またまた久々になってしまいました。

帯状疱疹の痛みがなかなか引かないのと、肺転移の息苦しさや抗がん剤の吐き気で

なかなか思うように普通の生活ができていませんでした…。

 

でも、今日はいつになく体調がいい〜!

ずっと食欲不振だったけれど、今日は食欲が復活。

お腹がすくという感覚は久しぶりです。

 

さて、乳がんの今までの経緯が途中で中断していたので再開です。

 

2016年5月末日に全摘&リンパ郭清手術をした後

術後の回復は早かったのですが、

腫瘍随伴で発症した皮膚筋炎がひどくなり

7月半ばぐらいまで筋肉の炎症で体が動かなくなりました。

 

その後ステロイド治療により皮膚筋炎も回復。

これで仕事も復帰できる!

髪の毛もピーターなみに生えてきて、いっそ早めに脱ズラしちゃう?

などと考えていた8月〜9月。

ちなみにそのピーターにみたいな髪型をなぜか父はとても気に入っていた(笑)。

 

9月上旬頃、右鎖骨(術側)の上にゴロゴロとしたしこりを感じました。

 

まさか手術から3−4ヶ月で再発するなんて思ってもいなかった…

その時の乳腺外科の主治医も

「リンパ郭清したから、リンパが滞ってしこりみたいになってるのかも」

と言っていたのですが、

生検の結果、転移が確認されました。

 

しかもその鎖骨上のしこりは触れる限り7−8個もある!

う〜〜ん・・・さすがにへこみました。

 

さらにはよく観察してみるとリンパ郭清したはずの脇にも1個。

脇腹にもボコッとしたものが…。

 

トリプルネガティブでグレード3、Ki67が90%なので

ある程度は再発を覚悟していたものの、

こんなに早く来るとは…。

 

でもなぜかその時、ホッとしたのを覚えています。

 

再発したのは最悪だけど

もう再発率が高いと言われながら、いつ再発するかとビクビクしなくてもいい。

腹をくくって治療するしかない、と思ったのです。

闘争心に火がついたのです。

 

でもその時はまだ

その後壮絶な再発治療が待っているとは思っていなかった…

かなり甘くみてた、私… (^_^;)

久々、おそらく1ヶ月ぶりぐらいに今日は体調がとてもよいです。

今飲んでいる抗がん剤(TS1)が効いているかもしれないのと、

昨日、親友に紹介されて連れていってもらった

癌専門の鍼灸院での施術がとても効いているのではないかと思っています。

 

今日は息苦しさも軽く、

そしてTS1の副作用で強く出ていた吐き気も収まり、

食欲もやる気も出てきて、

久々に台所に立ち、料理もできました!

ここ1ヶ月で2回入退院を繰り返した私としては快挙!

しかも鼻歌まで歌えた!

本当に嬉しいです。

 

気分もよく食べ物も食べられて

一息ついてソファに横になり、窓を開け目を閉じ耳を済ますと

いろんな音が聞こえてきます。

 

子供たちが下校する声、笑い声、喧嘩の声。

建築中の家から聞こえる金槌の音。

鳥たちのいくつも重なるさえずり。

車が通る音。

近所の人々の話し声。

 

世界とは活力と美しさに満ち溢れている。

そして愛に溢れている。

 

そう強く感じられるようになったのは病気のおかげです。

 

病気になって、毎日のように体調を心配し

私以上に病気のことを勉強してくれ、一緒にクリニックに付いてきてくれる親友たち。

二人暮らしで、この状況で本人だって辛いのに、精神面でも家のこともがんばって一生懸命助けてくれる娘。

何かあればすぐにかけつけてくれる遠方に住む家族。

いつも病気のことを気にかけ励ましてくれたり笑いを提供してくれる友人たち。

その他にもたくさん、たくさんの愛情をもらっています。

 

それだけで生きるに値する。生きるってこういうことなのかと思う。

その気持ちを考えるだけで、私はまだまだ死んじゃいけない、病気を乗り越えて何倍も恩返しをしなくちゃと思います。

 

病気で得たことは、病気で失ったことの何百倍も何千倍もたくさんあって

私にとって必要なことであったと本当に心から思うのです。

 

鍼灸の先生も本当に癒しの力をお持ちの方で、何か穏やかな「気」のようなものをいただいた気がします。

 

世界は素晴らしい〜❤️ 

私はもっともっとこの素晴らしい世界を満喫したい!

という執着心をもち続けてゆきます〜

 

以前大阪での治療で入院した病院から見えた美しい夕日です。

 

 

 

 

2週間前に高熱と呼吸困難で入院しました。

そして退院後家に帰った翌日から、胸と背中に激痛が走り、日に日に痛みが増していました。
前回のCTで肺転移が思いの外進み、肺の半分くらいが腫瘍で埋まっているとわかったので、てっきり「このすごい痛み、とうとう癌の痛みが出始めたか!」と思い込んでしまった私。でもどんなに鎮痛薬を飲んでも全く痛みが引かず、またまた緊急センターに駆け込みました。

そして私の背中を見た看護師さんが一言。
「あー、帯状疱疹でちゃったね!」

え?帯状疱疹⁇

全く予期していなかったのですが、なんとその堪え難い痛みは帯状疱疹の痛みだったのです❗️

でも痛みの原因がわかってよかった〜。それにしてもこんなにも痛いものなのですね、帯状疱疹って…😢

それで入院して1週間抗ウィルス剤の点滴を受け、昨日無事退院しました。

今まで抗ガン剤治療中に感染症になったことがなかったので、甘く見ていました… 今回は帯状疱疹なので、治療を重ねている体が悲鳴を上げたのかもしれませんが、抗ガン剤治療中は本当にあらゆる注意を払わなくちゃいかんなぁ〜と改めて思った次第です。

呼吸の方は呼吸器なしでは生活できない感じですが、比較的落ち着いているので、あとは今2クール目に入ったTS1の効果を願うばかり❗️

きっと効く❗️
必ず効く❗️

もちろん全く面識はなかったけれど、
麻央さんが叶えられなかった想いを、
私は同病の患者として、果たしたいと強く深く思いました。

麻央さんがくれた勇気と希望は、本当に、本当に患者にとって大きかった。心からご冥福をお祈りします。
ブログサボっちゃった…びっくり

…わけではなく、実は緊急入院しています。
でもブログ書けるくらいには回復したってことなので、よい方向にいってるはず‼️
(昨日までは目が開けていられなかった)

先週半ばまで、朝熱が出て薬で下がる
という流れになっていたのですが、
その日は朝から39.6度の熱といつにない息苦しさで、すぐに緊急センターに連絡。

タクシーを呼べば自力でいけそうだったので、
1時間後にタクシーで緊急センターに行きました。

肺転移の状態が悪化したか…
それとも皮膚筋炎の副作用の間質性肺炎か…
または抗ガン剤治療の免疫抑制で何かに感染したのか…

緊急センターの見立ては「間質性肺炎」の疑いあり。即座にレントゲンと翌日予定していたCTを前倒しで行い、一旦「間質性肺炎」の治療である
ステロイドパルス療法を3日間行うとのこと。

実はこの日は運悪く主治医がお休みの日だったので、緊急センターの判断でステロイドを大量投与するこのパルス療法をすぐに始めることになりました…

大量のステロイド投与=高度な免疫抑制。
しかも、考える間もなく…

今年に入って転移と共に皮膚筋炎が再燃して、ステロイドの投与量を40mgまで上げ、徐々に様子を見ながら今では14mgにまで減量できていました。

でもリンパ球はいつも3%とか4%… 「免疫力アップしてガン撃退❗️」という%からは程遠く、いつも早くステロイドから抜け出せるように、と膠原病科の主治医とも話していました。

でも、「息苦しさ」と「緊急事態」には勝てなかった…‼️

流れに身を任せステロイド点滴を受けました。

…そして…なんと…


その夜、CTの結果と共に来てくれた主治医から、思いもかけない言葉を聞くことになりました。

「今回のものは間質性肺炎というよりは、腫瘍の勢いが増していると考えた方がよいので、パルスは中止、すぐに抗ガン剤を変更して呼吸困難の症状は薬でコントロールしましょう」

CTには肺全体に散らばる腫瘍や、明らかに肥大している肝臓の腫瘍が映っていて、久々にクラっときました…

確かに喉のあたりも腫れてきている…熱が出ていたのはこのせいだったのか。

それもそうだけど…
アブさん、もう効かなくなっちゃってた❗️
期待してただけに、残念❗️

でもまだまだ使える薬はある。
どれが合うかはやってみなきゃわかんない❗️(まるでロシアンルーレット 笑)

…それよりも何よりも…

一回だけやったあのステロイドパルスは
やる必要があったのだろうか…😭

そこが一番泣けてくるよ〜

私がスナップエンドウ好きなことを知る友人が
実家から大量に送ってくれました💕

ここ2、3日はヘブン〜な日々になりそうです。

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ようやく体調回復!!

抗がん剤も1週間の辛抱・・・とわかっていれば乗り切れます。

次回は6月1日なので、それまでは思いっきり楽しんじゃおう〜

でも、鎖骨上と脇のしこりは、すごく小さくなってるような気がする!

ありがとう〜 アブさんラブ

 

ということで・・・

前回治験の話をしましたが、まだまだ回想は続きます。

 

手術したのが2016年5月末。

手術で取ったしこりの病理検査の結果が出たのが7月上旬(その直後に治験の話)。

 

その間、皮膚症状は落ち着いてきていたのに、

なぜか筋炎の方がひどくなり

6月〜7月にかけて腕や足、首などの筋肉が少し動かなくなっていました。

朝起きようとすると首に力が入らなくて、ベッドから体を起こすのにも一苦労。

とにかく体が動かない!

 

皮膚筋炎というのは自己免疫疾患で、

自己免疫が皮膚や筋肉といった正常な細胞を自ら攻撃してしまう病気です。

自分の免疫が攻撃するため、皮膚に炎症が起きて紅斑となり、

筋肉に炎症が起きて体が動かなくなる、という難病で、

基本的にはステロイドで症状を抑えるしかないと言われています。

難病なので「特定疾患医療費助成」や

「難病患者福祉手当」の対象にもなっています。

 

乳がんの上に難病・・・

どんだけッ!!

 

ただ、私の皮膚筋炎は「腫瘍随伴症候群」で

癌があるために発症したものなので、

通常の皮膚筋炎にみられる抗体(それをターゲットに自己免疫が攻撃する)が

全くみられないタイプです。

 

でもステロイド30mgが奏功し

2〜3週間で筋力も徐々に戻ってきました。

 

その時、なんとかステロイド以外の方法はないかと

自己免疫疾患によいと言われる治療法をいくつか調べて、

私が試してみたのが「西式甲田療法」というものでした。

 

しかもこれは癌にもよいらしい!

一石二鳥じゃん!

 

西式甲田療法は

① 青泥というスムージーの濃いバージョンを中心とした少食食事療法

② 西式の皮膚・運動療法

この2本柱が基本です。

 

本を読んでみると、食事療法の方はわかりやすかったものの、

皮膚・運動療法がいまいちつかめない・・・

 

そこで東中野にある渡辺医院という、

西式の治療を行っている

とっても昭和な雰囲気の医院に行ってみました。

 

 

ここではとってもレトロ感のある

「金魚運動器」や「毛細運動器」を使っての運動や、

「裸療法」という西式の中心ともいえる療法のやり方を教えてもらえます。

 

西式甲田療法を説明すると延々と続きそうなので・・・

詳しくは医院のサイトで:

http://www.dr-watanabe.nakano.tokyo.jp/

 

結果的には・・・

私には続けることが難しい療法でした。

 

毎日、青泥とにんじん&大根のすりおろし、玄米クリームとお豆腐だけ、

という食事がきつかった・・・

 

そして「裸療法」する時間が確保できなかった!

なぜなら「裸療法」は裸になったり体を毛布で包んだりを

1−2分おきに交互に30分ほど繰り返す療法で、

それを1日に何度も行うというものだったのです。

 

仕事しながらの継続は難しい・・・

 

でもこの療法で難病を克服した方などもいるらしいので

続けていたらもしかして今頃、再発もなかったかもしれないけれど

・・・それは誰にもわからないこと。

 

やったことと、やってみて自分で決めてやめたことは後悔しない!

これ、病気になってから常に意識しています。

アブラキサンを投与してちょうど1週間。

今週は少し辛くなってきた副作用と戦いながらの仕事・・・

先週日曜日から立て続けに熱が出ては薬で抑える、の繰り返しでした。

 

今日はよい天気だった〜💕

すごく外に出かけたかったけれど、

不調のしわ寄せがどっと出てきたので、お家でいい子にしてました。

 

天気のよい日に不調だとテンション下がりますね・・・。

 

でも気を取り直して〜

 

前回手術が無事に終わったことを書きました。

 

初発の標準治療だと、

① 抗がん剤治療(術前か術後/乳がんはパクリタキセルなどのタキサン系とFEC

などのアンスラサイクリン系の2種類ということが多い)

② 手術

③ 放射線治療

この3つの治療が基本になっていて、

普通はこれらが完了した後は経過観察になります。

 

私は術前抗がん剤治療中、FECという抗がん剤の治療を半分終えたところで

腫瘍随伴性の「皮膚筋炎(膠原病の一種)」を発症してしまい、

抗がん剤最後の2回中止→手術前倒し、という想定外の流れになっていました。

 

でも手術の後、放射線治療は普通にできると思っていたのです。

 

・・・が、できなかった!!

皮膚筋炎がある人は放射線がNGだったのです!

 

抗がん剤治療も結局中途半端になってしまったし

さらに放射線もできないとなると

「胸とったもん損」みたいにならないのか・・・

すぐに再発しちゃうんじゃないか・・・

 

そんな私に主治医は代案を提示してくれました:

「milkyさんは皮膚筋炎だから、放射線も抗がん剤治療の続きも今は見合わせた方がいいので、その代わりといってはなんですが、治験を考えてみてはどうですか?

今、ちょうどトリプルネガティブ向けにオラパリブの治験をやっているから」

 

オラパリブはPARP阻害薬という新薬で

BRCA1かBRCA2という遺伝子が変異したトリプルネガティブ乳がんに効く

と言われている薬です。

 

自分の癌が遺伝子変異系なのかもわかっていなかったし、

その治験は50%のプラセボも入っているため、

新薬に当たる確率は50/50。

 

悩んだ・・・ものすごく悩んだ。

 

オラパリブでプラセボの50%に当たってしまったら

治験中は他の治療ができないから癌が進行してしまうかもしれない。

でももし私の癌の遺伝子が変異していて新薬の方に当たれば

抗がん剤や放射線ができなくても治るかもしれない。

(ちなみに手術前に胸と脇のしこりは小さくはなっていたものの

まだ触れることができていたので、この時は完全奏功はないと思っていました)

 

悩んで悩んで、考えを2転3転した挙句、

最終的に治験に賭けてみようと思い、そう主治医に話したところ

「では、治験コーディネーターさんとお話してくださいね」

となり、担当の方から概要説明を受けました。

 

治験は条件などが細かく指定されている場合が多いので

まずはそれらを確認して連絡をもらうことになり、

待つこと3日。

 

結果

 

「皮膚筋炎の方は今回の治験は対象外です」

 

また!!!!

また皮膚筋炎!!!

 

腫瘍があるために出てきてしまった皮膚筋炎。

腫瘍がなくなればそちらも自然に治ると聞いているのに、

その皮膚筋炎のために癌の治療の選択肢が狭まっているという、

このなんとも悲しい負のスパイラル!!

 

では再発予防治療は、私にはもうできないのか・・・

このまま経過観察するしかないのか。

 

・・・とは思わず(笑)

私はすぐにセカンドオピニオンを取りにいきつつ、

他の治療方法も模索し始めたのでした。

現在の状況はというと・・・

再発治療で今、抗がん剤(アブラキサン)を3週間に1度投与しています。

 

先週金曜日で2回目だった抗がん剤投与。

1回目はほとんど副作用がなかったのに、今回はなぜか・・・

①しびれ(前回より強い)

②発熱(昨日は39度ぐらいまで上がりました)

③軽い吐き気

があり、週末はダウン気味。咳もちょっとひどくなってきた。

8割投与とはいえ、抗がん剤投与直後はやはりきますねぐすん

 

でもしびれ以外のすべてに対応できる山のような薬群があるので

それらを飲んでは寝るという3日間でした。

 

癌になってから私は迷わず薬を飲むようになりました。

我慢するより、QOLが上がり楽に過ごせる日が1日でも増える方が意義があるから。

ただし、頑固な便秘になるものだけは少し躊躇しちゃう・・・笑

今、咳で飲んでる効き目抜群のリン酸コデインは、

そういう意味で飲むのを迷ったりしています。

 

さて、前回手術直前の様子をお伝えしましたが、

今回は手術編。

 

2週間前倒しにして行われた手術。

手術自体は右胸全摘+リンパ郭清レベル3でした。

・・・というか「リンパ郭清」が「レベル3」だったことは

手術後、執刀医から初めて聞かされたのですが・・・

 

「レベル3」というのは執刀医曰く

「見える範囲のすべてのリンパを取りました」というレベルらしく、

手術後リンパ浮腫という大変な副作用が出る可能性は非常に高くなります。

でも再発リスクが高いと聞かされていたので、私にとっては安心材料。

 

リンパの方は、いくつかのしこりがくっついて

ひとつの塊みたいになっていたようで、手術が難しく、

予定していた時間を大幅に上回り、結局5時間ぐらいかかりました。

 

そのわりには術後回復も早く、

翌日には病院内を動き回っていたなぁ。

娘を一人で残していて、早く家に帰りたかったので

またまた主治医に交渉を試みたりもしてました・・・😅

でも乳がんの手術は、リンパ液の色が薄くなるまでは退院できないので

結局予定よりマイナス1日減っただけでした。

 

手術の痕は、さすがに直後に直視する勇気はなかったのですが、

8日間の入院を終える頃には見ることができました。

でも、思った以上に綺麗に仕上がってた!

 

しかも手術後、皮膚筋炎の皮膚症状が劇的に改善!

 

そして退院してから腕のリハビリを頻繁にしていたら

1ヶ月ぐらいで右腕も上がるようになりました。

痛いけど、痛くても、リハビリはした方がよいみたい。

このことはその後、筋炎で体が全く動かなくなった時にも痛感したのでした・・・

いろいろ忘れちゃわないうちに

今までの治療の経緯を時系列で回想しています。

 

2種類目の抗がん剤が途中で中止になった経緯はこちら〜

FEC〜皮膚筋炎発症

 

いきなりの皮膚筋炎発症で

抗がん剤治療は見合わせた方がよいということになり、

2016年6月半ばに予定されていた全摘手術を

できるだけ早く行うことになりました。

抗がん剤を中止したから早く手術しないと癌が進行しちゃうから、という理由で。

ここでも治療を急かされた・・・。

 

皮膚筋炎の診断がついてから最短で手術できるのは2週間後。

病院側ではいろんな手配が一気に行われたようです。

 

そのひとつが、麻酔科。

でも、この麻酔科の先生との話が完全に想定外だった!

 

皮膚筋炎を発症した私に、麻酔科の先生はこう言ったのです:

 

先生「膠原病の方には全身麻酔ができないということになっているので

全摘手術の麻酔はできません」

 

私 絶句!!

「ちょ、ちょっと待ってください。ということは私は手術ができないということですか?」

 

先生「そうですね。カンファレンスで上の医師たちとも話ましたが、できないということでした」

 

私「では、私は皮膚筋炎を持っている限り乳がんの手術ができないということなんでしょうか?」

 

先生「まあ、そういうことになります」

 

私 再び絶句!!

 

・・・必死だった私は、

何とか全身麻酔してもらえないかという交渉に、その後1時間費やした。

もちろん泣きもいれつつ!(笑)

今思うと、そんな私に1時間も付き合ってくれた麻酔科の先生、

とても優しかったのですね。美しい女医さんでした。

 

最終的に先生も根負けしたのか

「わかりました。上の者ともう一度話し合ってみます」と

話を一度持ち帰ることになりました。

 

数日後・・・

「全身麻酔できることになりました」という連絡をもらい

無事手術ができることに!

わーい!!

 

・・・と喜んでいたのもつかの間、

今度はエコーを見た執刀医が私にこう言いました:

「う〜ん、左の胸にもしこりが見えるので、手術前に生検しておきましょう」

私、またまた絶句!

 

結局、生検したら左胸のしこりは良性のものでした。

やれやれ・・・

 

その時までには膠原病科の先生の診断で

私の皮膚筋炎は「腫瘍随伴症候群」として発症したものであり、

腫瘍があるために出てきた病気なので、

乳がんの治療が進み、体内から腫瘍がなくなれば

自然に落ち着くものであると聞かされていました。

 

当時は皮膚筋炎を落ち着かせるため、ステロイドを30mgも飲んでいたので、

早く手術で腫瘍を取り除けば、

皮膚筋炎も治る!と手術を心待ちにしていました。

皮膚筋炎の皮膚症状は見た目にもかなりインパクトがあったし、

ステロイドでかなりの免疫抑制をしている状態で

癌に対抗する自然治癒力が発揮されるとは全く思えなかったからです。

 

・・・そいう意味では、全摘手術で胸を失うことよりも

乳がんの腫瘍が取り除かれて癌も皮膚筋炎もよくなる、

ということの方が自分としては重要でした。

 

それにしても

皮膚筋炎を発症したあたりから

何かと想定外の出来事が増えてきたなぁ〜

乳がん告知からまだ1年半なのに

その間の展開ときたら・・・

自分でもそのスピードについてゆけないくらい。

 

まずは術前抗がん剤治療として

アブラキサンとパクリタキセルをweeklyで12回

その後薬をFECに変えて4回行い、

抗がん剤治療終了後、リンパ郭清をともなう全摘手術、

そして放射線治療、というのが治療方針でした。

 

パクリなどのタキサン系の治療を2015年11月〜2016年3月まで行い、

3月〜5月までFECを行う予定で、FECのしんどい副作用にも耐えていた4月下旬。

 

体調もわりとよいのでGW中に趣味のDIYをやっていたら、

手の指の関節あたりが赤くなってきて

「手荒れ??」という状態になりました。

でもその赤みは日に日に増してきて、肘や膝など手足の関節に広がったのです。

実はこの状態、あとで調べたら「ゴッドロン徴候」という

典型的な皮膚筋炎の皮膚症状でした。。。

その時はそんなことも知らず。

 

GW明け早々、その時の主治医であった乳腺外科の先生に症状を見せると、

「これは抗がん剤の遅延性のアレルギーかもしれないから、

FECを中止しましょう」という話になりました。

FECの副作用がかなりきつかったので、ちょっと喜んじゃった私。

 

すぐに皮膚科に回されるも、その時の担当医では診断がつかず、

まずはステロイド15mgで様子を見ることに。

でも2週間ぐらいたっても皮膚症状は悪化の一途をたどり、

紅斑が身体中に広がっていました。

顔にも結構広がってた、歌舞伎の隈取りみたいに・・・

(実はこの顔の隈取り様の紅斑も典型的な皮膚筋炎の症状だったのです)

 

そして最初に皮膚科に行ってから3人目の担当医は

その大学病院の皮膚科トップの教授でした。

するとその先生は私の手を見た瞬間に「あ、これは典型的な皮膚筋炎ですね」

とあっさり診断を下したのでした。

 

最初から出てきてよ〜!

 

そしてここから、その後かなり苦しめられることになる

皮膚筋炎とのバトルが始まったのでした。