東方不死死 第26章 「有限の月と無限の炎」
迷いの竹林の北東部に藤原妹紅の隠れ家がある。
隠れ家といってもただの掘っ建て小屋で人間の里の貧しい農家の家よりもさらに見窄らしい建物である。
藤原妹紅は幻想郷入り後人間の里近くにある現在の藤原邸、当時お化け屋敷と呼ばれていた空き家に極短い間だが住み着き、そこで上白沢慧音と出会って永遠亭の存在を教えられると、すぐに竹林に移住し現在の隠れ家に住み着いている。当時それなりに家らしい家であった隠れ家は、永遠亭との度重なる戦闘で完全に破壊され、その廃材で雨風をしのげる程度の小屋を自作し現在に至るというわけである。
数年前の永夜事件後に蓬莱山輝夜によって起こされた、藤原妹紅を極悪人・大罪人として指名手配した不死人狩りで、追われる妹紅はこれを逆手にとって自分を狙う妖怪達を永遠亭に呼び込み、永遠亭の住人を巻き込んだ大乱闘を何度も繰り返して、破壊された竹林の自宅の仇を取って以降、家屋の被害をこれ以上増やしたくない永遠亭の申し出で停戦状態になり互いの領域、施設には手を出さない取り決めを行っている。
隠れ家とその周辺が自分の領地的に扱われ安全になると、妹紅はこの隠れ家の地下に洞窟を掘って、外界から持ち込んだ妖術使いの一族の門外不出のお宝を大切に保管していた。
骨董的価値はあるかもしれないが、金銭的価値は不明の数あるお宝の中に、万物の属性を見極める特殊な眼鏡がある。薬や火薬の調合などに大いに役立つ逸品であり、藤原妹紅はこの眼鏡を霧雨魔理沙に貸す約束をして、今それを取りにここを訪れたというわけである。
隠れ家の周囲には目に見えて警告とわかるような侵入者に対する結界と、侵入を知らせる目に見えない結界、そして侵入者を撃退する為の罠などが張り巡らされているが、見たところ誰かが侵入した形跡はない。あればあったで、因幡てゐから報せが来る事になっていた。
永遠亭と妹紅との間に、お互いの住居施設等を破壊しないという約束が取り交わされているわけだが、永遠亭とは関係ない部外者がこれを行う可能性はゼロではない。そのため、侵入や破壊を永遠亭側の犯行と勘違いした妹紅から勘違いで復讐をされないように、妹紅の隠れ家周辺は永遠亭側の因幡てゐの配下の兎達によって巡回監視がされており、異変があれば妹紅に知らせて永遠亭側が濡れ衣をきないようにしているのだ。
因幡てゐは永遠亭の配下にあるが従属しているだけでレイセンの様に隷従しているわけではない。配下の兎とそれを操る自分の能力を永遠亭に提供する条件で仲間になっているが、基本的にてゐ本人の行動に大きな制限はない。一方のレイセンはペット、従者、僕であり、因幡てゐとは根本的に格付けが違う。普段の関係では、レイセンの方が上に見られがちだが、実際は因幡てゐの方が格が上である。
妹紅は隠れ家から少し離れた場所に降り立ち周囲を警戒する。兎以外の生き物の侵入の形跡はない事を確認すると、隠れ家の入口に移動し、そこでしばらく立ったままてゐからのメッセージが来ないか待つ。
因幡てゐは基本的に人間の味方で人間に幸運をもたらす。永遠亭に従属し藤原妹紅とは敵対関係にあるのの、人間である妹紅に裏で個人的に便宜を図っており、永遠亭の情報を時々妹紅に流している。
てゐからのメッセージは兎を使って行い、内通がばれないように自然に装う必要がある。その為、妹紅に伝わるまでに少し時間がかかる。
迷いの竹林のいたるところに生息する地兎が下草をはみながら無警戒にくつろいでいる。竹林という防壁によって天敵のいない兎達は、増えすぎて間引きが必要な程沢山生息している。
兎の支配者であるてゐは、一定の数以上に兎が増えれば竹林から追い出して、他の生物、人間や妖怪の餌として供出しているが、それでも兎は余り気味である。そして、その余剰分の兎で幻想郷を広くカバー出来る情報網を構築し、その全権をてゐは握っているのである。
妹紅はそんな肥え太った兎たちの様子を眺めていたが、どこからか現れた一匹が文字通り道草を食いながら蛇行しつつも確実にこちらに近づいてくる事に気づいた。
無警戒ながらも妹紅と一定の距離を保って近づかない他の兎とは明らかに違うその兎に妹紅は歩み寄って耳を掴んで持ち上げた。
その兎は、お腹の毛が糊を塗られて固められたように平らになっており、そこに小さく文字が書かれている。
てゐからのメッセージだ。
「・・・。」
永遠亭のてゐを含めた4人総動員で、妹紅を襲撃する為、永遠亭を出て『戦場空き地』に向かっているというメッセージがそこに書かれていた。
戦場空き地とは、無秩序に互いの陣地を襲撃し合う古い戦い方を改め、大規模な戦闘は特定の場所で行う取り決めがなされた後に永遠亭側で用意した戦闘用の人工的な広場の事である。空き地という名のとおりその場所だけ草木が一本も生えていない大きな空き地になっており、戦場となる空き地という事でそう呼ぶようになったのだ。
迷いの竹林は永遠亭をカモフラージュするためのもので、外から見る竹林の全貌は偽造された絵のようなものである。その為、ぽっかり空いた戦場空き地は上空からは見ることが出来ないし、竹林内部で発生する大きな戦闘音や発散する気やエネルギーは外に漏れることはない。
先日、妹紅に新たな力が備わった後、その抑えきれない力のはけ口に不死身の蓬莱人を利用しようとして永遠亭を襲撃した。この襲撃は永遠亭側が応戦しなかったことで空振りに終わったが、この件が永遠亭側に大きな因縁を付けてしまったようである。所謂お礼参りでもするつもりなのかはわからないが、昨晩の魅魔との話でもあったように、永遠亭の医術は魔理沙の肉体を蘇生、維持出来る状態にするための重要な存在と考えている。その意味で永遠亭側の意図はともかく魔理沙に近い場所にについてもらった方が都合が良く、いずれ永遠亭とはなんらかの形で接触する予定だった。
妹紅はこの時、紫の計画に対して、自分が悪者になって討伐される側になると漠然と考えていた。
妹紅は不死人狩りで多くの人妖から狙われた経緯があり、その復讐の為に幻想郷を破壊するという事にするのが、自分が異変に参加する上で最も自然な動機になると考えていた。
だが、妹紅はこの時、自身を過小評価し過ぎていた。あの不死人狩りで復讐を全くしてこない妹紅の思考が理解できず多くの人妖を惑わせ、力のあるもの程妹紅に対して強い興味を示す結果を生んでいたのである。
そもそもこの不死人狩りの件が八雲紫が妹紅に対して興味を示した最初で、妹紅を調べる上で不死鳥の存在が判明し、そこから今回の異変に利用するという案が生まれたのである。
西行寺幽々子やフランドール・スカーレットの件といい、妹紅の取った行動、というより何もリアクションを行わなかった事が多くの強者達に影響を与えている。そしてその事に妹紅自身が全く気づいていなかったのだ。
妹紅は、自分が悪玉、霊夢や紫らが善玉という立場で異変が進行すると思い込んでいる。それ以外の選択肢が現状では全く思いつかない。
紫との最初の接触で「死んでくれ」と言われたが、当時はその意味を慧音と考え深く考察してみたが、これは単純に悪者として倒されて欲しいという意味ではなかったのかと自分なりに解釈している。
しかし、紫側の考えはまた別であった。
紫が妹紅に興味を示したのは永夜事件の後の蓬莱山輝夜によって引き起こされた不死人狩りの時である。
永夜事件後、紫らと永遠亭が和解し交流が生まれた直後、竹林に住む極悪人の存在を輝夜から提示され、莫大な報酬も用意するとの事で真っ先に博麗霊夢が動き出し、それにつられるように知人等もその罪人、つまり藤原妹紅の討伐に乗り出した。
不老不死など半信半疑であったが、蓬莱山輝夜に言われた通り不死身でいくら殺しても死なないその人間を、当時人喰いが自由に出来ずにストレスが溜まっていた妖怪達の不満解消の道具に不死人が使えると判断した八雲紫は、そうした妖怪達に大々的に不死身の人間の存在を宣伝し、その結果、常軌を逸した凄まじい不死人狩りが始まってしまったのである。
百や二百の話ではなく数千数万回と、死と復活を繰り返すその人間は、そんな状況においても、あくまで殺傷力の無いスペルカードで応戦し、数カ月後不死人が行方不明となるまでそれが続いた。
一方、不死人、藤原妹紅はこの戦いの裏で巧みに立ち回って永遠亭を苦しめ、永らく続いた戦いから停戦を勝ちとっていた。そして、この時点で十分に殺し満足した妖怪達は、停戦時に永遠亭に匿われて行方不明となった妹紅を探索追撃はせず、汐が引くように後退していった。
やりすぎたと後悔した八雲紫が、事態の収拾に乗り出そうと動き始めた矢先、不死人狩りが急速に収まってしまう。この数カ月に及んだ不死人狩りが残したものは、復讐心や憎しみの連鎖ではなく、満足した妖怪達から不平不満が消えたという事実だけだった。
八雲紫はこの藤原妹紅という存在が、蓬莱山輝夜が言うような悪人には思えなくなり、方針を変えて独自に調査を始める。その過程で藤原妹紅と永遠亭の関係がある程度分かり、自分達が担がれていた事を知ると同時に、外界で行方不明となっている不死鳥が妹紅に内包されているという事実が判明したのである。
紫としてはこの不死人狩りの件を妹紅に謝罪したかったのだが、その機会が無かった。
菓子折を持って謝りに行くのも芸がなく、そもそもそんな軽い事で済まされるものではないと考え、やるのであれば、きちんとした場所で然るべき態度で行うべきと思っていた。
妹紅側としてみればほとんど気にしていなかったのだが、その意識のズレが紫から妹紅を精神的に遠ざけて、ただ会って謝るという簡単なことさえ出来ずにいたのである。
そんな悩める紫の苦悩を取り除こうと九尾の八雲藍が様々な案を練り、その中で、藤原妹紅との共同作戦を行う異変を起こし、その流れの中でタイミングをみて謝罪するという、今回の異変の叩き台のようなものが提案される。
そこから不死鳥を利用するという流れにいくまで時間はかからなかった。天狗側の要請や、自身のスキマ爆弾の処理など、先延ばしにしていた様々な案件を同時に処理出来る事が期待できた為、藍の提案を正式に採用し今回の異変が発動となったわけである。
紫は妹紅と接触する際、妹紅からの仕返しを受ける覚悟があり、また、妹紅が復讐を躊躇わない様に敢えて険悪な態度で接触し無礼に振る舞ったのである。
その後、博麗神社に誘い会談の機会を設け、妹紅から責められた後、ここで一世一代の土下座謝罪をしてやろうと目論んでいた紫だが、紫が何かをする前に妹紅は何の条件提示もせず、紫らの望み通りに動くと宣言されてしまったので、謝罪する機会がまた失われたのである。
青天の霹靂とでも言えばいいのか、空いた口が塞がらないとはこのことで、紫はこの妹紅の態度があまりにも想定していたものと違い過ぎていた為、感謝すべきところが転じて激怒に変わってしまったのである。
その時萃香に苦言を刺され、その後の交渉は藍が乱暴に執り行ったという笑い話のような顛末である。
この様な経緯がある為、紫は妹紅を悪者にする気など全くなく、今回の異変を通して、謝罪と感謝の意を込めて藤原妹紅を救国の英雄に仕立てようとさえしていた。
そして、その場合、どうしても敵が必要だった。そしてお誂え向きの敵がいた。かつての吸血鬼戦争で多くの同胞を奪った吸血鬼。その復讐をこの異変で果たそうと考え始めている紫である。
妹紅は自分が悪者にされることを前提に事態が進行すると考えており、善者である霊夢と悪者である妹紅との戦いに、霧雨魔理沙がどう関与していくのか、どう関与させていけばいいのか、この時点では情報が少なすぎて計画が立てられない。
レミリアによる願望から生じた無意識の運命操作が行われていると想定され、恐らく魔理沙もこの異変に必要とされる因子になっている可能性がある。
先日、博麗神社で起こった妹紅や鬼、九尾、紫らの関係する事故とも言える妖力衝突によって、爆発的な妖気が幻想郷に広がった。このインパクトは運命を操る能力を持つ吸血鬼レミリア・スカーレットの潜在的に持っていた変化・変身願望を刺激した。レミリアは幻想郷に異変が起こる事を察知し、その異変に自身の願望を重ねて歓迎し、そして熱望する感情が生まれてしまったのである。この何ら具体的な結果が見えない他人任せの異変願望が事態を不明瞭にしているわけである。
妹紅の自爆による大きな変化。これが動かせない確定事項となってしまったことで、運命はこの状況を損なわない為にこれを保護する為の力を生み出す。そして、この動きを妨げる因子に対して防衛反応が起こる。つまり、妹紅の自爆を妨げる力が発生した時、その力の源を排除する別の運命が発動してしまうということである。
妹紅がこの異変から降りたいと思った時、運命は状況の進行を妨げる妹紅の感情を変える為に何らかの因子を作り出してしまう。例えば、魔理沙を救いたい為にこの異変を利用するといったようにだ。
魔理沙という因子は、妹紅を後戻りさせない為の保険のようなものではないかと思う妹紅だが、ならば魔理沙もまた必ずこの異変の何処かに組み込まれるはずである。
魅魔の件も含めて完全に偶然という可能性もあるが、それとも、もっと別のところで異変に関係することなのだろうか。
気になるのは、昨晩、厳密に言えば今日未明の事だが、「魅魔がレミリアを救った。」という言葉にあるように、魅魔とレミリアの間で何か強い因縁があることが伺える。魅魔の出現は妹紅ではなく、レミリアに関係している事ではないだろうか。そうなると、妹紅はレミリアとも関わらなければならないのだろうか。
この時点で吸血鬼を悪者にするという可能性を知らない妹紅である。この事は今晩行われる魅魔との吸血鬼戦争の話で、何故魅魔が現れる必要があったのか理解出来るのだが、この時点ではまだ五里霧中であった。
今現在の問題は目の前に迫る永遠亭である。
彼らは何らかの意図があって妹紅に接触を試みようとしている。その理由は何であろうか?
妹紅はてゐのメッセンジャーの白兎を抱きかかえながら立ったまま思考に没頭する。
「昨日の神社の異変を受けて、連中も何かが起こる事は理解しているだろう。その上で何が起ころうとしているのか知りたいんだろう・・・で、それを聞き出そうという魂胆だな・・・。」
妹紅が博麗神社で変態したことは永遠亭も分かっているだろう。神社から博麗霊夢や八雲紫が連想されるが、妹紅がその場所で変態したということは、八雲と妹紅との間に何かしらの繋がりがあると考えるのが自然である。そして、その異変の情報を、望んで会う事が出来ない神出鬼没の八雲紫ではなく、与し易い妹紅から引き出そうという魂胆だろう。
「情報を引き出したとして連中はこの異変をどう立ち回る気だろう・・・。」
この時の妹紅は、蓬莱山輝夜が幻想郷の崩壊を直接見てきた事を知らない。しかも、その崩壊の原因に八意永琳が関係している事など想像の域を超えている。
八雲紫と藤原妹紅の引き起こす一連の計画に、永琳に関係する何かが関わる事で、その計画が丸ごと潰れてしまい更に幻想郷を滅ぼしてしまう。こうならないようにするためには、この異変そのものを頓挫させるしかない。これが永遠亭が妹紅に接触する目的である。しかし、交渉次第ではこの異変の失敗の原因を突き止め、八雲紫らの計画を成功させる手助けをする準備もしている。その為にも妹紅らが何をやろうとしているのか正確な情報が必要であり、その為の接触というわけである。
この時、てゐが条件次第では味方になるという情報を妹紅に知らせていれば違う結果になっただろうが、この時点では、輝夜の見た未来についててゐもレイセンも具体的な内容まで報されておらず、永琳の思い詰めた態度からそれを聞き出す事もできないでいた。その思い詰め殺気立った永琳の様子からてゐは妹紅が危機に見舞われると予測判断し、それを報せる為にこのような形でメッセージを送るしかなかったのである。
一方妹紅は、自分が悪者になるという想定で異変が進む事を想定しており、魔理沙をこの異変に参加させる場合は、自分と同じ悪者側ではなく、霊夢らと同じ善玉側として行動する事を希望していた。何故か善玉かと言えば、すべてが終わったわと、その責任を悪玉である妹紅がとらねばならず、その仲間に魔理沙がいれば、当然魔理沙もその責任を負わねばならない。罪を被るのは自分一人で良いと妹紅は考えている。
魔理沙を一度正しく死なせるという危険な橋を渡らなければならない関係上、医術に長けた永遠亭が魔理沙に近い方が安心出来る。
一つの答えが出だ。
「私は永遠亭の連中とは決して結ばず、敵対して連中を八雲紫側につける!」
八雲紫と八意永琳及び蓬莱山輝夜の永遠亭が手を結んで何かをするという事は通常なら有り得ない事だろう。しかし、幻想郷を滅ぼそうとする藤原妹紅という悪を共通の敵と認識させることが出来れば、呉越同舟は十分可能である。
妹紅は決断をすると、抱いていた兎の首を鷲掴みにしてそのまま絞め殺し、さらに焼いて消し炭にする。そして、まっ黒な消し炭になっても兎の形をしていたソレを、握りつぶしてバラバラにする。黒い粉片となった兎だったその物体は風にさらわれて跡形もなく消える。
一見すれば酷い事であるが、てゐからのメッセンジャーはこうやって処分し証拠を残さない様にすることを予めてゐと取り決めていたことである。
妹紅はまるで最期の戦いに挑むかのように凄まじい闘志をみなぎらせる。ここまで気合いを入れる理由は、完全な勝利を目論んでいるからである。完全な勝利によってこそ、永遠亭は妹紅を危険視し、八雲紫と結びつくきっかけが生まれるのだ。
そしてもう一つ大きな理由がある。
これが運命によって為されている事であれば、その運命の中心点にいる妹紅の行動を阻止しようとする動きに対して、それをさせないようにする別の新たな運命が発動される可能性があり、いくら運命とはいえ、永遠亭を無力化するような大きな力など簡単に引き出せるものではない。むしろこちらの方が紫の異変よりも大きくなって収拾がつかない状況になる可能性も出てくる。
「もしかしたら、私の得た新しい力は、永遠亭の妨害に屈しない為、運命によって与えられたのかも知れないな・・・。」
運命など未だに信じていない妹紅だが、短い時間の中で度重なる様々な変化をその身を持って体験し、運命という未知の存在を否応にも感じざるを得ない。それと同時に、目的の曖昧な運命操作が非常に危険な事であるとも認識出来る。
八雲紫がレミリア・スカーレットを潰しにかかる理由は、過去の戦争の恨みだけではなく、幻想郷の安全にとってもその力が害悪となりえるからである。
そして、この時、永遠亭側では、八雲紫や藤原妹紅が知らない彼らだけが知っている因子がこの異変に現れる事を察知し、その危険を警告する為に妹紅に接触しようとしていたのである。
事情を説明し理解を得られれば八意永琳は妹紅に協力する準備でいたものの、妹紅はこれまでの永遠亭との関係とてゐのメッセージから判断して、交渉は必ず決裂するだろうと予想していた。
永遠亭がこの異変に大きな影響を与える第三の勢力であり、霧雨魔理沙がこの異変に組み込まれる理由を作り出している存在である事など妹紅はこの時全く想像もしていなかった。
戦場空き地に布陣した永遠亭の4人は、まずレイセンを先行させ妹紅の縄張り付近の警戒ラインを脅かす。
警告を示す音や光を出す妹紅の仕掛けを意図的に作動させ妹紅を誘い出そうとするレイセン。その音が戦場空き地の中央に立つ輝夜らにも遠く聞こえてくる。
そして、その音を妹紅は間近に聞いた。
「!・・・来たか。」
妹紅の持っていた呪符が全て使い物にならなくなり、昨晩魔理沙の家でひとまず基本的な呪符を揃えただけで十分な準備が整っていなかった。しかし、永遠亭が侵攻してくる事をてゐからの報され、戦いの準備をする時間が多少取れた。
戦術プランを練り、それに必要な呪符を用意し終えたタイミングで警告が鳴る。万全とまではいかないが、プラン通り事が進めば問題ないはずである。
妹紅は立ち上がると隠れ家の粗末な建物から出て要撃する形で自分の陣地から飛び出す。
途中目視出来ない鬱蒼とした竹林の隙間から気の弾丸が数発撃ち込まれたが、妹紅はそれを全て回避し速度を落とさず戦場空き地へ向かう。
レイセンの気弾は指先に気を集中させて放つもので、気が読めれば出所が分かるので容易に避ける事が出来る。そして、その気自体に殺気が籠もってないので誘き出す為の威嚇射撃だということも分かる。レイセンは戦闘の際、やらされて行動している感が強く、攻撃に気持ちが乗らないので気弾を見るだけで精神状態がだいたい分かり、そこから永遠亭側のやるきもおおよそ見えてくる。レイセンの今の攻撃には殺気はなかったが、気弾そのものにこれまで感じた事がない程に強い意志が乗っており、今回の戦いが永遠亭側にとっても特別なものになる事が理解出来た。気持ちとは伝わるもので、永琳らの気持ちを感じてレイセンも気合いが乗っているのだろう。
妹紅がレイセンを追って竹林を抜けて広い空き地に出た時、永琳と輝夜が並んで中央に立っており、妹紅を誘導して先に空き地に入ったレイセンが真っ直ぐにではなく弧を描くように永琳の後ろに移動するのが見えた。
妹紅は空き地に飛び出して、空き地と竹林の境界付近に停止していたが、彼らが大人しく立っているだけで攻撃の様子はないので妹紅はそのまま歩いて近づく。
永遠亭と交渉はしないと決めていたが、いきなり攻撃するのも芸がない。ここは、2、3話した後に、交渉を決裂に導くほうが自然だろう。
「どうした?停戦終了か?」
不死人狩り後、妹紅は行方不明を演出する為に輝夜らと停戦し、永遠亭で3か月程同居していた。同居といっても家庭内別居の様なもので、同じ屋根の下にいても数カ月ほとんど顔を合わせた事がない。
月の民は、個々が非常に優秀な個体であるが故、それぞれが独自のルールと時間概念で生活しており、共同体としての時間共有という概念を持たない。月では近代的な生活をする者もいれば、地上の平安様式で古風に暮らす者もいる。他者のスタイルを尊重し、そして干渉しない事が月の基本的なルールであり、その為、相手を気にするとか思いやるといった感覚が希薄である。
そうした月の民の精神構造が広い永遠亭の屋敷にも反映されており、大人数が共同で使う施設がほとんど存在しない。広い部屋に玄関、台所、風呂、厠といった生活に必要な施設がまとまっており、1戸の家が無数に存在し、それが一本の廊下で繋がっているようなものなので現代でいうところのマンションと同じ構造になっている。
その為、永遠亭で一緒に暮らすといっても、彼らが主に生活する区画から遠く離れた区画で、彼らに気を遣う事もなく静かに一人暮らしが出来るのである。
妹紅が使っていた永遠亭の一画は、今でも妹紅の部屋として利用出来る。敵地であるはずの永遠亭は、別の意味で最も安全で静かな場所で、妹紅は時々ここで過ごすのである。
「随分と力が有り余っているみたいね?その力を手に入れる為に、八雲紫の下僕に成り下がったってわけね。」
ギラギラとした目で永遠亭の面々の前に立っている妹紅を見た輝夜が、そんな粋がっている様な態度に見える妹紅を挑発する。
「(なるほど、連中は私の変化をそういう風に見ているのか・・・。)」
妹紅は博麗神社で八雲紫の妹、藍の閉鎖空間に呑み込まれ、そこで長い時間を過ごし妖力が自然上昇した。別の時間の流れから現実に戻った事で、長い時間をかけて少しずつ上昇した妖力はこちらの世界では一瞬で爆発的に上昇したようにみえたのである。この別の時間で起こった事は流石に永琳や輝夜の想像の範囲を超えており、その為、外部からのなんらかの力が妹紅に与えられたと想定しているのである。永琳はそれが月の使者ではないかとも疑っていた。
輝夜は本心かどうかはともかく、この力を八雲紫から授かったと言った。妹紅としては予想外のその言葉に興味を示す。当初、すぐに戦闘に持ち込む算段でいたが、彼らが何を知って何を知らないかに興味が出たのでもう少し話を聞いてみることにする。
妹紅は輝夜の嘲笑を受けても全く心が動かなかったが、表情には少し不快感を出し、相手が精神的に優位な状況にいるように思わせる。優位に立てば饒舌になる輝夜の性格を知った上での態度である。
「妹紅、今日は戦いにきたわけではないわ。話がしたいの。」
最初から喧嘩腰で話しにならない輝夜に変わって八意永琳がやんわりと今日ここに来た理由を述べた。
それを受けた妹紅はわざとらしく周囲を見渡し、正面に向き直って鼻で笑いながら返す。
「ここで?ここは戦場でしょ?」
とても話し合いを行う場所ではない。この様な場所に呼び出して話しあいとは合理的な月人のやりそうな事で片腹痛いというものである。
「交渉が決裂すればすぐに殺れるからよ。」
妹紅の嫌みに反論したのは輝夜である。案の定の理由に妹紅も呆れる。
「・・・姫。」
このままだと話をする前に戦闘になってしまいそうで、すかさず輝夜を窘める永琳。永琳にしてみれば話し合いで何らかの満足のいく結果を得られると確信してのその態度だろう。
輝夜もその永琳の窘めに応じ、ここに来た目的を理解し大人しく引き下がる。
「・・・。」
妹紅は2人の様子を見ながら出方を窺う。妹紅が聞く態度を取ったと判断したので永琳は一歩前に出て話し始める。
「妹紅、あなた達が何をしているかは知らないわ。でも、結果としてそれは失敗に終わる。悪いことは言わない、すぐに手を引いて。」
永琳の言葉は、分かる人にだけ分かるという、間の説明文を省いた結論だけのものだった。妹紅はとぼけてみようとかとも思ったが、まるで結果を全て見てきたような永琳の言葉を聞いてとぼけるのを思い留まる。そして、呑み込んだ言葉と引き換えたかの様に一つ頭に浮かぶ事があった。八雲紫の妹、藍の閉鎖空間で聞いた八意永琳や蓬莱山輝夜、及び月の歴史の事である。
そこで輝夜の能力が時間を操る事だと聞いた。時間の流れがほぼ止まっている月に於いて、成長出来ずに永久に胎児のまま保存されていた個体の中で急速に成長した存在、それが輝夜であり、彼女はその力で月族という月の新人類の長となった。その後、永琳の研究に力を貸し、獣であった兎を人型に進化させた。
その時間を操れる輝夜は、永琳の言う失敗という状況をその目で見ることも可能なのかもしれない。妹紅は自分でそう予測しつつ、それをすぐに信じる事ができなかったが、人型となった月の兎レイセンを一瞬見た時、信じたくなくても信じなければならないという思いに傾く。
妹紅は永琳に対する返答の仕方に複数の選択肢があることを頭に入れながら、表情は無表情のまま永琳の顔色を窺う。
完全に知らないふりをしてとぼけるか、駆け引きなしでそのまま腹を割って真面目に話をするか、話を合わせるふりをするか、別件の事と間違えて話を食い違う方向に進めて永琳のリアクションを待つか・・・。
数日前の妹紅なら、輝夜の能力についてほとんど知らないため、未来の結果を見て来た事を前提に話していると思われる永淋の言葉など信用はしなかっただろうし、説明されても理解できないだろう。しかし、今の妹紅は完全に永琳の言葉を現実の事として信用した。
そして、それを信用するという事は、紫の異変が確実に失敗するという事として、それを受け入れた上で話を聞かなければならないということである。さて、どうするか考え所である。
「(失敗に終わるということは・・・それは、幻想郷が滅びるということだろうか?・・・ん、滅びる・・・死ぬってことか・・・。)」
妹紅は、そんな危機的状況を想像しながら、忘れていたもう一つの目的を唐突に思い出した。
「(もしかしたら・・・私はそれで死ぬ事が出来るのだろうか?)」
望んで死にたいと思う者はそう多くはないだろう。生きていれば必ず死は訪れるものだ。しかし、不死の妹紅はそれが叶わず、つい先日まで死ぬ方法を見つけることこそが生きる目的でもあった。
紫の最初の来訪を受け、その意味を慧音と2人で話しあった中で、自爆後、結果として幻想郷が滅んでも妹紅には死という願望が叶うという「すばらしい結果」が訪れる可能性があるかもしれず、それを選択肢として持ち、常人なら受け入れられない滅びを交渉の切り札として使えるのでは?という助言をもらった。その後、慧音も思う所があったのか、紫に応じるよう仕向けられ今に至るわけだが、ここに来て永琳の言う失敗が妹紅にとっての「すばらしい結果」を得られるチャンスをもたらす可能性を持ち、紫との交渉で破棄したこの切り札が、今まさに役に立つ時ではないだろうかと閃く。
魔理沙の件などもあり、今の妹紅に死ぬ気など更々ないが、交渉で相手を揺さぶる一つの切り札になるかもしれない。
彼ら永遠亭が、わざわざ失敗という結果を告げに来る理由は、その結果を望んでいないからで、その結果を変えたいからだろう。幻想郷が滅べば永遠亭を含む竹林も当然それに巻き込まれる。穢れを持ち月に帰れなくなった永琳にとって幻想郷は理想的な隠れ家であることは容易に想像できる。つまり彼らは、自分の住む家を守る為に幻想郷の破壊を阻止したいのだ。
幻想郷を守るという事は、ここに住む者にとって共通の義務だろう。話の進め方次第では、同じく幻想郷の住人である永遠亭を味方に出来るかも知れないが、妹紅の目的はこの異変を必ず成功させたいわけで、永琳達は必ずしもこの異変を是非に関係ない。滅ばなければどっちでもいいわけで、安全を第一に考えるならこの異変そのものを無しにしようとするのが自然である。
運命によって進行している以上、もはや妹紅の自爆という流れは止められない。そしてそれを阻止するために永遠亭が動いている。
妹紅に幻想郷をどうしたいかという明確な目的がない場合、明確な目的を持つ永琳の話しに対して、それを強く否定し反論出来る根拠が弱くなってしまう。つまり、守るという永琳らの大義を否定出来る対等の大義が妹紅に無く、そこで発生する抗争は、妹紅の個人的で程度の低い戦いとなってしまうため、例えその戦いに勝利しても、その勝利の意味が薄れてしまう。
だが、幻想郷を滅ぼす事に妹紅が大きな意義を持つとなれば、それは永琳らとの対立の根拠となり、永琳の守ろうとする意志と真っ向からぶつかる大義名分になる。
滅ぼしたい妹紅と滅ぼしたくない永遠亭の戦いは勝利することで敗者に大きなダメージを与える事が出来る。そしてそれが、妹紅と永遠亭の完全な離別を意味すると共に紫らと結ばせるきっかけになるはずだ。
「(それにしても、失敗の原因はなんだろう?)」
幻想郷が滅ぶかもしれないという動揺するような永琳の話を真に受けてはいるものの、死という甘味なキーワードのおかげで、妹紅の精神は何故かバランスが保たれていた。そして、永琳達の精神バランスが一方に大きく傾いている事も同時に理解出来る。
永琳達は、自分達の住む幻想郷で竹林以外が焼け野原になっても何も行動はしないだろうが、それが竹林に及べば全力で阻止にかかるはず。他人が何をされても何とも思わないのに、自分の身に降りかかる事となれば全力で対応してくる月人の典型的な思考行動パターンである。
「失敗って何が?」
妹紅は、他人が聞けば謎かけともとれる意味不明な永琳の言葉にどう対処すればいいのか分からず戸惑った表情を敢えて見せたまま、失敗の原因が何であるのかを探るため質問する。
「あんたらのやろうとしている事が、永琳によって阻止されるのよ。それで幻想郷が滅びるのよ。」
怒鳴るように言い放つ輝夜だが、彼女の言葉も結果だけを羅列しているので、他人が聞けば意味不明だろう。どうして連中は他人が理解できるように気を配れないのだろうか?
ただ、ここで一つのキーワードが輝夜から出た。永琳によって阻止され、その阻止行動によって幻想郷が滅びるという事である。
永琳らの見た幻想郷の滅びのビジョンは、紫と妹紅との間で取り決めている茶番を知らずに、永遠亭が独自の判断で防衛行動を行った結果、それが紫らの防護計画を妨害することになり、それによって幻想郷が滅びた未来なのだろうと妹紅は断定した。
つまり、花火を見て本物の火事だと勘違いし、観衆の目の前で消火して花火大会を台無しにするようなものである。
これは尚更の事、紫らと結びつけてしっかり状況を把握してもらい、余計な事をさせない方がよいだろう。なまじ状況を変えるだけの強力な力が彼らにあるだけに、その勢力を野放しにする事は危険である。
「ふーん・・・それで?」
滅ぼす側と自らに役所を与えた妹紅としては、この場合失敗して滅ぶという結果は大歓迎という立場となる。
妹紅としてもそれは当然起こっていなければならない結果であると思わせるため、わざとリアクションを薄くして見せる。
「それでって・・・幻想郷が滅んでもいいの?」
永琳も輝夜も、妹紅が幻想郷を滅ぼそうとしているなどと全く想定していなかった。
「何ばかなこといってるの?私は最初からそのつもりよ。」
シレっと言い放つ妹紅。妹紅は本心ではそのつもりはなかったが、相手の反応を見るためにさっそく切り札を使う。
永琳と輝夜はその言葉を聞いて絶句し顔を見合わせた。それは彼女達にとって予想外の返答だった。
「ほ、本気で言ってるの?」
永琳の表情に焦りの様なものが見え始める。妹紅は、そんな永琳らの反応を見て内心ニヤニヤする。
「(そろそろ、頃合いか・・・。)」
ある程度永遠亭側の状況を理解した妹紅は、当初の予定通り永遠亭と対立する行動に出る。
「私が幻想郷を守りたいって本気で思ってるの?」
幻想郷を守りたいという思いは誰よりも強い妹紅だが、ここは敢えてその真逆の事を言い、相手を揺さぶる為に小馬鹿にした態度も見せつける。
「な、無いとしても、滅ぼす理由にはならないでしょ?」
先程までの威勢がなくなり、焦りと苛立ちを隠せない輝夜が必死に言い訳するように訴える。
面白そうに妹紅は輝夜らを見やり、沈黙したまま輝夜の意見など簡単に否定出来るという事を態度で示す。口に出して「永夜事件の後、何をやったか言って見ろ!」と言えば簡単だが、敢えて口に出さない事で精神的に輝夜を追いつめる。
「くっ・・・。」
不死人狩りを引き起こし、幻想郷中に妹紅を売り渡した張本人である輝夜は、相当の恨みを持ち、滅ぼす理由がありまくりの妹紅のその態度にぐうの音も出ない。妹紅があれだけの事をされながらも、一切復讐をしなかった理由が分からなかったが、まさか、その復讐をこのタイミングでやろうということだろうか?
永琳も輝夜と同じ事を考えたらしく、2人は揃って顔が引きつっている。
2人が押し黙ったのを頃合いと見て、妹紅はさりげなく確信を付く。
「って言うかあんたらさ?結局何がしたいわけ?」
「・・・幻想郷を・・・守りたいのよ。」
永琳が妹紅の目を見ながら静かに語る。それは聞かなくても分かる事だった。守る意志がなければそもそもここにやってくることもない。ただ、その思いは幻想郷に住む人妖や自然を尊いと思って守りたいという思いではなく、単に永遠亭を守りたい、降りかかる火の粉を消したいだけ事である。
そして、妹紅はここで新たに一つ疑問が出た。先程の言葉にあったように、滅びの原因が永遠亭にあるなら、彼らがそれをやめればいいだけのことであり、何故彼らはそうしないのだろうか。
「滅びの原因があんたらにあるんなら、あんたらで何とかすればいいでしょ?」
「それが出来ないからこうしてここにいるのよ。」
永琳ですら制御出来ない力が隠されているということだろうか?妹紅はそれが何か流石に想像すらできないが、永琳のせっぱ詰まった表情を見るにつけ、かなりやばそうだということは理解出来る。
それならそれで、永琳達は妹紅に対してお願いをする立場になる。しかし、月人は決して地上の民に頭を下げる事はない。だから、敵である妹紅に対して最もらしい事を言い、共同戦線という形態で事態に当たろうと目論んだわけである。
郷に入っては郷に従えという。幻想郷に住まわせてもらうなら、幻想郷のルール、強いては地上のルールに従わなければならない。快適な住処だけ確保して居座り、その土地のルールに従わず好き勝手やるなど言語道断である。
「ふーん・・・で、あんたらはここにいれば、いるだけで何とかなるってわけ?なら、ずっとここにいたら?私は帰るから。」
永琳の言葉の揚げ足を取り、へらへらした顔で相手を小馬鹿にする妹紅。そろそろキレる頃合いだ。
妹紅の予想通り、輝夜は下を向いた状態で両肩をブルブルと震わせはじめる。その隣の永琳の表情も冷酷なオーラを纏い先程まであったせっぱ詰まった雰囲気が消えた。これは交渉を諦めて次の段階に移行した事を表している。
妹紅にとっては想定内、永遠亭にとっては想定外の交渉決裂である。
「下手に出ればいい気になって!永琳もういいでしょ?この山猿さっさと封印してしまいましょう!」
妹紅はその言葉を聞いて心の中で大笑いをしてしまう。どこが下手な態度なのか月人の頭の中の構造が理解できないと同時に、彼らとは永久に理解し合えない存在である事が理解出来た。
「やれるもんなら、やってみろ!どうせ、助けて!永琳だろ?」
鼻で笑いながら舌を出して輝夜を小馬鹿にする妹紅。
「誰がやるかなんて関係ないわ。あんたはここで終わり。永遠に死につづけなさい!」
一触即発の事態であるが、それでも輝夜は自分から動けずにいた。
「(・・・。)」
妹紅と永琳、輝夜らのやり取りの一部始終を後ろで見ていたレイセンは、会話に入り込む余地が無く、又、入り込む意志も無く、まるで他人事の様にそれを聞いていた。
レイセンは先日の件で、輝夜らの秘密を知り、そこで永遠亭の一員として正式に認められた。
永遠亭のエージェントとして働く事に使命感が生まれ、内面的に大きく変化したレイセンは、当然ながら輝夜や永琳の肩を持つべき位置にいる。しかし、一連の会話を客観的に見ているが、どうしても永琳や輝夜側に共感する事が出来ないでいた。
「妹紅、残念だわ。少しは分かり合えると思ったのに。」
永琳の表情に怒気は無かったが、全身から怒気を吹き出している。しかし、そんな永琳を見ても妹紅は恐怖の欠片も感じなかった。こういう所が自分が強くなっているという裏付とみればよいのだろうか?
「自分の思い通りにいかないからって、相手の所為にするのは良くないな。天才が聞いて呆れる。」
肩をすくめやれやれという仕草をする妹紅。
「ずいぶんと強気ね?八雲紫の後ろ盾があるからかしら?」
永琳も負けじと嫌みを言う。
「お前等がそう思うなら勝手にそう思っておけよ。どうせ他人の意見を聞いて考えを改める事なんてしない月人は、永遠に自分の考えだけを正しいと思って自滅の道を選べばいい!」
この言葉を聞いて何故かレイセンは痛快な感情を覚えた。言いたいことを何時も直前で呑み込んで我慢していた様々な言葉を含んだセリフを妹紅が代弁してくれていたのだ。
「クソ共め!お前らを見ていると反吐が出る。」
その汚い言葉を受けて輝夜は唖然とし、永琳の眉間の皺は更に深みを増す。彼らは汚い言葉を思っていても口に出す事は出来ない。それを分かっていて妹紅は敢えて汚い言葉で罵る。
永琳は何かを言えば100倍になって反撃される事に苛立ち、しかも、それが言い訳出来ない図星を指されているときている。これ程までに心がざわつく感覚は初めてである。初めての経験だからこそ、それが何なのかが分からず精神が安定しない。揺るぎない物が揺らいでいる。揺らいではならない物が揺らいでしまっている。
もし、永琳がいつも通りの冷静な精神状態なら、妹紅の言動が以前と違うことに気づいていたいたはずである。今の妹紅は、過去の永琳、輝夜と月の歴史という知識を基にした言動で、永琳らの話しについてこれない以前の妹紅ではないのである。
「妹紅を封印し隠してしまえば、恐らく八雲紫はあなたを探すでしょう。あなたを意のままに操れる完全な人形にしてそれを手土産にすれば、彼女も考えを改めるでしょう。」
永琳はなんとか妹紅を萎縮せようと、不可能ではないだろうが、かなり難しい事を簡単に出来そうに言ってみたが、すぐにそれを後悔した。
「ほほー、手ぶらだと紫に会えない理由でもあるのか?まーでも、それはいい案だな。んじゃ、さっそくやってみてくれよ!人形になれるもんならなってみたいもんだね!」
脅しの目的に言った永琳の言葉に対して予想外の妹紅の返答。
「!」
そして、その場で仰向けに寝て無防備に体を投げだし大の字にして晒す。だが、実はこの動作は戦闘の準備動作であり、永琳達はそれに気付かない。
「私が手を下さなくても、お前等が勝手に幻想郷を滅ぼしてくれるとわかった以上、私はもう用済みさ。好きにすればいい。」
妹紅は寝たまま大声を上げて笑い始める。妹紅は特に確証があってそう言ったわけではないが、これまでの流れでその言葉は真実を語っていると真に受けてしまった永琳と輝夜は激しく動揺した。妹紅の言う事が正しいなら、幻想郷を滅ぼすのは自分達であり、消える必要があるのも自分達なのではないだろうか?
「(まさか・・・あれは、私達が滅ぼそうとする力に対抗するために妹紅が自爆で抵抗を試みていると・・・)」
そう考えると辻褄が合わないこともない。ならば、ここで妹紅を封印したら幻想郷を救う手立てがなくなるかもしれない。
「ほら、どうした?はやくしろ!」
妹紅が寝たまま目を瞑り、いつでも来いと言わんばかりに催促をする。そして、この時既に妹紅の布陣は終了していた。
永琳らはどうすればいいか全く分からなかった。どんな時でも瞬時に判断し行動出来る頭脳を持っているが、この時ばかりはどう対処していいのか分からない。どこで間違えたのか、こんな事になる筈ではなかった。自分で予測を立てた真実と、今正に進行している現実に食い違いが生じている。
「妹紅、あんたわかってるでしょ?永琳のアレくらったらひとたまりもないって!」
「だから、好きにしろって言ってるだろ?何びびってんだ?」
「びびってなんかないわよ!」
びびっているというより、得体の知れないものに対する畏れを含んだ声である。
「やれやれ・・・」
一向に仕掛けてこない輝夜らに苛立ち、妹紅は背筋の力だけでポンと起きあがる。その動作に反応して永琳と輝夜が2歩後ろに下がる。
「やる気がないなら、帰れよ!」
妹紅は踵を返してそのまま背を向けて隠れ家の方へ歩き出す。永琳達から顔が見えなくなると舌をペロっと出して、表情が戯ける。明らかに演技がかった行動であるがそれに相手は全く気付かない。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
未来を予知出来るわけではないが、精神的に追いつめられた輝夜の次の行動は手に取るように分かる。輝夜の言葉と妹紅が心の中で輝夜が次に言うであろうと予測した言葉が、全く同じタイミングで重なり思わず顔がニヤける。
「あ?」
表情をすぐに戻し不機嫌な顔で振り向く妹紅。
「永琳、そんなに八雲紫が怖いか?」
妹紅を封印するとうそぶく永琳が一向に行動に出ない理由は、自分達から先手を取りたくないからであろう。封印とやらをどうやってやるつもりかはわからないが、永琳側から積極的に動いて封印する場合と、妹紅の攻撃に対処した流れで封印にする場合とでは、それを手土産にする際に八雲紫に与える心証が変わるはずである。理想としては妹紅からの攻撃に対する正当防衛を主張する事が望ましい。
妹紅はそれを見越して、先制攻撃をしてこない永琳を腰抜け呼ばわりをする。
それにしても、こちらが滅んでも一向に構わないという心理状況から、心の余裕が生まれ、さらにそれを切り札にしたことで、相手の心理状況が手に取る様に分かる様になった。相手の思考のベクトルが完全に見えるので、どの様にでも議論を操作する事が出来る。頭を使うというのはこういうことなのだろう。
紫の妹、藍との接触以降、妹紅の脳は急速に進化している。これまでの古式な生活の中で蓄積されてきた常識という箍がはずれ、月という常世から遥か遠くの世界の存在を明確に知識として取り入れた事によって、常識の枠が大きく広がったためだ。
それは必ずしも良いことばかりではない。考え方のスケールが大きくなったことで、今までより多くの事を思考せざるを得なくなった。石を積み重ねて山を造るにしても、高い山ほど裾野は広くなり、それだけたくさんの土台になる石を必要とする。それと同じ様に思考の物差しが広がればそれに付随する関連事項が無数に枝分かれして増えてしまうのだ。
その為、一旦考え出すと脇目も振らず思考だけに没頭する癖がついてしまい、周囲の者にそれがすぐ分かってしまう。幸い、そうなってから日が経っておらず、この仕草を見ているのは風見幽香と魅魔くらいだろう。後々この癖は直さないといけないだろうと思う妹紅である。
既に戦いの為の布陣を終えた妹紅。
幻想郷の歴史の表に出ない、世紀の戦いが今始まろうとしていた。
迷いの竹林の北東部に藤原妹紅の隠れ家がある。
隠れ家といってもただの掘っ建て小屋で人間の里の貧しい農家の家よりもさらに見窄らしい建物である。
藤原妹紅は幻想郷入り後人間の里近くにある現在の藤原邸、当時お化け屋敷と呼ばれていた空き家に極短い間だが住み着き、そこで上白沢慧音と出会って永遠亭の存在を教えられると、すぐに竹林に移住し現在の隠れ家に住み着いている。当時それなりに家らしい家であった隠れ家は、永遠亭との度重なる戦闘で完全に破壊され、その廃材で雨風をしのげる程度の小屋を自作し現在に至るというわけである。
数年前の永夜事件後に蓬莱山輝夜によって起こされた、藤原妹紅を極悪人・大罪人として指名手配した不死人狩りで、追われる妹紅はこれを逆手にとって自分を狙う妖怪達を永遠亭に呼び込み、永遠亭の住人を巻き込んだ大乱闘を何度も繰り返して、破壊された竹林の自宅の仇を取って以降、家屋の被害をこれ以上増やしたくない永遠亭の申し出で停戦状態になり互いの領域、施設には手を出さない取り決めを行っている。
隠れ家とその周辺が自分の領地的に扱われ安全になると、妹紅はこの隠れ家の地下に洞窟を掘って、外界から持ち込んだ妖術使いの一族の門外不出のお宝を大切に保管していた。
骨董的価値はあるかもしれないが、金銭的価値は不明の数あるお宝の中に、万物の属性を見極める特殊な眼鏡がある。薬や火薬の調合などに大いに役立つ逸品であり、藤原妹紅はこの眼鏡を霧雨魔理沙に貸す約束をして、今それを取りにここを訪れたというわけである。
隠れ家の周囲には目に見えて警告とわかるような侵入者に対する結界と、侵入を知らせる目に見えない結界、そして侵入者を撃退する為の罠などが張り巡らされているが、見たところ誰かが侵入した形跡はない。あればあったで、因幡てゐから報せが来る事になっていた。
永遠亭と妹紅との間に、お互いの住居施設等を破壊しないという約束が取り交わされているわけだが、永遠亭とは関係ない部外者がこれを行う可能性はゼロではない。そのため、侵入や破壊を永遠亭側の犯行と勘違いした妹紅から勘違いで復讐をされないように、妹紅の隠れ家周辺は永遠亭側の因幡てゐの配下の兎達によって巡回監視がされており、異変があれば妹紅に知らせて永遠亭側が濡れ衣をきないようにしているのだ。
因幡てゐは永遠亭の配下にあるが従属しているだけでレイセンの様に隷従しているわけではない。配下の兎とそれを操る自分の能力を永遠亭に提供する条件で仲間になっているが、基本的にてゐ本人の行動に大きな制限はない。一方のレイセンはペット、従者、僕であり、因幡てゐとは根本的に格付けが違う。普段の関係では、レイセンの方が上に見られがちだが、実際は因幡てゐの方が格が上である。
妹紅は隠れ家から少し離れた場所に降り立ち周囲を警戒する。兎以外の生き物の侵入の形跡はない事を確認すると、隠れ家の入口に移動し、そこでしばらく立ったままてゐからのメッセージが来ないか待つ。
因幡てゐは基本的に人間の味方で人間に幸運をもたらす。永遠亭に従属し藤原妹紅とは敵対関係にあるのの、人間である妹紅に裏で個人的に便宜を図っており、永遠亭の情報を時々妹紅に流している。
てゐからのメッセージは兎を使って行い、内通がばれないように自然に装う必要がある。その為、妹紅に伝わるまでに少し時間がかかる。
迷いの竹林のいたるところに生息する地兎が下草をはみながら無警戒にくつろいでいる。竹林という防壁によって天敵のいない兎達は、増えすぎて間引きが必要な程沢山生息している。
兎の支配者であるてゐは、一定の数以上に兎が増えれば竹林から追い出して、他の生物、人間や妖怪の餌として供出しているが、それでも兎は余り気味である。そして、その余剰分の兎で幻想郷を広くカバー出来る情報網を構築し、その全権をてゐは握っているのである。
妹紅はそんな肥え太った兎たちの様子を眺めていたが、どこからか現れた一匹が文字通り道草を食いながら蛇行しつつも確実にこちらに近づいてくる事に気づいた。
無警戒ながらも妹紅と一定の距離を保って近づかない他の兎とは明らかに違うその兎に妹紅は歩み寄って耳を掴んで持ち上げた。
その兎は、お腹の毛が糊を塗られて固められたように平らになっており、そこに小さく文字が書かれている。
てゐからのメッセージだ。
「・・・。」
永遠亭のてゐを含めた4人総動員で、妹紅を襲撃する為、永遠亭を出て『戦場空き地』に向かっているというメッセージがそこに書かれていた。
戦場空き地とは、無秩序に互いの陣地を襲撃し合う古い戦い方を改め、大規模な戦闘は特定の場所で行う取り決めがなされた後に永遠亭側で用意した戦闘用の人工的な広場の事である。空き地という名のとおりその場所だけ草木が一本も生えていない大きな空き地になっており、戦場となる空き地という事でそう呼ぶようになったのだ。
迷いの竹林は永遠亭をカモフラージュするためのもので、外から見る竹林の全貌は偽造された絵のようなものである。その為、ぽっかり空いた戦場空き地は上空からは見ることが出来ないし、竹林内部で発生する大きな戦闘音や発散する気やエネルギーは外に漏れることはない。
先日、妹紅に新たな力が備わった後、その抑えきれない力のはけ口に不死身の蓬莱人を利用しようとして永遠亭を襲撃した。この襲撃は永遠亭側が応戦しなかったことで空振りに終わったが、この件が永遠亭側に大きな因縁を付けてしまったようである。所謂お礼参りでもするつもりなのかはわからないが、昨晩の魅魔との話でもあったように、永遠亭の医術は魔理沙の肉体を蘇生、維持出来る状態にするための重要な存在と考えている。その意味で永遠亭側の意図はともかく魔理沙に近い場所にについてもらった方が都合が良く、いずれ永遠亭とはなんらかの形で接触する予定だった。
妹紅はこの時、紫の計画に対して、自分が悪者になって討伐される側になると漠然と考えていた。
妹紅は不死人狩りで多くの人妖から狙われた経緯があり、その復讐の為に幻想郷を破壊するという事にするのが、自分が異変に参加する上で最も自然な動機になると考えていた。
だが、妹紅はこの時、自身を過小評価し過ぎていた。あの不死人狩りで復讐を全くしてこない妹紅の思考が理解できず多くの人妖を惑わせ、力のあるもの程妹紅に対して強い興味を示す結果を生んでいたのである。
そもそもこの不死人狩りの件が八雲紫が妹紅に対して興味を示した最初で、妹紅を調べる上で不死鳥の存在が判明し、そこから今回の異変に利用するという案が生まれたのである。
西行寺幽々子やフランドール・スカーレットの件といい、妹紅の取った行動、というより何もリアクションを行わなかった事が多くの強者達に影響を与えている。そしてその事に妹紅自身が全く気づいていなかったのだ。
妹紅は、自分が悪玉、霊夢や紫らが善玉という立場で異変が進行すると思い込んでいる。それ以外の選択肢が現状では全く思いつかない。
紫との最初の接触で「死んでくれ」と言われたが、当時はその意味を慧音と考え深く考察してみたが、これは単純に悪者として倒されて欲しいという意味ではなかったのかと自分なりに解釈している。
しかし、紫側の考えはまた別であった。
紫が妹紅に興味を示したのは永夜事件の後の蓬莱山輝夜によって引き起こされた不死人狩りの時である。
永夜事件後、紫らと永遠亭が和解し交流が生まれた直後、竹林に住む極悪人の存在を輝夜から提示され、莫大な報酬も用意するとの事で真っ先に博麗霊夢が動き出し、それにつられるように知人等もその罪人、つまり藤原妹紅の討伐に乗り出した。
不老不死など半信半疑であったが、蓬莱山輝夜に言われた通り不死身でいくら殺しても死なないその人間を、当時人喰いが自由に出来ずにストレスが溜まっていた妖怪達の不満解消の道具に不死人が使えると判断した八雲紫は、そうした妖怪達に大々的に不死身の人間の存在を宣伝し、その結果、常軌を逸した凄まじい不死人狩りが始まってしまったのである。
百や二百の話ではなく数千数万回と、死と復活を繰り返すその人間は、そんな状況においても、あくまで殺傷力の無いスペルカードで応戦し、数カ月後不死人が行方不明となるまでそれが続いた。
一方、不死人、藤原妹紅はこの戦いの裏で巧みに立ち回って永遠亭を苦しめ、永らく続いた戦いから停戦を勝ちとっていた。そして、この時点で十分に殺し満足した妖怪達は、停戦時に永遠亭に匿われて行方不明となった妹紅を探索追撃はせず、汐が引くように後退していった。
やりすぎたと後悔した八雲紫が、事態の収拾に乗り出そうと動き始めた矢先、不死人狩りが急速に収まってしまう。この数カ月に及んだ不死人狩りが残したものは、復讐心や憎しみの連鎖ではなく、満足した妖怪達から不平不満が消えたという事実だけだった。
八雲紫はこの藤原妹紅という存在が、蓬莱山輝夜が言うような悪人には思えなくなり、方針を変えて独自に調査を始める。その過程で藤原妹紅と永遠亭の関係がある程度分かり、自分達が担がれていた事を知ると同時に、外界で行方不明となっている不死鳥が妹紅に内包されているという事実が判明したのである。
紫としてはこの不死人狩りの件を妹紅に謝罪したかったのだが、その機会が無かった。
菓子折を持って謝りに行くのも芸がなく、そもそもそんな軽い事で済まされるものではないと考え、やるのであれば、きちんとした場所で然るべき態度で行うべきと思っていた。
妹紅側としてみればほとんど気にしていなかったのだが、その意識のズレが紫から妹紅を精神的に遠ざけて、ただ会って謝るという簡単なことさえ出来ずにいたのである。
そんな悩める紫の苦悩を取り除こうと九尾の八雲藍が様々な案を練り、その中で、藤原妹紅との共同作戦を行う異変を起こし、その流れの中でタイミングをみて謝罪するという、今回の異変の叩き台のようなものが提案される。
そこから不死鳥を利用するという流れにいくまで時間はかからなかった。天狗側の要請や、自身のスキマ爆弾の処理など、先延ばしにしていた様々な案件を同時に処理出来る事が期待できた為、藍の提案を正式に採用し今回の異変が発動となったわけである。
紫は妹紅と接触する際、妹紅からの仕返しを受ける覚悟があり、また、妹紅が復讐を躊躇わない様に敢えて険悪な態度で接触し無礼に振る舞ったのである。
その後、博麗神社に誘い会談の機会を設け、妹紅から責められた後、ここで一世一代の土下座謝罪をしてやろうと目論んでいた紫だが、紫が何かをする前に妹紅は何の条件提示もせず、紫らの望み通りに動くと宣言されてしまったので、謝罪する機会がまた失われたのである。
青天の霹靂とでも言えばいいのか、空いた口が塞がらないとはこのことで、紫はこの妹紅の態度があまりにも想定していたものと違い過ぎていた為、感謝すべきところが転じて激怒に変わってしまったのである。
その時萃香に苦言を刺され、その後の交渉は藍が乱暴に執り行ったという笑い話のような顛末である。
この様な経緯がある為、紫は妹紅を悪者にする気など全くなく、今回の異変を通して、謝罪と感謝の意を込めて藤原妹紅を救国の英雄に仕立てようとさえしていた。
そして、その場合、どうしても敵が必要だった。そしてお誂え向きの敵がいた。かつての吸血鬼戦争で多くの同胞を奪った吸血鬼。その復讐をこの異変で果たそうと考え始めている紫である。
妹紅は自分が悪者にされることを前提に事態が進行すると考えており、善者である霊夢と悪者である妹紅との戦いに、霧雨魔理沙がどう関与していくのか、どう関与させていけばいいのか、この時点では情報が少なすぎて計画が立てられない。
レミリアによる願望から生じた無意識の運命操作が行われていると想定され、恐らく魔理沙もこの異変に必要とされる因子になっている可能性がある。
先日、博麗神社で起こった妹紅や鬼、九尾、紫らの関係する事故とも言える妖力衝突によって、爆発的な妖気が幻想郷に広がった。このインパクトは運命を操る能力を持つ吸血鬼レミリア・スカーレットの潜在的に持っていた変化・変身願望を刺激した。レミリアは幻想郷に異変が起こる事を察知し、その異変に自身の願望を重ねて歓迎し、そして熱望する感情が生まれてしまったのである。この何ら具体的な結果が見えない他人任せの異変願望が事態を不明瞭にしているわけである。
妹紅の自爆による大きな変化。これが動かせない確定事項となってしまったことで、運命はこの状況を損なわない為にこれを保護する為の力を生み出す。そして、この動きを妨げる因子に対して防衛反応が起こる。つまり、妹紅の自爆を妨げる力が発生した時、その力の源を排除する別の運命が発動してしまうということである。
妹紅がこの異変から降りたいと思った時、運命は状況の進行を妨げる妹紅の感情を変える為に何らかの因子を作り出してしまう。例えば、魔理沙を救いたい為にこの異変を利用するといったようにだ。
魔理沙という因子は、妹紅を後戻りさせない為の保険のようなものではないかと思う妹紅だが、ならば魔理沙もまた必ずこの異変の何処かに組み込まれるはずである。
魅魔の件も含めて完全に偶然という可能性もあるが、それとも、もっと別のところで異変に関係することなのだろうか。
気になるのは、昨晩、厳密に言えば今日未明の事だが、「魅魔がレミリアを救った。」という言葉にあるように、魅魔とレミリアの間で何か強い因縁があることが伺える。魅魔の出現は妹紅ではなく、レミリアに関係している事ではないだろうか。そうなると、妹紅はレミリアとも関わらなければならないのだろうか。
この時点で吸血鬼を悪者にするという可能性を知らない妹紅である。この事は今晩行われる魅魔との吸血鬼戦争の話で、何故魅魔が現れる必要があったのか理解出来るのだが、この時点ではまだ五里霧中であった。
今現在の問題は目の前に迫る永遠亭である。
彼らは何らかの意図があって妹紅に接触を試みようとしている。その理由は何であろうか?
妹紅はてゐのメッセンジャーの白兎を抱きかかえながら立ったまま思考に没頭する。
「昨日の神社の異変を受けて、連中も何かが起こる事は理解しているだろう。その上で何が起ころうとしているのか知りたいんだろう・・・で、それを聞き出そうという魂胆だな・・・。」
妹紅が博麗神社で変態したことは永遠亭も分かっているだろう。神社から博麗霊夢や八雲紫が連想されるが、妹紅がその場所で変態したということは、八雲と妹紅との間に何かしらの繋がりがあると考えるのが自然である。そして、その異変の情報を、望んで会う事が出来ない神出鬼没の八雲紫ではなく、与し易い妹紅から引き出そうという魂胆だろう。
「情報を引き出したとして連中はこの異変をどう立ち回る気だろう・・・。」
この時の妹紅は、蓬莱山輝夜が幻想郷の崩壊を直接見てきた事を知らない。しかも、その崩壊の原因に八意永琳が関係している事など想像の域を超えている。
八雲紫と藤原妹紅の引き起こす一連の計画に、永琳に関係する何かが関わる事で、その計画が丸ごと潰れてしまい更に幻想郷を滅ぼしてしまう。こうならないようにするためには、この異変そのものを頓挫させるしかない。これが永遠亭が妹紅に接触する目的である。しかし、交渉次第ではこの異変の失敗の原因を突き止め、八雲紫らの計画を成功させる手助けをする準備もしている。その為にも妹紅らが何をやろうとしているのか正確な情報が必要であり、その為の接触というわけである。
この時、てゐが条件次第では味方になるという情報を妹紅に知らせていれば違う結果になっただろうが、この時点では、輝夜の見た未来についててゐもレイセンも具体的な内容まで報されておらず、永琳の思い詰めた態度からそれを聞き出す事もできないでいた。その思い詰め殺気立った永琳の様子からてゐは妹紅が危機に見舞われると予測判断し、それを報せる為にこのような形でメッセージを送るしかなかったのである。
一方妹紅は、自分が悪者になるという想定で異変が進む事を想定しており、魔理沙をこの異変に参加させる場合は、自分と同じ悪者側ではなく、霊夢らと同じ善玉側として行動する事を希望していた。何故か善玉かと言えば、すべてが終わったわと、その責任を悪玉である妹紅がとらねばならず、その仲間に魔理沙がいれば、当然魔理沙もその責任を負わねばならない。罪を被るのは自分一人で良いと妹紅は考えている。
魔理沙を一度正しく死なせるという危険な橋を渡らなければならない関係上、医術に長けた永遠亭が魔理沙に近い方が安心出来る。
一つの答えが出だ。
「私は永遠亭の連中とは決して結ばず、敵対して連中を八雲紫側につける!」
八雲紫と八意永琳及び蓬莱山輝夜の永遠亭が手を結んで何かをするという事は通常なら有り得ない事だろう。しかし、幻想郷を滅ぼそうとする藤原妹紅という悪を共通の敵と認識させることが出来れば、呉越同舟は十分可能である。
妹紅は決断をすると、抱いていた兎の首を鷲掴みにしてそのまま絞め殺し、さらに焼いて消し炭にする。そして、まっ黒な消し炭になっても兎の形をしていたソレを、握りつぶしてバラバラにする。黒い粉片となった兎だったその物体は風にさらわれて跡形もなく消える。
一見すれば酷い事であるが、てゐからのメッセンジャーはこうやって処分し証拠を残さない様にすることを予めてゐと取り決めていたことである。
妹紅はまるで最期の戦いに挑むかのように凄まじい闘志をみなぎらせる。ここまで気合いを入れる理由は、完全な勝利を目論んでいるからである。完全な勝利によってこそ、永遠亭は妹紅を危険視し、八雲紫と結びつくきっかけが生まれるのだ。
そしてもう一つ大きな理由がある。
これが運命によって為されている事であれば、その運命の中心点にいる妹紅の行動を阻止しようとする動きに対して、それをさせないようにする別の新たな運命が発動される可能性があり、いくら運命とはいえ、永遠亭を無力化するような大きな力など簡単に引き出せるものではない。むしろこちらの方が紫の異変よりも大きくなって収拾がつかない状況になる可能性も出てくる。
「もしかしたら、私の得た新しい力は、永遠亭の妨害に屈しない為、運命によって与えられたのかも知れないな・・・。」
運命など未だに信じていない妹紅だが、短い時間の中で度重なる様々な変化をその身を持って体験し、運命という未知の存在を否応にも感じざるを得ない。それと同時に、目的の曖昧な運命操作が非常に危険な事であるとも認識出来る。
八雲紫がレミリア・スカーレットを潰しにかかる理由は、過去の戦争の恨みだけではなく、幻想郷の安全にとってもその力が害悪となりえるからである。
そして、この時、永遠亭側では、八雲紫や藤原妹紅が知らない彼らだけが知っている因子がこの異変に現れる事を察知し、その危険を警告する為に妹紅に接触しようとしていたのである。
事情を説明し理解を得られれば八意永琳は妹紅に協力する準備でいたものの、妹紅はこれまでの永遠亭との関係とてゐのメッセージから判断して、交渉は必ず決裂するだろうと予想していた。
永遠亭がこの異変に大きな影響を与える第三の勢力であり、霧雨魔理沙がこの異変に組み込まれる理由を作り出している存在である事など妹紅はこの時全く想像もしていなかった。
戦場空き地に布陣した永遠亭の4人は、まずレイセンを先行させ妹紅の縄張り付近の警戒ラインを脅かす。
警告を示す音や光を出す妹紅の仕掛けを意図的に作動させ妹紅を誘い出そうとするレイセン。その音が戦場空き地の中央に立つ輝夜らにも遠く聞こえてくる。
そして、その音を妹紅は間近に聞いた。
「!・・・来たか。」
妹紅の持っていた呪符が全て使い物にならなくなり、昨晩魔理沙の家でひとまず基本的な呪符を揃えただけで十分な準備が整っていなかった。しかし、永遠亭が侵攻してくる事をてゐからの報され、戦いの準備をする時間が多少取れた。
戦術プランを練り、それに必要な呪符を用意し終えたタイミングで警告が鳴る。万全とまではいかないが、プラン通り事が進めば問題ないはずである。
妹紅は立ち上がると隠れ家の粗末な建物から出て要撃する形で自分の陣地から飛び出す。
途中目視出来ない鬱蒼とした竹林の隙間から気の弾丸が数発撃ち込まれたが、妹紅はそれを全て回避し速度を落とさず戦場空き地へ向かう。
レイセンの気弾は指先に気を集中させて放つもので、気が読めれば出所が分かるので容易に避ける事が出来る。そして、その気自体に殺気が籠もってないので誘き出す為の威嚇射撃だということも分かる。レイセンは戦闘の際、やらされて行動している感が強く、攻撃に気持ちが乗らないので気弾を見るだけで精神状態がだいたい分かり、そこから永遠亭側のやるきもおおよそ見えてくる。レイセンの今の攻撃には殺気はなかったが、気弾そのものにこれまで感じた事がない程に強い意志が乗っており、今回の戦いが永遠亭側にとっても特別なものになる事が理解出来た。気持ちとは伝わるもので、永琳らの気持ちを感じてレイセンも気合いが乗っているのだろう。
妹紅がレイセンを追って竹林を抜けて広い空き地に出た時、永琳と輝夜が並んで中央に立っており、妹紅を誘導して先に空き地に入ったレイセンが真っ直ぐにではなく弧を描くように永琳の後ろに移動するのが見えた。
妹紅は空き地に飛び出して、空き地と竹林の境界付近に停止していたが、彼らが大人しく立っているだけで攻撃の様子はないので妹紅はそのまま歩いて近づく。
永遠亭と交渉はしないと決めていたが、いきなり攻撃するのも芸がない。ここは、2、3話した後に、交渉を決裂に導くほうが自然だろう。
「どうした?停戦終了か?」
不死人狩り後、妹紅は行方不明を演出する為に輝夜らと停戦し、永遠亭で3か月程同居していた。同居といっても家庭内別居の様なもので、同じ屋根の下にいても数カ月ほとんど顔を合わせた事がない。
月の民は、個々が非常に優秀な個体であるが故、それぞれが独自のルールと時間概念で生活しており、共同体としての時間共有という概念を持たない。月では近代的な生活をする者もいれば、地上の平安様式で古風に暮らす者もいる。他者のスタイルを尊重し、そして干渉しない事が月の基本的なルールであり、その為、相手を気にするとか思いやるといった感覚が希薄である。
そうした月の民の精神構造が広い永遠亭の屋敷にも反映されており、大人数が共同で使う施設がほとんど存在しない。広い部屋に玄関、台所、風呂、厠といった生活に必要な施設がまとまっており、1戸の家が無数に存在し、それが一本の廊下で繋がっているようなものなので現代でいうところのマンションと同じ構造になっている。
その為、永遠亭で一緒に暮らすといっても、彼らが主に生活する区画から遠く離れた区画で、彼らに気を遣う事もなく静かに一人暮らしが出来るのである。
妹紅が使っていた永遠亭の一画は、今でも妹紅の部屋として利用出来る。敵地であるはずの永遠亭は、別の意味で最も安全で静かな場所で、妹紅は時々ここで過ごすのである。
「随分と力が有り余っているみたいね?その力を手に入れる為に、八雲紫の下僕に成り下がったってわけね。」
ギラギラとした目で永遠亭の面々の前に立っている妹紅を見た輝夜が、そんな粋がっている様な態度に見える妹紅を挑発する。
「(なるほど、連中は私の変化をそういう風に見ているのか・・・。)」
妹紅は博麗神社で八雲紫の妹、藍の閉鎖空間に呑み込まれ、そこで長い時間を過ごし妖力が自然上昇した。別の時間の流れから現実に戻った事で、長い時間をかけて少しずつ上昇した妖力はこちらの世界では一瞬で爆発的に上昇したようにみえたのである。この別の時間で起こった事は流石に永琳や輝夜の想像の範囲を超えており、その為、外部からのなんらかの力が妹紅に与えられたと想定しているのである。永琳はそれが月の使者ではないかとも疑っていた。
輝夜は本心かどうかはともかく、この力を八雲紫から授かったと言った。妹紅としては予想外のその言葉に興味を示す。当初、すぐに戦闘に持ち込む算段でいたが、彼らが何を知って何を知らないかに興味が出たのでもう少し話を聞いてみることにする。
妹紅は輝夜の嘲笑を受けても全く心が動かなかったが、表情には少し不快感を出し、相手が精神的に優位な状況にいるように思わせる。優位に立てば饒舌になる輝夜の性格を知った上での態度である。
「妹紅、今日は戦いにきたわけではないわ。話がしたいの。」
最初から喧嘩腰で話しにならない輝夜に変わって八意永琳がやんわりと今日ここに来た理由を述べた。
それを受けた妹紅はわざとらしく周囲を見渡し、正面に向き直って鼻で笑いながら返す。
「ここで?ここは戦場でしょ?」
とても話し合いを行う場所ではない。この様な場所に呼び出して話しあいとは合理的な月人のやりそうな事で片腹痛いというものである。
「交渉が決裂すればすぐに殺れるからよ。」
妹紅の嫌みに反論したのは輝夜である。案の定の理由に妹紅も呆れる。
「・・・姫。」
このままだと話をする前に戦闘になってしまいそうで、すかさず輝夜を窘める永琳。永琳にしてみれば話し合いで何らかの満足のいく結果を得られると確信してのその態度だろう。
輝夜もその永琳の窘めに応じ、ここに来た目的を理解し大人しく引き下がる。
「・・・。」
妹紅は2人の様子を見ながら出方を窺う。妹紅が聞く態度を取ったと判断したので永琳は一歩前に出て話し始める。
「妹紅、あなた達が何をしているかは知らないわ。でも、結果としてそれは失敗に終わる。悪いことは言わない、すぐに手を引いて。」
永琳の言葉は、分かる人にだけ分かるという、間の説明文を省いた結論だけのものだった。妹紅はとぼけてみようとかとも思ったが、まるで結果を全て見てきたような永琳の言葉を聞いてとぼけるのを思い留まる。そして、呑み込んだ言葉と引き換えたかの様に一つ頭に浮かぶ事があった。八雲紫の妹、藍の閉鎖空間で聞いた八意永琳や蓬莱山輝夜、及び月の歴史の事である。
そこで輝夜の能力が時間を操る事だと聞いた。時間の流れがほぼ止まっている月に於いて、成長出来ずに永久に胎児のまま保存されていた個体の中で急速に成長した存在、それが輝夜であり、彼女はその力で月族という月の新人類の長となった。その後、永琳の研究に力を貸し、獣であった兎を人型に進化させた。
その時間を操れる輝夜は、永琳の言う失敗という状況をその目で見ることも可能なのかもしれない。妹紅は自分でそう予測しつつ、それをすぐに信じる事ができなかったが、人型となった月の兎レイセンを一瞬見た時、信じたくなくても信じなければならないという思いに傾く。
妹紅は永琳に対する返答の仕方に複数の選択肢があることを頭に入れながら、表情は無表情のまま永琳の顔色を窺う。
完全に知らないふりをしてとぼけるか、駆け引きなしでそのまま腹を割って真面目に話をするか、話を合わせるふりをするか、別件の事と間違えて話を食い違う方向に進めて永琳のリアクションを待つか・・・。
数日前の妹紅なら、輝夜の能力についてほとんど知らないため、未来の結果を見て来た事を前提に話していると思われる永淋の言葉など信用はしなかっただろうし、説明されても理解できないだろう。しかし、今の妹紅は完全に永琳の言葉を現実の事として信用した。
そして、それを信用するという事は、紫の異変が確実に失敗するという事として、それを受け入れた上で話を聞かなければならないということである。さて、どうするか考え所である。
「(失敗に終わるということは・・・それは、幻想郷が滅びるということだろうか?・・・ん、滅びる・・・死ぬってことか・・・。)」
妹紅は、そんな危機的状況を想像しながら、忘れていたもう一つの目的を唐突に思い出した。
「(もしかしたら・・・私はそれで死ぬ事が出来るのだろうか?)」
望んで死にたいと思う者はそう多くはないだろう。生きていれば必ず死は訪れるものだ。しかし、不死の妹紅はそれが叶わず、つい先日まで死ぬ方法を見つけることこそが生きる目的でもあった。
紫の最初の来訪を受け、その意味を慧音と2人で話しあった中で、自爆後、結果として幻想郷が滅んでも妹紅には死という願望が叶うという「すばらしい結果」が訪れる可能性があるかもしれず、それを選択肢として持ち、常人なら受け入れられない滅びを交渉の切り札として使えるのでは?という助言をもらった。その後、慧音も思う所があったのか、紫に応じるよう仕向けられ今に至るわけだが、ここに来て永琳の言う失敗が妹紅にとっての「すばらしい結果」を得られるチャンスをもたらす可能性を持ち、紫との交渉で破棄したこの切り札が、今まさに役に立つ時ではないだろうかと閃く。
魔理沙の件などもあり、今の妹紅に死ぬ気など更々ないが、交渉で相手を揺さぶる一つの切り札になるかもしれない。
彼ら永遠亭が、わざわざ失敗という結果を告げに来る理由は、その結果を望んでいないからで、その結果を変えたいからだろう。幻想郷が滅べば永遠亭を含む竹林も当然それに巻き込まれる。穢れを持ち月に帰れなくなった永琳にとって幻想郷は理想的な隠れ家であることは容易に想像できる。つまり彼らは、自分の住む家を守る為に幻想郷の破壊を阻止したいのだ。
幻想郷を守るという事は、ここに住む者にとって共通の義務だろう。話の進め方次第では、同じく幻想郷の住人である永遠亭を味方に出来るかも知れないが、妹紅の目的はこの異変を必ず成功させたいわけで、永琳達は必ずしもこの異変を是非に関係ない。滅ばなければどっちでもいいわけで、安全を第一に考えるならこの異変そのものを無しにしようとするのが自然である。
運命によって進行している以上、もはや妹紅の自爆という流れは止められない。そしてそれを阻止するために永遠亭が動いている。
妹紅に幻想郷をどうしたいかという明確な目的がない場合、明確な目的を持つ永琳の話しに対して、それを強く否定し反論出来る根拠が弱くなってしまう。つまり、守るという永琳らの大義を否定出来る対等の大義が妹紅に無く、そこで発生する抗争は、妹紅の個人的で程度の低い戦いとなってしまうため、例えその戦いに勝利しても、その勝利の意味が薄れてしまう。
だが、幻想郷を滅ぼす事に妹紅が大きな意義を持つとなれば、それは永琳らとの対立の根拠となり、永琳の守ろうとする意志と真っ向からぶつかる大義名分になる。
滅ぼしたい妹紅と滅ぼしたくない永遠亭の戦いは勝利することで敗者に大きなダメージを与える事が出来る。そしてそれが、妹紅と永遠亭の完全な離別を意味すると共に紫らと結ばせるきっかけになるはずだ。
「(それにしても、失敗の原因はなんだろう?)」
幻想郷が滅ぶかもしれないという動揺するような永琳の話を真に受けてはいるものの、死という甘味なキーワードのおかげで、妹紅の精神は何故かバランスが保たれていた。そして、永琳達の精神バランスが一方に大きく傾いている事も同時に理解出来る。
永琳達は、自分達の住む幻想郷で竹林以外が焼け野原になっても何も行動はしないだろうが、それが竹林に及べば全力で阻止にかかるはず。他人が何をされても何とも思わないのに、自分の身に降りかかる事となれば全力で対応してくる月人の典型的な思考行動パターンである。
「失敗って何が?」
妹紅は、他人が聞けば謎かけともとれる意味不明な永琳の言葉にどう対処すればいいのか分からず戸惑った表情を敢えて見せたまま、失敗の原因が何であるのかを探るため質問する。
「あんたらのやろうとしている事が、永琳によって阻止されるのよ。それで幻想郷が滅びるのよ。」
怒鳴るように言い放つ輝夜だが、彼女の言葉も結果だけを羅列しているので、他人が聞けば意味不明だろう。どうして連中は他人が理解できるように気を配れないのだろうか?
ただ、ここで一つのキーワードが輝夜から出た。永琳によって阻止され、その阻止行動によって幻想郷が滅びるという事である。
永琳らの見た幻想郷の滅びのビジョンは、紫と妹紅との間で取り決めている茶番を知らずに、永遠亭が独自の判断で防衛行動を行った結果、それが紫らの防護計画を妨害することになり、それによって幻想郷が滅びた未来なのだろうと妹紅は断定した。
つまり、花火を見て本物の火事だと勘違いし、観衆の目の前で消火して花火大会を台無しにするようなものである。
これは尚更の事、紫らと結びつけてしっかり状況を把握してもらい、余計な事をさせない方がよいだろう。なまじ状況を変えるだけの強力な力が彼らにあるだけに、その勢力を野放しにする事は危険である。
「ふーん・・・それで?」
滅ぼす側と自らに役所を与えた妹紅としては、この場合失敗して滅ぶという結果は大歓迎という立場となる。
妹紅としてもそれは当然起こっていなければならない結果であると思わせるため、わざとリアクションを薄くして見せる。
「それでって・・・幻想郷が滅んでもいいの?」
永琳も輝夜も、妹紅が幻想郷を滅ぼそうとしているなどと全く想定していなかった。
「何ばかなこといってるの?私は最初からそのつもりよ。」
シレっと言い放つ妹紅。妹紅は本心ではそのつもりはなかったが、相手の反応を見るためにさっそく切り札を使う。
永琳と輝夜はその言葉を聞いて絶句し顔を見合わせた。それは彼女達にとって予想外の返答だった。
「ほ、本気で言ってるの?」
永琳の表情に焦りの様なものが見え始める。妹紅は、そんな永琳らの反応を見て内心ニヤニヤする。
「(そろそろ、頃合いか・・・。)」
ある程度永遠亭側の状況を理解した妹紅は、当初の予定通り永遠亭と対立する行動に出る。
「私が幻想郷を守りたいって本気で思ってるの?」
幻想郷を守りたいという思いは誰よりも強い妹紅だが、ここは敢えてその真逆の事を言い、相手を揺さぶる為に小馬鹿にした態度も見せつける。
「な、無いとしても、滅ぼす理由にはならないでしょ?」
先程までの威勢がなくなり、焦りと苛立ちを隠せない輝夜が必死に言い訳するように訴える。
面白そうに妹紅は輝夜らを見やり、沈黙したまま輝夜の意見など簡単に否定出来るという事を態度で示す。口に出して「永夜事件の後、何をやったか言って見ろ!」と言えば簡単だが、敢えて口に出さない事で精神的に輝夜を追いつめる。
「くっ・・・。」
不死人狩りを引き起こし、幻想郷中に妹紅を売り渡した張本人である輝夜は、相当の恨みを持ち、滅ぼす理由がありまくりの妹紅のその態度にぐうの音も出ない。妹紅があれだけの事をされながらも、一切復讐をしなかった理由が分からなかったが、まさか、その復讐をこのタイミングでやろうということだろうか?
永琳も輝夜と同じ事を考えたらしく、2人は揃って顔が引きつっている。
2人が押し黙ったのを頃合いと見て、妹紅はさりげなく確信を付く。
「って言うかあんたらさ?結局何がしたいわけ?」
「・・・幻想郷を・・・守りたいのよ。」
永琳が妹紅の目を見ながら静かに語る。それは聞かなくても分かる事だった。守る意志がなければそもそもここにやってくることもない。ただ、その思いは幻想郷に住む人妖や自然を尊いと思って守りたいという思いではなく、単に永遠亭を守りたい、降りかかる火の粉を消したいだけ事である。
そして、妹紅はここで新たに一つ疑問が出た。先程の言葉にあったように、滅びの原因が永遠亭にあるなら、彼らがそれをやめればいいだけのことであり、何故彼らはそうしないのだろうか。
「滅びの原因があんたらにあるんなら、あんたらで何とかすればいいでしょ?」
「それが出来ないからこうしてここにいるのよ。」
永琳ですら制御出来ない力が隠されているということだろうか?妹紅はそれが何か流石に想像すらできないが、永琳のせっぱ詰まった表情を見るにつけ、かなりやばそうだということは理解出来る。
それならそれで、永琳達は妹紅に対してお願いをする立場になる。しかし、月人は決して地上の民に頭を下げる事はない。だから、敵である妹紅に対して最もらしい事を言い、共同戦線という形態で事態に当たろうと目論んだわけである。
郷に入っては郷に従えという。幻想郷に住まわせてもらうなら、幻想郷のルール、強いては地上のルールに従わなければならない。快適な住処だけ確保して居座り、その土地のルールに従わず好き勝手やるなど言語道断である。
「ふーん・・・で、あんたらはここにいれば、いるだけで何とかなるってわけ?なら、ずっとここにいたら?私は帰るから。」
永琳の言葉の揚げ足を取り、へらへらした顔で相手を小馬鹿にする妹紅。そろそろキレる頃合いだ。
妹紅の予想通り、輝夜は下を向いた状態で両肩をブルブルと震わせはじめる。その隣の永琳の表情も冷酷なオーラを纏い先程まであったせっぱ詰まった雰囲気が消えた。これは交渉を諦めて次の段階に移行した事を表している。
妹紅にとっては想定内、永遠亭にとっては想定外の交渉決裂である。
「下手に出ればいい気になって!永琳もういいでしょ?この山猿さっさと封印してしまいましょう!」
妹紅はその言葉を聞いて心の中で大笑いをしてしまう。どこが下手な態度なのか月人の頭の中の構造が理解できないと同時に、彼らとは永久に理解し合えない存在である事が理解出来た。
「やれるもんなら、やってみろ!どうせ、助けて!永琳だろ?」
鼻で笑いながら舌を出して輝夜を小馬鹿にする妹紅。
「誰がやるかなんて関係ないわ。あんたはここで終わり。永遠に死につづけなさい!」
一触即発の事態であるが、それでも輝夜は自分から動けずにいた。
「(・・・。)」
妹紅と永琳、輝夜らのやり取りの一部始終を後ろで見ていたレイセンは、会話に入り込む余地が無く、又、入り込む意志も無く、まるで他人事の様にそれを聞いていた。
レイセンは先日の件で、輝夜らの秘密を知り、そこで永遠亭の一員として正式に認められた。
永遠亭のエージェントとして働く事に使命感が生まれ、内面的に大きく変化したレイセンは、当然ながら輝夜や永琳の肩を持つべき位置にいる。しかし、一連の会話を客観的に見ているが、どうしても永琳や輝夜側に共感する事が出来ないでいた。
「妹紅、残念だわ。少しは分かり合えると思ったのに。」
永琳の表情に怒気は無かったが、全身から怒気を吹き出している。しかし、そんな永琳を見ても妹紅は恐怖の欠片も感じなかった。こういう所が自分が強くなっているという裏付とみればよいのだろうか?
「自分の思い通りにいかないからって、相手の所為にするのは良くないな。天才が聞いて呆れる。」
肩をすくめやれやれという仕草をする妹紅。
「ずいぶんと強気ね?八雲紫の後ろ盾があるからかしら?」
永琳も負けじと嫌みを言う。
「お前等がそう思うなら勝手にそう思っておけよ。どうせ他人の意見を聞いて考えを改める事なんてしない月人は、永遠に自分の考えだけを正しいと思って自滅の道を選べばいい!」
この言葉を聞いて何故かレイセンは痛快な感情を覚えた。言いたいことを何時も直前で呑み込んで我慢していた様々な言葉を含んだセリフを妹紅が代弁してくれていたのだ。
「クソ共め!お前らを見ていると反吐が出る。」
その汚い言葉を受けて輝夜は唖然とし、永琳の眉間の皺は更に深みを増す。彼らは汚い言葉を思っていても口に出す事は出来ない。それを分かっていて妹紅は敢えて汚い言葉で罵る。
永琳は何かを言えば100倍になって反撃される事に苛立ち、しかも、それが言い訳出来ない図星を指されているときている。これ程までに心がざわつく感覚は初めてである。初めての経験だからこそ、それが何なのかが分からず精神が安定しない。揺るぎない物が揺らいでいる。揺らいではならない物が揺らいでしまっている。
もし、永琳がいつも通りの冷静な精神状態なら、妹紅の言動が以前と違うことに気づいていたいたはずである。今の妹紅は、過去の永琳、輝夜と月の歴史という知識を基にした言動で、永琳らの話しについてこれない以前の妹紅ではないのである。
「妹紅を封印し隠してしまえば、恐らく八雲紫はあなたを探すでしょう。あなたを意のままに操れる完全な人形にしてそれを手土産にすれば、彼女も考えを改めるでしょう。」
永琳はなんとか妹紅を萎縮せようと、不可能ではないだろうが、かなり難しい事を簡単に出来そうに言ってみたが、すぐにそれを後悔した。
「ほほー、手ぶらだと紫に会えない理由でもあるのか?まーでも、それはいい案だな。んじゃ、さっそくやってみてくれよ!人形になれるもんならなってみたいもんだね!」
脅しの目的に言った永琳の言葉に対して予想外の妹紅の返答。
「!」
そして、その場で仰向けに寝て無防備に体を投げだし大の字にして晒す。だが、実はこの動作は戦闘の準備動作であり、永琳達はそれに気付かない。
「私が手を下さなくても、お前等が勝手に幻想郷を滅ぼしてくれるとわかった以上、私はもう用済みさ。好きにすればいい。」
妹紅は寝たまま大声を上げて笑い始める。妹紅は特に確証があってそう言ったわけではないが、これまでの流れでその言葉は真実を語っていると真に受けてしまった永琳と輝夜は激しく動揺した。妹紅の言う事が正しいなら、幻想郷を滅ぼすのは自分達であり、消える必要があるのも自分達なのではないだろうか?
「(まさか・・・あれは、私達が滅ぼそうとする力に対抗するために妹紅が自爆で抵抗を試みていると・・・)」
そう考えると辻褄が合わないこともない。ならば、ここで妹紅を封印したら幻想郷を救う手立てがなくなるかもしれない。
「ほら、どうした?はやくしろ!」
妹紅が寝たまま目を瞑り、いつでも来いと言わんばかりに催促をする。そして、この時既に妹紅の布陣は終了していた。
永琳らはどうすればいいか全く分からなかった。どんな時でも瞬時に判断し行動出来る頭脳を持っているが、この時ばかりはどう対処していいのか分からない。どこで間違えたのか、こんな事になる筈ではなかった。自分で予測を立てた真実と、今正に進行している現実に食い違いが生じている。
「妹紅、あんたわかってるでしょ?永琳のアレくらったらひとたまりもないって!」
「だから、好きにしろって言ってるだろ?何びびってんだ?」
「びびってなんかないわよ!」
びびっているというより、得体の知れないものに対する畏れを含んだ声である。
「やれやれ・・・」
一向に仕掛けてこない輝夜らに苛立ち、妹紅は背筋の力だけでポンと起きあがる。その動作に反応して永琳と輝夜が2歩後ろに下がる。
「やる気がないなら、帰れよ!」
妹紅は踵を返してそのまま背を向けて隠れ家の方へ歩き出す。永琳達から顔が見えなくなると舌をペロっと出して、表情が戯ける。明らかに演技がかった行動であるがそれに相手は全く気付かない。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
未来を予知出来るわけではないが、精神的に追いつめられた輝夜の次の行動は手に取るように分かる。輝夜の言葉と妹紅が心の中で輝夜が次に言うであろうと予測した言葉が、全く同じタイミングで重なり思わず顔がニヤける。
「あ?」
表情をすぐに戻し不機嫌な顔で振り向く妹紅。
「永琳、そんなに八雲紫が怖いか?」
妹紅を封印するとうそぶく永琳が一向に行動に出ない理由は、自分達から先手を取りたくないからであろう。封印とやらをどうやってやるつもりかはわからないが、永琳側から積極的に動いて封印する場合と、妹紅の攻撃に対処した流れで封印にする場合とでは、それを手土産にする際に八雲紫に与える心証が変わるはずである。理想としては妹紅からの攻撃に対する正当防衛を主張する事が望ましい。
妹紅はそれを見越して、先制攻撃をしてこない永琳を腰抜け呼ばわりをする。
それにしても、こちらが滅んでも一向に構わないという心理状況から、心の余裕が生まれ、さらにそれを切り札にしたことで、相手の心理状況が手に取る様に分かる様になった。相手の思考のベクトルが完全に見えるので、どの様にでも議論を操作する事が出来る。頭を使うというのはこういうことなのだろう。
紫の妹、藍との接触以降、妹紅の脳は急速に進化している。これまでの古式な生活の中で蓄積されてきた常識という箍がはずれ、月という常世から遥か遠くの世界の存在を明確に知識として取り入れた事によって、常識の枠が大きく広がったためだ。
それは必ずしも良いことばかりではない。考え方のスケールが大きくなったことで、今までより多くの事を思考せざるを得なくなった。石を積み重ねて山を造るにしても、高い山ほど裾野は広くなり、それだけたくさんの土台になる石を必要とする。それと同じ様に思考の物差しが広がればそれに付随する関連事項が無数に枝分かれして増えてしまうのだ。
その為、一旦考え出すと脇目も振らず思考だけに没頭する癖がついてしまい、周囲の者にそれがすぐ分かってしまう。幸い、そうなってから日が経っておらず、この仕草を見ているのは風見幽香と魅魔くらいだろう。後々この癖は直さないといけないだろうと思う妹紅である。
既に戦いの為の布陣を終えた妹紅。
幻想郷の歴史の表に出ない、世紀の戦いが今始まろうとしていた。