2018年6月14日23時45分に、彼女は永眠しました。

とても短い、色々と大変な人生だったと思います。

今、書き込んでいるのは、16年間共に寄り添い、共に精一杯生きてきた、一応旦那です。

 

よくケンカもしました。

よくドライブに行きました。

時に美味しいものを食べました。

時に旅行に行きました。

毎年正月には、どこかに初詣に行きました。

よくスーパーに買物にいきました。

 

数えきれないほど、沢山のことを、一緒にやり、一緒に出掛け、

一緒の時間を共有し、これまで生きてきました。

 

彼女は、病気でした。

今の時代になったからこそ、理解のある環境にはなってきていましたが、それでも、ほんの一部。

本当に彼女を理解し、彼女の気持ちになって考えて、彼女を助けれる人はいなかった。

私もその一人です。

 

最後の最後まで、ケンカをしていました。

 

後悔先に立たず。。

もっと彼女に触れていればよかった。

もっと色々な事を話しておけばよかった。

もっと、色々な所に出掛ければよかった。

今までしたことのないことを、しておけばよかった。

美味しいものをお腹いっぱい食べておけばよかった。

もっと、もっともっと。彼女の笑顔を見たかった。

心の底からの笑顔を見たかった。

もっと彼女の声を聞いておけばよかった。

もっと聞きたい。

 

もう、直接声を聞くことも、彼女を見ることも、触れて、温もりを感じることも、そんな当たり前の事すら出来ない。

 

精一杯、自分と向き合い、誰から見ても真っ直ぐ正直。

私の周りの誰よりも、人のことを第一に考え、最後まで、悩んで苦しみ抜いた。

 

見る人、心無い人からすれば、そんなこと。って思うことすら、彼女にとっては、とても大変で、周りの人が当たり前に出来ることも、彼女にとっては、時間をかけて、ゆっくり準備して、やっと出来る。

出来ない時は、その日は諦める。

買物や、外に出ること、会話することが、とくにそうでした。

 

誰にでも良いところ、悪いところはあると思うけれど、彼女は、自分の全てと向き合っていたと思います。

日々の暮らしの中でも、どんな時でも。

中々見ることは出来なかったけれど、とても笑顔が素敵で、とても素敵な人でした。

 

もう一度、はないけれど、もしあるなら、今度こそ、誰よりも彼女を理解し、誰よりも愛したい。

今度こそ幸せにしてあげたい。少しでも、ささいなことでも。

 

いて当たり前、そんな思い込みは、もう二度としたくない。

当たり前なんて、一瞬で崩れてなくなります。

当たり前だからこそ、彼女との時間を大切にするべきだった。

 

幸せに少しでも思えることがあったかな?

心から笑えた時間はあったかな?

少しでも、ほんの少しだけでいいから、そう思っていてほしいです。

 

まだ、実感はそこまでないし、最後の最後のお別れの時まで、一緒に生きていこうと思っています。

彼女が好きだったこと、彼女の好きな食べ物、彼女の好きな場所。

そして、彼女ができなかったことを、かわりに沢山して、彼女の分まで、生きていきます。

 

最後に、約束しました。と、言っても私からだけ。

 

まだ、彼女のほうには行くことが出来ないし、そうしようと思わない。ただ、もし、彼女のいる場所に行けたら、また、もう一度探すから、彼女にも見つけてほしいと。

 

いなくなって、改めて思いました。

彼女の存在は、私にとってかけがえのない存在で、かえなんてきかない、唯一の人。

 

当たり前なんてないです。

そこに存在すること自体奇跡だと思います。

 

最後に、今まで本当にありがとう。一緒に生きてくれてありがとう。

出会ってくれてありがとう。幸せな気持ちにしてくれてありがとう。

もっと一緒に、もっともっといたかった。

また会えるのを楽しみに、精一杯生きていきます。

見守っててください。

 

心の底から、冥福を祈っています。

迷子にならないでね。

 

 

 

この場で、報告と、お知らせをしたこと、お詫びいたします。

今まで彼女のブログを見てくださった方、彼女に関わってくれた方、ありがとうございました。

また、ブログは、削除したりしません。