東方不死死 第28章 「不死身対無敵」


 妹紅が永琳の過剰なまでの回避行動を封じる作戦を思いついた頃、その永琳は無数の妹紅を同時にターゲットしてしまう深刻なエラーを、センサーの効果範囲を狭める事で回避していた。
 永琳のセンサーは、永琳個人だけはなく戦場空き地を構成するフィールドと連動しているので、常に全域に神経が行き届いているようなものである。それを回避するために、戦場空き地との連動を一旦切り離し、永琳を中心とする一定の範囲だけにセンサーが働くように効果範囲を絞り込み、自分に向かってくる妹紅一人をターゲット出来るようにプログラムを修正した。幸いな事に妹紅は一騎打ちという人間らしい愚かな戦術を取っており、他の分身は永琳らの戦闘範囲に入ってこない。
 これによって同時ターゲットエラーは消えたが問題が一つ出た。それは『鳥かご』の発動に制限が出てしまうことである。この『鳥かご』というのは、妹紅の言うところの『満月殺陣』の事で、不死鳥の檻という意味で永琳はそう命名していた。妹紅を対等の敵とみなしていない永琳としては、満月殺陣のような仰々しい名前を付ける事も面倒くさかったので、このようなつまらない名前となった。
 戦場空き地全体を覆うフィールドは永琳の完全支配下にあって、その中にあるものは永琳が全て操作出来る。適当に撃った矢弾も、指定したターゲットに必ず命中するように誘導される仕組みで、『鳥かご』の際に撃ち込むトリガー弾も対象を直接狙わなくても適当に撃つだけでよかった。
 フィールドとの連動を切ったということは自動追尾機能も効かなくなるということで、この場合、鳥かごを発動させるには、トリガー弾を直接妹紅に撃ち込まなければならない。これはかなり難しい事で、動きが止まるような大きな隙を見せない限りまず当てることは出来ないだろう。
 永琳は妹紅にやられっぱなしになりながらもカウンターの隙を虎視眈々と狙い、そして妹紅はこの時わざと隙を見せようと同じくその機会を狙っていた。


 カウンターを狙う以上永琳の作戦は待ちである。戦闘の流れの中で妹紅の何らかの大技を待つしかない。しかし、妹紅がこちらの要求通り大技を出してくれるかどうかは分からない。妹紅を過小評価している永淋は、妹紅にそんなことが出来るとは考えていなかった。しかし、永琳がそうやって妹紅を見下した瞬間、妹紅は今までとは違う動きを見せた。
 無色透明だった妹紅の翼が虹色の美しい炎の翼に変わり、その翼の先端が枝分かれし砲身の様に細長く伸び妹紅の前方にいる永琳の方を向く。12本の翼の砲身が妹紅を中心に時計の文字盤と同じ位置に綺麗に揃う。
「(なるほど・・・妹紅にしては良く思いついたわね。)」
 次の瞬間、永琳の予想通りその翼の砲身から熱線が放たれる。熱線は直進するのではなく、やや外側に開くように放物線を描いてそのまま永琳を飛び越し、その後方で12本の熱線が一点に集束する。
 楕円形の炎の鳥かごに捕らわれた永琳だが、妹紅の意図はすぐに理解できた。逃げ場を無くして回避場所を限定し接近戦に持ち込むつもりだろう。
「(はやり所詮は人間、この程度の策で私を捉えられる思っているのね。)」
 永琳の跳躍移動は、点と点を瞬間移動するため障害物は無意味で、この炎のカゴはスカスカで永琳を閉じ込める事は出来ない。永琳はこの妹紅の動きを妹紅の精一杯と見積もりし、カウンターに利用できると判断しそのまま捕らわれるふりをする。しかし、この時の妹紅はそれをわかってやっており、妹紅が一枚上だったことを後にその身を持って知る。
 永琳は今日何度目だろうか?妹紅を侮ったのは・・・。
 油断するなと自分に言い聞かせた瞬間油断する。今日はこれの繰り返しである。
 永琳は「鳥かご」に持ち込む為の策を練った。
 妹紅は「鳥かご」に入るための策を練った。妹紅は永琳の予測の先を見ていた。


 逃げ場を無くしたと見せかけている永琳に妹紅は猛然と突撃する。
 永琳は過去の対戦データにある妹紅とは比較にならない程の高速で接近する妹紅よりさらに速いスピードで後方に瞬間移動する。炎の檻によって周囲に逃げ場のない永琳は後ろに逃げるしかない。連続で後ろに逃げ、引き離してもすぐに追いつく妹紅に永琳はとうとう退路を断たれて停止する。
 客観的に見れば、これは妹紅のチャンスである。しかし、永琳はこの時を待っていた。
 雄叫びをあげて襲いかかる妹紅の右の拳にタイミングを合わせるように今日初めて防御シールドを張るカウンターを見せる永琳。
 その永琳の動きを察知した妹紅は、このまま右の拳を出せばシールドの張られるタイミングで右手が切断されると判断。今の妹紅にとって肉体の部位切断は痛くも痒くもないところであったが、永琳に大きな隙を見せ、満月殺陣を喰らうという目的の為に、敢えて右の拳を引っ込めるといういつもどおりの動作を取る妹紅。
 この妹紅の偽装行動を予想通りの動きにと見て勝利を確信する永琳。
 妹紅は寸での所で腕をシールドに切断されるのを免れたふりをして、頭から頑丈な永琳のシールドに高速のまま突っ込む。
 ガツっという頭蓋骨が割れる音と、肉体が潰れるビシャっという音が同時にして、シールドに打ち付けた妹紅の顔の形が歪む。無様な顔がシールドに張り付き、そしてぶつかった反動で妹紅の身体は仰け反るようにシールドから剥がれ落ちる。
 勝利を確信した永琳は、シールドを解除し弓を構えると、ゆっくりと崩れ落ちる妹紅を狙い矢を放つ。
 それは弓の訓練を受けていない素人でも確実に当てられるような簡単な射的であった。
 光の矢に貫かれた妹紅は一瞬硬直し、矢が光の粒に変わってはじけ飛ぶと妹紅を包む球状のフィールドを形成する。それと同時に永琳の周囲にも妹紅と同じ様な球状フィールドが発生した。
 満月に例えた光の球体に閉じこめられた妹紅は既に傷は回復していたが無念さを全身で表すようにがっくりと落ち込むように項垂れた態度を見せつける。
 前髪が顔を覆い表情は見えなかったが、永琳はその光景を満足げに見た。
「妹紅、よくがんばったわね。でも、どんなに頑張っても現実は変えられない。所詮人間、私達に敵うわけはないの。」
 これまで散々舐めた態度をとっていた妹紅に対して、ここぞとばかりに逆襲する永琳。余程自尊心を傷つけられたのだろう。いつも落ち着いている永琳の口調が少し早口になっているのを聞いて、妹紅は永琳の精神状態を知る。
「こうなっては結果はわかっているでしょ?あなたの負けよ。大人しく降伏して言う事を聞きなさい。そしてこの何の意味もなく、くだらない異変を諦めなさい。」
 この光景は地表で拘束された輝夜やレイセンからも見ることが出来た。ボコボコにされて口がきけない状態の輝夜であったが、声が出せれば歓喜に満ちた表情で全力で妹紅を罵った事だろう。


 永琳の呼びかけに何も答えず下を向いていただけの妹紅だったが、やがてゆっくりと顔を上げる。
 妹紅の敗北感丸出しの無様な表情を期待した永淋だったが、妹紅の表情を見た時、またしても永琳は衝撃を受けた。
 妹紅のその口元には余裕に満ちた笑みと、瞳には自信に満ちた輝きがあった。
「(どうして、そんな顔が出来るの?バカなの?)」
 万に一つも勝つ可能性のないこの状況で、どうしてこんな愚かな表情が出来るのか?頭がおかしいとしか思えない永琳である。
 永琳は咄嗟に弓を構えた。
「これを放てばあなたは永久に死に続けるわ。今までは哀れと思って途中で止めてあげたけれど、今回はもう許さない。死に続ける妹紅を竹林の新しい名物にしてあげるわ!」
 永琳は妹紅に狙いを付けて弓を放とうとする。しかし、照準が定まらない事に気付く。手が小刻みに揺れている。
 永琳は気付いていなかった。僅かに残っている生き物としての本能がこれ以上は危険だと警告している事を。身体を強化し過ぎて本能が弱くなっている事を。
 永琳には理解出来ない感情がある。それは恐怖心である。脅威の存在しない絶対的な生命体である永琳には必要ない感情である。だから、それを感じてもそれが何であるかが分からない。唯一の自覚症状ともいえる身体の震えも理解出来ない。
 永琳は理解出来ない身体の揺れを抑えるために、神経系を強制的に固定制御し正確な射撃が出来る様に身体を完全にコントロールする。
「永遠に後悔しなさい!」
 永琳は最後にはノイズのように頭に響く警告を感じなくさせるために、感情すら切り離し機械的な動作だけで弓を放った。
 攻撃を意味する矢は永琳を包むフィールドに一度吸収されて消える。ここで戦場空き地を構成するフィールドにエネルギーがチャージされ、そこから妹紅を包むフィールドにエネルギーが供給され、全方位から矢弾が撃ち込まれるという仕組みである。
 妹紅は呼吸を整え、身体をリラックスさせる。
「来い!」
 全て計画通り万全の体制を整えた妹紅がそう叫んだ時と矢が放たれた時は同時だった。
 妹紅を包むフィールドの表面には無数の穴が空いている。規則正しくどの方向を見ても同じである。穴の数を数えればどのくらいの矢弾が飛んでくるのか予測は出来るが、この矢弾の撃ち込まれ方には一定の法則があることをこれまでの経験から妹紅は理解している。
 その一定の法則とは、着弾した場所付近に別の弾が着弾しないということである。
 この弾は当たると化学反応を起こして巨大な熱を発して肉体を沸騰させる。妹紅の想像では、化学反応を引き起こしている場所に別の矢弾が命中すると、別の予測不能の反応を引き起こして誘爆してしまい、フィールド内で中和しきれない巨大なエネルギーが発生していまうからだろうと考える。つまり安全機能である。
 右手と左手には同時に着弾しても、左手の半径10cm程度の範囲に2発以上当たる事はないのである。命中した瞬間修復するという妹紅のアイデアは、当たる場所が重複しない為、難易度はかならずしも高いわけではない。妹紅は必ず上手くいくと確信していた。


 最初の着弾は左腕であった。化学反応を起こして沸騰する肉体を瞬時に修復したが、初めての経験の為か修復が一瞬遅く腕がかなり膨れあがった。しかし、その一撃で感覚を掴めた妹紅は降り注ぐ矢弾の化学反応に身体を少し変形させながらも3秒後には完全に自分の身体の形状を正しく維持出来るようになった。
 目を閉じて修復作業に集中していた妹紅は、初弾から5秒後に目を開いて、その光景を見て驚愕した永琳を嘲笑した。
「ぬるい!ぬるいな、永琳!こんなカスみたいな攻撃で私を倒せると本気思っているのか?あぁ?」
 強力な矢弾の雨の中を、本物の雨にでも打たれているかのように全く意に返さない妹紅を見て永琳は脳はついにフリーズした。
 解析不能。確率0%の事が今起こっているのだ。
 これは下で見ている輝夜らにも衝撃を与えていた。
「う、うそでしょ?」


 フリーズによって永琳からの矢弾のエネルギー供給が絶たれた『満月殺陣』は満月の部分であるフィールドはそのまま維持されているが、殺陣の部分である矢弾の攻撃は止んだ。
 目の前の永琳は全く動かない。今の状況を必死に解析してるところだろうと妹紅は予測し、実際、フリーズから復帰した永琳は必死に今の状況を分析していた。答えの出ない分析を・・・。
 これで心が折れればそれに越したことはないが、最後の仕上げ、永琳をリザハメするという難題が残っている。この算段は付いたが、この陣から抜けて自由にならなければならない。そして、この陣を抜ける方法が見当たらない。
 このフィールドは、妹紅の動きにあわせて必ず妹紅を中心に置くように出来ており、どんなに速く移動してもフィールドから抜ける事が出来ない。火球などで攻撃してもフィールドがエネルギーを吸収し、それが跳ね返って矢弾となって自分に降り注ぐだけである。
「(永琳は恐らくこの状況を私の問題ではなく、自分の問題として考えているだろう。)」
 先程のように反撃される心配がない永琳はどんなに時間をかけてもこの状況を分析して何らかの答えを出してくるつもりだろう。最悪このまま永遠に閉じこめ続け、異変を起こさせないという選択肢もある。
 妹紅としても魔理沙の用事があるし、藍との待ち合わせもある。ここでずっと永琳に付き合うつもりは全くない。何とか抜け出さなければならない。
「ふー。」
 妹紅は一旦大きく深呼吸し、心を落ち着けた。
「(不思議だ・・・ここは永琳の作った人工的な空間なのに、外と同じ匂いがする。)」
 全神経を研ぎ澄ませた妹紅は、先程までとは違う空気の匂いを感じとっていた。
「(・・・!外?外か?ここは外だ!)」
 妹紅は突然閃いた。戦場空き地の中は常に空気が澱み、そして臭い。何年も同じ空気がそこに留まり続けている感じがした。そして今はその感じがしない。
 戦場空き地の中の空気が全て毒ガスだとするなら、今ここは新鮮で清潔な空気がある事になる。これの意味するところは何だろうか?
 今、妹紅と永琳を包んでいるフォールドは水中の泡の様なものである。空き地全体を包むフィールはカモフラージュやシールド、そしてエネルギーの伝導体など様々な機能を有する複合的な巨大建造物で、鳥かごという空間、泡を内包する水槽でもあるのだ。自分たちは大きな池の中の泡の中にいるのだ。
 妹紅は次第にこの満月殺陣の仕組みが分かってきた。しかし、まだ分からない事が沢山ある。
 常に自分がこの球体の中心に閉じこめられている状態や永琳との位置関係が常に一定を保っている事など分からないことだらけである。
 妹紅は、ここで初めての試みをする。
 髪の毛を一本前方に延ばし、フィールドの内壁に直接触れてみようとした。今までそんな事が出来る余裕は与えられなかったが、恐らく永琳はこちらの事はお構いなしで自分の用事に手一杯になっているはずである。そして、何もしてこない、してくるはずがない、そんな能力もないと本気で思っているはずである。


 この時永琳は、妹紅の予想通りその存在を忘れ思考に没頭していた。
 必死に今起こった結果を分析しいくつかの要因を導き出して判断の材料にしようとしていたが、どんなに計算してもこの結果になる因子を見つける事が出来ずにいた。
 そして、データベースにある様々なデータからは答えを導く事が出来ず、永琳はいくつかの仮説を立て、そこからアプローチを始める。
 妹紅の肉体の修復機能が飛躍的に向上している為という、普通の人なら一番先に思いつくような事を考え始めたのはだいぶ時間が経ってからである。そうなってしまうのはある意味必然といえる。何故なら、肉体の修復機能を持つ蓬莱の薬を作ったのが他ならぬ八意永琳で、完璧であるという自負が、薬の効果が変わるはずがないと思考停止させ、そこに原因があるという考えに至れなかったのである。
 妹紅に何らかの変化が生じた事は理解する努力が出来たが、そうなった要因や具体的にどうやってそのような事になったのかなど、重要な事は全く分からない。そして、妹紅を倒す方法が完全に失われた事を理解する前に状況が変わってしまう。
 永琳は、妹紅という存在を最後まで侮り続けた。


 髪の毛をフィールドの内壁に接触させた妹紅は、矢弾の発射口である無数の穴の一つを調べる。それ自体に神経がない髪の毛であるため詳しいことは分からないが、硬い障壁で簡単に突き破る事は出来そうになかった。
 このフィールドは自分が何処に移動しても常に自分を中心に置き続け、戦場空き地全体の巨大フィールドの外周に近付くと磁石が反発するように跳ね返される。
 また、永琳側のフィールドに近付こうとしても一定距離が保たれてるような仕組みになっているようで近付く事が出来ない。
 フィールドを破壊しようとして火球などで攻撃すると、フィールドに吸収されてそれが矢弾となって跳ね返される。前にそれを試みて自滅し、輝夜に笑われた苦い過去を思い出す。
 妹紅は首を振ってその思い出を記憶からかき消そうとした時、ある重要な事実を発見した。
 先程前方に延ばした髪の毛はそのままフィールドに接触させたままであったが、この状態で首を振れば、髪の毛は視界の中で左右に振れるはずである。しかし、髪の毛は妹紅の正面にまっすぐ伸びたまま視界から動かなかった。
「!」
 妹紅はゆっくりと顔を上下左右にぐるぐると動かす。それでも髪の毛は常に一定の方向のまま視界からずれなかった。
「(これは・・・視線が固定されるようにフィールド自体が回転しているのか?)」
 この意味、作った側のつまり永琳はどんな意図でそうしたのか?
 妹紅は様々な仮説を立てながら検証の為に気付かれずゆっくりと色々な動きをする。首を正面に向けたまま身体を捻ってもフィールドは回転しない。視線をフィールドの面が完全に同じ場所を見せるように固定されている。
 この巨大な戦場空き地というフィールドの何処かに顔の向きと視線を感知して、同じ面を向けさせる仕掛けが施されているということだろうか。妹紅としては、その仕掛けそのもに興味はなかった。問題は、何故わざわざそんな事をする必要があるか、という事である。
 同じ面に視線を固定させるということは、見られたくない何かが視界の外にあるからだろう。視界の外、つまり死角に何か重要な物があるはずである。
 妹紅はすぐに髪の毛を背後延ばし、何がそこにあるかを確かめる。そしてすぐに答えがでた。
 完全な球体と思っていたそのフィールドの妹紅のほぼ真後ろに縦に長い長方形の硬い板があった。この板はこの永琳で言うところの『鳥かご』、妹紅の言うところの『満月殺陣』を行う為に必要な特殊なフィールドを形成するのに必要な制御基盤である。
 妹紅はこれまで何度もこの技をくらいハメられて来たが、このフィールドは完全な球状をしており、その仕組みなどが全く分からず、為す術が無かった。
 この半透明の球体には矢弾の発射口のような、小さな穴が模様の様に整然と規則正しく並んでいるが、これは前面も背面も同じ模様が並んでいる球体と思い込ませる一種の騙し絵のようなもので、後ろに重要な設備があることを隠すカモフラージュなのだ。
「(やられた!完全にフラットな球体だと思っていた!)」
 妹紅は何の疑いもなく当然のようにこれが綺麗な球面だと思い込んでいた自分を責め、そしてすぐにそれを反省した。
 月が地上に同じ面しか向けないのと同じように永琳は必ずこちらに正面を向けていたが、これにも重要な意味があるだろう。そう、永琳の背後にも妹紅と同じ制御基盤があるはずである。
 この対となる制御装置によって、妹紅と永琳の位置や向きが固定されているのだと分析した妹紅は、永琳が放った矢が永琳側のフィールドに吸収され、それが制御基盤から戦場空き地の巨大フィールドを伝導体にしてエネルギーを妹紅側の制御基盤に供給し、矢弾の雨を降らせるという仕組みだろうと考えた。
 それなら逆の事も出来き永琳に逆撃出来るかもしれないと思ったが、流石に無理なことを思い出す。以前火球を撃っても自分に矢弾となって跳ね返ってきた苦い経験がある。エネルギーは常に一方通行なのだろう。
 妹紅はこの技を撃ち破る手段として、この制御基盤を破壊すれば良いとすぐに考えたが、もっと何か上手いことが出来ないか考察する。
 永琳が瞬間的に移動出来るのは、恐らくこの戦場空き地という巨大フィールドの力を利用しているからだと思う。永琳が放った矢が妹紅側に伝わるのもこの巨大フィールドの力だろう。
「(物理的に繋がっている・・・わけないよな・・・でも。)」
 永琳は相変わらず停止状態で、こちらの動きを全く感知していない。試すなら今だと思い、妹紅は制御基盤に大量の髪の毛まとわりつかせ、隙間という隙間に潜り込ませる。 
 そして驚くべき事実を目の当たりして、思わず声を上げてしまう。
 何と大量の髪の毛が永琳の背後から現れたのである。
「(繋がってる!そうか!)」
 永琳と妹紅双方の制御装置が一つずつ、計2つあるのではなく、1個の装置がそれぞれのフィールドに背中合わせになっているということである。
 にわかに信じられない事である。しかし、この様な探せば分かるような仕掛けは永琳らしくないとも思う妹紅。これは幻想郷から得られる限られた資源の中から調達出来る最大限の努力から生まれた傑作なのか、単に妹紅を見下して手を抜いた結果の産物なのかわからない。分かるのは最大のチャンスだという事実。 
 妹紅は永琳の左手の弓と右手の矢、そして体中に髪の毛をからませる。永琳はこの時、鳥かごの中の妹紅が何も出来ないと決めつけて安全であると思い込み、全ての感覚を切って全力で今の状況と対処法を分析していたのである。その為、自分の姿が見えない程に髪の毛が繭の様にからみつく危機的状況に全く気付いていない。
 妹紅は、下にいる輝夜やレイセンがこの状況に気付いて声を上げる前に、速攻で攻撃に移る。
 髪の毛を爆発させた妹紅は、自分と永琳の後ろにある基盤諸共破壊し、同時に永琳を焼き殺す。そして失った髪の毛は即時に再生させた。


 分析中の永琳はどのくらいそうしていたかわからないが、突然思考が強制的に凍結し、視界が切り替わった。
「え?」
 思わず間抜けな声を上げる永琳。記憶領域まで使った猛烈な思考演算が途中で強制終了し、一時保存データが完全に消し飛んだ永琳の脳は、一時的な記憶障害が起きていた。
 断片化した記憶の修復が自動的に行われているものの、元に戻る間、自分も目の前の妹紅も誰なのか思い出せない永琳。
 その後すぐ記憶が戻った永琳であったが、直近の記憶が完全に失われている事に気付く。
「お目覚めか?」
「妹紅!どうして?」
「戦闘中に居眠りとは歳を取りすぎたか?」
「(居眠り?)」
 永琳は先程まで持っていたと思われる弓と矢が無いことに気付き、咄嗟に弓と矢を量子復元しようとして失敗し、弓を構える虚しい滑稽な姿だけをさらす。量子リソースが無い事に気付き、他にも鳥かごに必要なリソースも失われている事に気付いた。
「月の伝統的な踊りか?」
 弓を構えたような動作を取ったまま呆然とした永琳をからかう妹紅。 
 何が起こったか分からない永琳だが、それを妹紅に聞く事は恥ずかしくて出来るわけがなく、残った記憶をかき集め分析する。
 勝利を確信し妹紅を嘲る所までははっきり分かる。その後、妹紅の攻撃にカウンターをくらわせたはず。
 永琳は一度総合身体サポート機能切り、身一つになって覚えている事を自力で思い出そうとする。「鳥かご」が成功し、その後攻撃が全て無効化された事を調べる為に思考に没頭したところまで思い出した。
 永琳はほぼ自分が体験したことを思い出したが、鳥かごが破られる場面はどんなに頑張っても思い出す事が出来なかった。当然といえば当然の事で、感覚を全て遮断した永琳はその事を体験していないからである。
 永琳はここにきて、戦場空き地の巨大なフィールドそのものが、状況を記録していることを思い出し、そこで自分と巨大フィールドの接続が切れている事に気付き、何故切れたのかも思い出す。
 フィールド全体が無数の妹紅の分身を本物と感知してしまうエラーが取れず、苦肉の策としてフィールドとの接続を切り、永琳自体の感知範囲を狭めて対応していたのである。
 この接続を戻せば、妹紅がどうやって鳥かごを抜け出したかが分かるが、それをやれば当然、妹紅の分身を感知してエラーを吐き出してしまう。
 輝夜とレイセンを封じる為に用いた分身の術は、永琳を苦しめ続けた。


「計算が狂うと無様なものね。天才が踊りのおばさんになるんだから。」
 言い返せない永琳。実際自分でもあまりにも無様過ぎてどこかに隠れたい衝動に駆られる。
 妹紅は永琳が何かを言おうとした瞬間、一気に間合いを詰める。総合身体サポートを使っていない今の永琳はそれに対応することが出来ず、身体を掴まれそのまま地表に引きずり落とされる。
 妹紅は永琳を地面に叩きつけた瞬間、周囲の手の空いている分身を集める。
 永琳は総合身体サポートを起動し反撃体勢に入った時、狭めた感知範囲の内側に大量の妹紅の分身を感知してしまい、凄まじい脳内負荷が発生し、悶絶してその場に頭を抱えて倒れ込む。
 フリーズする直前でサポート機能を切った永琳は事なきを得たが、もはや戦闘が出来る状態ではなかった。
 倒れ込んで肩で息をする永琳の前にポケットに手を突っ込んだ格好で見下ろす妹紅。
「永琳・・・お前は愚かな行為だと言うだろう。でも、戦いを生業とする私にとって戦えない相手にトドメをさすことは出来ない・・・。」
 妹紅はそう言うと、「散」という言葉を発した。すると永琳や輝夜らを取り囲む分身が光の粒子となって中空に溶けて消える。
 永琳を苦しめた分身が消えた事で、戦場空き地の巨大フィールドと接続可能になった永琳は、総合身体サポート機能も併せて、今日初めて最高のポテンシャルを得る。
「あなたは本当に愚か者ね・・・。確かに、私には勝つ術はもうないけれど・・・それは妹紅も同じでしょう?」
「それはどうかな?」
 先程の様にギラギラした目つきではなかったが、揺るぎない表情が永琳を見つめ返す。
 今日何度目だろうか?こちらの発した言葉は全て否定され、そして現実となったのは。
 この一見無謀な行動は、戦士としてのプライドから行った事ではなく、しっかりとした勝利へのプランが既にあるということだろうか。
 永琳は、自分の中で何かが変わった事に気付いた。忘れていた懐かしい感覚が甦る。それは好奇心である。
 未知の物への興味、好奇心、探究心が妹紅を対象として捉えはじめていた。
 何時からだろうか?全てを知ったと思い込み、理解出来ない事は全て間違いだと否定し、それを立証する為にあら探しを始めたのは・・・。 
 幻想郷には沢山の未知で溢れているではないか!
「永琳!」
 その時分身の拘束から解き放たれた輝夜が永琳に駆け寄る。
「チャンスよ!みんなでたたみかけましょう!」
 この輝夜の反応を妹紅は予測しており、そしてそれが現実になって溜め息がもれる。
「(救いようのないクズだな・・・でも・・・。)」
 相変わらずな輝夜とは対照的に、永琳の瞳の奥に燃えたぎる生命の息吹を感じた。弱り切った本能が再生されているのがわかる。
「(でも・・・これで、ようやく話が出来そうだな。)」
 永遠亭を完全に打ち砕こうと思っていた妹紅にとって意外な結果に向かいそうな期待感が沸き上がっていた。


「永琳!」
 輝夜が反応のない永琳の袖を引っ張って、もう一度名前を呼んだその時だった。
「お黙りなさい輝夜!」
 輝夜を窘める激しい憤りを含んだ声が、敗色から立ち直りざわめきだした永琳の周囲を再び静寂に変えた。
「え、永琳?」
「先手を打たないという決め事も守れず、妹紅の計略にまんまとはまり、今まで何も出来ずただ寝ころんでいたあなたは、私にとって戦力ではなくリスクでしかありません。黙って見ていなさい!」
 痛烈な永琳の叱責を受けて、ぐうの音も出ない輝夜は後ずさってその場でへたりこむ。 
 妹紅はその光景を黙って見ていた。そして、妹紅に向き直った永琳と目があった。
「ようやくお目覚めか。」
「人間は、本当に愚かね。でも、だからこそ面白い。」
 やることなすこと、人間がすることは愚かな事としか見ていなかった永琳の態度が明らかにかわっている。
「最高の状態のお前を倒す。じゃなきゃ意味がない。」
「それは楽しみね。」
「一つ提案がある。」
「ん?何?」
「お前にはもう勝ち目はない。そんな戦いはつまらない。お前にも勝つチャンスをやろう。」
「・・・理解不能だわ・・・。」
「不死身同士、殴り合っても意味がない。次の一撃で決める。私の攻撃がお前の体に当たったら私の勝ち。お前のシールドがその攻撃を防いだらお前の勝ち。どうだ?」
 妹紅の提案は、余りにも永琳にとって有利すぎる提案である。しかし、妹紅にはこの条件で勝つ見込みがあるということだろう。この時永琳は、勝敗よりもどうやって妹紅が勝つのかに興味を持ち始めていた。
「・・・勝つ気があって言っているのね?」
「もちろんだ。」
 妹紅の顔は真剣そのものだった。
「受けましょう。不死身と無敵、どっちが強いのか見ものね。」
「ふん、無敵か?笑わせる。」
「勘違いしないで、無敵はあなたでしょ?」
「!」
 妹紅は自分を認める発言をこの時初めて永琳から聞いた。それは嬉しいという感情もあったが、同時に恐ろしいとも思えた。永琳に付け入る隙は、相手がこちらを見下していたという正にそこで、これが正しく評価されたとするなら次は万全の体制で挑んでくる事になる。そうなった時に勝ち目があるだろうか。
 先程と立場が逆転したような感覚に妹紅は焦りを覚えると共に、これこそが戦いだと身体の中から闘志が湧き上がる。
「あなたたちは少し離れていなさい。」
 妹紅の目に炎が宿ったのを見て、永琳は近くに集まっていた輝夜らを退避させる。
 それと同時に妹紅の背中に虹色の炎の翼が現れ、先程の様に炎の熱線砲を作り出す。先程は時計の文字盤と同じ12本だったが、今は数百、数千と無数の束になり分厚く隙間一つなくなり、離れた輝夜から中にいる永琳と妹紅の姿が完全に見えなくなってしまった。
「(なるほど・・・さっき、これが出来るのにやらなかったのは、わざと隙を見せるためだったのね。)」
 この分厚い炎と熱の壁に囲まれたら短距離しか移動できない瞬間跳躍は使えない。勝つために相手を出し抜く知略は大したものだと、永琳は炎熱で完全に隔離された空間を見渡しながら感心する。
 しかし、今更逃げる気はないし勝負の決着方法からしてもこのような大掛かりな仕掛けは必要ないと思いつつも、次に妹紅が何をしてくるのか楽しみでしようがない永琳。
「(でも・・・私の物理シールドを妹紅は破ることが出来るのかしら。)」
 永琳は妹紅を侮ったわけでも自惚れたわけでもない。これまでのデータから今の妹紅の能力を大幅に高く評価したとしてもこのシールドを破る力は無いと冷静に分析して導き出した答えである。
 しかし、その考えはすぐに改められる。
「はああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
 妹紅は炎に囲まれた檻の中で何かを持ち上げるような踏ん張る姿勢で力を溜める動作を始めると同時に、髪の毛の色が白紙に墨を滲ませたかのように黒く変化していく。
 これは穢れをその身に溜め込み身の内に羅刹を宿した妹紅の別の形である。
 永琳は驚きと同時に畏れがその身をすくませた。
「妹紅・・・あなたは一体・・・。」
 上半身が盛り上がり、小さな妹紅の身体が気の上昇と共に二まわり程大きくなる。
 そして真っ黒になった髪の毛が一度白に戻った時、気の膨張もそこで一旦収まる。だが、次の瞬間圧倒的な力が濁流となって妹紅の身体を突き破るように溢れ出す。
 髪の毛が白から黒変わり、そして深紅に染まる。白目が血の色に変化し、黒目は金色に瞳孔は縦に割れ正に鬼の形相。大きく恐ろしい姿に変化した妹紅は、大きな歩幅で永琳の前に歩みより今まで見下ろしていた妹紅と視線の位置関係が逆転していた。
 永琳はそれを畏れたが、恐ろしいものとは思わなかった。悲しいものとも思わなかった。畏れと、そして敬意のような念を感じている自分を客観的に見ていた。
 生物をこのような見た目に変形改造することは永琳にとって造作もないことである。しかし、図らずしてそうなった命の「かたち」の神秘は作り出すことは不可能である。自分にこのような完璧な生命体を作り出すことは出来ない。永琳は人が人為的に成せる事の限界を見た。
「(この娘は、一体今まで何を・・・。)」
 楽な人生を歩んで来た結果ではない事はすぐにわかる。そして、自分には想像も出来ない過酷な人生を経験してきたこともすぐにわかった。
「行くぞ永琳!」
 妹紅の面影のない、その鬼の表情は動かない。声が直接脳に入り込んでくる。科学でこれを説明することは出来ると思うが、もはやそんなことはどうでも良いことだった。
 永琳は妹紅の呼びかけに応じ、今の自分に出来る渾身の防御シールドを張る。
「(おかしなものね。気持ちのあり方でシールドの強度が変化するわけでもないのに・・・。)」
 シールドの強度は常に限界出力である。しかし、気持ちが乗ればその強度が増すのではないかと、今まで思ってもみなかったバカな事を真剣に考えている永琳。
 今まで妹紅だった羅刹は、そのシールドを見て右の拳を握ると、次の瞬間疾風となって永琳に殴りかかる。
 結果はすでに分かっていた。分かっていてその挑戦を敢えて受けた永琳。
 永琳のシールドは飴細工を木槌で叩き割ったかの様に、細かく粒状に砕け、後から来た衝撃波に吹き飛ばされる。
「痛いわ・・・妹紅・・・。」
 妹紅の腕はシールドを叩き割り、そのまま永琳の胸の中央に突き刺さっていた。
 永琳は痛覚のない別の場所に痛みを感じていた。
「永琳、八雲紫に会え。そして、事情を説明してこの異変に参加しろ。」
「・・・ふふ、やっぱり・・・あなたは幻想郷を滅ぼす気はないのね・・・。」
「私を利用し、罪を被せれば誰も咎を受けない。」
「・・・あなたは・・・どうするの?」
「この姿を見ただろ?長く生き、罪を犯し、穢れの極みに達した愚か者の末路を・・・。今更罪が一つ増えてもどうということはない。」
「・・・本当にバカな人間ね・・・。」
 妹紅の身体が元の姿に変わっていく。そして妹紅が完全に元通りになると同時に炎と熱の檻が消えた。
 この檻は羅刹を永琳だけに見せるためのものだった。


「あっ!」
 輝夜ら3人は同時に声を上げる。そこに見たものは、妹紅と永琳の重なる姿であり、永琳が勝負に負けたという事実であった。
 妹紅の右手を胸に深く貫かれた永琳に、妹紅は冷酷な言葉を投げかける。
「お前の負けだ永琳。」
 永琳との間で話をつけた一方で、輝夜らにはそれを知られないために自らの鬼の姿を炎と熱の檻で隠していた妹紅。だが、勝者が誰であるかを知らしめる必要があり、妹紅は敢えて最後の仕上げを行った。
 左手で呪符を一枚取り、発動させて岩老刀に変えると、間髪いれず永琳の胸に刺さった自分の右手を肘の手前で切断する。
 腕を切り一歩下がった妹紅。その腕で支えられていた永琳はすぐに膝を落として座り込む。
「死ね!」
 永琳の胸に残った妹紅の右手は、その言葉を受けて金色の粒子になって永琳の周囲に漂う。その粒子は高熱を発っし輝き出すと、たちまち永琳の身体が燃え出し、あっという間に消し炭になる。
 そしてリザレクション。
 永琳の身体はリザハメ防止の為に同じ場所に留まらない様に自動回避行動を取るが、粒子化した妹紅の右手はそのまま永琳の移動フィールドに留まり、移動先でまた高熱に焼かれる。
 跳ぶ先々で永琳は焼き殺され、ここに不可能だと思われた永琳に対するリザハメが完成した。


 藤原妹紅完全勝利である。


 上空で花火の様に光点を作る永琳のリザハメの金色の輝きを地上から呆然と見上げる輝夜。
「うそ・・・何かの間違いよ・・・。」
 驚いたのは輝夜ばかりではない。レイセンもそして因幡てゐもど肝を抜かれた。
「(か、勝っちゃったよ・・・師匠に・・・。)」
 妹紅の理解者だと密かに自負していたてゐであるが、勝負には永琳が勝つと思っていたのである。
「・・・。」
 左手の岩老刀を呪符に戻しもんぺに貼り、そのままポケットに手を入れ、右腕は肘から先が無いのでそのままに、妹紅は美しく散り続ける永琳の光をしばらく見上げていた。
 勝利は更なる戦いへと続く後戻りできない片道切符である。
 不死人狩りで復讐をしなかったのは、余りにも対象が多すぎるということもあるが、それ以上に相手に恨みを抱かせ、復讐の連鎖を作りたくなかったからである。
 紫にそそのかされ本能から発した常軌を逸した不死人狩り。そそのかされた側からすれば自分が悪いとは思っていないだろう。そういう精神状態の相手に復讐するのは逆効果である。復讐をするなら黒幕である紫に対してするのが良いだろう。
 ただ、妹紅には相手が誰であろうと復讐する気はなかった。どの道この戦いに大儀はないからだ。
 永琳達はこの戦いに敗れて今後どうするだろうか?
 停戦状態に入り最近やっと沈静化した永遠亭との関係はまた昔の様に、いや昔より酷くなるかもしれない。
 勝利はしたが喜びよりも今後の事で気が重い妹紅だった。


 八意永琳の予想もしなかった敗北に意気消沈した永遠亭の面々は近づいてくる妹紅に抵抗する手段を見出せず動けずにいた。
 妹紅は前を向いたまま3人を無視するようにその横を通り過ぎようとした。
「こ、これで勝ったと思わないことね!」
 言わなくてもいい負け犬の台詞を吐く輝夜。言葉をかけられ振り向いた妹紅は、輝夜の後ろで「あちゃー」と言う顔をするレイセンとてゐの顔を見てクスっと笑う。
 その表情が自分に向けられたものだと勘違いした輝夜は怒りだす。しかし、手は出してこない。
「(威厳もクソもないなこりゃ・・・昔はあんなんじゃなかったのに・・・。)」
 昔というのは、妹紅が人間の時、約1300年程前のことである。当時の事はほとんど覚えていないのに輝夜の事は今でもよく覚えている。
「輝夜、あんた変わったね。昔はこんなんじゃなかったのに。」
「な!」
 意外な妹紅の返答に思わずたじろぐ輝夜。
「性格は今と同じクズ野郎だったけど、その姿は輝いていた。美しい歌を綺麗な声で詠んでいた。あの歌を聞けば世界は美しく未来は安寧だろうと、誰もが信じられた。言霊ってやつさ。」
 輝夜は心を見透かされた様な落ち着かない気持ちになり、焦り、そしてこの時、今まで無かった敗北感とそれに伴う脱力感を覚えていた。
「くだらない未来ばかり考えているから本当に未来がそうなっちまうんだよ。もう少し現実を大事にしろよ。」
 妹紅はそう言うとそのまま3人に背を向け、先程まで無かった右手を上げた。
「ふふ、完璧に負けちゃったわね。」
 いつの間にかリザハメから復帰した永琳が3人の後ろから声を掛けた。負けたと言うわりにその口調はとても楽しそうだった。
「姫様、さっきは申し訳ありません。」
 先程の輝夜に対する暴言を謝罪する永琳。輝夜は「気にしてない」と呟き振り返らず妹紅の後姿をずっと見つめている。
「師匠、今後どうするのですか?」
 レイセンが心配そうに尋ねる。
「八雲紫に会うしかないでしょう。でも、こちらから会おうとして会える相手ではないわね。」
 紫は神出鬼没で、博麗神社以外での目撃情報が少ない。見かけたとしてもそれは偶然である。
「てゐ、お願いがあるの。」
「分かってる。兎を総動員して、各地を見張らせる。」
「妹紅と八雲紫は繋がっているわ。恐らくどこかで会うかもしれないわね。」
「妹紅は今、里の近くに住んでる。それとなく兎を配置しておくよ。」
「頼んだわね。」
 永琳が因幡てゐに対して特別扱いをするのはこうした情報戦で力を発揮するからである。
「さぁ、帰りましょう。永遠亭(わがや)へ。」
 永琳が踵を返し、レイセンも後を追おうとして何かに気付いて立ち止まる。輝夜は妹紅が竹林に消えて見えなくなってからもずっと動かない事に気付いたからだ。
「あ、姫・・・。」
 そんなレイセンの気付きをてゐが静止した。
「やめとけレイセン。今姫は1300年ぶりに未来から現実に帰還したんだ。」
「・・・姫様・・・。」
 そんな二人のやりとりを振り向いて見たいた永琳は、後ろ髪を引かれつつ輝夜に背を向けるレイセンを見て自身も前に向き直って歩み始めた。
 この戦い以後、永遠亭は変わっていく事になる。


 妹紅は戦場空き地を出てから、凄まじい体調の変化を感じていた。
「な、何だこれは?」
 本来蓬莱人は自動的に肉体をベストな状態に保つように出来ている。病気にもかからない、毒を飲んでも死なない、酒を飲んでもすぐに酔いが覚める。
 妹紅の新しい身体は、任意に操作が出来るものの、健康状態を維持する事に人間と同じように自己管理しなければならない状態となった。便利な身体になった事と引き換えに面倒な事も増えたといえる。
 妹紅はこの変調を疲労か何かと思ったが、明らかに身体の中に異物感を感じ、何かしらの毒が身体に入り込んでいると自己診断しだ。
 猛烈な目眩と吐き気に膝を落とした妹紅は、自分の身体を元に戻そうと試み、それは一旦は成功した。立ち上がれる程に回復した妹紅は、とりあえず隠れ家まで歩くことにし、放っておくとすぐに悪くなる体調を随時戻しながら何とか辿り着いた。
 着いたと同時に地面に膝を着いた妹紅は割れるような頭痛に悩まされ、頭を思い切り掻き毟る。すると頭髪が頭皮からごっそりと抜け落ち、指に絡みついた大量の自分の髪の毛を見てぎょっとした。
「これは・・・。」
 突然の嘔吐感にこみ上げるものを吐き出そうとして思いとどまり、喉まで来たソレを飲み込む。
 身体に毒が回っているなら吐いた物も猛毒だろう。自分は汚れても大地が汚れる事を妹紅は望まなかった。
 妹紅はすぐにこの原因が何であるかわかった。先程の戦闘、満月殺陣で喰らったあの化学反応弾の所為だ。
 リザレクションをすると身体は完全に新品に換わるので気にする必要はなかったが、死なない妹紅はそのまま劇薬を身体に蓄積させてしまったということである。
 妹紅は地面に頭を付けたまま、身体の中の異物をイメージしそれを身体の中心に集める。頭の天辺、指先、爪先からそれらを身体の中心へと集める。
 そして集まったその毒を今度は右手の掌に移動させる。
 イメージしそれを形に変えてしまえば後は身体の一部に隔離するのは容易だった。何故こんなことが出来るのか自分でもわからなかったが、妖術使いの里で、病気の治し方で病原体を魔物のような形あるものにイメージし、それを打ち倒すという想像力で身体の持つ自然治癒力を活性化させる治療方法を教えられたことがあったためで、これを応用したわけである。
 病は気からというもので、全てが上手くいくわけではないが、末期癌の患者が何年も命を永らえたり、極僅かであるが完治してしまう者もいた。
 掌に集めた毒を飴玉の様な丸い塊にイメージに、それを一度を外に出して見る。皮膚が縦に裂けてそこからプリっと黒い玉が出てくる。
「これか・・・。」
 しかし、その毒々しい気は周囲を汚染しはじめ妹紅はすぐにそれを身体の中にしまい、周囲の空気を自分の身体ごと一瞬だけ燃焼させ消毒した。
 皮膚の表面が全て焼かれ燃えカスの白い灰がぱっと広がって消える。先程の戦闘で汚れた体が一瞬で風呂上りの様な艶艶の肌に変わる。
「どうしたものかな・・・これ。」
 妹紅はこれを永琳に処分してもらおうとも思ったが、これも新しい力になるかもしれないとそのままにすることにした。毒を持って毒を制すという言葉もあるが、この戦闘の副産物は後に大きな武器となる。


「さて、魔理沙の用事を早く済ませないとな。」
 永遠亭の短い一日は終わった。しかし、妹紅の長い一日は始まったばかりである。