東方不死死 第16章 「八雲会議」


 妹紅は目を瞑ったまま世界が閉じる瞬間を待っていた。
 この世界で起こった事を思い出しながら、それまでの自分の人生も振り返る。
 生まれてから幻想郷に来るまでの千年。幻想郷に来てからの300年。そしてそこから今日までの、膨大な年月。
 考えてみると、この閉じようとする藍の世界が人生に於いて最も長い時間を過ごした場所かもしれない。そう考えると名残惜しくもある。


 閉じていく世界の壁が自分とぶつかるが押し潰される事はなく、一瞬、肉体が無に還元されたかのように感覚を失い、その後に押し寄せる情報の波の中で、自分という存在が構成されていくのを感じる。
 その情報の波は幻想郷に戻ったことを示していた。
 藍の世界は、世界そのものに循環という概念が存在しない不動空間だった。
 その空間から幻想郷に戻った時、最初に感じたのは五感を刺激するありとあらゆる情報の存在だった。
 目に見えない大気の中にとてつもない量の原始的な生命の息吹を感じる。
 幻想郷という器に入りきれないその命の息吹は、その器からこぼれ落ち、滴となって弾け、それが自然を具現化している妖精という姿となって循環しているのだろうと妹紅は直感的に感じる事が出来た。
 呼吸し体内に入り込む空気の重みと厚み、温もり、そして匂い。髪の毛の間をすり抜けていく僅かな空気の流れ。衣服と肌の間の僅かな空間。その内と外で違う温度。
 今まで無意識に通過してきた当たり前の現象が今はとても新鮮で刺激的だった。


 自分しか居なかった藍の世界では、比較対照が無く自分の存在を確かなものと認識する手段が無かった。
 幻想郷に戻った時、ありとあらゆる情報が妹紅に押し寄せ、途切れて久しい世界との関わりを久しぶりに感じる事が出来た。
 しかし、それと同時に大きな違和感を持つ。自分自身が幻想郷の異分子になっていると感じたのだ。
 その不思議な違和感の理由はすぐにわかった。


「はわわわ!」
 妹紅の目の前で突然変な声を上げてその場に尻餅を付く霊夢がいた。
 紫を支えていた手を離し畳に尻餅をついて妹紅から遠ざかろうと後ずさりをする。
 妹紅は紫から剣を抜いた状況から藍の空間に飛び、そして全く同じ時間場所に戻った事を理解する。
 世界がおかしいのではなく自分がおかしいことはすぐに理解出来たが、どうやって居住まいを正せばいいのか判断できなかった。一ついえることは怯える霊夢から遠ざかってやることだ。
 妹紅は剣を置き紫をその場に寝かせ立ち上がり霊夢を見下ろす。
 霊夢がひどく怯えているが、その原因が自分自身だとすぐにわかった。
 妹紅は藍の世界で千年とも万年とも思える膨大な時間を過ごしたせいで、年齢と共に妖力が自然増加してしまい、それを知らずに霊夢の前に現れてしまったのである。
 妖力というのは、生き物に限らず人の手を加えた造形物や、人の念が籠もった存在、自然物にも宿る。それらは極々僅かな力であるが、年月を経ると次第に力が強まっていく。
 他者との関連性が途切れ、妖力上昇に無自覚だった藍の世界からそのまま幻想郷に戻った事で、妖力がのむき出しの状態で霊夢の前に突然現れたわけである。霊夢の視点で見れば、今まで普通だった妹紅が、何の前触れもなく妖力が爆発的に上昇したように見えたわけであり、驚くなという方が無理というものである。
 抑えないむき出しの妖力は他者に対するネガティブな行動、例えば威圧や警告、攻撃を意味するもので、人間で言えば殺意のようなものである。つまり、霊夢は突然妹紅から殺意を向けられた様に感じたのだ。


「な、何よ、突然!」
 妹紅の変化に瞬間的に後ずさった霊夢は、すぐに冷静になって問い質す。気圧されずに持ち直したのは霊夢だからこそといえよう。
 抑えようにも底なしに沸き上がる妖力に戸惑う妹紅は、後ろの妖怪達も刺激しいらぬ疑いをかけられかねないと思い、この場は退散したほうがいいと判断する。
「霊夢・・・。」
「は、はい!」
 いつもなら名前を呼ばれても気のない返事をする霊夢だったが、妹紅に名を呼ばれかしこまって引きつった返事をする。それだけ今の妹紅を恐ろしく感じているのだ。
「もうすぐ目を覚ます・・・私帰るから、あと宜しくね。」
「はい!」
 妹紅は静かに言ったつもりだが、全開の妖力が醸し出す迫力に気圧され霊夢は裏返った声で返事をする。
 そんな霊夢を尻目に踵を返して縁側に進んだ妹紅は、外にいた3人の妖怪の視線の集中砲火を浴びる。
 3人は困惑と警戒と恐怖の入り混じった表情で妹紅を見つめ、その妹紅は縁側に立って静かにその3人を見下ろす。
 数秒ほどそのまま動きが止まったが、幽香が何か言おうと口を開こうとした瞬間、それを制すように妹紅は顎を傾け自分の後ろにいる紫と霊夢の方に注意を向けさせる。
 3人の注意が紫に向いたその瞬間を見計らって妹紅は縁側を飛び出し空高く舞い上がる。
 虹色に輝く極彩色の炎の翼を纏った妹紅が一瞬で遠ざかるのを呆気にとられた表情で振り返る3人。
 今まで赤と橙と黄色だけだった妹紅の燃えるような炎の翼は、青や緑色の炎も混ざり炎を纏うというより、それそのものが激しく燃焼しているようだった。
「な、何よあれ・・・。」
 一番最初に口を開いたのは幽香だった。
「一瞬で変わった・・・あれは、もはや中身が変わっている。藤原妹紅ではない・・・。」
 幽香の言葉に九尾の藍が応える。そう考えるのも無理はない。実際には数千、数万と時間を掛けて変化した妹紅だが、ここにいる霊夢や妖怪達からは、一瞬で変化したようにしか見えないのだ。
「でも、匂いというか雰囲気は妹紅だと思うがのー・・・。」
 遠くに見える妹紅の光点を見送りながら藍の意見に同意しない萃香。そしてその萃香の意見に賛同する幽香。
「どうかしたの?」
 その時、妹紅の飛び去った方向を見ながら論議する3人の妖怪に誰かが声をかける。
「あ、紫!」
 萃香がすぐにその声に気付いて喜びの声を上げる。
「あの、妖気・・・本当に妹紅なの?」
 ついさっき現状に復帰したばかりの紫は前後の話の繋がりは見えてこないが、遠くに感じる凄まじい妖気は当然気になるところである。
 妹紅のインパクトが強過ぎたため、紫の復帰に対する感動が薄れている妖怪達であったが、紫も妹紅が気になる様子で感動の再会という雰囲気ではない。
「もう!なんなのよあれ!死ぬかと思ったわ!」
 妹紅に圧倒されて惚けていた霊夢であったが、目を覚ました紫に肩を叩かれ正気に戻っていた。正気に戻ればいつもの霊夢であり、不意打ちで不覚を取りみっともなく無様な姿を晒してしまった反動で怒りが込み上げる。
 そんな霊夢を尻目に、外にいた3人の妖怪は座敷に上がり、萃香がちゃぶ台を元に位置に戻すと他の者達は当たり前のようにちゃぶ台を囲むように着席する。それに気づいた霊夢は条件反射的にお茶の用意をし出す。
 皆、紫の復帰よりも妹紅の様子が気になってピリピリしていた。
 霊夢は紫から貰った「お湯の冷めずらい魔法瓶と教えられた入れ物」から昼過ぎに入れて流石に少しぬるくなってお茶をたてるにはちょうど良い温度となったお湯を急須に注ぎつつ、紫ら何れも幻想郷最強クラスの妖怪の面々を順番に見ながら人数分用意した湯飲みにお茶を入れる。
 霊夢と紫の湯飲みは専用の物が決まっており他の物のは来客用である。萃香はいつも神社にいるが、基本的にお茶は飲まないので萃香の分はない。藍は紫と同伴かたまに紫のお使いで一人で神社に来る程度なので専用の湯飲みは用意されていない。幽香に関しては座敷に上がった姿を見たのは今日が初めてかもしれない。
 妹紅を目の当たりにした3人は、目を瞑ってその時の状況を思い出しながら何故そうなったのかをそれぞれの考え得る範囲の中で考察していた。
「時間が止まっていた形跡は?」
 目を閉じたまま口を開く藍に、萃香は即答した。
「なかった。」
 それを受けて霊夢が何故そういえるのか理由を尋ねる。
「空間密度の伸縮がみられないからね。」
「何それ?」
「時間を止めるといっても、本当に停止しているわけじゃない。その空間だけ時間の流れが極端に遅くなっているに過ぎない。術が切れて元に戻る際に、その遅くなった空間で行動した形跡が空間密度の変化として必ず残るんだよ。」
「簡単に言ってるけど、それが見えるのは萃香だけだけどね。」
 霊夢に対して萃香が説明をした後に、幽香が付け足す。
「じゃー咲夜もそうなの?」
「咲夜に関しては少し違うわね。何て言えばいいのかしら?2つの異なる時間軸を入れ替えている・・・そんな感じかしら?」
「ぜん!ぜん!意味分からないんだけど?」
 霊夢の質問に答えたのは紫で、その説明を受けて霊夢はより一層疑問が膨らむ。
「又聞きだから私にもよくわからないわ。」
「ようするに、咲夜は2つの時間を持っているということだ。」
 紫に替わって藍が答える。
「あんたら妖怪は、そういう事普通に言うけどさぁ・・・ま、いっか。」
 そんな能力は普通に反則に思える霊夢であるが、対する妖怪達はさもそれが当然のごとくシレっと話して霊夢の苛立ちにまったく共感する様子がない。これもまたいつもの事なので、それ以上突っ込まない事にする。
「はー・・・それにしても、次から次へと・・・。」
 既にとっぷりと陽が落ちすっかり夜となってしまった幻想郷。夕飯の時間はとっくに過ぎているのだが、今日一日色々ありすぎて空腹すら忘れている状態でる。余り裕福とは言えない台所事情の博麗神社としては、一食抜くくらいは平気だったが・・・。
「何か変なスイッチが入っちゃったみたいね。」
「まったく・・・でも、今後どうするの?」
 何かを必死に考えている妖怪達を尻目に霊夢と紫は会話を始める。
「取りあえず妹紅が落ち着くまで待ちましょう。その後具体的な段取りを決めましょう。」
「妹紅ではなくなってるって言ってるのもいるけど・・・。」
 瞑想するかのように目を閉じている藍に視線を向ける霊夢。
「・・・霊夢はどう思う?間近で見たのでしょ?あれは妹紅とは別の存在だった?」
 紫にそう問われた霊夢は、改めてじっくり考え込む。それを見て紫は思考判断の手助けになればよいと、改めて自分がどんな状況になっているかを独り言のように話し始める。それは単純に霊夢一人に宛てたものではなく、他3人の妖怪達にも言い聞かせている意味も含まれていた。
「私と藍の魂が融合し元に戻った・・・でも、それはあくまで能力的なものね。」
「性格は変わってないのよね?」
「ええ、人格は変わってないわね。」
「でも、紫って覚醒した時に性格が変わったのでしょ?」
「それはちょっと違うかなー・・・正確に言うと、最初の状態に個人を確定するような性格、つまり精神が無かったのね。」
「それって本能だけで動いていた?」
「性格、人格というのは精神というカテゴリに含まれる肉体を動かす制御プログラムみたいなもので、本能とは魂というカテゴリに含まれ、生命が生きる上で絶対的に必要な欲望を制御するプログラムなの。」
「うーん。」
 紫の難しい言葉に思わず考え込む霊夢。
「輪廻というのがいつ生まれたのか分からないけど、魂というのは命という存在が永遠に存在するために必要なもので、肉体が滅んでもその種が消失しないように次の世代に様々な情報を受け渡す機能を持っているのよ。」
「・・・精神というのは現状においてどう動くかってことを判断するもので、魂というは種全体を意識した長期的な視点で行動させるもの・・・と言うこと?」
「だいたいそれで合ってるわ。感覚的な所が多いから口で説明できる情報量だけでは正しい表現を見つけるのが難しいけど・・・。」
 言葉の意味を正確に知る事よりも感覚では分かれば良いということだろうと霊夢は納得する。
「魂は輪廻を経て成長しやがて御霊になる。御霊となった魂はさらなる成長で輪廻の終焉を迎え天人となる。」
「天人様か・・・そういえばなんかそんなの名乗る変なのがいたわね・・・。」
「天人となった御霊はやがて、無痛の快楽に飽きて、再び輪廻に下る。これを天下りというのだけれど・・・。」
「天下り?」
「その天下り先が妖怪や鬼といった優れた生命体であることが多く、人間の世界では天皇家や霊夢達博麗の一族といった特別な血筋もそれに含まれるの。」
「へーそうなんだ・・・じゃー私の魂もそれなりに凄いってことね。」
「無自覚だったのね・・・何故妹紅が私達に怯えて、あなたが怯えないか・・・だいたいその理由がわるでしょ?」
「そっか・・・妹紅の魂はまだ成長段階でまだ全然修業が足りてないってことね。」
「まーそういうことだけど、悲しいかな妹紅は死なないから輪廻もしない。つまり魂も成長出来ない。」
 それは妖怪達と妹紅との関係性は永遠に変わらないともいえる。
「肉体、精神、魂・・・三位一体・・・か。」
「肉体はハッキリいってしまうと、いくらでも換えがきくわ。妖怪の中には現在の肉体が滅んだ時にすぐに転生できるように、予め寄り代となる肉体を用意していたりするしね。」
「それってある意味不死身よね?」
「妖怪は不死身、不滅、無敵!・・・なーんて事を信じて疑わなかった時代も確かにあったわね。」
 紫は途中まで真顔で言いつつ、最後は両手を広げてお手上げのポーズを取っておどけて見せた。
「妖の狩人・・・藤原妹紅の登場でその神話は全て崩壊した。」
 紫と霊夢の会話に九尾の藍が口を挟んだ。その刺のある言い方からして九尾と妹紅は今後も犬猿の仲になりそうである。
「なるほど・・・妹紅の存在って、当時の妖怪からしたらものすごいインパクトがあったのね。」
 霊夢の言葉にここにいる妖怪全員がうなずいた。


「精神か・・・妹紅の変化が紫の変化と関連づけられるとしたら・・・例えば、藍の精神が妹紅と融合した。というのはどう?」
「精神や魂は、そう簡単にくっついたり、離れたりはしないわ。」
「でも、紫は実際そうなったでしょ?」
「こういう言い方はどうかと思うけど・・・私は特別なの。」
「そう、紫様は特別なのだ。」
 自身を特別などと人間が言うなら全力で噛みつきそうな妖怪2人が、声を揃えて自慢しているのは、霊夢としてもむかつくところであるが、藍や幽香、萃香とは違う明らかに特別なものを紫からは感じる事は否定できない。
「元々特別な存在として特別に扱ったのが当時の博麗の神主、つまり霊夢のご先祖様なんだけど、それについてその子孫ともいえる霊夢はどう思っているのかしらね・・・。」
 紫と藍の自慢にうんざりした表情の霊夢に幽香が博麗の立場を教える。
「ふ~ん。ご先祖様ねー・・・紫の交友関係・・・例えばこの中で知り合った順番って?」
 昔の事に話が逸れる。
「幽香、藍、萃香、魅魔かしらね。」
 魅魔はこの輪の中にはいないが一応八雲一家ということで名前を上げる紫。
 魅魔の消失が霊夢に一種のトラウマを生じさせている事を先程妹紅と霊夢のやりとりを見て知っている紫以外の3人は、その名前が出た時内心ドキっとした。しかし、霊夢は特に表情を変える事無く話を聞いたままだった。
 内に秘めた感情を表に出さない霊夢と感情むき出しで喜怒哀楽の激しい霊夢。どれが本当の霊夢なのか妖怪達も計りかねる。
 人間である妹紅は、同じ人間として霊夢の心の内を分析出来るが、ある意味単純な思考で物事を考える妖怪にとっては、霊夢の二重人格ぶりは扱いに困ることがある。
 そしてもう一つ困ったことがある。紫がかなり饒舌になっている点である。自分の事をほとんど話さない紫が霊夢に聞かれるがままに答えている。聞かれて困る事はないのであるが、どうみても力が増加して気が大きくなっている。余計な事をしゃべらないか心配である。
「へー幽香が先なのね・・・。」
「それより今は妹紅の事について聞くべきじゃないのか?」
 出会いの時の話を根ほり葉ほりと聞かれるのも嫌だと感じた妖怪達は全力で話を逸らせようとする。
「・・・妹紅の変化の要因だっけ・・・。」
「そうそう。」
 話し込んで既に湯飲みが空になっていたところに酒を注ぎながら議論の方向修正の手伝いをする萃香。
「精神や魂は基本的にくっつかない。でも紫は元々を2つに分けた存在。だからもう一度くっつけた・・・。精神まで融合したらどうなるの?」
「それは・・・オリジナルに戻るということじゃない?」
「オリジナル?そうか、そうなったら紫じゃなくなるんだ・・・。」
「そうならないか心配して泣いていたのは誰だっけ?」
 妹紅と霊夢の会話を盗聴してその辺の事情を知っている幽香がその事をすっかり忘れている霊夢に思い出させる。
「べ、別に泣いてなんかないわよ!」
 3人はニヤニヤしながら心の中で「泣いてました!」と笑う。
「え?え?霊夢ってば私の為に泣いてくれたの?ね?ね?」
 酒が入って陽気なった紫がどこかのおばさんのように霊夢に詰め寄る。
 先程まで真面目な話が続いていたが、萃香の気の利いた行動で場が宴会になりつつあった。


 今日一日色々あって疲れたのだろう。霊夢は酒が入りいつもよりだいぶ早く酔いつぶれて寝てしまった。
 紫と藍は隣の霊夢の寝室に布団を敷き寝かせる。
 萃香も既に大の字で寝ており、ちゃぶ台には紫と藍そして幽香が萃香の瓢箪を回して手酌で酒を飲みながら議論を続けていた。
「ねえ、紫、このまま続けるの?」
「朝まで飲む?私はかまわないけど・・・。」
「いや、そういう話じゃなくて・・・何かやらかそうとしてるんでしょ?」
「今更止められるかしらね・・・私といい妹紅といい、これ程の変化が生じたということは、何かの運命が発動して順調に事が進んでいる状態だと思うけれど・・・。」
「無責任な言い方ね・・・。」
「幽香はどこまで理解している?」
 他人事の様に言う紫を尻目に、藍が幽香がどのあたりまで確信に迫っているかを問う。
「妹紅を使って何かするってことでしょ?少なくともあなた達が妹紅に教えた事以上の事は私は知らないはずだけど・・・。」
 ほとんど知らないと分かり、幽香に肩をすくめて見せる藍。
「幽香に知らせていないのは、別に意地悪をしているわけではないわ。関わる人数を極限まで減らしたかっただけ。」
「でも、幻想郷の大異変として演出するつもりなのでしょ?なら、嫌でも大勢関わるんじゃない?」
「結果としてそうはなるけど、事前に多くの人を共犯させると、運命をこじらせる恐れがあるから・・・。」
「運命をこじらせる?」
 幽香としては初めて聞く表現であるが言わんとしていることは何故かはっきりとわかった。
「知らなければ運命は連鎖しないが、何かを知ってしまうことで運命の連鎖に巻き込まれる。それだけで済めばいいが、幽香から他の者にそれが広がり多くの者が運命を共有してしまうということにもなりかねない。そうなると手がつけられない。」
 藍がそう説明するが、意味はおおよそ理解出来るが具体的にどうなるかがわからない幽香。
「具体的に説明して。」
「世界が滅びるような凄まじい力の発生を今は妹紅を使って起こそうとしている。そして、その過程で紫様と妹紅の間に因縁が生まれたとする。そこに例えば幽香という新しい因縁が発生し関係が複雑になる。そして幽香は別の凄まじい力を引き出す手段を知っていたとする。さらに妹紅の不死鳥と、幽香の知っている何らかの力が、実は裏で関係していたとすると、我々が予測し対策を立てた防護策を超えた力を持ってしまうという可能性が出てくる。簡単に言うとそういうことになる。」
「なるほど・・・関わる人が多くなれば、計画する側の知らない、手の届かない所に別の因縁が生じて、まったく感知しない所におかしな力が生まれてしまう。確かに未知の力は制御できないわね。」
 紫と藍が同時に頷く。
「幽香は、私達と妹紅との間に因縁が生じる前に、妹紅との因縁を作ってしまい、そこから私達に派生して今が生じている。私達は既に最初から計画にズレが生じてしまった。関わる人間を最小限に留めておきたい理由は今の幽香ならわかるでしょ?」
「ええ、まぁ・・・でも、そんな状況なら尚更計画を先送りしたほうが・・・。」
「もう、事は進んでいるはずよ・・・私と妹紅との間で生まれる因縁、不死鳥より上位の因縁が存在していたのだから・・・。」
「藍ね?」
「この因縁が生まれた後に初めて妹紅と不死鳥に関係が生じている。私はその後の関係を利用しようとしていた。でも実はそれは下位の関係で、私は上位位置からコントロールする立場から外れてしまったというわけね。」
「そうか・・・もうこれは紫の起こす異変ではなく、妹紅の起こす異変になってしまった・・・ってこと?」
「恐らく・・・。」
 紫と幽香が同時に溜め息をつく。
「しかも、今回の件で私も、萃香も、紫様も、妹紅も大きな力を出してしまい、幻想郷に対して大きなインパクトを与えてしまった。少なからず因縁の輪は拡がっただろう。」
 藍は外を眺めながらそう言った。
「夜なのに誰もいないなんておかしいわよね・・・。」
 幽香も藍にならって外を眺める。人間中心の社会と違い、妖怪や妖精などの妖の存在が主である幻想郷では、夜こそが最も騒がしい時間である。にもかかわらず空に星以外の光点が存在せず、皆、息を潜めている様子である。
「幻想郷に住む者達は、既になんらかの危険な予感をその身に感じているでしょう・・・。」
「それって、因縁がより一層広まって複雑になるってこと?」
「ええ、妹紅との因縁でいえば、慧音や宇宙人とも繋がってるでしょ?紅魔館の連中だって霊夢を経由すれば私達とも繋がるわ。今日の事は詳細は知らないにしても、皆博麗神社で何かが起こっている事に気づいているわ。もし、紅魔館と永遠亭が裏で繋がっていたら・・・私達にはまったく感知できない事が起こりえるかもしれない。」
 敵の敵は味方ということもある。確かに事を広げると関係が複雑になり幽香も思わず唸って考え込む。
「これを止められるか、先送り出来るのは妹紅だけかと思うけど、妹紅と話が出来るとしたら幽香だけね。」
 意味深な表情で幽香をじっと見つめる紫。藍は複雑な表情だった。
「・・・そうして欲しいと言うなら、言ってみるけど?」
 その時、別の方向から声が聞こえた。萃香である。
「妹紅が上位存在としてこの異変の中心になった理由がわかったよ。今日最初の出来事を思い出して見ろ。紫が交渉する前に妹紅は紫の計画に全面的に協力すると自ら申し込んできただろ?」
 1時間もしないうちに酔いが醒めて起き出した萃香は、瓢箪の酒を求めてちゃぶ台の議論に参戦してきた。
「・・・そういえば・・・。」
 藍が少し首を捻った時、紫が急に顔色をかえた。
「そうか・・・わかったわ・・・。」
「何がわかったの?」
 すぐにその理由を尋ねる何も理解できない幽香だが、その問いに答えたのは萃香だった。
「そう、紫の計画に便乗して、不死鳥の転生を妹紅は個人的な事に利用しようとしているのだろう。」
「紫を逆に利用しようと?」
 それを聞いて妖怪達はまさかと疑い顔を見合わせる。妹紅にはそんな能力や資質などない・・・と。しかし、そう考えた一瞬で頭が切り替わる。
 妹紅は、その魂の小ささから妖怪達は過小評価してしまう傾向にある。妖の狩人をしていた時代からも、恐らくそれで能力を見誤り冷静さを欠く結果を生んだのだろうと想像出来るし、現に目の前にいる幽香は正にそれによって重い怪我を負ったと言っても過言ではない。
 頭では妹紅は優れた人材だと分かっているのに、それを体、本能が受け付けようとしない。そんな不思議でもどかしい感覚に陥る妖怪達。
 魂の大きさと強さがほぼ比例する妖怪にとって、相手の力量を中身で判断するのが一般的だが、妹紅に限って言うなら中身で判断してはいけないということになる。
 ここにいる妖怪の中で、幽香がそれを身を持って知っており、その為、他の妖怪とは違って妹紅の実力を正当に評価している。
「不死鳥の自爆の力を得る為に爆心つまり妹紅を利用しようとした。この時点では紫様が状況をコントロール出来る立場だな・・・。」
「しかし、その爆心である妹紅が自らの意志でそれを積極的に行おうとした・・・。」
「その時点で状況が妹紅に移り、私にコントロール出来る状況ではなくなった・・・。」
 藍、幽香、紫の順に萃香の言った言葉をまとめる。
「でも紫、それはちょっと違うと思うぞ。妹紅という爆弾にスイッチを紫が付けたが、爆弾は自分の意志で爆発する事が出来る様になり、スイッチの意味が無くなったのは事実。しかし、爆弾はスイッチを紫に持たせたままだ。」
 萃香の言葉に紫は顔をあげた。
「紫様に協力すると言ってましたね。」
「・・・。」
「と、言うことは・・・つまりどういうこと?」
 幽香は最初の妹紅と紫とのやりとりを知らないので少し話しに付いていけない。
「紫様の計画によって妹紅が損しないという立場、つまり中立なら、こちらがお願いをして協力を求めるのが筋だ。しかし、望んで協力すると言うことは、自爆する事に何らかのメリットを見出している。と考えるのが自然だな。」
「何のメリットがあるというの?」
 こういう議論ではいつも疑問を出す側になる幽香。
「それがわかれば苦労はしない・・・が、スイッチが未だに紫に預けたままだということは、タイミング的な事に関しては興味はなさそうだな・・・。」
「大局で物を見ている紫様に対して、妹紅は個人的なメリットの為に動いているということか・・・。」
 萃香や藍の話を聞きながら何かを考えている様子だった紫が口を開く。
「この件については、上白沢慧音の入れ知恵もあるでしょうね。」
 本来ならそれが真っ先に思いつく案件だろうが、紫と妹紅の変化によるインパクトが大きすぎて基本的な事を忘れていた紫達。そもそも最初の紫と妹紅の接触は、慧音に繋げるための作業でもあった。妹紅には頭脳がないから慧音に考えさせるつもりだったのだ。もちろん、今は妹紅に頭脳が無いなどとは思っていない。


「・・・紫が言いたいのは、妹紅が素直に紫の爆弾になることをアドバイスしたのが上白沢慧音ということ?」
「その可能性はなくもない・・・というより、そっちのほうが事実だろう。」
 紫の言葉に刺があったのを見て、幽香は妹紅が慧音の傀儡として動いている事を示唆し、藍も同意する。
「あくまでも可能性だけど・・・あの二人の関係はどういう感じなのかしらね・・・。」
「妹紅を過小評価するなら、そうなるだろうが・・・そもそもハクタクは優れた王の前に現れるのであって、王を傀儡にするような存在ではないしなー。」
 萃香は妹紅を過小評価しておらず、さらにハクタクの習性から紫や藍の意見には賛同出来ない様子である。
「優れた王か・・・ふん!」
 藍が妹紅にその資質がないと決めつける。しかし、妹紅は妖術使いの里では実質トップの座に君臨し、仲の悪い一族同士の仲立ちをして里を取りまとめ、里の全盛期を築いた実績がある。一国の王となれる器かどうかは未知数であるが、少なくとも凡庸ではない。
「私もそう思うけど、でも、何らかの意向は妹紅に伝わっていると思うわ。」
「ヤツは霊獣だからな・・・基本的に妖怪の敵であり人間の味方だ。油断はできない。」
 藍はあくまで妹紅を信用しないというスタンスのようである。


 上白沢慧音は大陸出身の霊獣である。大陸では一人の優れた王が世界を統治するのが望ましいという思想で、ハクタクはその優れた王に様々な助言をし、より良い統治をさせるという完全に人間寄りの存在である。
 大陸の王は常に不老不死を求めるが、これは統治者は最も徳の高い者がすべきで、その治世は長く永遠に続くことが最も望ましいという考えが下地にあるためである。
 不死鳥を初めとする四方鎮守の神獣は、世界を維持する存在であり、その世界に仇をなす危険性のある人間を抑止するの役目を持つのが妖怪や鬼のような上位生命体である。その上位生命体から人間を守るために生まれたのが霊獣といえる。
 不死鳥と火の鳥は前者が神獣であるのに対し後者は霊獣である。火の鳥は輪廻を操り、人類の危機的状況の中でそれを打開する個性を必要とする時代に転生させる役割を持っている。火の鳥は、ハクタクと同様に人間のためだけにその力を発揮する。
 上白沢慧音は、不死鳥と火の鳥は、同じ鳥という混同しやすい形状によって同一の存在として信仰されたことで民意が反映され融合してしまったと考えている。
 それぞれの役割が曖昧になり、世界を維持するための力も輪廻を正常に回す力も一つの存在で賄おうとして中途半端になっており、それが続けばやがて世界を動かす仕組みが破綻してしまうのではないか。つまりゆっくりではあるが、確実に滅びの道を進んでいるのではないか?これが慧音の考えである。
 本来輪廻に無関係ななずの不死鳥が妹紅の体を使ってそれらを肩代わりさせようとしたが、冷静に考えればこれはかなりおかしな現象である。それを身を持って体験した妹紅は、その慧音の考えを全面的に支持している。
 慧音と妹紅はその事を是正しようと考えており、これは紫達の想像のはるか上を行っているものである。
 具体的にどうするかは決まっていないし分からない。しかし、自爆後に内包する不死鳥との再会があると考えており、妹紅はそこに活路を見出し紫の計画に便乗しているのである。


「どちらにせよ、紫は紫で自らの計画を進めるべきだろう。詮索が過ぎればそれこそ運命をこじらせるぞ。」
 萃香が紫にアドバイスする。
「ねぇ、その計画って具体的にはどうするの?」
「幽香には全部説明してなかったわね。もう隠すこともないし話しておくわ。まず、最初に不死鳥を転生させるというのが第一の目的ね。第二として、その火力を使って隙間爆弾を消去すること。」
 紫が要点を説明をする。
「不死鳥の転生?」
 隙間爆弾とは、月面戦争の敗戦後紫が作った報復のための月と地球との境界を破壊する目的で作った、本人すら効果がわからない危険な爆弾で、作成後冷静になって使用を取りやめ、その後、次元の狭間に隔離して封印している爆弾である。この存在は幽香もしっていたが、この件についてより不死鳥と言うキーワードの方に興味があった。
「不死鳥は定期的に生と死を繰り返し、死によって世界を揺り動かし万物を流動させるのよ。それがここ500年程大きな世界の流動が起こらず計らずして人間に予想外の繁栄をもたらしていると考えられるの。」
「永夜事件の後、妹紅の出現によってヤツに不死鳥が内包されていることが分かり、我々はこの計画を考えはじめたのだ。」
「不死鳥が転生しなくなると何か問題があるの?」
「不死鳥が転生しなくなることなど今まで一度もなかった。だから放置していてその後どうなるかははっきりとわからない。でも、世界が流動しなくなる事で人間は急速に発展していると言う事実がある。良い傾向とは思えないな。」
「ここで言う人間の発展とはつまり、新しいものが次々に生まれることを意味し、それは物事が早く忘れ去られる事を同時に意味しているわ。」
「生まれたものがすぐに幻想になってここに流れてくる・・・ということね。」
 その場で全員が頷く。
「新しい物を生み出すということは、より多くの物を消費することでもあるわね。不死鳥が寿命で死ぬ事で世界が崩壊するかどうかはわからないけど、このまま向こうの世界を放置しておくことは危険ね。世界の再生スピードを超えた消費、つまり破壊が進めば、どのみち滅びるわ。」
「幻想郷はその世界が外部と完全に孤立した単一の世界ではない。向こうが滅べばこっちも滅びる。」
 紫、藍が交互に幽香に話して聞かせていたが、萃香は別の角度から切り込む。
「上白沢慧音はその時代の変化・・・いや、変化しないという変化に気付いており、紫の妹紅へのアプローチをそのことと関連づけてるのだと思う。」
 普段おちゃらけている萃香だが、彼女もまた賢者である。萃香の言葉は正に核心をついた。
「歴史は繰り返す・・・はずが、繰り返さない・・・。紫が妹紅の前に現れたのはその警告・・・と?」
 幽香がそう口にして紫を見やる。が、紫は薄い笑いを浮かべるだけで明確に返答しなかった。
「大きな戦争や災害は定期的に起きている。その点だけで見れば繰り返しているのだが・・・そのわりに人口は減らない・・・。」
 紫の返答を期待したが、口を開いたのは藍だった。
「先進的な国は発展の上限域に達して人口は下降線に向かっているけれど、代わりに未発達の国が台頭して人口と消費を増やしている。消費を落ち込ませて世界に回復の機会を与える隙間もなく、エネルギーは消費し続ける。精神的な革命の土台となる天変地異が起こらない事で人は精神的に成長しないままハイペースに消費し続ける事になる。精神的な革命によって生き方を変える事が出来れば、世界と調和するか新しい世界に進出するという選択も出来るけど・・・。」
 紫は向こうの世界を知っており、その状況を大まかに説明した。
「私達が思っている以上に向こうはやばい状況なの?」
「やばくはないわ。でも、それがかえって問題を先送りさせてしまう事になっているの。何せ人間の寿命は短いから、問題を先送り出来る時間的有余があるなら今という時間、生きていられる時間だけを優先し、後世の事などまったく考えない。向こうは今そんな状況ね。」
 一同から溜め息がもれる。
「歴史を知る慧音の目には、我々よりも状況が良く見えているのかもしれんなー。」
 萃香がぽつりと呟く。
「神主は向こうで何をしているの?」
 博麗神社の神主は現在向こうの世界にいる。そうした状況で神主が何をしているのか興味がある幽香。
「失われつつある博麗神社の信仰を集めるために、実に向こうの世界らしいやり方で信仰を集めているわ。幻想郷だけに限って言えば博麗神社の信仰はほぼゼロだけど、向こうにいる神主のお陰で信仰はかなり持ち直しているわね。」
「霊夢が何もしていないのに力が使えるのはそのためさ。」
 紫の言葉の後に藍が隣で寝ている霊夢に聞こえない様に声のトーンを低くして言う。
 それに気付いて幽香は霊夢が寝ている部屋の襖を見る。
「私や妹紅の目的を達成させるだけであるなら、誰にも気付かれずこっそりやればいいのだけれど・・・事を大げさにするのには幾つかの理由があるの。」
「霊夢のこと?」
 少し声のトーンを落とした紫の言葉に幽香が尋ねる。
「ええ。今まで霊夢の解決した異変はたくさんあったけれど、それはほとんど人間達には知られていないし、宣伝もしていない。」
「慧音が教えているようだけど・・・。」
「誰も眉唾と思って信じていないわ。でも、今回の起こす異変は否応なしに幻想郷全体の影響するわ。妹紅の起こす巨大な火の玉を霊夢が封印してみせれば霊夢の強いては博麗の復権は間違いないでしょう。」
「でも、そんな大事天狗が見逃さないでしょ?」
 紫と幽香の問答に藍が口をはさむ。
「実は、この大きな異変というのは天狗側から要請が来ている案件でもあるんだ。」
 意外な事実が判明する。
「天狗から?」
「天狗の社会も長い平和で歪みが出ているのよ。この要請は比良山様から来たものなんだけど・・・」
「比良山って確か吸血鬼戦争で鞍馬と幻想郷連合に協力してくれた?」
「ええ・・・比良山様によると鞍馬は天狗の社会に波風立てて変化を生もうと自ら汚れ役を買おうとしているらしいの。鞍馬は他の大天狗を幻想郷に呼び込んだ責任を感じているのか天狗社会全体に対して心を痛めているらしくてね。」
「比良山様は鞍馬山様と共に吸血鬼戦争の最前線で肩を並べた戦友だ。戦友が犠牲になるのを黙って見過ごすことができないのだろう。」
 八大天狗の内、六大天狗が幻想郷入りしている。その内、鞍馬山僧正坊と比良山次郎坊は吸血鬼が本拠地にした現在の紅魔館周辺地域に領地が近く、吸血鬼の脅威に直接さらされていた。
 この戦争で大きな被害を出した幻想郷連合軍は、当然この二大天狗も同じで、六大天狗の中では特に鞍馬山勢が著しく勢力が落ち込んでいる。その最も勢力のない鞍馬が幻想郷入りの手助けをしたということで六大天狗の筆頭格に挙げられている。
 大天狗同士はつまらない領地争いをする事はないが、その下の者はそうもいかない。一人の大天狗は一国の主であるため、妖怪の山は群雄割拠の状況でもある。
 ちなみに、射命丸家は鞍馬山の配下で、その高速飛行の特技で全国に散らばる大天狗同士の連絡役を努めていたため六大天狗すべてに顔が効く。人間の里周辺に現れる射命丸文が、鴉女天狗(からすめてんぐ)でありながら文屋になれたのは家柄のお陰である。天狗の社会での女性の地位は低く家柄がよくなければ到底つけない職業である。
 しかし、その特例によって文屋業界では爪弾きにされ、活動場所が妖怪の山ではなく、東の人間の里中心となってしまっている。この事実は幻想郷東部には伝わっていないので、東側の者は文についてはそれなりにすごい天狗という認識になっており、天狗といえば文と勘違いしているものも多い。


「鞍馬一人ならともかく、鞍馬に比良山様が荷担すれば、妖怪の山はかなり大規模な内乱状態になるかもしれないわね。」
「地形的に比良山領は妖怪の山の外にある。比良山の前に鞍馬山がある以上の戦力を鞍馬山に集結させれば守りやすい。仮に4対2になっても籠城戦なら互角に渡り合えるだろう。」
「比良山様はそうならないように、別の場所に波風をたてられないかと言ってきたのよ。」
 紫と藍は天狗側の事情を説明をする。
「納得できないわね・・・それじゃー妹紅が一人悪者になるじゃない?」
 妹紅が幻想郷に被害を出す恐れのある自爆をし、霊夢がそれを押さえ、天狗までグルになっているということは、妹紅一人が悪者になってしまう。これには納得がいかない幽香である。
「だから、そうならないようにこれからシナリオを作ろうとしていたのよ。」
「今日はまず、妹紅にその約束を取り付ける目的で会おうとしていただけだったんだがな・・・。」
 紫と藍が同時にはぁと溜め息をつく。そう、今日はあくまでも妹紅と紫との間で話し合いを行うだけであった。
「妹紅はきっと自分一人悪者になって収まるなら、その役目喜んで引き受けるだろうな。」
 萃香は妹紅の人となりを見てそう予言する。
 妹紅の交友関係は非常に狭く、実質慧音だけといえる。悪者に仕立てる上では都合が良いとも言える。
「妹紅を悪者にしないというなら、誰を悪者にするの?それとも、誰も悪者にしない?」
「そこが悩ましいところなのよね・・・誰かを悪者にするなら吸血鬼で決まりなのだけど・・・。」
「あんた、まだ根に持ってるの?」
「幽香達以外の幻想郷のほとんどは吸血鬼に対して良いイメージなんてもってないわ。」
 幻想郷が隔離され移住が始まった当初に起こった約500年前の吸血鬼戦争は幻想郷全体を巻き込む大規模な戦争となり、一時、幻想郷連合軍は吸血鬼勢に敗北寸前まで追い込まれた時期があった。
 その戦況を挽回するきっかけを作ったのが、吸血鬼勢の中の権力闘争に敗れ粛正から逃れた一部の吸血鬼の血族を味方にした幽香であり、今でも幽香の配下には吸血鬼がいる。
 この戦争にかろうじて勝利した幻想郷側は吸血鬼に対して厳罰を持って挑み、特に戦争の首謀者である王家は完全にこの世から消そうといていた。
 吸血鬼戦争における幻想郷東部連合の大将であった魅魔の計らいで分家筋の王女姉妹の助命が、ほとぼりが冷めるまで500年の冬眠、強力な力を得られないようにするための永遠の子供の呪い、更に幻想郷追放という重い罰と引き替えに叶う。
 そしてさらに敗走し闇に紛れ込んだ吸血鬼達は指名手配されるなど幻想郷では吸血鬼の廃絶がすすめられていた。


「レミリア・スカーレットには運命を操る能力があるわ。あれはとても危険な能力よ。排除できるなら異変のどさくさに紛れてやってしまったほうがいいわ。」
 レミリア・スカーレットを異変の首謀者にすることは簡単である。運命を操作したと濡れ衣を着せれば、元々吸血鬼に対してネガティブな幻想郷の住民は、今度こそ王家の廃絶に全力で乗り出すだろう。
 しかし、その余波は幽香に従う吸血鬼の血族にも及ぶおそれがある。紫としてはくるみ達、親幻想郷派を巻き込みたくはない。
「魅魔がいればそんなこと許さないでしょうね。」
 幽香は吐き捨てるように紫の考えを否定する。
「・・・確かに、魅魔がいればもっと良い方法を考えてくれたでしょうね・・・でも、魅魔はいないのよ?」
「ったく!そもそも隙間爆弾なんての作らなければよかったのよ!」
「はぁ?負け犬にでもなれっていうの?」
「不死鳥を自爆させるか、爆弾を消去させるか、どっちか一つにしなさいよ!」
「そんなのめんどくさいでしょーが!一石二鳥よ!」
「二兎追うものは一兎も得ずってね!」
 紫と幽香の間に険悪な空気が漂うが、このメンバーで酒を飲めばいつもこの二人は喧嘩をする。いつものことである。
 藍も萃香も二人を止めようともせず、むしろ関わりあって怪我をしたくないのか他人事を決め込む。
「誰も傷つかない方法はないものかのー。」
 そんな二人を尻目に萃香はごろりとその場に仰向けになると、そう呟いた。


 一つは、不死鳥の転生。一つは、隙間爆弾の消去。一つは、天狗の要請。幾つかの要因が重なり合っている。
 レミリア・スカーレットの暗殺とも言える紫の発言だが、これは本気ではないだろう。しかし、そのレミリア・スカーレットの運命を操る力があれば、封印した隙間爆弾を機動させてしまう可能性もゼロではない。その可能性をゼロにするには、爆弾そのものをこの世から消し去るか、レミリア・スカーレットを抹殺するしかない。
 吸血鬼が成人になれば肉体的な強さは幻想郷でもトップレベルになる。それを恐れて成人にさせない呪いをかけた。しかし、レミリア・スカーレットの力は年齢にまったく依存しないのだ。むしろ子供であることが、冷静な判断をさせず感情に任せて運命をこじらせるかもしれない。
 運命がそう簡単にいじりまわせるものではないにせよ、危険な要素は利用されないように極力この世から消した方がよい。不死鳥の自爆による巨大な力はそれを行うのに最も都合がよいのである。


「で?その隙間爆弾はどこにあるのよ?」
「え?・・・それは・・・。」
「もう!カンベンしてよ・・・。」
 自分でも手の届かない場所に封印してしまい、しかも千年も前のことですっかり忘れている事に今ようやく気づいた紫。
「こ、これは・・・運命を使うしかないわね・・・。」


 妹紅との紫の間にそれぞれの思惑があるにせよ、同じ目的を共有する共犯関係が成立した。
 後は、その異変をどう演出するかである。
 その後、運命がこじれ、状況が二点三点するが、現時点では知りようがなかった。