
最後のめでたし、めでたしは幽香の脚色であるが、内容を見れば、恐らくレミリアの呪いが解けて成人し、吸血鬼戦争の様々なしこりが消えて、吸血鬼という存在が幻想郷で認められると理解出来る。
「途中で書くのを止めた・・・というより、何か理由があってわざと書かなかったという感じね。」
幽香が率直な意見を述べる。
「妹紅はどう思う?」
魅魔が意味ありげに妹紅に問うが、それに対して妹紅は不満げに答える。
「魅魔はどんな答えが欲しいの?」
「どういう意味?」
急に不機嫌になる妹紅と魅魔とを交互に見ながら幽香がキョトンとする。
「ふふ・・・私の意図が分かるか・・・。」
「だからどういう意味よ?」
「その吸血鬼戦争とレミリアの話は、今回の異変には関係ないようで実は関係している。」
「それで、どこが関係していると思う?」
「その白いページがそれよ。」
「何で白ページがそれなのよ?」
意味がわからず先程から質問ばかりの幽香。しかし、妹紅はそれに対してではなく魅魔の最初の問いに答え続ける。
「レミリアの漠然とした変身願望がトリガーになって、今回の異変が後戻り出来ない状態になっている。」
「それで?」
「本来書くべきであるページに何故何も書かなかったか・・・それは、書けない理由があった。レミリアに漠然とした、そう漠然と悶々と想い悩ませる必要があったから・・・。」
この本が十六夜咲夜のところで終わっているなら、単なる書きかけという理由も付けられる。しかし、長い空白の最後に最終的な結末が書かれている。この意味は、意図的に書かなかったと見るのが自然である。
「ちょっと待って、なんでそんな事わかるのよ?」
「私は、すべて理解して話しているわけじゃない。魅魔が何故この話をしたか、その意味を探そうとしてそう結論しただけよ。」
妹紅は自分で言った言葉をすべて理解していたわけではない。単に魅魔が好む答えを探して答えただけである。
「流石だな妹紅。」
魅魔は妹紅を賞賛し、次に幽香に視線を移した。
「明確な何かを文章として残せば恐らくその通りに実行する・・・でも、平和的共存という条件を満たすためには、全てを見せてはいけない・・・ってこと?」
幽香も妹紅に倣って自分で理解する事を一先ず後回しにして魅魔の欲しそうな答えを自分なりに導き出して見る。
「うむ。」
魅魔はそんな幽香を見て満足そうに微笑む。
「身体だけではなく精神面でも大人になっていなければならない・・・ってことね。」
指示通り動いても心は成長しない。様々なストレスの中でそれを自力で乗り越え成長するのである。
「心を揺さぶる大事件・・・なるほどね。今回の異変は正にレミリアの心に火を付けそうね。」
妹紅と幽香の答えを受けて目を細めていた魅魔はすぐに厳しい表情に戻る。
「ただ・・・一つ解せないのが、平和的な共存の実現にとって絶対外せない要素である天狗に関してだ。これは今の限られた状況と情報では何も見えてこない。」
「まーあの戦争は幻想郷連合とは言っても、ほとんど天狗対吸血鬼よね・・・あ、ああ!」
吸血鬼戦争に直接関わっていない部外者に近い幽香が、その戦争の本質を見抜くが、そこで重要な事を思い出して大声を出した。
「ちょっと!どうしたのよ!」
耳元で大声を出された妹紅は幽香から飛びのいて肩耳を塞ぎながら抗議の声を上げる。
「思い出した!この異変って天狗側の要請に応えるという側面もあったのよ!」
「何だと?何でそんな重要な情報を黙っているんだ?」
魅魔が怒気を含んだ言葉で幽香を責めるが、先程再会したばかりで、これはちょっと幽香が可愛そうである。
「だ、だってぇ・・・。」
理不尽な魅魔の物言いにムキになって反論するかと思った妹紅だったが、意外にも肩をすぼめて魅魔に言われっ放しの幽香。2人の関係が良く分かる構図である。
「で、具体的にはどうなの?」
幽香が可愛そうなので助け舟を出す妹紅。
「これは紫から聞いた話だけど、鞍馬が何かやらかそうとしているらしくてね。」
「天狗も長い間平和で行き詰っているか・・・。」
「ええ。それで鞍馬が何か企んでいるのを比良山様が感づいて、こっち側で大きな異変を起こせないかって紫に相談したらしいの。」
鞍馬と面識があり、しかも頭が上がらない幽香は、鞍馬山僧正坊を鞍馬と呼び捨てにし、一方で面識のほとんどない比良山次郎坊には様をつけて呼び分けている。
「これで全部繋がったな・・・。」
天狗もこの異変に一枚噛んでいる事が判明し、魅魔はこの異変と吸血鬼の問題が偶然ではなく必然だと断定する。
「この異変で、吸血鬼と天狗双方になんらかのインパクトを与えるとして、その後は投げっぱなし?」
妹紅が率直な疑問を口にする。
「予言書には続きがないし・・・。」
「鍵は十六夜咲夜・・・次は彼女と・・・そして私の大切な友人の話もしよう。」
思わぬ方向に発展した魅魔の話は、更に混迷を深めていく。
西暦1430年、世界と地続きだった幻想郷が八雲紫と博麗神社の結界によって概念の世界に移設され、物理世界から隔離される。
その幻想郷隔離計画と同時に進められた幻想郷移住計画によって世界各地から様々な妖物(あやかしもの)が幻想郷に参集し、その混乱がまだ収まらない西暦1433年前後から吸血鬼の犯行と思われる様々な事件が頻発し、後に吸血鬼戦争と呼ばれる幻想郷史上、最大にして最悪の大戦へと発展することになる。
幻想郷では当初、吸血鬼というと紅魔城にいる『アルカード・ブルブラド』という高貴な吸血鬼の王とその一族を指していたが、吸血鬼には10以上の氏族が存在し、単一及び友好的な氏族が集まった血盟を形成し、それらがバラバラに幻想郷入りして血盟単位で行動していた。
吸血鬼は、発生起源から存在している始祖族と、それら始祖族との血の交換、つまり吸血によって吸血鬼化した純血種と、純血種の吸血によって吸血病に感染して疑似吸血鬼化した亜種族に大分される。
始祖族は基本的に吸血本能は無く、吸血自体がある種の儀式的行為に近い。個体が非常に強い一方で生殖力が低いため、種族繁栄の為に吸血を行い純血種を作る事によって一族を増やす。一般的な妖怪などと違い、一族など集団を重視する氏族が多く、群れる性質があるので周囲に大きな影響を及ぼすことが多い。
純血種は、一般的に知られる目撃例の多い所謂ヴァンパイアの事で、吸血し血の乾きを満たさなければ肉体を維持できない性質を持つ種族である。それ以外では、普通の人間や妖怪と同じように知能を持ち吸血鬼になる以前の性格や性質がそのまま吸血鬼後も反映される。
血の乾きに満たす以上に吸血行動を多用すると獣化し怪物になってしまう。多くの純血種は高潔で誇り高い種族であるため、獣化を恥とし節操のある行動を取る。
どの氏族を始祖に持つかで吸血鬼後の性質が決まるわけではなく、性質や性格が変わるのは氏族に感化された結果からである。
邪悪な氏族によって吸血鬼となった純血種は、その時点で邪悪になるのではなく、その命で動くことで次第に邪悪な存在に感化されるというわけであり、元の性格、性質に従って行動する者は、邪悪な氏族から抜け出る者もいる。例えば、教会に仕えるテンプルナイトが吸血鬼化しても、最後まで神に殉じて正義を貫こうとして吸血鬼と戦い、血の乾きを倒したヴァンパイアで満たし、人間に一切手を出さない者もいた。
基本的に氏族=血盟だが例外もある。貴族として名高い『ヴェントルー』族には、多くの氏族から離脱してきた高潔に生きるヴァンパイア達が集まる傾向にあり、複数の氏族で構成された寄り合い的血盟になっている。
純血種によって吸血鬼化した者は、所謂吸血病と呼ばれる病気に感染し、この亜種レッサーヴァンパイアは人間性が失われ野獣化して凶暴になる。氏族・血盟の上位存在に従う性質があるので制御は簡単だが、血の乾きに堪えられず吸血した純血種がそのまま亜種を放置した結果、その亜種が野生化して事件を起こす事がある。
純血種以上の吸血鬼は特定の手順をふまなければ殺すことは出来ないが、この亜種は普通の人間や妖怪の様に生命活動を停止させれば殺す事が可能である。
全血盟の王を自任し、人間とも共存してきた最も高貴な一族、アルカードを長とする『ヴェントルー』族は、最も知名度の高い血盟で、教会からも黙認され人間社会で一貴族として領土も持っていた。
時代の流れで人間との共存が不可能となってきた折りに、魅魔の取り計らいで幻想郷計画を知り入郷となったわけであるが、この一族は平和的で幻想郷入り後すぐに八雲紫や博麗神社と平和条約を締結し湖畔と紅魔城周辺の領有を認められていた。
その一方で『ヴェントルー』以外の吸血鬼の各血盟がそれぞれ独自に入郷し一部の血盟が人間や妖怪の狩りを始め、当時そうした複数の血盟が存在していることを知らない幻想郷の住人及び入郷者は、その吸血鬼の罪を紅魔城に問うしかなく、その状況を巧みに利用する卑劣な血盟が『ヴェントルー』を貶める為に暗躍を始める。
勝手に貴族を自称する『ヴェントルー』族と対立していた『トレメール』族が巧みに立ち回って、他の血盟の罪を『ヴェントルー』に擦り付けて対立を煽り、『ヴェントルー』に対する深刻な不審感を幻想郷側に持たせる事に成功する。
状況が劇的に動き始めたのは『トレメール』族にそそのかされた『ギャンレル』族が、天狗の領地に侵入してしまった時である。
強い団結と組織力で領地を守り、西の妖怪の山を領土として宛がわれ幻想郷の東側には関わらない事を取り決めていた天狗は、東西の境界線を厳重に警備していた。
原生の森で静かに暮らそうと考えていた平和的で自然に帰依する『ギャンレル』族の性質を『トレメール』が利用し、安全だと偽って『ギャンレル』を妖怪の山へ導き、それを侵入者と見なした天狗は迎撃を行い、この戦いで敗れた『ギャンレル』は友好的な『ヴェントルー』に保護を求め紅魔城に入る。
そしてこれを『トレメール』が利用する。『ギャンレル』の天狗領への侵攻は『ヴェントルー』の指示によるものと責任転嫁し、『ギャンレル』が『ヴェントルー』のいる紅魔城に入った事をその証拠とした。
そして、『ヴェントルー』に他意ありとして幻想郷との平和条約は無効と周辺に工作をはじめたのである。
『マルカヴァイン』『ツィミーシィ』『アサマイト』などの好戦的で邪悪な血盟が周辺で独自に行動し、悪事を働いている事も手伝い、当初良かった『ヴェントルー』の評判は『トレメール』によって著しく下げられる。
その後、吸血鬼のギャング集団と言われる『ブルハー』が人間の里に目を付け騒ぎ始めた事がきっかけで、天狗側は博麗神社の要請で遂に治安維持活動に乗り出し、東西の境界線を越えて吸血鬼狩りを始め、周辺に散らばる中立的な血盟を含めて大規模な吸血鬼狩りに発展した。
この混乱の首謀者とも言える『トレメール』もまた、天狗の力を過小評価し過ぎてその被害に会い、行き場を無くした敗残血盟を集めて紅魔城に入り、『ヴェントルー』に命乞いをし、全血盟の王と認め忠誠を誓う事を約束し保身の為に他の血盟諸共その軍門に下る。
自業自得な血盟に対して彼らを保護する義務は無く、友好血盟だけを保護しても不義にはならなかったのだが、その以前から保護していた『トレアドール』の姫を愛人に持ってしまった為に、保護を拒めばそれは女を貢がなかった所為であると曲解された挙げ句、話に尾びれがついてそれを『トレメール』や『ラベノス』に利用される危険性を見越し、本意では無かったが全血盟を統べる王を正式に名乗る事をアルカードは決める。
吸血鬼、特に『ヴェントルー』は非常に気高く誇り高い一族であるため、スキャンダルを嫌い恥とする傾向がったが、それ以外にも理由があった。
全血盟が結束した時、全世界を統べる全知全能の王が誕生するという予言が吸血鬼の世界では伝説として言い伝えられており、平和的・友好的な血盟にはアルカードにそれを望む声も当然あった。反平和主義の反アルカード派が力を失った今こそが平和な吸血鬼の未来を構築出来るチャンスと見たアルカードは、それに応じたわけである。
結果として罪人を保護したアルカードは幻想郷との間の平和外交のカードを手放し、吸血鬼の単一国家を形成すべく動きだす。それはすなわち幻想郷に対する宣戦布告でもあった。
西暦1436年、4年に及ぶ大規模な消耗戦、吸血鬼戦争の幕開けである。
吸血鬼戦争の始まりは、鞍馬山と『ギャンレル』との間で起こった遭遇戦からという説と、人間の里救援の為、天狗が治安維持活動に全軍を出撃させた掃討作戦からとする説、全血盟が紅魔城に終結してアルカードに忠誠を誓った時からとする説といくつか説が存在するが、吸血鬼側の集結に呼応して幻想郷側が討伐軍を組織し、現在の博麗神社の建つ東端の山で魅魔、博麗神社神主、鞍馬山僧正坊、比良山次郎坊の4人で吸血鬼打倒を誓い作戦会議を行った時が正確な開戦日時とするのが幻想郷の正史である。
当時の状況として、幻想郷の西側、妖怪の山と呼ばれる山岳・丘陵地帯は天狗の領域で、7名の大天狗が幻想郷入りしており、そのうち6名が里(領地)の設営を行っていた。
幻想郷入りした大天狗は、愛宕山太郎坊、鞍馬山僧正坊、比良山次郎坊、飯綱三郎、大山伯耆坊、彦山豊前坊、大峯前鬼坊の7名で、大峯前鬼坊だけが里の設営を行っていない。白峯相模坊は崇徳天皇の怨霊を鎮め、強いては日本国の守護の為に一人残った。彦山豊前坊は天津日子忍骨命の天下りで、大天狗の中では最も格が高い存在だが、幻想郷入りの根回しをした鞍馬山僧正坊を大天狗筆頭に推挙し、現在も鞍馬が大天狗筆頭である。
吸血鬼王アルカードが根城とする紅魔城は、湖の西岸一帯に広大な城壁を持つ巨大な城塞で、現在残っている紅魔館は、その広大な敷地内に建つ館の内の一つである。その紅魔城に隣接しているように西に鞍馬山と北に比良山の領地が存在し、開戦前から領地の境界線をめぐって小競り合いが続いていた。
幻想郷の殺さず戦うというルールに則り、幻想郷入りした各地の妖怪に身を持ってそれを教育する役目を請け負った魅魔と風見幽香は、それぞれ幻想郷の東部の北と南に領地を宛われていた。その北側エリアに紅魔城があったために必然的に魅魔が吸血鬼を担当する事になる。
猛威を奮う吸血鬼に対して東の西の出身に捕らわれない反吸血鬼連合が自然発生し、それを魅魔が統率する事になる。
魔法の森を隔てて南に博麗の里があり、『ブルハー』の襲撃を退けた博麗神社は、里に入っていた他の友好的な妖怪、幻想郷事業に早くから賛同していた妖怪らと共闘する形で魅魔の連合軍に加わる。
数人の大天狗と知古のあった魅魔は天狗側と共同戦線の提案を行い、これを了承した鞍馬山と比良山が正式に連合軍に参加。他の大天狗からも一部軍が派遣され鞍馬山と比良山を支援した。
魅魔率いる本体が現在の博麗神社の建つ東端の山に本陣を置き、南を博麗神社、西と北を鞍馬山、比良山という吸血鬼に対する大包囲網戦が展開されることになる。
後に本陣山と名付けられた現在博麗神社の建つ山で、魅魔、神主、鞍馬山、比良山の4者の作戦会議によって魅魔を総大将とした幻想郷連合軍の結成が正式に決まり、それと同時に『アルカード・ブルブラド』に対して宣戦布告を行う。
開戦当初、幻想郷連合軍の圧倒的な物量の前に吸血鬼及びそれに組みする闇の軍団は戦線を後退。死霊術に長ける『ジョヴァンニ』が敵味方の死体を有効的に活用して何とか戦線を維持するのが精一杯だった。
その後、大天狗として里を設営せず領地を持っていなかった事で自由に動けた大峯前鬼坊が弟子達を率いて魅魔の主力に参戦。これによって吸血鬼側の東部戦線が崩壊し湖まで後退する。
軍団としてまとまりに欠けていた吸血鬼軍は、開戦当初は血盟単位で動いていたが、それぞれ特徴があり能力が偏っている氏族中心の血盟は、軍団として運用しずらく東部戦線の崩壊を機にこれを反省し軍団の再編が行われる。
再編された軍勢の主力は、各血盟から選抜された純血種の部隊指揮官の下に亜種、獣人、死霊を置く構成で、魔術師であり策士でもある『トレメール』の始祖長が『ジョヴァンニ』の死霊使いを参謀に置き司令官として陣頭指揮を取ることになる。
これが功を奏して東部の戦線を湖より東に押し返す事に成功。
義勇軍の集まりでもある魅魔の幻想郷連合軍の主力は、士気は高いものの集団としての行動に不馴れで、吸血鬼軍の組織的な反撃に戦線を後退。こちらも部隊再編を行い、陣頭指揮を大峯前鬼坊の一番弟子『太白山白鳳』に当たらせた。軍事に非凡な才能がある白鳳は、天狗の仏法の力を前面に押し出し、闇の軍勢を蹴散らして戦況は幻想郷連合軍の優勢で進む。
こうした軍勢同士の戦いが終戦まで続けば、敵同士でも賞賛しあえ、現状の吸血鬼に対する強い不信感と嫌悪感は生まれなかったもしれない。
吸血鬼戦争が血みどろの消耗戦に突入するのは、開戦から1年が経った頃からである。
吸血鬼軍で最前線に立つのは主に好戦的で武力の高い血盟であったが、アルカードらの『ヴェントルー』を中心とした平和的な血盟が実権を握っているという、前戦の者からすれば面白くない状況が続いていた。
これに不満を持った血盟が、爵位などの地位を求めアルカードに対し談判を始め、状況が状況だけにアルカードはそれを了承し、各血盟の戦功氏族に高い地位と権限を与えた。
有能であるが戦いに不馴れな貴族らの地位が相対的に落ちた事で『ヴェントルー』の権力に陰りが見え始める。策士である『トレメール』がアルカードの側近を次々に失脚に追いやり、軍の首脳部が反貴族派で占められると、今まで禁止としていた卑劣な戦法が解禁されはじめる。
捕らえた捕虜を純血種に換え、血の乾きという拷問で寝返らせた元幻想郷軍の幹部を捕虜交換を利用して敵陣に侵入させ、幻想郷連合軍の中に様々な亀裂を生じさせる火種を植え込む事に成功する。
軍内に内通者がいることが発覚すると、疑心暗鬼に駆られた幻想郷軍は浮き足立ち、優位に進んだ戦況は膠着状態となる。この時期、あらゆる卑怯な手口が用いられ、多くの味方が強制的に敵の手に堕ちた。
純血種させらた者の中には幻想郷を裏切る事をよしとせず、血の乾きに処刑されるまで耐え続ける者も大勢おり、吸血鬼らはその凄まじい精神力を持つ妖怪達を畏れるようになり、それが一層酷い攻撃へと駆りたたせた。
かつての味方、親兄弟、親友が一夜にして敵となって襲いかかり、同士討ちのような状況がこれ以後終戦まで続くことになり、兵力的な消耗と会わせて精神的な消耗が幻想郷軍を弱体化させていく。
開戦から2年後、膠着状態から遂に劣勢になった幻想郷軍は各方面で戦線を後退させた。
この時期、ようやく八雲紫が幻想郷の安定化に目処が立って戦場に現れ、厳しい戦況に自ら戦線に立ち、スキマの能力で神出鬼没に立ち回って敵の幹部など重要人物をスキマ送りにして暗殺し、吸血鬼の快進撃を止める事に成功する。
吸血鬼側も八雲紫の能力を警戒して動く事が出来なくなり、紅魔城を中心に広範囲に紅い濃霧を発生させスキマを封じる事に成功したが、攻めに出られず戦況は再び膠着する。この時期戦線を押し返す気力を失った幻想郷軍は、主力の魅魔の軍勢が6割、博麗神社が5割、比良山が5割、そして最大の激戦区である鞍馬山が8割以上兵力を失い、主だった人材を多数失った事で数字以上に戦力は疲弊していた。
約1年近く膠着していた戦況に変化が生じる。
吸血鬼軍では、貴族穏健派から和睦の案が出され、それに猛反する武闘派との確執が深刻化。ここに来てアルカードが変心し武闘派を支持して穏健派の粛正を始める。
大規模な粛正によって『ヴェントルー』以下、穏健派の血盟がほぼ死に絶えたが、その一部が紅魔城の脱出に成功し風見幽香に保護を求めた。
この戦争時の風見幽香は、幻想郷の博麗の里を含めた南東部を担当し単独で行動していた。吸血鬼の様な大きな氏族を作らない小さな勢力に対して単身で挑んでそれを撃ち破り、幻想郷のルールを身を持って教え、それを繰り返し、一定の場所に留まらずに移動しながら戦闘を繰り返していたのである。
吸血鬼側で大規模な粛正が行われた開戦から3年経った時期は、南東部は粗方平らげ、幽香に服従した者達が集まり勝手に風見組を旗揚げしてちょっとした軍団規模の集団となり、南部に突如現れた謎の竹林の調査をする直前だった。
紅魔城から命からがら逃亡してきた吸血鬼の集団が幽香に保護を求めにやってきたわけだが、この時期、幻想郷連合軍から離脱してきた敗残妖怪達が多数風見組に鞍替えしていたため、彼らは吸血鬼を激しく拒んだが、連合軍に直接参加していない吸血鬼を知らない幽香達は、各地の様々な妖怪らを吸収し、死神すら配下に加えており、吸血鬼に対しても特に拒む理由もなく幽香はあっさり彼らを受け入れた。
開戦から3年半が過ぎた頃、幽香に下った吸血鬼らが風見幽香を新しい主と決め忠誠を誓い、その証として吸血鬼の完全な滅ぼし方を教える。
吸血鬼の始祖や純血種は、肉体が崩壊し灰になっても大地から生気を吸収し、蝙蝠や小動物に姿を変え、そのまま自身の寝床、主に棺桶に、戻って完全復活する事が出来る。
紫外線に弱く、局所的には撃退は十分可能で護身方法も時間と共に開発されてきたが、それでも完全に殺す事は出来ず、戦線は行き詰まっていた。
攻め込んで領地を回復しても誰かが捕まってしまえば敵の戦力を増やすだけで、またすぐに挽回される。
こんな状況下で吸血鬼の完全な滅ぼし方を知った幽香は、すぐさま北部の魅魔に合流した。
吸血鬼の滅ぼし方を得た幻想郷連合は、攻勢に出て捕らえた吸血鬼幹部を次々滅ぼして行き、博麗の歴代の巫女で最強と言われた博麗霊夢が天照大神を降ろして城を常時覆って擬似的な夜を作り出していた紅い濃霧を消し去り、籠城していた残存吸血鬼に対して幽香を先頭に疲弊していない風見組がを急襲し城内を制圧した。
たった数日で数年に及んだ消耗戦が終結したのである。
風見幽香が参戦して3日で城が落ち、当時この戦争に参加していた者はこぞって「神風が吹いた」とこの劇的な幽香の参戦と勝利に湧いた。風見幽香の妖怪最強説を確固たるものにしたエピソードである。
この時期、戦争に関する実権はアルカードには無かったが、戦争を引き起こした責任を取る立場にあり、その後半年に渡って戦後処理が行われる事になる。
この戦いで夥しい被害を出した鞍馬山と比良山、及び吸血鬼戦争の前哨戦ともなった治安維持活動を行った天狗勢は断固たる処置を求めたが、状況を意図的に悪化させた邪悪な吸血鬼の戦犯が一掃され、今後危険性が無いと判断した連合軍総大将の魅魔が温情を求め、その処分のあり方で幻想郷の各勢力が対立する。
天狗勢と言っても彼らの意見はこの戦争に参加した全ての者の総意と同義で、八雲紫と博麗神社、大峯前鬼坊も当初これを支持し魅魔は孤立する。
この戦争終結の立て役者ともなった風見幽香は、配下に吸血鬼がいることを理由に、吸血鬼の全てを死罪にしようとするそれらの意見に反対して魅魔側に付き交渉は難航。
戦争首謀者のアルカード・ブルブラドの死罪は確定し、幽香についた吸血鬼は無罪とし、それ以外の吸血鬼は死罪とする吸血鬼王家滅亡の決定に魅魔が猛反対。
自身が元悪霊であり、博麗神社の温情によって現在がある事を必死に訴え、このまま酷い仕打ちを架せば吸血鬼王は怨霊となって幻想郷に禍を起こすと、崇徳天皇に例えてその怨霊を静める為に未だに向こうの世界に留まる大天狗白峯相模坊の名を出して天狗の私怨を糾弾する大演説を行い世論の流れを変える魅魔。
その後、博麗神社が魅魔に賛同し、吸血鬼の被害が最も大きかった鞍馬も私怨を捨て苦渋の決断をして魅魔に賛同。しかし、その他多くの妖怪、人間らの私怨を汲み取る形で八雲紫が最後まで重罪を訴え魅魔と対立し交渉はさらに難航した。
アルカード・ブルブラドとは遠縁の戦時中に生まれた2人の子供を助命して王家は存続させる変わりに、生き残った一族は、王と共に全て死罪。
その助命した子らを成人させない為に特殊な呪いを掛けて永久に子どものままの姿にすること。そして500年間の封印。更に幻想郷追放と、それらを全て魅魔自身で行う事を条件に、王家とは関係なく戦争にも直接参加していない無害な氏族と幽香に下った吸血鬼集団の助命が正式に決まる。
重い罪を2人の乳児が負う事になったが、これ以上の減刑は望めず魅魔も了承し、戦後処理は一応の決着となった。
部屋の四隅に灯る魔法の光がまるで和蝋燭の様にゆらゆらとやわらかく明滅し、程良く散らかった魔理沙の部屋にたたずむ3人の影を伸ばしたり縮めたりさせていた。
魅魔は魔理沙のベッドに、妹紅は魔理沙の机の椅子、幽香は暖炉の前の椅子を移動させて三角に向かい合う。
幻想郷の最強クラスの3人がこの狭い部屋に集っているわけだが、こんな稀な光景を見ることができるのは特別な資格がある者だけだろう。
「これが表向きの吸血鬼戦争の事の顛末だ。」
八雲紫が引き起こそうとしている異変が、レミリア・スカーレットの漠然とした運命操作によって後戻り出来ない状況であると断定した魅魔は、レミリアとの関係を妹紅に問われ、その返答に吸血鬼戦争の故事が欠かせないものと判断し、今それを語って聴かせたわけである。
思わぬ再会で取り乱し、その後落ち着いた風見幽香らの南部の部隊から見た戦争の感想も交え、話し終えた魅魔は妹紅のリアクションを待つ。
「・・・表向き・・・ってことは、裏もあるわけね?」
「察しがいいな・・・裏事情は幽香も知っている所が多いが、これから話す事は幽香はおろか、私とアルカードしか知らない極秘の話になる。」
その言葉を聞いて幽香が閉じていた目を開いて魅魔を見る。先程大泣きしたせいで、白目が少し充血していた。
「・・・何となく隠している事があることは分かっていたけど・・・。」
「何故そう思う?」
「いくらなんでも、あの時の吸血鬼擁護はちょっと異常だったわ。」
「あの時は文字通り命懸けだった。」
「・・・魅魔を動かす重要な秘密があったってことね?」
ここで妹紅が話に参加する。
「うむ・・・。妹紅は何か気付いた事はあるか?」
「そうね・・・恐らく正史にあるレミリアの両親と、本当の両親は違う・・・とか?」
遠縁の赤子2人救う為に偉大な王アルカードが命を落とす理由が、この戦争を経験していない完全な第三者の妹紅には全く理解できない。それにアルカードには愛人がいた。その事がいつの間にか棚上げになっているのも不自然だ。
「ふふ、流石妹紅だ。その通り。あの姉妹の父親はアルカード本人だ。」
「な、なんですって?」
その衝撃の事実をあっさり認めた魅魔の言葉に対し、驚きのあまり裏返った声を上げたのは幽香だった。
「ちょっと、それって大スキャンダルじゃない?もし他人にしれたら・・・。」
「だから極秘だと言っただろ?」
開戦から2年が過ぎた頃、吸血鬼同盟軍の軍の実権は『トレメール』にあり、邪悪な戦術を駆使して遂には戦況を挽回し攻守が逆転した。
数が減り続ける幻想郷軍に反比例するように数を増やす吸血鬼軍は、本陣山に肉薄し分厚い包囲網が構築される。
八雲紫、藍の参戦で吸血鬼軍の指揮官が行方不明になり、包囲網として築かれた大規模な陣地は何とか切り崩して戦線を押し戻した幻想郷軍だったが、軍としての反撃能力が無く、そこから攻勢に出る事は出来なかった。
一騎当千の強者による少数精鋭でゲリラ戦を挑み、戦線を不安定な状態に留めておく事で組織的な反撃を受け流し何とか戦線を支えている状態だった。
「この時期、アルカードの身辺に異変が起こった。愛人の『トレアドール』の姫、セレーネ・スカーレットが懐妊したのだ。」
「・・・スカーレット・・・あの姉妹は母親の姓を名乗っているのね。」
吸血鬼の始祖族同士は子供を作る事が出来るが、強い個体同士の交配になるので、懐妊は稀で氏族の中で100年に一人生まれるか生まれないかの確率である。
吸血鬼の伝説にある、吸血鬼を統べる真の王の誕生を思わせるこの懐妊は、『トレアドール』族の機転で公表はされず、『トレアドール』族の王家の一つスカーレット家の下級貴族の娘と『ヴェントルー』族に派遣されいた『ラソンブラ』の低ランクキーパーとの間の不義による懐妊騒動として処理され、その子供は真の王の資格無しとして無視された。
この時期の懐妊は、伝説の具現としてひと騒動になってもおかしくないところであったが、吸血鬼の間では非常に地味で、野心のかけらもない『トレアドール』と『ラソンブラ』の間の子供では、それを担ぎ上げる側にとってもインパクトに欠けたのである。
これがそのままアルカードの実子と公表されれば、王位継承、傀儡の道具として子供が利用されたはずである。その危険性を見越して『トレアドール』は公表もせず、更にアルカードにもそのことをしらせなかったのである。
懐妊を報されず、絶世の美女最愛のセレーネ・スカーレットから愛人関係を一方的に解消されたアルカード・ブルブラドは、当時失意の中にあり、そこを『トレメール』につけ込まれて多くの側近が失脚することになり、『ヴェントルー』の勢力が大きく後退し『トレメール』に完全に実権が移った時期であった。
「真の王はこの戦争を勝利に導いた者こそ相応しい」
地味な種族の子供に王位を与えるなど許される事ではないと、当時の戦巧氏族達は自分達こそ王に相応しいと、このような言葉をしきりに触れ回り、城内に自分達に有利な世論を作り出していた。
八雲紫の参戦で戦況が膠着した時、城内ではそうした政治的な派閥抗争が活発化していた。
それから1年が過ぎた頃、セレーネ・スカーレットが2人の女児を携えてアルカードの前に現れ真実を告げる。
愛する者との再会と真の王の誕生を喜び、その子らの行く末が平穏である事を願いアルカードはある決断をする。
このまま吸血鬼が勝利すれば、紅魔城周辺の土地ごと、八雲紫によって葬りさられる可能性がある。そうなればこの子供達に未来はない。自分も含め邪悪な吸血鬼の勢力を消去し、幻想郷という新しい世界に共存を望む新しい吸血鬼の王国秩序を創ろうと考えたのである。
話し終えた魅魔は一瞬間をおいて表情を堅くする。
「しかし、問題があった。」
産まれたのは健康な女児だったが、産後間もなくセレーネのお腹がすぐに膨らみはじめ、胎内にもう一人いたことが判明したのである。
恐らく双子だったのだろうが、人間なら胎内で死産してしまうところを凄まじい生命力で生き延び、残された胎児は自力で成長すると母親の腹を破って出て来てしまう。
「フランドール・スカーレット・・・ね。」
語らずとも容易に想像出来る事であったが、妹紅はあえてそれを口にした。
吸血鬼である母親は腹を割かれた程度で死ぬ事はなく、その過酷な運命を背負った血まみれの化け物を姉のレミリアと共に愛し育てた。
不幸はそれだけではなかった。本来一つであるはずの運命を司る力が、姉のレミリアと妹のフランドールに別れてしまったのである。
「運命を司る力?操る力じゃなくて?」
幽香が尋ねる。世間にはレミリアの能力は「運命を操る力」と知らされている。
「レミリアの持つ運命を操る力とは、目に見えて分かるもの、予測出来る確かな事、知識として備わっている事実に対してのみ発動出来るもので、例えば見知らぬ遠い異国の人物や、数百年後の未来といったものには全く関与できないのだ。」
「当たり前といえば、当たり前だけど・・・。」
「と、言うか、そこまで影響を与える事が出来たらちょっとやばいんじゃないの?」
幽香と妹紅が魅魔の答えに交互に疑問を呈する。
「世界を統べる力だ、やばくて当たり前だ。」
「・・・姉の方はいまいち扱いづらいわよね・・・ということは妹の方に行った力の方が重要ってことね?」
「その通り。非常に強く危険な力『運命を紐解く力』がフランドール・スカーレットの側に備わってしまったのだ。」
「紐解く力?」
「運命について少し話そう。運命とはその人の人生、結末とそこに至る経緯の集積といえる。しかし、人それぞれとはいっても、実は多くの者が運命を共有しているのだ。」
意味がいまいちわからず顔を見合わせる幽香と妹紅。教え甲斐のある教え子に向けるような表情になる魅魔。
「例えば、幻想郷を管理する紫が、その任を放棄し無に帰すとしたら、我々はどうなる?」
「そりゃー・・・逃げるか運命を共にするか・・・あ!」
魅魔の問いに答えながら重要な単語を口にした事に幽香は気付く。
「運命を共にする・・・か。」
妹紅が反芻するように呟く。
「ある時点では、人々には様々な未来があっても、紫が決断した時点でほぼ全員の運命が決まる事になるわね。」
幽香が呻く様に眉間に皺を寄せる。
「そう。共同体の頂点にいる者次第でその共同体の運命は大きく左右される。そして、それら共同体は世界に無数に存在しており互いに干渉している。」
100を内包する共同体の頂点の1さえ牛耳ればその共同体を自在に操ることが出来るというわけであり、国、政治とは、正にそうやって少数が多数を制御しているのである。
妹紅と幽香が同じ様な仕草で考え込み始める。
「今回の異変は、紫と妹紅が関係するけど、それ以前に不死人狩りがあったり、さらにその前には妖の狩人とかいろんな経緯が折り重なって今になっているわよね?」
思い出すように話す幽香。
「うむ。一つの結果が生まれるには、いくつもの経緯が存在し、必ず出発点となる所謂運命の分かれ道が存在する。」
「解く力っていうのは、最初に結果を導き出して、その結果に至る経緯を逆算するように辿っていって、事の発端になる人物や事件を探りあてることね?」
右手の人差し指を立てて、頭の中で答えを整理しながら答える妹紅。
「流石に飲み込みがいいな。今回の異変の発端は紫と妹紅であり、解く力でこれをみれば、事の発端は約500年前の外の世界にある事がわかる。意図的に今回の異変を起こそうとした場合、少なくとも500年より昔に生きる者が運命を紐解いて、紫と妹紅との間に因縁を作るというプランを練り、操る者にそれを設計図のように分かる形で受け渡すという手間を取る事になる。」
「紐解く力と操る力が備わったら・・・世界そのものを好きにできちゃうわね?」
「これが吸血鬼の伝説にあった真の王の力・・・というわけね。」
「・・・余りにも強大な力は、得てして分けられて生み出される・・・。」
「自然の法則というやつかな・・・。」
押し黙る一堂。幽香としては、正にあの時、運命の境界線にいたことになる。
「で、その力がフランドールに行ったということだけど、なんか今と違わない?」
フランドールの能力は『全てを破壊する力』である。
「その秘密は今から話そう。」
奇形で生まれたフランドール・スカーレットは異形な羽という見た目以外にも脳に障害を持ち、大人になれない可能性が高かった。
素晴らしい能力を身につけていながらそれが生かせないどころか、それが返って子供のままのフランドールを苦しめる可能性が高く、親であるアルカードは吸血鬼の未来と可愛い娘の将来を思い悩む。
アルカードの出した答えは、「リセット・ザ・ワールド」つまり、世界を作り直す事だった。
真の王の資格を持つ姉妹の安寧の為には、現状の邪悪な吸血鬼支配を終わらさなければならなかった。しかし、今の惨状を見れば真の王が平和を望んでも、幻想郷の住人がそれを受け入れる事はまず不可能といえた。
単なる軍同士の戦争なら大きな遺恨にはならないが、戦争は中盤から裏切りと苦痛、憎悪だけの戦いになっていたのである。
現状政権のままでは、もはや幻想郷との和解は困難とみたアルカードは、ある決断をして魅魔と密会を求めた。
「この時のアルカードは、自分を含めて戦争に荷担した紅魔城の吸血鬼勢力を全て消去すると言ってきたのだ。」
「自分も?」
「アルカード本人は幻想郷に対して常に平和的に接したが、王として全吸血鬼に対して責任もあった。助命懇願すれば助かる道はあったかもしれないが、一族に引導を渡す役目を背負う者として自らの死は免れないと・・・。」
魅魔の声が重くなる。
アルカードは自分の持つ凄まじい能力で一族全てを消去出来る事は可能だったが、戦争の結末を幻想郷軍の勝利として演出する為に、吸血鬼の滅ぼし方を魅魔に教える。しかし、魅魔はその事実を知ってすぐさま実行すれば、それをどこで知ったかを味方に疑われ密会の存在、強いては幻想郷軍の勝利が単なる演出であるとバレてしまう事を怖れた。
そこで魅魔は一計を講じた。
魅魔の計略通り、アルカードは変心を装って自分の最も信頼する部下を粛正し、一部を放逐して風見幽香に下らせたのである。
「なるほど・・・連中が真っ先に私の所にきたのはそう言う裏があったからなのね。」
「半年ほど行動を共にしてから吸血鬼の滅ぼし方を報せるようにアドバイスしたのも私だ。幽香の事だから味方を売るような連中を信用しないとおもってな。」
「確かにね。あの時、仮に連中がすぐに吸血鬼の滅ぼし方を教えるとか言ってきたら、八つ裂きにしてやったわ。」
幽香の性格を知り尽くしていると感心する妹紅は、面白くなさそうにしている幽香を見てつい頬が緩む。
アルカードは娘達の行く末を案じ、特にフランドールの為に一計を講じた。
自身の持つ、全血盟達を黙らせる強力究極の力『全てを破壊する能力』とフランドールの持つ『運命を紐解く力』を血の交換によって入れ替えたのである。
血の交換は始祖族同士なら吸血された側も純血種にならずに、中身だけ入れ替える事が出来る。ちなみにアルカードは先代と血の交換をしてこの能力を受け継いでいた。
アルカード自身は一度も戦場に出ていないので、その実力は分からなかったが、フランドールと同じあの力を持って戦場に出ていれば、たった一人で全ての幻想郷連合軍を撃破できただろう。
「なるほど・・・フランドールのあの力はアルカードの力だったのね。」
「強者揃いの吸血鬼達が、大人しく従う理由が分かったわ・・・。」
フランドールの秘密を知った幽香と妹紅は思わず首を立てに振って納得する。
「運命を紐解く力を得たアルカードは、レミリアらの運命を紐解き、素晴らしい未来となる結果を探り当てて未来設計図を構築し、残される幼い娘にも分かる様にお伽話の本の形をした予言書を作り姉妹と共に私に託してきたのだ。」
「魅魔は、それを引き受けちゃったのね・・・。」
敵の、それも大将である魅魔に敢えて頼む。戦国時代を影で生き抜いた妹紅は、似たようなエピソードを幾つか知っているが、ライバルと認める相手だからこそ信用に足ると魅魔を見込んだのだろう。
その見込まれた魅魔は、幻想郷を敵に回してでも去りゆく王の想いを遂げられるように全力でこの姉妹の助命を図ったのである。
スカーレット姉妹は、永遠の子供という呪いを掛けられたが、これは、子供である間は叛意無しという証となり、500年の冬眠もフランドールの脳機能を正常に回復させる療養時間になる。幻想郷追放も姉妹を任せられる知人が幻想郷の外にいたので都合が良く、厳しすぎると思われた姉妹への処分は、実は魅魔の計画通りの内容だったのである。
王家復活のシナリオはアルカードにあり、魅魔はひとまずレミリア達を安全な場所に回避させる事に成功したのである。
この事実が表に知れ渡れば、吸血鬼姉妹と魅魔は幻想郷の裏切り者として糾弾される事だろう。
「昨日の魅魔とは別人みたいな気概ね。」
昨晩現れた魅魔は後悔の念に囚われ萎縮していた。そんな魅魔に妹紅は、「悪霊なら悪霊らしく振る舞え」と叱咤激励したのだが、500年前の魅魔は、幻想郷全てを敵に回す威勢があったのである。
魅魔は照れくさそうに苦笑しながら一冊の本を懐から取りだした。
「それは?」
「アルカードがレミリアに贈ったお伽話の本のコピーだ。」
「予言書のコピーね。」
「うむ。」
妹紅と幽香は同時に席を立って魅魔の座る魔理沙のベッドに集まり、先に手を出した幽香の手に予言書のコピーが渡る。
内容だけをコピーしたものではなく、表装までそうしたのだろう。やけに豪華なその本は、どっしりとした重量感がある。表紙と裏表紙、背表紙は上質な布で装丁され角を三角形の薄い金属で補強され、表題も金属プレートが打ち付けられ、それら金属部分は綺麗な飾り絵が彫られている。
特上製本されたその予言書の表題には『亡き王女のための七重奏』と書かれており、著者とは別の人物が表題を書いたらしく、表題プレートの下に小さく名前が刻まれていた。
幽香はその名前に見覚えがあったような気がしたが、咄嗟に思い出す事が出来ず面倒なので記憶を探る行為を思考から遠ざける。
本は分厚いが、ページに使われている紙も厚いので、見た目ほど総ページ数は多くない。
その本をパラパラとめくる幽香は、ページが途中から白紙になっていることに気付く。
手を出した妹紅に本を渡しながら、その白紙の意味を魅魔に尋ねる幽香。
「妹紅、ページが白になる手前のページに読める文字があるか?」
外国の言葉で書かれているその本を妹紅は読むことが出来なかったが、魅魔に言われた通り白紙になるページの前に目をやって、その中から読めそうな文字を探す。
「えーと・・・・・・・・・ん?」
一部人の名前と思われる漢字数文字を見つける妹紅。
「何?」
何かに気付いた妹紅に幽香が興味を示し、妹紅の小さな肩に腕を回し、馴れ馴れしくその肩に顎を乗せて本を後ろから覗き込む。
「えー何々・・・『かくして 王女は、最も忠実な最高の僕を得る。その僕の持つ刃は、呪われた茨の檻を断ち切り王女の未来を切り開く・・・。その僕の名は、十六夜咲夜。』・・・。どっかで聞いた名前ね。」
「幽香、それ読めるの?」
妹紅は十六夜咲夜という文字以外は読めなかった。
「当然よ。」
幽香は魅魔から西洋の暗黒魔法を学んでおり、当然西洋の文字、言語はほぼマスターしている。ちなみに風見幽香は、日本土着の妖怪ではない。世界中を渡り歩く渡り妖怪で八雲紫の妹藍に出会うまでは日本に定住はしていなかったので、世界中の言葉を話す事が出来る全世界の妖怪の中でも稀有な存在である。紫と初めて出会ったのは南米大陸である。
「お前達、十六夜咲夜を知らんのか?私が知っている限りでは当時、幻想郷に流れ着いたばかりで、まだ名前もないし、従者にもなっていなかったが・・・。」
当時というのは、魔理沙の事件より数年前の事である。
「ああ、思い出した。紅魔館のメイドね。」
「レミリア・スカーレットと一緒にいた銀髪の・・・。」
妹紅も幽香も弾幕での対戦で顔と名前は知っているものの、それ以外で面と向かって会話らしい会話をしたことがない。
魅魔としては、十六夜咲夜として名が知れているという情報だけで満足だった。
「十六夜咲夜として名を与えられているということは・・・つまり予言は成就されているわけだな。」
「500年前の予言よね、それ?」
「そうだ。この予言書には吸血鬼の歴史と、今回の吸血鬼戦争、アルカードとセレーネの恋沙汰、レミリアの誕生などが順に書かれ、レミリア自身がその本の主人公が自分である事に気付き、その後の目覚めから友人との出会い、幻想郷への復帰、咲夜との出会いが書かれているというわけだ。」
「今、幽香が言った内容だと、咲夜がレミリアの未来を切り開く切り札みたいな感じね。」
「その後何も書かれていないってことは、咲夜さえいればあとはOKってこと?」
500年の昔、フランドールと能力を入れ替えたアルカードは、運命を紐解く力によって、レミリアが将来呪いから解き放たれて成人し、亡き父の代わりに新たな吸血鬼の秩序と平和的な幻想郷との共存関係を構築出来る事を目指して、子供向けのお伽噺の形をした予言書を残した。
現在レミリア・スカーレットは幻想郷にあり、予言書通り十六夜咲夜を僕とした。ここまではアルカードのシナリオどおりだ。
しかし、その後レミリアが成人し、平和的な幻想郷との共存に繋がると思われる、十六夜咲夜以降の続きが書かれていない。
「予言書にしては中途半端じゃない?」
当然の疑問である。
「最後のページを見てくれ。」
そう言われて妹紅は何も書かれていない白紙のページをパラパラとめくって最後にたどり着き、未だに妹紅に絡み付いている幽香にそのページを見せる。
「何々・・・『かくして 美しく成長した王女は、悪しき憎しみの連鎖を断ち切り平和の女王となる・・・。』めでたし、めでたし。」
最後のめでたし、めでたしは幽香の脚色であるが、内容を見れば、恐らくレミリアの呪いが解けて成人し、吸血鬼戦争の様々なしこりが消えて、吸血鬼という存在が幻想郷で認められると理解出来る。
「途中で書くのを止めた・・・というより、何か理由があってわざと書かなかったという感じね。」
幽香が率直な意見を述べる。
「妹紅はどう思う?」
魅魔が意味ありげに妹紅に問うが、それに対して妹紅は不満げに答える。
「魅魔はどんな答えが欲しいの?」
「どういう意味?」
急に不機嫌になる妹紅と魅魔とを交互に見ながら幽香がキョトンとする。
「ふふ・・・私の意図が分かるか・・・。」
「だからどういう意味よ?」
「その吸血鬼戦争とレミリアの話は、今回の異変には関係ないようで実は関係している。」
「それで、どこが関係していると思う?」
「その白いページがそれよ。」
「何で白ページがそれなのよ?」
意味がわからず先程から質問ばかりの幽香。しかし、妹紅はそれに対してではなく魅魔の最初の問いに答え続ける。
「レミリアの漠然とした変身願望がトリガーになって、今回の異変が後戻り出来ない状態になっている。」
「それで?」
「本来書くべきであるページに何故何も書かなかったか・・・それは、書けない理由があった。レミリアに漠然とした、そう漠然と悶々と想い悩ませる必要があったから・・・。」
この本が十六夜咲夜のところで終わっているなら、単なる書きかけという理由も付けられる。しかし、長い空白の最後に最終的な結末が書かれている。この意味は、意図的に書かなかったと見るのが自然である。
「ちょっと待って、なんでそんな事わかるのよ?」
「私は、すべて理解して話しているわけじゃない。魅魔が何故この話をしたか、その意味を探そうとしてそう結論しただけよ。」
妹紅は自分で言った言葉をすべて理解していたわけではない。単に魅魔が好む答えを探して答えただけである。
「流石だな妹紅。」
魅魔は妹紅を賞賛し、次に幽香に視線を移した。
「明確な何かを文章として残せば恐らくその通りに実行する・・・でも、平和的共存という条件を満たすためには、全てを見せてはいけない・・・ってこと?」
幽香も妹紅に倣って自分で理解する事を一先ず後回しにして魅魔の欲しそうな答えを自分なりに導き出して見る。
「うむ。」
魅魔はそんな幽香を見て満足そうに微笑む。
「身体だけではなく精神面でも大人になっていなければならない・・・ってことね。」
指示通り動いても心は成長しない。様々なストレスの中でそれを自力で乗り越え成長するのである。
「心を揺さぶる大事件・・・なるほどね。今回の異変は正にレミリアの心に火を付けそうね。」
妹紅と幽香の答えを受けて目を細めていた魅魔はすぐに厳しい表情に戻る。
「ただ・・・一つ解せないのが、平和的な共存の実現にとって絶対外せない要素である天狗に関してだ。これは今の限られた状況と情報では何も見えてこない。」
「まーあの戦争は幻想郷連合とは言っても、ほとんど天狗対吸血鬼よね・・・あ、ああ!」
吸血鬼戦争に直接関わっていない部外者に近い幽香が、その戦争の本質を見抜くが、そこで重要な事を思い出して大声を出した。
「ちょっと!どうしたのよ!」
耳元で大声を出された妹紅は幽香から飛びのいて肩耳を塞ぎながら抗議の声を上げる。
「思い出した!この異変って天狗側の要請に応えるという側面もあったのよ!」
「何だと?何でそんな重要な情報を黙っているんだ?」
魅魔が怒気を含んだ言葉で幽香を責めるが、先程再会したばかりで、これはちょっと幽香が可愛そうである。
「だ、だってぇ・・・。」
理不尽な魅魔の物言いにムキになって反論するかと思った妹紅だったが、意外にも肩をすぼめて魅魔に言われっ放しの幽香。2人の関係が良く分かる構図である。
「で、具体的にはどうなの?」
幽香が可愛そうなので助け舟を出す妹紅。
「これは紫から聞いた話だけど、鞍馬が何かやらかそうとしているらしくてね。」
「天狗も長い間平和で行き詰っているか・・・。」
「ええ。それで鞍馬が何か企んでいるのを比良山様が感づいて、こっち側で大きな異変を起こせないかって紫に相談したらしいの。」
鞍馬と面識があり、しかも頭が上がらない幽香は、鞍馬山僧正坊を鞍馬と呼び捨てにし、一方で面識のほとんどない比良山次郎坊には様をつけて呼び分けている。
「これで全部繋がったな・・・。」
天狗もこの異変に一枚噛んでいる事が判明し、魅魔はこの異変と吸血鬼の問題が偶然ではなく必然だと断定する。
「この異変で、吸血鬼と天狗双方になんらかのインパクトを与えるとして、その後は投げっぱなし?」
妹紅が率直な疑問を口にする。
「予言書には続きがないし・・・。」
「鍵は十六夜咲夜・・・次は彼女と・・・そして私の大切な友人の話もしよう。」
思わぬ方向に発展した魅魔の話は、更に混迷を深めていく。