東方不死死 第29章 「九尾の宴」
永遠亭との戦闘を完勝で終えた妹紅は、竹林の隠れに一度戻り、周囲にいる兎の一匹を捕まえ絞める。
魔理沙の用事の為に一寸立ち寄った隠れ家だが、だいぶ時間が経ってしまった為、そのお詫びといういうわけである。
「お、妹紅!ずいぶん早かったな。」
魔理沙の家に戻った妹紅に開口一番の言葉がこれだが、これは、すぐに戻ると行って家を出た妹紅への皮肉である。
朝食を済ませた朝の9時過ぎに家を出て、戻ってきたのが時計の長針が丁度二周した時である。魔理沙としては貸して貰えるお宝を楽しみにしていだけに、待つ時間も長く思えたのだろう。
「ごめん、ごめん、ちょっと永遠亭の連中に絡まれて・・・これ、遅れたお詫び。」
永遠亭と妹紅が犬猿の仲である事を知っている魔理沙は、半分嘘の言い訳を素直に信じ、お詫びの兎を快く受け取る。
「おお!これは美味そうな兎だな!」
差し出された所々赤い血がついている真っ白な兎を見て思わず喜ぶ魔理沙。
兎は最も陳腐な食材の一つで、満足に米が食えない貧しい家でも兎のおかげで飢えとは無縁である。
「昼食にどう?」
「いいね!あ、でも私、捌けないんだよね・・・。」
「あら、そう?裏に兎の骨とかあったから自炊出来ると思ってた・・・。」
「兎は霊夢に捌いてもらってるんだ。で、料理したのを時々持ってきてくれてさ。裏に捨ててあるのはその時のやつさ。」
「なるほど。」
魔理沙の家の台所と思しきスペースに生活感がないのはあまり料理をしないからである。魔理沙が出来る料理といえば茸料理くらいで、それもそのまま火を通すだけの簡単なものばかりである。
「私さぁ、生の内臓とか見るのも駄目なんよね。」
「意外ね~・・・ふ~ん・・・そうかー・・・そうなんだー・・・。」
妹紅は魔理沙の返答に、最初は意外そうに、そして次第に残念そうに口調を変える。そしておもむろに呪符二枚取り出し分身を出す。
その妹紅の返答の仕方や意味不明の行動に疑問の表情を見せる魔理沙。
「あ、あのー妹紅さん?何で分身に命令を与えて、その分身さん達が私ににじり寄って、両脇をがっちり掴んで動けなくするのですか?」
妹紅が取った行動とその後起こっている状況を実況しながら魔理沙は不満げな声を上げる。
「そうしないと逃げるでしょ?」
「な、何で逃げるのですか?」
嫌な予感がした魔理沙の口調が何故か強張って丁寧になる。
「だって、生の内臓とか嫌いなんでしょ?」
「そ、そうですけど・・・それが何か問題でも?」
ニヤニヤする妹紅と対照的に顔が引きつる魔理沙。そんな魔理沙を面白そうに見ながら妹紅はポケットから小さな木箱を取り出して見せる。
物凄く嫌な予感しかしない魔理沙は、自然に身体がその箱から遠ざかろうとする。しかし、2人の分身はそれを許さない。
「ちょっと、待った!待った!」
そんな魔理沙を楽しそうに見ながら妹紅は手に持った木箱をおもむろに開ける。
「!」
それを見て魔理沙が絶句し、すぐに大声を上げる。
「め、め、め、めめめめめめ、目玉!目玉!」
年期のある木箱の上蓋が空けられると、箱の底に赤い布が敷かれ、その上にたった今くり抜いて来たと思うような生々しい2つの人間と思しき大きさの目玉がそこにあった。
山羊のようにメーメーと叫ぶ魔理沙を尻目に、その目玉の後ろにあるひも状の神経の束をつまんで持ち上げ、意地悪くプラプラと揺らして見せる妹紅。
ひー!という悲鳴を上げて逃れようと全身を悶えさせる魔理沙。
「待った!待った!無理無理無理無理無理!無理だって!頼む!頼む!頼む!」
魔理沙は苦手な生々しい人体の組織を間近でいやらしく見せられギブアップを宣言する。
「これがあなたに貸すと言った属性眼鏡よ?」
それは、属性を見分ける力を生まれつき持った者がその特性を後世に残そうと自らその眼球をくり抜いて作った属性眼鏡である。
「眼鏡?どこが眼鏡だよ!完全に目玉じゃん!」
眼鏡といえばレンズが付いていて耳に掛けて鼻で支える幻想郷にも普及している見慣れた形の眼鏡だとばかり思っていた魔理沙である。
「来るなー!こっちに来ないでくれー!」
目玉を指で摘んでぶら下げてにじり寄る妹紅は意地悪な顔になっていた。
そのぶら下げた生々しい目玉は、魔理沙の目の前に来ると突然意志を持ったようにキョロキョロと動きだす。
それを見て「きゃー」というまるで女の子の様な悲鳴を上げる魔理沙。実際女の子であるが、普段の言動や態度からは想像もできない可愛い声である。
その目玉は、魔理沙の目と視線が合うと今度は魔理沙の目に引き寄せられるように動く。しかし、妹紅につままれている状態なので、それ以上動けずじたばたと空中でもがく目玉。
魔理沙は絶句し、見たくもないのにその目玉に釘付けになってしまう。それを見て妹紅は、そっと指を離した。
妹紅の指から解き放たれ自由を得た目玉は、それを凝視していた魔理沙の右目に飛び込み無理矢理中に入り込もうとする。
今度は「ぎゃー」という絶叫にかわった魔理沙は顔面蒼白になって、「メーメー」と山羊の様に繰り返す。「目」と言っているのはわかるのだが、音としては「メーメー」と聞こえる。
妹紅は分身に命じて魔理沙の拘束を解き自由にする。自由になった魔理沙であるが、その場で立ち尽くし呆然とする。右手で閉じた右目を触ろうとして触れずオロオロとする。
「魔理沙、大丈夫よ。それは、すごくリアルに見えるけど、お化けの様な存在が不透明なもので、今魔理沙の右目に憑依しているの。」
「お、お化け?」
「そう、異物感はもうないでしょ?」
「う、うん・・・。」
魔理沙は恐る恐る右手の指で右の瞼に触れる。目玉が飛び込んで来る時に目玉が奥に押し込まれる不快感が最初はあったが、今はそうした違和感はなくなっている。
「ひ、ひどいよ、妹紅!」
「ごめん、ごめん。でも、内臓とかこういうの苦手なんでしょ?自分でつけてと言っても絶対つけないと思ったから・・・。」
「まー自分でやれといわれたら絶対拒否だけど・・・それにしても・・・妹紅、絶対面白がってやってたよな。」
納得いかず抗議する魔理沙である。
「まーまー、それよりも右目開いてみて。」
妹紅は魔理沙の左目にそっと指を添えて塞ぎ、右目だけ開けるように促す。それに応じて魔理沙は恐る恐るゆっくり右目を開く。
「あ・・・。」
見えないものが見えてしまった時に、無自覚に出してしまう声といった感じだろうか?魔理沙は右目から見えるその不思議な光景に思わず動きが止まる。
「世界が蒼白く見える・・・世界から色が無くなったみたいだ・・・。」
様々な属性が混ざり合って、単一の属性に偏っていないものは基本的に白く見え、単一属性は、火は赤く、水は青く、大気は緑、地は黄色にそれぞれ見えると教えられ納得する魔理沙。
「魔理沙、実験中の検体を見て。」
妹紅に言われて、机に目を向ける魔理沙。
「これは・・・。」
魔理沙の机の上には粉末にしたり煮込んだりと様々な状態に加工した元茸が散在していたが、そのうち単一の属性として色が出ているのは十数個の検体のうち2個しかなかった。
「これと、これが、赤と青になってるな・・・それ以外が白いのは何でだ?」
「恐らく検体にする過程で他の属性が混ざって単一属性ではなくなったからね。器具をしっかり掃除してないとか、途中に別の作業を挟んで酸化してしまったりとか?」
「あー・・・。」
心当たりがありまくりで言い訳が出来ない魔理沙。
「特に酸化はこういう実験の天敵ね。」
何処にでも存在する大気の属性は他の属性と干渉しやすく、検体の保管などは密封するのが基本である。
魔理沙の実験はそうした点が疎かになり、設備等の不備もあるが、やはり誰か指導者がいなければならないだろうと思う妹紅。
能力もやる気もあるこの若い魔法使いをこのまま捨て置くにはもったいないと思う妹紅である。
「茸そのものを見てみたら?」
首を傾げながら何が不味くて今後どうすれば良いかを模索していた魔理沙に声をかける妹紅。妹紅は魔法の茸の不思議な単一属性がどう見えるのか興味があったのだ。
妹紅の求めに応じて机の後ろ椅子の背中側にある大きな作業台の上に幾つも吊されている白い袋の一つをとって、中の茸を作業台にばらまく魔理沙。妹紅はもう一つある属性眼鏡を装着しその茸を見る。
にわかに信じられない事だが、外見的に見分けがつかない魔法の茸は見事に単一の属性に偏り、それぞれの属性の色に綺麗にわかれていた。
これに驚いたのは妹紅よりも魔理沙だった。
「うわっ、マジかよ!」
属性を調べる為に様々な工夫をしてきた魔理沙であったが、この眼鏡一つで簡単に選り分ける事が出来るではないか!
幾つかある茸の保管用の袋は、単なる保管袋ではなく採取地域ごとに区別している。今出した茸は経験から主に水属性が多く取れる採取地のもので、確かに水属性の茸の割合が7割を占めていた。しかし、ここで不思議なのが、2割が火属性なのである。水と火は属性でいえば反対属性で交わらない属性である。割合として含まれる率はもっと低いのかと思ったが、逆の結果になった。
魔理沙は作業台の茸を見ながら腕を組んで必死に何かを考えていた。しかし、しばらくするとがっくりと肩を落として落ち込み始める。
「どうしたの?」
「いやさ・・・だって、こんだけハッキリわかるとさ・・・今まで私何やってきたんだろ・・・ってね。」
魔理沙は不思議な魔法の森の茸に魅せられ、自分なりに研究努力を続けてきた。常識では有り得ない単一属性体である魔法の茸を利用して、様々な効用を引き出しそれを自分の魔法の形としてきた。
その魔法の茸の分別が、いとも簡単に出来てしまうという事は、喜ばしい反面釈然としないものもあるのだ。
「・・・余計な事をしちゃったかしら?」
「いや、全然!全然そんなことないゼ!」
少し気落ちしたような妹紅に両の手のひらを振って見せる魔理沙。
「いや、ホントこれすごいよ。3年分の作業が1分で済むからな。」
妹紅を気づかう様に威勢良くこの眼鏡の凄さを力説する。
「ま、確かに納得いかないところもあるけどさ、それよりもやっぱ劇的に作業時間が早くなりそうで、そっちの方が期待大だゼ!」
最後はニコっと笑って見せる魔理沙である。
「ところで・・・これ左目開けちゃまずいのかな?」
「大丈夫だけど、左右の目で別の絵を見ている様なものだから、まともに見えないと思うわ。両目に入れれば問題ないけど。」
そう言って妹紅が自分に入れた属性眼鏡を取り出し、実際に両目を開けて試してみて目眩を起こし慌てて左目を押さえる魔理沙の右手にそれを握らせる。
「あ、あれ、びちゃびちゃしてると思ったけどそう見えているだけでゴムみたいなんだな・・・。」
内蔵関係が苦手な魔理沙であるが、不意に渡されたので思わず受け取ってしまったグロテスクな目玉の意外なさわり心地に良い意味で驚く。
「目を合わせれば向こうから勝手に入ってくるから。」
半信半疑で目玉を摘んで瞳の側を自分の顔に向ける魔理沙。
「うわ!」
手からスポンと飛び出したその属性眼鏡はそのまま魔理沙の目の中に飛び込む。
「うわあああああぁああああぁぁぁああ!」
入る時に目玉がぷるぷる震えてその感覚が気持ち悪い・・・というよりむしろ気持ちが良い。さっきは恐怖心が勝ってそんな感覚を味わう余裕がなかったが、今は背筋がゾクゾクしてある意味快感である。
「両目を使うメリットは、片方を閉じなくていいことと、属性の有無以外に強さが視覚的に判断出来る事よ。」
「片目の時よりやっぱ見易いな。それに駄目になった検体も白く輝いて見えるようになったぞ。」
後ろにいた妹紅から目玉を渡され振り向き、その妹紅の後ろにある机の上の魔法の茸から抽出した検体が目に飛び込み、そちらに関心を寄せる魔理沙は、そのまま机に歩み寄って並んでいる十数個の検体を見比べる。
「属性が混ざり合って色が無くなっても、属性が消えて無くなるわけじゃないからね。元々強い属性を持っているから強く光って見えるのよ。」
「と言うことは・・・。」
魔理沙は机と背中合わせの位置にある作業台に振り向く。
「おお、すげー濃い色になってるな。」
蒼白い世界の中に一際目立つ水属性を示す青々とした色の塊。その中に赤、そして緑と黄色が少々。
「ん?」
そこで魔理沙は気付いた。
「何?」
「属性の強さが分かるっていったよな?」
「ええ。」
「この茸全部同じなんだけど・・・。」
「そんことはないでしょ?人工物ならともかく自然にあるものは、どれも同じになることなんてないわ。」
「いやでも・・・。」
魔理沙は水属性の青い茸を一山にまとめながら、そうしているうちに山が全部青一色にかわり茸一つ一つがみわけが付かなくなっていることに気付いたのである。
一つ一つ属性の強さに違いがあれば、一つの山になったとしても色に斑が出来るはずである。しかし、綺麗に同じ青一色の一塊りの山になってしまったのだ。
「おかしいわね・・・・ちょっと魔理沙こっち見て。」
妹紅の呼びかけに振り向いた魔理沙は、白い妹紅のシルエットが左右の人指し指を立てている事に気付く。そしてその指先が赤く色が付いているのが分かった。
「どっちが赤い?」
妹紅は指先からそれぞれ強さの違う炎を出し、属性濃度の感知に問題がないかをチェックする。
「こっちのがすげー濃い赤だな。」
魔理沙は指を差して妹紅の右手、魔理沙から向かって左を指摘した。
「正常ね・・・ちょっと貸して。」
「あ、ああ、ちょっと待って・・・あ、あれ?」
妹紅が属性眼鏡を返すように要求し、魔理沙はすぐにそれに応じようとしたが取り出し方を知らない事に気付く。
「あ、えーと、瞼を指で少し強めに押してみて。そうそう、眉毛の下の骨と目玉の境界あたり・・・。」
「こうか・・・ぬわああああぁぁぁ!」
妹紅に言われた通り、瞼の押した魔理沙はそこでまた悲鳴をあげた。押した瞬間目玉がにゅるんと回転し、先程妹紅が摘んでいた眼球の後ろについているひも状の神経組織が外に飛び出してきたのである。
想定していなかった事態にあたふたとする魔理沙の目から飛び出しているひも状のものを摘んだ妹紅はそのまま引っ張って属性眼鏡を抜き取った。その抜き取った時の感触が気持ち悪かったのか気持ち良かったのか魔理沙が変な声を上げた。
要領がわかった魔理沙は残った左目を自力で取ってみる。出てきたひも状のものを摘み、ゆっくりと引き出す魔理沙は「おおおおお」と興奮した声を出しながら顔を紅潮させそれを抜き出した。
妹紅は、自分で無理矢理魔理沙から抜いた目玉を右目に入れながら、魔理沙が変な性癖に目覚めないか心配する。そして、「ふぅ~」と息を吐いて、名残惜しそうな表情で左目を妹紅に渡す魔理沙。
「やばいなコレ。癖になりそう。」
どうやら妹紅の心配は現実になりそうである。
「やれやれ・・・。」
実は自分も身に覚えがある事で責められない妹紅は、気を取り直して魔理沙から渡された目玉を入れる。そして茸を見る。
「・・・ほんとだわ・・・信じられない・・・。」
妹紅はこの眼鏡を使って来て初めて見る現象に戸惑う。世紀の大発見と言うのは大げさかもしれないが、自然界の物がここまで誤差が無く同じ属性になることは考えられない。これは、例えば、この世に全く同じ人間が大量にいるのと同じ事になるのだ。
月の科学力を以てすれば簡単かもしれないが、それはあくまでも人工物であって自然物ではない。
腕組みをして首を傾げる妹紅の袖を引っ張って属性眼鏡を要求する魔理沙に応じながら、横で上がる奇声を聞きながら自分の裸眼でもう一度魔法の茸を見る。
魔法の茸自体、見たこともない色と模様をしており、ある意味作り物とも見える綺麗な形をしている。
「これって、作りものなのかな?」
妹紅の言いたい事を魔理沙が代弁する。
「魔理沙もそう思う?」
「うん、この森自体も少し違うんだよね。何て言うかさ、自然を装っている・・・みたいな?」
魔理沙も妹紅もこの事実に驚いたが、その現実の受け入れは魔理沙の方が早かった。やっぱりという感じで前々からそんな事を漠然と考えていたようだ。
魔法の森は大陸の西端、ヨーロッパと呼ばれる地方の様々な場所から寄せ集めて作られた森でる。言ってみれば人工物であり、そこに生えている茸が人工物である可能性はゼロではないだろう。
意図してそうしたのか?図らずもそうなってしまったという可能性もある。幻想郷の創設者の八雲紫も、もしかしたらこのことをしらないのかもしれない。
それと同時に妹紅は、今回の異変との絡みも模索し、一応頭に入れておく事にした。
その後、生々しい目玉にすっかれ馴れてしまった魔理沙に、兎の解体方を実演して教えながら、それを料理し昼食として美味しく戴く。
残った肉は霊夢にお裾分けついでに晩飯を一緒にあずかるようアドバイスし、妹紅は午後から約束があると暇を乞う。
去り際に妹紅は魔理沙に神妙な面持ちで話しはじめる。
「この属性眼鏡は、その能力を持っている人の目をくりぬき、念を込めて道具として使える様にして、その人は亡くなったのよ。」
この素晴らしい力はその一族の家宝となったが、これを我が物にしようと親戚縁者、更に他の一族も巻き込み骨肉の争いを生じさせた。この時期、族長の後見人つまり実質トップになっていた妹紅は、この争いの種を一時預かり仲裁した。しかし、一族の有力者が多数暗殺されたことで一族全体が弱体化し、家を保つ事が出来ず没落し、この属性眼鏡は妹紅が管理する事になった。
妖術使いの里、岩老郷は様々な妖術の系統を一子相伝で受け継ぐ複数一族の集合体で、それらは里の名前とは裏腹に決して一枚岩というものではなく基本的に仲が悪かった。
妹紅が台頭し、中立の立場で全体をまとめ始めた時期が、岩老郷の全盛期ともいえるが、信任の厚い妹紅は多くの預かり物を管理していたのである。
里が解体される際、そのほとんどは一族に返却されたが、その頃に没落して消えた一族が複数存在しており、それらの品物はすべて妹紅が引き継いだ。その中の一つがこの属性眼鏡である。
「その眼鏡は生きている。決して粗末に扱っては駄目よ?」
「・・・うん。」
「それから、この眼鏡はその素晴らしい性能から皆が欲しがり、そこで大きな争い事に発展したの。この眼鏡の存在が幻想郷に知れ渡ればどうなるか・・・魔理沙ならわかるわね?」
「うん。」
「決してその存在を教えては駄目。他人の前で使っては駄目。いいわね?」
「分かった。約束する・・・ありがとう妹紅。」
この属性眼鏡は妹紅が思っている以上に魔理沙にとってとても重要なものなのである。どれ程の苦労が緩和され、どれ程の時間が節約出来る事か・・・。魔理沙にとって革命的な道具なのである。
「あなたは、どこか放っておけないのよね・・・。」
魅魔の秘密を知る前から魔理沙という存在は他の者とは違う印象を覚えていた妹紅。これも何かの縁、異変の有無や結果にかかわらず、この縁は大切にしていこうと思う妹紅である。
そして、この属性眼鏡によって、霧雨魔理沙は後に大変な事をしでかすのであるが、それはまた別の話である。
八雲藍と会うのは日没以降で、それまで特に用事はなかったのだが、兎に角今は頭の中を整理したい衝動を抑えられず、静かな場所で一人になりたかった。
妹紅は自宅に戻ると幽香のおかえりなさいという挨拶に素っ気なく答えてそのまま縁側に仰向けになり両手を頭の後ろで組んで、曲げた左膝の上に右足を載せた。
何か言いたそうな幽香だったが、妹紅の「話しかけないでオーラ」を敏感に察知して眺めるだけで話しかけない。
幽香はこちらに対してそれなりに感謝している事を知っているし、妖怪であっても幽香ぐらいになれ遠慮は知っているだろう。完全に一人になれる場所は永遠亭の一画に割り当てられた自分の部屋があるが、今は行く気分になれない。人里離れれば一人になれるかというとそういうものでもない。不死身となり自分が普通ではないと知ってから人間の世界から遠ざかろうと山奥に逃げた妹紅は、そこで様々な人外の存在を見た。ここ幻想郷でも同じ。仇敵である永遠亭と隣接して暮らしていたのは、竹林以外に一人静かに過ごせる場所が他になかったからである。
人間の里に近い藤原邸は、お化け屋敷として人々から遠い存在になっており、さらに、となりに風見幽香という魔除けがいる。幻想郷のあらゆる存在が今一番近付きたくない場所が此処だろう。
幽香がじっとこちらを観察している様子を感じながら、完全に無視して思考に没頭する妹紅。
二日前に博麗神社に行き、そこで妖怪、鬼、九尾などを巻き込んだ岩老刀の事件が発生。その後妹紅は八雲紫の妹藍の隔離世界で過ごし、変態して妖力が爆発的に上昇してしまった。
それを静める為に永遠亭に向かい結局そこでは何も起こらず、そのまま帰宅して朝までかかって妖気を静め、その間に慧音の態度の変化に着目して早朝彼女にそれを問い正そうとしてそこで離別した。
その後、自分の能力を確かめるついでに幽香の傷を治療し、その後、身に付けていた呪符が全て使い物にならなくなってしまったことを知り、物資を補充するために幽香の案内でマルキと香霖堂、そして霧雨魔理沙と再会する。
魔理沙から感じる異様な感覚に調査を始めると魅魔が出現。そこで様々な秘密を知り、魅魔という賢者を味方につけた。
博麗神社から始まった事件から2回目の朝を迎え、妹紅は魔理沙との交友を深める為に、大切なお宝を貸し与える約束をし、自宅を経由して隠れ家に向かうその自宅で橙の来訪を受けて九尾の藍と面会する約束をする。
隠れ家に行くと今度は永遠亭の襲撃を受けて壮絶な死闘に勝利し、その足で約束の品を持って魔理沙の家に行き、そこから自宅に戻ったのが今である。
振り返るとここ2日寝ていない事に気付く。
不死身となって以降、空腹や睡眠不足で死ぬ事はないが、そうした状態が長時間続けば精神的にきつくなる。適度に食べて、適度に寝るといったある程度人間らしい規則正しい生活をしておかないといざという時に頭も身体も動きが鈍る。
妹紅は縁側に寝ころんでしまったのが運の尽きか、色々考えようと思ったものの、あっという間に眠りに落ちてしまった。
風見幽香は、最初から昼寝に来たと思っていたので特に何も言わず、無警戒の可愛らしい妹紅の寝顔を楽しんでいた。
こんなにぐっすり寝たのは何年、いや何百年ぶりだろうか?
風見幽香に揺り起こされてた妹紅は、どこか別の世界で何か別の生き物にでも生まれ変わったかのように軽くなった身体に現実感がなく、しばらく呆けていた。
「日没よ?これから屋台に飲みにいくんでしょ?」
上半身を起こし半開きの目でまだ半分寝ている様な状態の妹紅は、訳が分からず目を擦りながら周囲をキョロキョロする。
凄腕の妖術使いらしからぬその無防備な妹紅を見て思わずおかしくなってクスクス笑う幽香。
「幽香・・・か・・・ん?あれ?」
ようやく状況を理解し今自分が何処にいて何をすべきかを思い出す妹紅。あーっという叫び声と共に勢いよく立ちあがり、どの位時間が経過したか幽香に尋ねる妹紅。
「今、ちょうど日没よ。昼過ぎに戻ってきたからせいぜいそのくらいの時間しか経ってないでしょ?」
「ということは・・・5時間ってところか・・・。」
あまりにも身体が軽くスッキリしているため、数日眠っていたような錯覚を覚える妹紅は、ひとまず安心して腰を下ろし大きく息を吐いて全身を使って溜め息を着く。そして、幽香を訝しげに見る。
「何も悪戯なんかしてないわよ。」
「そうじゃなくて、寝るような術とかかけた?」
「寝る術は確かに使えるけど、あなたにバレずに掛けられるとは思えないわね。寝ころんですぐ寝たから昼寝にきたとばかり思ってたけど・・・。」
「・・・。」
妹紅は幽香の顔を見ながら嘘はついていないと見る。しかし、何故こんな場所で熟睡してしまったのだろうか?いくら疲れているといっても妖怪の前で寝てしまうなど妖の狩人としては面目が立たない失態である。
妹紅は無意識のうちに風見幽香を信用している自分に気付くと同時に、彼女の周囲が幻想郷に於いて極めて安全な場所である事も理解する。
「(やれやれ・・・私も妖怪に魅せられたか・・・。)」
八雲紫や伊吹萃香を身内の様に扱う博麗霊夢の心配をしている場合ではない。自分も妖怪に魅せられていることを自覚する妹紅。
「さて、そろそろ行くか・・・。」
日没といってもすぐに暗くなるわけではない。しかし、少し話している僅かな時間でも薄闇がどんどんと拡がっていく。屋台まで歩いて行けば、ちょうどよく周囲は真っ暗になっている事だろうか。
「行ってらっしゃい。がんばってね。」
貧乏くじを引いて苦労事を押し付けられた運の悪い相手に対して見せる様な嫌みっぽい作り笑顔で妹紅を見送る幽香。九尾とサシで飲むなどどう見ても罰ゲームである。
それを理解して肩をすくめて見せる妹紅。
「幽香・・・終わったら迎えに来るわ。」
そう言って背を向ける妹紅。
「ええ。」
「・・・それと・・・今日はありがとね。」
「?」
飛ばずにそのまま玄関先の門の方に歩いていく妹紅の最後のお礼の意味が理解出来ない幽香。
「ほんと人間は何考えているのかわからないわね・・・。」
それでも、お礼を言われて悪い気はしない幽香である。
短時間ではあったがぐっすり熟睡できた妹紅は、身体も頭の中もスッキリしてとても気分が良かった。
一時も無駄にしたくないと思考に費やそうとした約束までの時間であったが、それに引き替えても十分すぎる気力の充実感である。
寝れば悪夢ばかり見る妹紅は、何時しか熟睡出来ない身体になっていた。普通の人間なら気が狂う様な状況であっても、人間のまま肉体も精神も維持出来たのは、藍に貰ったリボンのおかげだろう。これが無ければとっくの昔に羅刹になっていた。
その羅刹も自分が強くなりすぎた事で、自力で押さえ込むことが出来るようになり、更にそれを道具として利用出来るようになれた事を、先程の永琳との戦闘で証明出来た。
強くなった先に何が残されているのか分からないが、もはやこの歩みは止められない。限界まで強くなれば自然の法則とやらが働いて、それを滅ぼす使命を帯びた正義の味方が現れるかもしれない。そんな事を冗談交じりに考える妹紅だが、運命を利用すればあるいは簡単に死ぬ事ができるのではないだろうか。
しかし、今の妹紅は死ぬつもりは全くなかった。
妹紅は、慧音の居る里を避けるように藤原邸を道沿いではなく、そのまま東進し水田地帯の外側に築いている里と外の境界を示す土嚢の更に外側に出て、そのまま東から緩く北側にカーブする土嚢沿いに歩き、里の東門から東に真っ直ぐ魔法の森沿いに神社の建つ本陣山の麓まで伸びる街道に出た。
この街道をさらに東に進むと太陽の畑に向かう道に分かれる三叉路があり、その付近で屋台を見たのを覚えている妹紅は誰も通らない街道を一人東進する。
この時間になるととっぷりと陽も落ちて、闇夜となった空には星々と妖怪や妖精、更に幽霊などが発する光で賑わうようになる。幻想郷にとって夜こそが最も賑わう時間なのだ。
瞳孔を調節すれば夜目もある程度利く妹紅であるが、屋台の発する赤提灯を目印にするため裸眼のまま暗い夜道を歩く。光がないと夜道などまともに歩けないが手に乗るような小さな妖精がそこかしこに飛び回っているので、周囲が朧気に見えて道を逸れて躓いて転ぶ心配はない。
この小さな妖精達も異変を感じれば凶暴化し道行く者を無差別に襲うようになるのだから不思議である。
三叉路に差し掛かるが、屋台らしきものは見当たらない。太陽に畑に向かう南に伸びる道の先に不自然な光を発見した妹紅はとりあえずそちらに向かう事にした。
しばらく進むとその不自然に見えた光の正体は四角い構造物の窓の様な部分から洩れる光だった。更に近付いた妹紅はそれが屋台だとはっきり確認出来、明かりが灯っていない赤提灯も発見出来た。
赤提灯が灯っていないということはまだ店が開いていないという事だろう。人間の時間で言えば決して早い時間ではないと思うが、妖怪の感覚だとまだ早いということだろうか。
待たせてもらう分には構わないと思った妹紅は、そのまま屋台に向かった。
特にそうしようと思ってそうしたわけではないが、いつもの癖で足音を立てず忍び足で屋台に近付く妹紅。
店主の名前はミスティア・ローレライ。不死人狩りで何度か戦っており、名前から外来の妖怪と思われる。夜雀という種に勝手に分類されているようだが単独行動型で群れない。どうみても雀が原型の妖怪ではない。
屋台の店主の姿がはっきり見える距離まで近付いた妹紅だが、手持ち無沙汰という状況のお手本のような退屈そうな顔で、なかなか来ない待ち合わせの相手を待っているといった様子というのがその感想である。
「(ああ、そうか。)」
藍がここを指定してきたということは、事前に貸切の予約を入れていて提灯を出せず、店主は何時来るか分からない誰かを待ち惚けているというわけである。
「(時間の指定してなかったからね・・・でも、どうしよう。この調子だと私が来る事も知らないかも・・・。ま、いっか。)」
考えても仕方がないので、妹紅は「うなぎ」と書いている暖簾を潜る。
「こんばんわ。」
「あ、お客さん、今日はかし・・・ああっ!」
貸切と言おうとしたのだろうが、藤原妹紅という存在を認識してから急に態度が変わり座っている椅子から立ちあがり急に大声をあげる店主のミスティア・ローレライ。
「あ、あ、あの、えーと、その、え?え?え?」
挙動不審の店主を不思議そうに見やる妹紅だが、この様な態度を取られる事に身に覚えがない。こういう時は自分ではなく、後ろに誰かが居て、その者に慌てているのだろうと思い振り向く。
暖簾で顔は見えないが視界の専有面積が異常に広い独特のシルエットを持つ妖怪が立っている事に気付く。
「(なるほど、藍を見て驚いたのか・・・あれ?でも、貸し切ったのは藍だし、別に驚く事ないと思うけど・・・。)」
妹紅は何が何だかわからず、暖簾を押して入ってくる九本の尻尾を持つ妖怪の出方を警戒しながら待つ。
「随分早い登場だな・・・。」
妹紅が来たタイミングに合わせてほぼ同時に来たわけで、それはこっちのセリフだと思う妹紅。
「お腹が空いたからね。」
「なるほど、里はちょうど晩飯時か・・・店主、酒と・・・妹紅に適当に腹に溜まるものを。」
「え?は、はい、ただいま!」
藍に言われて店主は驚いた表情から我に返り、そそくさと2つのガラスコップに酒を注ぎ差し出すと、下ごしらえを既に済ませていたうなぎの蒲焼きを焼き始める。
妹紅は、人間の様に商売をする目の前の妖怪を不思議そうに見ながら、その妖怪がしきりにこちらを気にしながらチラ見している事に気付く。
「(私を見てるのか・・・そんなに珍しいかな?)」
屋台の客層がどんなものかはわからないが、確かに初めて来るわけだから珍しいのは分からないでもない。でも、何というかソワソワしているというか、物珍しさでこちらを気にしている感じではない。
「店主、私の顔に何かついてる?」
その疑問を率直に尋ねる妹紅。
「え?あ、いや、別に・・・。」
しどろもどろになるミスティア。
「店主、聞きたい事があったら遠慮無く聞いみたらどうだ?」
妹紅は藍の口振りから、この二人がグルになって何かをしてくると警戒した。
屋台を貸し切った藍からのお墨付きを得たミスティアは、客を相手する下手な態度から一転、強い意思を持った一人の妖怪の表情に変わる。
「あ、あのですね。あなたは、何故何もしなかったのですか?」
一瞬何を言っているのか分からずキョトンとする妹紅に、藍がフォローを入れる。
「不死人狩りの事だ。」
「ああ、あれか・・・藍、そんなことを言わせるためにわざわざ屋台を選んだの?聞きたければ直接聞いたらどう?」
「私は別にそのことを聞きたいわけではない。だが、これは紫様の問題とも重なるし、第三者から直接話が出なければお前は恐らくずっと不死人狩りの事を大した事ではないと思い続けていまいそうだからな。」
「・・・何を言っているのかさっぱりだわ。」
藍の説明の仕方は何となく分かるものの、大事なところをしっかり説明していないので結局何をしたいのか、何をさせたいのか見えてこない妹紅である。
「あなたはあの戦いで誰も傷つけなかった・・・私は幻想郷から排除すべき悪い人間がいると聞いて討伐に参加したけれど・・・あなたは、全然悪い人ではなかった・・・。みんな戦っている内に疑問になって、だんだん戦いから身を引いていきました。」
「私には戦う理由が無かったわ。」
「あれだけ殺されれば、理由は出来るでしょう?」
妹紅の素っ気ない返答に怒りを覚えるように強い口調になるミスティア。
「妖怪には戦う者としてのプライドはある。」
そこに藍が口を挟む。強者の無抵抗主義は人間にとっては美徳でも、妖怪にとってはそうではない。寧ろ屈辱を与えるものだ。スペルカードルールにおいても弱者の挑戦は特別な理由がないかぎり応じなければならないと、わざわざ明文化しているように、これは戦いに置いて重要なことなのである。
「そうね、それをわかっていたから何もしなかった。もし反撃して誰かを傷つければ、本当に罪人になってしまうしね・・・。」
「あの不死人狩りは、はっきり言うと紫様の致命的なミスだ。もし、妹紅が普通に戦って双方に被害が出るような戦いになっていれば、ミスティアだって他の妖怪だって疑問を持たず今も悪人としての妹紅の討伐を行っているかもしれない。永遠亭側の策略にまんまとはまった事を言い訳にするのもみっともないし、紫様は事の鎮圧に、私や幽香、その他幻想郷の部外者である、西行寺幽々子や四季映姫らも動員しようとしていたのだ。」
「ほんとか?」
「吸血鬼にも打診して鎮圧に助力を乞うところまで話がすすむ前に、何故か潮が引くように事態が収まった。誰の梃子入れも無しにな。紫様は下げたくもない頭を下げる必要が無くなり面目が保たれた。この事がどれほどのインパクトを紫様に与えたと思う?」
「・・・なぁ、ミスティア?」
「はい。」
「あの件で私が一方的に損をしているように皆思っているようだけど、それは違う。」
「え?」
「ほぅ?」
「ミスティアは単独妖怪だからわからないと思うけど、群れる妖怪達を利用して、永遠亭内部に連中を誘導して中で暴れ回って復讐の道具に妖怪達を利用していたんだよ。」
「永遠亭は向こうで道を閉ざすと私でも見つける事は出来ないぞ。隙間が開かない場所が多いしよくその場所がわかるな。」
「竹林在住暦は長いからどこから入ってもどっちにどのくらい歩けば永遠亭にたどりつくか分かるわ。カモフラージュされていても、場所が変わるわけはないからね。」
「なるほど・・・。」
「そうやって永遠亭の連中を追いつめて向こうから頭を下げさせた。私としては損したことよりも得した事が多いくらいなのよ。だから気にする事はないわミスティア。」
「・・・そうだったんですね・・・でも・・・ごめんなさい。」
ミスティアは色々と事情を聞いたがやはり最後は謝罪をした。妖怪が謝罪するのはよっぽどの事である。
プライドの高い妖怪としては、不死人狩りに参加してしまった言は、ある意味自分の経歴に傷を付けたようなもので、その傷を修復するにはどうしても謝らなければならないのである。
そのミスティアの謝罪を聞いた藍は、コップの酒を一気に喉に流し込んで、話を変える合図とした。
「今回起こそうとする異変の発端もこの不死人狩りでな・・・。」
妹紅はそこまでしゃべる藍に目配せして、ミスティアの前でいいのか?と無言で訴える。
「屋台の店主たるもの、客の話を口外しないものだ。な、ミスティア。」
ギロリと睨まれた店主が硬直して背筋を伸ばす。
「も、もちろんです。」
「ま、話がもれたとしても、周囲のリアクションを見て連中の立場も見えてくるかもしれないしな。ま、どちらにしても話がもれれば屋台は終いだ。」
「焼き鳥なら得意よ。」
「ひー!勘弁してくださいよ!絶対に口外しませんから!」
二人の強者を前にして生きた心地がしないミスティアである。
「で、その発端がなに?」
すべて承知の上でこの場所を選んでいると分かって、話の続きを促す妹紅。
「お前に興味を持った紫様は、それと同時にこの不死人狩りについて正式に謝罪をしたかったのだ。」
「謝罪?」
「先日、博麗神社に呼んだ・・・と、言うより来るように仕向けたわけだが、あれは今回の異変を共同でやる上での話し合いをする前に正式な謝罪、それも土下座謝罪をするつもりで呼んだものだったのだ。」
「はぁ?」
妹紅はその話を聞いて、先日の博麗神社の件を思い出す。あの時向こうが何かを言う前に、無条件で八雲紫に従うと名言した。
あっと驚くであろう土下座謝罪というサプライズを用意していた紫に対して、妹紅の取った行動は次に話が続く流れを断ち切る、何でも言うことを聞くという下僕宣言である。
妹紅はその時の様子を思い出し、突然込み上げる笑いに絶えられず、口に酒を含んだ酒をコップに吐き戻して大笑いする。
「今世紀最大の笑い話だったな。」
横で腹を押さえて笑いを堪えるのに失敗した妹紅を横目に、藍も堪えられず声を出して笑う。紫の後ろにいた藍はその表情を見ることは出来なかったが、どんな顔をしていたかは想像がつく。
「何であの時怒ったのかわからなかったけど、そりゃー怒るわ。あはは・・・」
妹紅との会見を行う前に、意図的に悪い印象を与えておき、会見において不意打ちの様に謝罪する事で相手の感情をひっくり返す・・・という腹づもりだったらしい。
会見の前の妹紅の感情を変えたのは慧音の仕業であるが、まさかこんな結果になっていたとは本人も想像していなかっただろう。そして、その慧音とは離別しているのだから、先がどうなるのか分からないものである。
「萃香は事の前後を知らないから怒った紫様を真顔で叱るし、私も笑いを堪えるのに必死だった。」
二人の強者が爆笑している珍しい光景を見ながら、藤原妹紅が八雲藍と対等に話している姿を興味津々に見やるミスティア。先程までの負の感情は消え、それとは正反対の別の感情が妹紅に対して向けられるようになっていた。
「ミスティアに限った事ではないが、多くの妖怪がお前を密かに注目していることは忘れない事だな。」
藍はそう言って懐から紫色の綺麗な風呂敷を妹紅に差し出した。
「これは?」
「ここに来る前に紫様から預かってきたものだ。謝罪の手紙だそうだ。」
「今後の予定表とかじゃないのね?」
「うむ・・・で、その事なんだが、今までは紫様の用事で、これからは私の用事だ。」
「手紙渡すだけに随分と時間をかけたわね。」
「せっかくの場だ興が必要だと思ってな。」
手紙を渡すだけの事なら1分とかからないわけだが、妹紅に一言あったミスティアを利用するために屋台をセッティングし、紫がどれほど不死人狩りについて申し訳なく思っているかを演出し印象づける藍に、半分呆れ、半分感心する妹紅。
「それで、藍の用事って?」
「三日後・・・今日も入れてだから、明日、明後日だな。三賢者会議が召集される。」
「三賢者会議?」
初めて聞く言葉である。
「神主不在の今、幻想郷の取り決めを幻想郷外の有識者を集めて執り行っている。」
「それが三賢者会議か・・・。」
「うむ。いつもなら閻魔の四季映姫が召集するのだが・・・。」
「閻魔が賢者なんて世も末ね。」
「ふふ、なるほど、妹紅は分かっているな。お地蔵様ごときが賢者を名乗る資格は無いが、やつには利用価値があるからな。有効に利用させてもらっている。」
「利用価値?」
「王と呼べる権力者がいない里の法の下支えだ。」
「なるほど。」
幻想郷を担当する閻魔、四季映姫は時々幻想郷の里に下りてきては説教などをしていくが、その閻魔に強い妖怪達が一目置く態度を示す事で、人間達が閻魔を畏れるようになる。それなりに強い閻魔なので、里の防護にも利用出来、幻想郷を管理する側にしてみれば一石二鳥である。
「映姫は頻繁に会議を招集して正直鬱陶しいのだが、今回映姫ではなく西行寺幽々子が召集したのだ。」
「西行寺・・・幽々子か・・・。」
小姓を従え不死人狩りの極々初期に戦った事があるかなりの手練れだ。無条件に相手を殺す能力を持っているが、死から見放された妹紅にとってその能力は意味がないので、それほど怖いという印象はなかった。
「結論から言うと、この会議に出席してほしくないということだ。」
「・・・。」
何故かと言い返さない妹紅。
「我々の考えている事はだいたいわかるだろ?」
「・・・おかしな因縁をふやしたくない?」
「それが一番だな。」
「二番は?」
一番ということは二番、三番があるような言い方である。
「紫様と妹紅は正式に友好関係が成立したわけではない。要するにだ、自分が仲良くなる前に幽々子に仲良しになられたくないという事だな。」
「はぁ?何それ?」
冗談の様な話を真顔で言う藍に思わず鼻白む妹紅。
「先程の話と無関係ではない。皆お前に興味を持っている。機会があれば、ミスティアのように直接疑問をぶつけたいと思っているのさ。」
妹紅は幽々子の力が及ばない蓬莱人であり、唯一幽々子の天敵だ。その幽々子が不死人狩りですぐに身を引いたのは、そのことを知り身の危険を感じたからだろうか?
不老不死など半信半疑で勢いで戦闘に参加し敵対してしまったものの、不老不死が事実で唯一の天敵を見出した恐怖が幽々子を走らせたとするなら、どうにか和解の機会を作りたいと、紫と同じ様な心境に陥ったのかも知れない。
「・・・。」
藍の話は一理あると思う。しかし、紫の事だから一番ではなく、実は二番を最も重視しているのかもしれないと勘ぐる妹紅。
「会議に出席させたくないなら、この話を私にしなけれいいでしょ?」
「それだと、我々の否になる。」
「んじゃ、すっぽかせばいいの?」
「それも駄目だ。妹紅に否が出る。」
「私は別に構わないけど?」
「そう言うと思ったが、紫様はそれだけは絶対に駄目だと言い張ってな。」
肩をすくめる藍だが、彼女の言いたいことは解る。謝罪しようとしている相手に否を被せたくはないということだ。
「ならどうすればいい?」
「そこで、だが・・・。」
藍が体ごと妹紅に寄り顔を近づけて耳元で何かを言う。
酒を注いだり、惣菜を出したりしながらも、自然に聞こえてきた二人の会話だが、この部分だけ聞こえず、少し残念なミスティア。
「うわーあんたも鬼ね。」
「生憎キツネだ。」
「そりゃー確かに“私達”の否にはならないけど・・・。」
「どうだ?乗るか?」
「・・・乗るわ。正直私も今は幽々子に会う気はないしね。」
魅魔の件もあり、これ以上は勘弁してほしいと思う妹紅。
「すまんな。これで肩の荷が下りた。」
「こんな事までやらなければならないなんて、紫の式も大変ね。」
「まあな。」
ニヤリと笑い席を立つ藍。
「私の用事は終わった。これで退散しよう。店主、これはお代だ。」
「え?こんなに?いくらなんでも・・・。」
かなりの大金を渡す藍に困るミスティア。
「ミスティア。これが酒代だけではないことは解るな?」
「あ・・・はい・・・えーと・・・毎度有難う御座いました。」
大人しく引き下がりお礼を言ってお代を受け取るミスティア。
「妹紅、屋台全部平らげてもお釣りが来る銭を払ったんだ。今日は好きなだけ飲んでくれ。いいだろ店主?」
「ええ、もちろんです!じゃんじゃん飲んでいってください。」
「明後日の正午に妹紅の家に迎えに来る。ではな。」
「ご馳走様。」
そのまま暖簾をくぐり闇に消える藍。
妹紅は両肘をカウンターに置いて両手でコップを持って酒をチビチビと喉に注ぎながら振り向かず藍を見送った。
この会合はのっけから終始藍のペースだったと振り返る妹紅だが、楽しかったので良しとすることにした。
それと、今回の件で一つ収穫があった。それは酒に酔える身体になっている事が分かった事である。新しい蓬莱の薬の力は任意に身体の状態を維持しなければならない面倒な体質になった反面、アルコールを勝手に分解しなくなった事で、酒に酔う事が出来るようになった。
今までも酔う事は出来たが、分解スピード超えた大量の酒を摂取しなければならないし、例え酔えたとしても非常に短い時間に限られていたのである。
ほろ酔い気分を任意に維持出来る。とても幸せな事である。
永遠亭との戦闘を完勝で終えた妹紅は、竹林の隠れに一度戻り、周囲にいる兎の一匹を捕まえ絞める。
魔理沙の用事の為に一寸立ち寄った隠れ家だが、だいぶ時間が経ってしまった為、そのお詫びといういうわけである。
「お、妹紅!ずいぶん早かったな。」
魔理沙の家に戻った妹紅に開口一番の言葉がこれだが、これは、すぐに戻ると行って家を出た妹紅への皮肉である。
朝食を済ませた朝の9時過ぎに家を出て、戻ってきたのが時計の長針が丁度二周した時である。魔理沙としては貸して貰えるお宝を楽しみにしていだけに、待つ時間も長く思えたのだろう。
「ごめん、ごめん、ちょっと永遠亭の連中に絡まれて・・・これ、遅れたお詫び。」
永遠亭と妹紅が犬猿の仲である事を知っている魔理沙は、半分嘘の言い訳を素直に信じ、お詫びの兎を快く受け取る。
「おお!これは美味そうな兎だな!」
差し出された所々赤い血がついている真っ白な兎を見て思わず喜ぶ魔理沙。
兎は最も陳腐な食材の一つで、満足に米が食えない貧しい家でも兎のおかげで飢えとは無縁である。
「昼食にどう?」
「いいね!あ、でも私、捌けないんだよね・・・。」
「あら、そう?裏に兎の骨とかあったから自炊出来ると思ってた・・・。」
「兎は霊夢に捌いてもらってるんだ。で、料理したのを時々持ってきてくれてさ。裏に捨ててあるのはその時のやつさ。」
「なるほど。」
魔理沙の家の台所と思しきスペースに生活感がないのはあまり料理をしないからである。魔理沙が出来る料理といえば茸料理くらいで、それもそのまま火を通すだけの簡単なものばかりである。
「私さぁ、生の内臓とか見るのも駄目なんよね。」
「意外ね~・・・ふ~ん・・・そうかー・・・そうなんだー・・・。」
妹紅は魔理沙の返答に、最初は意外そうに、そして次第に残念そうに口調を変える。そしておもむろに呪符二枚取り出し分身を出す。
その妹紅の返答の仕方や意味不明の行動に疑問の表情を見せる魔理沙。
「あ、あのー妹紅さん?何で分身に命令を与えて、その分身さん達が私ににじり寄って、両脇をがっちり掴んで動けなくするのですか?」
妹紅が取った行動とその後起こっている状況を実況しながら魔理沙は不満げな声を上げる。
「そうしないと逃げるでしょ?」
「な、何で逃げるのですか?」
嫌な予感がした魔理沙の口調が何故か強張って丁寧になる。
「だって、生の内臓とか嫌いなんでしょ?」
「そ、そうですけど・・・それが何か問題でも?」
ニヤニヤする妹紅と対照的に顔が引きつる魔理沙。そんな魔理沙を面白そうに見ながら妹紅はポケットから小さな木箱を取り出して見せる。
物凄く嫌な予感しかしない魔理沙は、自然に身体がその箱から遠ざかろうとする。しかし、2人の分身はそれを許さない。
「ちょっと、待った!待った!」
そんな魔理沙を楽しそうに見ながら妹紅は手に持った木箱をおもむろに開ける。
「!」
それを見て魔理沙が絶句し、すぐに大声を上げる。
「め、め、め、めめめめめめ、目玉!目玉!」
年期のある木箱の上蓋が空けられると、箱の底に赤い布が敷かれ、その上にたった今くり抜いて来たと思うような生々しい2つの人間と思しき大きさの目玉がそこにあった。
山羊のようにメーメーと叫ぶ魔理沙を尻目に、その目玉の後ろにあるひも状の神経の束をつまんで持ち上げ、意地悪くプラプラと揺らして見せる妹紅。
ひー!という悲鳴を上げて逃れようと全身を悶えさせる魔理沙。
「待った!待った!無理無理無理無理無理!無理だって!頼む!頼む!頼む!」
魔理沙は苦手な生々しい人体の組織を間近でいやらしく見せられギブアップを宣言する。
「これがあなたに貸すと言った属性眼鏡よ?」
それは、属性を見分ける力を生まれつき持った者がその特性を後世に残そうと自らその眼球をくり抜いて作った属性眼鏡である。
「眼鏡?どこが眼鏡だよ!完全に目玉じゃん!」
眼鏡といえばレンズが付いていて耳に掛けて鼻で支える幻想郷にも普及している見慣れた形の眼鏡だとばかり思っていた魔理沙である。
「来るなー!こっちに来ないでくれー!」
目玉を指で摘んでぶら下げてにじり寄る妹紅は意地悪な顔になっていた。
そのぶら下げた生々しい目玉は、魔理沙の目の前に来ると突然意志を持ったようにキョロキョロと動きだす。
それを見て「きゃー」というまるで女の子の様な悲鳴を上げる魔理沙。実際女の子であるが、普段の言動や態度からは想像もできない可愛い声である。
その目玉は、魔理沙の目と視線が合うと今度は魔理沙の目に引き寄せられるように動く。しかし、妹紅につままれている状態なので、それ以上動けずじたばたと空中でもがく目玉。
魔理沙は絶句し、見たくもないのにその目玉に釘付けになってしまう。それを見て妹紅は、そっと指を離した。
妹紅の指から解き放たれ自由を得た目玉は、それを凝視していた魔理沙の右目に飛び込み無理矢理中に入り込もうとする。
今度は「ぎゃー」という絶叫にかわった魔理沙は顔面蒼白になって、「メーメー」と山羊の様に繰り返す。「目」と言っているのはわかるのだが、音としては「メーメー」と聞こえる。
妹紅は分身に命じて魔理沙の拘束を解き自由にする。自由になった魔理沙であるが、その場で立ち尽くし呆然とする。右手で閉じた右目を触ろうとして触れずオロオロとする。
「魔理沙、大丈夫よ。それは、すごくリアルに見えるけど、お化けの様な存在が不透明なもので、今魔理沙の右目に憑依しているの。」
「お、お化け?」
「そう、異物感はもうないでしょ?」
「う、うん・・・。」
魔理沙は恐る恐る右手の指で右の瞼に触れる。目玉が飛び込んで来る時に目玉が奥に押し込まれる不快感が最初はあったが、今はそうした違和感はなくなっている。
「ひ、ひどいよ、妹紅!」
「ごめん、ごめん。でも、内臓とかこういうの苦手なんでしょ?自分でつけてと言っても絶対つけないと思ったから・・・。」
「まー自分でやれといわれたら絶対拒否だけど・・・それにしても・・・妹紅、絶対面白がってやってたよな。」
納得いかず抗議する魔理沙である。
「まーまー、それよりも右目開いてみて。」
妹紅は魔理沙の左目にそっと指を添えて塞ぎ、右目だけ開けるように促す。それに応じて魔理沙は恐る恐るゆっくり右目を開く。
「あ・・・。」
見えないものが見えてしまった時に、無自覚に出してしまう声といった感じだろうか?魔理沙は右目から見えるその不思議な光景に思わず動きが止まる。
「世界が蒼白く見える・・・世界から色が無くなったみたいだ・・・。」
様々な属性が混ざり合って、単一の属性に偏っていないものは基本的に白く見え、単一属性は、火は赤く、水は青く、大気は緑、地は黄色にそれぞれ見えると教えられ納得する魔理沙。
「魔理沙、実験中の検体を見て。」
妹紅に言われて、机に目を向ける魔理沙。
「これは・・・。」
魔理沙の机の上には粉末にしたり煮込んだりと様々な状態に加工した元茸が散在していたが、そのうち単一の属性として色が出ているのは十数個の検体のうち2個しかなかった。
「これと、これが、赤と青になってるな・・・それ以外が白いのは何でだ?」
「恐らく検体にする過程で他の属性が混ざって単一属性ではなくなったからね。器具をしっかり掃除してないとか、途中に別の作業を挟んで酸化してしまったりとか?」
「あー・・・。」
心当たりがありまくりで言い訳が出来ない魔理沙。
「特に酸化はこういう実験の天敵ね。」
何処にでも存在する大気の属性は他の属性と干渉しやすく、検体の保管などは密封するのが基本である。
魔理沙の実験はそうした点が疎かになり、設備等の不備もあるが、やはり誰か指導者がいなければならないだろうと思う妹紅。
能力もやる気もあるこの若い魔法使いをこのまま捨て置くにはもったいないと思う妹紅である。
「茸そのものを見てみたら?」
首を傾げながら何が不味くて今後どうすれば良いかを模索していた魔理沙に声をかける妹紅。妹紅は魔法の茸の不思議な単一属性がどう見えるのか興味があったのだ。
妹紅の求めに応じて机の後ろ椅子の背中側にある大きな作業台の上に幾つも吊されている白い袋の一つをとって、中の茸を作業台にばらまく魔理沙。妹紅はもう一つある属性眼鏡を装着しその茸を見る。
にわかに信じられない事だが、外見的に見分けがつかない魔法の茸は見事に単一の属性に偏り、それぞれの属性の色に綺麗にわかれていた。
これに驚いたのは妹紅よりも魔理沙だった。
「うわっ、マジかよ!」
属性を調べる為に様々な工夫をしてきた魔理沙であったが、この眼鏡一つで簡単に選り分ける事が出来るではないか!
幾つかある茸の保管用の袋は、単なる保管袋ではなく採取地域ごとに区別している。今出した茸は経験から主に水属性が多く取れる採取地のもので、確かに水属性の茸の割合が7割を占めていた。しかし、ここで不思議なのが、2割が火属性なのである。水と火は属性でいえば反対属性で交わらない属性である。割合として含まれる率はもっと低いのかと思ったが、逆の結果になった。
魔理沙は作業台の茸を見ながら腕を組んで必死に何かを考えていた。しかし、しばらくするとがっくりと肩を落として落ち込み始める。
「どうしたの?」
「いやさ・・・だって、こんだけハッキリわかるとさ・・・今まで私何やってきたんだろ・・・ってね。」
魔理沙は不思議な魔法の森の茸に魅せられ、自分なりに研究努力を続けてきた。常識では有り得ない単一属性体である魔法の茸を利用して、様々な効用を引き出しそれを自分の魔法の形としてきた。
その魔法の茸の分別が、いとも簡単に出来てしまうという事は、喜ばしい反面釈然としないものもあるのだ。
「・・・余計な事をしちゃったかしら?」
「いや、全然!全然そんなことないゼ!」
少し気落ちしたような妹紅に両の手のひらを振って見せる魔理沙。
「いや、ホントこれすごいよ。3年分の作業が1分で済むからな。」
妹紅を気づかう様に威勢良くこの眼鏡の凄さを力説する。
「ま、確かに納得いかないところもあるけどさ、それよりもやっぱ劇的に作業時間が早くなりそうで、そっちの方が期待大だゼ!」
最後はニコっと笑って見せる魔理沙である。
「ところで・・・これ左目開けちゃまずいのかな?」
「大丈夫だけど、左右の目で別の絵を見ている様なものだから、まともに見えないと思うわ。両目に入れれば問題ないけど。」
そう言って妹紅が自分に入れた属性眼鏡を取り出し、実際に両目を開けて試してみて目眩を起こし慌てて左目を押さえる魔理沙の右手にそれを握らせる。
「あ、あれ、びちゃびちゃしてると思ったけどそう見えているだけでゴムみたいなんだな・・・。」
内蔵関係が苦手な魔理沙であるが、不意に渡されたので思わず受け取ってしまったグロテスクな目玉の意外なさわり心地に良い意味で驚く。
「目を合わせれば向こうから勝手に入ってくるから。」
半信半疑で目玉を摘んで瞳の側を自分の顔に向ける魔理沙。
「うわ!」
手からスポンと飛び出したその属性眼鏡はそのまま魔理沙の目の中に飛び込む。
「うわあああああぁああああぁぁぁああ!」
入る時に目玉がぷるぷる震えてその感覚が気持ち悪い・・・というよりむしろ気持ちが良い。さっきは恐怖心が勝ってそんな感覚を味わう余裕がなかったが、今は背筋がゾクゾクしてある意味快感である。
「両目を使うメリットは、片方を閉じなくていいことと、属性の有無以外に強さが視覚的に判断出来る事よ。」
「片目の時よりやっぱ見易いな。それに駄目になった検体も白く輝いて見えるようになったぞ。」
後ろにいた妹紅から目玉を渡され振り向き、その妹紅の後ろにある机の上の魔法の茸から抽出した検体が目に飛び込み、そちらに関心を寄せる魔理沙は、そのまま机に歩み寄って並んでいる十数個の検体を見比べる。
「属性が混ざり合って色が無くなっても、属性が消えて無くなるわけじゃないからね。元々強い属性を持っているから強く光って見えるのよ。」
「と言うことは・・・。」
魔理沙は机と背中合わせの位置にある作業台に振り向く。
「おお、すげー濃い色になってるな。」
蒼白い世界の中に一際目立つ水属性を示す青々とした色の塊。その中に赤、そして緑と黄色が少々。
「ん?」
そこで魔理沙は気付いた。
「何?」
「属性の強さが分かるっていったよな?」
「ええ。」
「この茸全部同じなんだけど・・・。」
「そんことはないでしょ?人工物ならともかく自然にあるものは、どれも同じになることなんてないわ。」
「いやでも・・・。」
魔理沙は水属性の青い茸を一山にまとめながら、そうしているうちに山が全部青一色にかわり茸一つ一つがみわけが付かなくなっていることに気付いたのである。
一つ一つ属性の強さに違いがあれば、一つの山になったとしても色に斑が出来るはずである。しかし、綺麗に同じ青一色の一塊りの山になってしまったのだ。
「おかしいわね・・・・ちょっと魔理沙こっち見て。」
妹紅の呼びかけに振り向いた魔理沙は、白い妹紅のシルエットが左右の人指し指を立てている事に気付く。そしてその指先が赤く色が付いているのが分かった。
「どっちが赤い?」
妹紅は指先からそれぞれ強さの違う炎を出し、属性濃度の感知に問題がないかをチェックする。
「こっちのがすげー濃い赤だな。」
魔理沙は指を差して妹紅の右手、魔理沙から向かって左を指摘した。
「正常ね・・・ちょっと貸して。」
「あ、ああ、ちょっと待って・・・あ、あれ?」
妹紅が属性眼鏡を返すように要求し、魔理沙はすぐにそれに応じようとしたが取り出し方を知らない事に気付く。
「あ、えーと、瞼を指で少し強めに押してみて。そうそう、眉毛の下の骨と目玉の境界あたり・・・。」
「こうか・・・ぬわああああぁぁぁ!」
妹紅に言われた通り、瞼の押した魔理沙はそこでまた悲鳴をあげた。押した瞬間目玉がにゅるんと回転し、先程妹紅が摘んでいた眼球の後ろについているひも状の神経組織が外に飛び出してきたのである。
想定していなかった事態にあたふたとする魔理沙の目から飛び出しているひも状のものを摘んだ妹紅はそのまま引っ張って属性眼鏡を抜き取った。その抜き取った時の感触が気持ち悪かったのか気持ち良かったのか魔理沙が変な声を上げた。
要領がわかった魔理沙は残った左目を自力で取ってみる。出てきたひも状のものを摘み、ゆっくりと引き出す魔理沙は「おおおおお」と興奮した声を出しながら顔を紅潮させそれを抜き出した。
妹紅は、自分で無理矢理魔理沙から抜いた目玉を右目に入れながら、魔理沙が変な性癖に目覚めないか心配する。そして、「ふぅ~」と息を吐いて、名残惜しそうな表情で左目を妹紅に渡す魔理沙。
「やばいなコレ。癖になりそう。」
どうやら妹紅の心配は現実になりそうである。
「やれやれ・・・。」
実は自分も身に覚えがある事で責められない妹紅は、気を取り直して魔理沙から渡された目玉を入れる。そして茸を見る。
「・・・ほんとだわ・・・信じられない・・・。」
妹紅はこの眼鏡を使って来て初めて見る現象に戸惑う。世紀の大発見と言うのは大げさかもしれないが、自然界の物がここまで誤差が無く同じ属性になることは考えられない。これは、例えば、この世に全く同じ人間が大量にいるのと同じ事になるのだ。
月の科学力を以てすれば簡単かもしれないが、それはあくまでも人工物であって自然物ではない。
腕組みをして首を傾げる妹紅の袖を引っ張って属性眼鏡を要求する魔理沙に応じながら、横で上がる奇声を聞きながら自分の裸眼でもう一度魔法の茸を見る。
魔法の茸自体、見たこともない色と模様をしており、ある意味作り物とも見える綺麗な形をしている。
「これって、作りものなのかな?」
妹紅の言いたい事を魔理沙が代弁する。
「魔理沙もそう思う?」
「うん、この森自体も少し違うんだよね。何て言うかさ、自然を装っている・・・みたいな?」
魔理沙も妹紅もこの事実に驚いたが、その現実の受け入れは魔理沙の方が早かった。やっぱりという感じで前々からそんな事を漠然と考えていたようだ。
魔法の森は大陸の西端、ヨーロッパと呼ばれる地方の様々な場所から寄せ集めて作られた森でる。言ってみれば人工物であり、そこに生えている茸が人工物である可能性はゼロではないだろう。
意図してそうしたのか?図らずもそうなってしまったという可能性もある。幻想郷の創設者の八雲紫も、もしかしたらこのことをしらないのかもしれない。
それと同時に妹紅は、今回の異変との絡みも模索し、一応頭に入れておく事にした。
その後、生々しい目玉にすっかれ馴れてしまった魔理沙に、兎の解体方を実演して教えながら、それを料理し昼食として美味しく戴く。
残った肉は霊夢にお裾分けついでに晩飯を一緒にあずかるようアドバイスし、妹紅は午後から約束があると暇を乞う。
去り際に妹紅は魔理沙に神妙な面持ちで話しはじめる。
「この属性眼鏡は、その能力を持っている人の目をくりぬき、念を込めて道具として使える様にして、その人は亡くなったのよ。」
この素晴らしい力はその一族の家宝となったが、これを我が物にしようと親戚縁者、更に他の一族も巻き込み骨肉の争いを生じさせた。この時期、族長の後見人つまり実質トップになっていた妹紅は、この争いの種を一時預かり仲裁した。しかし、一族の有力者が多数暗殺されたことで一族全体が弱体化し、家を保つ事が出来ず没落し、この属性眼鏡は妹紅が管理する事になった。
妖術使いの里、岩老郷は様々な妖術の系統を一子相伝で受け継ぐ複数一族の集合体で、それらは里の名前とは裏腹に決して一枚岩というものではなく基本的に仲が悪かった。
妹紅が台頭し、中立の立場で全体をまとめ始めた時期が、岩老郷の全盛期ともいえるが、信任の厚い妹紅は多くの預かり物を管理していたのである。
里が解体される際、そのほとんどは一族に返却されたが、その頃に没落して消えた一族が複数存在しており、それらの品物はすべて妹紅が引き継いだ。その中の一つがこの属性眼鏡である。
「その眼鏡は生きている。決して粗末に扱っては駄目よ?」
「・・・うん。」
「それから、この眼鏡はその素晴らしい性能から皆が欲しがり、そこで大きな争い事に発展したの。この眼鏡の存在が幻想郷に知れ渡ればどうなるか・・・魔理沙ならわかるわね?」
「うん。」
「決してその存在を教えては駄目。他人の前で使っては駄目。いいわね?」
「分かった。約束する・・・ありがとう妹紅。」
この属性眼鏡は妹紅が思っている以上に魔理沙にとってとても重要なものなのである。どれ程の苦労が緩和され、どれ程の時間が節約出来る事か・・・。魔理沙にとって革命的な道具なのである。
「あなたは、どこか放っておけないのよね・・・。」
魅魔の秘密を知る前から魔理沙という存在は他の者とは違う印象を覚えていた妹紅。これも何かの縁、異変の有無や結果にかかわらず、この縁は大切にしていこうと思う妹紅である。
そして、この属性眼鏡によって、霧雨魔理沙は後に大変な事をしでかすのであるが、それはまた別の話である。
八雲藍と会うのは日没以降で、それまで特に用事はなかったのだが、兎に角今は頭の中を整理したい衝動を抑えられず、静かな場所で一人になりたかった。
妹紅は自宅に戻ると幽香のおかえりなさいという挨拶に素っ気なく答えてそのまま縁側に仰向けになり両手を頭の後ろで組んで、曲げた左膝の上に右足を載せた。
何か言いたそうな幽香だったが、妹紅の「話しかけないでオーラ」を敏感に察知して眺めるだけで話しかけない。
幽香はこちらに対してそれなりに感謝している事を知っているし、妖怪であっても幽香ぐらいになれ遠慮は知っているだろう。完全に一人になれる場所は永遠亭の一画に割り当てられた自分の部屋があるが、今は行く気分になれない。人里離れれば一人になれるかというとそういうものでもない。不死身となり自分が普通ではないと知ってから人間の世界から遠ざかろうと山奥に逃げた妹紅は、そこで様々な人外の存在を見た。ここ幻想郷でも同じ。仇敵である永遠亭と隣接して暮らしていたのは、竹林以外に一人静かに過ごせる場所が他になかったからである。
人間の里に近い藤原邸は、お化け屋敷として人々から遠い存在になっており、さらに、となりに風見幽香という魔除けがいる。幻想郷のあらゆる存在が今一番近付きたくない場所が此処だろう。
幽香がじっとこちらを観察している様子を感じながら、完全に無視して思考に没頭する妹紅。
二日前に博麗神社に行き、そこで妖怪、鬼、九尾などを巻き込んだ岩老刀の事件が発生。その後妹紅は八雲紫の妹藍の隔離世界で過ごし、変態して妖力が爆発的に上昇してしまった。
それを静める為に永遠亭に向かい結局そこでは何も起こらず、そのまま帰宅して朝までかかって妖気を静め、その間に慧音の態度の変化に着目して早朝彼女にそれを問い正そうとしてそこで離別した。
その後、自分の能力を確かめるついでに幽香の傷を治療し、その後、身に付けていた呪符が全て使い物にならなくなってしまったことを知り、物資を補充するために幽香の案内でマルキと香霖堂、そして霧雨魔理沙と再会する。
魔理沙から感じる異様な感覚に調査を始めると魅魔が出現。そこで様々な秘密を知り、魅魔という賢者を味方につけた。
博麗神社から始まった事件から2回目の朝を迎え、妹紅は魔理沙との交友を深める為に、大切なお宝を貸し与える約束をし、自宅を経由して隠れ家に向かうその自宅で橙の来訪を受けて九尾の藍と面会する約束をする。
隠れ家に行くと今度は永遠亭の襲撃を受けて壮絶な死闘に勝利し、その足で約束の品を持って魔理沙の家に行き、そこから自宅に戻ったのが今である。
振り返るとここ2日寝ていない事に気付く。
不死身となって以降、空腹や睡眠不足で死ぬ事はないが、そうした状態が長時間続けば精神的にきつくなる。適度に食べて、適度に寝るといったある程度人間らしい規則正しい生活をしておかないといざという時に頭も身体も動きが鈍る。
妹紅は縁側に寝ころんでしまったのが運の尽きか、色々考えようと思ったものの、あっという間に眠りに落ちてしまった。
風見幽香は、最初から昼寝に来たと思っていたので特に何も言わず、無警戒の可愛らしい妹紅の寝顔を楽しんでいた。
こんなにぐっすり寝たのは何年、いや何百年ぶりだろうか?
風見幽香に揺り起こされてた妹紅は、どこか別の世界で何か別の生き物にでも生まれ変わったかのように軽くなった身体に現実感がなく、しばらく呆けていた。
「日没よ?これから屋台に飲みにいくんでしょ?」
上半身を起こし半開きの目でまだ半分寝ている様な状態の妹紅は、訳が分からず目を擦りながら周囲をキョロキョロする。
凄腕の妖術使いらしからぬその無防備な妹紅を見て思わずおかしくなってクスクス笑う幽香。
「幽香・・・か・・・ん?あれ?」
ようやく状況を理解し今自分が何処にいて何をすべきかを思い出す妹紅。あーっという叫び声と共に勢いよく立ちあがり、どの位時間が経過したか幽香に尋ねる妹紅。
「今、ちょうど日没よ。昼過ぎに戻ってきたからせいぜいそのくらいの時間しか経ってないでしょ?」
「ということは・・・5時間ってところか・・・。」
あまりにも身体が軽くスッキリしているため、数日眠っていたような錯覚を覚える妹紅は、ひとまず安心して腰を下ろし大きく息を吐いて全身を使って溜め息を着く。そして、幽香を訝しげに見る。
「何も悪戯なんかしてないわよ。」
「そうじゃなくて、寝るような術とかかけた?」
「寝る術は確かに使えるけど、あなたにバレずに掛けられるとは思えないわね。寝ころんですぐ寝たから昼寝にきたとばかり思ってたけど・・・。」
「・・・。」
妹紅は幽香の顔を見ながら嘘はついていないと見る。しかし、何故こんな場所で熟睡してしまったのだろうか?いくら疲れているといっても妖怪の前で寝てしまうなど妖の狩人としては面目が立たない失態である。
妹紅は無意識のうちに風見幽香を信用している自分に気付くと同時に、彼女の周囲が幻想郷に於いて極めて安全な場所である事も理解する。
「(やれやれ・・・私も妖怪に魅せられたか・・・。)」
八雲紫や伊吹萃香を身内の様に扱う博麗霊夢の心配をしている場合ではない。自分も妖怪に魅せられていることを自覚する妹紅。
「さて、そろそろ行くか・・・。」
日没といってもすぐに暗くなるわけではない。しかし、少し話している僅かな時間でも薄闇がどんどんと拡がっていく。屋台まで歩いて行けば、ちょうどよく周囲は真っ暗になっている事だろうか。
「行ってらっしゃい。がんばってね。」
貧乏くじを引いて苦労事を押し付けられた運の悪い相手に対して見せる様な嫌みっぽい作り笑顔で妹紅を見送る幽香。九尾とサシで飲むなどどう見ても罰ゲームである。
それを理解して肩をすくめて見せる妹紅。
「幽香・・・終わったら迎えに来るわ。」
そう言って背を向ける妹紅。
「ええ。」
「・・・それと・・・今日はありがとね。」
「?」
飛ばずにそのまま玄関先の門の方に歩いていく妹紅の最後のお礼の意味が理解出来ない幽香。
「ほんと人間は何考えているのかわからないわね・・・。」
それでも、お礼を言われて悪い気はしない幽香である。
短時間ではあったがぐっすり熟睡できた妹紅は、身体も頭の中もスッキリしてとても気分が良かった。
一時も無駄にしたくないと思考に費やそうとした約束までの時間であったが、それに引き替えても十分すぎる気力の充実感である。
寝れば悪夢ばかり見る妹紅は、何時しか熟睡出来ない身体になっていた。普通の人間なら気が狂う様な状況であっても、人間のまま肉体も精神も維持出来たのは、藍に貰ったリボンのおかげだろう。これが無ければとっくの昔に羅刹になっていた。
その羅刹も自分が強くなりすぎた事で、自力で押さえ込むことが出来るようになり、更にそれを道具として利用出来るようになれた事を、先程の永琳との戦闘で証明出来た。
強くなった先に何が残されているのか分からないが、もはやこの歩みは止められない。限界まで強くなれば自然の法則とやらが働いて、それを滅ぼす使命を帯びた正義の味方が現れるかもしれない。そんな事を冗談交じりに考える妹紅だが、運命を利用すればあるいは簡単に死ぬ事ができるのではないだろうか。
しかし、今の妹紅は死ぬつもりは全くなかった。
妹紅は、慧音の居る里を避けるように藤原邸を道沿いではなく、そのまま東進し水田地帯の外側に築いている里と外の境界を示す土嚢の更に外側に出て、そのまま東から緩く北側にカーブする土嚢沿いに歩き、里の東門から東に真っ直ぐ魔法の森沿いに神社の建つ本陣山の麓まで伸びる街道に出た。
この街道をさらに東に進むと太陽の畑に向かう道に分かれる三叉路があり、その付近で屋台を見たのを覚えている妹紅は誰も通らない街道を一人東進する。
この時間になるととっぷりと陽も落ちて、闇夜となった空には星々と妖怪や妖精、更に幽霊などが発する光で賑わうようになる。幻想郷にとって夜こそが最も賑わう時間なのだ。
瞳孔を調節すれば夜目もある程度利く妹紅であるが、屋台の発する赤提灯を目印にするため裸眼のまま暗い夜道を歩く。光がないと夜道などまともに歩けないが手に乗るような小さな妖精がそこかしこに飛び回っているので、周囲が朧気に見えて道を逸れて躓いて転ぶ心配はない。
この小さな妖精達も異変を感じれば凶暴化し道行く者を無差別に襲うようになるのだから不思議である。
三叉路に差し掛かるが、屋台らしきものは見当たらない。太陽に畑に向かう南に伸びる道の先に不自然な光を発見した妹紅はとりあえずそちらに向かう事にした。
しばらく進むとその不自然に見えた光の正体は四角い構造物の窓の様な部分から洩れる光だった。更に近付いた妹紅はそれが屋台だとはっきり確認出来、明かりが灯っていない赤提灯も発見出来た。
赤提灯が灯っていないということはまだ店が開いていないという事だろう。人間の時間で言えば決して早い時間ではないと思うが、妖怪の感覚だとまだ早いということだろうか。
待たせてもらう分には構わないと思った妹紅は、そのまま屋台に向かった。
特にそうしようと思ってそうしたわけではないが、いつもの癖で足音を立てず忍び足で屋台に近付く妹紅。
店主の名前はミスティア・ローレライ。不死人狩りで何度か戦っており、名前から外来の妖怪と思われる。夜雀という種に勝手に分類されているようだが単独行動型で群れない。どうみても雀が原型の妖怪ではない。
屋台の店主の姿がはっきり見える距離まで近付いた妹紅だが、手持ち無沙汰という状況のお手本のような退屈そうな顔で、なかなか来ない待ち合わせの相手を待っているといった様子というのがその感想である。
「(ああ、そうか。)」
藍がここを指定してきたということは、事前に貸切の予約を入れていて提灯を出せず、店主は何時来るか分からない誰かを待ち惚けているというわけである。
「(時間の指定してなかったからね・・・でも、どうしよう。この調子だと私が来る事も知らないかも・・・。ま、いっか。)」
考えても仕方がないので、妹紅は「うなぎ」と書いている暖簾を潜る。
「こんばんわ。」
「あ、お客さん、今日はかし・・・ああっ!」
貸切と言おうとしたのだろうが、藤原妹紅という存在を認識してから急に態度が変わり座っている椅子から立ちあがり急に大声をあげる店主のミスティア・ローレライ。
「あ、あ、あの、えーと、その、え?え?え?」
挙動不審の店主を不思議そうに見やる妹紅だが、この様な態度を取られる事に身に覚えがない。こういう時は自分ではなく、後ろに誰かが居て、その者に慌てているのだろうと思い振り向く。
暖簾で顔は見えないが視界の専有面積が異常に広い独特のシルエットを持つ妖怪が立っている事に気付く。
「(なるほど、藍を見て驚いたのか・・・あれ?でも、貸し切ったのは藍だし、別に驚く事ないと思うけど・・・。)」
妹紅は何が何だかわからず、暖簾を押して入ってくる九本の尻尾を持つ妖怪の出方を警戒しながら待つ。
「随分早い登場だな・・・。」
妹紅が来たタイミングに合わせてほぼ同時に来たわけで、それはこっちのセリフだと思う妹紅。
「お腹が空いたからね。」
「なるほど、里はちょうど晩飯時か・・・店主、酒と・・・妹紅に適当に腹に溜まるものを。」
「え?は、はい、ただいま!」
藍に言われて店主は驚いた表情から我に返り、そそくさと2つのガラスコップに酒を注ぎ差し出すと、下ごしらえを既に済ませていたうなぎの蒲焼きを焼き始める。
妹紅は、人間の様に商売をする目の前の妖怪を不思議そうに見ながら、その妖怪がしきりにこちらを気にしながらチラ見している事に気付く。
「(私を見てるのか・・・そんなに珍しいかな?)」
屋台の客層がどんなものかはわからないが、確かに初めて来るわけだから珍しいのは分からないでもない。でも、何というかソワソワしているというか、物珍しさでこちらを気にしている感じではない。
「店主、私の顔に何かついてる?」
その疑問を率直に尋ねる妹紅。
「え?あ、いや、別に・・・。」
しどろもどろになるミスティア。
「店主、聞きたい事があったら遠慮無く聞いみたらどうだ?」
妹紅は藍の口振りから、この二人がグルになって何かをしてくると警戒した。
屋台を貸し切った藍からのお墨付きを得たミスティアは、客を相手する下手な態度から一転、強い意思を持った一人の妖怪の表情に変わる。
「あ、あのですね。あなたは、何故何もしなかったのですか?」
一瞬何を言っているのか分からずキョトンとする妹紅に、藍がフォローを入れる。
「不死人狩りの事だ。」
「ああ、あれか・・・藍、そんなことを言わせるためにわざわざ屋台を選んだの?聞きたければ直接聞いたらどう?」
「私は別にそのことを聞きたいわけではない。だが、これは紫様の問題とも重なるし、第三者から直接話が出なければお前は恐らくずっと不死人狩りの事を大した事ではないと思い続けていまいそうだからな。」
「・・・何を言っているのかさっぱりだわ。」
藍の説明の仕方は何となく分かるものの、大事なところをしっかり説明していないので結局何をしたいのか、何をさせたいのか見えてこない妹紅である。
「あなたはあの戦いで誰も傷つけなかった・・・私は幻想郷から排除すべき悪い人間がいると聞いて討伐に参加したけれど・・・あなたは、全然悪い人ではなかった・・・。みんな戦っている内に疑問になって、だんだん戦いから身を引いていきました。」
「私には戦う理由が無かったわ。」
「あれだけ殺されれば、理由は出来るでしょう?」
妹紅の素っ気ない返答に怒りを覚えるように強い口調になるミスティア。
「妖怪には戦う者としてのプライドはある。」
そこに藍が口を挟む。強者の無抵抗主義は人間にとっては美徳でも、妖怪にとってはそうではない。寧ろ屈辱を与えるものだ。スペルカードルールにおいても弱者の挑戦は特別な理由がないかぎり応じなければならないと、わざわざ明文化しているように、これは戦いに置いて重要なことなのである。
「そうね、それをわかっていたから何もしなかった。もし反撃して誰かを傷つければ、本当に罪人になってしまうしね・・・。」
「あの不死人狩りは、はっきり言うと紫様の致命的なミスだ。もし、妹紅が普通に戦って双方に被害が出るような戦いになっていれば、ミスティアだって他の妖怪だって疑問を持たず今も悪人としての妹紅の討伐を行っているかもしれない。永遠亭側の策略にまんまとはまった事を言い訳にするのもみっともないし、紫様は事の鎮圧に、私や幽香、その他幻想郷の部外者である、西行寺幽々子や四季映姫らも動員しようとしていたのだ。」
「ほんとか?」
「吸血鬼にも打診して鎮圧に助力を乞うところまで話がすすむ前に、何故か潮が引くように事態が収まった。誰の梃子入れも無しにな。紫様は下げたくもない頭を下げる必要が無くなり面目が保たれた。この事がどれほどのインパクトを紫様に与えたと思う?」
「・・・なぁ、ミスティア?」
「はい。」
「あの件で私が一方的に損をしているように皆思っているようだけど、それは違う。」
「え?」
「ほぅ?」
「ミスティアは単独妖怪だからわからないと思うけど、群れる妖怪達を利用して、永遠亭内部に連中を誘導して中で暴れ回って復讐の道具に妖怪達を利用していたんだよ。」
「永遠亭は向こうで道を閉ざすと私でも見つける事は出来ないぞ。隙間が開かない場所が多いしよくその場所がわかるな。」
「竹林在住暦は長いからどこから入ってもどっちにどのくらい歩けば永遠亭にたどりつくか分かるわ。カモフラージュされていても、場所が変わるわけはないからね。」
「なるほど・・・。」
「そうやって永遠亭の連中を追いつめて向こうから頭を下げさせた。私としては損したことよりも得した事が多いくらいなのよ。だから気にする事はないわミスティア。」
「・・・そうだったんですね・・・でも・・・ごめんなさい。」
ミスティアは色々と事情を聞いたがやはり最後は謝罪をした。妖怪が謝罪するのはよっぽどの事である。
プライドの高い妖怪としては、不死人狩りに参加してしまった言は、ある意味自分の経歴に傷を付けたようなもので、その傷を修復するにはどうしても謝らなければならないのである。
そのミスティアの謝罪を聞いた藍は、コップの酒を一気に喉に流し込んで、話を変える合図とした。
「今回起こそうとする異変の発端もこの不死人狩りでな・・・。」
妹紅はそこまでしゃべる藍に目配せして、ミスティアの前でいいのか?と無言で訴える。
「屋台の店主たるもの、客の話を口外しないものだ。な、ミスティア。」
ギロリと睨まれた店主が硬直して背筋を伸ばす。
「も、もちろんです。」
「ま、話がもれたとしても、周囲のリアクションを見て連中の立場も見えてくるかもしれないしな。ま、どちらにしても話がもれれば屋台は終いだ。」
「焼き鳥なら得意よ。」
「ひー!勘弁してくださいよ!絶対に口外しませんから!」
二人の強者を前にして生きた心地がしないミスティアである。
「で、その発端がなに?」
すべて承知の上でこの場所を選んでいると分かって、話の続きを促す妹紅。
「お前に興味を持った紫様は、それと同時にこの不死人狩りについて正式に謝罪をしたかったのだ。」
「謝罪?」
「先日、博麗神社に呼んだ・・・と、言うより来るように仕向けたわけだが、あれは今回の異変を共同でやる上での話し合いをする前に正式な謝罪、それも土下座謝罪をするつもりで呼んだものだったのだ。」
「はぁ?」
妹紅はその話を聞いて、先日の博麗神社の件を思い出す。あの時向こうが何かを言う前に、無条件で八雲紫に従うと名言した。
あっと驚くであろう土下座謝罪というサプライズを用意していた紫に対して、妹紅の取った行動は次に話が続く流れを断ち切る、何でも言うことを聞くという下僕宣言である。
妹紅はその時の様子を思い出し、突然込み上げる笑いに絶えられず、口に酒を含んだ酒をコップに吐き戻して大笑いする。
「今世紀最大の笑い話だったな。」
横で腹を押さえて笑いを堪えるのに失敗した妹紅を横目に、藍も堪えられず声を出して笑う。紫の後ろにいた藍はその表情を見ることは出来なかったが、どんな顔をしていたかは想像がつく。
「何であの時怒ったのかわからなかったけど、そりゃー怒るわ。あはは・・・」
妹紅との会見を行う前に、意図的に悪い印象を与えておき、会見において不意打ちの様に謝罪する事で相手の感情をひっくり返す・・・という腹づもりだったらしい。
会見の前の妹紅の感情を変えたのは慧音の仕業であるが、まさかこんな結果になっていたとは本人も想像していなかっただろう。そして、その慧音とは離別しているのだから、先がどうなるのか分からないものである。
「萃香は事の前後を知らないから怒った紫様を真顔で叱るし、私も笑いを堪えるのに必死だった。」
二人の強者が爆笑している珍しい光景を見ながら、藤原妹紅が八雲藍と対等に話している姿を興味津々に見やるミスティア。先程までの負の感情は消え、それとは正反対の別の感情が妹紅に対して向けられるようになっていた。
「ミスティアに限った事ではないが、多くの妖怪がお前を密かに注目していることは忘れない事だな。」
藍はそう言って懐から紫色の綺麗な風呂敷を妹紅に差し出した。
「これは?」
「ここに来る前に紫様から預かってきたものだ。謝罪の手紙だそうだ。」
「今後の予定表とかじゃないのね?」
「うむ・・・で、その事なんだが、今までは紫様の用事で、これからは私の用事だ。」
「手紙渡すだけに随分と時間をかけたわね。」
「せっかくの場だ興が必要だと思ってな。」
手紙を渡すだけの事なら1分とかからないわけだが、妹紅に一言あったミスティアを利用するために屋台をセッティングし、紫がどれほど不死人狩りについて申し訳なく思っているかを演出し印象づける藍に、半分呆れ、半分感心する妹紅。
「それで、藍の用事って?」
「三日後・・・今日も入れてだから、明日、明後日だな。三賢者会議が召集される。」
「三賢者会議?」
初めて聞く言葉である。
「神主不在の今、幻想郷の取り決めを幻想郷外の有識者を集めて執り行っている。」
「それが三賢者会議か・・・。」
「うむ。いつもなら閻魔の四季映姫が召集するのだが・・・。」
「閻魔が賢者なんて世も末ね。」
「ふふ、なるほど、妹紅は分かっているな。お地蔵様ごときが賢者を名乗る資格は無いが、やつには利用価値があるからな。有効に利用させてもらっている。」
「利用価値?」
「王と呼べる権力者がいない里の法の下支えだ。」
「なるほど。」
幻想郷を担当する閻魔、四季映姫は時々幻想郷の里に下りてきては説教などをしていくが、その閻魔に強い妖怪達が一目置く態度を示す事で、人間達が閻魔を畏れるようになる。それなりに強い閻魔なので、里の防護にも利用出来、幻想郷を管理する側にしてみれば一石二鳥である。
「映姫は頻繁に会議を招集して正直鬱陶しいのだが、今回映姫ではなく西行寺幽々子が召集したのだ。」
「西行寺・・・幽々子か・・・。」
小姓を従え不死人狩りの極々初期に戦った事があるかなりの手練れだ。無条件に相手を殺す能力を持っているが、死から見放された妹紅にとってその能力は意味がないので、それほど怖いという印象はなかった。
「結論から言うと、この会議に出席してほしくないということだ。」
「・・・。」
何故かと言い返さない妹紅。
「我々の考えている事はだいたいわかるだろ?」
「・・・おかしな因縁をふやしたくない?」
「それが一番だな。」
「二番は?」
一番ということは二番、三番があるような言い方である。
「紫様と妹紅は正式に友好関係が成立したわけではない。要するにだ、自分が仲良くなる前に幽々子に仲良しになられたくないという事だな。」
「はぁ?何それ?」
冗談の様な話を真顔で言う藍に思わず鼻白む妹紅。
「先程の話と無関係ではない。皆お前に興味を持っている。機会があれば、ミスティアのように直接疑問をぶつけたいと思っているのさ。」
妹紅は幽々子の力が及ばない蓬莱人であり、唯一幽々子の天敵だ。その幽々子が不死人狩りですぐに身を引いたのは、そのことを知り身の危険を感じたからだろうか?
不老不死など半信半疑で勢いで戦闘に参加し敵対してしまったものの、不老不死が事実で唯一の天敵を見出した恐怖が幽々子を走らせたとするなら、どうにか和解の機会を作りたいと、紫と同じ様な心境に陥ったのかも知れない。
「・・・。」
藍の話は一理あると思う。しかし、紫の事だから一番ではなく、実は二番を最も重視しているのかもしれないと勘ぐる妹紅。
「会議に出席させたくないなら、この話を私にしなけれいいでしょ?」
「それだと、我々の否になる。」
「んじゃ、すっぽかせばいいの?」
「それも駄目だ。妹紅に否が出る。」
「私は別に構わないけど?」
「そう言うと思ったが、紫様はそれだけは絶対に駄目だと言い張ってな。」
肩をすくめる藍だが、彼女の言いたいことは解る。謝罪しようとしている相手に否を被せたくはないということだ。
「ならどうすればいい?」
「そこで、だが・・・。」
藍が体ごと妹紅に寄り顔を近づけて耳元で何かを言う。
酒を注いだり、惣菜を出したりしながらも、自然に聞こえてきた二人の会話だが、この部分だけ聞こえず、少し残念なミスティア。
「うわーあんたも鬼ね。」
「生憎キツネだ。」
「そりゃー確かに“私達”の否にはならないけど・・・。」
「どうだ?乗るか?」
「・・・乗るわ。正直私も今は幽々子に会う気はないしね。」
魅魔の件もあり、これ以上は勘弁してほしいと思う妹紅。
「すまんな。これで肩の荷が下りた。」
「こんな事までやらなければならないなんて、紫の式も大変ね。」
「まあな。」
ニヤリと笑い席を立つ藍。
「私の用事は終わった。これで退散しよう。店主、これはお代だ。」
「え?こんなに?いくらなんでも・・・。」
かなりの大金を渡す藍に困るミスティア。
「ミスティア。これが酒代だけではないことは解るな?」
「あ・・・はい・・・えーと・・・毎度有難う御座いました。」
大人しく引き下がりお礼を言ってお代を受け取るミスティア。
「妹紅、屋台全部平らげてもお釣りが来る銭を払ったんだ。今日は好きなだけ飲んでくれ。いいだろ店主?」
「ええ、もちろんです!じゃんじゃん飲んでいってください。」
「明後日の正午に妹紅の家に迎えに来る。ではな。」
「ご馳走様。」
そのまま暖簾をくぐり闇に消える藍。
妹紅は両肘をカウンターに置いて両手でコップを持って酒をチビチビと喉に注ぎながら振り向かず藍を見送った。
この会合はのっけから終始藍のペースだったと振り返る妹紅だが、楽しかったので良しとすることにした。
それと、今回の件で一つ収穫があった。それは酒に酔える身体になっている事が分かった事である。新しい蓬莱の薬の力は任意に身体の状態を維持しなければならない面倒な体質になった反面、アルコールを勝手に分解しなくなった事で、酒に酔う事が出来るようになった。
今までも酔う事は出来たが、分解スピード超えた大量の酒を摂取しなければならないし、例え酔えたとしても非常に短い時間に限られていたのである。
ほろ酔い気分を任意に維持出来る。とても幸せな事である。