おそらく2歳くらいだったと思う。
両親が離婚した。
それから父に会った記憶はたったの1度。
小学校1年生から3年生くらいのことだったと記憶している。
そんな父が亡くなり『滞納していた税金を払ってください』と通知が届いた。
約100万円だった。
市税事務所に電話をした。
「本人確認のために生年月日を教えてください」
「私今月生まれなんですけど、まさか誕生日の月にこんな通知をもらうなんて思いませんでした!」
「……そうですよね(苦笑)」
離婚した母から聞いた父のことしか情報がない。
小さい頃に成人男性に肩車されていた記憶と、母が殴られていた記憶はうっすらと残っている。
そんな私は、父は悪い人という認識だった。
私の病気がきっかけで離婚したとも聞いていた。
『でも、病気が見つかった時は一緒に涙を流していたよ』
その言葉で父は悪いだけの人ではなく、優しい部分もあって私のことも愛していたのかもしれないと思うようにしていた。
養育費の支払いが滞ってしまったので、父のところに取り立てに行ったことがあった。
当時生活保護を受けていたので、役所から取りに行くように言われていたのだ。
父の住む家に行き、中に入れてくれた。
私はまだ子供だったので意味がわからなかったけれど、泣きながら母の味方をした記憶がある。
父には再婚相手がいて、再婚相手には私と同じ年齢の連れ子がいた。
そして再婚相手との間に3人の子供が生まれている。
異母妹らしき女の子が、キラキラな瞳で笑ってくれたのを覚えている。
母親は違うけど彼女は私の妹なのだと、一人っ子だった私は姉妹というものに憧れを抱いた。
『美紅もパパに遊んでもらいたい』
そんな嘘を言ったのは覚えている。
小学生の頃、私の母はうつ病とアルコール依存症になっていて、私の首に手をかけて殺そうとしたことがある。
殺されそうになった私はとっさに「父に電話する」と言って、記憶のない父親に電話をしたのだ。
しかし私の名前を言った途端、父は電話を切った。これが父との最後の関わり。
その後父は再婚相手と離婚し、子供を育てているという話を聞いた。
母子家庭で育った私は、父子家庭で育っている異母兄弟のことを心配していた。
お姉ちゃんずらずるんじゃないと言われてしまうかもしれないけど。
名前も知らない、年齢も知らないけれど、同じ血が流れている人がこの世の中にどこかいるんだと思っていた。
2010年。
母が亡くなり、一応、父親に連絡した方がいいかと思い、母の携帯に入っていた父の番号に電話をした。
『この番号は現在使われておりません』とのアナウンスが流れ、父がどこに住んでいるのかもわからないまま時が流れた。
そして冒頭に戻り、先日、死亡通知と税金の未納分を支払ってくれと手紙が届いていた。
62歳だったようだ。
母が亡くなってから、私の血を分けている人はこの世の中にいないと思い、悲しかった。
でも父親がどこかにいるかも?
いつか、死ぬ前に一度でいいから話をしてみたいと思っていたが、本気で探すことをしていなかった。
どんな生活をしていたのかわからない。
私は相続放棄をすることにした。
夜中にもかかわらず、相続放棄した先輩が教えてくれたのが心強かった。
相続放棄には父の本籍や最後に住んでいた住所が必要である。
でもどこに住んでいるのか全くわからないので、私の戸籍からたどり親子関係にあるということを調べることになった。
意外と簡単に……時間はちょっとかかったが、必要書類を揃えることができた。
父の戸籍を見ると、異母兄弟の情報が載せられている。
いろんな感情が湧き上がってきた。
・私を捨てて他の家族と暮らしていたんだ。なんだか腹が立つ。
・血が繋がっていた人がこの世の中から消えてしまった。寂しくて、悲しい。
・彼の家族のことも考えて会うことを諦めていたが、やっぱり会えばよかった。後悔。
・亡くなった原因は何だったのか。最後は何を思って、どんな景色を見てこの世から去ったのか。
・異母兄兄弟たちに会ってみたい。でも、私の存在を知らなかったら……。
この数日間でこんなにもいろんな感情に包まれたことはなかった。
父の名前を検索して、SNSでそれっぽい人を見つけた。
私は父の写真を1枚しか持っていない。
結婚の記念写真で、緊張しているためかむすっとしている表情をしている父だ。
でもSNSの写真を見て、おそらく50代くらいになった父っぽい人。
目と口元が似ていたので、父なんじゃないかなと思った。
その父っぽい人はすっごく楽しそうに笑っていたので、何だかほっとした。もしかしたら全くの別人かもしれないが。
今、相続放棄の手続きをして結果を待っているところだ。
「もし私のパパがお金持ちになっていて執事がきて、『探しておりました』って言われても私はもう受け取ることができないんだよ」
夫にそんなことを言って笑うのが一番だ。
とにかく楽しいことをして笑って過ごすのが、今の私にはちょうどいいのかもしれない。
私という存在がこの世の中に誕生するために存在していた、父親と母親がこの世の中からいなくなって、やっぱりすごく寂しい。
だから血の繋がりがなくても、出会って縁がある人たちとこれからも会って、笑える話をして、思い出を作っていきたいなと思った。
異母兄弟に手紙を書いてみようかな……。
いや、日常を壊してしまうかもしれない。
そんなことを思いながら、今日朝から私は雪が降る外を見つつ部屋で過ごしていた。
