東方不死死 第15章 「蓬莱の薬」
白地に墨絵で描かれた世界が目の前の藍ごと砕け散ると、その破片が光りの粒となって妹紅になだれ込んでくる。
雷に打たれたように立ったまま全身が痙攣し、頭の中に膨大な知識が濁流となってなだれ込む。
その膨大な知識は妹紅という体を通過しているに過ぎず、イメージだけが脳裏を過ぎるだけであった。
しかし、その通過していく知識は妹紅に大きな影響を与え、妹紅の脳は焼き切れるような激しい思考の波に侵される。
考える必要がないのに、自分の意志とは関係なく誰かに強制的に脳を動かされている。そんな状態であった。
どれくらいそうした時間が過ぎたか分からないが、痙攣が止み何かが自分の身体に吸収されたと漠然と理解できた。
「これで終わりなのか・・・まさかね・・・。」
こんなものでは済まないと思っていた妹紅だったが、確かに藍が自分の中に入ったという実感がある。
数千年苦しむ可能性があるなどというのはウソだったのだろうか・・・。それとも、一瞬に思えたこの時間で既にそれだけの年月が過ぎてしまっているのだろうか。
妹紅は両手を交互に見つめながら自分の身に何か変化が起こったかを確かめる。どこも変化は見られない。
しかし、見つめた手から視線を戻した時だった。突然不快な嘔吐感に襲われる。
「来た!拒絶反応だ・・・。」
妹紅は今からが始まりであり、これからが地獄だと思った矢先、込み上げる嘔吐感に絶えきれず四つんばいになって胃の中の物をはき出す。今日は何も食べていなかったので、透明で酸味のある液体しか出てこない。
全身に鳥肌が立ち悪寒がしたかと思うと一瞬で全身が沸騰するかのように熱くなり妹紅の体が風船の様に膨張する。
あっと言う間の出来事だった。妹紅の肉体は破裂し粉々に砕け散ってしまった。
体内に入った異物を浄化処理しようとして失敗した蓬莱の薬が、藍という異物を肉体の外へ強制的に追い出す為の反応だと思われたが、なんとも乱暴なやり方だ。
妹紅は吐き気などの苦痛が長時間続く薬物の禁断症状のようなものを予想していたが、そんな簡単な事では済まないのだと自分の認識の甘さを悔やみ、藍の脅しにも似た危険の提唱は事実だったと理解した。
すぐに再生が始まり文字通り霧散した肉体が再構築される。
破裂した肉体は塵と消え、その破裂の中心に妹紅という形となって再構築されたが、妹紅の中に入り込んだ光りの粒子は霧散した妹紅の肉体と共に外側に取り残され、放射状にそのまま空中に漂っている。
身体が戻った妹紅は落ちるように自然に四つんばいに倒れ込むと大きく息を吐き出す。
そして間髪入れず光りの粒子がまた妹紅になだれ込み、先程の様に雷に打たれたように痙攣を始める。
妹紅は頭の中でちょっと待ってくれと誰かに頼みたい衝動にかられるが、なだれ込む藍の知識にそれも叶わずひたすら脳が勝手に沸騰する。
これを成功するまで機械的に繰り返すのか?拒絶反応が凄まじく、成功する可能性などゼロではないのだろうかと、改めて分が悪い賭けだと思い知らされる。
「くそ!不死身だからといって・・・ぐあああああ!」
連続して行われる一連の拒絶反応。妹紅に何かを自由に出来る時間は全く存在していなかった。
肉体的には自爆だけに見えるが、藍を構成する膨大な情報がそのつど出たり入ったりを繰り返す。再構築されると体はベストなコンディションになってしまうため肉体的な疲労はないが、精神的な苦痛そのまま蓄積され脳の疲労は想像を絶するものだった。
気を失いそうになりながらも藍の為と踏ん張りながら絶え続ける妹紅。
そうやって何百、いや何千、何万という繰り返しの中で肉体の機能に若干の変化が生じている事に気づく。
耳が聞こえない。他の場所にもなんらかの影響は出ていると思われるがこの状況で自覚出来たのは聴覚障害だけだった。
いつそうなったかは覚えていない。しかし、気付いたらそうなっていた。
肉体的な損傷が戻らないのは、つまり、肉体と魂の結束が弱くなっているということではないか?だとしたらこのまま続けていけばいずれ無限と思われていた蓬莱の薬の力が尽きるのではないか?行き着く先は死か?背筋が凍る妹紅。
気を失っては痛みで無理矢理目を覚まさせられるという繰り返しが続き、心身ともにボロ雑巾のようになる妹紅。
さらにこれを数万回と繰り返すうちに、何も聞こえなくなったはずの妹紅の耳に何故か声が聞こえてくる。声というより悲鳴だ・・・。
藍の声だろうか?いや、これは藍の声ではない。一人ではなく複数にも聞こえてくる。
「(なんだ?助けてくれ・・・だと?私の声か?いや、ちがう・・・誰の声だ?)」
助けを求める声は脳に直接響いてくるようだった。
「(お前は誰だ?)」
「(痛い!助けてくれ!)」
「(何でこんな目にあわなければいけないんだ!)」
「(怖い!助けて!)」
様々な声が全身のあちこちから聞こえて来るようだった。
「(誰なんだ?)」
「(私はお前だ!)」
「(お前だ!)」
「(お前だよ!)」
妹紅は唐突に理解した。
この声は蓬莱の薬の声だ。
蓬莱の薬は体内に存在し続けている生き物だが薬だから意志はない。しかし、藍の介入がその性質を変化させているのかもしれない。何万回と繰り返すこの破壊と再生によって蓬莱の薬もダメージを負って力が弱くなっているのだろう。
原理は理解できない。この声は恐らく幻聴に違いない。しかし、それが空耳であっても一旦妹紅に薬の声だという認識が生まれると、その考えを否定する事ができなくなってくる。
妹紅は涙が出た。
「そうか、そうだったのか・・・私の命が一回失われる毎に、お前等は辛い思いをしていたのか・・・。」
死なない体を手に入れた妹紅は、死のうとして何度も体を殺し続けてきた。不死身の身体を利用して自爆も何度もやってきた。その度に蓬莱の薬は体の中で泣き叫んでいたのだ。
自分自身を殺す。それは殺人だ。例え自分の身体であっても軽はずみでやるべきではないのだ。
巨大な業を背負い化け物となり藍からもらったリボンがなければ人間として維持出来ない身になった。それは不死鳥に操られ何十万という人間を殺してきたせいであり、けれど、それは自分の意志ではない。だから自分は悪くないと思ってきた。
何て事はない、自殺という罪を自ら犯し続けてきた文字通り自業自得だったのだ・・・。
蓬莱の薬を奪い飲んだ罪を未だに引きずっていながら、何故自分自身の命を奪う罪を責めなかったのか。
生き返るのは蓬莱の薬のせいだから、それは自分の罪ではない。本当は死にたいのに死なせてくれない。生き返らす薬が悪いという責任転嫁。そうやって罪から逃れ何も反省していなかった。
妹紅は今まで殺し続けてきた自分の体に謝罪した。許されるかどうかの問題ではなく、ただひたすら謝りたかった。
妹紅は肉体が破壊されるごとに自分自身を「すまない、許せ!」と念仏のように唱えた。
どれだけの時間そうしていただろう。明らかに再生から破壊までの時間が長くなっていた。この様なデタラメな破壊と再生を繰り返せば、生きているものであればどこかに不具合が生じる。蓬莱の薬という人知の及ばない存在にも限界があるということだろう。
考えてみれば当たり前なのかもしれない。不変などありえない。
絶対などというものはない。どこかに抜け道がある。無ければ風穴を開けてしまえばいい。
蓬莱の薬の対となる黄泉の薬の効果、魂と肉体の隔絶する力もクローンを使いオリジナルという概念を消して終えば元に戻す事も出来る。
蓬莱の薬は魂と肉体を強制的に繋ぐ力がある。これは薬が記憶した肉体の情報を元に肉体の変化を察知してすぐに修復するという力だ。生命が維持出来なくなる、つまり修復が出来ない状況になったときは、最初から作り直す。これが不死身の身体の正体である。
藍が蓬莱の薬に直接アクセスする場合、薬との間で藍に対して直に拒絶反応が起こってしまう。仮にその反応で藍が排除されればそれで終わりである。しかし、妹紅という不死身の肉体を踏み台にすれば破壊されるのは妹紅の肉体だけに留める事が出来る。
蓬莱の薬に意志があれば、あるいは説得出来たかもしれない。しかし薬はただ決められた法則に従い頑なに再生作業を行う。
蓬莱の薬とはつまり麻薬だ。それらは有害物質として肉体は拒絶するが、この状態が長く続くとそれが通常と肉体が誤認してしまう。つまり中毒ということだ。妹紅は文字通り蓬莱の薬の中毒状態なのだ。
この中毒状態を直すためには、それ以上薬を体に置かないことである。しかし、中毒状態が常態と体が認識していれば、肉体はその薬が排除される事を拒絶する。そして蓬莱の薬の反応は通常の麻薬と違い猛烈に変化を嫌い、それらの動きを察知した途端に排除してしまい、排除出来ない場合は肉体を破壊してリセットしてしまう。
これ程までに強力な中毒症状を改善もしくは変質させるには、体に付け入る隙を作る必要がある。その為の連続肉体爆破である。
この一連の肉体破壊活動は肉体と薬の分離するわずかな時間を継続して引き起こす事を意味し、その状態を常態と肉体に刷り込ませていくという事だろう。
肉体が破壊されるまでだいぶ時間がかかるようになってきた。蓬莱の薬に対し何かをするためには少しでもこの状態を長びかせる必要がある。
妹紅は肉体が爆発する力が弱まったのを見て、内側から膨張する破壊の力に対して、全身に力を込めてその爆発を抑えようと試みる。
それは、まさに地獄の苦しみだった。
内側から内臓や骨格が破壊される激痛に絶えながらそれを押さえ込む。抑えれば抑える程、時間を引き延ばせば延ばすほど激痛が全身を襲う。
外へ向かう圧力は押さえ込まれ、肉体の柔らかい方向へと力はその出口を求める。口、鼻、耳、更には下の方までそれは及ぶ。
妹紅は必死に堪えながら、さらにそれを数百、数千と繰り返す。再生速度が極端に弱まり妹紅は生傷が癒えぬまま全身血みどろになって激痛を耐えた。失神することすら許されない。地獄ですらこのような拷問はしないだろうという痛みに耐え続けた。
もう少しで抑えられる。
もう、このような残酷な死を繰り返す事に絶えられない。体の内側で泣き叫ぶ蓬莱の薬をもう休ませてやりたいという思いが芽生える。
自分はどうなっても構わない。この酷い連鎖を少しでも早く終わらせてやりたい。
妹紅は、激痛に耐えながら雄叫びを上げ、今まで土下座するように地に額を擦り合わせていた体を持ち上げると、膝立ちしてそのまま腰を上げた。
落ちてくる大岩を受け止め空に放り返すように重力に逆らって上へ上へと体を持ち上げる。
膨張する体をねじ伏せ、体を直立させたと同時に妹紅の体は砕けた。
しかし、先程までの肉体が完全に霧散するような爆発ではなく、肢体が千切れ肉片が周囲に散乱するだけに留まっていた。
爆発を抑える動きは半分は成功した。
妹紅は体がバラバラになった痛みに絶えながら、再生が始まらない自分の身体に恐怖した。
肉体が命を支えられない程の損傷を受けるとそこでリザレクション、つまり再構築し、肉体が単なる損傷だけなら再生が行われるが、今はそのどちらも起こらない。
今現在の妹紅の傷は内臓の一部も破損し、周囲が血の海の状態。通常なら意識を失う重体で、しかもあと数分の命といったところである。
妹紅の脳裏に死が過ぎる。
「私は・・・死ぬのか・・・。」
妹紅は声に出してそう言ったと思っているが、ほとんど声になっていなかった。
何故こんなことをしたのか自分でもわからなかった。ただ終わらせたい一心で爆発を堪えたのだ。やりかたを間違えたのだろうか?妹紅は弱気になってしまう。
うつぶせになった状態で血溜まりに顔を横に向けている妹紅は、その先に自分の左右どちらかの腕があるのが見えた。
不思議だ。今まで肉体がバラバラになってもそれを気に留めたこともなかった。しかし、かすんでいく視界の中に自分の肉体の一部を見た時、それがとても掛け替えのないもののように思えた。
妹紅は動かない体を必死で動かそうとした。元の位置に戻せばくっついて治るはずだと本気で考えた。
今まで何度も死にたいと思っていた妹紅だったが、今は生きたいという絶叫に近い衝動に駆られていた。
「(・・・ここで終わり・・・なのか?)」
妹紅はもう動かない体に絶望感が込み上げる。
藍にも蓬莱の薬にも申し訳ないという気持ちで一杯になる。体を貸すと藍に豪語しておきながらこの体たらくである。妹紅は何度も何度も心の中で謝った。
もう終わりだと妹紅は諦めかけたその時だった。聞き覚えのある声が自分を呼んだ気がして、ハッとなって視線を変えた。
かすんでよく見えない視線の先、自分の腕より更に向こうに誰かが立っているのが見えた様な気がした。
「ら・・・ん・・・か?」
妹紅は最後の力を振り絞り、その影のシルエットの持ち主の名前を口にした。
その時、妹紅の中で何かが閃いた。
妹紅の褪せた目に再び光りが宿る。
「藍、この体を繋げ!」
かすれた声でそう叫ぶ妹紅。
妹紅は藍の繋ぐ能力を思い出した。バラバラになった肉体を瞬時に戻したあの力を。
妹紅の声に反応するかのように散らばった肉体の各部位が逆再生のように胴体に戻り、同じく飛散した血液も自分の中に戻り再び循環を始める。
「出来た!」
一瞬で傷が癒えた妹紅は立ち上がって思わずそう叫んだ。
蓬莱の薬が弱まった事で藍の力が前に出ていると思い、ならばその力を行使出来ないかと、あのかすかに見えた藍の幻を見て咄嗟に思いついたアイデアだった。
「藍?藍?どこだ?」
妹紅は周囲を見渡して藍の姿を探したが暗闇と静寂だけがそこにあった。
妹紅は少し肩を落とし落胆の仕草をとったが、すぐに気を取り直し顔を上げ藍に感謝の意を表す。
藍がリボンに命を繋ぎ止めたアイデアは、死ぬ間際の妹紅の呼びかけを聞いたからだと藍は言った。
妹紅はその藍の声で自らの命を取り留めるアイデアを思いついた。
「・・・ありがとう・・・藍。」
確かに受け取った。忘れていた命の有り難さを・・・。
妹紅はその後すぐに仰向けに寝ころび何も見えない天を見上げる。
蓬莱の薬の力が極端に弱くなっている。早く回復させなければならない。
「今度は私が助けてやる番だな・・・。」
藍の力を手にいれたとするなら、肉体を自在に再構築できるということである。それはつまり、新たな不死身の力を手に入れたと言うことであり、蓬莱の薬から開放されたといえる。
しかし、今の妹紅にとって蓬莱の薬は、長年付き添った仲間であり友であり家族であるという認識が生まれていた。
具体的にどうすれば助けられるかは分からなかったが、体の中にいる存在であるなら、宿主となる本体からエネルギーを吸い出すなどして回復を図ると思われる。
今の自分に出来る最大の事は、体を休め体力を回復させることだと妹紅は判断した。
妹紅は目を瞑った。このまま睡眠を取るのもいいだろうが、今は興奮していてすぐに眠れそうにはなかった。
何もしていないと余計な事を考えてしまう。
ふと背中に違和感を感じる妹紅。髪の毛を背中にしてその上に寝ている状態だが、いつもより髪の毛が邪魔に感じる。
身体の大きさに比べ髪の毛のボリュームが多い妹紅であるが、以前に増して髪の毛の量が増えている事に気づく。
頭部を中心に放射状に髪の毛が拡がっているが、右手のそばにある髪の毛の束をとり自分の顔の近くに持ってくる。
「ずいぶん伸びたわね・・・。」
前髪以外特に切りそろえているわけではない。地面につく辺りは自然にこすれてそれ以上長くはならないのでそのままにしている。
この場所に来てからどのくらい時間が経ったのか見当もつかないが、髪の毛の長さが時間の経過を物語っている。
とりあえず、肉体の苦痛は抜けた。蓬莱の薬が復活すればまた同じ事の繰り返しになるかもしれないが、恐らくそうはならないだろうという漠然とした確信がある。
藍の力が使えたが、たまたまかもしれないし、この世界限定のことかもしれない。
「・・・かもしれない・・・か。」
いくら確信があっても、結局それは可能性でしかない。確かなものが何もない。
それにしても、何もかも解らない世界であるにもかかわらず何故こんなにも落ち着いていられるのだろうか・・・。
「藍・・・。」
どうしてこんなにも藍を想うのか・・・。理屈ではない何かがそう思わせているのだろう。そしてその藍の存在が身近にあることで、妹紅の精神の安定が図られていると考える。
本当に何も支えがない孤独の状態で、人は耐え続ける事が出来るのだろうか。さっきも最後は自分ではなく誰かの為と、それが力になったのである。
創主は理屈に合わない事はどう解決していったのだろうか?妹紅はふと孤独という言葉から創主という存在を連想してしまう。月を創ったという創主は、孤独だからそうしたのだろうと妹紅は漠然と考える。孤独ではなく幸福なら、そんな世界を創ろうとは想わないのではないか。
何も考えずとも全て計算通りにいく存在だったのかもしれない。だから意外性というものに興味を持ったのだろう。
頭の中がすっきりと冴え渡り様々な思考が連鎖して膨れあがっていく。しかし、その膨大な思考の波に脳も疲れ果て、やがて妹紅は睡魔に抗えず闇に落ちた。
どれくらい時間が経ったかは解らない。
妹紅が目を覚ましたのは、とてつもない乾きによる不快感からである。
「ここは?」
目を開けるとそこは相変わらず何もない空間であったが、夜が明けたように周囲は明るく感じた。
暑いわけではないが異様に喉が渇く。
腕を上げようとしたが、身体が鉛のように重く、力を込めてようやく肘を曲げることに成功した。
「!」
視線の先に自分の右手を見た時妹紅はその目を疑う。
「なんだこれは・・・?」
喉がカラカラに乾いているため、声を出しているつもりだがまったく出ていない。
妹紅の視界にある右腕はミイラのように干からびていた。
「まいったわね・・・。」
腕を下ろし文字通り天を仰ぎ見た妹紅は、この猛烈な乾きの意味を考えた。
肉体が変化して弱っているにもかかわらず再生活動は行われていないということは、蓬莱の薬はまだその力を取り戻しているわけではないということは判断出来る。しかし、ミイラの様に干からびている状態にもかかわらず命を繋いでいるということは微弱ながら薬の効能が出ているという証だろう。藍の力を使おうにも体は一応全部繋がっているようだ。
「まー焦らずゆっくりでいいさ・・・。」
そうは言うものの、この異常な乾きの感覚は、肉体を痛めつけられるのとは別の次元の辛さがある。
妹紅はそうした乾きと戦いながら無限ともいえる終わり無き時間を過ごした。
ある時急に身体が楽になって思わず腕を上げた。そしてギョッとする。
上げた左腕が完全に白骨化しており、しかも上げた瞬間に手首から先が砂の様に崩れ落ちたのだ。
「うわぁ!」
妹紅は思わず声を上げたが、頭も白骨化しており当然声は出ない。そればかりか口が開いた事で顎が崩れ落ち砕け散る。
「どうしよう・・・。」
非常に危険な状態にもかかわらず、やはり妹紅は落ち着いていた。
肉体が究極に脆くなっていたが、自分の意志で動かすことが出来た。風化したような肉体と連動しているということは生きているのだろう。
数千年砂漠で放置された様な妹紅の姿。
「まさかミイラになるとはなー・・・。」
目が見えることは眼球は大丈夫なんだろうか?まるで他人事の様に冷静に分析する妹紅だが、霊体のようになってこのミイラに癒着しているだけなのだろうと断定する。
「寝るか・・・。」
怖いものなしの妹紅は諦めて寝ることにした。
さらにどれくらいの時間が経ったのだろうか。妹紅はまた不快感で目を覚ました。
咄嗟に腕を上げようとしたが、今度は全く身体が動かなかった。
「・・・寒い。」
妹紅を起こした不快感は猛烈な寒さであった。
吹雪に置き去りにされて凍えているような状態である。そして、妹紅はこの感覚に見覚えがあった。
肉体と精神を分離させる幽体離脱の術があるが、人間であれば特殊な薬で仮死状態にして幽体離脱するわけだが、妹紅の場合、状態を変化させる薬が効かないので、岩老刀を心臓に突き刺し強制的に肉体と魂を分離させ精神を自由にして相手の内側に潜り込むという方法を幽体離脱の代用としていた。
しかし、この妹紅のアレンジは肉体と魂を強制的に分離してしまうため、その間肉体は仮死状態ではなく完全に死亡している状態になる。そして、その作業をしている間にどんどん死後硬直してしまうのである。
5分程の実験で肉体に戻った妹紅は身体が冷たく固くなっていることに気付き、熱を加えて戻そうとしたものの中々元に戻らなかったという経験がある。
原因は引き離した魂が既に死後硬直にしている状態の身体に戻った事で、これを常態と誤認してしまい、この状態を維持しようという作用が働いた為である。
陽光などの自然熱は蓬莱の薬からも悪とみなされなかったため、そのまま数年かけて人間の平熱に戻す事は成功し事なきを得たが、完全に肉体が死んで冷たくなっていたら生きながら身動きが出来ない事実上死んでいる状態のままだったかもしれない。戻すにしても数百、数千年の時間が必要かもしれない。そうなると、どこかに安置して穴にでも埋め、数千年後に発掘されるという事態になるかもしれない。それはそれで面白そうだと思う妹紅。
妹紅は今置かれている状態がその時の状態を更に悪化させた状態、つまり数千年後に発掘されるレベルに思えたのである。
「困ったな・・・。」
眼球も上手く動かせないが、限りある視界の情報から干からびた肉体は無事に元に戻っているようである。
「でも・・・。」
昔の失敗の時とは違う感覚があった。身体の表面がほんのり温かく、熱が外側から内側に少しずつ浸透していく感覚があった。
妹紅はなぜそのようになったかを考えていた。風化した肉体からこのような形に戻った経緯がまったくわからないが、蓬莱の薬がある時期から復活し身体を元に戻したということだろうか?
この感覚に見覚えがあるが、これは肉体と魂が分離した事で起こった現象である。ということは、知らない間に妹紅の肉体と魂は離れていたということだ。
「うーん。」
頭の中は相変わらず冴えている。これは明らかに肉体だけに起こっている問題だ。
「つまり、蓬莱の薬とは別の力で肉体が作り替えられたということか・・・。」
あの風化現象は古い肉体情報を破棄処分していたということなのだろうか。
蓬莱の薬は肉体と魂を強力に繋げる作用がある。そう簡単に別の肉体に引き継げるようなものではないだろう。出来るとすれば・・・。
「藍の介入か・・・。」
藍が蓬莱の薬と同化し、蓬莱の薬の本質が変化したことで、融通が利くようになったのかもしれない。というよりそれしか考えられない。
「元の私の肉体は蓬莱の薬用に最適化されていた。その古い肉体は破棄され、藍と結合した新しい蓬莱の薬に合うように肉体を最調整し直していた。という事かな・・・。」
新しい蓬莱の薬に最適化された肉体が完成したものの魂や精神などの中身が一時的に離れていたので、体温がほとんどない状態になってしまった。そこに中身が戻ったので今の凍えた状態が平熱として扱われているということだろう。
急激に変化させようとすると蓬莱の薬は瞬間的に反応するが、自然に身を任せることで変化を認識させないようには出来る。熱を取り戻すという作業は薬にとっても決して害悪ではない。ただ急な加熱は火傷という怪我を生じさせ、体にとって害悪と見なされる。
おとなしく熱が戻るまでこのまま待つしかない。
散々痛めつけ弱った蓬莱の薬を助けるという形で藍は薬に浸透した。そして蓬莱の薬は生まれ変わった。
兎にも角にもうまくいったと言うことだろう。
「・・・。」
しかし、こうなると自然に平熱に戻るまで待たなければならない。完全に冷え切っている為、戻るまで数年どころのはなしではないだろう。100年?いやもっとかかるだろうか。
「はぁ~。」
妹紅は動かない体の中で溜め息をつく。しかし、もう少しで終わるという見通しが立つ。体温が人間の平熱に戻りさえすれば自由に動くことが出来る。
「藍もこれで生き続ける事が出来る。蓬莱の薬も・・・。」
こんなに嬉しい事はない。
身体の表面がほんのりと温かく、日向ぼっこをしている感じだ。
妹紅は心地よい気分になりいつのまにか眠ってしまった。
また、どれくらいの時間が経ったのかわからないが、妹紅は再び目を覚ます。
唐突に目が覚めそのまま勢いで上半身を起こす。
今回はこれまでの様に肉体的な変調はなく、そのまますんなり飛び起きる事が出来た。
上半身だけ起こした妹紅はそのまま自分の両手を見る。特に変わった感じはしない。
肉体的な変化はいまのところないようだが、明らかに変わっている部分がある。髪の毛だ。
「これは・・・。」
妹紅は髪の毛は前髪以外は時に切りそろえておらず、あとはそのまま伸び放題にしている。視界を遮りそうな横髪は小さなリボンで束ねて後ろに流し、後ろ髪は藍に貰ったリボンで纏めてから自然に髪の毛のなりたいようにさせておく。
地面にまで届く髪の毛は普通に生活しているうちに擦れてすり減りそれ以上は伸びない。
不死身で肉体的な変化が起こらない妹紅だが、髪の毛は勝手に伸びる。どうせなら髪の毛もそのまま維持できればいいが、そううまくはいかないらしい。
髪の毛は死後も伸び続けるというように、肉体とは独立した成長の仕組みがあるようだ。
妹紅は自分の異様に伸びた髪の毛をなでながら、立ち上がり髪の毛の全体像を見る。
自分を中心に座敷一杯に髪の毛が拡がり、先端部がどこかまったくわからなかった。そして、全体を見てここが博麗神社の母屋だということがわかった。
母屋とはいっても藍が作った世界の母屋で縁側に3人の妖怪が絵のように存在したまま最初と変わらない。霊夢と紫、そして自分の存在も確認できたが、相変わらず霊夢の顔がへのへのもへじだった。
「還ってきたんだな・・・。」
どのくらいの時間をこちら側で過ごしてきたのだろうか?これがお伽話なら向こうの世界に戻るとそれだけの時間のツケが還ってきて年老いて死ぬというのが定番というところだろう。
座敷中に拡がる自分の髪の毛も気になるが、向こうの世界に戻るにはどうすればいいのか妹紅にはわからないことが最も大きな気掛かりである。世界を作った本人に聞きたいがところだが、心の中でどう念じてもその答えは返ってこない。
もしかしたら置き手紙でもあるのかと思い畳を上を探そうとして自分の髪の毛の草原をかき分ける。
大量の髪の毛が邪魔で、埒があかないと、妹紅は首の後ろで髪の毛を両手で束ねそこから焼き切る。
髪の毛を焼く独特で不快な臭いがする。
「・・・切ったはいいけど、どこに捨てようかしら・・・。」
部屋一面の髪の毛の処分に困った妹紅は、髪の毛は妖術の触媒として使えるので一部を三つ編みのように編み込んで1本の太い紐にしてそれを腹に巻く。そして、髪の毛の一部を束ねていた小さいリボンを髪の毛の草原から探して拾い集め、残りの髪を縁側に捨てる。
藍から貰った大きなリボンがいくら探しても見つからず困惑したが、絵になっている自分を見た時、その姿にリボンが見て取れたので、向こうの世界にもどれば返ってくると思い捜索をやめる。
「でも、変ね・・・。」
綺麗になった部屋を縁側から見渡しながら、リボンがないのに変化が起きない自分を不思議に思う妹紅。
気を取り直し、妹紅は部屋に何か藍の痕跡がないか見渡したがそれらしいものは見つからなかった。
縁側の妖怪達のそばに寄った妹紅はしばらくその下手な絵になってしまった彼らの姿をぼーっと眺める。
「どうしよう・・・。」
ここでまた長い時間を過ごさなければならないのかと思うとさすがに青ざめる。
縁側に足を投げ出してそのまま仰向けに寝ころび天を仰ぐ。天井の造形も適当ではあるが線で描かれているのに気付く。
空気の流れも匂いも肌触りもない。ここには自分一人しか居らず、自分を客観的に判断出来る基準が存在しない。
苦痛と乾き、そして凍え。先程までいた向こうの世界では、自分を相対的に見れる他者の存在があった。蓬莱の薬や藍だ。しかし、完全に妹紅の身体となったそれらは、もはや自分を相対的に比べる他者にはなっていなかった。
誰もいない一人の世界は寂しい。孤独が好きだと妹紅は思っていたが、その孤独は常に自分の存在を決定付ける他者があったからであり、大勢がいいか一人がいいかという選択肢を選んでいるに過ぎなかった。
選択肢のない孤独は孤独とは言わない。この状態が特殊なのではなく基準なのだから、孤独という概念もないのだ。
しかし、記憶というものの中にその価値基準は存在する。それと相対させて今の状況を孤独と判断できる。
妹紅はとりとめもなくそんな事を考えていたが、月を創造する時に好きな仕組みを選べるとしたらどんな世界がいいかと藍と話をしたことを思い出した。
今いるこの場所は自分が作った世界ではないが、自分が望むならどんな世界がいいだろうか?
「お腹が減る世界の方が・・・いいわよね。」
その時、ぐぐぅーっと妹紅の腹の虫が鳴る。不死身ではあるが腹は減る妹紅にとって空腹感は当たり前に存在する生存の為の生理現象だが、空腹を満たさなくても死ぬことはないので我慢出来るし空腹には慣れている。
でも、自分が一人の人間であるなら、体の為にもちゃんと食べてやらないとダメだとも思い始めている自分がいる。
それにしても、そう願った時に、いいタイミングでお腹が鳴ったので思わず吹き出した。
「そういえば・・・。」
妹紅の肉体がバラバラになったまま、戻らなくなった時、藍の事を思い出して身体を繋げと命じたらそうなったことを思い出した。
「あれって、どんな仕組みでそうなったのかしら?」
念じれば藍の力が行使できるというなら、戻れと念じれば戻れるかもしれない。
妹紅は寝ころんで天井を仰ぎ見ていた上半身を起こすとあぐらを組んで手を合わせ、目をぎゅっと瞑って叫んだ。
「戻れ!」
妹紅は固く目を閉じ、身体も硬直した状態で暫く感覚だけで周囲を伺った。
「・・・はっ!」
息を止めていた口をバッと開いて息を吐き出すと同時に目もカッと開く。
「・・・ダメか。」
周囲の様子は何も変わらずそのままだった。
妹紅はまた寝ころんでさっきと同じ姿勢になる。
「藍の力とは関係なかったか・・・。」
藍の力の源となる魂は紫に戻された。正確に言うと戻る直前にこの世界が藍の力によって作られた。つまりこの世界を作り出している藍の力はまだ紫には届いていない。
しかし、藍の力はまだこちら側にあるが、その力は使えない。存在するが妹紅からは行使出来ないのだ。
「でも、それなら何故、あの時身体が戻ったのかしら・・・。」
妹紅は考え込んだ。
あれは命令に応じて藍が行ったわけではないのか?では自分の意志?
「!」
妹紅はあることに気付いてまた上半身を持ち上げた。
「あれは私がやったんだ・・・。」
身体が再生しなくなった時、蓬莱の薬は蓬莱の薬では無くなった。あの時は既に藍がプラスされた別の薬になっていたのだ。
変質した蓬莱の薬は今までの自分の意志とは関係なく発動する自動再生ではなく、自分の意志で自由自在に再生できるようになったのではないか?
藍が自分の意志で肉体を任意に修復したように、妹紅も傷や病気は任意に回復させるようになったのではないか?
とても重要な事だ。これがもし事実で、その事実に気が付かなかったら自分の意志で生き返る事を知らずにそのまま死体のまま生き続ける事になるかもしれない。
妹紅は今まで傷の回復や蘇生に対して特に考えたり念じたりはしていなかった。呼吸するのに一々横隔膜に命令をしないのと同じように再生もほぼ無意識だった。
「・・・試してみるか・・・。」
妹紅は傷を付ける刃物のようなものを探したがここに岩老刀はない。絵の妹紅が岩老刀と思しきものを持っているように見える。確かではないのは絵が下手で判別できない。ただ、状況からいって絵の妹紅の手と紫の胸を繋いでいる線の様なものは岩老刀に間違いないだろう。
「あれが向こうにあることでこちらとの繋がりになっているのかな・・・あ、わかった!」
妹紅は唐突に理解出来た。あの絵に正確に重なればきっと戻れる。
確証はないが何故か確信する妹紅。だが、それを試す前に蓬莱の薬の効用がどんなものかを確認しておくほうが先だと判断する。
幻想郷に戻れば時間はまた進み出すだろう。そうなる前に確かめたい事は全てこちらで解決してからにしたほうがいいだろう。
妹紅にとっては今回のこの件は過去の清算と未来の投資という大きなイベントであり節目であるが、幻想郷ではまだ状況すら始まっていない。
「どうするか・・・。」
妹紅は右手を見る。爪で傷付けるか・・・それとも指を噛みきるか・・・。
今回の件を経て身体を大切にしようと思うようになった妹紅は少しだけそれを躊躇う。
「でも、びびっていてもしかたないわね。」
意を決めると妹紅は右手の人指し指と中指を揃え、それを一気に右目に突っ込んだ。
なんらかの術で視力を奪われた時に目を潰して術をリセットさせるなど、自己破壊は慣れている。しかし、慣れているといっても痛いものは痛い。
「許せ!」
妹紅は今までになかった心境が生まれており、破壊する身体に許しを請う。
えぐり出した目玉を握り潰す。
一向に傷が回復しない様子を見て、痛みで冷や汗をかく妹紅はある確信を持って口元に笑みをこぼす。
そして間髪入れず今度は左手の指で左目をくり抜く。
両目を完全に失った妹紅は激しい痛みに耐えながらえぐった右目のあった場所に右手を当てる。
「治れ!」
妹紅はそう叫ぶと右目の辺りが熱くなり眼球が再生されていく。
「よし!」
えぐった左目を瞑りながら再生した右目を開いて周囲を見渡す。
「・・・。」
今度は左目を治そうと、口には出さず頭だけでイメージする。
左手の中にある左目が消えると同時に左目が復活する。
「そういうことか。」
今まで自動的に行われた再生活動は、妹紅の予想通り任意再生になっている。
傷の治りや部位、タイミングまで任意に行えるということは、死んだふりも出来るだろうし、それ以外にもかなり応用が利く。
妹紅は様々な状況を考えそれに対応した今までとは違う術の方式が考察され頭の中でそれらが組上がっていく。
妹紅の傷の治り方は、生物の持っている自然治癒能力を活性化させて「治す」のではなく、壊れた道具を修理して元通りの機能に回復させるという意味の「直す」である。
藍はその能力を他者にも行使出来るのだろうが、果たして妹紅はどうだろうか?
「・・・。」
考えにふけりながら頭を掻いて髪の毛がかなり減っている事に改めて気付く。
「切りすぎたか・・・戻ってこの髪型だとみんな驚くな・・・。」
向こうの世界はそのままである。そこに今の髪の毛が短くなった妹紅が現れたらどうなるだろうか。
「戻せるか・・・。」
妹紅は頭の中で自分の髪型をイメージする。
すると、髪の毛の先端の断面が光ると、そのまま糸を引くように伸びていき髪の毛が再生する。
「ふむ・・・。」
やはり、自分の肉体に関しては戻せるようだ。
妹紅は次に髪の毛を一本抜き、それを短く焼き切る。掌に乗る程度に短くした髪の毛をそのまま見つめ、イメージを送る。しかし、その髪の毛は何も変化しなかった。
「自分と繋がっていないとダメか・・・。」
髪の毛が自在に操れればかなりの術に用いる事が出来ると期待したがそこまで都合良くはいかなかった。
髪の毛は自己情報を移し付与させる上で最も都合のいい触媒であり、幻影分身や実体分身など幅広く応用出来る触媒である。
妹紅は自爆機能付きの実体分身を多用する。分身を物体化させる上で肉体の元となる組織を動物などから抽出し分身の術の基本となる素符(すっぷ)を作成し、そこに自分と同じ容姿にするための個人情報の伝達を髪の毛で行う。
幻影分身はそのまま髪に術を吹き込めば極短時間ではあるが相手を騙す事が出来るが、気配で追うある程度レベルの高い相手には通用しない。
実体分身は気配が完全に施主に一致し、量感もあるためほとんどばれる事はない非常に高度な術である。
結論として、自分の身体は自在に修復が可能で不死身という体質は完全に継承されており、髪の毛なども体と繋がっていれば修復可能だということがわかった。
妖の狩人としての血が騒ぎ、ついつい戦いに活用する事を先に考えてしまう妹紅。戦い以外でも様々な応用はあるが、それは後で考えるとして次は幻想郷に戻る事を考えなければならない。
妹紅は3人の大物妖怪の絵の前から立ち上がって、紫と霊夢、そして自分のいる場所まで移動する。
自分の絵に重なれば恐らく戻れるはず。それ以外にはまったく思いつかない。
妹紅は自分の後ろ姿と紫、霊夢と順に見て振り向き、縁側の外の妖怪をもう1度振り向く。
こんな世界でもこれが最後だと思うと名残惜しい。しかし、藍はもうこの世界にはいない。自分の中にいる。
妹紅はいつのまにかポケットに両手を突っ込むいつものスタイルをとっていた。
「さて・・・還るか・・・。」
無意識にそうする自分自身に対し苦笑する妹紅は自分の絵に重なり同じ格好をする。絵の紫の肩を支えるように腕を回し、胸元の剣の柄あたりに静かに手を伸ばす。
妹紅は目を瞑り、もう遠い昔にも感じる幻想郷のこの場所、この瞬間をイメージする。
絵の筈の岩老刀を握る感触がしたかと思うと、ゴゴーっという耳鳴りを聞く。
咄嗟に目を開いた妹紅は周囲の白い世界の四方八方から光りの壁が自分に向かって迫っているのを見た。
振り向いて縁側を見たが、そこにいた妖怪達の姿は既に迫る壁に飲まれていた。次に霊夢を見る。霊夢もまさに光りの壁に呑み込まれるところだった。
「世界が閉じる・・・。」
妹紅はまた目を瞑り、静かに藍の世界が閉ざされる瞬間を待った。