東方不死死 第三章 「妖の狩人」


 藤原妹紅が人として生きることを止めてから数百年。
 とある歌人を救った事がきっかけで、流されるままだった妹紅に生きる目的が生まれ、止まった時が再び動き出した。


 藤原妹紅は、自分が人ならざる存在であることを理解してから、人と距離を置きながら一人暮らすようになっていた。
 既に100年を生きてなお見た目が少女と変わらない妹紅。人里に紛れ込んで人として暮らすことは可能だったが、数年もすれば成長しない姿を怪しまれる。
 そのため、無用な詮索・揉め事を避けるために、数年単位で住処を転々と変える生活を送っていた。
 100年を越え、さらに年月が進むと、妹紅の体に変化が出始める。
 長く生きた人間、動物、物などには不思議な力が宿る。それはいわゆる妖力と呼ばれる妖の力である。
 その為、小さな身体でもいつしか重い荷物も持てるようになり、高い木にも難なく昇れるようになり、人里に頼る生活をする必要がなくなっていった。
 一人で暮らせる自身がついた妹紅は、やがて人と完全に隔絶するために山奥に住処を移していった。


 しかし、この行為はかえって目立つことになってしまった。
 人里を離れ修業する山伏などにすぐに見つかり怪しまれたのである。


 山奥で一人で暮らす少女を目撃した山伏から朝廷直属の妖術使いの一族「岩老郷の一族」にそのことが伝わるのにそう時間はかからなかった。そして直ぐに妹紅は彼らに拘束されてしまったのである。
 一人で生きる力を得たといっても、戦いが出来るわけではない当時の妹紅は、おとなしく捕まり、事情聴取にも全て正直に答えたが、それによって百年以上も前の不死山(富士山)派遣部隊失踪に関係する容疑者であることが判明した。
 この派遣部隊の長であった岩笠は、この岩老郷から派遣された者で、妹紅は彼を殺害した張本人ということである。
 妹紅の処遇については、表沙汰に出来ない事件の性質。関係する当事者が既に他界している事。不死身の為、刑罰にあまり意味がない事。本人が未だにそのことを後悔し、十分反省している様子などから、朝廷へは報告せず妖術使いの一族の里「岩老郷」でその身柄を預かる事となったのである。


 この一族は、人里離れた山奥に村を形成し、様々な妖術を身につけ一族に伝承させながら、表沙汰に出来ない朝廷の裏の仕事を請け負っていた。
 この時代、藤原の一族の台頭によって朝廷が弱体していく途上で、西暦702年に生まれた妹紅が約200歳頃、つまり西暦900年始めに「岩老郷」入りし、その100年後の西暦1000年頃が藤原全盛期になる。


 その当時の妹紅は一族らと積極的に溶け込む意志はなく、一族もよそ者であり岩笠の仇でもある妹紅には当然重要な役割は与えられず、逆に罰として不死であることを生かした捨て駒的な自爆任務や生還することを前提としない威力的斥候などをやらされることとなった。
 それらを100年ほど続けた妹紅であったが、そのころには妹紅に対する恨みは郷から消え、その後は、これまでの危険な任務もやりつつ、さほど重要ではない要人・要所の護衛といった仕事もするようになった。
 こうした下っ端仕事を約200年(年齢にして400歳以上まで)続けることになる。


 妹紅の身に変化が生じるきっかけとなった墨染の桜の監視任務も下っ端の仕事の一つであった。
 妹紅はその監視任務だけでも100年以上続けた。100年といってもずっとというわけではなく、1年のうち、数ヶ月その任務を他の者と交代で、である。
 100年と簡単に言うが、それは、子供が産まれ、おしめを取り替え、お守りをして世話した子供が、成人し大人になって「手練れ」となり、一族の要となって活躍し、やがて彼らにも子供が産まれ、そして老いて死ぬ。そんな1つの時代を2つ数えるほどの人間にとっては途方も無い年月である。


 一族の者にとっては、自分が生まれた頃から存在し、死ぬまで存在する妹紅は、いつしか特別な存在として見られるようになり、一族と完全に融和をしていた。
 

 妹紅に生きる目標が生まれ、自ら進んで妖術を学びたいと願った時、一族の里の者達はそれを歓迎した。
 200年、既に三世代以上に渡って一族の危険な仕事を請け負ってきた妹紅である。感謝することはあっても恨まれるような事は何もしていない。
 妹紅は天性の才を持つような資質はなかったが、一度見聞きすればすぐに要領を得る器用さはあった。それまでの200年近い時間は見聞きした記憶のお陰で覚えが早く、また妹紅の「何者にかなりたい」という動機も後押しし急激な成長を遂げた。
 基本的なものは全て習得した妹紅は、さらに長老クラスが人生をかけて習得した奥義の数々を学ぶ事ができた。これは素質よりも長く生きる事ができる時間的な余裕があった事による。厳しい修行で数十年かかって習得する難しい術を、100年以上世代をまたいでゆっくり学べるのである。
 妹紅自身は独自の妖術を編み出す事は無かったが、人間に許される寿命という限られた時間の関係で到底習得できない多種多様な技を多数習得出来たため、それを同時に織り交ぜる応用が可能となり、それが妹紅の強さの基となった。
 特に命を削って力と為す強力な禁呪を無限に使える妹紅は、いつの間にか一族の最強戦士に育っていたのである。


 妹紅が里で暮らすようになって300年。年齢は500歳を越え、時代は平安時代から鎌倉時代に移った西暦1200年頃。
 最長老以外では郷の最高齢となっていた妹紅だが、歳をとらず、ずっと少女のままで常に最前線で戦える力を維持していた。しかも、歳を追うごとにその力は増していった。
 妖術とは、妖の力。この力は妖怪にとって無意識に存在するもので、さらに年齢を重ねる毎にその力を増すという性質がある。これは人間、動物、さらには命を持たない物にいたるまで、この長命増妖の法則に当てはまる。
 500歳を超えた妹紅は、この時点で既に高い妖力を宿す存在となっていた。
 妖怪の妖術は、その妖怪が妖怪として存在の意義となる力を一つないし二つもっているが、妹紅は基本的に生まれ持っての力がない代わりに、人間の編み出した妖術のほぼすべてを身につけていた。
 人間の妖術には幾つかの系統があり、その一つの系統を一つの一族が継承していた。岩老郷は、そうした異なった系統をもつ複数の一族の集合体というわけである。
 妹紅はそれらのどの一族にも属さず、里を取り仕切る「郷長」直属の下部として存在していた。「郷長」となる者は各一族から持ち回りで、将来有望な若者を出す決まりとなっており、30歳から自らが引退を宣言(40歳くらい)するまでの任期が与えられる。この時の妹紅は郷の最長老であり、特別な存在となっており、実力だけでいうなら「郷長」となってもおかしくないのが、郷の血を引いていないあくまでも部外者であるため、そうした重要な地位にはつけない。妹紅自身はそのことは十分承知しており、一度も重役に就くことはなかった。その野心のない無欲な資質が幸いして、むしろ各一族長から信任を得て一族の奥義の保存役を任され、さらに郷長の後見人を任されるようになる。
 一族間は仲が良いわけではなく、妖術の系統上、犬猿の一族もいるほどで、小さなものから大きなものまで、争い毎は日常茶飯事だった。
 一族は、その世代毎で輩出される人材の力関係、つまり天才と呼べるような個性が生まれたかどうかで、一族の勢力が大きく変わるため、中立的でどの一族にも顔が利く妹紅の様な存在は、バランスを取る意味で大きな存在であり、実際彼女が里の実力者として認知されてから、郷では大きな内紛がなくなり、郷の歴史の中で最も栄えた時代となった。


 そうした里の発展とは別に、人間の世界も拡張されていくことになる。
 荘園制度という、いわゆる脱税方が盛んに行われたことにより、地方の有力な一族に人が集まり、天皇領内の田畑が荒れ始めると、天皇の力が一気に落ち始める。
 天皇家の弱体とは裏腹に荘園制度という開拓時代が新しい秩序の産み出す。拓かれた新しい土地は、朝廷の権威なくはびこる賊や妖怪から身を守るために自衛手段のために農民達が武装した。平安後期には、国の軍隊も警察機能も既に麻痺していたので、自分の身は自分でまもらなければならなかった。


 時代は天皇の威光の治世から武士の実力の治世と移り変わっていた。
 元々天皇の側についていた郷は、仕事の報酬で郷を運営していた。米などの生産物が何一つない郷は、その報酬が唯一の収入源であったが、天皇家の弱体によって十分に報酬が払えなくなり、必然的に別の雇い主が必要となってくる。
 源氏や平家の隆盛する時代は、役職や官位といった「名」を欲する傾向がまだ強く残っており、特に平家は貴族趣味が強く朝廷にはまだ権威があった。
 壇ノ浦にて平家が滅亡する要因は、そうした平家の権威主義的中央集権を望んだ事で地方豪族の支持が得られなかったことによるが、そこから源氏の時代、つまり鎌倉時代までは、そうした天皇崇拝的なところがまだ残っており、郷の運営は辛うじて維持できていた。
 妹紅の台頭時期は、武士の隆盛時期と天皇衰退の時期でもあり、郷としては激動の時代であったが、妹紅という強力な実質的リーダーの存在が郷の分裂を防いでいたのである。


 しかし、それも時代の流れに逆らえず、鎌倉時代から室町時代とかわり、完全に天皇の権威が失われた時点で、郷は分裂を余儀なくされた。この時妹紅、約630歳である。
 岩老郷は解体され、一族はそれぞれの思惑で単独行動となったが、この時期は各地に大きな勢力が割拠する時代でもあったため、仕事を請け負う手段はいくらでも存在した。
 彼らは主に、関東方面に移動した一族と近畿地方に残った一族と大きくわけるとこの二つだが、この一族の中に後に忍者と呼ばれる集団を形成し生きながらえる者達もいた。


 一族の全てが去った「石老郷」には、「石老」と呼ばれる里を拓いた始祖だけが残った。
 彼は、郷そのもに魂を縛り付け、郷と一体化して郷そのものとして長く生きることによって郷に妖力を持たせ、それを元に妖術使いの礎を作った生き神のような存在だ。
 里の解体とともに自らもこの世を去る決意をした「石老」は、ただ一人里に残った妹紅に、魂を縛るため石老の心臓を貫いている一本の妖刀を抜くように頼む。
 その妖刀は刀というより鉱物から削り出したような原始的な剣で、幅広の片刃で刀身が反っており、刀身に美しく濡れたように青白く輝く怪しい紋様が見えた。
 この怪しい青白い紋様が、石老の魂そのものだと言う。心臓を貫いている時点で石老は死んでいるに等しいが、この刀が魂を吸い取り、そこに留めているため心臓から刀を抜かなければ永久にこのままの状態を維持できるというのである。
 剣に写し込まれた魂は、成仏も輪廻もすることが出来ず永久にそのままなのだが、上書き、つまりその剣で別の心臓を貫けば、先にあった魂はその時点で消滅する。


 妖怪や鬼など、人間の魂より格上の「御霊」をもつ存在は、例え肉体が滅んだとしても、転生という形で御霊は生き続ける。輪廻とは違い、肉体を変えるだけでその「個」は永遠に続くのだ。
 例えば「八雲紫」が死んだとしても、性別、外見、性格などが違う、中身は同じだが別の「八雲紫」が生まれ変わる。そして、事故死することも予め考慮して転生する寄代を事前に用意している者もいる。


 厄介な妖怪、鬼といった類は退治してもすぐに復活してしまう。
 石老の魂を縛りつけていた「石老刀」は、所有者の命と引換にした鬼退治用の武器だったが、より多くの人間が妖怪・鬼に対抗する力を得るために、石老が長命増妖の法則を逆手にとり、自ら魂を縛り妖の力の源になったのである。
 そのため岩老の影響下にあった者達は、郷を離れたことでいずれは妖力を失うことになるだろう。


 石老は、このままここに残っていてもいずれこの刀は誰かに抜かれるだろうからと、妹紅に委ねることにした。つまり、それは石老が死を決意したということである。


 石老の願いを汲んだ妹紅は、里の終焉に立合うと共に一本の妖刀の新たな所有者となった。
 不死身の身体を持つ妹紅なら、吸いとった魂と相打ちしても命を失うこともなく、一方的に魂を消滅に追いやることができる。
 人間の使える妖術は、そのほとんどの場合、力の代償といえる触媒を用いる。
 弱いものでは薬草、鉱石など自然の産物からはじまり、強いものとなると、自らの寿命や肉体の一部を犠牲にするなど様々である。その中で最も強く、妖怪の妖術すら凌ぐ大きな力を産み出す媒体が、「命」である。
 命と引きかけにするような大きな力を持つ妖術は、究極の奥義として、各一族に伝わっており、妹紅はそれらをほぼ全て習得している。
 そこに新たに魂滅殺の究極の力が加わった事になる。それは、人が持ってはいけない力であった。


 妹紅の人生を大きく狂わせ、償えぬ罪を残した大きな要因となった石老刀を手に入れた時、妹紅の年齢650歳。そして南北朝分立が朝廷との決別の決め手となった。


 里の解体とともに一人となった妹紅は、朝廷の為という大きな目標を失いはしたが、「人の為に役に立つ」という最初の目的を完全に見失ったわけではなかった。


 一概に人とは言っても、支配する者、される者、強い者、弱い者、様々である。
 妹紅にとっての「人」とは、郷にいる間は朝廷(天皇)という存在がそれであった。
 その朝廷を失墜させたのが、藤原の一族だったというのは、同じ藤原である妹紅にとってなんと皮肉なことだろうか。


 天皇とはつまり、この世界の支配者であり神様である。天皇の役に立つことはその治世で暮らす人々にとっても良い事である。妹紅は単純にそう考えていた。
 しかし里から離れ一人放浪する妹紅は、世界がそう単純ではないとうことを知った。
 弱い者は徹底的に虐げられ、妖怪達の餌となる。人里を離れればそこはすでに妖怪、悪鬼悪霊の世界である。
 強い力を持つ豪族の治める大きな街に行けば安全はある程度は保証されるが、一般庶民の生活は困窮していた。
 次の街へ移動するため街道にでれば、そこはまさに無法地帯である。
 妹紅の身なりは人間の若い娘そのものである。子供が一人無防備に街道を歩いているだけで賊や下等妖怪の餌食となる。
 妹紅の実力をしらない運の悪い者達は、妹紅に懲らしめられて逃げていくものだったが、見逃した賊が別所で悪事の限りを尽くしているのを何度も目撃しているうちに、追い払うだけで済ませていた妹紅の慈悲の心も次第に薄れてなくなっていった。


 結果として一人残らず皆殺しにすることが最も良い方法だった。
 だが、そうした事は新しい火種を生む。子分がやれば親分が出てくる。雑魚だと思ったらどこぞの御曹司で、仕返しにきた一族郎党皆殺しにしなければならない時もあった。


 「人を助けたい」と純粋に思っていた妹紅の心も次第に荒んでいった。


 きっかけは一人の鬼を退治した事だった。


 妹紅は人に関わるとろくなことがないと、次第に人里から離れるようになった。
 しかし、人の里から離れるとそこはすぐに妖怪、物の怪の世界だった。
 ある時、鬼の縄張りに迷い込んだ妹紅は、鬼から警告を受けた。
 争いのない静かな生活をしたかった妹紅としては、鬼と問題を起こすつもりは全くなく、その場をすぐに引き下がった。しかし、これが引き金となった。
 鬼から見る人間という存在は、虫けらにも等しいものだった。人からみれば鬼ははるかに上の存在、鬼から注意を受ければ人は深く謝罪しなければならない。それがこの当時の常識であった。
 しかし、この時の妹紅は、鬼という存在が取るに足らないものにしか見えなかったのである。それだけ妹紅の力は強まっていたのである。
 不死身であり、ありとあらゆる妖術の奥義を身につけた妹紅の実力は鬼などはるかに超越しており、ここでは明らかに妹紅が目上であった。
 しかし、どう見ても人にしか見えない、人なら格下だろうと決めつけていた鬼は、その妹紅の無礼な態度に激怒した。
 鬼と人とのルールを知らない妹紅は何故それほどまでに鬼が怒っているかわからない。戦う気も起きず、鬼の説教をつまらなそうに聞き流していたが、その態度すらも気に入らない鬼は、ついに武器を取りだし妹紅に襲いかかったのである。
 鬼と一概にいっても、それは人と同じで強さに大きなバラツキがある。もちろん弱い鬼でも普通の人間よりかははるかに強いが・・・。
 勝負にならない勝負を挑んだ鬼は、妖術など使われることもなく妹紅の体術だけで打ちのめされすぐに降参した。鬼は妹紅の実力を知り、ただの人間ではない妖怪か何かと思いすぐに態度を変えて謝罪した。
 鬼にしろ妖怪にしろ実力の世界で生きる彼らは基本的に強い者に従う。これが問題を大きくしない知恵でもある。彼らは一旦勝負がつけば基本的に追い打ちを掛けたり敗者にむごい仕打ちをしない。
 だが、この鬼の態度の豹変は妹紅を苛立たせた。
 命乞いをして二度と悪さはしないと誓った連中が、次の日にはまた悪事を繰り返す。慈悲でもって対処しようとした妹紅の心をひどく傷つけたそんな人の浅ましさが、この鬼の態度に重なって見えたのである。


 鬼は嘘をつかない。鬼をよく知っていればこの態度に怒ることはなかったであろうが、鬼をよくしらないこの時の妹紅は激怒してあの妖刀「石老妖剣」と名付けた刀を抜いた。
 ひれ伏す大きな鬼の背中に刃を突き立てた妹紅は、赤い刀身の紋様が青白く変化するのを見て引き抜き、そのまま自らの左胸に突き立てた。
 頭の中に大きな悲鳴のような雑音が溢れ、思わず耳を手で塞ぎ、うずくまる妹紅。
 目、鼻、耳、口から鮮血がほとばしった。
 普通の人ならここで絶命するところであったが、妹紅はすぐに何事もなかったかのように起きあがる。
 動かぬ鬼の背中を見おろす妹紅。
 決して人相がよいわけではない妹紅であったが、その時の妹紅は明らかに邪悪な表情になっていた。


「・・・始からこうすればよかったんだ・・・。」


 妹紅はそうつぶやくと、失いかけた目標を見つけたことに満足した。
 全ては妖怪のせいだ。妖怪さえいなければ人はもっと安心で安全な暮らしができるはず。そう考えた妹紅は、妖怪を根絶やしにするというとてつもない計画を思いつく。
 感情を表に出さず、常に冷静であった藤原妹紅の目が、熱くギラギラと燃えていた。


 後に妖怪達が恐れ、鬼がふるえた「妖の狩人」藤原妹紅の誕生であった。