イライラしてしまうこと | MILL71のブログ

イライラしてしまうこと

自分の思い通りにならなかったり、気に入らなかったりするとすぐイライラしたり怒り出したりする人がいる。

 

そしてそのほとんどが自分を正当化している。自分は正しい、間違ってない、周りが悪い。そういう思考になっている。

 

だが違う。イライラするのは全て自分に原因がある。力不足だったり考え方の欠如からそうなる。

 

逆に考えれば自分の思い通りになる世界でイライラするだろうか。それはそれでつまらないだろうけどイライラはしないはずだ。

 

ここで言いたいのは人や環境のせいにするなということ。何もしないのに理想の世界を手に入れようなんて虫が良すぎではないか。

 

思い通りにならないのならそうなる努力をすれば良い。やってもダメなら別の方法を考える。それをしないのは思考停止しているのと同じで畜生と何も変わらない。

 

いや、畜生の方が生きることだけを考えてるから利口かもしれない。人とは違い怒ったりするのも全て生きるためであり防衛手段だからだ。そこには意味がある。

 

感情のままに生きることを許されるのは物心がつくまでだ。それが過ぎたら常に自問自答しなければならない。

 

誰にでも等しく機会は与えられている。そう思えないのは短絡的だからだ。

 

なぜか人は他人と比べたがる。上を見て嘆いたり、下を見て優越感に浸ったり。そんなことをして何の意味があるのか。

 

目標を定めてひたすらそこに向かって進めば良いだけなのに。自分は自分であって他の誰かではない。

 

自分に必要な力だけを身につければいい。他の誰かになろうとする必要なんてないし、なろうとしたところで絶対になれない。

 

例えば学歴だったり、容姿だったり、生活環境だったり。自分に足りないものに不満を感じすぎてるのではないか。

 

では、それを覆すために何をしてきたのか。口だけの人も多い。

 

学歴が欲しいなら勉強すればいい。大学なんていくつになっても行けるのだから。お金が欲しいなら働けばいい。体を動かす仕事ができないなら頭を使う仕事をすればいい。容姿が気に入らないなら整形だってある。倫理的な問題だったり、リスクもあるけどそれは自分が変わろうとする努力に他ならない。

 

不満を口に出すのもけっこうだがやってからにして欲しい。やってると言ってる人。全然足りていなかったり、やり方が間違っていることに気付いて欲しい。

 

反抗期をむかえるのは決して悪いことではない。それは自己が世の中に対して疑問を抱く。考えることを始めることだからだ。

 

親としては反抗期をむかえた子供の扱いというのは厄介なものでしかない。反抗期は教育によってどうにかなるものではない。むしろ、反抗期をむかえないということはアイデンティティを持ち合わせていないということにもなる。

 

それがないとどうなのか。考えるということを始めていないのだからこれからの人生に意欲的になれない。判断力や思慮が著しく欠落した状態。

 

思考回路が子供のままだから感情的になりやすい。だから親は子供が反抗してきても絶対に抑圧してはならない。受け入れる姿勢も重要だ。幼虫がさなぎになり成虫になろうとしてるのにさなぎを押さえつけてるのと同じだからだ。

 

ただし、明らかに間違っていることに対しては強く否定しないとわがままな性格になってしまいがちなのできちんと教育することが必要。

 

物事の善悪。周囲に迷惑をかけさせない。教育の本質はここだと思う。頭が良かろうが悪かろうが迷惑をかける人は最低だ。なぜ迷惑をかけることが悪いことなのか。これを理解できるように教えるのが親の務めだ。

 

痛みを知らない人も自己中心的でイライラしやすい。痛みというのは心の痛みだ。

 

飼ってた生き物が死んだり、大事なものを壊してしまったり。失うことの痛みを知った人は他人の痛みに寄り添いやすい。その経験がないとなんで泣いているのか、悲しんでいるのか理解できず、結果イライラしてしまう。

 

これは出来れば小学生くらいの時に経験しておいてもらいたい。子供は大人よりよほど心が純粋で繊細だからだ。感受性が強いとも言える。

 

ただ、親も人間であり誰しもが完璧なわけではない。いざ自分が大人になって間違いを起こしても、親に教えられなかったからなんて馬鹿なことは言わないで欲しい。だからこそ親からは教えられなかったことを他の大人に教えてもらうために多くの経験を積む必要がある。

 

自分の人生を決めるのは誰でもない自分自身。失敗したとしても自分で責任をもって、そこからさらに成長して魅力的な人間になってもらいたい。