東方不死死 第四章 「双子の妖怪」


 八雲紫に「死」というキーワードを投げかけられた藤原妹紅は、知識の霊獣であり親友でもある上白沢慧音と共にその意味を模索し、一つの結論を出した。
 それは、妹紅自身の死ということではなく、妹紅に内包されている不死鳥の死ではないか?ということである。
 不死鳥という存在は、読んで字のごとく死なない鳥であるが、一つの個体が永久に存在するというわけではなく、生と死を繰り返す転生を行うことで不滅の存在という意味である。
 多くの生命を奪う災害という名の破壊と、その後に多くの生命を繁栄させる再生の象徴が不死鳥というわけである。


 その破壊と再生の象徴である不死鳥が、文字通り不死のまま存在し続けるとどうなるのか?という疑問が残る。そして、今現在妹紅に内包されたまま不死鳥が静かに時を刻み続けているわけである。
 自然現象に当てはめて考えれば、現状が恒久的に維持されるということはまずあり得ないといっていいだろう。あり得るとするなら繁栄した自然ではなく衰退し生き物の存在しない自然だろう。
 衰退はやがて滅亡に繋がる。となれば不死鳥もまた、衰弱しやがては死ぬのではないか?と想像できなくもない。ただ、そういった事例がまったくないのだから断言できないが、賢いものならそれを心配もするだろう。


 藤原妹紅という不滅の存在の中で生き続ける不死鳥は、何もしなければやがて死に絶えるのではないか?それはつまるところ、世界の破滅に繋がるのではないか?
 上白沢慧音は、八雲紫が投げかけた妹紅の死という意味を不死鳥の死と断定した。
 つまり、「妹紅に死んでほしい」という意味は「不死鳥を転生させてほしい」ということである。


 不死鳥という存在は、世界各地に似たようなモチーフが存在し、鳳凰、朱雀、ガルーダ、火の鳥など、それぞれ違う特性を持っているが、鳥という姿形から混同され、時代が進むにつれ世界中の情報交流が活発化した副産物としてほぼ同一の存在として描かれるようになった。
 上白沢慧音は、それぞれを足してその数で割ったような特性の平均化による相対的な低下が世界に影響を与えているのではないかと考察する。そして、その警告の意味としての八雲紫の来訪だろうと・・・。


 慧音のそうした結論とは別に、妹紅としては死というキーワードにもう一つの心当たりがある。
 その言葉どおりの意味、妹紅本人の死である。
 妹紅に死んで欲しい、つまり、妹紅を殺したいという願望だ。そして、そうしたい理由が紫にはある。
 かつて妖の狩人として妖怪達の貴重な魂を狩った妹紅への復讐である。


 もっともな理由だと思うが、それについては慧音は否定的だった。
 もし、復讐するならわざわざ本人にそれを警告にくるだろうか?
 その意見に対しては、精神的にも追いつめてただでは殺さないという怨念めいた感情からくるものだと妹紅は反論でき、そこまで恨みをもつほどの事を妹紅はしでかしたと確信している。
 それなら今ではなく、もっと速い段階で行動してくるはずだと、慧音はさらに反論できた。
 過去の妹紅の行いに対しては、妖怪達の仇となってもしょうがないが、紫個人でみれば、妖怪達の肝を寒からしめたことで、長期的な計画だった幻想郷計画が前倒しで実現できたのは、ある意味妹紅のお陰でもあるという見方もある。恨み半分、感謝半分だろう・・・と。

 藤原妹紅にとっては、慧音が言う程問題は軽くないと見ている。
 妹紅の絶頂期ともいえる妖怪狩りという仕事を辞めるきっかけとなった一人の妖怪との出会い。そしてその後の不死鳥内包と妖怪狩りから一転して、未だにその罪悪感から逃れられずにいる人間に対する大量虐殺行為は一つの線で繋がっていることであった。
 その運命の妖怪こそが、八雲紫の双子の妹、当時妖怪最強といわれ、生きとし生けるものは全て彼女の前には無力だった、八雲藍である。


 慧音は話の最中に急に何もしゃべらなくなった妹紅に気づき、議論を止めた。
 この問題は不死鳥の死という問題の解決も重要だが、業から逃れられない妹紅の心を救うことも重要だと慧音は思う。
 八雲紫は果たして妹紅を苦しめるために接触したのか、或いは救うためなのか・・・。
 仮に妹紅の心を救うことが出来るのは、藍に最も近い紫しかいないだろう。
 しかし、そこまで紫を買いかぶることは慧音には出来ない。紫はこの世に存在する妖怪の中で最も優れた存在であることは否定しないが、彼女は神ではないのだ。


 不死鳥をこのままにしておくことは危険だと慧音も思う。
 単純に物事を解決しようとするなら、妹紅に内包されている不死鳥をなんらかの方法で転生させればよい。
 問題は、その「なんらかの方法」が何か?という点だ。
 聞けば、そんなことは簡単だと妹紅は言う。現状、不死鳥の全ての能力は妹紅が制御出来るらしい。
 紫はそのことを恐らく知らない。知らないからといって、それを教えて下さいと頭を下げてくるようなタマでもない。
 妹紅に謎掛けをすることで、常に妹紅より上位にいる状況のまま、さぐりを入れていると考えるのが妥当だろう。


 次の問題は、八雲紫が不死鳥についてどのへんまで考えているか?ということである。
 不死鳥を転生させるだけなのか、さらにその先の不死鳥に関する種々の問題、つまり複数の似たモチーフの混同によって変質し、それぞれの力が弱体化しているという問題の解決まで見越しているのかということである。
 この件については、早急の対策が必要なほどせっぱ詰まっているわけではないが、長期的にみた場合、この問題は避けて通る事はできないだろう。


 身じろぎもせず、じっと何か考え事をしている妹紅に、慧音は声をかけた。
「なぁ、妹紅・・・。」
「ん?」
 はっとなって無限にループする思考を中断し頭を上げる妹紅に慧音は続けた。
「この謎かけは、紫としても妹紅を図りかねている故の行動だと思う。いずれ、こちらからか、あちらからか、もしくは別の何かを通じて接触し、そこでまたなんらかの進展が図られると思う。」
「ええ。」
「問題としては、不死鳥の転生までか、その後の事も深く考えているかということだ。」
「その後?」
「似たような姿形の存在が混同され、本質がブレ、弱体化している不死鳥諸々の問題のことだ。」
「不死鳥が私を支配していたのが、何時の間にか私が支配していた。それはつまり弱体したから?」
「恐らく。妹紅が歳をとり、さらに強くなったということもあるだろうが、不死鳥は確実に弱くなっているだろう。あるいは、もっと別の要因か・・・。」
 慧音は一度言葉を切って更に続ける。
「別の要因、それは、妹紅自身の変質だ。」
「変質?」
「妹紅はとにかく人を妖怪を殺しすぎた。それは歴史的に見て非常に意義のあることだとは思う。その行為は本来、神様が行うような所行だ。しかし、その所行は人が背負うには大きすぎる業となる。妹紅はその業の力で本来は悪鬼悪霊へと変質するはずだった。」
「・・・」
「妹紅、そのリボンを外したらどうなる?」
「化け物になる。」
 慧音の問いに恐ろしいセリフをサラッと口にする妹紅。
「そう、短時間ならいいが、それを長時間外し続けていたら、お前は鬼になる。死ねないお前はあの世で業を雪ぐ事ができない。ましてこの世で業を償うことも。」
「このリボンは、死に際の八雲藍から貰ったんだ・・・藍の能力は繋ぐ能力。物もそして心も。私を人間として繋ぎ止めてくれている・・・なのに・・・私は、奪ってはいけない命を奪ってしまった・・・。」
 拳を握りしめ、何度も畳を打つ妹紅。思い出す度に鬱になり、後悔と自分自身への怒りが込み上げる。
 慧音とたまに昔話をし、不意にこの話題に行き着くと結果はいつも同じだった。
「藍の力は、隙間の紫の能力とは対極に位置するものだ。一つの個が持つには大きすぎる力故、2つに分割されたものなのだろう。しかし、八雲紫は自力でその対極の力を得てしまった。結果として妹紅が殺すことになってしまったが、妹紅が手を下すまでもなく、あの二人の共栄は無かったと思う。」
 紫の変化を慧音は覚醒と呼んでいるが、これは具体的にどうなったという記録はなく、稗田一族の記憶にそうあったから知る事ができるわけであり、確かにある時期に紫は爆発的に変化したらしいのだ。そしてその後に月面戦争が発生している。この2つが無関係ではないと想像に易いが真実は謎のままである。


「それでも、私は生かすなら紫より藍を・・・。」
 妹紅の藍に対する異常なこだわりは、藍の能力である繋ぐ力によるものが大きいのではないかと慧音は考察するが、その能力も含めそれが藍の本質というなら、それはやはり藍の魅力だし、惹かれる事を責める事は出来ない。
 慧音は、そうした藍に惹かれ盲目的になっている妹紅を客観的に見た時、藍の対極である八雲紫という存在の本質が見えたような気がした。
 誰からも好かれる存在の対極は、誰からも好かれない忌むべき存在。乏しい想像力でも当時の紫の周囲の状況がよく見えてくる。哀れだと慧音は思った。
 今現在の八雲紫は、近寄りがたく向こうからも気安く近付かない、つかみ所のない存在だが、藍の対極にあるような存在には見えない。友人も多く、博麗一族とは永年の付き合いがあり、何より幻想郷とそこに住む者を愛している。


「なぁ、妹紅・・・いや、なんでもない・・・。」
 今の妹紅には何をいっても聞く耳はないだろう。自力で紫の覚醒以前の状況に思い辿り着かねばならない。
「まぁ、八雲紫が我々が想像しているところまで考えているというのなら全面的に協力してやればよい。だが、そこまで至っていなければこちらで何か手を打つ必要があるな・・・。」
 慧音は話を元に戻し、妹紅も頭を切り換えた。
「私たちに出来る事なんてあるのかしら?とにかく、やっぱり、まずは紫がどのへんまで考えているかね・・・。」
「まずは、妹紅が自爆し不死鳥を殺す事ができるかどうかだが・・・。」
 そこの問題が解らない限り、八雲紫もその後の計画も立てられない。
「出来る事は出来るわ。ラストワード「ホワイト・エンド」を使えば。でも、知りたいなら知りたいで素直に言えばいいのにね。」
「紫クラスともなれば人間に頭を下げて頼むことなどはすまい。常に自分優位・自分上位で物事を進めようとする。そして、妹紅がどれだけの人材かということもついでに知りたがっているのかもしれない。」
「紫は、私が妖の狩人だということを知っているのかしら・・・。」
「どうだろう・・・八雲藍の死後、妖怪に被害が出なかったと聞いたが・・・恐らく妖怪の間では、相打ち、つまり妖の狩人は死んだと思われているのではないか?」
「そうなのか・・・な・・・。」
 しばらく身動きしなかった妹紅だが、顔正面に右手で何かを握る仕草をとると、そこに指を立てた左手を添え、右と左の親指の付け根を合わせる動作をした。そしてゆっくり左右の手を横に開いてゆくと、右手の中に剣の柄が現れ、左手を鞘にして剣の刀身がゆっくりと現れた。
「石老刀か・・・。」
 慧音がボソっとつぶやく。その慧音はこの石老刀を見るのは今回が初めてだが、妹紅の歴史を取り込んだ経緯からその刀の存在と用途は知識として得ていた。そして、その刀身の紋様は蒼く、何者かの魂がそこにまだ縛られていることを理解できた。
「ま、まさか、それは八雲藍の魂か?」
「ええ、そうよ。」
「やはり消す事は出来なかったか・・・。」
 この剣に取り込まれた魂は、上書きと同時に消滅する。ここに魂が宿ったままということは、それ以後上書きをしていないということであり、その間この剣を殺しには使っていないということである。
「ええ、でも、これはやっぱり紫に還さなければならないかしらね・・・。」
「確かに返すべきだとは思うが・・・何かの交渉材料にするのはどうだ?そうしたくはないという妹紅の気持ちはわからぬでもないが八雲紫は狡猾だ。こちらの質問にまともに応えるとも思えないし・・・。」
「・・・考えておくわ。」
 会話が途切れ重苦しい時間が訪れる。
 慧音は妹紅の顔をじっと見つめていた。視線は焦点が定まらず何かをぼーっと見つめながら一心不乱に考えている妹紅。妹紅が何について考えているかは、おおよそ予想はつく。
 妹紅は自分の幸福など考えた事もないだろう。妹紅に幻想郷の今、そして未来、郷の事、神社の事、山の事など様々な事を問いかけても、その答えには自分自身が存在していない。
 自分の存在している幻想郷ではなく、常に自分を置き去りした幻想郷が語られるだけであった。
 500年前に自分を置き忘れてきた妹紅。慧音はそんな妹紅が哀れでならなかった。


 妹紅が周囲の静けさにはっとなって我に返った時、そこにいたはずの慧音はいなかった。
 目の前に書き置きがあり、先に帰るという挨拶と、しばらくこの家に逗留し紫からの接触を待てという助言が書き記されていた。
 妹紅は慧音が帰ったのを気付かずに考え事に没頭していたことを心の中で詫び、書き置きに両手を合わせて謝罪した。
 藍のこととなると、いつも我を忘れてしまう。
 妹紅はゴロっと仰向けに寝ころび、しばらく天井を見つめていた。天井はこの家に住み着く妖によってゆらゆらと微妙に蠢いている。これだけの妖が存在するなら、この家にいろいろと仕掛けが出来そうだと妖術使いとしての血が騒ぐ。
 しかし、「フッ」と自嘲気味に溜め息をつくと、今度は体を丸めて横になった。
 目の前に、慧音の書き置きがあり、その少し折れ曲がった書き置きに裏があることに気づいた。
 それを手に取り、裏返すと「死んだ者より、生きている者の事を考えよ」と書いてあった。
 死んだ者が藍を指しているのはわかった。では、生きている者とは・・・紫のことか?
 正直妹紅は紫が気に入らない。まるで全知全能を装った態度、人を下に見る仕草と目つき。考えただけでもむかついてくる。
「あんなやつ、生きている価値がない!」
 思わずそう口にして、妹紅はハッとなって飛び起きた。
 藍に生きる価値があって、紫には価値がない・・・。
「生きる価値がないのは、私のほうじゃないか・・・。」
 妹紅は、急に恥を覚えた。それと同時に、紫が皆からどう思われていたかを考えるに至った。
 人気者の妹・・・嫌われ者の姉・・・今でこそ、紫は友人も多いだろうが慧音がいう覚醒以前はいったいどんな妖怪だったのだろうか。
 藍に対して1度きりの出会いでありながらこうも執着するその魅力の正反対とはいったいなんだろうか?
 妹紅は考えだけでゾッとした。そしてそれと同時に、覚醒前の紫はとても哀れな存在に思え、親近感が湧いてきた。自分も愚かで哀れな存在だった。他人のことをとやかく言えた義理ではない。そして、だからこそ、眩しい存在に惹き付けられる。紫もまた、藍に羨望を向け、それが覚醒にいたる動機になったのだろう。


 妹紅はようやく、藍に対する想いと紫に対する想いが平等になった。


「すべて、紫に還そう・・・。」
 今、妹紅は紫をもっと知りたい、そしてもっと話をしたいと思い始めていた。


 次の日、結局一睡もしていない妹紅だが、気分は良かった。
 里の寺子屋に行き、まず慧音に見送りを出来なかった無礼を詫びた。慧音はそのような気遣いは不要だと、まったく気にしてない様子だったが、それは妹紅もわかっていたものの、そこは親しき仲にも礼儀ありである。
 慧音としては、書き置きが功を奏したようで、妹紅の晴れやかな顔を見て救われた気持ちになった。
 お互いに気持ちの良い朝となった。


 それから2日経った。
 果報は寝て待てという慧音の助言通り、妹紅は里ではお化け屋敷と呼ばれている藤原邸で、文字通り寝て過ごしていた。
 霧雨道具店で売られていた残り少ない博麗のお札を慧音が持ってきてくれたおかげで、藤原邸は快適であった。
 お札を太い梁に貼りつけておけば、妖の類はそれより下には下りてこない。ボロボロになった紙片が梁にこびり付いていたので、恐らく以前の家主はそこにお札を貼っておいたのだろう。妹紅は紙片を綺麗に取り払い、その場所に新しいお札を貼り付けた。
 効果は覿面で、潮が引くように妖が梁より上、天井方面に退散していった。
 慧音が言うには、家を長く開ける時はお札を外しておくと良いとのこと。家というのは、神様も悪霊も妖も何も存在しないと、あっという間に荒れ果てるらしい。住み着いている妖が常に家を動き回るので、誰かが住んでいるのとあまりかわりがないというのだ。こういう家は不思議と荒れず家力が上がり、格式、風合いが出るのだ。
 妹紅が初めてこの家に入った時は空き家であったが、何故こんな立派な家が空き家なのか見当がつかなかったのを思い出した。


 妹紅はここ三日住んでみてこの家が気に入ってしまった。里がすぐ目の前にあり、慧音の寺子屋も近い。それでいて人がほとんど寄りつかない。人がよりつかないことは、普通ならそれは駄目なことだろうが、妹紅としては静かに暮らせるので歓迎である。
 また、ここは里の南側の出口にあり、道が南に伸び、その後南西の迷いの竹林へと続いているため、急患が永遠亭に行く際に、必ずこの家の前を通る。急患の護衛をするにもこの家の場所は立地的に都合がよい。


 ちなみに、この家の玄関と勝手口は完全に封鎖され強力な結界が張られている。恐らく、昔の博麗の神主あたりが施したものだろうが、これはこの家に妖を閉じこめ、外に出さないためのものだろう。
 その為、この家の出入り口は縁側だけになる。
 家は南北に伸びる道の西側にあり、玄関は東向きに道に面している。屋敷はやや東西に長い長方形で、8帖ほどの正方形の座敷が並んでおり、間を仕切る襖があったようだが、今はなくどこかにしまってあるのだろうが見当たらない。その為、横に長い約16帖分の大きな1つの部屋に見える。座敷の南側に縁側、その縁側の前に庭がある。台所、風呂、トイレは北側に並んでいる。
 玄関正面東から西に廊下が1本伸びて、その北側が台所など水廻りがあり、南側が座敷になっている。
 里の一般的な家屋に比べてかなり立派な家といってよいだろう。そのため、幻想郷の外から入ってくる入郷者が、なぜこんな立派な家が空き家なのか不思議に思いながら、宿がわり泊まることが多いが、大抵の場合一晩で逃げだすのである。


 丸々二日、寝て過ごした妹紅だが、その間も慧音に会うために里へ顔を出していた。
 普段ほとんど行かない大通りまで足を運び、行き交う通行人をぼーっと眺めては暇を潰す毎日だった。


 里は東西に長く中央に大通り、その通りに沿って酒屋、酒蔵をはじめ様々な店が軒を連ねている。通りの西側に南北に伸びる道と重なる十字路があり、北側が酒処が軒を連ねており、ここは毎晩人間や妖怪で賑わっている。北側の出口には主に外の妖怪が入ってくる門がある。ここから北側は魔法の森、西側には広大な妖怪の山山麓の原生林があるため人間はこの北門をあまり利用しない。森は東西に長く、幻想郷の東の外れにある博麗神社のある小高い山の麓まで続いている。この魔法の森が邪魔をして、里から博麗神社までは危険で遠い道のりとなり、今では里の方から神社に参拝するものはほとんどいなくなった。妖怪の傭兵を雇える一部の裕福層が貧しい庶民を従え、一種のキャラバンを形成して集団で初詣などをしていたが、今の巫女、博麗霊夢になってからは、その集団行もなくなった。これは、霊夢が里にまったく関心を持たなくなったためで、お賽銭が得られないのは自業自得である。
 集団行が通っていた道は、自然に道草が踏み固められ獣道のような通路になって、今でもその道沿いに進めば博麗神社にはたどり着けるが、森の中は危険で無事にたどり着ける保証はない。ちなみに、この通路の里側の入口付近に香林堂があり、この道の中程に霧雨魔理沙の家兼店がある。博麗神社に行くためには、里の北の門ではなく東の大通りから里を出て、そこからすぐ北に続く道を見つけ、香林堂を目印に森へ入る事になる。
 この道は人が安全に歩ける場所を選んでそれを辿っているため大きく蛇行しており、神社まで直線距離の約二倍の行程になる。森自体は南北にそれほど長くないので、直線距離的にそれほど遠くはなく、空を飛べる者なら、比較的短時間で里から神社まで行き来出来る。
 里から博麗神社は東北東、北を12時とするなら2時方向に位置し、森が邪魔で神社を直接見る事は出来ないが、火の見櫓など高い所に登れば、大きな鳥居を遠くに見る事が出来る。
 博麗神社は、100年程昔の博麗大結界の際に今の位置に移動したもので、それ以前は里の中、大通りの西の端にあった。今ここは空き地で、子ども達の遊び場やお祭りなどの催し物の会場に使われている。
 南北に伸びる道路の北側が酒場で、南側は民家が多く建ち並び、東西に伸びる大通りの南側一帯まで広がっている。この辺りは農家が多く、里の南東に広がる田園地帯で主に農業を営む。大通りだけ見ると非常に繁盛して里は潤っているように思うが、一旦裏通りに入るとその様相は一転する。貧しいといっても乞食をせねばならぬほどひどいわけではない。どちらかというと、あまり贅沢を好まない人が多いからといえる。富を得てもいずれ妖怪に奪われるだけ、ならば最初から富など要らないという考え方だ。さらに裕福な層は社会的責任(里の保全など)も課せられるため、必要以上に富を得て、そうした社会的責任を負いたくないと考えるのである。
 お祭り事などは、裕福層が主催し、基本的に彼らの「おごり」で行われるため、裕福層と貧困層は特に仲が悪いというわけではない。裕福層は富を還元し社会的責任を負う。上白沢慧音という里の実質の長が、酒という産業を里に伝え人間に存在価値を与えてから構築した社会体制である。
 里が増長すれば、必ず妖怪など外部からの圧力が来る。酒で得た富をなるべくため込まず、妖怪にも還元することで里は相対的な安全を約束してもらっているという考え方を、慧音は常に里の有力者に対し助言しているのだ。


 南北に伸びる道路の北側が酒場、南側に民家が建ち並び、慧音の寺子屋はその南側でも南端に近いところにある。
 里の出入り口は、北と南と東にあり西側にはないがその出入り口のうち北側だけ柵があり、ちょっとした砦のような門がある。昔は敵対的な妖怪の侵入が頻繁にあったため、特に妖怪の多い北側および西側に防御施設が備わっていた。西端には神社があったため防御に問題なかったが、北側に防御施設を作る必要があり、その名残が今も残っている。
 現在では、妖怪と人間の間に比較的良好な関係が築かれているためこの門の扉は常に開いている。良好といっても、それらは比較的強い妖怪で、弱い妖怪は人間を最も美味な食料として常に狙っている。妖怪は強くなればなるほど、好戦的ではなくなり話し合いを好む傾向がでる。話し合いといっても対人間においては一方的な要求であるが・・・。妖怪側の考えでは、美味い酒を捨ててまで人間を抑圧するのは得策ではないということである。逆に言えば、それだけ幻想郷の人間の作る酒は美味いということである。


 寺子屋を更に南に下ると出入り口、里の中と外を分ける結界がある。この結界は他2つの出入り口にも存在し、その結界は主に病気やその元になる因子を退ける効果がある。幻想郷は妖の力に満ち、弱い人間は病気にかかりやすい。神社が里から移動したあとは病気が流行し、当時の神主や巫女が里に通ってそれらの治療にあたっていた。医者のいない里では、魔よけ、予防、治療も含め、そうしたことは全て神社の仕事だったのである。
 妹紅の家、藤原邸は、元々里付近に存在する無数の妖を閉じこめておく施設として利用していたのだ。妖と一括りにしているが、様々な得体の知れない目に見えないが確実に存在するモノを指し、それらは常に一定量が必ず存在している。これは退治してもいずれどこからかまたやってきて絶対に消す事は出来ない存在である。死んでも直ぐに復活してしまう妖精と同じようなものだ。
 どうせなくならないなら拡大して被害を出さないために、一箇所に留めておこうという発想の転換の副産物が藤原邸というわけである。今風に言えば「特大あやかしホイホイ」である。
 永遠亭の存在が明るみに出てからは、彼らの提供する薬のおかげで里の健康状態は飛躍的に向上し、これまで里の健康を管理してきた神社の存在は薄くなり、里の神社離れは加速中である。慧音はそれはまずいと思い、巫女の活躍を逐一里に報告するのだが、それらは鴉天狗が作る文々丸新聞にも掲載され里に配布されるため、かえって信憑性がなくなり、それらの事件解決はすべて眉唾とされている。


 里の逗留3日目となった妹紅。こんなに連続して里にいたことはないため妹紅の事は知っているものでも、彼女の長期滞在を不思議に思う人もいた。
 永遠亭発見後その護衛役、慧音と友人といった関係で、藤原妹紅の存在は里の大多数の人が知っているのだが、基本的に人とは積極的に交わらないという認識があり、里に何日もいることはかなり珍しい事で、しかもそのほとんどが寺子屋周辺のことだったため、通りで姿を何日も見かけるのはある意味事件のようなものであり、異変の前触れとも取る者もいるほどである。


 そんな3日目の午後、妹紅は研ぎ澄まされた刃物の様な鋭い視線を感じる。

 来た!妹紅はそう直感した。