東方不死死 第24章 「魅魔の出廬」
博麗の巫女の資格を持って生まれた者は、10歳になると神社に嫁ぐという形で神社入りする決まりになっており、当然霊夢もそれに倣って10歳の誕生日に神社に輿入れする事になった。
当時既に幻想郷東端の本陣山に移設していた博麗神社は、神主や巫女の不在で人の往来が途絶えて久しく、上白沢慧音が残していた記録に倣って、その輿入れの準備が行われていた。
霊夢の周囲が慌ただしくなるにつれ魔理沙もその異変に気付いて周囲の大人に問い質し、霊夢の輿入れの事実を知り、離ればなれになってしまう事を恐れ猛反対した。
霊夢を神社に行かせないために画策した魔理沙の様々な妨害工作も空しく、時間だけが過ぎ輿入れの日が近づく。
そこで魔理沙は別の方法で輿入れを阻止しようと考える。霊夢の輿入れは防げなくても霊夢が出戻ってくればよい。これが魔理沙の結論だった。
今の霊夢からは想像出来ないが、当時とても臆病だった霊夢の性質を熟知している魔理沙は、「博麗神社をお化け屋敷にすれば霊夢は怖くて逃げ出して里に戻ってくる」だろうと考え、輿入れの前に先回りして神社入りし怪奇現象を起こして霊夢を脅かす事にしたのである。
当時既にホウキに乗って空を自由に飛び回る事が出来た魔理沙は、道中危険にもかかわらず運良く博麗神社に辿り着き、当時そこで自主的に博麗神社を管理していた魅魔と運命的な出会いをしてしまう。
当時の情勢としては、神主は博麗の信仰を外に求め既に外界に出て不在。巫女は数十年生まれておらず不在。八雲紫は博麗大結界で力を使い果たして外界の人間に転生しながら回復までの間幻想郷を離脱して不在。そんな状況で結界の管理は八雲藍が行い、魅魔が紫の代理を務め実質的な幻想郷トップとなっていた。
当時の神社の最後の神主が自ら出奔したことを受けて、無人となった神社が荒れ果てない様、魅魔が入って保全しつつ幻想郷の治安維持に目を光らせていた。
そこにひょっこりと小さな魔理沙が現れ、悪霊の住む神社をお化け屋敷に変えると意気込み、立ちはだかる魅魔を悪霊とも魔導師とも知らず追い払おうと自慢の小さな光弾で闘いを挑んでくるものだから、魅魔としては驚きと共に笑うしかなかったのである。
「魔理沙らしいというか・・・。」
この話を聞いて妹紅も思わず吹き出してしまう。
「その時、追い払おうと使った魔法が全てを狂わせてしまった・・・。」
空は飛べるものの殺傷力の低い小さな光弾や火球しか撃てなかった当時の魔理沙は、魅魔の放つ超極太レーザー砲に人生を変えるほどの大きな衝撃を受けた。
霊夢を里に追い返すという当初の目的を忘れ、強力な魔法の虜になった魔理沙はひたすら魅魔に教えを請う。魅魔はその魔理沙の頼みを無視して追い払い、しかし諦めない魔理沙は毎日の様に危険な道中を突破して神社に転げ込む。
ある日、妖怪に襲われたのか怪我をして神社の前に倒れていた魔理沙を発見した魅魔は、人間の弱い体に対して強過ぎる意志がその身を滅ぼしてしまうと判断し、怪我をしている魔理沙の保護の意味も込めて弟子入りを許可したのである。
「・・・魔法使いを志す子供に迂闊にもあんなものを見せてしまった・・・。」
これが全ての始まりであり、魅魔の人生に於ける何度目かの転換期だった。そしてこのことは幻想郷にとって有益な事にはならず、博麗に仕えた魅魔の人生最大の汚点ともなった。
「魔理沙には私と同じ素質があった。」
「素質?」
「魔法を知らぬ者にはこの重要性が分からぬと思うが、魔理沙には苦手属性がなかったのだ。」
「苦手がないのは重要な事なわけね?」
魔法には大きく分けて2つある。魔界の力を引き出す暗黒魔法と、万物の法則を理解し操る元素魔法とである。元素魔法は一般的に精霊魔法と呼ばれるが、世界を司る4大元素を中心にその元素を偶像化した精霊を記号として認識操作する魔法で、科学が発達していない大昔では現象の作用はそうした精霊の仕業と認識されていたのである。
魅魔は暗黒魔法を使う魔導師で、暗黒魔法は精霊魔法の上位存在である。ちなみに、暗黒魔法の使い手を魔導師というのに対し、精霊魔法の使い手は魔術師、魔法使いと呼び差別化している。
下位にある精霊魔法に苦手や得意属性で力にばらつきがあっては上位存在の暗黒魔法は使えない。
現在の魔理沙には高度な暗黒魔法は使えないが、しっかりと学べば使う事が出来る素質を持っている。
魔理沙自身は特殊な生まれ方をしており、肉体的には母親の身体をそのまま受け継ぎ、これを100とすれば、魔理沙は100プラス自身の素質分、父親の遺伝子が上乗せさた能力を有している事になる。魔理沙個人の能力はまだ未知数であるが、彼女は生まれた時から魔導師の資質を持っていたわけである。
「得意なものも苦手なものもないという事は、それについて意識しない事であり、それは純粋であるとも言える。魔法使いにとって原理に対する純粋性は非常に大事な資質なのだ。」
魔法の力がすぐ目の前にあるにもかかわらず、ほとんどの人間が魔法と無縁なのは、社会の常識によって魔法など使えないという固定観念が植え付けられ原理に対する純粋性が失われたからといえる。
不思議な力を使うもの達は、原理に対し常に純粋で人間の社会であれば宗教のような一般的ではない領域に分け隔てられる。神道も陰陽道も原理を疑わぬ者に対してのみ力の恩恵が得られるのである。
「妖怪や鬼は確かに純粋だったわね・・・。」
「人間は弱さ故に個ではなく集団の力に偏り、それ故に和を乱す存在を忌み嫌った。異物を取り除こうとする防衛意識が猜疑心を育て、それが純粋性から遠ざかった理由だろう。」
「苦手属性がない事であなたは魔理沙をどう育てようと思ったの?」
「私はまず魔理沙自身の身を守るための魔法が必要だと考えた。精霊魔法は暗黒魔法に比べても決して劣るものではないのだが、力の制御が難しく経験がモノをいうタイプの魔法だ。長年の修業によって強大な力を得られるが、若い魔法使いには小さな火の玉が関の山だ。妖怪が闊歩するこの幻想郷で火の玉など使えたとして威嚇にもならない。しかし、無属性魔法には派手で威嚇にも打って付けなものがあった。」
「あれね?確かマスタースパーク?」
「呼び名はどうであれ、あれは暗黒魔法の最も純粋で初歩的な魔法なのだ。」
「初歩?あれで?」
あの凄まじい威力が初歩の魔法だとは思えない妹紅。
「マスタースパークは反発する逆属性同士をぶつけて生じる空間対消滅エネルギーによって魔界と物理世界の間に強制的に通路を開き、魔界のエネルギーを直接取り出して放出する魔法なのだ。無属性というのは属性が無いという事ではなく特定の属性に偏らないという意味なのだ。」
「なるほど・・・属性の好き嫌いで力にばらつきがあると強力な対消滅を起こせなくて魔界に門が開かないのね?」
魅魔の説明を妹紅は瞬時に理解出来た。妖術においても属性や衝突エネルギーは普通に学ぶ事で、出来るか出来ないかはともかく魅魔の言う理屈はわかる。
「魔界は属性の力が強すぎて物質としての個体が安定しない世界だ。かつての神々の戦いにおいて破れた側が醜悪な悪魔となって貶められ堕とされた場所が魔界であり、元々は属性が不安定で形が一定しない隔離世界だったのだ。」
「その神々のなんたらっていう故事によって後で魔界と名付けられたのね。」
「うむ。それ故、その世界に縛られている悪魔と契約する事も可能で、暗黒魔法などといかがわしく呼ばれる様になったのもそうした理由からなのだ。マスタースパークを純粋な魔法と言ったのは、その世界の強い属性エネルギーを抽出しているだけで、魔界の生物とはまったく関係がないからなのだ。」
バランスの良い属性の衝突によって生まれたエネルギーが魔界とこの世界を繋ぐ手段であり、原理魔法を完全に制した者だけが魔界への門を開けるのである。
「マスタースパークは混じりっけのない純粋なエネルギーなのね・・・。」
妹紅の反応を見て魅魔の目尻が下がる。
「・・・妹紅殿は今の話を全く疑っている様子がないな・・・。」
「え?今までの話は嘘なの?」
完全に本当の事と思って話を聞いていた妹紅なので、その言葉に驚いて魅魔を睨む。
「いや、嘘ではない。ただ、こんな突拍子もない話をして、最初から最後まで信じるなど風見幽香くらいだと思っていたからな。」
なにやら思い出し笑いをする魅魔だが、妹紅をあざ笑っているのではなく感心しているのである。
「幽香?」
「風見幽香は知っているか?」
「魔理沙の事について何か隠している様子を見せていたのが幽香よ。」
「そうか、幽香の心証を得ていたか・・・なるほど・・・どおりで・・・。」
幽香が間に入っている事を聞いて何故か納得の表情をする魅魔。妹紅はこの魅魔の言葉が理解出来なかったが、魅魔個人としては風見幽香の信用を得る事は八雲紫の信用より大きい事と過去の経験からそう認識しており、魅魔が妹紅を信用した自身の判断が正しいものとする根拠を得たと自己満足したのである。
風見幽香が魅魔に対して特別な感情を持っていることを妹紅は気付いていたが、魅魔自身も紫らに対するものとは全く違う特別な感情と信頼を幽香に抱いているように思えた。
「妹紅殿の・・・。」
「妹紅でいいわ。」
「・・・妹紅のその純粋に物事を受け入れる感性は生まれ持った資質なのだろうな・・・。」
妹紅は物心ついた頃から、蓬莱山輝夜とその周囲に起こる非常識な事象を目の当たりしてきた。その輝夜が父親を辱めた恨みが妹紅に復讐を決意させ、無謀な旅へと駆り立てた。その結果自身が非常識な存在になってしまったのである。
魔法など非常識ともいえる不思議な存在を否定する事は自らの存在を否定するようなものである。
それ故に魅魔の話は全て疑いなく聞き、受け入れることが出来た。
短期間でマスタースパークを覚えた魔理沙。
この魔法は魔界の門を開いてさえしまえばエネルギーを無限に抽出出来る為、年齢や経験に威力が比例することはほとんどないといえる。個人差があるとするなら放出する時間や放出する方法だけである。魔理沙はただぶっ放すことしかできないが、出し方を工夫すれば無数に枝分かれさせた拡散砲や力場の中で螺旋状に放出し回転トルクを利用した追尾レーザーも可能となる。
魔理沙は分相応ともいえる力を幼いながらも身に着けてしまい、それが自信となって成長を促進させると同時に若い魔法使いにありがちな増長を生んだ。
10歳に満たない年齢で現在とほぼ同じ威力の魔法を使えたのである。力に魅せられ溺れるのはある意味自然な流れかもしれない。魅魔はそうした魔理沙の増長に気を配り暴走を抑えつつ教育しながら霊夢の輿入れの準備を行っていた。
1月以上家に帰らなかった魔理沙だが、風見幽香を通して魔理沙の安否は家に知らせていた。そんな中、修業半ばで抜け出し家に戻った増長する魔理沙は、家を長期間留守にして連絡のない事の謝罪もしないまま、父親に対して一人前の魔法使いになったと自慢して見せる。今のあまり良いとは言えない言葉遣いもこの時期に身に付いてしまったものだった。
変わり果てた魔理沙に激怒した父親は人の道に反する態度や考え方を叱り改めさせようとしたが、増長した魔理沙は耳を貸さず反抗し続け、このままでは霧雨家にも里に対してもあまり良い事にならないと判断し、魔理沙を霧雨家から強いては里からも勘当したのである。
騒ぎを聞いた風見幽香はすぐにこのことを魅魔に知らせたが、魔理沙はいつまで経っても魅魔のいる神社に戻ってこなかった。
「魔理沙の行きそうな場所は全て探したが見つからなかった・・・。しかし、数日経ってようやく戻ってきたのだ。」
「・・・それで?」
「服も汚れ、軽い怪我もして、その事を問いつめると妖怪退治をしていたと・・・。」
魔理沙は家を追い出された後、あちこち放浪し出会った妖怪と戦って勝利し続けていた。その事が魔法使いとしての自信を更に悪い方向へ増幅させ、魔理沙の増長はその極みに達していた。
魅魔の説教ももはや魔理沙に届かず、それどころか魔理沙は師匠である魅魔すら超えた、もう修業の必要はないと豪語し神社を飛び出してしまう。
「有能な若い魔法使いの末路はどれも同じ。それを分かっていて私は・・・厳しく躾る事が出来なかった。」
「自分の娘の様に思ってしまったのね・・・。」
「魔理沙は去り際、私を超えた事を証明してみせると言い神社を飛び出した。私はそれがどういう意味か最初わからなかった。」
魅魔は魔理沙の言葉を何度も反芻しその意味を知ろうとした。
3日が経ち、心配した魅魔は霊夢の輿入れ直前のため動けず、風見幽香を頼り魔理沙の行方を探って貰う事にした。その幽香は魔理沙の行きそうな場所を森近霖之助にも相談し、霖之助も独自に動ける範囲で捜索をはじめる。
魔理沙が行方不明になり捜索を始めた2日後、霊夢が博麗神社に輿入れしたその日、霖之助が西洋墓地で倒れている人間の存在を付近の妖精から聞き出し、これは幽香経由で魅魔にすぐ伝えられた。
魅魔は魔理沙と思しき人物の居場所が西洋墓地と聞いて唐突に思い出す。
弟子と認めた当初、真剣に魅魔の話に耳を傾けていたまだ素直だった魔理沙に、踏みこんではいけない危険地帯のいくつかを教えていた。その中で、幻想郷で最も危険な場所の一つとされる西洋墓地の存在を話している事を思い出しのだ。
「私ですら敵わない怨霊が居ると脅かしておいた場所があるのだ。」
「魅魔ですら敵わない相手?」
「吸血鬼戦争の吸血鬼側の怨霊を鎮める神聖な場所だ。それ相応の態度でいれば問題はない場所だが、陰の力が強すぎて普通の人間がそこ行くとそれだけで気を煩う場所なのだ。行くだけなら魔理沙でも大丈夫だろうが・・・。」
「まさか、退治に向かった?」
何も答えず話を続ける魅魔。
魔理沙の居場所が判明し、魅魔はすぐに魔法の森中央やや湖寄りにある西洋墓地へ向かう。そして、そこで倒れ既に事切れた魔理沙を発見する。
死んでからどのくらい経ったか分からなかったが、その肉体はまだ暖かく、たった今亡くなったばかりのようであった。魔理沙の捜索を幽香に頼んでから2日後だが、魔理沙が神社を飛び出してから3日後に捜索を依頼していたので計5日である。恐らく飛び出したその足で西洋墓地に行き、恐らく為す術もなく怨霊達にやられてしまったはずである。
5日間、魔理沙は死んだまま体温を宿し続けていたことになる。衣服などの状況からも長時間そこに倒れ伏せていたのが分かり、その事を考えると何かの特殊な力が魔理沙を守っていたとしかいえない奇跡だった。
魂が輪廻に旅立って居なければまだ復活のチャンスはある。魅魔は暗黒魔法の奥義の一つ死霊転生の術で魔理沙の漂う魂を奪い取り、魔理沙の亡骸に転生させたのである。
元々この術は、改造した強靱な肉体となる器に従順な僕の魂を転生させ不死身の兵隊として使役する為の術で、更に自らを死人(アンデット)に転生させ永遠の時間を手に入れる為に使うなど非常に高度で恐るべき暗黒魔術であった。
魔理沙の魂を奪った時点で魔理沙は魅魔の僕となり、ここで仮に別に用意した器に転生させれば魔理沙の能力を持った有能な兵隊が完成する。しかし、魅魔は本人の魂を本人の肉体に転生させたのである。これは、こぼれた中身を元の器に戻すことであり、つまるところは蘇生と同じであった。この術自体は蘇生を目的にした術ではないので魅魔も結果がどうなるかはわからなかった。
「成功したの?」
「うむ、奇跡的に魔理沙は命を取り留め、再び心臓が鼓動を始めた。だが・・・。」
魔理沙は自分の身体に自分の魂を戻されて生き返ったものの、この術は一旦術者によって魂が奪い去られており、魂は術者つまり魅魔に対し従属する宿命を得る。
生き返った魔理沙は性格が大人しくなり死ぬ以前の記憶も無くなり、魅魔のそばで仕えることを自身の宿命とした僕となってしまう。
「それで?」
妖術使いである妹紅としてもこの話は大変興味深いものだったので思わず身を乗り出す。
「私は魔理沙を元の人間に戻そうと様々な試みをした。しかし、どの方法も上手くいかず、それどころか、魔理沙の魂と肉体の結びつきが弱くなってしまったのだ。だが、この失敗以後、魔理沙が突然記憶を取り戻しはじめ、普通の人間に戻れる兆しが見えたのだ。」
魔術によって無理矢理結合させていた魂と肉体にほころびが生じ、術が消えかかったことで元の人間に戻り始める魔理沙。しかし、魂と肉体の結びつきが弱まると言うことは死に近づくということである。
ここにきて魔理沙の復活の糸口が見えた魅魔はある決断をする。
「そこで私は、魔理沙の魂と肉体を断ち切り完全に術を解いた後、死する魔理沙の中で魂と肉体を結ぶ鎖役となって魔理沙の一生を共に逝こうと決意したのだ。」
「そうまでして貴女は魔理沙を助けたかったのね・・・。」
「私はもはや自分がどうなろうと構わなかった。ただ、ただ、魔理沙を人間に返したかった。そしてようやくそれが実現できようとしていた。だが、気掛かりがあった。一人残される魔理沙がこの後どう生きていくか・・・家から勘当され後見人になるような人物もいない10歳の少女が魔法だけでどうやって生きていくのか・・・。」
生き返ってもすぐに死んだのでは何の意味もない。魔理沙の命を繋ぎとめるということは、その後の人生にも責任を持つということである。
知り合いの妖怪に、例えば風見幽香に預ける事も考えた魅魔だが、魔理沙は人間として生かしてやりたいと思う親心が魅魔にある決断をさせる。
「博麗霊夢に魔理沙を託す事にしたのだ。」
「まさか・・・。」
妹紅はここまで聞いて話が全て繋がった事に衝撃を受けた。
幽香らの言う「あれだけのこと」とは魔理沙が死んで死霊術で生き返った事であり、霊夢が先日語った霊夢の心を酷く傷つけた魅魔と魔理沙との戦いがこの後に続くのだ。
魅魔は、魔理沙の目の前で霊夢と戦い、そこで死んで見せる事で、魔理沙の魅魔に対する僕としての従属心や依存心を打ち消し、師匠である魅魔すら討ち倒す博麗の巫女の力と存在感を強烈に意識させる事で、魔理沙を霊夢に惹き付けさせようとしたのである。
「ううぅ・・・。」
ここで突然魅魔が泣き崩れた。
「私は博麗の僕でありながら、魔理沙を救うという個人的な目的の為に博麗霊夢を利用してしまった・・・。本来、霊夢の後見人として指導育成していく立場にありながら・・・くぅ。」
ベッドからずり堕ち絨毯を鷲掴みして必至に涙を堪えようとしてことごとく失敗する魅魔。後悔という感情の激流が涙となって止めどなく溢れ出る。
「私は、魔理沙を失いたくなかった・・・どんな事があっても助けてやりたかった・・・すまぬ・・・霊夢・・・すまぬ。」
何度も何度もそこには居ない霊夢に詫びる魅魔。
自分勝手な目的の為に、霊夢に人殺しをさせたようなものである。
公人として魅魔は霊夢を選ばなければならなかった。しかし魅魔は個人の選択をしてしまった。
「(しかし・・・。)」
魔理沙を見捨てれば全て丸く収まったか?といえば必ずしもそうではないだろうと妹紅は思う。魔理沙を失った霊夢と魅魔は、果たして今までどおり何事もなかったかのように過ごすことが出来るだろうか?
全ては発端にある。魔理沙を追い払うために魔法を使いさえしなければ・・・しかし、一番はまず魔理沙が霊夢と離れたくなかったという思いだ。これが全ての発端である。
後悔に打ちひしがれる魅魔。妹紅はそんな魅魔が哀れでしかたがなかった。悪いのは魔理沙であって魅魔ではない。しかし、妖怪のように割り切って考えられないのが人間である。魅魔は悪霊である以前に人間なのだ。
母親としての心を魔理沙によって呼び覚まされ、弟子として厳しく接する事が出来なかった魅魔。
その一方で、誰もいない神社に一人置かれ、迎えてくれるはずの指導者でもある魅魔と親友の魔理沙と戦わなければならなかった霊夢。
ほんの少しの間違いで全てが変わってしまった。誰一人幸福にならない救いようのない現実。幻想郷の為を思うなら魅魔は心を鬼にして魔理沙を見捨てなければならなかった。しかし、それは出来なかった。だが、それを誰が責められるか・・・。妖怪はともかく同じ人間である妹紅には魅魔を責める事は出来なかった。
今にして思えば、魔理沙の能力ならいつでも神社に来て霊夢と会えただろう。あの事さえなければ今も父親と良好な関係のままであっただろう。霊夢もまた魅魔に教えを請いながら、誰からも尊敬され愛される立派な巫女に成長できていたかもしれない。
妹紅は小さくなった魅魔の背中をじっと見下ろす。
魅魔と霊夢の心を救うには、魅魔を霊夢に会わせ直接謝罪させることである。しかし、それをやるには魔理沙に縛られた魅魔を解放しなければならない。
難しいと思われた魔理沙の問題は、その死因が判明したことによって解決の糸口を見出す事が出来た。上手くいけば魔理沙は助かり魅魔も解放させることが出来るはずだ。
しかし、一つ疑問が浮かぶ。何故魔理沙が5日間も肉体を維持できたのか、その事を単なる奇跡で片付けて良いのだろうか?妖術使いとしての妹紅的には単なる奇跡で片付けるわけにはいかない。きっと何か理由があるはずだ。
それと同時に妹紅はある問題にも直面する。この事情を関係者、例えば紫や霊夢といった異変の中心人物に知らせるべきかという点である。
着々と進む紫らの計画に水を差すのはどうなのだろう?運命の連鎖を危険視する紫等からしてみれば、魅魔や魔理沙の事は正直後にしてほしい問題だろうと妹紅も思う。
しかし、妹紅の頭の中にある魔理沙救出の手段で一番最初に思いついたのが今回の紫の異変を利用する事だった。タイミング的に上手くかみ合いすぎて、それが偶然なのか、それとも何者かによってそう導かれているのか思わず勘ぐりたくなる。・・・。
「うーむ。」
妹紅は必死に考えた。
紫、慧音、そして自分。それぞれの思惑が重なって後戻り出来ない異変という坂道を全力で転げ落ちているのが今の状況である。妹紅が一抜けをすれば基本的に今回の事は収まるかも知れないが、魔理沙の件が浮上し、それが利用出来るとなると、抜けるわけにもいかない。
何らかの力が干渉し、その影響で妹紅に一抜け出来ない理由を新たに書き足した・・・そんな事を漠然と感じる。
このような進行する常態の中で大きな案件が浮上してくる事を、これを単なる偶然として捉えるのは適当だろうか?違う・・・と妹紅は思う。
泣き伏せていた魅魔は落ちつきを取り戻し静かに立ち上がる。そして、話を中断させた事を詫びようと妹紅に向き直る。しかし、妹紅の顔を見て声をかけるのを止めた。顎に指をあて目を瞑ってブツブツと呟きながら何かを必死に考えており、それを邪魔するべきではないと思ったからである。
その妹紅も考えながら魅魔が立ち上がった事を感じていたが今は思考に没頭する事から抜け出すことが出来ないでいた。
それぞれの思惑がせめぎ合っている。妹紅は今一度頭の中で整理する。
八雲紫は不死鳥の自爆の力を必要としている。具体的に何をするかは今現在妹紅は知らない。だが、それに便乗して霊夢の活躍を幻想郷中に示そうとしているのは間違いないだろう。
紫は幻想郷の実質の支配者であるが幻想郷を自由にするには博麗の存在が不可欠である。博麗の衰退は幻想郷の衰退であり、今現在の博麗の代表ともいえる巫女の霊夢の、その巫女として機能していない状況を何とか改めたいとする意図は、過去の異変を通して霊夢に干渉する紫の態度から明らかである。であるなら、今回の異変も必ず霊夢に絡めてくるだろうし、昨日の九尾の藍との最初のやりとりの中でも霊夢がキャスティングされていることは既に判明している。
上白沢慧音もまた幻想郷の将来を憂いており、霊夢を何とかしたいという点において紫と同じであるが、その手段に違いがあり、特に紫のやり方を強く否定している。今朝の対話の中で妹紅には内密に紫を出し抜こうと何かを画策しているようである。
妹紅に冷たい態度をとって離別を謀ったのは、その計画が危険なものなので妹紅を共犯者にさせないための計略だろう。
そして自分、藤原妹紅としては、不死鳥の自爆は世界の維持に絶対に必要な事だと認識し、その上でこれはやらなければならない公的な任務であると認識している。その一方で妹紅の個人的願望は、自分を支配し、後に逆支配され身動きが取れなくなった不死鳥との対面を通じて妹紅の身体からこれを取り除き不死鳥を自由にする事である。
これが先程までの状況である。
今はこれに加え魔理沙と魅魔を助ける為にこの異変を利用するという項目が付け加えられた。
次々に明るみに出るこの異変に関係する点、そしてそこに結びつく線。この線と点の繋ぎ方次第で異変の規模が大きく変わっていくだろう。
紫の計画から妹紅、慧音と線が複雑に繋がり、そして、これは増え続ける可能性がある。寧ろこれで終わりと考える事が難しい。
昨晩の博麗神社での出来事は様々な形で幻想郷に住む者達にインパクトを与えている。妹紅個人に関しては既に永遠亭と接触があり、この異変の一つの点となって妹紅の前に現れている。この点を線でどこにどう繋ぐかでかなり状況が変わるだろう。
皆この異変を個人や公人として利用しようとしている。永遠亭がこれを知れば彼らもまた何かを企むのは必然と考えるべきだろう。そして彼らの企みは幻想郷の常識では計り知れないものを生じさせる恐れがある。
今魔理沙の家で起こっている状況は恐らく自分と魅魔以外知らないだろう。この部屋を覆う強固な結界によって魅魔の存在は表には出ていない。そして、魅魔の存在を最初に探し当てたのが妹紅である。
自力で探し当てたもの・・・そういえば藍の思念と新しい蓬莱の薬が妹紅の中にある。そして今魅魔を見つけだした。これにどんな意味があるか?いや、どんな意味を持たせるか?そう考えた方がいいだろう。
「(この件に関して魅魔の知恵を借りてみるのも悪くない・・・というより、それが一番かもしれない。でも、知りすぎるのも問題があるか・・・。)」
妹紅はジレンマに襲われる。
「・・・。」
妹紅は目を開き魅魔を見る。そしてすぐ視線をずらして魔理沙を見る。ふと、魔理沙との対戦を思い出す。綺麗な可愛らしい弾幕と強引で力まかせな弾幕。
妹紅はまた目を閉じ、そしてまたすぐに開く。魅魔はそれを見て妹紅の中に何か強い意思が芽生えた事を感じとった。
「これも何かの縁ね・・・。関係あるかどうかを悩むなら、最初から無理矢理関係者にしてしまえばいいのよね。」
妹紅は今まで幻想郷に干渉しない様に心掛けてきた。しかし、もはやその考え方ではダメだと覚悟を決めた。何より無知でいることに耐えられない。
全て魅魔に話して真摯に助言を請い、魔理沙も含め一蓮托生でこの異変に挑もうと決めた。そしてそれは紫や慧音とは違う形で霊夢の心へのアプローチとなるはずである。
「魔理沙を助ける事に関しては魅魔の頼みは聞けないわ。」
妹紅は厳しい顔できっぱりと、想いとは逆の言葉を魅魔に投げつける。
「・・・そうか、それは残念だ・・・。」
「誰に頼まれなくても私は魔理沙を助けるんだから・・・ね。」
ニッとした笑みを魅魔に向ける。それを受けて魅魔の頼みを断られて強張った表情が緩み、次に神妙になる。
「藤原妹紅よ・・・私は博麗を裏切り、紫の信頼を裏切り、幻想郷を裏切った。紫にも霊夢にも会わせる顔がない。このまま魔理沙と墓まで共に逝こうとも思った。しかし、この罪をそのままにして隠れ続ける事も辛い。魔理沙を介してこうして交流が可能となったのも何かの縁。妹紅は幻想郷にとって有益な存在だと私の直感がそう告げている。妹紅に協力することは即ち幻想郷に対する贖罪になるだろう。私に出来る事があれば何でも協力する。いや、させて欲しい。」
妹紅の両手を取って懇願する魅魔。
「貴女は博麗を裏切ったわけじゃないわ。博麗の慈悲にすがっただけでしょ?この程度の事で幻想郷の為に尽くしてきた貴女を見捨てるほど恩知らずではないでしょ?貴女の愛する幻想郷は。」
予想もしなかった妹紅の言葉を受けて、最初は驚き、そして何かを諦めた様な憂いのある表情になる魅魔。取った手を離しそして全身で包みこむ様に妹紅の背中に腕を回す。欲しかった言葉を与えられた魅魔は感謝と感激で胸が一杯だった。
「こんな悪霊如きにあまり優しい言葉を掛けないでくれ・・・油断するとこのまま満足して成仏してしまいそうだ・・・。」
冗談とも本気とも言えないその魅魔の言葉に妹紅は思わず反応して魅魔の腕から逃れた。
「それは困るわね。これからたくさん頼み事をしようと思っていたのに・・・。」
「何なりと申し出てくれ。先程の様子から察するに何か別の案件も抱えているようだ。」
流石というか、やはり見抜かれていたと妹紅は苦笑する。
妹紅と魅魔の間で魔理沙を介して一種の同盟関係が成立した。
上白沢慧音と言う頭脳を失った妹紅にとって魅魔の獲得は大きな収穫だった。
その後妹紅は八雲紫が画策している不死鳥を利用する異変と、それにともなって起こった事件、事象の詳細を妹紅の視点で詳しく魅魔に話した。
「どう?」
一通り話し終え、感想を伺う妹紅。
「知らぬ間にこんな事が・・・まるで誰かに謀られているようだな。」
魅魔は魔理沙の中に居る間外の状況を知る事が出来ず、最初は妹紅のこの話を信じられずにいた。
少しの間その話を自分の中で整理していた魅魔は、妹紅と同じように何者かに仕組まれているようなそんな落ち着かない心境を口にする。
妹紅と紫が最初に接触したのはほんの数日前である。だいぶ時間が経っている様に感じるが、これは妹紅が藍の世界に長時間いたためである。
妹紅自身は永夜事件以後に幻想郷の表側に出たといえる。魅魔が隠れた年が西暦2000年。永夜事件が西暦2004年で現在が西暦2007年である。
幻想郷の状況を魅魔に教えるにしても実質3年程の事で、しかもその3年間で妹紅から詳しく教えられる様な事件や異変を体験していない。
実際には、妖怪の山に外界から神様が来たり、旧地獄でうんたらかんたらや、天人が降臨してすったもんだなどそれなりに色々な事はあったが、妹紅は後日そんなことがあったと慧音から聞いただけで詳しくは知らないのである。
妹紅にとってはここ数日に数百年分の出来事が一気に訪れた感はあるものの、それ以外では魅魔が知らなければならないような貴重な情報は特に提供できなかった。
「幻想郷は相変わらず・・・ということか。それにしてもここ数日が凄まじいな。」
「紫が笛を鳴らして、私が踊っている・・・もしくはその逆のように見えるんだけど、なんていうか、もっと別の力に動かされているような気がするの。」
「うむ、完全に運命をこじらせているようだな。」
運命をこじらせるという表現は紫も使っている。
「やっぱり・・・。」
「昨日か?恐らく博麗神社であった巨大なインパクトとやらでレミリア・スカーレットを刺激したようだな。」
「レミリア?あの吸血鬼の子供?」
ここで、紫達とは違う新しい名前が魅魔から出る。その話し振りからして魅魔はレミリア・スカーレットをよく知っているようである。
「レミリアは知っているか?」
「ええ、メイドといっしょに来て何度も戦った・・・でも、姉の方はともかく妹のフランドールには散々体をぶっ壊されたっけ・・・。」
「パチュリー・ノーレッジは?」
「フランドールを連れてきたのがそいつね。あと、もう一人名前は忘れたけど、正式な型の体術使うやつ。」
「門番か。」
「たぶん。」
妹紅の言葉に瞬時に返答が来たのでおそらくそれで合っていると思って適当に答える妹紅。
その門番の名は紅美鈴という大陸出身の妖怪で、普通妖怪は型にはまった体術は使わないので、元々は人間から妖怪化したものと妹紅はみている。
「レミリア・スカーレットの能力は?」
「一応知ってるわ。運命を操る能力?ウソくさいけど・・・。」
「ウソくさいか・・・確かに現状完全ではないからな・・・。」
「さっきから気になったけど、魅魔は吸血鬼というか紅魔館と知り合い?それもかなり親密?」
妹紅は感じていた疑問を投げかける。
「スカーレット姉妹の命を救ったのは私だ。」
「?」
唐突な魅魔の言葉に妹紅は何を言っているのか全く理解できなかった。
「うーむ、これは吸血鬼戦争について詳しく話しておかなければならぬか・・・。」
吸血鬼戦争は約500年前幻想郷隔離直後に起こった大きな戦争である。スカーレット姉妹と魅魔との間にこの戦争に関係するなんらかの因縁があるということだろうか?
「是非とも聞きたい話だけど・・・夜明けまでに終わる話かしら?」
窓の外が若干明るくなっている事を視線で指摘する妹紅。
「うむ・・・どうやら時間切れか・・・。」
「魔理沙をこのままにして話を続けてもいいけど・・・。」
「いや、朝はちゃんと目覚めさせた方がよいだろう。」
これは妹紅も賛成である。
「じゃ、この続きはまた今夜にでも?」
「私はずっと魔理沙の中におる。妹紅の都合で構わない。」
「最後にちょっと確認というか・・・いい?。」
「うむ。」
「私はこの後どうすればいい?」
「む?・・・どういう意味だ?」
妹紅が藪から棒に聞くので魅魔もどう答えてよいか咄嗟に思いつかない。大抵の事なら話の流れと態度で少ない情報から答えを割り出せるが流石の魅魔もこの質問には適当な答えを選べなかった。
「うん、私はこの異変についてどうかかわっていけばいいかってこと。」
「レミリアは何かが起ころうとしている事を察知して、それを歓迎している。だから異変はもう止められない。しかし、レミリアがこの異変の主導権を握っているわけではないだろう。この状況で自ら主導権をとるか、誰かに譲るかは妹紅次第だな・・・。」
「私は最初紫に主導権を譲るつもりだったけど・・・。」
「けど、と言う事は今は違う・・・つまり魔理沙の件だな?」
シナリオは全て紫に任せるつもりだった妹紅だが、魔理沙の件が浮上した事で、魔理沙をからめたシナリオに修正したい妹紅である。
「ええ・・・。」
「主導権のない状況で、魔理沙を救えるのならそれでもいいが・・・出来るか?」
「選択肢は少ないけどあることはあるわね。」
「うむ。」
「その上で何かアドバイスはある?」
妹紅は魅魔に教えを請う態度になる。
「・・・魔理沙はどうのようにして元に戻すつもりだ?まずそこから聞こう。」
これは魅魔にとっては一番の気掛かりである。
「簡単よ。魔理沙は正しく死んで間違った方法で生き返ってしまった。なら、もう一度正しく死んで、今度は正しく生き返る。」
「簡単に言うものだな・・・。」
「黄泉返りは私達の十八番だった技よ。」
妹紅のいた岩老郷には、幽体離脱を専門にする一族がおり、魂や精神に障害の出た人々の救済に努めていた。術者自ら薬で命を絶って患者を診て、その術者の先祖が現世に戻すのである。現在に生きる人間だけでなく先祖までを巻き込んだ一族総出の技である。
「やろうと思えば今からでも出来るけど・・・魔理沙は勘当されてるから黄泉返りが出来ないの。」
妹紅は続けて『選択の間』の事や『黄泉返り』について仕組みやルールを詳しく魅魔に説明した。
「なるほど。魔理沙が死んでその『選択の間』に来た時、妹紅が縁者としてそこに現れ魔理沙を戻すということか?」
「ええ。そこでクリアしなければならないのが・・・。」
「妹紅もその時は既に死んで霊になっていなければならない・・・ということか。」
「流石に理解がはやいわね。私は死ねばすぐ生き返るんだけど、閉鎖的な空間で肉体が再生出来ない状況になれば普通の人間が死んだ時と同じように『選択の間』に来ることは可能なの。輪廻には旅立てないけどね。」
「逆に言えば、それ以外の方法がないと?」
「他にもあることはあるんだけど、精神的に死ぬとかね。でもこれは自由にやれることではないから。実質今言った方法以外では無理ね。」
「なるほど・・・。」
「もう一つ肉体と魂を強制的に引き離す方法があるんだけど、これは精神離脱で人間の『選択の間』には行くことができない。」
「・・・人間の・・・か。」
鋭い魅魔。敢えて妹紅が人間と頭につけたことに興味を示す。
「妖怪には『選択の間』はないの。でも、似た様な待合室はあるのよ。」
「ほう。先程から色々と初耳だな・・・。良いのか皆まで語って。」
話し過ぎるのは聞く側にもストレスになる。
「ええ、魅魔だけにね。後で吸血鬼戦争について聞かせてもらうから。」
納得する魅魔。そして妹紅は話を続ける。
「古妖怪は輪廻しない分、死後に転生とか天界とか身の振り方を任意に決められるみたいなの。死後、自分の精神領域でどうするかを考えるてる時にアクセスは可能なのよ。」
「それは興味深い話だな・・・紫が死んでも慌てる事がなくなるか・・・。」
「紫が?」
「うむ、紫はよく再起不能になるからな。」
「そうなの?」
「紫が他の妖怪と違う事は知っているだろう?人間と同じ無限の伸びしろを持っているが、その代わり人間と同じ様な精神的脆さをも合わせ持っている。それ故大きな事件に遭うと気を煩って病に陥るのだ。妹を失った時もそうだった。危うく死ぬところだったのだ。」
これは藍の死ぬ直前の記録を幽香に教えた後、幽香自らがその後の顛末として妹紅に語り聞かせた時の紫の常態と一致していた。半信半疑で聞いていた妹紅としては魅魔の話で幽香の話の内容に裏が取れた事になる。
「紫が再起不能になったら妹紅、よろしく頼むぞ。」
この時冗談で言った魅魔の言葉は後に現実となる。
「紫のシナリオが出ていない以上私も具体的にどうすればいいか見えてこない・・・でも、その案が出て実際に何かを画策しようとしたとき、やっぱり協力者は多ければ多い程良いわよね?」
「うーむ・・・。情報が少なくて何とも言えぬな・・・。そもそも魔理沙に関してはこの異変に絡めなくとも救う事はできるだろうし・・・。」
この魅魔の意見はもっともであり妹紅も一つの案として考えていたが、ある理由から却下している。そのある理由とは霊夢に関係している事で、霊夢の心の傷を癒す為には魅魔の存在はどうしても必要だと考えているからで、内内で事を終わらせてしまうと魅魔と霊夢に接点が生まれないまま異変が終了し、魅魔の幻想郷復帰のタイミングがなくなってしまう。こうなると、霊夢はそのまま紫か慧音の思惑に翻弄される。それは阻止したいのだ。
霊夢は魅魔を殺害した(と思い込んでいる)事に対する罪の意識を自己正当化するために「万物には全て終わりがある。だから抗う事無く全てを受け入れ自然体になる」とする一種の無常観によって10歳にしながら達観し、心の成長を止めてしまっている。
そこに魅魔が現れ実はこれこれこういう事情があったと説明したとして、霊夢の心が今すぐどうにかなるということはない。しかし、その無常観の根拠となる罪悪感の根が消える事は、止まった霊夢の時間を再び動かすきっかけとなるはずである。
そしてそのこととは別に心配事が一つあった。魔理沙を助けた時、魅魔はどうするか?と言うことである。霊夢や紫、幻想郷全体に対して強い罪の意識を持っている魅魔が、魔理沙を生かすという大きな執着をなくした時、彼女はどこに向かうのか?恐らく魅魔はそのまま隠者として隠れ住むか、最悪の場合成仏してしまうのではないだろうか?
「・・・見抜かれていたか・・・流石だな。」
魅魔の魔理沙を異変にからませなくともよいという提案に妹紅は疑問を呈したが、その答えがこれだった。
紫が幻想郷に復帰した今となっては、自分はもう必要ない存在だと魅魔は思っている。完全に世捨て人の心境である。
「霊夢はどうするの?あの娘の心の傷の根にあるのは魅魔を殺してしまったという罪悪感よ?」
「・・・。」
妹紅の話に言葉を出せずただ聞くしかない魅魔。
「霊夢は貴女を殺してしまった事を自分の中で受け入れる事が出来ず、その罪悪感を正当化して心を閉ざしてしまっているわ。時間を止めて10歳のまま未だに前に進めずにいるの。魔理沙と同じように。」
魔理沙もまた10歳の時の自分をどこかに置き忘れている。
「・・・。」
「貴女が今霊夢の前に出て、それで貴女の罪が許されたり霊夢がすぐに元に戻る事はないでしょう。でも、少なくとも貴女の生存が霊夢の根元的な罪悪感の意識を無くしてくれる。もしかしたら、霊夢は今よりもっと傷つき立ち直れなくなるかもしれない。でも、壁さえ崩れればそこから抜け出せるし、手も差し延べられる。」
魅魔の存在を忘れかけようとしている霊夢に対して、魅魔の復活は必ずしもいい結果を生むとは限らないし、霊夢の性格からして恐らく今より悪くなる可能性もある。
恐らく魅魔はそんなことは百も承知で、ただ霊夢を今よりもっと深く傷つけてしまう事を恐れているのだろう。だが、心を閉ざす根拠が破壊出来ればいくらでも助けるチャンスがあると妹紅は魅魔の考えを真っ向から否定した。
「魅魔、あなた霊夢に許されたいの?」
妹紅は罪人を軽蔑するかのような口調で魅魔を責めた。
「!」
妹紅の最後の言葉を聞いた時、魅魔は心を見透かされた様な恐怖を一瞬覚える。そしてそれと同時に、自分の弱さを痛感し、見えない力にそうさせられたかのように頭が重く押し下がった。
「私は・・・許されたい、許される事を目的に考えてしまったが、そうではないな・・・。例え霊夢に憎まれても、紫に憎まれても、幻想郷全てに憎まれても、私は霊夢の心を少しでも軽くせなばならないのだった・・・。」
「簡単なことよ、もう少し悪霊らしくすればいいの。」
「ふふふ、そうだな・・・魔理沙を甘やかして不幸にしたこの汚らわしい悪霊を始末した霊夢が正しかった。気に病む事など何一つ無いのだと・・・そう霊夢に言えばよいのだな・・・。」
魅魔の中で何かが吹っ切れた。そんな印象を受ける妹紅。決して悪の道に進もうというのではなく、物事の是非に一方からしか結果を見れなかった魅魔に別の解決方法が見出せた事に対する高揚感が魅魔の雰囲気を変えたのだ。
「私の目的は、魅魔を幻想郷に復帰させる。その為に魔理沙を救う。貴女に復帰する気がないなら、魔理沙はこのままね。」
「すなまい・・・魔理沙どころか私の心まで救ってくれるとは・・・。」
「魔理沙の事はまだ未知数よ。異変の中心に組み込む必要があるわ。その為に知恵を貸して頂戴。」
「お安い御用だ。」
魅魔の言葉遣いが少し変わった。
博麗の巫女の資格を持って生まれた者は、10歳になると神社に嫁ぐという形で神社入りする決まりになっており、当然霊夢もそれに倣って10歳の誕生日に神社に輿入れする事になった。
当時既に幻想郷東端の本陣山に移設していた博麗神社は、神主や巫女の不在で人の往来が途絶えて久しく、上白沢慧音が残していた記録に倣って、その輿入れの準備が行われていた。
霊夢の周囲が慌ただしくなるにつれ魔理沙もその異変に気付いて周囲の大人に問い質し、霊夢の輿入れの事実を知り、離ればなれになってしまう事を恐れ猛反対した。
霊夢を神社に行かせないために画策した魔理沙の様々な妨害工作も空しく、時間だけが過ぎ輿入れの日が近づく。
そこで魔理沙は別の方法で輿入れを阻止しようと考える。霊夢の輿入れは防げなくても霊夢が出戻ってくればよい。これが魔理沙の結論だった。
今の霊夢からは想像出来ないが、当時とても臆病だった霊夢の性質を熟知している魔理沙は、「博麗神社をお化け屋敷にすれば霊夢は怖くて逃げ出して里に戻ってくる」だろうと考え、輿入れの前に先回りして神社入りし怪奇現象を起こして霊夢を脅かす事にしたのである。
当時既にホウキに乗って空を自由に飛び回る事が出来た魔理沙は、道中危険にもかかわらず運良く博麗神社に辿り着き、当時そこで自主的に博麗神社を管理していた魅魔と運命的な出会いをしてしまう。
当時の情勢としては、神主は博麗の信仰を外に求め既に外界に出て不在。巫女は数十年生まれておらず不在。八雲紫は博麗大結界で力を使い果たして外界の人間に転生しながら回復までの間幻想郷を離脱して不在。そんな状況で結界の管理は八雲藍が行い、魅魔が紫の代理を務め実質的な幻想郷トップとなっていた。
当時の神社の最後の神主が自ら出奔したことを受けて、無人となった神社が荒れ果てない様、魅魔が入って保全しつつ幻想郷の治安維持に目を光らせていた。
そこにひょっこりと小さな魔理沙が現れ、悪霊の住む神社をお化け屋敷に変えると意気込み、立ちはだかる魅魔を悪霊とも魔導師とも知らず追い払おうと自慢の小さな光弾で闘いを挑んでくるものだから、魅魔としては驚きと共に笑うしかなかったのである。
「魔理沙らしいというか・・・。」
この話を聞いて妹紅も思わず吹き出してしまう。
「その時、追い払おうと使った魔法が全てを狂わせてしまった・・・。」
空は飛べるものの殺傷力の低い小さな光弾や火球しか撃てなかった当時の魔理沙は、魅魔の放つ超極太レーザー砲に人生を変えるほどの大きな衝撃を受けた。
霊夢を里に追い返すという当初の目的を忘れ、強力な魔法の虜になった魔理沙はひたすら魅魔に教えを請う。魅魔はその魔理沙の頼みを無視して追い払い、しかし諦めない魔理沙は毎日の様に危険な道中を突破して神社に転げ込む。
ある日、妖怪に襲われたのか怪我をして神社の前に倒れていた魔理沙を発見した魅魔は、人間の弱い体に対して強過ぎる意志がその身を滅ぼしてしまうと判断し、怪我をしている魔理沙の保護の意味も込めて弟子入りを許可したのである。
「・・・魔法使いを志す子供に迂闊にもあんなものを見せてしまった・・・。」
これが全ての始まりであり、魅魔の人生に於ける何度目かの転換期だった。そしてこのことは幻想郷にとって有益な事にはならず、博麗に仕えた魅魔の人生最大の汚点ともなった。
「魔理沙には私と同じ素質があった。」
「素質?」
「魔法を知らぬ者にはこの重要性が分からぬと思うが、魔理沙には苦手属性がなかったのだ。」
「苦手がないのは重要な事なわけね?」
魔法には大きく分けて2つある。魔界の力を引き出す暗黒魔法と、万物の法則を理解し操る元素魔法とである。元素魔法は一般的に精霊魔法と呼ばれるが、世界を司る4大元素を中心にその元素を偶像化した精霊を記号として認識操作する魔法で、科学が発達していない大昔では現象の作用はそうした精霊の仕業と認識されていたのである。
魅魔は暗黒魔法を使う魔導師で、暗黒魔法は精霊魔法の上位存在である。ちなみに、暗黒魔法の使い手を魔導師というのに対し、精霊魔法の使い手は魔術師、魔法使いと呼び差別化している。
下位にある精霊魔法に苦手や得意属性で力にばらつきがあっては上位存在の暗黒魔法は使えない。
現在の魔理沙には高度な暗黒魔法は使えないが、しっかりと学べば使う事が出来る素質を持っている。
魔理沙自身は特殊な生まれ方をしており、肉体的には母親の身体をそのまま受け継ぎ、これを100とすれば、魔理沙は100プラス自身の素質分、父親の遺伝子が上乗せさた能力を有している事になる。魔理沙個人の能力はまだ未知数であるが、彼女は生まれた時から魔導師の資質を持っていたわけである。
「得意なものも苦手なものもないという事は、それについて意識しない事であり、それは純粋であるとも言える。魔法使いにとって原理に対する純粋性は非常に大事な資質なのだ。」
魔法の力がすぐ目の前にあるにもかかわらず、ほとんどの人間が魔法と無縁なのは、社会の常識によって魔法など使えないという固定観念が植え付けられ原理に対する純粋性が失われたからといえる。
不思議な力を使うもの達は、原理に対し常に純粋で人間の社会であれば宗教のような一般的ではない領域に分け隔てられる。神道も陰陽道も原理を疑わぬ者に対してのみ力の恩恵が得られるのである。
「妖怪や鬼は確かに純粋だったわね・・・。」
「人間は弱さ故に個ではなく集団の力に偏り、それ故に和を乱す存在を忌み嫌った。異物を取り除こうとする防衛意識が猜疑心を育て、それが純粋性から遠ざかった理由だろう。」
「苦手属性がない事であなたは魔理沙をどう育てようと思ったの?」
「私はまず魔理沙自身の身を守るための魔法が必要だと考えた。精霊魔法は暗黒魔法に比べても決して劣るものではないのだが、力の制御が難しく経験がモノをいうタイプの魔法だ。長年の修業によって強大な力を得られるが、若い魔法使いには小さな火の玉が関の山だ。妖怪が闊歩するこの幻想郷で火の玉など使えたとして威嚇にもならない。しかし、無属性魔法には派手で威嚇にも打って付けなものがあった。」
「あれね?確かマスタースパーク?」
「呼び名はどうであれ、あれは暗黒魔法の最も純粋で初歩的な魔法なのだ。」
「初歩?あれで?」
あの凄まじい威力が初歩の魔法だとは思えない妹紅。
「マスタースパークは反発する逆属性同士をぶつけて生じる空間対消滅エネルギーによって魔界と物理世界の間に強制的に通路を開き、魔界のエネルギーを直接取り出して放出する魔法なのだ。無属性というのは属性が無いという事ではなく特定の属性に偏らないという意味なのだ。」
「なるほど・・・属性の好き嫌いで力にばらつきがあると強力な対消滅を起こせなくて魔界に門が開かないのね?」
魅魔の説明を妹紅は瞬時に理解出来た。妖術においても属性や衝突エネルギーは普通に学ぶ事で、出来るか出来ないかはともかく魅魔の言う理屈はわかる。
「魔界は属性の力が強すぎて物質としての個体が安定しない世界だ。かつての神々の戦いにおいて破れた側が醜悪な悪魔となって貶められ堕とされた場所が魔界であり、元々は属性が不安定で形が一定しない隔離世界だったのだ。」
「その神々のなんたらっていう故事によって後で魔界と名付けられたのね。」
「うむ。それ故、その世界に縛られている悪魔と契約する事も可能で、暗黒魔法などといかがわしく呼ばれる様になったのもそうした理由からなのだ。マスタースパークを純粋な魔法と言ったのは、その世界の強い属性エネルギーを抽出しているだけで、魔界の生物とはまったく関係がないからなのだ。」
バランスの良い属性の衝突によって生まれたエネルギーが魔界とこの世界を繋ぐ手段であり、原理魔法を完全に制した者だけが魔界への門を開けるのである。
「マスタースパークは混じりっけのない純粋なエネルギーなのね・・・。」
妹紅の反応を見て魅魔の目尻が下がる。
「・・・妹紅殿は今の話を全く疑っている様子がないな・・・。」
「え?今までの話は嘘なの?」
完全に本当の事と思って話を聞いていた妹紅なので、その言葉に驚いて魅魔を睨む。
「いや、嘘ではない。ただ、こんな突拍子もない話をして、最初から最後まで信じるなど風見幽香くらいだと思っていたからな。」
なにやら思い出し笑いをする魅魔だが、妹紅をあざ笑っているのではなく感心しているのである。
「幽香?」
「風見幽香は知っているか?」
「魔理沙の事について何か隠している様子を見せていたのが幽香よ。」
「そうか、幽香の心証を得ていたか・・・なるほど・・・どおりで・・・。」
幽香が間に入っている事を聞いて何故か納得の表情をする魅魔。妹紅はこの魅魔の言葉が理解出来なかったが、魅魔個人としては風見幽香の信用を得る事は八雲紫の信用より大きい事と過去の経験からそう認識しており、魅魔が妹紅を信用した自身の判断が正しいものとする根拠を得たと自己満足したのである。
風見幽香が魅魔に対して特別な感情を持っていることを妹紅は気付いていたが、魅魔自身も紫らに対するものとは全く違う特別な感情と信頼を幽香に抱いているように思えた。
「妹紅殿の・・・。」
「妹紅でいいわ。」
「・・・妹紅のその純粋に物事を受け入れる感性は生まれ持った資質なのだろうな・・・。」
妹紅は物心ついた頃から、蓬莱山輝夜とその周囲に起こる非常識な事象を目の当たりしてきた。その輝夜が父親を辱めた恨みが妹紅に復讐を決意させ、無謀な旅へと駆り立てた。その結果自身が非常識な存在になってしまったのである。
魔法など非常識ともいえる不思議な存在を否定する事は自らの存在を否定するようなものである。
それ故に魅魔の話は全て疑いなく聞き、受け入れることが出来た。
短期間でマスタースパークを覚えた魔理沙。
この魔法は魔界の門を開いてさえしまえばエネルギーを無限に抽出出来る為、年齢や経験に威力が比例することはほとんどないといえる。個人差があるとするなら放出する時間や放出する方法だけである。魔理沙はただぶっ放すことしかできないが、出し方を工夫すれば無数に枝分かれさせた拡散砲や力場の中で螺旋状に放出し回転トルクを利用した追尾レーザーも可能となる。
魔理沙は分相応ともいえる力を幼いながらも身に着けてしまい、それが自信となって成長を促進させると同時に若い魔法使いにありがちな増長を生んだ。
10歳に満たない年齢で現在とほぼ同じ威力の魔法を使えたのである。力に魅せられ溺れるのはある意味自然な流れかもしれない。魅魔はそうした魔理沙の増長に気を配り暴走を抑えつつ教育しながら霊夢の輿入れの準備を行っていた。
1月以上家に帰らなかった魔理沙だが、風見幽香を通して魔理沙の安否は家に知らせていた。そんな中、修業半ばで抜け出し家に戻った増長する魔理沙は、家を長期間留守にして連絡のない事の謝罪もしないまま、父親に対して一人前の魔法使いになったと自慢して見せる。今のあまり良いとは言えない言葉遣いもこの時期に身に付いてしまったものだった。
変わり果てた魔理沙に激怒した父親は人の道に反する態度や考え方を叱り改めさせようとしたが、増長した魔理沙は耳を貸さず反抗し続け、このままでは霧雨家にも里に対してもあまり良い事にならないと判断し、魔理沙を霧雨家から強いては里からも勘当したのである。
騒ぎを聞いた風見幽香はすぐにこのことを魅魔に知らせたが、魔理沙はいつまで経っても魅魔のいる神社に戻ってこなかった。
「魔理沙の行きそうな場所は全て探したが見つからなかった・・・。しかし、数日経ってようやく戻ってきたのだ。」
「・・・それで?」
「服も汚れ、軽い怪我もして、その事を問いつめると妖怪退治をしていたと・・・。」
魔理沙は家を追い出された後、あちこち放浪し出会った妖怪と戦って勝利し続けていた。その事が魔法使いとしての自信を更に悪い方向へ増幅させ、魔理沙の増長はその極みに達していた。
魅魔の説教ももはや魔理沙に届かず、それどころか魔理沙は師匠である魅魔すら超えた、もう修業の必要はないと豪語し神社を飛び出してしまう。
「有能な若い魔法使いの末路はどれも同じ。それを分かっていて私は・・・厳しく躾る事が出来なかった。」
「自分の娘の様に思ってしまったのね・・・。」
「魔理沙は去り際、私を超えた事を証明してみせると言い神社を飛び出した。私はそれがどういう意味か最初わからなかった。」
魅魔は魔理沙の言葉を何度も反芻しその意味を知ろうとした。
3日が経ち、心配した魅魔は霊夢の輿入れ直前のため動けず、風見幽香を頼り魔理沙の行方を探って貰う事にした。その幽香は魔理沙の行きそうな場所を森近霖之助にも相談し、霖之助も独自に動ける範囲で捜索をはじめる。
魔理沙が行方不明になり捜索を始めた2日後、霊夢が博麗神社に輿入れしたその日、霖之助が西洋墓地で倒れている人間の存在を付近の妖精から聞き出し、これは幽香経由で魅魔にすぐ伝えられた。
魅魔は魔理沙と思しき人物の居場所が西洋墓地と聞いて唐突に思い出す。
弟子と認めた当初、真剣に魅魔の話に耳を傾けていたまだ素直だった魔理沙に、踏みこんではいけない危険地帯のいくつかを教えていた。その中で、幻想郷で最も危険な場所の一つとされる西洋墓地の存在を話している事を思い出しのだ。
「私ですら敵わない怨霊が居ると脅かしておいた場所があるのだ。」
「魅魔ですら敵わない相手?」
「吸血鬼戦争の吸血鬼側の怨霊を鎮める神聖な場所だ。それ相応の態度でいれば問題はない場所だが、陰の力が強すぎて普通の人間がそこ行くとそれだけで気を煩う場所なのだ。行くだけなら魔理沙でも大丈夫だろうが・・・。」
「まさか、退治に向かった?」
何も答えず話を続ける魅魔。
魔理沙の居場所が判明し、魅魔はすぐに魔法の森中央やや湖寄りにある西洋墓地へ向かう。そして、そこで倒れ既に事切れた魔理沙を発見する。
死んでからどのくらい経ったか分からなかったが、その肉体はまだ暖かく、たった今亡くなったばかりのようであった。魔理沙の捜索を幽香に頼んでから2日後だが、魔理沙が神社を飛び出してから3日後に捜索を依頼していたので計5日である。恐らく飛び出したその足で西洋墓地に行き、恐らく為す術もなく怨霊達にやられてしまったはずである。
5日間、魔理沙は死んだまま体温を宿し続けていたことになる。衣服などの状況からも長時間そこに倒れ伏せていたのが分かり、その事を考えると何かの特殊な力が魔理沙を守っていたとしかいえない奇跡だった。
魂が輪廻に旅立って居なければまだ復活のチャンスはある。魅魔は暗黒魔法の奥義の一つ死霊転生の術で魔理沙の漂う魂を奪い取り、魔理沙の亡骸に転生させたのである。
元々この術は、改造した強靱な肉体となる器に従順な僕の魂を転生させ不死身の兵隊として使役する為の術で、更に自らを死人(アンデット)に転生させ永遠の時間を手に入れる為に使うなど非常に高度で恐るべき暗黒魔術であった。
魔理沙の魂を奪った時点で魔理沙は魅魔の僕となり、ここで仮に別に用意した器に転生させれば魔理沙の能力を持った有能な兵隊が完成する。しかし、魅魔は本人の魂を本人の肉体に転生させたのである。これは、こぼれた中身を元の器に戻すことであり、つまるところは蘇生と同じであった。この術自体は蘇生を目的にした術ではないので魅魔も結果がどうなるかはわからなかった。
「成功したの?」
「うむ、奇跡的に魔理沙は命を取り留め、再び心臓が鼓動を始めた。だが・・・。」
魔理沙は自分の身体に自分の魂を戻されて生き返ったものの、この術は一旦術者によって魂が奪い去られており、魂は術者つまり魅魔に対し従属する宿命を得る。
生き返った魔理沙は性格が大人しくなり死ぬ以前の記憶も無くなり、魅魔のそばで仕えることを自身の宿命とした僕となってしまう。
「それで?」
妖術使いである妹紅としてもこの話は大変興味深いものだったので思わず身を乗り出す。
「私は魔理沙を元の人間に戻そうと様々な試みをした。しかし、どの方法も上手くいかず、それどころか、魔理沙の魂と肉体の結びつきが弱くなってしまったのだ。だが、この失敗以後、魔理沙が突然記憶を取り戻しはじめ、普通の人間に戻れる兆しが見えたのだ。」
魔術によって無理矢理結合させていた魂と肉体にほころびが生じ、術が消えかかったことで元の人間に戻り始める魔理沙。しかし、魂と肉体の結びつきが弱まると言うことは死に近づくということである。
ここにきて魔理沙の復活の糸口が見えた魅魔はある決断をする。
「そこで私は、魔理沙の魂と肉体を断ち切り完全に術を解いた後、死する魔理沙の中で魂と肉体を結ぶ鎖役となって魔理沙の一生を共に逝こうと決意したのだ。」
「そうまでして貴女は魔理沙を助けたかったのね・・・。」
「私はもはや自分がどうなろうと構わなかった。ただ、ただ、魔理沙を人間に返したかった。そしてようやくそれが実現できようとしていた。だが、気掛かりがあった。一人残される魔理沙がこの後どう生きていくか・・・家から勘当され後見人になるような人物もいない10歳の少女が魔法だけでどうやって生きていくのか・・・。」
生き返ってもすぐに死んだのでは何の意味もない。魔理沙の命を繋ぎとめるということは、その後の人生にも責任を持つということである。
知り合いの妖怪に、例えば風見幽香に預ける事も考えた魅魔だが、魔理沙は人間として生かしてやりたいと思う親心が魅魔にある決断をさせる。
「博麗霊夢に魔理沙を託す事にしたのだ。」
「まさか・・・。」
妹紅はここまで聞いて話が全て繋がった事に衝撃を受けた。
幽香らの言う「あれだけのこと」とは魔理沙が死んで死霊術で生き返った事であり、霊夢が先日語った霊夢の心を酷く傷つけた魅魔と魔理沙との戦いがこの後に続くのだ。
魅魔は、魔理沙の目の前で霊夢と戦い、そこで死んで見せる事で、魔理沙の魅魔に対する僕としての従属心や依存心を打ち消し、師匠である魅魔すら討ち倒す博麗の巫女の力と存在感を強烈に意識させる事で、魔理沙を霊夢に惹き付けさせようとしたのである。
「ううぅ・・・。」
ここで突然魅魔が泣き崩れた。
「私は博麗の僕でありながら、魔理沙を救うという個人的な目的の為に博麗霊夢を利用してしまった・・・。本来、霊夢の後見人として指導育成していく立場にありながら・・・くぅ。」
ベッドからずり堕ち絨毯を鷲掴みして必至に涙を堪えようとしてことごとく失敗する魅魔。後悔という感情の激流が涙となって止めどなく溢れ出る。
「私は、魔理沙を失いたくなかった・・・どんな事があっても助けてやりたかった・・・すまぬ・・・霊夢・・・すまぬ。」
何度も何度もそこには居ない霊夢に詫びる魅魔。
自分勝手な目的の為に、霊夢に人殺しをさせたようなものである。
公人として魅魔は霊夢を選ばなければならなかった。しかし魅魔は個人の選択をしてしまった。
「(しかし・・・。)」
魔理沙を見捨てれば全て丸く収まったか?といえば必ずしもそうではないだろうと妹紅は思う。魔理沙を失った霊夢と魅魔は、果たして今までどおり何事もなかったかのように過ごすことが出来るだろうか?
全ては発端にある。魔理沙を追い払うために魔法を使いさえしなければ・・・しかし、一番はまず魔理沙が霊夢と離れたくなかったという思いだ。これが全ての発端である。
後悔に打ちひしがれる魅魔。妹紅はそんな魅魔が哀れでしかたがなかった。悪いのは魔理沙であって魅魔ではない。しかし、妖怪のように割り切って考えられないのが人間である。魅魔は悪霊である以前に人間なのだ。
母親としての心を魔理沙によって呼び覚まされ、弟子として厳しく接する事が出来なかった魅魔。
その一方で、誰もいない神社に一人置かれ、迎えてくれるはずの指導者でもある魅魔と親友の魔理沙と戦わなければならなかった霊夢。
ほんの少しの間違いで全てが変わってしまった。誰一人幸福にならない救いようのない現実。幻想郷の為を思うなら魅魔は心を鬼にして魔理沙を見捨てなければならなかった。しかし、それは出来なかった。だが、それを誰が責められるか・・・。妖怪はともかく同じ人間である妹紅には魅魔を責める事は出来なかった。
今にして思えば、魔理沙の能力ならいつでも神社に来て霊夢と会えただろう。あの事さえなければ今も父親と良好な関係のままであっただろう。霊夢もまた魅魔に教えを請いながら、誰からも尊敬され愛される立派な巫女に成長できていたかもしれない。
妹紅は小さくなった魅魔の背中をじっと見下ろす。
魅魔と霊夢の心を救うには、魅魔を霊夢に会わせ直接謝罪させることである。しかし、それをやるには魔理沙に縛られた魅魔を解放しなければならない。
難しいと思われた魔理沙の問題は、その死因が判明したことによって解決の糸口を見出す事が出来た。上手くいけば魔理沙は助かり魅魔も解放させることが出来るはずだ。
しかし、一つ疑問が浮かぶ。何故魔理沙が5日間も肉体を維持できたのか、その事を単なる奇跡で片付けて良いのだろうか?妖術使いとしての妹紅的には単なる奇跡で片付けるわけにはいかない。きっと何か理由があるはずだ。
それと同時に妹紅はある問題にも直面する。この事情を関係者、例えば紫や霊夢といった異変の中心人物に知らせるべきかという点である。
着々と進む紫らの計画に水を差すのはどうなのだろう?運命の連鎖を危険視する紫等からしてみれば、魅魔や魔理沙の事は正直後にしてほしい問題だろうと妹紅も思う。
しかし、妹紅の頭の中にある魔理沙救出の手段で一番最初に思いついたのが今回の紫の異変を利用する事だった。タイミング的に上手くかみ合いすぎて、それが偶然なのか、それとも何者かによってそう導かれているのか思わず勘ぐりたくなる。・・・。
「うーむ。」
妹紅は必死に考えた。
紫、慧音、そして自分。それぞれの思惑が重なって後戻り出来ない異変という坂道を全力で転げ落ちているのが今の状況である。妹紅が一抜けをすれば基本的に今回の事は収まるかも知れないが、魔理沙の件が浮上し、それが利用出来るとなると、抜けるわけにもいかない。
何らかの力が干渉し、その影響で妹紅に一抜け出来ない理由を新たに書き足した・・・そんな事を漠然と感じる。
このような進行する常態の中で大きな案件が浮上してくる事を、これを単なる偶然として捉えるのは適当だろうか?違う・・・と妹紅は思う。
泣き伏せていた魅魔は落ちつきを取り戻し静かに立ち上がる。そして、話を中断させた事を詫びようと妹紅に向き直る。しかし、妹紅の顔を見て声をかけるのを止めた。顎に指をあて目を瞑ってブツブツと呟きながら何かを必死に考えており、それを邪魔するべきではないと思ったからである。
その妹紅も考えながら魅魔が立ち上がった事を感じていたが今は思考に没頭する事から抜け出すことが出来ないでいた。
それぞれの思惑がせめぎ合っている。妹紅は今一度頭の中で整理する。
八雲紫は不死鳥の自爆の力を必要としている。具体的に何をするかは今現在妹紅は知らない。だが、それに便乗して霊夢の活躍を幻想郷中に示そうとしているのは間違いないだろう。
紫は幻想郷の実質の支配者であるが幻想郷を自由にするには博麗の存在が不可欠である。博麗の衰退は幻想郷の衰退であり、今現在の博麗の代表ともいえる巫女の霊夢の、その巫女として機能していない状況を何とか改めたいとする意図は、過去の異変を通して霊夢に干渉する紫の態度から明らかである。であるなら、今回の異変も必ず霊夢に絡めてくるだろうし、昨日の九尾の藍との最初のやりとりの中でも霊夢がキャスティングされていることは既に判明している。
上白沢慧音もまた幻想郷の将来を憂いており、霊夢を何とかしたいという点において紫と同じであるが、その手段に違いがあり、特に紫のやり方を強く否定している。今朝の対話の中で妹紅には内密に紫を出し抜こうと何かを画策しているようである。
妹紅に冷たい態度をとって離別を謀ったのは、その計画が危険なものなので妹紅を共犯者にさせないための計略だろう。
そして自分、藤原妹紅としては、不死鳥の自爆は世界の維持に絶対に必要な事だと認識し、その上でこれはやらなければならない公的な任務であると認識している。その一方で妹紅の個人的願望は、自分を支配し、後に逆支配され身動きが取れなくなった不死鳥との対面を通じて妹紅の身体からこれを取り除き不死鳥を自由にする事である。
これが先程までの状況である。
今はこれに加え魔理沙と魅魔を助ける為にこの異変を利用するという項目が付け加えられた。
次々に明るみに出るこの異変に関係する点、そしてそこに結びつく線。この線と点の繋ぎ方次第で異変の規模が大きく変わっていくだろう。
紫の計画から妹紅、慧音と線が複雑に繋がり、そして、これは増え続ける可能性がある。寧ろこれで終わりと考える事が難しい。
昨晩の博麗神社での出来事は様々な形で幻想郷に住む者達にインパクトを与えている。妹紅個人に関しては既に永遠亭と接触があり、この異変の一つの点となって妹紅の前に現れている。この点を線でどこにどう繋ぐかでかなり状況が変わるだろう。
皆この異変を個人や公人として利用しようとしている。永遠亭がこれを知れば彼らもまた何かを企むのは必然と考えるべきだろう。そして彼らの企みは幻想郷の常識では計り知れないものを生じさせる恐れがある。
今魔理沙の家で起こっている状況は恐らく自分と魅魔以外知らないだろう。この部屋を覆う強固な結界によって魅魔の存在は表には出ていない。そして、魅魔の存在を最初に探し当てたのが妹紅である。
自力で探し当てたもの・・・そういえば藍の思念と新しい蓬莱の薬が妹紅の中にある。そして今魅魔を見つけだした。これにどんな意味があるか?いや、どんな意味を持たせるか?そう考えた方がいいだろう。
「(この件に関して魅魔の知恵を借りてみるのも悪くない・・・というより、それが一番かもしれない。でも、知りすぎるのも問題があるか・・・。)」
妹紅はジレンマに襲われる。
「・・・。」
妹紅は目を開き魅魔を見る。そしてすぐ視線をずらして魔理沙を見る。ふと、魔理沙との対戦を思い出す。綺麗な可愛らしい弾幕と強引で力まかせな弾幕。
妹紅はまた目を閉じ、そしてまたすぐに開く。魅魔はそれを見て妹紅の中に何か強い意思が芽生えた事を感じとった。
「これも何かの縁ね・・・。関係あるかどうかを悩むなら、最初から無理矢理関係者にしてしまえばいいのよね。」
妹紅は今まで幻想郷に干渉しない様に心掛けてきた。しかし、もはやその考え方ではダメだと覚悟を決めた。何より無知でいることに耐えられない。
全て魅魔に話して真摯に助言を請い、魔理沙も含め一蓮托生でこの異変に挑もうと決めた。そしてそれは紫や慧音とは違う形で霊夢の心へのアプローチとなるはずである。
「魔理沙を助ける事に関しては魅魔の頼みは聞けないわ。」
妹紅は厳しい顔できっぱりと、想いとは逆の言葉を魅魔に投げつける。
「・・・そうか、それは残念だ・・・。」
「誰に頼まれなくても私は魔理沙を助けるんだから・・・ね。」
ニッとした笑みを魅魔に向ける。それを受けて魅魔の頼みを断られて強張った表情が緩み、次に神妙になる。
「藤原妹紅よ・・・私は博麗を裏切り、紫の信頼を裏切り、幻想郷を裏切った。紫にも霊夢にも会わせる顔がない。このまま魔理沙と墓まで共に逝こうとも思った。しかし、この罪をそのままにして隠れ続ける事も辛い。魔理沙を介してこうして交流が可能となったのも何かの縁。妹紅は幻想郷にとって有益な存在だと私の直感がそう告げている。妹紅に協力することは即ち幻想郷に対する贖罪になるだろう。私に出来る事があれば何でも協力する。いや、させて欲しい。」
妹紅の両手を取って懇願する魅魔。
「貴女は博麗を裏切ったわけじゃないわ。博麗の慈悲にすがっただけでしょ?この程度の事で幻想郷の為に尽くしてきた貴女を見捨てるほど恩知らずではないでしょ?貴女の愛する幻想郷は。」
予想もしなかった妹紅の言葉を受けて、最初は驚き、そして何かを諦めた様な憂いのある表情になる魅魔。取った手を離しそして全身で包みこむ様に妹紅の背中に腕を回す。欲しかった言葉を与えられた魅魔は感謝と感激で胸が一杯だった。
「こんな悪霊如きにあまり優しい言葉を掛けないでくれ・・・油断するとこのまま満足して成仏してしまいそうだ・・・。」
冗談とも本気とも言えないその魅魔の言葉に妹紅は思わず反応して魅魔の腕から逃れた。
「それは困るわね。これからたくさん頼み事をしようと思っていたのに・・・。」
「何なりと申し出てくれ。先程の様子から察するに何か別の案件も抱えているようだ。」
流石というか、やはり見抜かれていたと妹紅は苦笑する。
妹紅と魅魔の間で魔理沙を介して一種の同盟関係が成立した。
上白沢慧音と言う頭脳を失った妹紅にとって魅魔の獲得は大きな収穫だった。
その後妹紅は八雲紫が画策している不死鳥を利用する異変と、それにともなって起こった事件、事象の詳細を妹紅の視点で詳しく魅魔に話した。
「どう?」
一通り話し終え、感想を伺う妹紅。
「知らぬ間にこんな事が・・・まるで誰かに謀られているようだな。」
魅魔は魔理沙の中に居る間外の状況を知る事が出来ず、最初は妹紅のこの話を信じられずにいた。
少しの間その話を自分の中で整理していた魅魔は、妹紅と同じように何者かに仕組まれているようなそんな落ち着かない心境を口にする。
妹紅と紫が最初に接触したのはほんの数日前である。だいぶ時間が経っている様に感じるが、これは妹紅が藍の世界に長時間いたためである。
妹紅自身は永夜事件以後に幻想郷の表側に出たといえる。魅魔が隠れた年が西暦2000年。永夜事件が西暦2004年で現在が西暦2007年である。
幻想郷の状況を魅魔に教えるにしても実質3年程の事で、しかもその3年間で妹紅から詳しく教えられる様な事件や異変を体験していない。
実際には、妖怪の山に外界から神様が来たり、旧地獄でうんたらかんたらや、天人が降臨してすったもんだなどそれなりに色々な事はあったが、妹紅は後日そんなことがあったと慧音から聞いただけで詳しくは知らないのである。
妹紅にとってはここ数日に数百年分の出来事が一気に訪れた感はあるものの、それ以外では魅魔が知らなければならないような貴重な情報は特に提供できなかった。
「幻想郷は相変わらず・・・ということか。それにしてもここ数日が凄まじいな。」
「紫が笛を鳴らして、私が踊っている・・・もしくはその逆のように見えるんだけど、なんていうか、もっと別の力に動かされているような気がするの。」
「うむ、完全に運命をこじらせているようだな。」
運命をこじらせるという表現は紫も使っている。
「やっぱり・・・。」
「昨日か?恐らく博麗神社であった巨大なインパクトとやらでレミリア・スカーレットを刺激したようだな。」
「レミリア?あの吸血鬼の子供?」
ここで、紫達とは違う新しい名前が魅魔から出る。その話し振りからして魅魔はレミリア・スカーレットをよく知っているようである。
「レミリアは知っているか?」
「ええ、メイドといっしょに来て何度も戦った・・・でも、姉の方はともかく妹のフランドールには散々体をぶっ壊されたっけ・・・。」
「パチュリー・ノーレッジは?」
「フランドールを連れてきたのがそいつね。あと、もう一人名前は忘れたけど、正式な型の体術使うやつ。」
「門番か。」
「たぶん。」
妹紅の言葉に瞬時に返答が来たのでおそらくそれで合っていると思って適当に答える妹紅。
その門番の名は紅美鈴という大陸出身の妖怪で、普通妖怪は型にはまった体術は使わないので、元々は人間から妖怪化したものと妹紅はみている。
「レミリア・スカーレットの能力は?」
「一応知ってるわ。運命を操る能力?ウソくさいけど・・・。」
「ウソくさいか・・・確かに現状完全ではないからな・・・。」
「さっきから気になったけど、魅魔は吸血鬼というか紅魔館と知り合い?それもかなり親密?」
妹紅は感じていた疑問を投げかける。
「スカーレット姉妹の命を救ったのは私だ。」
「?」
唐突な魅魔の言葉に妹紅は何を言っているのか全く理解できなかった。
「うーむ、これは吸血鬼戦争について詳しく話しておかなければならぬか・・・。」
吸血鬼戦争は約500年前幻想郷隔離直後に起こった大きな戦争である。スカーレット姉妹と魅魔との間にこの戦争に関係するなんらかの因縁があるということだろうか?
「是非とも聞きたい話だけど・・・夜明けまでに終わる話かしら?」
窓の外が若干明るくなっている事を視線で指摘する妹紅。
「うむ・・・どうやら時間切れか・・・。」
「魔理沙をこのままにして話を続けてもいいけど・・・。」
「いや、朝はちゃんと目覚めさせた方がよいだろう。」
これは妹紅も賛成である。
「じゃ、この続きはまた今夜にでも?」
「私はずっと魔理沙の中におる。妹紅の都合で構わない。」
「最後にちょっと確認というか・・・いい?。」
「うむ。」
「私はこの後どうすればいい?」
「む?・・・どういう意味だ?」
妹紅が藪から棒に聞くので魅魔もどう答えてよいか咄嗟に思いつかない。大抵の事なら話の流れと態度で少ない情報から答えを割り出せるが流石の魅魔もこの質問には適当な答えを選べなかった。
「うん、私はこの異変についてどうかかわっていけばいいかってこと。」
「レミリアは何かが起ころうとしている事を察知して、それを歓迎している。だから異変はもう止められない。しかし、レミリアがこの異変の主導権を握っているわけではないだろう。この状況で自ら主導権をとるか、誰かに譲るかは妹紅次第だな・・・。」
「私は最初紫に主導権を譲るつもりだったけど・・・。」
「けど、と言う事は今は違う・・・つまり魔理沙の件だな?」
シナリオは全て紫に任せるつもりだった妹紅だが、魔理沙の件が浮上した事で、魔理沙をからめたシナリオに修正したい妹紅である。
「ええ・・・。」
「主導権のない状況で、魔理沙を救えるのならそれでもいいが・・・出来るか?」
「選択肢は少ないけどあることはあるわね。」
「うむ。」
「その上で何かアドバイスはある?」
妹紅は魅魔に教えを請う態度になる。
「・・・魔理沙はどうのようにして元に戻すつもりだ?まずそこから聞こう。」
これは魅魔にとっては一番の気掛かりである。
「簡単よ。魔理沙は正しく死んで間違った方法で生き返ってしまった。なら、もう一度正しく死んで、今度は正しく生き返る。」
「簡単に言うものだな・・・。」
「黄泉返りは私達の十八番だった技よ。」
妹紅のいた岩老郷には、幽体離脱を専門にする一族がおり、魂や精神に障害の出た人々の救済に努めていた。術者自ら薬で命を絶って患者を診て、その術者の先祖が現世に戻すのである。現在に生きる人間だけでなく先祖までを巻き込んだ一族総出の技である。
「やろうと思えば今からでも出来るけど・・・魔理沙は勘当されてるから黄泉返りが出来ないの。」
妹紅は続けて『選択の間』の事や『黄泉返り』について仕組みやルールを詳しく魅魔に説明した。
「なるほど。魔理沙が死んでその『選択の間』に来た時、妹紅が縁者としてそこに現れ魔理沙を戻すということか?」
「ええ。そこでクリアしなければならないのが・・・。」
「妹紅もその時は既に死んで霊になっていなければならない・・・ということか。」
「流石に理解がはやいわね。私は死ねばすぐ生き返るんだけど、閉鎖的な空間で肉体が再生出来ない状況になれば普通の人間が死んだ時と同じように『選択の間』に来ることは可能なの。輪廻には旅立てないけどね。」
「逆に言えば、それ以外の方法がないと?」
「他にもあることはあるんだけど、精神的に死ぬとかね。でもこれは自由にやれることではないから。実質今言った方法以外では無理ね。」
「なるほど・・・。」
「もう一つ肉体と魂を強制的に引き離す方法があるんだけど、これは精神離脱で人間の『選択の間』には行くことができない。」
「・・・人間の・・・か。」
鋭い魅魔。敢えて妹紅が人間と頭につけたことに興味を示す。
「妖怪には『選択の間』はないの。でも、似た様な待合室はあるのよ。」
「ほう。先程から色々と初耳だな・・・。良いのか皆まで語って。」
話し過ぎるのは聞く側にもストレスになる。
「ええ、魅魔だけにね。後で吸血鬼戦争について聞かせてもらうから。」
納得する魅魔。そして妹紅は話を続ける。
「古妖怪は輪廻しない分、死後に転生とか天界とか身の振り方を任意に決められるみたいなの。死後、自分の精神領域でどうするかを考えるてる時にアクセスは可能なのよ。」
「それは興味深い話だな・・・紫が死んでも慌てる事がなくなるか・・・。」
「紫が?」
「うむ、紫はよく再起不能になるからな。」
「そうなの?」
「紫が他の妖怪と違う事は知っているだろう?人間と同じ無限の伸びしろを持っているが、その代わり人間と同じ様な精神的脆さをも合わせ持っている。それ故大きな事件に遭うと気を煩って病に陥るのだ。妹を失った時もそうだった。危うく死ぬところだったのだ。」
これは藍の死ぬ直前の記録を幽香に教えた後、幽香自らがその後の顛末として妹紅に語り聞かせた時の紫の常態と一致していた。半信半疑で聞いていた妹紅としては魅魔の話で幽香の話の内容に裏が取れた事になる。
「紫が再起不能になったら妹紅、よろしく頼むぞ。」
この時冗談で言った魅魔の言葉は後に現実となる。
「紫のシナリオが出ていない以上私も具体的にどうすればいいか見えてこない・・・でも、その案が出て実際に何かを画策しようとしたとき、やっぱり協力者は多ければ多い程良いわよね?」
「うーむ・・・。情報が少なくて何とも言えぬな・・・。そもそも魔理沙に関してはこの異変に絡めなくとも救う事はできるだろうし・・・。」
この魅魔の意見はもっともであり妹紅も一つの案として考えていたが、ある理由から却下している。そのある理由とは霊夢に関係している事で、霊夢の心の傷を癒す為には魅魔の存在はどうしても必要だと考えているからで、内内で事を終わらせてしまうと魅魔と霊夢に接点が生まれないまま異変が終了し、魅魔の幻想郷復帰のタイミングがなくなってしまう。こうなると、霊夢はそのまま紫か慧音の思惑に翻弄される。それは阻止したいのだ。
霊夢は魅魔を殺害した(と思い込んでいる)事に対する罪の意識を自己正当化するために「万物には全て終わりがある。だから抗う事無く全てを受け入れ自然体になる」とする一種の無常観によって10歳にしながら達観し、心の成長を止めてしまっている。
そこに魅魔が現れ実はこれこれこういう事情があったと説明したとして、霊夢の心が今すぐどうにかなるということはない。しかし、その無常観の根拠となる罪悪感の根が消える事は、止まった霊夢の時間を再び動かすきっかけとなるはずである。
そしてそのこととは別に心配事が一つあった。魔理沙を助けた時、魅魔はどうするか?と言うことである。霊夢や紫、幻想郷全体に対して強い罪の意識を持っている魅魔が、魔理沙を生かすという大きな執着をなくした時、彼女はどこに向かうのか?恐らく魅魔はそのまま隠者として隠れ住むか、最悪の場合成仏してしまうのではないだろうか?
「・・・見抜かれていたか・・・流石だな。」
魅魔の魔理沙を異変にからませなくともよいという提案に妹紅は疑問を呈したが、その答えがこれだった。
紫が幻想郷に復帰した今となっては、自分はもう必要ない存在だと魅魔は思っている。完全に世捨て人の心境である。
「霊夢はどうするの?あの娘の心の傷の根にあるのは魅魔を殺してしまったという罪悪感よ?」
「・・・。」
妹紅の話に言葉を出せずただ聞くしかない魅魔。
「霊夢は貴女を殺してしまった事を自分の中で受け入れる事が出来ず、その罪悪感を正当化して心を閉ざしてしまっているわ。時間を止めて10歳のまま未だに前に進めずにいるの。魔理沙と同じように。」
魔理沙もまた10歳の時の自分をどこかに置き忘れている。
「・・・。」
「貴女が今霊夢の前に出て、それで貴女の罪が許されたり霊夢がすぐに元に戻る事はないでしょう。でも、少なくとも貴女の生存が霊夢の根元的な罪悪感の意識を無くしてくれる。もしかしたら、霊夢は今よりもっと傷つき立ち直れなくなるかもしれない。でも、壁さえ崩れればそこから抜け出せるし、手も差し延べられる。」
魅魔の存在を忘れかけようとしている霊夢に対して、魅魔の復活は必ずしもいい結果を生むとは限らないし、霊夢の性格からして恐らく今より悪くなる可能性もある。
恐らく魅魔はそんなことは百も承知で、ただ霊夢を今よりもっと深く傷つけてしまう事を恐れているのだろう。だが、心を閉ざす根拠が破壊出来ればいくらでも助けるチャンスがあると妹紅は魅魔の考えを真っ向から否定した。
「魅魔、あなた霊夢に許されたいの?」
妹紅は罪人を軽蔑するかのような口調で魅魔を責めた。
「!」
妹紅の最後の言葉を聞いた時、魅魔は心を見透かされた様な恐怖を一瞬覚える。そしてそれと同時に、自分の弱さを痛感し、見えない力にそうさせられたかのように頭が重く押し下がった。
「私は・・・許されたい、許される事を目的に考えてしまったが、そうではないな・・・。例え霊夢に憎まれても、紫に憎まれても、幻想郷全てに憎まれても、私は霊夢の心を少しでも軽くせなばならないのだった・・・。」
「簡単なことよ、もう少し悪霊らしくすればいいの。」
「ふふふ、そうだな・・・魔理沙を甘やかして不幸にしたこの汚らわしい悪霊を始末した霊夢が正しかった。気に病む事など何一つ無いのだと・・・そう霊夢に言えばよいのだな・・・。」
魅魔の中で何かが吹っ切れた。そんな印象を受ける妹紅。決して悪の道に進もうというのではなく、物事の是非に一方からしか結果を見れなかった魅魔に別の解決方法が見出せた事に対する高揚感が魅魔の雰囲気を変えたのだ。
「私の目的は、魅魔を幻想郷に復帰させる。その為に魔理沙を救う。貴女に復帰する気がないなら、魔理沙はこのままね。」
「すなまい・・・魔理沙どころか私の心まで救ってくれるとは・・・。」
「魔理沙の事はまだ未知数よ。異変の中心に組み込む必要があるわ。その為に知恵を貸して頂戴。」
「お安い御用だ。」
魅魔の言葉遣いが少し変わった。