東方不死死 第18章 「疑念」
博麗神社から逃げるように飛び去った藤原妹紅は、自らの妖力の上昇に戸惑っていた。
何故妖力が上昇したのかは理解している。単純に歳をとり自然上昇しただけである。
これらは、時間の流れのまったく異なる空間で起きた事で、その時は妖力上昇の自覚が無かった。
いくら力を抑えても収まらない。どこまで抑えれば底が見えてくるのかまったく分からない。
どの位の年月が過ぎたのかそれだけでも分かれば元の歳と比較しそこから上昇量を割り出せる。つまり抑える量も分かる。
幻想郷における唯一の友人でもある上白沢慧音に聞くのが一番なのだが、何故か妹紅は今、彼女に会いたくないという思いが沸き上がっている。困った時は慧音のところに行けば大抵の事は解決出来た。しかし、今はそう思わない。
「なぜ?」
妹紅は自問したが、明確な答えは返ってこない。
これまで無知であった事が慧音に頼るという単純な行動原理を作っていた。しかし、藍から聞いた月の真実、紫や藍の生まれた秘密を知って、これまでの慧音の言動と真実とがかみ合っていないことに気付いてしまった。
無知である自分に適当な事を言ってその場をごまかしていたのではないか?
いや、それは違うと思う。ただ慧音は全知全能ではなく、過去に起こった事象についてならともかく、未来や自分の知らない場所で起こった事については、妹紅や他の者と同様に無知なのだ。
聞かれた質問に対し、分かる範囲で考え答えを出していたに過ぎない。
しかし、慧音に聞けば間違いないと自分で勝手に思い込んでいた事が間違いだと気付いた。
だが、その事は自体は問題ではない。ただ、今回の紫の起こそうとする異変について、慧音は紫に協力すべしという結論を妹紅に与えた。紫に対して同情を誘う様な言い方をしていた。
「慧音は基本的に八雲紫のやることに対していつも否定的だったはずだ・・・。」
この場合、慧音が、というより双方がお互いを敵視している。これは霊獣と妖怪という種族柄の問題もあるが、力に頼らず知略を是とする性格が互いをライバル視させているのだろうか。しかし、力の差は歴然で八雲紫に慧音が敵うはずがなく、慧音はともかく八雲紫が慧音を敵視する理由が妹紅には分からなかった。
しかし、藍との対話で紫の行動の原理に過去の記録や記憶を元に出来ない事が判明した。膨大な過去の蓄積を持つ慧音に対し、それがまったくない紫としては、そこに無意識の嫉妬に似た感情を持っていたとしてもおかしくはない。敵対する時のもっとも単純な感情「気に入らない」だ。
幽香も言っているが、長命な妖怪は過去も今も地続きで歴史感そのものが存在しない。その必要性を感じた時は既に過去の膨大な歴史は忘却の彼方へ飛び去っている。歴史とはただ長く生きたから持てるものではなく、過去の事象に現在を照らし合わせて比較したり反省したりする意識がなければ生まれない。紫にしても幽香にしても知識はともかく必要性を感じて記録として残っている歴史はたかだか1000年々程度のものしか持っていないのだ。
幽香に関してはそれでいいだろう。しかし、幻想郷の創造主でもある紫にとって過去の経験や記録や記憶がないのは心許なく危険でもある。幸い紫は周囲に博麗神社や仲間の妖怪が常に寄り添ってアドバイスをしてくれている。
その意味で幻想郷という土地を作ったのは紫であっても構想は博麗神社になる。そして紫個人のオリジナルの世界は幻想郷というサンプルを踏み台にして今後構築されていく事だろう。
今まで見えなかったものが妹紅に見え始めた。
慧音は頼れる友人であるが、この表面に現れない慧音と紫の敵対関係が、この異変に影響を与えているのではないか?妹紅はその危険性を感じ、慧音にある種の警戒感が生まれていた。
不死鳥を自爆させ、世界の秩序を維持するというそれぞれに共通の目的があり、紫はそれをもう一つの目的の為に利用しようとしている。妹紅もまた不死鳥と対面し不死鳥を妹紅から切り離し、火の鳥などの問題も同時に解決しようと目論んでいる。
今まではその妹紅の目的は慧音の目的でもあると信用していた。
しかし、それに疑念が生じた。慧音は慧音で自分だけのなんらかの目的の為にこの不死鳥の自爆、つまり妹紅を利用しているのではないか?
慧音はハクタクだ。ハクタクは大陸の霊獣だ。大陸の思想は簡単に言えば独裁だ。無能な人間による独裁は危険だが、優秀な者が独裁する世界は必ずしも悪ではない。
しかし、その独裁の欠点は一人の優れた個性は永遠ではなくいつかは死に、優れた者の統治期間は非常に短いということだ。その資質の誕生ですらある意味奇跡なに、それが二代、三代と続くなど不可能に近いのだ。
寿命の短い人間の世界では優れた指導者が現れても長くは続かない。その優れた指導者が永遠に生きれば独裁はむしろ理想だ。大陸の王が常に不老不死を求めるのはそれは欲望からではなく、非常に崇高な公的精神からくるものなのだ。
「永遠の命を持つ人間・・・。」
妹紅はポツリとつぶやき、そして背筋が凍った。
大陸の霊獣である慧音の理想は一人の指導者による世界の独占であり、その指導者は不老不死が望ましい。その理想の存在に必要な要素の一つを持っているのが藤原妹紅だ。
ハクタクはあくまで人間の王に付き添う。人間の王が存在しない幻想郷は慧音にとっての理想郷ではない。
自分に王としての資質などないことは妹紅自身承知している。しかし、王となった者全てがその資質があるわけではなく、優れた代理人によるいわゆる傀儡としての王が存在している事も天皇家の裏事をしていた妹紅は知っている。
自分を傀儡にして世界の統治。これが慧音の最終的な理想郷なのではないだろうか?会った時から慧音は妹紅に友好的だった。最初はそれが怖かったが、その好意が本物と分かると妹紅は全面的に慧音を信頼した。
しかし、慧音が好意を寄せていたのは妹紅という個人ではなく、不死身という体質だったのではないか?
王となる資質を持つ者が現れた時、掌を返されて肉体だけ奪い去られるのではないか?
考えれば考える程、様々な思考の枝葉が無限に広がって、しかも良い方にではなく悪い方向へと妹紅の脳を沸騰させている。
自分は世界の中でその調和の一部であるに過ぎないと思っていたが、自分と世界の在り方が単なる従属関係ではなく、ある程度思いのままに世界に影響を及ぼせる存在になれてしまうという知識を得てしまった。
自爆などまさにそれだ。敵対する勢力の直中で行えば敵性勢力を亡ぼすなど造作もない。そしてその力を公然と見せつければ反撃の抑止となり世界は一人にひれ伏す。
自分を利用しようとしている存在は紫だけだと思っていた。しかし、今はその中に慧音も含まれており、その慧音の思惑の方が紫よりも危険かもしれないのだ。
妹紅は自分自身が恐ろしくなってきた。自分を誰かに利用されたら世界が終わる。自分は誰にも利用されないための強い存在でなけれなならない。ただ強いだけではなく、何者にも騙されない知能も必要だ。
そして、不死鳥を絶対に自分から引き剥がさなければならない。例えそれが自分を亡ぼす事になってもだ。
妹紅は必死に考えた。誰に相談すればいいか?いや、自分で考えなければならない。
ひとまず妹紅が最初にしなければならないのは自分の今現在の強さを知り、力を抑える為の目安を見つける事である。
手っ取り早いのは慧音に会って自分の年齢を聞けばいいのだが、慧音に対する疑念に満たされた今の妹紅としては、彼女に会うという選択が既に無くなっており、ならば、ここは誰かと一戦交えてその中で自分の力を知るのが良いと考える。
相手を殺さずにそれが出来るのは同じく不死身である八意永琳か蓬莱山輝夜だろう。
「連中の世話になるか・・・。」
藍に聞いた月の話を思い出しながら慧音と会うために里へ向かう進路を南に修正し里を大きく迂回するように迷いの竹林の中にある永遠亭を目指した。
上白沢慧音は、寺子屋で世話をしている子供達を寝かせつけた後、外に出て空を見上げた。
「星しか見えない・・・こんな事は初めてだ・・・。」
見事な星空がそこにあったが、慧音は幻想郷にきてはじめて星しか見えない空を知った。
妖精や妖怪、蟲、幽霊、その他諸々が空を飛び交い、戦闘光跡も含め、夜の幻想郷は昼の数十倍の賑やかさがある。
しかし今日はご覧の有様である。
その事情を知る数少ない存在である慧音は、妹紅が一旦戻った後、夕方発生した強い妖気で再び博麗神社に幽香らと共に向かったのを目撃している。
その後は安定しているようだが完全に妖気は収まっていない。満月でハクタク化し固体能力が上昇した状態ならともかく人型の慧音のままでは、その妖気を細かく分析することは出来ない。
「上手くやっているだろうか・・・。」
争いの痕跡を感じる。紫の計画に乗るように妹紅を誘導してみた慧音だが、上手くいってないのかもしれないと不安になる。
今日の出来事は里の者も勘付いている。異変の前兆と知れば慧音の指示に里の者達も従うだろう。
「問題は私のやることに妹紅が首を突っ込まないことだが・・・。」
慧音には慧音で今回の異変でやりたい事があった。人間にとって必要な事である。しかし、これは妖怪にとって必ずしもプラスにはならない。紫にこの計画を知られれば阻止されるだろう。
妹紅に紫の計画に乗れと言ったが、これは紫と妹紅の距離を縮める事になる。慧音が考えている事が紫にとって面白くない事だとすると、その紫に近づいた妹紅は複雑な立場になる。
「ここは一旦妹紅と距離をおかねばな・・・。」
そこが大きな問題である。急に冷たい態度を取って遠ざけたとして、その理由を伺いに余計に干渉されやすくなるだろう。妹紅が察して距離を置いてくれれば・・・。
「無理だろうな・・・。」
妹紅にそれを期待するのは少しムシが良すぎると、慧音は首を振ってやれやれという仕草をする。
妹紅は今までなんらかの判断が必要な時は全て慧音に任せていた。それは考える能力がないからではなく、その判断に責任を持てる立場ではないと自分を過小評価しているからである。
今回の異変も八雲紫の提案にぶら下がるという形でそれに応じている。自ら積極的に幻想郷に干渉することはなく、むしろしないように努めている。
今更妹紅が幻想郷の為、人間や妖怪の為に表舞台に出る事はないだろうし、その妹紅の立場を尊重し表舞台に出ない様に妹紅自身を隠し通してきたのが慧音でもある。
博麗神社で起こっている出来事を具体的に知る者は里の住人にはいないだろう。しかし、その目に見えない異様な雰囲気は伝わっているらしく、慧音の寺子屋ある通りのずっと北にある商店街は早々に店じまいをして明かりが少なく人通りもまばらだ。
「今日は日が悪い・・・という感じだろうか・・・。」
慧音は里の様子を見ようと大通りに向かうため通りを北に向かって歩き出したその時だった。
「な、なんだ?」
博麗神社の方に先程の凄まじい妖気よりもはるかに大きな妖気が発生し慧音を驚かせる。
この妖気は妹紅の妖気であるが、その時の慧音には分からなかった。
慧音はそのまま走って里の大通りまで進み、その妖気の所有者が里に来た時は応戦するつもりでいた。
しかし、その妖気の塊は里を避けるように里の東南の空を飛行しそのまま南へと去った。虹色に輝くその飛翔体を目撃した慧音だが、妖怪や妖精のように視力が良くないため、それが妹紅である事はわからなかった。
「あれはいったい・・・。」
慧音はしばらく空を見上げながらこれからの事を考える。
強い妖気は南の竹林の方に留まっていたが、やがて里の方へと近づきそこで消えた。
「・・・妹紅・・・なのか・・・。」
場所的に藤原邸で間違いないだろう・・・しかし・・・。
永遠亭を飛び去った妹紅は、進路を北にとった。その方向には里がある。
しかし、妹紅は里には行かず途中の藤原邸に駆け込む。
煮えたぎるように沸き立つ妖力を必死に抑えながら家に閉じこもる為に雨戸を閉める。真っ暗なはずの座敷の中は淡く虹色に照らされている。光源が自分である事に気づき、改めて自身の状態がとんでもない事になっていることを確認する。
妹紅は座敷に入ると梁に貼ってある妖を封じる博麗のお札を剥がす。
天井から音もなく大量の妖が落ちてきて妹紅を包みこむ。
慧音と重要な話をする際に以前から利用しているこの家は、大量の妖によって外部から感知、侵入が出来ない。外部からの干渉が遮断出来るなら内部からの力も外に出ないだろうと永遠亭を飛び去る際に思いついた。
今の妹紅にとって問題の優先順位は力をどうにかする事よりも、この力が外部に悪影響を与え、いらぬ疑いや争いが起こらない様にする事であった。
その為、藤原邸の本来の機能を回復させ、引き籠もる事で一番の懸念を解消し、じっくり腰を据えて次の妖力の抑制の問題に当たろうとした。
藤原邸の妖は妹紅から吹き出る妖気を嫌い離れるかと思ったが、その逆で妹紅に大蛇の様にからみついてくる。力の無い者には干渉せず、力に反応してすり寄ってくる感じだ。
妹紅はまとわりつく妖の不快感に耐えながら、腰に巻いた自分の髪の毛の帯を部屋の脇に放り投げると部屋の中央で正座し背筋を伸ばし両手の拳を太腿にそっと乗せ瞑想する。
力の発生源を探り当てるように静かに着実にそして迅速に力を押し止めていく。その一方で脳は肉体とは別のところで活発に活動する。考えずにはいられない。考える事を止める事が出来ない。
幻想郷ではたった一日の事だが、妹紅は何千、何万という歳月を過ごした事になっている。
月の創世と八雲紫との関係。途方もない現実に今まで「有り得ない」と思っていた事のほとんどが有り得てしまうのだ。全てが可能性に満ち、不可能な事など何もないというお伽話のような事が妹紅の中で確かなものとなって現れた時思考は無限に広がりを見せる。
結論という最終到達点がない議論は無意味だと思っていた妹紅だが、終わりがないこの身体に結論ありきで議論する事にこそ意味がないのだという結論に達する。
妹紅はふと閉じた目を開ける。
気付くと外から雀の鳴き声が聞こえる。夜が明けてしまったのだ。
「ほんの数分目を閉じていただけかと思ったのに・・・。」
妹紅は誰もいない藤原邸で誰かに言い訳をするかのようにポツリとつぶやく。
「そういえば・・・。」
妹紅は雀の鳴き声を聞いた時、昨日藍の世界から幻想郷に戻り、その後博麗神社から永遠亭、藤原邸と移動した中で、生き物の鳴き声がまったく耳に入って来なかった事に気付く。
「聞こえなかったのか・・・何も鳴いていないだけなのか・・・。」
雨戸の隙間から光が差し込み、光と影の美しい幻想的なコントラストが妹紅の気を和らげる。
両の掌を見つめ自分の力の具合を確かめる。おさまっているかどうかは見てわかるものではなかったが、妖が自分を無視するように対流している様子や外の雀の何時も通りの鳴き声を聞いて力がおさまっている事を確信する。
妹紅は雨戸を開け朝の清々しい空気を家の中に入れる。
妖避けのお札は外した状態のままだったが、今の妹紅は妖の存在をまったく認識していなかったので貼り直すのを忘れてしまう。
いつもの朝だが、いつもと何故か違う朝。朝は何も変わらない。自分が変わったのだと漠然と思う妹紅。しかし、何がどう具体的に変わったかを説明する事は出来ない。実際、肉体的な面では何も変化はしてない。物事に対する接し方や考え方が変わったから世界が変わって見えるのである。
「しかし・・・。」
変わったからこそ、見えてくる現実もある。
「まずは・・・慧音だな。」
慧音と会って話をしなければならない。今までの妹紅なら慧音とまともな議論などできようはずがない。しかし、今は大丈夫だ。
「・・・私は今まで慧音と対等に話をしたことがなかったのかもしれない。」
妹紅はそうつぶやいて縁側を降り里の方へ歩きだした。
人間の里と呼ばれる集落は、正式には博麗の里と言う。
しかし、この里以外にほとんど人間がいない幻想郷の住人にとっては、単純に「人間の里」もしくは「里」で通じるので、ほとんどの者は「博麗の里」とは呼んおらず、今現在では「博麗の里」と呼ばれていた事を知っている者はほとんどいない。
しかも、里の名前にもなっている肝心の博麗神社が本陣山に移動した為、もはや博麗とは無関係の里になってしまっている。
ちなみに、本陣山(ほんじんやま)は吸血鬼戦争の際に幻想郷連合軍の本陣がおかれていた山だったので妖怪達の間でそう呼ばれる様になったが、博麗神社が移ってからは、単に博麗神社と言えば本陣山も含まれる。
里の朝は早く陽が昇る頃が朝食の時間だ。
上白沢慧音は、預かっている3人の子供と朝食をとり、寺子屋を開く時間まで里の通りを見回りがてら散歩をする。
北に進み大通りにさしかかると通りに沿って東に向かうのがいつものルートだが、妹紅と八雲紫との会談の結果が気になり、自然と妹紅の家のある南のへと足が進む。
昨日の重苦しい空気がウソのような気持ちの良い朝だった。
慧音は周囲の様子を伺いながら里の南門を抜け里と外の境界を示す道祖神の結界を超える。
「ん?」
しばらく進み藤原邸が遠目に見える位置に差しかかった頃、前方に人影を見る。
その独特のシルエットからすぐに藤原妹紅とわかり手を振って駆け寄る。
「おーい!もこーう!」
いつものように名前を呼び近づくが、近づくにつれいつもと違う様子に思わず足を止める。
その後は妹紅の歩く速さに合わせて歩きやがて正対してお互いに歩みを止める。
「おはよう。妹紅。」
「おはよう。」
普通に挨拶を交わした2人。
「・・・八雲紫との・・・。」
「その前にちょっと話したいことがある。」
慧音は昨日行われたと思われる妹紅と紫の会談の結果を聞こうと声を掛けた時、それを遮るように妹紅が口を開く。その口調は妖怪などと対峙する際の男口調だった。
「なんだ?」
いつもと違う妹紅の気配に警戒感を強める慧音。
「紫みたいに回りくどい事好きじゃないから単刀直入に聞くけど、慧音は紫の起こそうとしている異変に便乗して何か企んでいるのではないの?」
妹紅はいきなり確信を付く質問をした。戦闘でもそうだが最初から一気に攻めると咄嗟の対応の中に相手の素の表情が見える事がある。知者に対し舌戦の先手を打つには心の準備をする前が最も効果的だろうと判断し、そうしたのだ。
「・・・何故・・・そう思う?」
慧音は思いもよらない妹紅の質問に一瞬呆気にとられた表情をし、その表情が元に戻る瞬間の目の色がいつもと違う事に気付き、予想の一つが当たっている事を確信する。
「紫達と話をして・・・連中は連中なりに不死鳥の自爆に託けて何かをやろうとしている。それはある程度想像出来たわけだけど・・・。でも、それは紫だけではなく、私もそして慧音も同じ事が言えると分かったの。」
「私と妹紅のやろうとしている事は同じはずだ。」
「それはどうだろう。私は慧音じゃないから慧音の考えている事は分からない。」
「私を疑うのか?それとも・・・紫に何か入れ知恵されて来たのか?」
最後の言葉を発したと同時に慧音は目に力を込め語気を強めた。
ポケットに手を突っ込んだいつもの姿勢の妹紅だが、背筋を伸ばしているかどうかで緊張状態は長年の付き合いで分かる。今は少し背を丸めている。明らかに緊張状態、もしくは臨戦態勢である。
昨日までの妹紅はそこにはなく、明らかに中身が入れ替わっているような感じだ。しかも、今まで見えていた妹紅の歴史がまったく見えない。八雲紫などの古の妖怪、いわゆる古妖(こよう)クラスになると、流石の慧音も歴史を見透かす能力が使えない。今までなら妹紅の歴史はたやすく見ることが出来、妹紅が経験してきた様々な事が言葉を交わさなくても知ることが出来た。これに関しては妹紅も承知しており話す手間が省けて良いとすら思っているようであった。
妹紅の歴史が見えない理由は2つある。心を閉ざしているか、慧音の力が及ばないほど妹紅との間に格差が生じたか。前者であっても慧音が格上ならこじ開ける事は可能だが、その試みは完全に失敗に終わっている。つまり後者か、その両方ということだ。
たった一日で全てが変化した。人間以外では有り得ない変わり方である。そう、人間離れしている妹紅は確かに人間なのだ。
昨日博麗神社で何かが起こった。そして妹紅の身にも何かが起こっている。慧音は今目の前にいる妹紅を別人ではないかと警戒した。
「そうかもね。」
慧音は妹紅の変化を紫らの影響と考え、揺さぶりを掛けるつもりで入れ知恵を疑ったが妹紅は特に動揺した様子もなく、むしろそれを肯定するように軽く答える。
慧音は困惑した。入れ知恵をされた者に対してそれを指摘すると大抵はそこで動揺を見せる。教師をしていて付け焼き刃の知識か、しっかり身に付いている知識かはその態度でだいたいわかる。妹紅のそれは、入れ知恵をされた者の態度ではなかった。
「今回やろうとしている紫の異変は、どうやら紫の個人的なしかも根元的なところに影響しているみたいなの。」
「根元的?」
「だいぶ昔の因縁にかかわる事だから、関係する者に広く影響を与える可能性がある。慧音が良からぬ事を企んでいた場合、それは単なる慧音の個人的な事だけでは済まない可能性がある。」
「たいそうな事だが生憎私は妹紅に話した以上の事は考えていない。」
「確か慧音は、私に終焉が来るなら世界を亡ぼすのも選択肢の一つと言ったわよね?」
妹紅の目がギラリと慧音を睨む。慧音と妹紅の企みは最終的に八雲紫に協力するというところに落ち着いたわけだが、その過程で妹紅の永遠が終わるならそれも良しという話は既にしていた。つまり、妹紅に話した事の中にはその事が含まれており、慧音の言葉に確かに偽りは無い。
「いったいどうしたのだ妹紅?まるで別人のようだ・・・。」
慧音は図星をつかれ少し狼狽える。
「別人になったとするなら、私や紫のせいではなく慧音のせいよ。」
「私が?」
「最初は紫に積極的に協力する意志は無かった。でも慧音が紫に協力するという選択肢を与えた。それが、こんな結果を生み出すなんて、慧音自身も思っていなかったでしょうけど・・・。兎に角事は単純にはいかなくなったのよ。あらゆる事に気を配り警戒しなければならない。それは例え慧音であってもよ。」
妹紅の説明だけだと慧音にはわからない所が多いが、それを含めて慧音の反応を見るために敢えて説明を穴あきにする。
「つまり、妹紅は私が幻想郷を亡ぼす計画を進めていると?」
直接的には言ってはいないが妹紅の言葉を総括するとそうとしか取れない慧音は、意味不明の部分を流して要点だけ尋ねる。
「・・・。」
妹紅は慧音の質問に沈黙で答えた。
「私は人間の繁栄を願っている。しかし、現在の英雄不在、つまり不死鳥と火の鳥の混同によって生じた輪廻不全の情勢においては何をどうしても前に進まぬ。だからこそ、不死鳥を転生させる必要がある。」
「そして、不死鳥が転生し輪廻が正常に廻り始めたら幻想郷は用済みとなる・・・。」
「妹紅・・・。」
妹紅は明らかに慧音を疑っており既に確信している状態だと判断できた。
慧音は顔面蒼白になった。信じていた者に裏切られた。そんな顔である。
妹紅は言い過ぎた事を少し後悔するが、表情を緩めず敢えて慧音を睨みつけ慧音の心意を更に問う。
「妹紅にとって幻想郷は住みやすい隠れ家のようなものかもしれん。しかし、大陸を捨てた私にとって幻想郷は故郷なのだ。それを焼き払うなど・・・。」
妹紅は先の慧音との対話の中で妹紅に死が訪れるのならそれも有りだというニュアンスで語っている。これは幻想郷に対する執着が余りない事を意味するのではないか。だとすれば以前に言っている事と、今言っている事は明らかに食い違っている。
幻想郷を亡ぼすかどうかは別として、慧音は明らかに何かを隠しているようだ。それを探らなければならない。
「慧音。私は先日までの私とは違う。今まではこんな命はいらないと思っていた。死ねるなら死にたいと思っていた。でも、今は違う。生きたい。命が惜しい。幻想郷を残したい。だから、もし慧音が幻想郷を亡ぼすというシナリオを影で進めているなら止めて欲しいの。」
妹紅は表情を緩め、慧音のそばに歩み寄り手を差し延べる。慧音なら分かってくれる。そう思っていた。
「触るな!」
しかし、慧音はその妹紅の手を払い退けた。
「黙って聞いておれば、勝手なことばかりぬかしおって。」
今現在の妹紅は今回の紫の起こそうとしている異変や月の件などでかなりの知識を得ている。しかし、客観的に見れば自分の都合の良い事ばかり言っている様に慧音からは見える。
このことはキレるに十分な理由だと慧音は判断した。そして、自分の計画を進める為、妹紅と一旦手を切る口実に使えると思い態度を急変し妹紅と敵対した。
「慧音・・・。」
予想外の慧音の態度に妹紅は一瞬頭の中が真っ白になった。妹紅のシナリオではここで慧音から全てを打ち明けられるはずであった。しかし、それは甘かった。
「妹紅、これまでの私と妹紅の関係はこれで終いだ。」
「・・・。」
慧音の宣告に妹紅は逆に覚悟がついた。もともと喧嘩上等で慧音と対決するつもりでいた。今までの自分なら慧音に与えられた世界の中で平穏に暮らせば良いだけだったが、全てを知った今の妹紅には今まで通りの生活はもはやできない。
「妹紅のほうこそ、怖じ気づいていざという時に逃げるのではないか?逃げない確証があるのか?」
「それは慧音次第だ。幻想郷を亡ぼさないと約束しろ!」
慧音の凄まじい怒気に気圧される様子もなく言い返す妹紅。
「300年もの間、散々幻想郷を無視してきたのに、のこのこ今になって幻想郷を守りたいなど誰が信用出来る?寝言は寝て言え!」
「なるほど、新参に大きな顔されたくないということは、古参意識はあるわけね?それは幻想郷が大事だからという裏返しになる。」
「・・・。」
妹紅を新参扱いにするということは、幻想郷にそれなりの思い入れがあるという裏返しとも考えられる。つまり、慧音は幻想郷を亡ぼす気はないという意思表示でもあると妹紅は深読みしてそれを口にした。
返答に窮した慧音を見て妹紅は慧音に幻想郷を亡ぼす意志はないとひとまず判断した。
その後慧音と妹紅との間でしばしの睨み合いになる。
「どうしても言えないのか?」
「だから、何も隠してなどいない。いい加減にしろよ妹紅!」
慧音は明らかに何かを隠している。しかし、頑なにそれを言おうとしない。
八雲紫と接触した直後に話をした時は、どちらかというと紫の言いなりになる必要はないという本来の慧音の立場に乗っ取ったニュアンスの会話だった。それが先日の話し合いでは一転して紫に協力するように態度を軟化させた。
元々慧音は妖怪とは敵対的中立の姿勢で里を中心に人間の保護に努めている。
八雲紫に関しては黒幕的に霊夢に肩入れするその姿勢を非難しており、幻想郷の運営、特に博麗神社、博麗霊夢に対するやりかたは間違っていると公言している。
一緒に酒を飲むと一人酔っぱらう慧音はいつも幻想郷の在り方や八雲紫批判になる。
その事を考えるとやはり慧音が幻想郷を亡ぼす事はまずないだろうが、違うとするなら八雲紫に関する事だろうか。
もし、そうだとすれば、かなりヤバイ橋を渡ろうとしているのではないだろうか・・・。
「(・・・もしかして・・・。)」
妹紅は唐突に閃く。
この異変の混乱を利用して慧音の理想とする博麗の在り方を指し示し、紫の考え方を改めさせるか、強硬手段に出ようとしているのか・・・。
妹紅と紫の最初の接触で幻想郷に異変が起こる事を知った慧音は、そこで何らかの秘策を思いつき、その後、態度を改め事が紫の思惑通りに進ませるために妹紅に対して紫の案に乗れと導いたのだろう。
妹紅は完全に慧音に利用されたのだ。
しかし、その企みについて妹紅を排除しようとしている理由は何だろうか?自分が頼りないからか?
慧音の計画が妹紅にとって都合が悪いから教えない。という理由は最も簡単に導き出せる答えだ。妹紅は最初その都合が悪い部分を幻想郷を亡ぼす事と前提して話を進めていた。
しかし、慧音と論争をしている内にどうやらそう単純なものではないと思い始めていた。
大きな問題点は八雲紫だ。
博麗霊夢は今現在、里に来ることはほとんどなく、巫女という存在自体が忘れられているし、霊夢自身も巫女としての自覚が皆無である。
更に博麗神社は妖怪の巣と噂されており、博麗神社に対する信仰心は完全に失われている。
霊夢が力を行使出来るのは外の世界にいる神主がその世界にあった新しいやり方で間接的に信仰を集めているからである。それすらも知らず霊夢は日々を無為に過ごしているのだ。
幻想郷単体では既に博麗の信仰はゼロなのに霊夢はそれに無自覚なのだ。
紫の肩入れで霊夢が活躍し、里で評判になってもそれは「異変を解決する妖怪博麗霊夢」という認識が生まれるだけである。
このことは慧音との議論の中で度々聞かされていた事だった。それまでの妹紅は話し半分でそれを聞き流していたが、今それを思うとかなり現実味のある話であり幻想郷は別の意味で危険な状況になっているとわかる。
幻想郷は基本的に八雲紫によって運営維持されており、彼女が事実上の支配者であるのは間違いない。しかし、紫は幻想郷を好きにする事は出来ない。
物事の取り決めの際は必ず博麗神社の神主及び巫女の承認を得なければならない。
強い力を働かせる為に、大きなリスクを負う必要があり、それが月であれば、穢れと言霊の関係であり、幻想郷では決定権の譲渡である。
全てを行使出来る力を他者に抑止させることで、通常より大きな力を生み出す根拠とした。
スペルカードルールといった通常では作り出せないルールもその力によって生み出された。そしてそれは、八雲紫考案によるもので、博麗霊夢の承認よって実現されたのだ。
例えば、八雲紫が藍の魂を吸収して事実上能力が倍になり、今まで出来なかった事が出来るようになったとしても、博麗霊夢に巫女としての資格が失われれば幻想郷では何も取り決める事が出来なくなるのだ。
力を持てあました紫が、新天地を求めるのはある意味必然だろう。そうなった時幻想郷は用無しどころか足かせにしかならない。
紫がこのまま霊夢だけに肩入れしてそれが結局間違いだったと気付けば幻想郷はそこで終わる。
そして八雲紫は、幻想郷という足かせから解放されるために、幻想郷を焼き払うかもしれない。
幻想郷を憂う人材としては魅魔が最有力であるが彼女はもういない。慧音は誰もやろうとしない、あるいは出来ない紫と霊夢の関係に一石を投じようとしているのではないか?
だが、それは結果の善し悪しに関係なく八雲紫を怒らせるだろう。結果が良ければ良い程、その怒りは増すかもしれない。そして、自分がそれに関わっていればその責任を自分も負う必要がある。
妹紅はここにきて慧音が何をしようとし、そして何故それを妹紅に教えないか理解出来た気がした。
「・・・慧音、お前もしかして・・・。」
「それ以上しゃべるな!」
「死ぬ気か?」
「しゃべるな!頼む、察してくれ。」
知らなければウソをついたことにはならない。口に出さなければ災いの責を負う事もない。全て自分が被るという慧音のメッセージだった。
どうすればいい?妹紅は自問したが答えが見つからない。
「妹紅、余計な事を知れば、尾びれがついてまたおかしな因縁を引き当ててしまう。事が収まるまで会うのをやめよう。寺子屋にも来るな。」
「・・・わかった。」
妹紅は慧音の提案を了承した。元からそうするつもりで慧音に会いに来たのだから文句はない。
「(しかし・・・)」
正しい答えは見つからない。そもそも自分が考えている事自体が妄想で間違っている可能性もある。
異変にキャスティングされた者は紫、妹紅、慧音だけではないかもしれない。もう少し様子を見よう。
妹紅はひとまずそれで納得し、慧音に一歩近づいて右手を差し出した。
「健闘を祈る。」
慧音は一瞬躊躇したが、握手に応じた。
「これは私からの餞別だ。受け取ってくれ。」
妹紅はそう言って、閉ざしていた心を慧音に開く。
「な!」
その瞬間、見えなかった妹紅の歴史が慧音の視界いっぱいに広がる。
妹紅の持つ藍の歴史のシーンが無数に羅列され、それが慧音の視界全面に埋めつくされた。
慧音の歴史喰いは人物の後ろにサムネイルのようにシーンが抽出されて見え、それを注視することで詳しく知ることが出来る。それが歴史を喰らうということである。
普通の人間ならほんの僅かのカットしか見えないのだが、妹紅のそれを見た時、目の前の妹紅以外の全ての景色が藍の歴史のカットで埋めつくされた。
慧音にとっても初めての体験で思わず度肝を抜かれた。
それは一瞬の出来事だったが、慧音に生きる勇気を与えた。どんな形であれ生き残ればこんなご褒美にありつけるぞ!という妹紅の有り難いメッセージと受け取った。
慧音は一瞬トリップしたように立ちつくし気が付くと妹紅はだいぶ離れた所にいた。
「・・・恩に着る。」
慧音は呟くように妹紅に礼を言った。それが聞こえたわけではないだろうが、妹紅は後ろ姿のまま一度手を上げて別れを告げた。
「人間とは決まった姿のままでいることを、何故こうも拒む生き物なのか・・・。」
それ故に歴史を動かす事が出来る唯一の生き物なのだと慧音は思う。そして歴史を喰らう事が慧音の役目でありだからこそ慧音は人と共にある。
慧音は妹紅の姿が見えなくなってもしばらくそこに立ちつくしていた。
永遠亭中枢部。
地上部の木造建築と違い地下の中枢部は金属の様な光沢を持つ未来的な構造をしている。
その一室、レイセンと因幡てゐは重症を負ったその身体を床に預けていた。
2人がその様な状態になった原因はレイセンにあった。
幻想郷の滅びの予兆を察知し強制跳躍した蓬莱山輝夜の重大な秘密を知ったレイセンだったが、事の重要性に気付かず他人事を決め込んだ態度が輝夜の逆鱗に触れ、秘密保持の口封じの為にレイセンは処分、つまり殺害されようとしていた。
そのレイセンの危機を因幡てゐが身を挺して庇い深刻な肉体的損傷を負う。
この状況を目の当たりにしたレイセンは輝夜の行動とふがいない自分自身に怒り自己制御を失い暴走する。
永琳の機転によって永遠亭中枢部の被害は免れたが、ここでレイセンとてゐの深い関係が明るみになる。
地上の兎の事実上の支配者であるてゐと友好的な状態を保つ為にはレイセンは必要な人材であること判断した永琳はレイセンの助命を懇願し、輝夜もそれを受け入れた。
ひとまず応急処置で命だけは取り留めたレイセンとてゐだが、レイセンは全身打撲と内臓破裂、左目失明、数十箇所の骨折。てゐも脊椎損傷で下半身が麻痺しており共に瀕死の重体だった。
万能薬と呼ばれる永遠亭の秘薬があればたちどころに傷は治るが、強力な薬で有るため厳重に保管しており今すぐにそれを使う事は出来なかった。
永琳は、隣室に下がる際に万能薬を誰かに持ってこさせるよう手配しておりもうじき届くだろう。
意識を取り戻している因幡てゐは、未だ昏睡しているレイセンの横に寝かされていた。
下半身は動かないが上半身は普通に動かせる。腕の力だけで部屋中を移動出来る事には出来るが、この部屋からは出られそうにないし、何より今はレイセンの隣にいるほうが良かった。
横で寝ているレイセンの手にそっと触れその指を握るてゐ。
約500年程昔、幻想郷に移住してすぐに起こった吸血鬼戦争の際に、博麗の里の南に広がる森と大きな湖のある平野に配下の兎達と共に移住した因幡てゐは、直接戦争には参加しなかったが里の南側に勢力を築いて里を間接的に守っていた。
因幡てゐは人々に幸運をもたらす兎として人間と友好な関係にあった。
その直後に移住してきた永遠亭の竹林がてゐら兎の住処の森と湖を丸ごと呑み込んで居座り、そこで永遠亭と因幡てゐ率いる兎達との間で小規模な戦争状態となった。
たった2人の月人に敗北した因幡てゐは里に手を出さない事を条件に永遠亭に全面降伏し以後配下となった。
幻想郷全域に分布する兎を情報収集に使う為、それを行える因幡てゐを永遠亭は重要人物と認定し永遠亭に同居する事を薦めたが、てゐは兎を利用することには同意したが同居を拒否して連絡用の伝書兎を少数永遠亭に残しそのまま竹林に隠れた。
その200年後、藤原妹紅が幻想郷入りし、吸血鬼戦争を無視していた永遠亭が積極的に藤原妹紅討伐に動き出すと因幡てゐも駆り出され、不毛な戦闘の中で本来人々に幸せをもたらすてゐが人間である妹紅と無理矢理戦わされ次第にやさぐれていく。
100年程続いた妹紅との抗争はその後次第に沈静化していき、それと共に永遠亭と因幡てゐの関係も冷え込み、人間には一切手を出さず、かわりに周辺の妖怪らに山賊まがいな行動を取るようになっていた。
妹紅との抗争は散発的になりつつも継続されたが、今から40年程前に起こったアポロ計画が因幡てゐの転機となった。
この計画を利用して地上に偽装逃亡したレイセンが永遠亭入りすると月の兎に興味を持った因幡てゐも同時期に永遠亭入りし八意永琳の弟子となった。
レイセンという同類、仲間、家族と呼べる存在を得て孤独から開放された因幡てゐは、度重なる戦闘で荒んだ心も癒えて本来の自分に戻っていった。
レイセンに対しては普段悪戯ばかりのてゐだが、それは好意の裏返しのようなものである。
てゐは横に寝ているレイセンの手を握りながら昔の事やレイセンと出会った時の事を思い出す。
様々な感情が駆けめぐり、ついレイセンの手を強く握ってしまう。
「う・・・ん・・・?」
どうやらレイセンを起こしてしまったようだ。てゐは慌てて手を離しあたふたとするが立ち上がれずその場で腕だけジタバタする。
レイセンは目が覚めしばらくぼーっと天井を眺めていた。頭の中で状況の整理がついたのか急に身体を起こそうとして全身に激痛が走りその場でまたぐったりする。
それを見たてゐはあわててレイセンの手を握る。
「ん?・・・てゐ?」
ぐったりしたレイセンだが気を失ったわけではなく、誰かに手を握られて隣に誰かが居ることに気付く。
レイセンの右側に寝かされていたてゐは、呼びかけに応えて手を握ったまま少しだけ首を傾けてこちらを向くレイセンににっこりと微笑んだ。
「ここは・・・もしかしてあの世というところ?」
「うんにゃ、ここは永遠亭の秘密の部屋。」
「そうか・・・私・・・。」
レイセンは記憶を辿ってこの状況になる敬意を思い出し、そこで気付いて大きな声を上げる。
「てゐ!身体・・・大丈夫なの?」
声は大きめだったが、いつものような元気で張りのある声ではなく、身体の痛みで曇った声だった。
「背骨がポッキリ逝って下半身が動かないけど大丈夫。もうすぐ万能薬が来るから。」
「ごめんね・・・。」
てゐの大怪我を引き起こしたのは自分のせいだと、レイセンはてゐに謝罪した。しかし、レイセンの謝罪の言葉を聞いたてゐは急に不機嫌になって頬を膨らませ握っていた手を突き放した。
レイセンはすぐにその理由がわかった。
「・・・ありがとね、てゐ。」
てゐはレイセンの感謝の言葉を聞いて機嫌を戻すとニッコリと微笑みを返して再び手を握って来た。
レイセンも思わず顔がほころんだが、潰れた顔左半分の筋肉が動き激痛が走る。それと同時にレイセンの開いている右目から大粒の涙が溢れてきた。
自分のふがいなさ、てゐへの感謝の気持ちと申し訳ない気持ち、輝夜の気持ちを無下にした自分自身の怒り。永遠亭の皆が自分に対して様々なシグナルを送っていたのに、それに気付かず一人で勝手に孤独になっていた自分自身の情けなさ。様々な思いが涙となって溢れだしていた。
てゐはそれを見て声はかけず、レイセンの手を握ったまま天井を見た。
「(空っぽの器にようやく心が入ったか・・・。)」
月の民も兎も基本的に万能で完璧な生き物である。しかし、それ故に他者の支援が必要にはならず、その為月には他人を思いやるという概念そのものがない。
輝夜と永琳はそれを地上に降りてから学び、そして月への望郷の念が完全に消えた。
因果応報。他者に快く接すればそれはそのまま自分に返り、そしてその逆も然り。
藤原妹紅の父親達にした行為の報いは藤原妹紅という怨念を生み永久に永遠亭に付きまとうだろう。しかしそれは甘んじて受けなければならない。
様々な問題を抱えているレイセンであるが、永琳も輝夜も皆同じである。
輝夜達が月の民から地上の民へと変わっていったように、月の兎から地上の兎へとレイセンも変わろうとしている。