『東方不死死』


 第一章 「妹紅と慧音」



 幻想郷に来てからどのくらいの年月が経ったのだろうか。

 藤原妹紅はたった今起こった出来事を振り返りながら、見慣れない場所で見慣れた景色を眺めていた。
 今たっている場所は何の変哲もない少し小高い丘の上だ。向こうに迷いの竹林が見える。竹林の中にいると、そこはどこまでも延々と続いている広い場所のように見えるが、ここから見ると浮き島のようにこんもりとした緑の塊があるだけで、それはひどく小さく見えた。
 竹林の位置から考えて、ここは・・・そう、あの丘だ。なんとなくいつも通り過ぎる景色のなかにある名もない場所、竹林から出ると必ず見える丘。
 ここから見るとこういう景色になるんだな・・・と、少し感心するが、この場所は八雲紫が作り出した境界の世界から放り出された場所である。まるで、八雲紫がこういっているようだ。


 自分はこんな良い場所を知っていたのよ、あなたは知らなかったでしょ。


 自慢げに幻想郷の新参者をあざ笑っているような印象を受け、気分はあまりよくない。
 妹紅は、ふぅ、とひとつため息をつくと、踵を返し、これからどうするかを相談するために慧音のいる人の里へと歩きだした。

 八雲紫とは、つい先ほど境界の世界の中で意味もないいくつかの会話をしたが、その中で彼女が真顔で言った台詞は、「死んでほしい」という、友好的な交渉の場で出てくるような言葉では到底なかった。
 慧音曰く、八雲紫は賢者だという。妹紅は八雲紫とは何の交友もないのでそれが本当かどうかはわからない。慧音が言うならそうなのだろう。ただ、その賢者が単純に死ねと言葉だけ投げかけるとは思えない。これは何らかの意味があってのことだろう。殺せるものなら殺して見ろと彼女に反論したが、クスクス笑うだけでそれ以上はまともな答えは返ってこなかった。
 言葉遊びや謎掛けかもしれない。何にせよ、慧音に相談するのが一番だろう。おそらく八雲紫も多くをかたらなかったのは、説明しても理解できないと判断したからだろう。
 自分の知能ではお呼びではない、つまりバカだから頭のいいやつに相談しろということだ。自分がバカなのは自分が良く知っているが、少なくともその辺の妖精よりははるかにマシだろう。人間や妖怪の間ではかなり下の方になると思うが・・・。


 この時の妹紅は、八雲紫の画策するなんらかのシナリオのひとつの道具に使われるだけかと思っていた。

「異変・・・かな。」
 この段階で導きだされるのはこれしかない。


 だが、妹紅はまだ気づいていなかった。いや、妹紅だけではない。ほとんどの者がそうだ。単なる異変ではなく、それは幻想郷の存亡に関わる大きな大異変の前兆だということを・・・。




 幻想郷・・・。


 幻想郷と一口にいっても、博麗大結界で隔離された前と後では幻想郷の持つ意味合いが少し変わってくる。

 日本という小世界が幻想郷という概念も必要としない古き良き時代であった頃から存在した幻想郷。

 それから時代が進み人間の勢力が大きくなるにつれ、人間の傍らで仲の良し悪しに関係なく寄り添って暮らしてきた妖怪や妖精などの人外の生き物たちは次第に住処を追われるようになる。人の手の及ばない古い信仰やしきたりなどを守り続ける特定の地域にそれらが集まるようになった。自然に集まったのか、何者かの意思によって集められたかは定かではないが、一種の自治区のよな存在になり、その時代になると意識的に幻想郷と呼ばれはじめ、人外の存在を積極的に受け入れるようになった。


 幻想郷が幻想の郷として名実共に確立したのが博麗大結界で隔離されてからといえよう。そこには古きよき時代の「当たり前の風景」が残り、現代にとってそれはもう夢幻(ゆめまぼろし)の存在、下界から干渉できない文字通りの幻想郷となった。


 藤原妹紅が幻想郷入りしたのは結界で隔離されるよりだいぶ前だが、それは幻想郷と意識的に呼ばれるようになった頃の幻想郷である。

 蓬莱の薬を口にして不死の身体とった藤原妹紅は、その時から数十年間は人間として人間と同じ時間を過ごしていた。
 一向に歳を取る気配のない自身が、普通ではないということを理解するのは簡単だったが、それを正しく受け入れることは簡単ではなかった。

 自らの不死を改めて理解した時、犯してはならない過去の大罪も同時に自覚した。人として生きる資格を持たない妹紅は、人としての営みの時間を止めた。


 上白沢慧音が言うには藤原妹紅の年齢は1300歳位だという。妹紅自身は自分が何歳であるかなど覚えていない。人としての営みを止めた時点で歳を数えるなど何の意味も持たなかった。

 約1300年前、妹紅誕生後の当時を描いた物語『竹取物語』に妹紅の父親とおぼしき人物の名前がある。妹紅の当時の記憶には蓬莱山輝夜の事しかない。途方もない年月の中で古い記憶はほとんど残っていなかった。正確にいうなら輝夜の記憶によってかき消された。となる。
 その物語の登場人物の一人が父であるという証明になるような「物」は一切所持していない。
 そもそもその物語が歴史的事実に基づいた記録からなるものなのかも疑わしい。名前だけは確かに当時の実在する名前だとしても、史実に忠実だという事を証明する決定的な物的証拠もない。
 しかし、輝夜とそれにまつわるいくつかのエピソードは実際に妹紅はその目で見て体験した事と合致する。
 父親の顔や家族と過ごした思い出など何一つ覚えていないにもかかわらず、輝夜とそれにまつわる事件の一部始終だけが強烈に目に焼きついて記憶として今も鮮明に残っている。その輝夜を中心とした記憶のイメージの中の脇役として父親とおぼしき男性を知ることができるだけだった。忘れたい人の記憶の中でしか肉親を見いだせないのは皮肉なことである。

 ここまで記憶に鮮明に残るのは、それだけ輝夜の美貌も含め、彼女の印象が強烈だったという事だろう。
 慧音が言うには、歴史に名が残る人物とはそういった他者に強い印象を与える何かを生まれながらにして持っているという。そういった人物が何かをすることによって人の気を引き、語りぐさになったり、記録が残ったり、伝説になったりするのだそうだ。どんな偉業も人に知られなければ後世には伝わらない。伝わった偉業だけが歴史に残るのだ。


 藤原妹紅は、幻想郷に来た当初は極々短い間だが、人間の里の片隅で静かに暮らしていた。今は定住していないがその家は藤原邸として上白沢慧音が代理で管理している。

 空き家に住み着くと程なく人が訪ねてきた。それが上白沢慧音である。
 上白沢慧音は、人間でも妖怪でもない半獣半人のいわゆる獣人である。獣人にもいくつか種類があるが、生まれながらにしてそうであるものと、なんらかの儀式や事故によってそうなる場合とがある。感染病の一種だという説もある。
 また人から獣、獣から人へと、変身の仕方にもいくつかのバリエーションがあり、当人の意志で自由に変身できる場合と、幾つかの自然条件などがトリガーとなって意志とは無関係に変身する場合とがある。
 慧音の場合、獣化といっても完全な獣にはならず、人から半獣になるという感じだ。これらの変身スタイルは、コレといった完璧な法則性がない。
 どのパターンにおいても獣人は変身して獣化すると、基となる動物の特徴的な機能が格段に強化され、それにともない好戦的になる。ちなみに、獣化状態が通常形態で、変身時に人間になって弱くなってしまうというパターンもある。
 変身後にも変身前の理性を維持することが出来る種族・個体が存在するが、こうした者は人間の生活圏で共に生活し人間とは敵対しない。
 慧音も獣人化しても理性は維持できる。興奮状態になって近づきづらくなるが、会話は可能である。
 獣人は本来、動物と人間組み合わせであるが、慧音の場合、伝説上の生き物とされる白沢(ハクタク)の組み合わせで極めて稀な獣人である。こうなると通常の獣人とよばれる存在を完全に超えており、一般的に彼女は上位妖怪や霊獣として扱われる。
 ちなみに妖怪にも複数のバリエーションがあり、天狗や河童のように種族として存在する下級妖怪と、一人一種の強力な独自特性をもつ上位妖怪とがある。
 下級や上級というのは強さの格付けではない。人間は超下級というランク付けになるが、博麗霊夢のような化け物じみた固体もいるように、天狗や河童にも個体差があり強い個体は非常に強い。

 一人一種の妖怪は基本的に強大な力をもっていることにはかわりないが、偏った力を持っていることが多く、その多くは致命的な弱点も同時に持っていたりもするので強さのランク付けは人間も妖怪も等しく固体単位で行うのが基本である。もちろん種族によるある程度の平均スペックは設定されるが・・・。
 博麗霊夢などは、博麗大結界の管理者として幻想郷に於ける特別な存在として見られること以外でも、妖怪達の間では「人間」として扱われていない。博麗の巫女という種族の霊夢という名前の妖怪・・・的な扱われ方である。この扱いに対して、博麗霊夢は満更でもないといった様子で、はやり彼女は普通じゃないのである。




 藤原妹紅に、いつも寄り添うように存在する上白沢慧音の前身は、紀元前の中国に生まれた人間である。慧音が生まれた時代は安定した平和な時代であった。
 幼い頃から神童と呼ばれる天才児で、並の大人では太刀打ちできない知識を生まれながらに保有していた。


 神童と呼ばれる者は、輪廻転生の中で人間として幾度も転生し、高い霊格を持って生まれた人間である。魂の一生において人間として転生出来る回数は非常に少ない。人間として生きた時代に多くの徳を積んだ魂は、高確率で人間に転生でき、人間及び妖怪など高等種族に転生するごとに霊格が上がってゆく。

 生物には等しく魂が存在し、その肉体が消滅すると同時に、輪廻と浄化が選択され、輪廻する魂はそのまま顕界に転生し、浄化する魂は成仏するか地獄に堕ちるかを選択される。冥界の住人となれない魂は地獄で罪滅ぼしをし、特別な条件を満たしていなければまた顕界へ戻され輪廻する。特別な条件とは、地獄に落とされた魂は生前の所業によってのみ白か黒かを判断されるため、魂のランク付けによる特別扱いは許されない。ごく稀に高ランクの魂が地獄に堕ちる時があるのはそのためだ。そうした魂は他の魂と同じように地獄で修行し罪が滅ぼされたと同時に高い霊格の魂として扱われ、そのあと冥界の住人となれる。
 冥界の人となっても永遠にそこで暮らすのではなく、そこで修行をつんだ魂は天界へと移り天上人として新しい神となる資格を得ることが出来、人間とは別の立場で顕界に再び降りることが出来る。もちろんそれは極めてまれなことであるが。


 幻想郷の理においては、神も常に生まれ消えてゆく存在で永劫不滅な存在ではない。ちなみに神の死とは信仰の消滅である。

 嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる。誰もみていなくても悪事はお天等様が見ているなど、悪しき行いには必ず報いがあると古くから言われており、人々の道徳心の土台になっている。
 そしてそれそのものが閻魔様が閻魔様として力を発揮できる信仰なのである。モラルが崩壊した世界においては閻魔の力は減衰し、冥界の秩序が崩壊するのだ。
 現在のモラルがかろうじて維持できている背景には幻想郷の昔と変わらぬ道徳信仰があるおかげといえる。



 人が言葉を使い文化を持ち文明を作った時から数千年、人の魂は外道と人間の間を何度も往来し、その過程で徳を積み上げてきた特別な魂は、神やそれに近いものへと昇華される。
 善行や悪行の区別なく歴史に残る偉人とは、将来的に神となる魂を持って生まれた人間のことである。
 慧音もまたそうした資質の魂を持って生まれた特別な人の子であった。
 10歳にも満たない年齢で既に人の持つ知識の限界を越えた彼女は、人界の頂点に立ったと自負し、知識の霊獣ハクタクと知恵比べをしたいと願うようになった。もちろんその勝負に勝って名実ともに最高の知識者となるためである。
 慧音は生まれながらにして知識を貪る能力を持っており、貪欲に知識を求めずにはいられないのである。


 ハクタクの住まうという王都に上った慧音の前に、ハクタクはすぐに姿を現した。

 そして慧音はどちらが上かを証明するために勝負を挑んだ。
 慧音は自らの持つ知識を数日に渡って語り尽くした。そして慧音が語り尽くすのを見たハクタクは自らも語り始めた。
 ハクタクは慧音が語った以上の知識はなにも語らなかったが、替わりに慧音のひけらかした知識について一つ一つその由来や派生事例、知識を扱い方、それらがどんな歴史を生み出したかを語りはじめたのである。

 上辺だけの知識しか持たなかった慧音はハクタクの言葉に未知を知識を見出し、知識を喰らう程度の能力を先天的に有する慧音は、ハクタクの言葉に釘付けになり、無限になだれ込む知識の波に歓喜した。
 もやは知恵比べなどという低俗な競争心はなく、有り難い説法を聞くように慧音はハクタクの教えを真摯な態度で請うようになっていた。

 慧音は文字通り釘付けとなって動かなかった。体と魂が分離し、自らの肉体が地に伏せ、白骨となっても慧音の魂はハクタクの言葉を聞き続けた。
 やがてその白骨は大地に還った。王都は消失し野ざらしの大地になったが、いつの間にか村が出来、町となり、再び都市となっていた。そして、それは激しい戦の末、朽ちて消えた。それを何度も繰り返えした。
 そんな光景を背景に、それでも慧音は一心にハクタクの言葉を聞き続けた。

 ハクタクは数千年にわたり知識の何たるかを慧音に伝えたあと、最後にこう語った。


 彼の時代、知識はすでに単なる道具と成り下がる。

 知識や歴史は生まれた時点で瞬く間に万人に共有される時代がくる。

 教える必要のない世界においては私は不要となり、その末路は消滅でしかない。

 私の消滅は知識と歴史の消滅だ。
 共有されるそれらの知識はお前と同じ上辺だけの知識だ。

 知識や歴史を活用せず、身に着けることに意味を見出す愚かな世界が来る。
 この国は国が変わる毎に歴史が書き換えられ過去を消し、知識がそのつど失われてきた。私は失った歴史と知識を再び誰かに伝えるために存在した。しかし、これだけ時が過ぎたにもかかわらずいまだにその悪しき輪廻が断ち切れない。


 お前は知識を貪る能力がある。歴史を無に還す能力だ。
 私には知識を与える能力がある。歴史を生み出す能力だ。
 私自身をお前に与えよう。無と有の力を得え完全なる者となるのだ。


 この国ではない彼の国で生まれかわるのだ。
 そこはただひとつの歴史を持つ国だ。この国と同じ運命を辿らせないように、知識と歴史をお前自身の中に保存し、世界の終わりまで真実を指し示せ。



 すべての話を聞き終えた時、慧音の周囲は見たこともない世界になっていた。地面はなく、空は狭く、土の香りも風の匂いもなく、それとは逆に生気のない人の群れで世界は覆われていた。

 これがハクタクの危惧する彼の時代なのか?
 それを悟った瞬間時代がまた巻き戻るように周囲の景色が変わった。

 それはとても懐かしく思えた。

 慧音は数千年たってようやく瞬きをした。そして、そのまま目を開くことはなく、それまでの記憶と一緒に、深く深く闇にうずもれていった。





 どれだけの時間が流れたのか。

 途方もない奈落の中で、やがて一点の光が見えた。

 そこで、目が覚めた。


 慧音は自分の名前を呼ぶ人々の声で目を覚ました。そこには家族の顔があった。
 幻想郷の片隅の小さな家の温かい家族。
 風邪をこじらせ脳膜炎でもはや助からないと言われての奇跡の生還だった。


 正気をとりもどした慧音だが、自分が自分でないことはすぐに理解できた。
 魂のズレを感じる。確かに見知った顔なはずなのに他人のような感覚。記憶と実感が伴わない違和感からくる嫌悪感。
 それからしばらくの間、その人達と家族として過ごすが、奇跡の生還を果たしたその自分たちの愛娘は、それ以来中身が入れ替わっていることに家族も薄々気づいていた。
 埋められない心と体のズレ。
 10年経っても姿が変わらず、ある満月の夜、急に凶暴になって周囲の者を傷つけた。それ以降、満月をはさんだ数日の間は蔵の地下室に閉じ込められた。
 慧音は忌み子として疎外され、そして暗い蔵の中から出してもらえなくなり、隔離された生活を続けた。

 両親だった人達がこの世を去って数十年。忘れ去られていたその蔵の扉をあけたのは稗田阿夢であった。救われた慧音は、そこで自分が何者で何をすべきかを諭され、蔵を出て阿夢と共に満月を仰ぎ見た。
 満月で変身し力が暴走する慧音に、稗田阿夢は霊獣ハクタクを意味する上白沢の姓を授けた。
 ようやく仮の器から解き放たれ慧音はあるべき真の姿を取り戻すことができたのである。


 上白沢慧音は、数千年の時を超え、ようやく自分と再会したのである。




 それからの慧音は、獣人という人間とは異なり相容れない存在にも拘わらず、どんな迫害を受けても人のそばで暮らし、人の役にたとうと努めた。
 そして人の里で数世代が過ぎ、稗田一族が阿悟の代になった時には、慧音は里の住人の一人になっていた。
 今ではすれ違う人がいつも親しみを込めて挨拶をし、わからないこよは慧音先生に聞けというのが里の決まりとなっていた。

 満月の時の姿を見ても多少は恐れられるが、自然現象、たとえば雷雨とか大風とか、のように扱われ、運悪く頭突きをくらった者は天災だとあきらめるようになった。


 それからさらに数世代が過ぎた。
 そして運命の出会いが来た。



 ある日、里のはずれの空き家に一人の少女が住み着いたと寺子屋の生徒の一人が噂した。慧音は里の人すべてと顔見知りなるのが矜持にもなっていたので、その噂を聞いてさっそく挨拶に向かった。
 垣根越しに、紅と白の少女を目にした時、慧音の「歴史喰い」の能力が発動した。

 彼女は特別である。すぐにわかった。


 慧音はその少女に会うことなくその場を立ち去り、次の満月の夜、藤原妹紅の歴史を編纂したのである。

 慧音の歴史を喰らう能力は、常に発動しているわけではない。歴史は人によって成され人の中に宿るのものである。彼女の力は残すに値する遍歴を持つ特別な魂に発動するのである。そしてそれを歴史として編纂するのである。

 妹紅は本人の意思とは裏腹に無自覚のうちに歴史の重要な部分に影のように存在していた。
 慧音は妹紅から吸い出した歴史によって、それに付随する新たな真実を得ることも出来たのである。彼女の中に世界の運命を左右する存在をこのときから発見していたのである。

 しかし、その貴重な歴史的資料としての藤原妹紅よりも、悲しい歴史を背負う藤原妹紅の中に、家族から疎外され闇に閉じ込められて育った自分と重なる何かを見出した慧音は、歴史の霊獣としての立場を棚に上げても妹紅に対して自分が何かをしてやらねばという想いになっていた。






 そんな慧音から見る妹紅の初対面の印象はすこぶる良好ではあったが、逆に妹紅から見た慧音の印象は最悪以外の何者でもなかった。当たり前といえば当たり前だ。こちらは知らないのに明らかに慧音は妹紅の事を知っているのだから。

 妹紅のこれまでの人生の中で自分を知っていると思しき人物で今もなお存命であると確信を持てる人物は今現在で一番高い山に住む神様くらいだろう。他は心あたりがない。いや忘れているだけで、遠い昔にあっているのかもしれないが・・・。
 複雑な顔をする妹紅を尻目に、慧音はもうひとつ重要な情報を与えた。

 蓬莱山輝夜の存在と居場所である。

 輝夜が生きて存在していることはわかっている。あの当時でも彼女が特殊な人間であるということは理解できたし、宙に舞う牛車が月へと向かうのをこの目で見たから。だが、その輝夜がここ幻想郷にいるということはまったく想像の範疇を超えていた。


 偶然?


 もしかして運命?


 いや、それよりなぜこの慧音という女がそんなことを知っているのか・・・そしてそれを当たり前のように教えるのか。


 騙すため?

 何のために?


 全神経が思考に集中しているため、餌を求める鯉のように口をパクパクさせていることに気づいていない妹紅。
 その様子をクスクス笑いながら慧音はさらに付け足した。


「ここは幻想郷。夢幻の終着点だ。人智を超えた異形の存在はかならずここに居場所を求める。そう、お前のようにな。」


 慧音のしゃべり方は中性的で人より常に上から見下ろした言い方をする。およそ女性的な話し方はしない。それが最初は気に障った。慧音と初対面で会話した者は等しくそう感じるが、見た目に反し中身の本質をしれば特に不快とは思わなくなる。だがこの時は、慧音の存在そのものが妹紅を苛立たせた。


 こいつは一体何者なのか?


 一体何を企んでいるのか?


 その時の妹紅は何かの陰謀にでも巻き込まれているのではないかと勘ぐるしかなかったが、それにしても何のために?そして自分の情報はいつどのようにして知られたのかまったく理解できない。

 苛立ちをとめられない妹紅は、その場を逃げるように去った。この時の妹紅の幻想郷に於ける地理では輝夜がいるという迷いの竹林がどこにあるのかわからなかったし、今は輝夜を探すより一刻も早くその場から逃げたかった。


 どこに行くあてもなく、ぶらぶら歩いて頭を冷やした妹紅は、真夜中になってから帰宅した。慧音はいなかった。
 家に入る前に、中に慧音がいないかとこそ泥のように外から中の様子を伺うそのみっともない姿は人に見せられたものではない。
 慧音がいないことを確認して一安心して眠りについたがなかなか寝付けなかった。いろいろな事が頭の中を駆け巡り、興奮して全く眠れない。知恵熱がでるほど思考するなど何百年ぶりだろうか。しかし、いくら考えても慧音がなぜ自分を知っているのか理解できない。それに輝夜のことも気になる。


 あの女、慧音と言ってたが、彼女の言っていたことは本当なのだろうか。


 何の結論もでない思考を繰り返すうちに妹紅の精神は疲れ果て深い眠りについていた。





 翌朝、とてもよい香りとともに誰かに呼び起こされた。
 なんと、慧音が朝飯を作って待ち構えていたのである。
 寝ぼけ眼から一転、完全に目を覚まし口をパクパクしている妹紅に、慧音はあれこれと上からの目線で指図をして席につかせ、至極当たり前に「いただきます」をする。だいぶ前からそんな生活をしていたかのように自然な振る舞いをする慧音。
 呆気にとられ、ポカンと口を開けたまま箸がすすまない妹紅に、慧音はお約束のように「口に合わなかったか?」と問う。「い、い、いや、そ、そ、そんなことはないわ」と、恐る恐る箸をつける妹紅。


「・・・おいしい。」

「そうか、それは良かったな

 思わず口に出した妹紅を見て、満面の笑みで返す慧音。


 こんなおいしい朝食は初めてだ。

 人としての時間を断ち切った妹紅は、決められた時間に誰かと食を共にするなど実に数百年振りである。しかもこうして屋根の下で人間らしく食事をするなど、それこそ1000年振りかもしれない。

 妹紅はこの時、何かを諦め、昨日とは打って変わって冷静に慧音と向き合う事が出来た。そして彼女の言うすべてを疑うことなく真実として受け入れていた。

 得がたい何かを得た至福の喜びのようなものを感じ清清しい気分になった妹紅だが、ひとつやらなければならない事があった。


 妹紅は、輝夜を探しに迷いの竹林へ向かった。
 迷うことなく永遠亭にたどり着いた。竹林に入るとなぜか体が活性化した。その理由はあとで慧音に聞いて理解した。それゆえに後に住処をこことさだめたのだが・・・。


 輝夜は妹紅のことは覚えていなかった。というより知らなかった。当然である。当時の妹紅は屋敷の垣根越しに輝夜らの様子を見て一方的に憤慨していただけだったのだから。
 仮に対面していたとしても向こうは自分が誰であるかなど分からないし、わかる必要もななく、愛想のない小娘としかとらえなかっただろう。

 妹紅には輝夜と戦う理由があっても輝夜にはなかった。いや、違う。戦う理由は輝夜にもある。真実をしらない故に戦う理由がないだけだ。


 妹紅が飲んだ蓬莱の薬は、輝夜の噂を聞きつけ、その後深い親交を持った当時の帝に輝夜が別れの際に贈った不老不死の薬である。時の帝は輝夜のいない世界で不老不死になっても意味が無いからと、それを富士山の火口に捨てるように命じた。
 妹紅はそれを奪う計画をするのだが、それは輝夜に対する子供っぽい対抗心から生まれた軽いいたずらのような企みでしかなった。ようするに嫌がらせをしたかっただけである。
 しかし、事の顛末は予想をはるかに超えて悲惨な結果を生んだ。自分を救ってくれた岩笠という恩人を殺害し、蓬莱の薬を飲んでしまったのである。
 当時、その罪悪感は薄かった。たった一夜にして多くの人の命が失われた現場を目撃しその衝撃に人としての感覚が麻痺していたからだ。彼らはいずれ生き返るだろう。岩笠だってそのうちすぐ戻ってくる・・・。
 その時は普通にそう思っていたのだ。


 罪の重さを知ったのは、人としての生き方を止めなければならない選択をした時からだった。


 藤原妹紅は他のことは忘れても1000年以上その罪を忘れなかった。
 輝夜に殺されることが唯一の償いではないか?ずっとそう考えていた。
 それ以外の方法は知らなかった。


 妹紅は輝夜の目の前で自らを紅蓮の炎に焼き、蓬莱の薬を飲んで不死になったことを証明してみせた。
 自分の記憶と慧音にさずけられた歴史を踏まえ、輝夜に戦う理由を与えた。

 輝夜もまた妹紅とほぼ同じ時間をこの永遠亭で身を隠して生きていた。彼女にとってあの時代こそが人生においてもっとも輝いていた時でもあった。
 数千年の時を超え、いつかあの人と出会う時がくるかもしれないという少女の淡い想いを断ち切られた輝夜に、妹紅を人生の仇と思わせるにそう時間はかからなかった。

 逆上した輝夜と妹紅の殺し合いは、再会したその瞬間から始まったのである。

 復讐と贖罪の終わり無き殺し合い。
 これが今日まで、そしてこれからも永遠に続くと思われた二人の戦いの始まりであった。


 だが、すべての事象には終わりが来る定め。それから300年という時間は幻想郷においても激動の時代となっていた。

 ひとつの時代が終わって新しい時代となっていた。

 スペルカード制の導入である。

 スポーツ感覚で勝ち負けを決めるこの制度の導入により、本気で殺し合う事がタブーと化したのだ。


 スペルカードによる互いの美技を競う戦闘スタイルの確立は、本来妖怪など強い力を持ち群れを嫌う個人主義派に支持され、活発に戦闘が行われるようになった。

 特に力の弱いものが強いものへ挑戦するというスタイルが大流行したのだ。

 大きな力を持つ者達はより大きな戦いを演出するために意図的に異変を起こしてみせたりと、やりたい放題になっていた。

 にも関わらず、人間が妖怪に襲われる件数は年々減り、幻想郷は不思議と平和が保たれているのである。

 これは弱いものいじめをするよりも強いものに挑戦するという思考がスペルカード制によって生まれたからであるといえる。


 その頃になると輝夜、妹紅どちらの憎しみも、次々に起こる異変によって薄められていった。正確にいうと、次々と起こる新しい異変に、1000年の恨み辛みを繰り返すことが愚かしく時代遅れと感じ始めていたのである。だからといって、すぐ仲直りできるものでもない。1000年の恨みは1000年経たないと消えないだろう。
 止め時を模索しながらの決着のつかないむなしい殺し合いはそれでも続いた。


 しかし、「止めたい」という、そんな想いとは別に、単純に戦う事そのものが楽しいと感じている妹紅がいる。それは輝夜も同じかもしれない。
 蓬莱人同士の不死身対決は他の人間や妖怪相手のスペルカード戦とは違ってダイナミックでどの弾幕よりも美しいものだった。

 互いに無茶ができる、ある意味二人だけの特権ともいえた。

 永遠を共有する二人だけの楽しい殺し合い。

 いつまでも、いつまでも、かわらずそうあり続けて欲しいと、妹紅は本気で願うようになっていた。そして輝夜の想いもきっと同じだろうと信じたかった。



 意図的に仕組まれる異変によって幻想郷はかつてない活気に満ちた時代を迎えることになるが、そうした何者かの意図とは別に、根源的な異変が迫っていることに気づいているものは今の幻想郷にはほとんど存在していなかった。


 後に博麗の巫女が世界を救った、天と地を切り裂いた天地大結界と呼ばれる獄炎の宴の兆しは既にはじまっていたのである。