東方不死死 第27章 「賢者の誤算」


 幻想郷の片隅にある迷いの竹林で、後世のどの歴史書にも存在しない当事者しか知らない恐るべき戦いがはじまっていた。


 藤原妹紅と永遠亭の間に修復出来ない亀裂が生じ、今正に戦闘が始まろうとしていた。
 しかし、この期に及んでも永遠亭側からは動かない。いや、正確には動きたくても動けないと表現すべきだろう。何故なら先手か後手かで永遠亭の立場と今後の立ち回りが大きく変わってしまうためで、そして先手を打てばそれだけ状況が不利になるからである。
 永遠亭としては主導権のある優位な同盟関係を妹紅と結び、その上で八雲紫に対して有利に交渉を進めるという目論見であった。
 紫が何を企んでいるか、現時点では「妹紅を使って何かをする事」くらいしか分からないが、その紫と結託しているであろう妹紅が永遠亭側についたとなれば、紫側は永遠亭も取り込もうと画策するだろう。そこで異変をコントロール、もしくは危険な異変そのものをやめさせようというわけである。
 しかし、それも全て妹紅との交渉が決裂した事で水の泡である。
 残された道は、紫との交渉の際、心証を良くする為に捕らえた妹紅を手土産にすることである。
 妹紅が重要な異変のパーツである以上、紫は妹紅を取り戻そうとするはずである。その場合、妹紅を意図的に陥れて捕らえる場合と、成り行きでそうなってしまった場合とでは、紫にに与える印象がだいぶ違う。後者の成り行きで、という事にすれば、妹紅から事情を聞き、そういう事なら協力出来るという方向で話を進めやすいが、前者であれば妹紅に敵対したという事であり、それは即ち紫にも敵対することを意味し、交渉は最初から険悪なところからのスタートとなってしまう。
 この永遠亭側の心理状況は、妹紅も手に取るように分かった。目の前で悪態をついている、いつもなら真っ先に襲いかかってくる手の速い輝夜がぐっと堪えてこちらの出方を窺っている態度がそれを証明している。
 このままずっと睨み合ってどこまで我慢出来るか試すのも面白いと思う妹紅であったが、ここへ来た目的というのは、魔理沙の用事を済ませる為で、本来ならここで戦闘などしている場合ではなかった。
 今日のスケジュールとしては、魔理沙の用事を済ませた後、日没後に藍と会い、その後魔理沙の家で魅魔から話の続きを聞く事になっている。
 しかし、様々な条件が重なり、この一戦が天王山となる事を直感した妹紅は、これを最優先事項とした。


 戦場空き地の中央部で対峙する1つと4つの影。一つは藤原妹紅。4つは永遠亭の八意永琳、蓬莱山輝夜、レイセンと因幡てゐである。
 永遠亭と妹紅との間に起きた抗争は約300年に及び、比較的最近永遠亭入りしたレイセンがいない時代は3対1であった。しかし、てゐは今でもオマケのようなものでまともに戦闘に参加しない。レイセンが永遠亭に入ってからは、レイセンが常に先方というより捨て駒のように扱われ、妹紅としては彼女を戦力としてみていないが、今回のレイセンの気の入り方がいつもと違うのが少し気掛かりと言えば気掛かりである。
 この1対多という状況は、レベルの高い妖怪はあまりやらない戦闘方式で、戦いを生業とする猛者は1対1を好む。
 妹紅が幻想郷入りした300年前、永遠亭の存在を慧音に教えられて彼らに復讐を果たそうと戦いに挑んだ時、当時の妹紅は彼らの戦い方に戸惑い、そしてそれが許せなかった。戦いを生業とする者が当然の様に持っているスタイル、ルール、プライドが彼らには全く無かったからである。
 相手に対する敬意を持たず、当然礼儀や形式美すらも無い。何をしても勝てば問題ないという考え方で、こちらを対等の相手と見ていない。鬱陶しいハエに対して正々堂々対等な相手として勝負を挑むだろうか?それと同じように永琳らは相手をハエとしか見ていないのである。
 当時の常識で動いていた妹紅は、妖術使いを生業とする一戦士として真面目に彼らを仇敵と見なして戦おうとしていたが、彼らがそれに値しない者であるとすぐに分かり、それ以後妹紅は彼らに対して戦士としての振る舞いを止めた。ただ乱暴に、粗野に、暴力的に彼らに相応しい戦い方を続けたのである。
 その為、永遠亭側では呪符といった様々な技を駆使する妹紅の妖術使いとしての戦闘スタイルを知らないのでる。
 妹紅は今回の戦いを絶対に負けられない戦としており、これまでのような適当な戦いではなく勝利の為にベストを尽くそうとしている。妹紅の本来のスタイルを知らない永遠亭にとってそれは有利に事が運ぶ材料の一つとなるだろう。
 そして、最も大きい材料が、妹紅の体内に存在する蓬莱の薬がその本質を変えた事である。妹紅は輝夜や永琳と同じ蓬莱人という括りであるが、永琳と輝夜が同じであることに対し、今の妹紅は彼ら二人とは明らかに異なる性質を持つ。そして、このことを彼らはまだ知らないのだ。これは勝利の鍵を握る重要なポイントである。
 しかし、有利な材料は多いものの、八意永琳の力は侮れない。彼女の使う絶対に避けられない『あの技』をどうやってしのぐかである。
 妹紅はその永琳の技を『満月殺陣』と勝手に命名しているが、対象、つまり妹紅を満月の様な球形の結界に閉じこめ、360度全方位から無数の矢弾を中心の妹紅に打ち込むという必中必殺の技なのである。この矢弾を避ける事は絶対に不可能である。しかも、この矢弾はただの矢ではなく、当たった瞬間に化学反応を起こし肉体を沸騰させ蒸発させる。かすっただけで即死するこの矢と透き間のない弾幕、そして逃げられない結界。これを同時に行う満月殺陣をやられてしまうとリザレクション状態にはめられ完全に身動きが取れなくなる。
 一瞬ではあるが、このリザレクション中は完全に身動きがとれなくなるため、同じ場所で断続的に攻撃を受けるとハメの状態になってしまう。この状態に陥る事をリザレクションにハマるという意味で、リザハメと妹紅らは呼んでいる。
 これまでの妹紅では手も足も出ないところであるが、今はこれに対応出来る手段が新しく備わっていた。肉体を自分の意志で任意に修復出来る藍の力である。
 この力は他者に対しては藍の様にはいかないが、自分自身に対してならほぼ同じ様に使える。この任意回復能力を使えば永琳の矢弾の化学反応による肉体損傷を瞬時に回復させることが出来るはずだ。これまで何度も喰らい苦汁を舐めた技であり、肉体が融解するあの感覚は妹紅の身体に染みついている。壊れ方が分かれば直し方も分かるのは道理というものだろう。
「(しかし・・・。)」
 何せ初めての試みなので100%上手くいくとは限らない。控えめに成功率を五分五分と設定するとして、問題は永琳以外のレイセンや輝夜の存在である。永琳と妹紅の一騎打ちであれば、回復に専念出来るが、彼らを野放しにして永琳のサポートとして妨害行動をされると厄介である。
 永琳の攻撃に集中出来る一騎打ちの状況を作る事が重要な問題となる。そうするにはどうすればいいか?それは既に考えがあり、妹紅はその仕込みを既に行っている。それを気取られないようにするカモフラージュが必要だ。
 幸いな事にこの戦いは妹紅が先手を撃てる事が確約されたものである。段取りさえ間違わなければあとはプラン通り事が進行するはずである。


「さてと、そろそろやるか・・・こっちから手を出さないと先に進まないからな。」
 妹紅は相変わらず永遠亭の連中に対して小馬鹿にしたような態度を取っていた。
「・・・。」
 それに対して何も言えない輝夜であるが、戦闘が始まってしまえばこっちのものである。今は好きに言わせておけばいいと怒りを抑える。
「ほんと、私はつくづく心の優しい人間だな。敵の為にわざわざ殺されに行くんだからな。」
 態度の悪い男口調で妹紅は喋り終えると一旦顔を下げる動作をした。そして次に顔を上げた時、その妹紅の自信に満ちた邪悪な表情に永遠亭の面々は思わず背筋が凍った。
 戦闘は静かに、そして突然始まる。
 妹紅は大きく息を吸い込む動作をとる。これは、その後に炎を吐き出す火遁の術の予備動作で、この術は妹紅が好んで使う技の一つである。追い打ちなどで接近する相手に対するカウンターにも使える技で迂闊な輝夜を何度も焼き殺してきた技である。
 この火遁の術は、術という呼び名ではあるが妖術というカテゴリーではなく、不死鳥を内包する妹紅の体質を利用した技で、妖怪の使う妖術に近い。妹紅は炎に関しては自在に操る事が出来、これらを主に使う事によって炎を纏う荒々しい狂戦士として振る舞い、洗練された妖術使いという本当の姿を隠してきたわけである。


 火遁の予備動作を見た永琳らは咄嗟に散開したが、妹紅から先制攻撃を受ける事を前提にした今回の戦いでは、これを避けてしまっては駄目ではないかとレイセンが疑問の声を上げる。すぐに永琳は理解し、輝夜に目配せをして、喰らって死ねという指示を出す。
 輝夜と永琳の関係は、建前としては姫と従者という関係であるが、実際には年の功で永琳が上という関係で、2人だけの時永琳は輝夜を呼び捨てにしている。戦闘に関しての能力も圧倒的に永琳が上で、この場合、指揮権も当然永琳にあり、輝夜はその命令に従わなければならない。下僕であるレイセンを弾避け替わりに使う選択肢もあるが、定命のレイセンでは妹紅の火遁をまともに喰らえば即死する危険性があるので、やはりここは不死身の輝夜が適任となる。
 永琳の指示を受けて舌打ちしながらもそれを了承した輝夜は回避行動を中断し妹紅に正対する。しかし、妹紅は息を吸い込み続ける動作を止めない。
 いつもと様子が違う妹紅の行動の意味を瞬時に分析し解明した永琳は、その危険性を理解し全員を自分の周囲に集める。
「みんな、集まって!」
 永琳の警報のような普段発しない聞き慣れない叫び声に反応して、三人はすぐに永琳の下に参集する。4人が固まると同時に永琳は球状の保護膜を発生さて全員を包みこむ。
 妹紅は、永琳等の使うこうした防御壁を彼らの使う専門用語そのままにシールドと呼び、幻想郷で一般的に用いられる結界とは用語としても効果としても区別して使用していた。


 シールドに包まれた4人は、上空から息を吸い込む動作を止めない妹紅を訝しげに見下ろす。
「何でみんな集めるの?固まってたらまずくない?」
「姫まで来る必要なかったのに・・・。」
「ちょっと、それはないでしょ永琳!みんなって言ったじゃない!」
「まーいいでしょう。あれが火遁の術だとしたらとんでもない量の火を噴き出すわ。妹紅の能力は最近底上げされているみたいですし、レイセンやてゐではレジスト出来ないと思ったのです。」
 輝夜の疑問に永琳がそう答える。妹紅の炎はそのへんの妖怪の使う炎とは明らかに異質で、破壊力がまるで違う。妹紅がやろうとしている火遁は、恐らくかなり広い範囲に炎をまき散らすもので、輝夜らの出せる結界程度では防げない可能性があり、永琳の頑強な耐火シールドで守ろうと判断したわけである。
 そうしている間も妹紅は息を吸い込み続け、胸部が膨らみ肺が肋骨を突き破ったらしく、物凄い音がして妹紅は体型がかわるほど大きく膨らみ、肉体が風船の様に丸くなる。
 膨張した肺が体内を破壊しながら皮膚の下に入り込んでいるのだと永琳は診たが、これは口で簡単に言えるようなものではなく、医者の視点で見れば極めて深刻な死に至る症状である。
 直径3メートルにもなる丸い風船状に膨らんだ妹紅は宙に浮いて重い頭が下に向く。もはや人としての形状をしていない妹紅だが、何故か衣服はゴムの様に伸びて破れず、その赤と白のコントラストで上半身と下半身がどこにあるかがわかりそこから手足の位置や頭の位置が確認できる。
「なんなのあれ?」
 やっている事は至極単純で息を吸い込み続けて体内に空気を溜めているいるだけのことだが、簡単に真似が出来るものかといえば絶対に無理だろう。あそこまで肉体が変形してしまうということは、かなりのダメージを負っている事を意味し、この状態を維持出来ることなど自動回復する蓬莱人としては有り得ない事である。
 ただ、分かることが一つ。吸ったら必ず吐き出すということで、夥しい量の炎が噴き出されることだけは容易に想像出来る。そして、それは起こった。
 頭が下を向いている妹紅の口と思われる場所から一気に炎が噴き出す。真下に噴き出された炎は地面に衝突すると爆発するように四散し、そのまま地表を縫うように放射状に空き地の外周に向かって炎の濁流が一気に走り出す。
 数秒で外周に到達した炎は次に竹林に延焼するかと思われたが、炎は竹林と空き地の境界付近で何か見えない壁に衝突すると今度はその見えない壁に沿って上に向かって上昇を始める。
「・・・。」
 永琳はその光景を苦々しく見つめる。この空き地は巨大な球状のシールドの様なものであり、通常は空き地を外から見えなくするためのカモフラージュ用のフィールド発生装置として利用し、戦闘時の大きな力に反応して防壁に切り替わる仕掛けになっている。今正に妹紅の炎によって空き地を包むカモフラージュ用のフィールドが防御シールドに切り替わり、炎を外に逃がさない様に硬化したのである。
 妹紅と戦うにあたって、巨大なエネルギーが発生することが予想されたために、この様な仕掛けを施していたのだが、これは妹紅には秘密にしていた。そして今、秘密は秘密ではなくなってしまったというわけである。


 外周に到達し防壁沿いに上昇を始めた炎は半球状の内壁面沿いに緩い弧を描いて天頂方向の一点に向かって駆け上がって行く。深紅の炎によってシールドが半球状であることがはっきりと見てとれ、空き地が単なる空き地ではなく、対妹紅用に造られた特殊な檻であることを理解する妹紅。地面の上に出ている半球状のシールドは、恐らく地下にも達し、完全な球状シールドになっているのだろう。
 以前からこの空き地には違和感を感じていた。他の場所の空気は常に変化しているのに対し、竹林特にこの空き地の空気はいつ来ても澱んでおり同じ匂いしかしない。変だとは思っていたがはやり何か細工があったのだ。
 妹紅としては、永琳らの姑息さ、もちろん永琳達は姑息だとは思っていないが、それをよく知っているので、この事について今更憤りは感じない。
 このエリア全体が永琳の施した仕掛けであるなら、あの満月殺陣はこれと連動した仕組みになっているという事だろうか?妹紅はそれらの疑問を看破する為に意図してこの巨大な火遁を使ったわけではなかったが、思わぬ収穫があった事に満足した。


 四方に散った炎は半球状のシールドの内壁を遡って天頂に集まって一つになる。一点に集まり激しく衝突した炎は行き場を無くし、今度は下に向かって轟音と共に炎の滝となって流れ落ちる。
 永琳らは炎に当たらない位置をゆっくり旋回しながらその光景に息を呑む。幻想的で美しく、終焉を思わせる様なその光景に危険なものとは分かっていても思わず見とれてしまう。しかし、もうじき安全な場所はなくなり視界は炎で埋めつくされるだろう。
 炎の滝の真下に居る妹紅はその滝に打たれても尚、炎を吐き出す事を止めず、やがて妹紅は炎の中に見えなくなる。いつの間にか地表面は炎の海に変わり、上から降り注ぐ炎の滝をも呑み込み炎の海はその深度を急激に上げていく。
 てゐが恐怖の余り振るえてレイセンの太股にしがみついてくるが、そのレイセンもどうしていいのかわからない。永琳の表情は涼しく、それを見れば危険はないと分かるが、やはり不安である。
 炎の浸食に伴って次第に安全なスペースが無くなり、永琳のシールドは逃げ場を探して上へ上へと移動していき、やがて天井の炎にもぶつかりそうになると限界とみて停止する。そしてすぐに永琳の耐火シールドは全方位を炎に包まれる。
 戦場空き地全体が炎によって完全に埋め尽くされた。
 耐火シールドの中は若干蒸し暑く感じるが、これは中にいる永遠亭の面々から発散される熱や湿気によるもので、外の熱が入ってきたのではないだろう。永琳や輝夜はともかく、このシールドが破られればレイセンとてゐは一瞬で消し炭になり、それが分かる当人らは、蒸し暑さよりも背中を流れる冷や汗の方が気になる。
「まさか、ここまでとは・・・本当に世界を焼き尽くせそうね。」
 本当とも冗談ともとれる無感動な言葉でこの状況の感想をもらす永琳。
 今の妹紅にとってこの程度の炎は序の口であり、世界を焼く為の力はまた別に存在するが、それを永琳らは知らない。
 永琳は体内に埋め込んでいる各種センサーを総動員して妹紅の居場所を調べるが、この爆炎と灼熱の空間ではほとんどのセンサーがその機能を十分に発揮出来ず、有益な情報は全く得られない。
 永琳は、河童がなんとか扱えるナノサイズよりさらに小さな生体素子を血液や細胞に埋め込んでおり、100%生身の肉体を持ちながら、完全に機械化されているといえるほど様々な付加機能が備わっている。
 この特殊な肉体は永琳個人限定というわけではなく、月の管理者(皇族)や仙族なら当たり前に付与している。
 月の種族、管理者、仙族などは元々は地上からの移民で、言霊以外の特殊能力は持っておらず、その代わりに科学技術の結晶ともいえる様々な付加機能を持つ極限まで小さくした生体素子によって身体能力を劇的に向上させている。永琳自身は神族で、この一族は神様の末裔で基本的に自然を重視しておりそれらの生体強化とは無縁であったが、知啓の神である永琳だけは特別で、科学技術関係のトップに君臨していたので、当時最も優れた総合身体を持っていた。
 輝夜を含めた月族は、そうした肉体強化は一切しておらず、純粋性を重んじその事を重要な種族的存在証明としていた。なので、輝夜はシールドではなく妹紅や妖怪と同じように結界を使うのである。
 強化された総合身体を持つ者は、眼球から取り入れる肉眼視野角と情報の羅列をイメージ化して見る脳内視野角と二つ以上の視界を持ち、それを重ねて見る事が出来る。いくつもの情報を同時に処理する事が出来き、処理するために必要な演算部位を外部素子に依存したり、大量の情報を保管し体内にデータベースを置くなど一人の身体で一国を操作出来る凄まじい能力を持つ。
 それは、個人が全体を賄える事を意味すると同時に、集団を必要としない精神構造を生んだ。その為月人は、他者との共存とそれに伴う様々な対人関係に関する思考と脳領域が退化してしまっているのである。
 そんな月人の代表格ともいえる永琳は、自慢の機能が全く使えなくなり炎が収まるまでおとなしく待つしかないという天才としては最もつまらない選択をするしかなかった。


 炎を全て吐き終えて元の体型に戻った妹紅は業火の中でも涼しい表情で永琳らの気を追い4人全員が一ヶ所に留まっていることを確認する。流石にこの火の海では何も出来ないだろうし、このまま鎮火するまで待つつもりだろうと判断する。
 吹き出した炎によって、先程寝ころんだ時に仕込んだ爆破呪符が起爆し、それによって地面に大きな穴があいた。その大穴に移動した妹紅は、そのすり鉢状にえぐれた地面から炎を追い出し、蓋をするように結界を張り安全地帯を作る。
 炎が消えた穴の底に、練った戦闘プランに必要な様々な仕掛けを施した呪符の束をもんぺからパージして周囲にとりあえずばら撒く。
 そして一枚のとっておきの呪符、『移身転心』の呪符を取り出す。この呪符か完璧な妹紅の分身を作り、その分身に精神を移して、分身を直接動かすという、妹紅の奥義の様な妖術である。
 元々は、命を落としかねない危険な訓練や任務を行う定命の仲間の為に開発した術で、無敵の妹紅にとって一見意味のない呪文かもしれないが、本体を囮に使うといった不死身の妹紅ならではのアイデアを生かせる術として、重要な局面では必ず使ってきた術である。紫の妹八雲藍を倒したのもこの術である。


 妹紅は更に4人の分身を出し、口から大量の実体化命令文『命令線』を吐き出し、分身に呑ませ特別な命令を与える。その後妹紅は『移身転心』の術を発動させ、分身に乗り移る。残された本体には先程の4人の分身が四方から守るように取り囲む。
「よし、後は手はず通りに進めるぞ。結界からまだ出るなよ?」
 分身の妹紅が、他の分身に声を掛け、それらはまるで生きているかのように、コクリと頷き返す。
「これで輝夜は完全にキレるな・・・。」
 くくっと意地悪く笑いながら炎が弱った地表に出た妹紅は、穴から出る前に掴んだ一束の呪符を火の消えた部分に置き、発動させた。これは時限発動式になっており、今ここでは呪符の効果は発揮されない。
「これでよし・・・と。後は・・・。」
 分身の妹紅は上空の永琳らを見上げ飛び立った。


 炎はやがて鎮火に向かい、永琳達の視界からも炎が消えていくのが分かるが、その消える炎の替わりに白煙があちこちから上がりはじめ視界は思ったほど回復しない。
 炎が消えたとはいえ戦場空き地の空間内の温度は高温で、不用意に永琳のシールドから飛び出せば発火してしまうだろう。それで死ぬほどレイセンもてゐも弱くは無いが、大怪我になるのは間違いない。
 永琳の各種センサーは地表面に妹紅を確認し対妹紅用の戦闘プログラムを起動し追尾モードにしていた。これで妹紅は完全に永琳に掌握されたことになる。
「妹紅がくるわ。シールドを開放するわね。冷却まで少し時間がかかるから最初は各自ちゃんと熱防護を。」
 頷く面々を見て、シールドを開放する永琳。それぞれが自前の結界をはり散開する。
 永琳らは地表からだいぶ高い所、戦場空き地全体を覆うエリアシールドの天頂部付近にいた。妹紅の方からわざわざそこに行くのは、仕込みがばれないようにするためである。
「ずいぶんと派手な演出ね。というより大道芸か何かかしら?」
 目の前に現れた妹紅に、輝夜があざ笑うように言い放つ。永琳は目の前の妹紅を改めて分析にかかるが、体型寸法や質量、熱量などスキャンしたデータがデータベースにある妹紅と完全に一致し、それが藤原妹紅であることを改めて確認する。わざわざ入念に調べるのは、先程の爆炎地獄で妹紅の追尾モードが途切れていたためで、戦闘中の妹紅の追尾は、永琳本人が任意で行うのではなく自動化された追尾プログラムが行うので、再設定する必要があった。しかし、この自動追尾システムがこの後とんでもない結果を生むことになった。


「これはまだ余興よ。お楽しみにはこれからよ。」
 輝夜のあざけりに何の動揺も見せず、面白そうに輝夜の反応を楽しむ妹紅。
 そして、指をパチンと鳴らして何かの合図をする妹紅。この合図は先程施した呪符の仕込みとは直接連動しているものではなく、時限式の呪符が発動するタイミングを任意に作動させるように見せかける演技である。
 その妹紅の動作に一瞬警戒した輝夜は、周囲を見渡し何も起こらない事を確認して妹紅を笑い飛ばす。しかし、それでも妹紅はニヤニヤするだけで輝夜の冷笑など全く意に介していない。
 永琳が妹紅のその余裕がどこからくるのかわからず、その真意を図りかねていた時だった。永琳のセンサーが異常を感知し脳内視野角に警告を示す赤いサインが表示され、しかも連続で感知し続け、視界が警告で埋めつくされる。
「な!」
 余りにも多い警告音に思わず永琳は頭を抑える。この音は永琳の脳内視野角に表示されているモニターから発せられているので当然他の者には聞こえない。
 前方に1体の妹紅を感知していた追尾センサーが、突然に百体に及ぶ同一物体を感知しはじめ、永琳の脳内で自動制御されている各種センサーや機器類がエラーを吐き出す。
 永琳はすぐに自動から自己制御モードに切り替え一旦警告音を切ると、肉眼視野角から脳内視野角をクリッピングし今起こっている状況を永琳個人の脳だけで判断することにした。
 永琳の脳をサポートしている外部頭脳は決められた作業を自動的に処理させて、主である永琳の脳の負担を軽減させている。視界が悪いこの状況で永琳は肉体の感覚機能を削って外部センサーにその比重を大きく傾けていたいた。永琳は感度を上げた事による何らかの誤認エラーだとこの時はそう判断した。
 しかし、そのエラーの原因は他にあった。
 藤原妹紅はこの世に一人だけの存在として個体の様々な情報をデータベースに登録している。そのため、特徴が全て一致する無数の妹紅の分身の出現によって自動判断領域が制御不能に陥ってしまったのである。


 異変に対して感覚的に気付いたのは永琳が最初であったが、それを視覚的に一番最初に気付いたのはてゐだった。
「みんな!下!下!下見て!」
 大声を上げて地表を指さすてゐに、大きな隙を見せない様に妹紅を警戒しつつ恐る恐る視線を下に向ける輝夜。見ると地表の一画が白と赤になっている部分があるのが見えた。
「・・・?!」
 妹紅は輝夜らを地表に誘うように高度を少し下げる。それをゆっくりと追う永遠亭の4人。永琳はこの時視界に移る一塊りの集団が妹紅のクローンであると判断していた。
 煙などで視界が悪く、その地表の物体は高い位置いた時はよくわからなかったが、地表に近付くにつれてそれが、人の形をしており、更にそれが妹紅と同じ姿であることが確認出来た。
「ふーん・・・で、これが何?ふざけてるの?」
 輝夜は100人程の妹紅の集団を最初は驚いたが、月人は分身やクローンの類は特に驚きははしない。100体という数の多さだけが少し驚いたところであった。
「・・・。」
 妹紅は輝夜の薄い反応を受けても特に態度を変えず、ニヤニヤと蔑んだ目で輝夜を見つめる。
 その妹紅の態度を受けて、すぐに沸点に到達した輝夜は右手に力を込め光の玉を作り出すと、視線を妹紅を向けたまま強力な光の弾と槍を下に放つ。
 すぐに大きな着弾音がし、100人程の妹紅の分身はそのほとんどが消えて無くなる。
「ばっかじゃないの?あんなものでビビると思ってるの?」
 妹紅は自分の分身の被害状況を確認する事無く、輝夜の言葉を受け、しばらく見つめあった後、大きな声で笑いだす。
「馬鹿はどっちだ?」
 妹紅はそう言うと一枚の呪符を取り出し、それを見せびらかすようにヒラヒラと動かし、固唾を呑む輝夜の目の前でそれを自分の顔に貼る。そして妹紅は、貼った右手を前に出し握って見せて次に三本の指を立てる。
「3・・・2・・・」
 そして、立てた指を順に折ってカウントダウンを始めた。
 意味不明な行動に輝夜は一瞬呆けていたが、突然何かを閃いて先程撃った光弾と光槍の着弾位置を見る。
「は!」
 その地表の様子を見た輝夜の全身から血の気が引く。
「・・・1・・・。」
 数えた指が全て折れると同時に、呪符が爆発し妹紅の頭が木っ端微塵に吹き飛ぶ。これが妹紅本人なら、頭部の破片と内容物が飛散し、次にリザレクションすることろであったが、頭部を失った妹紅は崩れ落ちる光の粒子となって中空に霧散するだけであった。
「・・・う、うそ・・・。」
 絶句する輝夜は下に倒れている妹紅の所に飛び降り駆け寄る。
 そのタイミングに合わせたように、怪我を治さずそのまま重症を負った状態のまま苦しそうに起き上がる妹紅。
 妹紅は100体の囮の分身の中に自分の本体を紛れ込ませていたのである。
「あーあ、先に手ー出しちゃったー。」
 まるで子どもの言い争いのような口調で輝夜を嘲り笑う妹紅。先手を必死に我慢していた輝夜は、まんまと妹紅の策略にはまる。
 絶望の表情から次に激怒に変わるのに時間は必要なかった。
「お、おのれ・・・もこう・・・永遠に殺し続けてやる!」
 輝夜はこれまでの長い人生の中でこれほどの怒りを覚えた事は無かった。


 永琳と一騎打ちに持ち込むには、先ず輝夜とレイセンを何とかしなけれならない。永琳が前面に出てくる前に輝夜を焚き付けて永琳にも制御出来ない状態にする必要があり、それが今の作戦で見事に成功した。
 妹紅は予想通り輝夜が前面に押し出て来たことに満足する一方、永琳がやけに大人しい事が少し気になった。しかし、それを分析している時間はないとみて次の作戦に移行する。
 妹紅は怒りで我を忘れている輝夜の目の前で、目くらましの閃光呪符を発動させる。正常な状況判断が出来なくなった輝夜はモロにその閃光を浴びて悲鳴を上げる。
 穴に潜伏している3人の分身、4人いた内の1人は本体を外に連れだし分身の群れに潜ませ、そこで本体ごと輝夜にやられているが、その残り3人に穴に置いてきた大量の呪符の発動を命令する。
 3人の分身は穴の底にちらばっている大量の呪符の束を一斉に外に放り投げる。呪符は地面に落ちる衝撃で発動し、爆竹のように連鎖しながら周辺に拡がっていき大量の分身を発生させた。その数は先程の100体の比ではない。数千体に及ぶ夥しい数の分身だった。


 永琳は妹紅の分身に反応して誤認した対妹紅用のプログラムを修復しており、輝夜と妹紅のやりとりに余り注意を向けられなかった。輝夜の愚かな振る舞いを制止出来なかった事は痛恨の極みだが、それよりも本物と認識して疑わなかった輝夜と話をしていた妹紅が分身、偽物と見破れなかったのが一番の衝撃だった。
 永琳は一からプログラムを組み直す時間が無く、修正に修正を重ねて対応しようとした矢先、また大量のエラーを吐き出し混乱する。
 数千にも及ぶ妹紅の分身をまたしても本物と認識し先程の比ではないエラーを吐き出し、ついに永琳の補助外部頭脳は完全に凍結状態に陥ってしまった。
 自己修復機能が起動し、それらを修正している間、永琳は総合身体のサポート機能の恩恵を受けられず、素の身体で平静を装いながら状況を確認していた。
 肉眼視野角には、夥しい数の妹紅が視界全体に存在し、それらが全て本物の様に動いている。通常、分身は一種の幻の様なもので質量はなくそれ自体に攻撃力はないが、この妹紅の分身は幻影ではなく質量を持ちクローンであるとしか思えない。実際妹紅の分身は有機物質から肉体を擬似的に作り出し、妹紅本人のDNAを使って物体として再現し当然質量も存在している。妹紅としてはそれがクローンであるという認識はないが、実際には限りなくクローンに近い存在といえる。
 そして、もう一つ、本体と分身を誤認させている妹紅固有の特徴があった。
 永琳としても以前から妹紅について解せない点が一つあり、それは、妹紅の熱量が有り得ない程低いということである。ここで言う熱量というのは体温の事ではなく、その生命体の持つ総合能力を数値化したもので、妹紅は強い割にこの数値に表れる生命体としての格が非常に低い。これの意味するところを永琳は最後までわからなかったが、これは、妹紅の魂に秘密があった。
 強い個体には強い魂が宿る。魂が強いから個体が強くなるともいえる。
 古の妖怪や博麗一族は魂が輪廻の終着点に到達した御霊を持つ。魂は生まれてすぐは、虫けらにやどり、それらが死ぬ毎に上位の生命体に輪廻する。そうして人間という生き物の魂となった時、輪廻が一巡した事になる。
 そうやって何巡もしていくと、魂としての格が上がっていき、やがて輪廻の到達点である御霊となる。御霊となった魂は一定の輪廻の循環から離脱し、自在に宿る個体を決める事が出来るようになり、それが妖怪であったり、天皇家であったり、博麗一族であったりするわけである。
 藤原妹紅の魂は、魂として誕生し小さな虫から始まり動物を経て初めて人間になった産魂(うぶだま)で、このような輪廻の浅い魂は獣であった前世の獣性を引き継ぎ、性格が非常に暴力的で直情的な振る舞いをする人間になってしまう。同じ人間でも落ちついて何事にも動じない人もいれば、少しの事で怒って暴力をふるう者がいるが、これは全てその人に宿る魂の年輪の違いからくるものなのである。
 妹紅は父親が輝夜に侮辱された事で激情し、復讐を誓って後先考えず武器を調達して輝夜の屋敷を襲う。輝夜らはその時ちょうど出立の時で、その襲撃は空振りに終わったが、その後輝夜の残した蓬莱の薬を奪って輝夜にいやがらせしようと、またしても後先考えず薬の後を追って富士山行きの使いの一行を尾行した。そして蓬莱の薬を飲み不死身になってしまったのである。
 こうした無謀な振る舞いは魂の未熟さがなせる行為であろうが、それでも妹紅が特別だとするなら初志を貫徹出来る運を持っていたということだろう。運がなければ道中志半ばで死んでいた事だろう。
 ちなみに、博麗の血が混ざっている里の人間の子どもの熱量より、妹紅の熱量は小さく、犬や猫と対してかわらない。多くの人妖が妹紅を侮ってしまう要因がこの、霊格、熱量の低さというわけである。


 妹紅の異常なまでに小さい霊格は、永琳に備わっているセンサーで扱える設定基準を大きく下回っており、計測不能領域になっている。その為熱量で個人を判断できず、外見を主にその判断基準としていた。
 外見的に全く同じである、妹紅本人と分身は、熱量を測定出来ない為に同一存在と誤認させた。
 永琳は、数千体にも及ぶ分身の出現によって使い物にならなくなった対妹紅用に組み立てた戦闘プログラムを必死に修正していた。
 その一方、妹紅の計略にまんまと嵌り、その怒りから我を忘れた輝夜は、視界が回復した後も周囲の状況が何も見えず野獣のように妹紅に飛びかかる。
 妹紅はその動作を予測し、輝夜よりも早く動いた。
 右手の人指し指と中指を揃えた状態で真っ直ぐ腕を水平に延ばし、妹紅から向かって右から左へ腕を振る動作をする。
 輝夜は両手を突き出した格好で恐らく首を絞めに来たのだろうが、その手が妹紅の首に到達する前に、妹紅の指図通りに動いた妹紅の分身の巨大な塊が、輝夜を横撃しなぎ払い妹紅の視界から消える。
「バカめ。」
 大量の妹紅分身で構成されたの一軍は、まるで龍の様に長く帯状に線を描き、その先端部分に輝夜は閉じこめられる様に、全方向から妹紅の分身達に殴打され続ける。
 気が立っていた輝夜はその攻撃に痛みを感じずがむしゃらに抵抗し、数十人の分身を道連れにしたが、肉体的な損傷が耐えられる限界を越え、突然事切れる様に抵抗を止めそのまま気絶する。しかし、分身の攻撃は止まらず輝夜は痛みに目を覚まし、また気が遠くなって気絶する。
 いくら不死身の蓬莱人でも、一切傷を負わない無敵の身体というわけではない。瀕死の重傷を負えば身体が言うことをきかずに倒れてしまう。死ねば即時に完全な状態で復活するが、敢えて殺さず生殺しにする命令を受けている分身達は、殴打による微量だが手数の多いダメージの蓄積で輝夜を責め続け、自己修復する肉体を瀕死のままに保ち続けていた。
 視界を横切る分身の群れが通り過ぎると、妹紅は今度は左手の人指し指と中指を立てて、輝夜の時と同じように、今度は標的をレイセンに向ける。
 今の光景を目撃していたレイセンは、まだ大量に何もせずに待機している妹紅の分身が、今度は自分のところに来るとすぐに察知し咄嗟にその場から跳躍した。
 レイセンの予想通り、大量の妹紅の群れが帯状に連なって追撃してくる。分身達は遠隔攻撃の類は一切してこなかったので、高速で移動しながら追尾してくる群れに向かって気弾を弾幕を放つレイセン。
 妹紅の分身は本体の様に火の弾など使って来ないかわりに、攻撃に対する回避・防御性能が高く、レイセンの弾幕は充分な効果を発揮しない。命中率が3割以下で中々数が減らせない。その結果に焦るレイセン。
 気弾である以上、生体エネルギーを消費する。撃墜率の低い今の攻撃のまま続けていると身体が持たないと判断したレイセンは逃げに徹し、回復しながら持久戦に入ろうとした。
 妹紅はそのレイセンの戦術転換に感心したが、自由にやらせる気はなかったので攻撃を厚くする。右手の人指し指をレイセンに向け、先程輝夜に向かった集団の半分をレイセンに向かわせたのである。
 別働隊が移動方向に現れ、行き場を無くしたレイセンは横に逃げるも、速度を落としてしまったために、高速移動で陣形が縦長になっていた妹紅の分身達に横に拡がる機会を与えてしまい、そのまま包囲された。為す術もなく妹紅の集団に捕まったレイセン。妹紅はそれを見てすぐにレイセンの後方を遮断した最初に輝夜にあて部隊を再び輝夜に戻す。
 輝夜専属の右手部隊と、レイセン専属の左手部隊は、行動パターンに違いがあり、輝夜に対しては攻撃を主に、レイセンに対しては回避・防御中心と設定していた。
 不死身の輝夜に容赦する必要はないが、レイセンに対して輝夜と同じ様に扱えば死んでしまう可能性があったのでレイセンにあてた部隊は手加減させていたのである。そして大量の妹紅の塊に捕まったレイセンは地面に押さえつけられて完全に身動きが出来なくなっていた。
 因幡てゐは、既に3人の妹紅の分身に拘束され、両脇を抱え込まれて身動きが取れない。この3人の分身は、最初に妹紅が出した分身で特別な任務を帯びており、その最後の任務がてゐの身柄の確保である。
 てゐとしては真面目に戦う気など初めから無かったので、この状況はむしろ歓迎である。しかし、妹紅が幻想郷を滅ぼそうとしている事をてゐは真に受けており、それだけが心配でならない。
 そのてゐの心配を感じとったわけではないが、拘束する2人とは別の手の空いている妹紅の分身がてゐの前に来て無表情のまま見下ろし、愛想笑いで返すてゐを無視するように後ろを向く。てゐは背中を見せた分身の手に何かカードのようなもがあるのに、気付きそれを凝視する。
 そのカードは何も効果が付与されていない空の呪符、素符で、そこに文字が書かれていた。
「メッセージありがとう。おかげで戦いの準備を整える事が出来たわ。後はゆっくり観戦していて。でも、拘束されている事は忘れないでね。」
 てゐはほっとした。心底ほっとした。妹紅はああ言ってはいたが、本心で幻想郷を滅ぼそうとしているわけではない事が、直接そうかかれていたわけではないが、そのメッセージの雰囲気からそうだと確信した。
 メッセージを読み終えたタイミングで、そのメッセージカードは端からチリチリと炎は上がらずゆっくり灰に変わっていく。てゐは気持ちを楽にしながらも、表情には危機感を出して状況を注視する。この時てゐは、いくら妹紅でも師匠である八意永琳を倒せるわけはないと悲観的に状況を見ていたのだった。


 自分以外の3人があっさりと無力化された光景を苦々しく思い見つつも、永琳は対妹紅用の戦闘プログラムの修正を続けていた。
 これまで妹紅が見せたこともない分身の術。その分身と本体を区別出来ない自分のプログラム。300年間猫を被って本当の姿を隠していた事、そして、それが完璧な自分のプログラムを狂わせていること。これらは永琳に屈辱とも言える事である。
 永琳は自らが開発した外部補助機能で自身の身体能力や頭脳を飛躍的に向上させる『総合身体システム』によって圧倒的な優位性を他者に対して持つ事が出来た。
 戦闘の際に最も重要な事は相手を知ると言う事。相手の能力を解析して最も有効な戦術を割り出し実行する事である。そこに戦闘に対する戦士としての矜持は全くないが、そういうプライドがあるとするなら、自分の作ったプログラムが完璧に動作するかどうかという部分のみである。
 永琳にとって戦闘に負ける事は、低確率で起こるある程度想定されたイレギュラーでしかなく、永琳にとっての敗北とは正に今この時のプログラムが正常に作動しない状況といえた。
 妹紅は永琳が敗北感に打ちのめされている事を知らず、輝夜とレイセンをさばいた後、上空で見守っていた永琳の前に飛翔する。
 正対した2人は、言葉を交わすことなくしばらく見つめ合う。
 妹紅は、永琳の様子がおかしい事は分かっていた。恐らく新しい技を見せた事で、情報を解析しているのだろう。初めて対戦した時も、戦闘はもっぱら輝夜に任せて永琳はただ見ているだけであった。その後、手合わせした時は完璧にこちらの動きを読まれ、手も足も出ず敗北したものである。
 永琳は対戦成績やこれまでの経験則から最初は様子見に来るだろうと踏んで、全力でプログラムの修正をしたいた。しかし、その読みは完全に外れた。
 何の気配も予備動作もなく、一気に突っ込んできた妹紅に対し何の対処も出来ず、顔面を殴られる永琳。ほお骨が完全に砕け、その衝撃で頭蓋の内容物を完全に破壊された。即死である。
 永琳は死ぬと球状のフィールドに包まれ、瞬間的に他の場所に移動する。これは同じ場所で死に続けるリザハメ防止の安全装置である。この移動フィールドは通常移動にも使用され、このフィールドを展開している時は、短距離ではあるが瞬間的な点移動を行える。物理的な法則が通じない移動先が全く予測出来ないこの永琳独自の移動方法にはずっと苦しめられてきた妹紅である。
 球形の膜、つまりフィールドは、見た目的に防御などに使うシールドと区別がつかないが、移動フィールドには防御力が全く無く、状況に合わせて適時切り替えているようだ。
 妹紅は永琳らが使う用語をそのまま流用し、シールドやフィールドと区別して理解していた。
「(やはり、頭の中で別の作業をしているな・・・。)」
 拳が顔面に吸い込まれる時ですら瞬き一つしない永琳の様子を見て妹紅は状況をそう分析する。
 永琳にしても予測が完全に外れて戸惑う。今までの妹紅とまるで違う、違いすぎるのだ。先日変化した妹紅の強い妖気は今は感じられず、これは妹紅が力を自在に制御して用いている事を意味する。今の打撃も妹紅の全力ではないだろう。問題は上限をどこに設定して妹紅の総合戦力を割り出せるかである。
 しかし、本当の問題はそれではない。周囲の分身と本物との見分けがつかない事が最大の問題である。永琳には何故区別がつけられないのか疑問でならなかった。


 妹紅は、即死させたと同時に回避移動をした永琳を追い回しつつ、火球を放って爆発に巻き込むなど数回永琳をリザレクションさせた。
 接近するとすぐに回避行動する永琳のワンパターンな動きを見て、逃げた後を追わずに観察してみる。
 10メートル程の短い距離ではあるが連続して不規則に一瞬で位置が変わる永琳だが、明らかにその回避跳躍回数が多い。無駄な動きを一切しない永琳とは別人のような動きである。
「(逃げているというより・・・あれは、見えてないからなのか・・・。)」
 見えているなら回避するにも必要な回数だけ跳ぶだろう。しかし、明らかに回避跳躍回数が多すぎる。見えてないから絶対安全圏内を確保しようとしているのだ。
 妹紅が接近すると8回から10回程、連続で不規則に回避跳躍をするが、回避跳躍しているあいだ何もせずに見ているだけでも、やはり同じ回数跳躍している。明らかにこちらを見て対処しているのではなく、永琳の都合だけで動いているようだ。
 妹紅は火球を右手の拳に溜め、永琳の回避跳躍が9回目になったタイミングを見て、おおよその停止位置を予測し、そこに火球を放り投げる。重力の影響を受けて緩い放物線を描いて飛ぶ火球は妹紅が決めた位置で大爆発を起こし、直撃こそしなかったが爆風に巻き込まれて永琳は再びリザレクションする。
「(やっぱりな。)」
 今まで永琳ならこんな無様な死に方はしない。しかし、何故こんな状況になったのだろうか。妹紅は周囲を見渡し、そこですぐに気付いた。
「(なるほど。分身と私を区別できてないのか。感覚が良すぎるのも良いことばかりじゃないのね。)」
 優れた感覚機能は得てして妨害に弱い。そして妹紅を過小評価した永淋は妨害される事を全く想定しないまま戦闘プログラムを組んでしまっていたのだ。妹紅の分身は意図にはない大きな妨害効果を生んでいたのである。
 この状況を修正しようと頭の中で必死に何かをやっているという事を知った妹紅は、付け入る隙がありチャンスと思う一方で、死んでもリザハメ出来ない永琳を殺しまくったところで何の意味があるのかと自分自身に疑問を投げかける。
 戦いに勝つと言うことは、この場合相手の心を折る事にあると妹紅は思っている。永琳の心を折るにはどうすればいいのか?それは、永琳の必殺技を撃ち破り、リザハメに落とす事である。
 このまま永琳が自滅したのでは目的が達成出来ない。どうすればいいのだろうか?
「(こちらから隙を見せるか・・・。)」
 妹紅はこれまでの、『満月殺陣』に入られる流れを思い出す。最も効果的な入り方はこちらの攻撃にカウンター喰らわせ、その大きな隙を利用する事である。
 妹紅は永琳を追いながら妙案を思いついた。